奄美迷走物語 其の四

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 第4話『亜熱帯の夜は恐ろしい』

 
 2021年 3月22日(夜編)

帰りがけにビールを買い、宿でグビグビいく。
(≧▽≦)プハー。やっぱ風呂上がりの🍺ビールって最高だべさー。ましてやサウナの後なんだから尚更だ。
小池くんも御機嫌だから、ここぞとばかりに夜間採集に誘う。
だって一人で夜に金作原なんて行きたくないもーん(;O;)
ねぇねぇ、あんたアマミノクロウサギを見たいんじゃろう❓行こうよ、行こうよー。
そう口説くが、迷っている様子だ。

取り敢えず灯火採集の用意をしていたら、下の階から若い娘二人が上がってきた。噂で東京から可愛い娘が泊まりに来るというのは聞いていたが、どうせブスだろうと思ってた。けど予想に反して結構可愛い。
これで完全に風向きが変わった。しかもゲストハウス主催で彼女たちを囲んでこれから宴会だというじゃないか。すぐに小池くんが夜間採集をキッパリと断ってきたのも仕様がないよね。解るよ、解る。ワシだってホントはそうしたいもん。
しかし、虫屋の性がそうさせない。何としてでもこの旅でアマミキシタバを採らなアカンのだよ。

 

 
コンビニで買ったハンバーグ弁当を食って、意を決して出る。
プライオリティの最上位は虫なのだ。虫屋って、どうしようもないアホだ。阿呆だが、それが虫屋というものなのだ。ハッキリ言ってビョーキだ。カワイコちゃんとの宴会をうっちゃって出てゆくなんて、どう考えても間違ってる。それも夜の山中に一人で行くのである。夜行性の毒蛇ハブが蠢(うごめ)き、悪鬼羅刹が跳梁跋扈しているであろう魑魅魍魎の世界なのだ。そんなところにワザワザ自ら身を投じるだなんて、飛んで火に入る夏の虫。一般ピーポーからすれば、アホを通り越した狂人だろう。

地獄の沙汰も虫次第。
イカれポンチである。

日没時刻は6時半。それまでにはポイントに着いておきたい。森の闇に怯えながらライトトラップを設置するのは、願わくば避けたい。そんな事になれば、生来が大の怖がり屋なんだからチビりかねないのだ。ヽ(`Д´#)ノムキーッ❗、知名瀬トンネルでショートカットじゃ❗フルスロットルで飛ばす。

昼間に行った金作原に向かう林道に入る。
日は既に沈んでおり、闇が急速に侵食し始めている。林道は薄暗くて、泣きそうなくらい不気味だ。勿論のこと、人っ子一人いない。
場所を昼間のミカン畑に選定する。此処は谷状の地形になっており、三方を山に囲まれているから、広い範囲から虫がやって来ると考えたのだ。

しかし、点灯しても殆んど何も飛んで来ない。
おそらく森から遠すぎて光が届かないのだ。やはりこのライトトラップは開けた場所には向いておらず、林内でしか効力を発揮しないのかもしれない。
1時間後、仕方なく林道に移動して設置し直すことにする。
 
それにしても暗い。試しに灯りを全部消したら、真っ暗けになった。都会の一般ピーポーの殆んどが経験した事がないであろう漆黒の闇だ。小池くんに、この闇を是非とも味わせてやりたかったよ。あのチョーシいい男も慄然として口数が減ったろうに。

 

 
そんな事を想像したら、逆に自分の方が怖くなってきた。
山の中は何処でも真っ暗だが、亜熱帯の原生林は特に闇が濃いような気がする。
(´ω`)アハハ…、もしも、この瞬間に暗闇からヌワッと手が何本も飛び出てきたら、発狂もんだな。林道の奥から行進する軍靴の音が聞こえてきても、その場で気絶だ。恐怖に打ち勝つ一番の方法は意識を失うことなのだ。食われるとか、木に縛りつけられるとか、その後にどうなるかを想像さえしなければ最高の対処法だろう。

何とか設置完了。

 

 
でもさっきよりもマシになったとはいえ、劇的に飛来数が増えたりはしない。ショボい事には変わりはないのだ。やっぱ、何ちゃってライトトラップでは無理があんのかなあ❓

一応、糖蜜も周囲の枝葉に噴き付けたが、前日と同じく何も寄ってこん。或いは黒酢を入れたのは失敗だったかもしれん。普段のレシピどおりにしときゃ良かったよ。

 

 
しかも岸田先生がメッチャ効くと言っていた中国の黒酢だ。そのまんま何も入れずとも効くとマオちゃんも言ってたしさ。他と混ぜるとあんま良くないのかなあ…。悩める男は、暗闇で深く嘆息する。

9時過ぎ、糖蜜トラップの様子を見に行くと、オオトモエ(註1)が来ていた。
何だおまえかよのガッカリだが、ウルトラ退屈なので採ることにした。

 

 
網で採ったから、背中がハゲちょろけたよ。
(´-﹏-`;)何だかなあ…。何やってんだって感じだ。
ワシ、どこまで呪われとんねんと思いつつ、それを三角ケースに収めたその時だった。

ガサガサガサー❗
下の川の茂み付近で音がした。
ウグッ(ㆁωㆁ)、悶絶白目ちゃーん。
心臓が止まりそうになる。
きっと奄美の妖怪、ケンムンだ…(-_-;)

 

(出展『Wikipedia』)

 
背筋から首にかけてが、スゥーっと冷たくなる。 
恐る恐る懐中電灯で、音がした辺りを照らす。
もしも青く光っていたなら、間違いなくケンムン(註2)じゃろう。奴は怪しげに発光していると言われておるのだ。これは燐成分で涎(よだれ)が光るためだとか、指先に火を灯すためだとか、はたまた頭の皿が光るとも頭上の皿の油が燃えているのだとも言われている。
やだなあ…。毛深いらしいし、涎はメチャンコ臭いらしいから絶対友だちになれそうにない。大きさは子供の身の丈ほどだというからボッコボコにシバキ倒してやろうかとも思った。けど顔つきは犬、猫、猿に似ていて、目は真っ赤。目つきが鋭いらしいし、口は尖っているというからなあ…。どう考えてもバケモンだもんなあ…。怯んでボコるどころではなさそうだ。
ならば、タコ🐙を投げつけて追い払うしかない。ケンムンは蛸とシャコ貝をとても嫌っているとどこかに書いてあった筈だ。でも今、んなもん持っているワケがない。持ってたらアタマおかしい人だろう。

色々と想像すればするほど、ドツボにハマってくる。耐えきれず、恐怖のあまり闇に向かって絶叫した。

(`Д´#)ブッ殺ーす❗❗

闇夜に声が奇妙な感じで反響する。
と、同時に再び、ガサガサガサー❗
瞬時にシバキ棒を伸ばし、身構える。向かってきたらメッタ打ちにしてやる所存だ。おどりゃ、(-_-メ)刺し違えてやらあ。

茂みから何かか飛び出した❗
Σ(゚Д゚)ゲロッ❗❗毛むくじゃらだ❗ケンムン❗❓

だが、茂みから出てきたのは2足歩行ではなく4足歩行の生物だった。たぶん哺乳類だ。しかも、あまり大きくない。そうなれば形勢逆転だ。すかさず再度、渾身の怒号を浴びせ掛けてやったら全速力で下流に向かって逃げていった。ダボがっ❗
あの姿は、どう見てもアマミノクロウサギではない。たぶんカタチ的にリュウキュウイノシシ(註3)だわさ…。
( •̀ε•́ )クソ畜生めがぁー、ビックリさせやがってからに。久し振りに肝が凍りついて、チンチンめり込んたよ。
それにしてもイノシシにしてはウリ坊でもないのにかなり小さかった。六甲辺りでよく見るドデカイ奴と比べれば子供みたいなもんだ。そういや、島のイノシシは小さいとタケさんが言ってたなあ。それって所謂ところの、ベルクマンの法則(註4)ってヤツなのかなあ❓

ようやく11時前に大きめの蛾が飛んできた。
たぶんエダシャクの仲間だ。今までずっと何処へ行ってもエダシャクは無視してきたけど、あまりにもヒマなんで採ることにする。それに本土とは別亜種になってる可能性だってあるからね。

 

 
何かコレって見たことあるような気がするぞ。トビモンオオエダシャク(註5)とか云う奴じゃなかったっけ❓
エダシャクなんぞにはコレっぽちも興味がなくて、種名も殆んど知らないけど、コレには見覚えがある。なぜなら、つい最近の3月初めに奈良と大阪の県境に行った時、壁に停まっているのを写真に撮ってFacebookにあげたのだ。したら、カッちゃんだったかなあ…、親切にも名前を教えてくれたのだった。

 

(2021.3.4 大阪府柏原市)

 
あれっ❓、何か違うぞ。待てよ、コレってトビモンオオエダシャクではなくてチャオビトビモンエダシャク(註6)だったんじゃないかな。カッちゃんもそう言ってた気がする。もしかしたら、自分で調べた時にトビモンオオばっか出てきたので、そっちに記憶が引っ張られたのかもしんない。
でも山ん中じゃ電波が届かないので確認しようがない。まあ、どっちだけいいけど。元来が蛾嫌いなのだ。アマミキシタバとハグルマヤママユくらいにしか興味がないのじゃよ。正直、その2つさえ採れればいいのだ。

その後もロクに何も飛んで来ないし、退屈であればあるほど恐怖が頭を掠めがちだ。丑三つ刻には耐えられそうにない。
午前0時前、撤退。
何しに来たかワカラン結果に終わった。
何だかなあ…。

                         つづく

 
追伸
部屋に帰ったら、隣の部屋で小池くんが女の子たちと楽しそうにハシャぐ声が漏れてきた。わざわざ行く気にもなれず、1人缶チューハイを飲みながら後片付けをしていたら、こんな夜更けに若者が部屋に入ってきた。徳之島から来たそうだが、海が荒れてて、船の出発が大幅に遅れたんだそうな。昼間、奄美の海も白波が立ちまくりだったもんなあ。
話を聞くと東京の大学生で、ダイビング部に所属しているという。となれば、元インストラクターとしては饒舌にならざるおえない。
色々話してたら、小池くんが部屋に戻ってきて、『なあ〜んだ帰ってたんですかあ❓全然気づきませんでしたよー。』と調子こいて言う。まあ、そらそうよ。女の子と楽しそうに喋ってたんだから、気づくワケあるまいて。
『一緒に彼女たちと飲みましょうよー。』と言うので、行くことにした。闇に長時間いて、ずっと緊張に晒されてたし、悪夢のような貧果だったから酒でも飲まなきゃやってらんないって気分だったのだ。

女の子二人は、モデルとダンサーだった。
二人とも賢い娘で、男心のくすぐりどころをよく解っていらっしゃる。それでいて根が真面目なのがよくワカル。たぶん、何処へ行ってもモテるタイプだろう。
学生とダイビング談義になって痛飲。オーバードランカーで泥のように眠りに落ちた。何やってんだ、俺❓

 
(註1)オオトモエ

(2021.3月 奄美大島)

 
前々回に解説し忘れていたので、しときます。

ヤガ科(Noctuidae)
シタバガ亜科(Catocalinae)
トモエガ属(Erebus)

【学名】 Erebus ephesperis (Hübner, 1823)
属名の”Erebus”は、おそらくギリシャ神話の冥界の擬人神エレボス、もしくは暗黒界(現世と地獄の間にある死者の棲家)あたりが由来だろう。たぶん南極の活火山エレバス山も命名の由来は同じだろうね。
小種名の”ephesperis”は、よく分かんないけど、ギリシャ語の”Eσπερίς,=Hesperis へスペリス”で、ギリシア神話に登場する黄昏の女神の事かもしれない。ゴメン、蝶とかカトカラじゃないので、必死になって調べたワケじゃないから正しいかどうかワカンナイですぅー(◡ ω ◡)

【開張】 90〜95mm
和名は前翅に巴模様の目玉があることから名付けられたのだろう。してからに、国内のトモエガ類の中では一際大きいがゆえの命名だろう。
だが本土のモノと比べて、かなり小さいという印象だ。その後、結構な数の個体を見たから断言できる。オオトモエにも春型とかあるのかなあ❓でも聞いた事ないよなあ。或いは亜種なのかな❓とも思ったが、本土のものより外横線の白帯が細くなる傾向があるものの、特に亜種区分は為されていないようだ。これもベルクマンの法則に当て嵌まるのかなあ❓

(本土産オオトモエ)

少し印象が異なるが、前翅の地色と白色条の発達具合には個体変異があるそうだ。個人的には、こうゆう地色が黒っぽい方がカッコイイと思う。

【分布】 北海道南部,本州,四国,九州,対馬,屋久島,トカラ列島,奄美大島,沖縄本島,阿嘉島,慶留間島,伊江島,宮古島,石垣島,西表島,与那国島。尚、関東地方南部以北では偶産との見解がある。
国外では台湾,中国,ボルネオ,インドネシア,マレーシア,ミャンマー,インドなどアジアに広く分布する。

【レッドデータブック】 群馬県:準絶滅危惧
普通種のイメージなだけに、まさかの準絶滅危惧種に指定されてる所があるとは思わなんだ。正気かよ、群馬県。

【成虫の出現期】 3〜10月
本土では4〜9月に見られ、年2化とされるが、おそらく南西諸島では年3化くらいするものと思われる。テキトーに言ってるけど、たぶんあってるだろう。

【幼虫の食餌植物】 ユリ科:サルトリイバラ、シオデ
今まで気にも留めなかったが、食樹はルリタテハと同じサルトリイバラなのね。トゲだらけのウザい植物です。とはいえ、意外と利用されていて、西日本ではこのサルトリイバラの葉で柏餅を巻くところが案外多い。余談だが、柏餅といえば本来はカシワ(ブナ科)の葉で包むのがポピュラーだというイメージがあって「西日本では、サルトリイバラの葉で代用する」という話が流布されているが、実は全くのあべこべであって、サルトリイバラの代用としてカシワの葉を用いる方法が江戸時代に考案されたという一説がある。
普段、甘いもんは食わないから柏餅もほとんど口にした事はない。よって、本音はそんなのどっちだっていいんだけどもね。

【成虫の生態】
夜行性だが、昼間に林内を歩いていると、時々足元から飛び出してビックリさせられることがある。夜間、クヌギやコナラなどの樹液に集まり、糖蜜トラップにもよく来る。その際は敏感で、近づこうとするとソッコー逃げよる。これが٩(๑`^´๑)۶ムカつく。
また灯火にもよく飛来し、大型なので不意に飛んで来ると結構驚かされる。

個人的にはマスカレードと呼んでいる。仮面舞踏会のマスクみたいだからだ。改めて見るとカッコいいデザインだし、大きいので存在感もあるから良い蛾だとは思う。最初は感動したような記憶があるもんね。けれど普通種なので次第にどうでもいい存在になっていった。採る気もないから無視しているのに、やたらと敏感だから💢イラッとくるし、たとえ鮮度が良くても大抵は翅がどっか破れてるのも何だか腹が立つ。逃げる時なんかは直ぐに藪の中に突っ込んでゆくから、普段でも平気でそうゆう所を飛ぶ種なのだろう。

 
(註2)ケンムン

(出展『山口敏太郎の妖怪話』)

ケンムンとは、ケンモン(水蝹)とも呼ばれる奄美諸島に伝わる妖怪のこと。河童や沖縄の精霊であるキジムナーと共通する外観や性質が伝えられている。
髪は黒または赤のオカッパ頭。肌は赤みがかった色で、全身に猿のような体毛がある。相撲好きで人に逢えば挑戦してくると言われる。かつては木こりや薪拾いが荷物を運ぶのを手伝い、有益無害な存在だとされていたが、時代を経るにつれ、一転して危険で害を及ぼす忌避すべき存在となった。

体と不釣合いに足と腕が細長く、膝を立てて座ると頭より膝の方が高くなり、先端が杵状だとされる。頭の皿には力水または油を蓄えている。
変幻自在に姿を変える能力を持っており、見た相手の姿に変化したり、馬や牛に化けたりする。また、植物など周囲の背景に化けて姿を消し、行方をくらますこともできるとも言われている。ミラージュ効果みたいなもんか。まるでプレデターだな。
目撃は稀で、人家や人っ気の多いところを忌避する。月と太陽の間に生まれたと言われ、庶子(妾の子、私生児)だったので天から追放された(太陽の妾の子って何よ?星かよ(笑))。はじめは岩礁に住まわされたが、蛸にイジメられたので太陽に新しい住処を求めたところ、密林の中で暮らすよう諭されてガジュマルの木に住むようになったという。ガジュマルの木の精霊とも言われ、木を切ると祟られると恐れられている。ケンムンの祟りの遭うと目を患い、何かで突かれたかのように腫れ上がり、失明寸前になるという。また、それが原因で時には命を落とすこともあるという。

魚や貝を食料としており、特に魚の目玉を好む。漁が好きで夜になると海辺に現れ、指に灯りをともして岩間で漁をする。漁師が魚を捕りに行くとナゼか魚がよく捕れたが、どの魚も目玉を抜かれていたという伝承が残っている。カタツムリやナメクジも食べる。カタツムリは殻を取って餅のように中身を丸めて食べ、ケンムンの住んでいる木の根元にはカタツムリの殻が大量に落ちているという。
蛸やシャコ貝を大変嫌っており、投げつけると追い払える。或いは虚でも何か別の物を蛸と称して投げるか、投げると脅しても効果がある。また河童同様に皿の水が抜けると力を失う。ゆえに相撲を挑まれた際に逆立ちをしたり、礼をしてみせると、ケンムンもそれを真似るので、皿の中身がこぼれて退散すると言われている。

悪口を言われることが嫌いで、体臭のせいか、山の中で「臭い」と言ったり、屁のことを話されることも嫌がっている。
とはいえ、本来は穏健な性格で、基本的に人に危害を与えることはない。前述した薪を運んでいる人間をケンムンが手伝った話や、蛸にイジメられているケンムンを助けた漁師が、そのお礼に籾を入れなくても米が出てくる宝物を貰ったという話も伝わっている。加計呂麻島では、よく老人が口でケンムンを呼び出して子供に見せたという。
しかし河童と同じように悪戯が好きな者もおり、動物に化けて人を脅かしたり、道案内のふりをして人を道に迷わせたりする。食べ物を盗むこともあり、戦時中に空襲を避けた人々がガジュマルの木の下に疎開したところ、食物をケンムンに食べられたという話がよく聞かれたそうだ。その際、ケンムンは姿を消しており、カチャカチャと食器を鳴らす音だけが聞こえたという。
石を投げることも悪戯の一つで、漁師が海で船を漕いでいたところ、遥か彼方の岸に子供のような姿が見えたと思うと、船のそばに次々と巨大な石が投げ込まれたという話がある。
さらに中には性格の荒い者もおり、子供をさらって魂を抜き取ることがある。魂を抜かれた子供はケンムンと同じようにガジュマルの木に居座り、人が来ると木々の間を飛び移って逃げ回る。このような時は藁を鍋蓋のような形に編んで、その子の頭に乗せて棒で叩くと元に戻るという。時に大人でも意識不明にさせられ、無理矢理カタツムリを食べさせられたり、川に引き込まれることもあるという。
これらの悪戯に対抗するには、前述のように蛸での脅しや、藁を鍋蓋の形に編んで被せる他、家の軒下にトベラの枝や豚足の骨を吊り下げる方法がある。ただしケンムンの悪戯の大部分は人間たちから自分や住処を守ろうとしての行動にすぎないので、悪戯への対抗もケンムンを避ける程度に留めねばならず、あまりに度が過ぎると逆にケンムンに祟られてしまうらしい。
ある女性が、この地の大工の神であるテンゴ(天狗)に求婚された。女性は結婚の条件として、60畳もの屋敷を1日で作ることを求めた。テンゴは二千体の藁人形に命を与え、屋敷を作り上げた。この藁人形たちが後に山や川に住み、ケンムンとなったという説がある。
他の起源説もある。昔、ネブザワという名の猟師が仲間の猟師を殺し、その妻に求愛した。しかし真相を知った妻は、計略を立てて彼を山奥へ誘い込み、釘で木に打ちつけた。ネブザワは神に助けられたが、殺人の罰として半分人間・半分獣の姿に変えられた。全身に毛が生え、手足がやたら細長い奇妙な姿となったという。そして彼は、昼間には木や岩陰の暗がりに隠れ、夜だけ出歩くようになった。これがケンムンの元祖だという。また嫁いびりにあい、五寸釘でガジュマルの木に打ち付けられた女性がケンムンになったとも言われている。

第二次世界大戦以後は、それまでに比べてあまり目撃されなくなったが、その大きな要因は乱開発によってガジュマルなどの住処を失ったためだと言われている。
GHQの命令で奄美大島に仮刑務所が作られる際、多くのガジュマルが伐採されたが、島民はケンムンの祟りを恐れ「マッカーサーの命令だ」と叫びながら伐採したという。後にマッカーサーがアメリカで没した際、島民の間では「ケンムンがいなくなったのは、アメリカに渡ってマッカーサーに祟っていたためだ」と話されていた。その暫く後にまたケンムンが現れ始め「ケンムンがアメリカから帰って来た」と噂が立ったそうである。

調べれば調べるほど、ケンムンに愛着が湧いてきた。考えてみれば、妖怪ってどこか悲哀感があるんだよなあ。そこに惹かれるところがあるのかもしれない。

 
(註3)リュウキュウイノシシ

(出展『沖縄リピート』)

琉球猪。学名:Sus scrofa riukiuanus
南西諸島の一部に分布するイノシシの固有亜種である。

主な分布は奄美大島、加計呂麻島、請島、与路島、徳之島、沖縄本島、石垣島、西表島。また上記以外にも慶良間諸島や宮古島にも人為的に移入されている。
奄美群島では元々奄美大島と徳之島にのみ生息していたが、海を渡って加計呂麻島、請島、与路島にまで分布を拡大したと考えられている。

体型は生息する島によって少し異なるが、ニホンイノシシと比較すると概して小さく、頭胴長50〜110cm、体重は20〜50kg程度である。
イノシシの亜種とされるが、頭蓋骨の形状の違い等から別種の原始的なイノシシと考える研究者もいるようだ。また西表島及び石垣島の個体群は、沖縄本島及び奄美群島の個体群と遺伝的に塩基配列が異なる。形態上も上顎骨にある涙骨や口蓋裂の形状が異なり、乳頭の数や位置も相違する事から西表島及び石垣島の個体群を独立した亜種とすることが提唱されている。

雑食性で、シイの実やタケノコ、柑橘類、サツマイモ、サトウキビ等の農作物、昆虫、ミミズ、カタツムリ、ネズミ、ヘビ等の小動物を食べる。近年、奄美群島や八重山列島ではウミガメの卵への食害が問題になっている。
ニホンイノシシの繁殖期が通常年1回であるのに対し、繁殖期は年に2回(10〜12月、4〜5月)ある。

奄美諸島では縄文時代から、西表島でも古くから食用にされ、鍋物(シシ汁)、焼肉、刺身、チャンプルー等の調理法で食されてきた。近年になって個体数が増え、道路や民家周辺にも頻繁に現れるようになったため捕獲され、流通量も増えている。但し、観光客や人口の増加に伴って需要が増大した事により、狩猟圧も高まっており、生息数の減少が懸念されている。

 
(註4)ベルクマンの法則
ドイツの生物学者クリスティアン・ベルクマンにより1847年に発表された学説。
「恒温動物は、しばしば同じ種でも寒冷な地域に生息するものほど体重が増え、近縁な種間では大型の種ほど寒冷な地域に生息する」というもの。これは体温維持のためで、体重と体表面積の関係から生じるものであるとされている。
具体例としてよく挙げられるものにクマがある。熱帯に分布するマレーグマは体長140cmと最も小型だが、日本からアジアの暖温帯に分布するツキノワグマは130〜200cm、温帯から寒帯に生息するヒグマは150〜300cmになり、北極近辺に住むホッキョクグマは200〜300cmにも達する。
また日本国内のシカは北海道から慶良間諸島まで分布するが、北海道のエゾシカが最大であり、慶良間諸島のケラマジカが最も小柄であるのも例証としてよく挙げられている。

 
(註5)トビモンオオエダシャク

(出展『日本産蛾類標準図鑑』)

シャクガ科エダシャク亜科に属する大型の蛾。
上の画像のように♂は色調と斑紋に比較的顕著な個体変異があり、ヴァリエーションに富むそうだ。但し基本的な模様の形状は安定しているという。♀は斑紋が不明瞭で、♂よりも淡色である。

【学名】 Biston robustus Butler, 1879
北海道〜屋久島に分布するものは原記載亜種とされるが、奄美大島以南のものは別亜種とされ、Ssp.ryukyuense という亜種名が与えられており(Inoue, 1964)、前・後翅ともに淡い紫色を帯びる。

属名の Biston(ビストン)は、ステファヌス=ビザンティウムの『Ethnica』(6世紀)によれば、古代トラキアの伝説上の人物が由来で、父は軍神アレース、母はネストス川の神の娘であるとされる。
小種名の”robustus”は、ラテン語で「頑丈な」という意味。

【開張】:♂40~70mm、♀65~75mm
♀は♂より大型で,翅の色調が灰色がかっている。また、触角は♂が両櫛歯状,♀は糸状となる。♀は灯火には殆んど飛来しない事から、目にする機会は少ないという。

【成虫の出現期】2月下旬~5月上旬
年1化。各地で春先に出現する。但し奄美以南亜種は11月下旬から1月上旬には姿を見せるようだ。越冬態は蛹。

【分布】
原記載亜種は北海道、本州、伊豆諸島、四国、九州、対馬、種子島、屋久島に分布する。奄美大島以南亜種は奄美の他に沖縄本島、石垣島、西表島等に分布する。
国外では台湾、朝鮮半島、中国東北部、ロシア南東部に分布し、台湾と朝鮮半島〜ロシア南東部のものが、それぞれ別亜種となっているようだ。

【生態】
広葉樹を中心とする各種樹林内とその林縁,公園などに見られる普通種。夜間多くの花に吸蜜に訪れ、♂は頻繁に灯火に飛来する。

【幼虫の食餌植物】
広食性で、ブナ科、ニレ科、バラ科、マメ科、ニシキギ科、カエデ科、ツバキ科、ミズキ科、モクセイ科、スイカズラ科など多くの樹木につく。

【幼虫】

(出典『芋活.com』)

体を伸ばして静止していると、小枝にソックリである。うっかり土瓶を掛けたら落ちて割れたと云う逸話から、別名「土瓶割り」とも言われるそうな。ようは擬態ってヤツなんだけど、枝に化けることにより鳥などの天敵の目を欺いてるんだね。

移動する時は、こんな感じ↙。


(出典『芋活.com』)

いわゆるところの尺取り虫ってヤツでんな。こうやって尺を取るように体を曲げたり伸ばしたりして前へ進むのだ。

更に検索してたら、ウィキペディアの英語版に興味深い記述を見つけた。何と幼虫は視覚的に擬態しているだけでなく、化学的にも擬態しているというのだ。気になって探してみたら、出典である論文らしきものを見つけた。以下、一部抜粋します。

http://www.naro.affrc.go.jp/archive/nias/seika/nias/h16/nias02005.html
トビモンオオエダシャクの幼虫は化学的にも植物に擬態する

[要約]
餌植物の枝に視覚擬態することで知られているトビモンエダシャク幼虫は体表ワックスの組成でも寄主植物の枝の成分に化学擬態し、天敵であるアリ類からの攻撃を免れている。寄主植物が変わると2回の脱皮を経てトビモンオオエダシャクの体表物質組成が変化する。アリは、植物とそれに化学擬態したエダシャク幼虫を化学的に見分けられない。

[背景・ねらい]
トビモンオオエダシャクの幼虫は外見上植物の枝に良く似た形態と色彩をもち、それによって視覚に頼って餌を探索する鳥類からの捕食を免れている。一方、アリ類は生態系における有力な捕食者であり、視覚よりも嗅覚などの化学感覚によって餌探索をおこなう。しかしながら、トビモンオオエダシャク幼虫をクロヤマアリに遭遇させても、まったく攻撃を受けないことを発見した。

( ゚A゚)へぇーである。

 
(註6)チャオビトビモンエダシャク


(出展『日本産蛾類標準図鑑』)

トビモンオオエダシャクと同じく春に現れるエダシャクで、日本産は亜種 Ssp. hasegawai Inoue, 1955 とされる。
原記載亜種(Biston strataria (Hufnagel, 1767))はヨーロッパ原産で、分布はバルカン諸国、黒海地域から小アジア、コーカサスにまで及ぶ。

【学名】Biston strataria (Hufnagel, 1767)
小種名の”strataria”は、ラテン語の stratum(掛け布団,寝具の意)+aria(接尾辞)。Emmetは、これを翅の形状からの連想に由来すると見なしている。
おそらく日本亜種 ssp.hasegawaiは、人名(長谷川)からの命名だろう。

【分布】 北海道、本州(東北地方から中部地方の山地)
あれっ❗❓、『日本産蛾類標準図鑑』には近畿地方が含まれてないぞ❗もしかしてトビモンオオエダシャクの同定間違い❓
でも、どう見てもチャオビだと思うんだけどなあ…。
ネットで調べたら、広島県や岡山県、四国、そして近畿地方でも記録があるぞ。どゆ事❓
更に調べると『蛾色灯。』というサイトに答えに近い記述があった。それによると、以前はビストン属の中ではレアで出会うのが難しい種類の一つだったが、最近になって目撃例が増えているらしい。個体数が増えてるのかなあ❓…。その流れで西日本でも見つかるようになったのかなあ❓否、にしても短期間でそこまで分布を拡大できるものなのかね❓にわかに信じ難い。また新たなる疑問にブチ当たったよ。

【成虫の出現期】 4月〜5月
本州では4月上旬、北海道では5月上旬から出現するが、産地は限定される。
ヽ((◎д◎))ゝあれれー❓、ワシが採ったのは3月上旬だから、また『日本産蛾類標準図鑑』の記述と相違があるぞー。
確認したら、新しく見つかった産地は3月の目撃例が多い。読み直したら『蛾色灯。』にもそう書いてあった。にしても、急に各地で採れ始めて、しかも発生期が前倒しになってるだなんてミステリーだよなあ。

同時期に現れるトビモンオオエダシャクとの違いは以下の通りである。
①前翅中横線がチャオビは屈曲せず、外横線に近づきながら緩やかな線になるが、トビモンオオでは波状に曲がる。
②チャオビは後翅が前翅よりも淡い色で、中横線がほぼ直線状である。一方、トビモンオオはギザギザになる。
③頭部の周りの毛がトビモンオオでは真っ白になり、チャオビは白くならない。
④静止状態の時はチャオビは三角形、トビモンオオは翅をやや下げて開き気味に静止していることが多い。

(トビモンオオエダシャク静止画像)

(出典『昆虫エクスプローラー』)

こんな感じだ。
比較するのに分かりやすいように、今一度チャオビの静止画像を貼り付けておこう。

やはり止まり方が違うし、頭も白くないからチャオビで間違いないだろう。
とはいえ、確実に同定するために展翅すっか。スゲー、面倒クセーけど。

 

 
三角紙を開いてみて、直ぐに下翅の方が色が淡いことに気づく。間違いなくチャオビだな。写真を撮っておけば証明にはなるから、展翅しなくてもいっか…。邪魔くさいもんな。
でも小太郎くん辺りにお叱りをうけそうなので、やっぱ一応展翅すっか。

 


(2021.3.4 大阪府柏原市)

 
下羽の柄からも、明らかにチャオビトビモンエダシャクの♂だね。

【開張(mm)】♂45〜48mm ♀58mm内外
展翅して気づいたが、トビモンオオエダシャクよりはだいぶと小さいね。

ネットの「蛾色灯。」によると、♀の記録が非常に少なく、未だ国内では片手ほどの状態だという。ホンマかいな。そんなの大珍品っしょ。まあ、採り方が分かれば、珍品でも何でもなくなるんだろうけどね。

【幼虫食餌植物】 不明
とはいえ、ヨーロッパではブナ科、カバノキ科、ヤナギ科、ニレ科など多くの広葉樹につくことが知られており、日本でも広食性の可能性が高い。

 
−参考文献−
◆岸田泰則『日本産蛾類標準図鑑』
◆秋野順治ほか『トビモンオオエダシャクの幼虫は化学的にも植物に擬態する』
◆ウィキペディア
◆『みんなで作る蛾類図鑑』
◆『蛾色灯。』
◆『昆虫エクスプローラー』

 

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投稿者:

cho-baka

元役者でダイビングインストラクターであり、バーテンダー。 蝶と美食をこよなく愛する男。

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