台湾の蝶12 タイワンイチモンジ

 
      タテハチョウ科 9

    第12話『真なる一文字の紋章』

 
前回のオスアカミスジの回で、漸く台湾のイナズマチョウ族全種を紹介する事ができた。
しかし、連続でタテハチョウの事ばかり書いてきて、正直飽きた。
次々に疑問点が押し寄せてきて、そのせいで文章は長くなるし、時間もかかったから、すっかり疲弊しきってしまったのである。

だから、ここは気分を変えて他の科の蝶の事を書こうと思い、ホッポアゲハの事を書き始めた。でも半分ほど書き進めたところで、ハタと思った。
前回にイチモンジチョウ族の事にも少し触れたが、考えてみれば台湾のイナズマチョウ族6種のうち、何と4種(タカサゴイチモンジ、スギタニイチモンジ、ホリシャイチモンジ、マレッパイチモンジ)もがイチモンジという和名がついているのだ。
今後、真正のイチモンジチョウ族が登場した時に、もし両者が遠く分断して書かれていたら、知らない人にとっては混乱極まりないのではないかと思ったのだ。
だだでさえ、書いている本人がしばしば錯乱状態になってあらぬ方向に行ってしまうのである。極力流れは大事にしたい。このままイチモンジチョウの仲間も紹介してしまおう。

それにしても、和名って鬱陶しい。
たぶんタカサゴイチモンジとかは、最初に発見した人あたりがイチモンジチョウに似ているし、コイツはイチモンジチョウの仲間だろうと思ってつけたのだろう。
まあ、それは仕方がないとしても、イナズマチョウの仲間だとわかった時点で誰か発言力のあるお偉方が修正しろよなと思う。
そのくせ、和名がアホみたいに複数ある蝶も存在する。和名がよろしくないからと勝手に新しくつけるのだろうが、混乱の極みだ。素人は堪ったもんではない。
例えばアンビカコムラサキ Mimathyma ambica なんぞは、この他にキララコムラキとか、カグヤコムラサキ、ニジイロコムラサキ、シロコムラキ、イチモンジコムラサキと合計6つもの和名がある。学名が頭にインプットされていなければ、何でんのそれ?のワケワケメじゃよ。

【Mimathyma ambica アンビカコムラサキ♂】
(2011年 4月 Laos vang vieng)

これまた誰かお偉いさんが音頭をとって、どれか一つに統一してくんないかなあ。

早くも和名に対する悪態毒舌癖が発病してしまったが、続ける。
蝶採りを始めた当初は、学名そのままを頭につけた外国の蝶の和名に対して軽く憤りを感じていた。
ザルモキシスオオアゲハとかアルボプンクタータオオイナズマ、ベラドンナカザリシロチョウなんぞと言われても、初心者には下は何となく想像できても、頭についた名前からはどんな蝶なのか全く想像もつかない。横文字なんぞやめて、取り敢えずアホでも解るような和テイストな名前をつけろよなー(=`ェ´=)と思っていたのだ。
しかし、海外に出て蝶を採るようになって考え方が変わった。なぜなら、外国では和名なんて全く通じないのである。
例えばオオルリオビアゲハ Papilio blumeiを採りたいとする。でも現地でガイドに和名を連呼したところで、まず通じない。
コレがもしブルメイアゲハという和名がついていたならば、ブルメイと言えば簡単に通じる。つまり、海外では共通語として学名で呼ぶのが普通なのである。

【Papilio blumei ブルメイアゲハ】
(2013年 2月 Indonesia Sulawesi Palopo)

正直、外国の蝶はテングアゲハやシボリアゲハなど既に和名として定着していて秀逸なものだけを残して、他はみな学名を冠につけた和名でいいのではなかろうか?
だから、Mimathyma ambicaは、アンビカコムラサキ。それでスッキリすると思うんだよね。

とはいえ、和名を残すものと残さないものを振り分けるのは大変だ。喧々諤々で揉めるよなあ…。

何か不毛な事を言ってる気がしてきた。
いい加減、本題に戻るとしよう。

 
【Athyma cama タイワンイチモンジ♂】
(2016年 7月 台湾南投県仁愛郷黄肉渓)

♀は全然柄が違う。

【Athyma cama タイワンイチモンジ♀】
(2016年 7月 台湾南投県仁愛郷眉原)

雌雄異型の蝶なのである。
メスはオスと比べて一回り大きく、羽の形が全体的に円くなる。♂は一見して日本の南西諸島にもいるヤエヤマイチモンジに似るが、上翅にオレンジの紋があるので容易に区別できる。
そういえば♀は最初、オスアカミスジの♂かと思って必死に追いかけて採ったんだよね。
でも、何か違うなあと暫し考えて、あっ、タイワンイチモンジの♀なんじゃねえの?とようやく考え至ったのである。
台湾の蝶の事をろくに調べずに発作的に行ったので、こういうパープリン振りが多々あったのだ。
因みに、採集記はアメブロの『発作的台湾蝶紀行』第29話 「風雲急を告げる」の回にあります。

裏の画像も添付しておこう。

上が♂で、下が♀である。
裏は表ほど劇的には違わない。

学名の属名「Athyma アティーマ(シロミスジ属)」はギリシア語で、無気力な、元気のないと云う意味である。小種名の「cama」は、インド神話の神。あの古代インドの性の教典カーマスートラのカーマであろう。でもエロと何の関係がごさる?(-“”-;)ワカラン。
台湾のものはssp.zoroastesという亜種名がついている。ゾロアスター教と何か関係あるのだろうか?
それともその開祖であるザウスシュトラそのものを指しているのか?或いは預言者という意味が込められているのだろうか?
でも、台湾とゾロアスター教って関係ないよね?
これも、よーワカラン。

因みに『原色台湾蝶類大図鑑』では、学名の属名が「Tacoraea」になっていたので、また迷宮に迷いこむのかと思って、マジ(|| ゜Д゜)ビビった。
前述した近縁種ヤエヤマイチモンジやシロミスジなどもこのTacoraeaという属名になっていたから、正直また脳ミソが腐りそうになったよ。

しかし、コレは比較的簡単に解決がついた。
どうやら現在、Tacoraeaはシノニム(同物異名)になっているようだ。つまり、学名として使われなくなったと云う事だね。

あっ( ̄▽ ̄;)、多分、この学名をオスアカミスジの回でも使ったような気がするなあ…。
まっ、いっか…。忘れよう。

台湾での名前は雙色帶蛺蝶。
雙色というのは、二色を表し、二つで一組になるという意味みたい。中々、考えた名前である。
でも、帶という字がついてるな。という事は二色のツートンカラーの帯を持つタテハチョウって意味か?
ケッ(=`ェ´=)、途端に何だかつまらねぇ名前に見えてきたよ。

他に臺灣一文字蝶、臺灣單帶蛺蝶、臺灣一字蝶、圓弧擬叉蛺蝶、分號蛺蝶という別称もあるようだ。
台湾も一つの蝶に沢山の名前があって、面倒くさそう。さぞや不便じゃろうて。
臺灣一文字蝶は和名をそのままの訳したものだね。
臺灣單帶蛺蝶は単帯とあるから、オスに焦点をあてた名前ってことかな?
臺灣一字蝶は、まんまである。
圓弧擬叉蛺蝶は直訳すると、円い弧が二股モドキのタテハチョウってことになる。たぶん♂の斑紋を指しているんだろうけど、今一つピンとこない。
分號蛺蝶は、オスとメスの柄が別々という意味で使われているのであろう。

英名は、「Orange Staff Sergeant」。
訳すと二等軍曹(米陸軍海兵隊)、或いは3等軍曹(米空軍)となる。それほど敬意が払われてないね(笑)

(|| ゜Д゜)しまった…。こう云うどうでもいいような事に興味を持ってしまうから文章が長くなるのだ。

一応、標本写真も並べておこう。

はっ!Σ( ̄□ ̄;)、ここで気づいた。
ごたいそうに胴体にまで紋が入っているじゃないか。
ここで一度野外写真に戻ってもらいたい。
特に♂は白くて目立つから、名前のとおり正に一文字になっているではないか。
ん~、でも翅が左右均等になっていないから、今一つ説得力がない。ここはどなたかの画像をお借りしよう。

(出展『commons.wikimedia.org』)

これこそ、真なる一文字だ。
日本のイチモンジチョウなんて、これに比ぶれば屁だ。

【イチモンジチョウ Ladoga camilla】
(出展『STEP BY Step 自分らしさを』)

人の画像を拝借しといて何だが、胴体に白い紋が無いから、正確には一文字に繋がっていない。しかも、どちらかというとVの字じゃないか。
いっそイチモンジの看板を下ろして、ブイノジチョウにしたらどうだっつーの(# ̄З ̄)
ついでにタカサゴイチモンジとかのイチモンジもやめちまって、タカサゴイナズマにしちくりよー。

またまた本題から逸れたような気がするので、さくっと生態面を書いて終わりにしよう。

 
【分布】
台湾以外にも中国南部、インドシナ半島、マレー半島、海南島、アッサム、西北ヒマラヤなどに分布する。

(出展『原色台湾蝶類大図鑑』)

和名がタイワンイチモンジなれぱ、当然のこと台湾の固有種だと思っちゃうよね。それがこんなに広域に分布しているのだ。この誤解を生むタイワンイチモンジという名称もどうかと思うよ。他にもこういうタイワンとついてはいるが、台湾以外にも分布している蝶が結構いるんだよね。どれくらいあるのかな?試しに挙げていこう。

タイワンビロウドセセリ、タイワンアオバセセリ、タイワンキコモンセセリ、タイワンキマダラセセリ、タイワンチャバネセセリ、タイワンオオチャバネセセリ、タイワンジャコウアゲハ、タイワンタイマイ、タイワンモンキアゲハ、タイワンカラスアゲハ、タイワンモンシロチョウ、タイワンシロチョウ、タイワンスジグロシロチョウ、タイワンヤマキチョウ、タイワンキチョウ、タイワンウラナミシジミ、タイワンイチモンジシジミ、タイワンミドリシジミ、タイワンサザナミシジミ、タイワンカラスシジミ、タイワンフタオツバメ、タイワンツバメシジミ、タイワンクロボシシジミ、タイワンルリシジミ、タイワンヒメシジミ、タイワンアサギマダラ、タイワンキマダラ、タイワンミスジ、ホシミスジ、タイワンクロヒカゲモドキ、タイワンキマダラヒカゲ、そしてタイワンイチモンジだ。

ハハハハハ(^o^;)、何と全部で32種類もいる。
名前にタイワンとつける必然性がないんだから、和名をつけ直すべきだと思うんだけど、どうして誰も言い出さないのかな?

原色台湾蝶類大図鑑によると、亜種は以下のようなものがある。

▪Athyma cama cama 西北ヒマラヤ~アッサム
▪ssp.camasa トンキン(ベトナム北部の古い呼称)
▪ssp.zoroasters 台湾
▪ssp.agynea マレー半島高地

 
【生態】
北部から南部にかけて普通だが、次回紹介予定のヤエヤマイチモンジよりかは少ないようだ。
台湾では4月~10月にわたって見られ、年数回の発生を繰り返す。
常緑広葉樹周辺に見られ、その垂直分布は「アジア産蝶類生活史図鑑」には300~2700mとあったが、台湾のサイトには海岸林等低中海抜となっていた。何れにせよ、その中心は500m前後から700mくらいだろう。
♂の飛翔は敏速。地上低く飛び、よく地面に羽を広げて止まる。♀は♂ほど活発ではなく、頻繁に草木の歯の表面に止まる。
♂♀ともに花や腐果に集まり、♂は地面に吸水によく訪れる。

 
【幼生期】
幼虫の食餌植物は「アジア産蝶類生活史図鑑」によると、トウダイグサ科のGlochidion lanceolatum キイルンカンコノキ、Glochidion rubrum ヒラミカンコノキ、Glochidion zeylanicum カギバカンコノキ。
台湾のサイト、「圖録検索」では以下のようなものがあげられていた。

菲律賓饅頭果 Glochidion philippicum
細葉饅頭果 Glochidion rubrum
裏白饅頭果 Glochidion triandrum

上から二つ目はヒラミカンコノキだけど、キイルンカンコノキとカギバカンコノキはあげられていない。
まあカンコノキの類を広く利用しているのだろう。
因みに1番目は和名が見つけられなかったが、たぶんフィリピン由来のカンコノキだろう。3番目はウラジロカンコノキ(ツシマコンコノキ)という和名があり、長崎県では絶滅危惧種Ⅰ類に指定されていた。

さてさて、いよいよ恒例のおぞましき幼虫の姿の登場である。閲覧注意ですぞ。とは言っても、既に視界に入っちゃってるとは思うけど(笑)

(出展 2点ともに『圖録検索』)

オスアカミスジの回にも添付した画像だが、その時は何でこんなに色が違うんだろうとは思いつつスルーした。書き疲れていて、調べるのが面倒くさかったのだ。

でも、その疑問が今回解けた。

(出展『世界のタテハチョウ図鑑』)

両方とも終齢幼虫なのだが、どうやら老熟すると黄色くなるようなのだ。絶対食われたくないという思いが、絶対食うなよな(#`皿´)に転化して、その強い気持ちがあの毒々しい色の警戒色を生んだのかもしれない。

蛹も特異な形だ。

(出展『世界のタテハチョウ図鑑』)

(出展『圖録検索』)

ウルトラマン最強の敵、ゼットンみたいな形だね。
タテハチョウの蛹は造形美の極致みたいなものが多くて面白い。穴が空いてるだなんて斬新すぎる。そこにいったい何の意味があるというのだ?全然、理由が想像つかないよ。

最後は卵。

(出展『圖録検索』)

これも造形美。宝石みたいだ。
どうやら卵塊を作らず、一つ一つ産むようだ。
同じタテハチョウ科の蝶でも、産み方がそれぞれ違う。
自然って不思議だなと思う。

                 おしまい

台湾の蝶11 オスアカミスジ(後編)

       タテハチョウ科8

   第11話『豹柄夫妻の華麗なる生活』

 
オスアカミスジの後編である。
今回は生態を中心に書きたいと思う。

前回と重複するが、先ずはオスアカミスジの画像を添付しておこう。

【Abrota ganga オスアカミスジ♂】
(2017年 6月 台湾南投県仁愛郷)

【同♀】
(2016年 7月 台湾南投県仁愛郷)

♂♀異形のイナズマチョウの仲間である。
色は違えど、ネコ科肉食獣柄の夫婦だね。
もし豹柄と虎柄紋を着たオバチャン&オッチャン夫婦がいたら、さぞや強烈だろうなあ…。キャラもコッテコテのエッジの立った夫婦に違いない。まあ大阪とかには、現実にいそうだけどさ(笑)

学名の属名のAbrotaはキリシア語のabrotos(不死の、神の、神聖な)をラテン語化したもの。
このAbrota属は、調べた限りでは1属1種。オスアカミスジのみで構成されている。
小種名のgangaはインドの聖なる川、ガンジス川の事である。そういえばインドの聖地ベナレスでは、ガンジス川のことを皆ガンガーと呼んでいたなあ…。インド、ムカつくけど、また行きたいな。

台湾での名称は「瑙蛺蝶」。
瑙というのは瑪瑙(メノウ)のことである。
英語だとAgate(アゲート)だっけか…。鉱石の1種で、縞模様が特徴である。よくパワーストーンとして売られているから、見たことがある人も多いかと思う。

(出典『ヤフオク』)

中々センスのある美しい名前だ。
オスアカミスジよか余程いい。おーっと、早くも和名文句たれ病が始まったよ。けど、またクソ長くなりそうだから今回はやめとく。
あー、でも一言だけ言わしてくれ。ミスジチョウの仲間じゃなくイナズマチョウのグループだと判明したんだから、せめて「オスアカイナズマ」としてくれよな。ややこしくてかなわん。

因みに蛺蝶と云うのは、中国語圏ではタテハチョウの事を指します。
他に雌紅三線蝶、大吉嶺橙蛺蝶、黃三帶蛺蝶という別称もある。
婀蛺蝶というのも良いね。婀は訓読みするとたお(やか)だ。しなやかで美しいさまを表す。
大吉嶺橙蛺蝶と云うのも仰々しい感じがして悪くない。大吉山の橙色の蝶なのだ。

【分布】
台湾以外では、中国(東部、南部、西部)、インドシナ半島北部、ヒマラヤなどに生息し、5亜種に分けられている。

(出典『原色台湾蝶類大図鑑』)

▪Abrota ganga ganga(ブータン,シッキム,アッサム,ミャンマー,メトック)
▪Abrota ganga formosana Fruhstorfer, 1909(台湾)
▪Abrota ganga flavina Mell,1923(中国:広東省)
▪Abrota ganga pratti Leech,1891(西中国: 四川省,雲南省)
▪Abrota ganga riubaensis Yoshino,1997 (中国:陝西省)

一応、各地の標本をネットでいくつか見たが、そう大きな違いは感じられなかった。♂は同じ場所でも個体差に富み、1つとして同じ斑紋のものはいないというから、どちらにせよ素人のワシなんぞにはお手上げじゃよ。
但し、♀は海南島のものなどは白い紋がオレンジ色になるようだ。だから、別称に黃三帶蛺蝶というのもあったんだね。

【生態】
開長65~75mm。
台湾全土に見られるようだが、普通種というワケではなさそうだ。実際、埔里周辺では1ヶ所でしか見かけなかった。タイやラオスでも一度も見たことがない。もっとも、これは夏に行った事がないからなのかもしれないけどね。

垂直分布は、図鑑などでは標高300m前後から2100mまで見られるとなっていたが、おそらく中低山地が棲息域の中心だろう。
因みに自分は1000m前後でしか見たことがない。常緑広葉樹林を好むというから、標高以上に環境が重要なファクターなのだろう。結構深い森の中にいたから、環境条件は思われているよりも限定的なのかもしれない。

♂♀ともに樹液,獣糞や発酵した果実に集まり、地面に吸水におりる。
杉坂美典さんの台湾の蝶のサイトには「各種の花によく集まる。」とも書いてあった。だが、これは聞いた事がないし、そのような生態写真も見たことがない。イナズマチョウ類の生態としては考えにくいし、何かの間違いではないだろうか?
また、「♂は渓流や樹林内の開けた場所で占有行動をする様子を確認することができた。占有行動では,全ての蝶を追い回し,順位的には最も強かった。♀は,林道上によく止まり,吸水行動をしていた。♂も吸水のために地上に下りることはあったが,非常に敏感で,近づくことは容易ではなかった。」とも書いておられる。

占有行動に関しては、他に言及している文献は知り得ないが、それらしき行動は見たことがある。
樹林内のぽっかり開けた場所に如何にもテリトリーを張ってますといった体の♂が葉上に止まっていた。実際占有行動は見ていないが、捕らえて先に進み、暫くして引き返してきたら、また別な♂が同じような所に止まっていた。それも捕らえて、翌日にそのポイントに行ったら、またもや別な♂がいた。これは占有活動を示唆しているとも思える。
但し、同じ場所にタイワンコムラサキもいたが、特に追いかけ回すというワケでもなく、仲良く繁みの端と端にちょこんと止まっていた。

果実トラップには、林縁に仕掛けたものには来ず、♂♀ともに暗い森の中に設置したものに集まった。

♂の飛翔力については文献によってまちまちだ。
台湾のネット情報では、「成蝶飛行快速」と書いてあった。また「原色台湾蝶類大図鑑」には、飛翔はヒョウモン類に似ているとあった。ヒョウモンチョウの仲間は種類によって飛翔力にかなり差があるが、そこそこ速いと云う意味なのだろう。
一方、「アジア産蝶類生活史図鑑」には、「飛翔力はあまり活発ではなく、地上低く滑空方式のものが多い。」と書いてある。
自分の見た印象ではイナズマチョウにしてはトロいが、そこそこ速い。確かにヒョウモンチョウと言われれば、そんな気もする飛翔スピードだ。
敏感さは、タカサゴイチモンジくらい。つまり、イナズマチョウにしては鈍感な部類に入る。

林道上によく止まり吸水するというのは、他の文献でも記述があるから、割りと普通に見られる行動なのだろう。
けれど、吸水も含めて自分は一度も林道上で見たことがない。♂は森の中でしか遭遇した事がないのだ。10頭以上は見たが、全部そうだった。自分としては、ホリシャイチモンジと同じような生態に感じた。
一方、♀は林内よりも林縁で見受けられた。但し、地面に止まっているのは見たことがない。大概は林道を歩いていたら、樹木から驚いて飛び出すというパターンだった。高さはだいたい2m以内。その際、緩やかに飛び、すぐに枝先などに止まる。正直、トロいから、採集は容易だ。

但し、とは言ってもこれらはケースバイケースだろう。飛翔は速い時もあれば遅い時もあるだろうし、敏感さも羽化仕立ての個体と飛び古した個体とでは違う事は有り得る。

【発生期】
年1化。5月の下旬より羽化し始め、7月最盛期。♀は10月下旬まで見られるという。

【幼虫及び食餌植物】
マンサク科 ナガバマンサク Eustigma oblongifolium。
『アジア産蝶類生活史図鑑』には、「台湾と香港に限り自生する植物で、台湾での分布は狭く、日月潭、埔里周辺以外では見出されていない。にもかかわらず、この蝶の分布は台湾ではかなり広いという事実、また中国からインド北部にわたる広汎な分布を考えあわせると、本種は他にも食餌植物を有するのではないかと考えられる。」と書いてあった。
その後、新たな食樹は見つかったのだろうか❓

ネットで探すと、次のような食樹が見つかった。

青剛櫟 Cyclobalanopsis glauca glauca
秀柱花 Eustigma oblongifolium
赤皮 Quercus gilva
青剛櫟 Quercus glauca

上から2番目がナガバマンサクだ。
他は属が違う植物みたいだね。漢字の字面からすると、どうやらカシ類みたいだ。って云うか、この学名は見たことあるぞ。何だっけ?、アラカシ?
あれっ( ゜o゜)❗❓、1番目と4番目は属名は違うけど、どちらも青櫟と書いてある。小種名も同様にglaucaとなっている。これは多分シノニム(同物異名)だね。
で、確認してみたら、やはりアラカシでした。
そして、3番目はイチイガシでありんした。

そうでした。そうでした。
アラカシはタカサゴイチモンジの食樹で、スギタニイチモンジはアラカシとイチイガシの両方ともを食樹としているんでしたね。
ここからもオスアカミスジがAdoliadini(イナズマチョウ族)の一員であることがよく解る。
きっとナガバマンサクは食樹としてはイレギュラーで、基本的にはブナ科カシ類が食餌植物なのだろう。

でも、ヘ(__ヘ)☆\(^^;)ちょっと待ったらんかい❗
たしか『アジア産蝶類生活史図鑑』には、何かカシ類で飼育したけど死んでもうたと書いてなかったっけ❓
慌てて確認してみる。

「Quercus acuta アカガシで採卵、飼育を試みたところ、多数の卵を得て2齢まで成育したが、越冬中に死滅。その後、中齢幼虫、5齢幼虫にこの植物を与えるという試みがなされたが、摂食はするが成育せず、蛹化にいたったものは1匹もいなかった」。

そっかあ…、アカガシはダメだったけど、アラカシとイチイガシはOKだったのね。
また、迷宮に迷い込むかとビビったけど、セーフだ。

幼虫はイナズマチョウ軍団特有の邪悪🐛ゲジゲジさんだ。
気持ち悪いので、ここから先は🚧閲覧注意だすよ。

(出典『アジア産蝶類生活史図鑑』)

(出典『生物多様性資訊入口網』)

スギタニイチモンジやタカサゴイチモンジの幼虫に似ているかな?
どちらにせよ、(|| ゜Д゜)鳥も逃げ出しそうな悪虐非道的な見てくれじゃよ。

前回にイチモンジチョウ類Athyma属との関係性について触れたが、画像を添付し忘れた。

【タイワンイチモンジの幼虫】
(出典『圖録検索』)

(出典『圖録検索』)

(出典『生物多様性資訊入口網』)

Athyma属の幼虫は、ゲジゲジではなくトゲトゲなのだ。これまた毒々しくて邪悪じゃのう(  ̄З ̄)
オニミスジ Athyma eulimeneは、果たしてどんな幼虫なんでしょね?

オスアカミスジに戻りましょう。
卵は1ヶ所にまとめて産みつけられるようだ。
イナズマチョウの仲間は、葉っぱに1卵、1卵分けて産むのが基本だから変わっている。そういう産み方をするのは、他にタカサゴイチモンジくらいしかいないそうだ。

(出典『圖録検索』の画像をトリミング。)

複雑なデザインで美しい。
イナズマチョウといい、Euthalia類の卵はまるで宝石みたいだ。

蛹も美しい。

(出典『生物多様性資訊入口網』)

(出典『圖録検索』の画像をトリミング。)

多分、イナズマチョウの中では最も美しい蛹なのではないかと思う。ガラス細工のようだ。ガレ(註1)が見たら物凄く興奮したに違いない。

                  おしまい

 
追伸
ようやくイナズマチョウのグループが終わった。
でも、まだ9種類の蝶しか紹介していない。台湾の蝶は約350種類もいるのだ。二度の採集行で100
種類しか採っていないとしても、まだまだ先は長い。
正直、うんさりだ。続けていく自信無しである。

今回のタイトルは、最初『豹柄夫婦』であった。
それが夫妻になり、そこに生活が加わり、最後は華麗なるという形容までついてしまった。
「華麗なる」は乗りでつけちゃいました。本文とは何ら関係ないです。どこが華麗やねん!とツッコミが入りそうだが、文句、苦情等は一切受け付けませんので、あしからず。

採集記はアメブロにあります。
『発作的台湾蝶紀行』第9話 空飛ぶ網
例によってURLの貼り方を忘れたので、読みたい方は誠に恐縮ですが、自分で探して下され。

(註1)ガレ
フランスの著名なガラス工芸家、エミール・ガレ(1946~1904)のこと。
生物をモチーフとした作品を数多く残した。
作品はどれも美しい。同時にグロテスクな魅力を放っている。
多分、夏あたりに東京で大きな展覧会(サントリー美術館?)があるのではないかと思う(間違ってたら御免なさい)。関東近辺に住まわれる方は、是非足を運ばれることをお奨めします。