『西へ西へ、南へ南へ』終焉のとき

 
蝶に魅せられた旅人アーカイブス
2012-09-15 01:34:27

       ー捕虫網の円光ー
     『西へ西へ、南へ南へ』

     番外編その参(再最終回)

    (第二十二番札所・終焉のとき)

 
 
2011年 9月27日

ミッドナイト・エクスプレスは車内に光の矢を放ちながら、夜の高速をひた走る。

午後10時、 熊本。
午前0時半、下関。
午前3時半、東広島市・小谷。
午前6時、兵庫県・三木。

やがて美しい朝日が昇ってきた。
雲一つない快晴が嬉しいが、何だか憾めしくもある。
想いを馳せる。奄美大島も晴れているだろうか?

東南アジアの長旅からの帰国後も、今年はよく日本を旅したが、日本の風土は本当に美しい。
破壊されているとはいえ、まだまだ森や林も残っている。東南アジアの殺伐に比べれば、まだマシな方かもしれない。

7時15分。
バスは予定より40分も早く大阪駅桜橋口に着いた。
にも関わらず車掌が謝るのを聞いて、いかにも日本的だなと苦笑いする。
他の国では遅れるのが当たり前だし、遅れても謝ることなどまずない。
これもまた平和の証だ。

無事、帰還。

9月終わりの、よく晴れた幸せそのもののような水曜日が始まろうとしている。

なかなか、恰好よくは生きれない。

                  完

 
(subject 写真解説)

【奄美大島 笠利町のビーチ】
奄美大島は、海よし、山よし、人よし、蝶よし、食いもんよしの素敵な島でした。
皆さんも機会が御座いましたら、是非行ってみて下さい。

おまけで、今シリーズで使わなかった画像もついでに紹介しておこう。

【盆踊り】

9月23日の「魚体模型の夜」の回に挿入すべき画像だったのだが、当時(初稿)はあえて使わなかったのではないかな?表題の印象を薄めたくなかったのだろう。
或いは、ほぼ一日遅れの毎日配信だったので、組み込むには時間が足りなくて、端しょたのかもしれない。文章を書くのは、思っている以上に時間がかかるのだ(悲しいかな、駄文であろうとも書くのに要する時間は美文と変わらないのである)。
今回の第3稿では、折角だから盆踊りについても文章にしようと試みてみた。しかし、今や記憶が定かではないし、挿入すると文章全体のバランスも悪くなりそうだったので結局断念した。
おぼろげな記憶をたどると、全体的に照明が暗くて、とても静かな盆踊りだったような気がする。

とここまで書いて、何で9月に盆踊り❓という疑念がようやく頭をもたげてきた。
調べてみると、これは盆踊りではなく、「八月踊り」というそうである。
もっとも、盆踊りとは非常に近い芸能文化なのだそうだ。沖縄にも同じようなものがあって、コチラも八月踊りというようだ。

でも、ここで再び新たな疑問が湧いてきた。9月も半ばなのに、何で八月踊りなのだ❓
この疑問は、すぐに氷解した。八月といっても旧暦の8月(旧盆)のことを指しているんだね。つまり、現在の新暦になおすと9月になるというワケだ。

【ゴーヤ】

脇田丸で、お通しに出たもの。
実を言うと、ゴーヤは苦手だ。苦くて青臭いのが、どうも口に合わない。でも出されたら体には良さそうだし、薬と思って食べることにしてる。
奄美大島でもゴーヤは頻繁に食べるようだし、沖縄とは共通の文化や慣習が多いと思う。

【蝶ライター】

これも使おうと思って使い忘れた画像だ。
このライターは昔の彼女に貰ったもので、蝶採りの時の御守りみたいなもんだった。不思議にこのライターを持っていると、佳い蝶が採れた。
でも今はガスが切れてしまい、持ち歩いていない。それ以降、前ほどには連戦連勝とはいかなくなったような気がするのは気のせいかな…。運だけで蝶を採っているようなものだから困るよね。使い捨てライターにガスを補充する方法とかないのかな?

(魚たち)

これも入れ忘れた画像。
一番左はたぶんノコギリダイだろう。本土ではあまり見掛けない亜熱帯から熱帯に棲む魚だ。
淡白だが意外と旨い魚で、刺身、塩焼き、フライ、煮付けなど何でもイケる。強いていえば、淡白ゆえにバター炒めなど油を使った料理法がベターかな。

 
(あとがき)
人間の記憶とゆうものは曖昧なもので、アメーバのブログ連載を始めるにあたって改めて読みなおしてみると、案外自分でも書いた内容をすっかり忘れていて、幾つかの箇所で思わず吹き出してしまった。
基本、三歩あるくと忘れてしまう鳥アタマだから、仕方がないのだ。

それと気付いたのだが、考えてみれば日本国内でこれだけ長い旅をしたのは初めてではないだろうか? しかも完全に予定が未定の放浪旅だった。

この年は、随分とたくさんの旅をした年だった。
2月から始まった3ヶ月に及ぶ東南アジア縦断放浪旅を皮切りに、帰国後すぐに熊本に行き、その後、岡山に二度、新潟&長野、沖縄本島、福岡&長崎、北アルプス(双六岳)、山梨(八ヶ岳)と旅してきた。
そして最後がこの九州&奄美大島の旅だったとゆうわけである。
思えば、一年の半分近くを旅先で過ごしたと云う事になるわけだ。
その全部が、目的は蝶採りだったわけだから、自分でもバカを通り越した大バカ、愚か者だと思う。
でも、それは裏を返せば、それだけ蝶たちに魅了されていたと云う事なのだろう。
恋をしていたと言っても過言ではない。
愚かだが、しあわせな男だと思う。

長々とその大バカ者で幸せな男の駄文にお付き合い頂き、本当にありがとうございました。礼。

 
         2012年 9月10日 作者

 
 
(あとがきのあとがき)
多分、バーの何人かのお客さんに送っていたオリジナルにもあとがきを書いた筈だから、これは正確にはあとがきのあとがきのあとがきになるんじゃないかと思う。

正直、まさか同じ文章を書き直し書き直しして三回も世に送り出すとは夢にも思わなかった。人生、こんな些末的な事でも先はワカランのである。流石に4回目は無いとは思うけど…。

3回目を書く事になったキッカケは、アメブロからワードプレスにブログを移転した事から始まった。
前のアメブロの記事が編集できなくなっていたので、この際これを機会に記事を移して、そのブログを閉じてやろうと思ったのだ。
だが、これが思った以上に大変な作業になってしまった。誤字脱字と行間などを少し手直しすれば発表できるとばかり思っていたのだが、第二話くらいから説明不足や気に入らないところが出てきて、かなり細かく手を入れる破目になった。一部をいじると、バランスが崩れて他のところも削ったり足したりと結局全体を書き直さなければいけない事もあったりするのだ。
そして、いらんことを始めたと途中で気づいた時には、もう遅い。既に四話くらいまで進んでいた。こうなると、今さら引き返せない。と云うワケで今日に至るのである。
前のブログには、まだ記事が百話くらいある。この先、どうすんでしょね❓
皆さん、何かをする時は、よく考えてから行動しましょうね。

前回のあとがきに書かなかった事を少し書きます。
小タイトルの第○○番札所と云うのは、関所や西国四十四ヶ所巡りなどを意識してつけたものです。一つ一つ難所を通過して、狙った蝶を手中に入れてゆく巡礼の旅をイメージして貰えればと思ったのだ。結局、最後のピースであるアカボシゴマダラの完品のメスは採れず、巡礼の旅は不完全に終わったけどさ…。
だから、捕虫網の円光シリーズの最後はいつも「ここに円は閉じた」の一節で終わるのに、使えなかったのである。

そういえば、もう一つ思い出した事がある。
店の一部のお客さんに円光シリーズを書いていた時は、直接感想なども聞いていた。読者の顔が見えると云うのは恐ろしいもので、飽きられない為に毎シリーズごとに何か新しい試みをしていた覚えがある。
今回みたいな小タイトルの工夫の時もあれば、毎回のように駄句を詠む、芭蕉の「奥の細道」仕立てのシリーズもあった。全編オチャラケ満載のフザけたシリーズもあったし、絵文字だらけにしたシリーズもあった。初期の頃には純文学風のものもあって、文体だって毎シリーズごとに変えていた時期だってある。
今思えば、そういうのを経て、この『西へ西へ、南へ南へ』辺りで、現在の文体に落ち着きはじめたのではないかなと思う。
そろそろブッ壊して、また文体を変えてやろっかなあ…。まあ、そう簡単にはいかないとは思うけど…。

そろそろ、駄文に長々とお付き合い下さいました事に再度お礼を申し上げて文を閉じます。
読んで下さった皆様方、本当にありがとうございました。
また近く、旅に出ます。
いまだ漂泊の想い、やまずである。

 
           2017年 5月26日 作者