シルビアの迷宮 第一章

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   第一章 『可憐な少女』

 
11月初め、伊丹にシルビアシジミの様子を見に行った。

 
(2019.11.5 伊丹市猪名川河川敷)

 
しかし、河川敷のポイントは草刈りされた直後だった(写真とは違う場所です)。
なのかどうかはワカンナイけど、飛んでいるのはヤマトシジミばっかで中々見つからない。
飛んでいる時の姿はヤマトシジミと非常に紛らわしい。だが、慣れると若干シルビアシジミの方が小さく、♂は翅表がより青っぽく見えるので、おおよその区別はできる。飛び方もヤマトよりも敏捷で、地面を這うように飛ぶものが多い。地這いシジミだ。ヒメシルビアシジミ、ハマヤマトシジミもそんな飛び方なので、個人的には「地這いシジミ三姉妹」と呼んでいる。
けど、草が刈られているせいか、ヤマトも地這い飛びしてる。それに数も多くて、ちょっと青っぽいのや小さい個体もいるので段々ワケわかんなくなってきた。

各ポイントを回り、辛うじて3頭だけ確認できた。
そのうちの2つを持ち帰る。

 

 
相変わらず、ちっちゃいねー。
なんで、拡大しときます。

 

 
シルビィーちゃん、可愛ゆす~(о´∀`о)
あっ、自分は個人的に愛着を込めて、そう呼んでます。
秋型だ。春型と同じく裏面がグレーっぽくなるから、採りさえすれば、この時期は近縁のヤマトシジミとは区別し易くなる。

一応、表側はこんな感じです。

 
【シルビアシジミ♂】
(2017.4.26 伊丹市)

 
表側は、もっと可愛い。

シルビアシジミ。いい名前である。
覚えやすいし、響きもいい。また如何にも可憐な少女をイメージさせるところがある。実際小さいし、ピッタリな名前だと思う。
そういえば、その名前の由来も素敵だったね。和名は、或る蝶の研究者が夭逝した自分の娘の名前をつけたんだよね。
でもその程度の知識で、詳しいことは知らない。
んなもんで、一応ネットでググってみた。したら、諸説ある。大まかなところでは同じなのだが、細かいところが異なっているのだ。どうせ皆さん、アタイと同じく孫引きで、自分の勝手な見解も入ってんだろね。

その折りに学名を見て、あれれっ( ゜o゜)❓と思う。学名の小種名が silvia ではなくて、otisってなってるぞ。またエライところに触れてもうた。もう勘でわかる。こんなの調べ始めると泥沼だぞ。
けんど、このまま蓋をしてスルーするのも癪だし、更に詳しく調べてみることにした。

で、やっと見つけたのが、中村和夫氏の『中原シルビア嬢の小墓碑』と題した文章である。これが一番詳しく書かれているから、由来の正伝と捉えることにした。以下、その文の要約と補足である(一部他の知見も入ってます)。

「シルビアシジミの和名はガン学者中原和郎(1896~1937)の夭折した一人娘 Sylvia Nakahara の名に由来する。
しかし、シルビアシジミの最初の発見者は実をいうと別にいる。
東京大学で英語教師をしていたモンタギュ・アーサー・フェントン(Fenton 1850~1973)は、教え子の一人である田中舘の郷里、岩手県福岡村(現 二戸市)へ向かう徒歩旅行の途上,栃木県氏家町(現 さくら市)上阿久津で本種を採取した。奥州街道と鬼怒川が交差する地点である。フェルトンは昆虫の知識も豊富で、これをヤマトシジミとは別種と考え、河床地に限るという生息地の特性をも見抜いた。
そしてフェントンは学生たちと共に周辺を調査し、その食草も突き止めた。ヤマトシジミの幼虫はカタバミなどを食すが、このチョウの幼虫はミヤコグサを食草としていることが判明したのである。フェントンは1880年に帰国し、これを Lycaena alope(Butler 1881)として新種記載した。

フェントンがこの蝶を発見してから約40年後、中原和郎は米国イサカ市のコーネル大学の大学院に留学。米国女性と結婚し、二女シルビアが誕生する。しかし、生後8カ月(7ヶ月説もある)で亡くなってしまう。
その2年後、中原は日本の友人から送られた1920年兵庫県佐用郡久崎町で得られた上記と同一のものを未記載種(新種)と考えた。彼は娘を悼んで、それに Zizera sylvia(Nakahara 1922)の名を与えた。
しかし、Butler、Nakahara、何れの記載も英文誌に発表され、日本では注目を浴びなかった。また英文誌であるゆえに、和名もつけられていなかった。
余談だが、中原氏は癌研究の権威でもあり、国立がんセンター(現国立がん研究センター)の名誉総長も務めた人だ。

話は尚も続く。
旧制成城高校・中学生の成富安信は健康を害し、療養中に蝶を採集していた。そして1938年、知人の紹介で理研の中原に指導を受けるようになった。その時、成富は友人が1940年岡山県下で採集した種名不詳の蝶を中原宅へ持参した。それは中原が記載したものと同じものだった。この再発見を喜んだ中原が成富に要請し、新称シルヴィアシジミの和名が記録された(成富1941)。しかし、この時もフェルトンの記載には未だ気付いていない。
太平洋戦争終了後,古い記録を精査していた昆虫学者の白水隆(1950)が上記の記載が同一種であることを突き止め、世に明らかにした。そして、新たに学名をZizina otisとした。よって学名の sylvia はシノニム(同物異名)になり、無効となってしまう。
また、同一の種にタイワンコシジミ、ヒメシジミの和名が重複して与えられていたが、江崎・白水(1950)は和名としてシルヴィアシジミを採用する。その後,現代カナ遣いでシルビアシジミの表記が用いられるようなった。」

物語があって、素敵な響きのある和名は愛されるという典型だね。
時々、和名なんて海外では全く通用しないから要らないと思うけど、こういう素敵な和名を前にすると、やはり和名はあってよしだと思う。

しかし、これで話は終わらない。
「さらにその57年後には、日本・本州一帯の本種の学名は矢後(2007)のDNA情報に基づく整理によって、新たな学名 Zizina emelina(delʼOrza 1869)が与えられる事となる。」とも書いてあったのだ。
Σ(゜Д゜)何じゃそりゃ❗❓である。
そう思ったが、よくよく考えてみると、従来シルビアジジミの南西諸島亜種とされてきたものが、数年前に別種ヒメシルビアシジミになったんだよね。

 
【ヒメシルビアシジミ Zizina otis ♂ 】
(2013.2.24 沖縄県南大東島)

 
古い標本で、色が褪せている。
展翅もド下手。小さ過ぎて匙を投げた事を思い出したよ。

話を戻そう。
で、今までの学名 Zizina otis はヒメシルビアに付けられて、本土産のシルビアには、Zizina emelina という新たな学名が宛がわれたってワケやね。
一瞬、emelinaって何由来の命名❓と思ったが、これはどうやら本土産の亜種名だったemelinaが、そのまま種名に昇格したようだ。
でも沖縄亜種の亜種名は、riukyuensis(「琉球の」という意)だった筈だ。これは昇格しないのか❓ 何で otis になったのだ❓ だいち、そもそもフェルトンが最初に見つけたものに命名された Lycaena alope は何処へ行ったのだ❓ Lycaenaは属名が変更されたのだろうが、alope は何処へ消えたの❓ワケわかんねえや。
たぶん、これもシノニムになってんだろうなあ…。
フェルトンの記載は1881年だけど、Zizina otisの原記載は Zizina otis otis(Fabricius,1787)となっているから1787年だろう。となると、もっと古い。だから、otisの方に名前の先取権があるのだろう。
あっ、そっか…。何となく謎が解けてきたぞ。沖縄のヒメシルビアの学名が「otis」になっているのは、これが従来の Zizina otis に組み込まれて、むしろ本土産が別種となったのだ。つまり亜種名が消えたワケではなくて、Zizina otis riukyuensis になったってワケだね。一件落着だわさ。

けんど、すぐに新たな疑問が湧いてくる。
emelinaの記載年は1869年になっていて、別種に分けられた年の2007年ではない。つまり、新種ではないことになる。また、フェルトンが記載した1881年とも合致しない。ならば、シルビアシジミが最初に見つかったのは日本ではないことになる。だったら、原記載は何処の国のシルビアなのだ❓ 謎が謎呼ぶシルビアちゃんだ。

探したら、『Lean About Butterflies』というサイトに、Zizina emelina はチベットと中国西部のみに生息するとあった。のみ❓
( ; ゜Д゜)おいおい、日本には居ないことになってるぞ。益々、謎が謎を呼ぶ展開になってきた。藪蛇ってヤツだ。エライとこ、突っついてしまったなりよ。

探しまくって、ようやく『シルビアシジミの生活史と遺伝的多様性に関する保全生態的研究』(坂本佳子 2013’大阪府立大 博士論文)という長ったらしいタイトルの論文を見つけた。
そこには「シルビアシジミ Zizina emelina emelina(以下、本種)は、日本と韓国に分布し、…」という記述があった。ということは韓国で初めに見つかったということになるのかな?…。もう、そういうことにしておこう。

また、「Zizina-nic.funet.it」というサイトでは、下のような記述も見つけた。

Zizina emelina emelina; Yago, Hirai, Kondo, Tanikawa, Ishii, Wang, Williams & Ueshima, 2008, Zootaxa 1746: 32

Zizina emelina thibetensis; Yago, Hirai, Kondo, Tanikawa, Ishii, Wang, Williams & Ueshima, 2008, Zootaxa 1746: 32

たぶん矢後氏他の記載論文か何かだろう。
これでチベットと中国西部のみの分布という謎も解けた。つまり、この記述からすると、チベットと中国西部産のものは別亜種 thibetensis となるワケだ。
ようは、チベットと中国西部のみに生息しているとした『Lean About Butterflies』の記述は間違いだったって事だね。亜種なんだから、チベットや中国のシルビアは最初に見つかった原記載されたものではない。

このサイトは、Zizina属についても言及しているので、ついでに意訳したものを訂正、補足して載せておこう。

「Zizina属には5種が知られています。最も一般的で、広く分布しているのがインドからアジアに分布するotisです。他は以前は全てotisの亜種と見なされていましたが、現在では異なる種として認識されています。Z.antanossaはアフリカ北西部・東部・マダガスカルに見られ、Z.labradusはオーストラリア、Z.oxleyiはニュージーランドに分布しています。」

で、最後に「emelinaはチベットと中国西部にのみ限定されて分布するようです。」と書いてあった。あっ、自信が無いのか断言はしていないね。

但し、この属の分類には他の見解もあって、Zizina属に含まれるアフリカからアジア、オーストラリア、ニュージーランドまで分布するもの全てを同一種とし、それぞれを代置関係にある亜種とする考えも根強くあるようだ。

ついでのついでで、wikipediaにあったのも載せておこう。学名の下側は英名である。

・Zizina antanossa (Mabille, 1877)
dark grass blue or clover blue

・Zizina labradus (Godart, [1824]) common grass blue, grass blue, or clover blue

・Zizina otis (Fabricius, 1787)
lesser grass blue

・?Zizina similus

・?Zizina emelina

あれれ?、気づかんかったけど、Z.oxleyiというのが無くて、替わりにZ.similusってのが入ってんぞ。おまけに❓マーク付きだわさ。emelina にも❓マークが付いてる。ウキ(wikipedia)を書いた人も、不明で扱いに困ったんだろね。

結局、similusというのは、探しても見つけられなかった。近いのが「Zizina-nic.funet.it」にあった下のコレ。

Unknown or unplaced taxa
Polyommatus similis Moore, 1878; Proc. zool. Soc. Lond. 1878 (3): 702; TL: Hainan
Cupido similis; [NHM card]

しかし、similisとなってて、綴りが微妙に違う。しかも、Unknown or unplaced taxaとなっている。ようするにワッカリマセーンってことやね。不明で、定義できない分類群ってワケだすよ。
oxleyiというのは色んなサイトに出てくるから、たぶん5種のうちの一つはコチラが正しいんだろね。

ついでのついでのついでで、Z.otis(ヒメシルビアシジミ)の亜種名も並べておこう。
因みにwikipediaでは、シルビアシジミ(本土産)の学名が Z.emelinaではなく、Zizina otisのままになってるんだよなあ。ネットの多くのサイトでも、シルビアシジミ=Zizina otisとなってるものが多いんだよねぇ…。そりゃ、混乱も呼ぶわいな。
もう、いっか…。謎を掘り進むのにも疲れてきたよ。取り敢えずヒメシルビアの亜種を並べて、この迷宮の出口を探そう。

・Z. o. annetta (Toxopeus, 1929
・Z. o. aruensis (Swinhoe, 1916)
・Z. o. caduca (Butler, [1876])
・Z. o. indica (Murray, 1874)
・Z. o. kuli (Toxopeus, 1929
・Z. o. lampa (Corbet, 1940)
・Z. o. lampra (Tite, 1969)
・Z. o. luculenta (Kurihara, 1948)
・Z. o. mangoensis (Butler, 1884)
・Z. o. oblongata (Kurihara, 1948)
・Z. o. oriens (Butler, 1883)
・Z. o. otis (Fabricius, 1787)
・Z. o. oxleyi (C.& R.Felder, 1865)
・Z. o. parasangra (Toxopeus, 1929)
・Z. o. riukuensis (Matsumura, 1929)
・Z. o. sangra (Moore, 1866)
・Z. o. soeriomataram (Kalis, 1938)
・Z. o. tanagra (Felder, 1860)

wikipediaには、加えて下のような記述がある。

and possibly 2 undescribed subspecies from Sulawesi/Selayar and Banggai.

おそらくコレはインドネシアのスラウェシ/スラヤール島とバンガイ諸島からの2つの未記載の亜種があるって事だね。
何だ❓その曖昧模糊とした言い方は。何で未記載なのだ。わかってんなら記載しろよな。理由がワカラナイ。謎だよ。

それにしても凄い数の亜種だ。
面倒なので各亜種の分布地は調べない。どうせ新たなる謎にブチ当たるに決まってんである。シノニムも仰山あるに違いない。これ以上はもう御免だ。気になる人は自分で調べてね。ほいでもって謎地獄の迷宮に迷い込めばいいのだ。Ψ( ̄∇ ̄)Ψほほほほほ。

よせばいいのに、そういえば学名ではググってなかったなと思い、やってみた。
したら、こんなん出てきましたー。

Molecular systematics and biogeography of the genus Zizina (Lepidoptera: Lycaenidae)
Apr 2008 Masaya Yago、Norio Hirai、Mariko Kondo

見たら、これがどうやら矢後氏他の記載論文だろうと勝手に想像してたものだ。
しかし、そうではなくて、Zizina属のDNA解析の論文のようだ。
そこには、画像もあった。

 

(a:表、b:裏)
5 Zizina emelina emelina 兵庫県小野市
6 Z.emelina thibetensis 雲南省(中国)
7 Z.otis otis 広西チワン族自治区(中国)
8 Z.otis otis ハブロック島、南アンダマン島(インド)
9 Z.otis riukuensis 沖縄県大東島
10 Z.otis ssp フローレス(インドネシア)
11 Z.otis indica マイソール、カルナタカ州(インド)
12、Z.otis antanossa アブリー(ガーナ)
13、Z.otis labradus ケアンズ(オーストラリア)
14、Z.oxleyi ノースカンタベリー(ニュージーランド)

 
論文はDNA解析の結果、Z.labradusとZ. antanossaは種から亜種に降格、Z.otisの亜種としている。すなわち5種が3種に整理されたワケやね。
Z.otis、Z.oxleyi、Z.emelinaの3種は、約250万年前に共通の祖先から分岐したと推定している。
そして、Z.oxleyiとZ.emelinaの祖先は温暖な気候に適応して北半球と南半球で分岐し、それぞれニュージーランドと東アジアで現存する種になったと仮定している。対照的に、Z.otisの祖先は主に熱帯および亜熱帯地域に適応し、現存するものはアフリカ大陸、東洋およびオーストラリアの地域に分散したものだと考えている。またニュージーランドのZ.oxleyiの分布は、Z.otisの侵入に脅かされているという。

( ̄З ̄)う~む。emelinaはotisから種分化したものだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。やはりシルビアとヒメシルビアは別系統なのね。

一段落したと思い、坂本女氏の論文を読み始める。
したら、また新たな疑問も生じてきた。ヒメシルビアとの交雑実験とボルバキア感染なんて話まで出てきたのだ。また、他にもネット情報でヤマトシジミとの自然状態でのハイブリットの話まで飛び出す始末。頭が(◎-◎;)💫クラクラしてきたよ。調べれば調べるほど謎が出てくるシルビア蟻地獄じゃ。
でも、論文をチラッと見てアレルギー反応が出た。ウンザリで、真面目に読む気にもならない。ここは一旦、種解説にでも逃げよう。ケースによっては、そのまま逃亡、クロージングになってもいいや。

 
                     つづく

 
追伸
書いているうちに、どんどん深みに嵌まってゆき、ムチャクチャ長くなってしまった。もう泥沼ぬかるみである。というワケで分載することにしました。
アチキ、このあと更に迷宮で彷徨。ノタ打ち回ることになりんすよ。

 

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投稿者:

cho-baka

元役者でダイビングインストラクターであり、バーテンダー。 蝶と美食をこよなく愛する男。

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