マホロバキシタバ発見記 後編

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   vol.20 マホロバキシタバ

   『真秀ろばの夏』後編

 
まほろばの夏は終わらない。
その後も奈良通いは続いた。次の段階は、この地域での分布と生態の解明だった。

岸田先生(註1)が帰京したのが7月16日。その2日後には先生肝いりの刺客として、ラオス在住で偶々(たまたま)帰国していた小林真大(まお)くんという若者が送り込まれてきた。彼はストリートダンスをしながら世界中の蛾を採集していると云う異色且つスケールのデカいモスハンターで、体力、運動神経ともに優れ、センス、知識、根性をも持ち合わせた逸材。おまけに男前で性格も良いときている。久々に虫採りの天才を見たと感じたよ。
彼は自分や小太郎くんが家に帰った後も、夜どおし原始林を歩き回って多くの知見をもたらしてくれた。その結果、分布や生態の調査が大幅に進んだ。
 
まだ不確定要素もありますが、それら分かったことを2019年だけでなく、2020年の分も付記しておきます。但し、まだまだ調査不足なので、以下に書かれた事は今後覆される事も有り得ると思って読んで戴きたい。

 
【マホロバキシタバ♂】

 
【同♀】

 
【♂裏面】

 
【♀裏面】

 
日本では、2019年の7月に奈良市で見つかった。って云うか、見つけた。
アミメキシタバやクロシオキシタバに似るが、表側の後翅中央黒帯と外縁黒帯とが繋がらず、隙間が広く開くことで区別できる。また、三者の裏面の斑紋は全く違うので、むしろ裏面を見た方が同定は簡単だろう。3種の判別法の詳細は前回に書いたゆえ、そちらを見られたし。

 
【雌雄の判別】
♂は腹部が細長くて、尻先に毛束がある。一方、♀は腹が短く、やや太い。また尻先にあまり毛が無くて上から見ると先が尖って見えるものが多い。とはいえ、微妙なものもいる。特に発生初期の♀は腹があまり太くないので分かりづらい。
確実な判別法は、裏返して尻先の形状をみることである。今一度、上記のメス裏面画像を見て戴きたい。尻先に縦にスリットが入り、黄色い産卵管が見えていれば(わかりにくいが尻先の黄色いのがそれ)、間違いなく♀である。

 
(オス)

 
♂は尻先の毛束がよく目立つ。

 
(メス)

 
なぜかメスの腹部が見えている写真が無い。なので、お茶を濁したような画像を貼っ付けておいた。意味ないけどー(´ε` )

 
(オス)

(メス)

 
表よりも裏の方が雌雄の区別はつきやすい事は既に書いた。しかし、時にオスの腹先の毛に分け目ができ、それが縦スリットのように見えてメスと見間違えるケースが結構ある。メスだと思ったら、最後に産卵管の有無を確認されたし。

 
(オス)

(メス)

 
実を云うと、横から見るのが一番わかりやすい。腹の太さと長さ、尻先の形、毛束の量がよく分かるからだ。また、上のようにメスの産卵管が外に飛び出ていれば、一目瞭然だ。

 
【学名】Catocala naganoi mahoroba Ishizuka&Kishida, 2019

属名の「Catocala(カトカラ)」はギリシャ語由来で、kato(下)とkalos(美しい)という2つの言葉を繋ぎ合わせた造語。つまり、下翅が美しいことを表している。マホロバのように黄色い下翅を持つものが多いが、紫や紅色、オレンジ、ピンク、白、黒、象牙色等の種もいて、バリエーション豊かである。

台湾の基亜種は蛾の研究の大家である故 杉繁郎氏により1982年に記載された。
小種名の「naganoi」は「長野氏の」と云った意味である。

「The specific name of the present new species is dedicated to Mr Kikujiro Nagano(1868-1919), a pioneer lepidopterist of Japan, inyrho contributed much to taxonorny and biology at Nawa Entomolegical Laboratory, Gifu.」

記載論文に上記のような文章があったから、日本の鱗翅類研究の黎明期に名和昆虫館を創設した名和靖氏の片腕として働いた長野菊次郎(註2)氏に献名されたものであろう。

亜種名「mahoroba」は日本の古語「まほろば」からで、「素晴らしい場所、住みよい場所、楽園、理想郷」などの意味が込められている。また奈良の都を象徴する言葉の一つでもあり、県内ではポピュラーな名称だというのも命名の決め手となった。コレも詳細は前回を読まれたし。

残念ながら新種ではなく、Catocala naganoiの亜種となったので、小種名「mahoroba」は幻に終わってしまった。
ぶっちゃけ、分布調査をしていたワシと小太郎くんとマオくんとの間では絶対に新種になるだろうと話し合っていた。なぜならば、その時点では奈良県春日山原始林とその周辺でしか見つかっていなかったからだ。原記載亜種のいる台湾と奈良市とでは、海を隔てて遥か遠く離れている。分布が隔離されてから少なくとも30万年以上(註3)の時が経っているわけだから、両者は分化している可能性が極めて高く、ゲニ(註4)には何らかの差異が見い出されて当然だろうと思っていたのである。
また、記載を担って戴いた石塚さんに「その剛腕っぷりで、何とかして新種にして下せぇ。」とジャッキアップ掛けえので懇願してたのもある。石塚さんも「任しときぃー。」ってな感じだったからね。
石塚さんはカトカラの新種記載数の横綱を目指されており、キララキシタバを新たに記載するにあたり、モノ凄い数のゲニを切って執念で別種であることを突き止めたと岸田先生から聞いてたしさ。ならば今回も執念で新種であることを証明してくれるだろうと勝手に思い込んでいたのだ。実際、石塚さんとのメールのやり取りでは、早い段階で「軽微だが違いを見つけた」とも仰ってたからね。その調子で、決定的な差異も見つけてくれはるだろうとタカを括ってたところがある。
亜種に落ち着いたのは、あくまでも推測だが、石塚さんと岸田先生とで話し合った結果なんだろね。オサムシみたいに軽微な差異のものでも無理からに別種にしてしまうのはいかがなものか?と云う事なのだろう。それに関しては自分も以前から同意見だったので、致し方ない結果だとは思っている。両者の見てくれは、普通に見れば同種なのだ。長年、分布が隔離されているゆえ、別種になっている可能性もないではないが、両者の交配実験でもしない限りはワカランだろ。
まだ試みられていないといえば、DNA解析も気になるところではある。但し、DNA解析の結果が絶対だとは思わない。そこに問題点が全く無いワケではなかろう。そりゃあ、DNA解析の結果、マホロバが別種になれば嬉しいけど、ホシミスジの亜種を沢山作っちゃったり、ウラギンヒョウモンを3つに分けたりとか、正直なところ何でも有りかよと思う。DNA解析の結果が何でもかんでもまかり通るんだとしたら、可笑しな話だわさ。

惜しむらくは亜種になったので、女の子にならなかった事だ。自分はカトカラを女性のイメージで捉えている。だから偶然だけど、mahorobaの綴りの末尾が「a」で終わっているのを嬉しく思ってた。学名の綴りの末尾が「a」ならば、ラテン語では女性名詞になるからね。
一方「naganoi」の語尾の「i」は男性単数(1名)に献名する場合に付記されるものだ。ようはオッサンなのだ。菊次郎さんには申し訳ないが、オッサンの蛾なんてヤじゃん。

 
【和名】
前回と学名の項で既に和名の命名由来については述べているが、もう少し詳しく書いておこう。
「まほろば(真秀ろ場)」とは、素晴らしい場所、理想郷、楽園といった意味だが、実際のところマホロバの棲む一帯は素晴らしい場所だ。棲息地は、ほぼ手つかずの太古の森で、ナチュラルに厳かな気持ちになってしまうような巨樹が何本も生えている。何百年、何千年と生き長らえてきた木は特別な存在だ。見上げるだけで理屈なく畏敬の念が湧いてくる。その林内には春日大社があり、森の近くには興福寺五重塔や二月堂、三月堂、そして東大寺があって、大仏様がおられる。他にも名の知れた歴史ある古い社寺が沢山あり、阿修羅像や南大門の金剛力士像、戒壇院の四天王像などの有名な仏像彫刻、また正倉院には数多(あまた)の宝物もある。加えて神様の遣いである鹿さん達も沢山いらっしゃる。謂わば、此処は八百万(やおろず)の神々の宿る特別な場所であり、掛け値なしの「まほろば」なのだ。だからこそ名付けたと云うのが心の根本にある。そして、我々に滅多とない機会と栄誉を与えてくれた素晴らしい場所でもあるという想いも込められている。これらが根底にある偽らざるコアなる想いだ。

だが、そこに至るのにはそれなりの紆余曲折があり、実をいうとマホロバ以外の候補も幾つかあった。

『アオニヨシキシタバ』
青丹(あおに)よし 寧楽(奈良)の都は 咲く花の にほうがごとく 今盛りなり (万葉集巻三328)

奈良で最初に発見されたので、奈良に因んだ和名にしようと考えた時に真っ先に頭に浮かんだのが、小野 老(おのの おゆ)の有名なこの和歌だった。
意味は「奈良の都は今、咲く花の匂うように真っ盛りである」と謂ったところである。
ここで出てくる「にほう」とは嗅ぐ匂いの事ではなく、赤や黄や白の花の色が目に鮮やかに映えて見えるという奈良の春景色の見事さを表している。色の鮮やかさを「におふ」と表現しているところに、当時の人達の粋と感性の豊かさが感じられる。マホロバキシタバも下翅が鮮やかだし、名前としては悪かないと思った。しかし、一般の人からみれば、アオニヨシと言われても何のこっちゃかワカラナイだろう。語呂もけっしていいとは思えないので断念。

『ウネメキシタバ』
ウネメとは「采女」から来ている。奈良時代に天皇の寵愛が薄らいだ事を嘆き悲しんだ天御門の女官(采女)が猿沢池に身投げしたという。その霊を慰める為に池の畔に建立されたのが采女神社の起こりとされ、入水自殺した池を見るのは忍びないと、一夜にして社殿が池に背を向けたという伝説が残っている。
古(いにしえ)の伝説というのは神秘的な感じがして、いとよろしだすな。マホロバキシタバの発見を伝説になぞらえ、重ね合わせるといった趣きもあるじゃないか。
女性というのもいい。自分の中では、基本的にカトカラは女性のイメージだからね。
それに毎年、秋(中秋の名月)になると「采女祭」が開催され、地元では名のしれた祭だと云うのもある。名前は棲息地近辺に住む人々に愛されるのが理想だからね。
しかし猿沢池となると、棲息地とはちょっと離れていて、森ではなく、町なかだ。さりとて、この神社は春日大社の末社でもあるワケだから、無理からに関連づけてしまう事も可能だ。けんどさあ、よくよく考えてみれば不幸な女の話だ。縁起が悪いのでやめておくことにした。
昔から不幸な女には近づかないようにしている。負のエネルギーの強い女をナメてはいけない。運の太いワシでも負のパワーに引きずり込まれそうになったもん。

ベタなところでは、以下のような候補もあった。

『マンヨウキシタバ』
これは「万葉(萬葉)」からだ。春日山の原始林を万葉の森と呼ぶ人もおり、また棲息地の春日大社の社域には「萬葉植物園」もあるからだ。「万葉集」に繋がるイメージも喚起されるだろうから、雅な趣きもある。
しかし、ベタ過ぎだと思って外した。なんか語呂の響きもダサいしさ。

『カスガノキシタバ』
春日大社一帯は「春日野」と呼ばれ、また住所も春日野町という事からの着想。
名前の響きは悪かない。しかし、春日と名のつく地名は全国に幾つもある。混同を避けるために却下。

そういえば、その関連で、↙こうゆうのもあったな。

『トビヒノキシタバ』
春日野からの連想である。これは棲息地が飛火野に隣接しているからだ。って云うか、少ないながらも飛火野にもいる。
飛火野とは、春日山麓に広がる原野のことを指す。ここは春日野の一部であり、また春日野の別称でもあって、風光明媚なことから鹿たちの楽園としてもよく知られている所だ。和名としては、そう悪かないと思う。しかし、漢字はカッコイイんだけど、カタカナにすると何かダサい。拠ってスルー。
因みに「飛火野」の地名は、元明天皇の時代に烽火(のろし)台が置かれたことに由来する。
ウネメもそうだけど、天皇さんに由縁する言葉は何となく高貴な気がするし、歴史を感じるんだよね。それってロマンでしょう。そこには少し拘ってたような記憶がある。

そう云う意味では「マホロバキシタバ」だって天皇とは関係がある。有名な「倭は 国の真秀ろば 畳なづく青垣 山籠れる 倭しうるわし」という歌は、日本武尊(やまとたけるのみこと)が詠んだとされているからだ。日本武尊は天皇その人ではないが、天皇の皇子だもんね。つまり皇族なのだ。高貴な身の上でありんすよ。どころか古代史上の大英雄だ。スサノオがヤマタノオロチから取り出して天照大神に献上した伝説の剣「草薙の剣」をアマテラスから貰って、バッタバッタと敵をブッた斬るんだもんね。
余談だが「ヤマトタケルノミコトキシタバ」というのも考えないではなかった。けど長過ぎる。「ヤマトタケルキシタバ」でも長いくらいだ。それに捻りが無くて、あまりにも名前が仰々し過ぎるのでやめた。正直、そこまでマホロバをジャッキアップするのは恥ずかしい。もし伝説の英雄になぞらえるとするならば、よほどデカいとか孤高の美しさや異形(いぎょう)で特異な見てくれでないとダメでしょうよ。日本の何処かで、とんでもなく凄い見てくれの固有のカトカラを見つけたとしたら、つけるかもしんないけどさ(笑)。

ついでに言っとくと、絶対に命名を避けたかったのが「ナラキシタバ」と「ヤマトキシタバ」。
「ナラキシタバ」は、もちろん奈良黄下羽である。全く捻りが無くて、こんなの小学生でも思いつくレベルだ。想像力と語彙力がゼロだと罵られても致し方なかろう。また語源が木のナラ(楢)と間違われる可能性もある。食樹がミズナラやコナラ等のナラ類だと感違いする人だっているかもしれない。二重にダサいネーミングだ。

「ヤマトキシタバ」の「ヤマト(大和)」は、昆虫の名前として使い古されてる感があり、国内新種なのに新しい雰囲気がどこにも感じられない。
「アンタ、考えるのが面倒くさかったんとちゃうかあ❓それって怠慢やろが。」と言われて然りのネーミングだろう。
それに「ヤマトシジミ」や「ヤマトゴキブリ」「ヤマトオサムシ」などのド普通種の駄物イメージ満載である。ヤマトと名の付く虫は「ヤマトタマムシ」だけでヨロシ。
いっそのこと「ヤマトナデシコキシタバ(大和撫子黄下羽)」にしたろかとも思った。けれど長いし、だいち言いにくい。
「ヤマトナデシコキシタバ、ヤマトナデシコキシタバ、ヤマトナデシコキシタバ」と3回早口で言うてみなはれ。噛む人、絶対おるで。
ならばと「ナデシコキシタバ」も考えてみた。「なでしこ」は、女子サッカー日本代表の「なでしこJAPAN」の愛称でもあるし、いい感じではある。しかしヤマトを外してしまったら、奈良は関係なくなるから元も子もない。それこそ本末転倒だ。
それにヤマトナデシコキシタバだと「メルヘンチックだとか、ポエムかよ❗」と笑われそうだから即座に脳内から消した。「フシギノモリノオナガシジミ」とかみたく失笑されるのはヤだもんね。
名前を付けるのって、その人のセンスが問われるから大変なんだと思い知ったよ。「フシギノモリノオナガシジミ」だって、付けた方はウケ狙いではなく、一所懸命に考えられて良かれと思って付けたに違いあるまい。
あんまし人のつけた和名の悪口言うの、やめとこ〜っと…。

(´・ω・`)しまった。どうでもいいような事に膨大な紙数を費やしてもうた。スマン、スマン。話を前へ進めよう。
おっと、そうだ。でも、ちょっとその前に書いておかなきゃなんない事を思い出したよ。申し訳ないが、もう少しお付き合いくだされ。

別種ではなく亜種になったんだから、和名は先に石塚さんが台湾の名義タイプ亜種に名付けた「キリタチキシタバ」なんじゃねえの❓と云うツッコミを入れてる人もいそうだね。私見混じりだが、マホロバキシタバになった経緯についても書いておこう。
これは自分たちが絶対に新種だと思ったから「マホロバキシタバ」と名付けて使いまくってた事に起因する。つまり新種の体(てい)で話が進んでいたのだ。新種ならば、当然名前が必要となるから名づけた。その名前を気に入って戴いた方も多かったようで、やがて関係者の間では「マホロバキシタバ」が当たり前のように使われるようになった。その後、亜種になっても、何となく「マホロバキシタバ」がそのまま使われていた。特にそれについての議論なり、協議は無かったと思う。石塚さんも何も言わなかったしさ。もしかしたら、岸田先生と石塚さんの間では何らかの話し合いがあったのかもしれないけどね。
そして『月刊むし』で発見が公表されるのだが。その際の和名も「マホロバキシタバ」のままだった。結果、キリタチではなく、マホロバの方が世間的にも定着していったってワケ。
又聞きの話だが、キリタチの和名をつけた石塚さんに、そうゆうツッコミを実際に入れた人がいたようだ。でも、ツッ込まれた石塚さんが『いいんだよー、マホロバでぇー。』と仰ったらしい。石塚さん御本人がいいって言ってんだから、それでいいのだ。もう「マホロバキシタバ」でエエんでねえの❓(註5)
亜種和名があるってのは、すごく光栄なことだと思う。幸せだ。
とはいえ、ヤヤこしいからやっぱ新種になんねぇかなあ(笑)

 
【英名】
英名は勿論ない。ゆえにここでドサクサ紛れに提唱しておこう。
「まほろば」は素晴らしい場所という古(いにしえ)の言葉だから、さしづめ『Great place underwing』といったところだろうか。カトカラは下翅に特徴があるゆえ、「Underwing」と呼ばれているのだ。
しかし外国人からすれば、「Great place」なんて何の事やら分からんだろう。和歌とか知らんし。
となると、やはり形態的特徴を示すような英名が妥当かと思われる。
マホロバキシタバの一番の特徴といえば、やはり下翅の黒帯が1箇所だけ繋がらず、隙間が開いている点だろう。帯が多い系のキシタバで、こういうのは他にあまりいないようだからね。
となると、『Broken chain underwing』ではどうだろうか❓ 意味は「断ち切られた鎖」。
とはいうものの、あくまでもお遊びの範囲内での話だから、他に相応しいモノがあれば、それでも構わない。そうゆうスタンスです。
とここまで書いて、『Great place underwing』でもいいかなあと思い直した。考えてみれば、奈良の都は世界遺産である。その時点でもう世界的に素晴らしい場所だと認定されているじゃないか。昨今は多くの外国人観光客も訪れているワケだから、外国でもかなり認知されてるんじゃないかと思われる。何せ、野生の鹿とあれだけ簡単に触れ合える場所は世界的にみても珍しいからね。我々にはそうゆう概念はあまりないけど、あれは一応野生動物だかんね。野生動物と気軽に触れ合える事のない外国人は大喜びなのさ。
まあ、本音はどっちゃでもいいけどね。どっちも悪くないと思うもん。

 
【変異】
大きな変異幅は見られないが、それなりにはある。
よく見られるタイプの一つは、上翅がベタ柄なもの。

 

 
冒頭に貼付した♂の画像もこのタイプである。
或いは♂に、このタイプが多いのかもしれない。

もう一つのタイプは上翅にメリハリのあるもの。

 

 
何れも♀である。冒頭の♀もこのタイプだし、もしかしたら、ある程度は雌雄の判別に使える形質かもしれない。
でも、微妙なのもいるんだよね。

 

 
コヤツなんかはメリハリがそれなりにあるけど♂である。
まあ、傾向として有ると云う程度で心に留めて下さればよろしかろう。

稀に上翅の中央に緑がかった白斑が入る美しいものがいる。

 

(画像提供 葉山卓氏)

 

 
コヤツらもメリハリがあるけど、ちょっと自分でも雌雄がよくワカンナなくて、♂か♀かは微妙なところだ。
とはいえ、両方とも♂かなあ…。

また、上翅が蒼っぽくなった個体が1頭だけ採れている。

 

 
コレもどちらかというとベタ柄の♂だ。やっぱ、雌雄の上翅の違いは有るかもしんないね。面倒なので展翅した個体全部の画像は貼付しないけど、傾向としては有ると言ってもいいような気がする。恣意的な部分を差し引いても、そんな気がする。とはいえ、白斑が発達した奴はたぶん♂だもんなあ…。まあ、補助的な要素として頭に入れておいても損はないだろう。

帯に隙間はあるが、上翅の茶色みが強くてアミメキシタバみたいなのもいる。

 

 
と云うか、コレってアミメキシタバそのものかもしんない。或いはハイブリッド❓(笑)。まあ、それは無いとは思うけどさ。アミメかもと思ったのは上翅の柄からだ。色が茶色いというのもあるが、マホロバみたく鋸歯状の柄が目立たず、その形も違うように見えたからだ。
こういうややこしい場合は裏面を見ましょう。それで簡単に判別できるだろう。面倒だから、この個体を探し出してまで裏面写真は撮らないけどさ。前編から長い文章を書いてきて、もうウンザリなのだ。これ以上は頭を悩ませたくない。どうせアミメだしさ。

因みにパラタイプ標本に指定してもらったものは、ちょっとだけ変。だから、展翅が今イチだけど出した。パラタイプは、バリエーションがあった方がいいと思ったのである。

 

 
ベタ柄の♂だが、よく見ると上翅に丸い斑紋がある。

自分らの標本をパラタイプに指定して貰おうと云うのは小太郎くんの発案だった。全くそういう発想が無かったから有り難い。何かタイプ標本を持ってるって、自慢っぽくて(◍•ᴗ•◍)❤嬉しいや。
石塚さん、我々のワガママをお聞き下さり、誠に有難う御座いました。

 
【近縁種】
『FIGURE 2 in The Catocala naganoi species group (Lepidoptera: Noctuidae), with a new species from Vietnam』と云う論文によれば、Catocala naganoi種群には、交尾器、翅のパターン、及びDNA解析(COI 5 ‘mtDNA特性)に基づいて、以下のようなものが含まれるとしている。

■Catocala naganoi Sugi、1982
キリタチキシタバ(マホロバキシタバ)
分布地 台湾・日本
ホロタイプ標本は桃園県。パラタイプには、新竹県のものが指定されている。また有名な昆虫採集地であるララ山でも採集されているみたいだ。ネットで見た限りでは稀な種のようだね。

 
■Catocala solntsevi Sviridov、1997
タムダオキシタバ
分布地 ベトナム〜中国南部
グループの中では一番分布域が広く、最近になって台湾でも見つかったそうだ。マホロバに似るが幾分大きく、前翅亜基線より内側が濃褐色になる傾向がある。
石塚勝己さんの『世界のカトカラ』によると、成虫は5〜6月頃に出現し、あまり多くはないという。食樹は不明とのこと。

 
■Catocala naumanni Sviridov、1996
分布地 中国雲南省
雲南省北部の標高2000mを超える地域に見られる。
「naumanni」という小種名が気になる。もしかして、コレってナウマン象とか関係あんのかな?

 
■Catocala katsumii Kons Jr, Borth, Saldaitis & Didenko, 2017
分布地 ベトナム中央高地・中国雲南省
外観はマホロバよりもアミメキシタバに似ている。
主な分布地はベトナムで、標高1600〜1700m以上で得られている。食樹は不明。
年一化が基本のカトカラ属の中では珍しく、と云うか驚いたことに新鮮な個体が5月、6月、7月、10月、12月に得られているという。新北区(北米)では、幾つかの大型のカトカラ種が同じような発生パターンを持っているそうだ。多化性だとしたら、俄かには信じ難い。カトカラと云えば、殆んどの種が年一化だ。日本で多化性なのは、今のところはアマミキシタバだけなのだ。
余談だが、学名の小種名は世界的なカトカラ研究者である石塚勝己さんに献名されたものである。

 

(出展『Catocala katsumii Kons Jr, Borth, Saldaitis & Didenko, 2017』)

 
上の図版には、C.naumanniの画像が入っていないので、別な図版を貼っつけておく。

 

(出展『Catocala naumanni Sviridov、1996』)

 
因みに石塚さんは、C.naumanniを同グループには入れられておられない。とはいえ、DNA解析のクラスター図にはあるので含めた。一応、その図も載せておこう。

 

(出展 2点共『FIGURE 2 in The Catocala naganoi species group (Lepidoptera: Noctuidae), with a new species from Vietnam』)

 
見た目が似ているアミメキシタバやクロシオキシタバは、クラスターには入っていない。つまり似てはいても系統は別だと云うことだ。どうやらキシタバの仲間は見た目だけでは類縁関係は分らないって事だね。

 
【アミメキシタバ Catocala hyperconnexa】

(裏面)

 
【クロシオキシタバ Catocala kuangtungensis】

(裏面)

 
とはいえ、DNA解析の結果が絶対ではないだろう。クラスターの中に全然見た目の違う C.kishidai なんかが入ってるしね。このアマミキシタバっぽいタイプの奴って、そもそも昔はカトカラ属に入ってなかった筈だしさ。カトカラじゃなくて、クチバの仲間だと考えてる人も多いみたい。こう云うのを見ると、DNAの解析結果を鵜呑みにしてはならないとは思う。

しかし、あとで『世界のカトカラ』を見てて、重要なミステイクに気づいた。Catocala kishidai キシダキシタバについての認識が完全に間違ってました。先の naganoiグルーブの図版の中のキシダキシタバの画像が小さいので、下翅だけを見て、うっかりアマミキシタバみたいだと思ってしまったのだ。でも、『世界のカトカラ』に載ってるキシダキシタバの上翅を見て、アマミキシタバとは全然違うことに気づいた。上翅の色、柄、形は完全にnaganoiグルーブのものだ。前言撤回です。ゴメンなさい。

 
【キシダキシタバ Catocala kishidai】

(出典『世界のカトカラ』)

 
ミャンマーで発見された極珍のカトカラで、図鑑にはこのホロタイプの1個体しか知られていないと書かれていた。その後、再発見されてるのかなあ❓…。
たぶん学名の小種名は岸田泰則先生に献名されたものだろう。

 
【開張】
52~60㎜。
中型のカトカラにカテゴライズされるが、その中では大きい部類だろう。

 

 
最大級サイズものと最小個体を並べてみた。
結構、差があるね。でも大きさのバラツキは少なく、55mmくらいの個体が多い。

 
【分布】
岸田先生肝いりの刺客として送り込まれてきたマオくんのおかげで、一挙に春日山周辺の分布調査が進んだ。
因みに虫採り名人秋田勝己さんも一日だけ参戦され、調査に御協力くださった。秋田さんはゴミムシダマシやカミキリムシの調査で原始林内を熟知されており、マオくんとコンビを組んでもらって彼に樹液の出る木を伝授して戴いた。調査地域は北部の若草山とその周辺をお願いした。
小太郎くんには最もしんどくてツマンなさそうな東側を担当してもらい、自分は南部から南東部を担った。
それにより、原始林の南西部や西部の他に、予想通り北西部や北部の若草山周辺、南部の滝坂の道でも見つかった。調査不充分で、まだ南東部や東部では見つかっていないが、そのうち確認されるだろう(とはいえ、個体数は少ないものと思われる)。
おそらく発生地は春日山原始林内で、その周辺の二次林には吸汁に訪れるものと思われる。あくまでも予想だが、それより離れた場所では見つからないだろう。離れれば離れるほど棲息に適した場所が無いからだ。つまり移動性は高くない種だと考えられる。否、飛翔力はあっても、移動したくとも移動できない種と言うべきか…。
尚、奈良公園、春日山原始林、春日大社所有林での昆虫採集は禁じられており、採集には許可が必要となる。

 

(改めて見ると、許可証じゃなくて許可者なんだ…)

 
その後、2020年春に岩崎郁雄氏によって宮崎県でも採れている事が分かり、月刊むし(No.589,Mar.2020)で報告された。氏の標本箱の中から見い出されたという。採集地は以下のとおりである。

「2015.7.25 宮崎県日南市北郷町北河内 1♂」

採集は氏御本人で、宮崎昆虫調査会主催の夜間採集の際に樹液の見回りにて採集されたものだ。ハルニレの樹液に飛来していたそうで、当時はアミメキシタバと同定されていたという。
他に、鹿児島県でも過去の標本から見つかったと聞いている。
どちらの場所にも、今年2020年に蛾類学会の調査が入ったようだし、地元の虫屋も探す筈だから、再発見の報が待たれるところだ。
たぶん九州には豊かな照葉樹林が比較的多いから、他の県でも見つかる可能性は高いと思われる。そのうち多産地も見つかるだろう。採りたい人は、採集禁止区域の多い奈良よりも九州に行った方がいいかもね。

見た目はアミメキシタバとクロシオキシタバに似ているから、標本箱の中をチェックした人は多かったみたいだね。でも紀伊半島南部のアミメやクロシオの標本の中からはまだ発見されていないようだ。
因みに、T中氏が紀伊半島南部にも絶対いる筈だから本格的に探すと言っておられた。しかし、まだ採ったと云う話は聞かない。紀伊半島南部にも居るとは思うけど、九州に居るのなら、むしろ四国に居る可能性の方が大かもね。他には中国地方でも良好な環境の照葉樹林があれば、居ても何らオカシクない。
あくまでも自分の想像だが、好む環境は手つかずの照葉樹林、及びそれに近い自然林で、空中湿度が高く、イチイガシのある森ではないかと思われる。謂わば、ルーミスシジミやヤクシマヒメキシタバが好む環境ではなかろうか❓(かつては春日山もルーミスの多産地だったが、台風後の農薬散布で絶滅したと言われて久しい)。

 
(ルーミスシジミ)

(2017.8.19 和歌山県東牟婁郡古座川町)

 
そう云う意味では、千葉県のルーミスシジミの多産地にも居る可能性はある。確率は低そうだけどもね。

 
【発生期】
日本では年一化と推定される。最初に見つけた7月10日の計9個体のうち、既に2頭がかなり翅が傷んでいた。この点から、おそらく7月上旬からの発生で、早いものは6月下旬から現れるものと思われる。最盛期は7月中旬で、下旬になると傷んだ個体が目立ち始める。
小太郎くんが最後に見たのが8月15日か16日で、♂はボロボロ、♀は擦れ擦れだったそうだ。現時点ではまだハッキリとは言明できないが、たぶん8月下旬くらいまでは生き残りの個体が見られるのではないかと思われる。
尚、此処にはアミメキシタバも生息しており、マホロバに遅れて7月中旬の後半から見られ始めた。他の場所はどうあれ、此処ではアミメの方がマホロバよりも小さい傾向が顕著で、両者の区別は瞬時につきやすい。また驚いたことに7月下旬になるとクロシオキシタバも1個体のみだが見つかった。

『月刊むし』にはこう書いたが、2020年の発生は予想を覆すものだった。6月下旬には見られず、7月に入っても姿が確認できなかった。小太郎くんが7月5日に確認に行っても見られず、ようやく発生が確認されたのは何と7月9日だった。去年に発見した7月10日と1日だけしか変わらない。年により発生期に多少の変動があるのだろうが、これは意外だった。となると、7月上旬ではなく、7月中旬の発生なのだろうか❓
どちらにせよ、来年の調査を待って最終的な結論を出さねばならないだろう。

個体数は2019年は多く、林内ではキシタバ(C.patala)に次ぐ数で、1日平均10頭くらいは見られた。しかし2020年は1日平均3頭以下しか見られなかった。
よくよく考えてみれば、2019年だって厳密的には個体数が多いとは言い切れないところがある。なぜなら、樹液の出てる御神木があって、林内には他に樹液の出てる木が殆んど見られなかったからだ。つまり其処に集中して飛んで来ていた可能性が高いとも言えるのだ。ゆえに、それだけの数が採れただけであって、もしかしたら元々はそんなに個体数が多い種ではないのかもしれない。
ただ、2020年はマホロバだけでなく、他のカトカラの個体数も少なかった。春日山原始林のみならず、関西全体どこでもそうゆう傾向があったから、何とも言えないところはある。春先が暖かくて、その後寒波が訪れた影響かもしれない。食樹がまだ芽吹いていないのに孵化してしまい、餓死したものが多かったのだろう。テキトーに言ってるけど。
個体数についても来年また調査しなくてはならないだろう。来年も少なければ、稀種だね。
それに、たとえ発生数が多くとも御神木の樹液が渇れてしまえば、かなり採集は困難となる(これについては後述する)。たとえ2020年と同じ発生数だったとしても、あんなには採れないだろう。何だかんだ言っても稀種かもね。

 
【生態】
クヌギ、コナラの樹液に飛来する。今のところヤナギや常緑カシ類の樹液では確認されていない。
飛来時、樹幹に止まった時は翅を閉じて静止する。その際、下翅を一瞬でも開くことはない。但し、小太郎くんが一度だけだが見たそうだ。

 

(撮影 葉山卓氏)

 
また更に特異なのは、多くのカトカラが樹液を吸汁時にも下翅を見せるのに対し、一切下翅を開かないことである。その為、木と同化して視認しづらく、しばしば姿を見失う。
樹液にとどまる時間は割りあい短く、警戒心が強くて直ぐ逃げがち。懐中電灯を幹に照らし続けていると、寄って来ない傾向がある。また、御神木ではキシタバ(Catocala patala)が下部の樹液にも集まるのに対して、2.5m以上の箇所でしか吸汁しなかった。
静止時の見た目は他のカトカラと比べて細く見える。これは上翅を上げて下翅を見せないところに起因するものと思われる。他のヤガ、特にヨトウ類とは見間違えやすいので注意が必要である。角度によっては今でも珠にヨトウガをマホロバと見間違える事がある。見たことがない人には、逆にマホロバがヨトウガにしか見えないだろう。
個体にもよるが、懐中電灯の灯りを当てると概ね緑色っぽく見える。飛来時、この点でアミメキシタバや他のカトカラとは判別できる。アミメは上翅が茶色に見えるし、小さいからね。
但し、慣れればの話であって、見慣れていない人には難しいかもしれない。

 
(マホロバキシタバ)

(画像提供 葉山卓氏)

 

 
昼間の自然光の中では、それほど緑っぽく見えない。

 

 
お次はアミメちゃん。

 
(アミメキシタバ)

(出典『里山ひきこもり−豊川市とその周辺の鳥と虫』)

 
なぜだか夜に撮った写真がないので、画像をお借りした。
懐中電灯で照らすと、大体はこんな風に茶色に見える。

 

 
昼間に見ると、当然の事だがバリ茶色い。
一応、クロシオキシタバの画像も貼っつけとくか。

 
(クロシオキシタバ)

 
クロシオは上翅の変異に幅があるのだが、青緑っぽく見えるものが標準タイプだ。

 

 
デカいので基本的にはマホロバと見間違うことはなく、むしろパタラキシタバ(C.patala)と間違えやすい。小さめのパタラに見えるのだ。但し、マホロバにも珠にデカいのがいるので、注意が必要。

樹液への飛来時刻はパタラ等と比べてやや遅れ、日没後少し間をおいて午後7時半過ぎくらいから姿を見せ始める。以降、数を増やし、8時前後がピークとなり、9時くらいになると急に減じることが多かった。他のカトカラと同じく飛来が一旦止まるのだ。そして10時前後から再び現れ始める。しかし断続的で、最初の飛来時よりも数は少ない。但し、その日によって多少の時間のズレはある。また晴れの日でも小雨の日でも関係なく見られ、天候による飛来数の差異は特に感じられなかった。
とはいえ、2020年は1頭も見られない日や飛来が午後9時半近くになって漸く始まった日もあった。両日共に特に変わった天候でもなかったから、頭の中が(?_?)❓だらけになったよ。我々の預かり知らぬ某(なにがし)かの理由があったのだろうが、全くもって不思議である。

糖蜜トラップも仕掛けたが、フル無視され続けた。マオくんのトラップにもずっと寄って来なかったが、キレて帰り間際に木にバシャっと全部ブチまけたら、一度だけだが来たらしい。彼曰く、酢が強めのレシピには反応するのかもしれないとの事。2019年は、この1例のみだった。
2020年にも糖蜜トラップを試してみた。しかし自分を含め、小太郎くんや蛾類学会の人達も糖蜜を撒いたにも拘わらず、全く寄って来ない日々が続いた。その後、漸く蛾類学会の人の糖蜜に一度だけ飛来し、2日後(7月20日)には自分の糖蜜にも一度だけ飛来した。何れも複数の飛来は無く、1頭のみである。樹液を好むカトカラは糖蜜にも寄ってくるというのが常道だから、ワケがわかんない。これだけ試しても3例のみしかないと云うのは謎である。正直なところ糖蜜で採集するのは、今のところかなり難しいと言わざるおえない。

ここまで書き終えたところで、追加情報が入った。
クワガタ用のフルーツ(腐果)トラップにも来たらしい。但し、2日間で各々1度ずつのみとの事。御神木の樹液が渇れていた状態でもその程度なんだから、やはり餌系トラップで採るのはスペシャルなレシピでも開発されない限りは困難と言えよう。

2019年には大々的な灯火採集は行っていないが、小太郎くんが樹液ポイントのすぐ横に設置した小さなブラックライトに、採り逃がした個体が2度ほど吸い寄せられた事から、おそらく灯火にも訪れるものと予想された。
2020年に蛾屋さん達を中心に調査が行われた結果、灯火トラップにも飛来することが確認されたようだ。灯火には何となく夜遅くに飛来するのではないかと予想していた。理由はユルい。大体において良いカトカラ、珍しいカトカラというものは、勿体ぶって深夜に現れるというのが相場と決まっているからだ。だが、予想に反して点灯後すぐに飛来したと聞いている。飛来数は計3頭だったかな。但し、たまたま近くにいたものが飛来した事も考えられる。詳しいことは後ほど発表があるかと思うので、興味のある方は動向に注視されたし。
尚、春日山原始林内や若草山周辺では、許可なく勝手に灯火採集は出来ないので、その点は強く留意しておいて戴きたい。

昼間の見つけ採りも困難だ。今のところ数例しか聞いていない。羽の模様と木の幹とが同化して極めて見つけづらいのだ。夜間、樹液に来てても視認しづらいくらいなんだから、その辺は想像に難くなかったけどね。
2019年はマオくんがクヌギの大木のそれほど高くない位置に静止しているものを見つけている。小太郎くんも後日、その近くで見たそうだ(何れも若草山近辺)。
2020年の小太郎くんの観察に拠ると、生木よりも立ち枯れの木を好む傾向があり、静止場所はやや高かったという。自分は昼間の見つけ採りはあまり積極的にしていないが、もしかしたら基本的には視認しづらい高い位置で静止するものが多いのかもしれない。
また、木の皮の隙間に半分体を突っ込んでいる個体もいたという。となると、木の皮の下や隙間、洞に完全に隠れている者もいるかと思われる。これらの事から昼間には見つけにくいのかもしれない。

昼間、樹幹に静止している時の姿勢は下向き。非常に敏感で、近づくと直ぐに反応して逃げ、その際の飛翔速度は速いと聞いている。また藪に向かって逃げ、再発見は困難だそうだ。一度だけ追尾に成功した際は、下向きに止まっていたらしい。その際、上向きに着地してから即座に姿勢を下向きに変えたか、それとも直接下向きに着地したのかは定かではないという。

昼間は見つけにくいと言ったが、夜だって同じようなものだ。いや、下手したら昼間よりも見つからん。ヤガの仲間は夜に懐中電灯をあてると目が赤っぽく光る。だから、昼間よりも見つけやすい。なのに、森の中を歩く時は注意して見ているのにも拘わらず、まあ見ない。見られるのは樹液の出ている木の周辺くらいで、しかも珠にだ。他の多くのカトカラと同じく、おそらく樹液を吸汁してお腹いっぱいになったら、近くの木で憩(やす)むのだろう。そして、お腹が減ったらまた吸汁に訪れると云うパターンだ。とはいえ、他のカトカラ、例えばパタラやフシキ、クロシオ、アミメなんかのように樹液の出ている木や周りの木にベタベタと止まっていると云う事はない。
そういえば、日没前に樹液近くの木に止まっている場合もあった。夜の帳が落ちるまで待機していたのかもしれない。こう云う生態はカトカラには割りと見られる。その際の姿勢は上向きだった。夜間の向きは他のカトカラと同じく上向きだから、夕刻や夕刻近くになると上下逆になるのだろう。
昼夜どちらにせよ、視認での採集は極めて効率が悪い。
但し、例外はある。2020年8月6日に小太郎くんが訪れた時は何故か結構止まっている個体がアチコチにいて、計10頭以上も見たという。一日で確認された数としては極めて突出している。見ない事が当たり前で、見ても複数例は殆んど無かったのだ。ちなみに全て飛び古した個体で、不思議なことに全部オスだったそうだ。偶然かもしんないけど、興味深い。尚、御神木の樹液は既に止まっており、そこから約70mほど離れた所から奥側にかけてだったそうな。いずれにせよ、マホロバの行動は謎だらけだよ。

その小太郎くん曰く、♀の腹が膨らむのは7月末くらいからだそうだ。おそらく産卵は8月に入ってから行われるものと思われる。今のところ、産卵の観察例は皆無で卵も見つかっていない。
参考までに言っておくと、二人からそれぞれ石塚さんに生きた♀を7月中旬と8月初旬に送ったが、7月中旬に送ったものは産卵せず、8月のものは産卵したそうだ(孵化はしなかったもよう)。交尾後から産卵するまでには一定の期間を要するものと考えられる。尚、交尾中の個体もまだ観察されていない。

 
【幼虫の食餌植物】
現時点では不明だが、おそらくブナ科コナラ属のイチイガシ( Quercus gilva)だと推察している。中でも大木を好む種ではないかと考えている。
なぜにイチイガシに目を付けたかと云うと、奈良公園や春日大社、春日山原始林内に多く自生し、大木も多く、イチイガシといえば、ここが全国的に最も有名な場所だと言っても差し支えないからだ。しかも近畿地方ではイチイガシのある場所は植栽された神社仏閣を除き、此処と紀伊半島南部くらいにしかないそうだ。つまり、何処にでも生えている木ではない。もしマホロバキシタバの幼虫が何処にでも生えているような木を主食樹としているのならば、とっくの昔に他で発見されていた筈だ。と云う事はそんじょそこらにはない木である確率が高い。ならば、この森の象徴とも言えるイチイガシと考えるのは自然な流れだろう。
また林内には他に食樹となりそうなウバメガシが殆んど自生しないことからも、イチイガシが主な食樹として利用されている可能性が濃厚だと考えた。但し、正倉院周辺にシリブカガシの森があり、ムラサキツバメもいるので、そちらの可能性もゼロとは言えないだろう。シリブカガシも近畿地方では少ない木だからね。
因みに林内にはアラカシ、ウラジロガシ、アカガシ、シラカシもあるそうだ。でもアラカシとシラカシは近畿地方では何処にでもあるゆえ、主食樹ではないものと思われる。またウラジロガシはヒサマツミドリシジミ、アカガシはキリシマミドリシジミの主食樹だし、けっして多くは無いものの、各地にあるから可能性は高くはないと思われる。

前述したが、マホロバはルーミスシジミなどのように空中湿度の高い場所を好む種なのかもしれない。
とはいえ、これだけでは論理的にはまだ弱い。イチイガシについて、もう少し詳しく調べておこう。

 
【イチイガシ(一位樫) Quercus gilva】

 
ブナ科コナラ属カシ類の常緑高木。
別名:イチガシ。和名はカシ類の中で材質が最も良いこと(1位)に由来する。よく燃える木を意味する「最火」に由来するという説もある。
分布は本州(千葉県以西の太平洋側と山口県)、四国、九州、対馬、済州島、朝鮮半島、台湾、中国。
紀伊半島、四国、九州には多いが、南九州では古くから植栽されて自然分布が曖昧になっているようだ。実際、天然記念物に指定されているイチイガシ林は南九州に多い。と云うことは、南九州の山地では普通に見られる木と考えても良さそうだ。
これはある程度知ってた。だから、この点からも九州を筆頭に紀伊半島南部や四国でもマホロバの分布が確認される可能性はあるだろうとは思ってた。実際、九州南部で過去の標本が見つかったからね。遅かれ早かれ、他の地方でも今後見つかるだろう。
また、イチイガシはマホロバの原記載亜種の棲む台湾にもあるみたいだから、食樹である可能性は更に高まったのではあるまいか。
あっ、そういえば台湾の佳蝶スギタニイチモンジって、イチイガシを食樹としてなかったっけ❓(註6)

低地~山地の照葉樹林に自生し、谷底の湿潤な肥沃地に多いそうだ。と云うことは、ルーミスやマホロバが好む環境とも合致する。春日山原始林内も小さな川が縦横に流れており、基本的には空中湿度が高く、標高も低いから良好な環境なのだろう。

東海~関東地方では少なく、見られるのは殆んどが社寺林である。北限(東限)はルーミスの多産地として有名な清澄山付近。静岡県以西では、ルリミノキ、カンザブロウノキなどを交えたイチイガシ群落を構成する。
神社に植栽されることが多く、特に奈良盆地で多く見られると書いてあった。他のサイトでも奈良公園と春日大社、春日山原始林に多いと書いてあるから、やはり相当イチイガシの多い場所なのだろう。

 

 
幹は真っ直ぐに伸び、樹高は30mに達し、幹の直径が1.5mを超える大木となる。長寿で、寿命は400~600年とされる。

 
(壮齢木)

 
樹皮は灰褐色で、成長するにつれて不揃いに剥がれ落ちる。

 
(若木の幹)

 
(葉)

 
(葉の裏側)

 
葉は先端が急に尖り、縁は半ばから先端にかけて鋭い鋸歯状となる。葉はやや硬く、若葉はその表面に細かい毛が密生し、後に無毛となり深緑色になる。又、裏は白に近い黄褐色の毛で覆われる。その為、木を下から見上げると黄褐色に見える。春先に見られる新芽も同じようにクリーム色で、よく目立つ。

花は雌雄同株で4〜5月頃に開花し、実(どんぐり)は食用となり、11~12月に熟す。カシ類では例外的に実をアク抜きしなくても食べることができ、生でも食べられる。そのため、昔は救荒食として重要な木であった。縄文時代から人間の食糧となっていたことが遺跡からも判明している。

丈夫な材が船の櫓に使われたことから「ロガシ」という別名もある。材は他のカシ類に比べて軽くて軟らかく、加工しやすくて槍の柄など様々な器具の材料に使われた。
和歌山県ではごく限られた地点に点在するのみであるが、遺跡からは木材がよく出土することから、かつてはもっと広く分布していたものと考えられ、人為的な利用によって減少したと見られる。和歌山県は紀伊半島南部なのに、意外と少ないのね。
ちょっと待てよ。紀伊半島の蝶に詳しい Mr.紀伊半島の河辺さんが、紀伊半島南部には意外とイチイガシが少なくて、ルーミスはむしろウラジロガシを利用している場合が多いと言ってなかったっけ❓
だとしたら、紀伊半島南部でのマホロバの発見は簡単ではないかもしれない。
あんまり変な事をテキトーに書くとヤバいので、河辺兄貴に電話した。したら、間違ってましたー。ワシの記憶力は鶏並みなのだ。兄貴曰く、和歌山、三重、奈良県共にイチイガシは多いんちゃうかーとの事。そしてルーミスは標高400m以下ではイチイガシを食樹として利用し、それより標高の高いところではウラジロガシを利用しているらしい。また、アラカシなど他のブナ科常緑樹も食ってるようだ。

イチイガシとアラカシの交雑種(雑種)が大分県で確認されている(イチイアラカシ(Quercus gilboglauca))。この事から、或いはアラカシを稀に食樹として利用しているものもいるのかもしれない。蛾類は蝶よりも幼虫の食樹が厳密的ではなく、科を跨いで広範囲に色んな植物を食すものも多いのだ。同じ科なら、飼育下では平気で何でも食うじゃろて。

一応、2020年の5月下旬に小太郎くんと幼虫探しをした。
しかし、思ってた以上にイチイガシが多く、大木も多かったから直ぐにウンザリになった。自分は、こうゆう地道な事には向いてないなとつくづく思い知ったよ。
小太郎くんは奈良市在住なので、度々探しに行ってたみたいだけど、結局見つけられなかったそうだ。もしかしたら、幼虫はメチャメチャ高いところに静止しているのかもしれない。
また小太郎くん曰く、イチイガシは他の常緑カシ類と比べて芽吹きが大変遅いそうだ。この日(5月27日)で、まだこんな状態だった。

 

 
オラは飼育を殆んどしない人なので、そう言われても正直よくワカンナイ。なので、幼生期の解明については小太郎くんに任せっきりだった。
彼曰く、下枝はこの時期になってから漸く芽吹くそうだ。となると、成虫の発生期と計算が合わなくなってくる。成虫の発生を7月上中旬とするならば、この時期には終齢幼虫になっていないといけない筈なのだ。もし幼虫が新芽を食べるとすれば、成長速度が度を越してメチャンコ早いと云う事になっちゃうじゃないか(# ゚Д゚)
新芽の芽吹きは大木の上部から始まると云うから、それを食ってるのかもしれない。にしても、新芽を食べるのならば幼虫期間は矢張り相当短いと云う事にはなるけどね。
まあいい。高い所の新芽を食べるとして話を進めよう。もし幼虫は高い所にいるのだとしたら、探すのは大変だ。ゼフィルス(ミドリシジミの仲間)の卵さえロクに探しに行った事がないワシなんぞには、どだい無理な話だ。誰かが見つけてくれることを祈ろっと。

いや、待てよ。小太郎くんは新芽を食うと断定していたが、花の時期は4月から5月だ。新芽ではなく、もしかして花を食ってんじゃねえか❓そう考えられないだろうか❓ あるいは花の蕾、または硬い枝芽を食うのなら、辻褄は合う。
待て、待て。こう云う考え方も有りはしないか❓例えば弱齢期は他のブナ科常緑樹の新芽を利用し、終齢に近づくにつれ、食樹転換をしてイチイガシを利用するとかさあ…。所詮は飼育ド素人の考えだけど、ダメかなあ❓

食樹をイチイガシと予想したが、もしかして全然違うかったりしてね。だとしたら、何を食ってんだ❓ これ以上は見当もつかないや。

何れにせよ、まだまだ生態的に未知な面もあり、来年もまた調査を継続する予定である。

 
                       おしまい

        
謝辞
最後に、Facebookにアップした記事にいち早く反応され、迅速に動いてくださった岸田泰則先生、記載の役目を快諾され、ゲニタリアを仔細に精査して戴いた石塚勝己さん、発見のきっかけをくださった秋田勝己さん、分布調査で目覚ましい活躍をしてくれた小林真大くん、またこの様なフザけた文章を掲載してくれることをお許し戴いた月刊むしの矢崎さん、そして今回の相棒であり、共に発見に立ちあってくれ、殆んどの調査行に同行してくれた葉山卓くん、各氏にこの場を借りて多大なる感謝の意を表したいと思います。皆様、本当に有り難う御座いました。

ここからは編集者の矢崎さんに送ったメールです。

矢崎さんへ
奈良公園のイチイガシの大木の写真を添付しておきます。残念ながら葉っぱの写真は撮っておりません。
それから1頭だけ採れたクロシオキシタバ(註7)のことは伏せておいた方がいいかもしれません。採れた場所が採れた場所ですから石塚さんが興味を示されています。新亜種くらいにはなるかもしれません。ゆえに状況次第で、その部分は削って戴いてかまいません。石塚さんに訊いてみて下さい。尚、そのクロシオはマオくんが採り、現在葉山くんが保有しています。

以上、多々面倒かと思われますが、宜しくお願いします。
それとマホロバの産地は伏せるとは聞いたのですが(註8)、いったい何処まで伏せるのでしょうか? 個人的にはどうせそのうちにバレるんだから、正直に書いて県なり市なりに働きかけて保護するなら保護した方がよいと思うんですが…。
とはいえ、クソ悪法である「種の保存法」とかにはなってもらいたくはないです。禁止区域外でもいるんだから、虫屋の採る楽しみを奪うのもどうかと思うんですよね。

                      
追伸
前編でもことわっているが、この文章のベースは『月刊むし』の2019年10月号に掲載されたものである。

 
【月刊むし】

 
そう云うワケだから、前編も含めて楽勝で書けると思ってた。しかし、いざ書き始めると、前・後編に分けた事もあって、大幅に書き直す破目になった。新しい知見も加わったので、レイアウトも修正しなくてはならず、思ってた以上に苦労を強いられた。たぶん50回くらいは優に書き直したんじゃないかな。文章の端々に投げやり感が出ているのは、そのせいだろう。マジで無間地獄だったよヽ((◎д◎))ゝ。結果、手を入れ過ぎて原形からだいぶと変形した大幅加筆の増補改訂版となった。

えーと、それから月刊むしの記事よりもフザけた箇所は増えちょります(特に前編)。
え〜と、あと何だっけ❓あっ、そうだ。生態面の新たな発見があれば、随時内容をアップデートしてゆく予定です。あくまでも予定ですが…。
それと参考までに言っとくと、当ブログには他にマホロバ関係の記事に『月刊むしが我が家にやって来た、ヤァ❗、ヤァ❗、ヤァ❗』と『喋べくりまくりイガ十郎』と云う拙文があります。

 
(註1)岸田先生
日本蛾類学会の会長である岸田泰則先生のこと。
国内外の多くの蛾類を記載されており、『日本産蛾類標準図鑑(1〜4)』『世界の美しい蛾』など多くの著作がある。
さんまの『ほんまでっか!? TV』で池田清彦(註9)爺さまが岸田先生を評して『アイツ、すっごく女にモテるんだよねー。』と言ってたらしい。きっとオチャメなんだろね。

 
【日本産蛾類標準図鑑(Ⅱ)】

 
【世界の美しい蛾】

 
(註2)長野菊次郎
名和昆虫研究所技師。九州で生まれ、東京の中学校で博物学を教えていたが、岐阜の中学校に移ったのを機に名和靖と交流するようになった。後に名和の研究所の技師となって、最後まで名和の仕事を支えたという。
著書に『日本鱗翅類汎論』『名和昆蟲圖説第一巻(日本天蛾圖説)』などがある。なお、天蛾とはスズメガの事を指す。
またホソバネグロシャチホコの幼性期の解明に、その名があるようだ(1916)。

 
(註3)分布が隔離されてから少なくとも30万年以上前…
おぼろげな記憶から30万年前と書いたが、実際のところはもっと幅が広く、台湾、南西諸島、日本列島の成り立ちは複雑である。

①500万年前は南西諸島全域に海が広がり、日本列島と沖縄諸島・奄美諸島を含む島と八重山諸島を含む島(台湾の一部を含む)があった。
 

(出典『蝶類DNA研究会ニュースレター「カラスアゲハ亜属の系統関係」』以下、同じ。)

 
しかし200万年〜170万年前(第三紀鮮新世末)に隆起して大陸と繋がった。

 

 
②170〜100万年前(第四紀鮮新世初期)、南西諸島の西側が沈降して海になった。だが、台湾から九州までは陸地で繋がっていた。多分この時代に、C.naganoiは台湾から日本列島に侵入したのだろう。他にも多くの種が侵入し、ヤエヤマカラスアゲハとオキナワカラスアゲハの祖先種も、この時期に渡って来たものと思われる。

 

 
③100万年~40万年前(第四紀鮮新世後期)に沖縄トラフの沈降による東シナ海の成立で、現在の南西諸島の形がほぼ出来上がると、日本列島と奄美の間、奄美と沖縄の間、与那国島と他の八重山の島々との間でさらに隔離が起こった。たぶん、この年代前後にオキナワカラスとヤエヤマカラスの分化が進んだのだろう。

 

 
カラスアゲハとオキナワカラス、ヤエヤマカラスは別種化したのに、マホロバは40万年以上も前から隔離されているのに別種にはならなかったのね。もっと進化しとけよ。おっとり屋さんだなあ。
ちなみに記載者の石塚さんは「台湾と日本の地理的位置を考慮すると、別種の可能性が高いが、今のところ決定的な形質の差異が認められないので新亜種として記載した。」と書いておられる(月刊むし 2019年10月号)。しつこいようだが何とか新種に昇格してくんねぇかなあ(笑)。新種を見つけたと云うのと、新亜種を見つけたと云うのとでは受ける印象が全然違うもんなあ…。
とはいえ、小太郎くんもマオくんも「新亜種でも大発見ですよー。国内新種だし、ましてやカトカラなんだから凄い事だと思いますよ。」と言って慰めてくれたので、まあいいのだ。

 
(註4)ゲニ
ゲニタリアの略称。ゲニタリアとはオスの交尾器の一部分で、種によって形態に差異がある事から多くの昆虫の分類の決め手となっている。

 
(註5)もう「マホロバキシタバ」でエエんでねえの❓
最近発売された岸田先生の新しい図鑑、『日本の蛾』でも和名は「マホロバキシタバ」になっている。

 

 
『日本産蛾類標準図鑑』の1〜4巻を整理して纏めた廉価版で、この中に「標準図鑑以降に公表された種」として追加掲載されている。

 

 
こんだけ既成事実があれば、もう「マホロバキシタバ」で動かないだろう。有り難いことだ。

 
(註6)スギタニイチモンジってイチイガシを食樹としてなかったっけ❓
どうやら自然状態での食樹はまだ解明されていないようだが、飼育では無事にイチイガシで羽化したそうだ。

 
【Euthalia insulae スギタニイチモンジ ♂】

(2017.6.27 台湾南投県仁愛郷)

 
【同♀】

(2016.7.14 台湾南投県仁愛郷)

 
大型のユータリア(タテハチョウ科 Euthalia属 Limbusa亜属)で、とても美しい。
しかし生きてる時にしか、この鮮やかな青や緑には拝めない。死ぬと渋いカーキーグリーンになっちゃう。それはそれで嫌いじゃないけどさ。
スギタニイチモンジについては、当ブログの『台湾の蝶』の連載の第5話に『儚き蒼』と云う文章が有ります。
そういえば『台湾の蝶』シリーズ、長い間頓挫したままだ。ネタはまだまだ沢山残ってるんだけど、キアゲハとカラスアゲハの回でウンザリになって、プッツンいってもうて書く気が萎えた。いつかは再開はするんだろうけどさ。
嗚呼、最後に台湾に行ってから、もう3年も経っちゃってるのね。行けば、間違いなく書く気も復活するんだろうな。来年辺り、行こっかなあ…。

 
(註7)1頭だけ採れたクロシオキシタバ
石塚さんは、内陸部で採れた極めて新鮮な個体だったから興味を示されたのではないかと思う。

 

(画像提供 葉山卓氏)

 
コレがその個体だ。
見た目は、どう見てもクロシオではある。
ようは移動個体ではない事が考えられ、棲息地には食樹であるウバメガシは殆んど無い事から、別な種類の木を食樹としている亜種ではないかと考えられたのだろう。しかし調べた結果、ゲニはクロシオそのものだったそうな。
つけ加えておくと、その後、クロシオは2020年も含めて、この1頭だけしか採れていない。
素人目には、この森で発見されたジョナス(キシタバ)の方が衝撃だったけどなあ…。標高が低くて、孤立した分布地だからね。

 

(2019.7月 奈良市白毫寺)

 
何で怒髪天的な触角にしたんだろね。一つしか採れてないのにさ。
因みに、マオくんも採っているから偶産ではなかろう。上の個体は南西部の白毫寺で採れたものだが、マオくんは原始林を挟んだ反対側、北西部の若草山の北側で採っているので広く薄く生息しているのだろう。

しかし「月刊むし」のマホロバ特集号が発売されて石塚さんと岸田先生の記載論文の末尾を読んで、石塚さんの本当の意図するところが解った気がした。たぶんだが、石塚さんはクロシオとは思っていなくて、もしやクロシオの近縁種であるデジュアンキシタバ(C.dejeani)の可能性を考えたのではなかろうか❓

 
【Catocala dejeani Mell, 1936】

(出典『世界のカトカラ』)

 
パッと見、ほぼほぼクロシオである。下翅の帯が太いのかな❓

 

(出典『世界のカトカラ』上がクロシオ、下がデジュアン。)

 
マホロバとアミメよりも、こっちの方が互いにソックリさんだ。こんなの、よく別種だと気づいたよな。いや、古い時代のことだから、どうせ先に記載されていたクロシオの存在(1931年の記載)を知らずに記載したんだろ。ろくに調べず、テキトーなこと言ってるけど。

ここへきて落とし穴と云うか泥沼の予感だ。出来るだけサクッと調べて、サラッと終わらせよう。

1936年にスズメガの研究で知られるドイツ人のルドルフ・メリ(Rudolf Mell)によって記載された。
分布は中国(四川省、陝西省、広西チワン族自治区)と台湾。生息地は局地的で少ないとされている。
一部の研究者は種としては認めず、クロシオキシタバの亜種と見なしているようだ。

Wikipediaによると、亜種として以下のようなものがあるとされている。

◆Catocala dejeani dejeani Mell, 1936
(中国 広西チワン族自治区?)

メリは暫くの間、広州(広東省)のドイツ人中学校の校長だったらしいから、おそらく隣の広西チワン族自治区で採集されたものを記載したのだろう。あくまでも勘だけど。

◆Catocala dejeani chogohtoku Ishizuka 2002
(中国)

ググッても、この学名では産地が出てこなかった。ほらね、やっぱり泥沼だ。
記載は石塚さんだから、御本人に直接お訊きすればいいのだろうが、こんな些事で連絡するのも気が引ける。まあ、四川省か陝西省のどっちかだろう。たぶん原記載から遠い方の四川省かな? ウンザリなので、もうどんどんテキトー男と化しておるのだ。

◆Catocala dejeani owadai Ishizuka 、2002
(台湾)

台湾では最初、クロシオキシタバとして記録されていた。でもって、その後に台湾ではクロシオは見つかっておらず、今のところ台湾にはデジュアンしかいない事になっているそうな。
ようは、石塚さんは台湾にいる C.naganoiが日本にも居たんだから、デジュアンだっているかもしれないとお考えになったのだろう。それにクロシオとデジュアンは中国では同所的に分布するところも多いというからね。日本にデジュアンが居ても不思議ではないってワケだ。

 
【台湾産デジュアンキシタバ】

(出典『www.jpmoth.org』)

 
裏面画像を見たら、どうやらクロシオとの違いは裏面にあるみたいだ。

 


(出典 2点とも『www.jpmoth.org』)

 
上翅の内側の斑紋がクロシオとは違うような気がする。何だかマホロバっぽい。それにクロシオは翅頂部の黄色い紋が大きく、個体によっては外縁にまで広がって帯状になる。本当にそれが区別点なのかはワカンナイけどさ。
いや、待てよ。下翅が全然違うわ。クロシオは一番内側の黒帯が1本無いが、コヤツにはある。
前から思ってたけど、やはりカトカラを判別するためには裏面が重要だわさ。でも裏面画像は図鑑でもネットでも載ってない事の方が多い。マジで思うけど、裏面の画像も示さないとダメじゃね❓ って云うか鱗翅類を扱った図鑑は本来そうあるべきだろう。だいたい、蛾類は蝶と違って裏面に言及されてる事じたいが少ないってのは、どゆ事❓ 何でこうもそこんとこに無頓着なのだろう。蛾は種類数が多いと云うのは解るけどさ。それに裏まで載せれば、紙数が膨大となり、値段も高くなる。蛾の図鑑なんて誰も買わねぇもんが、益々売れねぇーってか❓ あっ、ヤバい。毒、メチャ吐きそうだ。この辺でやめときます。だいち、これ以上文章が長くなるのは、もう御免なのだ。

と言いつつ書き加えておくと、春日山原始林とその周辺には今のところ14種のカトカラの生息が確認されている。内訳は以下のとおりである。
キシタバ、マホロバキシタバ、アミメキシタバ、アサマキシタバ、フシキキシタバ、コガタキシタバ、カバフキシタバ、ワモンキシタバ、マメキシタバ、ジョナスキシタバ、クロシオキシタバ、オニベニシタバ、コシロシタバ、シロシタバ。ちなみに絶対いるだろうと思ってたウスイロキシタバは見つけられなかった。とはいえ、都市部に隣接した場所で、これだけの種類がいるのは中々に凄いことだ。それだけ森が豊かな証拠なのだろう。やはり素晴らしい場所だよ。

 
(註8)マホロバの産地は伏せるとは聞いたのですが…
採集禁止区域が多いので、トラブルを避ける為の配慮かと思われる。
個人的には、四国で新たなルリクワガタが見つかった時に、「生息地 四国」と発表されたことがあったから、ああゆうダサい事だけはしたくないと思った。どうせ自分たち以外の人に採らせたくないとかケチな理由からなんだろうけど、あまりにも雑過ぎる生息域の記述だったので笑ったワ。狭小な根性が丸出しじゃないか。腹立つくらいにセコいわ。だから、ああゆう風な提言となった。
それで、思い出したんだけど、最初に”Facebook”に記事を書いた時は奈良県で採ったと書いたら、誰もが場所は紀伊半島南部を想像したみたいだね。まさか奈良市内だとはワシだって思わんもん。今まで春日山には星の数ほどの虫屋が入ってるからね。そんなもん、とっくに発見されていて然りだと考えるのが普通でしょう。でも、オラの行動範囲を知っていたA木くんだけは見破ったけどね。
因みに、産地については即座に箝口令が敷かれた。と云うワケで、Facebookの記事も奈良県から近畿地方に修正しといた。でも、色んな人が具体的な場所まで知ってたのには笑ったよ。別に誰かを批判してるワケじゃないけど、「人の口には戸は立てられない」って事だよね。まさか身をもって自分がそれを知るだなんて思いもよらなかったから、変な気分だったよ。中々に貴重な体験でした。

 
(註9)池田清彦
生物学者。評論家。早稲田大学名誉教授、山梨大学名誉教授。
ダーウィンの進化論に異を唱え、構造主義を用いた進化論を提唱している。虫好きで、カミキリムシのコレクターとしても知られる。同じく虫屋であるベストセラー『バカの壁』で有名な養老(猛)さんやフランス文学者でエッセイストの奥本大三郎さんとも仲が良い。
御三方の本は昔から結構読んでる。虫屋で頭のいい人の本は面白い。

 

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投稿者:

cho-baka

元役者でダイビングインストラクターであり、バーテンダー。 蝶と美食をこよなく愛する男。

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