割れた食器を修復する男

 
 タイトル名をつけて、何かミステリー小説の題名みたいやんかーと思った。江戸川乱歩の名作『押絵と旅する男』とかさ。
一瞬、ストーリーが頭をよぎった。

 川崎区界隈では、ここひと月あまりに不思議な事件が連続して起こっていた。それは夜な夜な誰かが民家に忍び込み、食器棚の食器を1つだけ割って、それをわざわざ修復してから立ち去ると云うものだった。被害はそれだけで、他に盗まれた物や傷つけられたものはない。また食器は特別高価なものではなく、ごく普通の市販品で、嫌がらせにしても甚大なる効力を与えるようなものではなかった。ただ気味が悪い。ゆえに人の噂に上った。

 川崎警察署 刑事第一課の増田圭太は苛立っていた。
署内でも割れた食器を修復すると云う謎の事件は話題になっていた。一部マスコミが取り上げ始めていたからだ。そこで署としても真面目に対応せざるおえなくなった。結果、圭太にお鉢が回ってきた。圭太はバカバカしいと思う。しかし上司から直接捜査を命じられれば、従うしかない。
にしても、こんなもの事件と呼べるのか❓確かに不法侵入は間違いなく重大な犯罪である。しかし、侵入された家からは何も盗まれておらず、どこからも被害届は出ていないのだ。ならば、はたして捜査する必要性があるのだろうか❓この警察署管内には、もっと早期に解決しなければならない事件が他に沢山あるだろうに。納得いかない。
そもそも圭太は謎解きが苦手だ。いかつい坊主頭に太い眉、筋骨隆々の体が、それを物語っている。頭脳派と云うよりも肉体派の刑事なのだ。
ない頭で圭太は思う。この事件、首を傾げざるおえない事が多過ぎる。愉快犯にしても、その意図するところが全く理解できない。たとえ犯人が何かに愉悦しているにしても、どう考えても釣り合いがとれない。家宅侵入するリスクは、あまりにも大き過ぎるのだ。ならば、犯人がどうしても家宅侵入しなければならない理由がある筈だ。もしかしたら、侵入された各家に共通項があるのかもしれない。犯人が食器を割ったのにも意味があり、何かのメッセージが隠されている可能性はある。にしても、何故わざわざそれを修復する必要性があるのだ❓そこで、再び圭太の思考は停止した。

 五十嵐文太郎は、ふうーっと小さな溜め息をついた。
電車の窓外をくすんだ灰色の街が流れてゆく。変わり映えしない鬱屈とした風景だ。その風景は、彼の淀んだ心そのもののような気がした。

(⁠ノ⁠`⁠Д⁠´⁠)⁠ノ⁠彡⁠┻⁠━⁠┻どりゃー、こんなもん小説になるかーい❗

阿呆である。
自分でも何をやっとんじゃい❗と思う。
えーと、ようは割れた食器を自分で修復しましたよと云う話なんである。脱線も大概にせーやである。

酔っ払って強引に食器を出そうとして、💥ガラガラガッシャーン。引っ掛かって落ち、割れた。
(-_-;)……。おどろおどろの鬼首村バラバラ殺人事件じゃよ。

一つは、さっちゃんに戴いた赤絵の信楽焼。もう一つは三島焼のミニ土鍋だ。信楽焼は結構気に入っていたし、土鍋は一人分の鍋をする時や御飯を炊くのに使っていたので、ポロポロ( ;∀;)。ちょっとばかしショックだった。けれども覆水盆に返らず、割れた皿は元には戻らない。済んだ事は済んだ事なのだ。そんなもん捨ててしまえば、直ぐに忘れるさ。スパッと諦めて、また別なのを買えばいいだけじゃないか。そう言い聞かせてゴミ袋にダイブさせようとした。だがすんでのところで思いとどまった。
そういえば日本には「金継ぎ」と云う伝統の修復技法があるではないか。
けど、確か漆を割れた所に塗って接着して、繋いだ筋目を隠す為に金粉で装飾しなければならなかった筈だよな。そうなると手間が相当かかるだろうし、技術的にも素人の範疇ではない。オマケに材料費は高価だろうし、流石にそれは無理がある。
むー(⁠ー⁠_⁠ー⁠゛⁠)……。
けれども、この発達した現代社会ならば、他になおせる方法があるかもしれない。

でも凡庸脳ミソ男は、悲劇的に発想力が乏しい。最初は陶器用のアロンアルファでくっ付けようと考えた。だったら、お手軽だし、安くもつく。単純思考の愚か者である。
けど花瓶とかだったら、それでもいいだろうが、食器となるとそうもいくまい。食物を盛ると考えれば、アロンアルファは何となく体に害がありそうだし、どこか気持ち悪い。それに何より火や熱に頻繁に晒され続けるのだ。その折檻に耐えきれずに再びバラバラ死体になりかねない。それに洗わなくてはならないから、何度も水がかかる。だいち鍋にするんだったら、ずっと液体が張られているのである。加えて火攻めの拷問だ。矢張り、それもバラバラ化を促進しかねない。

 で、ネットで色々調べたら、見つけた。
でもってアマゾンで頼んだ。値段は900円ちょっとだった。

 

 
『タイトボンドⅢ アルティメット』。
アメリカ・フランクリン社製のプロ仕様の木工用接着剤だ。
安全性と耐水性を兼ね備え、屋外でも使用ができる究極の木工用接着剤らしい。
もう少し詳しい特徴を書いておく。
優れた接着力と速乾性。厳格な耐水基準と安全基準に合格し、毒性が無く、水で拭き取ることができて安全に使用できる。食品への間接的な接触(まな板等)使用についても認可されてるほど安全性が高く、指や肌が荒れにくい。
この辺が同じ接着剤でもエポキシとは違うところだね。エポキシは毒性が強く、直接肌に触れてもいけないと言うからね。
白いボンドは固まった後に柔らかさがあるのでヤスリで削ることができないが、タイトボンドは乾燥後に削って加工でき、接着後にドライヤーなどで加熱して剥がすことも可能なんだそうな。

 早速、接着しようとするが、見たことのないボトルキャップで使い方がワカラン。なので、ネットで教えてもらったよ。
どうやらキャップと刷毛が一体化していて、つけたままカチッと上にずらして口を開け、修正テープを使用するように塗るようだ。キャップをしっかり締めていればボンドが先端で固まることもなく、仮に固まってしまっても、先端をぬるま湯につければまた使えるようになるんだってさ。
尚、ゴムやシリコン、フッ素樹脂、金属系、プラスチック、ポリエチレンには接着不可だそう。

それでは人体蘇生。否、食器蘇生のマッドサイエンティスト改造手術、いってみよーヾ⁠(⁠・⁠ω⁠・⁠)⁠ノ
はてさて、どないなりますかな。

1.接着したいもの同士の両面にタイトボンドを塗る
2.塗ったら直ぐに接着せず、約8分~10分程放置してから接着させる。

そこそこ液が垂れてくるから、垂れないように暫く手で持ってた。まあ垂れても後で剥がせはいいから、そんなに気にしなくてもいいのかもしんないけどさ。
他の感想としては、アロンアルファみたく焦らずに接着できるし、液体が指に付いて乾いても簡単に剥がせる。その点、アロンアルファって最悪だもんね。風呂に入っても完全には取れんもん。

3.貼ったら、さらに20~25分待つべし。
4.時間が経過したら、はみ出しの大きい部分を爪楊枝などで除去する。

でも、中々キレイに取れない。途中から爪で剥がしてたけど、それでも効率が悪い。なのでマイナスドライバーを使うことにした。したら楽に剥がせるようになった。

こんな感じだ。

 

 
不満がないワケではないが、まぁまぁ上手くいった方だろう。

 

 
コチラは少し段差が出来た。
そのせいか、サイドに少しだけズレがある。いっそお湯に漬けて剥がそうかとも思ったが、邪魔くさいので、そのままでいく事にした。これくらいのズレなら許す❗
 
5.あとは軽く洗って拭き、24時間かけて完全に乾かす

 
一応、強固に接着できているようだから、そのまま使おうかなと思った。だが、何だか痛々しい。その傷を見るたび毎に割れたと云う事実を突きつけられているようで辛そうだ。それに何よりも見た目が美しくないね。
矢張り金継ぎ的なものが必要だ。ネットで方法を探してみる。

したら、流石の現代社会である。便利なものが見つかった。
早速、アマゾンで探して発注した。

 

 
『ペベオ アウトライナー』である。
これを使い、継ぎ目に上塗りして仕上げるのだ。
フランス製で、絵具の1種みたいだ。だから画材屋でも手に入るそうだ。
ゴールドライナーも熱、水に強い。流石に食べることまでは推奨されてはいないが、ACMI(米国画材工芸材料協会)によるASTM(米国材料試験協会)基準をクリアしたAPマークが付いている。つまり、人体に無害で安全なものって事ですな。
値段は770円だったと思う。ネット記事の推奨カラーはNo.7 ゴールドだったが、よりゴージャスそうなキングゴールドを選んだ。ゴージャスな男には、ゴージャスな金なのだ。

キャップを回して開け、本体に針で穴を開ける。キャップを装着しなおしたら、今度はノズルの先端に針で穴を開ける。あとはチューブを押せば、先から絵具が出てくるって仕掛け。

 

 
上手くいった方じゃね❓
だが、次の土鍋では線が太くなってしまった。時々、ノズルの先を拭わないとそうなるようだ。

 

 
上に盛り上がってるけど、まあコレはコレで味があると考えることにしよう。
でも、まだ完成したワケではない。最後に焼きの工程が残っている。記事には、ジップロックに乾燥剤と一緒に入れて24時間かけて乾燥させると書いてある。でなければ陰干しで4日間かけて完全に乾燥させるという。乾燥が甘いと、絵具が膨張してしまうそうだ。
けど、器が入るようなジップロックが手元にない。それに天気予報は明日からずっと雨だ。ヽ(`Д´)ノえーい、イッタレ、イッタレーである。
オーブンを予熱なし160℃に設定し、35分焼く。
だが、ここでけっして直ぐに扉を開けてはならない。何故なら、急激な温度変化で器が割れてしまうからだ。ゆえに2時間以上放置してから扉をオープンする。

先ずは赤絵の吸口から。

 

 
見たところ、絵具の膨張は特には無さそうだ。取り敢えず、ホッとする。
赤と金の色の組み合わせは合う筈だが、意外とコントラストは目立たない。ある意味、不自然感がなく、金がデザインの中に溶け込んでいる。

お次は土鍋の方である。

 

 
(サイド面)

 
(裏面)

 
コチラの方がコントラストが効いていて、金色が目立つ。
赤と金の組み合わせの方がカッコいいかと思いきや、コチラの方が魅力的に見えてくるから不思議だ。器が、何か新しく別な物に生まれ変わったって感じなのだ。そもそも三島焼って、地味だもんな。それが金色が入ることによって、一気にスタイリッシュになったんじゃね❓

 だが、これで話は終わらない。なぜなら、実際に器を食器として使ってみないと話は完結しないのだ。特に土鍋なんぞは、直接火にかけるのだ。熱に耐えられずに割れてしまえば、元も子もないのである。つまり、蘇生手術は失敗だったと云う事になってしまう。

 先ずは赤絵から試す。
コチラは火に直接かけるワケではないので、熱い汁物を入れてみる事にする。割れたら勿論アウトだが、汁が漏れても失敗作となる。

 

 
熱々のコムタンスープをブチ込んでやった。
ふむふむ。液体の漏れはないし、熱さにもビクともしてない。完全に蘇りましたな。蘇生術、成功である。

お次は土鍋くんだ。
コイツは米を炊くことにした。
火に直接かけるので、かなりの高温に晒されるからドキドキだ。
強火で8分程、弱火で10分くらい火に掛け、10分蒸らした。

 
 

 
全く問題なしである。
いやはや諦めなくて良かった。そして、何だか職人が作品を作り終えた時のような達成感とか満足感みたいなものが湧き上がってくる。もう、気分は巨匠(笑)である。正直、巨匠としては、もっともっと作品を作りたい気分だ。
でもなあ…。店屋じゃないんだから、そう頻繁に食器なんぞ割れるものではない。いっそ、割ったろか❗と思ったが、それはあまりにも愚か過ぎるので踏みとどまった。
あっ、百均の器ならエエんでねぇの❓
完全にマッド・サイエンティストの考えである。

                おしまい