アーリオ・オーリオ・浅蜊と萵苣のパスタ

 
冷蔵庫と冷凍庫の残り物を処理していかねばならぬ。
アホな性格なので、スーパーに行くと冷蔵庫の中にあるものを忘れて、つい要らぬものを買ってしまう。で、冷蔵庫が食材で溢れてゆくのである。
なので、気がつけば食材が傷み始めている事が多い。これは多分、完全にオカンの遺伝だろう。オカンもよく古い食材を無視して買物してたから、冷蔵庫の奥から衝撃の形態の食材が発掘されてたからね。で、当然の事ながら廃棄される。
しかし、オカンと違うのはオトンのセコい遺伝子も受け継いでいるという事だ。オヤジはアッシがトイレに行ってるすきに部屋の電気を消して回るような過度なミミッちい精神をもっていた。自分はそこまで酷くはないが、その遺伝子もあるから、つい捨てずに何とかしようと思ってしまうのである。もう毎日が、賞味期限&消費期限という名の食材と時間との戦いである。

今回はそれほど酷い状態ではなかったが、冷蔵庫で萵苣(レタス)が一部茶色に変色しつつあった。そして浅蜊は冷凍庫で3か月、いや半年近く放置されていた。取り敢えず、この2つが当面のところ最も早急に消費せねばならぬものたちだ。

はてさて、どうしたものか(-_-;)❓
頭に浮かんだのは浅蜊とキャベツとアンチョビのパスタだ。そこにニンニクと鷹の爪を加えれば、間違いなく旨いからね。ようはキャベツをレタスで代用できないかと考えたのだ。しかし冷蔵庫で5年間鎮座していたアンチョビは、こないだ使い切っちゃったからない。
まあ、何とかなるっしょ。

フライパンに浅蜊を入れて、半解凍になったところで、ニンニク2片分をスライスする。このニンニクも剥き身で大量に安く売っていたので、つい買ってしまったものだ。それをオリーブオイルに漬けて保存していたものだが、これとて3ヶ月以上は経っているから褒められたものではない。
鷹の爪も入れる。鷹の爪は乾燥品だから、これは特に問題ないだろう。

パスタが茹で上がる4分前から、オリーブオイルと浅蜊、ニンニク、鷹の爪の入ったフライパンを火にかける。
火は弱火である。これはオイルにニンニクの香りを移すためである。パスタのニンニクをカリカリにしてしまうのは日本だけだ。それはそれで料理によっては有りなのだが、この場合は苦味が油に移ってしまうからヨロシクないのねんのねん。

パスタを表示茹で時間の2分前にフライパンに移す。同時にパスタの茹で汁をテキトーに加え、レタスもブチ込む。で、塩と昆布の顆粒だしで味付けする。昆布だしを入れたのは、アンチョビの代わりの旨味成分になるんじゃないかと思ったのだ。
途中でオリーブオイルを少し垂らして混ぜ合わせ、乳化させたら完成。

 

 
(☆▽☆)バチ旨やんけ❗
自慢じゃないが、めちゃんこ美味い。昆布だしのおかけで旨味は申し分ないし、レタスのシャキシャキ感がアクセントになってて、頗るヨロシイ。下手したらキャベツよか良い仕事をしてるかもしんない。
コレ、簡単だし作ってミソ。料理下手の若い子でも楽勝で出来ると思うよん♥️

ちなみに料理名をペペロンチーノではなく、アーリオ・オーリオとしたのには意味がある。
薀蓄をひけらかしちゃうと、日本でも今や定番のペペロンチーノの正式名称は「アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノ」。イタリア語でアーリオはニンニク、オーリオは油、ペペロンチーノはトウガラシを意味し、塩ゆでしたスパゲティをニンニクとオリーブオイルだけで調味したものに唐辛子を加えたものだ。そして、日本では唐辛子入りのレシピが最初に紹介されたために、いつしか「ペペロンチーノ」と略して呼ばれるのが当たり前のようになった。
しかし諸外国では、この「ペペロンチーノ」という略称は全く通用しない。なぜなら、あくまでもアーリオ・オーリオのバリエーションの一つとして捉えられているにすぎないからだ。つまり、略し方としては正しくないとゆうことだ。「アーリオ・オーリオ」と略す方がまだしも正しい。
補足しておくと、アーリオ・オーリオはイタリアを始めとする欧米では料理の範疇には入らない簡易な軽食という認識があり、和食に例えれば「塩むすび」のような扱いみたいだ。なので、レストランのメニューとして並ぶ事は殆んどないそうだ。
実際、自分もバイクでイタリアの西の国境から入り、トリノ、ミラノ、フィレンツェ、ローマ、ナポリと主要な都市を駆け抜けてギリシャへと渡ったが、その3週間くらいの間でメニューに載っているのを見たことは一度たりともない。
日本って極東だから、間違って伝わるものも多い。例えばスパゲッティをスプーンとフォークで上品ぶって食べる女子は多いが、これとてイタリア本国では子供しか、そうゆう食べ方はしない。ようはチャイルドはスパゲッティを上手く食べられないから、そうゆう食べ方が許されてるってワケ。だから大人がそうゆう食べ方をすると、お子チャマだと笑われるのだ。

そういえばニンニクをカリカリに焼くという調理法は、イタリアの一部に逆輸入しているみたいだすよ。
日本では、良いも悪いも何かと極端に独自進化してしまう。古くは天ぷらとかカレー、豚カツ、コロッケ、オムライスも日本で独自進化して別な料理になったものだ。外国には、これらの起源となったものはあるものの、そのものの料理はない。
近いところでは明太子スパゲッティなど和風パスタもそうだし、ラーメンもそうだろう。照り焼きバーガーやライスバーガーも独自進化したもので、逆に海外で定番になってたりする。
食べ物以外でもそうゆうものが多いから、どうやら大概のモノが日本に入ってきたらメタモルフォーゼしてガラパゴス化するのだろう。
面白いから、まあそれはそれでいいとは思うけどね。

                        おしまい

 
追伸 
ちなみにレタスのことを昔の日本では、萵苣と書いて「ちしゃ」と呼んでいた。
「萵」は中国語で古代の国名を表していて、「苣」は葉っぱを意味している。つまり「萵苣」とは「古代の萵という国が原産の葉っぱ」という意味。
萵苣は中国語読みではワキョと読み、日本ではこの漢字をチサ・チシャと読んでいたそうだ。これはレタスを切ったときに出る粘り気のある白い液体のことを表している。由来は「乳草」で、ちちくさ→ちさ(ちしゃ)と変化した読み方なんだそうだ。つまりは「萵の国の葉っぱ」という意味の漢字に「乳草」を表す「ちさ(ちしゃ)」という読みが付加されたものが萵苣って事みたい。
ちなみにレタス(lettuce)の語源は牛乳を表す「Lac」というラテン語からの来歴なので、日本でもヨーロッパでもレタスの呼び名は切ったときに出る白い液体が共通の由来のようだ。
そういや、この乳液には麻薬成分が入っていて、レンチンしたものを「レタス・オピウム」といって、一部のジャンキーが合法ドラッグとして愛用していると何かの本で読んだ事がある。オピウムは「阿片」のことだから、幸せダウナーになるのかなあ❓
やんないけどさ。

 
 

2019年の空たち 夏・秋冬編

 
前回の続き夏・秋冬編である。

 

 
6月9日。
生駒山地・枚岡展望台からの空だ。
多分この日はフシキキシタバ(註1)を採りに来たのだろう。

 
 

 
6月29日。
戒壇院側から見た奈良・東大寺。
空は曇っているが、巨大なる東大寺の圧倒的存在感の前には関係ござらん。裏やサイドに回ると人も少ないので、その存在感に浸れるからお薦めでやんす。

 
 

 
7月4日。
三重県熊野市のとある場所に灯火採集に行った。
天気予報では曇り時々小雨と云う絶好のコンディションだったが、途中から月が出てきて惨敗。
同行の小太郎くんには「もー、こんなところでスーパー晴れ男の力を発揮しないで下さいよー(・3・)」と言われたよ。
恨めしい空だったが、山奥で見る月は幻想的で美しかった。

 
 

 
7月20日。
近鉄奈良駅を出ると物凄い夕暮れになっていた。
今年一番の夕暮れは❓と尋ねられれば、即座にこの日の凄惨なまでに美しい空を挙げるだろう。

 
 

 
8月1日。
神戸市須磨区。
海と空のある風景は心のオアシスだ。いつだって心が和む。

 

 
クロシオキシタバ(註2)詣も三年目に入った。
でも何故か1頭も現れず、神戸の夜景が慰めてくれたんだったね。

 

 
8月9日。
長野県開田高原。神々しいまでの荘厳な空だった。
巨大な雲の建築物から幾つもの天国への階段が架けられている。
レンブラント光線は、誰しもの心を洗う。

 
 

 
8月18日。
大阪・難波界隈。黄色と青のコントラストが美しい。

 
 

 
8月27日。
難波界隈。
この、夜の帳が下りるまでの僅かな時間の空の色が好きだ。
淡い青の透明感が心をスーッと楽にさせてくれるのだ。

 
 

 
9月3日。
難波界隈。
夕暮れは快晴よりも適度に雲がある方が美しい。光を反射した雲が様々な色に染まるからだ。

 
 

 
9月6日。
長野県松本市・新島々駅前近く。スイカおやじが青空にすっくと立つ姿にフッと笑みがこぼれた。

 
 

 
空が強烈に青い。

 

 
そこから島々谷へと移動した。往年の蝶の名産地だ。蝶採りを始めて間もない頃はよく訪れたものだ。ここで初めて憧れのキベリタテハを採ったんだよね。

 
【キベリタテハ】

(2009.9月)

 
そういえばシータテハやツマジロウラジャノメ、カラスシジミなんかも此処で初めて採った。
だが人が入らないせいか、道は荒れている。キベリタテハもシータテハの姿もなかった。ただ、ただ青と緑が眩しかった。

 

 
さらに乗鞍高原へと移動。
いつの間にか青空は消え、空は曇に包まれていた。
女郎花(オミナエシ)の花が、時折風に揺れていた。
まあ、お陰で目的のムラサキシタバ(註3)も採れたけどね。小太郎くんに言われたから日中は晴れ男パワーを発揮し、夕方から曇を願うようにしたら、最近はその通りになるようになってきた。天気をコントロールできる男なのだ(笑)。
我ながら不遜な物言いだよなあ…。まあ、偶々だとは思うけどね。

 
 

 
9月13日。難波界隈。
壮絶な夕暮れだ。夏から秋へと移る頃の空が一番ダイナミックなような気がする。

 

 
10月1日。
難波界隈。この日は十五夜。
月を見るのは好きだ。
空を眺めることを忘れない人でありたいと思う。

 
 

 
10月31日。
堀江界隈。近所に住むサッちゃんと公園で酒盛りしてた。
ベンチから、ふと見上げると藤棚の上に月が出ていた。

 
 

 
11月9日。
難波界隈。何となく綺麗な夕空が見られるのではないかと思って見晴らしが比較的良い場所まで来たが、どって事なかった。
今日はキレイなんじゃないかと思っても、雲の動きは刻々と変わってゆくので、おいそれとは簡単には読めないのだ。
綺麗な夕日と会えるのはタイミングであり、偶然だと思うからこそ、有り難い気持ちになるのかもしれない。

 
 

 
12月2日。
桜ノ宮駅界隈。皇帝ダリアが凛々しく咲いていた。いい具合に電車も走ってきたので、パチリ。
空気が冷えてきたせいか、空はキリッと締まっている。

この日は遅ればせながら、クロマダラソテツシジミ(註4)の低温期型を探しに行った。しかも難波からママチャリで。
食害の痕跡は沢山あったが、蝶の姿は無かった。

 

 
中之島中央公会堂。
そのまま大川沿いに走ってきたら、突然出てきたので驚く。この位置から公会堂を見るのは初めてかもしれない。

 
 

 
12月5日。
大阪市生野区御幸通り商店街。初冬の青空は高い。
この日もクロマダラソテツシジミ探し。またチャリで今度は八尾まで行った。桜ノ宮でも難波からそれなりの距離があるが、八尾までとなると、もうサイクリングの域だ。
しかし食害痕は沢山あるものの、やはり姿なし。
その帰りにコリアンタウンの御幸通り商店街に寄ったのだ。
通りはコロナなんか関係ないと云うくらいに人でごった返していた。しかも大半は女性。年齢も十代と思われる娘からオバサンまでと幅広い。

 

 
何でかというと、どうやら韓流ドラマの大ヒット作『愛の不時着』の影響らしい。15年程前だろうか、当時の彼女と訪れた時は寂れた商店街だったのにね。
そういやキムチを買おうとして、量が多いから半分にしてくれとお頼み申したら、韓国人のオバハンに物凄い剣幕でメチャクチャ叱られた。半分だと❗❓、てめぇフザけんじゃねぇよ❗❗みたいな感じで烈火の如く💢キレられたのだ。こっちは客なのに何でそこまで怒られてるのかワカンなくて、マジで涙が目の端に溜まったよ。たぶん今まで女性に此処までボロカスに叱られた事が無かったからだろう。その後、今の今まであんなに叱られたことは無い。
でもって結局、白菜丸々1個のキムチを買わされて帰った。
まあ、でもそのキムチが人生で一番旨いと思ったキムチかもしれない。だから、それほど嫌な思い出ではない。

                        おしまい

 
追伸
そして、前編冒頭の画像へと続く。

 

 
空が写ってる写真なんて、そんなに多くはないと思ってたが、意外と多かったので2回に分けた。

この後、一部を除き消去したが、はたして供養になったのだろうか…。

 
(註1)フシキキシタバ

(2019.6 )

和名は最初に富山県伏木で採集された事に由来する。昔は大珍品だったが、灯火にはあまり誘引されず、樹液に集まる事が分かってからは、それほど珍しいものではない事が判明した。
価値は下がっても、鮮やかなオレンジ色の領域が広くてキシタバ類屈指の美しい種だと思う。
詳細は当ブログのカトカラ元年シリーズの記念すべき第一作『不思議のフシキくん』と、その続編に書いてあります。

 
(註2)クロシオキシタバ

【♂】

(2018.7月 神戸市)

主に西日本の沿岸部に生息する。
拙ブログに『落武者源平合戦』と、その続篇『絶叫、発狂、六甲山中闇物語』があります。

 
(註3)ムラサキシタバ

【♂】

(2019.9月 松本市)

主に東日本の標高千メートル前後以上に見られる美麗蛾。
大型で且つ美しく、そこそこ珍しいので人気が高い。関西では極く一部にしか生息してないので、より憧れ度は強い。
そのせいか当ブログではムラサキシタバについては『2018’カトカラ元年 プロローグ』『2019’紫への道』『憤激の蒼き焔(ほのお)』『パープルレイン』『紫の肖像』と5篇も書いた。

 
(註4)クロマダラソテツシジミ

【低温期型♀】

(2018年 和歌山県白浜)

本来は日本には生息していなかった蝶だが、2000年代に入ってから台湾かフィリピン辺りから沖縄に飛んで来て爆発的に増え、本土でも珠に発生するようになった。しかし関西では寒さに耐えきれず、冬を越せずに死滅する。

アメブロの方の「蝶に魅せられた旅人」に『2016’ツマグロキチョウとクロマダラソテツシジミ』と題して書いた。

 

2019年の空たち 冬・春編

 
空を見るのが好きだ。

 

 
画像は去年の師走、12月17日に撮ったものだ。
ドン突きまで並ぶ雲に奥行きがあって、モノ凄い遠近感を感じたので、つい撮ってしまったのだ。

でも、スマホのストレージが溜まってきたので、そろそろ消去しなければならない。しかし、このまま日の目を見ずに此の世から人知れず永遠に消えてしまうには忍びない画像だ。そこで去年に撮った空の写真を纏めてアップしてから消すことにした。

 

 
2019年、最初に撮った空だ。
紅梅が晩冬の空の下、凛と咲いている。

日付は2月23日になっている。昔の彼女と久し振りに会って、天下茶屋から昭和町まで歩いた時に撮ったものだ。たぶん途中の公園で咲いてた紅梅が美しかったから撮ったと記憶してる。
その後すぐ、何故かアチキは突発的に布施明の『シクラメンのかほり』を歌いたくなって、アカペラで情感たっぷりで熱唱。元カノに脱力で笑われた。

 
 

 
4月3日。
青春18切符の旅が、また始まった。
福井県南越前町まで足を伸ばす。

 

 
天気は良好。ぽかぽか陽気の中で、ギフチョウたちが沢山舞っていた。

 

 
スプリング・エフェメラル。春だけに現れる妖精だ。
毎年のように会っているが、最初の1頭には毎回ハッとさせられる。忘れているワケではないが、改めてその美しさに心奪われるのだ。

 

 
敦賀まで戻り、寂れた歓楽街を彷徨う。
人影は無く、時間の流れが止まったかのようだ。空には一点の雲も無いので余計にそう感じる。動くものが何もないのだ。

 

 
氣比神宮の鳥居の向こうに、空も石畳もトパーズ色に染めて夕陽が沈んでゆく。

 

 
敦賀駅まで戻ってきたら、喫茶店のスピーカーからボズ・スキャッグスの名曲『ウィ・アー・オール・アローン』が流れてきた。

 

(※画像をタップすると曲が流れますよ〜ん。)

 
あまりにも曲と夕景とがピッタリで泣きそうになった。
我々は皆、所詮は一人ぼっちなのだ。

 
 
4月6日。
青春18切符 ONEDAYトリップの2日めは、武田尾方面のギフチョウに会いに行った。

 

 
空の青とピンク色の花とのコントラストが美しい。
大きな木ではないが、やはり枝垂れ桜は華やかだ。正直、ソメイヨシノよりも綺麗だと思う。
そういや、去年は紅枝垂桜を見てない。たぶんコロナウィルスのせいだな。山なら人と接触することは少ないけれど、シダレザクラで有名な平安神宮なんかだと、そうともゆかぬ。で、断念。
ベニシダレザクラ、見たかったなあ…。だって桜の中では圧倒的にゴージャスだからね。
今年は何とか行ければいいけど…。

この日は、一旦武田尾から離れて夜にまた舞い戻ってきた。 
何でかっつーと、春の三大蛾(註1)がいないかなあと思ったのだ。

 

 
天気予報は夜には曇ってくると云うことだったが、夜遅くになっても、あいにく夜空には満月。
虫たちは晴れの日よりも曇りや小雨の日に灯火に飛来する事が多いと言われている。月の光が邪魔なのだ。だから満月の月夜は最悪のコンディションとなる。
結局、どれ1つとして目的の面々とは会えなかった。
まあいい。春のちょっと肌寒い夜空に浮かぶ朧月(おほろづき)は美しい。ことに満開の桜の夜ならば、尚の事だ。考えてみれば、極上の月見ではある。

 

 
真っ黒な夜空の下で咲く桜は、いつ見ても妖艶だ。暗い想念が仄かに蠢く。

 
 

 
4月7日。
ちょっと悔しいので、翌日には箕面を訪れた。

天気予報は今宵もハズレ、満月が昇ってきた。
まだ芽吹いていない裸木の枝が、月をより美しく見せている。
だが、当然ながら結果は又しても惨敗だった。

 
 

 
4月8日。
青春18切符の旅、3日目である。
行先は兵庫県西脇市。又してもギフチョウに会うためだった。
蝶好きのギフチョウ愛は強く、ワシなんぞはギフチョウ愛が足りないと言われるクチだが、それでも、それなりにギフチョウ愛はちゃんとある。特別な蝶の一つではあるのだ。

この日も快晴。でも春特有の霞が掛かったような空だった。
そういや、雲雀(ヒバリ)が喧しく歌いながら天高く飛んでいったのを思い出したよ。しみじみ春だなあと思った。
こうゆう時は、横に誰か女性が居て、互いに黙して風景を見ていたいものだと思う。

 

 
乗り降り自由の切符だからアチコチ回って、最後に桜ノ宮で夜桜を見てから帰った。

黄昏どきの桜も美しい。
青の色を失いつつある空が、心をゆらゆらと揺らす。

 
 

 
4月12日。
青春18切符の旅の最終日は、和歌山へと向かった。
先ずは道成寺駅で下車。

 

 
この日の空は澄んだ青だった。
雲も白い。

 

 
田辺へと向かう車窓に突然、空と海とが飛び込んできた。
フレームの中で青と青が、せめぎ合う。
けれど春の空も春の海も、どこか優しい。やわらかな陽射しの中で、たゆたっている。

田辺の街をぶらぶらと歩く。

 

 
南方熊楠顕彰館の隣にある旧熊楠邸では、ミツバツツジが咲いていた。やはりピンクの花は青空と合うんだね。何だか、ほっとする。

 

 
田辺の夕暮れ間近の歓楽街を歩く。
細い舗道には誰もいなくて、何処かの時代へタイムスリップしたかのような錯覚に陥る。そこには長い年月がゆっくりと削り取った時間の澱みたいなものの残滓がある。
それを、人はノスタルジーと呼んでいるのかもしれない。

 
 

 
5月2日。
これは一瞬、画像を見ても自分でも何だか分からなかった。
前後の画像を見て漸くコシアブラの木だったと思い出した。この日は四條畷に山菜採りに来たのだった。

 
(コシアブラ)

 
他には、イタドリとワラビくらい。

 

 
そういや、タカノツメも採ったね。
植物学的にはコシアブラと近いものらしいが、味は劣る。

 

 
ついでにカバフキシタバ(註2)の食樹であるカマツカ探しも兼ねていたかな。

 

 
ふと、スミナガシ(註3)にも会おうと思い立ち、場所を移動して大阪平野を望む。
ぼんやりとした春の空の下(もと)、街はベールが掛かったかのように、けぶっている。
昔は春が好きじゃなかったけど、今はとても好きだ。冬がどんどん嫌いになっているから、ホント待ち遠しい。

 
 

 
伊丹空港(大阪空港)だ。
日付は5月7日。とゆうことは、シルビアシジミ(註4)の様子でも見に行ったのだろう。
空港には、真っ青な空がよく似合う。

 
 

 
上の写真は瓢箪山駅の手前だとすぐに分かった。山並みの形が見慣れた生駒山地だったからだ。
だが日付を見ると、5月13日となっている。どうせアサマキシタバ(註5)でも採りに行ったのだろうと思っていたが、時期的にはまだ微妙に早い。じゃあ、何しに行ったのだ❓

💡ピコリン。
そっか、思い出したよ。スミナガシを採りに行ったんだ。四條畷では何故か現れなかったので、仕方なしに生駒に来たんだった。しかも、難波からママチャリで。マジ、遠かったわ。
あとは去年の初冬にカマツカの木を見つけたけど、本当にそうなのかを確認するためでもあった。あの特徴的な花が咲いてさえいれば、確定だからね。

生駒から大阪の街を見下ろすのは好きだ。
此処まで登ってくれば、空を遮るものは背後の生駒山だけだし、空が広いのは気分がいい。それに何となく街を支配したかのような気分になれる。

 
 

 
5月24日。
枚岡神社の手前辺りで日が沈んだ。
この時間帯に此の地点に居るという事は、今度こそ目的はアサマキシタバだろう。彼女たちは夜に活動するからね。
そして、眺め的に間違いなく又してもチャリである。遠いだけでなく、山の中腹まで登らねばならんから、もうクソみたいにしんどいのだ。
難波から、こんなとこまでママチャリで来るなんてのは、どう考えても中学生レベルの発想だな。ようはアホである。全然成長してない。

 

 
夜の空。
当たり前だが、夜の空は暗い。
懐中電灯を消すと、一瞬は真っ黒けだ。けど、そのうち目が慣れてくると、ぼんやりと色んなものが形を成してくる。そして夜の空にも表情がある事に気づく。雲は昼間と同じように動いており、けっしてとどまることはなく、風景は一様ではないのだ。

 

 
山側の空は暗いが、大阪平野側は街の灯が明るいから、それに照らし出される空も明るい。
でも曇っているから、見ようによっては不気味だ。
きっと、そのうち悪魔共が空をヒュンヒュンでワンサカ飛び交いだし、やがて大阪の街は火の海と化すのだ。ψ(`∇´)ψケケケケケ…。

夜の山に一人でいると、ロクなことを考えない。

                         つづく

 
追伸
(ー_ー゛)う〜む。今更ながら武田尾辺りの文章を書いてる時に思い出したよ。すっかり忘れていたが『青春18切符の旅 春』と題した連載が、武田尾駅まで戻ってきたところで中断、っていうか頓挫、第二章の途中でプッツンの未完のまま放ったらかしになっておるのだ。
そっから、またアッチコッチ行って夜桜に繋がるのである。
我ながら割りと面白い紀行文ゆえ、宜しければ読んで下され。そのうち続きも書きます。

次回は後編の夏・秋冬編。
空が写ってる画像はもっと少ないかと思ってたが、意外と多かったので2回に分けることにしたのだ。

 
(註1)春の三大蛾
エゾヨツメ、イボタガ、オオシモフリスズメのこと。

 
【エゾヨツメ】

(2018.4 兵庫県宝塚市)

光の加減によっては、目玉模様がコバルトブルーに光る。

 
【イボタガ】

(2018.4月 兵庫県宝塚市)

デザインに似た者がいない、類を見ない唯一無二の大型蛾。
このモノトーンの幾何学模様には、何度見ても不思議な気持ちにさせられる。多分、その翅には太古の昔の財宝の在り処が示されているに違いない(笑)。

 
【オオシモフリスズメ】

(2018.4 兵庫県宝塚市)

異形の者、化け物、魑魅魍魎。悪魔のステルス戦闘機。
日本最大のスズメガで、鵺の如きに鳴く(笑)。
でも慣れると可愛い(´ω`)

これらはギフチョウと同じく年一回、春先だけに現れ、何れも人気が高い蛾である。
気になる人は、当ブログにて『春の三大蛾祭』とかと題して2017年と2018年の事を分けて書いたので読んでけろ。コミカル・ホラーでっせ(笑)。

 
(註2)カバフキシタバとカマツカ

【カバフキシタバ】

ヤガ科カトカラ属の稀種。主に西日本に局所的に分布する。
カバフキシタバの事もカトカラシリーズで何編か書いている。
そういや最初に書いた『孤高の落ち武者』もコミカル・ホラー的な文章だったかもしれない。

 
【カマツカ】

バラ科の灌木。名前の由来は材が硬くて鎌の束などに使われた事から。

 
(註3)スミナガシ

【♀】

 
【♂】

タテハチョウ科スミナガシ属の中型の蝶。
名前の由来は古(いにしえ)の宮中の遊び「墨流し」から。
日本の蝶の中では唯一、眼が青緑色でストロー(口吻)が紅い。
稀種ではないが、かといって何処にでもいる蝶ではなく、その渋美しい姿からも人気が高い。
たぶん、スミナガシの事もちょくちょく書いてる。でも詳細は全然思い出せないので、自分で自分の書いた文章を検索すると云う変な事になる。
えー、本ブログ内の奄美大島に行った時の紀行文『西へ西へ、南へ南へ』の中に「蒼の洗礼」と題して書いている。アメブロの方の「蝶に魅せられた旅人」には『墨流し』と題して書いている。他には台湾の採集記にも出てくる筈だ。

 
(註4)シルビアシジミ

全国的に数が少なく絶滅危惧種だが、何故か伊丹空港周辺には普通にいる。
シルビアシジミの事も『シルビアの迷宮』と云う長編に書いた。内容はミステリー仕立てだったような気がするけど、あんま憶えてない。

 
(註5)アサマキシタバ

【♂】

(2019.5 奈良県大和郡山市)

 
カトカラの中では発生が最も早く、5月の半ばから現れる。
そのせいなのかはどうかは知らないけど、最も毛深いカトカラだと思う。
採集記と種の解説は、拙ブログのカトカラの連載に『晩春と初夏の狭間にて』『コロナ禍の狭間で』『深甚なるストレッケリィ』と云う題名で、それぞれ前後編の6編を書いた。詳しく知りたい人は、ソチラを読んで下され。
 
 

お魚屋さんのえいひれ

 
冷蔵庫の墨から、忘れ去られていた鱏ヒレが発掘された。

 

 
賞味期限が11月20日って、(ㆁωㆁ)ヤバくねっ❓
完全に賞味期限切れだが、干物だから大丈夫だろう。何てったって下品な胃の持ち主のワタクシなのだ。少々の事では死にはせんて。

それにしても、この「お魚屋さんのえいひれ」というネーミング、少し引っ掛かる。そもそもがエイヒレって魚屋さんが作るもんじゃないのかえ❓魚屋さん以外の誰ぞが作るというのだ❓
まさか肉屋や八百屋が作るワケでもあるまいて。何ゆえ、わざわざ魚屋さんの、と名付ける必要があるのだ❓

(☉。☉)わっ、デカい。2枚入りだと思ってたら1枚だった。そして分厚い。何と言ってもエイヒレは分厚い方が旨いのじゃ。コレで148円は安い。定価の300円でもお買い得だろう。
(・o・)あっ、そうか。分厚いがゆえの自信作だから「お魚屋さんの」とわざわざ名打ったのかもしれない。謂わば、魚屋の矜持なのだ。ほんまもんの魚屋が作ったエイヒレだぞ。どーだどーだのコンニャローめっ(`Д´)ノなのだ。

鱏ヒレに軽く酒を振りかけて暫くおく。
その間に改めてエイヒレについて調べてみる。

主にガンギエイ、アカエイ、カスべなどの鰭を用いるそうだ。
エイなんてものは尻尾以外は全部ヒレみたいなもんじゃろう。でも、そんな巨大なエイヒレなんぞ見たことがない。となると、どこまでがエイヒレ部分なのじゃ❓
調べ進めると、どうやら両側4分の1くらいがエイヒレとして用いられるそうだ。そりゃそうだわな。その辺が妥当な線じゃろう。取り敢えず、解決じゃ。

エイヒレを網の上に置き、弱火で炙る。エイヒレは焦げ易いので、けっして目を離してはならぬ。コレ、えいひれ炙りの鉄則じゃから、くれぐれも気をつけなされ。

 

 
両面を炙ったら皿に盛り、マヨネーズを添えて一味を振る。お好みで醤油をチビッと垂らしてもよかろう。
ここんとこ超絶に外は凍える程さみーし、酒は熱燗。
と言っても、ワンカップ大関をレンチンしただけ。

熱々を手で根性で裂き、一味マヨネーズをちょいと付け、口に放り込む。
ふっくらさの中に軟骨らしきコリコリの歯応えがある。お姉さんたち、コレはあっはん♥️うっふん💕、美肌効果のコラーゲンじゃよ。
噛み締めるうちに干物の滋味が立ち上がり、鼻から香ばしい香りが抜ける。うーん、フォンテ〜ヌ。
そして、嚥下と同時にすかさず熱燗を口にふくむ。
ぷはーっ(≧▽≦)、テーブルの両角をガシリと掴んで呻く。
気分は、飯場(はんば)のやさぐれオヤジ。もう、人生ほぽ諦めてるもんねー。

                        おしまい

 

その他の正月の献立

 
正月三が日の、その他の献立。

 
(赤芽芋)

 
赤芽芋はクリスマス以降も食べ続けていた。
結構、ハマってました。

 
(鶏のハーブ焼き)

 
モモ肉に乾燥ハーブを付けて暫くおいてから焼き、仕上げにレモン汁を絞った。
瞠目するほどのものではないないが、旨い。

 
(ベーコンとジャガイモのバター焼き)

 
先ずはジャガイモを洗い、櫛形に切ってフライパンにバターを入れて焼く。ジャガイモに透明感が出たら、器に移して火がとおるまでレンチン。
頃合いをみて、玉ねぎとベーコンを追いバターして焼く。
そこにジャガイモを戻して、塩と黒胡椒で味付けして完成。
無茶苦茶にビールに合う(☆▽☆)

 
(菜の花と昆布のお浸し) 

 
菜の花をサッと50秒ほど塩茹でして、冷水に晒す。それを軽く水気を搾って昆布と混ぜた。味付けは、醤油と鰹の顆粒だしの素。
日本酒にすこぶる合う。

 
数の子も継続して食っていた。

 

 
数の子って、つくづく美味いなと思う。ずっと食ってたいよ。

 

 
紅白なますも継続して食ってた。
若い時は酢の物なんぞ、どーでもいい存在だったが、歳を喰うと段々好きになってくるから不思議だ。

 
(牛蒡と豚バラ肉の佃煮 山椒風味)

 
牛蒡を出汁、酒、味醂、薄口醤油と冷凍していた実山椒で煮る。牛蒡に火が通ったら、豚バラ肉を投与して、火を切り、余熱で火を通す。
それを一晩おいて味を馴染ませる。食べる直前にレンチンして、粉山椒を振って出来上がり。
日本酒は元より焼酎にもバキバキに合う。

 

 
出汁巻き玉子である。
白だしで作った。形は65点だけど、味は自分的にはかなり完璧に近い仕上がりだ。
大根おろしは無い事に気づくが、そんなもん気にならないくらいに美味い。

 
                        おしまい

 

令和三年 元旦の献立

 
たいそうに元旦の献立などと書いたが、今年はコレのみ。

 
(お雑煮)

 
「さとうの切り餅」を焼いて、すまし汁に入れただけ。

 
(数の子)

 
①1リットルの水に塩小さじ1を入れる。これを3時間をおいて塩出しする。塩水を替えてこれをあと2回繰り返す。最後の1回だけ6時間くらい漬けておく。

②薄皮を剥いて市販の白だしに一日くらいつけておく。
あとは食べる時に鰹節をかけるだけ。

今年も完璧な味付けにできた。
数の子って、超好き。味もさることながら、あの独特の歯応えが堪らんのである。

 
(紅白なます)

 
①大根と金時人参を細切りにして「だしまろす」に漬け、一晩おくだけ。
だしまろすなんかよりも、自分で1から作った方が遥かに旨いとは知ってる。だしまろすは酸味と甘みが強いから、酒の肴の酢の物には向いてないんである。理由は、ひとえに邪魔くさいの一言に尽きる。

数の子以外は、どんだけ手抜きやねんである。
しかも今年は、お節と言えるのはコレだけ。
毎年、真面目にお節を作ってきたが、自己満足だと悟ったのである。

今年も宜しくお願いします。

                        おしまい