2021’カトカラ4年生 壱(2)

 vol.28 ヤクシマヒメキシタバ

   『陰翳礼讃』第二話

 
 2020年 7月3日
夜に小太郎くんから電話がかかってきた。

「明日、またヤクシマヒメキシタバを採りに行きませんか❓」

忘れ物でもあったのかな?その程度に思いつつ電話に出たから、いきなりの第一声に面食らった。何せ昨日、布引の滝(三重県熊野市紀和町)で灯火採集をして惨敗したばかりなのだ。まさかそれからたった中一日おいてのリベンジのお誘いがあるなんて誰だって夢にも思わないだろう。帰宅したのは今日の朝だったから、昨日の今日みたいな話なんである。

【ヤクシマヒメキシタバ】

(出典『世界のカトカラ』)

初戦の帰りの車中が言葉少なかったのは、二人共その惨めな結果に少なからずショックを受けていたからだろう。チビでブスなヤクシマヒメキシタバ(以下ヤクヒメ)なんぞ、楽勝で採れると思っていたからだ。でも結果は満を持して出動したのにも拘わらず、まさかの姿さえも見れずの完敗だった。怒りとも悲しみとも言えない感情が宙ぶらりん、帰宅してもその事が頭から離れなかった。そして、何でやねん❓のリフレイン。頭の何処かで敗退原因をずっと考えていた。
 小太郎くんも似たようなもんだったらしく、結果に納得いかなくて、その豊富なネットワークを駆使して各方面から情報収集をし直したようだ。
そうして集めた情報を総括すると、
ヤクヒメは雨の日じゃないと採れないらしい。

(゚∀゚)おいおいである。
勿論、自分もヤクヒメは雨の日の方が比較的多く灯火に飛来する事は知ってはいた。おぼろげながらも噂で聞いていたし、日本のカトカラについて最も詳しく書かれた名著『日本のCatocala』には「成虫を飼育すると、雨天時に行動が活発となった。湿度が高い場所を好むと推測される。」と書かれていたからね。また、世界有数のカトカラ研究者である石塚さんの著書『世界のカトカラ』にも「雨の日など湿度が高い晩の灯火に比較的多く飛来することがある。」という記述もあった。
だとしても、匠である両人とも絶対に雨の日じゃないと採れないとか、雨の日以外はほぼ採れない、活動しないとまでは書いていないのだ。となると、曇りでも湿度が高ければ採れると解釈してもオカシクはないだろう。雨の日しか採れないだなんて、にわかには信じ難い。ならば、雨上がりだったらどうなるのだ❓ 空中湿度は高いぞ。或いは、雨は降ってるけど湿度は高くない日だったらどうなるというのだ❓あっ、でも雨が振ってたら、そもそも湿度は高いか…。もう、ワケわかんなくなってきたよ。
よし、わかった。そんなところに拘っても埒が開かない。何れにせよ、曇りの日で惨敗したのは事実なのだ。雨の日に合わせて行くしかあるまい。
けど、かといって土砂降りだと飛んで来ないんだろなあ…。雨予報で行ってはみたが、着いたら大雨でしたー😨ではシャレならんがな。そんなの想像しただけでも恐ろしい。絶望的だよ。たとえ大雨じゃなくとも風が強ければアウトだろうしね。風が強い日は、大方の虫は活動しないのだ。
そう考えれば、条件は案外どころか、かなりシビアじゃないか。難易度は高いぞ。
何か段々ハラ立ってきたわ。
だったら「行けば楽勝で取れるよ」とか言ってた爺さんどもよ、ナゼにそんな重要な情報を伝えてはくれなかったのだ。ヽ(`Д´#)ノボケてんじゃねぇぞ、バーロー❗❗

小太郎くんに訊ねる。
『で、天気予報はどうよ❓』
『一応、雨みたいですよ。』
『OK。なら、行こう。』
そうして、あっさりリベンジが決まった。

 問題は何処に行くかだ。
先ずは惨敗した布引の滝を除外した。同じ場所に日を置かずして続けて行くのは気が進まないし、曇りだったとはいえ、ヤクヒメの姿は影も形も無かったからだ。つまり、記録はあっても今も生息しているかどうかはワカランのだ。もし布引の滝で再挑戦して、雨が降っているのにも拘わらず飛んで来なかったら、精神的ダメージがデカ過ぎる。大いなる時間と労力の無駄だと思い知らしめられるのはゴメンだ。

 三重県北牟婁郡紀北町(旧海山町)の千尋峠は、小太郎くんが難色を示した。遠いんである。出発地の奈良からは京都を経由して大きく迂回して三重県側から入るのが一番早いようなのだが、それでも三時間以上はかかるようだ。走行距離が約200kmくらいあるのだ。

 そこで小太郎くんから提案があった。
『布引の滝と同じく紀和町なんですけど、絶対に居そうな所があるんですよねー。ウバメガシも沢山生えてるし。そこ、行きません❓』
まだヤクヒメの幼虫の食樹は自然状態では発見されていないが、成虫からの採卵による飼育下ではウバメガシとクヌギを食す事が分かっている。
 場所を尋ねると、なるほどねと思った。その辺りは雲海で有名な峰がある所だからである。となれば当然、空中湿度は高いものと考えられる。雲霧林的な環境を好むヤクヒメが居ても何ら不自然ではない。いや、いるだろう。
奈良からの距離も100km余りだから、千尋峠よりだいぶと近い。前回の布引の滝は自分推しだったし、今回は小太郎くんの考えを尊重しよう。
ただ一つ気がかりなのは、その辺りにヤクヒメの採集記録が無いんだよなあ…。まっ、蛾の中では人気が高いグループとはいえ、所詮は蛾だもんなあ。蝶みたいには分布調査が進んではいない筈だ。記録が無いのは、きっと誰も調べてないんだろ。そもそもライトトラップでしか採れないようなモノなんぞ、調査できる人間が限られてくる。照明道具が必要だからね。その点、蝶は分布調査が比較的容易だ。夜とは違う昼間だし、飛んでいるのを見つけやすい。それを網で採ればいいのだ。仰々しい道具は要らない。生態もほぼ全ての種が解明されているから、卵や幼虫を探すこともできよう。それでも分布しているという証明にはなる。その点、蛾は蝶と比べて愛好家は格段に少ないから、まだワカラナイ事だらけなのだ。幼虫の食樹や生態が解明されてない種がワンサカいる。
大丈夫、何とかなる。ヤクヒメの新産地を見つけて、溜飲を下げてやろうじゃないか。

『わかった、そこにしよう。』
『ところで、雨用に特別に持ってくもんって、ある❓』
『☂傘ですよねー。』
『んなもん、解っとるわい(`Д´#)ノ❗そうじゃなくてー、他にあったら役立つもんやがなー』
『ハイ、ハイ。』
受話器の向こうからでも半笑いなのはわかる。小太郎くん、時々ワザとそうやってイジってくる時があんだよなー。
まあ、それだけ付き合いも長くなってきたという事か。
『あっ五十嵐さん、何か雨よけになる覆いみたいなのありません❓ 発電機を濡らしたくないんですよねー。』
『一人用のテントが有った筈だけど、使える❓』
『あっ、それ助かります。それで全然OKです。』
『何だったらあげるよ。新しいの持ってるからさ。』
『アリガトございまーす。では明日、ヨロシクでぇーす。』

 余談だが、そのテントは、ユーラシア大陸をバイクで横断した時のテントだ。もう25年くらいは前のモノだけど、雨よけくらいにはなるだろうと思って提供を申し出たのだ。
その夜、ベランダのガラクタの中から引っ張り出してきたけど、意外と傷んでおらず、往時と見た目はあまり変わっていなかった。懐かしいその姿に、瞬時に当時の思い出が甦ってきて、ワッと押し寄せてきた。辛い事も沢山あったけど、エキサイティングでメチャメチャ面白かった。あんな旅は二度と出来ないだろう。さみしいけど、ノスタルジーって悪かない。

 
 2020年 7月4日

 車窓から空を見上げる。水分をたっぷり含んだ重たそうな雲で覆いつくされてはいるが、また雨は降っていない。
まさかの中一日で、また熊野に向かっている自分が信じられない。しかもチンケな蛾を採りに行くのだ。普通に考えれば阿呆だ。自分で自分に笑ってしまう。狂気の沙汰も虫次第。我々虫屋は、蝶であったり、クワガタであったりと追い求めるものはそれぞれ違えど、誰しもが身を焦がすほどに虫に取り憑かれている。虫を追い掛ける事でしか、多量のドーパミンが出なくなってしまった憐れな信者なのだ。そんな事を思いながら、流れゆく風景をぼんやりと眺める。まあ、どうあれリベンジするなら早ければ早い方がいい。心に深い傷を負わない為には、短い間にやり返すことが肝要なのだ。時間が経てば経つほど、敗残者のメンタルに染まってしまうのだ。
 現地の天気予報は、雨時々曇り。風も強くなさそうだ。条件は揃っている。今日こそは、ブス蛾をテゴメにしてくれるわ❗

 目的地近くまで来たところで、トイレ休憩を入れた。
目の前に連なる山は濃い照葉樹林だ。期待値が高まる。こりゃ、絶対いるよねーと小太郎くんと確信に満ちた言葉を交わす。だいち今回は、ワシを無事日本に帰還させてくれた、あの強運の象徴であるシングル用テントも参戦なのだ。必ずや良い結果をもたらしてくれるだろう。

 人気のない暗い林道に入る。木々は鬱蒼と繁り、ジメジメとしていて、ヤクヒメの棲息環境としては申し分ないだろう。あとは何処にライトトラップを設置するかだ。その問題さえクリアすれば、絶対に採れる筈だ。適した良さげな場所さえ見つかれば、ビクトリーロードだ。

ライトトラップが出来そうな場所を幾つか見つける。
コレなら何とかなるだろう。それで、もう勝ったも同然の気分になる。だから次第に採集の云々よりも、寧ろ帰りの事の方が気になり始めていた。どう見ても崖々は多量の雨水を蓄えている。つまり、いつ何処で土砂崩れが起こってもおかしくないような状況なのだ。実際、特に如何にもヤバそうな1箇所には土囊が積んであり、明らかに過去に土砂崩れがあった痕跡が残っている。

 2、3の候補の中から、中腹にある橋を設置場所と決める。
此処なら前が開けており、背後の斜面の環境も良いから、居れば飛んで来るだろう。そして、外は良い具合に雨がシトシト降っている。これなら万全じゃろう。採れない理由が見つからない。

 日没と共に、ライト・オーン。

 前回に引き続き、今回も小太郎くんの要請により、画像は大幅カットのトリミングである。ライトトラップの中枢部は秘密なのさ、オホホ( ̄ー ̄)である。
ちなみに、テントは発電器の雨よけに使われた。まさかキミも第二の人生があるとは思っていなかっただろうに。何にせよ、役に立つという事は喜ばしい事だ。

 点灯すると、バラバラと蛾が集まって来た。
初遭遇のシャチホコガ科のギンモンスズメモドキも寄って来た。羽に窓が有る特異な蛾として割りと有名な蛾だ。
しかし、ガッカリだった。


(出典 岸田泰則『世界の美しい蛾』)

尊敬する岸田先生の著書『世界の美しい蛾』でも紹介されていたから、仄かな憧れを持っていたのだが、実物はタダのちょっと毛色の変わった汚い蛾としか思えない。しかも特別に珍しい蛾と云うワケでもない普通種のようだ。


(出典『虫ナビ』)

一応2頭ほど採ったが、直ぐに興味を失った。だからワザワザ写真も撮らなかった。ゆえにネットからの拝借画像と相成ったワケである(写真を使わせて戴いた方、こんな使い方で申し訳ない。御免なさい)。
どころか、そういえば展翅すらしていない。おそらく冷凍庫に安置されたままだ。たぶん未来永劫にマイナス世界に封印される事になろう。拠って展翅画像もないでごじゃるよ。ワシ的には、クソ蛾ジャンル入りの存在なのだ(岸田先生、こんな扱いでゴメンナサイ)。

 午後8時半過ぎ、やがて雨が上がった。
少し不安になったが、寧ろ有り難いと解釈した。覚悟はしていたものの、ずっと雨に降られ続けて、揚句に全身グショグショになるのは憂鬱だからね。幸いな事に空中湿度は高いままだ。晴れたりしない限りは、そう簡単には湿度が下がる事はないだろう。

 午後9時過ぎ。
発電機が熱を持ち始めたので、テントから出す事になる。どうやらテント内に長く入れておくと、熱が籠もるようだ。早くも我がテント、お役御免である。第二の人生は短かったね。
ちょっとだけ嫌な予感がよぎった。流れが変わったような気がした。

 午後9時50分。

ガビー Σ(゚∀゚ノ)ノー ン❗
月が出た❗❗/
しかも、最悪の🌕満月である。灯火採集にとって一番悪い状況じゃないか。

9時半を過ぎた辺りから、妙に左側の山の端が明るくなり始めていたから、まさか…とは思っていたが、よもや雲が切れてお月様が顔を出すとは想定外も想定外、愕然の展開だ。だって天気予報は雨時々曇りだったのだ。晴れる要素なんて1ミリもなかったのである。それがどういてこおなる༼⁠⁰⁠o⁠⁰⁠;⁠༽❓
背後から直ぐに小太郎くんの声が飛んで来る。
『五十嵐さん、またですかー❗❗もーこんな時に晴れ男パワー発揮してどうするんですか。ありえませんよ。❗❗/

当然、集まって来る蛾は少ない。元々ショボい状況ではあったが、輪をかけて酷くなった。

その後の時間は長かった。
諦めた小太郎くんは車の中で寝始めたから、尚の事だ。一人、何も起こらない退屈な時を忸怩たる思いを抱えて、やり過ごす。

月は時々隠れるものの、また思い出したように煌々と輝き、辺りを柔らかく照らしている。陰翳礼讃。光と陰が織りなす世界は奥行きが深い。そこには叙情を湛えた趣きがあり、怖いような幽玄な美しさがある。山の中で眺める月は、都会とは別物だ。本当に美しいなと思う。
だからと言って、心が穏やかなわけではない。その月に向かって、何度も何度も呪詛の如く呟く。
🎵何で❓何で❓なんでやねんねん❓
🎵何で❓何で❓なんでやねんねん❓
🎵何で❓何で❓なんでやねんねん❓
🎵何で❓何で❓なんでやねんねん❓(註2)

歌ってるうちに、自分がとてつもなく滑稽な存在に思えてきて、笑ってしまう。
ひんやりとした夜気の中を、その力なく響く歌は、いつまでも浮遊していた。

                    つづく

 
追伸
誠にもって申し訳ないが、物語は終わらない。書いてるワシもカタルシスがないから辛いよ。

(註1)ギンモンスズメモドキ
岸田先生の『世界の美しい蛾』と『日本産蛾類標準図鑑Ⅰ』から引用させて戴く。

【学名 Tarsolepis japonica】

(出典『日本産蛾類標準図鑑Ⅰ』)

開張 ♂66〜69mm ♀80〜82mm。
前後に光り輝く「三角銀紋」をもつ大型のシャチホコガ。
ギラギラ光る前翅の斑紋、腹部にある赤い毛など、見どころの多いシャチホコガの一種。1年1化型で、夏季の7ー8月に出現する。カエデ類(ムクロジ科)を食樹とすることが知られ、北海道(登別以南),本州,四国,九州,対馬,ネパール,インドシナ半島,中国南東部,台湾などに分布している。国内では各地に産するが、あまり多くない。
Tarsolepis属は東南アジアに6種ほど知られ、何れもムクロジ科を食餌植物としている。
 尚、名前の由来はスズメガに似ている事からの命名だろう。

(註2)なんでやねんねんねん
ダウンタウン 浜田雅功の、きゃりーぱみゅぱみゅを模したパロディ曲。衣装もメルヘンチックであった。当然、ワタクシの頭の中ではプリティな浜ちゃんが踊り歌っておりました。

 
ー参考文献ー
◆岸田泰則『世界の美しい蛾』
◆岸田泰則『日本産蛾類標準図鑑Ⅰ』
◆石塚勝己『世界のカトカラ』

 

2021’カトカラ4年生 其の壱

 
vol.28 ヤクシマヒメキシタバ

   『陰翳礼讃』第一話

 超久し振りのカトカラシリーズである。
下手すりゃ二年半振りくらいの更新やもしれぬ。どんだけサボってんねんである。頓挫していた理由は色々あるのだが、そんな事をつらつらと書いたところで読者にはツマラナイと思われるので書かない。勿論、書けと言われれば幾らでも書けるが、第一章がワタクシの言いワケだけで終わっても知らんでぇ(ー_ー)。んなもん誰も望まんでしょうよ❓

 それはさておき、書くにはのっけから問題山積である。
先ずタイトルからして問題ありきだ。ヤクシマヒメキシタバを最初に採りに行ったのは2020年だから、タイトルは『2020’ カトカラ3年生』とすべきではないかと云うツッコミが入りかねない。まあ、それは甘んじて受けるとしても、読む側にとっては時系列を把握しにくい面がある。その年(2020年)に書いておけば良かったのだが、サボったせいで時系列の整合性がとれるどうか自信ないよ。まだしも2021年に書いておけば何とかなったのになあ…。でも今はもう2023年なんであ〜る、ψ(`∇´)ψケケケケ…。オデ、オデ、頭パー。早くも追い詰められてプレッシャーかかってのヤケクソ笑いじゃよ。
それに当時から既に2年と9ヶ月もの月日が経っているのだ。記憶も薄いヴェールが掛かったかのように曖昧模糊となりつつある。そして当然ながら、ちゃらんぽらん男にメモをとる習慣などなーい。🎵記憶たどれなーい。
そう云うワケだから、勝手な思い込みの、事実とは乖離した間違いだらけの文章になりかねないし、時系列もメチャメチャになるかも…。記憶が欠落してるがゆえに、書くことが無くて文章がスカスカになる可能性だって否めない。「たぶん」とか「おそらく」とか「かもしれない」等々のファジーな文言だらけにもなるやもしれぬ。そして何よりも長い間まともな文章を書いてないんで、クソおもろない駄文になる確率高しでしょう。
皆様方はそれを踏まえた上で読まれたし。期待してはならんのだ。そこんとこヨロシク〜(^o^)v

 
2020年 7月2日

 車中から外に目をやる。こんもりとした照葉樹林の明るい黄緑色が目に眩しい。ようやく森の仙人が棲む領域に入ってきたのだと実感する。

奇しくも、この日はオイラの誕生日だった。
正直、やっぱオラって持ってる男だよなーと思ったね。もしかして神様の計らいで、この日に導いてくれたんじゃないか。だとしたら、もう神様からのプレゼントを貰ったも同然じゃないか。しかもヤクシマヒメキシタバ(以下ヤクヒメ)は深山幽谷に棲む珍種とはいえ、ポイントに行けさえすれば絶対に採れるみたいな話も聞いていたからスーパー楽勝気分だった。そういや道すがら、余裕の心持ちで「おー、ここが高校野球の名門、智弁和歌山高校かあー」とか言ってた憶えがあるもんなあ。

【ヤクシマヒメキシタバ】

(出典『日本産蛾類標準図鑑Ⅱ』)


(出典『世界のカトカラ』)

 申し訳ないが、下翅が黄色や赤、オレンジ、ピンク、紫色など色鮮やかに彩られるものが多いカトカラグループの中においては、最も小汚い種だ。そう言わざるおえないような地味な見てくれのカトカラなのである。
オマケにチビッ子ときてる。国内では最小クラスの小人カトカラでもあるのだ。チビでブス。純粋に見たら魅力的ではない(あっ、チビとかブスとかってコンプライアンス的に言っちゃマズかったかしら❓)。
されど、屋久島、九州南部、対馬、四国、紀伊半島南部等に局所的に棲む種ゆえに、簡単には会えない珍種とされている。また、標高は高くはないものの、深山幽谷の様相を呈するような環境、いわゆる原生林、もしくはそれに準ずるような自然度の高い照葉樹林でしか見られないことから、愛好家の間では憧れられていたりもする。どこか神秘的なものを感じるのだろう。その深山幽谷のイメージとリンクして、お爺ちゃんみたいな見てくれでさえも、視点を変えれば”仙人”の風情を湛えているように見えなくもない。そうゆう目で改めて見ると、落ち着いた渋い魅力があるような気もする。ゆえに高貴で格調高いと評する人もいるのだろう。
とはいえ、オラはそもそもが美人好きであり、美食を好み、美しい絵画、美しい風景etc…、世のあらゆる正統派の美をこよなく愛する男なのだ。当然、蝶や蛾も美しい者に強く惹かれる。つまり、パッパラパーのミーハー男なのさ。だから今までヤクヒメにはあまり食指が動かなかった。
それに関西からでも紀伊半島南部の山奥は直線距離以上に遠いんである。山深いから、所要時間的には飛行機で北海道や沖縄に行くのと変わらんのだ。場所によったら、下手すればもっと時間がかかる。謂わば陸の孤島なのだ。ゆえに腰も重くもなる。
加えて、ヤクヒメは灯火採集でないと殆んど得られないと言われている。だからワシのようなライトトラップの道具を持ちあわせておらず、糖蜜トラップのみに頼るような採集では極めて分が悪い。惨敗濃厚だ。なのに小汚いブス蛾に誰が会いに行けるかっつーのである。ブスに会いに行って告白して、挙げ句の果てにはフラれるなんざ目も当てられない。ワシの人生経験には、んなもん皆無なのだ。つまりワシ的辞書には無いって事。なので後回し。そのうち行く機会もあるだろう程度に思っていた。

 そんな折り、カトカラ採集の盟友である小太郎くんからヤクヒメ採集のお声が掛かった。遂に灯火採集のセットを購入したらしい。因みに、この年はコロナウイルスが日本中を恐怖に陥れた最初の年だった。で、全国民に等しく給付金10万円が配られた。彼は、そのあぶく銭(笑)をドーンと注ぎ込んだというワケだね。嫌味ではなく、もうコロナ様々である。この年は、後々その小太郎くんのライトトラップのお陰で、アズミキシタバ、ヒメシロシタバ、ナマリキシタバ、ヨシノキシタバと、未採集のカトカラを次々と撃破できたからね(これらの採集記は既に書いてあるので、興味のある方は遡って読まれたし)。

 採集ポイントは、最初はヤクヒメが最も得られている和歌山県田辺市の大塔渓谷にターゲットを絞っていた。単純に個体数が多ければ多いほど採れる確率が高まると考えたからだ。知り合いの爺さんも、大塔に行けば楽勝で採れると言ってたしさ。
しかし、数日前に谷が土砂崩れで通行不能になっていると云う情報が入り断念。なので1から計画を練り直さざるおえなくなった。そこで新たに候補に挙がったのが、三重県熊野市紀和町の布引の滝と三重県北牟婁郡紀北町(旧海山町)の千尋峠、奈良県上北山村の貯水池だった。
で、小太郎くんとディスカッションして最終的に選んだのが布引の滝。アクセスの良さとかもあるのだが、決め手は西尾規孝氏の名著『日本のCatocala』に載っている写真だった。


(出典『日本のCatocala』)

背後の森の感じとか環境が良さげなのは勿論だが、一番の理由は橋が架かっている事である。この手の橋があると云う事は、地面がほぼ平らであることを示している。つまり、ライトトラップが設置しやすくて安全度が高い。傾斜がある所だと安定感を欠くのだ。となれば強い風が吹けば倒れかねない。もしも小太郎くんのライトトラップのデビューの日に、三脚がコケて高価な水銀灯が割れでもしたら最悪である。小太郎くん本人の落ち込みは当然激しいだろうし、ワシの申し訳ないという気持ちもマックスになる事は想像に難くない。それだけは何としてでも避けたかったのだ。縁起が悪いからと、コンビを解消されたら悲しすぎる。
他にも理由はある。実を言うと、以前この場所には一度だけ来たことがある。Mr紀伊半島。紀伊半島の蝶に造詣が深く、ワシの兄貴分でもある河辺さんに珍蝶ルーミスシジミの採集に連れて来てもらったことがあるのだ。

【ルーミスシジミ】

(2017.6月 三重県熊野市紀和町)

ルーミスといえば、空中湿度の高い場所に棲息する蝶だ。そして、ヤクヒメも雨が多くて湿度が高い雲霧林的な環境を好むと言われている。ならば、採れる確率は高い。更に言えば、橋は駐車場に隣接しているから利便性も良い。荷物運びが楽だかんね。水銀灯用の安定器や発電機はバリ重いのだ。勿論、近いと時間の節約になるのは言うまでもない。設置や撤収に無駄な時間を要しないということだ。つまり、布引の滝は申し分ないくらいの好条件が揃っている地なのだ。

 まだ空が明るい夕方近くにポイントに到着した。
ここは紀和町の中央に位置し、一族山(標高801m)の南側の登山口にもなっており、楊枝川の上流部に辺る。そして、少し下った所には高さ29mの「布引の滝」がある。三段からなる優雅で気品ある美しい滝で、日本の滝百選にも選ばれている。

【布引の滝】

(出典『滝ガール』)

調べてみると、この周辺は自然度の高い天然林と原生林が広がっており、1991年6月には「紀和町切らずの森」と名付けられて、20.1haにわたる面積が保護される事になったようだ。
生物相も豊かで、キツネ、タヌキ、シカ、ノウサギ、ニホンザル、イノシシ等の哺乳類が多く生息し、稀少種であるワカヤマヤチネズミもこの周辺では数多くみられるという。鳥類も多く、猛禽類のハチクマ、サシバをはじめ、アオゲラ、コゲラ、ルリビタキ、キビタキ、アカハラ、ミソサザイ、オオルリ、キバシリ等々が確認されているそうな。そして沢沿いや渓流には、アマゴやオオダイガハラサンショウウオも棲むという。
昆虫は蝶で言えば、ルーミスの他には、同じく珍品とされるヒサマツミドリシジミや美麗なるキリシマミドリシジミ、メスアカミドリシジミなど「森の宝石」とも称されるゼフィルス(ミドリシジミの仲間)も豊富にいると書いてあった。まあコレは蝶屋なんだから、さすがに知ってたけどさ。

【ヒサマツミドリシジミ】

(2014.6月 京都市左京区杉峠)

あと、特筆すべき記述も見つけた。何と此処は幻のヘビ、あの「ツチノコ」の伝説が残る里でもあるらしい。
バチヘビじゃ、バチヘビ〜❗テンション、バキ上がるわ〜🤩
あっ、バチヘビとはツチノコの別名ね。ちなみにツチノコ(槌の子)とは、日本に生息すると言い伝えられる未確認動物(UMA)の1つで、形が横槌に似ていて、胴が太くて短い蛇の事やね。北海道と南西諸島を除く日本全国で目撃例があるという。ワシも、小学生の頃に九頭竜で見たでぇー。あっという間に石の隙間に潜り込みよったけど、アレは絶対にツチノコだったわさ。

【ツチノコ】

(出典『海洋堂』)

そういや昔、ツチノコブームってのがあって、スゲー額の懸賞金がかかってたよなー。あの頃は他にも中国山地の類人猿ヒバゴンとか、屈斜路湖の首長竜クッシーとかも話題になってたなあ…。なので子供心にも、日本ってどんだけ謎の怪物がおるねんと思ったものだ。昭和の時代って、夢のある幸せな時代だったんだね。
嗚呼、ツチノコ見てぇー🤩❗お~し、ツチノコもヤクヒメも一網打尽じゃあ〜。

おっと、肝心の植物のことを書き忘れてたよ。
滝周辺は、アラカシ、アカガシをはじめとするカシ類を中心に、シイノキ、ヤブツバキ、クスノキ、トチノキ、各種カエデ類などの落葉樹が混生する天然林となっているそうだ。原生林じゃないのは気になるが、まあ大丈夫っしょ。

 天気は上々。有り難いことに望んだような極上の曇り空だ。雲が厚めだから、これだと月が顔を出すことは無いだろう。ヤクヒメは曇りか雨の日にしか飛んで来ないとされている。月夜には姿を現さないのだ。そして、雨を降らせるような雲も見当たらない。雨に濡れるのは嫌だし、かといって晴れられると困る。そう云う意味では、ワシ的にはまるで誕生日を祝うかのような絶好の天気なのだ。

 小太郎くんは橋の中央部に、ワシは何ちゃってライトトラップを駐車場に設置。日没後に同時点灯した。

【小太郎くんのライト】

尚、上の画像は大幅にトリミングしていて、小太郎くんの屋台(ライトトラップの事)は除外してある。初期の屋台組みなのでプロフェッショナルな人から見ればダサいからとの理由で、本体は載せないでくれと言われたのだ。小太郎くん、バラしてゴメンね、ゴメンねー。
さておき、緑色に映ってるから、メチャメチャ紫外線が出とる証拠やねぇー。水銀灯は肉眼では普通の色の灯りに見えるが、スマホで写すと緑色に映る。なので外灯回りで虫採りする場合には、とても役に立つのだ。一見、水銀灯に見えても、殆んど紫外線が出ていない外灯もあったりするのである。もっとも最近では水銀灯は絶滅しつつあり、世はLEDライトだらけになってしまったから、あんま意味ないんだけどね。ようは普通のLEDライトは紫外線がカットされていて、虫が誘引されないってことね。

 駐車場の脇に鳥居があり、その奥の環境が良さげなので、一応ワシのスペシャル糖蜜を木に撒いておいた。ヤクヒメは糖蜜トラップには来ないと言われ、吸汁したという記録がないのは知っている。けれども、まあまあ天才のワシの作ったスペシャルレシピである。悪いが、大どんでん返しさせてもらうえー。

暫くして様子を見に行ったら、早速ウスイロキシタバが来ていた。しかも2頭も。流石、ワシのスペシャル糖蜜じゃよ。ここまで良い流れできてるし、この調子だとヤクヒメも楽勝で採れんじゃないのー😙

【ウスイロキシタバ Catocala intacta】


(2020.6月 兵庫県西宮市)

まだウスイロを一度も採ったことのない小太郎くんを呼びに行き、無事ゲットしてもらう。
しかし、如何せん鮮度が悪い。羽も一部が欠けている。となると、ヤクヒメの鮮度も気になるところだ。完品が採れることを祈ろう。

 時間が経つに連れ、小太郎くんのライトトラップは虫だらけの阿鼻叫喚状態と化す。けれど、圧倒的に多いのはカワゲラやトビケラなどの気持ちの悪い羽虫どもだ。中でも巨大なヘビトンボどもは邪悪な成りで超絶気持ち悪い。

【ヘビトンボ】

(出典『Wikipedia』)

 コヤツは昔から敵視してきた。生態はロクに知らんが、見てくれからして絶対邪悪な奴に決まってるからだ。(⁠⁠´⁠ω⁠`⁠⁠)デヘデヘ、お嬢ちゃん、ちぃとばかし股開きんしゃい。きっと、か弱き者たちに不埒な悪戯(いたずら)をしているに違いない。
しっかし、シクったなあ…。体中、羽虫にタカられるとは想定外だったわい。でも普通に考えれば、川のそばなんだから当たり前なんだよなー。奴らの生活圏の真っ只中なんだからさ。

虫は羽虫ども以外にもコガネムシなどの甲虫や各種の蛾が大量に飛んで来るのだが、カトカラは普通種のキシタバ(Catocala patala)しかやって来ない。当然、フル無視である。

【キシタバ】

 コヤツは市街地近くから標高2000m近くの深山に至るまで、ホント何処でも見掛ける普通種だ。灯火にも樹液にも一番集まるから節操がない感じがするし、オマケに図体がデカくてデブだから邪魔で💢マジむかつく。時に他の良いカトカラをパワーで追い散らかしたりもするので憤りの対象になるのだ。
とはいえ、外国、特にヨーロッパ圏では人気が高いらしいんだよね。確かに大きくてゴツいから、見方によっては重厚感や風格があるようにも見える。たとえ我々にとってはド普通種ゆえに評価が低くとも、そんなのヨーロッパの人々にとっては当て嵌まらないのだ。だってヨーロッパには生息していないんだからね。
所変われば品変わるというが、場所により評価も変わる。そんなものは容易に変容するものなのだ。そういや北海道では南部の一部にしか分布していないから珍しいのだ。だから北海道の虫屋の間では「おー、キシタバやんけー❗カッケー🤩」的扱いになってるやもしれん。
色眼鏡や珍稀度に惑わされずに、純粋な姿、形のみで評価ができる人間になりたいけど、ワシって人間できてないもんなあ…。

【ワシの何ちゃってライト】

 この日がデビュー2戦目の5w UV LEDライトである。
小太郎くんがライトトラップを買ったのに刺激されて、ワシも買ってもうた。とはいえ威力は遥かに及ばない。でも車では入れない場所でも灯りを焚けるような機動力の有る携帯タイプの方が、自分には合ってると思ったのさ。
本体重量は超軽量の130g。モバイルバッテリーが200gだから、合わせてもたったの330gしかない。それでいて一応、謳い文句には40wのブラックライト蛍光灯と同程度の威力があると書いてあった。
まあ、それくらいの効力はあるかもしれない。ちなみに、この日はコチラにはウスイロキシタバも飛んで来た。にしても、矢張りこっちにもヤクヒメは飛んで来ない。
不安がよぎる。でもヤクヒメは雨の日じゃないかぎりは遅い時間帯にしか飛んで来ないという説もあるようだし、気長に待とう。

 とはいえ退屈なので、橋を渡った向こう側にも糖蜜を撒きに行く事にする。鳥居周辺は疎林だからヤクヒメはいなくて、もっと深い森に居るんじゃないかと思ったのだ。小太郎くんも誘うが、リー即で却下された。冷たいよねー。
まあ、いつ突風が吹いてライトが倒れるやもしれぬから、離れられないってのもあるんだろうけどね。

一人、橋を渡り、暗黒世界に足を踏み入れる。直ぐにライトトラップの光は届かなくなり、真っ暗闇になる。
背中に緊張感がサッと広がる。メチャメチャ不気味なのだ。そもそもルーミスの生息地は気持ちの悪い場所が多い。そういや大塔渓谷にルーミスを採りに行った際には、プーさんが子供の声が聞こえたと騒いでたな。で、声がした方に行ってみたら、子供用の靴が片方だけ落ちてたらしい。けれど子供の姿なんて影も形もなかったという。あんな奥まった不気味な谷に、子供が一人ぼっちでいるワケがない。非現実的だ。或いは、その場に埋められてたりなんかしたりして…。で、その霊が呼んでたとか…。余談だが、その何日か前にはルーミス採集に来ていた人が、このすぐ近くの滝の横崖から墜落して死んだらしい…。
そんな事を思い出しながら歩く。良くない兆候だ。だが思念を止めたくとも止めれない。他にもアレやコレや想像してしまう。そして、とてもじゃないが此処には書けないような恐ろしい事まで想像して、ビクッ⁠( ꒪⌓꒪)❗悪寒が走る。ヤバい。我ながら相当ビビっている。元来、オラは超がつくウルトラ怖がり屋なのだ。チビりそうだ。懸命に意識を滅却させる。考えてはならない。考えれば考えるほど恐怖は膨張するのだ。
だが、空気がジメジメしていて重く澱んでいるし、足元には水が流れていてビチャビチャで気持ちが悪い。そして…、静か過ぎる。自分の歩く足音だけが奇妙に反響し、強調される。心頭なんて滅却できるワケがない。😱怖ぇー。
早く戻りたい一心で、あたふたと霧吹で糖蜜を木に吹き付け、慌てて引き返す。

橋まであと少しというところで、目の前の闇から突然光がぼわ〜っと浮き上がり、すう〜っと横切って消えた。足がピタリと止まる。😨すわっ❗鬼火🔥かぁ❗❓全身の血が逆流する。何じゃ❓何が起こっておるのだ❗❓必死で状況を把握しようと頭の中が高速で回転しているのが自分でもわかる。
暫くして、また光った。それを身じろぎもせずに凝視する。刹那、答えを求める脳ミソのシナプスが繋がる。この動きは何処かで見た事があるような気がする。
ホタル❓ でも見慣れたゲンジボタルやヘイケボタルよりも遥かに小さくて弱い光だ。色も少し違う気がするし、点滅の間隔も異なるように感じる。じゃあ、何❓
次の瞬間には無意識に体が勝手に動き、光を追い求めて夢遊病者の如くふらふらとついて行っていた。
そして、気がついたら両手で光を覆い包んでいた。
ゆっくりと掌を開く。と、そこには見たことのない小さな蛍が静かにゆっくりと明滅していた。もう恐怖は無かったが、幻想的で不思議な感覚だった。よく蛍の灯は死者の魂になぞらえるが、或いはそうなのかもしれない。そう思った。

橋まで戻って小太郎くんにそのホタルを見せると、即座に「これ、ヒメボタルですよ。」という答えが返ってきた。

【ヒメボタル】

(出典『東京にそだつホタル』)

ゲンジボタルやヘイケボタルのように幼虫時代を水中で過ごす水棲ホタルではなく、陸棲のホタルなんだそうだ。
欲しいって言うから進呈したけど、小太郎くんが欲しがるくらいだから、それなりに稀少なホタルなのだろう。

 午後11時を過ぎた。さあ、ここからが正念場だ。そろそろ飛んで来てもいい時刻だ。彼奴を見逃すまいと周囲にせわしなく目を配る。

でもヤクヒメは11時半になっても、いっこうに姿を現さない。
時間は刻一刻と削られてゆく。(⁠゜⁠o⁠゜⁠;マジかぁ❓楽勝じゃなかったんじゃないのー❓神様〜、アチキへの誕生日プレゼントはどうなっちゃってんのよー❓

小太郎くんと相談して、12時半に店じまいすると決める。
素早く後片付けして午前1時に此処を出られたとしても、それでも帰ったら明け方近くにはなっているだろう。もっと居たいのはやまやまだったが、妥当な判断だ。反対はできない。

午前0時。東側の空が少し明るくなってきた。まさかと思って見ていたら、やがて山の端から朧月(おぼろづき)が顔を覗かせ始めた。
小太郎くんが笑う。
「マジっすか❓ 五十嵐さん、どんだけ晴れ男なんすかあ。天気予報では曇り時々雨だったのにー。」
そうなのだ、彼の中ではオイラはスーパー晴れ男なのだ。彼の前だけに限ったことではないが、たとえ雨の予報でも「晴れるでー」とワシが宣言したら本当に晴れるのだ。だから周囲にはしばしば驚かれる。ゆえに小太郎くんには重宝されている面がある。蝶採りには晴れが絶対条件だかんね。だが今回に至っては、それが完全に裏目になった。せやけどワシ、今日は晴れさせるなんて一言も言ってないからね。
こりゃ終わったなと思いながらも、それでも一縷の望みをもって待つ。

0時半になった。しかし、ヤクヒメはついぞ飛んで来なかった。惨敗決定だ。呆然とした面持ちで後片付けを始める。
そんな中でも、頭の中ではずっと
(⁠・⁠o⁠・⁠)何で❓(⁠☉⁠。⁠☉⁠)⁠何で❓
(⁠@⁠⁠@⁠)何で❓ヽ⁠(⁠(⁠◎⁠д⁠◎⁠)⁠)⁠ゝ何で❓
щ⁠(⁠゜⁠ロ⁠゜⁠щ⁠)何で❓w⁠(⁠°⁠o⁠°⁠)⁠w何で❓
༼⁠⁰⁠o⁠⁰⁠;⁠༽何でぇー❓(⁠●⁠
⁠_⁠●⁠)何でやねーん❓

の、あらゆる何でやねん嵐が吹き荒れ続けていた。

                   つづく

追伸
 久々に虫の話を書いたが、大変じゃったよ。
文章の書き方を忘れてて、調子が出るまでだいぶ時間がかかったし、画像の貼付方法や字のフォントの大きさの変更等々とか技術的な事も忘れてて困った。それに、ロクに構成も考えずに行き当たりバッタリで書き進めていったから、筆が止まる事もしばしばだった。で、アレコレ文章をイジくってるうちに長くなったってワケ。予定では解説編を除く全2話に収めるつもりだったが、この調子だと少なくとも3話以上にはなりそうだ。
まあ、いつもの如く長丁場になるとは思うが、これからも気長に付き合ってつかあさい。

 
《参考文献》 
◆西尾規孝『日本のCatocala』
◆石塚勝己『世界のカトカラ』
◆岸田泰則編『日本産蛾類標準図鑑Ⅱ』
◆新宮市教育委員会 文化振興課『熊野学』
◆Wikipedia