台湾の蝶21『幽霊スキッパー』

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   第21話『夕斑挵蝶 』

 
今回はシリーズ初のセセリチョウ科を取り上げてみることにした。
セセリチョウは地味な奴が多いし、蛾っぽいからあまり好きくない。でも、コヤツは可愛くて好きだ。

 
【ユウマダラセセリ ♀】
(2017.6.南投県仁愛郷)

 
【ユウマダラセセリ ♂】
(2017.6.24 南投県尖台林道 alt.1000m)

 
ユウマダラセセリ(別名シロセセリ)という和名は、どこか儚げな風情があって好きだ。夕斑とは何ぞや?と思うが、いにしえの雅(みやび)な言葉に思えてしまう。そこに何らかの深い意味があるのではと感じてしまうのだ。
しかし、おそらく蛾のユウマダラエダシャクに見た目が似ている事から名付けられたのだろう。だとしたら、なんとも不粋だ。

台湾で彼女に初めて会ったのは2016年の夏。
夕方、山から降りてくる途中、横から目の前にふらふらと飛び出してきた。見た瞬間は『(# ̄З ̄)ケッ、蛾かよ』と思った。自分は子供の頃からユウマダラエダシャクの類がどうも苦手だった。と云うか、何だか気持ちが悪くて大嫌いなのだ。見た瞬間に体が固まる。

 
【ユウマダラエダシャク】
(出典『倉敷昆虫同好会 虫たちの素顔』)

 
夕方、群れてひらひら飛んでいるのが許せない。もちろん止まっているのも許せない。背中に悪寒が走る。
人にはそれぞれ配色の好き嫌いというものがあると思う。白と黒の配色は好きなんだけれど、そこに黄色が入ると何故だか途端に気持ち悪く見えるのだ。

 
(2018.5.29 奈良市)

 
このユウマダラエダシャクには似たような仲間が沢山いて、上の蛾はまた別種の大型種なのだが、基本的に白黒柄の羽で胴体が薄黄色いのが特徴だ。
この胴体が黄色いのがダメだ。意味とか原因はわからないが、とにかく本能的に嫌いなのだ。
だから、無視しようと思った。しかし、飛び方に違和感を覚えた。蛾ではないと直感的に網を振ったら、中にコヤツがいた。

 
(2016.7.7 南投県仁愛郷alt.600m)

 
ユウマダラセセリはユウマダラエダシャクに擬態したていると言われている。ユウマダラエダシャクは体内に毒をもつので鳥の捕食から免れていると言われている(註1)。つまりユウマダラエダシャクに見た目を似せることによって、自らも鳥の捕食から免れようという生き残り戦略だね。
その擬態精度はかなり高い。羽の斑紋のみならず、飛び方までも似せているものと思われる。

羽はボロだったけど、見破った自分の感性の鋭さに、ちょっと気分が良かった。
夕暮れのやわらかな光の中、白い者がふわふわとゆるやかに飛ぶ様に不思議な感覚を覚えた。採ってみたら、白黒なのに斑紋がハッキリとはしておらず、上にヴェールとか靄(もや)が掛かったかのようだった。朧(おぼろ)げな感じがしたので、幽霊みたいだと思ったのをよく憶えている。
だから、今でもユウレイセセリと言いそうになる時がある。幽霊セセリ…。たとえ、実際自分で採った事が無くとも、その和名でも納得しそうだと思うのは自分だけだろうか…。
だが、残念なことにユウレイセセリは和名には使えない。日本の南西諸島に、他にその名を冠した蝶が既にいるからだ。

 
【ユウレイセセリ】
(出典『日本産蝶類標準図鑑』)

 
ハッキリ言って、見た目はどこが幽霊やねん!とツッコミたくなる。見てくれからは微塵も幽霊的なものを感じないからだ。
しかし、由来はその姿に起因するものではない。
長い間その名前がわからず、正体不明の幽霊みたいなものだと云う事で名付けられたそうだ。まあ、それはそれで由来としては面白い。
自分で採った事はあるけれど、標本箱から探す気にはなれなかったので、図鑑から画像を拝借させて戴いた。だって他にヒメイチモンジセセリとかチャバネセセリやトガリチャバネセセリと云う酷似したものがいて、鬱陶しかったのだ。それに、みんな地味でブスだしね。探す気にもなれない。

あっ、写真が新たに見っかった。

 

(2017.6.24 南投県仁愛郷尖台林道)

 
ゲッ、横から見ると胸が黄色いわ。
( ̄▽ ̄;)ちょっと気色悪い。
でも、より擬態精度が高いということだ。
スゴいね、ユウマダラセセリちゃん。

雌雄の違いを示すために、オスとメスが並んだ写真を貼付しておこう。

 

 
斑紋は同じだが、♀の方が明らかに大きいし、翅形が丸いことから雌雄の区別はできる。但し、相対的のものなので慣れないと区別は困難かもしれない。

 
【学名】Abraximorpha davidii (Mabille,1876)

Hesperiidaeセセリチョウ科 Abraximorphaユウマダラセセリ属に分類される。

平嶋義宏氏の「蝶の学名-その語源と解説-」によると、属名 Abraximorpha(アブラクシモルファ)は、蛾のシロエダシャク Abraxas属+ギリシア語のmorphe(姿、形)の合成語だそうである。
Abraxasという属名は、365の天界を支配する大神アブラクサスに因む。アブラクサスは古代ギリシアのグノーシス派の人々が信奉した神で、ギリシア字母のa.b.r.a.x.a.sを組み合わせた神秘的な名。これらの文字を数字として読むと、合計365となる。蛾で、しかもエダシャクの分際のクセに物凄く良い学名だ。
小種名のdavidiiは「David氏の」の意。平嶋氏は、おそらくPere Armand David(1826~1900)に献名したものではないかと推察されておられる。
因みに、このArmand Davidはフランスの宣教師にして博物学者。最初にパンダの存在を欧州に報告した人である。中国での博物調査の折りに、その存在を知り、探したが実物は見つけられずに毛皮を送ったらしい。余談だが、欧州では長い間パンダは鉄(金属)を食う珍獣と信じられていたらしい。

台湾のものは亜種ssp.ermasisとされるが、語源はよくわからない。ermasisは女性の名前を連想させるから、女性に献名されたのかもしれない。

 
【台湾名】白弄蝶
他に白花斑弄蝶、白挵蝶白弄蝶、也稱夕斑弄蝶の別名がある。

「弄」は日本では弄(もてあそ)ぶと読む。
相手を翻弄するとか、女を弄ぶとか、男心を弄ぶなんて感じで使われる。ひどい奴なんである。
何でそんな酷いネーミングをされたんだろう❓ユウマダラセセリの生態とは合致しない。気になるので、中国語の意味を調べてみた。
しかし、出てきた意味は以下のようなものだった。

①手に持って遊ぶ。いじる②得る③細い路地④~する、させる

ん~、スッキリしない。
たぶん遊ぶようにひらひらと飛ぶからかなあ…。

 
【英名】
◆Magpie flat
magpieは鳥のカササギのこと。白黒模様なので、それになぞらえたのだろう。flatは水平とか平たいという意味だから、これはこの蝶が羽を水平に開いて止まるからだろう。

◆Chequered flat
chequeredはチェック模様の事だね。日本語にすると市松模様。これも羽の模様を表している。

ここで、あれっ?と思う。セセリチョウの事を英語ではスキッパーと呼ぶ筈だからだ。たぶんピョンピョンと飛んでは止まり、飛んでは止まるので、スキップしているように見えるところから来ているのであろう。

探したら、『White skipper』というのが見つかった。
白いスキッパーだね。雨上がりに、白いレインコートを着た小さな女の子がスキップしてる画が浮かんだ。何だか、微笑ましい。

 
【分布と亜種】
(出典『原色台湾蝶類大図鑑』)

 
台湾の他には中国、インドシナ半島北部に分布し、亜種には次のようなものがあるとされる。

 
◆ssp.davidii davidii(原名亜種)
中国(四川省、陝西省、湖北省、浙江省、江西省、安徽省)

 
(出典『アジア産蝶類生活史図鑑』)

(出典『yutaka.it-n.jp』)

 
上が香港産で、下がラオス産である。
沢山の個体を検したワケではないが、原名亜種は台湾産と比べて概ね黒い部分が発達し、全体的に黒っぽい印象をうける。

 
◆ssp.ermasis (Fruhstorfer,1914)
台湾

台湾亜種は全島に広く分布し、低地から2500mの高地まで見られるが、個体数は少ないようだ。

 
◆ssp.elfina (Evans,1949)
インドシナ半島北部(ベトナム・タイ・ラオス)

 
(出典『yutaka.it-n.jp』)

(出典『Butterflies of vietnam』)

 
今度は白っぽいのが特徴のようだ。
分布の端にいけばいくほど白っぽくなる傾向があるのかもしれない。

なお、『原色台湾蝶類大図鑑』に以下のような記述があった。
「Evans(1949)は原名亜種に属する”朝鮮”産の1♂がBritish Museum(大英博物館)に保存されていることを記録しているが、これは恐らくラベルの誤であろう。また”ジャバ(ジャワ島)”産と称する1♂で新亜種 A.davidii elfina Evans を記載しているが、これもラベルの誤である可能性が強い。」

余談だが、図鑑には次のような記述もあった。
「斑紋解析の見地から考察すると本種は極東産セセリチョウ科の中では最も原始的な斑紋排列(配列?)を示す1種でその斑紋はセセリチョウ科全般の斑紋解析に重要なヒントを与えるもののように思われる。」

補足すると、「アジア産蝶類生活史図鑑」に拠れば、現在は飛び離れて南ベトナムや香港でも分布が確認されている。南ベトナムには従来から分布している可能性があるが、香港では過去に記録が無く、狭い地域なのにもかかわらず近年になって発見されたので、人為的な移入も考えられる。

 
同属の近似種に以下のようなものがある。

◆Abraximorpha esta (Evans,1949)
雲南省,ミャンマー,ベトナム,ラオス

 
(出典『Wing Scales』)

(出典『yutaka.it-n.jp』)

 
ユウマダラセセリの亜種とする見解もあるようだが、見た目には別種っぽい。とはいえ、斑紋パターンは同じではある。しかし両者の分布が重なるので、ここでは別種扱いとする。

 
◆Abraximorpha heringi (Liu&Gu,1994)
広東省,福建省,ベトナム

いかにも蛾っぽい。これもきっと似たような柄の蛾がいるんだろう。かなりの稀種のようで、ネットでググっても画像が極めて少なく、勝山さんがブログで取り上げていらっしゃるものくらいしか、まともな画像が無い。
参考までに、URLを貼付しておきます。
 
Lepido and Scales

青文字をタップすると、サイトに飛びます。

  
◆Abraximorpha pieridoides (Mell,1922)
海南島(中国)

 

(出典『wikiwand』2点とも)

 
わおっ(@ ̄□ ̄@;)!!、何と雌雄異型なんだね。
海南島にはオウゴンテングアゲハがいるし、生物相が特異で面白そうな島だから、一度は訪れてみたい所だ。
でも、たぶん採集禁止地域なんだろなあ…。

記事をアップしたあとに勝山礼一朗さんから御指摘があった(註2)。詳細は追伸の欄に書きますが、これって、Abraximorpha pieridoides じゃないです。
Calliana pieridoides(Moore,1878)と云う別種。いわゆるモンシロモドキセセリという珍稀種だ。小種名が同じで、見た目が見た目なので間違ってしまった。まさか属名が違うとは思いもしなかったよ。
でも、ググってもAbraximorpha pieridoides
の画像が見つからないんだよね。

  
【生態】
台湾では標高50mから2500mまで見られるが、垂直分布の中心は300m~1000m。3月~12月まで年数回発生するとされる。一方、香港では100~200mの低山地に生息するようだ。周年経過はわからない。
杉坂美典さんのブログでは、飛び方が非常に速いと書かれているが、「アジア産蝶類生活史図鑑」には飛翔は他のセセリチョウのように敏捷ではないと書いてある。自分も速いというイメージはない。何れにせよ、センダングサなど路傍の花によく集まるので、見つけたら採集は容易。
普段は林道沿いなどあまり暗くない樹林の内外で見られるというが、自分は林道沿いの他に渓流、尾根、山頂でも見た。目にした事はないが、驚くと葉裏に静止する習性があるという。この習性はコウトウシロシタセセリやダイミョウセセリにもあるから、分類的には近い間柄なのかもしれない。
♂は地上2~3mの葉先に羽を水平に広げて止まり、他の個体が近づくと激しく追尾する占有活動を行う。これらの習性もダイミョウセセリやコウトウシロシタセセリとよく似ているというが、私見ではそれほど占有行動に執着心は無いように見えた。

 
【幼虫の食餌植物】
Rosaceaeバラ科 Rubasキイチゴ属を食する。
『圖祿檢索』では、台湾での食草は以下のようなものがあげられている。

◆羽萼懸鉤子 Rubus alceifolius

◆榿葉懸鉤子 Rubus alnifoliolatus

◆灰葉懸鉤子 Rubus arachnoideus

◆變葉懸鉤子 Rubus corchorifolius

◆臺灣懸鉤子 Rubus formosensis

◆斯氏懸鉤子 Rubus swinhoei

因みに香港での食草は、Rubas reflexus。
「アジア産蝶類生活史図鑑」では、台湾での食草として、Rubas sumatrensis コジキイチゴ、Rubas shinkoensis ヒメクマイチゴ、Rubas rolfei ミヤマカジイチゴをあげている。全然、最初に挙げられている植物と被ってないよね。
( ・∇・)どゆ事❓
まあ、植物には同物異名がよくあるから、スルーしておこう。自分にとっては、突き詰めて調べる程には興味が無い。

 
【卵】
(出典『圖錄檢索』)

 
毛がついているんだね。
たぶん成虫の腹端の毛だろう。
シジミチョウには、こういう毛のついた卵があるのは知ってたけど、セセリチョウもそういう習性のある奴がいるんだね。何か意味でもあるのかな?

 
【幼虫】
(出典『圖録檢索』)

 
ガイコツ顔で、ブサいくだなあ(笑)。
越冬態は幼虫のようだ。何齢で越冬するのかはわからない。

 
【蛹】
(出典『圖録檢索』)

(出典『圖録檢索』)

 
蛹は綺麗だね。
白と緑の2色のタイプがあるのかな?
因みに『アジア産蝶類生活史図鑑』では、両者の中間の色のものが載っていた。

成虫の見た目が違うOdontoptilum angulatum(イシガケセセリ)の蛹と形態が似ているのは興味深い。両者は見た目以上に近しい関係なのだろう。

 
【イシガケセセリ Odontoptilum angulatum 】
(出典『ButterflyCircle Checklist』)

 
東南アジアのどっかで何回か採った事があると思うが、どこだかが思い出せない。たぶん調べればわかるだろうけど…。

 
(出典『ButterflyCircle Checklist 』)

 
こっちの蛹には朱が入り、さらにスタイリッシュでお洒落さんだ。

虫の世界では他人の空似もあるし、又、その逆もあるのだ。だから虫は面白い。

                  おしまい

 
追伸
簡単に解説できるかと思ったが、調べれば調べるほど新たな疑問が湧き出してくる。先が思いやられるよ。

(註1)体内に毒をもっている
ユウマダラエダシャクの幼虫の食餌植物は、マサキ。
庭木にもよく使われるから、見た事がある人も多いと思う。幼虫はいわゆる尺取り虫。特徴的な動きで移動する事から付けられた名だ。
マサキには毒があり、幼虫はそれを体内に取り込む事によって天敵から身を守っているのだろう。成虫になってもその成分を体内に貯めこんでいて、鳥からの捕食を回避しているものと思われる。

(註2)勝山礼一朗さんから御指摘があった。
「sp. heringiとsp. pieridoidesは、3年前に新属が立てられ、そちらに移動になりました。新しい属名はAlbiphasma (意味:白い幽霊)と言います。

それと、ブログ記事中でpieridoidesとして引用されている図は、Albiphasma pieridoidesではなく、オバケセセリの一種Capila pieridoides(モンシロモドキセセリ)ですね(笑)。」
 

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投稿者:

cho-baka

元役者でダイビングインストラクターであり、バーテンダー。 蝶と美食をこよなく愛する男。

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