黄昏のナルキッソス 第四話

 
最終話 『蠱惑のナルキッソス』

 
2023年 9月23日

奈良から蛹と幼虫を持ち帰ったら、直ぐに近所のスーパーにダンボール箱を2個ほど貰いに行った。
一つは、その中で蛹を羽化させるためだ。もう一つは、幼虫に繭を作ってもらい、中で蛹化してもらうためである。ちなみに、ダンボールはお菓子のカールのチーズ味と湖池屋のポテトチップスのストロングサワークリーム味である。

一応、幼虫の食餌植物であるシンジュ(ニワウルシ)の葉も近所から取ってきた。木を這い回る幼虫のみを選んで持って帰ったから、たぶん摂食はせずにそのまま繭になるとは思ったが、念のために用意したのだ。

先ずは幼虫を移すことにする。
シンジュの枝の切り口を水中で斜めにカットし、濡らした脱脂綿で覆って、更にその上からアルミホイルで包む。それをダンボールに入れたら、幼虫を傷つけないように筆に乗せて移す。
幼虫は3頭だとばかり思ってたけど、4頭いた。
移し終えたら、ガムテープで蓋をする。部屋内に置こうと思ったが邪魔だし、だいち夜中に逃げ出して、体をモゾモゾと這い回りでもされたらコトだ。😱💦キショ❗ 想像しただけでも背中に悪寒が走ったよ。慌ててベランダに出す。

次は蛹である。箱の下にクッションがわりのティッシュを敷く。あとは其処に蛹を背中向きに置いていくだけである。なぜ背中側にするかというと、繭の中の蛹の向きと同じにするためである。
そして、さあ蛹を移そうとタッパーの蓋を開けた瞬間だった。
いきなり目の中に鮮やかな黄色と青が飛び込んできた。
😲w⁠(⁠°⁠o⁠°⁠)⁠w何じゃこりゃ❗❓

面食らって一瞬、何が起きているのか理解できなかった。でもどこかで見た覚えがある姿だ。そして、次の瞬間には全てを理解した。たぶんアレがアレになったのだ。

羽化が近そうだった蛹が、早くもタッパーの中で羽化し終えていたのだ。まさか、そんなに早く羽化するとは思ってもみなかったし、それに裏側だったので起こっている事の意味が余計飲み込めなかったのだ。ネット上でも、裏面画像は少ないからね。当然、脳にインプットされた情報量は少ない。ゆえに印象も薄い。よって直ぐには脳内シナプスが繋がらなかったのだろう。
でも、何で裏側❓ 何ゆえヒックリ返っておるのだ❓ それに飛んで逃げないのはナゼ❓
あわててタッパーを引き寄せる。それで漸く事態が飲み込めた。どうやらポケットティッシュの空袋に頭から突っ込んで動けなくなっているようなのだ。そういや蛹を傷つけまいと、クッションがわりにテイッシュを使ったのだが、全部使い果たしたんだよね。で、その空袋をそこいらに捨てるワケにもいかず、一番上に置いて、タッパーのフタをしたんだわさ。って事は、羽化して底から這い登ってきて、偶然にも空袋に入ったって事か。しかも裏向きで。だとすれば、すごい確率だ。殆んど奇跡に近い。
待てよ。でも何がどうなったら裏側になるのだ❓ 裏向きに袋に入ってゆくシチュエーションが全然想像できない。それとも表向きに入って行って、中でヒックリ返ったのか❓ けど、どうやったらヒックリ返れるのだ❓ どちちにせよ、謎だらけだ。

でも惜しいかな、この時の画像はない。なぜなら、この状態で暴れられでもしたら、背中の毛がハゲチョロケ、醜い落武者化してしまいかねないからだ。それはマズイ。救出には、一刻の猶予も許されない。写真なんか撮っているヒマなどない。そう思って、慌ててテイッシュ袋から脱出させたのだ。

真ん中にあるシミは、おそらく羽化後に出した体液であろう。だとすれば、蛹から脱出して羽も伸びきらぬうちに空袋に入ったのか❓ それとも完全に羽が伸びきってから入ったの❓
蝶の場合だと、体液を排出するのは後者だった筈だ。と云う事は、羽が伸び切ってからか❓
バカバカしくなってきた。それが、どうしたというのだ。詮索したところで何の意味もない。もう、どっちでもいいや。

一応、裏面展翅の画像を貼り付けておく。
コレ⬇が上のティッシュの空袋に入っていたと想像してみてほしい。

(シンジュキノカワガ Eligma narcissus 裏面)

かっなりインパクトがあるっしょ❓
蓋を開けたら、コレがバーンと目に飛び込んできたら、誰だって面食らうだろうし、直ぐには事態が呑み込めなかったのも御理解戴けるかと思う。

それにしても、蛹を得てからこんなに早く成虫に会えるとは思っていなかったし、まさか初めて見るのが裏側だなんて想像だにしていなかった。衝撃的な巡り逢いだよね。簡単に恋に落ちる典型的シチュエーションだ。

袋を開くと、彼女は慌てたようにパタパタと飛んで行き、ベッドの端に静止した。それを優しく手に移し、カーテンに止まらせた。驚くほど従順だ。素直な愛(う)い娘じゃ。

幸いにも背中はハゲチョロケにはなっていないようだ。

前脚を揃えて止まっている。何か律儀と云うか、お行儀が良くて可愛い。オラを惑わすだなんて、蠱惑のナルキッソスだね。

(⁠⁠´⁠ω⁠`⁠⁠)ほよ。前脚はモフモフだねぇー。
直ぐに殺すには忍びないので、暫く彼女を肴にして酒を飲むことにする。何か、ええ気分やわ。

あれから既に4時間くらい経っているが、段々と愛着が湧いてきて殺せないでいる。取り敢えず、このままスルーして眠りまーす。

 
2023年 9月24日

したら、翌朝には忽然と消えていた。
慌てて探し回る。しかし、何処をどう探しても見つからない。💦焦る。
部屋は閉め切っていたから、外には逃亡はしていない筈だが、どっかタンスの裏にでも潜られたらオシマイだ。引っ越しするまで見つからない。で、ボロボロになっている可能性大だ。もしそうなったとしたら、泣くに泣けない。情けなんぞ掛けずに、早めにシメておけば良かったと後悔する。

時々、思い出したように探し回るが、昼を過ぎても見つからない。まさか神隠しにでもあったのか❓そなた、いずこへ❓

さておき、小太郎くんに電話しよう。
昨日、現地から採集できた御礼のLINEを送ったら、すぐに返信が返ってきた。

「夜までやってライト焚いたら、成虫も来るかも?」

でも、そんな気力は無かった。
「考えたけど、あのクソ重たいポータルバッテリーを持って此処まで歩くのは辛い。なので今回は断念。あっ、明日付き合ってくれるなら、やるけどー。」と返した。その確認のための電話である。

現在、羽化した奴が行方不明中である事と、その成り行きを説明したら、笑って言われた。
「夜行性なんだから電気を消したら、そりゃ飛び回りますよー。」
そりゃ、そーだー。ツンマセーンm(_ _)m

幼虫の様子も気になったので、ベランダに出た。
したら、何とガムテープの端が剥がれており、フタが浮いておるではないか。慌てて箱を開けて中を確認する。
ひー、ふー、みー、…。アレっ❗❓ 一つ足りない。畜生めがっ、おのれ、逃亡しおったな。だが周りを見回すも、姿なし。
けど自分のミスだから仕方がないよね。まっ、いっか…。取り敢えず、ついでに洗濯物を取り込もう。

洗濯物を取り込んで、何気に窓側を振り返ってピンときた。部屋の中からは死角になっている部分がある。もしやと思い、窓に向かって目を凝らす。
ハッ❗いたっ❗ 何と真ん中の窓枠の裏側に止まっておるではないか。どうりで見つけられなかったワケだ。勿論、窓際のチェックを怠っていたワケではない。何度も捜索している。でも前に置いてあるテーブルが邪魔で、窓枠の裏側はブラインドになっていて見えなかったのだ。

向かって右側が部屋。左側がベランダである。

また、前脚を前に出していらっしゃる。
どうやら、それが基本姿勢のようだね。

あれっ❗❓ 前脚の左横から何か毛束のようなものが出ているように見える。性フェロモンを出すヘアペンシルみたいなモノかな❓ いや、でも蛾がフェロモンを出すといえば、尻先からだったよな。じゃあ、コレは何❓
まあいい。とにかくキュートだ。こんなにオラをヤキモキさせておいての、この可愛い子ちゃん振り。蠱惑すぎる。もう少し生かしておこう。

とはいえ、2時間後には気が変わった。
今夜は出かけるのである。留守中、夜になって飛んで、また行方不明になられても困る。意を決して捕まえにかかる。

でも止まっている位置が悪い。よく見えるであろう左側からは、タンスとテーブルが邪魔で毒瓶を被せようにも手が届かない。かといって右側からだとテーブルが邪魔だし、ブラインドになってて見えないのだ。正確な位置が分からなければ、毒瓶は被せられない。大体の位置が分かっているからといって、闇雲に被して的をハズしたら、背中がハゲチョロケになりかねないのだ。それはマズい。もしかしたら、コレが最初で最後の成虫になるかもしれないのだ。なぜなら他の蛹や幼虫が謎の病気に罹って次々と斃れてゆき、全滅する可能性だってあるのだ。だから、落武者化だけは絶対に避けたい。完品の標本が1つも手に入らないと云う事態は、何が何でも避けねばならぬ。

ここは慎重にいこう。
先ずは正攻法、刺激を与えて飛ばそうと思った。したら、何処か壁にでも止まるだろうから、あとは上から毒瓶を被せればいいだけだ。

けれども、窓を勢いよくガラガラと動かしても飛ばない。二度、三度と繰り返すも反応なし。
難儀じゃのう。棒を持ってきて、左側から突っつくことにした。

けど、突っついたら、
ボトッ❗、😲落ちた❗❗
で、動かない。普通なら飛んで暴れるのにナゼ❓
えっ❗、もしかして死んでるの❓

慌てて右側に周り、サッシの溝でヒックリ返っているのを広い上げようとするも、体勢が悪くて指では上手く掴めない。溝にスッポリ嵌ってしまっているのだ。
(´ε` )もー、難儀な奴っちゃのー。
ピンセットを持ってきて何とか拾い上げる。

それにしても、何で死んだんやろ❓
まさかショック死とか❓ そんな事ってある❓ まだ羽化してから24時間と経っていないのに、サドンデスとかって聞いたことがない。カゲロウじゃあるまいし、そんなに寿命が短いワケないだろ。

脚を広げて、腹部を内に折り曲げている。
手の中で、コロコロと転がすも動かない。どうみても死んどるなー。何がどうなったら、こうなるのだ❓
ハッ( ゚д゚)❗でもこのような形って、どこかで見た事があるぞ…。
あっ、そうだ❗ 今年の春、奄美大島に行った時にタッタカモクメシャチホコ(註1)が、同じような姿勢になってピクリとも動かなくなったのを思い出したよ。擬死ってヤツだ。天敵など捕食者から身を守るための方法の1つで、死んだふりをする事によって相手が姿を見失ったり、興味を失ったりするらしい。

15秒?、それとも30秒くらいだったろうか、テレビに目を遣りつつ暫く見てると、ゆっくりと動き始めた。
あら、やっぱり死んだふりだったのね。完全に騙されたよ。お見事です。ナルキッソスちゃんったら、そんな技まで身につけてるのね。驚きだ。あんさん、スゲーな。

面白いから、もう1回突っついてやると、また死んだふりになりはった。それを表に返してみる。

あっ、脚は途中までは鮮やかな黃色だが、先の方は黒っぽい。へぇー、ツートンカラーなんだ。脚までオシャレさんなんだね。
暫く、蘇生しそうになる度ごとに突っついてやった。オラを騙した罰である。
あとで知ったのだが、刺激を与えると再び擬死するが、その持続時間は次第に短くなり、5回を越すと反応しなくなるという(1974 上田)。反応しなくなるという事はなかったが、確かに、そうゆう傾向はあった。
お嬢、徐々に思ったんだろなあ。「このままじゃ、ダメかしら❓ もしかして、もうバレてる❓」。そういった感情の流れが、そのままインターバルの長さの推移に表れていて、それが手に取るようにわかった。そうゆうところもコケティッシュだ。

ちょっと気が引けたが、毒瓶にブチ込む。ゴメンね、小悪魔さん。

標本写真など従来の展翅画像の多くが、上翅を上げ過ぎてるような気がしたので、思い切って下げて展翅してみた。

こっちの方が自然で正しいのかもしれないけど、あんましカッコよくない。もう少し上げてもよかったかなあ…。
やり直そうかとも思ったが、でも時間がない。慌てて用意して家を出る。

 
小太郎くんとは、17時30分に近鉄奈良駅で待ち合わせていた。
辺りは、もう暮れなずみ始めている。すっかり、日が落ちる時刻も早くなったね。6月とかは、真っ暗になるのは8時近くだったもんな。

小太郎くんの車で昨日の場所へと向かう。歩きだと1時間近くかかるけど、車だと直ぐだ。たぶん10分程度だろう。文明の利器に感謝だ。

灯火採集するのに適した場所を探すが。此処だと云う場所が見つからない。比較的まだ良さ気な橋の袂に陣取ることにする。

午後6時半に点灯。

でも、待ち人来たらず。
アホほどカメムシが寄ってきただけであった。ロクな蛾は飛んで来ず、永遠の天敵スズメバチどもを駆逐する。悪いが対馬でツマアカスズメバチにしこたま刺されて以来、トラウマになっているのだ。次もし刺されたら、アナフィラキシーショックで、おっ死んでしまうかもしれんからね。悪いが、アタシャそんなに心は広くないのだ。

 
2023年 9月26日

幼虫に1頭逃亡されたので、昨日のうちにカールさん(ダンボール)を部屋に移しておいた。

一応言っとくと、下の湖池屋さんには蛹、上のカールさんには老熟幼虫が入っている。

シンジュの葉を取り除くと、既に2頭が繭を形成していた。
ダンボール箱に入れたのには理由がある。幼虫は周りにある素材を噛み砕いて、自身の吐く糸と混ぜ合わせて繭を作るからだ。

このように基本的には、シンジュの樹皮を顎で削って混ぜ合わせる。幼虫の顎は強靭で、時には土砂、腐蝕した鉄、塗料、モルタルの吹付け、コンクリートなどをも材料にしてしまうらしい。ならば、ダンボールなんぞは朝飯前だろうと考えたのさ。

だが1頭めはダンボールではなく、シンジュの葉を材料にしたようだ。シンジュの木に付いた繭とは趣きが違う。淡いグリーンで美しい。色紙とかを入れておけば、或いはカラフルな繭が出来るかもしれない。

2頭めも、シンジュの葉を利用している。だが、趣きは違う。葉を沢山使っているらしく、濃い緑色だ。とはいうものの、作りは雑い。上の方は葉っぱを使ってないし、途中で面倒くさくなったと云う感じだ。

尚、2つとも基本通りにダンボールの横壁に繭を作った。
遅れて3頭めも繭を作り始めていたが、なぜか底面であった。

あとで見たら、繭作りは全然進んでいなかった。中途半端にも、ここ迄で終わりのようだ。途中で力尽きたか、邪魔くさくなったのだろう。それにしても、めちゃくちゃ雑な作りである。スカスカじゃないか。
たぶん幼虫にも、それぞれに性格とか個性があるんだろうね。

ちなみに繭の完成には7〜8時間を要するそうだ。その後、前蛹を経て3日程で蛹化するという。

  
2023年 9月27日

転がしていた蛹から3頭が羽化してきた。

裏返してみて、腹端の形に2タイプがあることに気付いた。どちらかがオスで、どちらかがメスだと云うことだね。

(裏面A)

腹の先が∪字型になるのが特徴。そして、腹が全体的に太いモノが多いような気がする。あくまでも傾向としてだけど。

(裏面B)

腹端に縦にスリットが入っており、複雑な形をしている。交尾器だね。たぶん、コチラがメスだろう。ムラサキシタバなどカトカラの仲間の♀は、皆そうだからね。

【ムラサキシタバ♀】

(2023.9.2 長野県白骨温泉)

画像を拡大して戴ければ解ると思うが、我ながら触角がビシッと決まった完璧な展翅だ。


(2018.9.17 長野県白骨温泉)

腹端に縦のスリットが入っており、その先には産卵管らしきものが見える。
と云うワケで、画像の裏面Aが♂オスで、裏面Bがメス♀でヨロシイのではないかと思う。

とはいえ、間違ってたらゴメーン。ワシの雌雄の見立てが本当に正しいのかどうかはワカラナイのら。だって幾ら探しても、シンジュキノカワガの雌雄の見分け方は何処にも載ってなかったんだもーん。

と、ここまで書いたところで、ペンが止まる。でも、♂と思われる個体の方が、どっちかといえば腹ボテなんだよなあ…。つまり、沢山お腹の中に卵を抱えている可能性が高いように思えてきた。逆なんじゃねっ❓
そう思うと、スリットはアゲハチョウのオスの交尾器であるバルバ(把握器)にも見えてきた。ヤットコみたくガシッとメスの腹先を掴むのに如何にも適していそう形じゃないか。となれば、そっちがオスと云うことになる。

改めてアゲハの交尾器を見直そう。

(ナミアゲハ オス)

(同メス)

(出典 2点共『趣味のアゲハ館』)

何かコッチの方が、形的に合致してんじゃねーの❓
そう考え始めると、止まらなくなる。正しいのはコッチじゃないかという想いが強くなり。暫くの間、自分の中では雌雄が完全に逆転していた。
だがそのうち、段々また自分の見立てに自信が持てなくなってきた。その見立てだと、交尾器の構造的に何処かオカシイような気がしてならない。違和感が拭えないのだ。あんな形で、はたしてメスの腹端を掴めるのか❓ にしては、間が広過ぎないか❓
考え直そう。さんざん偉そうな事を書いておいて、もしも雌雄を間違えていたとしたら、大恥を掻くことになる。めちゃめちゃカッコ悪い。
よし、もう一度イチから調べ直そう。絶対に何処かからヒントが見つかる筈だ。

色んな言葉を取っかえ引っかえ入れ替えて検索し、漸く重要な手掛かりに辿り着いた。
『On the copulation mechanism of Eligma narcissus (Cramer) (Lepidoptera: Noctuidae)』(K. Ueda, T. Saigusa 1982)と云う英論文である。
和訳すると『Eligma narcissus(クラマー) (鱗翅目:ヤガ科)の交尾機構について』と云うタイトルになる。
「Eligma narcissus」はシンジュキノカワガの学名だから、つまりシンジュキノカワガの交尾について述べられている論文と云う事になろう。

そこに交尾器の図も載っていた。

論文に「male」とあったので、コレがオスだね。やっべー、大恥を掻くところだった。

そして、こちらは「female」とあるから、メスの交尾器だ。
(´ε` )危ねぇ、危ねぇ。一番最初の見立てで合っていたのに、わざわざ変えちゃってたって事だね。

コチラは交尾のメカニズムを描いだ図だ。こうして見ると、オスには左右に開くバルバ(左図下側↙↘)がちゃんとあって、こうゆう風に隠されていたんだね。とても解りやすい図で、納得したよ。

この流れで、ふと、蛹の段階で雌雄が見分けられるのではないかと考えた。早速、比べてみる。
しっかし、ワカラン。残りの蛹を検分したが、全部同じにしか見えんのだ。よくよく考えてみれば、そもそも雌雄が混じっているかどうかもワカランのだ。全部メスかもしれないし、オスかもしれんのだ。
なので後々、改めて抜け殻で比べてみた。

(抜け殻 背中側)

(抜け殻 腹側)

コレを見ると、当たり前だが背中側が割れて出てくるのだね。

コチラは、どちらかがメスで、どちらかがオスの筈だが、見たところ違いはない。但し、取り違えた可能性もある。その時はまだ、そこまで気にかけて回収したワケではないからね。

ズラリと抜け殻を並べてみる。コレだけあれば、絶対に雌雄が混じっている筈だ。

(⁠ノ⁠≧⁠∇⁠≦⁠)⁠ノ⁠ ⁠ミ⁠ ⁠┻⁠━⁠┻ワッカラーン❗
絶対どこかに性比を示す差異がある筈なのだが、ワシの眼力では見抜けなかった。尾端の形は、どれも同じにしか見えない。

今度は前翅を上げ気味に展翅した。

(シンジュキノカワガ♂)

(2023年9月 奈良市白毫町 蛹採集)

また自画自賛で申し訳ないが、我ながら美しい仕上がりだ。
やっぱコッチの方がカッコいい。
ようは、誰もが見て美しいと思えるモノが正解なのだ。

次は上と1頭めとの中間を意識して仕上げた。

(同♀)

コチラも悪くない。と云うか、一番このバランスが自然かもしんない。
触角はあえて真っ直ぐにはせず、蛾眉調にした。面倒くさいというのもあるが、邪悪な感じを出したかったのだ。
ありゃ❗❓それはそうと、コイツには後翅に青紋が殆んどないぞ。ほぼ消失しかかっている。こう云うタイプの画像は見たことがない。つまり異常型と言っても差し支えないのではないかと思う。

もう1頭は裏展翅にした。

(シンジュキノカワガ♂ 裏面)

表が美しい蛾だが、裏もまた美しい。個人的には、寧ろ裏の方がスタイリッシュなんじゃないかとさえ思ってる。なのにネットで見ても、殆んど裏展翅の画像が出てこないのは何でやろ❓
右側の真ん中の脚は、後で何とか整形するつもりじゃきぃ。

 
2023年 10月1日

次の週も奈良市にナルキッソスを探しに行った。
もっともっと欲しいと思ったからだ。完全に虜になっている。

今回は、ダイレクトに病院へ行くバスに乗った。病院の送迎バスではなく、路線バスの方ね。

先ずは蛹から探してゆく。

取り敢えず4つ確保。
まあ、それだけ採れれば良い方だろう。小太郎くんも言ってたけど、前回に来た時には、幼虫が鈴なりになっているような場所は無かったからね。

少ないながらも、まだ幼虫はいた。
今回は積極的に網を伸ばして採る。幼虫の下に網を持っていき、揺らしたり突いたりすると落下してくる。遂にこんな毒々しい幼虫を自ら進んで採る事になるだなんてね。いよいよ常人には理解不能の、アブノーマルな領域に足を踏み込んだな。コレでアタマおかしい人たちの仲間入りじゃよ。

基本的には蛇とか芋虫・毛虫類など脚が無いような系はオゾましいが、顔はパンダみたいでちょっと可愛い。


(出典『円山原始林ブログ』)

結果は蛹が4に、終齢幼虫が6頭。幼虫は全て終齢だが、そのうち約半分は黄色みが強いので、おそらく蛹化が近い老熟幼虫だろう。残りは、より色が淡くて明るい黄色ゆえ、まだ摂食が必要かと思われる。
因みに画像は、まだ摂食が必要な幼虫。側面が薄い黄緑色をしていることから判別できる。文献に拠ると、一般に夏の暑い時期の幼虫は黒化が強く、晩秋の頃の幼虫は色が淡いようである。

まだ摂食が必要と思われる幼虫の為に、シンジュの蘖(ひこばえ)から喜びそうな若葉を摘む。そして、幼虫が入ったビニール袋にバサッと入れて持ち帰った。

尚、各ステージの期間は、卵が6日。初齡幼虫は3日。2齡幼虫4日、3齡幼虫3日、4齡は5日。終齢が5日。そして蛹の期間が12〜14日間だそうである。と云う事は、卵から親になるまでは38〜40日間となる。意外に短い。
あと、孵化直後の初齡は白色で、2齡以降から黄色と黒の阪神タイガースカラー、いわゆる虎縞模様が次第に明瞭となる。また、3齡頃までは葉裏などで集団を形成するが、その後には分散するようだ。

因みに、此処ではシンジュの大木には付かず、殆んどが若木や幼木で発生していた。また、道路の東側の森には殆んどおらず、もっぱら西側の開けた場所にある木で発生していた。

帰宅して、蛹と老熟幼虫をそれぞれ分けてダンボールに移す。
摂食が必要そうな幼虫は、より大きなビニール袋を用意して針で細かな穴を開けて、そこに移した。コレだと、葉が萎れにくいと考えたからだ。中が蒸れて、幼虫が病気になるかもしれんけどー。

 
2023年 10月2日

翌日、前週のモノから1♀が羽化した。

こっちの画像の方が、腹端のスリットが鮮明に写ってるね。
更にその内側には複雑な構造物が有りそうだ。

展翅の方向性も決まってきた。

腹の真ん中が沈んでいたので、調整しなおす。

う〜ん、暫くはこのバランスでいこう。
飽きたら、また変えればいい。

 
2023年 10月3日

さっきからずっと、ダンボール内から『チッ、チッ、チッ…』と連続的に繭が鳴いている声がしている。何が起ってんだ❓
中を開けてみたら、1週間前に最初に繭になった奴の右隣で、老熟幼虫が新たな繭を作り始めていた。その振動に反応して最初の奴が鳴いているらしい。「迷惑だよなー」とでも思ってんだろなあ…。同情するよ。
体力を使い過ぎて羽化できなくなるんじゃないかと心配になったが、考えてみれば自然状態では繭が寄り添うように集団を形成するから大丈夫だろう。

あっ、黄色い幼虫の姿が透けて見えるね。
どうやらダンボールは材料にはしないみたいだ。今のところ、ダンボールを材料に使った形跡のある繭は1つもないのだ。
ちなみに右下に見える緑色のモノは、繭の外壁を作りかけた跡である。最初は其処で繭を作り始めたのだが、堤を少し作ったところで、どう云うワケか気が変わったようで、やめて近くの繭の隣に繭を作り始めたのである。ちなみに、どの幼虫も先ずは左側の外壁から作り始めていた。偶々かもだけど。
もしかしたら、途中でやめたのは、この外壁を作るのが面倒くさくなったのかもしれない。繭の隣に重ね合わすように繭を作れば、省エネで左側の工程の一部を端折れるのかもしれない。

 
2023年 10月5日

葉を摂食していた幼虫が、ビニール袋の中で繭を作った。
でも、葉は噛み砕かずに、そのまま綴り合わせたようだ。繭の上に葉をクッ付けたような形になった。
ハサミで切り取って、裏返してみる。

まだ完全には蛹になっていないようだ。前蛹と蛹の中間状態みたいなモノなのかな❓ それとも前蛹から蛹になる直前か直後❓
とにかくコレで黄色い蛹の説明がつくね。

やはり蛹化後すぐは黄色なのだと推察できる。その後、徐々に茶色になってゆくのだろう。

 
2023年 10月7日

黄色かった蛹が、茶色に変わっていた。
見立ては間違ってなかったという事だね。

こう云う変化を観察できたのは、ビニール袋に入れて飼育したお陰だな。たまたまやけど。

柄が浮き出ている羽化間近の蛹も見つけた。

しかも3つもだ。今晩から羽化ラッシュが始まるかもしれない。

 
2023年 10月8日

翌朝、そっとダンボールを開けたら、3つとも羽化していた。

(シンジュキノカワガ♀)

(同♂)

(同♂)

今までの感じからだと、どうやら羽化は夜から明け方にかけて行われるようだ。ネット上に、昼間に写したであろう羽化画像も幾つかあったから、昼夜に関係なく羽化するのかなと思っていたが、アレはイレギュラーだったんだね。


(出典『ささやま通信』)

ちなみに、羽化して翅を伸ばす時は、蝶のように翅を立てるようだ。1回も見れてないけど。

さておき、展翅しても腹部以外では雌雄の区別がつかんな。
例えば蝶なんかは、比較的に雌雄異型が多く、オスに比べてメスは大型で、全体的に翅形が円くなる傾向がある。
だが仔細に見比べてみたけど、特徴的な斑紋の違いは見つけられなかった。大きさも雌雄それぞれバラバラだし、翅形も同じだ。蛾は雌雄で触角の形が違うものが多いが、それも無し。全く同じだ。つまり腹端の交尾器の形でしか判別できないのだ。
話が少しズレるけど、思うに、蛾って雌雄の斑紋が違う種って少ないよな。そこはツマンナイとこだよね。やっぱ、雌雄異型の方が素敵だもんな。採っててモチベーション上がるしさ。

 
2023年 10月9日

翌日も羽化してきた。

♂である。
今のところ、雌雄アトランダムに羽化してきてる。つまり決まった傾向は見られない。蝶なんかは、先ずはオスが羽化して、暫くしてからメスが遅れて羽化してくるモノが多い。たぶんオスの精巣が成熟するまでには、ある程度の時間を要するのだろう。蛾のカトカラの仲間なんかも、特にメスが遅れて羽化してくると云う感じは見受けられないし、蛾って皆そうゆうものなのかなあ❓

 
2023年 10月11日

今日の様子を見ようと、重ねていたダンボールの上を除けたら、蓋の上に鎮座しておった。

いちいち毎回のようにガムテープを剥がすのが邪魔くさいので、フタがわりにダンボールを上に置いていたのだ。
あっ、背中が落武者ハゲチョロになっているではないか。きっと隙間から無理に脱出したせいだろう。
ならば、急いで殺す事もなかろう。暫く放ったらかしにする事にした。普段、どう云う風に過ごしているのかも知りたい。

飛ばして、布団の上に止まらせる。

指で軽く触っても翅を少し開く程度で、飛び立つ気配はない。反応が薄く、おとなしいのだ。でも小悪魔ナルキッソスのことだ。猫かぶってるのかもしれない。油断してはならない。
でも布団の上は邪魔なので指に移らせてカーテンに止まらせたら、そのままジッとしていた。おそらく日中は木陰とかで休んでおり、殆んど活動しないものと思われる。姫路で昼間に、ホバリングするように上空を飛んていたと云うのは例外なのだろう。

夜になったら、急に活発に活動し始めた。天井の照明付近で、巧みにホバリングするように飛んでいる。飛び方は軽くて、エアリー。力強さはなく、意外にも優雅な飛び方なのだ。翅も薄そうだし、それも納得だね。
しかし、下翅を震わすスピードは、けっして遅くはない。かなり速い方だ。パタパタ飛びかもしれないが、モンシロチョウみたいなフワフワ飛びではないだろう。もしも本気を出して飛べば、おそらく速い部類だ。翅形から見ても、鈍足なワケねぇだろ。
かといってヤママユガ系やススメガ系みたくバカみたいに暴れ飛びするってタイプではない。直ぐに壁に止まり、暫くはジッとしている。まあ、狭い部屋の中だからね。自由に飛べないゆえ、そうなってしまうのかもしれない。

翌朝に見たら、就寝前とは違う場所に止まっていた。夜中には、それなりに飛び回っていたのだろう。
その後の観察を含めて参考までに言っておくと、基本的には壁に真っ直ぐに止まっている。カトカラみたく、上下逆さまに止まることは殆んどなかった。一度だけ、頭を右斜め下にして止まっていた事があるだけだ。天井に止まる事は、時々あった。計3度見た。向きは一定していない。あとは、あまり低い所には止まらない。大体が天井近くに止まっていた。或いは野外では、木のかなり高い位置に止まっているのかもしれない。

この個体は、ハゲチョロケなので裏展翅にした。

(♀裏面)

メスだね。生きている時には気付かなかったが、青い部分の色が他と比べて暗くて黒っぽい。裏にも、それなりに変異はありそうだ。

 
2023年 10月13日

最初の蛹採集から既に2週間以上が経っているが、羽化してこないモノが幾つかいる。もしかして死んでんの❓

拾い上げて見ると、黒ずんでいる。しかもカチカチになっていた。完全に死んでまんな。
生きている蛹は柔らかくて、色にツヤがあるのだ。

(生きている蛹 腹側)

(背中側)

だが、内部を食われたような形跡もないし、脱出孔らしき穴も見当たらない。と云う事は、寄生蜂や寄生蝿にヤラれたワケではなさそうだ。じゃあ何で死んだん❓
理由を探してみたが、全然思い浮かばない。強いて言えば、乾燥❓

 
2023年 10月18日

久し振りの羽化である。
性別はオスだね。

展翅は、触角を真っ直ぐにしてみた。

でもシンジュキノカワガって触角が短いから、なんかカッコ悪いんだよね。

 
2023年 10月19日

翌日にも羽化があった。♂である。
実をいうと、この個体を使ってヤラセ写真を撮ったんだよね。

そうしようと考えた時に、たまたまオスだったから使えると思ったのだ。

成虫との初めての出会いが衝撃的だった事は、既に書いた。でも画像を撮っていなかったので、それではヴィジュアルが伝わりにくいと思った。文章力が無いから、正確に読者に伝える自信が無かったのである。なので、ヤラセ写真を撮ろうと考えたと云うワケだね。けど、浅墓だった。

あの時みたいな大きく上下に翅を広げた形には、どうしても出来なかったのだ。死んでる個体は翅の付け根の筋肉が弛緩しているから、基本的に無理があるみたい。ましてやビニールはツルツルだから、前日の画像みたく何処かに引っかかって広がってくれる事もない。
で、一応は写真を撮ったはものの、こんなんじゃかえってイメージを損ねてマイナスだと思ったので、使うのを断念したのである。神様が、ヤラセはアカンって言うてんねやろ。

今度は、昔の図鑑風の触角にしてみた。

何か、より蛾っぽく見える。キショい。
まだまだ蛾に対しての偏見があるかもなあ…。

いよいよ蛹も、あと残り1つとなった。
お楽しみも、そろそろ終わりだね。

 
2023年 10月21日

最後の1頭か羽化してきた。
コレで全部の羽化が終了したことになる。

心苦しいが、予定があるので〆た。

此処まで延べ6年。本当に長くて色々あったけど、円は閉じた。物語は終ったのだ。
寂しくなるな…。

 
2023年 10月22日

朝、目覚めて、ぼんやりと天井を見ると、見覚えのある形と色のモノが、へばり付いていた。

幻覚か❓ まさか黄泉の国から舞い戻って来たとでもいうのか…。
寝ぼけ眼(まなこ)をこすって、二度見する。
だが、どう見ても間違いなく実物のシンジュキノカワガだ。
でも何で❓ まさか寂しがってたアチキに、わざわざ会いに来てくれたの❓ だとしたら、蠱惑すぎる。でも、たとえ幻惑であろうとも素直に嬉しい。もう、いくら小悪魔に翻弄されようとも構わない。それで地獄に落ちたとしても後悔はない。地獄の道行き、共に落ちるところまで落ちよう。
(⁠⁠´⁠ω⁠`⁠⁠)ハハハハハ。自分でも何を言ってるのかワカラナイ。まるでコアな恋愛話じゃないか。オジサンの恋狂い。イカれポンチだ。

せっかくだから、飼おっかなあ…。
砂糖水を脱脂綿に染み込ませて、飼育箱の天井からブラさげたら、何度も吸汁に来るそうだし、長いものは28日間も生存したらしいからなあ…(1983.阿部)。
でもなあ…。飼育箱なんて無いし、部屋の天井からブラ下げるには、どうすれば良いのだ❓ 何か工夫して考えなければいけない。だいち、床にボトボトと砂糖水が落ちたらベトベトになるじゃないか。それは、やだなあ。
ʕ⁠ ⁠ꈍ⁠ᴥ⁠ꈍ⁠ʔふう〜。どうするかは、明日また考えよう。

さておき、成虫は餌を摂るんだね。と云うことは、去年に糖蜜を撒いたのも、あながち間違いではなかったワケだね。
けど冷静に考えると、それも当たり前かもしれない。遠く中国から長旅をするような種なんだから、エネルギーを補給しないと旅を続けられないからさ。

 
2023年 10月23日

悩んだ挙げ句、〆る事にした。
やっぱり飼うのは邪魔くさい。親に小さい頃から「口のある者を飼う時には、心して責任をもって飼え。」と諭されてきたからね。
それに、よくよく考えてみると、生きていた繭&蛹の数と羽化した成虫との数が何となく合わないような気がしていたのだ。きっと、こっそりダンボールから脱け出していたのである。奇跡でも何でもないのだ。小悪魔に騙されてはいけない。魔法を解こう。

毒瓶を被せた。
中で激しく暴れている。苦しいよね。ゴメンね。
何だか、愛し過ぎるがゆえに愛する人の首を絞めて殺すような気分だ。昔、そんな悲しいドラマがあったよね。

御臨終…。

でも、いざ殺してしまうと、悔いが残る。
けれども、どれだけ悔いたところで彼女は、もう戻ってはこない。
オイラ、なんて事をしたのだ…。

 
2023年 10月24日

流石にコレで打ち止めだろうと思っていたら、あろう事か目覚めたら、また見覚えのある姿、形が壁に張り付いているではないか。
今度こそ、幻覚だと思った。きっと良心の呵責が生んだ亡霊だ。もしくは化けて出たとか❓ 何れにせよ、俄かには信じ難い光景だ。

現実かどうか確かめるべく、網を取り出して、捕まえにかかる。網の中に入れたら、フッと消えたりして…。

網を下に持っていき、網枠で壁をコツンと叩いた。
すると彼女は飛んで、自ら網の中へと飛び込んで来た。

でも、彼女は消えたりなんかしなかった。
そして、手で掴むと死んだふりをした。
暫し、弄(もてあそ)ぶ。ψ(`∇´)ψほれほれ〜、ほれほれ〜。騙した罰じゃよ〜。

よくよく見ると、羽の先が少し傷んでいる。おそらく羽化してから何日か経っている。たぶん、夜には活発に飛んでいたのであろう。

でも殺すには忍びないと思った。
取り敢えずカーテンに止まらせ、この原稿の後半を書き始めた。時折、チラリ、チラリと目をやりながら書き進めるも、頭の何処かでは考えていた。何とか生かす手立てはないものか…。

あっ、そうだ。メスなんだからトラップに使えないだろうか❓
いわゆるフェロモントラップってヤツだね。未交尾のメスは、オスを呼び寄せるためにフェロモンを出す。そして寄って来たオスの中から相手を選んで交尾をするのだ。つまりは、その習性を利用しようと云うワケだ。
故郷の奈良の都まで持って行けば、アホほどオスが群がって来るかもしれない。蠱惑のナルキッソスの本領発揮だ。
それに、まだ野外で成虫を見たことがないから、もう一度灯火採集に出掛けようとは思っていたのだ。
そして、もしも交尾を始めたら、そのままそっとしておいてやろう。逃がしてやれば、きっと何処かで卵を産み、次の世代へと命を繋いでくれるだろう。美しい別れじゃないか。恋の終わりとしては相応しい。ならば、優しい男を演じきろうじゃないか。
それにそうなれば、少しは今まで殺(あや)めてきた罪滅ぼしにもなる。

だが、思考はそこでピタリと止まる。
そんな事しても無駄だ。たとえ次世代に命を繋げたとしても、やがてはその命も断絶する。その先には残酷な運命が待っている事を、すっかり忘れてたよ。どうせ蛹にまでなったところで、冬の寒さに耐え切れずに全て繭の中で死滅するのだ。それが流浪の民たちの末路なのだ。
美談に酔っていた自分が呪わしい。そして虚(むな)しくなってきた。
ふらふらと立ち上がり、毒瓶を持った。
殺してしまおう。

コレで魔法から醒めたような気がした。蠱惑な小悪魔の呪縛からは解き放たれたのだ。来年は、たぶんもう彼女を追い掛けはしないだろう。たぶん…ね。

窓の外に目をやる。
いつしか空は鮮やかな橙黄色に染まり始めていた。

                おしまい

 
 
追伸
ナルキッソスシリーズ、ようやっと完結である。
この最終話は特に時間がかかった。足したり削ったり、何度書き直した事か。バイオリズムも最悪で、マジしんどかった。
とはいえ、長々とした文章に御付き合い下された方々には、ほんまに感謝です。相変わらずの駄文でスンマセン。

結局、持ち帰った蛹&幼虫21頭のうち、16頭が羽化してきた。他の内訳は、幼虫が1頭逃亡。蛹のまま死亡した者が3頭。寄生された者はゼロ。羽化不全が1頭と云う結果となった。

(羽化不全の個体)

コレは葉を噛み砕かずに綴り合わせて繭を作った個体だ。蛹の色が黄色から茶色に変化するのを観察できた奴だね。

あっ、ゴメン。こっちが裏面(腹側)だったね。
裏返す。もとい、表返す。

下部に何本かの太い縦線が透けて見える。この縦線と蛹の背中のヤスリ状器官とを擦り合わせて音を出すんだね。

別の繭を分解した画像があるので、分かり易いように貼り付けておきます。

内部下側に太い線が縦に並んでいるのが、よく分かる。
自ら楽器を作るだなんて驚きだね。神秘的だ。昆虫にも未来に対する明瞭な思考や意志があるのだろうか❓ 何がどうなって楽器を自分で作る事になったのだ❓

ナルキッソスは、繭が音を奏でるし、幼虫は阪神タイガースカラーで、顔はパンダ。親は美しく、1000キロを旅して日本へやって来る流浪の民で、神出鬼没。オマケに死んだふりまで出来る。そして冬になれば死滅してしまうと云う悲しくも潔い運命。全てが愛おしく、ドラマチックで魅惑的だった。彼女には深く感謝している。久し振りに虫に対して恋する事ができたからね。虫捕りは、ロマンてあり、ラブストーリーてないといけない。でないと、面白くない。

スマン、話が逸れた。
中がどうなっているのかが気になって、繭を取り除いてみた。

(背面)

(腹面)

首の辺りに太い横糸が強く絡みついていた。どうやらそれが原因で脱出できなかったようだ。

あっ、今まで気付かなかったけど、口吻(ストロー)は黄色いんだね。おっしゃれー。

有り難い事に、逃亡した幼虫を除くと羽化率は、20分の16。つまり8割だ。この打率の高さは自然界では驚異的な数字である。蝶だと、百匹分の卵に対して、せいぜい親になれるのは1頭か2頭だと言われているからだ。勿論、ナルキッソスだって鳥やクモなどに捕食されるだろうし、病死や事故死する者もいるだろうから、実際の生存率はもっと低いだろう。にしても、蛹が1つも寄生されていなかったと云うのは、他の鱗翅類では普通は有り得ない。つまり、コレはシンジュキノカワガが外来種であり、日本には定着していない事を示しているのではなかろうか。もし定着しているのなら、もっと寄生バチやら寄生バエに寄生されてるからだ。それもかなりの率で。シンジュキノカワガも全く寄生されないワケではないようだが、その例は極めて少ないみたいだ。ようするに、定着していないがゆえに、まだあまり寄生相手として認識されていないのではないだろうか。でも今後、もし温暖化が進んで定着したとするならば、必ずや本格的にターゲットにする寄生者が現れるだろう。

 
(註1)タッタカモクメシャチホコ

(2023.3月 奄美大島)

学名 Paracerura tattakana
南方系のシャチホコガの1種。大型でスタイリッシュなデザイン、また何処にでもいるような種ではない事から人気が高い。特に関東以北では少ないゆえ、憧れの対象になっているようだ。
自分も初めて奄美大島で出会った時は、そのゴツい体躯と美しい姿に一発で魅了された。名前も知らなかったけど、ひと目見て大物だと感じるくらいの存在感があった。
「🎵ツッタカター、🎵ツッタカター」の西川のりおを思い起こさせるリズミカルで個性的な和名だが、リズム系のエピソードがあるワケではない。由来は台湾の立鷹峰に因んでいる。
なお、幼虫の食餌植物はヤナギ科のイイギリで、主に原生林が残された地域に生息し、環境指標性が高い種のようだ。

死んだふり画像と標本写真も載せておこう。


(出典『散策レポ』)

上からではなく横からの画像だけれど、それでも充分に伝わるのではないかと思われる。検索してもタッタカの死んだふり画像は殆んどないから、コレでも貴重な写真なのだ。そうゆう変わった生態の画像は、他の種でも少ないのである。あん時、ワシも撮っときゃ良かったよ。
あっ、ならばシンジュキノカワガの死んだふり画像だって、あまり無かった筈だ。やったね。


(2021.3月 奄美大島)

今年は、わりと沢山見たが、全てオスであった。♀は灯火に滅多に飛んで来ないから、かなりの珍品らしい。いつか会いたいものだ。

 
ー参考文献ー

・宮田彬『日本の昆虫④ シンジュキノカワガ』文一総合出版

・『On the copulation mechanism of Eligma narcissus (Cramer) (Lepidoptera: Noctuidae)』
上田恭一郎 三枝豊平 1982

・岸田泰則『日本産蛾類標準図鑑Ⅱ』学研

(インターネット)
・『昆虫漂流記』ー「シンジュキノカワガ 採集から飼育 2023年9月2、3日 以降の観察」

・『趣味のアゲハ館』

・『みんなで作る日本産蛾類図鑑』

・『ささやま通信』

・『散策レポ』

・『円山原始林ブログ』

・『Wikipedia』

 

黄昏のナルキッソス 第三話

 
第3話 黄昏のナルキッソス

この年、2023年は満を持して臨むつもりだった。
このままオメオメと負け続けるワケにはいかない。毎年のようにアッチコッチに足を運び、その都度、何の手応えもなく惨敗。辛酸を舐め続けてきたのだ。いい加減にケリをつけよう。

だから、初動は早かった。いつもなら9月初めのムラサキシタバの採集が終わってから動き出していたのに、8月に入って直ぐにはもう情報収集を開始していた。

(ムラサキシタバ)

(2020.9月 長野県白骨温泉)

先ず手始めに伊丹昆虫館に電話した。理由は過去に何度もシンジュキノカワガが発生している場所だし、学芸員と云う虫のプロがいるからだ。8月くらいから幼虫の姿が目立つようになるので、もし発生していたならば、それを見逃すワケがないと思ったのだ。

(シンジュキノカワガ Eligma narcissus ♀)

しかし学芸員の話によると、今年はまだ見ていないそうだ。
そんなに甘かないか…。仕方がない。また1から丁寧に情報を広い集めるしかないな。

9月に入って漸くして、重要な情報が手に入った。
アメブロで、姫路で発生していると云う記事を見つけたのだ。『昆虫漂流記』と云うブログの「シンジュキノカワガ 採集から飼育 2023年9月2、3日 以降の観察」と題された記事で、かなり詳細な内容が書かれていた。
9月2日とか3日といえば、ほぼ直近の情報。まだ1週間も経っていないじゃないか。テンション、💥爆跳ね上がったよ。
直ぐにでも飛んで行きたい気分だったが、ここは冷静になろう。行動を起こすのは、記事の内容を今一度精査してからでも遅くはない。

記事によると、場所は姫路市安富町皆河というところらしい。ちゃんと場所を明かしてくれて、マジ有り難う。でもって、偉いやね。昨今、ネットでは場所を明かさないのが当たり前になってるからね。でも自分も場所を極力明かすようにしているし(註1)、匂わせる事も多いから共感できる。何でもかんでも隠すのは弊害もあると思っているからだ。なぜなら、たとえそれが事実であったとしても、記録としては残らないからね。もちろん下手に発表すると、そこに人が集中し、根こそぎ採られて絶滅しかねない。そう云う危惧があるのは、自分も重々に承知している。だから、そういった場所は公表すべきではないだろう。しかし、愛好者なら誰もが知っている有名な場所や公表してもいいような理由がある場所ならば、わざわざ隠す必要性はないと考えている。例えば今回の場合だと、シンジュキノカワガは海外から飛来する偶産種であり、やがて冬が来れば死滅してしまうからだ。採ろうが採るまいが、どうせ居なくなるのだ。ひいては、翌年に同じ場所を訪れたとしても居ない可能性が高いと云う事でもある。よって公表しても問題がないと云うワケだね。さておき、ソッコーで詳しい場所を調べよう。

そこは姫路市といっても、北部の山奥だった。姫路駅からでもバスで1時間もかかる。そもそもが大阪から姫路駅までだって遠い。電車で大阪駅から1時間半以上はかかるのだ。つまりは相当に遠いと云うことだ。
運賃だってバカにならない。調べたら、最寄り駅から片道だけでも2570円だ。往復だと5140円もかかる。そして、大阪の自宅からの所要時間は最短でも3時間を要する。ゆえに、そうおいそれとは何度も行けないのだ。だからこそ、行くのなら確実に一発で仕留めたい。となれば、いつ行くかを慎重に見定めねばなるまい。

幼虫及び蛹採集だけでもいいならば、直ぐにでも行った方がいいだろう。
ブログの筆者氏は、64頭の幼虫を確認し、そのうちの23頭を持ち帰ったと書いておられる。つまり、単純計算すれば、まだ最低でも41頭の幼虫がいると云う事になる。のみならず『幼虫を樹が高すぎて確認できなかった樹もある事から、それ以上の個体数が存在すると思われます。』とも書いておられる。加えて、シンジュの木が生えている範囲は、車道沿いに横に約50mに渉っており、数十本はあるというような記述もあった。ならば、更に多数の幼虫がいる可能性がある。それだけ居れば、たとえ誰かが自分よりも先に入って持ち帰ったとしても、まだまだ残っている確率は高い。とはいえ、公にネット上に記事が出ているのだ。情報は拡散しているかもしれない。ワシと同じような事を考えている人が、他にも何人もいるやもしれぬ。いずれにせよ、幼虫目当てなら早めに行った方がいいだろう。

でも生息地の画像を見たところ、場所的に問題が有りそうだ。シンジュの木は、車道から見てガードレールの向こう側に生えている。そして、木の生え方の感じからして、おそらく斜面に立っている。しかも急斜面が予想される。谷あいの地形だと書いてあったからね。となれば、繭の採集には危険を伴うかもしれない。一人で行って、もし足を滑らせたら…と思う。谷底まで落ち、足を骨折でもしたら…。田舎の山奥だ。しかも谷底である。誰も見つけてはくれないだろう。下手したら、死ぬど。
加えて、記事では繭が確認できなかったと書かれている(註2)。これはガードレールからは位置的に繭を見つけられない事を指し示してはいまいか❓もしくは斜面がキツ過ぎて、木に近づけないとかさ。

そうとなれば、幼虫採集オンリーとなる。
けど、それも問題がないワケではない。低い所にいる幼虫は既に回収されているようだからだ。となると、ブログには最初は6mの網で枝を引き寄せて幼虫を採ったとあったし、それ以上は高くて確認できなかったとも書いてあったから、木は相当高いと云う事になる。シンジュは高いものになると、20m以上にもなるのだ。たとえギリギリ届く場所があったとしても、果たしてそんな高い所から網で幼虫を上手く引き剥がせるのだろうか❓(註3)。しがみつかれでもしたら、どうすればいいのだ❓
だいち今は適当な長さの竿がない。夏に7mの長竿を開田高原でポッキリ折ってしまったのだ。そのクラスか、それ以上の長竿となれば、有るのは10m竿だけだ。あんなもん重くて振り回したくないし、持ち運ぶのも一苦労だ。全然もって気が進まない。それに、もっともっと気が進まない理由がある。
m(_ _)mスンマセン。正直に言いますわ。ワタクシ、芋虫とか毛虫とか、あの手のモノは大の苦手なんざます。キショくてマジ怖気(オゾ)ける。ましてやシンジュキノカワガの幼虫は、ド派手な黄色と黒の縞模様の毒々しい毛虫で、どう見ても邪悪きわまる存在なのだ。普段のワシなら、
(⁠ノ⁠ ̄⁠皿⁠ ̄⁠)⁠ノ⁠⁠⁠彡⁠┻⁠━⁠┻おりゃー❗死ねっ❗死ねっ❗死ねー❗
なのだ。


(出典『円山原始林ブログ』)

それを姫路から大阪まで持って帰るだなんて、ミッションがキツ過ぎる。もしも帰りの電車内でモゾモゾと這い出して来でもしたら、どうすると云うのだ❗❓ 車内は阿鼻叫喚の嵐。怒号が飛び交い、泡を吹いて床に倒れる御婦人たちが続出。そしてオラは衆人からの白い目に2時間以上も晒され続けるのだ。…拷問だ。想像しただけでも恐ろしい。
それに幼虫を弱らさずに持って帰って来る自信もない。もしも死屍累々。全員がグッタリとなって死んでいたら、それこそ骨折り損のくたびれ儲けじゃないか。

ならば、やはり成虫採りしかあるまい。そもそも、成虫が本来のターゲットなのだ。ここは原点に帰り、素直に王道でいこう。
とはいえ、行って成虫が採れなかったら、洒落になんない。決行する日を吟味して行かねば、失敗しかねないのだ。つまり、まだ次の世代の成虫が羽化していなければダメだろうし、かといって羽化して時間が経ってしまうのもマズイ。なぜなら、羽化して暫くすると分散してしまう可能性があるからだ。流転のナルキッソスだ、馳せ参じるのが遅ければ、既に次の新天地に向かって旅立っているかもしれないのだ。

頭の中でカチャカチャ計算する。
記事によれば終齢幼虫が蛹になったのが、9月9日。となれば、蛹の期間が2週間から16日、もしくは17日と考えるならば、9月23日から27日の間がベストだ。でも平日は仕事を休めない。となると、行けるとしたら、9月23日か24日だ。でも灯火採集をするのならば、土曜日しかない。なぜなら、車を持っていないので、公共交通機関でしか移動できないからだ。したがって日曜だと翌日の月曜の朝にしか現地を離れられない。それでは仕事に間に合わない。ならば必然、9月23日が討ち入りの日となろう。
待てよ。けれど記事には9月7日の時点では幼虫は初齢から終齢幼虫までいたと書かれている。となれば、もう1週間後ろにズラした10月1日でも大丈夫だろう。いや寧ろソチラの方がベストかもしれない。その頃ならば殆んどの個体が羽化し終えている可能性が高い。さすれば、その日が現地での成虫の最盛期かもしれない。つまり個体数が最も多い時期に当たる可能性がある。どちらを選ぶべきなのか心が揺れる。
でも待てよ。灯火採集をするとなると、自ずと話は変わってくるぞ。成果は月齢と気象条件に左右されるからだ。それ如何によって、結果は大きく違ってくるだろう。

ここで少し、昆虫たちが人工光に引き寄せられるメカニズムを説明しておこう(註4)。
走光性を持つ昆虫、即ち夜間に光に引き寄せられる昆虫たちは、普段は月光を頼りに移動しているものと考えられている。月あかりに対して一定の角度で飛ぶことで、高さや方向を保つしくみを持っているのではないかと推測されているのだ。月は地球からものすごく遠くにあるために、自分がいくら動いても月のある方角は変わらず、自分の向いている方向を知る良い目印となる。そういう仕組みを持った虫たちが人工の灯りを見ると、その光の向きに対して一定の角度で飛ぼうとする。だが、月と違って人工の灯りはごく近くにあるため、それに対して一定の角度を保って飛ぼうとすれば、結果として灯りの周りをグルグルと回りながら近づいてしまう。つまり、虫たちは人工の灯りを月と勘違いして方向の目印に使ってしまったが為に、知らず知らずのうちに灯りに引き寄せられて集まってしまうのである。

そうとなると、灯火採集をするに於いて最も好条件となるのが、最大のライバルである月が出ていない日、即ち月齢が新月ということになる。補足すると、新月ならば、たとえ晴れていてもライバルは居ないから問題がない。ようは天候に最も左右されにくい日なのだ。土砂降りとか暴風にでもならない限りは、虫は光にワンサカ集まって来る。
そして、次に好条件なのが月の満ち欠けに関係ない気象状況であろう。つまり、曇りか小雨程度の天気ということだ。月が隠れていさえすれば、条件は新月の時と同じと云うワケだね。
月齢を調べてみると、9月の新月は14〜16日。その前後1日も殆んど月あかりは無さそうだ。でも残念ながら、それらの日は仕事だ。
23日の月齢は半月だった。あまり条件は良くない。そして10月1日は😰アチャー、🌕満月である。条件的には最悪じゃないか。世の中、上手くいかないよね。
そうなると、消去法で24日に決定だな。そして、もしも24日の天気予報が晴れか雨だったら10月1日にズラすと云うことになりそうだ。とはいえ、ズラして10月1日も晴れか雨なら最悪だ。そこが思案のしどころである。或いは両方とも行くことも視野に入れておくべきかもしれない。天候如何に拘わらずに24日に行き、ダメなら10月1日にリベンジと云う構図だ。
どちらにせよ、まだ先の話である。来週までは自由に動けるから、近場でシンジュが沢山生えている場所を探そう。そういや場所は特定できないけれど、淀川河川敷で繁茂していると云う情報もある。

とはいえ、最も信頼している小太郎くんの意見を聞いておこう。そう思って、姫路で発生していると云う記事のリンクを貼って送った。あわよくば姫路まで一緒に灯火採集に行ってくれるんじゃないかと云うスケベ心もあったしね。
したら早速にLINEが返ってきた。それに拠ると、今年は多く渡来しているようで、各地で見つかっているらしい。流石、情報通の小太郎くんである。ならば、大阪近郊でも発生している可能性はある。なので小太郎くんには、来週は近場で探すよと返信しておいた。

 
2023年 9月16日

先ずは花博記念公園鶴見緑地に行ってみることにした。


(出典『新森と暮らす』)

花博記念公園と冠されているとおり、昔ここで「花と緑の国際博覧会」が開催されていた。
広い公園で、東側の山のエリアが森になっている。


(出典『花博記念公園鶴見緑地 ホームページ』)

此処は去年、居たと云う情報があったから来てはみたものの、見事に惨敗した場所だ。とはいえ、もし本当に発生していたのならば、成虫が越冬できた可能性があると考えたのだ。公園は大阪市内にある。だから山と比べて寒暖差が少なく、遥かに温暖なのだ。他よりも生き残れる可能性が高い。

驚いた事に、去年にシンジュだとばかり思っていた幾つかの木は、別種の木だった。葉が全部落ちていたので、幹の木肌のみで判断するしかなかった。それで間違えたんだね。植物の同定は難しい。

蘖(ひこばえ)は結構見つけたものの、結局、間違いなくシンジュだと思われる木は、たったの3本しか見つけられなかった。
そのうち葉に食害跡が見受けられた木は1本だけだった。でも、ド派手な阪神タイガース模様の幼虫の姿はない。繭もない。と云うことは、おそらく食害したのは別な種の幼虫で、たぶんイラガ類(註5)あたりだろう。

(アオイラガの幼虫)

(出典『芋活.com』)

シンジュの葉を食べる蛾は、シンジュキノカワガだけではないのだ。もっともイラガの仲間は広食性で、サクラ類・ウメ・ナシ(バラ科)、クリ、クヌギ(ブナ科)、カキ(カキノキ科)、ヤナギ類(ヤナギ科)、カエデ類(ムクロジ科)、チャノキ(ツバキ科)等々、何でも食うんだけどもね。

兎に角、又しても亡霊を祓えなかった。コレで二桁に乗る10連敗だ。プロ野球のピッチャーだったら、翌年には間違いなくクビだ。ペナントレースならば、チームが1回でも10連敗すれば、優勝は不可能だという数字だ。長いプロ野球の歴史の中でも、10連敗してリーグ優勝したチームは一つたりともない。皆無なのだ。
因みに最長記録は9連敗。それでも優勝できた例は、1992年と2015年だけだ。共にヤクルト スワローズのみが成し得ている。
泥沼だ。いつになったら、この不毛な負のループから解放されるというのだ❓

 
引き続き、ネットによるシンジュキノカワガ情報の探索は続けていた。
そして、この翌日に重要な情報を得ることができた。新たに3箇所も発生している場所が分かったのである。

先ず1箇所めは、兵庫県佐用郡の佐用町昆虫舘近くの県道沿い。
そこに生えているシンジュで発生しているらしい。作用町昆虫舘のオフィシャルサイト(NPO法人こどもむしの会)で報告されていた。因みに、載っていた画像は終齢幼虫である。

2箇所めは、丹波市の丹波の森公苑である。
此処も同じく佐用町昆虫舘のサイトに載っていた。そして画像も同じく終齢幼虫であった。
尚、両者の情報公開日は、同じ9月17日。おいおい、おとといの話じゃないか❗

因みに、佐用町昆虫舘のブログでは、こんな面白い試みをやっていた。


(出典『佐用町昆虫舘オフィシャルブログ』)

ようは、今年の阪神タイガースの快進撃に凖えて、タイガースカラーのナルキッソスの幼虫を使って、お遊びで文字を描いているのだ。ちなみにアレとは「リーグ優勝」の事である。
話は第一次岡田政権時代の2008年に遡る。この年、我らが阪神タイガースは前半戦絶好調。7月9日には2位に最大13ゲームの大差をつけて首位を独走していた。にも拘わらず、最終的には巨人に追い越されてリーグ優勝を逃した。また2021年の矢野監督時代にも、前半戦が好調であったにも拘わらず失速し、優勝を逃した。
この2つの何れの年にも、マスコミによる大フライングがあった。
2008年には、日刊スポーツが9月3日に阪神の優勝を確信してフライング。「Vやねん!阪神タイガース」を発売してしまった。この時点で、巨人に5ゲーム差に迫られていたのにも拘わらずである。当然、ファンの顰蹙をかった。
2021年には、朝日放送(ABC)が2位に最大8ゲーム差を付けて独走していた6月に「虎バンスペシャル #あかん阪神優勝してまう」をフライング放送してしまう。しかし、その後に主力選手が極度の不振に陥り、失速。前半戦は首位で折り返したものの、9月22日にはヤクルトに首位を明け渡してしまった。虎と燕がシーズン最終盤まで激しいデッドヒートを繰り広げる中、更にABCは10月3日にも、緊急特番「虎バンスペシャル 16年ぶりに阪神優勝してまう!?」を放送する。だが虎は、最終的にはゲーム差なしで優勝を逃してしまう。
この2つの年の大フライングが、歴史的V逸を象徴する”V逸フラグ”として虎党の記憶に強く刻まれる事となる。振り返ってみると、皮肉にもコレらが発売・放送された後に大失速し、挙げ句には悲惨な結果になってしまったのである。呆然自失。ファンとして耐え難き事実であった。糠喜びさせといてからの、顔を思いっきし地面に叩きつけられたようなものだ。どれだけ惨めな気分にさせられたことか。そのトラウマから、阪神ファンの間では、どれだけ好調であっても「優勝」の二文字に触れることは半ばタブー、禁句となった。
そして2022年、岡田は監督就任会見で「優勝」とは一言も出さず、代替語として「アレ」を連発する。その後、報道陣とのやり取りの中でも、けっして「優勝」とは言わず、「アレ」で通した。そして、そのアレが、まさかの2023年のスローガンの文言の一部にも「ARE」として組み込まれるまでになる。
やがてシーズンが始まり、阪神の好調と共に関西のマスコミやファンの間で「アレ」ブームが盛り上がる事となるのである。呪いを解きたいがゆえの、ファン&マスコミ総出での言葉の記号化である。
そしてその後、8月、9月に「アレよアレよ」と連勝して、この日の2日前の9月14日に何とアレしてしまった。
🎉🎊阪神優勝、おめでとう❗❗

悪いクセだ。大脱線してしまったなりよ。
気を取り直して、話を本線に戻そう。

3箇所めは、兵庫県たつの市の広山だ。虫関連ではない「NPO法人ひょうご森の倶楽部」というサイトではあるが、コチラも多数の終齢幼虫が発見されたと書いてあった。但し、20日ほど前の8月30日の話だ。
3箇所とも何とか日帰りで行けそうな場所ではある。となれば、この週末に行く場所の選定は広がる。それでは、姫路市安富町も含めた4箇所を比較検討していこう。

佐用町は兵庫県の西端に位置し、限りなく岡山県に近い。遠すぎる。
たつの市も遠い。佐用町よりも近いが、姫路市のまだ向こうなのだ。

(兵庫県地図)

(出典『マピオン』)

地図で場所の確認をしたら、何と佐用町の南東側に隣接しているじゃないか。大阪からだと、さして変わらん距離だ。そして、たつの市は姫路市とも隣接している。おそらく安富町のポイントとも、そう離れてはいないだろう。となれば、中国から第一世代の成虫たちが低気圧や前線による南西からの風に乗って、この辺り一帯にまで纏まって飛んで来たのかもしれない。

一方、丹波の森公苑は丹波市の南部にあるから、兵庫県西部とはだいぶ離れている。しかし大阪からの距離は、たつの市と同じくらいか少し近いくらいだろう。
とはいえ、距離だけでは計れない。アクセスの良さの方が重要だろう。なので、各地への所要時間と交通費を調べてみた。

①姫路市安富町皆河
所要時間 3時間。 運賃 2570円。

②佐用町昆虫舘
所要時間 3時間半。運賃 2600円。

③たつの市誉田町広山
所要時間 2時間半。運賃 2420円。

④丹波の森公苑(丹波市柏原町)
所要時間 2時間半。運賃 1760円。

時間と運賃だけみれば、軍配は丹波の森公苑に上がる。しかし、ソレだけでも判断できない。他の条件も考慮しなくてはならないだろう。例えば姫路市のポイントは遠いが、最も情報量が多い。次の成虫が、いつ頃から現れるのかも予測がつく。
昆虫舘も遠いが、コチラは昆虫に詳しいスタッフがいる。情報豊富で、訊けば詳しい発生場所も教えてくれるだろう。問題は、昆虫舘近くといっても、それが距離的にどれくらい離れているかだ。もしも車で30分なら、歩いて行くのは無理だろう。15分でもキツい。それにどれ程の数の幼虫が発生しているのか、何齢くらいが多いのかもワカラナイ。とはいえ、これらも電話して訊けば分かるんだけどもね。だから、それらよりも心配なのが、既に幼虫が色んな人に持ち帰られている可能性だ。何といっても昆虫舘は、虫好きが集まる所だからね。情報を聞いて飼育をしたがる人も少なくない筈だ。
たつの市の広山は近いが、8月末の時点で終齢幼虫だったワケだから、既に成虫が羽化してしまっている可能性がある。それをどう捉えるかだ。灯火採集には、時期的に丁度良いかもしれないが、既に分散している可能性もあるのだ。となると、蛹や幼虫も得られない確率が高い。虻蜂取らずだ。それに公園のようだから、駆除されている可能性は充分ある。
最後の丹波の森公苑だが、一番近くて運賃も安いけど、駅から20分くらい歩かなければならない。しかも、おそらく登りだろう。灯火採集用のポータルバッテリーは重い。それを背負って長時間歩くのは辛いものがある。そして現時点では、情報量が最も少ない。ゆえに幼虫の状況がワカランのだ。でも、昆虫舘の人に訊けばいいか❓…。あとはコチラも公園だから駆除されている可能性もある。また昆虫舘のイヴェントで行ってるんだから、幼虫が大量にお持ち帰りされてるかもしれない。その情報は各方面に口コミで漏れているだろうから、更に誰かが行って、根こそぎ攫っていってる可能性だってある。コレも昆虫館に訊けばいいか…。

正直、帯に短し襷に長しだ。判断するのは、もう少し吟味してからでもいいだろう。いずれにせよ、最終的な判断はギャンブルとなりそうだ。

翌日の火曜日、小太郎くんに鶴見緑地で惨敗した旨のLINEを送った。姫路市以外でも発生しているのを報告しときたかったし、週末の予定を訊きたかったからだ。
したら『お疲れ様でした。鶴見には飛んで行ってないのですね。明日、代休で午後から半休なので、近所のシンジュ並木を見ておきますよ。』と云う返信が帰ってきた。有り難い事だが、さして期待はしていなかった。世の中、そんなに甘いワケがない。そんな都合よく見つかるのなら、ここまで苦労していない。とっくにワシだって遭遇している筈だ。それよりも週末の小太郎くんの動きの方が気になった。彼の動き次第で、自ずとコチラの動きも決まってくるからだ。

 
2023年 9月22日

金曜の夕方、仕事終わりに何気にLINEを見たら、小太郎くんから連絡が入っていた。
多分、週末にどうするかという話だろうと思ったら、違った。東京・大手前のインセクト・フェアに行く前に、奈良市のシンジュがそこそこ生えている場所の様子を見に行ってくれたみたいだ。ふ〜ん、でもどうせ居なかったんでしょ❓
だが更に読み進んで、w⁠(⁠°⁠o⁠°⁠)⁠wドびっくり❗❗❗
そこには何と、幼虫が居て、蛹もゲットしたと云う文言が並んでおり、写真も添えられていた。勿論、詳しい場所も書かれていた。
😝👊シャー❗思わず、拳を握ったね。もう、メチャンコ興奮したさー。
(⁠༎ຶ⁠ ⁠෴⁠ ⁠༎ຶ⁠)ダァーッ、小太郎くん、アリガトねー。

以下は、その時のやり取りである。

『○○〜○○と広範囲に多数発生中。幼虫はあまり見られず、蛹(蛹化〜)と抜け殻ばかりです。』

『蛹を採るのに必要な道具って何?』

『脚立、容れ物(脱脂綿やティッシュ等の緩衝材を敷く)くらいですかね?木が登れる手の届く範囲だけで諦めるなら脚立は要りません。』

『脚立は(調達が)無理やなあ。繭を切り取るのはカッターでいいの?』

『指で摘んで引っ張れば破けますよ。』

青天の霹靂だ。まさかの展開である。こんな僥倖が訪れるとは夢にも思わなかった。実際、帰って姫路に行く用意をしようと思ってたからね。
こうなると当然ながら選択は、そこ一択となる。信頼できる人間からの直近のリアルな情報だし、位置的に断然近いからね。それにライバルも居ないだろうしさ。つまり、何ら不安要素が見当たらないのだ。ちょっと呆気ないけど、もう勝ったも同然の気分だ。

 
2023年 9月23日

バス停は病院前が一番近いと聞いていたから、抜かりなく路線バスの時刻を調べていた。しかし、極めて本数が少ない。病院なのに、そんなにアクセスが悪くていいのか❓と思ったので、一応病院のホームページも覗いた。したら、奈良駅から送迎バスが出ているではないか。断然、本数も多い。しかもタダだ。

朝、目覚めてカーテンを開けると、キレイな青空が広かっていた。
天気も良いし、絶好の採集日和だ。全てが良い方向に向かっているようで、自然と顔がニヤけてくる。いよいよ、この苦難続きの不毛な捜索から、やっと解放される時がやって来るのだ。
地図で、あらかたの場所も解ったし、楽勝じゃん。さして勝負に時間は必要なかろう。余裕をカマして昼過ぎに家を出た。
さあ、ちょこっと行って、蛹をガバッと持って帰ろう。

午後1時15分くらいに近鉄奈良駅に着いた。
40分台出発のバスには余裕のヨッちゃんだ。指定された発着場所にて待つ。
しかし、到着時刻を過ぎてもバスが来ない。最初は外国からの観光客が増えてるから、渋滞で遅れてるのかと思った。でも2時になってもバスは来ない。病院ゆきのバスを待っていそうな人も見当たらない。再度、病院のホームページで確認するも、バスが渋滞で遅延しているとか、故障したとかと云う情報は見当たらない。余裕のヨッちゃん気分が消し飛ぶ。そろそろ目的地に移動しなければタイムアウトになりかねない。慌てて路線バスの受付に行き、病院行きのバスの時刻を訊ねる。
しかし矢張り、この時間帯に病院へ行くバスは無いようだ。なので、一番近い別路線のバス停と出発時刻を訊く。幸い10分後に出るバスがあるようだ。

バスには乗ったものの、東大寺周辺は観光客で溢れかえっており、大渋滞。遅々として進まない。心がソワソワして落ち着かない。
ヽ(`Д´#)ノ ムキー❗❗轢き殺してでも前へ進まんかい❗、ドライバー。

午後3時半近く、漸く教えてもらったバス停で降りて歩き始める。
徒歩で20〜30分かかるようだが、空はまだ明るい。日没時刻から逆算すれば、持ち時間は2時間くらいの猶予はある。それだけあれば、見つかるだろう。

途中、小さな川の畔に、シンジュが結構生えている場所を見つけた。もしかして呆気ない唐突な出会いでフィナーレだったりして❓
しかし、幼虫の姿も食害された跡も確認できなかった。そうそう、そうでなくっちゃね。ここまで散々苦労してきたのだ。そこまで簡単に終ってしまうと、面白くない。

4時近く前に目的の県道に辿り着いた。
だが、その状況に驚く。想像してたのと全然違う。勝手に長閑な田舎道を思い描いていたのだが、長閑さなんぞ微塵もない。道は狭く、側道がない。路側帯も心細いまでに細く、特に山側は無いに等しいから歩けない。直ぐ横は側溝で、その先は崖と森なのだ。反対側も歩くには全く適さない。路側帯が細いだけでなく、所々から張り出している草木が邪魔で、車道側に入らないと前へは進めないのだ。そこをひっきりなしに両側から猛スピードで車がビュンビュン走ってくる。オマケに見通しの悪いブラインドカーブがあり、走って横断するのも命がけだ。もー、😢メチャメチャ怖いやんか。車が後ろからジャンジャン追い抜いてゆくし、常に背後にビクつきながら歩かねばならない。まだナルキッソスに一度も会えてもいないのに、車にハネられでもしたら泣くに泣けない。

ビビリつつも車道沿いのシンジュを順にチェックしていく。
だが、木は結構あるのに幼虫も居ないし、繭も見つからない。そして、山側のシンジュの木の葉が殆んど落ちているじゃないか。

何故に見つからないのだ❓ もしかして発生状況が終息に近いのかも…❓ 楽勝気分が一気に搔き消え、焦りが芽生える。マジかよ😨。まさか亡霊にでも呪われているのか❓ 急に心に黒雲が湧く。もしコレで何の成果も得られねば、糞のつくイモだ。才能なしだし、虫採り運も尽きたと云う事じゃないか。もう虫採りなんて、やめちまえだ。
さておき、これでは急遽明日、姫路へ行くことも視野に入れないといけなくなるかも…。けどなあ…、たぶん明日の天気は晴れだよな。となると、灯火採集には向かない。って云うか、明日は日曜日だ。灯火採集なんて出来ないじゃないか。ならば、そこそこ追い込まれる事になる。まさかの急転直下の😰やっべーやないの。

そこから少し進むと、20mくらい先に良さ気な木が見えた。
何故か、その瞬間に直感した。絶対にいると。

近づくにつれ、その感覚は益々強くなる。そして10mくらい手前まで来た時に確信した。視界内に、モゾモゾと上から下へと歩く物体がある。

阪神タイガースカラーの、このド派手振り。間違いなく彼奴、シンジュキノカワガの幼虫だろう。

至近で見て、相違ないことを確認する。
多分、終齢幼虫だ。蛹になるため、気にいった場所を探しているのだろう。にしても、😱キッショ❗本能的に忌避感を覚える。取り敢えず無視して繭を探そう。
けれども、視界の中でウニョウニョ動くのが気になってしょうがない。

シッシッ、あっち行け。
と言うも、ウニョウニョ〜。ウニョウニョ〜。
ヽ(`Д´#)ノ キショいんじゃ、ワレー❗❗

恫喝すると、聞こえたのか、上に向かってムニョムニョと歩き出してくれた。どもー、アリガトねー。

(⁠・⁠o⁠・⁠)んっ❗❓
幼虫が歩き出した直ぐその下あたりに、何か違和感を覚えた。
😲ありゃま❗❓
よく見ると、繭が2つ並んでいるではないか❗
コレこそ、間違いなくシンジュキノカワガの繭だろう。状況的にみて、それしか有り得ない。

樹皮と同じ色で、完全に同化してるね。
とはいえ隆起しているので、探す意志がある者にとっては楽勝レベルだ。慣れれば、見逃すことはないだろう。
(⁠・⁠o⁠・⁠;⁠)あれっ❓、けどコヤツらには真ん中に穴が空いておるではないか。
おそらくは寄生されたものだろう。寄生蜂だか寄生蝿だかワカランが、そやつらの脱出孔の跡かと思われる。チョウもガも、蛹が寄生されているケースはよくあるのだ。
一応、軽く叩いて振動を与えてやる。ナルキッソスの蛹は鳴くからだ。正確には、腹部背面にヤスリ状の器官があり、それと繭の内側の隆起条とを激しく擦り合わせる事によって音を奏でるのだ。

でも、反応なし。指に、ふにゃふにゃでペコペコした感触が返ってきただけだった。中身は空って事だろう。
続けて4、5個ほど繭を叩いてみるが、いずれも反応は無い。おいおいである。神様ぁー、ヒドいよ。ゴールまであと少しなのに、この期に及んでオアズケですか❓ ねぇー、いい加減にアチキに歓喜を与えておくれよー。
だが、冗談めかして言ったすぐ後に、最悪のシナリオが頭をよぎった。
ガビーΣ(゚∀゚ )/ーン❗神様、まさか全滅とかはないですよね❓
ソレはいくらなんでも酷すぎるでしょうよ。あっ❗そんな御無体な。それだけは御勘弁して下さいまし。やめて。やめてぇー❗それだけはやめておくんなましー❗あれぇ〜、🍥🍥🍥くるくるくるぅ〜。頭の中で、着物姿の女性が帯を強引に解かれて、駒のように回っている。しかもアニメ画像でリピートでだ。アホだ。救いようのない阿呆だ。コレ以上オカシクなったら戻って来れない。気を取り直して、繭に集中しよう。

そして、次の繭を叩いた瞬間だった。
🎵ガチャガチャガチャ、🎵ガチャガチャガチャ

予想外の大きな音に驚いて、反射的に指を引っ込める。
(*´∀`)おったがなー。

逸る気持ちを抑え、カッターを取り出す。そして、慎重に上部に切れ目を入れ、繭を少しずつ捲(めく)っていく。

ころりん。感触があった次の瞬間には、手のひらに蛹が転がっていた。

そして、激しく腹部を左右を動かし始めた。まるでダンスを踊ってるみたいだ。しかもコミカルな動きなので、フッと笑ってしまう。あんた、キュートじゃん。そっかあ…、腹を上下に動かすのではなくて、お尻振り振りの左右だったのね。
それはそうと、想像してたよりもかなり小さい。でもって、めっちゃ平べったい。ちょっと意外だ。成虫は、そこそこ大きいと云うイメージだし、蛾といえば、腹ボテだと云うイメージが強いからさ。
兎にも角にも、やっと採れた…。静かに心が震える。やっとこさ憑き物が落ちたと云う気分だ。喜びよりも、むしろ安堵の気持ちの方が強い。コレで虫採りをやめなくとも済むしね。

裏返すと、黒い小さなお目々がある。
何だか無理矢理明るい所に引き出されて、(・_・;)キョトン顔になってるみたいで可愛い。
刺激してやると、またお尻振り振りになる。今度は顔付きなので、声に出して笑ってしまった。おとぼけ顔でダンスは、反則技じゃないか😂

タッパーに、クッションがわりのティッシュを敷いて蛹を乗せ、ふわりと丸めたティッシュを上から被せる。そして『無事、羽化してねー。』と呟く。寄生されている可能性があるし、羽化に失敗して羽がキレイに伸びないケースだってあっからね。

じっくり見ていくと、繭は沢山あった。1箇所に塊となって在ることが多く、自分の胸よりも下、特に根元や根元近くに集まる傾向が強くみられた。向きは、どちらかというと東向き(山側)よりも西向きや南向きのモノの方が多かった。
しかし大半は空だった。でも、それが全て同じ世代のモノなのかはワカラナイ。或いは1つ前の世代や去年のモノも混じっているのかもしれない。

その後、別な何本かでも蛹を得ることができた。
高い所にはあまり見られず、多くは手の届く範囲だったんで助かったよ。心のどこかで、高くて届かず、指を咥えて見てるだけーみたいな事になるのではないかと、密かに恐れていたからね。

黄色いのもいた。
だが、たぶん蛹化したばかりのものと思われる。時間が経つにつれ、色が茶色へと変化してゆくのだろう。

羽が透けてる蛹も得た。羽化も近そうだ。
コレで最低でも1頭は成虫が拝めるだろう。👍やったね。
とはいえ、予断は禁物だ。この先、何が起きるかワカランからね。
🐛🤢🤮ドギャブギャワッ❗ 蛹たちが未来を憂いて、緑色のビートルジュースを吐き出して自決しないとも限らないのだ。

キショいけど、最終的には幼虫も4頭採った。
もっと標本が欲しいと云う欲望が勝ったのだ。あれほど気色悪がってたのにね。げに恐ろしきは、虫屋の欲深さである。
ねんのためにビニール袋を持参していたので、幹を這っている幼虫の下に恐る恐る持っていき、ビニールの端で突っついた。すると、簡単に袋内に落ちた。たぶん、葉や枝に付いてるモノも、引っ剥がさずとも揺すれば下に落ちるのではないかと思われる。
ちなみに、落ちた瞬間には😱ゾゾッときたね。全身に、さぶいぼ(鳥肌)がサアーッと出たよ。

幼木から若木、壮年木、大木と丹念に見たが、幼虫や繭が確認できた木には傾向が見られた。先ず山側の森の中にある木では1つも見つけられず、林縁部の2箇所のみに繭があった。比較的、山と反対側に多く見られ、その大半の場所が畑などに隣接していた。どうやら周りに広い空間があり、日のよく当たる明るい場所がお好みのようだ。

大木には全く見られなかった。てっきり大木につくものとばかり思い込んでいたから、コレは意外だった。壮年木でも殆んど見られず、唯一1本のみで確認できただけであった。つまり、多くは幼木と若木での発生だった。大木や壮年木の大きな葉よりも、幼木や若木の小さくて柔らかい葉を好むのかもしれない。
となれば、たとえ姫路に行っていたとしても、少なくとも幼虫採集には支障が無かったって事だね。10mの長竿も無用の長物だった可能性大だ。
とは言っても、あくまでも此処だけでの話だ。別な場所では、また違った傾向がみられるかもしれない。

いつしか空は夕焼け色になっていた。
そろそろ帰る時刻だ。恩恵を与えてくれた森に別れを告げよう。
木立ちを仰ぎ見て、ふと思う。
この彼ら彼女たちの親は、何処から来たのだろうか❓ その長い旅路に思いを馳せる。中国南部から風に乗って1,000kmの旅をして、此の地に直接辿り着いたのだろうか❓ それとも九州北部辺りに第一世代の親が辿り着き、そこで繁殖した第二世代が再び旅に出て、此の地にやって来たのだろうか❓ いずれにせよ此処で卵を産み、命を繋いだ。今その次世代が親になろうとしている。その親たちは今度は何処を目指すして飛び立つのだろうか❓
だが、そんな生を謳歌してきたナルキッソス達の身にも、やがては黄昏が訪れる。秋が深まる頃には、全て死滅してしまうと云う残酷な運命が待っているのだ。寒さに耐えきれず、蛹が繭の中で死んでしまうのである。そう、皮肉にも繭がそのまま彼らの棺桶になってしまうのだ。

黄昏どき、交通量の多い細い県道を奈良駅へと向かって歩く。
夕陽が沈んだばかりの生駒山地からトパーズ色の光が漏れている。空はまるでシンジュキノカワガの鮮やかな後翅のような綺麗な橙黄色に染まっている。祝祭と云う言葉が頭に浮かぶ。その色は、シンジュキノカワガとの邂逅を祝っているかのようにも思えてきた。
立ち止まり、空を眺めて息をゆっくりと吐く。何だかホッとする。ここまで長かった…。全身の力がゆるゆると抜け、じんわりと心の襞に歓喜が広がってゆく。まだ成虫は得ていないものの、蛹を7つ、幼虫を4頭も得る事が出来たのだ。コレだけいれば、流石に1つくらいは羽化するだろう。余程の凶事でも起きないかぎりは、念願の生きているナルキッソスに会える筈だ。
 
                 つづく

 
 
追伸
最後には、何とか第一話の冒頭部分に着地できた。ちゃんと一話と繋がって、胸を撫でおろしたよ。
とはいえ、予定よりも長い文章になった。ブランクが長いと、文章の枝葉を上手く刈り込めないのである。だから、無駄に長くなる。文章を書くのが下手クソな人間の典型だ。
記事の長さにも拠るが、昔は書き始めてから2、3日で書き終えていた。短かい記事ならば、1日で仕上げてた。それが今回は、3話分まで書くのに四苦八苦、20日以上もかかってしまった。
兎に角、アッチャコッチャ色々と衰えてきてるよね。まあ次は、少しでも短くできるように努力しますね。
あっ、それから出来れば第一話も読み返してもらいたいですな。文章が今回と、どういった経緯で繋がったか分かるからさ。どうでもいいっちゃ、どうでもいい話だけど。

次回予定、第4話(最終回)「蠱惑のナルキッソス(仮題)」。
さてさて、今度はどれだけ時間がかかることやら…。

 
(註1)自分も極力明かすようにしているし
但し、人に教えてもらった秘密の場所は基本的には明かさない。自分で見つけた場所は、匂わせる事が多いかな。だって、ヒントを元に場所を探すのは面白いからさ。読み通りに見つけられた時には達成感があるもんね。その楽しみを奪うのは不粋かなと思うのだ。

 
(註2)繭が確認できなかったと書かれている
「あの時点では全く頭になかったが、まだ幼虫が1つも蛹になっていなかったと云う可能性もある。」
そう書いていたが、この原稿の本文までを書き終えた後、一応確認した。したら、ブログの記事がアップデートされており、26日には多数の繭が確認できたそうだ。
となれば、姫路に行っていたとしても、良き結果を出せた可能性が高いね。読みは、それなりに正しかったのだ。って云うか、数は奈良よりも多く採れた可能性が高い。たらればの話だけどね。

 
(註3)網で幼虫を引き剥がせるのだろうか❓
引き剥がせます。この時はまだ、幼虫に刺激を与えてやると直ぐに落下すると云う習性を知らなかったのだ。

 
(註4)昆虫たちが人工光に引き寄せられるメカニズム
「飛んで火に入る夏の虫」。古来から虫や魚が光に集まることは知られており、自分が書いた説の他にも幾つもの仮説が提唱されてきた。しかし、それを今まで誰も証明できなかった。
だが最近になって新たな説が提唱され、それが実験によって証明されたようだ。ざっくり言うと、その原因は「背光反射」によるものであるらしい。コレは昆虫の重力に対する姿勢制御機能で、明るい方向に背中側を向けようとする反射的な行動を指す。つまり、月や太陽は上から照っているので、昆虫たちは平行、もしくは上に向かって飛ぶ。しかし、横からの光には常に背中を向けようとして、その周りをぐるぐると回ってしまう。例えば蛍光灯を上から縦にブラ下げたような状態がコレにあたる。そして下から照らされる光に対しては、地面に向かって急降下してしまうそうだ。
つまり、ライトトラップをするならば、灯りを上に向けるか、横にするのが効果的だという事になろう。但し、遠くの光には反応しないようだ。たまたま近くを通ったものが引き寄せられるだけらしい。
それがもし事実ならば、今まで良しとされてきたライトトラップの形体や設置場所の概念がグラつくよなあ…。
そうなると、自ずと新たな疑問も生じてくる。近くって、どれくらいの範囲なのだ❓
そういえば何年か前の奄美大島で、むしどり君がサーチ系のライトを山肌に照射していた時は、かなり遠くの約50m以上先からハグルマヤママユが近づいて来るのがハッキリと見えたぞ。全然、近くないじゃないか。それって、どう説明するのだ❓ 改めて問う。近くって、どれくらいの範囲なのだ❓
何か、どうやれば効果的なのかワカンなくなってきたよ。

一応、背光反射の詳しいメカニズムについては、以下にリンク先を貼っておくね。リンクを長押しして検索すれば、記事に飛びます。

「なぜ虫は光に引き寄せられてしまうのか?」がハイスピードカメラを使った研究で解明される – GIGAZINE
https://gigazine.net/news/20230523-insects-attracted-artificial-lights/

 
(註5)イラガ類
前翅長30mm前後〜35mm前後くらいの小型の蛾類。
日本には30数種のイラガの仲間がおり、その約半数が幼虫時代に毒を持つ。

(アオイラガ)

(出典『芋活.com』)

おそらくイラガのイラは、草木の刺のことを指すイラか、もしくは植物の1種であるイラクサ(苛草)からの由来だろう。これらは「苛立つ、苛々する」の語源にもなっている。
因みにイラクサの茎や葉の表面には毛のようなトゲがある。そのトゲの基部にはアセチルコリンとヒスタミンを含んだ液体の入った嚢があり、触れるとその嚢が破れて皮膚につくと強い痛みを感じる。イラガ類の多くの種の幼虫も全身に毒棘と毒針毛をそなえ、触れると激痛が走る仕掛けになっている。その感電したかのような痺れるような痛みから「デンキムシ」と云う別名もあるそうだ。

 
ー参考文献ー

(インターネット)
・『昆虫漂流記』ー「シンジュキノカワガ 採集から飼育 2023年9月2、3日 以降の観察」
・『「なぜ虫は光に引き寄せられてしまうのか?」がハイスピードカメラを使った研究で解明される』- GIGAZINE
・『Wikipedia』
・『佐用町昆虫舘オフィシャルサイト(NPO法人こどもむしの会)』
・『NPO法人ひょうご森の倶楽部』
・『芋活com.』
・「みんなで作る日本産蛾類図鑑」
・『円山原始林ブログ』
 
 

黄昏のナルキッソス 第二話

第2話 亡霊ナルキッソス

 
2019年 11月5日

2019年もシンジュキノカワガを求めて伊丹市昆陽池公園に行った。

(シンジュキノカワガ Eligma narcissus)

行程は2017年と全く同じだった。先ずはママチャリで伊丹空港横の猪名川河川敷に行った。シルビアシジミの様子をみるためだ。

(猪名川河川敷)

シルビアは健在だった。
稀種シルビーちゃんが、これほど都会のド真ん中にいて、しかもこれほど沢山いる場所は他にはないだろう。

(シルビアシジミ)

そこから、えっちらおっちら昆陽池へと向かったが、結果は未発生。痕跡は全くなく、又しても惨敗に終わった。

 
2020年 9月22日

この年はJR大和路線の三郷駅へ行った。
カッちゃんが、この駅でシンジュキノカワガの死体を拾ったのである。今はどうなっているのか分からないが、まだ当時の構内の灯りは蛍光灯で、虫がそこそこ飛来していたのだ。最近は殆んどの灯りがLEDに変わってしまい、全然虫が寄ってこないから貴重な場所だった。春にはマイコトラガ、夏にはシンジュサン、秋にはウスタビガもやって来てたからね。

カッちゃん曰く、最初の1頭は踏まれてペッチャンコだったそうだ。で、二匹目のドジョウを求めて通ったらしい。そして何回目かは聞いていないが、目論見通りに2頭目に出会ったのである。しかし不幸にも、その個体もまた踏まれていた。とはいえ、まだ踏まれて間もなかったみたいで、かろうじて原形はとどめていたらしい。しかも羽化したばかりのような新鮮個体だったそうな。もう少し早く到着していれば…と随分と悔しがってたなあ。
余程もったいなかったのか、確かその個体は持って帰って修復展翅したんだよね。でも頑張りはしたものの、どうにもならんかったらしいけどさ。

それはともかく、2頭もいたと云うことは、間違いなく近辺で発生していると云うことになる。そう判断して自分も出掛けたのだった。

駅構内を地面や壁を凝視しながら歩き回る。
一般ピーポーから見れば、完全に怪しい人だよね。狂気の沙汰もシンジュキノカワガ次第なのだ。虫屋ってホント、頭オカシイわ。

結果は、又しても完封負け。戦果は地面に落ちてたナカグロクチバくらいだった。

実物を初めて見たけど、前翅の柄が幾何学模様でスタイリッシュだ。
それと比べて裏面は地味。

蛾って、表は複雑なデザインのものが多いのに、裏は概して地味なものばかりだ。その点、ナルキッソスは裏も素晴らしい。

(シンジュキノカワガ 裏面)

デニムブルーと鮮やかな黄橙色の対比が美しい。ブルーの中に、放射線状に水色が入っているのもオシャレである。まるで月と帳が下りたばかりの夜空みたいだ。どこかゴッホの絵画を彷彿とさせるところがある。糸杉とかカフェの絵とかさ。

(星月夜)

(出典『CASIE MAG』)

「星月夜」もそうだけど、何と言っても、やっぱりコレだね。

(夜のカフェテラス)

(出典『巨匠の美術館〜誰もが知っている有名画まるかじり!〜』)

色合いだけでなく、その配色の構図までもナルキッソスっぽい。

それに表と裏のデザインが全然違うってのも素敵だよね。しかも両面とも色鮮やかなのだ。蝶は蛾と比べて裏も美しいものが多いと思うが、それでも裏も表もここまで華美なものは少ない。

 
一応、ナカグロクチバの解説をしておこう。

(ナカグロクチバ Grammodes geometrica)

ヤガ科 シタバ亜科 クチバ属に分類される蛾。
南方系の種で、元々は南西諸島にしかいなかった。なので昔は本州では偶産蛾扱いされてきた。それが地球温暖化に伴い急速に北上、今や北関東にまで分布を拡げている。
7~10月の夏から秋にかけて発生し、イヌタデ,エノキグサ,コミカンソウ,ブラジルコミカンソウ,ヒメミソハギ,ホソバヒメミソハギ,サルスベリ,ザクロなどの各種雑草を食餌植物としている。そのため、河川敷などでよく見られるという。
結構珍しいと云うイメージがあったが、今や本州でも普通種になってるみたいだね。ガッカリだ。

この年は、多分もう1回くらいは三郷駅へ行ったと思う。勿論、結果は言うまでもない。これで6連敗だ。

 
2021年

2021年は、画像は残っていないけど、大阪市鶴見区の鶴見緑地公園へ行っている。ネットでシンジュの木がある場所を探していたら、どなたかのブログにそこそこあるようなことが書いてあったからだ。
確か、ママチャリで行ったんだよね。昆陽池公園ほどではないにせよ、鶴見緑地も遠かったよ。

シンジュの木は確かにあった。ひこばえも各所で見つけた。でも大きな木は期待してたほどなかった。どうやら台風で何本かが倒れたらしい。

結果は、木を丹念に見回って幼虫と繭を探すも、見つけられずじまいだった。未発生の可能性が高い。
それでも一応夜までいて、灯火巡りもしてみた。だが、空振り。どうやら照明が全部LEDになってしまっているようで、虫が全然寄って来ない。LEDからは紫外線が殆んど出ないので、虫たちは誘引されないのである。昔は何処でも灯りに夥しい数の蛾が集まっていて気持ち悪いくらいだったが、今やLEDだらけで、灯火を巡っての採集なんて不可能に近い。まあ、その分死ぬ虫は減るけどもね。コウモリとかクモなどに捕食される数は減るだろうし、人に踏まれる事もない。

後で知るのだが、この年は昆陽池公園でナルキッソスが発生していたようだ。伊丹昆虫館のホームページに、10月21日に公園の生き物調査が行われた旨が書かれており、そこにシンジュキノカワガの幼虫と蛹の記録があった。ショックだった。去年は行ったのに、どうして今年は行かなかったのだ❓ 痛恨の極みである。激しく悔やんだね。でも幾ら悔やんだところで、後の祭りだ。
この頃には、流石に心が折れかけていた。ナルキッソスとは一生縁がないんじゃないかとさえ思い始めていたのだ。もはや亡霊みたいな存在だ。そして、その正体不明の亡霊を追いかけて、あてどなく彷徨っているような気分だ。でも、未だその存在のシッポさえも掴めないでいる。五里霧中。先の見えない徒手空拳の戦いは辛い。

 
2022年 10月上旬

画像が無いから正確な日付は分からないが、10月初旬辺りに昆陽池に行っている。連続で今年も発生しているのではないかと云う淡い期待を持ったのだ。

しっかし、またしても痕跡ゼロであった。これで8連敗だ。重苦しい徒労感が襲う。

 
2022年 10月下旬

この日も正確な日付はワカラナイが、鶴見緑地へ行った。ママチャリではなく、電車で行ったと思う。
情報源は小太郎くん。ツイッターだったっけか❓ 誰かがSNSに鶴見緑地で撮ったナルキッソスの画像を上げていると教えてくれたのだった。
クソッ、鶴見緑地だって去年行ったじゃないか。なのに何でよりによって今年の発生なのだ❓この悪戯なズレって、誰かの悪意すら感じる。なんだか亡霊におちょくられているような気かしてきた。

行ったら、パッと見にはシンジュらしき木が見当たらない。
一瞬、切られた❓と思った。だが、どうやら葉が全て落ちてしまっているからのようだ。幹の木肌は何となく憶えているので、らしき木の幹に繭がないか探しまわる。
しっかし、一つも見つけられなかった。夜までいようかとも思ったが、どうせLEDだから成果は望めない。諦めて、そういや中央環状線沿いの大きな釣具屋まで歩いて行ったんだよね。で、戻りしなに撤退まじかの鶴見緑地アウトレットに寄って帰ったっけ。ナルキッソスが光に集まって来てるんじゃないかと淡い期待もしたが、勿論そんな奇跡みたいな事は起こらなかった。8連敗決定である。

 
2022年 11月27日

こんな遅い時期に出動する事になったのは、幼虫好きのN女氏が8月に池田市東山でシンジュキノカワガの幼虫を見たと教えてくれたからである。同年内に、居るとか居たと云う確実な情報を得たのは初めてだ。俄然、士気が上がる。今度こそ亡霊ではなくなるかもしれない。
そうだ今回は、なんちゃってライトトラップも持っていこう。なんなら糖蜜だって用意してもいい。最善の努力を怠ってはならない。まだ其処に居ることを祈って出掛けた。

阪急池田駅からバスに乗り、山裾近くで降りる。ここは昔、クロヒカゲモドキを初めて採った思い出の場所だ。そういや同じ目的で来てた爺さんに、採ったと言ったら『お前みたいな駆け出しに採れるワケがない❗大方クロヒカゲと間違えてんだろ。見せてみろ。』と偉そうに言われたんだよねー。なので蝶の入った三角紙を見せた。中を覗いた時のジジイの表情は今でも鮮明に憶えている。それは驚愕と恥辱にまみれた醜い顔だった。そして、態度をコロッと変えて猫撫で声で「何処で採ったのー❓。」と訊いて来たんだよね。アレには笑ったよ。
場所を案内してあげたけど、もちろん採れる筈もない。だって、そっちこそド素人のセンスなしだったからだ。クロヒカゲモドキは、昼間にはススキに止まって休んでいるのだ。それすら知らなかったからね。

(クロヒカゲモドキ)

その日は他にも採集者が結構入っていたけど、結局のところ自分しか採れなかったんだよね。あの頃は連戦連勝で、超絶引きが強かった。それが今や蛾に連戦連敗の体たらくだ。多分、どうしても採らねばならぬと云う強い気持ちが薄れてきてるんだろなあ…。どうしても欲しいと云う強い欲望と絶対に採ると云う強い意志が、運をも引き寄せていたのだろう。
そのクロヒカゲモドキも今や絶滅していて、もう此処にはいないらしい。あの頃には、既に絶滅の危機に瀕していたのだろう。

師走も近い晩秋の山は、燃えるような紅葉に彩られていた。
その中をシンジュの木を探しながら登ってゆく。

でもシンジュらしき木は中々見つからない。
神社を過ぎ、更に奥へと向かう。

500mほど進んだところで、ようやくそれらしき木を見つけた。
葉は、殆んど落ちている。この時期にはさすがに幼虫は居ないだろうから、繭を探すことにする。
しかし、幹には繭なんぞ1つもへばりついとらーん。もはや新たな地を求めて旅立ったのかもしれない。いや、そうゆうマイナス思考は止めておこう。きっと別な他の木が発生木だったと考えよう。単にそれが見つけられなかっただけの話だ。だからきっとまだ此処には居る筈。そうとでも思わなければ、やってらんない。

午後5時半、ライト点灯。
さあ試合開始だ。今日こそ亡霊ナルキッソスの正体を暴き、亡霊ではなくしてしまおう。

続いて糖蜜を木の幹に撒きまくる。シンジュキノカワガが樹液に来ると云う話は聞いたことがない。だが、だからといって樹液には絶対来ないという証明にはならないからね。やれるべき事はやる。

何だか気分は、こないだのサッカーW杯の日本VSドイツの試合前みたくだ。どう考えても劣勢が予想される状況下におかれている。どころか、まだしも日本がドイツに勝つパーセンテージの方が高いんじゃねぇか❓正直この試合、奇跡でも起きなければ勝てそうにない。

暫くして何か来た。

見たことのない蛾だ。
下翅が白くて、まあまあ渋カッコイイ。もしかして、珍品だったりして…。ならば、せめて少しは報われる。少なくとも此処へ来た意味は生じる。

退屈だから、スマホのレンズ機能で画像検索でもすっか…。
けど、名前がサッパリわからんちゃ。候補の蛾がたくさん出てきてワケわからんくなった。コレだというモノが見つからないのだ。

あと20分くらいで、日本のW杯第2戦のコスタリカ戦が始まる。なのにテレビ観戦を放棄してまで、こんな人っ気のない淋しい山に一人で、しかも夜に居るだなんて、どう考えても馬鹿げている。ホント、何やってんだかなぁ……。

それにしても寒い。この時期の夜の山は冷える。
そうゆうワケだからか、灯りに集まって来る昆虫も少ない。

午後7時半。
あまりにも静かだ。
暇すぎて白布に止まっている蛾を数えたら、微小なモノも含めて15頭しかいなかった。糖蜜トラップにいたっては誘引数ゼロだ。1頭たりとも何も寄って来てない。

午後8時。
何も起こりそうにない雰囲気に、もう耐えられない。心が折れた。クソ寒いし、撤退を決める。

帰りの電車から降りて、迂闊にもスマホを開いてしまった。したら、いきなり目の中に日本0-1コスタリカの文字情報が飛び込んできた。時間的にみて、試合は既に終わってる筈だ。と云う事は、まさか日本が負けたって事か…❓ 帰って録画したのをじっくり観ようと、今まで慎重に情報を遮断してきたのに…。車内の会話でさえも聞こえないようにと、わざわざイヤホンで音楽を聴いてまでいたのだ。その努力も全て水の泡だ。ナルキッソスは採れなかっし、ダブルショックでガックリだ。
💢クソッ、速報とか別に望んでないのに勝手に送りつけてきやがって…。そうゆう一見便利なサービスは邪魔。ハッキリ言ってアリガタ迷惑なんだよなー。
それにしても、勝てるだろうと踏んでいたコスタリカに、まさか負けるとはね。ドイツに勝ったのに、何やってんだよー😓💢。

と云うワケで、帰宅後は先ずは唯一持ち帰った名前不明の蛾を展翅した(註1)。

その後、じっくりと戦犯探しをしながら試合を観た。
で、試合内容を観て、もう怒りで打ち震えたね。

(戦犯1)
コレはもう、中途半端にクリアミスしたDFの吉田でしょう。
キャプテンやろ、ワレー💢(⁠ノ⁠`⁠Д⁠´⁠)⁠ノ⁠彡⁠┻⁠━⁠┻

(戦犯2)
途中から左サイドバックに入った伊藤洋輝。バックパスばかりで、何故か前にいる三笘にパスを出さなかった。たとえ三笘が相手に囲まれていようとも、パスを通すためにチャレンジしないと勝てるワケがない。そのクソ消極振りは、万死に値する。

(戦犯3)
FW上田。下手くそ過ぎ。足元でボールをおさめられず、ポストプレーが全くできていなかった。

(戦犯4)
左ウィングの相馬。シュートをフカシまくり。

とは言っても、全てはコレらの選手を起用した森保監督のせいだよな。ちんたらした試合状況の前半のうちに手を打つべきだったと思うよ。
次の対戦相手は強国スペインだ。ドイツよりも強いだろう。コレでほぼ予選敗退は決まりだな。ドイツに歴史的勝利をおさめたから俄然盛り上がったのに、心は激しぼみだよ。

このように2022年は、散々な結果に終わった。
コレで、フラれ続けての9連敗。亡霊は亡霊のままだ。ぼんやりと思う。一生、彼女には会えないのかもしれない。

                  つづく

 
追伸
ご存知の通り、その後日本はスペインを2ー1で撃破。奇跡的な大勝利をおさめて決勝トーナメントに進出する。そしてクロアチアに1一1と引き分けるも、PK戦で負けるのである。今度こそベスト8の壁を打ち破れると思ったのになあ…。まあ次の2026年のW杯に期待するとしよう。もし出られたとしたなら、次はタレントが揃ってるからネ。
余談だが、次回は初のカナダ・メキシコ・アメリカの3カ国開催。出場国が大幅に増えて、36カ国から48カ国になる。

 
(註1)名前不明の蛾
後にホソバハガタヨトウ Meganephria funesta と云う名前だと判明した。
開張50〜55mm。『みんなが作る日本産蛾類図鑑』ではヤガ科 ヨトウガ亜科となっているが、『日本産蛾類標準図鑑Ⅱ』では、ヤガ科モクメキリガ亜科に分類さるている。分布も『みんなが作る…』では本州、対馬となってるが、標準図鑑では他に四国、九州、佐渡ヶ島が追加されている。
『みんなが作る…』は、こうゆう事が多いんだよなあ…。分類が変わったり、新たに分布地が発見される事は当然あるんだから、記述内容が古くなるのも仕方のない事だ。でも変更があったり新たな知見が加わったのに書き替え、つまりアップデートが全くなされていないのだ。コレは何とかしてほしい。と云うか、種名検索したら大概が真っ先に出てくるような影響力大のサイトなんだから、間違った情報は一刻も早く書き変えるべきだろう。
幼虫の食餌植物はニレ科ケヤキ。成虫の出現月は11月で、12月まで見られるようだ。晩秋の発生なんだね。なるほど、だから見たことがなかったんだね。そんな時期まで虫採りしている人は、ごく一部だかんね。
けど、残念ながら珍品でも何でもなく、里山を生息地とする普通種みたいだ。行った意味なーし(⁠+⁠_⁠+⁠)

 
ー参考文献ー
・『みんなで作る日本産蛾類図鑑』
・『日本産蛾類標準図鑑Ⅱ』
・『伊丹昆虫館ブログ』

 

黄昏のナルキッソス 第一話

 
第1話 流転のナルキッソス

 黄昏どき、交通量の多い細い県道を奈良駅へと向かって歩く。
夕陽が沈んだばかりの生駒山地からトパーズ色の光が漏れている。空はまるでシンジュキノカワガの鮮やかな後翅のような綺麗な橙黄色に染まっている。祝祭と云う言葉が頭に浮かぶ。その色は、シンジュキノカワガとの邂逅を祝っているかのようにも思えてきた。
立ち止まり、空を眺めて息をゆっくりと吐く。何だかホッとする。ここまで長かった…。全身の力がゆるゆると抜け、じんわりと心の襞に歓喜が広がってゆく。まだ成虫は得ていないものの、蛹を7つ、幼虫を4頭得る事が出来たのだ。コレだけいれば、流石に1つくらいは羽化するだろう。余程の凶事でも起きないかぎりは、念願の生きているナルキッソスに会える筈だ。

シンジュキノカワガを探し始めたのは、いつの頃からだったろう❓

 
【シンジュキノカワガ】

(出典『日本産蛾類標準図鑑Ⅱ』)

 
(静止時)

 
(横面)

 
(裏面)

前翅長63〜77mm。雌雄同型の大型美麗種。そのエキゾチックな姿が図鑑の表紙に使われたり、狙って得る事が難しい稀種である事などから、愛好家の間の中でも憧れる人は多い。

前翅は細長く、上部は緑色を帯びた黒色。中央部は白色で細かな黒斑が散りばめられている。そして下部は渋い紫灰色。一方、後翅は中央部が鮮やかな橙黄色。外縁は太い黒帯で縁取られており、その中には光沢のある青色鱗が配されている。

シンジュキノカワガの探索譚を書き始める前に、先ずは種の解説から始めよう。いつもとは逆のパターンだけど、何とかなるっしょ。

 
【分類】
Nolidaeコブガ科 Eligminaeシンジュキノカワガ亜科 Eligma属に分類される蛾。
最初はヒトリガ科のコケガ亜科に入れられていたが、後にヤガ科 キノカワガ亜科に移された。そして現在はコブガ科 シンジュキノカワガ亜科(註1)に分類されている。しかし、Holloway(2003)は、Eligma属はコブガ科ではないとしている。おそらく独立した科を新たに設けるか、もしくはヤガ科に戻すという事なのだろうが、未だ結着はついていないようだ。尚、そういった経緯の影響ゆえからなのか『日本産蛾類標準図鑑Ⅱ』では、亜科を所属不明としている。流転のシンジュキノカワガなのだ。

原記載亜種のタイプ産地は中国で、南部から東北部までが分布域されている。がしかし、本来の生息地は南部で、季節が進むに連れて北側に移動するのではないかと云う見解もある。台湾、朝鮮半島、日本で得られる者も、この原記載亜種に含まれる。
海外では他にフィリピン(ミンダナオ島)、インド、インドネシアのジャワ島とスラウェシ島から別亜種が知られている。

・Eligma narcissus indica Rothschild, 1896(インド亜種)
・Eligma narcissus javanica Rothschild, 1896(ジャワ島亜種)
・Eligma narcissus philippinensis Rothschild, 1896(フィリピン亜種)
・Eligma narcissus celebensis Tams, 1935(スラウェシ島亜種)

前翅または後翅の斑紋に一定の差異があるとされるようだ。とはいえ同種の亜種ではなく、別種の可能性もあるという。


(出典『www.jpmoth.org』)

亜種の画像を探してみたけど、スラウェシ島亜種の画像1点のみしか見つけられなかった。この1点のみで論じるのは問題がありそうだが、一見したところ後翅の青紋がない。また橙黄色の下部の形が違うような気がするし、より前翅の白帯も太いような気もする。別種っぽいが、分類は一筋縄ではいかなさそうな匂いがするね。

亜種はインドを除くと、その産地はかなり孤立的で、本種はアジアに普遍的に広く分布するような種ではないみたいだ。もしかしたら、亜種各々に強い特化傾向があるのかもしれない。その可能性はありそうだ。
尚、Eligma属はアフリカ、マダガスカル、アジア、オーストラリアの亜熱帯に約5種が分布するが、アジアでは本種1種のみによって代表される。

ところで、アジア以外のEligma属って、どんな感じなんだろう❓
ちょっと気になったので、調べてみた。


(出典『ftp.funet.fi』)

シンジュキノカワガとソックリじゃないか❗ で、どこが違うんだ❓
あっ、よく見ると前翅に黄色いラインが入っている。
どうやら、Eligma neumanniと云う種のようだ。なお撮影場所はアフリカのエチオピアとなっている。
こんなにソックリならば、下翅はどうなってんだろ❓ とんでもないド派手なデザインかもしれない。ちょっとワクワクしてきたよ

しかし、何故か標本写真が見つからない。けれども別な種で見つかった。


(出典『African Moths』)

コチラは、より黄色い線が太くて明瞭だね。また長くもあり、先は曲線部にまで達している。
種名は、Eligma hypsoidas。分布はカメルーン、コンゴ共和国、エチオピア、ナイジェリア、ウガンダなどと書いてあった。結構、分布は広いな。

さてさて下翅は如何なものか❓


(出典『African Moths』)

😲おー、美しい。
😲アレレー❗❓、何と外縁上部に白紋があるぞ。想定外のデザインだ。青色鱗もない。とはいえ下翅全面を見てみなければ分からない。隠れた部分に青が入っているかもしれないからね。展翅画像を探そう。


(出典『Naturalist UK』)

メリハリがあってカッコイイ。
けど矢張りシンジュキノカワガみたく青紋がない。そう云う意味では、美しさの優劣はシンジュキノカワガに軍配が上がろう。

ところで、裏はどうなっているのだ❓
しかし海外のサイトを探してみるも、何故だか裏面画像が1つも見つからない。で、やっとこさ見つけたのが、何と日本のサイトであった。アフリカから送られてきた蝶の中に混じっていたそうな。


(出典『昆虫親父日記』)

あっ😲❗、ナルキッソスと全然違うじゃないか。白紋があるし、地色も青ではなくて黒だ。それに放射線状の条がないし、外縁に縁取りもない。ちなみに、Eligma gloriosaと云う種のようだが、違う可能性もあるという。

他にもっと凄いのが居ないか探してみる。


(出典『BOLD SYSTEMS』)

Eligma gloriosa。と云う事は、さっきの裏面画像と同種の表だね。小種名からすると、大型種だろう。より前翅の横幅は広そうだ。でも基本的なデザインは、さっきの”hypsoidas”と殆どが変わらない。探したが、他の種も同じようなデザインのモノばかりだった。特異で、とんでもなくゴージャスな奴を期待してたけど、結局シンジュキノカワガを凌駕するような種は見当たらずであった。シンジュちゃんファンとしては、属中で最も美しいのはシンジュキノカワガだと云うのは誇らしくもあり、また喜ばしい事だが、一方ではちょっぴり残念でもある。いつも心の中では、まだ見ぬ凄い奴を求めているからね。

 
【学名】Eligma narcissus narcissus (Cramer, 1775)

1775年、クラマー(Cramer)により”Bombyx narcissus” として中国から記載された。だが、のちの1820年にフブナー(Hübner)によって新属Eligmaに移された。

属名のEligmaは、ギリシャ語の”eligma”に由来し、巻くとか巻き込むと云う意味である。コレはキノカワガの仲間は静止時に、翅を巻き込むような姿勢をとることからの命名だと推察される。

小種名の”narcissus”について宮田彬氏は、その著者である『日本の昆虫④ シンジュキノカワガ』の中で、「水仙のことであり、おそらく後翅の美しい黄色に由来する命名だろう。」と書かれておられる。スイセンの属名は”Narcissus”だからね。
それも有りだとは思うが、自分は寧ろギリシャ神話に登場するナルキッソスが由来ではないかと思っている。あのナルシストやナルシシズムの語源ともなった美少年のことだね。有名だから知っている人は多いとは思うが、一応ナルキッソスについても解説しておこう。

『盲目の予言者テイレシアースは、ナルキッソスを占って「己を知らないままでいれば、長生きできるであろう」と予言した。
若さと美しさを兼ね備えていたナルキッソスは、ある時アフロディーテの贈り物を侮辱する。アフロディーテは怒り、ナルキッソスを愛する者が彼を所有できないようにしてしまう。彼は女性からだけでなく男性からも愛されており、彼に恋していた者の一人であるアメイニアスは彼を手に入れられないことに絶望して自殺する。森の妖精エコーも彼に恋をしたが、エコーはゼウスがヘーラーの監視から逃れるのを歌とおしゃべりで助けたためにヘーラーの怒りをかい、自分では口をきけず、他人の言葉を繰り返すことしか出来なくさせられてしまう。エコーはナルキッソスの言葉を繰り返す事しかできなかったので、やがてナルキッソスは「退屈だ」とエコーを捨ててしまう。エコーは悲しみのあまり姿を失い、声の響きだけが残る木霊となった(echoの語源)。これを見たネメシスは、神に対する侮辱を罰する神であるがゆえ、ナルキッソスを自分だけしか愛せないようにしてしまう。
ネメシスはナルキッソスをムーサの山にある泉に呼び寄せる。そして、不吉な予言に近づいているとも知らないナルキッソスが水を飲もうと水面を見ると、そこには美しい少年がいた。もちろんそれはナルキッソス本人だった。ナルキッソスはひと目で恋に落ちた。そしてそのまま水の中の美少年から離れることができなくなり、最期には痩せ細って死んでしまう。また、水面に映った自分に口付けをしようとしてそのまま落ちて水死したという別な話も残っている。ナルキッソスが死んだ後、やがてそこに水仙の花が咲いた。
この伝承からスイセンのことを欧米ではナルキッソスやナルシスと呼び、学名にも”Narcissus”と入れられた。』

つまり最初にナルキッソスが有りきの水仙と云うワケだね。主役はナルキッソスなのだ。それに水仙は真ん中は黄色いけど、外側の花びらは白いから、シンジュキノカワガみたく強い黄色のイメージはない。


(出典『Wikipedia』)

たぶんクラマーも同様の考えで、水仙ではなく、その自らもがうっとりするようなシンジュキノカワガの美しさをナルキッソスになぞらえたのではなかろうか❓
でも黄色と云うキーワードも捨て難いなあ…。或いはクラマーはナルキッソスと水仙、両方の意味を学名に込めたのかもしれない。
ちなみに余談だが、水仙の花言葉は「うぬぼれ、自己愛、神秘」です。

ここまで書いて、ふと気づく。日本の水仙って、ニホンズイセンと呼ばれ、特異な存在なんじゃなかったっけ❓ そういや真っ黄色の水仙ってのも、あったような気もするぞ。

ありました。


(出典『Wikipedia』)

黄色いね。
でもクラマーは、学名に水仙とナルキッソスの両方の意味を込めたのだと信じよう。それでいいではないか。学名には「浪漫」があった方がいい。

 
【和名】
キノカワガは漢字で書くと、おそらく「木の皮蛾」となるだろう。つまり、キノカワガの仲間の前翅の色が樹皮に似ている事からの命名だと思われる。実際、樹皮に止まっていると、木と同化して見つけ難いらしい。
シンジュの方は、真珠のように美しいと云う意味に捉えられがちだが、幼虫の食樹に起因する。餌がニガキ科のシンジュと云う木で、そこからの命名なのだ。欧米では、この木を「Tree of heven.」と呼び、その直訳が和名になったそうな。つまり真珠ではなく、「神樹」なのだ。だから漢字で書くと「神樹木の皮蛾」ってことになる。

余談だが、和名も流転。科の推移等による変遷の歴史がある。
和名が最初に登場したのは1910年。小島銀吉が『日本産苔蛾亜科』と云う論文の中で「シンジュコケガ」と名付けたのが始まりである。しかし、松村松年の『日本通俗昆虫図説(1930年)』では、ヤガ科 キノカワガ亜科に移され、それに伴いシンジュキノカワガと変名された。されど、その後に河田党の『日本昆蟲図鑑(1950年)』に由来する「シンジュガ」と云う名前が1950年代の報文にしばしば用いられるようになる。錯綜しとりまんな。だが、1959年に保育社から出版された『原色昆虫大図鑑』では、松村松年の付けた和名シンジュキノカワガが再び採用された。それ以来、その名が定着するに至ったんだそうな。

 
【生態】
1909年、三宅恒方氏によって熊本市で採集されたのが国内最古の記録とされる。
土着種ではなく、中国南部から成虫が東進する低気圧や前線の南側に発生する南西風などを利用して飛来する偶産蛾とされる(註2)。
旅する蛾だ。それにしても随分と遠くから飛んで来るんだね。距離にすれば、千キロくらいはあるだろう。
近年は毎年のように飛来し、到着地にシンジュがあれば繁殖して、そこから次世代の成虫が拡散するものと推測されている。新天地を求めて、なおも旅を続けるのだね。流転の蛾、さすらいのナルキッソスなのだ。
沖縄を除く西日本での記録が多く、特に九州北部での発生例が多いが、北海道や東北地方でも発生したことがあり、ときに爆発的大発生する。
主に6月〜10月に見られるが、8月〜9月の目撃例が圧倒的に多く、年2〜3回発生するものと考えられている。それ故、低気圧と前線との関係が示唆される。たぶん季節をとわずには渡来はできないのだ。
例外として3月の記録が2箇所3例、福岡県大牟田市と長崎県の対馬にある。だが、基本的には日本では九州のような暖かい地方でも越冬は難しく、晩秋に蛹化した個体は大部分が羽化できずに繭の中で死滅する。この点から土着種ではないとする研究者が多い。討ち死にじゃね。謂わば、魚の死滅回遊魚みたいなもんだ。分布を拡げるために、死を賭して果敢に攻めているのだ。いつの日か突然変異で越冬できる個体が現れ、日本に定着する日を夢見て特攻する姿は素敵だ。自分も、そうありたいものだ。

孵化直後の幼虫は白色。2齢以降から黄色と黒色の虎縞模様が次第に明瞭になっていく。

(終齢幼虫)

阪神タイガースカラーの派手な出で立ちは、如何にも毒が有りそうに見えるが、意外にも毒は持っていないらしい。但しスズメ(雀)が幼虫を咥えた後に直ぐに捨ててしまうことが数回観察されている。シンジュは中国では臭椿と書き、独特の臭気がある。当然それを食す幼虫も同じ臭気を内部に具えている可能性は高い。つまり毒はないものの、不味いのではなかろうか❓ 幼虫の派手な色彩は明らかに警戒色だと思われ、この幼虫を不味いと学習した鳥は以後二度と食べないと云うことは充分有り得るだろう。派手な色は生存戦略なのである。そう考えれば、あの目立つ色彩の説明もつく。どんなものにも、そこに理由と意味があると考えるのは人間のエゴかもしれないけどね。
尚、幼虫に触れると直ぐに落下する。この習性も又、身を守るための手段の一つだと考えられるだろう。

5齢で終齢幼虫になり、多くはシンジュの樹皮を齧って材料にし、樹幹上に繭を作って中で蛹化する。ゆえに幹と同化して見つけづらい。
天敵への威嚇と思われるが、蛹が鳴くことが知られている。厳密的には鳴くのでなく、繭に震動を与えると、蛹がその尾端を繭の内壁に激しくこすり合わせて楽器のマラカスに似たカシャカシャカシャともガチャガチャガチャとも聞こえる音を発する。もう少し詳しく言えば、蛹の腹部第10節背面にヤスリ状の構造があり、それと繭の後方内側の隆起条を激しく擦り合わせることによって発音しているらしい。繭を作るのは蛾本人だから、謂わば楽器を自ら作成できる生物と言えよう。楽器を作成できる生物って、人間以外に他に例が思い浮かばない。しかも人間よりも遥か前から楽器を発明していたと云うことになるではないか❓そう考えれば、驚愕だよね。
余談だが、近縁のナンキンキノカワガも同じく鳴く。ナルキッソスよりも発音回数が多く、より連続的な音色である。しかも長きにわたり発音し続けるみたいだ。但し、シンジュキノカワガの方が繭の隆起条が太くて数も多い。もしかしたら、音はナルキッソスの方が大きいのかもしれない(註3)。

成虫の飛翔は、ややぎこちないもののかなり速く、空中で鳥の攻撃を上手くかわして飛び去ったと云う観察例もある(阿部 1982)。
指で触ったり、つつくと落下して擬死、つまり死んだ振りをする。腹を折り曲げ、暫く微動だにしないのだ。また近づくとパッと翅を広げて派手な下翅を突然見せることもある。どちらも鳥などの天敵から身を守るためのものだろう。
1つめの行動は謂わば目眩ましの術だ。そのまま地面に落ちて敵の目の前から忽然と消えてしまえるし、地面に落ちて動かなければ、周囲の風景に溶け込んで発見されにくい。また獲物を狙う捕食者は、動くものに反応して攻撃を加えようとする性質があると言われているが、相手がピクリとも動かなくなると攻撃しなくなる事がよくあるそうだ。その理由は、敵を襲って食べようとする気を失くすからではないかと考えられているそうな。死んだ振りって、思ってた以上に効果があるんだね。けど熊に襲われた場合は、死んだ振りしても効果ないらしいけどー。
2つめの行動は、相手を驚かせたり、怯ませる算段なのだろう。それで相手を退散させたり、或いは驚いている隙に逃げる事だってできると云うワケだ。
シンジュちゃん、アンタって蛹は鳴くし、脅しや死んだ振りまで出来るだなんて、盛り沢山の能力者じゃね。

 
【幼虫の食餌植物】
シンジュ Ailanthus altissima


(出典 以上3点共『庭木図鑑 植木ウィキペディア』)

ニガキ科の落葉高木。一見ウルシ(ウルシ科)に似ているので、ニワウルシと云う別名もある。だが両者は科が全く違う別モノの植物で、近縁関係にはない。そうゆうワケだから、触ってもカブれるという心配はない。カブれないから庭にも植えられるゆえにニワウルシと名付けられたのだろう。
葉は大型の羽状複葉を互生する。雌雄異株で、夏に緑白色の小花を多数円錐状につける。果実は秋に熟し、披針形で中央に種子がある。
原産地は中国。日本には明治初期に移入され、庭木や街路樹として、また絹糸を取るため養蚕に利用されるシンジュサン(神樹蚕)の幼虫が食樹として好むことから各地に盛んに植えられた。

(シンジュサン)


(2018年6月 奈良市 近畿大学農学部構内)

成長の早い植物で、樹高は10~30mにもなる。環境が悪くてもよく生育するので、前述したように庭木や街路樹、公園樹として盛んに植えられた。しかし、現在ではそれらが全国各地で野生化し、種子の飛散によって分布を急速に拡大しており、問題化している。

他に日本土着種のニガキ(ニガキ科)でも飼育ができ、シンジュと変わらず良好に育つという。自然状態でニガキで発生した記録はないようだが、食樹として利用している可能性は充分に考えられるだろう。

(ニガキ)

(出典『庭木図鑑 植木ウィキペディア』)

ニガキ科ニガキ属の落葉高木の1種で、苦木と書く。雌雄異株。東アジアの温帯から熱帯に分布する。葉の縁が鋸歯状になるのが特徴で、その点からシンジュとは容易に区別できる。
全ての部位に強い苦味がある木で、それが名前の由来ともなった。
ニガキが苦いのならば、シンジュもそれなりに苦くて不味そうだ。そのエキスの詰まったシンジュキノカワガの幼虫が、鳥に忌避される可能性は充分にあるよね。
それはさておき、待てよ。もし元々あるニガキを摂食するのならば、シンジュキノカワガは偶産種ではなく、元々いた土着種の可能性だってあるのではないか❓ と云う考えが一瞬よぎった。でも冷静に考えれば、それは有り得ない。なぜなら、たとえニガキを食樹として育った蛹であろうとも、結局は晩秋にはシンジュで育った蛹と同じ運命を辿るのだ。つまり、寒さに耐えきれずに殆どが死滅してしまうのである。と云うことは、やっぱり土着種ではなく、迷蛾の偶産種だやね。

また、中国ではカンラン科のカンラン(ラン科のカンランとは別物)も食樹としているようだ。ちなみにカンラン科の分類体系はニガキ科とミカン科の間に位置し、比較的近縁関係にあるそうな。

なお、『日本産蛾類標準図鑑Ⅱ』のシンジュキノカワガの解説欄には「宿主植物のニワウルシの移入に伴って日本に二次的に侵入したと推察される。」と書いてあるが、宮田彬氏は著書の中でコレを以下のような理由から否定している。
「シンジュは苗木としてではなく、種子として日本に入って来たことが判っている(註4)。したがってシンジュの苗木と一緒に本種が侵入したという説をとることはできない。仮にシンジュキノカワガが現在日本に土着しているとしても、シンジュとシンジュキノカワガは別々に入って来たものである。」と。
それに「移入によって二次的に侵入した」とするならば、その表現だとニュアンス的に現在は土着種であると云う見解を示してはいまいか❓けれども、現実的には晩秋には死滅してしまうのだ。移入した年には死んでしまっているのである。まあ、木の移入によって運ばれた年もあったかもしれないけどね。だとしても、現在はシンジュなんて邪魔者扱いされているから移入なんて皆無だろう。それでも毎年のように何処かで発生していると云うことは、矢張り風に乗って飛んで来ると云う可能性の方が圧倒的に高いと考えるのが妥当だね。まっ、見解は色々あって然りだ。だからこそ、この業界は面白い。ワシみたいな素人でも謎解きに参戦できるからさ。
 
 
さてさて解説はこれくらいにして、本編に戻ろう。

 
シンジュキノカワガを探し始めたのは、いつの頃からだっただろう❓
調べてみると、何と2017年だった。見つけるのに六年も費やしているではないか。長かった…と感じたのも頷けるよね。

 
2017年 10月18日

最初に訪れたのは、忘れもしない兵庫県伊丹市の昆陽池公園だった。キッカケは、2010年に発表された『伊丹市昆陽池町で発生したシンジュキノカワガ』と云う報文だった。
この公園には伊丹昆虫館があり、そのコンクリート壁に繭を作る幼虫を発見した事を機に大量の幼虫を得て、多数の成虫を羽化させた旨が書いてあったからだ。しかも、3年連続で同地で発生していたらしい。ならば会える可能性は、そこそこ高いのではないかと考えたのだ。

書いてて、少しずつ記憶が甦ってきた。
確か、先ずは伊丹空港(大阪空港)に行き、シルビアシジミの様子を見てから移動したんだった。

(シルビアシジミ)

しかも、大阪の難波からママチャリで行ったんだよね。難波から伊丹空港までも相当遠かったけど、伊丹から昆陽池も遠かったなあ…。

昆虫館横の道路沿いで、街路樹として植栽されているシンジュの木々を簡単に見つけることができた。ラッキーなことに公園で先にシンジュと書かれた札が付いている木をいち早く発見できた。それで楽に木の判別ができたのだ。

ザッと見たところ、幼虫の姿はない。食害された形跡はよくワカラナイ。既に葉がだいぶ落ちかけているから、どうとも言えないのだ。

次に幹に繭が付いていないかを丹念に見ていく。
が、繭らしきものは見当たらない。木はまだまだある。気を取り直して他の木も順に見ていく。

でも結局、成虫は元より幼虫も繭も見つけられずじまいだった。初戦敗退である。けれども、さしてショックは無かった。この時点ではまだ、そのうち採れるだろうとタカを括っていたからだ。あの頃はまだまだ「まあまあ天才」で、引きの強さだけは相変わらずだったからね。それがまさかの、その後も毎年のように惨敗を喫し続けるとは思いもよらなかった。

そうだ。仕方がないので、暫しお怒りのカマキリと戯れて帰ったのも思い出したよ。

 
2018年 10月29日

翌年は先ず、この前々日に大阪中心部の堺筋沿い北浜界隈に行った。シンジュの街路樹があると知ったからである。先ずは近場から攻めていこうと云うワケだ。

しかし大木であったであろう木々は、ことごとく切り倒されていた。そして、その切り株から蘖(ひこばえ)が多数出ていた。生命力が強い植物だなと云う印象を強く持った憶えがある。
木が切られた理由は聞き得ないが、おそらくデカくなり過ぎたのではなかろうか❓知らんけどー。

その翌々日に兵庫県西宮市の甲山に行った。
元ネタは2017年に発表された『兵庫県西宮市でシンジュキノカワガの幼虫を採集、羽化の観察』と云う報文だった。去年の話だから、今年も発生しているのではないかと期待したのだ。

報文に写真が載っていた発生木を見つけたが、どうやら此処では未発生のようだった。この辺が、ナルキッソスの採集を難しくさせている。謂わば死滅回遊蛾みたいなモノなので、土着種のように其処に行けば、毎年のように確実に会えると云うワケにはいかないのだ。

今回もネームプレートがあって助かった。

植物の同定は難しい。見た目がよく似た植物は山とあるのだ。
例えばシンジュだと、ウルシ(ヤマウルシ)の他にも同じウルシ科に属するハゼ(ハゼノキ)やヤマハゼ、ヌルデ、ミカン科のカラスザンショウともよく似ている。あとタラノキ(ウコギ科)なんかも似ているかな。

(ヤマウルシ)

(出典『YAMAHACK』)

(ハゼ)

(出典『植物図鑑 エバーグリーン』)

(カラスザンショウ)

(出典『森づくりの技術』)

だから、しっかり葉や木肌をインプットして木を憶えたつもりでも、1年も経てば何が何だか分からなくなるって事は多々ある。結果、同定間違いをしやすい。一流の虫屋は、その点が優れている。植物を見分ける能力が高ければ高い程、目的の昆虫を見つけられる確率は高まるからね。自分は、その点まだまだだ。

そういえばこの日は、あまりに退屈なのでホタルガなんぞの写真を撮ってしまったんだよなあ。

にしても、見慣れたホタルガとは、ちょっと違うような気がして写真を撮ったんだと思う。♀だったからなのかなあ❓コレが♀なのかどうかもワカランけどー。

あと、此処はワシ・タカ類の渡りが観察できる有名ポイントだと初めて知ったんだよね。9月中旬から10月半ばまで、サシバやハチクマ、ハヤブサなんぞが見られると聞いた。今年は渡りがいつもの年よりも早くて、もう終盤に差し掛かってるとか言ってはったな。先週はバンバン飛んでゆくのが見れたとも言ってた。
何だかんだとバードウォッチャーの人達に色々と教えて貰い、結構楽しかった記憶がある。だけど猛禽類たちを幾つか見れはしたけれど、どえりゃー高い所を舞っていたから、実感は全然湧かなかったんだけどもね。

 
2018年 10月8日

この日は、奈良県河合町の馬見丘陵公園に行った。
この原稿を書いてて気づいたのだが、何と関連記事の欄に、この日のことを『ダリアとシンジュキノカワガ』と題して既に書いているではないか。んな事、すっかり忘れてたよ。相変わらずの、鶏脳味噌ソッコー忘却男である。
なので、それを下敷きにして書き直してみよう。とはいえ、できれば原文の『ダリアとシンジュキノカワガ』の方もあとで読んでね。

 
10月の、よく晴れた日曜は幸せそのものだと思う。

青空の下、大人も子供も、誰しもが楽しそうだ。
秋の爽やかな空気の中、あちらこちらで歓声が上がる。

原文では、コレでもかと阿呆ほどダリアの写真が出てくる。
退屈だったのだ。夜に備えて下見のために昼間っから来たのだが、アテが外れた。ついでに何か採れないかと思ったのだが、この季節には虫なんて殆んどおらんのだ。で、仕方なく時間つぶしにダリアの写真を撮り始めた。でも、果たしてコレらが同じ種なのか❓と疑いたくなるような様々な形と色の花に溢れていた。それで撮影をやめられなくなったのだった。ダリア、恐るべしである。

ススキが、とても美しかったんだよなあ。
すっくと立ち、斜光に縁取られて輝く姿は今も忘れられない。

夕日も美しかった。
完璧な10月の一日だ。もしもワシも誰かといれば、きっと幸せな時間を過ごせただろう。

おっと、何しに来たのかを書くのをウッカリ忘れるところだったよ。
えー、蛾のパイセンである植村から此所で2年前にシンジュキノカワガを採ったと聞いたからだ。しかも2頭も。トイレの灯りに飛んできたらしい。そういや、もう1頭は空中で採ったとか言ってたな。兎に角それでノコノコと出てきたワケだ。
昼間から来ていたのは幼虫の食樹であるシンジュがあるとも聞いていたからだ。この蛾は食樹のそばで見つかる事も多いみたいなので、何とかなんでねーのと思ったのさ。気分は早々と昼間には決着をつけて、凱旋気分でサッサと帰るつもりだった。
でも、流石エエかげんな性格のパイセン植田である。公園中を探してもシンジュなんて1本もありゃしない。大方、別な植物をシンジュだと思い込んでいたのだろう。公園事務所の植物担当の爺さんに訊ねても、「知らんなあ、そんな木は。たぶん園内には無いで。」と言われたよ。

結局、夜の公園を夢遊病者の如く徘徊したけれど、ナルキッソスの姿は影も形も無く、あえなく惨敗。どころか、灯りには新月なのに他の蛾さえも殆んど何〜んも飛んで来なかった。

暗い夜道をトボトボと駅に向かって歩く。
その間、ずっとダリアの花々が脳裏に浮かんでは消えていった。

                  つづく
 

追伸
猶、過去に本ブログにて『三日月の女神、紫壇の魁偉』と題してシンジュサンについて書いた文章もあります。興味がある方は、宜しければソチラもあわせて読んでくだされ。

 
(註1)シンジュキノカワガ亜科
インターネット上に於いて、蛾類に関して一番影響力のある『みんなで作る日本産蛾類図鑑』では、「シンジュガ亜科」となっている。そのせいかネットでは、シンジュガ亜科が使われているケースも幾つか見うけられる。自分も最初は「シンジュキノカワガ亜科」と表記していたのに、それを見て変だなあと思いつつも「シンジュガ亜科」と書き直した。でも蛾類学会の会長岸田泰則先生が、Facebookのゴマフオオホソバの記事のくだりでハッキリとシンジュキノカワガ亜科と明記されておられた(最近ヒトリガ科コケガ亜科からコブガ科シンジュキノカワガ亜科に移されたらしい)。先生がシンジュキノカワガ亜科って書いてんだから、それで間違いなかろう。
『みんなで作る日本産蛾類図鑑』は、蛾類の基本情報を最も得やすいサイトだ。そこには膨大な数の種の情報があるから、自分も重宝している。どんなマイナーな蛾を検索しても、このサイトが一番最初に出てくるからね。だが正直なところ、その情報を鵜呑みにはしないようにしている。このような誤記が他にも結構あるからだ。過去にも何度か騙されかけたからね。ゆえに引用される方は、気をつけた方がいいと思う。

 
(註2)低気圧や前線などを利用して飛来する
例えばイネの害虫ウンカは、主に梅雨期に中国南部から1,000km以上を飛行して、九州をはじめ西日本各地へと多数飛来すると考えられているそうな。ウンカは体長4mmと小さく、自力では秒速1m程度の移動しかできない。なのに1,000km以上の長距離移動を可能にしているのは、梅雨時に東シナ海上で発達する南西風(下層ジェット)らしい。この風は秒速10m以上の速度で吹くので、これに運ばれたウンカはおよそ1日から1日半程度で中国から九州に到着するようだ。また蛾のハスモンヨトウも、台風や低気圧、前線の南側に発生する南西風や気流に乗って中国や台湾、韓国から日本国内に移動することが知られており、梅雨期に南西風が強まれば、飛来数が増えるという。
ナルキッソスも、この南西風や低気圧の東進に伴う風に乗ってやって来るのだろう。
さておき、チョウは移動して来ないのだろうか❓
Mimathyma schrenckii(シロモンコムラサキ)とかチョウセンコムラサキ、オオヤマミドリヒョウモンなんぞが飛んで来たら楽しいのになあ…。

 
(註3)音はナルキッソスの方が大きいのかもしれない
ネットで、ナンキンキノカワガが音を奏でる動画は見た。それで、ナルキッソスとは微妙に音色や発音時間の長さが違うとわかった。だが音の大きさまでは比較できない。なので、あくまでも想像です。

 
(註4)種子として日本に入って来たことが判っている
1875年に田中芳男と津田仙がオーストリアで植栽されていたものの種子を持ち帰り、東京は丸の内、江戸河畔、青山女学院に植えたという。また一説によると、津田がインドより種子を移入したともいわれる。津田は1879年頃に、この木を養蚕の飼料にもなると言って薦めたので、当時盛んに各地で植えられたようだ。
尚、ヨーロッパには日本よりも早く移入されている。だから名前の由来が「Tree of heven(神樹=シンジュ)」から来ているのだね。

 
 
ー参考文献ー

・宮田彬『日本の昆虫④ シンジュキノカワガ』文一総合出版
・岸田泰則『日本産蛾類標準図鑑Ⅱ』学研
・安達誠文『伊丹市昆陽池町で発生したシンジュキノカワガ』きべりはむし32号 2010
・石田佳史『兵庫県西宮市でシンジュキノカワガの幼虫を採集、羽化の観察』きべりはむし39号 2017

(インターネット)
・『Wikipedia』
・『庭木図鑑 植木ウィキペディア』
・『みんなで作る日本産蛾類図鑑』
・『www.jpmoth.org』
・『ウンカの海外からの飛来を高精度に予測するシステムを開発』農研機構 プレスリリース
・『昆虫親父日記』

 

割れた食器を修復する男

 
 タイトル名をつけて、何かミステリー小説の題名みたいやんかーと思った。江戸川乱歩の名作『押絵と旅する男』とかさ。
一瞬、ストーリーが頭をよぎった。

 川崎区界隈では、ここひと月あまりに不思議な事件が連続して起こっていた。それは夜な夜な誰かが民家に忍び込み、食器棚の食器を1つだけ割って、それをわざわざ修復してから立ち去ると云うものだった。被害はそれだけで、他に盗まれた物や傷つけられたものはない。また食器は特別高価なものではなく、ごく普通の市販品で、嫌がらせにしても甚大なる効力を与えるようなものではなかった。ただ気味が悪い。ゆえに人の噂に上った。

 川崎警察署 刑事第一課の増田圭太は苛立っていた。
署内でも割れた食器を修復すると云う謎の事件は話題になっていた。一部マスコミが取り上げ始めていたからだ。そこで署としても真面目に対応せざるおえなくなった。結果、圭太にお鉢が回ってきた。圭太はバカバカしいと思う。しかし上司から直接捜査を命じられれば、従うしかない。
にしても、こんなもの事件と呼べるのか❓確かに不法侵入は間違いなく重大な犯罪である。しかし、侵入された家からは何も盗まれておらず、どこからも被害届は出ていないのだ。ならば、はたして捜査する必要性があるのだろうか❓この警察署管内には、もっと早期に解決しなければならない事件が他に沢山あるだろうに。納得いかない。
そもそも圭太は謎解きが苦手だ。いかつい坊主頭に太い眉、筋骨隆々の体が、それを物語っている。頭脳派と云うよりも肉体派の刑事なのだ。
ない頭で圭太は思う。この事件、首を傾げざるおえない事が多過ぎる。愉快犯にしても、その意図するところが全く理解できない。たとえ犯人が何かに愉悦しているにしても、どう考えても釣り合いがとれない。家宅侵入するリスクは、あまりにも大き過ぎるのだ。ならば、犯人がどうしても家宅侵入しなければならない理由がある筈だ。もしかしたら、侵入された各家に共通項があるのかもしれない。犯人が食器を割ったのにも意味があり、何かのメッセージが隠されている可能性はある。にしても、何故わざわざそれを修復する必要性があるのだ❓そこで、再び圭太の思考は停止した。

 五十嵐文太郎は、ふうーっと小さな溜め息をついた。
電車の窓外をくすんだ灰色の街が流れてゆく。変わり映えしない鬱屈とした風景だ。その風景は、彼の淀んだ心そのもののような気がした。

(⁠ノ⁠`⁠Д⁠´⁠)⁠ノ⁠彡⁠┻⁠━⁠┻どりゃー、こんなもん小説になるかーい❗

阿呆である。
自分でも何をやっとんじゃい❗と思う。
えーと、ようは割れた食器を自分で修復しましたよと云う話なんである。脱線も大概にせーやである。

酔っ払って強引に食器を出そうとして、💥ガラガラガッシャーン。引っ掛かって落ち、割れた。
(-_-;)……。おどろおどろの鬼首村バラバラ殺人事件じゃよ。

一つは、さっちゃんに戴いた赤絵の信楽焼。もう一つは三島焼のミニ土鍋だ。信楽焼は結構気に入っていたし、土鍋は一人分の鍋をする時や御飯を炊くのに使っていたので、ポロポロ( ;∀;)。ちょっとばかしショックだった。けれども覆水盆に返らず、割れた皿は元には戻らない。済んだ事は済んだ事なのだ。そんなもん捨ててしまえば、直ぐに忘れるさ。スパッと諦めて、また別なのを買えばいいだけじゃないか。そう言い聞かせてゴミ袋にダイブさせようとした。だがすんでのところで思いとどまった。
そういえば日本には「金継ぎ」と云う伝統の修復技法があるではないか。
けど、確か漆を割れた所に塗って接着して、繋いだ筋目を隠す為に金粉で装飾しなければならなかった筈だよな。そうなると手間が相当かかるだろうし、技術的にも素人の範疇ではない。オマケに材料費は高価だろうし、流石にそれは無理がある。
むー(⁠ー⁠_⁠ー⁠゛⁠)……。
けれども、この発達した現代社会ならば、他になおせる方法があるかもしれない。

でも凡庸脳ミソ男は、悲劇的に発想力が乏しい。最初は陶器用のアロンアルファでくっ付けようと考えた。だったら、お手軽だし、安くもつく。単純思考の愚か者である。
けど花瓶とかだったら、それでもいいだろうが、食器となるとそうもいくまい。食物を盛ると考えれば、アロンアルファは何となく体に害がありそうだし、どこか気持ち悪い。それに何より火や熱に頻繁に晒され続けるのだ。その折檻に耐えきれずに再びバラバラ死体になりかねない。それに洗わなくてはならないから、何度も水がかかる。だいち鍋にするんだったら、ずっと液体が張られているのである。加えて火攻めの拷問だ。矢張り、それもバラバラ化を促進しかねない。

 で、ネットで色々調べたら、見つけた。
でもってアマゾンで頼んだ。値段は900円ちょっとだった。

 

 
『タイトボンドⅢ アルティメット』。
アメリカ・フランクリン社製のプロ仕様の木工用接着剤だ。
安全性と耐水性を兼ね備え、屋外でも使用ができる究極の木工用接着剤らしい。
もう少し詳しい特徴を書いておく。
優れた接着力と速乾性。厳格な耐水基準と安全基準に合格し、毒性が無く、水で拭き取ることができて安全に使用できる。食品への間接的な接触(まな板等)使用についても認可されてるほど安全性が高く、指や肌が荒れにくい。
この辺が同じ接着剤でもエポキシとは違うところだね。エポキシは毒性が強く、直接肌に触れてもいけないと言うからね。
白いボンドは固まった後に柔らかさがあるのでヤスリで削ることができないが、タイトボンドは乾燥後に削って加工でき、接着後にドライヤーなどで加熱して剥がすことも可能なんだそうな。

 早速、接着しようとするが、見たことのないボトルキャップで使い方がワカラン。なので、ネットで教えてもらったよ。
どうやらキャップと刷毛が一体化していて、つけたままカチッと上にずらして口を開け、修正テープを使用するように塗るようだ。キャップをしっかり締めていればボンドが先端で固まることもなく、仮に固まってしまっても、先端をぬるま湯につければまた使えるようになるんだってさ。
尚、ゴムやシリコン、フッ素樹脂、金属系、プラスチック、ポリエチレンには接着不可だそう。

それでは人体蘇生。否、食器蘇生のマッドサイエンティスト改造手術、いってみよーヾ⁠(⁠・⁠ω⁠・⁠)⁠ノ
はてさて、どないなりますかな。

1.接着したいもの同士の両面にタイトボンドを塗る
2.塗ったら直ぐに接着せず、約8分~10分程放置してから接着させる。

そこそこ液が垂れてくるから、垂れないように暫く手で持ってた。まあ垂れても後で剥がせはいいから、そんなに気にしなくてもいいのかもしんないけどさ。
他の感想としては、アロンアルファみたく焦らずに接着できるし、液体が指に付いて乾いても簡単に剥がせる。その点、アロンアルファって最悪だもんね。風呂に入っても完全には取れんもん。

3.貼ったら、さらに20~25分待つべし。
4.時間が経過したら、はみ出しの大きい部分を爪楊枝などで除去する。

でも、中々キレイに取れない。途中から爪で剥がしてたけど、それでも効率が悪い。なのでマイナスドライバーを使うことにした。したら楽に剥がせるようになった。

こんな感じだ。

 

 
不満がないワケではないが、まぁまぁ上手くいった方だろう。

 

 
コチラは少し段差が出来た。
そのせいか、サイドに少しだけズレがある。いっそお湯に漬けて剥がそうかとも思ったが、邪魔くさいので、そのままでいく事にした。これくらいのズレなら許す❗
 
5.あとは軽く洗って拭き、24時間かけて完全に乾かす

 
一応、強固に接着できているようだから、そのまま使おうかなと思った。だが、何だか痛々しい。その傷を見るたび毎に割れたと云う事実を突きつけられているようで辛そうだ。それに何よりも見た目が美しくないね。
矢張り金継ぎ的なものが必要だ。ネットで方法を探してみる。

したら、流石の現代社会である。便利なものが見つかった。
早速、アマゾンで探して発注した。

 

 
『ペベオ アウトライナー』である。
これを使い、継ぎ目に上塗りして仕上げるのだ。
フランス製で、絵具の1種みたいだ。だから画材屋でも手に入るそうだ。
ゴールドライナーも熱、水に強い。流石に食べることまでは推奨されてはいないが、ACMI(米国画材工芸材料協会)によるASTM(米国材料試験協会)基準をクリアしたAPマークが付いている。つまり、人体に無害で安全なものって事ですな。
値段は770円だったと思う。ネット記事の推奨カラーはNo.7 ゴールドだったが、よりゴージャスそうなキングゴールドを選んだ。ゴージャスな男には、ゴージャスな金なのだ。

キャップを回して開け、本体に針で穴を開ける。キャップを装着しなおしたら、今度はノズルの先端に針で穴を開ける。あとはチューブを押せば、先から絵具が出てくるって仕掛け。

 

 
上手くいった方じゃね❓
だが、次の土鍋では線が太くなってしまった。時々、ノズルの先を拭わないとそうなるようだ。

 

 
上に盛り上がってるけど、まあコレはコレで味があると考えることにしよう。
でも、まだ完成したワケではない。最後に焼きの工程が残っている。記事には、ジップロックに乾燥剤と一緒に入れて24時間かけて乾燥させると書いてある。でなければ陰干しで4日間かけて完全に乾燥させるという。乾燥が甘いと、絵具が膨張してしまうそうだ。
けど、器が入るようなジップロックが手元にない。それに天気予報は明日からずっと雨だ。ヽ(`Д´)ノえーい、イッタレ、イッタレーである。
オーブンを予熱なし160℃に設定し、35分焼く。
だが、ここでけっして直ぐに扉を開けてはならない。何故なら、急激な温度変化で器が割れてしまうからだ。ゆえに2時間以上放置してから扉をオープンする。

先ずは赤絵の吸口から。

 

 
見たところ、絵具の膨張は特には無さそうだ。取り敢えず、ホッとする。
赤と金の色の組み合わせは合う筈だが、意外とコントラストは目立たない。ある意味、不自然感がなく、金がデザインの中に溶け込んでいる。

お次は土鍋の方である。

 

 
(サイド面)

 
(裏面)

 
コチラの方がコントラストが効いていて、金色が目立つ。
赤と金の組み合わせの方がカッコいいかと思いきや、コチラの方が魅力的に見えてくるから不思議だ。器が、何か新しく別な物に生まれ変わったって感じなのだ。そもそも三島焼って、地味だもんな。それが金色が入ることによって、一気にスタイリッシュになったんじゃね❓

 だが、これで話は終わらない。なぜなら、実際に器を食器として使ってみないと話は完結しないのだ。特に土鍋なんぞは、直接火にかけるのだ。熱に耐えられずに割れてしまえば、元も子もないのである。つまり、蘇生手術は失敗だったと云う事になってしまう。

 先ずは赤絵から試す。
コチラは火に直接かけるワケではないので、熱い汁物を入れてみる事にする。割れたら勿論アウトだが、汁が漏れても失敗作となる。

 

 
熱々のコムタンスープをブチ込んでやった。
ふむふむ。液体の漏れはないし、熱さにもビクともしてない。完全に蘇りましたな。蘇生術、成功である。

お次は土鍋くんだ。
コイツは米を炊くことにした。
火に直接かけるので、かなりの高温に晒されるからドキドキだ。
強火で8分程、弱火で10分くらい火に掛け、10分蒸らした。

 
 

 
全く問題なしである。
いやはや諦めなくて良かった。そして、何だか職人が作品を作り終えた時のような達成感とか満足感みたいなものが湧き上がってくる。もう、気分は巨匠(笑)である。正直、巨匠としては、もっともっと作品を作りたい気分だ。
でもなあ…。店屋じゃないんだから、そう頻繁に食器なんぞ割れるものではない。いっそ、割ったろか❗と思ったが、それはあまりにも愚か過ぎるので踏みとどまった。
あっ、百均の器ならエエんでねぇの❓
完全にマッド・サイエンティストの考えである。

                おしまい
 
 

2021’カトカラ5年生 ヤクヒメ編4 解説編

 
vol.28 ヤクシマヒメキシタバ

 『雲霧林の賢人』

 
 最初に断っておくが、この解説編は2021年の冬には既に完成していた。だから長文にも拘わらず、前回からたった中3日で記事をアップできたのである。つまり、実を言うとヤクヒメ編は解説編から書き始めたのだ。その後に本編が書かれると云う逆パターンだったってワケ。
一昨年に書かれた文章を改めて読むと、ちょっと新鮮だ。へぇー、そんな事を考えてたんだ…と驚く。しまった。これでは3歩あるけば忘れる鶏頭、脳みそパープリン男の証明になってしまうではないか。

 その後、2022年にも採集に行ったので、今回はその文章を母胎に訂正加筆したものです。

 先ずは画像を並べておこう。

 
【ヤクシマヒメキシタバ♂】


(2022.6.20 三重県北牟婁群紀北町)
 
 
【ヤクシマヒメキシタバ♀】

(2021.6.30 三重県北牟婁群紀北町)


(2021.6.30 三重県北牟婁群紀北町)


(2021.6.30 三重県北牟婁群紀北町)


(2022.6.20 三重県北牟婁群紀北町)

 
雌雄の見分け方も書いておこう。
一番わかりやすいのは、裏面から見た腹端である。♀ならば産卵管が剥き出しになっており、腹部は太く短い傾向がある。また♀は♂と比べて翅形が全体的に丸みを帯びる。一方、♂は腹部が細長く、腹端の毛が♀よりも長く、束状となる。以上の事から判別は容易である。

 
【裏面】

(2021.6.30 三重県北牟婁群紀北町)

 
ボロ過ぎて、斑紋が不鮮明なので、他から画像をお借りしよう。

 

(出典『日本のCaocala』)

 
蛾の裏面画像は少ない。その点『日本のCatocala』は流石だ。図鑑として抜かりがない。

 
(♂裏面)


(2022.6.20 三重県北牟婁群紀北町)

 
(♀裏面)

(2021.6.30 三重県北牟婁群紀北町)


(2022.6.20 三重県北牟婁群紀北町)

 
 1972年に屋久島で発見された小型種で、稀なことからマニアの間では人気が高く、珍品とされる。
後翅地色はくすんだ淡いクリーム色。中央黒帯と外縁黒帯はボヤけて明瞭でなく、繋がらない。この点が他のカトカラと大きく違うところだろう。言ってしまうと、最も下翅が汚いカトカラなのだ。他のカトカラの多くが黄色や赤やオレンジ、紫色、白など美しいものばかりだからね。

 
(キシタバ♀)

(ミヤマキシタバ♀)

(ナマリキシタバ♀)

(ベニシタバ♂)

(ムラサキシタバ♂)

(シロシタバ♂)

(オオシロシタバ♂)

(ヒメシロシタバ♀)

 
よって、カトカラは蛾類の中でも最も人気の高いグループの一つだと言われている。

ヤクヒメの話に戻ろう。
前翅は少し青みを帯びた淡暗灰褐色で、斑紋は不明瞭。胸部は前翅と同じ色調の淡暗灰褐色で、腹部は後翅と同じ色調の暗めの淡いクリーム色をしている。

前翅斑紋に、雌雄とは無関係に2つの型が認められる。
 
 

 
コチラがノーマル型だが、個体によって色の濃淡があり、メリハリのある白っぽいモノの方が少ないような気がする。あくまでも私見的印象だけど。

他に前翅の底部(下部)が黒化する型が知られており、稀に著しく黒化するものも見られる(註1)。

 

(出典『jpmoth.org.www』上記2点とも)

  
『日本産蛾類標準図鑑Ⅱ』の画像も貼り付けておこう。

 


(出典『日本産蛾類標準図鑑2』)

 
アレっ❗❓、コレって下は『jpmoth.org.www』に掲載されてる黒化型と同じ個体じゃないか。今になって漸く気づいたよ。
写真の撮り方や印刷によって、こうも色の印象が変わるのね。
だから「百聞は一見に如かず」、実物を見ないとその種の本当の美しさや魅力は解らないのだ。
なので比較的再現性の高そうな石塚さんの『世界のカトカラ』からも画像を拝借させて戴こう。

 


(出展『世界のカトカラ』)

 
画像は拡大できるので、詳細に比較したい人はピッチアウトしてね。

 
【分類】
科:ヤガ科(Noctuidae) シタバガ亜科(Catocalinae)
属:Catocala Schrank, 1802

 
【学名】Catocala tokui Sugi, 1976
属名の「Catocala(カトカラ)」はギリシャ語由来で、kato(下)とkalos(美しい)という2つの言葉を繋ぎ合わせた造語。つまり下翅が美しいことを表している。

小種名の「tokui」は、1972年に屋久島で最初にこのカトカラを発見した渡辺徳氏の名前に因む。尚、語尾の「i」は学名が人物(男性)に献名される場合には「i」を付け加えるのがルールになっているからだ。ややこしい話だけど、けっして徳井さんではないのだ。
ちなみに氏は翌1973年には対馬でも精力的に蛾類の調査をされ、そこでも本種を発見されている。その後、1978年に中谷進治氏によって和歌山県大塔山系でも発見された。

 
【和名】
屋久島で発見され、小さいことから「ヒメ」と名付けられたのだろう。補足しておくと、昆虫の名前は大きいものには頭の部分に「オオ」もしくは「オニ」が使用されるが、小さいものには「コ」、もっと小さいものには「ヒメ」と名付けられるケースが多い。

 
【亜種と近縁種】
先ずは亜種から。
日本産が原記載亜種”Catocala tokui tokui”となり、台湾のものは別亜種”ssp.tayal”とされる。亜種名は、おそらく台湾の地名「タイヤル」に因んでいるものと推察される。あの珍品タイヤルミドリシジミが発見されたタイヤルだ。
余談だが、台湾名は『渡邊氏裳蛾』。命名の由来は発見者の渡辺徳氏からだろう。

 
(ヤクシマヒメキシタバ台湾亜種)

(出典『臺灣生命大百科』)

 
(⁠・⁠o⁠・⁠;⁠)んっ❗❓ でも、あれれー❓

 

 
ラベルをよく見ると、何と日本のホロタイプの標本じゃないか。このサイトは台湾の蛾について一番参考になるサイトだ。なのに台湾亜種の標本画像を表記できないだなんて、それ程までに台湾では稀種なのか❓
仕方なく他の画像を探す。

 

(出典『飛蛾資訊分享站』)

 
が、この一点しか見つけられなかった。なので裏面画像もない。
おそらく♀だろう。採集地は台湾中部の南投縣凌霄殿となっていた。他も調べたが、わかった事は最初に発見されたのが桃園仙蘇漣の標高1200m地点で、台中県梨山にも記録があると云う事くらいで極めて情報量が少ないのだ。やはり相当な珍品みたいだ。
見た目は下翅の外側の黒帯が日本産のモノより細いような気がする。又、地色の色も、明るくて黄色味が強いように見える。だが、この1個体だけを見て両者の違いを述べるのには無理がある。それは亜種固有の特徴ではなく、単なる個体変異かもしれないからだ。

 中国南東部のモノにも亜種名が付けられている筈だと思ったが見つけられなかった。『世界のカトカラ』では、”tokui”となっているから、特に亜種区分はされていないのだろう。
ナゼに台湾だけが亜種❓という疑問符が頭に浮かばないワケではないが、変にツッコミを入れると藪蛇になりかねない。やめておこう。台湾では各種の生物が独自進化している例が多い。ヤクヒメもその例に漏れずという事なのだろう。そうゆうことにしておこう。

 
(中国産ヤクシマヒメキシタバ)

(出典『世界のカトカラ』)

 
日本のものと比べて、前翅にややメリハリを欠くような気もするが、見た目は殆んど同じだ。なるほど亜種区分する程のことはないと云うのも理解できる。

 タイから中国南部に近縁種のシャムヒメキシタバがいる。

 
(Catocala siamensis kishida&Suzuki, 2002)

(出典『世界のカトカラ』)

 
ヤクヒメに似るが、後翅の黒帯の形状などで区別できるそうな。稀な種だそうで、食樹も不明とのこと。

 他に中国南東部に生息するヒメウスイロキシタバとも見た目が近い。

 
(Catocala hoferi Ishizuka&Ohshima, 2003)

(出典『世界のカトカラ』)

 
日本のウスイロキシタバと比べて、かなり小型。
成虫は5月頃に現れるが、少ないという。食樹は不明。

 ついでだからウスイロキシタバの画像も貼り付けておこう。

 
(ウスイロキシタバ Catocala intacta ♂)

(裏面♀)

(2020年 6月 兵庫県宝塚市)

 
表側はヤクヒメと少し雰囲気が似ているくらいだが、裏面はかなり近いものがある。両種を間違うことはあるまいが、ヤクヒメの生息地には必ずと言っていいほどウスイロもいるので、一応裏面の違いを列記しておこう。

①ヤクヒメはウスイロと比して上翅の黒帯、特に中央の黒帯が太い。
②ウスイロは上翅の頭頂部(先端)に黄色い小紋が入るが、ヤクヒメには入らない。
③ヤクヒメは下翅中央の黒帯が外側に向かって膨らみ、丸く弧を描くような曲線を示す。また、その内側に「くの字形」の小紋が入る。
④ヤクヒメは下翅外側の黒帯が太い。一方、ウスイロはその黒帯が細く、外縁から離れて見える。また上部で帯が消失する。

図鑑では並べて図示される事が多いし、共に照葉樹林のカトカラだから、おそらく近縁関係にあるのだろう。
一応、念の為にDNA解析で確認しておこう。

 

(出典『Molecular Phylogeny of Japanese Catocala Moths Based on Nucleotide Sequences of the Mitochondrial ND5 Gene』)

 
図は拡大できるが、探すのが大変だろうから拡大したものを載せておきます。

 

 
やはり近そうだ。
でもクラスターは上の Catocala streckeri アサマキシタバの方が近縁に見えるぞ。

 
(アサマキシタバ♂)

(同♀)

(2023.5.12 東大阪市枚岡公園)

(裏面)

 
表も裏も全然似てない。ホンマに近縁かあ❓
ここで漸く思い出した。そういやこのDNA解析に関しては、世界的なカトカラ研究者である石塚勝己さんからメールで次のような御指摘があったんだわさ。

「ブログ、楽しく読ませていただきました。
引用されているDNA系統樹は、新川さんにやっていただいたミトコンドリアND5をMLで処理したものです。これでアサマとウスイロが近縁と判断するのは誤りです。ここで類縁が指摘されているのはワモンとキララ、オオシロとcerogama、ムラサキとrelicatだけです。そのほかのものは類縁関係は判断できません。おそらくミトコンドリアND5の解析ではカトカラの系統を推定するのは無理なのだと思います。😀」

つまり、この図でウスイロとアサマが近縁でないならば、ヤクヒメとの類縁関係も証明されないとゆう事だね。
だとしたら、この系統図って何なのよ❓ 素人目には混乱を助長しているとしか思えんぞ。

 
【開張】40〜48mm内外
日本のカトカラの中ではアズミキシタバ、マメキシタバと並ぶ小型種。
だが、アズミキシタバと比べて胴体がゴツい。またマメキシタバは大きさに幅があり、同等の小さいものから更に大きなものまでいる。
常々、大きさを開張だけで述べるのには疑問を感じている。翅の表面積と胴体の表面積とを無視して大きさを語るのは間違ってるんじゃないかと思うんだよね。
例えば日本最大のカトカラはムラサキシタバだとされる事が多いが、シロシタバも最大種としているケースは結構ある。なんだか曖昧なのだ。コレは両種の開張が同じくらいだからだろう。ところが、時に西日本の低地のシロシタバは開張だけならムラサキシタバを凌駕する大きな個体もいる。でもシロシタバの上翅はムラサキシタバと比べて細長いし、やや下翅も小さいのだ。つまり表面積はムラサキシタバの方が広い。だからムラサキシタバを最大種とするのが妥当かと思われる。
その論に則れば、小さい順はアズミ、ヤクヒメ、マメという並びになると思う。まあ、どうでもいいっちゃ、どうでもいい話だけど…。

 
【分布】本州,四国,九州,対馬,屋久島


(出典『日本のCatocala』)

 
分布域図である。コチラの図鑑の方が出版が少し早いので、高知県ではまだ発見されていないゆえ空白になっている。

 

(出典『世界のカトカラ』)

 
コチラは塗り潰されている範囲が広いが、県別の分布図であることに留意されたし。つまり対馬にしか分布していなくとも長崎県全体が塗り潰され、鹿児島県は屋久島にのみ分布していても鹿児島本土までも塗り潰されてしまうという事だ。調べた範囲では、九州本土の鹿児島県や長崎県からの記録は見つけられなかった。『日本のCatocala 』の分布図でも、長崎・鹿児島両本土共に分布を示してはいないしね。尚、分布図にはないが、2018年には大分県でも見つかっている(註2)。

アカガシ、ウラジロガシを主体とするシイ・カシ類の多い自然度の高い照葉樹林帯(暖帯多雨林)のカトカラで、屋久島の中腹や対馬の有明山、宮崎県美郷町、大分県、宿毛市や日高村などの高知県西部、徳島県、紀伊半島南部の大塔山系などの原生林に局地的に産する。
分布はクロシオキシタバの棲息域に包含されるが、クロシオよりも遥かに局限される。コレは雨量が多くて湿度の高い、いわゆる雲霧林的な環境でしか見られないからだろう。
尚、分布図にはないが、他に2018年の『誘蛾燈』に、兵庫県市川町から得られたという報文がある。但し、その後の追加記録は無いようだ。また広島県の庄原市東城町にも記録があるみたいである。
国外では台湾中部の山地、中国南東部に分布している。

垂直分布は、生息地のロケーションが深山幽谷の原生林といった趣きだから、高い標高に棲むと思われがちだが案外低い。
和歌山県田辺市の大塔渓谷は約400m。安川渓谷も400mだ。三重県熊野市の布引の滝で299m。奈良県上北山村の坂本貯水池で385m。採集した三重県紀北町のポイントは、何とたったの115mであった。そして高知県の日高村に至っては100m前後だという。対馬の有明山は標高558m。おそらく生息地はそれ以下だから高くはないだろう。あと比較的高い標高ならば、三重県紀北町(旧海山町)の千尋峠の766mというのがある。そうなると、一番高い所に生息しているのは屋久島と云う事になりそうだ。屋久島は高い所では標高2000m近くある。ヤクヒメは中腹に棲息しているらしいから、単純にそれを2で割ると1000mにもなる。とはいえ、一番高い標高を2で割っただけの数字だ。多くの山はもっと低標高ゆえ、実際はもっと低い所に生息しているものと思われる。だとしても高い。千尋峠と同等か、それ以上の高さに居るという計算になる。でも、俄には信じ難い面もある。基本的には低山地のカトカラだ。そんな高い所に好んで居るかね❓
あっ、待てよ。もしかして雲霧林があるのが、それくらいの標高なのかもしれない。そういえば屋久島に遊びに行った時、下はピーカンに晴れてるのに山の上の方には雲が掛かってるなんて事はよくあった。で、その中に突っ込んで行ったら、大雨だったんでビックリした事があるな。納得である。あながち1000m以上に居ても何らオカシクはない。

 
【レッドデータブック】
和歌山県:学術的重要
長崎県:絶滅危惧IB
宮崎県:絶滅危惧IB類(EN-R)
三重県:絶滅危惧種I類

 
【成虫の出現期】
6月中旬から現れ、7月下旬頃まで見られる。
とはいえ、西尾規孝氏は『日本のCaocala』の中で「野外個体の飼育結果から、成虫の寿命は約3週間と推定される。」と書かれているように比較的発生期間は短いようだ。そういえばT氏など採集されたことのある方々からは「すぐボロになる。」と聞いた事がある。おそらく寿命が短いだけに発生期を少しでもハズすと鮮度の良い個体は得られないのだろう。確かに最初に採集した2021年の6月30日の時点で、既に♂はボロであった。2022年の6月20日でも、♂♀共に完品は採れたが、既にスレ個体もいた。或いは早いものでは6月上旬から発生しているかもしれない。それらから推察すると、紀伊半島南部では6月中旬が採集適期と考えられる。

 
【成虫の生態】
産地では時に灯火採集で多数得られることもあるが、元々は少ない種のようだ。『世界のカトカラ』でも珍品度は★4つがついているし(最高ランクは★5つ)、分布域が狭くて局所的だから珍品だと言って差支えないだろう。また今のところ採集方法が、ほぼ灯火採集に限定されており、樹液や糖蜜での採集では結果が望めないというのも採集難易度を高めている。あと、雨が降らないと灯火にもあまり来ないようだし、かといって土砂降りではダメだから、その点でも厳しいものがある。条件はシビアなのだ。

対馬では樹液に集まるようだが、糖蜜トラップで採集された例は今のところ1例も無いようだ。とはいえ、おそらく対馬なら糖蜜にも誘引されるだろう。しかし樹液で観察されているのだって、知りうる限りでは対馬のみで、他では観察例がない。だから対馬以外では糖蜜トラップでの採集は難しいだろう。実際、T氏の話では何度も生息地で糖蜜を撒いたが一度も寄ってきた事はないと言っておられた。そういや蛾採りの天才小林真大(まお)くんも、そんな事を言ってたような気がする。
尚、自分が糖蜜を撒いたのは最初の布引の滝の時の一度のみ。結果はウスイロキシタバしか寄って来なかった。他は全て雨天だったので撒いていない。どうせ撒いても雨で流れるだろうと思ったからだ。やるなら糖蜜ではなく、バナナトラップ等の腐果トラップの方がまだしも採れる可能性があるかもしれない。

灯火へは雨の日など湿度の高い日に多く飛来する。
それを証明するような記述が『日本のCatocala』にあり、著者の西尾氏は「成虫を室内で飼育すると、雨天時に行動が活発になる」と書いておられる。つまり日本のカトカラの中では、最も湿潤な環境を好む種だと考えられる。ようは主に雲霧林に棲むカトカラなのだ。
灯火に飛来する時間帯は特に決まっていなくて、夜暗くなってすぐ来る者があれば、夜明け前になって漸く飛来する者もいるという。だが、雨の日以外の飛来は概して遅く、午後11時くらいにならないと飛んで来ないと聞いたことがある。
自分の少ない観察例だと、2021年の6月30日は午後8時半に1頭目(♀)が飛んで来た。その後、9時過ぎまでに2頭が飛来。10時台前半から中盤に散発で2頭が飛来。長いインターバルがあって11時15分から立て続けに3頭が現れた。その後、雨が強くなったせいかピタリと飛来が止まった。2022年は、21:50と0:45に♀が、午前0:50と01:20に♂が飛来した。偶然だろうが、前半は♀、中盤以降から♂が混じり始めるという印象を持っている。

『日本のCatocala』には、他にも野外での試験、飼育下での観察経過が書かれている。それによると、成虫は昼間は他の多くのカトカラと同じように頭を下にして静止しているという。交尾は多数回交尾で、時刻は夜の午後11時から午前2時だったとあった。

 
【幼虫の食餌植物】
成虫から採卵した飼育下ではあるが、ブナ科コナラ属のウバメガシとクヌギを摂食することが分かっている。
大方の予想では、食樹はウバメガシだと推測されているが、野外では未だ幼虫や卵は発見されていない。ウバメガシは海岸に多いから原生林に生えてると云うイメージはない。文献では誰も言及していないが、案外ウバメガシじゃなくて他の樹種が本命の食樹だったりしてね。
カトカラと生活史や食樹が似ている蝶のゼフィルス(ミドリシジミの仲間)の例もある。ゼフィルスは野外では食樹が限定的なのに、飼育下では広範囲の植物で飼育可能なのだ。ゆえにカトカラにもその可能性はある。ましてや蛾だ。基本的に蝶よりも食性は広い。つまり、メインの食樹は他の木である事は充分に考えられるのだ。

 
(ウバメガシ(姥女樫))


(出典『庭木図鑑・植木ペディア』)

 
学名:Quercus phillyraeoides
別名:イマメガシ(今目樫)、ウマメガシ(馬目樫)

ブナ科コナラ属に分類される常緑広葉樹の1種。
日本に自生するアカガシ亜属のカシ類よりもナラ類に近縁で、カシ類では唯一コナラ亜属に属している。
南欧に自生するコルクガシ(Quercus suber)とは特に近縁であり、交雑もするという。
そういや南欧にコレを食うであろうカトカラがいたな…。

 
(コルクガシキシタバ Catocala conversa)

(出展『世界のカトカラ』)

 
食樹が近いものならば、もしかして近縁種かと思ったのだが、全然似てないね。因みに分布は南欧、北アフリカ、ロシア南部(ヨーロッパ)、トルコにかけてと広いが、あまり多くない種だそう。

話をウバメガシに戻そう。
常緑広葉樹の高木で、高いものだと20m近くまで成長するが、通常は5〜6m程度の低木が多い。樹形はゴツゴツしていて、樹皮には独特の縦方向のひび割れが出る。若枝には黄褐色の柔らかい毛が密生する。
葉の長さは3~7㎝。日本産の常緑カシ類では特に丸くて小さく、また硬い葉を持つ。葉の上半分に浅い鋸歯があり、裏は淡緑色。若葉の頃は葉裏に星状毛が見られる。葉は厚くて硬く、艶があって乾燥や塩分に強い。小柄の葉は乾燥への適応とも考えられ、裏側に丸まるのは付着した波しぶきを落としたり、葉の裏側から水分が蒸発するのを防ぐためだとされる。また、硬いので落ち葉になっても分解が遅く、そのぶん保水力があるとも考えられている。新芽は茶色く、和名はこれに由来するとされるが、葉が馬の目に似ていることから「馬目樫」と名付けられたという説もあるようだ。
 硬くて小さいなんて、如何にも不味そうな葉じゃないか。そんなのワザワザ好んで食うかね❓他に柔らかい葉はいくらでもあるだろうに。ホンマにウバメガシかえ❓
 乾燥だけでなく刈り込みにも強く、病気にも強いことから生け垣や街路樹としてもよく植えられている。その材は密で硬く、備長炭の材料となることでよく知られている。備長炭といえば、高級焼鳥店で使われる炭だ。そして、その品質の最高峰と評されているのが紀州備長炭である。それゆえだろう、和歌山県の県の木にも指定されている。

分布は日本、朝鮮半島、中国(中部、南部、西部)、ヒマラヤ。
日本では本州の房総半島以西、四国、九州、南西諸島(屋久島、種子島、伊平屋島、伊是名島、沖縄島など)に分布する。但し沖縄県での分布域は極めて狭く、伊平屋島、伊是名島と沖縄本島から僅かな記録があるのみである。
主に太平洋側の暖かい地方に見られ、潮風や乾燥に強い特性を持つことから、海岸付近の乾燥した尾根や岩石地、急傾斜地に自生する。群落を作り、密生することが多く、トベラやヒメユズリハと共に海岸林を構成する代表的な樹木である。降水量の少ない瀬戸内式気候地域に多い。

こうゆう特性を見ていると、ホントにウバメガシがヤクシマヒメキシタバの食樹なのかなあ❓と思ってしまう。ウバメガシは乾燥地に生える木だが、ヤクヒメの生息地は真逆なのである。全ての生息地の環境を調べたワケではないが、ヤクヒメは基本的には湿潤な環境を好む。しかも多くは谷間で、極めて空中湿度が高い場所だ。だからヤクヒメの産地にはルーミスシジミやキリシマミドリシジミも生息している場合が多い。両方とも空中湿度が高い場所を好む種だからね。
意外とメインの食樹はイチイガシやウラジロガシ、アカガシだったりして…。

だが、ウバメガシについて更に詳しく調べていくと、新たな事が分かってきた。驚いたことにウバメガシは紀伊半島では内陸部の渓谷の岩場にも生育しているのだ。

 

(出展 後藤伸『明日なき森』より)

 
この図を見ると、かなり山側にもウバメガシが生育している事が解る。そういやウバメガシを食樹とし、主に海岸部で見られるクロシオキシタバが紀伊半島南部では山地帯でも見られるというのを思い出したよ。
図の解説によると、紀伊半島南部では内陸部の崖地にウバメガシが優占する森林があり、やや特殊な昆虫相を維持しているという。その代表的なものとしてウラナミアカシジミの亜種、キナンウラナミアカシジミが挙げられている。すっかり忘れていたが、キナンウラナミアカもウバメガシが食樹だったわ。本来ウラナミアカはクヌギなどの落葉ナラ類の柔らかい葉を食すのに、このイジけた亜種はクソ硬いウバメガシを餌にしているのだ。キナンウラナミは十津川村だとか内陸部にも居て、確かに其処にはウバメガシがあるわ。
この内陸部にあるウバメガシ林は、紀伊半島独特の例外的存在であるかのように言われることがあるが、実際には他にも四国など西日本各地に内陸のウバメガシ林が点在し、それぞれの地域で「ここは例外である」と言われているという。
尚、和歌山県大塔山系法師山の山頂(1120m)にはウバメガシの低木林があり、おそらく最も高い標高の生育地だそうだ。
また、紀伊半島南部ではあちこちの低山地の斜面に、備長炭の用材としてウバメガシが優占するように育成された森林があるらしい。しかしながら最近は備長炭の需要増加のため、減少が目立つという。

でも屋久島のウバメガシの分布を調べたら、殆んど海岸部にしかないような感じなんだよなあ…。ヤクヒメの棲息域は島の山地中腹部だというし、やっぱホントにウバメガシが食樹なのかな❓それに海外での分布は朝鮮半島、中国(中部、南部、西部)、ヒマラヤとなってたよな。となれば、ヤクヒメ台湾亜種がいる台湾には無いって事になる。益々、ウバメガシがメインの食樹ではない可能性が出てきた。
意外とルーミスの食樹であるイチイガシだったりして…。

 
(ルーミスシジミ)

 
でもその前に、一応ウバメガシが本当に台湾に生えていないのか調べ直そう。

(⁠@⁠_⁠@⁠)ゲッ❗、台湾にもバチバチに生えてるじゃないか。ったくよー、鵜呑みにして大恥かくとこじゃったよ。
気を取り直してイチイガシで検証してみよう。

 
(イチイガシ)

 
(イチイガシの分布)

(出典『雑想庵の破れた障子』)

 
ちなみにこの図はイチイガシの分布そのものではなく、巨樹の分布である。それでもだいたいの分布と合致しているものと思われる。尚、イチイガシも台湾に自生しちょります。

分布図を詳細に見る。
ゲッ❗、でも対馬にはあまり生えていないようだ。巨樹の分布ではあるが、4本以下しかない。対馬はヤクヒメの個体数が比較的多いとされているから(註3)可能性は低まる。
となると、同じくルーミスの食樹ウラジロガシなんかはどうだろうか❓

 
(ウラジロガシ)


(出典『庭木図鑑・植木ペディア』)

 
(ウラジロガシの分布)

(出展『植物社会学ルルベに基づく植物分布図』)

 
この分布ならば、ヤクヒメの分布とも合致する。台湾でも自生している。となれば、可能性は高まる。
誰かウラジロガシで飼育してみてくんないかなあ。

そういや対馬も屋久島もキリシマミドリシジミの産地として有名だったな。

 
(キリシマミドリシジミ♂)

 
だとすれば、キリシマの食樹であるアカガシの可能性も考えられはしまいか…。いや、ルーミスはヤクヒメの居る所には大体いるが、高知県と対馬には生息しない。ではキリシマはどうだ❓ 居ないとこって、あったっけ❓ 全て居たんじゃないかしら。急ぎ図鑑で確認する。

 

(出典『日本産蝶類標準図鑑』)

 
\⁠(⁠◎⁠o⁠◎⁠)⁠/おーっ、やっぱヤクヒメの分布地全てにキリシマは生息している事になってる❗となれば、アカガシが一番有望ではないか。

 
(アカガシ)


(出典『庭木図鑑・植木ペディア』)

 
(アカガシの分布)

(出展『植物社会学ルルベに基づく植物分布図』)

 
コチラもヤクヒメの分布と重なるし、台湾でも自生している。
もうアカガシじゃね❓

けど待てよ。そういや思い出したぞ。【分布】の欄に、自分で「対馬と屋久島と紀伊半島南部のヤクヒメの生息地は、アカガシとウラジロガシ等を主とする原生林で発見されている。」と書いてたよな。すっかり忘れてたよ。脳みそ鶏並みじゃよ。
それでまた思い出した。キリシマミドリシジミの幼虫はの食樹はアカガシだが、それ以外にウラジロガシも食樹としているよな。となると、ウラジロガシも同等の可能性があるよね。
(⁠ب⁠_⁠ب⁠)むぅー、となればアカガシやウラジロガシはヤクヒメの食樹として、かなり有望とは言えまいか。或いは、どっちもメイン食樹だったりして…。
重ねて言う。どなたかイチイガシ、ウラジロガシ、アカガシで飼育してくんないかなあ。オラって、蝶さえもロクに飼育した経験がないからさ。自分で究明するのは無理でごわすよ。

 でも、話はまだ終わらない。
さらに屋久島の植物構成を調べてみると、イスノキが多そうだ。イスノキも照葉樹だし、マンサク科だ。大部分のカトカラはブナ科とバラ科を食樹としているが、少ないながらもニレ科、ハンノキ科を食樹としているものもいる。またカトカラはゼフィルス(ミドリシジミ類)と食樹がかぶるものも多い。マンサクはミドリシジミの仲間であるウラクロシジミの食樹だから、可能性はゼロではないだろう。

 
(イスノキ)


(出典『庭木図鑑・植木ペディア』)

 
(イスノキの分布)

(出典『植物社会学ルルベデータベースに基づく植物分布図』)

 
ウラジロガシやアカガシ等に比べれば可能性は低そうだが、一応ヤクヒメの分布とも重なる。分布か海岸部に片寄りがちなのが気になるが、イスノキの可能性もないではないね。コレも誰か試してくんないかなあ…。

 
【幼性期の生態】
幼生期については西尾氏の『日本のCatocala』の力をお借りして、全面的にオンブに抱っこで書かせて戴きやす。

 
(卵)


(出典『日本のCatocala』以下全て同じ)

 
卵は長経と短経の差がやや大きい饅頭(まんじゅう)型。大きさは小さく、ヨシノキシタバの卵に似るが、横隆起条の間隔がより広い。参考までに付け加えておくと、ヨシノキシタバもヤクヒメと同じく湿った苔に産卵されると推測されている。
環状隆起は認められない。花弁状紋とその外側の類似層は合わせて4、5層。縦隆起条、横隆起条は共に直線的。
受精卵は褐色で、若草色の斑紋があるが、まだ野外では発見されていない。西尾さんは「母蝶の採卵経験から、卵は湿潤な苔の中に産付されると推定される。」と書いておられる。やっぱ雨が相当降るような所じゃないと生息できないカトカラなのかもね。屋久島はもとより紀伊半島南部、特に大台ケ原から尾鷲市辺りは日本有数の多雨地帯だもんね。当然、苔も多いだろう。
ところで対馬とか他の生息地はどうなのだ❓

調べてみると、海に囲まれた対馬は対馬暖流の影響を受ける温暖で雨が多い海洋性の気候だと書いてあった。
年間降水量は2250mm。全国平均の1611mmよりも多く、6~8月に年間量の約45%(990mm)の雨が降る。この数値は同期間の東京の約2倍、札幌の4倍弱にあたり、台風の多い那覇と比べても1.6倍程だそうだ。
なお、年間降水量の1位は屋久島で4477mm、2位は宮崎県えびの市(4393mm)、3位が高知県馬路村(4107mm)で、4位が三重県尾鷲市(3848mm)となっていた。尚、県別では高知県が1位だそうである。とゆうことは高知県や宮崎県の生息地も雨が多い地域であろうことは想像に難くない。
あっ、予断でモノを言っちゃダメだね。邪魔くさいが調べれば分かりそうなものは、ちゃんと確認しておこう。

Wikipediaによると、生息地の宮崎県美郷町はケッペンの気候区分において、温帯夏雨気候となっている。降水量の多い宮崎県内でも特に多雨な地域の一つで、年降水量は毎年2500〜3500mm前後で推移しており、多い年は年降水量が4000mmを越える事もあるようだ。
高知県宿毛市の気候は暖かく温暖で、コチラも年間雨量が非常に多いそうだ。最も乾燥している時期でも雨がよく降り、年平均降雨量は2074mmとあった。
鏡地区は四国山地と太平洋の間に挟まれた場所にあり、四国地方の中では特異な気候である。夏季は太平洋に近いため、高温多湿かつ台風が襲来する地域である。但し鏡村では気象観測が行われておらず、隣接する土佐山村で行われているそうだ。矢張り、ヤクヒメと雨とは切っても切れない仲なんだね。

 ♀の産卵管には特徴的な剛毛を輪生しており、西尾氏は産卵習性に関連があるとみられている。繊維質なものを産卵床に敷いておくと、卵に繊維を巧妙に絡ませるという。この点から、西尾が苔に卵を産むと考えたのだね。苔に卵を産む為にヤクヒメは進化したのだ。雲霧林の賢人だね。

 

(出典『日本のCatocala 』)

 
確かに♀裏面の交尾器周辺は他のカトカラとは随分と違う。今一度、画像を貼り付けておこう。

 

 
比較のために他種の画像も並べておく。

 
(カバフキシタバ♀裏面)

(2020.6.29 奈良市)

(ノコメキシタバ♀裏面)

(2019.8.6 長野県上田市)

(ハイモンキシタバ♀裏面)

(2019.8.6 長野県上田市)
 
(マホロバキシタバ♀裏面)

(2019.7.16 奈良市)

(ムラサキシタバ♀裏面)

(2019.9.4 長野県白骨温泉)

(ヨシノキシタバ♀裏面)

(2020.8.25 奈良県吉野郡)

(ミヤマキシタバ♀裏面)

(2020.8.10 長野県開田高原)

(ヒメシロシタバ♀裏面)

(2020.8.9 長野県開田高原)

(ナマリキシタバ♀裏面)

(2020.8.8 長野県松本市)

(アサマキシタバ♀裏面)

(2019.5.22 東大阪市枚岡公園)

 
まだ他の種の画像もあるが、コレくらい並べれば充分だろう。兎に角、何れも尻先のスリットが細い。載せてない他のカトカラも同じようなものだ。それと比してヤクヒメは極めて特異な形をしており、溝が圧倒的に広い。その特異な形態には何らかの理由がある筈だ。西尾氏は産卵管の剛毛については言及されているが、交尾器全体についての形態的理由には触れられていない。ではなぜこのような形態になったのか❓暫し考えたけど、全然思いつかーん。

最後にウスイロキシタバを載っけておこう。

 
(ウスイロキシタバ♀裏面)

(2020.6.19 兵庫県西宮市)

 
まだしもウスイロがヤクヒメと近いかもしれない。
ウスイロも暖帯照葉樹林に棲み、どちらかといえば湿潤な気候を好む。それと何か関係があるのかもしれない。

 次に幼虫についてみていこう。

 
(1齢幼虫)

(出典『日本のCatocala 』以下全て同書からの引用)

 
(2齢幼虫)

 
(5齢幼虫)

 
終齢は5齢。体長は約55mm。頭の幅は3mm。
西尾さんは数系統を飼育したが色彩変異は特に認められなかったそうだ。

 
(終齢幼虫の頭部)

(頭部の脱皮殻)

 
ウスイロキシタバの回で既に言及してるけど、卵は全然似ていないが終齢幼虫は結構似ているかも。詳しくはウスイロキシタバの回を読んでくれたまえ。
邪魔くさいからそうは書いたものの、アタイはいい人なのて画像を貼付しておきます。

 
(ウスイロキシタバの卵)

(終齢幼虫)

(幼虫の頭部)

(頭部の脱皮殻)

 
カトカラの幼虫の識別には頭部の斑紋の違いが重要だと言われている。となると、顔はかなり似ているから親戚くさいぞ。卵が似てないから微妙ではあるが、両者は近縁関係にあると言えなくもないってところか…。

                 おしまい

 
追伸
 結局、2021年は♂が採れなかったし、2022年も紀伊半島南部に足を運ばざるおえないだろう。でもなあ…、渋い魅力はあるけれど、それは珍品であるがゆえにそう見えるだけかも。冷静に見れば子汚い蛾だから、あんましモチベーションが上がんないんだよなあ…。

前書きに書いたように、コレは2021年に書かれたものです。ここからは追伸の追伸です。

 えー、カトカラシリーズの中でもヤクヒメ編が一番の難産でした。ホント疲れたよ。書き始めてから足掛け三年だもんね。
コレで、あと残るはケンモンキシタバ、エゾベニシタバ、キララキシタバ、アマミキシタバの4種となった。書くのが段々億劫になってきたが、何とかシリーズの完結を成し遂げたい。

 尚、複数の人から聞いた噂だと、2020年、2021年共に紀伊半島南部では雲霧林の賢者は不作だったようで、何処でも数があまり採れなかったそうだ。2022年も、一部では個体数が多かった所もあったものの、全体的には不作だったと聞く。北牟婁郡も少なかったしね。
正直、思っていた以上の稀種だったので、少しばかり驚いている。気候変動が進めば、益々珍しい種になるだろう。雲霧林の賢者が、いつまでも雨の中を元気に舞ってくれる事を願ってやまない。

 
(註1)稀に著しく黒化するものも見られる…
画像は邪魔くさいので貼り付けないが、ブログ『南四国の蛾』の「変異」の項目に、それに該当するような個体の画像がある。

 
(註2)2018年には大分県でも見つかっている
大分昆虫同好会の会誌『二豊のむし』の、No.56号に記事がある。中身は読んでないけどー。

(註3)対馬では個体数が比較的多いとされるから…
但し、2008年発行の『日本のCatocala』には「対馬は原生林の伐採により絶滅状態にある。」と云う記述があった。そういや長崎県ではレッドデータ入りしてるな。
一方、個体数が多いような事が書いてあったのはツイッターの「火の粉」さんのサイトで、2020年の投稿に「対馬最優先種と言っても過言ではないくらいいた。」と書いてあった。猶、おそらく「優先」は間違いで、ホントは「占有」と書きたかったのだろう。でないと意味が通らない。つまりはその時はニッチを支配するようなド普通種だったってこったろう。
しっかし、十数年前に絶滅寸前だったものが、今になって個体数が増えてるってどゆ事❓対馬といっても広いから、多産地もあるのかな❓

 
ー参考文献ー

◆『世界のカトカラ』石塚勝己
◆『日本のCatocala』西尾規孝
◆『日本産蛾類標準図鑑Ⅱ』岸田泰則
◆『明日なき森』後藤伸
◆『日本産蝶類標準図鑑』白水隆

インターネット
◆『Wikipedia』
◆『南四国の蛾』
◆Twitter『火の粉』
◆『庭木図鑑・植木ペディア』
◆『植物社会学ルルベデータベースに基づく植物分布図』
◆『雑想庵の破れた障子』
 

2021’カトカラ5年生 ヤクヒメ編3

vol.28 ヤクシマヒメキシタバ

   『陰翳礼讃』第三話

 
 2020年、初めてのヤクシマヒメキシタバ採集行は姿さえも全く見れずの惨めな2連敗に終わった。自分も小太郎くんも楽勝だと思ってたから、まさかのこの結果に声を失った。
当然、2連敗後も早いうちのリベンジは考えた。本来、汚名はソッコーで晴らしておくと云うのがオラ的セオリーだからだ。どんな事でもそうだが、早期に問題を解決して心の安寧を取り戻しておかなければならない。さもなくば、事態はドンドン悪い方向へ行きかねないからだ。悪い流れは即座に断ち切る事が肝要なのだ。キリシマミドリシジミ(註1)の時が最たる例で、泥沼の5連敗を喰らって、精神的にかなり追い込まれたからね。連戦連勝、どんな稀種であっても狙った獲物は常にその採集行のうちにシバき倒してきただけに、何が何だか解らなくなって半ばパニックに陥ったっけ…。敗退が続くと色々考え込む。しかし考えれば考えるほどドツボ。更なるズブズブの泥濘(ぬかるみ)にハマり易いのだ。去年の阪神タイガースの開幕9連敗(註2)と一緒で、負けグセがつくと止まらなくなる。いや、止められなくなるのだ。
しかし、この年は結局ヤクヒメにリベンジするのを諦めざるおえなかった。その後、二人の都合が合わず、次回に行けるのは10日以上先、つまり時期的には発生期の終盤だったからだ。下手したら、終盤どころか発生が終わっていてもオカシクはない状況でもあった。たとえ行って採れたとしても、ボロばっかでは意味がないし、採れなきゃ、ショックで再起不能になりかねない。忸怩たる思いではあるが、ならば翌年まで持ち越さざるおえない。そう判断するしかなかったのである。
 

2021年 6月28日

 臥薪嘗胆。ようやくリベンジの機会が巡ってきた。小太郎くんと待ち合せて、いざ紀伊半島南部へと向かう。
天気予報は曇りのち小雨。雨を好むというヤクヒメではあるが、かといって本降りでは何かと儘ならないから恰好の天気である。とはいえ、心配なのはワシのスーパー晴れ男振りである。去年は天気予報では雨がちだったのにも拘わらず、2度行って2度とも途中で月が出た。しかも灯火採集には最悪とされる満月。今回は、そうならない事だけを切に祈ろう。

 場所は去年最初に行った三重県の布引の滝(熊野市紀和町)と決めた。
惨敗した場所なのに何故に❓と訝る向きもござろうが、それには理由がある。小太郎くんが布引の滝でヤクヒメを採った事があるという人から重要な情報を得たからだ。それによると、採集した場所は我々が最初に陣取った滝の上部ではなく、下部の麓の方らしい。詳しい設置場所も聞いているという。文献ではない生の情報は貴重だし、こうゆう舞い込んで来たような流れは大切だ。自然な流れは物語なのだ。堰き止めてはならない。流れに任せておけば、自ずと結果が出る事は往々にして多い。ならば、ここは迷わず行っとくべきでしょう。
 採れた数は一晩で6頭との事。飛来した時は、アホほどやって来るというヤクヒメにしては数が少ないのが気になるが、それだけ採れていれば自分としては充分だ。元々バカみたいに数が欲しい人ではないからね。いっぱい採ったら、当然ながら嫌いな展翅を沢山しなきゃならないのじゃ。

ポイントには、かなり早くに着いた。まだだいぶと明るかったから、午後4時半か5時前には着いていたのではないかと思う。
空模様は曇りで、時々小雨がパラつくといった感じで悪くはない。だが、如何せん風が強い。しかも設置場所は橋の上らしいから、より風の影響を受けやすい。ライトトラップには風は大敵なのだ。基本的に風が強いと虫は飛ばないし、たとえ飛んだとしても風に流されてライトまで辿り着けない可能性だってある。それに何よりライトトラップの装置が倒れやすい。もしも倒れて電球が割れでもしたら最悪だ。ジ・エンド、その瞬間に採集が終わる。だがホントは、そんな事よりも水銀灯を失うダメージの方がデカい。水銀灯は高価であるのみならず、現在は生産中止なっているのだ。もはや製造してないんだから、再び手に入れるのは容易ではない。
とにかく暫く様子をみよう。そのうち風もおさまるだろう。2人して車の中で暫し仮眠する。

しかし日没近くになっても、風は一向におさまる気配がない。しかも風の影響なのか気温がグッと下り、かなり肌寒い。風が強くて気温が低ければ、虫たちが活動しない可能性が更に高まる。おいおいである。神よ、又しても我々に試練の道をお与えなさるのか。何故ゆえ、そのような試練をお与えなさるのだ❓意味ワカンナイ。もう半泣き太郎だよ。
仕方なく此処を諦め、風のない場所を探して移動することにした。取り敢えず上に向かって車を走らせる。

だが、特筆すべきようなコレといった良い場所は見つからない。また最初と同じ滝の上部でやる事も考えではなかったが、一度敗退してケチがついた場所だし、カワゲラとかトビケラとかヘビトンボがワンサカ飛んで来るのは気持ち悪いからパス。
そのうち日が暮れてきたので、中腹にある一番マシそうな場所に陣取ることにした。幸いにして風の影響は殆んどない。肚を据えて此処で戦おう。

 午後7時半、点灯。
いよいよ1年越しのリベンジの始まりだ。今日こそは何とかなるっしよ。たかがヤクヒメ風情に、まさかの三連敗は有り得ないだろう。そんなに連敗した話なんぞ、聞いた事がないのだ。
去年の恥ずかしい連敗は、ひとえに月のせいだ。あの全くの想定外だった満月さえ顔を覗かせなければ、採れていた筈なのだ。今日こそは月は出ない、大丈夫だと自分に言い聞かせる。

 

 
例によって、画像はトリミングしてある。小太郎くんから灯火装置が直接映っているのはダメと言われてるからである。

良い感じに小雨が降っているものの、集まる蛾の数は可もなく不可もなくである。顔ぶれも相変わらずの見慣れた面々だ。
唯一の新顔はヒメハルゼミくらい。アンタ、こんなとこにも居たのね。
小太郎くんは、その灯りに寄って来たヒメハルゼミをせっせせっせと摘んでいる。ヒメハルゼミは稀なセミで、各地で採集禁止種に指定、保護している場所も多い。因みに此の地は特に保護されているワケではないし、採集禁止にもなっていないようだ。
それにしても走光性が強い種とは知ってはいたが、ホントだったんだね。セミには走光性のある種が多く、珠にアブラゼミやミンミンゼミなどが灯りに寄って来るのを見ることはあるが、一度にこんなに沢山のセミが寄って来たのは初めて見た。

 
(ヒメハルゼミ♀)


(2019.7月 奈良市)

 
スマン。羽化直後の画像しかない。気になる人はネット検索してけれ。
あっ、そういやヒメハルゼミは成虫だけでなく、羽化前の幼虫にも走光性があるらしい。思わず、幼虫が光に向かってゴソゴソと歩いてるのを想像したよ。「あーっ、そっちに行っちゃダメー❗」。
٩(๑`^´๑)۶え~い、メンドくせー。ヒメハルさんの事は後で註釈欄で解説するつもりであったが、ここでやってしまえ。

 
【ヒメハルゼミ(姫春蝉)】
学名 Euterpnosia chibensis
小種名は千葉に由来する。おそらく最初に発見されたのが、千葉だったからでしょう。
体長はオスが24〜28mm、メスは21〜25mm。6月下旬頃から現れ、8月上旬まで見られる。
名はヒメハルゼミとはつくものの、ハルゼミと大きさは変わらない。外見はハルゼミよりも体色が淡く、褐色がかっている。
主に西日本で見られ、新潟県・茨城県以西の本州・四国・九州・屋久島・奄美大島・徳之島に分布する。しかし生息地が丘陵地や山地のシイ、カシ類からなる人の手があまり入っていない自然度の高い稀少な照葉樹林である事や、飛翔能力が弱く、生活圏を広げようとしない性格も相俟ってか分布は局所的。ようするに生息条件が限られた貴重なセミである。それゆえか分布の北限に近い3ヶ所の生息地(茨城県笠間市片庭、千葉県茂原市上永吉、新潟県糸魚川市・旧能生町)が国の天然記念物に指定されている。他にも自治体レベルで絶滅危惧種や天然記念物に指定されている所が数多くある。
♂が集団で合唱することが知られ、1頭の♂が鳴き出すと、それを合図に周辺に伝播するように「シャー」という合唱が起こる。特に夕刻には頻繁に鳴き、日没前には山全体が大合唱の蝉時雨となる。そのような独特の大合唱は他のセミには見あたらず、その様は「森そのものが鳴いているようだ」とも称される。
 確かに、あの蝉時雨は時に凄まじいばかりで、森の中でその音の塊に包まれていると感動すら覚える。とはいえ、おそらく多くの現代人にとっては雑音にしか聞こえないだろう。つまり、人は自身にとって必要のない音を無意識にカット、遮断するように出来ているからだ。その声をセミの声だと認識してこそ、初めて耳に入ってくる類いのものなのかもしれない。多くの外国人にはセミやコオロギの声が雑音にしか聞こえないとも言うからね。ようはメロディーとして聞こえていないのだ。だから欧米には、虫の音(ね)を愛ずるという文化もないのだろう。とにかく、あの感動は体験した者にしか味わえないものがある。

そんなレアで愛しきセミだが、でも求めているのはキミじゃないんだよねー。どうでもいいざます。欲しいのはヤクヒメだけなのだ。その事で頭が一杯でヒメハルなんぞ採る気にはなれず、自分は結局一つも持ち帰らなかった。

 雨は振ったりやんだりしていたが、やがて完全に上がった。月こそ出ないものの、天候は回復しつつありそうだ。悪い兆候だ。集まって来る虫も相変わらずショボい状況が続いている。そして、ヤクヒメは未だ飛んで来ない。

 

 
ふと思う。ところで、この日の夕方にヒメハルゼミって鳴いてたっけ❓
全然、記憶にない。雨模様だったので鳴いていない可能性は高いものの、単にヤクヒメの事で頭が埋め尽くされてて、鳴いていたのに一切耳に入ってこなかったという可能性は無きにしも非ずである。それだけ何処にライトトラップを設置するかに集中していたのだろう。でもこんな体たらくでは、その集中力や努力も何の意味も持たない。

結局、この日もヤクヒメは1頭も飛んで来なかった。
三連敗決定。地獄の連敗街道、まっしぐらだ。

 
 
2021年 6月30日

 もう小太郎くんもワシも意地になってきた。その2日後には、再び紀伊半島南部に突っ込んでいた。
但し今回はメンバーが一人増えて、藤岡くんも加わった。参戦に至った詳しい経緯は知らない。ただ、小太郎くんから「藤岡くんも一緒でもいいですかあ❓」と言われて、『いいよー。』と答えただけだ。藤岡くんとは古くから顔馴染みだし、彼が加わったトリオでの採集行は去年も経験している。マホロバキシタバが採りたいというので、小太郎くんと案内したし、同じ紀伊半島南部にルーミスとヨシノキシタバを採りにも行ったしね。それに藤岡くんは、のほほんとした何処か浮世離れした人で、控えめな性格だ。ギスギスする事もないだろう。なれば、参加を拒否する理由はない。

 目指す場所は同じ三重県だが、北牟婁郡の谷沿いである。
今回も小太郎くんが仕入れてきた新たな情報に頼る事にした。
そこは絶対に生息しているという鉄板の場所らしい。なのだが、問題がないワケではない。ポイントに向かう途中の橋が老朽化しており、通行止めになっているかもしれないそうなのだ。もしダメなら、現地でポイントを新たに探さねばならない。となると賭けである。雨の多いこの時期だけに、川が増水していて危険な可能性は高いし、それ以前に土砂崩れで前に進めない不安だってある。だけども最も採れる確率が高いのは其処なのだ。もう背水の陣で行くっきゃない。

 天気予報は完全な雨である。けれどワザワザこの日を選んだ。小太郎くんと話し合った結果、ヤクヒメは小雨程度の雨では飛んで来ないのではないかという結論に至ったのだ。

 雨の中、ようやく橋に辿り着いた。
しかし、橋は通行止めになっていた。入口を🚧車止めの看板が塞いでいる。だからといって、ここまで来て誰が引き返してなるものか❗地獄の沙汰も虫次第。絶対に採りたい、採らねばならぬという強い想いが看板を脇へと除けさせる。戻って来て橋が落ちていれば、そん時はそん時のことだ。

 暗く不気味な林道を奥へと詰め、ポイントに到着。

 

 
周囲は鬱蒼としており、深山幽谷の様相を呈している。
手つかずの照葉樹林だと直感する。今まで見てきた、どの照葉樹林よりも深い森だ。此処にヤクシマヒメキシタバが居なくて何処に居るというのだ❓そんな素晴らしいロケーションだ。もう此処で採れなきゃ、腹カッさばくしかあるまい。

 

 
瞬く間に靄が湧き立ち、山肌に天使の薄衣のような薄いヴェールが掛かる。陰翳礼讃。水墨画の世界だ。無駄を排した白と黒の織りなす世界は幽玄で美しい。
とはいえ、傍らに誰かが居てこその風雅の境地だろう。もしも一人ぼっちだったとしたならば、果たしてそんな風に思えていただろうか❓観点を変えれば、これから先に何か悪い事が起きそうな不気味な予兆と取れなくもない風景だ。そう考えれば、とてもじゃないが1人ではこんな所には居れそうにない。日があるうちでも恐ろし気な場所なのだ。ならば夜ともなれば、尋常ではない怖さだろう。絶対に漆黒の闇にイッポンダタラ(註3)とか魑魅魍魎の妖怪どもが跋扈する世界と化すに違いない。

 雨は結構降っている。
どれくらいの量が降っていれば良いのかは分からないが、土砂降りにでもならない限りは大丈夫だろう。とにかく今までの感じでは、小雨程度の雨ではダメだ。これくらいの強さの雨が間断なく振り続ける事を祈ろう。

 日没と同時に点灯。

 
 今回は小太郎くんの許可が下りたので、トリミングなしの画像全面解放である。ライトトラップの、謂わば一つの完成形との事なので、表に出しても恥ずかしくないってワケなのでせう。勝手に半分想像して言ってるけどー(笑)。
 ちなみに今回は本格的な雨を見越して、雨避け用のテント(タープ)が用意された。小太郎くんの発案で買うことになって、購入料金を3人で割った。一人あたりいくらだったっけかなあ❓正確には思い出せないけど、一人三千円くらいの負担だったかな?まあ高くても五千円以内だったと思う。でもそれで快適に採集できるのなら、安いもんだ。

 点灯後、間もなくヤクヒメと同じカトカラ属のウスイロキシタバが飛んで来る。

 
(ウスイロキシタバ♂)


(2021.6月 兵庫県西宮市)

 
が、採らずに無視する。
お前じゃない❗

藤岡くんがおずおずと尋ねてくる。
『コレって貰ってもいいですかぁ❓』
ワシも小太郎も、どーぞどーぞである。ウスイロは前翅のメリハリが効いた美しい種だが、二人とも見飽きていて、もはや眼中にはないのだ。
それにしても、蛾好きの藤岡君なのにウスイロを採ったことがないのね。まあ、紀伊半島南部を除けば分布は局所的で、いる所は限られている。自分も紀伊半島南部以外では1箇所でしか見たことがないから、それも当たり前かあ…。

藤岡くんは次々と飛んで来るウスイロをせっせと取り込んでいる。他の蛾や甲虫もジャンジャン取り込みまくっている。彼は生粋の虫マニアだ。コレクションの中心は蝶と蛾ではあるが、虫とあらば大概は収集対象なのだ。インセクトフェア、いわゆる昆虫展示即売会でも標本を購入しているのをよく見掛ける。だが特定の種類に強い執着は持つことは少ないような気がする。あっ、シジミチョウ科の一部には少しあるかもしれない。けれども特定の種のマニアって感じはしない。例えば小太郎くんだったら、ブルーと呼ばれるシジミチョウの仲間であるゴマシジミやアサマシジミ、ミヤマシジミに対して強い執着心を持っている。他にキマダラルリツバメやギフチョウ、ミヤマカラスアゲハに対する思い入れも強い。あとヒメヒカゲもか…。
自分ならば、タテハチョウ科の中のコムラサキ亜科やフタオチョウ亜科、イチモンジチョウ亜科の赤系や緑系のイナズマチョウ(Euthalia)属やオオイナズマチョウ(Lexias)属に対しての思い入れが強い。で、最近は蛾ではあるが、今回のターゲットでもあるヤクヒメも属するヤガ科Catocala(カトカラ)属にも御執心だ。でも藤岡くんが特に何かを徹底的に集めていると云う話は聞かないからね。とはいえ、羨ましい限りだ。興味の対象が広く全般に渉るのならば、生涯において飽きる心配がないもんね。オラなんか最近は蝶や蛾に対する情熱がすっかり冷めてしまっている。新たな興味対象が見つからねば、業界からフェイドアウトしていきかねない状況だ。虫を趣味にすると意外と金が掛かるし、人生を狂わせてしまうところがある。物事の判断が虫優先になってしまうのだ。例えば、晴れていたら虫採りに行ってしまい、彼女とは曇りか雨の日にしかデートしないとかさ。そりゃ彼女だって怒るわな。で、挙げ句にはフラれる。兎に角、ロクな事がないのだ。

 午後8時過ぎ。
小太郎くんが何か変なのが飛んで来たけど見失いましたー。ヤクヒメだったかも…と言い出す。しかし、灯りの周辺を丁寧に見回るも、らしき姿はない。

 午後8時半。
急に小太郎くんが大声を出す。

『五十嵐さん❗ほら、ソコーッ❗❗』

指差す先の白布の上部に見慣れない小さな蛾が静止していた。
(;・∀・)はあ❓
でも正直、それが何なのかワカンなくて、その場で固まる。

『何してるんすかあ❓ヤクヒメですよ、ヤクヒメー❗❗』

その言葉で、漸く脳のシナプス回路が繋がった。
確かに言われてみれば、ヤクシマヒメキシタバだ。だが、想像していた姿とは随分と違うような気がする。照明のせいで白っぽく見えるせいもあるのだろうが、図鑑等との印象とは相違があるのだ。何より上翅の感じがイメージとは異なる。こんなにもメリハリがあって美しいのか…。百聞は一見に如かずとはよく言ったものである。実物を見ないと、本当の姿はわからない。

『コレがヤクシマヒメキシタバかぁ…。』

絞り出すように言葉が漏れた。
とにかく会えて良かったという安堵の心が広がる。それにしても、いつの間に❓である。仙人は忍者でもあるのかえ❓

暫し見つめていると、再び小太郎くんから声が飛ぶ。
『何ぼぉーとしてるんですかあ❓早く採って下さいよー。逃げちゃいますよー❗』

『(⁠☉⁠。⁠☉⁠)⁠えっ❗❓、オラが採っていいの❓』

最初に見つけたのは小太郎くんだから、採る権利は彼にある。だから手を出さなかったのだ。
『いいですよー。譲りますよ。そのかわり次は採らせて下さいね。』

『(⁠ ⁠;⁠∀⁠;⁠)うるうる。小太郎くーん、アンタってホントいい人だよ。』

譲ってはくれたものの、まだ手中にしたワケではない。ここでもし取り逃がせば、噴飯ものだ。何があっても失敗は許されない。息をひそめて近づき、スーッと体の力を抜いたがいなや毒瓶を上から被せる。

(⁠ノ⁠ ̄⁠皿⁠ ̄⁠)⁠ノ⁠ しゃあー❗❗

やっと採れたよ、お母ちゃん(⁠༎ຶ⁠ ⁠෴⁠ ⁠༎ຶ⁠)
長きイバラの道で御座ったよ。

 

 
毒瓶から取り出して、じっくりと眺める。
渋い美しさだ。図鑑や画像で見る姿よりも遥かに素敵だ。
陰翳礼讃。前翅が雲霧林を彷彿とさせるようなデザインだ。きっと水墨画の世界の住人なんだからだろう。そう思って、妙に納得する。

雌雄を確認するために裏返す。

 
(裏面)

 
尻先に縦にスリットが入っている。多分、♀だね。
それにしても、何だか他のカトカラの♀のスリットとは感じが違う。溝が深いのか広いせいなのかワカランが、黒っぽくてよく目立つ。

 その後、立て続けに飛んで来て、小太郎くんも藤岡くんも無事1つずつゲットした。もし自分一人だけが採れただなんて事になれば申し訳ないから、ホッとする。だが、どちらもスレた個体で、自分の採った♀が一番鮮度が良い。なので次の順番を二人にお譲りする事にする。

思うに、ずっと雨はそこそこ降っているから、やはりシッカリと雨が降らないと活動が活性化しない蛾なのかもしれない。
 
 その後、2人が1頭ずつ採ったところで、ピタリと飛来がやむ。カトカラにはよくある事で、時間を置いて又飛んで来る事は多い。だが、今回も再び活性が入る云う保証はどこにもない。兎に角まだ自分は♀だけしか採っていないから、今度は何とか♂が飛んで来て欲しいと願う。今までイヤというほどボコられてきてるのだ、せめて雌雄くらい揃わなければ、溜飲は下がらない。キイーッ٩(๑òωó๑)۶、早よ飛んで来いやバーロー❗

 午後11:15。
ようやく1頭が飛んで来た。

 

 
だか裏返すと、コチラも尻先にスリット入っている。つまり、残念ながら又♀だ。
その後、2人が1頭ずつ追加したところで、再び飛来が止まった。そして、そのままジ・エンド。雲霧林の仙人は二度と姿を現すことはなかった。

 結果は、自分が2♀。記憶は曖昧だけど、小太郎くんが1♂2♀。藤岡くんが3♂か、もしくは2♂1♀だったと思う。自分だけが♂を採れず、しかも頭数も一番少なかった。鮮度は自分の♀が一番良かったから別にいいんだけど、どこか釈然としない。苦労してやっとこさ採ったわりには、成果があまりにも少ないじゃないか。3人で計8頭というのも期待ハズレだ。ヤクヒメは稀種だが、生息地では個体数が多いと聞いていたからね。とはいえ、胸を撫で下ろしてはいる。兎にも角にも、念願のヤクヒメが採れたのだ。それで良しとすべきなのかもしれない。

 帰途の事はあまり憶えてないけど、雨に長時間濡れて体が冷え切って寒かったと云う記憶だけはある。あっ、そうだ。道の駅で休憩した時に小太郎くんと藤岡くんは着替えたのに、自分だけが着替えを持ってきてなかったのだ。断片ながら少しずつ記憶が甦る。靴の中がグショグショで気持ち悪かったのも思い出したよ。
車窓から明けゆく空を眺めていたね。
そして、心は目的を達成したのに何故か沈んでいたっけ…。

              つづく
 
 
 と、ここで一旦クローズする予定だった。しかし、次回に予定していた翌年の話も続けて書くことにした。何だか分けて書くのが邪魔くさくなってきたのである。
そうなると、もはやタイトルは『2022’カトカラ6年生』とすべきだよね(笑)。でも、まっいっか…である。

 
 
2022年 6月20日

 翌年も、小太郎くんとの紀伊半島詣では続いた。
♂が採れていないので、小太郎くんに同行を頼んだのである。彼の方も鮮度の良い♂は採れていなかったからか、二つ返事でOKが出た。

 日付は1週間早めた。去年は翅がスレや欠けの個体ばかりだったからだ。過去の文献では6月下旬から7月初め辺りが採集適期のような感じだが、地球温暖化の影響で発生が早まっているのだろう。ホンマかいな❓だけど。
場所は去年と同じ場所だ。新たな場所に行きたいのは山々だが、そんな余裕はない。ここは先ずは確実に採れる場所に行くべきだろう。採れなきゃ辛いだけなのだ。骨の髄まで、それを知らしめられたからね。

 とはいえ、新しい場所の探索を怠っていたワケではない。途中、有望そうなダムに寄る。

 

 
四方が照葉樹林に囲まれており、居てもオカシクはないだろう。それに周りが開けているから、ライトトラップを設置するには絶好の場所だ。障害物がないので虫たちが寄って来やすい。山との距離も、そう遠くないから光も充分届きそうだ。そして、下が平らなので、灯火装置も設置しやすい。斜面だと、ライトが不安定で、倒れ易いのだ。

 

 
だが、車に乗ろうとしたら、雲が切れ始めた。そして、あろう事か何と青空が顔を覗かせた。

 

 
(⁠・⁠o⁠・⁠;⁠)おいおいである。
天気予報は雨なのに、どんだけ晴れ男やねん❓
手を合せ、どうぞ雨が降りますようにと願う。農業をやってる人でもないのに雨乞いするだなんて、何か変な話だな思うが、これ以上は回復しない事を祈ろう。心の中で雨乞いの唄を歌う。🎵ピチピチ、チャプチャプ、ランランラン。

 目的地に到着したのは、午後6時前くらいだった。

 

 
相変わらず、素晴らしいロケーションである。
こういう太古から変わらない深い森は、貴重だと思う。ゴイシツバメシジミ(註4)とか、おらんかなあ❓…。紀伊半島では、もう20年くらい記録がないから絶滅したと考えられるが、いるんじゃね❓

 日没と同時に点灯。

 

 
今回も雨よけテント仕様である。
しかし、流石の小太郎くんだ。更に進化させていて、タープの三方に薄布が張られている。ようするに、飛んで来た蛾が止まる面積を大幅増させたと云うワケだ。それに、より光が届くように、ライトが更に上部に取り付けられている。ホントあんたにゃ、感心するよ。マジ偉いわ。

 午後9時半。
何かデカいのが来た。

 

 
トビモンオオエダシャクとか大型のエダシャクの仲間(Biston属)の♀だろう(註5)。たぶん♂は普通種だろうが、Biston属の♀はどれも得難く、珍品揃いと言われている。羽が破れているから迷ったが、持って帰ることにした。

 10時前に漸く最初の1頭が飛んで来た。

 

 
裏返して雌雄を確認する。

 

 
残念ながら、♀だ。それはさておき、その色に驚く。去年採ったものより、明らかに地色の黄色が濃い。となれば、よりコチラの方が鮮度が良いことを示している。この鮮やかな黄色が本来の色なのだ。去年の個体は表側がキレイだったから完品だとばかり思い込んでいたが、実際にはそうじゃなかったと云うことだ。コレってカトカラあるあるなんだけど、羽化から時間が経っているのに、意外と表翅がキレイな個体が居たりするのだ。でも裏はそれなりにスレてるなんて事は儘ある。カトカラの鮮度は、裏で見分けると云うことをすっかり忘れてたよ。

 
 10時半。
白黒の蛾(註6)が飛んで来た。ダルメシアンみたいで洒落てる。こういうシンプルな柄は好きだ。スタイリッシュでカッコいいと思う。

 

 
一瞬、タッタカモクメシャチホコかと思ったが、あんなにゴツくはないし、白っぽくもない。

 
【タッタカモクメシャチホコ】

(2023.3月 奄美大島)

 
白黒の蛾は、他にもキバラケンモンやニセキバラケンモン、ボクトウガ等々何種類か見て知っているが、そのどれとも違うような気がする。
それを合図のように、多種多様な蛾が集まり始める。でもお目当てのヤクヒメは全然飛んで来ない。そして、どんどん時間は過ぎてゆく。雨は降っているし、条件は揃っているのに、どゆ事❓雲霧林のお姫様は、気まぐれで気難しい。ブス姫は性格が悪いのだ。

 午前0時を過ぎても飛んで来ない。みるみる心がドス黒い焦燥感で染まってゆく。

 
 午前0時50分。
やっとこさ飛んで来た。

 

 
でも、又しても♀だ。
表はキレイだけど、裏はさっきの個体よりも少しスレている。
と云う事は、何日か前には既に発生していたという事だ。紀伊半島の採集記録は7月上旬が多いが、採集適期は6月半ばなのかもしれない。

 

 
5分後、また飛んで来た。
待望の♂だ。
しかし、スレ個体だ。翅にスリットも入っている。やはり、少なくとも♂は6月中旬が適期のようだ。
これをきっかけにガンガン飛んで来るかと思いきや、ピタリと飛来が止まる。

 午前1時25分。
やっとこさ飛んで来た。

 

 
裏面も黄色い。やった❗今度こそ完品の♂だ。
これで漸く完品の雌雄が揃った。心底ホッとする。完品の♂と♀が揃わなければ、自分の中の物語はクローズしない。心の何処かが、その場に置き去りにされるからだ。完品が揃うまで訪れ続けなければならないのはシンドいのだ。例えば、ナマリキシタバは未だに♂が採れてないし、ヨシノキシタバは雌雄が揃ってはいるものの、♀のメリハリが効いた美しいタイプの完品は採れてない。そういや、ハイモンキシタバやノコメキシタバも満足しうるような完品がない。

 
【ナマリキシタバ♀】


(2020.7月 長野県松本市)

マイフェバリットの一つ、カトカラBESTファイブに入る美しい種だ。前翅の独特の柄がカッコいい。けど小型種なのがちょっぴり惜しい。もっと大きければ、間違いなくマイフェバリットのNo.1だろう。そんなにゴリゴリ好きなのに。何故だか縁が薄い。今年は何とか沢山採りたいよね。

 
【ヨシノキシタバ♀】

(2020.8月 奈良県吉野郡)

望むのは、こういう型だ。カトカラ属の中でもトップクラスに美しいと思う。コヤツも勿論ベストファイブに入る。
ついでに通常の♀も載せておく。こんなフォームだ。


(2020.8月 奈良県吉野郡)

カトカラの中では、唯一雌雄の柄が違う種で、普通の♀も充分美しい。でもメリハリタイプを見た後では、あまり魅力を感じない。コレだったら、ミヤマキシタバの方がカッコいいと思う。

 
【ハイモンキシタバ】

(2019.8月 長野県上田市)

【ノコメキシタバ】

(2019.8月 長野県上田市)

どちらも背中がハゲちょろけている。カトカラは、このように直ぐにみっともない落ち武者みたくなりよる。クソ忌々しいことに、網の中で暴れただけでこうなるのだ。

 
 夜はゆっくりと更けてゆく。
だが、深き森の姫は再び姿を見せなくなってしまった。飛来時刻は比較的遅めだが、丑三つ刻には打ち止めなのかもしれない。

 午前3時になろうとした時だ。

 

 
月が出た。
小太郎くんに笑われるが、自分でも笑ってしまう。どんだけ晴れ男やねん。まあ、ゴールデンタイムではなかったから全然問題なかったんだけどね。とはいえ、危ねえ危ねえではある。もし数時間でもズレていれば、エラいコッチャだった。

月の出を合図のように片付け始める。
全ての片付けを終えると、再び漆黒の闇が訪れた。深い闇だ。冷気も降りてきているのか、すごく肌寒い。そろそろ魑魅魍魎どもがやって来るに違いない。妖怪どもが跳梁跋扈する前に、急ぎ帰ろうと思った。

                 おしまい

 
追伸
 何せ2年前の話だから、記憶は曖昧だ。思い出し思い出し慎重には書いたが、内容は正確ではないかもしれない。小太郎とも記憶に齟齬がある可能性はあるだろう。読まれた方々には申し訳ないが、それを踏まえた上での文章だと御理解いただきたい。

 ややこしくなったとは思うが、今回からタイトルを「カトカラ4年生」から「カトカラ5年生」に変えた。実質、カトカラの採集を始めて5年目になった時の話だからだ。思うに、カトカラにターゲットを絞って採集を始めた時は、まあまあ天才なんだから、狙ったターゲットを順調に落としていけるだろうと考えていた。だからがゆえに付けたタイトルだったのだろう。それが、あろう事かヤクヒメが採れなくて、まさかの年跨ぎになるとは全くの想定外だった。結果、こう云うややこしい事態を引き起こしてしまった。とはいえ、今さら嘆いたところで詮もない。この先は何とか工夫して時系列を解りやすくして書いていくしかあるまい。自信ないけどー。
と云うワケなので、御迷惑をお掛けするが、今後とも宜しくでやんす。

 
追伸の追伸
 上記は2021年の採集記に対する追伸です。その後、急に2022年の採集記も付け加えたから、追伸も付け足すことにした。だから「この先は何とか工夫して時系列を解りやすくして書いていくしかあるまい。自信ないけどー。」とは書いたが、この話はひとまずお終いなのだ。ゆえに時系列の心配も無くなった。あっ、まだ種の解説編が残ってるか…。となれば、また時系列について考えねばならない。憂鬱だなあ…。

 この採集記は本来ならば、2年前の2021年に書かれるべきものだった。しかしワードプレスの突然の不具合で、記事が全く書けなくなってしまった。アレやコレやと試してみたが、フリーズは解消されず、嫌気がさして放り出してしまったのだ。だからブログが長年更新されなかったってワケ。漸く今年になって再開したが、筆は中々進まなかった。文章と云うものは、毎日のように書いていれば、長文でも慣れでスルスルと書けるのだが、ブランクが空くとそうはいかない。全然調子が出なくて、遅々として筆が進まないのである。ボキャブラリーも浮かんでこないから表現も単調になり、上手く書けない。上手く書けないと気に入らないから益々書く気が失せる。
そいでもって悪い事に、前回を書き終えて直ぐに又してもワードプレスがフリーズした。プレビューが全く見れなくなったのだ。そうなると下書きのレイアウトや貼り付けた画像が見れなくなるので、書くのが困難となる。やる気なし蔵である。
でも、このままだと中途半端に頓挫する事になる。少なくともヤクヒメのシリーズだけでも終わらせたいので、必死に解決方法を探した。そして、回復したのが約1週間前である。長々と言い訳がましく書いたが、少しは書く苦労も解って戴きたいのさ、ガッチャピーン。

 一応、展翅した画像の一部も載っけておこう。

 
【ヤクシマヒメキシタバ♂】

【同♀】

【裏面】

こうして展翅してみると、渋いっちゃ渋いが、冷静に見れば小汚いちゃ小汚い。他の多くのカトカラの下翅は鮮やかな黄色や紅色、紫色だから、それと比べればあまりにも地味だ。お姫様と言うよりも、雲霧林に棲む老婆だ。いや山姥(やまんば)かえ❓でも珍品だと思えば、山深き森に棲む仙人様に見えてくるから不思議だ。できることなら、今年も仙人様に会いに行きたいと思う。

 
 各註釈の解説もしておこう。
 
(註1)キリシマミドリシジミ

(♂ 2010.8.6 滋賀県 霊仙山)

学名 Chrysozephyrus ataxus
前翅長18〜24㎜。シジミチョウ科 ミドリシジミ属に分類される小型の蝶で、ゼフィルス(ミドリシジミの仲間)では、最も美しい種とされる。
♂の翅表は光沢のある金緑色で、♀は黒褐色の地色に青藍斑を持つものが多い。国内では神奈川県西丹沢から九州は屋久島まで見られるが、その分布は局所的。アカガシやウラジロガシ等の食樹が生育する標高400〜1400mの常緑広葉樹と落葉広葉樹の混交林を中心に生息地が知られている。
成虫は年1化、7月上旬〜9月下旬にかけて見られる。♂は午前9時〜午後3時頃に梢上を敏活に飛び回り、縄張り内に侵入した者を激しく追いかけ、再び元の位置に戻る占有性を有する。

ゼフィルス愛好家の中でも、意外と野外で成虫を採集した経験がない人が多いらしい。これは愛好家の間では野外で成虫を採集するよりも、冬場に卵を探し出して飼育する方が遥かに容易に標本が得られるからだ。しかも羽化直後の美しい個体が得られるときてる。ゼフィルス類は激しく飛ぶので、採っても汚損や破損したものが多く、中々完品個体が得られないのである。しかも多くの種が高所で活動するので、採集の難易度は高めだ。中でもキリシマミドリが最も難易度が高いとされている。多くは地上7m以上を飛翔し、しかもそのスピードはゼフィルス類最速と言われる。オマケに回遊する事が多く、あまり枝葉には止まってくれない。にも拘わらず、静止時間が他の種と比べて圧倒的に短いのだ。高い、速い、止まらないの三拍子が揃っている上に、ジッとしていてくれないんだから、お手上げである。思えば5連敗中に会った人で、採れてた人は誰一人いなかったもんね。
しかもコヤツの棲息環境は最悪で、大概がヒルだらけ。常に吸血される恐怖に怯えていなければならぬのだ。終始、気が気でなく、採集に全く集中できない。画像の、初採集した時の霊仙山なんぞはヒルの巣窟で、彼奴らが何十匹と鎌首を擡(もた)げてカモーン、カモーン。ゆらゆらと揺れてる様は阿鼻叫喚モノだった。思い出すだけても、さぶイボ(鳥肌)がサアーッである。

 
(註2)阪神タイガースの開幕9連敗
2022年、我が人生の愛憎の象徴である虎は、開幕試合のヤクルト戦で最大7点差があったにも拘わらず、終盤に大逆転されて負けた。以来、悪夢の9連敗。セ・リーグのワースト記録を塗り替えた。その後も勝てず、何と開幕17試合で1勝しか出来なかった。ホント、毎年の事ではあるが、ファンをやめたくなるよ。しかし、気がつけば今年も応援している。まるでダメ男に貢ぐ愚かなバカ女みたいではないか。いや、ワシは男だから、性悪女に引っ掛かったアホ男と言った方が正しいか。

 
(註3)イッポンダタラ

(出典 『Amazon』)

一本だたら(一本踏鞴)。日本に伝わる妖怪の一種で、熊野地方など紀伊半島南部の山中に棲む。一つ目で一本足の姿とされるが、各地方によって伝承内容に相違が見られる。
和歌山と奈良の県境の果無山脈では、皿のような目を持つ一本足の妖怪とされ、12月20日のみに現れて襲ってくるという。この日は「果ての二十日」と呼ばれる厄日で、果無山脈の名前の由来にもなっている。
奈良県の伯母ヶ峰山でも同様に12月20日に山中に入ると一本だたらに遭うといい、この日は山に入らないよう戒められている。こちらの一本だたらは電柱に目鼻をつけたような姿で、雪の日に宙返りしながら一本足の足跡を残すという。見た目が奇怪な姿の妖怪だが、人間には危害を加えないという。又、この地方では鬼神である猪笹王と同一視される事もある。猪笹王とは、背中に熊笹の生えた大イノシシが猟師に撃ち倒された後に亡霊となったもので、一本足の鬼の姿で山を旅する人々を襲っていたという。しかし丹誠上人という高僧によって封印され、凶行はおさまったと伝わる。但し、封印の条件として年に一度、12月20日だけは猪笹王を解放することを条件とした為、この日は峰の厄日とされたという。
和歌山県の熊野山中では、一本だたらの姿、形を見た者はなく、雪の降り積もった上に残っている幅1尺ほどの足跡を見るのみだという。
和歌山県西牟婁郡では、カッパの一種である「ゴーライ」が山に入ると、山童の一種である「カシャンボ」となり、このカシャンボのことを一本だたらと呼ぶという。
他にも、人間を襲うという伝承が多い中で、郵便屋だけは襲わないという説や源義経の愛馬が山に放たれてこの妖怪に化けたと云う説など、一本だたらの伝承は名前は同じでも、土地ごとによって違いがある。尚、紀伊半島南部以外にも、各地方に似たような妖怪伝承が残されているようだ。
名称の「一本だたら」の「だたら」はタタラ師(鍛冶師)に通ずるが、これは鍛冶師が片足で鞴を踏むことで片脚が萎え、片目で炉を見るため片目の視力が落ちること、一本だたらの出没場所が鉱山跡に近いことに関連するとの説もあるようだ。又、一つ目の鍛冶神、天目一箇神(あめのまひとつのかみ)の零落した姿であるとも考えられている。猶、熊野地方を治める熊野国造は製鉄氏族である物部氏の支流であるそうな。
ちなみに画像の右側の文章は、おそらく水木しげる先生的な一本だたらの解釈であろう。

 
(註4)ゴイシツバメシジミ

(出典『環境省』)

学名 Shijimia moorei moorei
開張19〜26mm。基本的には年1化、7月上旬〜8月上旬に見られるが、部分的に8月上旬から中旬にかけて第2化が羽化する。
和名は翅裏に黒い斑紋が碁石状に並んでいる事に由来する。
1973年に熊本県の市房山で発見され、1975年には国の特別天然記念物に指定された。又、1996年には種の保存法にも指定されており、採集も標本の売買・譲渡も禁止されている。クソが考えたクソ法律、死ねや。
日本では、紀伊半島の奈良県川上村及び九州の熊本県、宮崎県にのみ分布する。しかし、熊本県では毎年発生が確認されているものの、奈良県と宮崎県においては近年その生息が確認できておらず、絶滅したと考えられている。奈良県での発見は1980年で、たしか尊敬を込めて「蝶乞食」とも称される浜さんが最初に見つけたんじゃなかったけかな。
生息地はカシ類などの大木が繁茂する暖帯照葉樹林の原生林の渓流沿いで、幼虫の餌となるシシンランが樹上に着生している場所にのみ見られる。幼虫はシシンランの花や蕾だけを食べて育ち、成虫はノリウツギ、リョウブ、アカメガシワなどの花を訪れて吸蜜する。又、時にヘビやカエルなどの死体、鶏糞から吸汁することもある。

 
(註5)エダシャクの仲間
調べてみたら、オオアヤシャクという名の蛾でした。

【オオアヤシャク♀】

でもって分類は、Biston属ではなくてアオシャク亜科であった。失礼しやした。
開張は♂が42~53mm、♀は58~65mmもあり、アヤシャクの仲間では最大種なんだそうな。北海道,本州,四国,九州に分布し、6~9月に現れる。矢張り♀はともかく、♂は普通種のようだ。確かに、この日も♂は沢山飛んで来た。
幼虫の食樹はモクレン科(モクレン,ホオノキ,タムシバ,オオヤマレンゲ,シデコブシ)とムクロジ科(トチノキ)。
 
 
(註6)白黒の蛾
後で調べてみたら、カラフトゴマケンモンと云う名の蛾でした。

【カラフトゴマケンモン】

学名 Panthea coenobita idae
ヤガ科 ウスベリケンモンガ亜科に属する。
開張43〜52mm。成虫は、年2化。 5〜7月と9月に現れる。
幼虫の食餌植物は、マツ科のトウヒ、モミ、カラマツ。
名前にカラフト(樺太)とつくが、北海道以外の本州,四国,九州,対馬にも分布する。西日本では標高の高い所で得られることが多いようだ。これは西では幼虫の食樹が比較的高い標高にある為だと思われる。しかし、モミの木なんかは低い場所でも時々見掛ける。この採集地も標高は高くはなかった。つまり、特に冷涼な気候を好む種というワケではなさそうだ。
尚、稀種とまでは言えないが、少ない種らしい。

 
ー参考文献ー
◆『日本のCatocala』西尾規孝
◆『世界のカトカラ』石塚勝己
◆『Wikipedia』
◆『日本産蝶類標準図鑑』白水隆
◆『日本産蝶類標準図鑑』岸田泰則
 

2021’カトカラ4年生 壱(2)

 vol.28 ヤクシマヒメキシタバ

   『陰翳礼讃』第二話

 
 2020年 7月3日
夜に小太郎くんから電話がかかってきた。

「明日、またヤクシマヒメキシタバを採りに行きませんか❓」

忘れ物でもあったのかな?その程度に思いつつ電話に出たから、いきなりの第一声に面食らった。何せ昨日、布引の滝(三重県熊野市紀和町)で灯火採集をして惨敗したばかりなのだ。まさかそれからたった中一日おいてのリベンジのお誘いがあるなんて誰だって夢にも思わないだろう。帰宅したのは今日の朝だったから、昨日の今日みたいな話なんである。

【ヤクシマヒメキシタバ】

(出典『世界のカトカラ』)

初戦の帰りの車中が言葉少なかったのは、二人共その惨めな結果に少なからずショックを受けていたからだろう。チビでブスなヤクシマヒメキシタバ(以下ヤクヒメ)なんぞ、楽勝で採れると思っていたからだ。でも結果は満を持して出動したのにも拘わらず、まさかの姿さえも見れずの完敗だった。怒りとも悲しみとも言えない感情が宙ぶらりん、帰宅してもその事が頭から離れなかった。そして、何でやねん❓のリフレイン。頭の何処かで敗退原因をずっと考えていた。
 小太郎くんも似たようなもんだったらしく、結果に納得いかなくて、その豊富なネットワークを駆使して各方面から情報収集をし直したようだ。
そうして集めた情報を総括すると、
ヤクヒメは雨の日じゃないと採れないらしい。

(゚∀゚)おいおいである。
勿論、自分もヤクヒメは雨の日の方が比較的多く灯火に飛来する事は知ってはいた。おぼろげながらも噂で聞いていたし、日本のカトカラについて最も詳しく書かれた名著『日本のCatocala』には「成虫を飼育すると、雨天時に行動が活発となった。湿度が高い場所を好むと推測される。」と書かれていたからね。また、世界有数のカトカラ研究者である石塚さんの著書『世界のカトカラ』にも「雨の日など湿度が高い晩の灯火に比較的多く飛来することがある。」という記述もあった。
だとしても、匠である両人とも絶対に雨の日じゃないと採れないとか、雨の日以外はほぼ採れない、活動しないとまでは書いていないのだ。となると、曇りでも湿度が高ければ採れると解釈してもオカシクはないだろう。雨の日しか採れないだなんて、にわかには信じ難い。ならば、雨上がりだったらどうなるのだ❓ 空中湿度は高いぞ。或いは、雨は降ってるけど湿度は高くない日だったらどうなるというのだ❓あっ、でも雨が振ってたら、そもそも湿度は高いか…。もう、ワケわかんなくなってきたよ。
よし、わかった。そんなところに拘っても埒が開かない。何れにせよ、曇りの日で惨敗したのは事実なのだ。雨の日に合わせて行くしかあるまい。
けど、かといって土砂降りだと飛んで来ないんだろなあ…。雨予報で行ってはみたが、着いたら大雨でしたー😨ではシャレならんがな。そんなの想像しただけでも恐ろしい。絶望的だよ。たとえ大雨じゃなくとも風が強ければアウトだろうしね。風が強い日は、大方の虫は活動しないのだ。
そう考えれば、条件は案外どころか、かなりシビアじゃないか。難易度は高いぞ。
何か段々ハラ立ってきたわ。
だったら「行けば楽勝で取れるよ」とか言ってた爺さんどもよ、ナゼにそんな重要な情報を伝えてはくれなかったのだ。ヽ(`Д´#)ノボケてんじゃねぇぞ、バーロー❗❗

小太郎くんに訊ねる。
『で、天気予報はどうよ❓』
『一応、雨みたいですよ。』
『OK。なら、行こう。』
そうして、あっさりリベンジが決まった。

 問題は何処に行くかだ。
先ずは惨敗した布引の滝を除外した。同じ場所に日を置かずして続けて行くのは気が進まないし、曇りだったとはいえ、ヤクヒメの姿は影も形も無かったからだ。つまり、記録はあっても今も生息しているかどうかはワカランのだ。もし布引の滝で再挑戦して、雨が降っているのにも拘わらず飛んで来なかったら、精神的ダメージがデカ過ぎる。大いなる時間と労力の無駄だと思い知らしめられるのはゴメンだ。

 三重県北牟婁郡紀北町(旧海山町)の千尋峠は、小太郎くんが難色を示した。遠いんである。出発地の奈良からは京都を経由して大きく迂回して三重県側から入るのが一番早いようなのだが、それでも三時間以上はかかるようだ。走行距離が約200kmくらいあるのだ。

 そこで小太郎くんから提案があった。
『布引の滝と同じく紀和町なんですけど、絶対に居そうな所があるんですよねー。ウバメガシも沢山生えてるし。そこ、行きません❓』
まだヤクヒメの幼虫の食樹は自然状態では発見されていないが、成虫からの採卵による飼育下ではウバメガシとクヌギを食す事が分かっている。
 場所を尋ねると、なるほどねと思った。その辺りは雲海で有名な峰がある所だからである。となれば当然、空中湿度は高いものと考えられる。雲霧林的な環境を好むヤクヒメが居ても何ら不自然ではない。いや、いるだろう。
奈良からの距離も100km余りだから、千尋峠よりだいぶと近い。前回の布引の滝は自分推しだったし、今回は小太郎くんの考えを尊重しよう。
ただ一つ気がかりなのは、その辺りにヤクヒメの採集記録が無いんだよなあ…。まっ、蛾の中では人気が高いグループとはいえ、所詮は蛾だもんなあ。蝶みたいには分布調査が進んではいない筈だ。記録が無いのは、きっと誰も調べてないんだろ。そもそもライトトラップでしか採れないようなモノなんぞ、調査できる人間が限られてくる。照明道具が必要だからね。その点、蝶は分布調査が比較的容易だ。夜とは違う昼間だし、飛んでいるのを見つけやすい。それを網で採ればいいのだ。仰々しい道具は要らない。生態もほぼ全ての種が解明されているから、卵や幼虫を探すこともできよう。それでも分布しているという証明にはなる。その点、蛾は蝶と比べて愛好家は格段に少ないから、まだワカラナイ事だらけなのだ。幼虫の食樹や生態が解明されてない種がワンサカいる。
大丈夫、何とかなる。ヤクヒメの新産地を見つけて、溜飲を下げてやろうじゃないか。

『わかった、そこにしよう。』
『ところで、雨用に特別に持ってくもんって、ある❓』
『☂傘ですよねー。』
『んなもん、解っとるわい(`Д´#)ノ❗そうじゃなくてー、他にあったら役立つもんやがなー』
『ハイ、ハイ。』
受話器の向こうからでも半笑いなのはわかる。小太郎くん、時々ワザとそうやってイジってくる時があんだよなー。
まあ、それだけ付き合いも長くなってきたという事か。
『あっ五十嵐さん、何か雨よけになる覆いみたいなのありません❓ 発電機を濡らしたくないんですよねー。』
『一人用のテントが有った筈だけど、使える❓』
『あっ、それ助かります。それで全然OKです。』
『何だったらあげるよ。新しいの持ってるからさ。』
『アリガトございまーす。では明日、ヨロシクでぇーす。』

 余談だが、そのテントは、ユーラシア大陸をバイクで横断した時のテントだ。もう25年くらいは前のモノだけど、雨よけくらいにはなるだろうと思って提供を申し出たのだ。
その夜、ベランダのガラクタの中から引っ張り出してきたけど、意外と傷んでおらず、往時と見た目はあまり変わっていなかった。懐かしいその姿に、瞬時に当時の思い出が甦ってきて、ワッと押し寄せてきた。辛い事も沢山あったけど、エキサイティングでメチャメチャ面白かった。あんな旅は二度と出来ないだろう。さみしいけど、ノスタルジーって悪かない。

 
 2020年 7月4日

 車窓から空を見上げる。水分をたっぷり含んだ重たそうな雲で覆いつくされてはいるが、また雨は降っていない。
まさかの中一日で、また熊野に向かっている自分が信じられない。しかもチンケな蛾を採りに行くのだ。普通に考えれば阿呆だ。自分で自分に笑ってしまう。狂気の沙汰も虫次第。我々虫屋は、蝶であったり、クワガタであったりと追い求めるものはそれぞれ違えど、誰しもが身を焦がすほどに虫に取り憑かれている。虫を追い掛ける事でしか、多量のドーパミンが出なくなってしまった憐れな信者なのだ。そんな事を思いながら、流れゆく風景をぼんやりと眺める。まあ、どうあれリベンジするなら早ければ早い方がいい。心に深い傷を負わない為には、短い間にやり返すことが肝要なのだ。時間が経てば経つほど、敗残者のメンタルに染まってしまうのだ。
 現地の天気予報は、雨時々曇り。風も強くなさそうだ。条件は揃っている。今日こそは、ブス蛾をテゴメにしてくれるわ❗

 目的地近くまで来たところで、トイレ休憩を入れた。
目の前に連なる山は濃い照葉樹林だ。期待値が高まる。こりゃ、絶対いるよねーと小太郎くんと確信に満ちた言葉を交わす。だいち今回は、ワシを無事日本に帰還させてくれた、あの強運の象徴であるシングル用テントも参戦なのだ。必ずや良い結果をもたらしてくれるだろう。

 人気のない暗い林道に入る。木々は鬱蒼と繁り、ジメジメとしていて、ヤクヒメの棲息環境としては申し分ないだろう。あとは何処にライトトラップを設置するかだ。その問題さえクリアすれば、絶対に採れる筈だ。適した良さげな場所さえ見つかれば、ビクトリーロードだ。

ライトトラップが出来そうな場所を幾つか見つける。
コレなら何とかなるだろう。それで、もう勝ったも同然の気分になる。だから次第に採集の云々よりも、寧ろ帰りの事の方が気になり始めていた。どう見ても崖々は多量の雨水を蓄えている。つまり、いつ何処で土砂崩れが起こってもおかしくないような状況なのだ。実際、特に如何にもヤバそうな1箇所には土囊が積んであり、明らかに過去に土砂崩れがあった痕跡が残っている。

 2、3の候補の中から、中腹にある橋を設置場所と決める。
此処なら前が開けており、背後の斜面の環境も良いから、居れば飛んで来るだろう。そして、外は良い具合に雨がシトシト降っている。これなら万全じゃろう。採れない理由が見つからない。

 日没と共に、ライト・オーン。

 前回に引き続き、今回も小太郎くんの要請により、画像は大幅カットのトリミングである。ライトトラップの中枢部は秘密なのさ、オホホ( ̄ー ̄)である。
ちなみに、テントは発電器の雨よけに使われた。まさかキミも第二の人生があるとは思っていなかっただろうに。何にせよ、役に立つという事は喜ばしい事だ。

 点灯すると、バラバラと蛾が集まって来た。
初遭遇のシャチホコガ科のギンモンスズメモドキも寄って来た。羽に窓が有る特異な蛾として割りと有名な蛾だ。
しかし、ガッカリだった。


(出典 岸田泰則『世界の美しい蛾』)

尊敬する岸田先生の著書『世界の美しい蛾』でも紹介されていたから、仄かな憧れを持っていたのだが、実物はタダのちょっと毛色の変わった汚い蛾としか思えない。しかも特別に珍しい蛾と云うワケでもない普通種のようだ。


(出典『虫ナビ』)

一応2頭ほど採ったが、直ぐに興味を失った。だからワザワザ写真も撮らなかった。ゆえにネットからの拝借画像と相成ったワケである(写真を使わせて戴いた方、こんな使い方で申し訳ない。御免なさい)。
どころか、そういえば展翅すらしていない。おそらく冷凍庫に安置されたままだ。たぶん未来永劫にマイナス世界に封印される事になろう。拠って展翅画像もないでごじゃるよ。ワシ的には、クソ蛾ジャンル入りの存在なのだ(岸田先生、こんな扱いでゴメンナサイ)。

 午後8時半過ぎ、やがて雨が上がった。
少し不安になったが、寧ろ有り難いと解釈した。覚悟はしていたものの、ずっと雨に降られ続けて、揚句に全身グショグショになるのは憂鬱だからね。幸いな事に空中湿度は高いままだ。晴れたりしない限りは、そう簡単には湿度が下がる事はないだろう。

 午後9時過ぎ。
発電機が熱を持ち始めたので、テントから出す事になる。どうやらテント内に長く入れておくと、熱が籠もるようだ。早くも我がテント、お役御免である。第二の人生は短かったね。
ちょっとだけ嫌な予感がよぎった。流れが変わったような気がした。

 午後9時50分。

ガビー Σ(゚∀゚ノ)ノー ン❗
月が出た❗❗/
しかも、最悪の🌕満月である。灯火採集にとって一番悪い状況じゃないか。

9時半を過ぎた辺りから、妙に左側の山の端が明るくなり始めていたから、まさか…とは思っていたが、よもや雲が切れてお月様が顔を出すとは想定外も想定外、愕然の展開だ。だって天気予報は雨時々曇りだったのだ。晴れる要素なんて1ミリもなかったのである。それがどういてこおなる༼⁠⁰⁠o⁠⁰⁠;⁠༽❓
背後から直ぐに小太郎くんの声が飛んで来る。
『五十嵐さん、またですかー❗❗もーこんな時に晴れ男パワー発揮してどうするんですか。ありえませんよ。❗❗/

当然、集まって来る蛾は少ない。元々ショボい状況ではあったが、輪をかけて酷くなった。

その後の時間は長かった。
諦めた小太郎くんは車の中で寝始めたから、尚の事だ。一人、何も起こらない退屈な時を忸怩たる思いを抱えて、やり過ごす。

月は時々隠れるものの、また思い出したように煌々と輝き、辺りを柔らかく照らしている。陰翳礼讃。光と陰が織りなす世界は奥行きが深い。そこには叙情を湛えた趣きがあり、怖いような幽玄な美しさがある。山の中で眺める月は、都会とは別物だ。本当に美しいなと思う。
だからと言って、心が穏やかなわけではない。その月に向かって、何度も何度も呪詛の如く呟く。
🎵何で❓何で❓なんでやねんねん❓
🎵何で❓何で❓なんでやねんねん❓
🎵何で❓何で❓なんでやねんねん❓
🎵何で❓何で❓なんでやねんねん❓(註2)

歌ってるうちに、自分がとてつもなく滑稽な存在に思えてきて、笑ってしまう。
ひんやりとした夜気の中を、その力なく響く歌は、いつまでも浮遊していた。

                    つづく

 
追伸
誠にもって申し訳ないが、物語は終わらない。書いてるワシもカタルシスがないから辛いよ。

(註1)ギンモンスズメモドキ
岸田先生の『世界の美しい蛾』と『日本産蛾類標準図鑑Ⅰ』から引用させて戴く。

【学名 Tarsolepis japonica】

(出典『日本産蛾類標準図鑑Ⅰ』)

開張 ♂66〜69mm ♀80〜82mm。
前後に光り輝く「三角銀紋」をもつ大型のシャチホコガ。
ギラギラ光る前翅の斑紋、腹部にある赤い毛など、見どころの多いシャチホコガの一種。1年1化型で、夏季の7ー8月に出現する。カエデ類(ムクロジ科)を食樹とすることが知られ、北海道(登別以南),本州,四国,九州,対馬,ネパール,インドシナ半島,中国南東部,台湾などに分布している。国内では各地に産するが、あまり多くない。
Tarsolepis属は東南アジアに6種ほど知られ、何れもムクロジ科を食餌植物としている。
 尚、名前の由来はスズメガに似ている事からの命名だろう。

(註2)なんでやねんねんねん
ダウンタウン 浜田雅功の、きゃりーぱみゅぱみゅを模したパロディ曲。衣装もメルヘンチックであった。当然、ワタクシの頭の中ではプリティな浜ちゃんが踊り歌っておりました。

 
ー参考文献ー
◆岸田泰則『世界の美しい蛾』
◆岸田泰則『日本産蛾類標準図鑑Ⅰ』
◆石塚勝己『世界のカトカラ』

 

2021’カトカラ4年生 其の壱

 
vol.28 ヤクシマヒメキシタバ

   『陰翳礼讃』第一話

 超久し振りのカトカラシリーズである。
下手すりゃ二年半振りくらいの更新やもしれぬ。どんだけサボってんねんである。頓挫していた理由は色々あるのだが、そんな事をつらつらと書いたところで読者にはツマラナイと思われるので書かない。勿論、書けと言われれば幾らでも書けるが、第一章がワタクシの言いワケだけで終わっても知らんでぇ(ー_ー)。んなもん誰も望まんでしょうよ❓

 それはさておき、書くにはのっけから問題山積である。
先ずタイトルからして問題ありきだ。ヤクシマヒメキシタバを最初に採りに行ったのは2020年だから、タイトルは『2020’ カトカラ3年生』とすべきではないかと云うツッコミが入りかねない。まあ、それは甘んじて受けるとしても、読む側にとっては時系列を把握しにくい面がある。その年(2020年)に書いておけば良かったのだが、サボったせいで時系列の整合性がとれるどうか自信ないよ。まだしも2021年に書いておけば何とかなったのになあ…。でも今はもう2023年なんであ〜る、ψ(`∇´)ψケケケケ…。オデ、オデ、頭パー。早くも追い詰められてプレッシャーかかってのヤケクソ笑いじゃよ。
それに当時から既に2年と9ヶ月もの月日が経っているのだ。記憶も薄いヴェールが掛かったかのように曖昧模糊となりつつある。そして当然ながら、ちゃらんぽらん男にメモをとる習慣などなーい。🎵記憶たどれなーい。
そう云うワケだから、勝手な思い込みの、事実とは乖離した間違いだらけの文章になりかねないし、時系列もメチャメチャになるかも…。記憶が欠落してるがゆえに、書くことが無くて文章がスカスカになる可能性だって否めない。「たぶん」とか「おそらく」とか「かもしれない」等々のファジーな文言だらけにもなるやもしれぬ。そして何よりも長い間まともな文章を書いてないんで、クソおもろない駄文になる確率高しでしょう。
皆様方はそれを踏まえた上で読まれたし。期待してはならんのだ。そこんとこヨロシク〜(^o^)v

 
2020年 7月2日

 車中から外に目をやる。こんもりとした照葉樹林の明るい黄緑色が目に眩しい。ようやく森の仙人が棲む領域に入ってきたのだと実感する。

奇しくも、この日はオイラの誕生日だった。
正直、やっぱオラって持ってる男だよなーと思ったね。もしかして神様の計らいで、この日に導いてくれたんじゃないか。だとしたら、もう神様からのプレゼントを貰ったも同然じゃないか。しかもヤクシマヒメキシタバ(以下ヤクヒメ)は深山幽谷に棲む珍種とはいえ、ポイントに行けさえすれば絶対に採れるみたいな話も聞いていたからスーパー楽勝気分だった。そういや道すがら、余裕の心持ちで「おー、ここが高校野球の名門、智弁和歌山高校かあー」とか言ってた憶えがあるもんなあ。

【ヤクシマヒメキシタバ】

(出典『日本産蛾類標準図鑑Ⅱ』)


(出典『世界のカトカラ』)

 申し訳ないが、下翅が黄色や赤、オレンジ、ピンク、紫色など色鮮やかに彩られるものが多いカトカラグループの中においては、最も小汚い種だ。そう言わざるおえないような地味な見てくれのカトカラなのである。
オマケにチビッ子ときてる。国内では最小クラスの小人カトカラでもあるのだ。チビでブス。純粋に見たら魅力的ではない(あっ、チビとかブスとかってコンプライアンス的に言っちゃマズかったかしら❓)。
されど、屋久島、九州南部、対馬、四国、紀伊半島南部等に局所的に棲む種ゆえに、簡単には会えない珍種とされている。また、標高は高くはないものの、深山幽谷の様相を呈するような環境、いわゆる原生林、もしくはそれに準ずるような自然度の高い照葉樹林でしか見られないことから、愛好家の間では憧れられていたりもする。どこか神秘的なものを感じるのだろう。その深山幽谷のイメージとリンクして、お爺ちゃんみたいな見てくれでさえも、視点を変えれば”仙人”の風情を湛えているように見えなくもない。そうゆう目で改めて見ると、落ち着いた渋い魅力があるような気もする。ゆえに高貴で格調高いと評する人もいるのだろう。
とはいえ、オラはそもそもが美人好きであり、美食を好み、美しい絵画、美しい風景etc…、世のあらゆる正統派の美をこよなく愛する男なのだ。当然、蝶や蛾も美しい者に強く惹かれる。つまり、パッパラパーのミーハー男なのさ。だから今までヤクヒメにはあまり食指が動かなかった。
それに関西からでも紀伊半島南部の山奥は直線距離以上に遠いんである。山深いから、所要時間的には飛行機で北海道や沖縄に行くのと変わらんのだ。場所によったら、下手すればもっと時間がかかる。謂わば陸の孤島なのだ。ゆえに腰も重くもなる。
加えて、ヤクヒメは灯火採集でないと殆んど得られないと言われている。だからワシのようなライトトラップの道具を持ちあわせておらず、糖蜜トラップのみに頼るような採集では極めて分が悪い。惨敗濃厚だ。なのに小汚いブス蛾に誰が会いに行けるかっつーのである。ブスに会いに行って告白して、挙げ句の果てにはフラれるなんざ目も当てられない。ワシの人生経験には、んなもん皆無なのだ。つまりワシ的辞書には無いって事。なので後回し。そのうち行く機会もあるだろう程度に思っていた。

 そんな折り、カトカラ採集の盟友である小太郎くんからヤクヒメ採集のお声が掛かった。遂に灯火採集のセットを購入したらしい。因みに、この年はコロナウイルスが日本中を恐怖に陥れた最初の年だった。で、全国民に等しく給付金10万円が配られた。彼は、そのあぶく銭(笑)をドーンと注ぎ込んだというワケだね。嫌味ではなく、もうコロナ様々である。この年は、後々その小太郎くんのライトトラップのお陰で、アズミキシタバ、ヒメシロシタバ、ナマリキシタバ、ヨシノキシタバと、未採集のカトカラを次々と撃破できたからね(これらの採集記は既に書いてあるので、興味のある方は遡って読まれたし)。

 採集ポイントは、最初はヤクヒメが最も得られている和歌山県田辺市の大塔渓谷にターゲットを絞っていた。単純に個体数が多ければ多いほど採れる確率が高まると考えたからだ。知り合いの爺さんも、大塔に行けば楽勝で採れると言ってたしさ。
しかし、数日前に谷が土砂崩れで通行不能になっていると云う情報が入り断念。なので1から計画を練り直さざるおえなくなった。そこで新たに候補に挙がったのが、三重県熊野市紀和町の布引の滝と三重県北牟婁郡紀北町(旧海山町)の千尋峠、奈良県上北山村の貯水池だった。
で、小太郎くんとディスカッションして最終的に選んだのが布引の滝。アクセスの良さとかもあるのだが、決め手は西尾規孝氏の名著『日本のCatocala』に載っている写真だった。


(出典『日本のCatocala』)

背後の森の感じとか環境が良さげなのは勿論だが、一番の理由は橋が架かっている事である。この手の橋があると云う事は、地面がほぼ平らであることを示している。つまり、ライトトラップが設置しやすくて安全度が高い。傾斜がある所だと安定感を欠くのだ。となれば強い風が吹けば倒れかねない。もしも小太郎くんのライトトラップのデビューの日に、三脚がコケて高価な水銀灯が割れでもしたら最悪である。小太郎くん本人の落ち込みは当然激しいだろうし、ワシの申し訳ないという気持ちもマックスになる事は想像に難くない。それだけは何としてでも避けたかったのだ。縁起が悪いからと、コンビを解消されたら悲しすぎる。
他にも理由はある。実を言うと、以前この場所には一度だけ来たことがある。Mr紀伊半島。紀伊半島の蝶に造詣が深く、ワシの兄貴分でもある河辺さんに珍蝶ルーミスシジミの採集に連れて来てもらったことがあるのだ。

【ルーミスシジミ】

(2017.6月 三重県熊野市紀和町)

ルーミスといえば、空中湿度の高い場所に棲息する蝶だ。そして、ヤクヒメも雨が多くて湿度が高い雲霧林的な環境を好むと言われている。ならば、採れる確率は高い。更に言えば、橋は駐車場に隣接しているから利便性も良い。荷物運びが楽だかんね。水銀灯用の安定器や発電機はバリ重いのだ。勿論、近いと時間の節約になるのは言うまでもない。設置や撤収に無駄な時間を要しないということだ。つまり、布引の滝は申し分ないくらいの好条件が揃っている地なのだ。

 まだ空が明るい夕方近くにポイントに到着した。
ここは紀和町の中央に位置し、一族山(標高801m)の南側の登山口にもなっており、楊枝川の上流部に辺る。そして、少し下った所には高さ29mの「布引の滝」がある。三段からなる優雅で気品ある美しい滝で、日本の滝百選にも選ばれている。

【布引の滝】

(出典『滝ガール』)

調べてみると、この周辺は自然度の高い天然林と原生林が広がっており、1991年6月には「紀和町切らずの森」と名付けられて、20.1haにわたる面積が保護される事になったようだ。
生物相も豊かで、キツネ、タヌキ、シカ、ノウサギ、ニホンザル、イノシシ等の哺乳類が多く生息し、稀少種であるワカヤマヤチネズミもこの周辺では数多くみられるという。鳥類も多く、猛禽類のハチクマ、サシバをはじめ、アオゲラ、コゲラ、ルリビタキ、キビタキ、アカハラ、ミソサザイ、オオルリ、キバシリ等々が確認されているそうな。そして沢沿いや渓流には、アマゴやオオダイガハラサンショウウオも棲むという。
昆虫は蝶で言えば、ルーミスの他には、同じく珍品とされるヒサマツミドリシジミや美麗なるキリシマミドリシジミ、メスアカミドリシジミなど「森の宝石」とも称されるゼフィルス(ミドリシジミの仲間)も豊富にいると書いてあった。まあコレは蝶屋なんだから、さすがに知ってたけどさ。

【ヒサマツミドリシジミ】

(2014.6月 京都市左京区杉峠)

あと、特筆すべき記述も見つけた。何と此処は幻のヘビ、あの「ツチノコ」の伝説が残る里でもあるらしい。
バチヘビじゃ、バチヘビ〜❗テンション、バキ上がるわ〜🤩
あっ、バチヘビとはツチノコの別名ね。ちなみにツチノコ(槌の子)とは、日本に生息すると言い伝えられる未確認動物(UMA)の1つで、形が横槌に似ていて、胴が太くて短い蛇の事やね。北海道と南西諸島を除く日本全国で目撃例があるという。ワシも、小学生の頃に九頭竜で見たでぇー。あっという間に石の隙間に潜り込みよったけど、アレは絶対にツチノコだったわさ。

【ツチノコ】

(出典『海洋堂』)

そういや昔、ツチノコブームってのがあって、スゲー額の懸賞金がかかってたよなー。あの頃は他にも中国山地の類人猿ヒバゴンとか、屈斜路湖の首長竜クッシーとかも話題になってたなあ…。なので子供心にも、日本ってどんだけ謎の怪物がおるねんと思ったものだ。昭和の時代って、夢のある幸せな時代だったんだね。
嗚呼、ツチノコ見てぇー🤩❗お~し、ツチノコもヤクヒメも一網打尽じゃあ〜。

おっと、肝心の植物のことを書き忘れてたよ。
滝周辺は、アラカシ、アカガシをはじめとするカシ類を中心に、シイノキ、ヤブツバキ、クスノキ、トチノキ、各種カエデ類などの落葉樹が混生する天然林となっているそうだ。原生林じゃないのは気になるが、まあ大丈夫っしょ。

 天気は上々。有り難いことに望んだような極上の曇り空だ。雲が厚めだから、これだと月が顔を出すことは無いだろう。ヤクヒメは曇りか雨の日にしか飛んで来ないとされている。月夜には姿を現さないのだ。そして、雨を降らせるような雲も見当たらない。雨に濡れるのは嫌だし、かといって晴れられると困る。そう云う意味では、ワシ的にはまるで誕生日を祝うかのような絶好の天気なのだ。

 小太郎くんは橋の中央部に、ワシは何ちゃってライトトラップを駐車場に設置。日没後に同時点灯した。

【小太郎くんのライト】

尚、上の画像は大幅にトリミングしていて、小太郎くんの屋台(ライトトラップの事)は除外してある。初期の屋台組みなのでプロフェッショナルな人から見ればダサいからとの理由で、本体は載せないでくれと言われたのだ。小太郎くん、バラしてゴメンね、ゴメンねー。
さておき、緑色に映ってるから、メチャメチャ紫外線が出とる証拠やねぇー。水銀灯は肉眼では普通の色の灯りに見えるが、スマホで写すと緑色に映る。なので外灯回りで虫採りする場合には、とても役に立つのだ。一見、水銀灯に見えても、殆んど紫外線が出ていない外灯もあったりするのである。もっとも最近では水銀灯は絶滅しつつあり、世はLEDライトだらけになってしまったから、あんま意味ないんだけどね。ようは普通のLEDライトは紫外線がカットされていて、虫が誘引されないってことね。

 駐車場の脇に鳥居があり、その奥の環境が良さげなので、一応ワシのスペシャル糖蜜を木に撒いておいた。ヤクヒメは糖蜜トラップには来ないと言われ、吸汁したという記録がないのは知っている。けれども、まあまあ天才のワシの作ったスペシャルレシピである。悪いが、大どんでん返しさせてもらうえー。

暫くして様子を見に行ったら、早速ウスイロキシタバが来ていた。しかも2頭も。流石、ワシのスペシャル糖蜜じゃよ。ここまで良い流れできてるし、この調子だとヤクヒメも楽勝で採れんじゃないのー😙

【ウスイロキシタバ Catocala intacta】


(2020.6月 兵庫県西宮市)

まだウスイロを一度も採ったことのない小太郎くんを呼びに行き、無事ゲットしてもらう。
しかし、如何せん鮮度が悪い。羽も一部が欠けている。となると、ヤクヒメの鮮度も気になるところだ。完品が採れることを祈ろう。

 時間が経つに連れ、小太郎くんのライトトラップは虫だらけの阿鼻叫喚状態と化す。けれど、圧倒的に多いのはカワゲラやトビケラなどの気持ちの悪い羽虫どもだ。中でも巨大なヘビトンボどもは邪悪な成りで超絶気持ち悪い。

【ヘビトンボ】

(出典『Wikipedia』)

 コヤツは昔から敵視してきた。生態はロクに知らんが、見てくれからして絶対邪悪な奴に決まってるからだ。(⁠⁠´⁠ω⁠`⁠⁠)デヘデヘ、お嬢ちゃん、ちぃとばかし股開きんしゃい。きっと、か弱き者たちに不埒な悪戯(いたずら)をしているに違いない。
しっかし、シクったなあ…。体中、羽虫にタカられるとは想定外だったわい。でも普通に考えれば、川のそばなんだから当たり前なんだよなー。奴らの生活圏の真っ只中なんだからさ。

虫は羽虫ども以外にもコガネムシなどの甲虫や各種の蛾が大量に飛んで来るのだが、カトカラは普通種のキシタバ(Catocala patala)しかやって来ない。当然、フル無視である。

【キシタバ】

 コヤツは市街地近くから標高2000m近くの深山に至るまで、ホント何処でも見掛ける普通種だ。灯火にも樹液にも一番集まるから節操がない感じがするし、オマケに図体がデカくてデブだから邪魔で💢マジむかつく。時に他の良いカトカラをパワーで追い散らかしたりもするので憤りの対象になるのだ。
とはいえ、外国、特にヨーロッパ圏では人気が高いらしいんだよね。確かに大きくてゴツいから、見方によっては重厚感や風格があるようにも見える。たとえ我々にとってはド普通種ゆえに評価が低くとも、そんなのヨーロッパの人々にとっては当て嵌まらないのだ。だってヨーロッパには生息していないんだからね。
所変われば品変わるというが、場所により評価も変わる。そんなものは容易に変容するものなのだ。そういや北海道では南部の一部にしか分布していないから珍しいのだ。だから北海道の虫屋の間では「おー、キシタバやんけー❗カッケー🤩」的扱いになってるやもしれん。
色眼鏡や珍稀度に惑わされずに、純粋な姿、形のみで評価ができる人間になりたいけど、ワシって人間できてないもんなあ…。

【ワシの何ちゃってライト】

 この日がデビュー2戦目の5w UV LEDライトである。
小太郎くんがライトトラップを買ったのに刺激されて、ワシも買ってもうた。とはいえ威力は遥かに及ばない。でも車では入れない場所でも灯りを焚けるような機動力の有る携帯タイプの方が、自分には合ってると思ったのさ。
本体重量は超軽量の130g。モバイルバッテリーが200gだから、合わせてもたったの330gしかない。それでいて一応、謳い文句には40wのブラックライト蛍光灯と同程度の威力があると書いてあった。
まあ、それくらいの効力はあるかもしれない。ちなみに、この日はコチラにはウスイロキシタバも飛んで来た。にしても、矢張りこっちにもヤクヒメは飛んで来ない。
不安がよぎる。でもヤクヒメは雨の日じゃないかぎりは遅い時間帯にしか飛んで来ないという説もあるようだし、気長に待とう。

 とはいえ退屈なので、橋を渡った向こう側にも糖蜜を撒きに行く事にする。鳥居周辺は疎林だからヤクヒメはいなくて、もっと深い森に居るんじゃないかと思ったのだ。小太郎くんも誘うが、リー即で却下された。冷たいよねー。
まあ、いつ突風が吹いてライトが倒れるやもしれぬから、離れられないってのもあるんだろうけどね。

一人、橋を渡り、暗黒世界に足を踏み入れる。直ぐにライトトラップの光は届かなくなり、真っ暗闇になる。
背中に緊張感がサッと広がる。メチャメチャ不気味なのだ。そもそもルーミスの生息地は気持ちの悪い場所が多い。そういや大塔渓谷にルーミスを採りに行った際には、プーさんが子供の声が聞こえたと騒いでたな。で、声がした方に行ってみたら、子供用の靴が片方だけ落ちてたらしい。けれど子供の姿なんて影も形もなかったという。あんな奥まった不気味な谷に、子供が一人ぼっちでいるワケがない。非現実的だ。或いは、その場に埋められてたりなんかしたりして…。で、その霊が呼んでたとか…。余談だが、その何日か前にはルーミス採集に来ていた人が、このすぐ近くの滝の横崖から墜落して死んだらしい…。
そんな事を思い出しながら歩く。良くない兆候だ。だが思念を止めたくとも止めれない。他にもアレやコレや想像してしまう。そして、とてもじゃないが此処には書けないような恐ろしい事まで想像して、ビクッ⁠( ꒪⌓꒪)❗悪寒が走る。ヤバい。我ながら相当ビビっている。元来、オラは超がつくウルトラ怖がり屋なのだ。チビりそうだ。懸命に意識を滅却させる。考えてはならない。考えれば考えるほど恐怖は膨張するのだ。
だが、空気がジメジメしていて重く澱んでいるし、足元には水が流れていてビチャビチャで気持ちが悪い。そして…、静か過ぎる。自分の歩く足音だけが奇妙に反響し、強調される。心頭なんて滅却できるワケがない。😱怖ぇー。
早く戻りたい一心で、あたふたと霧吹で糖蜜を木に吹き付け、慌てて引き返す。

橋まであと少しというところで、目の前の闇から突然光がぼわ〜っと浮き上がり、すう〜っと横切って消えた。足がピタリと止まる。😨すわっ❗鬼火🔥かぁ❗❓全身の血が逆流する。何じゃ❓何が起こっておるのだ❗❓必死で状況を把握しようと頭の中が高速で回転しているのが自分でもわかる。
暫くして、また光った。それを身じろぎもせずに凝視する。刹那、答えを求める脳ミソのシナプスが繋がる。この動きは何処かで見た事があるような気がする。
ホタル❓ でも見慣れたゲンジボタルやヘイケボタルよりも遥かに小さくて弱い光だ。色も少し違う気がするし、点滅の間隔も異なるように感じる。じゃあ、何❓
次の瞬間には無意識に体が勝手に動き、光を追い求めて夢遊病者の如くふらふらとついて行っていた。
そして、気がついたら両手で光を覆い包んでいた。
ゆっくりと掌を開く。と、そこには見たことのない小さな蛍が静かにゆっくりと明滅していた。もう恐怖は無かったが、幻想的で不思議な感覚だった。よく蛍の灯は死者の魂になぞらえるが、或いはそうなのかもしれない。そう思った。

橋まで戻って小太郎くんにそのホタルを見せると、即座に「これ、ヒメボタルですよ。」という答えが返ってきた。

【ヒメボタル】

(出典『東京にそだつホタル』)

ゲンジボタルやヘイケボタルのように幼虫時代を水中で過ごす水棲ホタルではなく、陸棲のホタルなんだそうだ。
欲しいって言うから進呈したけど、小太郎くんが欲しがるくらいだから、それなりに稀少なホタルなのだろう。

 午後11時を過ぎた。さあ、ここからが正念場だ。そろそろ飛んで来てもいい時刻だ。彼奴を見逃すまいと周囲にせわしなく目を配る。

でもヤクヒメは11時半になっても、いっこうに姿を現さない。
時間は刻一刻と削られてゆく。(⁠゜⁠o⁠゜⁠;マジかぁ❓楽勝じゃなかったんじゃないのー❓神様〜、アチキへの誕生日プレゼントはどうなっちゃってんのよー❓

小太郎くんと相談して、12時半に店じまいすると決める。
素早く後片付けして午前1時に此処を出られたとしても、それでも帰ったら明け方近くにはなっているだろう。もっと居たいのはやまやまだったが、妥当な判断だ。反対はできない。

午前0時。東側の空が少し明るくなってきた。まさかと思って見ていたら、やがて山の端から朧月(おぼろづき)が顔を覗かせ始めた。
小太郎くんが笑う。
「マジっすか❓ 五十嵐さん、どんだけ晴れ男なんすかあ。天気予報では曇り時々雨だったのにー。」
そうなのだ、彼の中ではオイラはスーパー晴れ男なのだ。彼の前だけに限ったことではないが、たとえ雨の予報でも「晴れるでー」とワシが宣言したら本当に晴れるのだ。だから周囲にはしばしば驚かれる。ゆえに小太郎くんには重宝されている面がある。蝶採りには晴れが絶対条件だかんね。だが今回に至っては、それが完全に裏目になった。せやけどワシ、今日は晴れさせるなんて一言も言ってないからね。
こりゃ終わったなと思いながらも、それでも一縷の望みをもって待つ。

0時半になった。しかし、ヤクヒメはついぞ飛んで来なかった。惨敗決定だ。呆然とした面持ちで後片付けを始める。
そんな中でも、頭の中ではずっと
(⁠・⁠o⁠・⁠)何で❓(⁠☉⁠。⁠☉⁠)⁠何で❓
(⁠@⁠⁠@⁠)何で❓ヽ⁠(⁠(⁠◎⁠д⁠◎⁠)⁠)⁠ゝ何で❓
щ⁠(⁠゜⁠ロ⁠゜⁠щ⁠)何で❓w⁠(⁠°⁠o⁠°⁠)⁠w何で❓
༼⁠⁰⁠o⁠⁰⁠;⁠༽何でぇー❓(⁠●⁠
⁠_⁠●⁠)何でやねーん❓

の、あらゆる何でやねん嵐が吹き荒れ続けていた。

                   つづく

追伸
 久々に虫の話を書いたが、大変じゃったよ。
文章の書き方を忘れてて、調子が出るまでだいぶ時間がかかったし、画像の貼付方法や字のフォントの大きさの変更等々とか技術的な事も忘れてて困った。それに、ロクに構成も考えずに行き当たりバッタリで書き進めていったから、筆が止まる事もしばしばだった。で、アレコレ文章をイジくってるうちに長くなったってワケ。予定では解説編を除く全2話に収めるつもりだったが、この調子だと少なくとも3話以上にはなりそうだ。
まあ、いつもの如く長丁場になるとは思うが、これからも気長に付き合ってつかあさい。

 
《参考文献》 
◆西尾規孝『日本のCatocala』
◆石塚勝己『世界のカトカラ』
◆岸田泰則編『日本産蛾類標準図鑑Ⅱ』
◆新宮市教育委員会 文化振興課『熊野学』
◆Wikipedia
 

2023’ベロ酔甲子園(選抜編)

久方振りのベロ酔甲子園シリーズである。
どれくらい書いてないのか調べてみたら、たぶん最後に書いたのは『2018′ 選抜高校野球回顧 準々決勝』と題した文章かと思われる。大阪桐蔭の春夏連覇の年だね。根尾、藤原、柿木を中心に圧倒的な力での連覇だった。勿論、この年の夏も甲子園には行っているのだが、何か邪魔くさくなって書かなかったのだ。

 
 2023年 3月20日
 用事があって、朝9時に区役所に行かなければならなかった。だいたいにおいて役所ではクソみたいに待たされるのが常だが、この日は珍しく順番待ちが3番目だった。にしても、どうせ30分くらいは待たされると思って、高校野球の中継を見ていた(註1)。有り難いことだ、退屈しなくて済むと思ってたら、5分後くらいに呼ばれて、手続きも直ぐに終わった。
で、帰ろうとした時に歓声が上がったから、反射的にテレビ画面に目がいった。ヒットが出て、チャンスが訪れたようだ。
そこでハタと思った。考えてみれば、長いこと甲子園には行ってない。2020年はコロナウイルス蔓延の影響で、春夏ともに大会が中止となったし、2021年は入場が家族や関係者に限定されていた。そして多分2022年は球場でのチケット販売はなく、WEBでしか購入できなかった筈だ。思い立ったが甲子園。事前にチケットを買うとか自分スタイルではないのだ。飯食いに行くんだって、予約なんて余程の事でもなければしないからね。もし気が変わったらどうするのだ❓ 昨日食べたかったものが、今日も食べたいとは限らないのだ。だから3年間も甲子園から遠ざかっている。幸い今日はこの後の予定は入ってない。見ると観客席もガラガラだ。ならば今からでも入れるんじゃないかと思った。その場でスマホ検索。今大会のチケット販売について調べる。
どうやら今年もWEB販売のようだが、売れ残った席は球場で当日販売するようだ。今日は第3試合に人気の大阪桐蔭が登場するから微妙だが、選抜は夏の大会に比べて観客数が少ない。だから何とかなる筈だ。よし、ならば行こう。慌てて飛んで帰って用意し、近鉄電車に飛び乗った。30分もあれば甲子園には着くだろう。

 10時ジャストに甲子園駅に着いた。
階段を降りて、ちょっと驚く。長い間やっていた駅前の再開発工事が終わっており、広々とした道が真っ直ぐに球場に向かって伸びている。昔は手前に横断歩道があった筈だけど、無くなったみたいだね。

 😲ありゃま、チケット売場が改装されているではないか。昔は電光掲示板だったけど、液晶画面になっている。知らぬところで、日々時代は変わっているのだ。
並んでる人も疎らで直ぐに窓口に行けた。見ると、入場が関係者のみに限定されているアルプス席以外のチケットは全て購入可能になっている。読み通りの楽勝じゃん。
それにしてもチケットの値段が随分と上がっている。中央指定席が3900円。内野指定席が3400円。外野が700円。昔はバックネット裏で2500円だった筈だから、スゴい値上がり率だ。外野にいたっては、タダだったのに700円も取るんだね。世知辛い世の中だ。
迷ったが、外野のライト側にした。世代ナンバー1とも言われる大阪桐蔭の前田くんの球筋が見たかったからだ。彼は左投手だもんね。レフトからだと、背中側だから球筋が見えにくいのだ。

 チケットの確保ができたのでダイエー、もとい買収されたから今はイオンの食品売場に買い出しに行く。
今ひとつ食欲をそそるものがなくてアチコチうろうろする。で、散々迷った挙げ句、枝豆と唐揚げ、スモークチーズ、ビールのロング缶1本、アルコール度数9%の酎ハイのロング缶2本を購入した。

 明治神宮大会で優勝した大阪桐蔭と準優勝した広陵が同じ日に登場するんだね。たしか広陵には広島のボンズと呼ばれ、今大会最注目の強打者である真鍋くんがいるんだよね。どんなバッティングをするのか楽しみだ。そういや対戦相手の二松大付属にも強打者がいたなあ。2年生の片井くんだっけか?

 アルプススタンドの裏まで来たら、応援のブラスバンドの演奏と声援が漏れ聞こえできた。そういや、今年から声出し応援も解禁なったんだね。音の力はスゴい。自然とワクワク感が体の奥から湧き上がってくる。そう、いつもこの音を聞いて昂り、早く球場の中に入りたいと気持ちが逸るんだよね。

 入場する。でも入場はしたけれど、紙コップが置いてない。缶飲料の持ち込みが禁止ゆえ、以前は入口で紙コップに入れ替えさせられていた。とは言ってもコチラとしては渡りに船、むしろ有り難き優しい制度であった。それがどうやら「持ち込みは絶対に許さん❗」コップが欲しけりゃ、中でビールを買えという事みたいだ。外野の有料化といい、ホント世知辛い世の中だ。

 スタンドの階段を昇り、振り返る。
雲一つない青空の下、伸びやかにバーンと視界が広がる。久し振りに見る甲子園球場は広い。そして美しい。青々とした芝生には、光が降り注いでいる。更に階段を昇ると、フッと鼻腔をくすぐる懐かしい匂いがした。一拍おいて理解する。風に乗って何処からともなく届いたその香りは、紛れもなく甲子園カレーの匂いだ。ようやく帰ってきたなと思う。何だかジーンとする。

 ライト側、センター寄りに座る。
さあ、(⁠@⁠_⁠@⁠)ベロ酔甲子園の開幕だ。ビールのコップをワッシと掴み、ゴクゴクと勢いよく喉に流し込む。
😝プハーッ、よく晴れた甲子園で飲むビールは矢張りサイコーだ。
 先ずは定番の枝豆からだ。イオングループの枝豆は台湾産だが、大粒で旨味があって旨いのだ。
あれっ❓しかし今ひとつだ。粒が大きくて旨味はあるのだが、何だか青臭い。ハズレじゃんか。
気を取り直して、続いて唐揚げに手を伸ばす。パッケージには唐王(註2)と書いてある。唐揚げの王様とでも言いたいのだろう。そのせいか少し高めの値段だったが、一番旨そうだったので選んだ。
手に持つと、まだ温かい。期待を込めて口に放り込む。あっ、醤油味に生姜が効いていて結構旨いじゃないか。唸るような旨さではないが、惣菜の唐揚げにしてはレベルが高い。大体においてスーパーの唐揚げって、期待ハズレの残念なモノが多い。その点から考えれば、コレなら充分合格レベルでしょう。

 まだ第1試合が続いている。
回は8回表、地元兵庫県の社高校が1ー4と劣勢だ。この高校は大学の同級生の何人かが卒業生なので、何とか勝ってもらいたいと思う。奴らも何処かで観てるのかなあ…❓ みんなオジサンになってんだろなあ。そして何やかんやとそれぞれの人生を送ってきたのだろう。光陰矢の如しだねぇ。
しかし、この回さらに1点を追加されて、反撃もままならず、あっさり敗れた。

また夏に来いよー。

 次の試合の練習ノックが始まる。
両チームの動きを凝視する。高校野球は試合の合間も楽しめる。練習効率の良し悪しに始まり、選手の動き方や肩の強さ、連係プレー等々で、各チームの自力がよくワカルのだ。勿論、練習効率が良く、選手の動きが機敏で、肩が強くて送球が正確であり、連係プレーがスムーズなチームの方がポテンシャルが高い。見たところ、名門の広陵の方がチーム力は上だろう。但し、それがそのまま試合結果に繋がるかというと、必ずしもそうでもないんだけどね。

 そして、阪神園芸さんの神技的グランド整備も見ていて楽しい。特に息の合った動きで連動する水撒きなんぞは、芸術的と言ってもいいくらいだ。

 試合は0ー5で、広陵の貫禄勝ちだった。
広陵の2年生ピッチャーが光っていた。小気味良いピッチングで、スピードはコンスタントに140kmを越えていた。来年は騒がれる素材かもしれないね。

 注目の真鍋くんは、レフト前ヒット、レフトへのタイムリーヒット、ライトへのツーベースと計3安打を放った。特にライトへのヒットは技ありの柔らかいバッティングで唸った。強さだけではなく、上手さも兼ね備えているとあらば、逸材だ。
あと笑ったのがレフト前ヒット。レフト、センターともに長打を警戒して、予め後ろにかなり下がって守っており、打球が放たれた瞬間に両外野手とも同時に更にフェンス側に下がった。なのでホームランかと思った。しかし打球はレフト前にポトリと落ちた。期待させやがって、😗なぁ〜んだよーって感じ。たしかに打球は良い角度では上がった。でも落ちたのはレフトの定位置か、もしくは少し前だったのだ。両外野手とも強打にビビリ過ぎやろーと思って笑ったのだ。或いは、よっぽど真鍋くんの振りが鋭かったのかもね。それで勘違いした可能性はある。レフトだけが下がってたら単なる判断ミスだが、センターまで同じ反応をしたからさ。後々、コレが伝説になったりしてネ。まあ何れにせよ、あまり見た事のないシーンだった。

 早くもこの時点で、ビールをロング缶2本分と9%の酎ハイロング缶1本を飲み干していた。ヽ⁠(⁠(⁠◎⁠д⁠◎⁠)⁠)⁠ゝベロ酔いである。

 更にセンター寄り、バックスクリーンに最も近い席へと移動する。大阪桐蔭目当てなのか、客はどんどん増えている。そして、席の番号がどうのこーのという声がアチコチで聞こえ始めた。それで気づいた。

 おいおい、今は外野席まで指定なのかよ❗
昔は外野席はフリーだったから、自由に席を移動できた。だから試合や太陽の傾きによって席を変えれたし、横になる事だって出来たのに…。もう制約だらけじゃないか。ホント世知辛い世の中になったよ。

 本来の自分の席はもっとライト寄りだ。それも真ん中寄りの感じだ。けど、酔っ払いは移動するのが邪魔くさくなってきた。それに移動したら、前田くんの球筋がハッキリ見えなくなるじゃないか。もういいや、もしこの席のチケットを持ってる人がやって来たら、「😲えー❗❓、昔さ外野はフリー席だったども、今は外野まで指定席制だっぺか〜❓すまんの~、おら知らねがったべよー。」とでも言ってやろう。田舎から出てきた素朴な人を装って、おずおずと退散すればエエじゃろう。

 午後2時過ぎ、大阪桐蔭の春連覇に向かっての第一戦が始まる。
前の試合の途中ぐらいから浜風が少しづつ強くなり始めていたが、だいぶ強くなってきた。この風が波乱を起こしたら面白いのにと思う。大阪出身者ではあるが、大阪桐蔭には複雑な思いを持っている。心の中に、応援している自分と、憎らしいくらいに強いから負ければいいのにと思っている自分の両方がいるのだ。大阪愛が強いとはいえ、元来が判官贔屓の人なのだ。弱きが強きを倒すのが一番カタルシスがあるからね。兎に角、その二律背反する2つの心が、試合中に行ったり来たりして忙しい。そのうち己はどっちを応援しているのかがワカランようになって、混乱わちゃわちゃベロ酔い男となるのだ。

 ライト側が大阪桐蔭の応援スタンド、レフト側が敦賀気比の応援席だ。大阪桐蔭の方がだいぶと人数が多い。桐蔭は地元だから多いのはわかるが、敦賀気比だって福井県だ。そう遠くはないのに、ここまで人数に差が出るものかね?でも福井県は人口少ないか❓
やがて1回表の敦賀気比の演奏に続いて、大阪桐蔭の演奏が始まる。でもオカシクて笑ってしまう。音が圧倒的にデカいのだ。倍近い音量がある。ちなみに敦賀気比の応援がショボいワケではない。海星や社高校、広陵、二松学舎も同じようなものだったからね。オマケに演奏がメチャメチャ上手い。他チームの演奏はバラバラ感があるが、音が1つの塊となって聞こえる。状況に応じてスッと音が小さくなったりするのも驚きだ。統制されているのだ。指揮者の先生がいるんだろうけど、相当鍛えられてる証拠だよね。まあ、ブラスバンドの全国大会常連で数々の賞も受賞してるんだから当たり前ではあるんだけどもね。
但し、上手すぎて面白くない。いつも思うんだけど、キレイ過ぎて観客の魂を激しく揺り動かすものがない。何かが足りないように感じるのだ。同じ上手くとも、智弁和歌山や天理、習志野の方が、音に魂を揺さぶられる何かがあるような気がする。思いが音に乗り移ってるって感じるのだ。勝手な思い込みかもしれんけどー。

 試合は意外にも淡々と進んでいる。大概は大阪桐蔭が初回にプレッシャーをかけて大量点を奪うってのがお決まりなんだけどね。波乱が起きる雰囲気が微かに頭をもたげ始めている。

 と思ってたら、3回裏に桐蔭が2点を先制した。このままワンサイドにならない事を祈ろう。

 最後の酎ハイロング缶は早くも半分近くまで減っている。マジでベロ酔いである。濁った頭で、ぼんやりと思い出す。現在開催されているWBC、ワールド・ベースボール・クラシック大会で未曾有の活躍している大谷も選抜で見てるんだよなあ…。東北のダルビッシュと言われた花巻東の大谷と、浪速のダルビッシュと呼ばれた大阪桐蔭の藤浪という世代を代表する両投手の対決とあって、当時は話題だったんだよね。
結果は大阪桐蔭の圧勝だった。大谷は11三振を奪ったものの、9失点で炎上。ホームランも打たれていたね。でも一番印象に強く残ってるのは、他でもない大谷のホームランだった。バックネット席の1塁側の前の方に座っていたんだけど、藤浪の縦に落ちるスライダーをすくい上げた打球は一直線にライトスタンドへ飛び込んでいった。その美しい放物線は今でも強く目に焼き付けられている。

 4回表に敦賀気比が反撃。ショートのエラーの後に二塁打が出て1点を返し、1ー2となる。接戦の様相になってきた。

 5回裏が終わると、グランド整備が入る。だから5回表の攻撃が終わったところて喫煙所に向かう。いや、先にトイレだな。兎に角そうしないと、どっちも込むからだ。高校野球観戦のベテランともなると、その辺は抜け目がないのだ。

 喫煙所はガランとしていた。煙草を吸う人間がどんどん減ってるんだろね。増税となれば、いつでも煙草の値段が真っ先に上げられる。ゆえに、今や高額嗜好品である。それに耐えきれずにやめちゃう人も増えてるんだろなあ…。全くもって世知辛い世の中だ。

 あっ、モニターに休止中の張り紙が貼ってある。
ಠ⁠_⁠ಠ嫌がらせかよ。それにしても何故に❓ 壊れたワケでもなかろうに、解せないと思った。だが、よくよく考えてみれば見えてきた。コロナ禍で、人が密集するのを避ける為の方策に違いない。モニターがあれば、つい2本目の煙草に火を点けたりして、滞在時間が長くなるのだ。それで人が溜まる。しかしモニターが無ければ、試合の進行具合が気になって早く席に戻ろうとするだろうと云う計算だ。セコい手を使いやがる。世知辛い世の中だよ。

 春の霞のような曇が美しい。
誰かが、筆でサッと書いたみたいだ。巨人が大きな筆を持って、喜々として雲を描いてるのを想像してしまう。アホだ。

 その後、試合は中々動かなかったが、ようやく7回裏に桐蔭が1点追加し、1ー3となる。まだまだ接戦だが、でも何となくこのまま終わるような気がした。前田くんの要所を締める大人のピッチングは簡単に崩れそうにないからだ。ヒットはそこそこ打たれているのだが、ピンチになると伝家の宝刀チェンジアップでことごとく三振に切ってとっていた。でも最速148kmとも言われるストレートは、殆んどが130km後半で、相手を捻じ伏せるという感じではない。それが不満だ。クレバーな選手だから手を抜いて投げているのだろうが、最初からそれじゃプロでは大成しないような気がする。真のスター選手になるには、圧巻の伝説的ピッチングが必要なんじゃないかと思うんだよね。また勝手なこと言ってるけど(笑)

 思った通り、試合はそのまま終わった。
前田くんは結局7安打を打たれるものの、三振14。四死球2の自責点0だった。やっぱ、いいピッチャーだ。次戦は、更なる活躍を期待しよう。

 春のそよ風が頬を優しく撫でる。
さあ、帰ろう。明日は朝からWBCの準決勝、日本vsメキシコ戦だ。また朝から飲まなくてはならぬ。とっと帰って、早く寝よう。泥酔男は、意を決したようにフラフラと立ち上がり、ゆっくりと階段を降りて行った。

               おしまい

 
追伸
久し振りに長い文章を書いたが、しんどいわ。文章を書くのって、こんなにも時間がかかるのねと思ったよ。にも拘わらず、たいした文章は書けないしさ。まだまだリハビリが必要そうですなあ。

(註1)高校野球の中継を見ていた
今にして思えば、区役所でTVが観られるだなんて驚きだ。最近のお役所は、そんなサービスもやってるのね。良い事です。

(註2)唐王
あとで調べてみると、からあげグランプリ東日本スーパー惣菜部門で3年連続金賞を獲得しているそうだ。テレビ番組「ジョブチューン(TBS系)」でも、一流料理人たちから合格判定をもらったようだね。