三日月の女神・紫檀の魁偉ー完結編

 
 
第3話である。ようやく完結編だけんね。今度こそ、ちゃんとクロージングさせまっせ。

 
思えば、シンジュサンにはまさかの惨敗に次ぐ惨敗だった…。

 
2018年 6月7日。
この日は午後3時くらいに東大阪市の枚岡公園に出掛けた。ウラジロミドリシジミの様子を見るためである。
まだウラジロミドリを採ったことが無いという中学生に会ったので、ポイントに案内してあげる。
今どき虫採りをしている若者なんざ絶滅危惧種だから、大事にしないといけんのだ。

しかし、個体数は例年よりも多いものの発生が早かったようで、既に傷んだ個体ばかりだった。
それでも中学生は採って感激してくれていた。自分も最初の1頭には震えた事を思い出した。
フィリップ・マーロウの言葉を借りれば、『初めてのキスには魔力がある。2度めには、ずっとしていたくなる。だが、3度めには感激がない。』である(註1)。最初の1頭にこそ価値があるのだ。少々羽が破れていても関係ない。もちろん完品が望ましいが、ファーストインプレッションは必ずしもそうであることが絶対条件にはならない。
どうあれ、よかった。百聞は一見にしかず。狙った虫は、採らなきゃ何も始まらないのだ。虫捕りは恋愛とよく似ているかもね。

 
夕陽を眺める男女を囃し立てて写真を撮らしてもらい、山をおりる。

 

 
枚岡公園から転戦。今宵も矢田丘陵へ。
そう、又しても懲りずにシンジュサンを求めての灯火巡りなのだ。何としてでも6連敗は阻まねばならぬ。これ以上の連敗は自信喪失、心がポッキリと折れかねない(現在のヤクルトスワローズみたいに15連敗もしたら、虫採りなんかやめるね)。

名前がワカランがスタイリッシュで、シャレ乙な蛾がいた(註2)。

 

 
採るかどうか迷ったが、そのままにしておく。
邪魔くさいので、チビッ子蛾はフル無視なのだ。

小太郎くんがコチラに来る道中でバカでかいスッポンを拾ってきた。

 

 
写真はビニール袋を破って逃亡を企てている様子。
持ってみたら驚くほど重かった。このデカさは主(ぬし)クラスだわさ。売ったら、相当な値がつくだろう。

スッポンはスープが絶品なんだよなあと呟いたら、
小太郎くんが『さばきます?』と言ってきた。
(゜ロ゜;ノ)ノそれは絶対無理❗❗

夜10時半。
ヒマ潰しに樹液ポイントを回って戻ってきたら、柱に見慣れぬ蛾が止まっていた。
(;゜∀゜)あっ!、もしかしてカトカラ❗❓
何となく勘でそう思った。

 

 
採って裏返したら、特徴的な黄色と黒の縞々模様がある。やはりカトカラくん(キシタバの仲間)だった。

 

 
キシタバはカッコ渋美しいから嫌いじゃないけど、正直どうだっていい。今はシンジュサン以外は眼中にない。あとは皆、所詮は雑魚だ。
袖にされまくって、いつしか心はシンジュサンに奪われている。そう、恋い焦がれていると言ってもいい。
世の中の、うら若き女子に告ぐ。口説いてくる男子は1回は振っておきましょう。さすれば、バカな男子は貴方により熱を上げまするぞ。2回目のアプローチが無くとも責任持たないけどさ(^o^)

 
気温が高くなってきたせいか、格段に飛来する蛾の種類数と個体数が増えてきている。

 

 
これはトモエガの仲間(註3)だね。
昔は感覚的に気持ち悪かったけど、今や蛾に対する免疫も少しづつ出来てきたので初ゲットしてみる。

 

 
わっΣ(゜Д゜)、裏が鮮やかな紅(くれない)なのね。
紅蓮の🔥炎じゃよ。地獄の業火の色だ。この感じ、まるで地獄の使者みたいじゃないか。
でも同時に素直に美しいと思う。今まで飛び退いてて、ゴメ~ン。

そういえば、台湾に蒼くて糞カッコイイ綺麗なトモエガがいるみたいなんだよね(註4)。生来の青好きとしては、あれはマジで採りたい。でも、名前も何処へ行けば採れるのかもワカラン。アレに会えたら、蛾世界にも素直に入っていけるかもしれんのにのぅ(# ̄З ̄)。
きっと人生には、時に何かを飛び越えるキーワードとか、切っ掛けが必要なんだよね。

  
時刻は既に午後11時を過ぎている。
車が無いので、本来ならば帰らないといけない時刻だ。しかし、今日は背水の陣で臨んでいる。朝まで粘ると決めた。ここまでくれば、もう意地である。執念が無ければ欲しいものは手に入らない。

午前0時前。
小太郎くんとしゃがみこんで、網に入れたクソ蛾についてグダクダ言っている時だった。
視界の端で何かが飛んだ。と同時に『来た❗❗』と叫んでクソ蛾を網に入れたまま走り出していた。💨猛ダッシュだ。久々に体内でアドレナリンが💥爆発しているのが自分でも解る。

夜空に、恋い焦がれていたシンジュサンが舞っていた。
だが、思ってた以上に飛翔速度が速い。しかも、飛ぶ軌道がメチャクチャだ。
背後に小太郎くんがいる気配を背中で感じる。ここで振り逃がしたら笑い者だ。何があってもハズせない。それに、もしハズせばグダクダとあーだこーだと言いワケしかねない。いや、絶対するに決まっている。そうなれば、そこにどう正当な理由があろうともカッコ悪いことには変わらない。結果を出さなければ、クソだ。
緊張と慎重の狭間で構える。脳が躊躇はするなと命令する。両肩にグッと力が入る。距離を詰めた。迷いは禁物だと肝に命ずる。スウィングの始まった瞬間に目の前で左下に急降下した。内角を抉ってくるシンカーの軌道だ。(|| ゜Д゜)えっ、マジ❗❓
その落ち際を💥一閃、左から右へと振り抜く。スローモーションでターゲットがネットに吸い込まれてゆく。すかさず網を捻り、逃亡を防ぐ。
乾坤一擲。鬼神の如き網さばきで、一振りで鮮やかに決めた。超気持ちイイー。
 
しかし、クソ蛾とシンジュサンの両方が網の中で暴れており、(;゜0゜)わっ💦、(;゜0゜)わっ💦、(@_@;)わっ💦、あたふたする。
『どっち❓、どっち❓どっちを先に〆たらいいのー❓』
軽くパニくっちゃってて、小太郎くんにワケのワカランことをのたまってしまう。
『何言ってるんすかー❗❓ クソ蛾よか当然シンジュサンでしょうよ。』
( ・∇・)☝そりゃ、そーだー。
クソ蛾なんぞ、どうなってもいい。2匹が絡んでシンジュサンの羽が傷んだらエライコッチャである。何ならクソ蛾の方は踏みつけて、それを阻止したっていいのだ。
でも、そこまで悪人にはなれないので、手で網を押さえて両者を分かち、その間に小太郎くんにアンモニア注射を打ってもらう。

💉ブチュー❗
一発で👼昇天じゃよ。
虫屋って、やってることがマッドで変態やなあ。

網から取り出す。この僅かな時間がもどかしい。でも同時にその刹那は歓喜へ通ずるプレリュードでもある。

そっと手のひらに乗せる。

 

 
💕やっと会えたよ、シンジュサン。
全身に多幸感がゆっくりと広がってゆく。
4枚の羽一つ一つに三日月紋が配されているね。
シンジュサンの学名の小種名は「cynthia(シンシア)」。ギリシア神話の月の女神に由来している。だったら、神が遣(つか)わし三日月の女神だね。

狙った獲物をシバいた時の❤エクスタシーは堪んないよね。これこそが虫捕りの醍醐味じゃけぇ。
(о´∀`о)ぽわ~ん。我、今年最初の多幸感に包まれり。

『いやあー、普段はチンタラしてるのに、マジ反応早かったですねー。しかもダッシュが半端なく🚀ロケットスタートでしたわ。』
小太郎くんが笑いながら言う。
誉め言葉と取ろう。小太郎くん、蛾好きでもないのに付き合ってくれてアリガトねー。

とにかくコレで何とか一つの種の連敗記録の更新を免れた。5連敗したのはキリシマミドリシジミとコヤツだけ。2連敗したのが、ベニモンカラスシジミとタカネキマダラセセリで、あとは運と引きの強さで全部その日のうちに仕留めてきたのだ。打たれ慣れてないから泣きそうだったけど、これでまたヘラヘラ笑えるよ。

初の出会いの興奮が醒めやらぬうちに、シンジュサンは立て続けに飛んできた。
 
2頭目はデカかった。
さすが日本で2番目に大きいと言われる蛾だ。
羽の厳(いか)ついデザインも相俟って、魁偉と言ってもいい姿かたちだろう。
とはいえ、冷静に見れば、想像してた程の大きさではない。他のヤママユガ科の蛾たちと比べて胴体が細く、羽も薄いので、やや迫力に欠けるきらいがある。ヤママユの方が羽が分厚いし、腹もぽってりで迫力がある気がする。厳ついとかゴツいというよりも、寧ろ優美かもしんない。
いや待てよ。それはあくまでも見る側の視点の置き所にすぎないだけかも…。蛾を怖れる女子やお子ちゃまにとっては、充分恐ろしい姿に見える筈だ。ならば、やはり魁偉と言えよう。

そして、更に続けて飛んで来たのは、何じゃこりゃのチビッ子シンジュサン。大きさにかなりの個体差があるのに驚く。

 

 
他のヤママユガ科の蛾は、だいたい大きさが揃っている印象があるのだが、コヤツらは大きさに落差があり過ぎる(註5)。

午前0時前から約30分間で怒濤の計5頭が飛来。
その後、パッタリと来なくなって、やがて朝を迎えた。
明けてくる菫色の空が美しかった。
爽やかな微風が頬を撫で、背後の森の木々たちを静かに揺らした。
それを合図かのように立ち上がり、駅へとゆっくりと歩き始めた。

 
                 おしまい

 
追伸
ゲットして、懐中電灯を照して撮った写真があまりにも酷くて、全然その美しさが伝わってないような気がする。
と云うわけで、自然光で撮りなおした。

 

 
灯火の下ではオリーブグリーンに見えたが、こうして日の光のもとで見ると、だいぶと印象が変わる。
エレガントだ。何ともいえない淡い赤紫に惚れ惚れとする。でも単純な赤紫色ではない。もっと相応しい色の表現がある筈だ。
そして思い浮かんだのが、紫檀色。これは高級タンスなんかにもよく使われる紫檀(したん)の木の色から来ている。紫檀色って、ちょっと高貴な感じがしてピッタリじゃないか。

 
(出展『伝統色のいろは』)

 
(-_-;)むぅー、でもシンジュサンの写真の色と見比べてみると、違うなあ…。頭の中の記憶ではこういう色に見えた筈なんだけどなぁ…。写真の映りが悪いのか、それとも脳内で勝手に色を増幅させたのかにゃあ…。
ι(`ロ´)ノえーい、この際そんな事どっちだっていい。わたしゃ、イメージ重視の人なのだ。記憶の中の色こそが、リアルな色だ。

因みに、紫檀の木は英名をローズウッドという。
今はコチラの呼び名の方が、紫檀よりもポピュラーかもしんない。

 
(出展『伝統色のいろは』)

 
木の方は更に赤く見える。
けど、これは木にもよるだろう。
例えば、こんなのもあった。

 
(出展『エコロキア』)

 
噺は変わって、羽の先は鉤状に湾曲している。

 

 

 
コレを蛇、もしくは蛇の頭の形に擬態しているとする説が誠にしやかに流布されているが、ホントかよ❓と思う。
んなもんで、鳥が騙されてくれるかね❓それって、無理からでねーの❓所詮は言い出した人の願望であって、こじつけじゃねえの❓
日本の学者とか研究者は、何でもかんでも擬態にしたかる傾向があるような気がするんだけど、おいらの思い過ごしかなあ…。

それにしても、この個体だけ腹ボテで群を抜いてデカいから、てっきりメスだとばかり思ってたけど、触角の形はオスなんだよなあ…。オカマかえ?
たぶん、♂だとは思うけどさ。去年は♀が採れてないから、今年は採らんといかんな。

それでは、恒例の(´・ω・`)もふぅ~。

 

 
🐰うさぴょんみたいだ。
シンジュサンもヤママユの仲間なので、もふ度は高しで可愛いい。前足とか、もこもこやんか💕

 
(註1)フィリップ・マーロウ「初めてのキスには魔力がある…」

レイモンド・チャンドラーのハードボイルド小説の主人公の名前。セリフはハードボイルド小説の金字塔『長いお別れ』の中でのもの。

 
(註2)シャレ乙な蛾がいた
アカスジシロコケガというコケガの1種かと思われる。
美しいが、特に珍しいモノではないようだ。

 
(註3)トモエガの仲間

【ハグルマトモエ Spirama helicina ♀】

 
分類はヤガ科(Noctuidae) シタバガ亜科(Catocalinae) Spirama属とある。
漢字にすると、おそらく「歯車巴」と書くのだろう。
歯車みたいな巴紋をもつ蛾ってことだろね。

トモエガの仲間としたのは、この時点ではハグルマトモエとオスグロトモエの♀との区別がつかなかったからだ。両者は、ホントよく似ているんである。

 
【オスグロトモエ ♀】
(出展『北茨城周辺の生き物』)

 
違いはハグルマトモエと比べて巴紋がやや小さくて、全体的にメリハリがないところ。

 
(註4)台湾の糞カッコイイ青いトモエガ

調べたら、Erebus albicincta obscurata という蛾らしい。台湾名は「玉邊目夜蛾」「玉邊目裳蛾」「白邊魔目夜蛾」など複数があるようだ。

 
(出展『Wikimedia commons』)

(出展『Xuite日誌 随意窩』)

 
バリ、カッケー( ☆∀☆)
結構珍しい蛾のようで、そこそこ高い標高に生息しているみたいだ。誰か採れる場所と採り方を教えてけれ。

(註5)大きさに落差が有りすぎる

 
大人と中学生と小学生くらいに大きさが違う。
自然状態でコレくらい個体差がある鱗翅目って、他にあったっけ❓
たぶん、いる筈だが、ちょっと浮かばない。

ついでに各々の展翅写真も添付しておこう。

 

 
上から大中小である。
それにしても展翅が酷いね。特に1頭目は最初にした展翅だから、上翅を上げすぎてる。慣れない蛾の展翅でバランスがワカランかったのさ。以下、少しづつマシになってゆくのは、上の順の時系列で展翅したから。それがそのまま出ている。パープリンといえど、ちょっとは学習能力があるんである。
今年採れたら、もう少しマシな展翅しよっと。

ついでに展翅板から外した画像も添付しとくか。

 

 
バランスはそんなに悪くはないんだけど、やっぱダメだな。

この日は全部で5頭飛来したのだが、1頭は小太郎くんが持ち帰った。残りの1頭は羽が結構破れていたので展翅していない。修復用にとってあるのだ。けど、こんだけ大きさが違うと、使えんのかね?
この蛾、飛び方の軌道が無茶苦茶で雑い。すぐ地面に落ちて暴れまわるし、木々の中を縫うようにして飛ぶ。おまけに羽が薄いときてる。ゆえに羽が損傷しやすいのだろう。小太郎くん曰く、中々完品に出会えないというのは、そういう事からだろう。

生態面を付け加えておくと、灯火への飛来はこの日が一番多く、他の日は全部1頭のみの飛来だった。何れも飛来時間は遅く、午後11時から午前4時の間であった。
で、後日採れたのは、全て羽が破れていた。採集適期は短いと思われる。

さあ、これでやっとカトカラシリーズに取りかかれる。乞う、御期待あるよ(^o^)