あおはる1day trip その弐(後編)

 

『お城とおでんとお菊さん』後編

 
晩飯に何を食うかは、彦根から姫路へと向かう電車の中で既に決めていた。
姫路といえば、今や「姫路おでん」である。それを食う為もあって、彦根からここまで青春18切符で大返してやって来たのだ。
姫路おでんは、以前は関西でもあまり知られていないローカルフードだった。しかし、数年前にTVで紹介されてから脚光を浴び、今やメジャーな食いもんにのし上がってきている。
でも実を言うと、姫路おでんって食ったことないんだよねー。12、3年前に当時のオネーチャンと来た時はまだ姫路おでんなんてもんは全然有名じゃなかったんである。あの時って、いったい何食ったんだろ❓
懸命に考えたみたけど、全然思い出せないや。夏場だったから、おでんなんて絶対食ってないことは確かだ。夏場におでんなんぞ食いたいとホザいたら、彼女にシバかれとるわ。シバかれとったら、いくら健忘症のニワトリおつむのオイラでも覚えているだろう。

帰り道は一本隣の小溝筋の商店街を通った。
TVで見た日本酒の酒造会社が経営している老舗おでん屋というのを探す。しかし、困ったことに店の名前を覚えていない。それでも何とかなるだろうと思ったのだが、どうもそれらしき店が見つからない。仕方がないので、もう1回観光案内所へ行く。そこで訊くのが一番の早道じゃろう。

行くと、受付の若い女性にパンフレットを渡された。

 

 
おでん屋のガイドマップだ。
こんなもん、あったのね。

でも開いてみたら、思ってた以上におでん屋だらけだ。

 

 
(# ̄З ̄)ちっ、裏にまである。

 

 
こりゃ、ワカランわと思って、その若い女性に訊いてみた。

『あのう…、この中でお姉さんのお薦めの店はどこですか❓もしくは一番有名な店はどこです❓あっ、一番老舗の店でもいいです。』
だが、何だか反応が鈍い。
ならばと間髪入れずに『酒造会社がやってる昔からあるおでん屋さんって、どれですかね❓』と訊いてみた。
そこで、漸くその女性が口を開いた。
『そういうことは、一切お答えできません(-_-)』
冷たい声でピシャリと言われた。
(;゜0゜)唖然とする。
言ってることは理解できる。観光案内所の人間が、どこか特定の店に肩入れして紹介するのは不公平だからと云う事たろう。誠にもって正しい意見ではある。
それに人にはそれぞれ好みというものがある。お薦めした店が万人に合うワケではないだろう。あとで、「不味かったやんけ、ボケー(#`皿´)」とも言われかねないのである。
でもさあ、他の場所の観光案内所では結構親身になって色々教えてくれたぞ。
例えば長野県上田市の観光案内所では、旨いそば屋を教えてくれませんか❓と尋ねたら、特にここが美味しい、お薦めだとは言わなかったけれど、ここが昔から有名な老舗店ですとか、ここがいつも行列ができてますとか、ここが有名観光地に近くて便利ですとか、ここが一番コスパがいいですとかとは言ってくれた。つまり特定のオススメは決して言わずに、ちゃんと広く情報は流してくれたのだった。あとは観光客がそこから好きなところを選べばいいのである。これならクレームが出ることもないだろう。賢いですな。

ワタクシの質問一つめと二つめの、お薦めの店はどこですか❓と一番有名な店はどこですか❓は、その若い女性の答えでもいいだろう。なぜなら、多分に個人的意見が入る余地があり、また答えは一つと限定できないからだ。
しかし、一番老舗の店はどこですか❓という質問は、その若い女性当人がちゃんと勉強していれば答えられた筈だ。貴方の好みを訊いているワケではないからだ。単に事実を訊いているだけだ。お薦めを訊いているワケではないのである。二度言うが、それならば、答えられた筈だ。
次の、酒造会社がやってる昔からあるおでん屋さんってのも、彼女の好みやお薦めを訊いているワケではない。もし知っていれば、事実を答えればいいだけのことだ。だが、答えられないと云うのは、どうせ勉強不足で知らないだけなのだろう。
ようは言い方である。上田市の対応がヒントにはなろう。そもそも観光案内所の仕事は接客業である。お客様に情報と云う価値あるサービスを提供してこそ、何ぼのもんなのである。そこには官も民も関係ない。たとえ市というお役所の運営だったとしてもである。
ハッキリ言う。彼女の答え方は全てのお店を公平に扱っていますという一見正当な理由の傘(笠)に甘えた、単なる怠慢行為に過ぎない。もし観光客に対して親身になって相談を聞いているならば、その紋切り型の答えはありえないだろう。
ワテは優れているから(笑)、何とでも解決策を見つけられるからいい様なものの、普通の観光客ならば困惑するだろう。己の力で探せってか❓だったら、パンフレットだけ置いとけや。アンタは、いらん。
(-“”-;)あっ、大人げなく怒ってしまったよ。
スマン、スマン。まだ若いからそれも仕方がないよね。是非この先経験を積んで、いい応対をして下さいな。キミなら、きっと出来るよ。大丈夫d=(^o^)=b

ここまで書いて、そこまで怒ることないじゃん、そんなのネットで調べればいい事じゃんか❓と疑問を持たれた方もいるだろう。おっしゃるとおーりである。
出来ることなら、ワシもそうしたかったとよ。でもスマホが古いのでバッテリーがバカになりかけてて、直ぐに電池が無くなるのだ。だから今日もずっと機内モードにしているのだが、それでも電池が無くなりかけていたのである。もし、ここで機内モードを解除してネット検索したら、迷惑メールがてんこ盛りでやって来て、あっという間に電池切れになることは明白である。そうなったら、姫路おでんの写真が撮れんのじゃよ、もしー。だから観光案内所に頼るしかなかったというワケなのさ。
何かここ書いてたら再び沸々と怒りが湧いてきたわ。

まあいい。怒ったところで問題が解決するワケではない。流そう。そんな事に拘ってても疲れるだけだ。
もうこうなったら自分で探すしかない。おでんガイドマップをガン見する。

丹念に見ていくと、それらしき記述のある店が見つかった。
店の名はどうやら『酒饌亭 灘菊 かっぱ』と云う店のようだ。言われてみれば聞いたことがあるような気もする。
紹介文にはこうあった。
「酒蔵が経営する”姫路おでん”の老舗。姫路駅前でカウンターと太鼓のイスで50年余。大串おでん。”SAKE”一合徳利瓶が名物。

【おでんダネの特徴】
旬の素材・地元の食材を一つ一つ丁寧に仕込んで、こんぶ、かつを、地酒を使った伝承の出汁で煮込みます。

ここまで書いてあるんだったら、教えてくれてもいいやんか❗やっぱあのアマぁ(#`皿´)、知らなかっただけか単に性格が悪いだけだ。地獄に落ちろや、ドブスめがっ❗❗
どーどーどー。幸い見つかったから良いではないか。そう怒る事はない。怒ると体によくないあるよ。

想像はしてたけど、やっぱ店は駅から近かった。
歩いて5分とかからなかった。

 

 
如何にも大衆的な感じがいいねぇ。
最近はお洒落な店よりもぐでんぐでんの酔っ払いのオヤジが好きそうな店に惹かれる。何やらそっちの方が落ち着くのだ。ようするに自分もオジサンになっちったと云うことなのね。

 

 
店舗の上がセクシー系の店なのに、ちょい笑う。
老舗感、大幅減やんか(^○^)

 

 
店内はこんな感じ。悪くない。
昭和33年創業というから、もう60年も続いてるって事か。ならば、それなりに期待が持てそうだ。

明るい声のオバチャンに煙草を吸う人用の壁際のカウンター席に座るよう促される。狭い店なんだから、どこだっていっしょだろうにと思うが、便宜上色々あるんだろね。酒飲むのにも面倒くさい世の中になってきたなあ。何かとコンプライアンスで、どんどんツマンナイ世の中になっていってる。まるで何かの寓話みたいだ。5年後、コンプライアンス人間は、みんな原因不明の奇病にかかって口がきけなくなるのさ。

そんな事よりも、先ずはビールである。

  

 
そういえば、今日初めてのビールだ。電車に乗る前に売店で買ったろかいと思ったが、まだおバカになるには早いと思って自重したんだったワ。コンプライアンス的にぃ~。

(≧∀≦)ぷしゅー。
あるこほるが、瞬時に全身の血管の隅々にまで運ばれてゆく。堪んないね。

落ち着いたところで、さてさて問題は何を頼むかだが、先ずは何をおいても姫路おでんである。
ここで姫路おでんとは何ぞやと申しますると、どうやら生姜醤油で食べるおでんのことを「姫路おでん」と呼ぶらしい。姫路には関東煮と呼ばれる濃い味付けのおでんと関西風の薄味のおでんの二種類が存在するが、出汁のベースには全く関係がなくて、生姜醤油で食べるかどうかが姫路おでんか否かの大きな決め手となるらしい。つまり生姜醤油で食べるおでんは全て「姫路おでん」ってワケ。おおらかだけど、ざっくりでんなあ。
姫路を中心に加古川~相生辺りの地域に限定されるもので、2006年に町おこしを考えるグループがその食べ方を「姫路おでん」と名付けたことが始まりのようだ。

ふぅ~ん(´・ω・`)
でもさあ、それって帰りにコンビニでおでん買ってさあ、家で自分で生姜醤油を作って、おでんにソレつけて食べたら「姫路おでん」ってことかあ❓
気せずも根元的な問題に触れてしまう。
そう考えると、果して姫路で今おでん食う意味あんのかえ❓という疑問が俄(にわか)に首をもたげてくる。けんど、強引にシャットアウト。こういう事に徒(いたずら)に疑問を持ってはならない。たとえそうであったとしても、先ずは本場の姫路おでんを食わなければ、姫路おでんの何たるかを己の中に規定できないじゃないか。基準無きものについては論じられないのである。だいち、それでは彦根から此所まで苦労してやって来た意味が瓦解してしまう。o(T□T)o意味ないじゃーん。
ワタシは姫路城を見る事と姫路おでんを食うことを目的に遠路はるばる此所までやって来たのだ。しかと、己にそう言い聞かす。

早速メニューを見る。あった、あった。コレだ。

 

 
TV放送での記憶だと、この店は赤おでんと白おでんってのがあって、それが名物のようだ。コヤツが多分それだね。
ふむふむ。どうやら大串セットというのお得のようだ。取り敢えず姫路おでんの定番そうな赤おでんのセット(¥540)の方をたのむ。

 

 
見た目のルックスが、まるで漫画の中の🍢おでんだ。
赤塚不二夫の漫画『おそ松くん』のチビ太がいつも手に持ってたのが、この形のおでんだね。それがやがて漫画の世界での典型的なおでんの形となっていったのである。

 
【チビ太】
(出典『越谷秘宝館』)

 
でも実際には、こんな形のおでんは見たことがない。あれはあくまでも象徴としてのおでんであって、この世には存在しないものだとばかり思っていた(註1)。それが今、現実的に目の前にある事に半分カンドーして、半分笑ってしまう。冗談かよ…。確信犯だったら、尊敬するわ。

具は上からスジ肉、玉子、厚揚げ、コンニャク、ごぼ天である。よく見ると、玉子も含めて全部小振りである。チビ太の事を考えての配慮かな。それとも赤塚先生へのオマージュ❓

カウンター周りで生姜醤油を探したが、あれっ?無い。どうやら生姜醤油は既にかかっているようである。この店では、そういうスタイルらしい。
でも自分でおでんを生姜醤油にジャバッとつけて、ヤアと食べるという、既成の概念を打ち破る勇気の瞬間が楽しみたかったなあ…。とはいえ、店にはそれぞれのスタイルというものがある。ましてや、60年もの歴史がある店だ。まあ、そこは致し方なかろう。

取り敢えず左手を腰にあて、チビ太の如くおでん串を右手に掲げ、直立不動で清く正しく食ってみる。コチラも赤塚先生へのオマージュだ。何だかバガバカしくって楽しい。

味はねぇ。よく味が具材にしゅんでる。ちょっと濃いかなと思ったが旨い。
でも破壊的な旨さではない。想像の範囲内だ。普通ちゃ、普通なのだ。因みに、生姜の味は思ったほどしなかった。

ふと、思い出した。以前も書いたことがあるような気がするけど、昔、ショットBarをやっていた頃のお客さんに「おでん」というニックネームの女の子がいた。アダ名はオラがつけた。客の名前が憶えられないニワトリ頭だからだ。とはいえ、言い訳させて戴ければ、当時はいっぱい客がいたから、そうでもしないと憶えられなかったのである。無い知恵の自分なりの苦肉の策だったのだ。
たしか彼女には「おでん」も含めて4つくらいのアダ名候補があった。でも候補といってもアッシが全部考えたもので、他の3つはそれはもう最低の酷いネーミングだったと思う。何でこんな手の込んだ事をしたのかというと、ニックネームをどうしても「おでん」にしたかったのである。
で、この4つの中から彼女に自分で選ばせた。答えは自ずと決まってくる。だって他の3つはサイテーなんだもん。
勿論、そこへ持ってゆくのに、別な布石も打っていた。
『おでんちゅーもんはなあ、万人に愛されとる庶民的な食いもんやないか。おまえの飾らないでいて、みんなに愛されそうな雰囲気にピッタリやないか。おでん、ええと思うでぇ。大丈夫。おでんそのものやなくて、ちゃんも付けたるやん。』とか何とか言いくるめるトークはそのものではない前にはしていたのだ。でも、ついぞ最後まで呼び捨てで、「ちゃん」をつけることは一度たりともなかった。酷い男である。

その「おでん」とは、一度だけ二人で飯を食いに行ったことがある。場所はお洒落系屋台の寿司屋だったと思う。
彼女は可愛いし、オッパイもデカイし、素直な性格の娘だったけど、話は全然弾まなかった。
何だかツマンナかったのである。別に彼女に魅力が無かったワケではない。単にフィーリングが合わなかったのだ。素直なだけで、個性を感じられなかったのである。そういうものは30分も話せばわかることだ。多分、少し変わった女が好きなのかもしれない。ロクでもない相手だとしても、相性が合えば惹かれあってしまうのが恋だとかいうものなのだ。

ひとしきりのモノローグが終えたところで、次は白の方を頼むことにする。
でも酒粕を使っているらしく甘い可能性がある。左党は甘いものは好まない。それにセットだと具は赤おでんと全く同じラインナップのようだ。飽き性の自分が、それに飽きないワケがない。
値段的には損だが、ならばと単品で白のスジ肉(¥250)を頼むことにした。

 

 
酒粕の良い香りがする。自分ところの酒蔵の酒粕だろうから期待は持てそうだ。当然ここは酒粕に絶対合うであろう日本酒を頼むことにした。

 

 
『本醸造なだぎく』。
意外なほどに辛口で、思ってた以上に旨い。

食ってみる。
濃厚だ。酒の味がスゴくする。甘いが、それほど気にならない。でも、そんなに幾つも食えないだろう。単品にしといて正解だ。

すかさず日本酒を飲む。合うねぇ。
あっ、閃いた。ここは一味をかけて、もっと酒との相性を良くしよう。

 

 
うん、いいね。正解だ。

店に来てから、ずっと懐かしい歌謡曲が流れている。
最初に耳に入ってきたのは町田義人の『戦士の休息』だった。🎵男はだ~れも皆 孤独な兵士~ 笑えて死ねる人生~ それさえあればい~い
懐かしい。映画『野性の証明』のテーマ曲だったよね。
次は小椋佳の『さらば青春』。あれっ❓『さらば青春の時』かな❓どっちだっけ❓とにかく、🎵僕は~ 呼び掛けはしな~い 遠く過ぎさるもの~に 僕は~ 呼び掛けはしな~い 傍らをゆくものさえ~ って方だ。
3曲目は尾崎豊の『15の夜』。これは誰でも知っているだろう。🎵盗んだバイクを…ってやつね。
4曲目はキャンディーズの『ハートのエースが出てこない』。言わずと知れた名曲だ。何かよくワカランがとても嬉しくなってきた。やっぱ、昭和の時代は良かったよ。

もう一品くらい頼もうかと思った。でもおでんはもういいや。とすれぱ、姫路名物だそうだが今まで聞いた事もない『ひねぽん』辺りを頼もうか…。ひねぽんのひねは卵を産まなくなった雌鶏(ひね鶏)の事で、ぽんはポン酢の事のようだ。
でもなあ…、ようはメスの親鳥の肉をポン酢で和えたものだろ❓味の想像はだいたいつく。無理して食べるほどのものでもないだろう。それにこれ以上食ったら、次の店で何も入らなくなるかもしれん。ここは思い切って移動することにした。
5曲目のザザンの『チャコの海岸物語』が終わったところで店を出た。さらば、昭和のノスタルジィー。

駅へと向かう。

 

 
既に陽は落ち、黄昏れ時になっていた。
路上ライブの歌声がビルに反響して谺する。
昼間の暑さが嘘のように涼しい。
風が渡ってゆく。何だか、ほっこりする。
そういえば、もう9月も10日なのだ。
秋の気配を感じた。

 
                    つづく

 
追伸
書き出すと言葉が溢れて、サクサク書けない。
理想は昔に書いた『西へ西へ、南へ南へ』の初回と最終回かな。本当はソリッドな文章を書きたいのだ。
次回、最終回。といっても予定としておこう。

 
(註1)この世には存在しないものだと思っていた
赤塚先生の串おでんのモチーフになった店があるようだ。チビ太のおでんは、公式には上からコンニャク、ガンモ、ナルトで、だしは関西風と設定されているが、この店の当時の具は「はんぺん」「揚げボール」「ナルト」だったという。
因みに、コンビニの「サークルKサンクス」が一時期「チビ太のおでん」と称して、この串に刺したおでんを販売していたようだ。