奈良で念願の蕎麦を食う

 
  
奈良で、やっと念願の蕎麦を食った。

多くの外国人観光客でごった返すメイン通りを左に外れ、土塀に囲まれたひっそりとした道へ入る。そして、依水園の横を通り過ぎる。
店はその先、戒壇院の近くにある。店の隣は奈良を撮り続けた写真家、入江泰吉の旧居だ。
この辺は東大寺の裏道にあたり、人も少なく閑静なところなので昔から好きだ。
だから、その蕎麦屋の前はよく通る。店は20年くらい前からあったような気がするが、なぜか一度も入る機会が無かった。定休日だったり、蕎麦が売り切れて早々と店じまいしていたり、或いは既にお昼を食べてしまったあとだったりと、いつもタイミングが合わなかったのだ。
とはいえ、今日も既に早めの昼食は済ませていた。タイミングがバッチシというワケではない。だから一旦店の前で立ち止まり、暫し迷いはした。でも、今ここで入らないと一生食えないんじゃないかと思った。愚図愚図してるうちに店が閉店したり、遠くへ移転したりするなんて事は往々にしてあるのだ。こういう悪い連鎖は多少無理をしてでも行かないと、断ち切れない。そういう意味では、今が最大のチャンスかもしれないと考えなおした。それに時刻は既に午後2時を過ぎていたから、小腹が空きかけてはいた。で、漸く入る気になったと云うワケ。

 

 
奥に秋を演出する栗とススキが飾られてある。
おっ洒落だね~。

 

 
外観は、大体こんな感じである。
古民家風で、如何にも旨そうな蕎麦屋然とした雰囲気を醸し出している。
だが昔はもっと素っ気ない外観で、見過ごしそうなくらいに周囲と同化していた。そこに、お洒落感は微塵もなく、わびさび感が半端なかった。そういう意味では、どこか緊張を強いられるところがあって、もっと入りづらかったような雰囲気だった気がする。

 

 
このような外国人向けの看板も無かったしね。
そういえば、昔は店の入口に信楽焼のタヌキなんて無かったような気がするぞ。或いは店が前と変わってたりして…。

中へ入る。

 

 
店内はこんな感じで、癒し系の音楽が流れている。
写ってないけど、手前の大きなテーブルには大人数の白人の家族連れがいた。後から外国人カップルも入って来た。外国の人が好んで蕎麦を食う時代がやって来てるのかなあ❓

座ってすぐ、メニューも見ずに「もりそば」を頼む。初めての蕎麦屋では必ず「もりそば」を頼むことにしている。Simple is the best. 蕎麦そのものの旨さを測るには、余計なものはいらない。シンブルが一番だ。

だが、もりそばと言ったら、店員さんに怪訝な顔をされた。どうやら、もりそばが通じてないようなんである。
これは関西では従来「もりそば」とゆう言葉はあまり馴染みがなくて、笊に乗っけられた冷たい蕎麦は大体「ざるそば」と呼ばれてきたからだろう。最近は関西でも江戸スタイルの店が増えてはいるけれど、まだまだ知らない人も多いってワケだね。やはり関東は「そば文化」、関西は「うどん文化」なのだ。
とはいえ、実を言うと蕎麦店の発祥は東京ではなくて大阪なのだ。コレ、東京の人に言うと、大概は怒るか機嫌が悪くなるんだよね。でも、これはれっきとした事実なのだ。嘘だと思うんだったら、ウィキペディアでも何でもいいから、調べてくれたら得心がいくだろう(とはいえ諸説あり)。

話が逸れた。
きょとんとしている店員のオバチャンに、『ざるそばの海苔抜きのことです。とにかく海苔抜いてくれたら、それでいいです。』と言う。
『あのう…、でもうちのざるそばには最初から海苔が入っていません。』
今度は、コッチがきょとんとする番だった。
何だ、この会話のギクシャク感は。ちょっと気持ちがゾワゾワする。
一刻も早くこの変な間を終わらせたくって、『じゃあ、その海苔の入ってないざるそばでいいです。』と早口で返した。

テーブルに座って蕎麦茶を飲みながら、ふと思う。
でもさあ、ざるそばを頼んで、もし海苔が乗っかってなかったら『(#`皿´)おんどれ、海苔乗っかとらんやないけー。何ケチっとんねんワレ。』と怒る客もいるんじゃないか❓いや、絶対いるだろう。そん時は、どう答えるのだろうか❓一々、かくかくしかじか説明するのであろうか❓それって、相当面倒くさくねえか❓ 想像して、再びギクシャク感とゾワゾワ感に包まれる。
けんど、そんな心配をしてどうなるもんでもない。そもそもワシとは関係ない事だ。考えること自体ムダな事に気づいて、想念をシャットアウトした。

テーブルに店の名刺が置いてあるのを見て、初めてこの店が『そば処 喜多原』という名だと知る。こんな名前だったっけ…。

中々、蕎麦が来ない。もりそばの一件といい、一瞬イラッとしかけたが、ふと思い直した。
時間がかかっていると云うことは、「挽きたて」「打ちたて」「湯がきたて」の所謂(いわゆる)「三たて」の可能性がある。だとしたら、期待はかなり持てる。

10分以上待たされて、ようやく蕎麦が運ばれてきた。

 

 
いい感じだ。
旨い蕎麦は佇まいが良い。見た瞬間に旨いことを確信した。

 

 
細くて端整な蕎麦だ。
『先ずは塩で御賞味ください。』と言われたので、素直にそれに従う。ようは最初は蕎麦の香りを楽しめって事だろう。

食べてみる。
なるほどね。言わんとしている事はよく解る。確かに蕎麦の香りが鼻孔からスウーッと抜ける。だがこの食べ方、理解はできるが、あまり好きではない。何か口の中でボソボソするからだ。つゆが無いから、スルッと喉の奥へと入ってゆかないのが何だかもどかしいのだ。蕎麦の香りを楽しみたかったら、蕎麦そのものに鼻をもっていけば、充分に事足りると思うんだよね。それじゃ、ダメなの?

お次は、いよいよ蕎麦の先3分の1ほどをつゆにつけてすする。
(≧▽≦)美味い❗
細いのにコシがあり、心地好い歯触りと共に喉をするりと通ってゆく。喉ごしもいい。
十割蕎麦ではなく、つなぎの小麦粉が入っていそうだ。しかし、割合は二八蕎麦でもないような気がする。小麦粉の量はもっと少なさそうだ。十割と二八の中間なら、エエとこ取りである。ならば理想的じゃないか。

そばつゆも香り高くて、味がしっかりとしている。
おそらく昆布と鰹を合わせたものだろうが、素材は相当良いものを使っているとみえる。

いやはや、今年食った蕎麦の中では断トツ1位の蕎麦だよ。美味くて、あっという間に食べ終えてしまう。満足至極である。

でも、ここでずっと前から思っていた蕎麦に対しての文句を言っちゃおう。
蕎麦って、値段が矢鱈と高くねえか❓
この店は870円だから、このクオリティにしての値とすれば他の店と比して安い。量も他の店と比べて特に少ないワケではないから、良心的と言ってもよい。
それでも思う。真っ当な蕎麦を食わせる店って、量が少ないわりに値段が高いよね。ラーメンやウドンと比べて明らかに量が少ないのだ。だから、冷たい蕎麦だと満腹にならない。で、別で天麩羅なんぞを頼んじまい、気がつけば結構な値段になっている。で、食い終わったあとに、美味かったのに何か気分的にスッキリしないのだ。旨ければ、まだいい。これが値段のわりに不味かったりなんかすると、ホント腹が立つ。
この辺、皆さんはどう思ってるんざましょ。

とはいえ、きっと原材料が高いのだろうとは思う。小麦粉が主体のラーメンやウドンとは違うのだと言われれば口ごもらざるおえないところはある。でも、蕎麦って痩せた土地でも育つというじゃないか。簡単に育てられるなら大量生産できるから、安く提供できないものなのかね❓

最後に蕎麦湯が出てくる。

 

 
つゆが旨いだけに、蕎麦湯も当然の事ながらに旨い。
寛いでいると、オバチャンがテーブルを片付けている中に「すだちそば」らしきものがあることに気づいた。
すだちそば、好きなんだよなあ…。季節的にも今の時期しか食えないものだし、とても気になる。
と云うワケで今更ながらにメニューを所望する。

 

 
右側が冷たい蕎麦で、左側が温かい蕎麦である。思ってた以上にメニュー豊富なんだね。

 

 
ざるそばのところに「蕎麦粉10割+つなぎ1割」と書いてある。やはり十割蕎麦じゃなかったんだね。小麦粉も二八の割合じゃないから、十割蕎麦と二八蕎麦の間と云う見立てはビンゴだったワケだよね。我ながら、中々鋭いじゃないか。
でも待てよ。この記述だと蕎麦粉10割と小麦粉1割となってるから、足せば11割だよね❓オカしかないか❓割合が10対1って意味なのかな❓まあ、美味かったから、どっちだっていいんだけどね。

結構お酒もある。
奈良の辛口といえば『春鹿』だよなあ。酒、呑みたくなってくるわ。
ところで、蕎麦屋で酒飲むって粋な感じがするけど、あれって何でだろうか❓

 

 
結局、すだち蕎麦は頼まなかった。これからムラサキツバメ(註1)の様子も見ないといけないし、若草山でもっとカマツカの木を探さねばならない。結構歩くから腹八分目がよろしかろうと思ったのだ。

外に出て、戒壇院に向かって歩き始める。
あっ、今年の冬に訪れた時は門の修復をしてたけど、もう終わったんだね(註2)。
この階段と門の感じが好きだ。いつ見ても心が落ち着く。

 
【戒壇院】

 
でもそのうち、この辺も観光客だらけになってしまうのかもしれない。それは、きっと良い事なのだろうが、あまり嬉しくないなと思った。

                   おしまい

 
追伸
この店をあとで調べてみたら、色んなことがわかってきた。
まず驚いたのは、食べログか何かに「旧店名 そば処 よし川」とあったことだ。という事は代替わりじゃなくて、店主が前と変わってるって事なのかな❓
オーナーが吉川(芳川?)さんから喜多原(北原?)さんに変わった可能性が高いよね。店の外観の雰囲気が変わったのも、そのせいかもしれない。
だとしたら、「そば処 よし川」の時代に行っとくべきだったなと後悔してる。

ホームページを見ると、やはり「挽きたて」「打ちたて」「湯がきたて」の三たてで、蕎麦は北海道産のものを毎朝石臼で挽き、自家製粉しているようだ。北海道産のソバといえば良質とされ、評価が高い。で、三たてとくれば、なるほど美味いワケだ。納得だよ。

出汁は北海道産の利尻昆布と真昆布、干シイタケと3種類の削り節を使用しているとの事。これまた予想通りで、やはり良い素材を使っている。
因みに、使っている醤油など他の素材については言及されていなかった。

 
(註1)ムラサキツバメ

 
南方系の大型のシジミチョウの仲間で、近年になり、東に分布を拡げている。
奈良公園には幼虫の食樹であるシリブカガシが比較的あり、毎年安定して発生している。
この日は時期が悪く、見る個体はボロばっかだった。

 
(註2)戒壇院の門の修復…
当ブログに、その時の話があります。タイトルは『巨樹と仏像』だったっけかな。ヒマな人は読んで下され。