黄昏のナルキッソス 第三話

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第3話 黄昏のナルキッソス

この年、2023年は満を持して臨むつもりだった。
このままオメオメと負け続けるワケにはいかない。毎年のようにアッチコッチに足を運び、その都度、何の手応えもなく惨敗。辛酸を舐め続けてきたのだ。いい加減にケリをつけよう。

だから、初動は早かった。いつもなら9月初めのムラサキシタバの採集が終わってから動き出していたのに、8月に入って直ぐにはもう情報収集を開始していた。

(ムラサキシタバ)

(2020.9月 長野県白骨温泉)

先ず手始めに伊丹昆虫館に電話した。理由は過去に何度もシンジュキノカワガが発生している場所だし、学芸員と云う虫のプロがいるからだ。8月くらいから幼虫の姿が目立つようになるので、もし発生していたならば、それを見逃すワケがないと思ったのだ。

(シンジュキノカワガ Eligma narcissus ♀)

しかし学芸員の話によると、今年はまだ見ていないそうだ。
そんなに甘かないか…。仕方がない。また1から丁寧に情報を広い集めるしかないな。

9月に入って漸くして、重要な情報が手に入った。
アメブロで、姫路で発生していると云う記事を見つけたのだ。『昆虫漂流記』と云うブログの「シンジュキノカワガ 採集から飼育 2023年9月2、3日 以降の観察」と題された記事で、かなり詳細な内容が書かれていた。
9月2日とか3日といえば、ほぼ直近の情報。まだ1週間も経っていないじゃないか。テンション、💥爆跳ね上がったよ。
直ぐにでも飛んで行きたい気分だったが、ここは冷静になろう。行動を起こすのは、記事の内容を今一度精査してからでも遅くはない。

記事によると、場所は姫路市安富町皆河というところらしい。ちゃんと場所を明かしてくれて、マジ有り難う。でもって、偉いやね。昨今、ネットでは場所を明かさないのが当たり前になってるからね。でも自分も場所を極力明かすようにしているし(註1)、匂わせる事も多いから共感できる。何でもかんでも隠すのは弊害もあると思っているからだ。なぜなら、たとえそれが事実であったとしても、記録としては残らないからね。もちろん下手に発表すると、そこに人が集中し、根こそぎ採られて絶滅しかねない。そう云う危惧があるのは、自分も重々に承知している。だから、そういった場所は公表すべきではないだろう。しかし、愛好者なら誰もが知っている有名な場所や公表してもいいような理由がある場所ならば、わざわざ隠す必要性はないと考えている。例えば今回の場合だと、シンジュキノカワガは海外から飛来する偶産種であり、やがて冬が来れば死滅してしまうからだ。採ろうが採るまいが、どうせ居なくなるのだ。ひいては、翌年に同じ場所を訪れたとしても居ない可能性が高いと云う事でもある。よって公表しても問題がないと云うワケだね。さておき、ソッコーで詳しい場所を調べよう。

そこは姫路市といっても、北部の山奥だった。姫路駅からでもバスで1時間もかかる。そもそもが大阪から姫路駅までだって遠い。電車で大阪駅から1時間半以上はかかるのだ。つまりは相当に遠いと云うことだ。
運賃だってバカにならない。調べたら、最寄り駅から片道だけでも2570円だ。往復だと5140円もかかる。そして、大阪の自宅からの所要時間は最短でも3時間を要する。ゆえに、そうおいそれとは何度も行けないのだ。だからこそ、行くのなら確実に一発で仕留めたい。となれば、いつ行くかを慎重に見定めねばなるまい。

幼虫及び蛹採集だけでもいいならば、直ぐにでも行った方がいいだろう。
ブログの筆者氏は、64頭の幼虫を確認し、そのうちの23頭を持ち帰ったと書いておられる。つまり、単純計算すれば、まだ最低でも41頭の幼虫がいると云う事になる。のみならず『幼虫を樹が高すぎて確認できなかった樹もある事から、それ以上の個体数が存在すると思われます。』とも書いておられる。加えて、シンジュの木が生えている範囲は、車道沿いに横に約50mに渉っており、数十本はあるというような記述もあった。ならば、更に多数の幼虫がいる可能性がある。それだけ居れば、たとえ誰かが自分よりも先に入って持ち帰ったとしても、まだまだ残っている確率は高い。とはいえ、公にネット上に記事が出ているのだ。情報は拡散しているかもしれない。ワシと同じような事を考えている人が、他にも何人もいるやもしれぬ。いずれにせよ、幼虫目当てなら早めに行った方がいいだろう。

でも生息地の画像を見たところ、場所的に問題が有りそうだ。シンジュの木は、車道から見てガードレールの向こう側に生えている。そして、木の生え方の感じからして、おそらく斜面に立っている。しかも急斜面が予想される。谷あいの地形だと書いてあったからね。となれば、繭の採集には危険を伴うかもしれない。一人で行って、もし足を滑らせたら…と思う。谷底まで落ち、足を骨折でもしたら…。田舎の山奥だ。しかも谷底である。誰も見つけてはくれないだろう。下手したら、死ぬど。
加えて、記事では繭が確認できなかったと書かれている(註2)。これはガードレールからは位置的に繭を見つけられない事を指し示してはいまいか❓もしくは斜面がキツ過ぎて、木に近づけないとかさ。

そうとなれば、幼虫採集オンリーとなる。
けど、それも問題がないワケではない。低い所にいる幼虫は既に回収されているようだからだ。となると、ブログには最初は6mの網で枝を引き寄せて幼虫を採ったとあったし、それ以上は高くて確認できなかったとも書いてあったから、木は相当高いと云う事になる。シンジュは高いものになると、20m以上にもなるのだ。たとえギリギリ届く場所があったとしても、果たしてそんな高い所から網で幼虫を上手く引き剥がせるのだろうか❓(註3)。しがみつかれでもしたら、どうすればいいのだ❓
だいち今は適当な長さの竿がない。夏に7mの長竿を開田高原でポッキリ折ってしまったのだ。そのクラスか、それ以上の長竿となれば、有るのは10m竿だけだ。あんなもん重くて振り回したくないし、持ち運ぶのも一苦労だ。全然もって気が進まない。それに、もっともっと気が進まない理由がある。
m(_ _)mスンマセン。正直に言いますわ。ワタクシ、芋虫とか毛虫とか、あの手のモノは大の苦手なんざます。キショくてマジ怖気(オゾ)ける。ましてやシンジュキノカワガの幼虫は、ド派手な黄色と黒の縞模様の毒々しい毛虫で、どう見ても邪悪きわまる存在なのだ。普段のワシなら、
(⁠ノ⁠ ̄⁠皿⁠ ̄⁠)⁠ノ⁠⁠⁠彡⁠┻⁠━⁠┻おりゃー❗死ねっ❗死ねっ❗死ねー❗
なのだ。


(出典『円山原始林ブログ』)

それを姫路から大阪まで持って帰るだなんて、ミッションがキツ過ぎる。もしも帰りの電車内でモゾモゾと這い出して来でもしたら、どうすると云うのだ❗❓ 車内は阿鼻叫喚の嵐。怒号が飛び交い、泡を吹いて床に倒れる御婦人たちが続出。そしてオラは衆人からの白い目に2時間以上も晒され続けるのだ。…拷問だ。想像しただけでも恐ろしい。
それに幼虫を弱らさずに持って帰って来る自信もない。もしも死屍累々。全員がグッタリとなって死んでいたら、それこそ骨折り損のくたびれ儲けじゃないか。

ならば、やはり成虫採りしかあるまい。そもそも、成虫が本来のターゲットなのだ。ここは原点に帰り、素直に王道でいこう。
とはいえ、行って成虫が採れなかったら、洒落になんない。決行する日を吟味して行かねば、失敗しかねないのだ。つまり、まだ次の世代の成虫が羽化していなければダメだろうし、かといって羽化して時間が経ってしまうのもマズイ。なぜなら、羽化して暫くすると分散してしまう可能性があるからだ。流転のナルキッソスだ、馳せ参じるのが遅ければ、既に次の新天地に向かって旅立っているかもしれないのだ。

頭の中でカチャカチャ計算する。
記事によれば終齢幼虫が蛹になったのが、9月9日。となれば、蛹の期間が2週間から16日、もしくは17日と考えるならば、9月23日から27日の間がベストだ。でも平日は仕事を休めない。となると、行けるとしたら、9月23日か24日だ。でも灯火採集をするのならば、土曜日しかない。なぜなら、車を持っていないので、公共交通機関でしか移動できないからだ。したがって日曜だと翌日の月曜の朝にしか現地を離れられない。それでは仕事に間に合わない。ならば必然、9月23日が討ち入りの日となろう。
待てよ。けれど記事には9月7日の時点では幼虫は初齢から終齢幼虫までいたと書かれている。となれば、もう1週間後ろにズラした10月1日でも大丈夫だろう。いや寧ろソチラの方がベストかもしれない。その頃ならば殆んどの個体が羽化し終えている可能性が高い。さすれば、その日が現地での成虫の最盛期かもしれない。つまり個体数が最も多い時期に当たる可能性がある。どちらを選ぶべきなのか心が揺れる。
でも待てよ。灯火採集をするとなると、自ずと話は変わってくるぞ。成果は月齢と気象条件に左右されるからだ。それ如何によって、結果は大きく違ってくるだろう。

ここで少し、昆虫たちが人工光に引き寄せられるメカニズムを説明しておこう(註4)。
走光性を持つ昆虫、即ち夜間に光に引き寄せられる昆虫たちは、普段は月光を頼りに移動しているものと考えられている。月あかりに対して一定の角度で飛ぶことで、高さや方向を保つしくみを持っているのではないかと推測されているのだ。月は地球からものすごく遠くにあるために、自分がいくら動いても月のある方角は変わらず、自分の向いている方向を知る良い目印となる。そういう仕組みを持った虫たちが人工の灯りを見ると、その光の向きに対して一定の角度で飛ぼうとする。だが、月と違って人工の灯りはごく近くにあるため、それに対して一定の角度を保って飛ぼうとすれば、結果として灯りの周りをグルグルと回りながら近づいてしまう。つまり、虫たちは人工の灯りを月と勘違いして方向の目印に使ってしまったが為に、知らず知らずのうちに灯りに引き寄せられて集まってしまうのである。

そうとなると、灯火採集をするに於いて最も好条件となるのが、最大のライバルである月が出ていない日、即ち月齢が新月ということになる。補足すると、新月ならば、たとえ晴れていてもライバルは居ないから問題がない。ようは天候に最も左右されにくい日なのだ。土砂降りとか暴風にでもならない限りは、虫は光にワンサカ集まって来る。
そして、次に好条件なのが月の満ち欠けに関係ない気象状況であろう。つまり、曇りか小雨程度の天気ということだ。月が隠れていさえすれば、条件は新月の時と同じと云うワケだね。
月齢を調べてみると、9月の新月は14〜16日。その前後1日も殆んど月あかりは無さそうだ。でも残念ながら、それらの日は仕事だ。
23日の月齢は半月だった。あまり条件は良くない。そして10月1日は😰アチャー、🌕満月である。条件的には最悪じゃないか。世の中、上手くいかないよね。
そうなると、消去法で24日に決定だな。そして、もしも24日の天気予報が晴れか雨だったら10月1日にズラすと云うことになりそうだ。とはいえ、ズラして10月1日も晴れか雨なら最悪だ。そこが思案のしどころである。或いは両方とも行くことも視野に入れておくべきかもしれない。天候如何に拘わらずに24日に行き、ダメなら10月1日にリベンジと云う構図だ。
どちらにせよ、まだ先の話である。来週までは自由に動けるから、近場でシンジュが沢山生えている場所を探そう。そういや場所は特定できないけれど、淀川河川敷で繁茂していると云う情報もある。

とはいえ、最も信頼している小太郎くんの意見を聞いておこう。そう思って、姫路で発生していると云う記事のリンクを貼って送った。あわよくば姫路まで一緒に灯火採集に行ってくれるんじゃないかと云うスケベ心もあったしね。
したら早速にLINEが返ってきた。それに拠ると、今年は多く渡来しているようで、各地で見つかっているらしい。流石、情報通の小太郎くんである。ならば、大阪近郊でも発生している可能性はある。なので小太郎くんには、来週は近場で探すよと返信しておいた。

 
2023年 9月16日

先ずは花博記念公園鶴見緑地に行ってみることにした。


(出典『新森と暮らす』)

花博記念公園と冠されているとおり、昔ここで「花と緑の国際博覧会」が開催されていた。
広い公園で、東側の山のエリアが森になっている。


(出典『花博記念公園鶴見緑地 ホームページ』)

此処は去年、居たと云う情報があったから来てはみたものの、見事に惨敗した場所だ。とはいえ、もし本当に発生していたのならば、成虫が越冬できた可能性があると考えたのだ。公園は大阪市内にある。だから山と比べて寒暖差が少なく、遥かに温暖なのだ。他よりも生き残れる可能性が高い。

驚いた事に、去年にシンジュだとばかり思っていた幾つかの木は、別種の木だった。葉が全部落ちていたので、幹の木肌のみで判断するしかなかった。それで間違えたんだね。植物の同定は難しい。

蘖(ひこばえ)は結構見つけたものの、結局、間違いなくシンジュだと思われる木は、たったの3本しか見つけられなかった。
そのうち葉に食害跡が見受けられた木は1本だけだった。でも、ド派手な阪神タイガース模様の幼虫の姿はない。繭もない。と云うことは、おそらく食害したのは別な種の幼虫で、たぶんイラガ類(註5)あたりだろう。

(アオイラガの幼虫)

(出典『芋活.com』)

シンジュの葉を食べる蛾は、シンジュキノカワガだけではないのだ。もっともイラガの仲間は広食性で、サクラ類・ウメ・ナシ(バラ科)、クリ、クヌギ(ブナ科)、カキ(カキノキ科)、ヤナギ類(ヤナギ科)、カエデ類(ムクロジ科)、チャノキ(ツバキ科)等々、何でも食うんだけどもね。

兎に角、又しても亡霊を祓えなかった。コレで二桁に乗る10連敗だ。プロ野球のピッチャーだったら、翌年には間違いなくクビだ。ペナントレースならば、チームが1回でも10連敗すれば、優勝は不可能だという数字だ。長いプロ野球の歴史の中でも、10連敗してリーグ優勝したチームは一つたりともない。皆無なのだ。
因みに最長記録は9連敗。それでも優勝できた例は、1992年と2015年だけだ。共にヤクルト スワローズのみが成し得ている。
泥沼だ。いつになったら、この不毛な負のループから解放されるというのだ❓

 
引き続き、ネットによるシンジュキノカワガ情報の探索は続けていた。
そして、この翌日に重要な情報を得ることができた。新たに3箇所も発生している場所が分かったのである。

先ず1箇所めは、兵庫県佐用郡の佐用町昆虫舘近くの県道沿い。
そこに生えているシンジュで発生しているらしい。作用町昆虫舘のオフィシャルサイト(NPO法人こどもむしの会)で報告されていた。因みに、載っていた画像は終齢幼虫である。

2箇所めは、丹波市の丹波の森公苑である。
此処も同じく佐用町昆虫舘のサイトに載っていた。そして画像も同じく終齢幼虫であった。
尚、両者の情報公開日は、同じ9月17日。おいおい、おとといの話じゃないか❗

因みに、佐用町昆虫舘のブログでは、こんな面白い試みをやっていた。


(出典『佐用町昆虫舘オフィシャルブログ』)

ようは、今年の阪神タイガースの快進撃に凖えて、タイガースカラーのナルキッソスの幼虫を使って、お遊びで文字を描いているのだ。ちなみにアレとは「リーグ優勝」の事である。
話は第一次岡田政権時代の2008年に遡る。この年、我らが阪神タイガースは前半戦絶好調。7月9日には2位に最大13ゲームの大差をつけて首位を独走していた。にも拘わらず、最終的には巨人に追い越されてリーグ優勝を逃した。また2021年の矢野監督時代にも、前半戦が好調であったにも拘わらず失速し、優勝を逃した。
この2つの何れの年にも、マスコミによる大フライングがあった。
2008年には、日刊スポーツが9月3日に阪神の優勝を確信してフライング。「Vやねん!阪神タイガース」を発売してしまった。この時点で、巨人に5ゲーム差に迫られていたのにも拘わらずである。当然、ファンの顰蹙をかった。
2021年には、朝日放送(ABC)が2位に最大8ゲーム差を付けて独走していた6月に「虎バンスペシャル #あかん阪神優勝してまう」をフライング放送してしまう。しかし、その後に主力選手が極度の不振に陥り、失速。前半戦は首位で折り返したものの、9月22日にはヤクルトに首位を明け渡してしまった。虎と燕がシーズン最終盤まで激しいデッドヒートを繰り広げる中、更にABCは10月3日にも、緊急特番「虎バンスペシャル 16年ぶりに阪神優勝してまう!?」を放送する。だが虎は、最終的にはゲーム差なしで優勝を逃してしまう。
この2つの年の大フライングが、歴史的V逸を象徴する”V逸フラグ”として虎党の記憶に強く刻まれる事となる。振り返ってみると、皮肉にもコレらが発売・放送された後に大失速し、挙げ句には悲惨な結果になってしまったのである。呆然自失。ファンとして耐え難き事実であった。糠喜びさせといてからの、顔を思いっきし地面に叩きつけられたようなものだ。どれだけ惨めな気分にさせられたことか。そのトラウマから、阪神ファンの間では、どれだけ好調であっても「優勝」の二文字に触れることは半ばタブー、禁句となった。
そして2022年、岡田は監督就任会見で「優勝」とは一言も出さず、代替語として「アレ」を連発する。その後、報道陣とのやり取りの中でも、けっして「優勝」とは言わず、「アレ」で通した。そして、そのアレが、まさかの2023年のスローガンの文言の一部にも「ARE」として組み込まれるまでになる。
やがてシーズンが始まり、阪神の好調と共に関西のマスコミやファンの間で「アレ」ブームが盛り上がる事となるのである。呪いを解きたいがゆえの、ファン&マスコミ総出での言葉の記号化である。
そしてその後、8月、9月に「アレよアレよ」と連勝して、この日の2日前の9月14日に何とアレしてしまった。
🎉🎊阪神優勝、おめでとう❗❗

悪いクセだ。大脱線してしまったなりよ。
気を取り直して、話を本線に戻そう。

3箇所めは、兵庫県たつの市の広山だ。虫関連ではない「NPO法人ひょうご森の倶楽部」というサイトではあるが、コチラも多数の終齢幼虫が発見されたと書いてあった。但し、20日ほど前の8月30日の話だ。
3箇所とも何とか日帰りで行けそうな場所ではある。となれば、この週末に行く場所の選定は広がる。それでは、姫路市安富町も含めた4箇所を比較検討していこう。

佐用町は兵庫県の西端に位置し、限りなく岡山県に近い。遠すぎる。
たつの市も遠い。佐用町よりも近いが、姫路市のまだ向こうなのだ。

(兵庫県地図)

(出典『マピオン』)

地図で場所の確認をしたら、何と佐用町の南東側に隣接しているじゃないか。大阪からだと、さして変わらん距離だ。そして、たつの市は姫路市とも隣接している。おそらく安富町のポイントとも、そう離れてはいないだろう。となれば、中国から第一世代の成虫たちが低気圧や前線による南西からの風に乗って、この辺り一帯にまで纏まって飛んで来たのかもしれない。

一方、丹波の森公苑は丹波市の南部にあるから、兵庫県西部とはだいぶ離れている。しかし大阪からの距離は、たつの市と同じくらいか少し近いくらいだろう。
とはいえ、距離だけでは計れない。アクセスの良さの方が重要だろう。なので、各地への所要時間と交通費を調べてみた。

①姫路市安富町皆河
所要時間 3時間。 運賃 2570円。

②佐用町昆虫舘
所要時間 3時間半。運賃 2600円。

③たつの市誉田町広山
所要時間 2時間半。運賃 2420円。

④丹波の森公苑(丹波市柏原町)
所要時間 2時間半。運賃 1760円。

時間と運賃だけみれば、軍配は丹波の森公苑に上がる。しかし、ソレだけでも判断できない。他の条件も考慮しなくてはならないだろう。例えば姫路市のポイントは遠いが、最も情報量が多い。次の成虫が、いつ頃から現れるのかも予測がつく。
昆虫舘も遠いが、コチラは昆虫に詳しいスタッフがいる。情報豊富で、訊けば詳しい発生場所も教えてくれるだろう。問題は、昆虫舘近くといっても、それが距離的にどれくらい離れているかだ。もしも車で30分なら、歩いて行くのは無理だろう。15分でもキツい。それにどれ程の数の幼虫が発生しているのか、何齢くらいが多いのかもワカラナイ。とはいえ、これらも電話して訊けば分かるんだけどもね。だから、それらよりも心配なのが、既に幼虫が色んな人に持ち帰られている可能性だ。何といっても昆虫舘は、虫好きが集まる所だからね。情報を聞いて飼育をしたがる人も少なくない筈だ。
たつの市の広山は近いが、8月末の時点で終齢幼虫だったワケだから、既に成虫が羽化してしまっている可能性がある。それをどう捉えるかだ。灯火採集には、時期的に丁度良いかもしれないが、既に分散している可能性もあるのだ。となると、蛹や幼虫も得られない確率が高い。虻蜂取らずだ。それに公園のようだから、駆除されている可能性は充分ある。
最後の丹波の森公苑だが、一番近くて運賃も安いけど、駅から20分くらい歩かなければならない。しかも、おそらく登りだろう。灯火採集用のポータルバッテリーは重い。それを背負って長時間歩くのは辛いものがある。そして現時点では、情報量が最も少ない。ゆえに幼虫の状況がワカランのだ。でも、昆虫舘の人に訊けばいいか❓…。あとはコチラも公園だから駆除されている可能性もある。また昆虫舘のイヴェントで行ってるんだから、幼虫が大量にお持ち帰りされてるかもしれない。その情報は各方面に口コミで漏れているだろうから、更に誰かが行って、根こそぎ攫っていってる可能性だってある。コレも昆虫館に訊けばいいか…。

正直、帯に短し襷に長しだ。判断するのは、もう少し吟味してからでもいいだろう。いずれにせよ、最終的な判断はギャンブルとなりそうだ。

翌日の火曜日、小太郎くんに鶴見緑地で惨敗した旨のLINEを送った。姫路市以外でも発生しているのを報告しときたかったし、週末の予定を訊きたかったからだ。
したら『お疲れ様でした。鶴見には飛んで行ってないのですね。明日、代休で午後から半休なので、近所のシンジュ並木を見ておきますよ。』と云う返信が帰ってきた。有り難い事だが、さして期待はしていなかった。世の中、そんなに甘いワケがない。そんな都合よく見つかるのなら、ここまで苦労していない。とっくにワシだって遭遇している筈だ。それよりも週末の小太郎くんの動きの方が気になった。彼の動き次第で、自ずとコチラの動きも決まってくるからだ。

 
2023年 9月22日

金曜の夕方、仕事終わりに何気にLINEを見たら、小太郎くんから連絡が入っていた。
多分、週末にどうするかという話だろうと思ったら、違った。東京・大手前のインセクト・フェアに行く前に、奈良市のシンジュがそこそこ生えている場所の様子を見に行ってくれたみたいだ。ふ〜ん、でもどうせ居なかったんでしょ❓
だが更に読み進んで、w⁠(⁠°⁠o⁠°⁠)⁠wドびっくり❗❗❗
そこには何と、幼虫が居て、蛹もゲットしたと云う文言が並んでおり、写真も添えられていた。勿論、詳しい場所も書かれていた。
😝👊シャー❗思わず、拳を握ったね。もう、メチャンコ興奮したさー。
(⁠༎ຶ⁠ ⁠෴⁠ ⁠༎ຶ⁠)ダァーッ、小太郎くん、アリガトねー。

以下は、その時のやり取りである。

『○○〜○○と広範囲に多数発生中。幼虫はあまり見られず、蛹(蛹化〜)と抜け殻ばかりです。』

『蛹を採るのに必要な道具って何?』

『脚立、容れ物(脱脂綿やティッシュ等の緩衝材を敷く)くらいですかね?木が登れる手の届く範囲だけで諦めるなら脚立は要りません。』

『脚立は(調達が)無理やなあ。繭を切り取るのはカッターでいいの?』

『指で摘んで引っ張れば破けますよ。』

青天の霹靂だ。まさかの展開である。こんな僥倖が訪れるとは夢にも思わなかった。実際、帰って姫路に行く用意をしようと思ってたからね。
こうなると当然ながら選択は、そこ一択となる。信頼できる人間からの直近のリアルな情報だし、位置的に断然近いからね。それにライバルも居ないだろうしさ。つまり、何ら不安要素が見当たらないのだ。ちょっと呆気ないけど、もう勝ったも同然の気分だ。

 
2023年 9月23日

バス停は病院前が一番近いと聞いていたから、抜かりなく路線バスの時刻を調べていた。しかし、極めて本数が少ない。病院なのに、そんなにアクセスが悪くていいのか❓と思ったので、一応病院のホームページも覗いた。したら、奈良駅から送迎バスが出ているではないか。断然、本数も多い。しかもタダだ。

朝、目覚めてカーテンを開けると、キレイな青空が広かっていた。
天気も良いし、絶好の採集日和だ。全てが良い方向に向かっているようで、自然と顔がニヤけてくる。いよいよ、この苦難続きの不毛な捜索から、やっと解放される時がやって来るのだ。
地図で、あらかたの場所も解ったし、楽勝じゃん。さして勝負に時間は必要なかろう。余裕をカマして昼過ぎに家を出た。
さあ、ちょこっと行って、蛹をガバッと持って帰ろう。

午後1時15分くらいに近鉄奈良駅に着いた。
40分台出発のバスには余裕のヨッちゃんだ。指定された発着場所にて待つ。
しかし、到着時刻を過ぎてもバスが来ない。最初は外国からの観光客が増えてるから、渋滞で遅れてるのかと思った。でも2時になってもバスは来ない。病院ゆきのバスを待っていそうな人も見当たらない。再度、病院のホームページで確認するも、バスが渋滞で遅延しているとか、故障したとかと云う情報は見当たらない。余裕のヨッちゃん気分が消し飛ぶ。そろそろ目的地に移動しなければタイムアウトになりかねない。慌てて路線バスの受付に行き、病院行きのバスの時刻を訊ねる。
しかし矢張り、この時間帯に病院へ行くバスは無いようだ。なので、一番近い別路線のバス停と出発時刻を訊く。幸い10分後に出るバスがあるようだ。

バスには乗ったものの、東大寺周辺は観光客で溢れかえっており、大渋滞。遅々として進まない。心がソワソワして落ち着かない。
ヽ(`Д´#)ノ ムキー❗❗轢き殺してでも前へ進まんかい❗、ドライバー。

午後3時半近く、漸く教えてもらったバス停で降りて歩き始める。
徒歩で20〜30分かかるようだが、空はまだ明るい。日没時刻から逆算すれば、持ち時間は2時間くらいの猶予はある。それだけあれば、見つかるだろう。

途中、小さな川の畔に、シンジュが結構生えている場所を見つけた。もしかして呆気ない唐突な出会いでフィナーレだったりして❓
しかし、幼虫の姿も食害された跡も確認できなかった。そうそう、そうでなくっちゃね。ここまで散々苦労してきたのだ。そこまで簡単に終ってしまうと、面白くない。

4時近く前に目的の県道に辿り着いた。
だが、その状況に驚く。想像してたのと全然違う。勝手に長閑な田舎道を思い描いていたのだが、長閑さなんぞ微塵もない。道は狭く、側道がない。路側帯も心細いまでに細く、特に山側は無いに等しいから歩けない。直ぐ横は側溝で、その先は崖と森なのだ。反対側も歩くには全く適さない。路側帯が細いだけでなく、所々から張り出している草木が邪魔で、車道側に入らないと前へは進めないのだ。そこをひっきりなしに両側から猛スピードで車がビュンビュン走ってくる。オマケに見通しの悪いブラインドカーブがあり、走って横断するのも命がけだ。もー、😢メチャメチャ怖いやんか。車が後ろからジャンジャン追い抜いてゆくし、常に背後にビクつきながら歩かねばならない。まだナルキッソスに一度も会えてもいないのに、車にハネられでもしたら泣くに泣けない。

ビビリつつも車道沿いのシンジュを順にチェックしていく。
だが、木は結構あるのに幼虫も居ないし、繭も見つからない。そして、山側のシンジュの木の葉が殆んど落ちているじゃないか。

何故に見つからないのだ❓ もしかして発生状況が終息に近いのかも…❓ 楽勝気分が一気に搔き消え、焦りが芽生える。マジかよ😨。まさか亡霊にでも呪われているのか❓ 急に心に黒雲が湧く。もしコレで何の成果も得られねば、糞のつくイモだ。才能なしだし、虫採り運も尽きたと云う事じゃないか。もう虫採りなんて、やめちまえだ。
さておき、これでは急遽明日、姫路へ行くことも視野に入れないといけなくなるかも…。けどなあ…、たぶん明日の天気は晴れだよな。となると、灯火採集には向かない。って云うか、明日は日曜日だ。灯火採集なんて出来ないじゃないか。ならば、そこそこ追い込まれる事になる。まさかの急転直下の😰やっべーやないの。

そこから少し進むと、20mくらい先に良さ気な木が見えた。
何故か、その瞬間に直感した。絶対にいると。

近づくにつれ、その感覚は益々強くなる。そして10mくらい手前まで来た時に確信した。視界内に、モゾモゾと上から下へと歩く物体がある。

阪神タイガースカラーの、このド派手振り。間違いなく彼奴、シンジュキノカワガの幼虫だろう。

至近で見て、相違ないことを確認する。
多分、終齢幼虫だ。蛹になるため、気にいった場所を探しているのだろう。にしても、😱キッショ❗本能的に忌避感を覚える。取り敢えず無視して繭を探そう。
けれども、視界の中でウニョウニョ動くのが気になってしょうがない。

シッシッ、あっち行け。
と言うも、ウニョウニョ〜。ウニョウニョ〜。
ヽ(`Д´#)ノ キショいんじゃ、ワレー❗❗

恫喝すると、聞こえたのか、上に向かってムニョムニョと歩き出してくれた。どもー、アリガトねー。

(⁠・⁠o⁠・⁠)んっ❗❓
幼虫が歩き出した直ぐその下あたりに、何か違和感を覚えた。
😲ありゃま❗❓
よく見ると、繭が2つ並んでいるではないか❗
コレこそ、間違いなくシンジュキノカワガの繭だろう。状況的にみて、それしか有り得ない。

樹皮と同じ色で、完全に同化してるね。
とはいえ隆起しているので、探す意志がある者にとっては楽勝レベルだ。慣れれば、見逃すことはないだろう。
(⁠・⁠o⁠・⁠;⁠)あれっ❓、けどコヤツらには真ん中に穴が空いておるではないか。
おそらくは寄生されたものだろう。寄生蜂だか寄生蝿だかワカランが、そやつらの脱出孔の跡かと思われる。チョウもガも、蛹が寄生されているケースはよくあるのだ。
一応、軽く叩いて振動を与えてやる。ナルキッソスの蛹は鳴くからだ。正確には、腹部背面にヤスリ状の器官があり、それと繭の内側の隆起条とを激しく擦り合わせる事によって音を奏でるのだ。

でも、反応なし。指に、ふにゃふにゃでペコペコした感触が返ってきただけだった。中身は空って事だろう。
続けて4、5個ほど繭を叩いてみるが、いずれも反応は無い。おいおいである。神様ぁー、ヒドいよ。ゴールまであと少しなのに、この期に及んでオアズケですか❓ ねぇー、いい加減にアチキに歓喜を与えておくれよー。
だが、冗談めかして言ったすぐ後に、最悪のシナリオが頭をよぎった。
ガビーΣ(゚∀゚ )/ーン❗神様、まさか全滅とかはないですよね❓
ソレはいくらなんでも酷すぎるでしょうよ。あっ❗そんな御無体な。それだけは御勘弁して下さいまし。やめて。やめてぇー❗それだけはやめておくんなましー❗あれぇ〜、🍥🍥🍥くるくるくるぅ〜。頭の中で、着物姿の女性が帯を強引に解かれて、駒のように回っている。しかもアニメ画像でリピートでだ。アホだ。救いようのない阿呆だ。コレ以上オカシクなったら戻って来れない。気を取り直して、繭に集中しよう。

そして、次の繭を叩いた瞬間だった。
🎵ガチャガチャガチャ、🎵ガチャガチャガチャ

予想外の大きな音に驚いて、反射的に指を引っ込める。
(*´∀`)おったがなー。

逸る気持ちを抑え、カッターを取り出す。そして、慎重に上部に切れ目を入れ、繭を少しずつ捲(めく)っていく。

ころりん。感触があった次の瞬間には、手のひらに蛹が転がっていた。

そして、激しく腹部を左右を動かし始めた。まるでダンスを踊ってるみたいだ。しかもコミカルな動きなので、フッと笑ってしまう。あんた、キュートじゃん。そっかあ…、腹を上下に動かすのではなくて、お尻振り振りの左右だったのね。
それはそうと、想像してたよりもかなり小さい。でもって、めっちゃ平べったい。ちょっと意外だ。成虫は、そこそこ大きいと云うイメージだし、蛾といえば、腹ボテだと云うイメージが強いからさ。
兎にも角にも、やっと採れた…。静かに心が震える。やっとこさ憑き物が落ちたと云う気分だ。喜びよりも、むしろ安堵の気持ちの方が強い。コレで虫採りをやめなくとも済むしね。

裏返すと、黒い小さなお目々がある。
何だか無理矢理明るい所に引き出されて、(・_・;)キョトン顔になってるみたいで可愛い。
刺激してやると、またお尻振り振りになる。今度は顔付きなので、声に出して笑ってしまった。おとぼけ顔でダンスは、反則技じゃないか😂

タッパーに、クッションがわりのティッシュを敷いて蛹を乗せ、ふわりと丸めたティッシュを上から被せる。そして『無事、羽化してねー。』と呟く。寄生されている可能性があるし、羽化に失敗して羽がキレイに伸びないケースだってあっからね。

じっくり見ていくと、繭は沢山あった。1箇所に塊となって在ることが多く、自分の胸よりも下、特に根元や根元近くに集まる傾向が強くみられた。向きは、どちらかというと東向き(山側)よりも西向きや南向きのモノの方が多かった。
しかし大半は空だった。でも、それが全て同じ世代のモノなのかはワカラナイ。或いは1つ前の世代や去年のモノも混じっているのかもしれない。

その後、別な何本かでも蛹を得ることができた。
高い所にはあまり見られず、多くは手の届く範囲だったんで助かったよ。心のどこかで、高くて届かず、指を咥えて見てるだけーみたいな事になるのではないかと、密かに恐れていたからね。

黄色いのもいた。
だが、たぶん蛹化したばかりのものと思われる。時間が経つにつれ、色が茶色へと変化してゆくのだろう。

羽が透けてる蛹も得た。羽化も近そうだ。
コレで最低でも1頭は成虫が拝めるだろう。👍やったね。
とはいえ、予断は禁物だ。この先、何が起きるかワカランからね。
🐛🤢🤮ドギャブギャワッ❗ 蛹たちが未来を憂いて、緑色のビートルジュースを吐き出して自決しないとも限らないのだ。

キショいけど、最終的には幼虫も4頭採った。
もっと標本が欲しいと云う欲望が勝ったのだ。あれほど気色悪がってたのにね。げに恐ろしきは、虫屋の欲深さである。
ねんのためにビニール袋を持参していたので、幹を這っている幼虫の下に恐る恐る持っていき、ビニールの端で突っついた。すると、簡単に袋内に落ちた。たぶん、葉や枝に付いてるモノも、引っ剥がさずとも揺すれば下に落ちるのではないかと思われる。
ちなみに、落ちた瞬間には😱ゾゾッときたね。全身に、さぶいぼ(鳥肌)がサアーッと出たよ。

幼木から若木、壮年木、大木と丹念に見たが、幼虫や繭が確認できた木には傾向が見られた。先ず山側の森の中にある木では1つも見つけられず、林縁部の2箇所のみに繭があった。比較的、山と反対側に多く見られ、その大半の場所が畑などに隣接していた。どうやら周りに広い空間があり、日のよく当たる明るい場所がお好みのようだ。

大木には全く見られなかった。てっきり大木につくものとばかり思い込んでいたから、コレは意外だった。壮年木でも殆んど見られず、唯一1本のみで確認できただけであった。つまり、多くは幼木と若木での発生だった。大木や壮年木の大きな葉よりも、幼木や若木の小さくて柔らかい葉を好むのかもしれない。
となれば、たとえ姫路に行っていたとしても、少なくとも幼虫採集には支障が無かったって事だね。10mの長竿も無用の長物だった可能性大だ。
とは言っても、あくまでも此処だけでの話だ。別な場所では、また違った傾向がみられるかもしれない。

いつしか空は夕焼け色になっていた。
そろそろ帰る時刻だ。恩恵を与えてくれた森に別れを告げよう。
木立ちを仰ぎ見て、ふと思う。
この彼ら彼女たちの親は、何処から来たのだろうか❓ その長い旅路に思いを馳せる。中国南部から風に乗って1,000kmの旅をして、此の地に直接辿り着いたのだろうか❓ それとも九州北部辺りに第一世代の親が辿り着き、そこで繁殖した第二世代が再び旅に出て、此の地にやって来たのだろうか❓ いずれにせよ此処で卵を産み、命を繋いだ。今その次世代が親になろうとしている。その親たちは今度は何処を目指すして飛び立つのだろうか❓
だが、そんな生を謳歌してきたナルキッソス達の身にも、やがては黄昏が訪れる。秋が深まる頃には、全て死滅してしまうと云う残酷な運命が待っているのだ。寒さに耐えきれず、蛹が繭の中で死んでしまうのである。そう、皮肉にも繭がそのまま彼らの棺桶になってしまうのだ。

黄昏どき、交通量の多い細い県道を奈良駅へと向かって歩く。
夕陽が沈んだばかりの生駒山地からトパーズ色の光が漏れている。空はまるでシンジュキノカワガの鮮やかな後翅のような綺麗な橙黄色に染まっている。祝祭と云う言葉が頭に浮かぶ。その色は、シンジュキノカワガとの邂逅を祝っているかのようにも思えてきた。
立ち止まり、空を眺めて息をゆっくりと吐く。何だかホッとする。ここまで長かった…。全身の力がゆるゆると抜け、じんわりと心の襞に歓喜が広がってゆく。まだ成虫は得ていないものの、蛹を7つ、幼虫を4頭も得る事が出来たのだ。コレだけいれば、流石に1つくらいは羽化するだろう。余程の凶事でも起きないかぎりは、念願の生きているナルキッソスに会える筈だ。
 
                 つづく

 
 
追伸
最後には、何とか第一話の冒頭部分に着地できた。ちゃんと一話と繋がって、胸を撫でおろしたよ。
とはいえ、予定よりも長い文章になった。ブランクが長いと、文章の枝葉を上手く刈り込めないのである。だから、無駄に長くなる。文章を書くのが下手クソな人間の典型だ。
記事の長さにも拠るが、昔は書き始めてから2、3日で書き終えていた。短かい記事ならば、1日で仕上げてた。それが今回は、3話分まで書くのに四苦八苦、20日以上もかかってしまった。
兎に角、アッチャコッチャ色々と衰えてきてるよね。まあ次は、少しでも短くできるように努力しますね。
あっ、それから出来れば第一話も読み返してもらいたいですな。文章が今回と、どういった経緯で繋がったか分かるからさ。どうでもいいっちゃ、どうでもいい話だけど。

次回予定、第4話(最終回)「蠱惑のナルキッソス(仮題)」。
さてさて、今度はどれだけ時間がかかることやら…。

 
(註1)自分も極力明かすようにしているし
但し、人に教えてもらった秘密の場所は基本的には明かさない。自分で見つけた場所は、匂わせる事が多いかな。だって、ヒントを元に場所を探すのは面白いからさ。読み通りに見つけられた時には達成感があるもんね。その楽しみを奪うのは不粋かなと思うのだ。

 
(註2)繭が確認できなかったと書かれている
「あの時点では全く頭になかったが、まだ幼虫が1つも蛹になっていなかったと云う可能性もある。」
そう書いていたが、この原稿の本文までを書き終えた後、一応確認した。したら、ブログの記事がアップデートされており、26日には多数の繭が確認できたそうだ。
となれば、姫路に行っていたとしても、良き結果を出せた可能性が高いね。読みは、それなりに正しかったのだ。って云うか、数は奈良よりも多く採れた可能性が高い。たらればの話だけどね。

 
(註3)網で幼虫を引き剥がせるのだろうか❓
引き剥がせます。この時はまだ、幼虫に刺激を与えてやると直ぐに落下すると云う習性を知らなかったのだ。

 
(註4)昆虫たちが人工光に引き寄せられるメカニズム
「飛んで火に入る夏の虫」。古来から虫や魚が光に集まることは知られており、自分が書いた説の他にも幾つもの仮説が提唱されてきた。しかし、それを今まで誰も証明できなかった。
だが最近になって新たな説が提唱され、それが実験によって証明されたようだ。ざっくり言うと、その原因は「背光反射」によるものであるらしい。コレは昆虫の重力に対する姿勢制御機能で、明るい方向に背中側を向けようとする反射的な行動を指す。つまり、月や太陽は上から照っているので、昆虫たちは平行、もしくは上に向かって飛ぶ。しかし、横からの光には常に背中を向けようとして、その周りをぐるぐると回ってしまう。例えば蛍光灯を上から縦にブラ下げたような状態がコレにあたる。そして下から照らされる光に対しては、地面に向かって急降下してしまうそうだ。
つまり、ライトトラップをするならば、灯りを上に向けるか、横にするのが効果的だという事になろう。但し、遠くの光には反応しないようだ。たまたま近くを通ったものが引き寄せられるだけらしい。
それがもし事実ならば、今まで良しとされてきたライトトラップの形体や設置場所の概念がグラつくよなあ…。
そうなると、自ずと新たな疑問も生じてくる。近くって、どれくらいの範囲なのだ❓
そういえば何年か前の奄美大島で、むしどり君がサーチ系のライトを山肌に照射していた時は、かなり遠くの約50m以上先からハグルマヤママユが近づいて来るのがハッキリと見えたぞ。全然、近くないじゃないか。それって、どう説明するのだ❓ 改めて問う。近くって、どれくらいの範囲なのだ❓
何か、どうやれば効果的なのかワカンなくなってきたよ。

一応、背光反射の詳しいメカニズムについては、以下にリンク先を貼っておくね。リンクを長押しして検索すれば、記事に飛びます。

「なぜ虫は光に引き寄せられてしまうのか?」がハイスピードカメラを使った研究で解明される – GIGAZINE
https://gigazine.net/news/20230523-insects-attracted-artificial-lights/

 
(註5)イラガ類
前翅長30mm前後〜35mm前後くらいの小型の蛾類。
日本には30数種のイラガの仲間がおり、その約半数が幼虫時代に毒を持つ。

(アオイラガ)

(出典『芋活.com』)

おそらくイラガのイラは、草木の刺のことを指すイラか、もしくは植物の1種であるイラクサ(苛草)からの由来だろう。これらは「苛立つ、苛々する」の語源にもなっている。
因みにイラクサの茎や葉の表面には毛のようなトゲがある。そのトゲの基部にはアセチルコリンとヒスタミンを含んだ液体の入った嚢があり、触れるとその嚢が破れて皮膚につくと強い痛みを感じる。イラガ類の多くの種の幼虫も全身に毒棘と毒針毛をそなえ、触れると激痛が走る仕掛けになっている。その感電したかのような痺れるような痛みから「デンキムシ」と云う別名もあるそうだ。

 
ー参考文献ー

(インターネット)
・『昆虫漂流記』ー「シンジュキノカワガ 採集から飼育 2023年9月2、3日 以降の観察」
・『「なぜ虫は光に引き寄せられてしまうのか?」がハイスピードカメラを使った研究で解明される』- GIGAZINE
・『Wikipedia』
・『佐用町昆虫舘オフィシャルサイト(NPO法人こどもむしの会)』
・『NPO法人ひょうご森の倶楽部』
・『芋活com.』
・「みんなで作る日本産蛾類図鑑」
・『円山原始林ブログ』
 
 

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投稿者:

cho-baka

元役者でダイビングインストラクターであり、バーテンダー。 蝶と美食をこよなく愛する男。

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