コツバメの思ひ出

 
春先に福井県の今庄にギフチョウに会いに行ったおり、久し振りにコツバメにも会った。

 
【コツバメ Callophrys ferrea 】
(2019.4.6 福井県南越前町今庄)

 
一緒に行った姉さんが、ピュンピュン飛んでるのをコレ何?と言ったので採って見せた。羽が破れていたので、御覧いただいてからリリース。
もう1頭、ぽよぽよ飛んでいたので、ソイツも何となく網に入れた。今度は鮮度が良かったので、持って帰ることにした。それが上の展翅写真で、♂である。

そう云えば、コツバメの♂は♀をゲットする為にテリトリー(縄張り)を張るんだったね。なので1頭見つけると、同じ場所で複数見られることが多い。

ギフチョウと同じくスプリング・エフェメラルと呼ばれ、年に一度春先にだけ現れる蝶だ。
日本産は、Callophrys ferrea ferrea という学名となっているから、原名亜種(名義タイプ亜種)のようだね。日本以外ではロシア極東地域・中国東北部・朝鮮半島などにもいるようで、それぞれ別亜種とされている。
日本国内では北海道から九州までと分布は広く、特に珍しいものではない。コレは幼虫がアセビなどのツツジ科とコデマリやリンゴ、ボケなどのバラ科を中心に、ガマズミ(スイカズラ科)、アカショウマ(ユキノシタ科)、バッコヤナギ(ヤナギ科)など多くの植物の花、蕾、実を食べるからだろう。また、見た目が何処でも同じで、地方による地理的変異がコレといって無い(註1)。
だからか、人気はあまりない。
しかし、こうして改めて見ると、メタリックな鈍色(にびいろ)で、そこはかとない渋い美しさがある。
学名の小種名「ferrea(フェッレア)」は、ラテン語の ferreus の女性形で「鉄、鉄の、鉄色(の)」が語源なのも頷ける。
因みに属名の「Callophrys(カロフリュス)」は、ギリシャ語由来。「kallos(美)」と「ophrys(容貌・眉)」を合わせた言葉で、美しい容貌を意味するようだ。
蛇足だけど、このCallophrysというのは新しい属名で、昔は「Ahlbergia(アールベルギア)」という属名だったそうな。アールベルギアって、何だかカッコイイ響きだ。「アールベルギアの秘宝」とか有りそうだもん。
でも、語源はAhlbergという人に因むようだ。願わくば大海賊とかであってほしいよね。その妃とか娘に遺した秘宝とかさあ。

♂は♀と比べて蒼い領域が少ないのが特徴だ。
探せば♀の標本もある筈だが、面倒なので図鑑から画像を拝借させて戴こう。

 
(出展『日本産蝶類標準図鑑』)

  
蒼い部分が増えたからといって、飛躍的にキレイになると云うワケでもない。やはり、どこか地味である。
こういうのを褒める場合、世間では「いぶし銀の美しさ」とでも讃えるんだろね。

(・。・;❓ ここで、はたと気づいた。最初に掲げた展翅写真って、もしかして♂じゃなくて♀じゃね❓
色がくすんでて明るくないので、♂だとばかり思っていたが、翅形が♂みたく縦型じゃない。♀は、どちらかというと横型なのだ。それに蒼の領域が♂ほど狭くはない。
そっかあ…、最初にピュンピュン飛んでたのが、テリトリーを張ってる♂で、ぽよぽよ飛んでたのは♀だったってことか…。何故、それに気づかなかったのだろう。そんなの多くの蝶の♂と♀に見られる基本的な生態じゃないか。
普通、蝶は♀よりも♂の方が色鮮やかで綺麗なケースが多い。顕著ではないけれど、コレがコツバメでは逆だからと云うのも勘違いした要因だろう。
(-“”-;)やっちまったな…。コツバメなんて長いこと無視してたから、そんなの忘れてたよ。
にしても、ダサダサだな。情けない(´д`|||)

♂はこんなのです⬇

  

(出展『日本産蝶類標準図鑑』)

 
♂は蒼い部分が狭くなり、色もくすんでて、更に地味だ。

 
【裏面】

 
裏もまた地味。でも、よく見ると渋いデザインとも言える。好きな人は好きだろね。

既に皆さんも感じておられるだろうが、コツバメに対してぞんざいというか、雑魚的な扱いが言外に滲み出ている。言っちゃ悪いが、その程度の存在なのだ。
でも今にして思えば、最初の1頭を採るのには思いの外、苦労したんだよなあ…。

蝶採りを始めた二年目、周囲にキッパリと宣言してしまった。日本に土着するとされる蝶、約230~240種類のうちの200種類を三年以内に採ると言い切ってしまったのだ。
これは今は亡き蝶界の巨人、小路さんがその著書の中で200種類以上を採らねば一流の蝶屋とは認めないと書いてあったのを見て、反発を覚えたからだった。ならば、んなもん三年で達成してやろうと思ったのだ。
今にして思えば、バカバカしい啖呵だ。若気の至りとしか言い様がない。恥ずかしいかぎりである。
けど、色んな人に「おまえ、蝶採りナメとんのか。」とか「無理、無理。蝶採りはそんな甘ないで。」などと言われつつも、お陰様で楽勝で達成できた。たしか三年で223種類にまで達した筈だ。怒りこそが、我がモチベーションを保つ原動力なのだ。
だから、色んな意味で小路さんには感謝している。短期間に飛躍的に知識と経験が増したし、飽き性の自分が途中で蝶採りをやめなかったのも明確な目標があってこその事だ。
小路さんといえば、国内の蝶に関してはトップだった人だ。是非とも生きておられる時に会いたかったよ。蝶採りを始めた頃には、既に他界されていたのが残念でならない。

そういうワケで、二年目の春はコツバメを必死に探していた。でもナゼか見つけることが出来なくて焦っていた記憶が甦ってきた。宣言しといて、いきなりコツバメ程度で躓くわけにはいかないのだ。

奈良県と大阪府との境界にある葛城山にギフチョウを採りに行ったおりの帰りの車中だった。既に蝶屋として実績のあったOKUくんに、必死さを隠して生意気な感じで『コツバメ、何処に行ったら採れるん❓』と尋ねたことはよく憶えている。
そういえばこの時、ツマキチョウのいる場所も尋ねたんだよね。ツマキチョウでさえもまだ採ったこともないのに啖呵を切っているような輩に対して、そりゃ周囲も冷ややかにもなるわな(笑)。今の自分だったら、『バカかぁー、おめぇ❗❓』とキレ気味で言うか、冷ややかな目で『せいぜい、お気張りやすぅ。』とでも言うに違いない。
彼はその質問に暫し考えてから『コツバメって、普通種だけど何処にでもいるってワケじゃないんだよなあ…。そこに行けば絶対採れると云う有名な場所も特に無いんじゃないかなあ。』と言った。
その時は不親切な野郎だと思ったが、今にして思えば彼の言動は正しい。
コツバメなんてものはギフチョウを採りに行った折りについでに存在を認識する程度の蝶だと、後においおい理解した。コツバメだけをターゲットにワザワザ探しにいく者なんぞは殆んどいないのである。それが現状だ。だから、彼の言動は極めて真っ当なリアクションだったといえる。それゆえ、他の人にも同じ質問をしたが、的確に答えてくれた人は誰もいなかったのだろう。

コツバメを初めて採ったのは、忘れもしない大阪と京都の県境にある鴻応山(こうのやま)だった。
記録を紐解くと、葛城山に行った二日後となっている。山頂でテリトリーを張っていたのを必死で採った。頭の中に、その時の映像はシッカリと残っている。
当時はまだ、新しい蝶を採る度にいちいち指が震えていた時代だった。だから、きっとそれなりに感動して、指も震えたに違いない。振り返れば、幸せな時代だった。今や、滅多な事では簡単に感動できなくなってしまっている。去年はとうとう蝶で指が震えることは一度もなく、何とカバフキシタバ、シロシタバ、ムラサキシタバという蛾のみだった。

そういえば、山頂で陣取っていたオジサンが必死にコツバメを採るオイラを訝しげな目で見てたっけ…。
オジサンの背後の檜の枝でテリトリーを張っていたので、一応『採っていいすかっ❓』とお声掛けしたのだった。
鴻応山といえば、鴻応山型(註1)と言われるギフチョウの異常型が稀に採れることで有名な山だった。今は鴻応山型どころか、普通のギフチョウでさえも絶滅しかかっているらしい。それに現在はギフチョウの採集が禁止されている。
だからギフチョウそっちのけで必死にコツバメを追いかけている姿は、ド素人のイモ兄ちゃんにしか見えなかっただろう。しかし、その時は鴻応山型なんかよりも、圧倒的にコツバメの方が自分にとってのプライオリティーは上だったのだ。
ゆえに、まだ誰にも言ったことはないけれど、実を言うとその時は鴻応山型を採ったのにも拘わらず、羽が欠けていたからリリースしてしまった(片方の尾突が無かった)。変なギフチョウだなあとは思ったが、価値が解らなかったのだ。あとで知って、恥ずかしいので、ずっと黙っていたのだ。
こういう場合、「今更だけど断腸の思いだ」なんぞと言うべきなのだろうが、正直あまり後悔はしていない。
変異に興味が無いワケではないけれど、心のどこかで所詮は奇形じゃんかと思っているところがある。
それに当時はイガちゃん3頭伝説と言われるくらいに、3、4つ採れれば満足して(この時も普通のギフチョウは幾つか採っていた)、あとはサボってた。元々が飽き性だし、個体数よりも種類数に重きを置いていた時代でもあった。未だ見ぬ蝶に会う事が一番面白かったのさ。それは今もあまり変わっていないような気がする。だから、蝶採り三年目の年の2月に早々と海外に一人で採集に出掛けた。
国内外を問わず、自分が見たことが無い蝶は誰よりも先に最初の1頭目を採ることが精神安定剤であり、そこに最大のモチベーションがある。数の大小は二の次だ。挑まれでもしないかぎり、今でもそれほど気にはしていない。恥ずかしくない程度に採れればいいと思ってる。
とはいえ、周りから『採れる時に採っとかないと、あとで後悔するでぇ~。』と口酸っぱく言われ続けているので、前よりかは少しは採るようにはしている。それに種類数にはとうに興味を無くしているので、モチベーションを上げるためにワザと数を競うことも増えてきているような気がする。
でも、今でも真面目さには何処か欠けるところがある。とっとと帰って、温泉なり銭湯なりにでも入って汗を流し、キンキンに冷えたピールを飲む方が人生においての最優先事項だったりするのだ。

しまった。誓ったのにも拘わらず、令和に元号が変わっても悪いクセは治らない。一発目から早くも大脱線である。話をコツバメに戻そう。

文章を書いていて、改めて思った。
コツバメという和名は中々に秀逸だ。言葉に、どこか颯爽としたイメージがある。きっとツバメさんのイメージとも重なっているのだろう。
それにしても、ツバメと名がつくのにも拘わらず、コツバメには尾突(尾状突起)が無いのは、これ如何に❓
キマダラルリツバメやツバメシジミetc…とかには皆さん尾突があって、それが名前の由来になっているのだ。
んぅー(-“”-;)、コレはおそらくコツバメの♂がピュンピュンって感じで、ツバメみたく素早く飛ぶからだろう。考えても他に理由が思い当たらないので、そう云うことにしておこう。

ふと思う。もしもコツバメじゃなく、何とかシジミと云う名前だったら、きっと酷い名前で、更なる下賤な扱いを受けてるんだろなあ…。

♂の画像と裏面の画像があまりにも酷いので、標本を探すことにした。

 

(2012.4.12 兵庫県三田市香下)

 
写真は思いの外にキレイに写っているが、実物はもっとくすんだ色です。お世辞にも美しいとは言い難い。
むしろ、裏面の方が複雑な柄でカッコイイかもしんないなあ…。
でも、きっと青みの強い美麗個体だっているだろう。
展翅も今イチだし、来年は真面目にコツバメを採ろっかなあ…。

                 おしまい

 
追伸
実を言うと、文章の下書きが終わった時点で、雌雄を間違えているのに気づいた。面倒なので、このまま押しきってやろうかと考えもしたが、簡単にバレそうだし、何を言われるかワカラナイ。仕方なく大幅に書き直した。んなワケで、令和初日に記事をアップする予定が1日ズレちった。

余談だが、国外にはコツバメの仲間(Callophrys属)が結構いて、緑色の奴なんかもいたりする。

 
【Callophrys rubi】
(出展『Learn about Butterflies』)

 
美しいねぇ(⌒‐⌒)
でも表は茶色一色。コツバメの方がまだキレイだ。
分布は広く、ヨーロッパから温帯アジア、シベリアまでいるようだから、インドシナ半島の北部辺りで会えないものかなあ?
いや、蛾みたいなホソオチョウとか、品が致命的にない中国産のアカボシゴマダラを放蝶するならば、こういうのこそ放しなさいよ。きっと定着すると思うよ。
m(__)mスンマセン、冗談です。放蝶はダメでやんす。

 
【Callophrys gryneus】
(出展『Carolina Nature』)

 
おやおや、尾突があるのもいるんだね。
無茶苦茶、( ☆∀☆)カッコイイやんかー。
但し、亜属のようだ。因みに、コツバメ属には6亜属約50種類がいるもよう。
画像はアメリカ・カロライナ州のもので、分布は北米に広そうだね。

参考までに言っとくと、Callophrys属はカラスシジミに近いらしい。上位分類は、Eumaeini カラスシジミ族になっている。何となくそうじゃないかとは思ってたから、納得だすよ。

(註1)地方による地理的な変異はコレといってない

九州産のコツバメは大型で裏面地色が濃くなり、明色部と暗色部のコントラストが弱くなる傾向があるらしい。

 
(註2)ギフチョウ鴻応山型

(出展『ギフチョウ88ヶ所めぐり』)

 
(@_@;)わちゃ❗、斑紋がエラい事になっとる。
変異のタイプとしては、有名な福井県の杣山型に相通ずるところがあるかな。

次の大阪府高槻市産も、おそらく鴻応山型だろう。
京都西部から大阪北部に連なる地域で、時折採集されたようだ。

 
   (出展『ギフチョウ 変異・異常型図鑑』)

 
因みにリリースしたのは、これほど顕著な異常型ではなかった。こんだけ異様だったら、アホのオイラであってしても、いくらなんでも持って帰る。
(ToT)くちょー、今だったらリリースなんかゼッテーしない。あの時、尾突なんぞは幾らでも修理できると知っていたなら、持って帰ったのにぃー(T△T)

追伸の追伸
ふと思ったんだけど、コツバメって、何で年1化なんざましょ❓