台湾の蝶32『消えたキアゲハ 完結編』

  
        台湾の蝶32
  『消えたキアゲハ 完結編』

 
まさか3回もキアゲハを取り上げる事にはなろうとは夢にも思わなかった。でも取り上げたのには、それなりの理由があるのだ。

前回に少し触れたが、五十嵐 邁さんの図鑑『世界のアゲハチョウ』を見る機会があった。
そこにはキアゲハグループの幼生期の細密画も並んでいた。そのクオリティーの高さには驚かざるおえなかった。

 
       (出展『日本の古本屋』)

 
(出展『natsume-books.com』)

 
発行されたのは、51年前の1979年。アゲハチョウだけに的を絞った幼生期を含めた図鑑だが、当時の世界の蝶愛好家たちが度肝を抜かれたというのも頷ける。

この図鑑に触発されたのは確かだが、この時点ではまだ3話目を書くかどうかは微妙だった。
しかしその後、台湾のキアゲハの幼虫写真を漸く見つけることが出来た。それで書く気になった。
なぜだか、探しても探しても台湾のキアゲハの幼生期の写真が全然見つからなかったのだ。台湾の蝶の幼生期の解明に多大なる功績を残された内田さんの三部作(註1)にさえも、写真が載っていないのである。
ゆえに、前2回の記事中に台湾のキアゲハの幼虫写真を添付することができなかった。肝心の幼虫写真が1枚も文中に無いのは片手落ちと云うものだ。それが見つかったのだ。面倒だが、もう書かざるおえないだろう。

とはいえ、それだけでは尺が全然足りない。
折角だからこの際、併せて初回に載せたキアゲハ種群の幼虫写真と図鑑の絵図を見比べて検証していく事を思いついた。アップした幼虫写真は自分がネットで探してきたものだから、同定に疑問の残るものもあったからだ。
この図鑑の情報を加味し、もう一度全体を俯瞰して見れば、新たな地平も見えてくるかもしれない。

おさらいの意味も含めて、図鑑の成虫写真も載せて解説していこう。

 
【Papilio machaon キアゲハ】 

 

 
各亜種が並んでいるが、分布が広い分それなりに違う。と言っても、亜種にする必要性があるのか疑問なものも多いというのが現状らしい。

 
 
【Papilio machaon hippocrates 春型♂】

 
【ssp.hippocrates 春型♀】

 
【ssp.hippocrates 夏型♂】

 
【ssp.hippocrates 夏型♀】

  
日本亜種の、それぞれ春型と夏型の雌雄である。
夏型の♀は全亜種内にあって、著しく大型且つ黒っぽいゆえ、特異な位置づけにあるようだ。
我々日本人は忘れがちだが、日本は世界の極東にあり、その東には茫漠たる海原が広がっている。謂わば日本列島は、旅する命ある者の終着駅なのだ。分布の拡大を求めて移動してきた末のドン突きであり、そこにとどまるしかないのである。ゆえに独自な進化を遂げた生物も少なくない。蝶も、キアゲハ以外にも特化しているものが少なからずいるのである。それを忘れてはならない。今更ながらにそう思う。

  
(終齢幼虫)
(出展『そらいろネット』)

 
キアゲハの幼虫なんて日本の蝶屋にはお馴染みだろうが、他との比較のために幼生期の写真と絵図を添付しておこう。何事にも基準は必要なのだ。それが無ければ、比較対照とはなりえない。

お次は五十嵐図鑑の細密画。

 

 
美しい図版だ。
写真よりも味があって良い。
現代の図鑑は、殆んどが写真で構成されているから正確性は高い。だけど、面白味には欠ける。その事に改めて気づかされたよ。絵の方が想像力を掻き立てるのだ。そこには、絵画を楽しむ気持ちと相通ずるものがある。中世ヨーロッパの、絵だけで構成された図鑑なんて美しいもんね。ずっと見てても飽きない。きっと、そこに芸術性を感じているからだ。

 
(終齢幼虫)

 
キアゲハの幼虫といえば、この派手派手縞々のガチャピンみたいな終齢幼虫のイメージが強い。
実物は結構インパクトがある。❗(゜ロ゜ノ)ノ、最初はギョとしたもん。
毒は無かった筈だけど、有りそうには見えるから、まあ一種のハッタリだよね。でも、それなりの威嚇にはなるでしょう。

越冬前の秋の個体は地色の黒化傾向が強く、稀に緑色部の全く失われた個体も見られるみたいだ。但し、このような個体であっても橙色点が消失することは無いという。

 

(出展『青森の蝶たち』)

 
寒ければ寒いほど黒化しやすくなるようだ。
でも、何で寒いと黒くなんだろね❓
人間は暑い季節になるとメラニン色素が増えて肌が黒くなるのに、それって逆じゃんか。
あっ、(・。・)そっか、黒くなることによって太陽熱をより吸収しようという作戦かえ?
だとしたら、納得じゃよ。皮膚の色を自由に変えられたら、マイケル・ジャクソンもあないな苦労をしなくても済んだのにね。
 
幼虫は全部で4回脱皮を繰り返して姿を変えながら、やがて5齢(終齢)となり、その後、前蛹を経て蛹となる。

 

 
各齢が2つずつ描かれており、上から見た俯瞰図と横から見た側面図が並んでいる。
3齢の途中までは黒っぽい。これは鳥の糞に擬態しているからだと言われている。糞に化けるとは、お主やるな。ウンコ💩に化けるなんて発想は、人間様には目から鱗だよ。

それにしても4齢幼虫が4齢幼虫らしくないなあ。
4齢は、もっと白っぽかった筈なんだけどなあ…。

 

(出展『我が家の家の生き物たち』)

 
或いは図鑑に図示されているものは、終齢に脱皮する直前の幼虫かもしれない。

 
(出展『蝶の図鑑~今日の蝶』)

 
脱皮が近づくと、見た目が次第に終齢幼虫に似てくるのである。これって「おいら、ゼッテー終齢幼虫になるけんねっι(`ロ´)ノ!」と云う強い意志の表れかもしれない。
おっちゃん、「女の一念、岩をも砕く」と一人ゴチて、勝手に笑う。阿呆である。それに使い方が今いちズレとるがな。

因みに、各種、各亜種の幼虫の食草については第2話『続・消えたキアゲハ』に詳しく書いたので、今回は割愛します。気になる人は遡って前の文章を読んでくだされ。
それで思い出したんだけど、そういえば日本のキアゲハを飼っていた人が言ってた。庭にセリとパセリを植えておられるんだけど、幼虫はセリよりもパセリの方を圧倒的に好むらしい。キアゲハの食草といえばセリ科だから、てっきりセリの方が好きかと思いきや、そうじゃなかったって云う話だね。
まあ、日本ではたまたまセリが科の代表になったと云うだけだろうから、よく考えれば不思議でも何でもないんだけどね。

 

 
左上が卵、真ん中が幼虫各齢の頭部正面で、右上がその肉角だ。
肉角とは天敵に襲われそうになった時に、頭からニョキッと出すヤツだね。そこから柑橘系の嫌な匂いを発する。天敵に対して、あんま効果があるとは思えないけど、実際はどうなのかな?
まあ、こんなのを急にニョッキリ出されて、しかも臭かったりしたら、結構引くかもしんない。少なくとも、小学生のアッシはビックリした。

 
(蛹)

 
夏季の蛹は緑色で、越冬する蛹は茶色になるのは周りの環境と同化する為だ。これはよく知られた事だけど、改めて考えてみると、そんなことが出来るだなんて凄いよね。よくよく考えてみれば、神秘的だよなあ…。
だってさー、1回体内をドロドロに溶かして、全く違う形に再形成するってワケでしょ❓
異能戦士かよ。レインボーマンとか、そんな技を持ってなかったっけ?
現代人は当たり前の知識として、芋虫から蛹、そして蝶へと大きく姿を変えることを誰でも知ってはいる。だけど冷静になって考えてみたら、全く違う姿・形に変身できるだなんて驚愕モンである。不可思議としか言い様がない。昔の人たちが蝶を霊的な存在として崇めていた気持ちがよく解る。これはリーインカネーション、輪廻転生という思想とも繋がっているに違いない。

 

 
もう1つ色の違う蛹が図示されているが、よくワカンナイ。

図版にある各亜種を紹介する前に、イメージが湧き易いように改めてキアゲハの分布図を載せておこう。
キアゲハの分布は、とても広いのだ。それを踏まえて、読み進んでもらいたい。

  

 
キアゲハの分布は北半球に広く、ヨーロッパからシベリアを経て、北米にまで達している。これはきっと地史とも関係がありそうだが、壮大になるのでこれ以上触れないようにしよう。

ところで、キアゲハの祖先種は何処で誕生したのだろうか❓
それも調べた限りではワカラナイので、そもそも地史と照らし合わせて論じることには無理があるよね。迷宮に彷徨うことになりそうなので、やっぱアンタッチャブルにしておこう。首を突っ込んだら、ロクなことになりそうにない。

それでは各亜種を並べてみよう。
因みに一旦は図版の番号順に並べて各個体の解説をしてみたが、書き進めれば進めるほど不都合が生じてきた。で、その殆んどを入れ替えざるおえなくなった。番号順だと、各亜種の関連性が無茶苦茶になるのである。説明があっちこっちに飛び、相前後しまくって全く系統だてて書けないのだ。
理由は、図版内に上手く蝶をおさめる為だとか、美しい並びにしたかったのかなとも思ったが、たぶん五十嵐さんは、あんましキアゲハの分類については詳しくなかったのではないかと思う。
いや、そう云う言いぐさは後出しジャンケンみたいでヨロシクない。50年前なんだから、情報量は今よりも格段に少なかった筈だ。これでも当時の知識としては、きっと最高レベルだろう。大部分の蝶屋が、世界には様々なタイプのキアゲハがいるという事すら知らなかったに違いない。しかも、当時は多くの亜種が乱立していて、分類も錯綜していただろう。そんな時代に各亜種間の関連性まで理解して並べろというのには無理がある。順番が無茶苦茶なのも致し方ないだろう。
おかげで随分と苦労したので、いささか口が滑りもうした。五十嵐さん、ごめんなさい。

気を取り直して、次は台湾産のキアゲハである。

 
 
【ssp.sylvinus 夏型?♂】

 
【ssp.sylvinus 夏型?♀】

 
台湾産も特化している。
小型になり、翅形が縦長で上翅外縁の黒帯が細く、内側がギザキザになる傾向がある。

上翅の基半部が黒っぽくないので、おそらく夏型かと思われる。台湾のキアゲハは日本と逆で、春型が黒っぽくて、夏型の方が明るい色をしているのだ。
っていうか、世界的にはそっちの方が当たり前らしい。日本など極東地域だけが逆で、夏型の方が黒っぽくなるのだ。

 
 
【ssp.gorganus ♀】

 
フィンランド産とある。
黄色くて、別種と見紛うばかりの出で立ちだ。
(◎-◎;)何じゃ、こりゃ❗❓ もうここは、藤岡図鑑(註2)の力を借りるしかあるまいて。

スカンジナビア半島などの北方では、前翅亜外縁の黒帯が細くて一様な太さで、外側に寄っている。また、翅脈上の黒条が極めて細い。写真の個体は究極的に黒条が細くなった個体だから、矢鱈と黄色く見えるのだろう。
ヨーロッパの他地域は通常年2化の発生だが、この地域とイギリスのみが年1化だという。

エラー(Eller 1936)やセイヤー(Seyer 1982)は、これを別亜種 ssp.lapponicus としているが、明確に亜種として区別できない個体も多く、分布の地理的区分も不明確のようだ。
五十嵐さんは亜種名を ssp.gorganus としているが、原記載亜種のタイプ産地はスウェーデンだから、フィンランドとは近い。亜種名は、ssp.machaon machaon が妥当かと思われる。

 
 
【ssp.gorganus ♂】

 
これもフィンランド産と同じく ssp.gorganus としているが、コチラはドイツ産とある。フランス産などもこの亜種に含まれるようだ。
フィンランド産と同様に、前翅表面亜外縁の黒帯が細く、一様な太さで、翅脈上の黒条が細い傾向があるとされる。それゆえ、五十嵐さんは両方とも同じ亜種としたのだろう。つまり、この gorganus の特徴がより進んだものがフィンランド産だと考えられたと推測される。だから、同じカテゴライズに入れたのだろう。
でも、そんなに黒帯は細いとは思えないし、一様な太さでもないよなあ…。

この他にもヨーロッパのキアゲハには多くの亜種名が与えられてきたが、何れにせよ斑紋は連続的で明確な分布の線引きが出来ないようだ。
そんな事から近年では、ライレーとヒギンズ(Riley &Higgins 1971)が提唱したように、ヨーロッパ全体を一つの亜種とする見解が主流となっている。藤岡さんも同じ見解で、その上でヨーロッパ亜種を3つの準亜種に区分(註3)しておられる。

 
 
【ssp.britanicus ♂】

 
イギリス産。
英国本土の土着個体は対岸の大陸産に比べ、前翅表面亜外縁の黒帯が太く、波状となり、翅脈上の黒条も太い。藤岡さんはこれに加えて、前翅の形に丸みがあって、尾状突起が短いという特徴も挙げておられる。

年1化が普通だが、気温の高い年には部分的に2化目が発生する。対岸の大陸側は年2化が基本だから、緯度的に変わらないのにも拘わらず年1化なのは、見てくれの違いだけでなく、生態的にも特異なものである事を示している。
しかし、大陸側のフランスから迷蝶として飛来することがあるようで、その上、大陸産を飼育して放蝶する例もあって、血が混じってきているらしい。そのせいなのか、最近では純粋な britanicus は姿を消しつつあるそうだ。また、2化目の発生例も増えてきているという。
藤岡図鑑の刊行は1997年だから、この記述からもう22年もの時が経っている。現在ではどうなっているのだろう❓何も対策していなければ、大陸産に呑み込まれてブリタニカスは確実にこの世界から消えているか、消えつつあるだろう。だとしたら、嘆かわしいことだ。
これって、遺伝子汚染の典型じゃね❓
放蝶は蝶を増やして野に放つワケだから、美談になり易い。しかし、一見その善に見える行為が如何に悪なのかが、この例でよく解るよ。そんな事をすれば、地域に固有なものがこの世から永遠に消えてしまうと云うことが解っちゃいないのだ。善だと思って頑張ってやってる奴が、一番始末に悪い。正義を振りかざす奴が、意外と手強いのと同じだ。そう云う人は論理的に説明しても、大概が納得してはくれないのだ。

 
【ssp.oreinus ♂】

 
標本写真の産地は、Altay U.S.S.R とある。
これはたぶんアルタイ山脈のことで、そのソビエト連邦側で採集されたものであろう。
一瞬、U.S.S.R って何だっけ?と思ったよ。改めて図鑑の古さを実感したね。今時の子は、かつてソビエト連邦という国があったことすら知らないかもしんない。

この亜種は、現在は中央アジア亜種 centralis に吸収されているようだ。コチラも両者の斑紋が連続的に繋がり、亜種として明確な線引きが出来ないからだろう。

 
 
【ssp.oreinus ♂】

 
【ssp.oreinus ♀】

 
これらもソビエト連邦産と同じく ssp.oreinus という亜種名になっている。
採集地は両方ともアフガニスタンとある。
相変わらずアフガンに入国するのは難しいだろうし、ましてや山野で網を振るだなんて死ぬ覚悟がないと出来ないだろうから、今や貴重な標本かもしれないね。

これらも同じく中央アジア産の亜種 ssp.centralis のタクソンに含まれる。
トルキスタン、サヤン、タジキスタン産にも亜種名がつけられているが、地中海地方と殆んど変わらない個体もあり、変異は東ヨーロッパ、南ロシアを経て完全に連続的で、ヨーロッパを一つの亜種とするならば、これらの地域も同一亜種とすべきだと考えられている。ひいてはヨーロッパ産をもひっくるめて一つとし、ssp.machaon machaon とする研究者もいるようだ。

 
 
【ssp.annae ♂】

 
産地はブータン。
黒っぽくて、尾状突起が短い。
亜種名が「annae」ってなっているが、これってどう見ても高地に棲む異質な集団で、別種に分けられたタカネキアゲハ(Papilio sikkimensis)だよね❓
たしかタカネキアゲハの分布域にブータンも入っていた筈だよな。別種として記載されたのは、五十嵐図鑑の刊行後だから、藤岡さんによってまだ分類が整理されていなかったかと思われる。たぶん、それまではブータンの個体群は、この亜種名が宛がわれていたのだろう。テキトーに言ってみたから、本当のところはよくワカンナイけどさ。
マズい。集中力が切れてきた。あとでちゃんと調べなおそう。

 
 
【ssp.sikkimensis ♂】

 
ネパール産とある。学名からすると、これが別種となったタカネキアゲハ(Papilio sikkimensis)だね。
でも、黒っぽくないし、尾状突起も短くない。むしろ尾突は普通のキアゲハよりも長いくらいだ。いや、単に細いから長く見えるだけか…。いやいや、ミャンマーなどの標高2,500m前後に棲む超長尾型ほどでないにせよ、充分に長い。
タカネキアゲハは変異幅が多いというし、厳密的に精査すれば、その変異はキアゲハと連続的で別種とは言い難くなるかもしれない。遺伝子解析の結果でも、キアゲハと同じだとする見解もあるしね(註4)。
キアゲハの分類は今も研究者によって見解がバラバラだ。他の各亜種間も見た目の違いは連続的に推移するものが多いから、亜種を廃して全部同じものだとする研究者もいるくらいだ。ようするに曖昧でワケわかんないのである。

 
【ssp.punjabensis ♂】

 
インドとしか書いてなかったが、学名からするとパンジャブ州で得られたものだろう。
しかし、ssp.punjabensis で調べてみてもヒットしない。藤岡図鑑には、ssp.pendjabensis というのがあるから、おそらく五十嵐さんの誤記であろう。
そう思ったのだが、確認し直したら、punjabensis というのも少数ながらあった。だから、五十嵐さんは他の人の誤記をそのまま使ったのかもしれない。或いは punjabensis はシノニムなのかもしれない。

この亜種を調べている仮定で、問題のタカネキアゲハ的なものも含めて疑問が解けた。
亜種 pendjabensisは、annae、sikkimensisと密接な関係にある。この辺の話は物凄くややこしいのだが、頑張って説明してみようと思う。

どうやら pendjabensis は亜種 asiaticus という種群に含まれるようだ。annae も同じくこの種群に入れられている。他に emihippocrates と云う亜種も此処に含まれている。これらは皆、Hindu Kush(ヒンドゥークシュ)、Karacoram(カラコルム)、Himalayas(ヒマラヤ)などの低地に同所的に分布するとされてきた。そして尾状突起の長いものを ssp.pendjabensis、短いものを ssp.annae として区別していた。
五十嵐さんは、それを踏まえて短尾型をssp.annae、長尾型をssp.pendjabensisとしたのであろう。
しかし、実際は短尾型は3,000m以上に棲み、低地には分布しておらず、それが混乱に拍車をかけた。
加えて問題をややこしくしたのは、当時の分類研究の大家であったタルボット(Talbot)が、春型と夏型を混同し、両者をそれぞれ別々な亜種としてしまったことだ。
asiatica はエベレスト西方の谷(Longshar valley)が基産地だが、同地の標本を検したタルボットは前後翅の黒帯が幅広く全体的に黒いものを asiatica とし、黄色い部分が広くて上翅基部が黄色鱗粉に覆われているものを中央アジア亜種の centralis とした。しかし、彼が asiatica としたのは春型で、centralis は夏型にしかすぎなかった。ようするに、これらは同じもので、その季節型でしかなく、当然ながら亜種とはなり得ない。
タルボットは更に長尾型の pendjabensis がパンジャブからクマオン、emihippocrates がネパール、短尾型の annae がシッキムからブータンに分布するとし、斑紋が異なるものが異所的にいるかのように書いた。だが、長尾型と短尾型は標高で生息を異にしているだけで、実際は同じ地域に分布しているし、長尾型同士に明確な差は見出だせない。

後にディール(Deal1977)は asiaticus がヒマラヤ南斜面の低地型キアゲハと見なすべきと論証し、更に従来は短尾型キアゲハの亜種名として用いられてきた annae も長尾型でしか有り得ないことを証明してみせた。
前述したが、つまり短尾型と長尾型は同所的に標高で棲み分けており、3000m以上に短尾型、それ以下には長尾型が棲息しているというワケだね。
そして、3000m付近では両者が混棲し、中間型が見られないことから、藤岡さんはこの短尾型を別種と考えた。で、ディールの考証に従って他の地方も含めて短尾型といわれるキアゲハの特徴を全て持ったキアゲハの中で最も古い学名を用いて新種タカネキアゲハ Papilio sikkimensis(Moore 1884)として記載したというのが当時の流れだろう。
因みに、藤岡さんは原記載亜種の産地にシッキム、雲南省を挙げている。

一応、タカネキアゲハの分布域も書いておこう。
分布の西限はパキスタン西部のバルチスタン北方で、パキスタン最西北のチトラール地方から東へはカラコルム山脈、ヒマラヤ山脈沿いに広く分布し、ヒマラヤ山脈が南限となる。北はパミール高原及びチベット高原、天山山脈、そして東は中国の雲南省、四川省、甘粛省、青海省に至るまでの高地に分布している。
それにしても、驚くほどに分布域が広いんだね。

バルチスタンとかチトラールとか懐かしいなあ…。
と云うことは、タカネキアゲハはギルギットなんかにも棲んでるんだろね。
いや、ギルギットはそんなに標高は高くなかった筈だ。思い返せば1,500mくらいかな。ならば、フンザ辺りか? でも一応調べてみたら、たったの2,500mくらいしかない。ちょっと歩いただけで息切れしたから、だいぶと空気が薄かったと感じたけどなあ…。すると、ススト辺りまで行かないといないってワケか。スストで泊まった時に眠れず、一人夜中に外に出た時の記憶が突然フィードバックしてきた。冴え冴えとした月光が水の無い河原に降り注ぐ様は、まるで別な天体にいるかのようだった。凄絶なまでに美しく、恐ろしく寂しい風景だった。

五十嵐図鑑に示された個体は、おそらくネパールでも低標高地で得られたものだから尾状突起が長いのだろう。つまりこれは厳密的にはタカネキアゲハではない。きっと採集された場所がネパールというだけで sikkimensis としたのだろう。
因みにネパールのタカネキアゲハは産地からすると、ssp.rinpoche(Wyatt,1959)という亜種となる筈だ。しかし、五十嵐図鑑の個体の見た目はどちらかというと原記載亜種 sikkimensis sikkimensis に近いような気がする。

ssp.pendjabensis(Elmer1985)だが、パンジャブ州がタイプ産地ではなく、Dehara Dun(デヘラードゥーン)とAllahabad(イラーハーバード)となっていた。
デヘラードゥーンは、日本語では「デーラドゥン」や「デラドゥン」と表記される事も多いインドのウッタラーカンド州(旧ウッタラーンチャル州)の暫定州都である。パンジャブ州と隣接し、その東側に位置する。
一方、イラーハーバードは、英語名称に由来するアラーハバードという表記されることが多いインド北部ウッタルプラデーシュ州の都市で、テラドゥンの東南にある。ようするにパンジャブ州、ウッタラーカンド州、ウッタルプラデーシュ州は連なっており、何れもヒマラヤ山脈の麓にあるのである。つまり、亜種 pendjabensis も低地の長尾型キアゲハということになる。
但し、ssp.annae や ssp.asiaticusとは、現在どういう風に関連づけされているのかはワカラナイ。
しかし、たぶんこれらは皆同じもので互いに区別できず、どれか一つの亜種名(asiaticus?)に集約されて、他はシノニム(同物異名)として使用されなくなっているものと思われる。
以上、ザックリで説明したから、細かいところは間違っているかもしんないけど、大まかにはそう云うことだろう。

パンジャブ州はインド北西部にあり、パキスタンと国境を接している。
ついでに言うと、パキスタン側の州もパンジャブ州である。今更ながらに、パキスタンはインドから独立したんだなと思い起こさせられる。つまり、それによってパンジャブ地方は分断されたって事なんだね。

昔、パキスタン側の国境の街ラホールからインド側の国境の街アムリットサルへと旅したことがある。この国境は、しょっちゅう突然閉鎖されることで有名で、ビクビクしながら国境越えした事を思い出す。
そういえばアムリットサルといえば、誇り高きシーク教徒の聖地だったな。着いて煙草を吸ってたら、デカいシーク教徒に「ここで煙草を吸うな。」と威厳に満ちた態度で、たしなめられたっけ…。シーク教徒は、みんな大柄で誇り高き戦士なのだ。
まだその頃は蝶採りなんぞしていなかったから、キアゲハの存在くらいは知ってはいたものの、こんなところにまで分布しているだなんて考えもしなかった。
思えば人間にも多くの民族がいて、それぞれ見てくれは違ったりするから、いわば亜種だらけだ。でも、その境界はキアゲハと同じで曖昧だ。何だかそう思うと、種の定義って何なんだ❓と思うよ。ワカラナクなってくる。

何だか結びの文章みたくなっちゃったが、先はまだ長い。気をとり直して次の図版に移ろう。

 
  
【ssp.schantungensis ♀】

 
標本の産地は熱河省とあった。
熱河省❓そんな省、中国にあったっけ❓
これは流石に調べた。それによると「ねっかしょう」と読み、かつて存在した省らしい。中華民国の時代にうまれ、満州時代を経て中華人民共和国の時代に入っても存続したが、1955年に廃省となったようだ。場所は現在の河北省、遼寧省及び内モンゴル自治区の交差地域に相当するみたいだ。

 
  
【ssp.chinensis ♂】

 
これも同じく中国産のキアゲハ。学名もいかにも中国って感じだ。でも、産地は特に記されていなかった。
どうやらこの亜種は、上の亜種 schantungensis に集約されているようだ。schantungensis は東中国が基産地だから、ということは中国のド真ん中、もしくは南部辺りのキアゲハなのかな?

 
 
【ssp.orientis ♂】

 
標本の産地は、Manchuria 北部大興嶺。
これはおそらく大興安嶺山脈の事を指しているものと思われる。この山脈は火山山脈で、中国北東部、ロシア、モンゴルとの国境に沿って南北約1,200㎞にわたって連なっている。どんな所か今一つ想像がつかないが、想像するにきっと厳しい環境なのだろう。キアゲハは乾燥地帯や湿潤な温帯域、低地から高山地帯と、色んな環境に適応できたから、分布を世界に広げることが出来たんだろうね。

摸式産地はサヤン山地。シベリア、北ロシア、ウラル山脈などに分布し、藤岡さんも別亜種として扱っている。
英語の産地表記には、polar(極地)という言葉があるから、北極圏にまで分布しているものと思われる(註5)。
強えぜ、キアゲハ。だったら何で台湾では消えてしまったのだろう❓

 
  
【ssp.sachalinensis ♂】

 
【ssp.sachalinensis ♀】

 
サハリン産のもので、遺伝子解析では日本の北海道産に極めて近いようだ。

これら解説してきた亜種の幼虫の見てくれは、日本のキアゲハと殆んど変わらないようだ。但し、タカネキアゲハは保留としておく。調べた限りでは、幼生期の解明がなされていないからだ。高地に棲む特異なキアゲハだけに、見てくれに大きな違いがある可能性はある。もしも特異な幼虫ならば、遺伝子解析の結果がどうあれ別種とすべきだと思う。遺伝子解析による分類が絶対ではないと考えているからだ。見た目が同じなのに、遺伝子解析では別種という結果が出ている昆虫も最近は少なくない。目で見て全く区別できないものなんて、そんなもんに果たして名前をつける意味があるのかね❓分類とは本来、人間が生物を区別するために生まれたものだ。それを忘れたら、本末転倒だと思う。見た目で判別できないものは、同種でいいじゃん。徒(いたずら)に遺伝子解析の結果を重視するのは混乱を引き起こすだけじゃないか(# ̄З ̄)

 
ここからはキアゲハの亜種、もしくは近縁の別種とされるが、幼虫形態が違うものです。

 
 
【Papilio saharae ♂】

 
【Papilio saharae ♀】

 
【Papilio saharae ♂ 】

 
【Papilio saharae ♀ 】

 
上2つが北アフリカのアルジェリア産。下2つが地中海のマルタ諸島産である。
アフリカではサハラ砂漠北側の500~2,000m以上の山岳地帯に棲み、西からモロッコ、アルジェリアを経てチュニジアに続くアトラス山脈とリビア北東部のアカダール山地が確実な産地であるが、地中海沿いの他の場所でも迷蝶として採集されることも多いという。

年1化で2~5月に発生する地が多いが、環境の厳しくない場所に適応した産地では、年2~3回発生するところもあるという。

コヤツは従来キアゲハの亜種扱いだったが、後に別種に分けられたものだ。理由はヨーロッパのキアゲハと混棲している場所が見つかったからみたい。つまり、既に生殖的には種として分化していると云うワケだね。しかも、キアゲハが草原などの穏やかな環境を好むのに対し、サハラキアゲハはガレ地や砂漠の中のオアシスを好むというから、生態的にも差違がある。
でも、コヤツもタカネキアゲハと同じく遺伝子解析では同種という判定が出ているんだよね。

そういえばモロッコのカサブランカから内陸のマラケッシュにバイクで移動した時に見た風景は壮大だったっけ…。時刻は夕暮れ間近で、荒涼とした大地の向こうに茶色い山々がデーンと連なっていた。そこには見渡す限り道路以外の人工物は全くなく、時間が止まったかのようだった。バイクを走らせているのに、全てがスローモーションのように見えた。今でも、あれは本当に見た景色なのかと思うくらいに幻想的だった。今、自分は日本から遠く離れた土地にいるんだなと実感したのを思い出す。
あそこには、きっとサハラキアゲハもいた筈だ。

 
幼虫はこんなのである。

 
(出展『wildisrael.com』)

 
おそらく左下が4齢幼虫で、左上が終齢幼虫だろう。
かなりキアゲハとは見た目を異にする。
しかも、幼虫はキアゲハが好む食草であるセリ科 Ferula communis(オオウイキョウ)やFerula vulgare(フェンネル)を好まず、同じセリ科だが、Deverra chioranthus、Deverra scopularia、Saseli varium などを食する。これも別種とする理由になったようだ。遺伝子解析がどうあれ、別種説を推したいところだね。
因みに、五十嵐図鑑には成虫写真を4個体も載せているのに、残念ながら幼虫の絵は図示されていなかった。

 
 
【ssp.aliaska ♀】

 
北米大陸のキアゲハで、アラスカ亜種とされる。

 
(終齢幼虫)
(出展『Butterflies and Moths of America』)

 
幼虫は初回の時に上の画像を添付したが、同定に自信が持てなかったので他の画像も探した。けれど画像は少なく、漸く見つけたものは有料だったので添付はパス。でも特徴は同じなので、この画像で問題ないと判断した。

キアゲハの幼虫と基本的なデザインは同じだが、決定的に違うのはオレンジの部分が黄色に置き換わっているところだ。しかし、別種レベルという程の相違は無いだろう。ここは五十嵐さんの見解を知りたかったところだが、残念ながら図鑑には絵図も解説も無かった。

さらに次ページの図版へと進もう。

 

 
左と真ん中の縦1列が北米大陸のキアゲハグループだ。黒いものが多いので、かなり異質に感じる。
特に♀が黒くなるものが多いようだ。これは体内に毒を持つアオジャコウアゲハに擬態していると言われている。ようは擬態することにより、鳥の捕食から免れるためだね。
おそらくユーラシア大陸のキアゲハがシベリアから北米大陸に渡り、独自の進化を遂げたものだろう。
何となくそれは理解できる。だが、ではなぜユーラシア大陸のキアゲハはそういった擬態的進化を指向してこなかったのだろうか❓
ユーラシアにも毒を持つジャコウアゲハやアケボノアゲハの仲間は沢山いる。しかし、それに擬態したキアゲハは自分の知る限りではいない。それはどうしてなの❓ 擬態した方が生き残る確率は上がる筈だけど、ユーラシアのどの地方のキアゲハもその戦略を選ばなかったということになる。
とはいえ、何でもかんでも擬態で片付けるのは、どうよ❓安易過ぎないか。そもそも北米のキアゲハは本当にアオジャコウに擬態してんのかな❓ 幼虫の食いもんの違いや極地やアラスカの厳しい環境を潜り抜けてきたせいで黒化しちゃったら、たまたまアオジャコウに似てましたーってな事って無いのかな❓ 果たしてアオジャコウの分布と黒いキアゲハの分布ってビッタリ重なるの❓ 自分も困ったら擬態を持ち出す傾向が強いから、大きなことは言えないけど、一考の余地はあると思う。

  
【Papilio machaon bairdii ♂】

 
【Papilio bairdii ♀】

 
標本はアメリカ・カリフォルニア州産のもの。
以下、他にもカリフォルニア州産のものが多いので、混乱を避けるために分布図も添付しておこう。

 

 
図鑑ではミヤマキアゲハという和名が付与されているが、あまり使われていないようだ。少なくとも、自分は聞いたことがない和名だ。
五十嵐さんは学名を Papilio bairdii としているから、キアゲハとは別種と考えていたみたいだね。しかし、藤岡さんはコレをキアゲハの亜種に含めた。

それでは幼生期を見てみよう。
初回時に添付した画像はコレ。

 
(出展『Butterflies and Moths of America』)

 
図鑑の絵図と見比べてみよう。

 
(終齢幼虫)

 
微妙に違うが、基本的には合っていそうだ。
どうやら地色が緑色ではなくて、青いのが最大の特徴みたいだね。

 
(幼生期全ステージ)

 
キアゲハに極めて近いものだと思われるが、若齢期は黒ではなく、茶色。そして、4齢が白くなると云うのが特異だ。でも白くなる意味が全然ワカンナイ。白くなって得する意味ってある?

  
(4齢幼虫)

 
藤岡さんはキアゲハ(P.machaon)に含めたが、こうなると別種の可能性も有りうる。

 
(幼虫の頭部)

 
顔も青っぽいね。
実物を見ないと何とも言えないが、キアゲハの幼虫よりかはおぞましく無い。キュートで、ちょっとお洒落感さえある。

 
(蛹)

 
特に変わったところは無さそうだ。
一見したところ、キアゲハの蛹と区別がつかない。
しかし解説を見ると、頭部の突起が極めて短いという。言われてみれば、そうかもしんない。

 
 
【Papilio rudikini ♂】

 
コチラも標本はカリフォルニア州産だ。

 
(分布図)

 
和名は図鑑ではアリゾナキアゲハとなっているが、別名コロラドサバクキアゲハとも言われ、現在は次に紹介する Papilio polyxenes の亜種(ssp.coloro)とされている。
狭義のコロラドサバクキアゲハ Papilio rudikini は砂漠に限って棲息する種で、黒い型はおらず、黄色い型のみしかいないみたい。
これは以前はキアゲハの亜種 bairdii と考えられていたが、種間雑交の研究結果、別種 P.polyxenes に極めて近い事がわかった。それが polyxenesの亜種とされるキッカケとなったようだ。

polxenesの亜種とするならば、分布域は広がり、黒くなるクラーキ型が東部に行くほど増え、逆に西では黄色い型が増えるという。

 
(幼生期全ステージ)

 
色も斑紋も、キアゲハとはかなり違う印象をうける。
サハラキアゲハと似ているかも…。キアゲハとは別種とされるのも納得がいく。

 
(終齢幼虫)

 
(頭部と肉角)

 
卵が写っていないが、キアゲハと同じく淡い黄色である。

 
(蛹)

 
夏型の蛹の色が、キアゲハと比べてくすんだ緑色だ。背中に黄色い部分も無い。やはり別種くさいな。

 
 
【Papilio polyxenes ♂】

 
【Papilio polyxenes ♂】

 
【Papilio polyxenes ♀】

 
まさに黒いキアゲハだ。和名がクロキアゲハなのも理解できる。標本は全てミシシッピー州産になっているが、分布は広い。

 

 
この分布図と先のアリゾナキアゲハの分布図を重ね合わせたものが、Papilio polyxenes(クロキアゲハ)の分布になると云うワケだね。

ではでは、幼虫さんの画像。

 
(幼生期全ステージ)

 
(終齢幼虫)

 
(各齢図)

 
(幼虫の頭部)

 
顔が黄色い。アリゾナキアゲハは4齢の顔が黒かったけど、こっちはキアゲハ的な顔だ。
とはいえ、総合すればアリゾナキアゲハと殆んど同じである。アリゾナキアゲハがクロキアゲハに吸収されたのも致し方ないだろう。

 
(蛹)

 
蛹は何故か越冬仕様のものしか載っていなかった。
夏も茶色だったりしてね(笑)。
図鑑には、蛹頭部の突起がキアゲハよりも細長く尖り、両突起間の中央は顕著に凹むと書いてあった。

あっ、そういえば初回で添付した画像を載っけてなかったね。

 
(出展『Butterflies and Moths of America』)

 
(◎-◎;)❗❗ゲロゲロー。
全然、違うやん❗❗❗❗
黒くなくて、Papilio machaon aliaska アラスカキアゲハ的やんかー(|| ゜Д゜)
もうワケわかんねぇぞー❗Σ(×_×;)❗

ネットで、Papilio polyxenes の写真を探しまくる。
それで漸く見えてきた。

 

 

 

 

 
黒いのもちゃんといるのである。
そして、キアゲハ的なオレンジ紋の奴までいる。

 

 
若齢幼虫も色々なタイプがいる。

 

 

 

 

 
どれがどれだかワカンナイけど、たぶん画像には緑色タイプと黒いタイプの若齢幼虫が混じってると思う。
ようするに、この Papilio polyxenes という種は多型が生じるタイプなのだ。そういえば初回にそんな事を書いた記憶が甦ってきたよ。同じ場所に黒いタイプと緑色のタイプの幼虫が混在するみたいな事を書いた筈だ。
あ~、三歩あるけば忘れてしまう鶏アタマ振りを見事に露呈してしまったわい。ちゃんと初回をシッカリ読んでから書けよなー(  ̄З ̄)。性格の問題点まで露(あらわ)にしちまっただよ。
と言いつつ、読み直すつもりはサラサラ無い。あんなクソ長い文章なんて、我ながら読みたくないのだ。
ともあれ、コヤツにキアゲハという種の根本的な特性のヒントが隠されているかもしれない。多型化しやすいがゆえに、各地で独自に形態変化が進みやすいのではなかろうか❓

 
【Papilio zelicaon ♂】

 .
【Papilio zelicaon ♀】

 
キアゲハ(P.machaon)っぽい。パッと見はキアゲハにしか見えない。
見ていると、画像は黄色いタイプが多いので、黒いタイプはいないのかと探してみたら、ユタ州なんかには黒いのもいるらしい。

五十嵐さんは別種としてアメリカキアゲハという和名をつけているが、藤岡さんは P.polyxenes の亜種とし、これら polyxenes種群にヤンキーキアゲハという和名を与えている。和名って、ホントややこしいや。

標本は2点ともカリフォルニア産となっている。
分布は特異な形で、主に西側沿岸に偏り、一部が内陸部にも侵入している。

 

 
初回で添付した画像はコレ。

 
(出展『Butterflies and Moths of America』)

 
黒いタイプなのかと思いきや、キアゲハ的である。
第4~7腹節亜背線には左右1対の顕著な突起を有するようだ。

 

 

 

 

 
(出展『Butterflies and Moths of America』)

 
調べてみたが、どうやらコヤツらには黒いタイプの幼虫はいないようだ。基本は緑色のオレンジ紋型で、黄色紋型もいるようだ。これは、どう解釈すればいいのだろう❓
緑色タイプの幼虫が所謂キアゲハ的な黄色い成虫となり、黒いタイプの幼虫が黒い成虫になるとか連動性は無いのかなあ❓ユタ州なんかには黒いタイプの成虫がいるそうだから、そこには黒い幼虫も存在するとか無いのかね❓ キアゲハとクロキアゲハは同種で、黒いタイプの幼虫が別種に分化する途上にあるのかもしれないとは考えられないだろうか…。
でもなあ…。当然、アメリカのキアゲハの遺伝子解析も終わっている筈だろうけど、論文が見つけられないので何とも言えない。
あー、これじゃダメだ。各種が交雑している場所もあるとか何とかと自分で書いた記憶もあるぞ。もう、これは初回を読み直すしかあるまい。

ザアーッと読み直しましたよ(  ̄З ̄)
どうやらクロキアゲハとキアゲハが交雑している地域も一部にはあるらしい。ということは両者は非常に近い類縁関係にあるということだ。と云うことは自分の推論も、そう大きくハズレてはいなかったワケだ。でも、論はそこから発展していかない。
考えても仕様がない。次へ進もう。

 
 
【Papilio alexanor ♂】

 
【Papilio alexanor ♀】

 
コチラは北米産ではなく南フランス産で、ヨーロッパから中央アジアにかけて分布する。この南フランス産が原記載亜種かと思われる。和名はトラフキアゲハで通っている。

一見するとキアゲハの仲間に見えるが、よく見ると毛色はかなり違う。上翅の斑紋のパターンがキアゲハとは異なり、どちらかと云うと北米のトラフアゲハ類に似ている。だが幼虫はキアゲハ的で、食草もキアゲハと同じセリ科だから長年キアゲハの仲間とされてきた。しかし近年のDNA解析の結果、キアゲハの仲間では無い事がわかってきている。

 

【Papilio alexanor orientalis ♂】

 
【Papilio alexanor orientalis ♀】

 
U.S.S.R 産とあるから、旧ソビエト連邦のものだね。分布の東端の亜種だろう。

 
【Papilio alexanor hazurajatica ♂】

 
コチラはアフガニスタン産だ。これにも亜種名がついている。

 
(幼生期全般)

 
確かにキアゲハの幼生期に似ている。
特に終齢幼虫なんかは似ているように見える。

 
(終齢幼虫)

 
けれど詳細に見ると、かなり違うことに気づかされる。先ず卵の色が黄色ではなく、青い。キアゲハは3齢まで鳥の糞に似るが、コヤツには糞に模した真ん中の白い帯が無い。

 
【各齢幼虫】

 
また、4齢幼虫が白くなるという特徴もある。一瞬、アラスカキアゲハ(Papilio machaon bairdii)の4齢幼虫のことが頭を掠めたが、他人の空似だろう。直接の類縁関係は無いと思われる。

 
(4齢幼虫)

 
(幼虫の頭部と肉角)

 
頭部はキアゲハに近いね。

 
(蛹)

 
だが蛹には凹凸が無く、明らかに系統が違うことを示している。別種であることは間違いない。下手したら亜属に分類されてもいいくらいに離れている感じだ。

次がキアゲハ関係の最後のページである。

 

 
2種が混じっているが、全部アメリカ・ミシシッピー州産のものである。

 
 
【Papilio glaucus ♂♀ 春型】

 
【Papilio glaucus yellow&black 夏型 】

 
所謂、トラフアゲハって奴だ。五十嵐図鑑ではメスグロトラフアゲハという和名がつけられていた。
しかし、メスが黒くならない地域もあって名前にそぐわない。また英名も「Tiger Swallowtail」だから、和名はトラフアゲハの方が適しているだろう。

キアゲハを精悍にした感じで、中々カッコイイ。
デカそうだし、いつか採ってみたいね。分布は広いみたいだし、行けば採れそうだ。

 
(分布図)

 
(終齢幼虫)

 
キアゲハ的な縞々ではないね。全然違う。
これって、アオスジアゲハの幼虫っぽくね❓
とはいえ、形はグラフィウム(アオスジアゲハ属)的ではなく、Papilio属系の形をしている。

 
(アオスジアゲハ 終齢幼虫)

 
(蛹)
(出展『博物雑記』)

 
同じアゲハでも、Graffium属は蛹の形が全然違う。

 
(幼生期全ステージ)

 
(卵)

 
卵は緑色で、基本的に黄色い卵であるキアゲハとは一線を画すね。

 
(各齢幼虫)

 
若齢幼虫はキアゲハと同じく鳥の糞みたいな奴だ。

 
(幼虫の顔面)

 
(蛹)

 
蛹は勿論アオスジアゲハ的ではなく、キアゲハと同じく典型的な Papilio型だが、スリットが入ってるんだね。色は茶色型のみで、緑色型の蛹は存在しないようだ。

一応、写真も見てみよう。

 
(終齢幼虫)
(出展『Butterflies and Moths of America』)

 
(出展『Butterflies and Moths of America』)

 
わおっ❗❗、茶色いのもいるんだ。
秋冬型❓ワケわかんねぇぞ。

でも、どうやら蛹になる前に茶色に変色するようだ。
それにしても、何で(;・ω・)❓色が変わっちゃったら、目立つでしょうに。鳥に襲われちゃうぞー。どうせ色が変わるなら、蛹になる時でもエエんでねえの❓

年1化だそうだし、異なる点だらけだから、キアゲハとは遺伝的には結構離れていそうだ。

 
 
【Papilio rutulus ♂♀ 春型】

 
コチラにはオオトラフアゲハという和名がつけられていた。しかし、この和名もそぐわない。多くの地域で本種はトラフアゲハより小型になるからだ。
英名は「Western Tiger Swallowtail」ゆえ、ニシトラフアゲハという和名もあるが、まんまのウエスタントラフアゲハにして欲しいよね。そっちの方が西部劇っぽくてカッコイイじゃんか。
北アメリカ西海岸に生息し、南部に行くほど大型になるそうだ。

 
(分布図)

 
図鑑には幼生期が載っていないので、画素を添付しておきましょう。

 
(若齢幼虫)
(出展『Rising Butterflies』以下同じ)

 
(4齢幼虫)

 
(終齢幼虫)

 
基本的に、トラフアゲハとあまり変わらない。

 

 
コチラも蛹になる前には茶色になるようだ。

 
(蛹)

 
蛹もトラフアゲハと同じようなものだ。おそらくコヤツも緑色型のものは存在しないだろう。
ようするに、やはりトラフアゲハ群はキアゲハとは遠縁にあたるってワケだ。

因みにトラフアゲハ群には、他に以下のようなものがいる。

・Papilio canadensis(カナダトラフアゲハ)
・Papilio eurymedon(ウスイロトラフアゲハ)
・Papilio multicaudata(フタオトラフアゲハ)
・Papilio pilumnus (ミツオトラフアゲハ)
・Papilio esperanza(エスペランサアゲハ)

しかし、図版には載っていないので、画像は割愛させて戴く。
そういえば、なぜか五十嵐図鑑にはヒメキアゲハも掲載されていなかった。コチラは以前の回にも載せたし、トラフアゲハよりもキアゲハに近い種だと思われるので紹介しておく。

 
【ヒメキアゲハ Papilio indra】

(出展『Raising Butterflies』)

 
小型で、クロキアゲハの近縁種とされる。
多くの亜種に分けられているが、いわゆるキアゲハ的な黄色い型はいないようだ。

幼虫写真も添付しておこう。

 
(卵)

 
色が変だが、これは孵化が近いせいなのかもしれない。

 
(1齢幼虫)

 
(2齢幼虫)

 
(3齢幼虫)

 
(4齢幼虫)

 
(終齢幼虫)
(以上 出展『Raising Butterflies』)

(出展『Butterflies and Moths of America』)

 
基本はキアゲハ系統だ。
それにしても、ウミヘビみたいで気持ち悪い。
ピンクと黒の配色って、超苦手なんだよなあ…。背中に悪寒が走ったよ。

 
(蛹)

(出展『Raising Butterflies』)

 
凹凸が少なく、キアゲハとはあまり似てないね。
色は茶色型しか見つけられなかった。コヤツも茶色型オンリーなのかなあ?

 
今まで見過ごしてて気づかなかったが、藤岡図鑑には遺伝子解析の図もちゃんとあった。相変わらずユルいよなあ…。

 

 
元ネタは『Phylogeny of Papilio machaon group by Mitochondrial DNA variation(Sperling & Harrison 1994) ミトコンドリアDNA比較によるキアゲハ群の近縁関係』という論文である。
見にくいけど、画像は拡大できます。

これによると、キアゲハの祖先種から先ずはトラフアゲハ(Papilio alexanor)が分かれる。やはり遠縁なんだね。次にヒメキアゲハ(Papilio indra)とナミアゲハ(Papilio xuthus)が分岐する。おいおい、トラフアゲハってナミアゲハよりも遠縁なのか。続いて Papilio polyxenes と Papilio zelicaon のヤンキーキアゲハ(アメリカキアゲハ)群とコルシカキアゲハ(Papilio hospiton)が分岐する。
残ったものがキアゲハ群(P.machaon)で、そこからサハラキアゲハ(saharaeとは書いていないが、Morocco(モロッコ)とあるのでそう判断した)とssp.pikei(カナダ・アルバータ州亜種)が分岐する。サハラキアゲハは解るとしても、何でカナダ産のマイナーな亜種なんかがここで突然出てくるのだ❓
次に日本のキアゲハ(ssp.hippocrates)が分かれる。やはり日本のキアゲハは古い時代に分岐したようだ。更にアラスカ産のキアゲハ(ssp.aliaska)が分岐するのだが、この辺からどんどんオカシな感じになってくる。
残ったクラスターは2つに分かれ、一方にはアメリカのキアゲハ(ssp.aliaska 、ssp.dodi、ssp.joanae、ssp.brevicauda)とフランス産キアゲハが、もう一方のグループには Czecho(チェコ)産とアメリカのキアゲハ(ssp.bairdii)が入っている。
この最後の2つのクラスターは、俄かには信じがたい。aliaskaが何度も登場するし、チェコ産とフランス産がそれぞれ別々のクラスターに分かれていて、そこに両方ともアメリカのキアゲハが入っているのはオカシイからだ。
おそらく分岐年代が新しいものは、当時の遺伝子解析の精度では正確性に欠けていたのであろう。遺伝子解析の結果を鵜呑みにしちゃなんねえって事だ。何しろ所詮は人のやる事だ、各人の解析の仕方如何によっては当然結果も違ってくる可能性がある。遺伝子解析を100%信じるのではなく、どうやら参考程度に考えた方が良さそうだ。

 
キアゲハはあまりにも亜種が多いし、おまけにシノニム(同物異名)だらけだ。ゆえに面倒だから今まで全亜種を並べてこなかったが、一応最後だし並べておこう。但し、分類は学者によって違うということに留意しておいて戴きたい。
とここまで書いて、やっぱやめることにした。確認したら、人によって見解が違い過ぎて分類がグジャグジャなのだ。やっぱワケわかんないや。ゴメンナサイ。興味のある方は自分で調べて下され。

 
長々と引っ張ってきたが、ここで漸く台湾のキアゲハの幼虫写真を添付して結びとしよう。

 

(出展『蝴蝶資料』以下同じ)

 
新たな生態写真も同サイトで見つかった。
上翅の基部が黒いから、たぶん春型だと思われる。

 
(卵)

 
色が黄色ではなくて茶色くて濃いが、おそらく撮影時の条件が悪かったのだろう。もしくは孵化が近い卵だったのかもしれない。
卵期は5~7日間とある。日本のキアゲハと変わらない。

 

 
4齢幼虫かなあ❓

 
(終齢幼虫)

 
予想はしていたが、普通のキアゲハの終齢幼虫と特に変わりはない。ちょっと残念だ。

幼虫期間は25~30日間と書いてあった。これも日本のキアゲハとほぼ同じだろう。

 
(蛹)

 
上下が逆さまである。
たまたま逆さまで蛹化したのかなあ…❓
でも、そんなこと可能なのかしら。逆さまだと蛹化に失敗しそうじゃないか。単なるミスで、天地が逆の写真を載せてしまったのかもしれない。
けど普通、そんなの気づくよね。それに誰かに指摘されるだろうから、早々と修正するよな。にも拘わらず、そのまんまということは、やはりコヤツは逆さま状態で蛹になったのだろう。
もしかして台湾のキアゲハは、みんな逆さまで蛹になったりして…。だとしたら、特殊過ぎて別種にしたくなるなあ(笑)。

冬季以外の蛹期間は15~20日間と書いてあった。
ここにも特殊性は無い。

うだうだと書いたが、台湾のキアゲハについての大発見も無いし、締まりのない結びになりそうだ。
って云うか、クロージングが思いつかないので、このまま終わりにします。

一端、それで「おしまい」の文字を入れたのだが、とはいえ三回にもわたりクソ長い文章を書いてきたのだ。これじゃあ、あんまりだ。もう少しマシな事を書いて結びとしよう。

ここまでキアゲハの事を延々と書き連ねてきたが、キアゲハという種は誠に逞しいと云う印象を強くした。
分布は北半球全般と広く、オーストラリアと南極を除く各大陸に分布する蝶なんて、そうはいない。垂直分布も海岸から3,000mを越える山地までと広い。熱帯地方には分布しないが、亜熱帯には分布し、一部は北極圏にも分布している。湿潤な気候にいるのはもちろんのこと、砂漠地帯にも適応しているのだ。
幼虫の食餌植物もセリ科を中心に広く、ミカン科やキク科、ギョリュウ科などにもその範囲を拡げている。
これだけ分布が広く、食餌植物も多いとあらば、他種との生存競争に勝ち残ってきた種という証しでもある。それなのに、なぜ台湾のキアゲハは忽然と消えたのだろう❓
地球温暖化などの気候変動はあるものの、そう急激に絶滅するとは普通では考えられない。また、幼虫の食草が絶えたワケでもない。石山渓が地震によって崩壊したから食草が無くなって絶滅したという説があるが、これも冷静に考えれば有り得ない事だろう。だって一つの渓にしか生えていないという植物ではないからだ。たとえ仮にそうだったとしても、蝶には羽がある。ミツバやニンジン(ノラニンジン)など他のセリ科植物が代用食になるから、それを求めて飛んで行けば命脈は保たれる筈だ。食草の減少が関係無いワケではないだろうが、絶滅の決定的理由とはならないだろう。
乱獲も理由としては考えられない。貴重な亜種ではあるが、キアゲハ自体は日本やヨーロッパにもいるから、唯一無二という存在ではない。見た目はそんなに変わらないのだ。特別高価で取引されていたとは思えない。同じ台湾なら、フトオアゲハの方が遥かに高値で取引されていただろう。でもフトオアゲハは絶滅してはいない。
乱開発も理由としては弱い。台湾のキアゲハは1000m以上の高地に棲息するから平地のような大規模開発は出来ないからだ。
しかし、環境がそう変わっていないのに姿を消した蝶もいないワケではない。日本でいえばオオウラギンヒョウモンなんかがそうだ。昔は広く何処にでも生息していたのに、一部を除き全国的に一斉に忽然と姿を消したと云う例もある。自然環境や食草が残っていても、絶滅はするのである。
ならば天敵が大量発生したと云うのはどうだ❓
それも鳥や蜂など目立つ天敵ではなく、矮小な寄生蝿や寄生蜂ではなかろうか❓いや、もっと微小なウィルスみたいなものに感染したのかもしれない。

どうあれ、自分は台湾のキアゲハが完全に絶滅したとは思ってはいない。
今も彼女は、台湾のどこかの山中で人知れず優雅に舞っている筈だ。

 
                  おしまい

  
追伸
またしてもクソ長くなってしまった。
長いだけでもシンドイのに、おまけに各亜種の順番を並べ替えたので、全部書き直しという労苦を味わう破目になった。ところどころ文章の時系列に整合性を欠くのも、ちょいちょいブッ込むおフザけにキレがなかったのも、そのせいである。アタマがウニってて、余裕が無かったのだ。カラスアゲハの時ほどじゃないが、キアゲハも書くのに相当疲れたよ。三話目は書くんじゃなかったと後悔してる。こういうのを世間では蛇足というんだね。

蛇足ついでに書く。
思えば、フィンランド、ドイツ、イギリス、フランス、スペイン、モロッコ、イラン、パキスタン、インド、ネパール、中国、台湾、カナダ、アメリカと、気せずして自分はキアゲハ・グループの特徴的な種類の故郷を幾つも旅してきているんだね。
目を閉じると、瞼の裏にそれぞれの風土が甦ってくる。北欧の森、アルプスの草原、英国のなだらかな緑の丘、地中海の青、モロッコの荒涼な大地、イランの漠たる平原、ヒマラヤやカラコルムの峻険たる山々、インドの猥雑、中国の喧騒と雄大、台湾のどこか懐かしさを感じる山河、カナダ・アメリカの青空と緑のコントラスト。そのどれもの風景には、その時々の気温や肌に感じる湿度の有無、そして風や大地の匂いの記憶が混じっている。どの土地でも実際にはキアゲハの姿は見ていないけれど、彼ら彼女たちが飛ぶであろうロケーションは容易に思い浮かべることができる。頭の中で飛ぶキアゲハたちはとても美しい。

  
(註1)内田さんの三部作
故 内田春男氏の著書『ランタナの花咲く中を行く』、『常夏の島フォルモサは招く』、『麗しき蝴蝶の島よ永えに』のこと。もちろん今や古書だが、そこそこの値がついている。

 
(註2)藤岡図鑑
藤岡知夫/築山洋『日本産蝶類及び世界近縁種大図鑑』。

(註3)3つのヨーロッパ準亜種
おそらくイギリス亜種 britanicus 以外の以下を指すものかと思われる。

・北ヨーロッパ亜種(原記載亜種) ssp.machaon
・中央ヨーロッパ亜種 ssp.alpicus アルプス地方
・地中海亜種 ssp.sphyrus 南イタリアなど

 
(註4)キアゲハとタカネキアゲハを同種とする見解

日本列島に分布するキアゲハの遺伝的多様性と系統関係
Genetic variations and phylogenetic relationships among the populations of swallowtail
butterfly, Papilio machaon, in the Japanese Islands. (宮川美紗 2018?)

遺伝子解析による結果、両者を同種としているのだが、詳しい理由は見当たらない。この論文には系統図も載ってないから、別に元ネタの原稿があるのかもしれない。

(註5)北極圏にも分布している
タイミル半島基部、エニセイ河流域の北緯69度にも分布している。北極圏は66度33分以北だから、間違いなく圏内に分布しているということになる。
因みに、69度付近が人間の居住限界と言われている。