台湾の蝶5 スギタニイチモンジ

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      タテハチョウ科編 4

       第5話 『儚き蒼』

 
ホリシャイチモンジの次とあらば、やはり流れ的に他のイナズマチョウも紹介せねばなるまい。

【Euthalia insulae スギタニイチモンジ♂】
(2017.6.27 台湾南投県仁愛郷 alt1950m)

まだ生きている時の杉谷一文字は実に美しい。
青いのだ。光を浴びると輝き、角度により様々な色に見える。その幻妖に変化するさまは見てて飽きない。

最後は翡翠色だ。

同じ個体で、ここまで違って見えるのである。
謂わば玉虫色なのだ。

しかし、ボロになると白っぽくなる。

(2016.7.12 台湾南投県仁愛郷)

9月や10月に行ってもスギタニイチモンジは採れるらしい。それをもってしてスギタニイチモンジはこんなもんじゃろうと思った人も多いだろう。しかし、その美しさには比較にならないくらいの差があるのだ。そこんところは強調しておきたい。採りたいなら、発生初期に行きなはれ。
そういえばこの時(2016年)、メスはまだ綺麗なのにオスはみんなこんなんばっかだった。思った以上に鮮度が落ちるのが早い蝶なのかもしれない。もしくは、思ってる以上にオスの羽化がメスに比べて早いとも考えられる。
あー、忘れてた。2017年にはもっと標高の低いところ(標高1100m)で採ったオスは、ボロッボロッだったわ。同じ時期の1900m付近では完品だったのにね。

(2017.6.24 台湾南投県仁愛郷)

結構早くに発生してたってワケか…。
或いは、オスはメスを探して結構飛び回るので、損傷が早いのかもしれない。

メスの画像も並べてみよう。

(2017.6.29 台湾南投県仁愛郷)

(2016.7.14 台湾南投県仁愛郷)

(2016.7.13 台湾南投県仁愛郷)

(2016.7.12 台湾南投県仁愛郷)

メスはオスに比べてかなり大きい。
重厚感も加わって威厳さえ感ずる。イナズマチョウは、やっぱメスの方がカッケー( ☆∀☆)
それはそうと、全部鮮度は良さそうには見えるが、こうして並べてみると6月の個体の方が美しい。
もしかしたら羽化後、輝きを保てる期間はごく僅かな間なのかもしれない。

裏面の画像も添付しておきましょう。

(2017.6.29)

(2016.7.12)

黄土色に淡いグリーンが掛かったような色で、裏もまた美しい。落ち着いた大人の色気が漂う。
もし、こういう色の着物を着こなす妙齢のシットリ美人がいたとしたら、オイラ、間違いなくイチコロだ。

でも死んでしまうと、悲しい哉その蒼の輝きは儚くも消えてしまい、翡翠色も褪せてしまう。
そして標本なると、オリーブ色とかカーキー色、黄土色にしか見えなくなる。生きている姿を見たものからすれば、まるで別の蝶のようだ。
これは、Limbusa亜属(緑系イナズマチョウ)全体に言えることで、特に翠の輝きが強い種類ほどその落差は大きい。こんなに生きてる時と死んだ時との落差がある蝶は、他にあまり浮かばない。

参考までに標本写真も並べておきましょう。

多分、♂だね。
スギタニイチモンジは、基本的に♂♀同紋なのだ。
とはいえ、大きさと翅形で雌雄の区別はだいたいつく。慣れれば誰でも解るくらいのレベルでしょう。

下翅内側の内縁が浮いてシワシワになっているのが気になるので、上からテープで抑えて完璧を期す。

展翅は嫌いだが、他人の目を気にする人間は完璧を目指す。バカバカしい限りだ。

いや、ちよっと待て。
たぶんこっちが♂だわさ。

一応、絶対に♀だと思われる展翅写真も貼っておこっと。

ありゃま(^。^;)、本来は完品なのに、お漏らしで翅が汚れちまってるじゃねぇーか。ガッカリだよ。

しゃあない。まだ他に未展翅のものがある筈だけど、一昨年(2016年)の標本写真を出してこよっと。

(ФωФ)ニャオー、これも展翅完璧なのに翅が一部破損しておる。

いやいや、完品もあった筈。
探そう。

(⌒‐⌒)ごじゃりましたよ。
色もこの時点では、まだある程度は残ってるね。
多分これが一番最後に採ったもので、翌日帰国してすぐに展翅した奴だ。

さあさ、満足したところでの種解説なのじゃ。
チヤッチヤッといこうではないか。

にも拘わらずだ…。
Σ(T▽T;)どひゃあー、すぐに眼前に毎度毎度の迷宮ちゃんが立ちはだかってきやがった。
またしても学名問題の勃発である。おいちゃん、気を失いそうになる(@_@;)

「原色台湾産蝶類大図鑑」を見ていたので、スギタニイチモンジは台湾の固有種ではなく、大陸に分布するEuthalia thibetanaの亜種の一つにすぎないと思っていた(亜種名 Euthalia thibetana insulae)。
しかれどもこの図鑑、優れた図鑑ではあるが、如何せん古い。1960年発行でアチキの生まれるだいぶ前からあった図鑑なのである。その辺を差し引きして考えねばならない事は重々頭には入っていた。しかし、もっと後の1997年に発行された「アジア産蝶類生活史図鑑」でも学名はそのままだったから、特に疑問には思わなかったのだ。
それが資料集めしてたら、何と学名が違っているではないか。何ですかそれ❓の、今はどうやら台湾特産種になっているらしいのだ。

新しい学名は亜種名がそのまま昇格した形をとっており、「Euthalia insulae」となっていた。
台湾のサイトでも確認したし、ほぼ間違いなかろう。
亜種名も見つからなかったし、台湾の特産種というのが濃厚だ。
因みに台湾名は「窄帯翠蛱蝶」のようです。
つまり狭い帯の緑色のタテハチョウというワケだすな。

そういえば「ラオスで最近採集された蝶(9)」に、似たようなのが図示されてたなあ…。

やっぱ、ごじゃりました。

(出典 増井暁夫・上原二郎『ラオスで最近採集された蝶(9)』月刊むしNo.403,Sept,2004)

Euthalia dudaと云う種類の♂のようだ。
似てるね。スギタニイチモンジだと言われても、何ら疑問を持たないだろう。

解説によると「本種は一見、台湾のスギタニイチモンジ E.insulaeや大陸のE.thibetanaなどのイチモンジ型斑紋の各種と紛らわしい。6月にごく少数が得られているのみで、ラオスにおける詳細は明らかでない。今までの分布記録はネパールからミャンマー、中国雲南省にかけてまでであり、南東限が伸びたことになる。」とあった。
おー、これはスギタニイチモンジとE.thibetanaは別種であると証明してくれているような文言ではないか。
\(^_^)/ありがてー。今回は迷宮を彷徨(さまよ)わずとも済みそうだ。

一応、ウィキペディアの「Euthalia」のページでも確認してみる。
おっ、種類の欄にはE.insulae、E.thibetana 共に種として表記されてあるから、両者は別種で間違いないでしょう。

ついでに、E.thibetanaの画像も添付しておくか。

(出典『国家动物博物館』)

漢字では「西藏翠蛱蝶」となっていた。
西蔵はチベットと読むから、最初にチベットで発見されたのであろう。和名にすれば、チベットイナズマってところだね。
分布は今一つハッキリしないが、ググった範囲では雲南省と湖北省の標本が見つかった。少なくともチベットからその辺りにまでは生息しているのだろう。

それにしても、E.dudaといい、E.thibetanaといい、見た目は殆んどスギタニイチモンジと変わらないよね。素人には、どう違うのかさっぱりワカランよ。

【生態】
和名にイチモンジとつくが、イチモンジチョウの仲間ではなく、イナズマチョウのグループに属する。
図鑑では台湾中部から中北部の山地帯に局所的に分布し、標高200~3000mの常緑広葉樹の森林付近に見られるとある。だが、低標高では見たことがない。
自分が姿を見たのは標高1200m前後、1950m、2400mの三ヶ所。明らかに垂直分布は次回登場予定のタカサゴイチモンジよりも高く、おそらくその分布の中心は標高1500~2200mの間にあるかと思われる。
年一回の発生で、6月~8月に多く、11月まで見られる。標高にもよろうが、埔里周辺では♂が6月上、中旬が観察適期。♀は6月中下旬から7月上旬が適期かと思われる。

敏感で飛翔は速い。♂は梢上を活発に飛び回り、♀を探雌するような行動がよく見られた。その時は飛翔速度が比較的落ちる。標高1900m地点では午前9時頃から姿を現し、午後になると次第に見られる数が減ってゆく傾向があった。
♀の飛ぶさまはオオイチモンジを彷彿とさせるところがあり、雄大。( ☆∀☆)心躍ります。

♂♀ともに落果発酵した果物、獣糞、樹液に集まる。
自分は桜の樹液に訪れる本種を何度も見たが、真っ直ぐ樹液に飛来するのではなく、先ずは近くに止まり、幹を少し歩き回ってから樹液の出ている箇所に辿り着くものが多かった。

【幼虫の食餌植物】
『アジア産蝶類生活史図鑑』によると、ブナ科 イチイガシ、ナガバシラカシを用いて採卵と飼育に成功した例があるようだ。またトウダイグサ科 クスノハガシワを食う記録もあるという。
台湾のサイト(DearLep 圖録検索)には、食樹としてCyclobalanopsis stenophylloides(ブナ科カシ類)、Quercus gilva(イチイガシ)、Quercus glauca(アラカシ)の3種があげられていた。

【記載・名前の由来など】
1930年にHallが埔里産の1♂に基づいて、「Euthalia thibetana insulae」として記載したが、それ以前にもかなり採れていたようである。しかし、次回紹介予定のタカサゴイチモンジと長い間混同されていたみたいだ。
「原色台湾産蝶類大図鑑」によれば、同じ1930年に杉谷岩彦教授が立鷹、旧ハポンの本種の標本をタカサゴイチモンジの異常型として発表したようだ。和名はその杉谷岩彦教授に因んでつけられたものかと思われる。
付け加えると、この杉谷教授は日本のスギタニルリシジミやオオムラサキのスギタニ型にも名を残しておられる。

またスギタニイチモンジに会いにゆきたいなあ。
でもその前にビヤッコイナズマ Euthalia byakkoを何とかせにゃならんわい。
あっ、そういえば台湾には、マレッパイチモンジ Euthalia malapana という幻になりつつあるイナズマチョウもいるんだよなあ…。

                  おしまい

 
追伸
おーっと、忘れてたよ。
スギタニイチモンジの採集記は『発作的台湾蝶紀行』の第38話 原初的快楽 と第48話 さらば畜牧中心 などにあります。発作的台湾蝶紀行 スギタニイチモンジ と打てば検索できるかと思います。宜しければ読んでやって下さい。

既に予告済みですが、次回はお仲間のタカサゴイチモンジ Euthalia formosana の予定です。
タカサゴイチモンジもスギタニイチモンジに負けず劣らずの佳い蝶です。御期待あれ。

Euthalia thibetana チベットイナズマは、「原色台湾産蝶類大図鑑」によると、中国西部及び中部に原記載亜種(ssp.thibetana)が分布し、雲南省のものは別亜種 ssp.yunnana となっておりました。

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投稿者:

cho-baka

元役者でダイビングインストラクターであり、バーテンダー。 蝶と美食をこよなく愛する男。

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