台湾の蝶18 カレンコウシジミ

 
  第18話『青空色のスキッパー』

 
【カレンコウシジミ ♀】

(2017.6.29 南投県仁愛郷 標高1900m)

 
(同♂)
(2017.7.2 南投県仁愛郷 標高1900m)

 
色が違うので、雌雄の区別は容易だ。
この個体はボロだから分からないが、新鮮なものは金属光沢があるらしい。

 
【裏面 ♂】
(2017.7.2 南投県仁愛郷)

 
ボロ過ぎて、特徴があまり出てない。画像をお借りしよう。

 
(出典『圖録檢索』)

一方、裏面は雌雄共に同じ柄で、葉上に静止している時など自然状態ではその判別は困難である。

展翅画像も貼付しておこう。

  
【カレンコウシジミ♀】

 
美しいね。でも下側の尾突起が捻れてるなあ…。
そういえば展翅中に直すか否かで悩んだんだよなあ。
でもこういうシジミチョウの尾突って、下手に触るとすぐ千切れちゃう。で、やめとくことにしたのだった。

 
【同♂】

 
コチラは尾突が最初から千切れてた。
こういうタイプのシジミって、結構尾突が失われている個体が多い。鮮度が良いものでも切れてたりするから、泣きたくなる時が多々ある。

 
【学名】Tajuria diaeus karenkonis

属名のタユリアは平嶋義宏氏の『新版 蝶の学名-その語源と解説-』には、語源不詳。Moor(1881)の創作とある。
しかし、ローマ・ウルドゥー語にこのTajuriaと云う言葉があることを見つけた。「おめでとう」という意味らしい。意訳すれば「祝福」といったところか。
最初はまさかパキスタンの言語からの引用はあるまいと思ったが、これがそうとも言えないところがある。なぜならウルドゥー語はヨーロッパ・インド語族に属し、ローマ・ウルドゥー語とも表記されるからだ。つまりローマで使われていた言語から派生したものがウルドゥー語というワケである。あとは女性の名前に使われるようだから、ムーアの全くの創作というワケでもなさそうだ。
因みに台湾にはTajuria属のチョウが他に2種(アサギシジミ、タイワンサザナミシジミ)おり、カレンコウを含め何れ劣らぬ稀種とされる。

小種名のディアエウスも語源がハッキリしない。
この名は中米のセセリチョウの属名にも使われていて、平嶋氏はギリシャ語のdiaimos(血まみれの)をラテン語化したDiaemusの誤記(mが脱落)と思われるとしている。
血まみれと云うのは尋常じゃないな。命名された由縁に血塗られた歴史でもあるのかな❓もしそうなら、命名の背景にそれなりの有名なエピソードがあって然りだろう。でも、無いよね。それにカレンコウシジミにしても中米のセセリにしても、見た目のイメージには全くそぐわない。血ならば赤色と云うのが相場だろう。納得いかないので検索してみる。

すると、ローマの軍司令官にdiaeusという人物がいることがわかった。
Wikipediaには、以下のような説明があった。

「ダイアエウスメガロポリス(Διαῖος)は、146BCに死亡した。最後strategosのアカイア同盟における古代ギリシャリーグはローマ人によって解散する前に。彼は死ぬまで紀元前150〜149、紀元前148年からリーグの将軍を務めました。」

翻訳が無茶苦茶で何ちゃらよくワカランが、偉い将軍ではあるのは確かなようだ。それなら学名に採用される可能性は充分にある。或いはコチラが語源なのかもしれない。

余談だが、Diaeusというセセリは1属1種(3亜種)であるらしく、渋カッコイイ。

 
【Diaeus variegata】
(出典『Butterflies of the Andes』)

 
何となく稀種の匂いがするし、これは自分でも採ってみたいなと思う。

亜種名である「karenkonis」の由来は、台湾の地名「花蓮港」から来ている。最初に発見された場所が花蓮港というワケである。和名もそれに因んだもの。
カレンコウシジミと云う名前の響きが好きだ。如何にも珍しくて高貴なチョウといった感じがするではないか。カレンは可憐にも通ずるし、カレンという女性の名前をも連想させるしね。素敵な名前だと思う。

それにしても、はたして花蓮港なんて低地にいるのかな❓港だろ❓そんなところで最初に見つかったとしたら、奇跡みたいなもんだ。カレンコウシジミって、そもそも山地に棲むチョウだもんね。
しかし、この疑問は比較的簡単に解けた。
花蓮港といえば、現在は花蓮県にある港のことを指すが、昔は花蓮県全体を指す言葉だったようだ。どういう事かというと、当時この地方は「花蓮港庁」と云う行政区分名で呼ばれていたようなのだ。つまり、カレンコウシジミは港そのものではなく、花蓮地方の何処かで発見されたというワケだね。それはおそらく低地ではなく山地帯であろう。納得である。

書き忘れたが、このTajuria属にはヤドリギツバメ属とタカネフタオシジミ属と云う2つの和名が使われていて誠にややこしい。ヤドリギツバメ属は、この属のチョウの幼虫の食餌植物がヤドリギ類であることからの命名で、タカネフタオシジミ属は成虫の姿かたち(フタオ=双尾)と生息領域(タカネ=高嶺)を表している。
和名というのは、こういう事がよくあるから面倒だ。どっちゃでもええから、どっちかに統一してほしいよね。

 
【台湾名】
白腹青灰蝶、白日雙尾灰蝶、花蓮青小灰蝶、花蓮小灰蝶、宙斯青灰蝶、白裡青灰蝶

台湾って、相変わらず凄い数の異名のオンパレードだな。オラが台湾人だったら混乱するよ。しかし台湾人でも中国人でもないから、これはこれで純粋に楽しめる。それぞれが、その蝶の特徴を漢字で一所懸命に表そうとしているのが愉しいのだ。それぞれ微妙に観点が違うのが面白い。漢字から推理して、その姿を思い描いてみるのは知的ゲームみたいなもので暇潰しになる。

科名と属名も記しておこう。
Lycaenidae 灰蝶科 Tajuria 青灰蝶屬

台湾や中国ではシジミチョウの事を「小灰蝶」と呼んでいる。諸説あるが、小灰とは「とても小さい」と云う意味で、そこには可愛いというニュアンスも入っているようだ。

 
【英名】
Straightline Royal

ストレートラインとは、裏面にある線のことを指しているのだろうが、ちょっと素っ気ないね。
ロイヤルは、他のTajuria属のチョウの英名にも必ずついている。王とは最大限の賛辞であるからして、それだけこの属のチョウは美しいものが揃っているって事だね。もしかしたら、発見が後の方だったので、賛辞の言葉が尽きてしまい、苦し紛れでストレートラインと名付けたのかもしれない。
この妄想は、記載年の順番を調べれば是非が判るだろうけど、面倒くさ過ぎるのでやめときます。気になる人は自分で調べてみてね。

 
【分布と亜種名】
インド北部、ヒマラヤ、インドシナ半島北部、飛び離れて台湾、インドネシアのジャワ島とスマトラ島に分布する。

(出典 杉坂美典『台湾の蝶』)

 
分布図からスマトラ島が抜けているが、今まで見た分布図は皆んなコレである。これはスマトラ島亜種が比較的最近である1996年に発見され、2006年に記載されたからだろう。

 
亜種には以下のようなものがある。

◆原名亜種 ssp.diaeus
北インド~インドシナ半島北部

◆ssp.karenkonis
台湾中部~中北部

◆ssp.dacia
インドネシア ジャワ島

◆ssp.mirabilis
インドネシア スマトラ島

 
補足すると、以前は西北ヒマラヤ~シッキムのものを原名亜種ssp.diaeusとし、アッサム~インドシナ半島北部のものは別亜種ssp.thydiaとして分けられていた。しかし、変異が連続的で区別できないと云う事で、現在はssp.diaeusに集約されたようだ。
また、台湾亜種は最初は新種Tajuria karenkonisとして記載されたが、後に亜種に降格したという経緯がある。
 
こういう飛び離れた分布の仕方をするチョウって、他にもキゴマダラとか幾つかいるけど、不思議だ。
何でインドシナ半島南部からマレー半島、中国などに分布の空白域が有るのだろう❓
地史とか、きっと何らかの理由が有るのだろうが、さっぱりワカラナイ。空白域のものは絶滅したのだろうが、何で絶滅したのかが解らないのだ。一時期、海に沈んだのでは?とも思ったけど、中国にも高い山がある筈だ。普通に考えればそこで生き残っている筈だ。二次的にその地域だけで地史を揺るがすような地殻変動でも起こったのかしら❓でも、そんな話は聞いた事が無いよなあ。
おバカには、(@_@;)全然ワカンねえや。

 
【生態】
台湾では海抜400m~2500mで得られているが、その生息域の中心は中高海抜であろう。
発生期は4~9月、もしくは5~8月とされ、年に数回の発生をしていると考えられている。しかし、2月の記録もあり、周年発生の可能性もある。
常緑広葉樹林周辺に棲息し、飛翔は活発で、高い梢上を非常に速く飛ぶが、葉上などに静止している事が多い。
♂♀共に花に吸蜜に集まる。

カレンコウシジミを含めてこの属のチョウが中々得られない稀種揃いなのは、この辺に理由があるのかもしれない。梢上高くを素早く飛び、そのクセあまり飛ばないとなれば、目に付きにくい。採集が難しいのは当たり前だ。
因みに、自分は止まっているものしか見た事がない。
敏感なチョウで、近づくとぴょんぴょんとスキップするかのように飛び、すぐに別な葉に止まる。これが愛らしくて可愛いんだけど、網が中々振れなくて結構ムカつく。

花に吸蜜に集まるとあるが、草本ではなく樹木の花を好むような気がする。付近にはタイワンソクズなど複数の花も咲いていたが全く訪れず、もっぱら照葉樹の白くて小さい花に来ていた。

 
【幼虫の食餌植物】
Loranthaceae ヤドリギ科。
台湾では以下のような植物が記録されている。

◆高氏桑寄生 Loranthus kaoi カオヤドリギ

◆大車前草 Plantago major

◆大葉桑寄生 Scurrula liquidambaricolus オオバフウジュヤドリギ

◆忍冬葉桑寄生 Taxillus lonicerifolius

◆杜鵑桑寄生 Taxillus rhododendricolius

◆李棟山桑寄生 Taxillus ritozanensis

 
他に台湾の蝶の幼生期解明に多大なる功績を残した内田春男氏が『常夏の島フォルモサは招く』で、タイワンマツグミ Taxillus caloreas をあげている。
因みに、インドでは同じくヤドリギ科のLoranthus longiflorusを食している事がわかっている。

 
【卵】
(出典『圖錄檢索』)

 
【終齢幼虫】
(出典『圖錄檢索』)

 
シジミチョウの幼生期については、あまり詳しくないからかもしんないけど、(-_-;)変な奴っちゃなー。
シジミの幼虫といえば、団子虫みたいなイメージがあるけど、細長い。頭の形も変だ。
興味深いのは、台湾では同じ食餌植物を利用している近縁種のアサギシジミ Tajuria yajna が葉を食べ、カレンコウシジミが花や若実を食っている事だ。互いが競合しないように食い分けをしているんだね。

 
【蛹】
(出典『圖錄檢索』)

(出典『台灣生物多樣性資訊入口網』)

 
蛹も変だな。
小鬼みたいでグロ可愛い。

 
次に台湾に行く機会があれば、真面目にカレンちゃんを探そうと思う。ポイントではホッポアゲハとスギタニイチモンジ狙いだったから、片手間でしか探していないのだ。
去年は台湾には行けなかったし、今年は何とか行きたいもんだね。シロタテハへのリベンジも残ってるし、ダイミョウキゴマダラの♀がまだ採れていないもんな。
とはいえ、今年は先の事が全然わかんないんだよね。

                  おしまい

  
追伸
考えてみれば、台湾のシジミチョウを紹介するのは、今回がたぶん初めてだ。そういえばシロチョウもジャノメチョウもセセリチョウも未登場だ。まだまだ紹介していない蝶は山ほどあるのだ。
このシリーズ、いつになったら終わるんやろ(笑)。
バカなこと、始めちゃったなあ…。
 
 

台湾の蝶16 タイワンカラスアゲハ

 
       アゲハチョウ科3

      第16話 『蒼穹の銀河』

 
  
【Papilio dialis タイワンカラスアゲハ♂】
(2017.6 台湾南投県仁愛郷南豊村)

 
実をいうと、野外で撮したタイワンカラスアゲハの写真はこれ1枚しかない。
2017年のものだが、2016年にも採集したのに何故かその時は1枚も写真を撮っていなかったようなのだ。
だいたい2017年だって1枚しか撮っていないというのは解せない。ミステリーだ(-“”-;)……。

にわか探偵は過去に思いを巡らせる。
鋭い洞察力と類い稀なる記憶力、勝手なこじつけで記憶を平気で改竄する妄想力と厚顔力etc…。ご都合主義の権化が、その明晰な頭脳をフル回転して事件を解決してみせようではないか。

ひとしきりフザけたところで、記憶を辿ってゆく。
反芻すると、何となく朧ろ気に思い出してきた。

2016年に初めて台湾に訪れた時は、『発作的台湾蝶紀行』と題してブログを現地発信で連載していた。このタイトルがヒントになってくれた。
三歩あるいたら忘れると言われている鶏アタマのイガちゃんだって、それくらいの事は覚えている。発作的に台湾行きの飛行機のチケットを購入、三日後には台湾へと旅立ったのである。
出発の準備だけで手一杯だった。だから、台湾の蝶の事など碌(ろく)に知らないままに出てきたのである。
ゆえに、カラスアゲハの仲間も流石にホッポアゲハぐらいは知ってはいたが、他のカラスアゲハの事は今イチよくわかっていなかった。
ミヤマカラスアゲハって、台湾にいたっけ❓(註1)とかのレベルである。
そう云うワケで、現地で採っててもカラスアゲハが1種類だけではなさそうだとは思いつつも、どう云う位置づけなのかは理解できていなかったのである。
感覚的には日本本土にいるカラスアゲハとは明らかに違うし、奄美大島や沖縄のものとも違う。一番近い八重山諸島のものとも少し違うような気がしつつ、網に入れていた。でも、深くは考えなかった。
カラスアゲハの分類は錯綜していて、種の分け方が学者によって解釈が違うから誠にややこしいのである。
学名だって二転三転していて、アタイのような頭の出来の悪いのは本能的に脳を凍結するクセがあるのだ。

重ねて言うけど、採ってて見た目ソックリだけど違うのがいるのは何となく解ってはいた。
でもクソ暑くて写真をイチイチ撮るのが面倒くさかったとか、撮ろうとしたら別な蝶が飛んできて後回しになったりとかしたのだろうと推察する。
で、帰ってきて展翅して、明らかに違うのがいると漸くハッキリと認識したと云う次第なのであった。
我ながら、オソマツくんなのである。蝶偏差値二流だから、仕方がないのであ~る。

じゃあ、何で2017年も1枚しか撮らなかったのかと云うと、単純にタイワンカラスアゲハがあんまりいないからなのである。2016年に当然何枚か写真を撮っているであろうと云う思い込みもあったに違いない。だから複数頭採ったのにも拘わらず、これ1枚しか写真が残っていないのかもしれない。
(  ̄▽ ̄)フフフ…。早くも、どうだどうだの御都合主義の言いワケかましである。

『原色台湾蝶類大図鑑』には、恒春半島では極めて稀。埔里周辺、台北ウラル付近では普通とあったが、他の文献(台湾など外国の文献も含む)では少ないという表記が多かった。
台湾には、他にカラスアゲハの仲間がホッポアゲハ、カラスアゲハ(タカサゴカラスアゲハ)、ルリモンアゲハ(タイワンルリモンアゲハ)、オオルリモンアゲハ(ルリモンアゲハ)が棲息しているが、自分の経験ではこのタイワンカラスアゲハが最も個体数が少ないと感じた。♀なんかは滅多に採れないから珍品扱いになっていたと記憶する。
私見だが、台湾のアゲハの中でもその珍しさは5指に入るのではないかと思う。
内訳は、キアゲハ(台湾では大珍品。記録が途絶えていて、既に絶滅したとも言われる)、フトオアゲハ(台湾で最も有名な蝶、且つ現存する最稀種)、モクセイアゲハ(非常に分布が狭い稀種)、コウトウキシタアゲハ(台湾では蘭峽島のみに分布)。この4つが先ずは上げられるだろう。ここまでは異論は少ないと思う。
ランクが二、三段くらい下がって、あと一つをタイワンカラス、コモンタイマイ、アサクラアゲハ、ジャコウアゲハ等がその座を争うといったところだろうか?
でもコモンタイマイなんて、コモンと名前がつくくらいだから、そもそもが庶民派の蝶なんである。大陸に行けば、普通種だ。山ほどいる。
アサクラアゲハもインドシナ半島なら、標高さえ上げれば結構いる所には沢山いる。
ジャコウアゲハなんて、台湾ではいくら珍しかろうとも、所詮はジャコウアゲハ。日本ではその辺にいる。淀川にだって飛んでいるのだ。
でも、タイワンカラスは台湾以外では見たことさえ無い。分布域のインドシナ半島北部でも、足繁く通ったのにも拘わらず、一度もその姿を拝んだことがないのだ。
大陸側でも決して個体数が多い蝶ではないとも聞いたことがある。拠って、タイワンカラスを勝手に五番目の使徒とさせてもらう。

そういうワケで、残念ながら♀は採れていない。
でも、見た目は♂と殆んど変わんないんだよねー。翅形は微妙に異なるものの、♂は上翅に性斑と呼ばれる毛束があるが、♀にはそれが無いという事くらいしか目立った差異はない。
一応、メスの画像を探して添付しておくか…。

しかしながら、ネットでも中々画像が見つからない。
辛うじて杉坂さんのホームページから目っかった。

 
(出典 杉坂美典『台湾の蝶』)

 
台湾には年に何度も行かれていて、膨大な写真を撮っておられる杉坂さんでさえも、1枚しか写真をアップされておられないのである。♀の珍しさは推してはかるべしであろう。

だけど残念なことに、この写真では辛うじて腹の出っ張りでしか♀と認識できないんだよね。

もう少し探してみる。
これが♀かなあ❓

 
(出典『台湾蝴蝶誌』)

 
性斑が無いように見えるんだけど、画像が鮮明ではないので断言は出来ない。
まあどちらにせよ、♂とあんま変わらないのだ。より美麗なものを期待していた身としては、ガッカリ感は否めない。

仕方がないので、♀の標本写真を探してきた。

 
(出典『Theln sectCollecter』)

 
たぶん台湾産で、上が夏型で、下が春型である。
夏と春とでは随分大きさが違うようだ。
因みに夏型は台湾にいるカラスアゲハの仲間の中では一番大きいと思う。少なくとも翅の表面積は一番広いだろう。そのせいか、何か見た目がゴツい感じなのだ。

たまたま、このあいだインセクト・フェア(昆虫展示即売会)があったので、そこで探してみたら、水沼さんのブースで台湾産の♀を目っけた。

 

 
何と、値段は三千円もする。
即売会の蝶の値段をずっと観察してきた結果、外国の蝶は高いものは何十万とはするが、国産の蝶と比べて平均的には安い傾向にある。
1500円ならば、たとえ現地に行っても採れない可能性が高い蝶だ。日本の蝶に比べて安すぎだろ?と思うが、アジアの物価は日本に比べて安い。つまり、単に仕入れ値が安いから、売値も安いのである。
とにかくこの値段からすると、やっぱタイワンカラスの♀は簡単に採れる蝶ではないのである。

それにしても見事に地味だ。
しかし、よくよく見ればカラスアゲハの仲間内では、かなり特異な蝶だなと思う。参考に台湾のカラスアゲハの画像を添付しておきましょう。

 
(2016.7 台湾南投県仁愛郷黄肉渓)

 
比較して、先ずもって違うのが尾状突起である。
タイワンカラスの方が明らかに太い。
そして、尾突起全体に青い鱗粉が広がっている(各写真は拡大できます)。
基本的にカラスアゲハの類は尾突起に1本通った支脈の回りにしか青緑の鱗粉が無く、両縁は黒い。
この尾突にベッタリと鱗粉があるタイプは、カラスアゲハグループ(Achillides)にしては珍しい特徴で、他にはオオルリオビアゲハ(Papilio blumei )くらいしか例が思い浮かばない。

 
【オオルリオビアゲハ】
(2013.2 Indonesia Sulawesi Palopo)

 

次に形である。
コレは標本写真の方が解りやすいだろう。

 
【Papilio dialis tatsuta 台湾亜種♂】
(2016.7 台湾南投県仁愛郷南豊村)

 
コレって完品に近かったのに、展翅中に翅に手がぶつかって鱗粉がゴッソリ剥がれちやったんだよねー。
やっちまったな(ToT)である。胴体に合わせて展翅すると、触角の整形は上手くいくけど、ままこういう事が起こる。

他に無かったかなあ?

 
(2016.7 台湾南投県仁愛郷黄肉渓)

 
コイツは一見完品に見えるけど、よく見ると翅が欠損している。

たぶん去年2017年には完品をいくつか採ってる筈なんだけど、この期に及んでまだ展翅していない。ブログ用に一つくらいは展翅しとけよなー。もう半年以上も過ぎてるのに、山とある採集品が放ったらかしなのである。
だって、展翅嫌いなんだもーん(# ̄З ̄)
サイテーだな、オイラ。

今一度、標本写真を見て戴きたい。
所謂(いわゆる)カラスアゲハの定番のフォームとは感じが違う。ボックス型なのだ。ちよっとナガサキアゲハの翅形に似ているような気もする。

参考までに台湾のカラスアゲハの標本写真も添付しておきましょう。

 
【Papilio bianor ♂】 
(2016.7 台湾南投県仁愛郷)

 
タイワンカラスよりもほっそりとしており、全体的に優美な形だ。コレがカラスアゲハ類の定番の翅形パターンかな。

色も鮮やかな青緑色だ。
それと比べてタイワンカラスは渋い青緑色である。
さっきは地味だとか何だとか悪口を吐(ぬ)かしたが、本当は渋い美しさがあり、好きだ。特に生きている実物は、カラスアゲハなんかよりも余程美しいと思う。

 
(出典『wikimedia』)

 
上の写真が、太陽光の下、最も美しく見える瞬間だ。
下翅の前縁と尾状突起に配された群青は、まるで夜が始まる直前にほんの一時だけ現れる蒼穹のようだ。
そこに散りばめられた粗い鱗粉が、瞬き始めた星々の如く煌めいて見える。銀河だ。

蝶の翅をミクロでじっくり見ていると、時々魅了されてしまい、『鱗粉、ヤッベー(@_@;)』と思う。
そこには、宇宙が存在するのだ。

  
【学名等名称について】
学名 Papilio dialisの小種名「dialis(ディアーリス)」は、ラテン語のユーピテル大神の(形容詞)、ユーピテル大神の神官(名詞)の意。
ユーピテルはローマ神話の最高神にあたり、ギリシヤ神話のゼウスと同一神とされる。その神官なんだから、そこそこ敬意を払われて名付けられ学名なんだね。
亜種名の「tatsuta」については、次項で言及します。

英名は「The Southern Chinese Peacock」。
南中国の孔雀さんだ。

台湾での名称は穹翠鳳蝶。
穹翠鳳蝶の穹は「アーチ、ドーム」という意味と「空、大空」と云う意味があるようだ。
アーチ、ドームは、おそらく裏面に並んだ半月紋を指しての事だろう。
しかし、自分には月のイメージよりも、星のイメージの方がある。前述したが、表面に散りばめられた鱗粉が他の近縁種よりも浮き立って見え、それがまるで夜の始まりの青藍の空に瞬く星々に見えるのだ。

他に南亞翠鳳蝶、臺灣烏鴉鳳蝶と云う別称があるようだ。
南亞翠鳳蝶は南アジアの緑色のアゲハという意味だね。
でも、南アジアと言われてもピンとこない。南アジアといえば、インド、ネパール、パキスタン、ブータン、スリランカ、モルジブを含む地域を指す筈だ。蝶の分布とはピッタリ合わない。

臺灣烏鴉鳳蝶は台湾のカラスアゲハという意味。
つまり和名そのままである。ちよっと面白いのは、台湾や中国では「烏鴉」の二文字でカラスを表すんだね。日本では「烏」一文字でカラスと読むし、「鴉」一文字でもカラスだ。もしかしたら、本来は「烏鴉」で、日本に伝来当初はそのままだったけど、時間の経過と共に変化、略されていったのかもね。

 
【分布と亜種】
台湾以外の分布は、中国南部~南西部、海南島、インドシナ半島北部が知られている。

 
(出典『原色台湾蝶類大図鑑』)

 
「原色台湾蝶類大図鑑」には以下のような亜種が記されていた。
だが古い図鑑なので、現在はどうなっているのかはわからない。調べたが、文献を見つけられなかったとです。

 
▪P.dialis.schanus ミャンマー・シャン州

▪P.dialis.doddsi トンキン(ベトナム北部)

▪P.dialis.cataleucus 海南島(中国)

▪P.dialis.dialis 中国西部~中部

▪P.dialis.andronicus 台湾

 
気になるのは、台湾の亜種名。
現在は「andronicus」ではなく、「tatsuta」と云う亜種名が使われているようだ。
どうゆう経緯でそうなったのかはよくワカンナイけど、とにかくアンドロニカスはシノニム(同物異名)になってしまっているみたい。
それにしても、「tatsuta」というのの語源が解らない。竜田揚げしか浮かばんわい。もしかして竜田さん、もしくは立田さんという人に献名されたのかな?
だとしたら、ダサい。そもそも献名という方式に疑問を感じる。個人のエゴ丸出しではないか。第三者から見れば、誰かへのゴマスリとかオベンチャラ、個人的センチメンタリズムにしか見えない。本来は、その蝶のキャラにあった名前をつけるのが筋でしょう。
とはいえ、誰かにアナタの名前を学名につけてしんぜましょうと云う申し出があったとしたら、鼻の下を伸ばして『どうぞ、どうぞ。つけて下さいまし。いや、絶対につけて下さい。おねげぇーしますだあー(ToT)』と懇願したゃうんだろなあー。
( ̄∇ ̄*)ゞハハハハ…、プライドの欠片も無い男なのだ。

それはそうと、アンドロニカスというのは、あのシェイクスピアの戯曲『タイタス・アンドロニカス』から来てる筈だよねぇ。
だとしたら、学名の変更は勿体ないよなー。言葉の響きもカッコイイしね。
とはいえ、シェイクスピアの戯曲の中では最も残虐な内容だから、見方によっては汚名返上とも言えるんだけどね。

おっと、書き忘れるところだったわい。
亜種のうち、インドシナ北部の生息するドッドッシー(ssp.dodosi)は尾突が退化していて、一見してかなり印象が異なる。ゆえに別種とする学者もいるようだ。

 
(出典『蝶の標本 麗蝶』)

 
ナガサキアゲハとかオナシカラスアゲハに似ている。
確かに、見てくれは別種と言われれば、納得できない事もない。
遺伝子解析とかは、されてるのかな❓
されてたら、きっと同種扱いなんだろなあ…。特に理由は無くて、何となくだけだけど。
因みに、コイツには「ミナミカラスアゲハ」と云う和名が付いているみたい。また南だ。特に南に分布しているワケではないと思うんだけど、何でじゃ❓

 
【生態】
台湾全島の低山地から山地にかけて広く分布するが、個体数は少ない。垂直分布は200m~2700mとされるが、その中心はおそらく1000m以下だろう。
4月上旬に現れ、10月まで見られる。台湾の文献(註3)によると、桃園県の山地では、4月中旬を中心に羽化が始まる。第1化は春型とされ、夏型に比べて遥かに小型。後翅表面前縁の藍色鱗は、より緑色を帯びる。
以後、6月中旬、7月下旬~8月上旬、9月上旬を中心に羽化が見られる。但し、1973年と古い文献なので、現在は少し発生が前倒しになっているかもしれない。

渓流沿いや樹林周辺の明るい所に多く、♂♀共に花に吸蜜に訪れる。♂は午前中に活発に飛び、好んで吸水に集まる。但し、他のカラスアゲハ類に比べて個体数が少なく、他種に紛れて吸水していることが多いので注意が必要。他と比べて大きい個体がいれば、本種の可能性を疑ってかかるべし。
飛翔は他のカラスアゲハ類の中では、ややゆるやかな印象があるが、決してトロいワケではない。むしろ一番敏感かもしれない。吸水中でも、近づくと他のアゲハと比べて反応が早い。

なおタイワンカラスアゲハの採集記は、アメブロの『発作的台湾蝶紀行』の第28話 「イエローミートバレー」他にあります

 
【幼生期及び食餌植物】
『アジア産蝶類生活史図鑑』には、Euodia glauca ハマセンダンとToddalia asiatica サルカケミカンが食餌植物とあった。

台湾では以下のようなものが記録されている。

賊仔樹 Tetradium glabrifolium
吳茱萸 Tetradium ruticarpum
食茱萸 Zanthoxylum ailanthoides

一番上は、カラスザンショウ。
上から2番目は、ゴシュユ。3番目はホソバハマセンダン。何れもミカン科の植物である。
ホッポアゲハと同じく、またもやサルカケミカンもハマセンダンもあげられていないが、まあそこをツッ込んだところで泥沼迷宮じゃろう。カラスアゲハ類全般が食う樹種ならば、幼虫に与えれば食して、問題なく成長するとみられる。

それでは、いつもの幼虫の御披露目タイムだ。
今回もキモかわキューティーちゃんである。

 
【側面】  
(出典『圖録検索』)

 
【側面及び俯瞰図】
(出典『アジア産蝶類生活史図鑑』)

 
青い紋が顕著になり、中々にお洒落さんだ。
成虫はカラスアゲハ界ではかなり地味な存在なのに、幼虫はこの群の中では最も美しいとは何だか逆説的だ。

 
【正面写真】
(出典『アジア産蝶類生活史図鑑』)

 
ホッポアゲハ程とぼけた顔ではないが、そこそこ可愛い。でも目つき(頭部側面の眼状紋)が奈良美智(註2)の登場人物みたいで、ややひねくれ顔だ。まあ、写真を撮る角度で、そう見えるだけだと思うけど。

 
【蛹】
(出典『生物多様性資訊入口網』)

 
(出典『圖録検索』)

 
ホッポアゲハの回では冬季越冬時に見られる茶色いタイプの蛹の画像を見つけられ無かったが、コチラは『アジア産蝶類生活史図鑑』に茶色いタイプも載っていた。
でも、面倒クセーので端しょります。卵もアゲハは皆変わりばえしないので添付なしです。

幼生期の生態は、近縁種のカラスアゲハ(Papilio bianor)と変わらないという。
文献によると、卵から羽化まで約40日間を要するようだ。
以下、例をあげておく。
6.24 産卵。6.28 孵化。7.20 蛹化。8.2 羽化。

イナズマチョウとかは、あまりにも邪悪すぎる姿なので無理だが、アゲハの幼虫だったら、飼ってやってもいいかなあ…(笑)。

                 おしまい

 
 
追伸
今回は完成するまで何やかんやと時間がかかった。
これは書き方を変えてみたからです。いつもは頭から順に書いてゆくのだが、今回は先に各項目を並べて、書きたいところからアトランダムに書いていった。
最初から各部門に分ければ、より効率的に書き進められると思ったからである。
しかし、コレが失敗だった。気分次第でアッチコッチ書くので、各章の連携を無視してズンズン書いてしまった。したら、全体的な整合性が合わなくなってきた。各項目で重複した記述が一杯出てきたのである。そうなれば、当然どっちかを削らなければいけない。
しかし、文章には流れと云うものがあるワケで、そこだけ削ると文脈やレイアウト(構成)がオカシクなってしまうのだ。各章の連結も悪く、全体的な文章の流れもヨロシクなくて、読んでいてもどこか居心地の悪いチグハグな感じなのだ。それを修正しようと四苦八苦しているうちに時間が経ったというワケである。まあ、途中でイヤになって、放り出してた期間もあるんだけどね。

 
(註1)台湾のミヤマカラスアゲハ
今や古典と言ってもいい『原色台湾蝶類大図鑑』には図示・解説されているが、その時点での記録は1935年、台北州新店で採集された1♂のみ。その後、ミヤマカラスに触れた文献ほ殆んど無いようだし、たぶん再発見はされていないと思われる。きっと現在では大陸側(中国)からの迷蝶扱いとされているのだろう。

 
(出典『原色台湾産蝶類大図鑑』)

 
美麗種としてならしているミヤマカラスにしては、汚いのぅー(# ̄З ̄)
見た目、カラスアゲハにしか見えへん。本当にミヤカラなのかなあ?…。交尾器を見ないと、こんなの判断できないよね。
まさか学者が交尾器も見ないで判断するワケはないから、ミヤマカラスで間違いないとは思うけどさ。
けど、標本が残ってて、調べなおしたら案外カラスアゲハだったりしてね( ̄∇ ̄*)

台湾の蝶15 ホッポアゲハ

 
      アゲハチョウ科 2

     第15話 『美貌の覇者』

 
ホッポアゲハは台湾で最も採りたい蝶の一つだった。
なぜなら台湾特産種で、しかも台湾屈指の美しさを誇る蝶だからである。
いや、メスならば台湾のみならず世界のAchillides(アキリデス=カラスアゲハ類)、ひいては世界のアゲハの中でも屈指の美しさだろう。

初めて出会ったのは、標高2000m前後の開けた尾根の小ピークだった。
♂だろう。メスを待つために高い樹の梢でテリトリーを張っていた。
テリトリーといっても、ゼフィルス(ミドリシジミの仲間)やタテハチョウのように葉上の先に止まり、別な蝶が飛んできたらスクランブル発進、追尾して追い出し、また同じ場所に戻ってくると云うのではない。止まることなく、回遊しながらパトロールしているといった感じだった。
飛ぶスピードは他の♂を追いかけ回す時以外は、そんなに速くはない。むしろ上昇気流に乗り、ゆったりと飛んでいる。だが、その高さは高い。地上7mから10m。制空権を支配する覇者の如く悠然と飛翔していた。王者の睥睨である(註1)。

 
【Papilio hoppo ホッポアゲハ♂】
(2016年 7月 台湾南投県仁愛郷)

 
その様はラオスやタイで出会ったオオクジャクアゲハを彷彿とさせるものがあった。
♂のテリトリーの張り方が似ているし、その占有する高さも7mくらいが多い(註2)。活動する標高もどちらも2000m前後から上が中心だ。

【Papilio arcutrus オオクジャクアゲハ♂】
(2014.3.28 Laos Samnua)

 
両者は見た目も近いところがある。
それで思い出した。そういえばホッポアゲハは昔はオオクジャクアゲハと同種で、その1亜種とされていた時代もあったのだ。
まあ生態も似ているし、斑紋形態の基本的パターンも近いから、そう考えた学者がいても不思議ではない。
きっとオオクジャクアゲハが東に分布を伸ばし、台湾に到達したものが長く隔離される中で独自に進化していったんだろうね。

但し、裏面はかなり違うし、別種とするのが妥当でしょう。

 
【ホッポアゲハ♂ 裏面】
(2016年 7月 台湾南投県仁愛郷)

 
本来このAchillides(Paris group)の仲間は、下翅裏面に並ぶ紋が一重なのだが、ホッポは何と二重紋になっているのである。
艶やかでゴージャスだ。黒と赤のコントラストに身悶えする。裏面はこのグループの中では最も美しいだろう。これに異論を唱える者はいないでしょう。いたとしたら、美的感覚を疑うよ。

この美しき赤い紋は、同じく台湾特産種であるアケボノアゲハの♂に擬態しているのではと云う説がある。
つまり体内に毒を有するアケボノアゲハに似ることによって、鳥の捕食から身を守っているのではないかと云うワケである。いくら似たいからって、そんなに簡単に似せられるもんかね❓
念じれば何とかなるって凄いな。ワシもあやかりたいよ。明日から王子様 羽生結弦くんになることでも念じてみっか。男の一念、巌(いわお)も通すというではないか。
(・o・)ほよっ?、あれは女の一念だっけか(笑)

兎に角このベーツ型擬態(註3)ってのは、理論として理解できなくもないが、オツムの悪いオラには俄(にわか)には信じがたいよ。そんなに都合よくいくもんかね❓ 学者のコジツケ的推論が、たまたま業界の理解を得て拡がったとは言えまいか…。

とはいえ、時間軸を長くすれば説明は可能かもしれない。
例えば、突然変異で裏面が二重紋で赤が目立つ蝶がたまたま沢山生まれた年があったとする。そして、オオクジャクアゲハのノーマル型よりも鳥に狙われずに済み、生き残ったとしよう。すると、赤い型同士が交尾する機会が増え、そのパーセンテージが徐々に上がってゆく。それが長きに渡って繰り返され、次第にノーマル型が減っていき、やがて消えてしまって別種になったとは考えられないだろうか❓
ダーウィンの自然淘汰説というヤツである。
まあ、実際に見た人はいないだろうから、永遠の謎だけどね。
でも正直言っちゃうと、こんなの必然としての擬態とは言えないよね。蝶本人の意志ではなく、たまたま赤い型がアケボノアゲハに似ていて、たまたま鳥に襲われにくくなったという偶然の結果に過ぎないんじゃないかと思うよ。

 
【Atrophaneura horishana アケボノアゲハ】
(出典『原色台湾蝶類大図鑑』)

 
両種は垂直分布も重なるので(2000m以上の高地)、擬態している可能性はあると思うが、アケボノアゲハの飛んでいる所は見た事がないので個人的には何とも言えない。
しかし、アケボノアゲハはジャコウアゲハの系統なので、飛び方はゆるやかなのは間違いないだろう。
だとすれば、少なくとも飛ぶのがそれよりも明らかに速いホッポの♂の擬態効果は低いのではないかと思う。メスはそれなりにゆったりと飛ぶので、似ていなくもなかろう。だから、擬態効果が発揮されてるとしたらメスの方だろう。

 
一応、参考にオオクジャクの裏面写真も添付しておきます。

 
(出典『蝶の標本 麗蝶』)

 
赤紋は他のカラスアゲハの仲間よりもやや大きく見えるが、基本的にはカラスアゲハ系統の裏面そのものだ。
そう云う意味では、ホッポアゲハはこの亜属(種群)の中では特異な存在と言えよう。
因みに、二重紋といえば想起されるのがクロアゲハだ。一部にそういう型が現出するようである。

 
【Papilio protenor クロアゲハ♀】 
(出典『日本産蝶類標準図鑑』)

 
あっ、コレって表面ではないか。
裏面の二重紋をネットで探そっと。

 
(出典『変異・異常型図鑑』)


いやはや凄いのもいるんだね。
それにしても、コヤツらは擬態しているとしたら何に擬態しているのかね❓
いや、擬態じゃないよね。単なる異常型だよな。何だか頭がこんがらがっちやってきたよ。

  
去年(2017年)は低いところでも採れたので、ちよっと驚いた。

 
(2017年 6月 台湾南投県仁愛郷南豊村)

 
標高700mを切っていたと思う。
正面から飛んできたのを咄嗟にさばいて、網の中を覗いたらホッポだったので(゜ロ゜)ありゃまと思った。
文献では垂直分布は標高1200~4000m近くと聞いていたから、まさかそんな所で採れるとは思っていなかったのだ。
調べたら、alt.455mでの採集記録もあるようだ。
但し、偶産みたい。なぜなら『アジア産蝶類生活史図鑑』に拠ると、低標高で幼虫を飼育するとまともに育たない旨が書いてあったからだ。
あまりにザックリした言い方なので、図鑑から抜粋しよう。

『1200~2500m前後に最も多く、1000m以下の低地からも稀に得られる。しかし、飼育の結果からいえば、このような低地においては人工的な産卵も、幼虫の成育率もきわめて悪く、羽化した成虫も小型のものが多いから、低地における採集例はかなり例外的なものと考えられる。』

あくまでも自分の経験だが、埔里周辺では標高2000m前後から2400mくらいで多く見られた。

因みにだが、オスをメスと間違える人は多いようだから注意が必要だ。実際、ネットにあげられている写真でもちょこちょこ誤同定が見受けられる。
これは♂の表面が明るい緑色だからだ。この緑色が日本のカラスアゲハ類(カラスアゲハ、オキナワカラスアゲハ、ヤエヤマカラスアゲハ、ミヤマカラスアゲハ)の♀の色に近いからだろう。
おまけに、日本のカラスアゲハ類のオスに定番に具わっている性斑が無いのだ。それも間違える原因になっていると思う。あっ、性斑というのは、上翅の表面にあるビロード状のお毛々の事です。

自分も実際、一度だけ見事に間違えてしまった。
午前11時くらいだったと思う。林縁から少し中に入ったところで、羽を広げて静かに止まっていたヤツを偶然見つけた。オスがバンバンにテリトリーを張っている時間帯である。そんな時に林内で休んでいるのは、だいたいにおいて♀である。しかも、色は日本で見慣れた♀の色にそっくりなんだから、てっきりそうだと思い込んでしまったのである。
無事捕らえて、しめしめと思いつつ手にしてから何か変だなと感じて♂だと理解するまでには、たっぷり10秒はかかったかと思う。

(;・∀・)あっ、メスと云う言葉で気づいた。
書いているうちに擬態だとか何だとかと逸れていってしまい、肝心のメスの画像を添付するのを忘れてたよ。

 
【Papilio hoppo ♀】

 
表の赤紋が発達していて美しい。
♂も美しいが、♀のこの白眉なる美しさの前では霞んでしまう。
でも、メスには滅多に会えないんだよね。
蝶がよく飛んでくる花場で1日待っていたとしても、1回飛んでくるか来ないかと云う確率だった。
まあ、日本のカラスアゲハでもメスにはそんなに会えないから当たり前か…。食樹に産卵に来るのを待って採る方が、よほど遭遇する確率は高いだろう。
しかし、食樹だったらどの食樹にでも母蝶が卵を産みに来るワケではないから、その木を探しあてるのは大変だ。短い滞在期間でそんな事はやってらんないよね。
たとえ台湾に行ったとしても、メスの採れる確率は皆さんが思っているほど高くはないですよ。Ψ( ̄∇ ̄)Ψケケケケケ。オラって、性格悪いのだ。

 
【♀裏面】

 
裏面も凄いかと思いきや、オスとあまり変わらない。
まあ、これ以上赤いところが増えたら、擬態効果が無くなっちゃうもんね。

ホッポアゲハの採集記はアメブロの『発作的台湾蝶紀行』にあります。
第11、12話「幻の美女」の前後編、32話「ヤッチマッタナ!」、37話「炸裂秘技大開帳!」39話「揚羽祭」などに登場しています。
例によって不親切なので、URLは貼り付けません。
興味のある方は、御自分で探されて下され。ハツカネズミ並の脳ミソさえあれば簡単に見つかります。

何だか文章が荒れてきてるなあ…。
やさぐれがちなのは、体調が思わしくないのだよ。
文章長いし、苛々してきた。
そろそろ、とっとクロージングに向かおう。

 
標本写真も添付しときまっさ。

(2016年 7月 台湾南投県仁愛郷)

(2016.7 台湾南投県仁愛郷)

(2017.6 台湾南投県仁愛郷)

 
何だか今一つの展翅だ。
まあ去年はたくさん完品が採れたし、そのうち展翅すればいっか…。

 
【ホッポアゲハ♀】

 
これは真面目に展翅したので、自分でも納得の出来。
こういうのを見ると、また会いたいなあと思う。
蝶でも人間でも、美人には同じくらいの恋慕の情がある。他人には理解し難いだろうが、蝶に魅せられると云うのは、そういう事なのだ。マジで盲目になるところがある。

 
比較の為にオオクジャクアゲハの画像も添付しときまっさ。

 
【オオクジャクアゲハ♂】
(2016.4 Thailand Fang)

 
何か真っ直ぐ撮れてなくて、歪んだ写真だなあ…。
気にくわないので、展翅板から外したものも添付。

 

 
今度は真っ直ぐだが、酷い写真だ。
ライティングとかちゃんとしてないとキレイな写真は撮れないんだろな…。
メンドクセーからする気は全くないけどさ。

因みにオオクジャクの♀はホッポみたいに表の赤紋は発達しない。だから♂と♀の見た目はさほど変わらない。
ついでだから言っとくと、オオクジャクはオオとつくだけあってホッポと比べてかなり大きい。と云うかホッポ自体がそもそもあまり大きくない。春型よりも大きいとされる夏型でさえ、日本のカラスアゲハの春型くらいか、やや小さいくらいだ。
だが、春型の方が色が明るくて美しいとされている。
春型も一度は採らねばのう((o( ̄ー ̄)o))

  
【学名とその由来とか何とかetc…】
学名の属名「Papilio」は、ラテン語で蝶と云う意味。
小種名の「hoppo」は地名由来。台湾中北部・新竹県の北埔郷で最初に見つかったことから命名された。
その最初に採集したのが当時の北埔支庁長 渡辺亀作氏。ワタナベアゲハ、ワタナベキマダラヒカゲ、ワタナベシジミは、この渡辺氏に因んだ和名だ。
しかし、氏はこれらの名がつけられたことを知らないままに亡くなられたという。台湾史に残る暴動事件、北埔事件の犠牲になって殉職されたのだ。
ホッポアゲハのあの鮮やかな赤は、血塗られた赤なのかもれない…。などと勝手に結びつけたくなるが、勿論そんなことはない。単なる自分のロマンティシズムだ。美しい蝶には関係のないことだ。

そういえば「アジア産蝶類生活史図鑑」では属名にAchillidesが使用されているが、これは現在はシノニム(同物異名)となっていると思われる。
ついでに言っとくと、Achillidesはラテン語で、たぶんギリシヤ神話の英雄アキレウス(アキレス)の息子を意味していたと思う。

台湾名は「雙環翠鳳蝶」。
「雙」は、二つの、二重の、ダブルといった意味で、「環」とは囲むとか、巡らせたといった意味だから、これは裏面の二重紋の事を指しての命名だろう。
「翠」は緑色。「鳳」は瑞鳥のことで、鶴や鳳凰などのめでたい鳥のことです。付け加えると鳳はオスの鳳凰のことで、凰がメスを表しています。
「鳳蝶」は中国語ではアゲハチョウに冠される名前だから、つまりは二重紋のある緑色のアゲハチョウってワケだね。

他に別称として次のようなものがあった。
重幃鳳蝶、雙環鳳蝶、北埔鳳蝶、重月紋翠鳳蝶、重幃翠鳳蝶。
重幃鳳蝶の幃は日本の漢字では帳(とばり)にあたる。謂わば重厚なカーテンだね。これも裏面の二重紋をベルベットのカーテンに喩えているのだろう。
雙環鳳蝶は翠が無いだけだから、もう説明不要だろう。
北埔鳳蝶は和名そのままに原産地の北埔を採用したものだね。
重月紋翠鳳蝶も裏面を月に喩えていると思われる。
重幃翠鳳蝶も説明不要でしょう。

和名はホッポアゲハでいいと思うけど、普通なら何とかかんとかカラスアゲハ、例えばウラアカカラスアゲハとかの和名和名したコテコテの和名がついてても良さそうなもんだけど、何でそうならなかったんだろね❓
不思議ですよ( ̄З ̄)

えー、ここで全然関係ないけど、ホッポアゲハを花場で待ってる時は、よく鼠先輩の名曲『六本木ーGIROPPONー』をもじった歌を口ずさんでました。

『🎵ホッポポポポポポポッーポー 🎵ホッポッホッポポポポホッポッポッポッポッポー…』
(-“”-;)阿呆である。

鼠先輩「六本木ー GIROPPON ー」
(青いとこポッチで偉大な鼠先輩の曲が聞けます)

待ってても、そんなに頻繁に飛んで来るワケもなく、一人で突っ立ってると退屈なのだ。アホにならんと、やってらんないのである。

で、飛んで来た時も口ずさみ続けて、
『🎵ホッポポポポポポポッーポ🎵ホッポポポポポポポッポッポッ(#`皿´)ポーッ=3❗❗』ってな具合で最後のフレーズで網を💥ガツーンと振ってた。
なぜだか、これがまた見事に採れるんである。もう百発百中で、このパターンで振り逃したことは一度たりともなかった。
嘘だと思うなら、試してみな。Ψ( ̄∇ ̄)Ψケケケケケ

  
【分布と発生期】
台湾特産で、中北部から南部の中高海抜の山地帯に広く分布する。標高1200mから4000m近くまで見られるが、2000~2400mの間に最も多く、1000m以下の低地でも稀に得られる。
3月下旬から11月上旬に渡って見られ、年数回の発生を繰り返す。
埔里周辺では6月から7月に見られたが(おそらく第2化)、7月は鮮度は悪くないものの、鳥にやられたのか翅がザックリいかれた個体ばかりだった。

 

 
何れも2016年の7月10日前後のものである。
結構バチバチにいかれている。裏の赤紋、ホントに鳥に対して擬態効果があんのかね❓
そもそも擬態つっても、人間目線で言ってるに過ぎないのである。効果の程を鳥に直接訊けるワケではないから、本当のところはわからない。
だいたい鳥の眼って四原色(註4)じゃなかったっけ❓三原色でモノが見えてる人間とは、見てる風景がそもそも違うんだよね。
人間って、最初に答えありきで、無理矢理こじつけで論理をくっつけたがるクセがあるからね。
あっ、『オマエもじゃ!』とツッこまれそうだ。
そん時は、ハイ、そうですと認めます。ワタシャ、素直すぎるくらいに素直な人なのだ。

えーと、勿体ないので、コヤツらは合体させてニセ完品を作るつもりです。

この年はたまたま鳥にやられた個体が多かっただけかもしれないけど、完品を撮影や採集したければ、適期は6月中旬だろう(年によって変動はある)。但し、梅雨がまだ明けてるか明けてないかの微妙な時期でもあるので、運が悪ければ連日雨なんてこともある事をつけ加えておきませう。

 
【生態】
♂は午前中8時半くらいから山頂や尾根筋の樹梢でテリトリー(占有行動)を張る。その際、止まる事は殆んどなく、周囲を回遊する。
飛ぶ高さは周囲の木の高低にもよるが、主に7m前後が多かった。時折、低いところに降りてくるので、その時が撮影や採集のチャンス。
その日の天気次第にもよるが、午前10時~10時半くらいにピークがあり、次第に数を減じて、午後になると姿を見なくなる事が多かった。
明るい開けた場所を好み、林内で飛ぶことはない。
♀は何処かで憩んでいるのだろう。飛翔は滅多に見ない。
♂♀ともに花蜜を求めて花を訪れる。吸蜜は主に午前中に行われ、昼を過ぎると一旦姿を見せなくなる。午後2時半くらいから再び現れ、日没近くまで見られる。但し、訪れる個体は午前中の方が圧倒的に多かった。
♀は午前中の早い時間(午前9時前後)と午後4時くらいに現れる事が多かった。
♂は吸水にも訪れ、その時が最も観察しやすい。

 
【幼生期と食樹】
『アジア産蝶類生活史図鑑』によると、野外ではミカン科のEuodia glauca ハマセンダンとToddalia asiatica サルカケミカンの2種が食餌植物として確認されているとあった。

台湾の文献では、次のようなものが食樹として記録されている。

賊仔樹 Tetradium glabrifolium
飛龍掌血 Toddalia asiatica
食茱萸 Zanthoxylum ailanthoides

上から2つめがサルカケミカンだね。
一番上はホソバハマセンダン。三番目はカラスザンショウである。
日本のカラスアゲハ、オキナワカラスアゲハ、ヤエヤマカラスアゲハ、ミヤマカラスアゲハの食餌植物と同じなんだね。
それにしても漢字名が何だか仰々しいよなあ…。

 
それでは恒例のゾグッとくるぜの幼虫写真といきましょう(一応、閲覧注意ね)。

 
【幼虫側面】
(出典『臺灣生物多様性資訊入口網』)

 
さんざんぱら、イナズマチョウ軍団やイチモンジチョウ師団のスーパー邪悪なる姿を見てきた身としては拍子抜けだ。もはや可愛くさえ思えてくる。

次のコレなんかは、キューティーと呼びたくなってくるくらいだ。

  
【幼虫前面】
(出典『アジア産蝶類生活史図鑑』)

 
ちよっと惚(とぼ)けた感じが可愛い。お目々なんて、バリにキュートだ(実際は目ではなくて、そう見える紋だけどね)。

おいおい、長年、毛虫・芋虫を毛嫌いしてきたのに、この傾向は免疫できちやってんじゃねえのか❓
う~む、こういうのって、心理学で云うところの「Door in the face」とかって事なんだろなあ。
ドア・イン・ザ・フェイスってのは、例えば女の子に最初に『たのむから一回やらしてくれ。』と言って断られた後に、すかさず『じゃあ、手だけでも握らせてくれ。』と言って、まんまと手を握る方法である。
あっ、これは今回の例とはまた違うか?
まあいい。何れにせよ、人間の意識なんてものはどうにでもなるのだ。怖いよね。

 
【蛹】
(出典『臺灣生物多様性資訊入口網』)

 
越冬態は蛹。
色は何色なんだろね❓調べたが、よくワカンナイ。
日本でもアゲハ類は蛹で越冬するのだが、その際の色は緑色ではなくて茶色になる事が多い。目立たないように葉が落ちた周囲の色に合わしていると言われている。
でも台湾は亜熱帯で常緑樹が多そうだ。緑色の可能性もありそうだな。

幼虫、蛹ともにオオクジャクアゲハと極めて似ている。写真を見た限りでは、強いて言えば頭部がオオクジャクの方が白っぽい。
何れにせよ、両種はとても近い類縁関係にあるのだろう。

 
【卵】
(出典『アジア産蝶類生活史図鑑』)

 
卵はつるつるで、タテハチョウ科などのように表面に複雑な造形は全く無い。全然もって面白くないのだ。
アゲハの仲間の卵はどれもこんな感じのもんざます。種間にさしたる違いはないのだ。拠って次回からはアゲハの卵は基本的に添付しませんので、あしからず。

                 おしまい

  
追伸
次回もアゲハの予定です。
同じカラスアゲハの系統のタイワンカラスアゲハ、カラスアゲハ、ルリモンアゲハの何れかになるかとは思う。
分類学的にややこしい奴等ばかりなので、書く前からちよっと憂鬱です。迷宮の深みに嵌まらないことを祈ろう。

(註1)王者の睥睨
とはいっても、春先はキボシアゲハやカバシタアゲハの方が強くて、彼らに追いかけ回されるという。
この2種は春のみの年1化の発生なので、繁殖にそれだけ必死なのかもれないね。

(註2)テリトリーを張る高さ
オオクジャクアゲハはラオスのサムヌアでは7mくらいで、その上10m~をテングアゲハが占有していた。タイでも一番北の生息地では同じ構図だった。
しかし、タイの別の生息地では腰から上(1m~2m)の低い所を飛んでいた。これは山頂が草原になっていて、高い木が無かったせいだろう。ホッポアゲハも木が5mくらいのところでは5m前後を飛んでいたから、周りの木の高さに準じて飛ぶ高さが決まってくるのだと思われる。

(註3)ベーツ型擬態
葉や幹、枝などの自然物に自らを似せ、天敵から身を守る(カマキリ等はその逆利用)のが一般的に擬態と呼ばれているものだが、それに対して毒のあるものに自らをそっくりに似せることによって捕食者の目から免れるタイプの擬態は、ベーツ型擬態と呼ばれている。

(註4)四原色
光の四原色の事。
人間と有袋類は、赤、緑、青の光の組合せを眼が感知して色を認識しているが、鳥はこれにプラスして紫外線も見えている。
だから人間には同じ色に見える雌雄の鳥でも、鳥たちには全く違った色に見えているようなのだ。
因みに、昆虫や爬虫類も四原色とされている。だから、モンシロチョウなんかは我々にはオスもメスも白に見えるが、四原色の者からは一方は黒っぽく見える(たぶんメス)ようなのだ。
ついでに言っとくと、哺乳類の殆んどが二原色。
ゆえにネコちゃんには、この世界は白、茶色、黒で構成されたモノクローム的世界に見えているようなのだ。つまり、ネコや犬の世界には赤と青しかなく、緑色が存在しないのである。だから人間みたいに電気信号を脳内で変換して、沢山の色として可視化することが出来ない。
おまけにネコは弱視で、その見ている風景はかなり荒い画像のものだと言われている。それをカバーする為に嗅覚が発達したと云うワケだね。

台湾の蝶14 ムラサキイチモンジ

  
      タテハチョウ科11

      第14話『紫の貴公子』

 
結構、自分にとっては曰くつきのある蝶である 
初めて見たのは、ラオスのポンサヴァン(Phonsavan)。
2014年の3月下旬だった。
ひらひら緩やかに飛んでいた。見たこともない蝶だったから気合いが入ったし、緊張もした。知識は無くとも珍品か否かは何となく解るものだ。言葉では説明しにくいが、珍なる蝶には独特のオーラがある。
そこそこ大きかったし、間違いなく♀だろうと思った。ならば、益々得難いと本能的に感じてた。
いまだに思い出すけど、ひらひら飛びではあるけれど、その飛ぶ軌道が一定では無かった。急にブレーキをかけて向きを変えたり、上下にもブレる。
ここからは負け惜しみである。言い訳をかまさせて戴く。
ゆえに慎重になった。振ろうとした瞬間に軌道を変えるので、思いきって振るのをすんでのところで踏みとどまったのが少なくとも2回はあった。
そうだ、思い出した。一番最初はブッシュを抜けた瞬間、出会い頭で正面から近寄ってきた。その距離50㎝以内である。しかし、狭い場所で窮屈だったから咄嗟に網が出なかった。野球でいえば、真っ直ぐ飛んでくる正面の打球は足が止まり、意外と捕球が難しいとか、内角の球をキレイに振り抜くのは難しいと云うのと同じ状況だろう。
そういえばトゲトゲの草も生えていたから、思いきって振るのにも躊躇があった。慎重にチャンスを待った記憶が甦ってくる。
しかし、結局は網を一度も振れずじまいで、やがて彼女はゆっくりとブッシュの向こうへと消えていき、二度と戻って来なかった。
そして、その後インドシナ半島では一度もムラサキイチモンジには会えていない。

振らなきゃ採れるワケがない。確率ゼロだ。忸怩たる思いである。しかるべき時にしかるべき決断が出来ない者は死んだ方がいい。いつまでもチビ黒サンボの周りを回り続け、バターになってしまえばいいのだ。

普段はそれほど考えずに一閃できるのだけれど、時々エアポケットみたいに下手に慎重になる時がある。
そして、そういう時は大概良くない結果に終わるのだ。解ってはいるんだけど、どうしても欲しいモノを前にすると固まってしまう時があるのである。
何だか恋愛論を語っているみたいだ。そうなのだ。蝶を追いかけることは恋と同じなのだ。

だからこそ、台湾初日にして出会った時は興奮した。
吸水に来た個体を見た時は、テンションが一挙にハネ上がったのをハッキリと憶えている。
フラれた女にはリベンジしなければならない。
しかし、とても敏感な蝶で中々間が詰めれなかった。
自分にとっては、こういう時はかえって良い。たぶん喜怒哀楽のうちで怒りが自分の一番の原動力なのである。奮い立つ気持ちが動きを俊敏にさせ、冷静にもさせる。慎重且つ大胆に電光石火で網を被せたのを思い出す。
その時の個体が、下の個体だ。

  
【Parasarpa dudu ムラサキイチモンジ♂】
(2016年 7月 台湾南投県仁愛郷南豊村)

 
【裏面】
(2016年 7月 台湾南投県仁愛郷南豊村)

この裏面が稀有だ。他に似たものはいない。美しい。
指先が震えた。
キリッとした蝶で、品もあるから『紫の貴公子』とでも呼びたくなる。

その後、何度か出会えた。その度に飽きることなく捕らえた。男前とか美人の蝶は緊張感を伴うので対峙していて楽しい。

 
2017年にも会えた。

(2017年 6月 台湾南投県仁愛郷南豊村)

(2017年 6月 台湾南投県仁愛郷南豊村)

美しくて、敏捷な蝶は無条件に好きだ。
膝まずきたくなる。と、同時に征服したくもなる。
そこには狩猟本能のエクスタシーがある。
だから、蝶採りはやめられない。

 
標本写真も添付しておこう。

しかし告白すると、♂しか採れていない。
一度だけ、ホッポアゲハを待っている時に横から不意にメスが飛んできたが、恥ずかしながら振り逃がした。
しかも、ふらふら飛びのヤツである。
言いワケ太郎的には、ホッポのメスに集中していたからだとか、足場が悪かったとか、急だったので心の準備が出来ていなかっただとか御託を並べたいところだ。
しかし、本当はオイラが惚れた女には弱いイモなだけだ。いや、厳密的にはそうではない。惚れていても自由闊達に振るまえる事の方が遥かに多い。ただ、ある種の相手にだけはそうなだけだ。その際、愛の量の多少は関係ない。
とにかく人間と同じで、ある種の蝶とは縁がないと云うか相性が悪いのだ。

と云うワケなので、カッコ悪いがメスの画像をよそから引っ張ってこよう。

(出展『原色台湾蝶類大図鑑』)

上がオスで下がメスだ。
基本的には雌雄同斑紋だが、メスの方が白帯が太くて翅形が丸くなる。そして、遥かに大きい。
書いていると、なんだか採れなかった事に沸々と怒りが込み上げてきたよ。
基本は単独で動くけど、やっぱ他人と一緒に採集した方がいいのかなあ…?
誰かと一緒に採集していると、馬鹿にされたくないから気合いが入るし、集中力も増す。だから、あまり振り外すことは無い。ええカッコしいで、自尊心が強いのである。
人前で振り逃がすのはカッコ悪い。そして、大概の人は無理な言い訳をカマすから、益々カッコ悪くなるのだ。それを避けたくば、人前で常に鮮やかにネットインしなければならぬのである。
でも誰かと一緒ということは、イージーチャンスを振り逃がすと、結構後々までネタにされるんだよねぇ…。
プーさんや麿師匠のルーミス(註1)とか、小太郎くんのクモツキ(註2)、アニキのムモンアカ(註3)とかがすぐ頭に浮かぶ。自分なら、ジャコウアゲハでやらかしている。あと樫尾さんの前で振り逃がしたオオイチモンジの♀も相当カッコ悪かった。

何か話が逸れたね。 
そうだ、忘れるところだった。
気を取り直して標本の裏面写真を添付しよう。

裏面を見ると、翅の根元の斑紋がちよっとイナズマチョウに似ている気がする。

 
【タカサゴイチモンジ裏面拡大】

 
【ムラサキイチモンジ裏面拡大】

根元の斑紋に同じ系統を感じるのは、気のせい❓
一応、タイワンイチモンジの裏も見てみよう。

  
【タイワンイチモンジ裏面拡大】

同じイチモンシチョウの仲間とは言っても、タイワンイチモンジ(Athyma)とは属も違うし、斑紋だけだと類縁性は感じられない。ムラサキイチモンジは分類学的には案外イナズマチョウに近いのかもしれない。
とは言っても、蝶には他人の空似というのがよくある。
交尾器とかはどうなってんのかなあ?
見ても、全然ワカランと思うけどさ。

 
【学名の由来など】
学名のParasarpaもduduも語源は不詳。
記載者のMooreの創作とされている。
台湾のモノは亜種「jinamitra」とされており、語源は梵語(サンスクリット語)由来で、勝者の友人の意。

『原色台湾蝶類大図鑑』や『アジア産蝶類生活史図鑑』では属名がSumalia(語源不詳)となっているが、最近の殆んどの文献がParasarpaとしているので、現在Sumaliaはシノニム(同物異名)になっているのではないかと思う。結構、生き物って学名の変更が頻繁にあるんだよね。
名前が変わる事情はそれなりに理解はしているが、正直、一般人としては面倒クセーなと思う。名前と云うものは本来解りやすくする為にあるのにも拘わらず、かえってややこしくなってて、本末転倒なんじゃねえのと思ってしまう。

台湾名は紫俳蛺蝶。
俳は中国語では、並ぶ、並べる、列などを表すようだ。
別称は紫單帶蛺蝶、Y紋俳蛺蝶、紫一文字蝶、紫一字蝶、忍冬單帶蛺蝶。
Y紋とは上翅の帯の形からだろう。また、忍冬は植物のスイカズラ(ニンドウ)のこと。

英名は、White commondore。
Commondoreは海軍准将、代将、提督のこと。
タイワンイチモンジやヤエヤマイチモンジにつけられたsargent(2等、3等軍曹)に比べれば、遥かに位は上だ。納得である。それだけヤエヤマイチモンジなんぞよりも珍しく、威厳や品位があると云うことなのだろう。

 
【分布】
『原色台湾蝶類大図鑑』に拠ると、台湾以外ではシッキム、ブータン(以上の地では極めて稀)、アッサム(普通)、ミャンマー、海南島、スマトラ島(極めて稀)に分布が知られるとあった。
そっかあ…、インドシナではやはり珍しいのかあ。
しかも♀だったワケだから、逃した蝶は大きい。

(出展『原色台湾蝶類大図鑑』)

あっ、分布図には中国西部から南部が入っているのに図鑑の文章には抜けてたよね。
この図鑑はかなり古いので、一応『アジア産蝶類生活史図鑑』でも確認してみる。
図示しないが、ほぼ分布は同じだった。
こういうパターンの分布だと必ずと言っていいほど、マレー半島の高地にも分布しているものだが、どうやらいないみたいだ。

『原色台湾蝶類大図鑑』では、以下の3亜種に分類されていた。
たぶん分布図がさして変わらないから、亜種が増えていたとしても、そう特異なものは発見されていないだろう。

▪ssp.duda duda シッキム、ブータン、アッサム、ミャンマー、海南島

▪ssp.bocki スマトラ島(Battk高原)

▪ssp.jinamitra 台湾

分布が広い割には、亜種数が少ないんだね。
学者は細分化したがるが、素人にはワケわかんなくなるだけだから、亜種は極力濫造して貰いたくないというのが本音です。

台湾では珍ではないが、かと言って普通種ではないと思う。近縁のタイワンイチモンジやヤエヤマイチモンジよりも明らかに個体数が少ないし、棲息地も局所的だ。同じ山塊でも、居る場所は特定されていた。

 
【生態】
『アジア産蝶類生活史図鑑』に拠ると、台湾では2~12月に姿が見られ、年数回の発生を繰り返す。
自分の経験(埔里周辺)だと、夏場は6月下旬から現れ始め、最盛期は7月上中旬が最盛期だろう。
標高500~2000mの常緑広葉樹周辺に見られると云うが、その中心の棲息帯は今一つ解らない。自分の見たのは標高700m前後と2000m前後。ラオスでは1200mくらいだったと記憶している。
図鑑では♂♀ともに飛翔は敏活とあったが、これには疑問を呈する。
確かに♂はそうだ。しかし、♀はそうでもないと思う。見た2回ともが、ひらひら飛びだったからだ。
だいたい、♀で飛ぶのが格別速い蝶なんて、日本と海外を含めても記憶にない。だいたい、♀は♂に比べて飛ぶのが遅い。♂並みにカッ飛ぶ♀なんているのかな❓少なくとも自分は知らないし、聞いた事もない。

♂は路上や草木の低い葉上に止まる事が多い。
テリトリー(占有行動)も張るらしいけど、自分は見た事がない。
♂♀ともに熟した果実や獣糞、花、樹液に飛来すると言われているが、コレも見た事がない。そういえば、果実トラップにも一度も飛来しなかった。
そっか…、振り逃がした♀は花にやって来たのかもしれない。近くにタイワンソクズの花場があって、明らかにソチラに向かっていたような気がする。
慌てる乞食は貰いが少ないのである(あっ、コジキと打っても漢字が出てこない。差別用語って事からなんだろうけど、御苦労なこった。昔からある言葉をないがしろにするのも或る種の差別だと思うんだけどねぇ。何だか言葉狩りの世の中になっちやったよね)。

♂でいいなら、採集チャンスは吸水時が狙い目だろう。敏感だが吸水時間はイナズマチョウ類よりも長い。
斑紋云々とは言ったけど、生態はイナズマチョウよりもヤエヤマイチモンジやタイワンイチモンジ等のイチモンシチョウの類に近いと思う。

 
【幼生期と食餌植物】
『アジア産蝶類生活史図鑑』によると、幼虫の食餌植物は、スイカズラ科のLonicera accminata ホソバスイカズラ(アリサンニンドウ)、L.hypoglauca キダチニンドウとなっていた。

台湾のサイトでは、食樹は一つだけしか表記されていなかった。

忍冬 Lonicera japonica

普通の日本にもあるスイカズラじゃないか。
因みに、生活史図鑑では与えれば良好に育つと書いてあった。
なぜに一つしか表記されていないかを突っつくと碌(ロク)な事が無いので、このままスルーじゃよ。

ハイハイ、それでは恒例の激キモ幼虫タイムである。
今回はエッジの効いた化け物なので、見てもいい人でも心して戴きたい。マジ、ヤバい見た目なのである。
あとで文句言われても困るので、今回も一応閲覧注意と書いておくよ。自己責任で見られたし。

 
(出展『台湾生物多様性資訊』)

地球防衛軍、応答せよ❗、応答せよーっ❗❗
アギャブワビー‰♯△■¢§☆▼※ザザザザザザー。

ムチャクチャやなあ。
何なんだ、チミは❓
悪逆非道。悪の権化。まるで、世界の全ての憎悪を集約したのではないかと云うくらいに醜くておどろおどろしい。

次の正面写真は、もっとエグいぞ。

(出展『flickriver』)

完全にエイリアンとか怪獣だ。おぞまし過ぎる。
否、怪獣もエイリアンもコヤツらをモチーフにして生み出されたと云うのが正解だろう。
皆さん、手近にエイリアンは居まっせ(・┰・)

時々、感じるんだけど、そもそも昆虫ってエイリアンなんじゃないかと思う。別に地球を征服に来たワケじゃないけど、遥か太古の昔に遠い天体から隕石か何かに乗ってやって来て、そのまま地球に適応して分化、繁栄したんじゃなかろうか❓
甲殻類と共に、体の構造が何か特異と云うか、地球的ではないような気がする。

ヤケクソついでに更に画像を添付じゃい(=`ェ´=)❗

(出展『アジア産蝶類生活史図鑑』)

何をどうしようが、邪悪な見てくれである。
もう1つ画像、このキショイ幼虫が他の幼虫様なものに寄生されていると云う全身おぞけまくりのモノを見つけたのだが、この世のものとは思えないくらいの気色悪さなので、流石に自粛しました。
ワシでさえ、背中に悪寒が走ったのだ。気の弱い御婦人などはその場で卒倒、口から泡を吹きかねないのだ。

蛹もかなり怪しい形だ。

(出展『圖録検索』)

蝶の蛹にしては斬新過ぎる頭部だ。
造形の意味が解らない。はたして、その形になる必要性はあるのだろうか?
むうー(-_-;)
もう何か秘めたる異教、まるで邪教の偶像みたいではないか。千年後に蘇生、地球の大地を全て焼き尽くしそうな悪魔の化身を思わせる造形だ。キャラクターデザインのお仕事の方、必見であろう。

(出展『アジア産蝶類生活史図鑑』)

正面から見ても、ヤバいよね。
幼虫と蛹は特異ではあるが、イナズマチョウ型ではなく、どちらかというとイチモンシチョウ型の方がまだしも近い。

  
最後に卵。
安心して下さい。コレは普通のイチモンシチョウ型です。

(出展『圖録検索』)

                  おしまい

 
追伸
えー、今回は和名で憤慨する事もなく、また調べれば調べるほど迷宮に迷いこむ事もなく、無事平穏に終わりました。お陰さまで、すらすら書けた。
実を言うと、このムラサキイチモンジの回、ヤエヤマイチモンジの回の次の日には、もうほぼほぼ完成しておりました。何でかというと、早々と頭の中に構成があったからです。だから筆は思いのほか順調に進んだ。
では、なぜに間がこんなに開いたのかというと、オリンピックに嵌まっちやったからである。
そして、オリンピックロスに罹患。全然、文章なんて書く気にはなれなかったのである。

ムラサキイチモンジの採集記は、『発作的台湾蝶紀行』の第5話 紫の貴公子 の回にあります。興味のある方は読んで下され。

次回はタテハチョウ科を離れ、お約束どうりにアゲハチョウ科です。乞う、御期待!
といっても構想ゼロなんで、あまり期待などされぬように。

(註1)ルーミス
ルーミスシジミの略称。

(註2)クモツキ
クモマツマキチョウの略称。

(註3)ムモンアカ
ムモンアカシジミの略称。

3種何れも日本では珍しいとされる。
だから、人々の嘲笑のネタになるし、本人も口惜しいからいつまでも言われてしまうんだろうね。
 

台湾の蝶13 ヤエヤマイチモンジ

 
 
      タテハチョウ科10

      第13話『月の使者』

 
今回はタイワンイチモンジに引き続き、近縁種のヤエヤマイチモンジ。

 
【Athyma selenopora ヤエヤマイチモンジ♂】
(2016年 7月 台湾南投県仁愛郷黄肉渓)

 
日本の八重山諸島にもいるし、台湾ではド普通種だ。
見た目が日本のものと変わらないし、沢山いてウザいから真面目に採る気にはなれなかったんだよね。
だから、探したが♀の画像は撮っていなかったようで見つけられなかった。沖縄のも無し。
と云うワケで、画像をお借りしまひょ。

 
【同♀】
(出展『臺灣胡蝶誌』をトリミング。)

この蝶もタイワンイチモンジと同じく雌雄異型で、メスの方が一回り大きく、羽に丸みがある。

 
展翅したものも並べておこう。

(2016年 7月 台湾南投県仁愛郷黄肉渓)

(2016年 7月 台湾南投県仁愛郷)

ボロだが、1頭だけ♀も採っていたようだ。
普通種だけど♀は♂ほど姿を現さないので、意外と狙って採れるもんでもないと思う。もっともヤエヤマイチモンジなんて、たとえ♀だってどうしても採りたい人なんていないと思うけど(笑)

♂は前回のタイワンイチモンジに似てるけど、赤い紋が無いので容易に判別できます。
と書いたところで、手が止まる。
ちょい待ちなはれ。赤い紋のあるヤエヤマイチモンジって居なかったっけ?どっかで採った事があるような気がするぞ。いや、あれはタイワンイチモンジ?
突然、頭の中がシッチャカメッチャカになる。

確かあれは2011年、初めて海外に蝶を採りに行った時だ。慌てて画像を探す。

(2011年 4月 Laos Vang vieng)

ごじゃりました。
赤がアクセントになっていて、中々にカッコイイ。
胴体に白線が無いから、タイワンイチモンジではないね。赤紋の位置もタイワンイチモンジとは違うからヤエヤマイチモンジだろう。色もより赤い。
コレって帰国後、師匠にヤエヤマイチモンジやねんでと教えられたんだよね。まさかヤエヤマイチモンジとは考えていなかったので、とても驚いた。と云うか、にわかに信じられなかった。日本にいる蝶でも、遠く離れれば随分と違った姿になるんだなと思った記憶がある。アジア全体からの視点で日本の蝶をみるキッカケになった蝶かもしれない。

 
参考までにタイワンイチモンジの写真も添付しておきましょう。

(2016年 4月 台湾南投県仁愛郷黄肉渓)

 
裏面の写真も無いので、図鑑から拝借しよう。
とは言っても日本産です。

(出展『日本産蝶類標準図鑑』)

タイワンイチモンジとよく似ている。しかし、斑紋も微妙に違うが、何よりも色が違う。より濃い焦げ茶色なので区別は比較的容易です。

 
【学名の由来と台湾での名称】
学名の小種名の「selenopora」は、月形の斑紋があるという意で、ギリシア語のselene(月)➕phero(担う、保持する)が合わさったもの。
何か月の使者みたいで、風情のある学名ではないか。
そう思うと、急に素敵な蝶に見えてきたよ。

台湾のものは亜種ssp.laelaとされる。
語源は『蝶の学名ーその語源と解説ー』には載っていなかったが、アラビア語にlaelaという語があった。
女性の名前に使われ、夜の美しさを表す言葉だから、イメージには合致するし、この辺が語源になっているのかもしれない。

台湾での名称は異紋帶蛺蝶。
雌雄が異紋のタテハチョウって事だね。
他に以下のような別称がある。
玉花蝶、小一文字蝶、小單帶蛺蝶、新月帶蛺蝶、臺灣小一文字蝶、臺灣小一字蝶、棒帶蛺蝶。

玉花蝶の玉花は、天然石(翡翠)の玉の事。装飾品です。翡翠は緑色なので今一つ解せないが、白い翡翠もあるには有るんだよね。
因みに、玉は中国語では美しさの象徴として使われることも多い。

小一文字蝶、小單帶蛺蝶、臺灣小一文字蝶、臺灣小一字蝶、棒帶蛺蝶は、全部横一文字の紋を表している。

新月帶蛺蝶は学名由来だろう。風情のある優雅な名前だ。和名にするとシンゲツイチモンジだ。ヤエヤマイチモンジも悪くないけど、シンゲツイチモンジの方が個人的には好きだね。

英名は「Staff Sergeant」。
タイワンイチモンジのOrange Sergeantと意味はほぼ同じで、二等軍曹(米陸軍、海兵隊)、3等軍曹(米空軍)、曹長(英陸軍)のこと。

 
【分布】
西は西北ヒマラヤより東はジャワ、ボルネオ島、日本の八重山諸島にまで至り、東洋熱帯に広く分布する。

(出展『原色台湾蝶類大図鑑』)

 
図鑑には次のような亜種が列記されていた。

▪Athyma ssp.selenopora 西北ヒマラヤ~シッキム
▪ssp.bahula アッサム
▪ssp.batilda トンキン(ベトナム)、ミャンマー、タイ
▪ssp.leucophryne 海南島(中国)
▪ssp.laela 台湾
▪ssp.ishiana 八重山諸島(日本)
▪ssp.ambarina マレー半島
▪ssp.amhara ボルネオ島
▪ssp.epbaris スマトラ島
▪ssp.jadava ジャワ島
▪ssp.gitgita バリ島

赤紋のあるタイプは、たぶん3番目のssp.batildaと云う亜種に含まれるのだろう。
台湾はssp.laelaという亜種。日本産はssp.ishianaとされる。亜種名は石の意であるが、この石は石垣島を指すものと思われる。

八重山諸島のモノも台湾亜種に含まれるとばかり思っていたが、違うんだね。知ってたら、もう少し真面目に採っていたかもしれない。
でも、どこがどう違うんだ❓

 
(出展『日本産蝶類標準図鑑』)

♂の翅表前翅端に近い白斑が台湾のものと比べて細まっているように見える。
けど、たしか沖縄のヤエヤマイチモンジって、春型と夏型ってのがあって、夏型は一番下の白斑が消失しがちなんだよね。こうなると、自分のような素人にはお手上げだ。同定する自信なし。
ところで、台湾にも春型とか夏型とかあるのかね❓
特に記述は無かったような気がするが、どうなんだろ?

♀は全体的に沖縄のものの方が白斑が大きいように思われる。他の写真でもそういう傾向が見られるような気がする。でも、こんなのは沢山の標本を検してでないと、何とも言えないんだよね。
まあ、交尾器が微妙に違うから亜種になってるんだろうし、発言はこれくらいにとどめておこう。

 
【生態】
台湾本土に広く分布し、海岸林から標高2500mまで見られるが、その中心は低中海抜だろう。
飛翔は敏速だが、すぐ地上に止まるので観察、採集はそう難しくない。
常緑広葉樹周辺に見られ、♂は低木の樹葉上などで占有行動をとり、♀は林縁、林間を緩やかに飛ぶ。
花蜜、樹液を好み、♂は地上で吸水しているものがよく見かけられる。
年間を通して見られ、数回の発生を繰り返す。
越冬態は不定で、卵、幼虫、蛹など様々なステージで冬を越す。

 
【幼生期および食餌植物】
『アジア産蝶類生活史図鑑』によると、トウダイグサ科のGlochidion rubrum ヒラミカンコノキ、アカネ科のWendlandia formosana アカミズキ、Mussaenda pubescens ケコンロンカ、M.parviflora コンロンカがあげられている。

因みに日本で食草として記録されているのは、アカミズキ、コンロンカ、ヤエヤマコンロンカなどのアカネ科。

台湾の文献では、以下の植物が食餌植物として記されていた。

風箱樹 Cephalanthus naucleoides
毛玉葉金花 Mussaenda pubescens
臺灣鉤藤 Uncaria hirsuta
嘴葉鉤藤 Uncaria rhynchophylla
水金京 Wendlandia formosana
水錦樹 Wendlandia uvariifolia

2番目はケコンロンカ、5番目がアカミズキだね。
1番目、3番目、6番目は和名は無いが、アカネ科の植物。4番目はカギバカズラ。これもアカネ科だ。
ようするに幼虫はアカネ科の植物を広く食すのだろう。きっと食性が広いから繁栄していて、普通種なんだろね。

それでは恒例の幼虫のおぞましき姿の登場っす。
今さら遅いけど、閲覧注意ですぞ。

(出展『圖録検索』)

トゲトゲくんだ。
でも、タイワンイチモンジみたく老熟した奴が黄色くならないから、まだ気持ち悪さはマシだよ。

お次は蛹くん。

(出展『圖録検索』)

タイワンイチモンジと同じくゼットン型だ。
けど横から見ると、ちと違う。

(出展『台湾生物多様性資訊入口網』)

コチラはタイワンイチモンジみたく空洞にはなっていない。
一応ここまでは日本のヤエヤマイチモンジと殆んど変わらないように思える。細かくは見てないから、御叱りを受けるかもしんないけど…。

そうだ。日本のヤエヤマイチモンジの蛹の画像も添付しておこう。

(出展『南島漂流記』)

基本的には台湾のものと同じ形だ。
ではなぜに添付したのかと云うと、光の辺り具合によっては金属光沢があるように見えるみたいなのだ。これはおそらく八重山産に限った事ではなく、台湾産でも同じかと思われる。

 
最後は卵。

(出展『圖録検索』)

タイワンイチモンジとさして変わらない。
後々出てくるミスジチョウのグループもこんな感じだから、両者は非常に近い関係であることがよく解る。
蝶に関しては、成虫よりか幼生期の方が類縁関係を知る上では重要なんだなと改めて感じた次第だすよ。

                  おしまい

 
追伸
たかだかヤエヤマイチモンジなんでサラッと終わらせるつもりが、意外と長くなった。この調子だと先が思いやられるよ。バカなことを始めたなと後悔しきりである。いつ挫折してもオカシクないです。

次回は最後のイチモンジチョウであるムラサキイチモンジの予定。
書くには、ちよっとすんなりとはいかないかもなあ…。迷宮に迷い込まない事を祈ろう。

台湾の蝶12 タイワンイチモンジ

 
      タテハチョウ科 9

    第12話『真なる一文字の紋章』

 
前回のオスアカミスジの回で、漸く台湾のイナズマチョウ族全種を紹介する事ができた。
しかし、連続でタテハチョウの事ばかり書いてきて、正直飽きた。
次々に疑問点が押し寄せてきて、そのせいで文章は長くなるし、時間もかかったから、すっかり疲弊しきってしまったのである。

だから、ここは気分を変えて他の科の蝶の事を書こうと思い、ホッポアゲハの事を書き始めた。でも半分ほど書き進めたところで、ハタと思った。
前回にイチモンジチョウ族の事にも少し触れたが、考えてみれば台湾のイナズマチョウ族6種のうち、何と4種(タカサゴイチモンジ、スギタニイチモンジ、ホリシャイチモンジ、マレッパイチモンジ)もがイチモンジという和名がついているのだ。
今後、真正のイチモンジチョウ族が登場した時に、もし両者が遠く分断して書かれていたら、知らない人にとっては混乱極まりないのではないかと思ったのだ。
だだでさえ、書いている本人がしばしば錯乱状態になってあらぬ方向に行ってしまうのである。極力流れは大事にしたい。このままイチモンジチョウの仲間も紹介してしまおう。

それにしても、和名って鬱陶しい。
たぶんタカサゴイチモンジとかは、最初に発見した人あたりがイチモンジチョウに似ているし、コイツはイチモンジチョウの仲間だろうと思ってつけたのだろう。
まあ、それは仕方がないとしても、イナズマチョウの仲間だとわかった時点で誰か発言力のあるお偉方が修正しろよなと思う。
そのくせ、和名がアホみたいに複数ある蝶も存在する。和名がよろしくないからと勝手に新しくつけるのだろうが、混乱の極みだ。素人は堪ったもんではない。
例えばアンビカコムラサキ Mimathyma ambica なんぞは、この他にキララコムラキとか、カグヤコムラサキ、ニジイロコムラサキ、シロコムラキ、イチモンジコムラサキと合計6つもの和名がある。学名が頭にインプットされていなければ、何でんのそれ?のワケワケメじゃよ。

【Mimathyma ambica アンビカコムラサキ♂】
(2011年 4月 Laos vang vieng)

これまた誰かお偉いさんが音頭をとって、どれか一つに統一してくんないかなあ。

早くも和名に対する悪態毒舌癖が発病してしまったが、続ける。
蝶採りを始めた当初は、学名そのままを頭につけた外国の蝶の和名に対して軽く憤りを感じていた。
ザルモキシスオオアゲハとかアルボプンクタータオオイナズマ、ベラドンナカザリシロチョウなんぞと言われても、初心者には下は何となく想像できても、頭についた名前からはどんな蝶なのか全く想像もつかない。横文字なんぞやめて、取り敢えずアホでも解るような和テイストな名前をつけろよなー(=`ェ´=)と思っていたのだ。
しかし、海外に出て蝶を採るようになって考え方が変わった。なぜなら、外国では和名なんて全く通じないのである。
例えばオオルリオビアゲハ Papilio blumeiを採りたいとする。でも現地でガイドに和名を連呼したところで、まず通じない。
コレがもしブルメイアゲハという和名がついていたならば、ブルメイと言えば簡単に通じる。つまり、海外では共通語として学名で呼ぶのが普通なのである。

【Papilio blumei ブルメイアゲハ】
(2013年 2月 Indonesia Sulawesi Palopo)

正直、外国の蝶はテングアゲハやシボリアゲハなど既に和名として定着していて秀逸なものだけを残して、他はみな学名を冠につけた和名でいいのではなかろうか?
だから、Mimathyma ambicaは、アンビカコムラサキ。それでスッキリすると思うんだよね。

とはいえ、和名を残すものと残さないものを振り分けるのは大変だ。喧々諤々で揉めるよなあ…。

何か不毛な事を言ってる気がしてきた。
いい加減、本題に戻るとしよう。

 
【Athyma cama タイワンイチモンジ♂】
(2016年 7月 台湾南投県仁愛郷黄肉渓)

♀は全然柄が違う。

【Athyma cama タイワンイチモンジ♀】
(2016年 7月 台湾南投県仁愛郷眉原)

雌雄異型の蝶なのである。
メスはオスと比べて一回り大きく、羽の形が全体的に円くなる。♂は一見して日本の南西諸島にもいるヤエヤマイチモンジに似るが、上翅にオレンジの紋があるので容易に区別できる。
そういえば♀は最初、オスアカミスジの♂かと思って必死に追いかけて採ったんだよね。
でも、何か違うなあと暫し考えて、あっ、タイワンイチモンジの♀なんじゃねえの?とようやく考え至ったのである。
台湾の蝶の事をろくに調べずに発作的に行ったので、こういうパープリン振りが多々あったのだ。
因みに、採集記はアメブロの『発作的台湾蝶紀行』第29話 「風雲急を告げる」の回にあります。

裏の画像も添付しておこう。

上が♂で、下が♀である。
裏は表ほど劇的には違わない。

学名の属名「Athyma アティーマ(シロミスジ属)」はギリシア語で、無気力な、元気のないと云う意味である。小種名の「cama」は、インド神話の神。あの古代インドの性の教典カーマスートラのカーマであろう。でもエロと何の関係がごさる?(-“”-;)ワカラン。
台湾のものはssp.zoroastesという亜種名がついている。ゾロアスター教と何か関係あるのだろうか?
それともその開祖であるザウスシュトラそのものを指しているのか?或いは預言者という意味が込められているのだろうか?
でも、台湾とゾロアスター教って関係ないよね?
これも、よーワカラン。

因みに『原色台湾蝶類大図鑑』では、学名の属名が「Tacoraea」になっていたので、また迷宮に迷いこむのかと思って、マジ(|| ゜Д゜)ビビった。
前述した近縁種ヤエヤマイチモンジやシロミスジなどもこのTacoraeaという属名になっていたから、正直また脳ミソが腐りそうになったよ。

しかし、コレは比較的簡単に解決がついた。
どうやら現在、Tacoraeaはシノニム(同物異名)になっているようだ。つまり、学名として使われなくなったと云う事だね。

あっ( ̄▽ ̄;)、多分、この学名をオスアカミスジの回でも使ったような気がするなあ…。
まっ、いっか…。忘れよう。

台湾での名前は雙色帶蛺蝶。
雙色というのは、二色を表し、二つで一組になるという意味みたい。中々、考えた名前である。
でも、帶という字がついてるな。という事は二色のツートンカラーの帯を持つタテハチョウって意味か?
ケッ(=`ェ´=)、途端に何だかつまらねぇ名前に見えてきたよ。

他に臺灣一文字蝶、臺灣單帶蛺蝶、臺灣一字蝶、圓弧擬叉蛺蝶、分號蛺蝶という別称もあるようだ。
台湾も一つの蝶に沢山の名前があって、面倒くさそう。さぞや不便じゃろうて。
臺灣一文字蝶は和名をそのままの訳したものだね。
臺灣單帶蛺蝶は単帯とあるから、オスに焦点をあてた名前ってことかな?
臺灣一字蝶は、まんまである。
圓弧擬叉蛺蝶は直訳すると、円い弧が二股モドキのタテハチョウってことになる。たぶん♂の斑紋を指しているんだろうけど、今一つピンとこない。
分號蛺蝶は、オスとメスの柄が別々という意味で使われているのであろう。

英名は、「Orange Staff Sergeant」。
訳すと二等軍曹(米陸軍海兵隊)、或いは3等軍曹(米空軍)となる。それほど敬意が払われてないね(笑)

(|| ゜Д゜)しまった…。こう云うどうでもいいような事に興味を持ってしまうから文章が長くなるのだ。

一応、標本写真も並べておこう。

はっ!Σ( ̄□ ̄;)、ここで気づいた。
ごたいそうに胴体にまで紋が入っているじゃないか。
ここで一度野外写真に戻ってもらいたい。
特に♂は白くて目立つから、名前のとおり正に一文字になっているではないか。
ん~、でも翅が左右均等になっていないから、今一つ説得力がない。ここはどなたかの画像をお借りしよう。

(出展『commons.wikimedia.org』)

これこそ、真なる一文字だ。
日本のイチモンジチョウなんて、これに比ぶれば屁だ。

【イチモンジチョウ Ladoga camilla】
(出展『STEP BY Step 自分らしさを』)

人の画像を拝借しといて何だが、胴体に白い紋が無いから、正確には一文字に繋がっていない。しかも、どちらかというとVの字じゃないか。
いっそイチモンジの看板を下ろして、ブイノジチョウにしたらどうだっつーの(# ̄З ̄)
ついでにタカサゴイチモンジとかのイチモンジもやめちまって、タカサゴイナズマにしちくりよー。

またまた本題から逸れたような気がするので、さくっと生態面を書いて終わりにしよう。

 
【分布】
台湾以外にも中国南部、インドシナ半島、マレー半島、海南島、アッサム、西北ヒマラヤなどに分布する。

(出展『原色台湾蝶類大図鑑』)

和名がタイワンイチモンジなれぱ、当然のこと台湾の固有種だと思っちゃうよね。それがこんなに広域に分布しているのだ。この誤解を生むタイワンイチモンジという名称もどうかと思うよ。他にもこういうタイワンとついてはいるが、台湾以外にも分布している蝶が結構いるんだよね。どれくらいあるのかな?試しに挙げていこう。

タイワンビロウドセセリ、タイワンアオバセセリ、タイワンキコモンセセリ、タイワンキマダラセセリ、タイワンチャバネセセリ、タイワンオオチャバネセセリ、タイワンジャコウアゲハ、タイワンタイマイ、タイワンモンキアゲハ、タイワンカラスアゲハ、タイワンモンシロチョウ、タイワンシロチョウ、タイワンスジグロシロチョウ、タイワンヤマキチョウ、タイワンキチョウ、タイワンウラナミシジミ、タイワンイチモンジシジミ、タイワンミドリシジミ、タイワンサザナミシジミ、タイワンカラスシジミ、タイワンフタオツバメ、タイワンツバメシジミ、タイワンクロボシシジミ、タイワンルリシジミ、タイワンヒメシジミ、タイワンアサギマダラ、タイワンキマダラ、タイワンミスジ、ホシミスジ、タイワンクロヒカゲモドキ、タイワンキマダラヒカゲ、そしてタイワンイチモンジだ。

ハハハハハ(^o^;)、何と全部で32種類もいる。
名前にタイワンとつける必然性がないんだから、和名をつけ直すべきだと思うんだけど、どうして誰も言い出さないのかな?

原色台湾蝶類大図鑑によると、亜種は以下のようなものがある。

▪Athyma cama cama 西北ヒマラヤ~アッサム
▪ssp.camasa トンキン(ベトナム北部の古い呼称)
▪ssp.zoroasters 台湾
▪ssp.agynea マレー半島高地

 
【生態】
北部から南部にかけて普通だが、次回紹介予定のヤエヤマイチモンジよりかは少ないようだ。
台湾では4月~10月にわたって見られ、年数回の発生を繰り返す。
常緑広葉樹周辺に見られ、その垂直分布は「アジア産蝶類生活史図鑑」には300~2700mとあったが、台湾のサイトには海岸林等低中海抜となっていた。何れにせよ、その中心は500m前後から700mくらいだろう。
♂の飛翔は敏速。地上低く飛び、よく地面に羽を広げて止まる。♀は♂ほど活発ではなく、頻繁に草木の歯の表面に止まる。
♂♀ともに花や腐果に集まり、♂は地面に吸水によく訪れる。

 
【幼生期】
幼虫の食餌植物は「アジア産蝶類生活史図鑑」によると、トウダイグサ科のGlochidion lanceolatum キイルンカンコノキ、Glochidion rubrum ヒラミカンコノキ、Glochidion zeylanicum カギバカンコノキ。
台湾のサイト、「圖録検索」では以下のようなものがあげられていた。

菲律賓饅頭果 Glochidion philippicum
細葉饅頭果 Glochidion rubrum
裏白饅頭果 Glochidion triandrum

上から二つ目はヒラミカンコノキだけど、キイルンカンコノキとカギバカンコノキはあげられていない。
まあカンコノキの類を広く利用しているのだろう。
因みに1番目は和名が見つけられなかったが、たぶんフィリピン由来のカンコノキだろう。3番目はウラジロカンコノキ(ツシマコンコノキ)という和名があり、長崎県では絶滅危惧種Ⅰ類に指定されていた。

さてさて、いよいよ恒例のおぞましき幼虫の姿の登場である。閲覧注意ですぞ。とは言っても、既に視界に入っちゃってるとは思うけど(笑)

(出展 2点ともに『圖録検索』)

オスアカミスジの回にも添付した画像だが、その時は何でこんなに色が違うんだろうとは思いつつスルーした。書き疲れていて、調べるのが面倒くさかったのだ。

でも、その疑問が今回解けた。

(出展『世界のタテハチョウ図鑑』)

両方とも終齢幼虫なのだが、どうやら老熟すると黄色くなるようなのだ。絶対食われたくないという思いが、絶対食うなよな(#`皿´)に転化して、その強い気持ちがあの毒々しい色の警戒色を生んだのかもしれない。

蛹も特異な形だ。

(出展『世界のタテハチョウ図鑑』)

(出展『圖録検索』)

ウルトラマン最強の敵、ゼットンみたいな形だね。
タテハチョウの蛹は造形美の極致みたいなものが多くて面白い。穴が空いてるだなんて斬新すぎる。そこにいったい何の意味があるというのだ?全然、理由が想像つかないよ。

最後は卵。

(出展『圖録検索』)

これも造形美。宝石みたいだ。
どうやら卵塊を作らず、一つ一つ産むようだ。
同じタテハチョウ科の蝶でも、産み方がそれぞれ違う。
自然って不思議だなと思う。

                 おしまい

台湾の蝶11 オスアカミスジ(後編)

       タテハチョウ科8

   第11話『豹柄夫妻の華麗なる生活』

 
オスアカミスジの後編である。
今回は生態を中心に書きたいと思う。

前回と重複するが、先ずはオスアカミスジの画像を添付しておこう。

【Abrota ganga オスアカミスジ♂】
(2017年 6月 台湾南投県仁愛郷)

【同♀】
(2016年 7月 台湾南投県仁愛郷)

♂♀異形のイナズマチョウの仲間である。
色は違えど、ネコ科肉食獣柄の夫婦だね。
もし豹柄と虎柄紋を着たオバチャン&オッチャン夫婦がいたら、さぞや強烈だろうなあ…。キャラもコッテコテのエッジの立った夫婦に違いない。まあ大阪とかには、現実にいそうだけどさ(笑)

学名の属名のAbrotaはキリシア語のabrotos(不死の、神の、神聖な)をラテン語化したもの。
このAbrota属は、調べた限りでは1属1種。オスアカミスジのみで構成されている。
小種名のgangaはインドの聖なる川、ガンジス川の事である。そういえばインドの聖地ベナレスでは、ガンジス川のことを皆ガンガーと呼んでいたなあ…。インド、ムカつくけど、また行きたいな。

台湾での名称は「瑙蛺蝶」。
瑙というのは瑪瑙(メノウ)のことである。
英語だとAgate(アゲート)だっけか…。鉱石の1種で、縞模様が特徴である。よくパワーストーンとして売られているから、見たことがある人も多いかと思う。

(出典『ヤフオク』)

中々センスのある美しい名前だ。
オスアカミスジよか余程いい。おーっと、早くも和名文句たれ病が始まったよ。けど、またクソ長くなりそうだから今回はやめとく。
あー、でも一言だけ言わしてくれ。ミスジチョウの仲間じゃなくイナズマチョウのグループだと判明したんだから、せめて「オスアカイナズマ」としてくれよな。ややこしくてかなわん。

因みに蛺蝶と云うのは、中国語圏ではタテハチョウの事を指します。
他に雌紅三線蝶、大吉嶺橙蛺蝶、黃三帶蛺蝶という別称もある。
婀蛺蝶というのも良いね。婀は訓読みするとたお(やか)だ。しなやかで美しいさまを表す。
大吉嶺橙蛺蝶と云うのも仰々しい感じがして悪くない。大吉山の橙色の蝶なのだ。

【分布】
台湾以外では、中国(東部、南部、西部)、インドシナ半島北部、ヒマラヤなどに生息し、5亜種に分けられている。

(出典『原色台湾蝶類大図鑑』)

▪Abrota ganga ganga(ブータン,シッキム,アッサム,ミャンマー,メトック)
▪Abrota ganga formosana Fruhstorfer, 1909(台湾)
▪Abrota ganga flavina Mell,1923(中国:広東省)
▪Abrota ganga pratti Leech,1891(西中国: 四川省,雲南省)
▪Abrota ganga riubaensis Yoshino,1997 (中国:陝西省)

一応、各地の標本をネットでいくつか見たが、そう大きな違いは感じられなかった。♂は同じ場所でも個体差に富み、1つとして同じ斑紋のものはいないというから、どちらにせよ素人のワシなんぞにはお手上げじゃよ。
但し、♀は海南島のものなどは白い紋がオレンジ色になるようだ。だから、別称に黃三帶蛺蝶というのもあったんだね。

【生態】
開長65~75mm。
台湾全土に見られるようだが、普通種というワケではなさそうだ。実際、埔里周辺では1ヶ所でしか見かけなかった。タイやラオスでも一度も見たことがない。もっとも、これは夏に行った事がないからなのかもしれないけどね。

垂直分布は、図鑑などでは標高300m前後から2100mまで見られるとなっていたが、おそらく中低山地が棲息域の中心だろう。
因みに自分は1000m前後でしか見たことがない。常緑広葉樹林を好むというから、標高以上に環境が重要なファクターなのだろう。結構深い森の中にいたから、環境条件は思われているよりも限定的なのかもしれない。

♂♀ともに樹液,獣糞や発酵した果実に集まり、地面に吸水におりる。
杉坂美典さんの台湾の蝶のサイトには「各種の花によく集まる。」とも書いてあった。だが、これは聞いた事がないし、そのような生態写真も見たことがない。イナズマチョウ類の生態としては考えにくいし、何かの間違いではないだろうか?
また、「♂は渓流や樹林内の開けた場所で占有行動をする様子を確認することができた。占有行動では,全ての蝶を追い回し,順位的には最も強かった。♀は,林道上によく止まり,吸水行動をしていた。♂も吸水のために地上に下りることはあったが,非常に敏感で,近づくことは容易ではなかった。」とも書いておられる。

占有行動に関しては、他に言及している文献は知り得ないが、それらしき行動は見たことがある。
樹林内のぽっかり開けた場所に如何にもテリトリーを張ってますといった体の♂が葉上に止まっていた。実際占有行動は見ていないが、捕らえて先に進み、暫くして引き返してきたら、また別な♂が同じような所に止まっていた。それも捕らえて、翌日にそのポイントに行ったら、またもや別な♂がいた。これは占有活動を示唆しているとも思える。
但し、同じ場所にタイワンコムラサキもいたが、特に追いかけ回すというワケでもなく、仲良く繁みの端と端にちょこんと止まっていた。

果実トラップには、林縁に仕掛けたものには来ず、♂♀ともに暗い森の中に設置したものに集まった。

♂の飛翔力については文献によってまちまちだ。
台湾のネット情報では、「成蝶飛行快速」と書いてあった。また「原色台湾蝶類大図鑑」には、飛翔はヒョウモン類に似ているとあった。ヒョウモンチョウの仲間は種類によって飛翔力にかなり差があるが、そこそこ速いと云う意味なのだろう。
一方、「アジア産蝶類生活史図鑑」には、「飛翔力はあまり活発ではなく、地上低く滑空方式のものが多い。」と書いてある。
自分の見た印象ではイナズマチョウにしてはトロいが、そこそこ速い。確かにヒョウモンチョウと言われれば、そんな気もする飛翔スピードだ。
敏感さは、タカサゴイチモンジくらい。つまり、イナズマチョウにしては鈍感な部類に入る。

林道上によく止まり吸水するというのは、他の文献でも記述があるから、割りと普通に見られる行動なのだろう。
けれど、吸水も含めて自分は一度も林道上で見たことがない。♂は森の中でしか遭遇した事がないのだ。10頭以上は見たが、全部そうだった。自分としては、ホリシャイチモンジと同じような生態に感じた。
一方、♀は林内よりも林縁で見受けられた。但し、地面に止まっているのは見たことがない。大概は林道を歩いていたら、樹木から驚いて飛び出すというパターンだった。高さはだいたい2m以内。その際、緩やかに飛び、すぐに枝先などに止まる。正直、トロいから、採集は容易だ。

但し、とは言ってもこれらはケースバイケースだろう。飛翔は速い時もあれば遅い時もあるだろうし、敏感さも羽化仕立ての個体と飛び古した個体とでは違う事は有り得る。

【発生期】
年1化。5月の下旬より羽化し始め、7月最盛期。♀は10月下旬まで見られるという。

【幼虫及び食餌植物】
マンサク科 ナガバマンサク Eustigma oblongifolium。
『アジア産蝶類生活史図鑑』には、「台湾と香港に限り自生する植物で、台湾での分布は狭く、日月潭、埔里周辺以外では見出されていない。にもかかわらず、この蝶の分布は台湾ではかなり広いという事実、また中国からインド北部にわたる広汎な分布を考えあわせると、本種は他にも食餌植物を有するのではないかと考えられる。」と書いてあった。
その後、新たな食樹は見つかったのだろうか❓

ネットで探すと、次のような食樹が見つかった。

青剛櫟 Cyclobalanopsis glauca glauca
秀柱花 Eustigma oblongifolium
赤皮 Quercus gilva
青剛櫟 Quercus glauca

上から2番目がナガバマンサクだ。
他は属が違う植物みたいだね。漢字の字面からすると、どうやらカシ類みたいだ。って云うか、この学名は見たことあるぞ。何だっけ?、アラカシ?
あれっ( ゜o゜)❗❓、1番目と4番目は属名は違うけど、どちらも青櫟と書いてある。小種名も同様にglaucaとなっている。これは多分シノニム(同物異名)だね。
で、確認してみたら、やはりアラカシでした。
そして、3番目はイチイガシでありんした。

そうでした。そうでした。
アラカシはタカサゴイチモンジの食樹で、スギタニイチモンジはアラカシとイチイガシの両方ともを食樹としているんでしたね。
ここからもオスアカミスジがAdoliadini(イナズマチョウ族)の一員であることがよく解る。
きっとナガバマンサクは食樹としてはイレギュラーで、基本的にはブナ科カシ類が食餌植物なのだろう。

でも、ヘ(__ヘ)☆\(^^;)ちょっと待ったらんかい❗
たしか『アジア産蝶類生活史図鑑』には、何かカシ類で飼育したけど死んでもうたと書いてなかったっけ❓
慌てて確認してみる。

「Quercus acuta アカガシで採卵、飼育を試みたところ、多数の卵を得て2齢まで成育したが、越冬中に死滅。その後、中齢幼虫、5齢幼虫にこの植物を与えるという試みがなされたが、摂食はするが成育せず、蛹化にいたったものは1匹もいなかった」。

そっかあ…、アカガシはダメだったけど、アラカシとイチイガシはOKだったのね。
また、迷宮に迷い込むかとビビったけど、セーフだ。

幼虫はイナズマチョウ軍団特有の邪悪🐛ゲジゲジさんだ。
気持ち悪いので、ここから先は🚧閲覧注意だすよ。

(出典『アジア産蝶類生活史図鑑』)

(出典『生物多様性資訊入口網』)

スギタニイチモンジやタカサゴイチモンジの幼虫に似ているかな?
どちらにせよ、(|| ゜Д゜)鳥も逃げ出しそうな悪虐非道的な見てくれじゃよ。

前回にイチモンジチョウ類Athyma属との関係性について触れたが、画像を添付し忘れた。

【タイワンイチモンジの幼虫】
(出典『圖録検索』)

(出典『圖録検索』)

(出典『生物多様性資訊入口網』)

Athyma属の幼虫は、ゲジゲジではなくトゲトゲなのだ。これまた毒々しくて邪悪じゃのう(  ̄З ̄)
オニミスジ Athyma eulimeneは、果たしてどんな幼虫なんでしょね?

オスアカミスジに戻りましょう。
卵は1ヶ所にまとめて産みつけられるようだ。
イナズマチョウの仲間は、葉っぱに1卵、1卵分けて産むのが基本だから変わっている。そういう産み方をするのは、他にタカサゴイチモンジくらいしかいないそうだ。

(出典『圖録検索』の画像をトリミング。)

複雑なデザインで美しい。
イナズマチョウといい、Euthalia類の卵はまるで宝石みたいだ。

蛹も美しい。

(出典『生物多様性資訊入口網』)

(出典『圖録検索』の画像をトリミング。)

多分、イナズマチョウの中では最も美しい蛹なのではないかと思う。ガラス細工のようだ。ガレ(註1)が見たら物凄く興奮したに違いない。

                  おしまい

 
追伸
ようやくイナズマチョウのグループが終わった。
でも、まだ9種類の蝶しか紹介していない。台湾の蝶は約350種類もいるのだ。二度の採集行で100
種類しか採っていないとしても、まだまだ先は長い。
正直、うんさりだ。続けていく自信無しである。

今回のタイトルは、最初『豹柄夫婦』であった。
それが夫妻になり、そこに生活が加わり、最後は華麗なるという形容までついてしまった。
「華麗なる」は乗りでつけちゃいました。本文とは何ら関係ないです。どこが華麗やねん!とツッコミが入りそうだが、文句、苦情等は一切受け付けませんので、あしからず。

採集記はアメブロにあります。
『発作的台湾蝶紀行』第9話 空飛ぶ網
例によってURLの貼り方を忘れたので、読みたい方は誠に恐縮ですが、自分で探して下され。

(註1)ガレ
フランスの著名なガラス工芸家、エミール・ガレ(1946~1904)のこと。
生物をモチーフとした作品を数多く残した。
作品はどれも美しい。同時にグロテスクな魅力を放っている。
多分、夏あたりに東京で大きな展覧会(サントリー美術館?)があるのではないかと思う(間違ってたら御免なさい)。関東近辺に住まわれる方は、是非足を運ばれることをお奨めします。

 

台湾の蝶10 オスアカミスジ

 
     タテハチョウ科 その8

    第10話『雲豹の化身』

 
台湾のイナズマチョウグループの最後を飾るのはオスアカミスジ。

【Abrota ganda formosana オスアカミスジ♂】
(2017年 6月 台湾南投県仁愛郷)

長い間、分類学者を悩ませてきた蝶のようだ(註1)。
メスがミスジチョウグループ特有の白黒系デザインなのにオスは赤っぽい事からつけられた和名なのだろうが、メスの見た目からミスジチョウ群に含める学者もいれば、イチモンジチョウ群に含める学者もいたんだろね。
しかし、近年(1994年)ようやく幼生期が解明され、何とイナズマチョウ族(Adoliadini)の仲間と云う事が判明した。
幼虫がどう見てもイナズマチョウグループ特有の邪悪ゲジゲジくんだったから判ったと云うワケやね。
確かによく見れば触角が長くてイナズマチョウっぽいし、形もイナズマチョウ系だ。またミスジチョウ類と比べて翅に厚みがあって体躯(胴体)もより頑強だ。
でも、そんなの言われなきゃワカンないよね。
実際、一昨年台湾で初めて♀を何頭か採ったが、相変わらずの勉強不足でその存在さえも知らなかったゆえ、初見はミスジチョウ?イチモンジチョウ?オニミスジの仲間?ワケわからずの何じゃこりゃ(゜〇゜;)?????の人になってもた。

標本写真はこんな感じ。

【オスアカミスジ♀】
(2016年 7月 台湾南投県仁愛郷)

参考までにミスジチョウの仲間(Neptis)の画像も添付しておこう。

【Neptis pryeri コミスジ?】
(2016年 7月 台湾南投県仁愛郷)

リュウキュウミスジの可能性もあるけど、裏を見ないと分かんない。
それにしても、台湾でもコミスジは胴体の背中が金緑色なんだね。

【Neptis esakii エサキミスジ♀】
(2016年 7月 台湾南投県仁愛郷)

イケダミスジの可能性もあるけど、多分あってると思う。台湾のミスジチョウの中では最稀種だったと思う。

【Neptis hesione アサクラミスジ♀】
(2016年 7月 台湾南投県仁愛郷)

別名カレンコウミスジ。
これも台湾のミスジチョウの中ではトップクラスの稀種でしょう。

このグループの裏面は概ねこんな感じ。

【Neptis phiyra ミスジチョウ】
(2017年 6月 東大阪市枚岡)

日本ではそうでもないけど、台湾では稀種だそうだ。
所変わればで、或る場所では珍品でも他の所ではワンサカいるなんて事はよくあることだ。生物が繁殖する為には、様々なファクターが絡んでいるのだろう。

【Neptis soma タイワンミスジ】
(2016年 6月 台湾南投県仁愛郷)

イチモンジチョウ種群(Limenitis)の画像も添付しておこう。

【Limenitis sulpitia タイワンホシミスジ♂】
(2016年 7月 台湾南投県仁愛郷)

【Athyma arura ナカグロミスジ♂】
(2016年 7月 台湾南投県仁愛郷)

こっちも裏面を添付しておきますね。

【Athyma cama タイワンイチモンジ♀】

【同♂】

オスアカミスジ♀の体の根元から上翅中室に伸びる斜めの白紋は、コイツらにソックリだ。
そりゃ、普通はミスジチョウとかイチモンジチョウの仲間かなと考えるよね。

おまけにコミスジみたいに背中が金緑色なのだ。

(2017年 6月 台湾南投県仁愛郷)

コミスジの標本画像はまだ解りやすいけど、これだと解りづらいかな?(画像は拡大できます)。

一応、野外で撮った写真も添付しておきましょう。

(2017年 6月 台湾南投県仁愛郷)

とはいえ、ミスジやイチモンジ類に比べて胴体は遥かに太く、翅に厚みがある。
そこで頭に浮かんだのが、オニミスジ(オオアカミスジ)だ。

【Athyma eulimene オニミスジ♂】
(2013.1.20 Indonesia Sulawesi Palopo)

上翅中室の槍型の形といい、全体の斑紋形成といいオスアカの♀にソックリだ。胴体は太いし、翅も分厚い。触角だって長い。それにオニミスジも背中が金緑色だ。

オニミスジって、本当にイチモンジチョウグループなの❓オスアカミスジがイナズマチョウの仲間ならば、コイツだってそうなんじゃないの❓(註2)
そういえば、スラウェシ島で初めて採った時は、ミスジやイチモンジと同じグループにはとても思えなかった事を思い出したよ。

とにかく初めてオスアカミスジの♀と出会った時は、台湾にオニミスジなんていたっけ❓と、(゜〇゜;)?????チンプンカンプンになってた。
しかし、裏を見て、こりゃどう見ても別のグループの蝶ではないかと思った。

全然、斑紋系統が違う。
今になって注意深く見れば、目立たないが翅の基部にイナズマチョウ(Euthalia属)の特徴である紋様があることがわかる

【パタライナズマ裏面】

【タカサゴイチモンジ♀裏面】

【ホリシャイチモンジ♂裏面】

【イナズマチョウ♀裏面】

そういえばオスアカミスジの裏展翅はしていない。
去年、台湾で採った蝶を5分の1も展翅していないのだ。
しゃあない。先程の画像を拡大しまひょ。

【オスアカミスジ♀裏面】

一見わかりづらいが、イナズマチョウ群の特徴が見てとれる。

まあ、この辺のくだりはアメブロの採集記『発作的台湾蝶紀行』を読んで下され(註3)。

で、その時は結局♂には一度も会えずじまいだったんだけど、去年は♂のポイントを見つけたので結構採れた。

あっ、♂も背中が金緑色に光ってる。
そういえばヒョウモンチョウの仲間も新鮮な奴は背中が緑色の奴がいるよね。
考えてみれば、オスアカミスジの♂って見た目がヒョウモンチョウっぽい。
もし♂が最初に採れてても、たぶん何じゃこりゃあ~\(゜〇゜;)/?????になってただろうなあ…。ウラベニヒョウモンはいても、こんな大きなヒョウモンチョウなんかいたっけ?って、悩んでいただろう。
よくよく見ると、♀もネコ科の大型肉食獣みたいな柄だ。
♂がレパード(豹)なら、♀はさしずめブラックタイガー、いやオオヤマネコってところか❓
(゜ロ゜)あっ❗、それで思い出したよ。
昔、台湾にも「高砂豹」とか「台湾虎」と呼ばれる大型のネコ科動物がいたのだ。

(出典『東京ズーネット』)

ウンピョウだ。
漢字で書くと雲豹。
雲のような模様を持つ豹という意味であろう。
だが、厳密的にいうとヒョウ属ではなくて、ウンピョウ属という独立した属に分類されている。

ネットで添付用の画像を探す。
あっ、ボルネオ(スンダ)ウンピョウというのもいるようだ。

(出典『子猫のへや』)

こっちの色の方が、よりオスアカミスジの♀に近い。

ウンピョウの分布はインド北東部、ネパール東部、ミャンマー、タイ、ラオス、ベトナム、中国南部と、以前は台湾だった(註4)。
しかし、長い間その姿は確認できず、2013年遂に絶滅が宣言されたという。
何だか、このオスアカミスジの♀が雲豹の化身に見えてきた。そんなワケはないのだが、雲豹の無念の想いがオスアカミスジに憑依したと思いたい。
そう思うと、この蝶がとても愛おしくなってきた。

けれど、開発が進んでいるとはいえ、山深い台湾だ。人間が入れないような地域もまだまだある。
台湾の山河に想いを馳せる。

今もひっそりと何処かで雲豹が生きていると信じたい。

                  つづく

 
追伸
またクソ長くなりそうなので、前、後編に分けることにしました。
次回は生態編になるかと思います。

(註1)長い間、分類学者を悩ませてきた蝶のようだ
台湾のイチモンジチョウ亜科(Limenitinae)は、4つの種群イチモンジチョウ種群(Limenitis)、ミスジチョウ種群(Neptis)、オスアカミスジ種群(Abrota)、イナズマチョウ種群(Euthalia)に分けられている。
『原色台湾蝶類大図鑑』によれば、大雑把に言うとオスアカミスジの交尾器はイナズマチョウ種群とミスジチョウ種群の両方の形質を具えているという。
しかし、交尾器を除く部分はイチモンジチョウ種群とも共通項がかなりある。見た目だけだと、ミスジチョウ種群よりもイチモンジチョウの方が近縁に見えるしね。
当時はまだ幼生期や食樹が判明していなかったので、そんなこんなで分類学者を悩ませていたと云うワケだね。

(註2)オニミスジだってイナズマチョウじゃないの?
でも、裏を見ると、イチモンジチョウとかミスジチョウ系の斑紋なんだよねぇ…。

(出典『Insect.Pro』)

現在、分類学上ではオニミスジはどう云う位置付けになっているのだろうか?
学名の頭、属名はAthymaになっているから、ナカグロミスジやタイワンイチモンジと同じグループに含められているのだろうが、イナズマチョウとの類縁関係はないのかしら?
ところで、果してその幼生期は判明しているのかな?

一応、ネットで探してみたが、見つからなかった。
もしかして、イナズマチョウ的ゲジゲジだったりしてね。

オニミスジは、和名をオオアカミスジと表記される事も多いが、あえて自分は図鑑『東南アジア島岨の蝶』に従って「オニミスジ」を使用した。だって、実際に採った事がある者にとっては、こっちの方が遥かに相応しいと思うからだ。鬼と形容したくなるくらいの迫力があって、魔物のような蝶なのだ。

(註3)
オスアカミスジは、アメブロの『発作的台湾蝶紀行』第9話「空飛ぶ網」と第29話「風雲、急を告げる」の回に登場します。

(註4)
ウンピョウは、台湾だけでなく、中国・海南島でも絶滅したとされている。
現在、生息している場所でも絶滅が危ぶまれている。
人前に滅多に姿を見せないため生態に謎が多く、それが保護をより難しくさせているようだ。

オマケにウンピョウの子猫の画像をお楽しみに下さい。

(出典『よこはま動物園ズーラシアへ行こう』)

子猫、メッチャ可愛いやんか❗

 

台湾の蝶9 イナズマチョウ

 
     タテハチョウ科 その7

   第9話『戦慄の🔥シャドウファイアー』

 
今回取り上げる蝶は、イナズマチョウ(稲妻蝶)。  
前回に引き続きユータリア(イナズマチョウ属)に含まれる蝶である。
しかし、今まで紹介してきたタカサゴイチモンジなどのLimbusa亜属(緑系イナズマ)とは少し毛色が違うイナズマチョウだ。
ゆうならば、タカサゴイチモンジなどは大陸の北方系由来のイナズマチョウだが、コヤツは南方系のベニボシイナズマ種群に含まれる。

今回もアメブロに書いた文章(註1)を大幅訂正加筆して、お送りしたいと思います。

【Euthalia irrubescens イナズマチョウ♀】 

(裏面)
(2016713 台湾南投県仁愛郷新愛村)

実にシックで妖艶だ。
濡れたような漆黒の黒に、目にも鮮やかな深紅が配されている。美しき悪女と形容したくなるような妖しき魅力をとき放っているではないか。
ワタクシ、💘心奪われておりますよ。

展翅板から外した画像も添付しておこう。

1893年 中国四川省蛾眉山の1♂より記載され、その後、台湾でも発見された。
台湾産のものには、fulguralisという亜種名がついている。この亜種名はラテン語で「稲光の、閃きの」を意味する。また、小種名のirrubescens(イルベスケンス)は「赤くなった」という意味である。

台湾と中国に分布するタテハチョウ科の中では、最も稀なる種とされており、特に中国での採集例は極めて少ないようだ。中国に比べれば台湾ではまだ見られる機会はあるが、それとて少ない稀種ゆえ、長い間その生活史は謎に包まれていた。

1989年、この蝶の生活史を解明した内田春男氏でさえ、その著書『常夏の島フォルモサは招く(註2)』でこの蝶を求めて文献にある記録地を全て歩き回ったのにも拘わらず、徒労に終わったエピソードを紹介し、如何にこの蝶との出会いが難しかったかを書いておられる。また、出会うのは偶然に近いものがあり、神の気まぐれであるとも付記されておられる。
そんな風に昔から少ない蝶として名高かったのだが、最近では従来知られていた宜蘭県や台北近くの烏来の産地でも殆ど見られなくなり、ここ15年で更に激減しているようだ。

台湾では北部と中部に産し、主に1000m以下の中低山地に生息するが、平地や山麓近くにも記録が多い事から高い山には産しないとされる。
自分が採集したのは標高約1200m。トラップにやって来たメスだった。

まさかそんな標高で得られるとは思っていなかったので、最初は頭の中のシナプスが繋がらなかった。
キショッ!!(゜ロ゜ノ)ノ、あまりの毒々しさに蛾かと思っておののいたんだよね。
一拍おいて、イナズマチョウだと気づいた時は心臓が💥爆発しそうになったっけ…。
この辺の詳しい件(くだり)はアメブロに書いたので、興味のある方はそちらを読まれたし(註2)。

それはそうと、こうして改めて画像を見ると、顔面が紅い。蝶では珍しいタイプではないかと思う。何だかセクシーだ。

他の台湾産のユータリアは年1回の発生だが、年3~4回の発生とされる。これは、この蝶が北方系のユータリアではなく、南方系のユータリアであるベニボシイナズマ系に近い種類からだと言われている。

余談だが、この蝶、発見当初はベニボシイナズマの仲間だとは思われていなかったようだ。
他のベニボシイナズマとは、かなり見た目の印象が違うのでオオムラサキの仲間のクロオオムラサキ(註3)に近い種類だと考えられていたのだ。それくらいにベニボシイナズマ系の中では異端の存在なのである。
その後、ユータリア属に籍を移されたが、他のイナズマチョウとの類縁関係は学者により異なったようだ。
そして、発見からおよそ100年後にようやく幼虫の食餌植物が発見されて幼性期の形態が判明し、晴れてベニボシイナズマグループに迎えられたという経緯がある。

参考までにベニボシイナズマの画像を添付しておきましょう。

Euthalia lubentina
ルベンティーナベニボシイナズマ♂
(2016.4.27 Laos oudmxay)

ボロのルベンティーナだが、眼の下の赤ラインがイナズマチョウと共通しているのがわかる。
そんな蝶はベニボシイナズマグループくらいしか思い浮かばない。コヤツの地色を黒くして、白紋と下翅の青緑部分を取り除いて赤紋を減らせば、イナズマチョウになる事が理解できる。

ルベンティーナの♀の画像も、ついでに添付しとこっと。

(2014.4.23 Thailand Chang Mai)

れれっ(;・∀・)ん❗❓、これってルベンティーナ❓
もしかして、Euthalia malaccana マラッカベニボシイナズマの♀なんじゃねーの❓
考えもしなかったけど、多分そうだと思う。
ならば、その前に添付した♂はどうなのだ❓本当にルベンティーナの♂であってるの❓
ベニボシイナズマって、似たような奴だらけでよくワカンナイんだよねー。特に♂はワカラン。
どうあれ、今はベニボシイナズマの話は本筋ではない。書くならば、別な機会を設けて書くべきだわさ。今回の主役はあくまでイナズマチョウなのだ。それを忘れてはならない。でないと脱線で、また話が錯綜して長くなる。それだけは避けたい。

そういえば、イナズマチョウをフラッシュを焚いて撮った写真があったな。

単なる黒ではないことがよく解る。
黒の奥に、緑色が隠されているのだ。
逆にこれに白紋を配し、赤紋も足せばベニボシイナズマになるではないか。イナズマチョウは、間違いなくベニボシイナズマのグループだね。
はて( ・◇・)❓、ここで新たなる疑問が頭に浮かぶ。イナズマチョウは果たしてベニボシイナズマの紋が減退したものなのか❓それとも祖先的なもので、紋や色が発達進化したものがベニボシイナズマなのかな❓
勝手な憶測では、紋が減退したものではなかろうか?
単なる勘だけど…。まあ、生物というものは分布の端っこにくるとひねくれる傾向があるから、あながち間違いではなかろう。

各種図鑑の解説を読むと、極めて飛翔が速く、飛翔中に種の識別が出来ない程で、和名の由来はそこからきていると思われると書いてある。飛ぶのが稲妻みたいにバカっ速いってことだね。

台湾での名称は『紅玉翠蛺蝶』。
他に紅裙邊翠蛺蝶、閃電蝶、閃電蛺蝶、暗翠蛺蝶、閃電綠蛺蝶という別称がある。閃電という文字が宛てられているということは、電光石火、閃光の如く飛ぶ様を表しているのだろう。
実際に飛んでるところはまだ一度も見てないけど、これらの解説からその速さは充分に理解出来る。やはり、クソ速いのだ。飛翔中のものを採るのは、ほぼ不可能。至難の技でしょう。
まあ、ワイなら真空斬鉄剣、必殺居合い斬りでイテこましたるけどな(笑)
Ψ( ̄∇ ̄)Ψフフフ…。アルボプンクタータオオイナズマの♂やフタオチョウ類も、はたまた日本ではスミナガシでさえも空中でシバいてきたワシなのだ。やってやれないことはない。

そういえば速く飛ぶ蝶はいっぱい見てきたけれど、自分の中での最速の双璧は同じベニボシイナズマ種群のアマンダベニボシイナズマの♂(註4)とフタオチョウ属のニテビスフタオの♂(註5)だろう。
両種とも、横をすり抜けて飛び去った時は速すぎて残像になってた。で、結局空中ではシバけんかった。多分、イナズマチョウもそれクラスのスピードで飛ぶんだろね(じゃ、採れないじゃん(@_@;)!)。

そのスピードに憧れて翌年の2017年にも台湾を訪れたが、結局会えずじまいだった。2016年、しかも♀が採れたのは、やはり僥幸とゆうべきものだったのだろう。

因みに、♀は♂より遥かに大きい。

(出典『原色台湾蝶類大図鑑』)

斑紋は♂♀同じだが、♀の翅形は円みが強く、後翅肛角部の尖りは♂に比べて目立って弱い。
参考までに言っとくと、採集した個体を測ったら、開長7㎝でした。
とはいえ、アカタテハくらいなんだけどね。
いや、もう少し大きいかな?スギタニイチモンジの♂くらいか…。

それにしても、このイナズマチョウという和名、何とかならんかね❓
色々と不便極まりないのだ。例えば、このイナズマチョウを検索したいとする。しかし、単にイナズマチョウと打っただけで検索したら、ドゥルガイナズマとかバンカナオオイナズマ等々の他のイナズマチョウと名のつく蝶がそれこそ何種類もワンサカ出てくるんである。つまり、種としてのイナズマチョウも、属としてのイナズマチョウもゴタ混ぜになって検索されてしまうのである。ややこしい事この上ない。種としてのイナズマチョウを調べたい時は、例えば「イナズマチョウ 台湾」と打つか、学名をそのまま打つしかないのだ。

和名をつけ直すとしたら、何だろう❓(しまった。また和名に難癖つける病気が始まったよ)。
普通に考えれば、先ずはクロイナズマが浮かぶ。
しかし、あまりにもベタすぎて面白くない。
他に何か良い名前はないかのう(;・ω・)?
取り敢えず色から考えてみよう。

( ̄ー ̄)………。
( ̄∇ ̄*)ゞあかん、熊本県の御当地ゆるキャラ、『くまもん』しか浮かばんよ。

(出典『くまもんスクエア』)

(*`Д´)ノえーい、無理からの命名ごっこのスタートじゃい!

アカグロイナズマ。
赤黒い蝶を想像してしまうから❌だな。だいち黒に赤なのだ。赤を前に持ってきてどうする。
いかん、赤黒い酒灼けのオッサンの顔が浮かんできて、頭から離れんようになってもうたやんけ。

クロアカイナズマ。
黒と赤の蝶とはいえ、まんまで捻りも何もありゃしない。それにダサい。❌。

スタンダールイナズマ。
古典的名作である『赤と黒』の作者スタンダールからのネーミングだ。そこそこカッコいいし、語呂も悪かない。しかし、スタンダールという言葉で、どれだけの人が小説『赤と黒』を連想できるというのだ?
だいち学名みたいで紛らわしい。却下。

ならば、黒をメインに据えてはどうだろう❓

カラスイナズマ。
鳥のカラスとは、これまたベタで貧困なる発想だ。
センス、ゼロである。それに不吉じゃねえか。❌。

ナチグロイナズマ。
これを那智黒という石と解る人は、そうはいまい。
せいぜい、あのジジむさい飴玉の「那智黒」を想像するのが関の山だ。
那智黒とは玉砂利に使用される最高級の石で、飴玉はそこから由来の命名だろう。

コクヨウセキイナズマ。
黒曜石。またしても石だ。これもカタカナだけでは意味が想像しにくい。そもそも蝶の名前にマイナーな石の名前を合体させる事じたいに無理がある。
でも、黒曜石の透明感のある黒は、イナズマチョウの持つ黒の雰囲気に近いんだよね。そう思うと、それほど酷かないネーミングにも思えてくる。とあらば、コクヨウイナズマがスッキリしてて、カッコイイよね。

ニンジャイナズマ❗
忍者といえば黒装束だし、敏捷と決まっておる。
それに忍者は外国でもそのまま「Ninja」と発音、表記され、欧米を中心にその認知度は高い。
外国人には、『Ohー、ワンダフォー!スバラシクカッコイイ名前デスネ~(ここ、外人のカタコトの日本語の発音でお願いしますね)。』と絶賛されるに違いない。
でもなあ…、こんな和名をつけたら、日本では絶賛どころかクソミソに叩かれるであろう。
忍者?おまえ、フザけてんのか?と云うワケである。
名前をつける事を何と心得るかと叱られる事、まず間違いなかろう。
それに、この名前には決定的且つ致命的な欠点がある。
台湾にも中国にも忍者はいないのである。

こうなったら、中国語名を和名にそのまま転換しようではないか。
今一度、中国名を並べてみよう。
常見俗名: 紅玉翠蛺蝶,紅裙邊翠蛺蝶,閃電蝶,閃電蛺蝶,暗翠蛺蝶,閃電綠蛺蝶。

コウギョクイナズマ。
紅玉というのは、中国語でルビーの事である。リンゴの品種「こうぎょく」もそこから来ている。
果たして、頭の中で漢字に変換できる人間がどれほどいるかは疑問だが、良い名前だと思う。候補としておいておこう。

2番目はよくワカンナイのでパス。
3、4番目はそのままだとセンデンイナズマとなる。
宣伝イナズマ?センデンを閃電と漢字に置き換えられる人は殆んどいないであろう。
ならば、閃光のセンコウイナズマでどないや?
閃光の如く飛ぶ様を見事に表しているではないか。
アカン…。カタカナからだと、フツーの人はお線香と線香花火しか思い浮かばないでしょね。

5番目は暗い緑色という意味だから、アンリョクイナズマってところか?
しかし、そもそもがパッと見は黒にしか見えない。根本的に相応しくない。

原点に立ち帰ろう。
黒がダメなら、赤をメインに据えて考えてみようではないか。

この蝶は顔の周りに赤が配されているのも特徴の一つだ。

アカエリイナズマ。
赤襟というワケである。だが、厳密には襟というよりも、目の下に赤いシャドウが入っていると云った方が正しい。

ならば、セキルイイナズマというのはどうだ?
赤い涙と書いて、セキルイと読む。漢字が解れば、愁いがあってオシャレだ。
英語だと「Red Tiadrops Butterfly」だ。なんか知らんけど、めっちゃカッコいいネーミングのちょうちょだな。悲しい逸話とかもありそうだ。

同じ特徴からのクマドリイナズマはどないですやろ?
コレで語源を正しくイメージ、理解してくれる人はどれ位いるのかなあ?…。まあ、普通は熊取りと考えるだろう。はあ?熊取?それって地名ですか?
想像力豊かな人で、せいぜい熊取り➡熊獲り=マタギの渋い爺さんまでだろう。
これは漢字にすると、隈取。歌舞伎の化粧方法の一つだね。

(出典『立命館大学浮世絵検索』)

良い名前だとは思うんだけどねぇ。
但し、他のベニボシイナズマも眼の下に赤いシャドウが入っているんだよなあ…。

裏返すと顔が赤いと云うのも特徴だ。

真っ先に浮かんだのが、ショウジョウイナズマ。
ショウジョウとは妖怪の「猩々」の事。でも、猩々って確か全身が赤いんだよねぇ…。
あっ、あのショウジョウバエも猩々から名付けられたんだよね。でも頭は赤いけど、他の部分は薄茶色であって、赤いという程ではない。
名前なんて、そう厳密的に考えなくともよいのかもしれない。でも、基調の色が黒だからショウジョウというには違和感がある。だいちチンケなショウジョウバエと一緒にするのは可哀想だ。

それにしても、表にも増して裏は艶やかだ。
あっ!、アデヤカイナズマ…。
悪くはないが、もし自分が命名者の立場ならば、ちよっと恥ずかしくてつけれない。
💡✴( ̄□ ̄)あっ❗繋がった。オイランイナズマ❗
オイランとは、あの花魁のことだ。この艶なる姿は、花魁の色気を彷彿とさせるではないか。この蝶の高貴にして妖艶なる姿を充分に伝える名前ではないかと思うんだよね。まあ、花魁ならばもっと豪華絢爛だろうと云う意見もあろうが、雰囲気的には理解して戴けるかと思う。

原点と云うならば、学名をそのまま和名に転用するという方法もあるにゃあ(ФωФ)
つまり、小種名のirrubescensそのままのイルベスケンスイナズマというワケである。言葉の響きは悪くないし、カッコイイとは思うんだけどね。
ただ、イメージは湧きにくい。オイラ的には、ギリシア戦士が浮かびました。何かそんな名前の英雄がいそうじゃん。

さらに原点まで遡ろう。
一周まわって、クロイナズマ。
最初に、クロイナズマでは普通すぎてベタで面白くないと述べたが、これはこれで捨てがたいものがある。
漢字にすると「黒稲妻」。黒い稲妻と書くと、矢鱈とカッコよく思えてくる。黒い稲妻って、何だか凄そうだ。普通の稲妻よりも激烈に強い、最強の稲妻って感じ。落ちたら、命はおまへんでぇ~。
または、轟音をとどろかせ、赤い稲妻が闇夜をつんざいて走る様も思い浮かぶ。イナズマチョウのイメージにはピッタリだ。空気を切り裂くようにジグザクに飛ぶと聞いたこともある。ならば、黒い稲妻とはメッチャクチャ飛ぶのが速いイナズマチョウの姿を具現化したようでもある。
クロイナズマ、中々にええんでねえの?

またもや妄想暴発💥寄り道オジサンになってしまったが、とにかく和名がただのイナズマチョウでは不便なのだよ。
誰か蝶界の重鎮が、一言大号令をかけて和名を変えてくんないかなあ…。
その時は是非、「コウギョクイナズマ」、「クマドリイナズマ」、「オイランイナズマ」、「イルベスケンスイナズマ」「クロイナズマ」のどれかを採用して戴きたいものだ。

それにしても、何でイナズマチョウグループのカタカナ表記は、稲妻なのにイナズマと書くのだろう❓
妻は「つま」と読むのであって、「スマ」ではない。オラのスマホでは、「いなずま」と打っても稲妻には変換されにくいんだよねぇ。
実際、古い図鑑である『原色台湾蝶類大図鑑』では、「イナヅマチョウ」となっている。どうしていつの間にかイナヅマチョウがイナズマチョウになってしまったのだろうか❓
多分、誰かが突然そう表記し始めて、皆がそれに追従➡定着したのだろうが、その経緯や意味が全然解らない。まさかイナズマの方が字面(じづら)が良いからとかじゃないでしょね❓
気になるので調べてみた。

イナヅマがイナズマになったのは、単に戦争に負けたからなのだそうだ。眼から鱗の理由である。
アメリカの占領軍が『ニホンゴ、ムズカシスギマスネー。「ヅ」ト「ズ」ノ2ツモアッテ、ヤヤコシクテワケワッカリマセーン。💢Tomorrowから「ズ」に統一したれや、Σ( ̄皿 ̄;;ワレー。』と文句を垂れて、そうなったんだとさ。
結構、その背後には屈辱的な歴史があるのね。

何か脱線しまくりである。
話をイナズマチョウそのものに戻そう。

今回はとりとめもなく書き進めたので、ここで一応イナズマチョウについて調べた事をまとめておこう。
それで終わりにさせてくだされ。脱線はするし、クソ長いし、もう疲れたよ(´;ω;`)

【生態】
分布は中国南部及び西部と台湾。台湾では中部から北部の低中山地に棲むが局所的。

(出典『アジア産蝶類生活史図鑑』)

垂直分布は諸説あるが、200mから1200mくらいだろう。高山帯には産しないされるが、これは幼虫の食餌植物のヤドリギ類が高い標高には見られないからだと推測されている。

おそらく年3~4回の発生。
昔は2、4、6、8、9月に採集記録があり、4月と8月に発生ピークがあると言われていたが、実際は周年に渡って記録があるようだ。越冬態については不明だが、熱帯由来の蝶だけに様々なステージで越冬している可能性はある。
ふた山あるといわれる発生ピークも偶然採れる稀種ゆえ、採集記録が少くて何とも言えないだろう。
個人的見解としては、特にピークというものはなく、年間を通してダラダラと発生しているのではないかと思う。個体数の少なさも、特にピークがないことに関係しているのかもしれない。一斉に発生すれば、目につくが、ダラダラ発生だとそうはいかないだろう。

飛翔は極めて敏速。時にジグザグに飛ぶらしい。♂はシマサルスベリの木を好み、葉上で休むことが多いという。
♂♀ともに午前中に地面に吸水に集まる。しかし、♂の吸水時間は短く、すぐに飛び去る。
そっかあ…、そういえば近縁のベニボシイナズマも吸水に来ても、飛び去るのは矢鱈と早かったっけ…。
おまけに敏感だから、採るのは大変だった。
一方♀は、それと比べると吸水時間は長く、♂ほど敏感ではないようだ。羽を開いて激しく震わせながら吸水する写真を見たことがある。
とはいえ、他のタテハチョウよりかは吸水時間は短いみたいだし、♂よりも吸水にやって来る機会は少なそうだ。出会うには運が必要だろう。

また、♂♀ともに落下発酵した果物にも好んで集まる。
飛翔は速いし、吸水に来ても直ぐに飛び去るので、採集するならばトラップが最も有効な手段といえよう。吸汁に夢中で、そこそこアホになるのだ(それでも他の蝶よりかは敏感だという)。

但し、内田さんの話だと他の蝶のようにバナナやパイナップルには滅多に飛来しないという。興味は示すが、これに止まり吸汁することは殆んどなく、マンゴーや桃を好むらしい。
自分のトラップに♀が飛来したのは午後4時くらい。
トラップの中身は何だか憶えてない。最初はバナナとパイナップルのミックストラップだった筈だけど、段々発酵が進んで小さくなってきたので、テキトーに果物を足して足してのトラップだったのだ。多分、マンゴーも入れたような気がするが、テキトーゆえにそのトラップに入っていたかどうかはわからない。
去年はマンゴーだけのトラップを1つだけつくったが、全く飛来しなかったし、他の蝶の集まりも悪かった。イナズマチョウだけを狙うのならば、マンゴーだけで良いのかもしれないが、他の蝶も狙うなら考えものだ。まあ、トラップは各種条件が複雑に絡まるから、断言は出来ないけど…。
機会があったら、次は桃を試してみたいと思う。

【幼虫と食餌植物】
えー、🚧閲覧注意です。
幼虫は悪意を凝縮させたような邪悪な姿だ。
図鑑で写真を初めて見た時は、あまりの恐ろしさゆえ背中に悪寒が走り、思わずページを閉じましたよ。
うら若き妙齢の女性ならば、卒倒しかねない気持ちの悪さじゃよ。

ほな、画像いくでぇーΨ( ̄∇ ̄)Ψ
逃げる人は今のうちやでー。

ドオーンッ💥❗❗

(出典『insectーfans.com』)

(出典『アジア産蝶類生活史図鑑』)

悪意に満ちたトゲトゲのゲジゲジだ。
2枚目の写真などは、タランチュラとかの大型の蜘蛛にも見える(写真は何れも終齢幼虫)。
威嚇だよ、威嚇。絶対に触りたくないね。

参考までに、ルベンティーナベニボシイナズマの幼虫写真も添付しておこう。

(出典『dororーaliraq.net』)

そっくりである。つまり、イナズマチョウはベニボシイナズマグループの一員であることは間違いない。
どうやらベニボシグループの幼虫の特徴は、この背中の大きな目玉模様のようだ。アドニアとかアマンダの幼虫も目玉模様がある。野外で間違って触れようものなら、\(◎o◎)/発狂するね。

幼虫は5齢までで、蛹になるまで約1ヶ月かかるという。

順番が前後したが、卵はこんなの。


(出典『常夏の島フォルモサは招く』)

これまた凄い形だ。地球外生物の卵みたい。
でも上から見た絵は、よく見ると黒い宝石にも見えてくる。美しき宝飾品だ。

産卵後、孵化までは約1週間かかるという。
大きさは1.5㎜ほどで、蝶の卵としてはかなり大きいそうだ。

蛹はタカサゴイチモンジなどの緑色系のイナズマチョウ類に似ているが、やや寸詰まりの形に見える。

(出典『圖録検索』)

羽化までは約10日だという。
卵から羽化までに要した時間は、室内飼育で43日前後、屋外では約60日間だったという。

食餌植物は、ヤドリギ科 Taxillus limprichtii。
和名は『アジア産蝶類生活史図鑑』ではリトウヤドリギとなっていたが、内田さんの『常夏の島フォルモサは招く』ではオオバフウジュヤドリギとなっていた。
これはどないこっちゃ(_)?と思ったが、和名で検索しても参考になるような記事は見つけられなかった。植物はしばしば中間的なものもあり、同定が難しいのだろう。
何れにせよ、木の高い位置に着生する植物なので、それが生活史の解明を困難にしてきたようだ。

つけ加えると、ヤドリギ類には毒があり、それを餌とするデリアス(裏が派手派手のモンシロチョウの仲間)なんぞは、皆さん体内に毒を有する事で有名だ。

【Delias hyparete ベニモンカザリシロチョウ】
(台湾産じゃないです。)

つまり、それで鳥から身を守っているのである。毒があって不味もんは鳥も食わないのだ。だから、イナズマチョウにも毒がある可能性は極めて高い。でも、アホみたいに速く飛ぶんだから、鳥も捕まえられへんって(笑)

台湾のサイトでも食餌植物を確認しておこう。

・大葉桑寄生 Scurrula liquidambaricolus
・忍冬葉桑寄生 Taxillus lonicerifolius
・杜鵑桑寄生 Taxillus rhododendricolius
・蓮華池寄生 Taxillus tsaii

1番目はオオバヤドリギ科の植物だ。
あれ?待てよ、この学名は内田さんの本で見たような気がするぞ。確認してみる。

Σ( ̄ロ ̄lll)ありゃりゃ❗❓、オオバフウジュヤドリギの下に学名が二つも並んでいるじゃないか。

1つはTaxillus limprichtii、もう1つはTaxillus liquidambaricolaとある。でも、属名がScurrulaではなく、Taxillusとなっているし、小種名のケツも微妙に違う。そもそも学名がなぜ二つもあるのだ❓ワケワカメじゃよ。
あっ、カタカナの部分は無視して、学名は2種類のヤドリギが食樹だと示しているのかな?
そうだ、写真の方で確認してみよう。某(なにがし)かの記述があるかもしれない。

( ゜o゜)あちゃー、オオバフウジュヤドリギの文字の下に学名が二つ並んでいる。

いや待てよ、Taxillus limprichtiiってリトウヤドリギの事じゃないか。
じゃあ、その下のTaxillus liquidambaricolaがオオバフウジュヤドリギの事なのか?
でも、さんざんぱら食樹がオオバフウジュヤドリギと言ってきたのに、なぜ2番目に表記されているのだ?謎だらけじゃよ。
(-“”-;)忘れよう。植物に特別興味があるでなし、飼育もしない人なのだ。学名が二つあろうとも、知ったこっちゃない。

2番目から4番目はヤドリギ科の植物。いずれも特に和名はなさそうだ。
あれっ!?、Taxillus limprichtii リトウヤドリギ(オオバフウジュヤドリギ)がない❗
内田さんが幼生期を解明したのに、何で無いんだ❓
学名がScurrula liquidambaricolusに変わったのかな❓
まあ、よろし。きっとヤドリギの類を広く食しているのであろう。

飼育下ではニンドウバヤドリギ Taxillus nigrans、シナヤドリギモドキ Scurrula parasiticaでも良好に育ち、飼育途中で食樹を入れ換えても順調に成育し、自然界でも利用している可能性が高いという。
因みに、この2種類のヤドリギは何処にでも生えているらしい。にもかかわらず、稀種なのは謎だよね(註6)。
育つのに特別な条件でもあるのかなあ❓
まあ、女王は気難かしくて謎に満ちていた方がいい。

                 おしまい

 
追伸
そそくさと片付けるつもりが、和名の変更とか脇道に逸れてしまい、結局自分で迷路に入り込んでしまった。寄り道するのは小さい頃からそうだったし、宿痾の病気なのかもしれない。

えーと、タイトルの「戦慄のシャドウファイアー」は、『発作的台湾蝶紀行』で使ったタイトルをそのまま使用しました。新たなタイトルを考えるのが面倒というのもあったが、結構気に入っているのだ。
因みにこのタイトルは、ディーン.R.クーンツの小説『戦慄のシャドウファイア』のパクリである。
この蝶との出会いが衝撃的且つ戦慄的だったし、イナズマチョウのイメージの影(黒)と炎(赤)とも重なるからだ。また、激しく飛ぶイメージとも何となく合致する。

余談だか、この追伸を書き始めて、花魁を使って新たなるタイトルを考えてもみた。だけども「花魁珍道中、台湾山岳地帯をゆく」とかワケのワカランようなタイトルしか浮かばなかったので、早々と断念した経緯もござったという事を付け加えておこう。

食樹の学名が二つ並記されていた件だが、勝山礼一朗さんから御指摘があった。
var.とは単なる属名を略してますという意味だとばかり思っていたが、varietyの略で「変種」という意味だそうです。

(註1)アメブロに書いた文章
『発作的台湾蝶紀行』の第43話「白水さん大活躍、ワシ虐待おとこ」、第44話「戦慄のシャドウファイアー」。
「発作的台湾蝶紀行 43話」で検索すれば出てきます。すんません。リンクの貼り方がワカンナクなりました。

(註2)『常夏の島フォルモサは招く』
内田春男さんの台湾の蝶シリーズの第二弾。

この文章がほぼ完成したところで、遂に買っちゃいました。古書で6480円でした。
イナズマチョウの幼生期解明に至る物語が書かれています。

(註3)クロオオムラサキ Sasakia funebris
イナズマチョウが初めて記載された時は日本の国蝶でもあるオオムラサキの仲間(Sasakia)に入れられた
という(Sasakia fulguralis)。同じグループのクロオオムラサキと見た目が近いから、そう分類されたようだ。
一部の学者には、クロオオムラサキの亜種ともされていたのではないかな?

【Sasakia funebris クロオオムラサキ】
(出展 『MY PETS BY』。小さい画像だったので、トリミングさせてもらいました。)

(裏面)
(出展 『Insect-fans.com』)

確かに一見イナズマチョウに似てはいる。
だが、細かく見れば斑紋パターンは同じではない。それに大きさが遥かに違う。並べると、まるで大人と子供だ。
クロオオムラサキは、世界最大級のタテハチョウと言われるオオムラサキに極めて近い種類で、しかもオオムラサキよりも相対的に少しデカいくらいなのだ。
これはいつの日にかシバきたい。網に入った時の手応えは相当なものだと思う。

(註4)アマンダベニボシイナズマ

【Euthalia amanda】
(2013年 2月 Indonesia Sulawesi)

インドネシア・スラウェシ島特産のイナズマチョウ。
上が♂で、下が♀である。
あっ、アマンダって、目の下が赤くないんだあ…。
名前も素敵だし、♀はマイフェバリット蝶の一つ。
アマンダには、いつかまた会いに行きたい。

(註5)ニテビスフタオ

【Chraxes nitebis ♂】
(2013年 2月 Indonesia Sulawesi)

こちらもスラウェシ島特産種で、アジアでは唯一の緑色をしたフタオチョウ。
スラウェシ島はアジアに棲む生物とオーストラリアに棲む生物の境界にある島で、独自進化した固有種が多い。だから色んな驚きがあり、生物好きには面白い島です。

(註6)にも拘わらず、稀種なのは謎だよね
ラストは『常夏の島フォルモサは招く』を読む前に書かれていたものだ。終わり方としては、わりと気に入っていたので、そのまま残した。
でもこの疑問符に、内田さんは一つの仮説を立てておられる。
ヤドリギが寄生する宿主の木はウルシや柿、桑など色々あって、同じ種類のヤドリギだとしても寄生する樹種によって葉の香りや味が違うらしい。イナズマチョウは母樹との特定の組み合わせのヤドリギにしか産卵しないんじゃないかと考えておられたようだ。
そう考えれば、食樹がどこにでも生えているのにも拘わらず、イナズマチョウが稀なる理由の説明には一応なる。
女王様はエピキュリアンなのだ。厳格な好みを持つ美食主義者の可能性はある。

 

台湾の蝶8 続 マレッパイチモンジ

 
    第8話『幻の翡翠蝶、再び』

 
本来、第8話はイナズマチョウの予定だったが、マレッパイチモンジの重要な文献、内田春男さんの書かれた『常夏の島フォルモサは招く』が手に入った(顛末は前回を参照)。

読んでみると、新たな情報もいくつか出てきた。
となると、第7話を書き直さなくてはいけない。
しかし、改めて7話を読み直してみて、ハタと立ち止まった。
新知見をつけ加えるといっても簡単ではない。新しい知見を古い情報と入れ替えると、後半の部分との整合性がオカシクなってきたりするのだ。
下手クソが言うのもおこがましいが、曲がりなりにも一つの作品として完成した文章には全体を流れる文脈というものが在る。きっと書いている時の気持ちの流れが文章に反映されるのだろう。
とにかく、間に新しく文章を入れると、全体のバランスがバラバラになりかねないのだ。
というワケで、続編として新たに文章を書くことにした。

内田春男さん曰く、台湾には幻と考えられる珍蝶がいくつかあるが、真に幻の蝶と呼べるのはマレッパイチモンジだけであろうとおっしゃられている。

一応、他に幻の蝶として挙げられているのは、以下のような種類だ(1991年当時)。

①イノウエカラス ②エサキカラスシジミ ③クロボシヒメシジミ ④サンカクホウシジミ

①はネットで調べたら、生態写真がいくつか出てきた。そういえばラオスで会った人がこの蝶についての論文を「日本蝶類学会」に書いたと言ってたなあ…。
時計を拾ってあげたので、ちよっと仲良くなって喋ってくれたのだろう。
②は標本写真が杉坂美典さんのブログ「台湾の蝶」にあった。
③は画像さえ見つけられなかった。まあ、どうせチンチクリンの蝶であろう。
④は杉坂さんのブログに標本写真があった。

なるほど。相当珍しいようだね。
しかし、①と②は所詮はカラスシジミなのである。
余程の眼力がある人でないと、パッと見で他のカラスシジミ類と区別できない。
④もクラルシジミと見た目は同じようなもので、他にもワタナベシジミなどソックリなのがいくつもいる。これまた野外で区別するのは至難の技だろう。

そして、総じて皆んなチビで地味。
殆んどの人が注目しないようなもので、勝手に幻になっとりなはれという感じのものなのだ。

マレッパイチモンジの故郷とされるマレッパ村は眉原の奥、北港渓の上流部にあるようだ。
なるほど、台湾でのマレッパイチモンジの別称に「眉原綠一字蝶」とあったのは、それゆえなのね。或いは眉原近辺でも採集記録があるのかもしれない。
因みに第7話では内田さんはマレッパには訪れた事がないと書いたが、1988年に念願叶い来訪されたらしい。
しかし、第1巻「ランタナの花咲く中を行く」ではマレッパ村から1時間ほど渓を詰めた所に採集地があると書いていたのに、この2巻ではマレッパでの採集ポイントについては一切述べられていない。果たしてマレッパに、この幻の蝶はいるだろうか❓
いまだ、そこは謎のままなんである。

マレッパイチモンジは1958年に発見されたが、その後17年間で採集された記録はたった4頭だけだったそうである。
とはいえ、地元の採集人によると年間数頭ぐらいは採集されていたらしい。但し、殆んどの採集人はこの蝶の事を知らず、標本商のところで整理中に偶然発見されていたようである。つまり、それが生息地の断定を困難にしていた。
また、マレッパイチモンジと識別できる採集人は、高価で売れるこの蝶のポイントを他人に教えるワケもなく、秘密にしていたことから確実な生息地は長きに渡り謎のままだったと云うワケでもある。
その後、蝶の加工業(土産物の額など)が衰退して採集人が減り、益々この蝶は幻と化したようだ。

書きながら読み進んでゆくと、ありゃまΣ(゜Д゜)
噂では数年前(1980年代後半)にマレッパの反対側の天祥で日本人が1頭、20年前(1970年辺り)に翠峰からマレッパ付近に入った、これまた日本人が4頭採集したと云う話が出てきた。
7話で若者が翠峰で4頭採ったという話を書いたが、そんなに古い記録なのかよー❓
杉坂さんが分布に台湾東部をあげていたのは、この天祥の記録の事かえ❓
だが、この2つの噂を内田さんはホリシャイチモンジ(♀)を誤認した可能性が濃厚だと考えられているようだ。
自分もそんな気がする。滅多と採れない珍蝶なのだ。
日本人の採集とあらば、日本国内で噂が表に出てきてもおかしくはない。だが、そんな話は全く漏れ聞かないのだ。

アカン、読みながら書き進むのは効率が悪い。
一旦、筆をおいて最後まで読んでから書こっと。

その後、内田さんはプロジェクトチームを結成し(1988年)、生息地を探す物語になるのだが、とても面白いけど長いので割愛する。
結果、天祥など台湾東部では見つけられず、確実に採集していた採集人、程大富氏の動向から谷関付近にターゲットを絞り込み、石山渓(標高約1000m)で遂に生息地を発見するのである(しかし、18年程前に大規模な崖崩れで谷が崩壊し、道路が寸断。現在も入山不可という)。

それでは、新たな知見を付記しておこう。
先ず発生期だが、6月中下旬と推測したが、他の緑系イナズマチョウよりも発生は少し遅れるようで、7月中旬から現れるそうである。
但し、少ない蝶ゆえ、自分はそれを全面的に信じているワケではない。例えばパタライナズマは、ラオスで4月の頭に採ったが、同じ場所で5月初めにもそこそこ鮮度の良いものを複数採っている。だらだら発生の可能性はあるだろう。

飛翔はメチャクチャ速いらしい。
羽が他のイナズマチョウよりも尖っているからだと言われているが、正直、実際にこの眼で見てみないと解らないと思っている。
羽の形だけでなく、胴体との関係性もあるからだ。
体躯が太く強靭で羽が分厚く、面積が小さい方が物理的に速い。これは現在の最新鋭の戦闘機を思い浮かべて戴ければ解るかと思う。羽の形は一つのファクターにしか過ぎないのだ。
飛翔時は、台湾に棲む他の緑系イナズマチョウに比べてかなり黒く見えるらしい。
確かにホリシャイチモンジの♀も飛んでいる時は、かなり黒く見えた。生きている時は、あの渋くて美しい紫色に見えるかもしれない。

【ホリシャイチモンジ♀】

普段は暗い林内にいて、基本的には明るい所には出て来ず、生態はホリシャイチモンジに近い印象だと書かれていた。
自分の印象も同じだ。ホリシャは暗い林内で遭遇する事が多かった。つまり、普通に林道を歩いていても滅多なことではマレッパイチモンジには会えないと云う事だ。
ゆえに出会うためには、トラップは必須のアイテムといえる。

(出典『常夏の島フォルモサは招く』)

ここで、ようやっとの生態写真の登場でありんす。
色々調べてみたが、生態写真は知る限りこの2枚しか見たことがない。もう、30年も前の写真だぜ。まさに幻だよな。

♂♀ともに、🍍パイナップルに酒を染み込ませて発酵したものに誘き寄せられるようだ。
敏捷な蝶だが、吸汁している時はかなり鈍感みたい。イナズマチョウ(Euthalia irrubescens)に比べれば、撮影は容易らしい。

内田さんは、翌年幼生期の解明にも挑まれた。
しかし9♀も得たのに、結局1卵も産まなかったそうな。
他の緑系イナズマチョウの幼生期からして、カシ類の植物を食うことは予想できるので、付近にあったアラカシ、アリサンアラカシ、ホソバナンバンガシ、シラカシ、ヒシミガシ、ウラジロガシ等を袋がけして採卵を試みたのだが、ダメだったらしい。
一応、現在はツクバネガシだけが食樹として記録されているが、与えれば果たして他のカシ類を食するのだろうか?興味が尽きない。

死後、卵を取り出すと驚くべき事実がわかった。
何とマレッパイチモンジの卵は他のイナズマチョウに比べて遥かに大きくて、台湾産のタテハチョウの類の中では最大だと書いていたのだ。

(出典『常夏の島フォルモサは招く』)

左下がマレッパイチモンジ、右下がタカサゴイチモンジ、上がスギタニイチモンジの卵である。
卵の大きさは2㎜。タカサゴやスギタニは1.2㎜だという。マレッパイチモンジの成虫はスギタニ、タカサゴイチモンジの成虫と比べて小さいから驚きだ。
腹内の保有卵数はタカサゴ、スギタニで約60卵、マレッパは17~20卵だったそうである。

おそらくこの蝶が稀なのは、卵数が少ないというのと、幼虫の食餌植物が限定されているからではないだろうか❓

因みに、産地がバレて1989年には多くの採集者が石山渓に集まったが、その年も相当数採集した程大富氏の姿は石山渓ではついぞ見られなかったそうである。

石山渓の他にも、まだ知られていないマレッパイチモンジの産地はこの世に在るのだ。

                  おしまい

 
追伸
やはり、ロマンのある蝶だと思う。
知られていない産地は確実にあるのだ。
まだ見ぬマレッパイチモンジに想いを馳せる。

添付した画像を改めて見ると、帯が白いから♀だね。
左奥はワモンチョウの♂だろう。ワモンチョウはデカイ。そこから類推すると、♀はそれなりにデカイという事だね。タカサゴイチモンジの小さめの♀くらいはあるかもしれない。

マレッパイチモンジの卵は、台湾のタテハチョウ科の中では最大というけど、オオムラサキより大きいのかなあ❓
まさか、んな事はあるまい。
内田さんも当時は興奮されていたのだろう。

でも、ツッこまれるのも嫌なので、調べてみた。

(_)何だよー、何とオオムラサキの卵は1㎜から2㎜と幅があるじゃないか。
しかし、所詮はネットの情報だから素人風情の記述もあるよね。信用ならない。
しゃあない。手代木求さんの「日本産蝶類幼虫・成虫図鑑 タテハチョウ科」で確認してみよう。
タテハチョウ科の専門家だから、ネット情報よか遥かに信頼できるでせう。図書館でコピーしといて良かったあー。

ゲッ(゜ロ゜;ノ)ノ、1.5㎜とあるじゃないか。
オオムラサキの卵は見たことあるけど、蝶の卵としては相当大きいという記憶がある。それよかデカイ2㎜ってか❗相当デカイよね。
内田さん、ええ加減なこと言うてスンマセン。

【オオムラサキ♂】
(東大阪市枚岡産)

それにしても、マレッパイチモンジとオオムラサキとでは、成虫の大きさは倍近く差がある。
何で、そんなに卵が大きい必要性があるのだろう❓
これまた、謎だわさ。