『西へ西へ、南へ南へ』第4話

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蝶に魅せられた旅人アーカイブス
2012-08-04 17:57:42

 
       ー捕虫網の円光ー
      『西へ西へ、南へ南へ』

  (第四番札所・クィーンズコーラルプラス)

 

バスから降りると、潮の香りがした。
おんぼろフェリー乗場の待合所には人がごった返していた。何処か懐かしいような昭和の匂いがする。古い建物のせいなのか、風景がセピア色なのだ。
同時にまた、そこにはアジアの猥雑と混沌がいまだ交差している雰囲気がある。日本もまたアジアなのだ。

6時発の奄美大島・名瀬経由、沖縄・那覇ゆきの船に乗った。馬鹿だ。

5F建てクィーンズコーラルプラス号は予想を遥かに越える巨大さだった。ちよっと面喰らう。
4Fまで上がる。貧乏な旅人は、当然の如く2等の雑魚寝大部屋に荷を解く。

船内は食堂、売店、風呂、ゲームセンターなどと、小さいながらも何でもある。正直、風呂は頭に無かったのでちよっと嬉しい。

甲板に出た。
間近に見える桜島がダイナミックだ。
しかし、風が強く火山灰が舞っている。既に甲板のそこかしこに黒く積もり始めている。
ろくに目も開けていられないので、早々と退散。

 

 
6時05分。いっこうに出発する気配が無いので、イラッとして外を見たら、既に船は動いていた。
湾内だし、デカイから波の影響をあまり受けないのだろうが、気づかなかった。

6時27分。クローズする直前に食堂に入った。こんな所で美味いもんが食えるわけはないだろうし、値段も高い。だから売店のサッポロ一番カップスター(210円)とどちらにするか迷っていた。でも食堂の食べ物の方がまだしも量は多いだろう。それにサッポロ一番って、ちよっと侘しいし…。

シーフードカレー(700円)を選択。
予想にたがわず、美味くも不味くもない。単なる栄養補給だ。
乗船前に買い物をしておけば良かったと後悔したが、今さら致し方ない。
沖縄ゆきの船に乗ったのは、ほとんど思いつきの衝動的行動である。頭の隅っこに無くはなかったのだが、まさか自分でもそんな計画を実行するとは思ってもみなかった。
当初は深夜バスで大阪に帰るつもりだった。だが、ここまで来たんだから屋久島に行くのも悪かないなと思った。何度か訪ねているが、ひかり雨降る島は最高なのだ。
ギリギリまで迷って屋久島に行こうと決心しかけたところで、天の啓示の如く閃いて、急遽別な港に向かった(屋久島行きは出港場所が違う)。屋久島ゆきと奄美大島・沖縄ゆきとは出港時間が違う。沖縄便の方が早いのだ。だから、沖縄ゆきの便に乗ることを決心した時には買い物をする暇が無かったのである。
何でもギリギリに迄ならないと行動できないのは自分の悪い癖だ。だが、一生なおらないだろう。性格とはそういうものだ。

風呂に行く。
脱衣場には、すえたような汗臭い匂いが充満していた。
期待した自分が悪かった。湯船は家庭風呂の倍くらいの大きさしかない。おまけに既に湯は薄茶色に汚れている。乗船客の数に対してのこの大きさの風呂だ。当然といえば当然だろう。
ざっと温まってシャワーを浴び、カラスの行水で出てきた。

退屈しのぎに捕虫網の円光の沖縄編、『ニライカナイの女王』の最終回を書き始めたが、上手く書けない。

気分転換に甲板に出た。
月光に照らされた黒い海は不気味だ。
まるで月の光に塞がれた巨大な暗渠を思わせる。どこまでも望洋としていて掴みどころがなく、呑み込まれそうな恐ろしさがある。
だが同時に、とても美しい。

フェリーはかなりのスピードで走っており、風も強い。落ちたら確実に死ぬなと想像したら、ちよっと足元がブルッときた。

満月だろうか?、空は明るい。
水平線に漁船の灯りが点在している。

 

 
自然と笑いがこみ上げてきた。
今、自分がここにいる事の馬鹿馬鹿しさに思わず笑ってしまったのだ。ここまで突き抜けてアホだと、我ながら愛おしくさえある。南へ、南へ。

9時半消灯。
10時前、煙草を吸いに再び甲板に出たら、左手に大きな島が横たわっていた。

はて?
一瞬考えたが、直ぐに屋久島だとわかった。永田の町の灯りも見える。何だかとても懐かしい。民宿「屋久の子の家」のおやっさん、元気にしているだろうか?
また行きたいなと思った。

午前4時過ぎ、船内アナウンスで目覚めた。
外はまだ暗い。
月はいつの間にか、船の右手へと移動している。
奄美は、近い。

午前5時ちょうど。
船は予定通りに奄美大島・名瀬港に着岸した。

 

 
                  つづく

 
追伸
今回はあまり文章を触らずに済んだ。タイトな文章はいいよね。
と思ったが、読み返してみて、やっぱりペンを入れざるおえなくなった。

 

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投稿者:

cho-baka

元役者でダイビングインストラクターであり、バーテンダー。 蝶と美食をこよなく愛する男。

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