2020’カトカラ3年生 第二章

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   vol.27 ヨシノキシタバ

    『吉野物語』後編

 
2020年 8月9日

空から神々が降臨した。

 

 
傾いた太陽が、雲の隙間から地上に向かって幾本もの光の階段を下ろしている。久方振りに見るレンブラント光線だ(註1)。
壮麗なる雲の神殿を眺めていると、何となく良い事が起きる予兆なのではないかと思えてきた。

この日の朝から昼は、小太郎くんと長野県松本市の某有名な峠のオオゴマシジミに会いに行った。

 
【オオゴマシジミ】

 
久し振りに見るけど。オオゴマちゃんは可愛いね。やっぱ蝶はいい。
でも5、6年前に突然個体数が減ってからあまり回復はしていないようだ。考えてみれば、その時以来の再会だ。あの時は的場ちゃんと岐阜県の新穂高に行ったのだが1つも見れず、仕方なくこの峠に移動してきたのだった。
そういや入口で奥から戻って来た爺さんに状況を訊いたんだよね。延べ30人近くが入ってるけど、爺さん本人がさっき1頭採っただけで、他は誰も採れてないって言ってたな。で、そのあと自分も1頭採った。実際、奥から戻って来た人たちに尋ねても誰も採れてなかったから、多分この日は爺さんとオラしか採れていなかった筈だ。
今回もワシら以外は誰も採れていなかった。沢山いた頃と環境はほぼ変わってないのにナゼなんだろ❓
正義感が矢鱈と強くて思考力の乏しい写真屋なんかが、乱獲だとか声高に言ってそうだが、いくら採っても翌年には又いくらでもいたそうだから、おそらくメインの理由は他にあるのだろう。一応言っとくけど、採っても蝶は減らないと言っているワケではない。物理的には採ったら確実に減るからね。
あっ、やめとこ。こうゆう話をすると大脱線になるから、この件に関しては今回これ以上は話さない。今後、別な機会にまた話すことも有ろうかと思う。
とにかく、たぶん此処にはもう行かない。絶滅されても困るからね。基本的に蝶を最も愛してるのは蝶屋なのだ。絶滅させてしまえば、自らの首を締めることになる。
話を戻そう。相変わらず食草は腐るほどあったから、種そのものの衰退期にあるのかもしれない。オオウラギンヒョウモンが全国で一斉に衰退したようにね。
或いはアリと共生関係にあるから、アリが何らかの理由で激減したのかもしれない。まあ、理由は一つではなくて複合的なんだろうけどね。

ちなみに、この個体はゴマなしオオゴマといって、斑紋が一部消失した珍しいフォームだ。小太郎くんが羨ましがったので、ノーマルなのと交換してあげたけどね。いつも小太郎くんには世話になっているのだ。それくらいの恩返しは吝(やぶさ)かでない。

午後には奈川村へゆき、これまた久し振りのゴマシジミとの御対面。御対面と書いたのは、奈川村はゴマちゃんが採集禁止だからである。と云うワケで写真だけ撮った。

 
【ゴマシジミ】

 
採っちゃダメなので、小太郎くんは手乗りゴマシジミをやってた。小太郎くんのゴマ愛は強いのだ。

 

 
考えてみれば、一日のうちで両方とも会ったのは初めてだ。まだ昨日からの良い流れが続いているかも。昨日は、これまた久し振りの佳蝶ムモンアカシジミと念願のナマリキシタバに会えたしね、

 
【ムモンアカシジミ】

 
【ナマリキシタバ】

 
奈川から松本市の温泉周辺へ行くか木曽町の高原に行くか迷ったが、木曽町を選択。何となく小太郎くんは温泉に行きたそうだったが、「どっちでもいいですよ。」と言うので遠慮なく木曽町をグイと選ばせて戴いた。なぜなら勘がそっちを指し示していたからだ。自分は自分の勘に絶対的な自信を持っている。だからたいした実力もないのに何処でも良い虫が採れる。引きが強いのは、そうゆう事なのである。
あとは小太郎くんに未採集のミヤマキシタバを採ってもらいたいと云う思いもあった。アズミキシタバとナマリキシタバは小太郎くんのライトトラップのお陰で採れたようなものだ。ゆえに恩返しの気持ちもあった。もっとも小太郎くんはヤンコウスキーキリガの方が欲しかったようだ。それは後々わかる事なんだけどもね。

 
【アズミキシタバ Catocala koreana 】


(2020.7.25 長野県北安曇郡)

 
【ナマリキシタバ Catocala columbina ♀】


(2020.8.8 長野県松本市)

 
【ミヤマキシタバ Catocala ella ♀】


(2020.8.9 長野県木曽町)

 
目的地周辺には4時くらいに着き、有名なアイスクリーム屋でソフトクリーム食って、ヤマキチョウとツマジロウラジャノメのポイントの様子を見てから灯火採集が出来そうな場所を探した。
そして、冒頭の場所へと辿り着いた。

 

 
やがて夕日は声も無く山並みの向こうへと沈んでいった。
そして今宵も虫たちの夜会が始まる。

 

 
点灯して暫くして、背後から飛んで来たらしいカトカラが目の前で地面にボトッと落ちた。
(ㆁωㆁ)何じゃこりゃ❓と思った次の刹那、脳が理解した。

w(°o°)w小太郎くん、これミヤマやっ❗

小太郎くんも、やや遅れて気づいたようだった。しかし二人のただならぬ殺気が届いたのか、あっという間に飛んで逃げ、何処かへ消えてしまった。

その後、たぶん同じ個体が何度か飛んで来るのだが、落ち着きがなく、直ぐに飛び立ってしまう。
それにしてもエラく早い時間帯での飛来だ。ミヤマの飛来は深夜0時前後からだと聞いていたから意外だった。最初に飛んで来たのは午後8時くらいとかじゃなかったかな。

やっとこさ見つけたのは、東屋の裏側だった。
けれど柱の隙間の変なとこに止まってた。急ぎ小太郎くんを呼んで採ってもらう。
しかし変なとこに止まってたから、背中の毛がズル剥けになって落ち武者みたくなってもうてた。残念である。カトカラ類は直ぐに背中の毛が剥げて、ツルピカハゲ丸になるのである。

午後9時前くらいだったろうか、小太郎くんが東屋の天井にヘバり付いてるカトカラを見て、声を上げた。

あっ❗、ミヤマ❗

(・o・)えっ❗❓、アレってそうだったの❓
そこにカトカラが止まっていたのは知ってたけど、ミヤマには見えなかったのだ。

小太郎くんがスルスルと網を伸ばし、難なくネットイン。
そして、そのまま網を持って車の方へアンモニア注射を打ちに行った。
鮮度が良さそうだったから、何だかε-(´∀`*)ホッとする。
コレで漸くお礼を果たせた気分だ。作戦完了のメデタシ、メデタシである。

と思ってたら、車の方から小太郎くんの声が飛んで来た。

五十嵐さぁ〜ん、コレ、ミヤマと違う〜❗ヨシノでしたー❗

(☉。☉)えっ❗❓、マジー❗❓

 
道理で変だとは思ったのだ。ミヤマなら去年何度も見てるし、気づいてた筈だもんね。慌てて確認しにいく。

\(°o°)/ワオッ❗、コレって30分くらい前に見たぞ❗

飛んて来て白幕に一瞬止まって、アッと思って近づこうとしたら、一瞬にして飛んで逃げたのだ。ミヤマかなと思ったが、にしては茶色くて黄色いなとは思ったのだ。まだヨシノキシタバの実物を見たことが無いから、こうゆう事になっちゃうのね。
(〒﹏〒)クチョー、ヨシノと解っていれば、対応も全然違ってたのにぃ〜。ナマリを採った翌日にヨシノが採れたら、それって2試合連続ホームランの快挙だったのにぃー…。なんだかチャンスに見逃し三振の気分だ。痛恨の失態である。少しでもオカシな奴だと思ったら迷わず採るのがセオリーなのに、サボってきたツケが重要な場面で露呈したわい。

ここでポロッと、情けない一言が口から零れ落ちた。

さっきミヤマを譲ったし、それ譲ってくれへん❓

プライドもへったくれもない。普段はそうゆう事はあまり言わないから自分でも驚く。余程欲しかったのだろう。

いいですよー。オオゴマも交換してくれたし。

小太郎くん、アンタやっぱ良い人だよー。(༎ຶ ෴ ༎ຶ)ありがとねー。

オマケに、こんな事まで言ってしまった。

コレ、俺が採った事にしてくれへん❓

我ながらサイテーだ。ブログを書くのに、貰ったんじゃ採った事にはならないから、カッコつかないとでも思ったのだろう。

コチラも、一つ返事で「いいですよー。」と言ってくれた。
小太郎くん、アンタ、ホント良い人だよ。

何か複雑な気持ちだが、手のひらに乗せてもらう。

 

 
茶色くて、黄色っぽいねー。こんなカトカラって他にはいないよね。今まで見たカトカラのどれとも違う。

裏面はこんなだった。

 

 
意外な事に、裏面はキシタバ(Catocala patala)に似てる。類縁関係があるとは思えないけどもね。

にしても、まさか此処でヨシノが採れるとは思ってもみなかったよ。棚からボタ餅のような、拍子抜けしたような複雑な気分だ。
何だか告白するつもりがアッチから告ってきた感じだ。あっ、自分で採ってないから、それは違うか…。

この日は特に気象条件が良かったわけでもないのに、わんさか虫が飛んで来た。
まだ採った事のなかったヒメシロシタバも採れたし、この時期には採った事のないオオシロシタバも初めて採れた。オオシロはムラサキシタバを採りに行った時によく見るのだが、いつも時期的に遅くて、ボロしか採った事がなかったのだ。

 
【ヒメシロシタバ Catocala nagioides】

 
【オオシロシタバ Catocala lara】

 
この日やって来たカトカラは、オオシロシタバ、ミヤマキシタバ、ヨシノキシタバ、キシタバ、エゾシロシタバ、ワモンキシタバ、コガタキシタバ、ハイモンキシタバ、ノコメキシタバ、マメキシタバ、コシロシタバ、ヒメシロシタバ、ゴマシオキシタバ、オニベニシタバ、ムラサキシタバと、何と15種類。
だが、なぜか居る筈のジョナスとベニシタバ、シロシタバは飛んで来なかった。もしコレらも来てたら、軽く全カトカラの半数を越える。喜ばしい事だけど、ふと何だか今までしてきた苦労がスカみたいな気分になった。
あっ、でも最初がコレだったとしたら、カトカラに対する興味を直ぐに失くしていたかもしれない。採集はコツコツと1つずつターゲットを落としてゆく方が長く楽しめるからね。1つ1つの物語があるからこそ面白いのだ。色んなタイプのお姉ちゃんを口説き落としてゆくのと同じだ。今日みたいに15種類も採れてしまえば、物語もへったくれもない。

そして、ヤンコウスキーキリガもやって来た。

 

 
自分が見つけたけど小太郎くんが欲しがったので、お譲りもうした。それで小太郎くんがヤンコウスキーが欲しかったんだと判明したワケである。とはいえ温泉方面に行ったからって採れたかどうかはワカンナイけどね。

結局、その後ヨシノは新たに飛んで来ることは無かった。
美しいと言われる♀はお預けになったワケだが、ここは楽しみが残ったと考えよう。今度こそヒリつくような恋がしたい。ヨシノの物語は、まだまだ終わらない。

 
 
2020年 8月25日

この日は、小太郎くんと藤岡くんの3人で紀伊半島南部にやって来た。
狙いはルーミスシジミとヨシノ。昼間にルーミスを採り、夜にはヨシノを採るという2本立てだった。

 

 
しかし、まさかのルーミスを1頭も見ずで終わった。
この日、この三重県の産地には全部で6〜7人が入っていたが、結局誰も採れなかった。どころか誰も見ていない。毎年ルーミスを100頭も採ってるというミスタールーミスの森岡さんでさえも採れていないのだ。その森岡さんの師匠の方も採れてなかった。だから採れなくて当たり前だったのかもしれない。ルーミスはいる時には沢山いるけれど、どんだけ天気が良くても採れない時は全く採れない。超敏感な日もあれば、ゆるゆる飛びで楽勝な日もあるから、不思議な蝶だ。それでもルーミスとは相性が抜群に良くて、誰も採れてなくても自分だけは採れたりするから、あれれ(・o・)❓ではある。来て一つも採れなかったのは初めてなのだ。

 
【ルーミスシジミ】

(2017.8.19 和歌山県新宮市)

 
ルーミスは好きだから残念ではあるけれど、正直ダメージは全く無かった。頭の中はヨシノの♀の事で一杯に埋まっていたのである。その♀さえ採れれば、万々歳なのである。

しかし奈良県のヨシノのポイント近くまで移動してきたら、激しい雨になった。ヤッベーっ😱

けれど雨はやむと分かっていた。己のセンサーがそう告げていたからである。ワシが雨が上がると言ったら上がるのである。昔から肌で天気を読めるという特殊能力が有しておるのだ。それで何度も周りを驚かせてきた。それに、スーパーな晴れ男だから何とかなるっしょ。

予言どおり雨は止み、8時まえくらいにようやく点灯。

 

 
だが、雨のせいでグッと気温が下がった。肌寒いくらいである。不安に駆られる。温度が低いと虫たちの行動力が鈍るから、あまりヨロシクないのだ。

心配したとおり、飛んで来る虫の数はあまり多くない。
カトカラは、キシタバとゴマシオキシタバが飛んで来たくらいだ。

 
【ゴマシオキシタバ Catocala nubila】

 
関西では兵庫県北西部と紀伊半島南部の一部くらいにしかいないけど、どってことないカトカラだ。基本的にボワッとしてて魅力に乏しいのだ。但し変異の幅は広いから、時々めちゃくちゃカッコイイ前翅をした奴がいるけどもね。

 


(2020.9.5 長野県松本市)

 
10時前に、やっとヨシノが飛んで来た。

 

 
でも♂だった。自分で採ったのは初めてだし、和名の由来である吉野で採ったワケだから嬉しくないワケではないけれど、♀が欲しいんだよ、♀がぁー( ̄皿 ̄)ノ

待ってるのは辛い。
恋心が募ってゆく。

11時過ぎになって、やっと待望の♀が飛んで来た。サアーッと緊張感が走る。
でも心は不思議に落ち着いていた。何となく採れそうな気はしていたのである。そっと毒瓶を上から被せる。

 

  
(☆▽☆)ぴゃあ〜❗激美しい❗❗

(´ω`)美人だなあ。初めて♀を見たけど、カトカラ屈指の前翅の美しさと言われてるのがよく解ったよ。小太郎くんもカトカラの中では、このヨシノとナマリ、カバフの前翅がベストスリーと言ってたからね。木曽町で♂を見た時はミヤマキシタバの方がカッコイイじゃねぇかと思ったけど、♀を見たら納得だわさ。

でも、よく見ると羽が破れている。何でやねん(;O;)
完品の♀が欲しかあー(╥﹏╥)

裏面写真も撮っておこう。

 

 
腹先に縦にスリットが入ってるから間違いなく♀だね。

しかし、後が続かない。ガードレール越しに闇を凝視するが、カトカラは何も姿を現さない。刻一刻と時間は削られてゆく。反対に焦燥感は募ってゆく。
藤岡くんは、せっせせっせとアレコレ採っている。彼は基本的に蝶屋だが、蛾や甲虫など何でも採る人だ。生粋の虫好きなのだ。正直、そうゆうのって羨ましいなと思う。だって退屈しないもんね。それに、たとえターゲットが採れなくとも、別なモノが採れれば落胆が中和される。下手したら逆にテンションが上がる事だってあるだろう。ワシも何でも屋になったろうかしら❓
面倒くさがり屋だから、たぶん無理だろうけど…。

午前1時。そろそろ店じまいの時間が近づいてきた。やっても2時までだろう。
そんな時に藤岡くんが飛んでるカトカラを見つけた。裏の感じからすると、ヨシノだろう。藤岡くんは何でワカルんですか❓と訊くけど、慣れればワカルものだ。小太郎くんもワカルしね。けど、或いは何度見てもワカラン人もいるかもしれない。どこがどうのってワケではないのだが、何となく全体的な感じでワカルのだ。

だが、中々寄って来ない。
やっと来たと思ったら、ガードレールの向こう側に落ちやがった。覗くと、辛うじて崖っ縁に止まっている。近づいた途端に飛んで逃げた。そしてパタパタパタ〜。大きく旋回しながら彼方の右奥の谷へと飛んでゆき、やがて見えなくなった。それを茫然と見送る。
チラッと見た感じでは♀っぽく見えた。しかし、あの感じだと二度と戻っては来んだろう…。どんよりとジ・エンド感が広がる。

午前1時45分。風が強くなってきた。
いよいよ終戦の雰囲気が漂ってきたよ。
一応、幕が風で倒れそうになっても大丈夫なように、すぐ傍らに立つ。倒れたら、小太郎くんの激怒されるかもワカランもんね。
やがて、さらに風は強くなり、倒れそうなので手で支えなければならなくなった。こりゃ、もうダメだなと思ってたら、

\(°o°)/ワッ❗
\(☉。☉)/ワッ❗
ヽ((◎д◎))/ワッ❗

タイムリミット、ギリで幕に飛んで来て腰の辺りの高さに止まった❗

(◍•ᴗ•◍)❤ワオッ、メスだっ❗

しかし、風が強いから幕枠から手を離せない。

小太郎くーん、ヾ(・ω・*)ノ来た、来た、来たッ❗

小太郎くんが素早く寄ってきて、枠を持ってくれた。

僕が支えてますから、五十嵐さん、採って下さい❗

ガッテンだ。慌ててポケットから毒瓶を取り出し、フタを開けて近づけようとした瞬間だった。再び強い風が吹き、幕が煽られた。

驚いたお嬢はパタパタパタ〜。
飛んでった…(ㆁωㆁ)


なして、このタイミングで逆神風なのー(ToT)❓

暫く待ったが、戻って来なかった。
完全にジ・エンドだ。
まあいいや…。一応メスは採れたんだから良しとしよう。そう自分を慰めるしかなかった。美人との恋は一筋縄ではいかないものなのね。

屋台をバラし、後片付けも終わって、さあ車に乗ろうとした時だった。
車のボンネットを見て、一瞬その場で固まる。
あろう事か、ヨシノお姉さまがペタッと止まっているではないか。嘘みたいな奇跡的な展開だ。

щ(゜ロ゜щ)おったー❗❗

その声に、小太郎くんと藤岡くんも動きを止める。見て二人とも信じられないと云った顔をしてる。ワシだって信じられんわい。だいたい最後の最後に逆転で採ってしまうような人だが、ここまでギリでチャンスが巡って来た事はそうない。ワシ、どんだけ引きが強いねん。

たぶん、さっき逃げた奴と同じ個体だ。でもどんだけ引きが強かろうとも、ここで逃したら元も子もない。だいちカッコ悪過ぎる。この先二人に、何かにつけて一生言われ続けるだろう。
「あの人、メンタル弱いからなあ〜」と陰で半笑いで誰かに言われるのだけは御免だ。もしここでやらかしたら、ガードレールから崖下にダイブして死んでしまえなのだ。

心頭を滅却して、体から力を抜く。心を水面のように鎮めて毒瓶を上からスッと被せた。

  

 
(☆▽☆)ゲットー❗❗

しかも今度こそ完品だ。
九回裏ツーアウト、フルカウントでの逆転さよならホームランだ。
やっぱオラ、引きだけは強い。

あまりに嬉しくて、藤岡くんに最初に採った♀をプレゼントとしてしまった。藤岡くんから♀は採った事がないと聞いていたからだ。その個体が一番美しかったから勿体なかった気もするけど、大団円のためには致し方なかろう。

帰宅して三角紙を広げて、マジマジと見る。
直ぐに帰らないといけなかったので、じっくりと見る暇が無かったのだ。
ジワジワと喜びが全身に広がってゆく。恋の成就を穏やかな気持ちで噛みしめる。コレがあるから、虫捕りはやめられない。

 
 
2020年 9月5日

9月に入った。この日は長野県松本市まで遠征した。
目的はミヤマシジミと帝王ムラサキシタバである。

 
【ムラサキシタバ Catocala fraxini ♂】

(2019.9 長野県松本市)

 
ムラサキは大好きなカトカラなので、いっぱい飛んで来ることを祈ろう。シーズン最終戦だし、気持ち良く終われることを願おう。

日の傾きが早い。もう秋に入ろうとしているのだ。
6時半には点灯。

 

 
一応、周囲の木に糖蜜も噴きつける。
ムラサキは糖蜜トラップでも採れるからね。

8時くらいだったろうか、わりと早い時間帯に小太郎くんがヨシノを採った。気づいたら、いつの間にか幕に止まっていたそうだ。蛾って、そうゆう事よくある。忍者かよ。
それはさておき、こんなとこにも居たのね。ヨシノの存在なんて全く頭に無かったから、少し驚く。この場所でヨシノの記録は見た事が無かったから、居ないとばかり思っていたのだ。

そして、深夜に入った午後11時前。我が糖蜜トラップにもヨシノ嬢がやって来た。

 

 
何だ、糖蜜トラップにも、ちゃんと寄って来るじゃないか。
コレで東日本でも糖蜜で採集可能だという事が証明できたよ。

目的のムラサキシタバも、ちゃんと採れた。

 

 
それについては、気分が乗れば別な機会に書くかもしんない。
それなりに新たな発見はあったからね。

この日は計3頭のヨシノキシタバが飛んで来た。
1頭は羽が破れていたので、様子を見に来た小太郎くんの知り合いの若者くんが持って帰った。自分らの採ったものも、破れこそしていないが、鮮度は8月に採ったものよりも落ちる。場所的な事もあろうが、採集適期は8月半ばがベストかもしんない。

日を跨いだ深夜になっても蛾たちの宴は盛況だ。
小太郎くんが用意してくれた折りたたみ椅子に座り、それをぼんやりと眺める。
秋の風がふわりと吹いた。
そして、頬を優しく撫で、ゆっくりと通り過ぎていった。

 
                        おしまい

 
展翅画像を貼り付けておこう。

 
【ヨシノキシタバ Catocala connexa ♂】

 
【同♀】

 
 
追伸
タイトルの『吉野物語』は、「伊勢物語」や「雨月物語」とか古典文学っぽい感じがするから付けてみた。
ベタなタイトルと言われてしまえば、それまでだが、吉野太夫(よしのたゆう)という絶世の美女と謳われた花魁もいるから、それになぞらえたところもある。ヨシノキシタバの♀は美しいからね。

余談だが、よみうりテレビが1988年に制作した同名の朝の連続ドラマがある。奈良県吉野で和紙作りに賭けた女の一代記だというが、見た記憶は全然ない。
他には、吉野にある酒造会社北岡本店が、吉野物語シリーズと銘打って様々な商品を販売されております。

尚、採集記は元々一話完結のつもりで書いていた。しかし、後半部分の2020年を書き終えて2019年の事を書き始めたら、思いの外に筆が進んで長くなってしまった。で、前・後編の2つに分ける事にしたという経緯がある。だから、こうして記事を連日でアップできたってワケ。まあ読んでる人には、どうでもいいような事だとは思うけど。

次回、第三章は種の解説編です。

 
(註1)レンブラント光線

薄明光線(はくめいこうせん)の事。太陽が雲に隠れている時に雲の切れ間、あるいは端から光が漏れ、光線が柱のように放射状に地上へ降り注いで見える現象の俗称。通常とは逆に、雲の切れ間から上空に向かって光が出ることもある。主に地上から見た太陽の角度が低くなる早朝や夕方に見られる現象。
英語では「crepuscular rays」と言い、世界中の人々の間で美しい自然現象として認識されており、狙って写真撮影をする人も多い。
「薄明光線」の他に別名が多数ある。気象現象としては「薄明光線」だが、宗教や芸術などの各分野や地域によって様々な呼び名がある。

・光芒
・天使の梯子(てんしのはしご、angel’s ladder)
・天使の階段(angel’s stairs, angel’s stairway)
・ゴッドレイ(God Ray)
・ヤコブの梯子(Jacob’s ladder)
・レンブラント光線

ヤコブの梯子、天使の梯子という名称は、旧約聖書創世記28章12節に由来する。この記述では、ヤコブが夢の中で雲の切れ間から射す光のような梯子が天から地上に伸び、そこを天使が昇り下りしている光景を見たとされる。この事から、やがて自然現象もそのように呼ばれるようになった。
レンブラント光線という名称は、画家のレンブラントがこれを好んで描いたことに由来する。光の当たる部分と闇の部分との対比が強調され、非日常的な雰囲気や宗教的な神々しさが表現されている。
作家の開高健は、晩年しばしばテレビなどで好んで「レンブラント光線」という言葉を口にした。
宮沢賢治はこの現象を荘厳な「光のパイプオルガン」と称している。

 

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投稿者:

cho-baka

元役者でダイビングインストラクターであり、バーテンダー。 蝶と美食をこよなく愛する男。

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