かもめはかもめ

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夕方前、近所の道頓堀川にカモメがいっぱいおった。

 

 
紅い御み足が可愛い。

 

 
それをぼおーっと眺めてたら、不意に歌が口許から溢れ落ちた。
 

(出典『You Tube』)

 
研ナオコの『かもめはかもめ』。
作詞作曲は別れ歌を作らせれば天才の中島みゆき嬢だ。
名曲だけど、冬の殺風景なロケーションも相俟ってか何だか悲しくなってきた。

夕暮れどきに図書館から戻ってきたら、あれだけいたカモメたちが忽然と消えていた。カモメさん、何処へ行ったのかな❓
淋しい気持ちで、また「かもめはかもめ」を口ずさみながら帰った。

                        おしまい

 
追伸
カモメといっても種類が幾つかありそうだから、帰って何カモメなのか調べてみた。
カモメ、セグロカモメ、オオセグロカモメ、ワシカモメ、シロカモメ、ウミネコ、ユリカモメ、ミツユビカモメと結構いるじゃないか。これらが日本で見られる“カモメ基本8種”と言われているようだ。それと迷鳥というのかな?、それら基本8種に混じって珠にいるホイグリンカモメ、カナダカモメ、ズグロカモメを加えて合計11種が見られるとのこと。
思ってた以上に種類があるのね。知ってたのはカモメとセグロカモメ、ユリカモメ、ウミネコだけだったよ。

で、調べた結果だが、足の色や嘴(クチバシ)と顔の色柄からすると、どうやらユリカモメのようだ。

Wikipediaから一部抜粋して、編集しよう。

カモメの類は、チドリ目カモメ科カモメ属に分類されている。
ユリカモメは漢字だと「百合鴎」と書くそうだ。
『語源由来辞典』によれば、語源には諸説あり、ユリ(百合)の花のように美しいからとする説、イリエカモメ(入江鴎)が転じたとする説、古語の「後(ゆり)」からとする説がある。
ユリの花説は花の形状が似ていないので百合は当て字の可能性が大きいと書かれ、イリエカモメ説は海や川を飛ぶユリカモメからすれば入江は考えにくいと書かれている。可能性が高いのは「のち」「あと」を意味する「後(ゆり)」という言葉だという。平安京の後ろの山間から賀茂川にやってくることに由来しているという説が最も有力なんだってさ。
でもさあ、この『語源由来辞典』の説明って、どっか承服できないところがある。ユリの花説は形が似てないとゆうが、そもそも形そのものではなく色であって、白くて優美な姿(形)になぞらえたものだろう。だとすれば、充分に有力ではないか。
また「海や川を飛ぶユリカモメからすれば入江は考えにくい」と云うのも変だ。入江だって海だろうに。
まっ、ユリカモメの語源なんてどっちだっていいんだけどね。

因みに英名は、「Black-headed Gull(黒い頭のカモメ)」というのだそう。

ユーラシア大陸北部やイギリス、アイスランドなど寒い地域で繁殖し、冬には南下してヨーロッパ(南部?)、アフリカ、インド、東南アジア、北アメリカ東海岸へ渡って越冬する渡り鳥。
日本では冬鳥とされ、広く北海道から南西諸島まで渡来し、小型のカモメ類の大半が本種みたいで、海岸や河川、沼地などに普通に見られるようだ。ただし、北海道では厳冬期には殆んど見られなくなるという。

全長は約40cm。足と嘴は赤色。夏には頭部が黒褐色になる。これが英名の「Black-headed Gull」の由来となってるんだね。冬には頭部が白くなり、目の後ろに黒い斑点が現れる。
ズグロカモメと似るが、ズグロカモメの嘴は黒色で本種よりずっと短い等の違いで識別できる。

海岸、内陸の湖沼や河川に比較的大規模な群を作って生活する。大きな河川では河口から10km以上も遡って暮らす。夜は海や湖に戻り、沖合の筏(いかだ)などを塒とする。
なるほど、だから道頓堀川から消えたのね。ユリカモメもお家に帰ったのだ。

今の時期だと京都市の鴨川でも多くの個体が観察される。自分も見たことがある。鴨川のものは比叡山上空を通過し、琵琶湖で夜を過ごすそうだ。
基本的には他のカモメ類と同じく魚や甲殻類、オキアミを食べるが、より雑食性で、カモメ科としては珍しく様々な環境に順応している。水草の生える河川や池では昆虫や雑草の種子などを食べ、港では捨てられた魚などを食べる。時には人の食物や売られている魚を横取りすることも少なくないという。また市街地や農村では人のゴミをあさるので同じ餌場にいるカラスなどの他の鳥と喧嘩をすることもあるという。昼間は常に餌場近くにおり、夜には其処とは異なる海上や湖で過ごす。あっ、これは書いたか。

渡来時期は、10〜11月に飛来し、4月頃に姿を消す。どこまで戻るのだろうか❓何れにせよ、相当遠い。
渡りのときには内陸部を通過しているものと思われる。夏に繁殖するため、日本では基本的に営巣はしない。

日本の古典文学に度々登場する「都鳥(みやこどり)」は、現在において和名にその名を冠するミヤコドリ(学名 Haematopus ostralegus チドリ目ミヤコドリ科)ではなく、ユリカモメを指すとする説が有力である。つまり学術的な和名としてミヤコドリの名が付けられたのは、古典文学に登場した時代よりもずっと後になるという事だ。おそらく命名は明治以降の事だろう。
都鳥がユリカモメだとする根拠として『伊勢物語』の「九段 東下り」が例示されている。

「なほゆきゆきて、武蔵の国と下つ総の国との中に、いと大きなる河あり。それをすみだ河といふ。(中略)さるをりしも、白き鳥の嘴と脚と赤き、しぎの大きさなる、水の上に遊びつつ魚を食ふ。京には見えぬ鳥なれば、みな人見知らず。渡しもりに問ひければ、「これなむ都鳥。」と言ふを聞きて、『名にし負はばいざこと問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと』とよめりければ、舟こぞりて泣きにけり。」

上記のように「都鳥」は「隅田川にいる鳥で、体が白く、嘴と脚が赤い、シギ程度の大きさ、魚を食べる水鳥」とされているが、この条件に当てはまる鳥としてはユリカモメが最も近い。そのため「都鳥=ユリカモメ」と推定されている。
なお、ミヤコドリは嘴と脚が赤いものの体色は黒(腹部を除く)であり、英語名(Oystercatcher)の通り、魚食ではなく、カキなどの貝類を食べている。

 
【ミヤコドリ】

(出典『Wikipedia』)

 
なお、現在の京都ではユリカモメは鴨川などで普通に見られるありふれた鳥であるが、鴨川に姿を見せるようになったのは、1974年からの事で、それ以前は「京には見えぬ鳥」であったそうな。

以下の自治体が「自治体の鳥」に定めている。

・東京都
・東京都品川区
・埼玉県春日部市
・静岡県焼津市
・三重県四日市市
・三重県楠町(四日市市に編入され消滅)
・福井県敦賀市
・滋賀県大津市
・徳島県那賀川町(阿南市に編入され消滅)
・福岡県福岡市

東京都では「都の鳥」として大切にされてるんだね。だから東京臨海新交通臨海線は「ゆりかもめ」という名前がついたんだろう。

 

(出典『Wikipedia』)

 
「ゆりかもめ」と言っても東京近辺の人しか知らないと思われるので、軽く説明しとくと、港区の新橋駅から江東区の豊洲駅までを結ぶ株式会社ゆりかもめが運営する自動案内軌条式旅客輸送システム(AGT)路線のことです。

ところで、本文よか追伸の方が断然長いってのはどうよ(笑)。

 

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投稿者:

cho-baka

元役者でダイビングインストラクターであり、バーテンダー。 蝶と美食をこよなく愛する男。

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