vol.17 ムラサキシタバ act2
『憤激の蒼き焔(ほのお)』
2018年 9月16日
山梨まで行って、結局ムラサキシタバが採れなかったことを小太郎くんに報告したところ、救いの手が差しのべられた。
『来週、ミヤマシジミを長野に採りに行きますけど、ムラサキシタバを採るなら付き合ってもいいですよー。』
有り難い申し入れだった。但し、条件付きだった。
といっても特別な話ではなく、天気次第との事。そりゃそうだよな。蝶採りをするには天気が一番重要だからだ。天気が悪いと予想されるのに、誰が長野県くんだりまで行くっちゅーねん(# ̄З ̄)である。
予報はずっと雨模様と芳しくなかったが、前日には曇りという予報になった。でも微妙なところだ。薄曇り程度ならば、何とかなりそうではある。気温さえ低くなければ、飛ぶんじゃないかとも思う。それにミヤマシジミは基本的に草原の蝶だ。適当に草むらを歩き回れば、驚いて飛び出すことだって有り得る。飛び出せば、所詮はひらひら飛びだから楽勝でゲットできる。
とはいえ、生き物相手だ。行ってみなければワカラナイというのが実情だ。行ってミヤマシジミが採れないというのは具合が悪い。小太郎くんをジャッキアップして強行させても、結果が悪ければ忍びないし、気まずくなるのも避けたい。虫捕りは、採れなきゃ全然楽しくないのだ。だいち、ミヤマシジミが採れてないのに、夜間採集に付き合わせるのは誠にもって申し訳ない。
しかし、根がアホなオイラは、つい宣(のたま)ってしまう。
『ワシ、スーパー晴れ男やから大丈夫や (^o^)=b』
こんな風に、昔から人前で言い切ってきたが、外したことは殆んどない。
昔やっていた店の屋外イヴェントでも、こんな事があった。
周りから『週末、天気悪いけど、どうすんの?代替案とか考えといた方がええんちゃうのん?』などと云う問合せが幾つもあったけど、それに対してオイちゃんはどう返したのかと云うと、↙これだもんなあ。
『ワシが雨降らん言うたら、降らんのじゃ(=`ェ´=)❗』
その時も、前日までの天気予報は雨だった。しかし、当日は雨が降るどころか、明るい薄曇りで、時折、陽射しさえあった。みんな驚いて、何で❓と訊いてきたが、『ワシ、天気の神様と友だちやねん。』と答えてケムに巻いておいた。
その前後も、そんなことは何度もあった。その度ごとに周囲には驚かれていた。もう、預言者である。
種明かしをしたいところだが、何となく肌のセンサーでワカルとしか言いようがない。最後には強い念を送っとくんだけどさ(笑)。
だから、のべつまくなしに無闇に晴れると断言しているワケではない。ここぞという大事な時にしか言っていない。それと、雨と思った時は『雨やで。』と逆に断言してる。
因みに、山へ行ってる時は悪い方に急変するのに敏感だ。だから、スコールが当たり前の東南アジアでもズブ濡れになったことはない。降る少し前に迅速に動いて、退避場所まで戻っているのだ。勘が鋭い時などは、晴れてても雨宿りできる場所を頭に入れて動いている。必ず、後々には雨が降ると思うからだ。
前日の天気予報も曇りだったが、決行となった。
勿論、晴れるやろとは言っている。とはいえ、最近は何かとひどい目にあってるからなあ…。ちょっとだけ、自信が揺らぎかけているのだが…。
先日、山梨で使った果物トラップを持って、夜遅くに電車に乗り込む。だいぶと発酵が進んでて、とても甘い香りがしているから、とんでもねぇーような効力を発揮してくれる筈だ。これで寄って来なかったら、もう果物トラップなんて、やんねぇ(# ̄З ̄)
予定では、小太郎くんの住む奈良県の最寄りの駅まで行って、車でピックアップしてもらうことになっている。
しかし、爆睡していた小太郎くんは迎えに来ておらず、連絡もとれずで、いっそ帰ったろかと思った。しかし、帰ってはムラサキシタバは採れない。何度か連絡して、漸く何とか起きてくれた。それで大幅に出発が遅れた。前途多難である。
でも、マイナス思考は禁物だ。だいち、楽しくない。ここは気持ちを切り替えていこう。
さあ、最後の闘いの地へと勇気凛々瑠璃の色で、乗り込んで行こうではないか。もう気分は「アラビアのロレンス」のピーター・オトゥールである。
To AKABAー❗
もとい、To NAGANOーι(`ロ´)ノ❗
いざ、ゆかん。長野へ。
珍しく睡魔に襲われ、時々、トンネルの入口が巨大なC3POに見えたり、ガードレールが白いドラゴンに見えたり、はたまた、その上に飛び出た反射板がガードレールに座ってる小人に見えたりと幻覚に苦しめられた。だが、なんとか下道を夜通し走って、早朝にポイントに着いた。勿論、車内では犬の漫才師みたいに間断なく喋り続けていた。小太郎くんには、半分その為に呼ばれているようなものだ。役割は、眠気防止と退屈しのぎのラジオ要員なのだ。
天気は予報通りの曇りだったが、蝶が活動する時間が近づくにつれ、次第に晴れ間が広がり出し、頃合いには完全に晴れた。スーバー晴れ男の面目躍如である。
小太郎くんが、信じられないという顔で『ホントに晴れましたねぇ。』と言う。
これで、彼も機嫌よくミヤマシジミも採れるじゃろう。
書き忘れたが、小太郎くんは、Polymmatini族(ヒメシジミ族(註1))に昔から御執心だ。中でも通称ブルー、もしくはビッグブルーとも呼ばれるゴマシジミ、オオゴマシジミ、オオルリシジミ、アサマシジミetcなどの青いシジミチョウに傾倒している。
一睡もしていないが、蝶が飛び始めると眠気なんてフッ飛ぶ。狩人の血が騒ぐのだ。
【ミヤマシジミ♂】
【同♀】
ミヤマシジミに会うのは久し振りだ。たぶん、最後に会ったのは4、5年程前、天竜川の河川敷だろう。
分布域が狭く、絶滅が危惧されているチョウだが、意外と評価は低い。きっと棲む場所が高山や深山幽谷ではなく、平地や低地の河川敷などのツマランところにいるからだろう。ぶっちゃけ、犬の散歩道にいるようなチョウなのだ。しかも、居るところにはアホほど沢山いる。
とはいえ、美しさだけで語るならば、このミヤマシジミがブルーの中で一番キレイなのではないかと思ってる。その紫に近い青は、深く美しい。裏面のオレンジの帯も鮮やかだし、その中に散りばめられたサファイアブルーも、他と比べて最も顕著だ。
ここにはクロツバメシジミもいる。関西にはミヤマシジミは居ないし、クロツも珍しい部類で河川敷には居ないから変な気分だ。クロツと云えば崖のチョウというイメージが強い。幼虫の食樹であるツメレンゲが関西では崖に生えていることが多く、河川敷ではあまり見掛けないのだ。
裏も地味だが、表はもっと地味。
テキトーなところで切り上げて、中央アルプス方面へと移動する。ここも小太郎くんの狙いはミヤマシジミである。
いつしか、空は快晴になっている。晴れ過ぎて、夏みたいな天気になってきた。
小太郎くんは精力的に探しているが、暑いし、コチラはだいぶヘコタレてきた。それに夜に備えて体力を温存しておきたいというのもあって、ついサボり気味になる。
新しいポイントも見つかった。これで、充分な収穫はあったろう。小太郎くんには、気分よくムラサキシタバ採りに付き合ってもらおう。
ここでは珍しいものにも会えた。
小太郎くんが青蜂(セイボウ)を見つけて採ったのだ。
セイボウの存在は知ってはいたが、見るのは初めてだった。
青緑色の金属光沢がギラッギラッのピッカッピッカッだ。
ワキャ( ☆∀☆)❗オジサン、青くてキラキラしたものは大好き。羨ましそうな顔をしてたら、小太郎くんが『要りますぅ❓』と言ってくれたので、即座に『(^w^)いる、(^w^)いる。』と答えた。
調べてないから、詳しい種名まではワカラナイ。表面はクソ硬くて針も刺さらないと知っていたゆえ、標本にしていないのだ。写真のようにビニール袋に入れて、時々見て、悦に入ってる。
金色の稲穂が、時折さわさわと風に揺れている。
背後には蒼い山脈も連なっている。
秋だなあ…と思う。
たぶん、ここを出発したのは、午後5時半を過ぎていたと思う。
さあ、ここからが自分にとっての本番だ。場所は白骨温泉と決めていた。以前A木くんにライト・トラップで結構採ったと聞いていたからだ。それに白骨温泉と云えばオオイチモンジの産地として有名だ。両者の幼虫の食樹は同じドロノキ&ヤマナラシだから、ムラサキシタバもそれなりの数が生息している可能性が高いと踏んだのだ。
【オオイチモンジ】
ルートは小太郎くんに任していたが、予想外の伊那市から木曽町経由の白骨温泉というルートだった。てっきり松本経由だと思っていたから驚いた。完全な山越えだ。
車は、ぐんぐん高度を上げてゆく。それに連動するかのように天気はどんどん悪くなってゆく。
心がザワつき始める。たぶん大丈夫だとは思うが、オラのお天気センサーは微妙だと告げている。ライト・トラップならば、最高のコンディションなんだけど、こっちの戦闘アイテムは果物トラップだから関係ない。雨にならないことだけを祈ろう。
日は落ち、どんどん辺りは暗くなってゆく。白骨なんて1回だけ通過したのみだから、あんましワカラン。ポイントも見当がつかない。不安が黒いシミのようにジワリと広がりつつある。
何とか日没直前に着いた。事前にGoogleマップを見て、そう離れていない2点にポイントを絞った。
小太郎くんには車のHIDランプを点けてもらった。
一応、最悪の事態も考えて、ライト・トラップ紛いの作戦も考えていたのだ。ライトの前に透明のビニール傘を設置する。ネットで見たのだ。
日没後、間もなくヒメヤママユが飛来した。しかし、傘には止まらず、地面を這いずり回るようにして車に近づいて来る。
【ヒメヤママユ】
かなりの数が同じような行動で車の周りに集まってきた。小太郎くんが、傘、無視ですねと言うが、それで良いのである。止まるものではない。傘は光を拡散させる為のものだと理解した。
果物のトラップには、直ぐにオオシロシタバが複数来た。西尾さんの『日本のCatocala』には樹液に反応しないみたいな事が書いてあったが、全然そんな事はない。
しかし、熱望するムラサキは姿を見せてはくれない。車のライトにも、相変わらず集まって来るのはヒメヤママユばかりだ。
1頭だけ上空を旋回するカトカラがいたが、ムラサキでないことは明白だ。羽の裏の感じからすると、ベニシタバかなと思ったが、エゾベニシタバかもしれない。ならば、まだ採った事がないから、だだったらいいなと微かに思った。でも、頭の中には紫の君のことしかない。ぞんざいに空中でシバいてやった。
(~O~;)ありゃりゃ、何と全く想定外のオニベニシタバだった。オニベニといえば、低山地のカトカラというイメージが強い。こんなに高い標高の1700mにもいるのか❓…。カトカラはワケワカランよ。
やがて小雨が降りだした。心配していた事態になってきた。小太郎くんは車内で仮眠をとっている。帰りのこともあるから当然だろう。
雨は心を萎えさせる。孤独な闘いだ。でも逃げるワケにはいかない。バラバラになりそうな心を抱えて任務を地道に遂行する。
車のライトの横に立ち、目を凝らして飛来を待ち。ある程度の時間が経ったら、仕掛けたトラップを回るという繰り返しだった。しかし、ライトにはヒメヤママユ、トラップにはオオシロしか来ない。ヤッベぇ…。敗け戦(いくさ)の匂いが漂い始めている。何でやねん❓何で飛んでけえへんねん❓暗い焦燥が加速度的に募ってゆく。
もう何度目だろうか?既に自分でも数が分からなくなるくらいにトラップを巡回している。
場所は、上のポイントだった。時刻は、夜9時くらいだったと思う。
森を少し入ったトラップに、半ば諦め気分で懐中電灯の光を照した。
瞬間、その場で凝固した。
高さ1.8m。距離7~8m。
❗Σ( ̄□ ̄;)うわっ、いたっ❗❗
夢にまで見た鮮やかな紫色の下翅を開いて、トラップで一心に吸汁している。
でも一瞬、これは現実かな❓と疑った。もう36時間くらいは眠ってないから、幻覚を見ているのかもしれない。アタマがオカシクなってて、ムラサキを強く求め過ぎる心が虚構の映像を現出させたのではないかと思ったのだ。
しかし、網膜に映る映像は突然フッと消えたりしなかった。幻覚ではない。脳は正常に働いている。
間違いない。
ムラサキシタバだ( ☆∀☆)❗
ようやく出会えたことに、瞬時にMAXテンションが跳ね上がる。でも同時に、ここで興奮し過ぎてはいけないと自制心が働いた。大丈夫だ。アタマは正常に働いている。
しかし、網を構えて慎重に一歩、二歩、距離を詰めただけで、
飛んだっ❗❗
嘘やんΣ(T▽T;)❗
でも、追いかけられなかった。トラップを設置した木の下は崖だと知っていたからだ。追いかけて目一杯に網を伸ばしたところで届くワケがない。
スローモーションで、彼女はパタパタと夜の闇へと消えて行った。
何たる敏感な…。ムラサキは特別に敏感だとは聞いてはいたが、こんなに❓近づけもしないのか…。信じらんない。
その場に悄然と佇む。こんなの嘘だ。幻であって欲しいと願う。こんな事実なら、幻であってくれた方が、まだいい。採りに行ってきましたけど、見もしませんでしたー、の方がまだ自分を慰められる。
やっとのことで歩き始めて、考えた。
この事実を小太郎くんに話すか話すまいかを迷う。事実を隠して戻れば、この失態は闇に葬り去られる。白骨まで来たけど、見もしませんでした。見もしないものは、如何なまあまあ天才のワテでも採れまへんがなと言えるのだ。見たけど、採れんかったと云うヘタレのレッテルは貼られずに済む。プライドは保たれるのだ。
見て、その日のうちに採れなかったのは、今までキリシマミドリシジミだけだ。だから、見て採れないなんて、糞ダサいと思っているのだ。
しかし、黙ってるのはもっと糞ダサい。ケチなプライドの為に嘘をつくなんてナンセンスだ。素直に事実を受け入れよう。小太郎くんには洗いざらい脚色せずに、そのままを喋ろう。
車に戻り、出来るだけ言いワケがましくないように話した。しかし、話してるうちに、沸々と怒りがこみ上げてきた。己に対する怒りである。そして、それは沸点に達した。
『今日、採れんかったら、虫捕りなんてやめたらあー❗❗向いてへん。引退したるわ、ボケーッ❗』
気づいたら、キレて言ってた。
小太郎くんが『何もそこまで言わんでも…』と呟くが、マジでやめたろうと思った。たかが蛾1つで、こんな屈辱的気分になるなんてバカバカしい。それに、前から思ってたけど、虫捕りを始めてからロクな事がない。真っ当な社会生活から逸脱したのは、全部虫にハマってからだ。あらゆる意味で虫が我が身を滅ぼしていることは明白なのだ。やめるには良い機会じゃないか。そう思ったのである。寝てないせいもあって、心はささくれ立っているのだ。尋常な精神状態ではなかったのだろう。
ても吐いた言葉は呑み込まない。啖呵を切ったからには、何があっても結果に従うと決めた。
退路を絶って、これで背水の陣になった。己の進退を賭けての勝負だ。背中がゾクゾクする。この追い詰められた感、堪まんねぇ。心の中に蒼白き怒りの焔(ほのお)がグワッと燃え上がる。こんな崖っぷちの虫捕りは久々だ。カバフ(キシタバ)の時より遥かに上をいくギリギリ感だぜ。
小太郎くんには悪いが、もう形振り構っている余裕は1ミリたりともない。2、3㎞離れた両ポイントを車で何度も往復してもらう。
今度は下のポイントだった。
Σ( ̄ロ ̄lll)ハッ❗❗
\(◎o◎)/どひゃ━━❗❗
懐中電灯を照らしたら、居たっ❗
すかさず懐中電灯を消し、後ずさりして小太郎くんを呼びに行く。歩いている間に場所を反芻する。高さは約1.5m。今度は近くに崖などないし、奥側も斜面になっている。そして、背後は広場になっていて、大きな空間が広がっている。
千載一遇の、easyチャンスだ。これがラストチャンスで、逃したら二度とチャンスは訪れないだろう。ハズしたら、ジ・エンド。大失恋並みに立ち直れない。帰りの車の中で、いつものように犬の漫才師みたいに喋り続ける自信は無い。
もう一人の自分が、すかさず警告を与える。要らぬ事を考えてたら、勝負に負けちまうぞ。マイナスのイメージが恐怖を呼び起こし、揚げ句それに支配され、ガチガチになって普段の動きを阻害しかねない。そういう光景は、自分も含めて何度も見てる。メンタルの弱い奴は敗れざる運命なのだ。
心の中に蒼き炎をイメージする。その焔は同時に心を鋭利な刃物にさせる。OK、冷静さは失ってはいない。小太郎くんに檄を飛ばす。
『後ろで網を構えといてくれ❗もしも俺がハズしたら、何としてでも採ってくれ❗』
二段構えフォーメーションの戦陣だ。この際、自分が採るとかは、もう二の次だ。何が何でもコヤツを落とさねばならぬ。でないと、どこにも救いがない。
右手側に自分、左後ろに小太郎くんが布陣した。それを確認して、懐中電灯で照らす合図を送る。
迷わず、(#`皿´)バチコーンいったるわい。息を吐きながら、ターゲットに向かって前へと一歩踏み出した。
Σ(-∀-;)わちゃ❗、また飛んだっ❗
Σ(T▽T;)マジかよ;❗❗
何たる俊敏なっ(;゜∀゜)…、と思いつつも、体は瞬時に反応していた。咄嗟に斜め左に飛び出し影に網を合わせる。咄嗟だったから、振り抜く余裕はない。
暗くて、捕らえたかどうかワカンない。ハッキリとした手応えもなかった。(-“”-;)もしかして、やっちまったか❓
『ハズしたっ❗❓』
声に出し、焦って振り向く。
でも小太郎くんに動きはない。
『入ってます、入ってます。ハッキリ見えました。』
と小太郎くんが言う。
えっ、マジ❓、ホンマかいなと思いつつ半信半疑で網の中に慌てて目をやる。
あっ、いる。そこには、紛れもない恋い焦がれていた紫の君がいた。
地面に網を置き、死んでも逃してはならじと膝で網枠を押さえたのまでは覚えている。だが、そこから暫く先は記憶が飛んでる。だから毒ビンにブチ込んだのか、アンモニア注射をブッ刺して昇天させたのかはワカラナイ。
記憶が甦るのは、昇天を確認してからだ。強ばる全身から一挙に力が脱け、へなへなとその場に座り込みそうになった。指が微かに震えている。そして、じんわりとした安堵感と噛みしめるような多幸感が身体の全ての細胞にゆっくりと行き渡っていった。
『ι(`ロ´)ノしゃあー❗ざまー見さらせ❗ワシの勝ちじゃい❗❗❗』
賭けに勝った。なんとか首の皮一枚で繋がった。ギリギリの生還に、心の中で拳を突き上げる。
『エーイドーリア━━━━ン❗』
そう叫びそうになった。だが小太郎くんがいるので、さすがに踏みとどまった。アホ丸出しだし、気が変になったとでも思われかねない。だいち彼は若い。映画『ロッキー』を見てない可能性が高いもんね。スタローンさえ知らんかもしれへん。そんなの、恥ずかしくて説明でけん。
腕時計に目をやると、針は午後10時前を指していた。
最初に逃げられてから、かなりの時間が経っているような気がしていたが、まだ1時間くらいしか経ってない。いや、あっという間だったような気もする。自分の中の時空間が、無理矢理ねじ曲げられたような感覚だ。
車の助手席に座り、手の平に乗せる。ここなら、突然蘇生したとしても逃げられる心配はないと思ったのだ。
小太郎くんが懐中電灯で照らしてくれた。
【Catocala fraxini ムラサキシタバ】
嗚呼~、羽がちょっとだけ破れている。でも最早この際、そんな事はたいして気にならない。採ったと云う事実の方が百万倍大事だ。
見つめていると、ニタニタ笑いが止まらない。
たぶん、♀だろう。やはり、デカイ。シロシタバと並び、日本では最も大きなカトカラと称されるだけのことはある。ズッシリとした存在感が、手に伝わってくる。
全世界のカトカラのなかで、このムラサキシタバだけが唯一、青系統の色を有している。それだけでも唯一無二、孤高の存在なのに、帯は高貴な藤紫色だ。日本では、古(いにしえ)の昔から紫色が最も高貴な色とされている。その色を纏いし、紫の帝王って感じだ。
帯の周りの色は、てっきり黒だとばかり思っていたが、よく見ると違う。驚いたことに、限りなく黒に近い濃紺だ。瑠璃色を究極まで濃くしたいろなのだ。どこまでも粋だね。
上翅の色も、ヘリンボーン柄の高級感漂う毛織物みたいな質感だ。色が明るめのグレーというのもいい。青系統の色との相性が抜群のグレーだ。しかも柄にメリハリがある。もしも上翅がノーマルタイプのゴマシオキシタバやパタラキシタバみたいな色柄だったなら、その魅力は半減されるだろう。
形も、羽に比してデブじゃなく、全体のバランスは悪くない。つまり、形、大きさ、色、柄、全てにおいて秀でたカトカラと言えよう。まさに帝王と呼ぶに相応しい。
それだけで充分だと思った。今日は、もうこれ以上は望むまいと思った。
トラップを片付け、空を見上げる。
空の殆んどは雲に覆われていたが、一ヵ所だけポッカリと星空が覗いていた。
終わったな…。
句読点を打つように軽く息を吐き、車に向かってゆっくりと歩いていった。
つづく
追伸
思わず、「つづく」ではなく、「おしまい」と書きそうになった。
この日のことを書きたくて、カトカラ元年シリーズを書き始めたと言っても過言ではないからだ。
大急ぎで書いたので、クオリティーはどうかとは思うけど、そんなことはどうでもいいって感じだ。
でも、話はまだ続くのだ。解説編まで含めれば、ゴールはまだまだ遠い。
その後、白骨温泉の灯火の様子を見てから、また下道で帰った。だいたい起きていたが、たぶん名古屋の手前辺りで1回ブラックアウトしている。
小太郎くん、御苦労様でした。
翌々日に展翅した。
【裏面】
デザインが(;・ω・)(´・ω・`)?もふっの、もひゅ~顔である。可愛いんて、ちょっと笑ってもた。勝手に裏は薄紫だと思っていたが、白い。コシロシタバの方がよほど蒼っぽくねえか?
【コシロシタバ 裏面】
やはり蒼いね。もしもムラサキの裏が、この青だったら、相当カッコイイぞ。したら、ツッコミどころのない完璧なカトカラになるのになあ。
ところで、白いと云えばシロシタバの裏ってどないな感じやったっけ❓
【シロシタバ 裏面】
白いというか、オフホワイト。生成色だ。デザイン柄も、かなり印象が異なる。「・」の部分が小さいから、あんまし(´・ω・`)?もふ顔っぽくないや。
そんな事してるヒマがあったら、とっとと展翅しろよなーである。
こんな感じかな…。
惜しむらくは、左の翅が上下ともに欠けている。
上翅を上げ過ぎたかな?いや、下翅を下げ過ぎたのかな?段々バランスがワカンなくなってくる。何か変だなあと思ったら、尻が曲がってて、胴体が縒れとるやないけー。
やり直し。
こんなもんか…。でも左下翅がやや下がってるような気がする。まっ、いっか…。
翌日、もう1回やり直し。
こんなもんで許してくれ。
最初の仮タイトルは『怒りのバックファイアー』だった。それが『復讐のブルーファイアー』となり、『憤激のブルーファイアー』➡『憤激の蒼き焔』に変化した。そして、最終的には『背水の蒼き焔』に落ち着いた。かと思いきや、再び『憤激の蒼き焔』に戻した。こういう風にタイトルには、いつも頭を悩ませられている。本文を中盤まで書いて、気分転換に追伸を書いているから、また変わったりしてね。
「焔」と書いて「ほのお」と読む。音読みでは「えん」、他の訓読みだと「ほむら」「も(える)」とも読む。わざわざ「炎」ではなく、こちらを使ったのには、それなりの意味がある。この「焔」には2つの意味があるからだ。
1つ目は、そのままの意味の火を表す「炎」だ。もう一つの意味は、嫉妬や怒りなどの激しい感情や欲望で心が燃えたぎるさまを表している。怒ってるさまを「青白き炎」と言うではないか。つまり、コチラの方がタイトルとしてピッタリだと思ったのだ。
因みに、単に炎という意味で使われる場合は「ほのお」や「も(える)」と読まれることが多く、心中の激しい感情を「火」に重ねて表現する場合には「ほむら」と読まれることが多いようだ。しかし、厳密的にはルールは無い。だから、最初は(ほむら)にしようかとも思った。でも語呂が何となく悪いので、(ほのお)とした。
(註1)ヒメシジミ族(Polymmatini)
シジミチョウの分類は研究者の分け方にもよるから、ややこしい。一応、Wikipedia にはヒメシジミ亜科としての記述があった。
「ヒメシジミ亜科(Polyommatinae)は、日本に39種生息する。ミドリシジミ亜科では樹頂性の25種をまとめて「ゼフィルス」と呼んでおり、ヒメシジミ亜科はそれに対してブルーと呼ばれ、趣味者から親しまれている。」
狭義的に「ブルー」と云えば、ヒメシジミ、アサマシジミ、ミヤマシジミ、ジョウザンシジミ、カラフトルリシジミ、オオルリシジミ、カバイロシジミ、ゴマシジミ、オオゴマシジミ辺りを指すような気がするけど、厳密的にはワカンナイ。