2019’カトカラ2年生 其の五 弐の章

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   vol.22 ハイモンキシタバ

          弐の章
   『銀翼のマベッラ』

 
 
 ー解説篇ー

 
【ハイモンキシタバ♂】

 
【同♀】

(以上2点共『世界のカトカラ』)

 

(2019.8.6 長野県上田市)

 
鮮度の良いものは前翅が銀色で、白灰色の紋が有るんだね。
下翅の黄色は明るく鮮やかで美しい。
ちなみに前回の採集記で書いたように激ヤラかしちまったので、手持ちの標本はこんなんしかない。

 

(2020.8.9 長野県木曽町)

 
来年は銀々にして、ギンギンの羽化したての奴を手ゴメにしてやろう。

さてとー、気持ちをリセットして解説を始めますかね。

前翅は灰褐色で腎状紋付近から前縁にかけて、比較的大きな白灰色の斑紋を有する。後翅中央黒帯と外縁黒帯は繋がらず、後翅は明るい黄色で翅頂の黄紋は明瞭。また北海道のものを除いて後翅外縁黒帯が下部で明確に分離する。頚部は樺色、胸部は灰色、腹部は褐色を呈する。
一見ノコメキシタバに似るが、前翅に灰白紋が有ること、後翅がレモンイエローで、外縁の黒帯が繋がらないことで判別できる。
補足しておくと、ノコメキシタバの後翅の色はオレンジ系統の黄色で、より外縁黒帯が太く、外縁近くまでぴっちぴっちに広がる。

 
【裏面】

(出典『日本のCatocala』)

 

(出典『garui.dremgate.nd.jp』)

 
(♀裏面)

(2019.8.6 長野県上田市)

 
裏面下翅の中央の黒帯はノコメと比べて細くなる傾向があるようだが、決定的な違いは何といっても外縁の黒帯にある。表と同じく途中で黒帯が分断されるのだ。また、他のカトカラと比べて外側の黄色い部分が淡く、白っぽく見える。但し、ノコメはそこが更に白く、下翅内側の黄色い部分とのコントラストが強い。
比較のためにノコメキシタバの画像も載せておこう。

 
(ノコメキシタバ Catocala bella)

(出典『世界のカトカラ』)

 

(2020.8.9 長野県木曽町)

 
よく見れば、両者にはかなりの差異がある事が解って戴けるかと思う。
ちなみに裏面の画像は飛び古した個体ゆえ、黒帯の色がかすれて薄くなっている。

 
【学名】Catocala mabella Holland, 1889

しかしネットで見ると、学名が違う。ほとんどのサイトが学名を「Catocala agitatrix mabella」としているので、まごつく。おいおいである。冒頭からいきなり躓いたんじゃないかと思ってビクついたよ。採集記のみならず、解説編まで蹉跌パターンとなれば目も当てられない。
しかし、落ち着いて考えてみると、小種名”agitatrix”に続く後ろに、件(くだん)の”mabella”がある。と云うことは元々は亜種名に使われていた言葉みたいだね。その”mabella”が亜種名から小種名に昇格して、”agitatrix”とは別種になったのではあるまいか。たぶん、それに間違いないかと思われる。

では、”Catocala agitatrix”とは何じゃらホイ❓
調べたら、わりと簡単に見つかった。どうやら大陸側にいる近縁種のことのようだ。

 
《Catocala agitatrix Graeser, [1889]》

(出典『世界のカトカラ』)

 
上部のロシア云々というデータはキララキシタバのもので、関係ないゆえ無視して下され。
特徴は前翅の灰紋が小さくて、黒い鋸歯線がぼやけてて不鮮明なことだろう。お世辞にも綺麗だとは言えないやね。
 
よく見れば、学名の記載年が括弧で括られているぞ。って事は、これは何かあった証拠だろう。(・o・;)あっ、記載者も別な人になってる。ようは記載年が括弧に入っているので記載後に記載年が変更されたって事❓
でもハイモンキシタバの記載年も1889年になってて同じ年だぞ。変更されたのならば、どっちかが別な年にならないといけないんじゃないのか❓
それに、ナゼに記載者名が変わっておるのだ❓ハイモンキシタバの従来の記載者名は”Graeser, 1889″となっているのだ。それが如何なる理由で”Holland, 1889″となったのさ。これはいったい何を意味してんのよ❓全然ワカンないや。謎ですわ。

和名は「ニセハイモンキシタバ」となっている。
分布は中国・ロシア南東部(沿海州)・朝鮮半島。海を隔ててはいるが、それに連なる地域だ。つまりは両者は元々は同種とされていて、後年に日本のものが別種として分けられたってことか…。それゆえ日本産は固有種となったと云うわけだね。まあ最初から薄々そう思ってたけどね。
あれっ❓だったら和名は”mabella”が後から分けられたんだから「ニセハイモンキシタバ」になるんでねぇの❓
でも今更和名をハイモンキシタバからニセハイモンキシタバに変えるのも妙な話だ。和名なんだから、そこまで厳密にする必要性はないし、変えたら混乱を引き起こすからデメリットはあっても何らメリットはないもんね。これでいいだろう。
何か学名を筆頭に全体的にモヤモヤするけど、突っ込めば迷宮世界に迷い込むこと必至なので、これ以上はアンタッチャブルじゃよ。

ハイモンキシタバと似るが、本種には前翅腎状紋周辺にハイモンほどの大きな白灰紋がなく、より小さいか消失するようだ。
また、前後翅裏面が全面黄色いことからも区別できるという。
裏面の画像を探そう。

 

(出典『gorodinski.ru』)

 
(・o・)あっ、確かに裏面は全面黄色いや。
あと、この個体は前翅の白灰紋が消失してるね。

成虫は6〜8月に見られるが、あまり多くないという。
食樹はハイモンと同じくバラ科リンゴ属だと判明しているようだ。その意味でもハイモンとは極めて近縁な関係にあるものと思われる。

亜種に以下のものがある。

 
◆Catocala agitatrix shaanxiensis Ishizuka,  2010


(出典『世界のカトカラ』)

 
中国の陝西省のものだ。
これも上部のデータは関係ないゆえ、無視して下され。
さておき、下翅の帯が細いね。他の特徴は原名亜種と同じに見える。

とはいえ、調べ進めるうちにワケワカンなくなってきた。
Wikipediaでは、”Catocala mabella”が”agitatrix”のシノニム(同物異名)扱いになってんだよね。
それにネットの『ギャラリー・カトカラ全集』では日本固有種と書いてあるのに、学名は”agitatrix”のままになってる。ワケわかめじゃよ(@_@) 本当のところは、現在どういう扱いになってるんざましょ❓

おっと、肝腎の学名の語源について書くのを忘れてたね。
ライフワークって程じゃないけど、学名の語源については極力知っておきたい。名前を付けた古(いにしえ)の人たちが、その種にどんな思いを込めて名付けたのか興味があるのだ。きっとそこには時代背景があり、各々に何らかの物語があろう。歴史を辿るようで、そこにロマンを感じるのだ。

属名の「Catocala(カトカラ)」はギリシャ語由来で、kato(下)とkalos(美しい)という2つの言葉を繋ぎ合わせた造語。つまり下翅が美しいことを表している。
小種名の「mabella」はラテン語読みだとマベラかな? 或いはマベッラだろう。感じとしては女性の名前っぽい。「bella」はラテン語の「美しい」の女性形だしね。そういや、ハイモンの学名は「Catocala bella」だったね。それって何か関連があんのかな?

mabellaで検索したら、最初に「美しい海」を意味すると出てきたので楽勝かと思いきや、mabellaではなく、綴りが微妙に違う「marbella」の事であった。
マルベーリャはスペイン南部のアンダルシア州の都市で、地中海に面し、コスタ・デル・ソル(太陽海岸)有数の保養地として知られている。そういえば、あっしもバイクでユーラシア大陸を横断した時に通ったよ。

次にヒットしたのは小惑星 mabella(メイベラ)。たぶん女性名っぽいから、発見した学者が恋人とか奥さんの名前を付けたのだろう。
他にないのかと探していたら、意外なものに行き着いた。
Cyrestis thyodamas mabella。何とイシガケチョウの亜種名に、この”mabella”がある。ヒマラヤ西部~中国に分布するものを指し、日本産もこの亜種に含まれる。
補足しておくと、屋久島以北のものを”kumamotensis”とする見解もある。また台湾産も亜種(ssp.formosana)とされる。
尚、原記載亜種はタイやベトナムにいるようだ。南限のマレー半島北部のモノはどうなるのかな?
『東南アジア島嶼の蝶』で調べてみっか…。
完全にパラノイアとかHSPだよな。これだから話が大幅に逸れて文章が長くなるに違いない。

 


(出典『東南アジア島嶼の蝶』)

 
この図を見ると、マレー半島北部のものも原記載亜種に含まれそうだね。

おっ、そうだ。イシガケチョウの画像を貼付しないとね。
勿論、アチキは蝶屋であるからして標本はあるのだが、探すのが面倒なので図鑑から画像をパクらせて戴こう。

 

(出典『日本産蝶類標準図鑑』)

 
こうして改めて見ると、相当にエキゾチックだね。だからってワケじゃないけど、基本的にガッキーは好きだ。小さい頃は関西では和歌山とか紀伊半島南部にしかいなかったから憧れの蝶だったしね。

よし、これを足掛かりにして語源を探っていこう。
ここは先ず、いつもお世話になってる平嶋さんの『蝶の学名ーその語源と解説』に頼ろう。それが一番の近道の筈だ。

(。•̀ᴗ-)✧ビンゴ❗狙い通りだ。イシガケチョウの項からこの亜種の語源が見つかった。
それによると「女性名Mabella=Mabel。ヴィクトリア朝時代に好まれた名。」とあった。
納得いったような、いかないような微妙な気分だ。MabellaにしろMabelにせよ、その語源を調べなければ意味がなかろう。

さらに調べると、比較的簡単に見つかった。
メイベル(Mabel)とは、ラテン語の「愛らしい、魅力的な」と云う意味らしい。ハイモンキシタバが愛らしいかどうかはさておき、スッキリしたよ。まあ「魅力的な」と言われれば、そうとも言えるしね。

「agitatrix」もついでに調べとくか…。
これは語尾が「〜rix」となっているので、たぶんラテン語の女性形の一つであろう。

ウィクショナリーには「Constructed as latin agitatrix feminine of agitator.」と書いてあった。どうやら英語だけでなく、ラテン語にも「agitator」という言葉があるようだ。
agitatorは、英語だと「扇動者,運動員,攪拌器」という意味だから、意訳すると「ラテン語と同じ由来で、女性のアジテーター(扇動者)」ってこと❓

「〜rix」で検索すると、Viatrixとbeatrixというのが出てきた。
Viatrixは、ラテン語の女性の名前で「旅する女」という意味がある。viatorは「旅人」の女性形で、viaは「道」を意味する名詞からの変則的な派生形とあった。beatrixは(人を)幸せにする女という意味だ。
ここから”agitatrix”にも「〜する女」という動詞的な意味合いがあるのではないかと考えた。
けど、その「〜する女」の「〜」が分からない。何をしてる女なのだ❓

あてどないネットサーフィンをしても、以下のようなものしか見つけられなかった。
agitatores=agitator(御者(馬を操る人)、騎手)の複数agitatoresの対格とか、agitatr=運転者だとか、今ひとつジャストフィットするものがない。
agitatorのラテンの語源は、名詞のactio(英語でいうところのaction, doing)で、第3変化動詞 agere(=to set in motion(動かす), drive(走らせる,御する),forward(前へ)等)の完了受動分詞actusから派生した女性名詞だと言われてもなあ…。もう何のこっちゃかわかりゃせんよ。けど、わかりゃせんなりに意地で続ける。ウザいなと思った人は、この項は飛ばしてくだしゃんせ。でも、もう少しで終わるから、もちっと我慢しておくんなまし。

「actioとagereに関連するラテン単語には、acta,activus,actus,agilis,agitatio,agitare等があります。尚、agereの現在分詞は、agens(属格はagentis)であり、英語のagent(代理人)に繋がります。」

どうやら、これら運動と関連せしめる言葉の1つとしてアジデーターがあるという事らしい。いずれにせよ、難し過ぎてワシの足りない脳ミソでは、もうついていけんよ。

ここで一旦、原点に戻ろう。
agitatorの語源とも言える「agitate」は「扇動する,心をかき乱す,動揺させる,一人で苛々する,ゆり動かす,かき混ぜる,波立たせる,(盛んに)論議する,(熱心に)検討する,関心を喚起する」といった意味がある。
ならば、ここから良さげな言葉をチョイスして、agitatrixは「心をかき乱す女」「心を揺り動かす女」「心惹かれる女」と意味とはならないかね。これらならば、この学名が名付けられた理由としては得心がいく。
第一章の『銀灰の蹉跌』で書いたように、アチキもハイモンキシタバに心をかき乱されたのだから、もうマベッラは「心かき乱す女」でいいじゃないか。
(人´∀`)。゚アハハ…。こりゃ、完全にヤケクソ男のコジ付けだな。
あ~、やめた、やめた。アタマ、雲丹じゃよ。ここいらで限界だ。白旗です。誰か分かる人は教えてくんなまし。

 
【和名】
前翅に灰白色の紋があることからつけられたものと思われる。
こういう解りやすい和名はいいね。全くもって意味がワカランような和名は、和名をつける意味がない。そんなだったら潔く学名ほぼそのまんまの、例えばジョナスキシタバとかの方が余程いいと思う。

とはいえハイモンだと、ちょっと素っ気ないところがある。灰色よりも銀色を前面に押し出した和名も有りだったんじゃないかと思えなくもない。和名には、どこか色気があって想像力を掻き立てるようなものがいい。

 
【亜種】
■Catocala mabella mabella
本州のものが原記載亜種とされる。

■Ssp.kobayashii Ishizuka, 2010
北海道のものは後翅外縁の黒帯が分離しないものが多く、亜種として分けられている。

 

(出典『世界のカトカラ』)

 
確かに僅かだが、黒帯が繋がっている。
亜種名の”kobayashi”は、蛾の研究者で小林という名字の人に献名されたものだろう。
まさか、マオくん(註1)の事だったりしてね。彼の名字は小林で、記載者の石塚さんとも懇意にしているみたいだからね。確かめたいところだが、こんな事で連絡するのも気がひける。何か重要な案件でもあれば、ついでに訊けるんだけど、んなもん無いし…。

 
【開張(mm)】
ネットの『みんなで作る日本産蛾類図鑑』だと58〜60mmとなっているが、『日本産蛾類標準図鑑』では56〜66mmとなっている。まあ、この範囲内と考えればいいでしょう。
意外と数値的に大きく思えるが、これは横に広い形だからだろう。表面積はそれほど広くはない。形的にはスッキリしてて、カトカラの中ではカッコイイ方だと思う。

 
【雌雄の判別】
♂は尻が細くて長く、尻先に毛が多い。♀はその反対であるからして大体の区別はつく。でも裏返してみるのが一番てっとり早い。

 

 
縦にハッキリとスリットが入っている。これがあって、この先から黄色い産卵管が覗いているか出ていれば、間違いなく♀だ。
カトカラの中には、このスリットが分かりづらい種もいるが、どうやらハイモンは分かりやすいタイプの側のようだ。

 
【分布】 北海道,本州(中部地方以北)


(出典『日本のCatocala』)

 

(出典『世界のカトカラ』)

 
補足説明をしておくと、『日本のCatocala』は分布領域を示しているが、『世界のカトカラ』は県別の分布を示している。
どちらにせよ、今のところは愛知県尾張地方辺りが南限で、近畿地方以西では見つかっていない。
ノコメキシタバの分布のように東北地方から北海道南西部にかけての空白地帯は無く、東北地方の内陸部にも全県にわたって見られる。
引っ掛かるのは西限とされる福井県だ。県の蛾類目録では記録が有ることになっているが(具体的地名は無し)、福井市自然史博物館のPDFでは未記録になっていた。
但し、岐阜県揖斐郡藤崎村(現 揖斐川町)に記録がある。ここは福井との県境だから、福井県にも分布している可能性はあるだろう。

寒冷な高原地帯のズミによく発生し、以前は1000mを越える高原に多かったが、地球温暖化の影響か近年は減少しているという。
食樹を同じくするノコメキシタバとは共棲することも多いが、ノコメよりも遥かに個体数は少ないとされる。実際、ネットの画像も思いのほか少ない。
にも拘わらず、驚いたことにどの都道府県のレッドデータリストにも準絶滅危惧種にさえ指定されていない。環境省や各都道府県のその手の部署って、ホント糞だ。指定しなくてもいいものを指定して、指定すべきものを指定しなかったり、指定はしても、指定しただけで保護や環境保全はおざなりだったりって事も多い。
それはさておき、何で西日本には居ないのだろう。食樹であるズミは九州まで自生しているのにね。しばしば、東からきて近畿地方に入るとパッタリと分布しなくなる昆虫は見受けられるけれど、中国地方には分布するものは多いのだ。中国地方や兵庫県西部で見つかってもよさそうなものなのにね。冷涼な気候を好むからかな?と一瞬考えたが、濃尾平野の低地にも確実に棲息しているから、それだけでは説明できない。でも他に理由が全然思いあたらないよ。ものすご〜く謎だ。

 
【成虫の出現期】
低地では6月中旬から、高地では7月から出現し、8月下旬まで見られ、ノコメのように9月まで生きのびることはない。尚、新鮮な個体が得られるのは8月初めまでだとされる。

 
【生態】
寒冷地性で、標高1000〜1700mのズミの多い高原や渓谷など冷涼な気候の地で見られることが多いが、名古屋市内や尾張旭市の低地でも棲息が確認されている。

クヌギやヤナギなどの樹液に好んで集まるが、標高の高いところでの採餌行動は発生数に比べて少ないという。
他に成虫の餌として観察されているのは、花蜜(ヤナギラン)と果実(桃の腐果)。しかし、観察例は少ない。

糖蜜トラップにも誘引される。一度だけだが、自分のトラップにも飛来した(標高1250m)。尚、飛来時刻は午後8時15分だった。ゆえに樹液や糖蜜トラップに訪れる時間帯についての知見はない。幼虫がブナ科食のカトカラは日没後直ぐに集まるが、バラ科食のカトカラは一時間ほど遅れる傾向にあると思うのだが、バラ科食のハイモンくんはどうなのだろう?興味深いところだ。

灯火にも飛来する。但し、文献を見ても特に飛来時刻の傾向が書かれているものは無かった。
ちなみに2020年に木曽町で灯火に飛来した時刻はハッキリとは憶えていないが、午後9時半から10時台だったと云う覚えがある。

昼間、成虫はカラマツなどの樹幹に頭を下にして静止している。驚いて飛ぶと別な木に上向きに止まり、瞬時に姿勢を反転して下向きに変えるという。

交尾時刻は、深夜の11時から午前2時の間とされる。羽化して数日後から交尾、産卵を繰り返すものとみられており、ジョナスキシタバなどのように夏眠後からの産卵パターンではないようだ。

産卵例は、2001年8月6日の上田市の高原での記録がある。
日没後、♀が食樹であるズミを次々と渡り、樹皮下に産卵しているのが観察されている。

 
【幼虫の食餌植物】
バラ科:ズミ、エゾノコリンゴなどのリンゴ属。

本州ではズミが基本食樹のようだが、リンゴの台木として植栽された山麓のエゾノコリンゴにもよく付くという。また放置されたリンゴ園でも見られ、時に栽培されたリンゴからも幼虫が見つかることがあるそうだ。参考までに言っておくと、1例だけだがウワミズザクラから卵が見つかっている。ちなみに孵化幼虫に同じバラ科のウメやサクラの葉を与えても摂食しない例が多いと言われている。

 
(ズミ (酸実・桷) Malus toringo)

(出典『www.forest-akita.jp』)

 
高さ10mほどの落葉小高木で、リンゴに近縁な野生種である。
同じリンゴ属のカイドウやリンゴ、ナシ属に似ていて、古くからリンゴ栽培の台木として使われてきた事から、ヒメカイドウ(姫海棠)、ミツバカイドウ(三葉海棠)、ミヤマカイドウ(深山海棠)、コリンゴ(小林檎)、コナシ(小梨)など多くの別名がある。しかし、現在は台木とされることはあまりなく、マルバカイドウ(註2)に取って代わられているそうだ。

語源は樹皮を煮出して黄色の染料にした事から染み(そみ)が転化したもの、或いは実が酸っぱいことから酢実(すみ)が訛ったものとも言われる。

北海道から九州までの広い範囲に自生する。日のよく当たる高原や湿原を好み、時に群生する。
4〜6月にかけてオオシマザクラやカイドウに似た白い小花を枝いっぱいに咲かせる。咲き始めはピンク色を帯び、徐々に純白へと変化する。

 
(花)

(出典『Wikipedia』)

 
(若葉と花)

 
(夏葉)

(2点共 出典『庭木図鑑 植木ペディア』)

 
(幹)

(出典『ケン坊の日記』)

 
幹から直接生じる葉には切れ込みが入り、似たような木と見分ける手掛かりとなる。
小枝はトゲ状。材は硬く、斧や鉈などの柄に使われる。また樹皮は前述したように染料にもなるが、明礬などを加えて絵の具にもする。

 
(実) 

(出典『庭木図鑑 植木ペディア』)

 
9月~10月にかけて小さいリンゴのような赤または黄色の実を付ける。実は酸味が強いが、霜が降りる頃には多少の甘みが出てくるので生食のほかジャムや果実酒に用いることができる。中に含まれる種を撒くと発芽する率は高い。

盆栽などで知られるヒメリンゴは、ズミとセイヨウリンゴの雑種とされる。しかし、人工的に作られた園芸品種であり、天然の分布はない。

 
(エゾノコリンゴ(蝦夷小林檎) Malus baccata)

(出典『四季の山野草』)

 
(花)

(出典『greensnap.jp』)

 
(葉)

 
(樹幹)

 
(実)

(以上3点共 出典『四季の山野草』)

 
分布は北海道、本州(中部地方以北)で、ズミとは近縁。
和名はリンゴよりも実が小さく、北海道に多く産することに由来するという。別名サンナシ、ヒロハオオズミ。
主に山地〜海岸の湿地とその周辺に生え、5〜6月頃に白い花を付ける落葉の小高木。高さは8~10mになる。秋には1cm足らずの赤い実を沢山付ける。

材質は重くて硬く、割れにくいために斧、鍬などの柄に用いられたという。また、ズミと同じく嘗てはリンゴの台木としても用いられた。
ズミとの違いは葉で、ズミには葉の中に3~5裂するものが混じるが、エゾノコリンゴの葉は裂けないことで見分けられる。

ここで緊急的に文章をブチ込む。
追伸まで全部書き終え、さあ最終チェックという段階で、たまたまTVで『ブラタモリ』を見てたら、高尾山の樹林相(落葉広葉樹と常緑広葉樹の分布)の話になった。落葉広葉樹は冷たい気候を好み、常緑広葉樹(照葉樹)は暖かい気候を好むとかそんな話だ。常緑広葉樹は確かにそうだが、落葉広葉樹は例外だらけやんけと思ってたら、説明のための植生図が出てきた。
こんな風な図だ。

 

(出典『雑木林の遊歩道』)

 
それを見て驚いた。落葉広葉樹の植生とハイモンキシタバの分布図がソックリじゃないか❗
この図では濃いグリーンが常緑広葉樹、黄緑色が落葉広葉樹の分布を表している。
さらに驚いのは2つの広葉樹の分布は年平均気温が約13℃を境に分かれていて、13℃以上は常緑広葉樹、13℃以下は落葉広葉樹となると解説されていたことだ。この13℃云々というのは目から鱗だった。何となく感じてはいたが、こうして具体的な数値をあげられると、にわかにリアルなものに見えてくる。
ならば当然、ズミの西日本での分布は限られてくると想像される。上図でも西日本の黄緑色に塗られた地域はかなり狭い。

と云うワケで、ちゃんとズミの分布を調べてみたら、西日本では産地が内陸部の高地に限られ、数も少ないことが明らかになってきた。
となれば、ハイモンキシタバが西日本で見られない理由も自ずと解ってくる。食樹の分布が重要なファクターだからだ。
ハイモンが中国地方あたりで発見される可能性はゼロではないが、寒冷地性なので居るとしても山頂に近いごく限られた場所でしか生き延びられないだろう。勿論、食樹があっての話だ。
100%納得したワケではないが、自分の中では一応の解決にはなったかな。

 
【幼生期の生態】
例によって幼生期に関しては今回も『日本のCatocala』におんぶに抱っこである。西尾さん、いつもすいません。

 
(卵)


(2点共『日本のCatocala』)

 
円盤状で、受精卵の色彩は黒褐色ないし茶褐色。横に走る斑紋は黃白色で、ケンモンキシタバの卵に似る。
食樹の薄い表皮や樹皮の裏に1個から2、3個、稀に5〜6卵ずつ産付される。根元の苔にはあまり産卵されない。反対に食樹を同じくするノコメは、この苔の部分で卵がよく見つかるという。
但しハイモンとノコメは食樹が同じで見た目が似ていることから兄弟の如く並べて語られる事が多いが、種としての両者は系統的には掛け離れているそうだ。

 
(1齢幼虫と2齢幼虫)

(出典『日本のCatocala』)

 
左側が1齢、右が2齢幼虫。
孵化期はかなり早く、上田市の標高500mでは4月上旬。終齢の5齢幼虫は5月中旬には見られる。尚、終齢は標高1000mでは5月中・下旬、1200〜1500mでは5月下旬から6月上旬に見られるそうだ。何れの産地でも同じくズミを餌とするノコメキシタバよりもよりも幼生期が1週間程度早く推移する。

幼虫は葉の他に花や蕾も摂食する。
比較的若い木を好み、樹齢40年以上の古木にはあまり見られない傾向があるそうだ。

 
(5齢幼虫)


(出典『日本のCatocala』)

 
5齢幼虫の昼間の静止場所は地表近くの枝や樹幹。時に地表で見つかることもあるという。

色彩変異は顕著で、寒冷地では白化して側線の模様が黒く目立つ個体がよく見られる。ノコメキシタバの白化した個体と識別が困難な場合もあるが、頭部の斑紋で判別できる。

 
(終齢幼虫頭部)

  
(ノコメキシタバの頭部)

(出典 2点共『日本のCatocala』)

 
カトカラの幼虫の同定には、この顔の模様がかなり重要みたいだね。確かに全然違う顔だわ。

幼虫の天敵として、Winthemia cruentataという寄生蝿が記録されている。他に天敵として考えられるのは、鳥を筆頭にスズメバチ、寄生バチ、クモ、サシガメ等が考えられるが、特に記録は見当たらなかった。

蛹は知る限り野外では見つかっていないが、飼育しても丈夫な繭を作らない事から、おそらく落葉の下などで蛹化するものと思われる。

                        おしまい

 
追伸
前回の追伸(の追伸)でも書いたが、ハイモンキシタバについては、いつものように複数回ではなくて1回のみで終える予定だった。実際、この解説編も含めて順調に書き進め、一応の完成はみた。しかし、いざ発表の段になって最終チェックのために読むと、これがクソみたいに長い。特に学名の項などは迷走しまくりで、エンドレス状態なので2回に分けることにしたってワケ。

にも拘らず、その原因となった学名について再び書く。
“agitatrix”の語源が消化不良なまま終わり、どっか心の隅っこで気になっていた。なので図書館へ行き、ラテン語の辞書で調べ直してみることにした。我ながらシツコイ。
『羅和辞典』には、agitatrixという単語そのものは載っていなかった。載ってたのは agitatorと、その他どちらかというと動的な意味のものが並んでいた。
もう面倒くさいので画像を貼り付けちゃえ。画像を指でピッチアウトすると拡大できます。

 

 
これらを見ると、agitatrixは何らかの能動的なアクションを表している言葉だろう。

一応、agitatorの部分を拡大しておこう。

 

 
動物を駆る者❓一瞬、猟師かいなと思ったけど、後ろに農夫と出てきたので牛だの馬だのを操る人なのだと解った。それにしても戦車のドライバーとはね。これが語源だったら、相当面白いや。

どうやら「agitator」の起源は、「agito」と云う言葉らしい。アジト❓ 秘密基地かよ。
意味は以下のとおりである。

 
 
(出典 以上4点共 研究社『羅和辞典』)

 
これらのどれかが学名の語源と関係するのだろうが、やはり特定は出来ない。結局、明白な答えには行き着けなかったね。ハイモンには蹉跌つづきだったってワケだ。敗北感、濃いわ。

 
(註1)マオくん
ラオス在住のストリートダンサーであり、蛾の研究者でもある小林真大くんのこと。蛾界の若きホープで、一言で言うなら虫採りの天才だ。ネットで「小林真大 蛾」で検索すれば、彼のInstagramやTwitterにヒットします。

 
(註2)マルバカイドウ

(出典『土の中の力持ち』)

学名:Malus prunifolia var. ringo。
中国北部・シベリア原産のバラ科リンゴ属の耐寒性落葉高木。
イヌリンゴの変種で白紅色の花を咲かせる。花が咲いた後に林檎に似た小さな赤い実を付けるが、あまり食用には適さない。
セイシ、キミノイヌリンゴ等の別名がある。

 
ー参考文献ー

◆西尾規孝『日本のCatocala』
◆石塚勝己『世界のカトカラ』
◆岸田泰則『日本産蛾類標準図鑑』
◆平嶋義宏『蝶の学名-その語源と解説』
◆塚田悦造『東南アジア島嶼の蝶』
◆白水隆『日本産蝶類標準図鑑』

インターネット
◆『みんなで作る日本産蛾類図鑑』
◆ギャラリー・カトカラ全集
◆Wikipedia
◆庭木図鑑 植木ペディア
◆四季の山野草

 

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投稿者:

cho-baka

元役者でダイビングインストラクターであり、バーテンダー。 蝶と美食をこよなく愛する男。

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