黄昏のナルキッソス 第二話

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第2話 亡霊ナルキッソス

 
2019年 11月5日

2019年もシンジュキノカワガを求めて伊丹市昆陽池公園に行った。

(シンジュキノカワガ Eligma narcissus)

行程は2017年と全く同じだった。先ずはママチャリで伊丹空港横の猪名川河川敷に行った。シルビアシジミの様子をみるためだ。

(猪名川河川敷)

シルビアは健在だった。
稀種シルビーちゃんが、これほど都会のド真ん中にいて、しかもこれほど沢山いる場所は他にはないだろう。

(シルビアシジミ)

そこから、えっちらおっちら昆陽池へと向かったが、結果は未発生。痕跡は全くなく、又しても惨敗に終わった。

 
2020年 9月22日

この年はJR大和路線の三郷駅へ行った。
カッちゃんが、この駅でシンジュキノカワガの死体を拾ったのである。今はどうなっているのか分からないが、まだ当時の構内の灯りは蛍光灯で、虫がそこそこ飛来していたのだ。最近は殆んどの灯りがLEDに変わってしまい、全然虫が寄ってこないから貴重な場所だった。春にはマイコトラガ、夏にはシンジュサン、秋にはウスタビガもやって来てたからね。

カッちゃん曰く、最初の1頭は踏まれてペッチャンコだったそうだ。で、二匹目のドジョウを求めて通ったらしい。そして何回目かは聞いていないが、目論見通りに2頭目に出会ったのである。しかし不幸にも、その個体もまた踏まれていた。とはいえ、まだ踏まれて間もなかったみたいで、かろうじて原形はとどめていたらしい。しかも羽化したばかりのような新鮮個体だったそうな。もう少し早く到着していれば…と随分と悔しがってたなあ。
余程もったいなかったのか、確かその個体は持って帰って修復展翅したんだよね。でも頑張りはしたものの、どうにもならんかったらしいけどさ。

それはともかく、2頭もいたと云うことは、間違いなく近辺で発生していると云うことになる。そう判断して自分も出掛けたのだった。

駅構内を地面や壁を凝視しながら歩き回る。
一般ピーポーから見れば、完全に怪しい人だよね。狂気の沙汰もシンジュキノカワガ次第なのだ。虫屋ってホント、頭オカシイわ。

結果は、又しても完封負け。戦果は地面に落ちてたナカグロクチバくらいだった。

実物を初めて見たけど、前翅の柄が幾何学模様でスタイリッシュだ。
それと比べて裏面は地味。

蛾って、表は複雑なデザインのものが多いのに、裏は概して地味なものばかりだ。その点、ナルキッソスは裏も素晴らしい。

(シンジュキノカワガ 裏面)

デニムブルーと鮮やかな黄橙色の対比が美しい。ブルーの中に、放射線状に水色が入っているのもオシャレである。まるで月と帳が下りたばかりの夜空みたいだ。どこかゴッホの絵画を彷彿とさせるところがある。糸杉とかカフェの絵とかさ。

(星月夜)

(出典『CASIE MAG』)

「星月夜」もそうだけど、何と言っても、やっぱりコレだね。

(夜のカフェテラス)

(出典『巨匠の美術館〜誰もが知っている有名画まるかじり!〜』)

色合いだけでなく、その配色の構図までもナルキッソスっぽい。

それに表と裏のデザインが全然違うってのも素敵だよね。しかも両面とも色鮮やかなのだ。蝶は蛾と比べて裏も美しいものが多いと思うが、それでも裏も表もここまで華美なものは少ない。

 
一応、ナカグロクチバの解説をしておこう。

(ナカグロクチバ Grammodes geometrica)

ヤガ科 シタバ亜科 クチバ属に分類される蛾。
南方系の種で、元々は南西諸島にしかいなかった。なので昔は本州では偶産蛾扱いされてきた。それが地球温暖化に伴い急速に北上、今や北関東にまで分布を拡げている。
7~10月の夏から秋にかけて発生し、イヌタデ,エノキグサ,コミカンソウ,ブラジルコミカンソウ,ヒメミソハギ,ホソバヒメミソハギ,サルスベリ,ザクロなどの各種雑草を食餌植物としている。そのため、河川敷などでよく見られるという。
結構珍しいと云うイメージがあったが、今や本州でも普通種になってるみたいだね。ガッカリだ。

この年は、多分もう1回くらいは三郷駅へ行ったと思う。勿論、結果は言うまでもない。これで6連敗だ。

 
2021年

2021年は、画像は残っていないけど、大阪市鶴見区の鶴見緑地公園へ行っている。ネットでシンジュの木がある場所を探していたら、どなたかのブログにそこそこあるようなことが書いてあったからだ。
確か、ママチャリで行ったんだよね。昆陽池公園ほどではないにせよ、鶴見緑地も遠かったよ。

シンジュの木は確かにあった。ひこばえも各所で見つけた。でも大きな木は期待してたほどなかった。どうやら台風で何本かが倒れたらしい。

結果は、木を丹念に見回って幼虫と繭を探すも、見つけられずじまいだった。未発生の可能性が高い。
それでも一応夜までいて、灯火巡りもしてみた。だが、空振り。どうやら照明が全部LEDになってしまっているようで、虫が全然寄って来ない。LEDからは紫外線が殆んど出ないので、虫たちは誘引されないのである。昔は何処でも灯りに夥しい数の蛾が集まっていて気持ち悪いくらいだったが、今やLEDだらけで、灯火を巡っての採集なんて不可能に近い。まあ、その分死ぬ虫は減るけどもね。コウモリとかクモなどに捕食される数は減るだろうし、人に踏まれる事もない。

後で知るのだが、この年は昆陽池公園でナルキッソスが発生していたようだ。伊丹昆虫館のホームページに、10月21日に公園の生き物調査が行われた旨が書かれており、そこにシンジュキノカワガの幼虫と蛹の記録があった。ショックだった。去年は行ったのに、どうして今年は行かなかったのだ❓ 痛恨の極みである。激しく悔やんだね。でも幾ら悔やんだところで、後の祭りだ。
この頃には、流石に心が折れかけていた。ナルキッソスとは一生縁がないんじゃないかとさえ思い始めていたのだ。もはや亡霊みたいな存在だ。そして、その正体不明の亡霊を追いかけて、あてどなく彷徨っているような気分だ。でも、未だその存在のシッポさえも掴めないでいる。五里霧中。先の見えない徒手空拳の戦いは辛い。

 
2022年 10月上旬

画像が無いから正確な日付は分からないが、10月初旬辺りに昆陽池に行っている。連続で今年も発生しているのではないかと云う淡い期待を持ったのだ。

しっかし、またしても痕跡ゼロであった。これで8連敗だ。重苦しい徒労感が襲う。

 
2022年 10月下旬

この日も正確な日付はワカラナイが、鶴見緑地へ行った。ママチャリではなく、電車で行ったと思う。
情報源は小太郎くん。ツイッターだったっけか❓ 誰かがSNSに鶴見緑地で撮ったナルキッソスの画像を上げていると教えてくれたのだった。
クソッ、鶴見緑地だって去年行ったじゃないか。なのに何でよりによって今年の発生なのだ❓この悪戯なズレって、誰かの悪意すら感じる。なんだか亡霊におちょくられているような気かしてきた。

行ったら、パッと見にはシンジュらしき木が見当たらない。
一瞬、切られた❓と思った。だが、どうやら葉が全て落ちてしまっているからのようだ。幹の木肌は何となく憶えているので、らしき木の幹に繭がないか探しまわる。
しっかし、一つも見つけられなかった。夜までいようかとも思ったが、どうせLEDだから成果は望めない。諦めて、そういや中央環状線沿いの大きな釣具屋まで歩いて行ったんだよね。で、戻りしなに撤退まじかの鶴見緑地アウトレットに寄って帰ったっけ。ナルキッソスが光に集まって来てるんじゃないかと淡い期待もしたが、勿論そんな奇跡みたいな事は起こらなかった。8連敗決定である。

 
2022年 11月27日

こんな遅い時期に出動する事になったのは、幼虫好きのN女氏が8月に池田市東山でシンジュキノカワガの幼虫を見たと教えてくれたからである。同年内に、居るとか居たと云う確実な情報を得たのは初めてだ。俄然、士気が上がる。今度こそ亡霊ではなくなるかもしれない。
そうだ今回は、なんちゃってライトトラップも持っていこう。なんなら糖蜜だって用意してもいい。最善の努力を怠ってはならない。まだ其処に居ることを祈って出掛けた。

阪急池田駅からバスに乗り、山裾近くで降りる。ここは昔、クロヒカゲモドキを初めて採った思い出の場所だ。そういや同じ目的で来てた爺さんに、採ったと言ったら『お前みたいな駆け出しに採れるワケがない❗大方クロヒカゲと間違えてんだろ。見せてみろ。』と偉そうに言われたんだよねー。なので蝶の入った三角紙を見せた。中を覗いた時のジジイの表情は今でも鮮明に憶えている。それは驚愕と恥辱にまみれた醜い顔だった。そして、態度をコロッと変えて猫撫で声で「何処で採ったのー❓。」と訊いて来たんだよね。アレには笑ったよ。
場所を案内してあげたけど、もちろん採れる筈もない。だって、そっちこそド素人のセンスなしだったからだ。クロヒカゲモドキは、昼間にはススキに止まって休んでいるのだ。それすら知らなかったからね。

(クロヒカゲモドキ)

その日は他にも採集者が結構入っていたけど、結局のところ自分しか採れなかったんだよね。あの頃は連戦連勝で、超絶引きが強かった。それが今や蛾に連戦連敗の体たらくだ。多分、どうしても採らねばならぬと云う強い気持ちが薄れてきてるんだろなあ…。どうしても欲しいと云う強い欲望と絶対に採ると云う強い意志が、運をも引き寄せていたのだろう。
そのクロヒカゲモドキも今や絶滅していて、もう此処にはいないらしい。あの頃には、既に絶滅の危機に瀕していたのだろう。

師走も近い晩秋の山は、燃えるような紅葉に彩られていた。
その中をシンジュの木を探しながら登ってゆく。

でもシンジュらしき木は中々見つからない。
神社を過ぎ、更に奥へと向かう。

500mほど進んだところで、ようやくそれらしき木を見つけた。
葉は、殆んど落ちている。この時期にはさすがに幼虫は居ないだろうから、繭を探すことにする。
しかし、幹には繭なんぞ1つもへばりついとらーん。もはや新たな地を求めて旅立ったのかもしれない。いや、そうゆうマイナス思考は止めておこう。きっと別な他の木が発生木だったと考えよう。単にそれが見つけられなかっただけの話だ。だからきっとまだ此処には居る筈。そうとでも思わなければ、やってらんない。

午後5時半、ライト点灯。
さあ試合開始だ。今日こそ亡霊ナルキッソスの正体を暴き、亡霊ではなくしてしまおう。

続いて糖蜜を木の幹に撒きまくる。シンジュキノカワガが樹液に来ると云う話は聞いたことがない。だが、だからといって樹液には絶対来ないという証明にはならないからね。やれるべき事はやる。

何だか気分は、こないだのサッカーW杯の日本VSドイツの試合前みたくだ。どう考えても劣勢が予想される状況下におかれている。どころか、まだしも日本がドイツに勝つパーセンテージの方が高いんじゃねぇか❓正直この試合、奇跡でも起きなければ勝てそうにない。

暫くして何か来た。

見たことのない蛾だ。
下翅が白くて、まあまあ渋カッコイイ。もしかして、珍品だったりして…。ならば、せめて少しは報われる。少なくとも此処へ来た意味は生じる。

退屈だから、スマホのレンズ機能で画像検索でもすっか…。
けど、名前がサッパリわからんちゃ。候補の蛾がたくさん出てきてワケわからんくなった。コレだというモノが見つからないのだ。

あと20分くらいで、日本のW杯第2戦のコスタリカ戦が始まる。なのにテレビ観戦を放棄してまで、こんな人っ気のない淋しい山に一人で、しかも夜に居るだなんて、どう考えても馬鹿げている。ホント、何やってんだかなぁ……。

それにしても寒い。この時期の夜の山は冷える。
そうゆうワケだからか、灯りに集まって来る昆虫も少ない。

午後7時半。
あまりにも静かだ。
暇すぎて白布に止まっている蛾を数えたら、微小なモノも含めて15頭しかいなかった。糖蜜トラップにいたっては誘引数ゼロだ。1頭たりとも何も寄って来てない。

午後8時。
何も起こりそうにない雰囲気に、もう耐えられない。心が折れた。クソ寒いし、撤退を決める。

帰りの電車から降りて、迂闊にもスマホを開いてしまった。したら、いきなり目の中に日本0-1コスタリカの文字情報が飛び込んできた。時間的にみて、試合は既に終わってる筈だ。と云う事は、まさか日本が負けたって事か…❓ 帰って録画したのをじっくり観ようと、今まで慎重に情報を遮断してきたのに…。車内の会話でさえも聞こえないようにと、わざわざイヤホンで音楽を聴いてまでいたのだ。その努力も全て水の泡だ。ナルキッソスは採れなかっし、ダブルショックでガックリだ。
💢クソッ、速報とか別に望んでないのに勝手に送りつけてきやがって…。そうゆう一見便利なサービスは邪魔。ハッキリ言ってアリガタ迷惑なんだよなー。
それにしても、勝てるだろうと踏んでいたコスタリカに、まさか負けるとはね。ドイツに勝ったのに、何やってんだよー😓💢。

と云うワケで、帰宅後は先ずは唯一持ち帰った名前不明の蛾を展翅した(註1)。

その後、じっくりと戦犯探しをしながら試合を観た。
で、試合内容を観て、もう怒りで打ち震えたね。

(戦犯1)
コレはもう、中途半端にクリアミスしたDFの吉田でしょう。
キャプテンやろ、ワレー💢(⁠ノ⁠`⁠Д⁠´⁠)⁠ノ⁠彡⁠┻⁠━⁠┻

(戦犯2)
途中から左サイドバックに入った伊藤洋輝。バックパスばかりで、何故か前にいる三笘にパスを出さなかった。たとえ三笘が相手に囲まれていようとも、パスを通すためにチャレンジしないと勝てるワケがない。そのクソ消極振りは、万死に値する。

(戦犯3)
FW上田。下手くそ過ぎ。足元でボールをおさめられず、ポストプレーが全くできていなかった。

(戦犯4)
左ウィングの相馬。シュートをフカシまくり。

とは言っても、全てはコレらの選手を起用した森保監督のせいだよな。ちんたらした試合状況の前半のうちに手を打つべきだったと思うよ。
次の対戦相手は強国スペインだ。ドイツよりも強いだろう。コレでほぼ予選敗退は決まりだな。ドイツに歴史的勝利をおさめたから俄然盛り上がったのに、心は激しぼみだよ。

このように2022年は、散々な結果に終わった。
コレで、フラれ続けての9連敗。亡霊は亡霊のままだ。ぼんやりと思う。一生、彼女には会えないのかもしれない。

                  つづく

 
追伸
ご存知の通り、その後日本はスペインを2ー1で撃破。奇跡的な大勝利をおさめて決勝トーナメントに進出する。そしてクロアチアに1一1と引き分けるも、PK戦で負けるのである。今度こそベスト8の壁を打ち破れると思ったのになあ…。まあ次の2026年のW杯に期待するとしよう。もし出られたとしたなら、次はタレントが揃ってるからネ。
余談だが、次回は初のカナダ・メキシコ・アメリカの3カ国開催。出場国が大幅に増えて、36カ国から48カ国になる。

 
(註1)名前不明の蛾
後にホソバハガタヨトウ Meganephria funesta と云う名前だと判明した。
開張50〜55mm。『みんなが作る日本産蛾類図鑑』ではヤガ科 ヨトウガ亜科となっているが、『日本産蛾類標準図鑑Ⅱ』では、ヤガ科モクメキリガ亜科に分類さるている。分布も『みんなが作る…』では本州、対馬となってるが、標準図鑑では他に四国、九州、佐渡ヶ島が追加されている。
『みんなが作る…』は、こうゆう事が多いんだよなあ…。分類が変わったり、新たに分布地が発見される事は当然あるんだから、記述内容が古くなるのも仕方のない事だ。でも変更があったり新たな知見が加わったのに書き替え、つまりアップデートが全くなされていないのだ。コレは何とかしてほしい。と云うか、種名検索したら大概が真っ先に出てくるような影響力大のサイトなんだから、間違った情報は一刻も早く書き変えるべきだろう。
幼虫の食餌植物はニレ科ケヤキ。成虫の出現月は11月で、12月まで見られるようだ。晩秋の発生なんだね。なるほど、だから見たことがなかったんだね。そんな時期まで虫採りしている人は、ごく一部だかんね。
けど、残念ながら珍品でも何でもなく、里山を生息地とする普通種みたいだ。行った意味なーし(⁠+⁠_⁠+⁠)

 
ー参考文献ー
・『みんなで作る日本産蛾類図鑑』
・『日本産蛾類標準図鑑Ⅱ』
・『伊丹昆虫館ブログ』

 

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投稿者:

cho-baka

元役者でダイビングインストラクターであり、バーテンダー。 蝶と美食をこよなく愛する男。

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