カニカマメンマ

  
何か、カニカマメンマって舌噛みそうだ。
ハイ、早口で5回続けてカニカマメンマと言ってみましょう\(^o^)/

2週間ほど前だったと思うが、TVの『マツコの知らない世界』で、カニカマを取り上げていた。一年365日間、ずーっとカニカマを食べ続けてるカニカマおばさんが、カニカマの魅力を伝えると云う内容だ。

その中でカニカマを使った料理も紹介されていた。その一つがカニカマメンマという代物だ。
酒のツマミとして紹介されたものだが、マツコ絶賛で、しかも超簡単に作れそうなので気になった。

で、作った。

 

 
たしかに超簡単だった。

材料はカニカマとメンマ、白髪ネギ。あと調味料の白胡椒、胡麻油だけである。
カニカマは一正蒲鉾の「カニ風味スティック」、メンマは桃屋のメンマ「やわらぎ」を使った。

 
【一正蒲鉾 カニ風味スティック】

 
イオングループでは、コヤツがだいたい山積みになっておる。味は安定して旨い。

  
【桃屋のやわらぎメンマ】 

 
あれば、もっと穂先をふんだんに使った柔らかいモノの方がいいと思う。

作り方はホントに超簡単で、これらを混ぜ合わせるだけである。あっ、カニカマは縦に裂かなきゃいけんし、ネギも切らなきゃイケんけど。

味は、不味くはない。そこそこ旨い。
でも劇的に旨いかと訊かれたら、首を傾げる。そこそこ旨いけど、何かチープな味なんである。

カニカマもメンマもまだ残ってるし、二日後にもう一回作った。

 

 
白髪ネギは3分の2を混ぜて、残りを上に飾った。
見た目がいいかなと思ったのさ。

でも、食うときは結局全部混ぜ合わせるんだけどね。

 

 
慣れてくると、これはこれで有りかもなあ…。
この味はハマる人はハマりそうな気がする。
でも2回目なんだから、今思えばもっとアレンジすべきだったかもなあ…。
けど、何をどうすればいいのかワカラン(?_?)

そういえば、番組では進化系カニカマって事で、🍊みかんカニカマとかも紹介されてたよなあ。

何じゃ、こりゃ❗❓だったので、スーパーで思わず写真撮っちやったよ。だから画像が残ってる。

 

 
どんな味なんだろ❓
気にはなったから、正直買うかどうかを迷ったよ。
でも結局買わなかった。
冷静になって考えてみたら、「んなもん、旨いワケないじゃないか(*`Д´)ノ❗」と思ったのである。

けど、マツコは結構旨いような事を言ってた。
そんなにミカン、ミカンしてなくて、仄かにミカンを感じるから違和感は思ってた程には無いそうだ。
そっか…ミカンと聞けば拒否反応が起きるが、考えたらミカンも柚子やレモンと同じ柑橘系だもんな。気づかんかった…。

実をいうと、その前にはソーダ味とかも売ってた。
コレも思わず写真を撮ってもうた。
一正蒲鉾よ、何処に行こうとしてるのだ❓
カニカマ業界1位の会社だけど、アンタら大丈夫かあ❓と思ったよ。

 

 
食いもんの色として、青は絶対タブーでしょうよ。
全然食欲が湧かないない色の筆頭だ。しかもソーダ味って、「ガリガリくん」かよ。攻め過ぎだよ。カニ味とソーダ味が混ざった味って、ゼッテー旨いワケないじゃん。想像しただけでも、嫌な気分になる。

でも、気になるなあ…。どんだけ不味いか知りたいよ。売れたのかなあ…。大量に残ってしまって大損してたら笑うなあ。

今度また変なのを出してきたら、買おっかなあ…。

 
                   おしまい

 
追伸
カニカマといえば、圧倒的にスギヨが作っているカニカマが旨い。カニカマを世に送り出した会社だしね。
そういえば、カニカマおばさんがカニカマにハマるキッカケがこのスギヨの「大人のカニカマ」だった。カニカマの中で一番旨いとも言っていた。
そのスギヨのカニカマが、昨日半額で売ってたから買ったんだよなあ…。「大人のカニカマ」じゃなくて、「かにちゃいまっせ」だけど。

 

 
まだメンマも白ネギもあるし、もう一回作れないことはない。でもなあ…、そのまま食って旨いのに、わざわざ変に手を加えて不味くなったら腹立つよなあ…。

 

2018′ カトカラ元年 その六

   
  vol.6 マメキシタバ

    『侏儒の舞』

  
2018年 7月某日。

夜の森へと足を踏み入れる。
7月も半ばになると、夜でも蒸し暑い。立ってるだけで汗がジットリと額から滲み出してくる。

樹液がドバドバ出ている御神木にぞんざいに近づいたら、黄色系のカトカラたちが驚いて一斉に飛び立った。結構な数で、ちょっとしたワチャワチャの乱舞の様相だ。

『あっ、マメキシタバもいますよ。あのチビこい奴、ほら、アレ。』と小太郎くんが言う。
でも、オイラはそれに特に反応する事もなく見送る。
『えっ、マメ採らないんですか❓五十嵐さん、まだ採った事ありませんよね❓』と小太郎くんが怪訝な顔で訊いてくる。
それに対して面倒くさそうに返す。
『無いけど、そのうち採れるやろ。どうせまた戻ってくるっしょ?』。
『やる気、全然ないですねー。』
と小太郎くんは言うが、クソ暑いんである。たかがマメキシタバに気合いなんぞ入るワケがない。
イガちゃん、ヒドイねー。まだ一つも採った事もないクセに、こんな事を言うなんてやっぱ虫採りをナメてる男なのである。

以前、フシキキシタバ、ワモンキシタバという美しいカトカラに連続して出会った事がキッカケでカトカラにハマったと書いたが、実をいうとあれは半分は本当だが、半分は嘘である。
カトカラの美しさには目覚めはしたが、正直言うと一部の美しいものにしか興味がなかった。近畿地方で採れるものは、前回に登場したカバフキシタバと他はシロシタバ、ムラサキシタバくらいにしか真の意味での興味はなかったと云うのが偽らざる気持ちだった。
それゆえカバフを仕留めたところで、何だか腑抜けになっていたのだ。カトカラを全種を集めるとは言ったが、日本の蝶をコンプリートしてやろうという気持ちに比べれば、モチベーションは遥かに低い。勢いで言っただけで、本当はそれほど強い決意はなかった。
だからか、マメキシタバを最初に採った時の記憶というものがゴッソリと欠落している。見事なまてに全然憶えてないのだ。
探してみたが、どうやら最初に採った時の証拠写真さえない。ようするに写真も撮っていないのだ。たぶん撮る気さえ起こらなかったのだろう。
一応、今年は辛うじて撮っているので、替わりにそちらの画像を添付しておこう。でも、これとて撮ったことさえ完全に忘れていた。

 

(2019.7.5 兵庫県宝塚市)

 
去年、最初に展翅したらしきモノの写真は一応残ってはいる。

 

 
♂だね。
どうやらファースト・ゲットはボロボロの個体だ。
冒頭の場所、矢田丘陵で採れたものかどうだかは定かではない。或いは他の所だったかもしれない。ボロゆえかラベルも無いのである。記憶ゼロだ。
それにしても、やはり一年目の展翅は酷いね。上翅を上げ過ぎてしまっているし、触角も今イチだ。

他の個体も並べておこう。

 

 
これは兵庫県六甲山地西部の個体だ。コチラも♂である。
採った記憶は全然ないが、これにはラベルがあるから間違いなかろう。

後翅はオレンジの地に黒い帯が楕円を描くようにあり、内側の帯の中心に薄い1本の黒い線が走るのが特徴である。
下翅はオレンジの領域が広く、フシキキシタバに似ている。しかし、上翅の色柄が違うので区別は容易。だいち両者は大きさが全然違う。マメキシタバの方が遥かに小さい。加えて発生時期も異なる。フシキキシタバの発生の方が1ヶ月くらい早いから、両者を同時に見る機会は殆んどないと言っていい。仮にあったとしても、フシキはその頃にはボロボロだから見間違えることはほぼ無いと言えよう(フシキキシタバについては当ブログに詳しく書いたので、画像等含めてソチラを見てくだされ)。

 

 
腹部が短くて太いから♀だね。
コヤツは上翅の模様にメリハリがあるなあ。ネットの情報なんかだとマメキシタバの上翅の模様は結構バリエーションがあるらしいけど、あまり意識した事はない。コガタキシタバやクロシオキシタバなんかの方が余程変化に富んでいるからだ。それらと比べると正直ツマンナイ。バリエーションも、どこか地味なのだ。

次のは、上翅がやはり上がり過ぎてはいるものの、比較的マシな展翅かな。問題は多々あるが、バランスはそう悪くはないだろう。

 

 
裏展翅した写真も出てきた。
ボロいし、裏展にでもしとくか…てな感じが色濃く滲み出ているようなテキトー展翅だ。

 

 
上2つが♂で、一番下が♀である。
何れも生駒山地北部のものだ。
この時の事はよく憶えている。樹液から驚いて飛んだマメキシタバたちが、アチキの周囲で何頭もがくるくると優雅に舞ったのである。侏儒の舞だ。でも小人どもの舞というよりかは、妖精たちの舞に見えた。
中々に幻想的な光景で、ほんの僅かな間だったが何となく嬉しい気持ちになったのをよく覚えている。こんな気分になれたのは、マメキシタバならではだと思う。珍しい種類ならば、それどころではない。興奮して、そんな優雅な気分に浸っている余裕などない。
また、これがもしパタラキシタバ(C.patala)、いわゆる普通キシタバならば、きっと腹を立ててムチャクチャに網を振り回して全員撃墜させていたかもしれない。デカイから、そんなのに囲まれて飛び回られたりしたら不気味だし、めちゃんこ気持ち悪いじゃないか。悪夢だ。何かの呪いじゃよ。想像しただけでも恐ろしいや。

今年、2019年に採ったものも並べておこう。少しは展翅もマシな筈だ。

 
(2019.8.11 大阪府四條畷市)

 
♂だね。8月も半ばだが、この時期でも結構新鮮な個体がいる。

 
(2019.7.5 兵庫県宝塚市)

 
これも♂である。
この場所では個体数が少なかった。稀種とされるカバフキシタバの方が、よっぽど多かった。

 
(2019.7.25 大阪府四條畷市)

 
これは♀だね。
ここは比較的個体数が多いが、去年よりかは少なかったと思う。

お次は裏面。

 

(2点とも 2019.8.11 大阪府四條畷市)

 
あらあら、全部でこんだけかい。もっと見た記憶があるのになあ…。何だかマメキシタバに対しての興味の度合いを如実に表しているようじゃないか。きっと見てもロクに採ってないってワケだな。
と云うワケなので、ネタも無いし、続編は書きましぇん。( ̄∇ ̄*)ゞあはは…、扱いがホントないがしろだニャア(ФωФ)
マメちゃん、ゴメンね、ゴメンねー。

 
【和名】
和名マメキシタバは、ヤクシマヒメキシタバと並び国内のカトカラの中では最も小さい事から名付けられたのだろう。これに関しては、べつに文句はない。豆電球や豆皿、豆柴(犬)に豆ダヌキ等々、昔から日本では小さいものの名前に豆を冠するという伝統があるからだ。虫だってマメコガネやマメゾウムシ等々があるし、特に違和感はない。まあ予定調和過ぎて面白くはないけどね。
あっ、今思い出したけど、スズキキシタバという和名が付けられたこともあるようだ。でもダサ過ぎて、コメントする気にもなれないや。

そういえば大学生の頃、男同士何人かで恋ばな(恋話)になったら、必ず最後のオチはいつも『何だかんだ言ってもー、結局マメが一番❗』と云う全員の唱和で終わってたっけ…。話が終盤になると、誰かが『何だかんだ言ってもー』と言えば、あとの句を皆が唱和して、しゃんしゃんでお開きになるのだ。
この時代の皆の悩みごとの大半は恋愛で、今にして思えば、とってもピュアだった。青春だったなあ…。
老いも若きも世の男性諸君❗恋愛の極意は、マメでっせ❗これに尽きます。今も昔も、モテる男は女の子の背中の痒い所に手が届くようなマメ男なのだ。自分は性格上、そういうの無理だけどさ。

 
【学名】Catocala duplicata (Butler,1885)

ネットで「duplicata 語源」で検索すると、ズラリと英語の「duplicate」の意味が出てきた。

①同一物の)2通の一つ[控え]、副本
②写し、複製、複写、複製物
③重複の、二重の、一双の
④まったく同じ、うりふたつの

ようするにコピーと云うワケである。だから、偽物、紛い物、贋作なんて意味もあるようだ。自分だってマメキシタバにぞんざいな扱いをしといて何だが、偽物とか紛い物ってのは酷いやね。もし語源がそっちなら、気の毒なくらいに不当に低い扱いだ。同情を禁じえないよ。
平嶋義宏氏の『蝶の学名-その語源と解説-』を紐とくと、タテハチョウ科イチモンジチョウ属のナガサキイチモンジの亜種に Ladoga helmanni duplicata と云うのがいた。それに拠ると、duplicata(ドゥプリカータ) はラテン語由来で duplicataus の女性形とある。意味は「2倍の、重複した」となっていた。
2倍はまだしも、学名に重複したって意味が込められているとしたら、やっぱりネガティブなネーミングだよね。マメキシタバって不憫なカトカラだなあ…。

それは置いといて、ナゼにこのような学名がつけられたのだろう❓全然想像がつかないや。
そもそも2倍ってのがわからない。2分の1ならまだしも、チビッコなくせに2倍って何でやねん❓まさか哲学的なメタファーが込められているワケでもあるまいに。謎だよ。
もしかして他にシャム双生児みたくソックリな奴がいて、そいつと比べての命名❓
ならばと『世界のカトカラ』で探してみると、モンゴルヒメキシタバ Catocala proxeneta と云う、ちょっと似ているのが見つかった。しかも、ページこそ違えど、同じグループに入れられている。
しかし、記載年を確認したら、マメキシタバよりも後の記載になっている。となると、ブー。推察には当てはまらない。マジ、謎だよ(;・ω・)
考えても、他に考えうる理由がてんで思い浮かばない。
(ノ-_-)ノ~┻━┻ や~めた。スマンがマメキシタバの事なんぞ、どうだっていい。本音を言ってしまえば、全然興味ないのだ。

余談だが、ナガサキイチモンジについて少し書いておこう。
察しのいい方ならばナガサキイチモンジと云う和名からピンとくるかもしれないが、このチョウ、実をいうと日本の長崎で採られている。過去に Leechによる古い採集記録があるのだ。しかし、それが本邦における唯一の採集記録である。謂わば、幻のチョウなのだ。
かなり謎の記録だが、妥当に考えれば、おそらく迷蝶だろう。なぜなら亜種 duplicata の分布はアムール、ウスリー、北東中国、韓国とあるからだ。風に乗って飛んで来る可能性は有り得る。
ところで、今でもその標本って存在するのかなあ❓意外と同定間違いだったりしてね。もしくは日本での採集品の中に韓国や中国のものが混入してしまったなんて事だって無きにしもあらずだ。
因みにナガサキイチモンジは現在は属名が変わっいるようで、Limenitis helmanni という新しい学名になっている。

 
【開張(mm)】
46~48㎜。
小さい。それゆえなのか、どっか有り難みがないんだろねぇ。人気も今イチだ。

 
【分布】
北海道、本州、四国、九州、対馬、朝鮮半島、中国。

分布は広いが、産地はやや局所的であるとされている。でも、自分の中では普通種と云うイメージがある。けれど、2年目の経験も加えると、どこにでもいるというワケではなさそうだ。生息する場所では比較的多産する印象があるが、全く見ない場所や個体数の少ないところも結構ある。
そういえば意外だったが、九州などの暖地では少ない種らしい。カトカラは西日本寄りの分布のものと東日本寄りに分布するものがいるから、西日本寄りのものは九州には沢山いるかと思いきや、そうでもないんだね。そういえば実際、沖縄などの南西諸島にはアマミキシタバくらいしかいないもんね。カトカラは南方系ではないと云うことだ。かといって北海道には産しないカトカラもいるから、元々寒冷地の蛾とも言い切れないところがある。意外と温帯を好む狭適応型の蛾なのかもしれない。テキトーに言ってるけど(笑)。

 
【成虫出現期】
近畿地方では6月中下旬頃から現れ、生き残りは10月中旬頃まで見られる。最盛期は7月上旬から半ばといったところかな。

 
【生態】
クヌギ、コナラを主体とした低山地の二次林を好む。
垂直分布の限界はミズナラ帯に準ずるものと思われる。おそらく標高1200~1500m辺りだろう。
灯火にも樹液にもよく集まり、糖蜜トラップにもよく反応する。樹液への飛来時刻は早く、日没後、真っ先にやって来る種の一つだろう。吸汁時は他のカトカラのように下翅を開かないとされるが、そうでもない印象がある。確かに開かない個体は多いが、開く個体もそこそこ見てる。吸汁が終わると、近くの木に止まっていることが多い。これはその日のうちに再び樹液に訪れる為だからと思われる。他のカトカラも同じ習性を持つものは多い。樹液が出ている木を見つけたら、その木だけではなく、周囲の木も探査しといて損はない。

昼間は頭を下向きにして樹幹などに静止している。
結構敏感で、近づくと素早く反応して飛び立ち、意外と採れない。着地時は上向きに止まり、数十秒以内に下向きになるという。夜間は他のカトカラと同じく上向きに止まっている。

因みに、石塚勝己さんは『世界のカトカラ』で、見た目が全然違うエゾシロシタバと近縁関係であることを示唆しておられる。西尾氏も『日本のCatocala』の中で、両者の幼虫の見てくれと生態が酷似していることを報告されているから、見た目以上に近い間柄なのかもしれない。
反対に他人の空似なんて事もあるから興味深い。ただキシタバ(C.patala)とコガタキシタバなんぞは見た目がかなり似ているし、幼虫の食樹も重なるから、近い関係にあるかと思いきや、系統的にはかなり離れているらしい。生き物って面白いやね。

 
【幼虫の食餌植物】
ブナ科コナラ属のクヌギ、コナラ、アベマキ、ナラガシワ、ミズナラ、アラカシが知られている。
食樹はどこにでもあるようなものだが、それと呼応してどこにでもいるワケではないので、やや不思議な感がある。
西尾氏の言によると、幼虫は樹齢10~30年の木を好むそうだから、その幼虫の嗜好性が分布と何らかの関わりがあるのかもしれない。また、その著書によると、アラカシ食いの個体群は上翅が暗化する傾向があるそうだ。

とここまで書いて、クロージングの仕方がワカンなくなった。
思い入れがないから、いつもみたいにカッコつけのモノローグで終わるワケにもいかんしなあ…。 
と云うワケで、このままグダグタで終わります。

 
                    おしまい

 
追伸

文中と小タイトルに「侏儒」と云う言葉が出てくるが、タイトルをつける時に浮かんだのが、芥川龍之介の箴言集『侏儒の言葉』と半村良の壮大な伝奇ロマン小説『妖星伝』だ。どちらも中学生の頃に読んだ小説だから、あんまし中身は覚えてないけれど、『妖星伝』はワクワクした記憶がある。地下世界で小人どもが暗躍、蠢くのだ。そういえば半村良には『侏儒の黄金宮』と云う作品もあった筈だ。読んでないけど。
因みに侏儒の意味だが、体の小さい人、小人とされる。また知識のない人の蔑称でもあるようだ。本タイトルとは関係ないけどさ。マメちゃんのことは蔑視しがちだけど、そういう意味をタイトルに込めたワケではない。
補足しておくと、箴言とは戒めの言葉。教訓の意味をもつ短い言葉。格言である。これまたタイトルとリンクしているワケではないので、あしからず。

追伸の追伸
Facebookに記事のリンクをあげたところ、カトカラ研究の第一人者である石塚勝己さんから以下のような御指摘があった。そのやり取りを記しておきます。

(石塚さん)
ブログの「去年、最初に展翅した・・・」て、コガタキシタバのように見えますが?
帯の形ですよねぇ…。

(ワシ)
でも胴体が細いし、小さかったのでマメかなと…。(ここでは書き忘れたが、帯が細くて黄色い領域も広い)

(石塚さん)
前翅亜基線の形状はマメではなくコガタのように見えますし、基部はマメより黒く見えます。後翅中央黒帯の形状もマメよりコガタに似ていますよね。
大分擦れている個体ですが、頭部から肩部の毛の色、こげ茶に見えるので、コダタではないかと思います。

こんなボロい個体でも見抜くなんて流石である。
プロはやっぱ凄いや。そう思っただすよ。
石塚さん、有り難う御座いました。

 

水茄子を愛する男

 
10月に入って、遂にスーパーの漬物売場から水茄子が姿を消した。ちょっぴり残念だ。

それにしても今年はよく水茄子を食った。
春先の三月からコンスタントに水茄子を食い続けていた。水茄子といえば夏のイメージが強いが、意外にも春先にはもう姿を見せ始めるのである。人気があるゆえ、最近はハウス栽培とかも増えているのかもしれない。

 

 
水茄子は関西ではポピュラーな存在ではあるが、全国的にはまだまだあまり知られていないとも思われるので、一応解説しておこう。

 
【泉州水茄子】
(出展『川崎農園』)

 
主に大阪府南部の泉州地域で栽培されており、形は普通の茄子よりも丸みを帯びる。果肉に多くの水分を含む事から、この名がある。
やったことあるけど、手で、うりゃ(#`皿´)と搾ると、驚くほど大量の水が出てくる。農家の人は、喉が渇いたら時々水がわりに搾って飲むらしい。高級🍆ナスだから、最近はやる人あまりいないと思うけど。

糠漬けや浅漬けで食べられることが多いが、生でも食べられている。
本来、茄子はアクが強くて生食には向かない野菜であるが、水茄子はアクが少なくて水分を多量に含んでいる。ゆえに生食も可能なようだ。
生で食べると、ほのかな甘みと爽やかな香りがある。シャリシャリ感もそれなりにあって、ちょっと青リンゴっぽい。実際、その特徴からか、江戸時代には果物扱いされていた時期もあったようだ。
なぜにそんなに水分が多いのかというと、主な栽培地である泉佐野市や貝塚市は水はけがよく、海が近いために地下水にも塩分が混じる。加えて温暖な気候ゆえ、蒸発していく水分を補うために大量の水分を貯め込むようになったものと考えられている。

これは知らなかったが、水茄子にも多くの品種があり、泉州地域でも地区によって栽培品種が異なるようだ。
例えば大阪府貝塚市の「幻の水茄子」と呼ばれ、めったに市場に出回る事のない「馬場なす」、同じく貝塚市の水茄子の原種とされる「澤なす」などがある。

 
取り敢えず、今年食べた水茄子を並べていこう。

 

 
上が浅漬け。下が糠漬けである。
夏らしいガラスの器を使おう使おうと思って、結局使ったのは9月も半ばだった。面倒くさがり屋の性格がモロに出とるがな。

浅漬けの方がフレッシュ感があって、生に近い風味がある。一方、糠漬けはそれと比べて味が濃い傾向にある。どちらが好きかと問われたら、答えに苦しむ。どちらも好きだからだ。
但し、より水茄子らしさを味わいたくば、浅漬けかなあ…。

 

 
基本は、何もつけない。
それが一番美味しいと思うからだ。

 

 
こう云う風に手で裂くのが正しいとされる。
けど、食感こそ微妙には違うものの、云うほど味がメチャンコ変わるワケではないと思う。
でも、コレという良い水茄子が手に入った時は、間違いなく包丁で少し切れ目を入れてから裂くけどね。

 

 
これも当然のこと水茄子かと思いきや、絹かわ茄子という別物だった。

 

 
ウィキペディアによると、絹かわ茄子とは愛媛県の西条地区だけで古くから自家消費用として栽培されてきた在来品種で、明治時代には既に栽培が行われていたという記録が残っているそうである。この地域特有の「うちぬき」と呼ばれる湧水を使った栽培によりふっくらと瑞々しくアクが少ないナスなんだそうな。
水茄子にも、最近はこの系統の茄子の血が入ってきてるという。

食ったら、味も殆んど同じだった。

 

 
お約束だし、見た目もあって生姜は一応添えるが、味を邪魔するから個人的には要らないと思う。
とはいえ、生姜が合わないと言っているワケではない。それはそれで旨いのだ。水茄子そのものを楽しむには邪魔だと言ってるだけだかんね。

 

 
気分で、たま~に鰹節なんぞも添える。
鰹節をかけて不味くなることはない。しかし、個性が強過ぎて水茄子の良さが失われがちだ。

 

 
糠漬けだね。上は醤油をかけてみた。気分で、たま~にかける。
これも不味くなるワケがない。しかし、かけ過ぎると、これまた水茄子の個性が消える。

 

 
夏の最盛期になると、糠漬けも色んなメーカーのものが並ぶ。特にどこというのは決めてない。しかし、上のメーカーが一番数が並んでいるので、自然、口にする機会も多い。
糠は捨てずに、適当に野菜を入れて一回だけ糠漬けをつくる。

 

 
この時は人参だったようだね。手でパリポリやってたら、あっという間に無くなったことを思い出したよ。

 

 
あれぇー❓
思ってた程には画像が残ってないぞー。もっと食ってる筈なのになあ。
暫し考えてから、答えに思い至る。ようするに写真を撮ってないんである。だって、いくら撮ってもビジュアル的というか、絵的に一緒。さして変わらんのである。何の面白味もない。

来年は、もっとアグレッシブな盛り付けにしてやろっと。全然思いつかないから自信ないけど。

 
                    おしまい

  
追伸
画像を消したいがゆえの、愛する男シリーズである。
ても、思ったほど消せんかった。