台湾の蝶18 カレンコウシジミ

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  第18話『青空色のスキッパー』

 
【カレンコウシジミ ♀】

(2017.6.29 南投県仁愛郷 標高1900m)

 
(同♂)
(2017.7.2 南投県仁愛郷 標高1900m)

 
色が違うので、雌雄の区別は容易だ。
この個体はボロだから分からないが、新鮮なものは金属光沢があるらしい。

 
【裏面 ♂】
(2017.7.2 南投県仁愛郷)

 
ボロ過ぎて、特徴があまり出てない。画像をお借りしよう。

 
(出典『圖録檢索』)

一方、裏面は雌雄共に同じ柄で、葉上に静止している時など自然状態ではその判別は困難である。

展翅画像も貼付しておこう。

  
【カレンコウシジミ♀】

 
美しいね。でも下側の尾突起が捻れてるなあ…。
そういえば展翅中に直すか否かで悩んだんだよなあ。
でもこういうシジミチョウの尾突って、下手に触るとすぐ千切れちゃう。で、やめとくことにしたのだった。

 
【同♂】

 
コチラは尾突が最初から千切れてた。
こういうタイプのシジミって、結構尾突が失われている個体が多い。鮮度が良いものでも切れてたりするから、泣きたくなる時が多々ある。

 
【学名】Tajuria diaeus karenkonis

属名のタユリアは平嶋義宏氏の『新版 蝶の学名-その語源と解説-』には、語源不詳。Moor(1881)の創作とある。
しかし、ローマ・ウルドゥー語にこのTajuriaと云う言葉があることを見つけた。「おめでとう」という意味らしい。意訳すれば「祝福」といったところか。
最初はまさかパキスタンの言語からの引用はあるまいと思ったが、これがそうとも言えないところがある。なぜならウルドゥー語はヨーロッパ・インド語族に属し、ローマ・ウルドゥー語とも表記されるからだ。つまりローマで使われていた言語から派生したものがウルドゥー語というワケである。あとは女性の名前に使われるようだから、ムーアの全くの創作というワケでもなさそうだ。
因みに台湾にはTajuria属のチョウが他に2種(アサギシジミ、タイワンサザナミシジミ)おり、カレンコウを含め何れ劣らぬ稀種とされる。

小種名のディアエウスも語源がハッキリしない。
この名は中米のセセリチョウの属名にも使われていて、平嶋氏はギリシャ語のdiaimos(血まみれの)をラテン語化したDiaemusの誤記(mが脱落)と思われるとしている。
血まみれと云うのは尋常じゃないな。命名された由縁に血塗られた歴史でもあるのかな❓もしそうなら、命名の背景にそれなりの有名なエピソードがあって然りだろう。でも、無いよね。それにカレンコウシジミにしても中米のセセリにしても、見た目のイメージには全くそぐわない。血ならば赤色と云うのが相場だろう。納得いかないので検索してみる。

すると、ローマの軍司令官にdiaeusという人物がいることがわかった。
Wikipediaには、以下のような説明があった。

「ダイアエウスメガロポリス(Διαῖος)は、146BCに死亡した。最後strategosのアカイア同盟における古代ギリシャリーグはローマ人によって解散する前に。彼は死ぬまで紀元前150〜149、紀元前148年からリーグの将軍を務めました。」

翻訳が無茶苦茶で何ちゃらよくワカランが、偉い将軍ではあるのは確かなようだ。それなら学名に採用される可能性は充分にある。或いはコチラが語源なのかもしれない。

余談だが、Diaeusというセセリは1属1種(3亜種)であるらしく、渋カッコイイ。

 
【Diaeus variegata】
(出典『Butterflies of the Andes』)

 
何となく稀種の匂いがするし、これは自分でも採ってみたいなと思う。

亜種名である「karenkonis」の由来は、台湾の地名「花蓮港」から来ている。最初に発見された場所が花蓮港というワケである。和名もそれに因んだもの。
カレンコウシジミと云う名前の響きが好きだ。如何にも珍しくて高貴なチョウといった感じがするではないか。カレンは可憐にも通ずるし、カレンという女性の名前をも連想させるしね。素敵な名前だと思う。

それにしても、はたして花蓮港なんて低地にいるのかな❓港だろ❓そんなところで最初に見つかったとしたら、奇跡みたいなもんだ。カレンコウシジミって、そもそも山地に棲むチョウだもんね。
しかし、この疑問は比較的簡単に解けた。
花蓮港といえば、現在は花蓮県にある港のことを指すが、昔は花蓮県全体を指す言葉だったようだ。どういう事かというと、当時この地方は「花蓮港庁」と云う行政区分名で呼ばれていたようなのだ。つまり、カレンコウシジミは港そのものではなく、花蓮地方の何処かで発見されたというワケだね。それはおそらく低地ではなく山地帯であろう。納得である。

書き忘れたが、このTajuria属にはヤドリギツバメ属とタカネフタオシジミ属と云う2つの和名が使われていて誠にややこしい。ヤドリギツバメ属は、この属のチョウの幼虫の食餌植物がヤドリギ類であることからの命名で、タカネフタオシジミ属は成虫の姿かたち(フタオ=双尾)と生息領域(タカネ=高嶺)を表している。
和名というのは、こういう事がよくあるから面倒だ。どっちゃでもええから、どっちかに統一してほしいよね。

 
【台湾名】
白腹青灰蝶、白日雙尾灰蝶、花蓮青小灰蝶、花蓮小灰蝶、宙斯青灰蝶、白裡青灰蝶

台湾って、相変わらず凄い数の異名のオンパレードだな。オラが台湾人だったら混乱するよ。しかし台湾人でも中国人でもないから、これはこれで純粋に楽しめる。それぞれが、その蝶の特徴を漢字で一所懸命に表そうとしているのが愉しいのだ。それぞれ微妙に観点が違うのが面白い。漢字から推理して、その姿を思い描いてみるのは知的ゲームみたいなもので暇潰しになる。

科名と属名も記しておこう。
Lycaenidae 灰蝶科 Tajuria 青灰蝶屬

台湾や中国ではシジミチョウの事を「小灰蝶」と呼んでいる。諸説あるが、小灰とは「とても小さい」と云う意味で、そこには可愛いというニュアンスも入っているようだ。

 
【英名】
Straightline Royal

ストレートラインとは、裏面にある線のことを指しているのだろうが、ちょっと素っ気ないね。
ロイヤルは、他のTajuria属のチョウの英名にも必ずついている。王とは最大限の賛辞であるからして、それだけこの属のチョウは美しいものが揃っているって事だね。もしかしたら、発見が後の方だったので、賛辞の言葉が尽きてしまい、苦し紛れでストレートラインと名付けたのかもしれない。
この妄想は、記載年の順番を調べれば是非が判るだろうけど、面倒くさ過ぎるのでやめときます。気になる人は自分で調べてみてね。

 
【分布と亜種名】
インド北部、ヒマラヤ、インドシナ半島北部、飛び離れて台湾、インドネシアのジャワ島とスマトラ島に分布する。

(出典 杉坂美典『台湾の蝶』)

 
分布図からスマトラ島が抜けているが、今まで見た分布図は皆んなコレである。これはスマトラ島亜種が比較的最近である1996年に発見され、2006年に記載されたからだろう。

 
亜種には以下のようなものがある。

◆原名亜種 ssp.diaeus
北インド~インドシナ半島北部

◆ssp.karenkonis
台湾中部~中北部

◆ssp.dacia
インドネシア ジャワ島

◆ssp.mirabilis
インドネシア スマトラ島

 
補足すると、以前は西北ヒマラヤ~シッキムのものを原名亜種ssp.diaeusとし、アッサム~インドシナ半島北部のものは別亜種ssp.thydiaとして分けられていた。しかし、変異が連続的で区別できないと云う事で、現在はssp.diaeusに集約されたようだ。
また、台湾亜種は最初は新種Tajuria karenkonisとして記載されたが、後に亜種に降格したという経緯がある。
 
こういう飛び離れた分布の仕方をするチョウって、他にもキゴマダラとか幾つかいるけど、不思議だ。
何でインドシナ半島南部からマレー半島、中国などに分布の空白域が有るのだろう❓
地史とか、きっと何らかの理由が有るのだろうが、さっぱりワカラナイ。空白域のものは絶滅したのだろうが、何で絶滅したのかが解らないのだ。一時期、海に沈んだのでは?とも思ったけど、中国にも高い山がある筈だ。普通に考えればそこで生き残っている筈だ。二次的にその地域だけで地史を揺るがすような地殻変動でも起こったのかしら❓でも、そんな話は聞いた事が無いよなあ。
おバカには、(@_@;)全然ワカンねえや。

 
【生態】
台湾では海抜400m~2500mで得られているが、その生息域の中心は中高海抜であろう。
発生期は4~9月、もしくは5~8月とされ、年に数回の発生をしていると考えられている。しかし、2月の記録もあり、周年発生の可能性もある。
常緑広葉樹林周辺に棲息し、飛翔は活発で、高い梢上を非常に速く飛ぶが、葉上などに静止している事が多い。
♂♀共に花に吸蜜に集まる。

カレンコウシジミを含めてこの属のチョウが中々得られない稀種揃いなのは、この辺に理由があるのかもしれない。梢上高くを素早く飛び、そのクセあまり飛ばないとなれば、目に付きにくい。採集が難しいのは当たり前だ。
因みに、自分は止まっているものしか見た事がない。
敏感なチョウで、近づくとぴょんぴょんとスキップするかのように飛び、すぐに別な葉に止まる。これが愛らしくて可愛いんだけど、網が中々振れなくて結構ムカつく。

花に吸蜜に集まるとあるが、草本ではなく樹木の花を好むような気がする。付近にはタイワンソクズなど複数の花も咲いていたが全く訪れず、もっぱら照葉樹の白くて小さい花に来ていた。

 
【幼虫の食餌植物】
Loranthaceae ヤドリギ科。
台湾では以下のような植物が記録されている。

◆高氏桑寄生 Loranthus kaoi カオヤドリギ

◆大車前草 Plantago major

◆大葉桑寄生 Scurrula liquidambaricolus オオバフウジュヤドリギ

◆忍冬葉桑寄生 Taxillus lonicerifolius

◆杜鵑桑寄生 Taxillus rhododendricolius

◆李棟山桑寄生 Taxillus ritozanensis

 
他に台湾の蝶の幼生期解明に多大なる功績を残した内田春男氏が『常夏の島フォルモサは招く』で、タイワンマツグミ Taxillus caloreas をあげている。
因みに、インドでは同じくヤドリギ科のLoranthus longiflorusを食している事がわかっている。

 
【卵】
(出典『圖錄檢索』)

 
【終齢幼虫】
(出典『圖錄檢索』)

 
シジミチョウの幼生期については、あまり詳しくないからかもしんないけど、(-_-;)変な奴っちゃなー。
シジミの幼虫といえば、団子虫みたいなイメージがあるけど、細長い。頭の形も変だ。
興味深いのは、台湾では同じ食餌植物を利用している近縁種のアサギシジミ Tajuria yajna が葉を食べ、カレンコウシジミが花や若実を食っている事だ。互いが競合しないように食い分けをしているんだね。

 
【蛹】
(出典『圖錄檢索』)

(出典『台灣生物多樣性資訊入口網』)

 
蛹も変だな。
小鬼みたいでグロ可愛い。

 
次に台湾に行く機会があれば、真面目にカレンちゃんを探そうと思う。ポイントではホッポアゲハとスギタニイチモンジ狙いだったから、片手間でしか探していないのだ。
去年は台湾には行けなかったし、今年は何とか行きたいもんだね。シロタテハへのリベンジも残ってるし、ダイミョウキゴマダラの♀がまだ採れていないもんな。
とはいえ、今年は先の事が全然わかんないんだよね。

                  おしまい

  
追伸
考えてみれば、台湾のシジミチョウを紹介するのは、今回がたぶん初めてだ。そういえばシロチョウもジャノメチョウもセセリチョウも未登場だ。まだまだ紹介していない蝶は山ほどあるのだ。
このシリーズ、いつになったら終わるんやろ(笑)。
バカなこと、始めちゃったなあ…。
 
 

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投稿者:

cho-baka

元役者でダイビングインストラクターであり、バーテンダー。 蝶と美食をこよなく愛する男。

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