2018′ カトカラ元年 其の17 第三章

 
  vol.17 ムラサキシタバ

   『2019′ 紫への道』

 
今回も、初期の頃みたいに『続・~』というような続編形体にはせず、2019年版を本編に組み込むことにした。

シロシタバやベニシタバの回と被るところも多々あるけれど、新たに書き直すので、飛ばさずに我慢して読まれたし。尚、フィナーレを書いているうちに長くなったので、2回に分けることにした。そう云う意味でも読んでおいて戴きたい。

 
 2019年 9月2日

8月も青春18切符の旅だったが、懲りもせず、再び長く辛い旅に臨んだ。

 

 

 
大阪駅の人混みは疎らだった。
10時20分くらいの電車に乗る。今回は時刻表をバッチリ見たから、この時間の出発でも大丈夫なのだ。早く出たからといって、早く着くとは限らないのが青春18切符の旅だ。

米原、大垣と乗り継ぎ、岐阜駅で下車。乗換の時間まで30分程あったので、煙草を吸いに外に出る。

 

 
駅前の風景を見るのは何十年か振りだ。岐阜駅も随分と変わったなと思う。その頃は勿論こんな高層ビルは建っていなかった。あの頃、岐阜には何しに来たんだっけ?
あっ、そうだ。大学時代の友達の新婚家庭に遊びに行ったんだったわ。岐阜城とか案内してもらったんだよね。

そういえば降りる時にチラと駅の反対側方面も見たが、金津園の寂れた感があまりにも哀れで声を失った。

ソープランドという言葉も、最近はあまり聞かなくなった。
ソープといえば、すすきの、吉原、川崎・堀ノ内、西川口、金津園、雄琴、神戸・福原あたりが有名だったけど、今は寂れてしまっているところも多いという。雄琴なんかは、近年は普通の温泉街へと変貌しつつあると聞いたことがある。
エロの形体も多様化し、変わってきているのだろう。
「泡踊り」なんて言葉も、そのうち死語になりそうだ。いや、もう既になっているかもね。
淋しいが、時代と共に朽ちていくものもある。

ちなみに、物凄く思い入れがあるようなことを書いてるけど、ソープランドには若い頃に1回か2回しか行ったことないんだけどもね。
知らず知らずのうちに、昭和という時代に対するノスタルジーが年々強くなっているのかもしれない。

 

 
前回は名古屋で中央本線に乗り換えて長野方面へ行ったが、今回はここで高山本線に乗り換え、飛騨方面へと向かう。

 

 
電車は飛騨古川駅まで行くようだ。ということは、今回は途中で乗り継ぎせずに済む。前回のことを思えば、かなり楽だ。乗り換えは気分が変わるから嫌いじゃないけど、時間を喰う。回数が多いと、いつ着くんだと思って、段々気持ちが疲弊してくるのだ。

 

 

 
下呂駅で5分ほど停車した。
下呂といえば、下呂温泉だ。昔、大学を卒業して何年間かは、毎年、大学時代の友だちが集まって旅行してた。でも、ここ下呂温泉が最後となった。
何でかというと、全然面白くなかったからだ。そう記憶している。あまりにツマランかったから、翌年から誰も旅行に行こうとは言わなくなったのだ。で、そのままフェイドアウトとなった。

 

 
飛騨萩原駅でも、ちょっとだけ停車時間があった。
正面右側に真っ直ぐな道が奥まで続いているのを見て、突然下車したいと云う強い衝動に駆られた。背後のこんもりとした山との組み合わせが素晴らしく、何ともいい風情の通りで、旅愁を誘う。

旅と旅行とは違う。少なくとも自分の中では明確な線引きがある。スケジュールが予め決まっているものが旅行で、予定は未定であって、しばしば変更、ゆきあたりバッタリというのが旅だと思ってる。

勿論、踏みとどまって降りなかった。今年もムラサキを採らねばならぬのだ。
ふと思う。虫捕りって、色んなことを阻害してるなあ…。虫捕りをしてると、何やかんやと様々なことが犠牲になる。自由も奪われてるような気がしてきたよ。

高山駅が近づいてきた。
突然、フラッシュバックで記憶が甦る。蝶採りを始めて初の遠征が高山方面だった。当時の彼女と平湯温泉に泊まり、新穂高の左俣へオオゴマシジミに会いに行ったのだった。カッコ悪いことに彼女に先にオオゴマを見つけられんだよね。
帰りしなは高山の街も観光したっけ…。その時のあれやこれやの記憶が数珠繋ぎで思い出される。
青春18切符の旅の好きなところは、過去の自分と向きあえることだ。謂わば、ノスタルジィーの旅なのだ。

 

 
高山駅に着いて、違和感を覚える。自分の知っている高山駅とは全然違っていたからだ。

 

 
外に出て驚く。改築されて、メチャメチャお洒落になってるじゃないか。

 

 
噴水まで出よるがな。

でも、昔の駅舎の方が好きだ。新しい建物には風情というものがない。

 

 
これが昔の駅舎だ。写真を探し出してきて貼付した。
懐かしいなあ。思い出の中の高山駅は全部これなのだ。当時はこんなもん撮ってどうすんだ?と思ったが、写真、撮っておいて良かったよ。

ここで、バスに乗り換える。

 

 
8月の時は乗り継ぎが上手くいかず、名古屋駅と中津川駅、松本駅で随分と無駄に時間を過ごしたが、今日はかなりスムーズにいってる。バスの待ち時間も短かかった。
このバスに乗るのも久し振りだ。4、5年程前まてはオオイチモンジに会う為に毎年訪れていたが、いつの間にか足が途絶えていた。

 
【オオイチモンジ ♀】
(2012.7月 岐阜県高山市)

 
【♂ 裏面】
(2013.7月 岐阜県高山市)

 
1時間ほどバスに揺られて、やっと今日の目的地である平湯温泉までやって来た。今回は全部で約8時間の移動だった。何度も言うが、8月の時と比べれば、だいぶ楽だ。

既に陽は沈んだようで、辺りは暗くなり始めている。

 

 
常宿だった宿泊施設に入り、温泉に直行。
で、すかさず下の居酒屋でキンキンに冷えた生ビールを頼む。

 

 

 
でも、そのキンキンに冷えた生を飲み、ホルモン焼を食って、やる気をなくす(笑)

 
嗚呼、蛾採りなんかやめて、このままビール飲んで旨いツマミ食って、ヘラヘラしていたい。
けど行かなきゃ、何しに来たかワカラナイ。重い体を引き摺って出陣の用意をする。
時々、一人で虫を追い求めていると、バカバカしくなってくる。そういえば普通の旅をしなくなってから、もう随分になる。観光なしの旅って、どこか歪(いびつ)だ。

今回の旅のターゲットは、夏に結局会えなかったエゾベニシタバとヨシノキシタバ。そして帝王ムラサキシタバである。ムラサキは去年、白骨温泉で採ったが、翅が少し破れてたし、採れたのは♀1頭のみ。完品が欲しいし、♂も見てみたい。もっと言うと、厭きるくらいにタコ採りしたい。

 
【Catocala fraxini ムラサキシタバ♀】

 
本当は一挙に新穂高まで行きたいところだったが、そこまで行ってしまうと、着いた時には完全に夜だ。それに安い宿泊施設はあまりないし、その時間帯は外で飯を食えるところもない。一気にポイントまで行くにしても、夜道を1時間くらいは登らないといけない。移動に疲れた心には、あまりにも過酷だ。根性無しなので、一旦温泉につかって、ビール飲まないとリセットできないのだ。まあ、それでやる気が益々なくなったんだけどもね(笑)

目指すは白谷方面。狙うはエゾベニシタバ。運が良ければムラサキにも会えるかもと期待している。
此処を選んだのは、白谷の下の道路沿いには川が流れており、エゾベニの幼虫の食樹であるヤナギ類がいっぱい生えていたと記憶しているからだ。それに、その近辺でオオイチモンジを見たこともある。ならば、ムラサキに会える可能性だってあると考えたのだ。

今年は果物トラップではなく、糖蜜トラップを用意した。嵩張らないし、ゴミも出ないから導入したのだ。カトカラ2年生ともなれば、如何なアホのオイラでも、それなりに進化しておるのじゃ。

しかし、真っ暗けー。

 

 
温泉街を外れると、外灯もニャーい(ФωФ)

ここには妖精クモマツマキチョウを採りに何度か訪れているが、夜はこんなにも真っ暗だなんて予想だにしていなかったよ。

 
【クモマツマキチョウ(雲間褄黄蝶)♂】

 
【裏面】(2019.5.26 岐阜県高山市新穂高)

 
【展翅画像】

 
そういえば思い出した。白谷では、そのクモツキ採りの折りに熊の親子連れを見てるわ。つまり、此処には確実に森のくまさんがいるのである。
真っ暗だし、熊は黒い。背後から襲われでもしたら、お手上げだ。((((;゜Д゜)))ブルッとくる。

🎵ラララ…星き~れい~、とか何とか口に出して歌ってはみるが、恐い。マジ卍で熊も闇も恐い。
幸い❓なことに川沿いの道に糖蜜トラップを噴きつけるのに適した木がない。道から木が遠いのだ。と云うワケで撤退。温泉街の反対側へ行くことにした。
言っとくけどオラ、チキンじゃないからね(=`ェ´=)
いや、本当はチキンだけど、目的の前ではチキンじゃないぞ。何か言い訳がましいが、そんなに悪い判断ではなかったと思う。だって雰囲気がヤバかったんだもん。心の奥で、やめとけ警告音が鳴ってたんだも~ ん。

糖蜜を噴き付けて、だいぶ経ってから漸くカトカラが飛んで来た。
しかし、エゾベニではない。低い位置、地表近くを飛んでいたので、すぐにベニシタバだと理解した。
けど、トラップには寄り付かず、笹藪の端をチマチマとホバリングしながら飛んでいる。
見たところ♀だ。もしかしたら、卵を産みに来たのかもしれないと思った。でも近くに食樹であるヤナギ類なんてなかったぞ。しばらく見てたが、笹藪の中に入りそうになったので、網を一閃。ゲットしてしまった。

 
【ベニシタバ】

 
他には、シロシタバが糖蜜に飛んで来た。

 
【シロシタバ】

 
飛来は結構早い時間だと記憶してたけど、確認すると時刻は午後11時09分になってた。
西日本では日没と共にカトカラが樹液や糖蜜トラップに寄って来るけど、ナゼか東日本だと遅い時間の飛来ばかりである。8時半くらいになって、やっと飛んで来るという感じで、日没後すぐの飛来は少ない。一番多いのが夜10時を過ぎてからだ。西と東で違うなんて、そんなワケないと思ってたけど、コレだけ飛来時間が遅い例ばかりだと考えざるおえない。何か要因があんのかなあ…。でも、遅くにやって来るワケってある❓ もし気温が原因だったら、この時期は真夏よりも夜はだいぶと過ごしやすい。だったら、もっと早くに飛んできてもオカシクないじゃないか。それに西日本だと真夏でも日没後にワッと飛んで来るのは何でだ❓ カトカラにも暖地系と寒冷地系があって、それに因るとか❓ となると、西日本にいる寒冷地系カトカラって何だ❓ 段々、自分でもワケがワカンなくなってきた。もう、たまたま偶然に飛来時間が遅いパターンばっか続いただけなんじゃないのう❓ できれば、そうであって欲しいよ。中々、飛んでこないと待ってるのが辛いのだ。オイラ、どんな事であろうと、待つのは大ッ嫌いだかんね。

ベニとシロが1頭ずつだけで、この日は他のクソ蛾さえも殆んど寄り付かずだった。糖蜜のレシピを間違ったやもしれぬ。いい加減に作ったもんなあ…。
ましてやヨシノやエゾベニには糖蜜はあまり効果がないとされている。何で糖蜜や樹液にやって来るカトカラと、そうでないカトカラが居るのだ❓何でかが全然ワカンナイ。
とにかく序盤から劣勢だわさ。
そうだ、ワシってキベリタテハを採りに来たのじゃ。

 
【キベリタテハ】

 
カトカラ採りは、そのついでだ。
そゆことにしておこっと( ̄∇ ̄*)ゞ

 
 
 2019年 9月3日

平湯から新穂高へ移動した。

 

 
左俣を登ってゆく。
この時期は、殆んど蝶がいない。退屈過ぎて、途中でキンモンガなんぞを採ってしまう。

 
【キンモンガ】

 
本日のターゲットはヨシノキシタバとエゾベニシタバ。あとはムラサキシタバとゴマシオキシタバってところか。
ここは、わさび平小屋付近に大きなブナ林があるし、その下部にはドロノキやヤナギ類もある。わさび平にヨシノがいると聞いたことはないけど、絶対いるじゃろうと思ったのだ。
もしダメでも、このどれかは採れるだろうと読んだのである。併せ採り狙いの、効率重視の男なのだ。

 
【わさび平小屋】

 
この右横の奥のサイトにテントを張った。

 

 
改めて見ると、周りはブナだらけだ。

 

 
こんだけ生えてりゃ、ヨシノもいるだろう。
否が応でも期待値が上がる。

夜まではまだ時間があるので散歩してたら、アサマイチモンジがいた。

 

 
遊ぼうと思って、地面に止まってたのを手に移す。

 

 
邪気を消して自然体で接すれば、意外と簡単だよん。
不思議なもので、てめぇ、ブッ殺すかんなーとか思うと逃げる。蝶だって殺気は解ってるよね。バッドテイストのオーラには感づくのだ。
蝶採りをしてると、時々、草木などに止まっている蝶と目が合うことがある。そういう時は、蝶の考えてることが手に取るように解る。

 
『( ; ゜Д゜)えっ!?、もしかして目っかった❓』

『(^_^;)あー、来ないでね。』

『( ; ゜Д゜)あっ、やっぱ近づいて来てるぅー。』

『(/´△`\)来ないで、来ないでー。』

『\(ToT)/きゃあ━━━❗』

パタパタパタ~。

 
だいたい、こんな感じだ。
まあ、飛ぶ前に💥ネット一閃。大概はスルーせずにシバいてるけどね。

それにしても、オーラって目に見えないのに、アレって何でワカンだろね。視覚が5原色くらい見える目だったら、可視化できんじゃないか❓
因みに人間は3原色、犬や猫が2原色。鳥や昆虫は4原色であるとされている。

余談だけど、知り合いに占い師のお姉さんがいて、この人の占いがメチャメチャ当たった。店で月1回、そのお姉さんに占いに来て貰ってたんだけど、怖いぐらいに当たるんで、みんなビビってたもんね。
ワシも占ってもらったけど、マジでヤバかった。具体的な事をズバズバ言い当てるのである。普通の占い師みたいに、やたらと「あなた、○○でしょう?」と訊いてきたりはしない。ほぼ断言なのだ。そんな事、何でアンタが知ってるんだ❓ということまで言わはる。

例えば、或るお客さんなんて、「あなたは金属が苦手で、普通のスプーンでカレーを食べるのは嫌でしょう。」とか言われてたのだ。それが当たっているんだから恐い。

 

 
寄って来るのは、こうして汗だのミネラルだのを吸いに来るのだが、ワシ、今日は汗をそんなにかいとらんぞ。

頑張って、手のひらまでもってくる。

 

 
ほいっ、手乗り蝶の出来上がり~。

でも手乗り蝶をやると、前のサカハチチョウみたく、その後は悲惨な結果になるんじゃないかと云う思いがよぎった。悪いジンクスだ。
でもこういう事を思うじたい、絶不調なのだろう。らしくないや。メンタル弱ってんなあ…。

夕方になって強い雨が降った。悪いジンクスが当たったかなと心配したが、何とか日没前には上がった。
さあ、戦闘開始である。ブナ林を中心に霧吹きで糖蜜を噴き付けていく。

撒き終わったところで、真っ暗になった。
(T_T)マジで恐い。
看板は特に設置されてないが、ここには熊が沢山いる事は周知の事実である。知り合いの目撃例も多い。ワシも此処のすぐ近くで見たことがある。だから、さすがに今日は熊鈴をジャンジャン鳴らしたよ。前日以上に恐怖に怯えながら、夜道を歩き回る。

しかし、ブナ林は不気味なまでに静かで、糖蜜トラップには何も来ん。泣きたくなってくる。

小屋の灯りに寄って来た名前もワカランような蛾を、退屈しのぎについ採ってしまう。末期的症状だ。

 

 
渋いなあ…。名前は調べてないから、いまだにワカラズじまいだ。

時間が経っても状況は変わらない。東日本では、糖蜜トラップがカトカラにはあまり通用しないことをヒシヒシと痛感する。ヨシノやエゾベニどころか、ゴマシオ、エゾシロさえも寄って来ん。
やっぱライト・トラップが無いとアカンわ。だいぶと前の回に「灯火採集にばかり頼りきりの蛾屋ってダサい。」と言ったけど、前言撤回。灯火採集は蛾を採るためには必要不可欠のアイテムざんす❗
蛾屋の皆様、m(__)mゴメンなさい。

結局、来たのはベニシタバ2頭のみ。それと、なぜか標高1500mにも桃色クソ蛾ムクゲコノハちゃんが複数飛来した。おまんら、低地の蛾とちゃうんけ❓

それが、コチラは全く採る気もないのに、いっちょまえにも一々敏感に反応して、慌てて飛んで逃げよる。
おどれら、( ̄ヘ ̄メ)ナメとんかである。毒々しいし、形も気持ち悪いからブッ殺したくなる。

 
【ムクゲコノハ】

 
ホント、何処にでもおるやっちゃのー(=`ェ´=)
💧涙チョチョギレそうやわ。(*ToT)ダアーッ。

10時半頃に雨が降り始めたので、小屋で雨宿りする。止みそうにない雨だ。たぶんこのまま、降り続けるだろう。ジ・エンドだ。
小屋に前払いしておいたビールを水桶から取り出す。川の水を引いた天然の冷蔵庫だ。

 

 
暗闇で飲むビールは苦かった。

テントに入ると同時に、雨は激しくなった。
やがて、テントの下は川となり、凍えながら眠った。

                     つづく

 
追伸
( ;∀;)ボロボロの大惨敗でしたねー。

冒頭にも書いたように、本当は2019年版は第三章として一回で終わらせる予定だった。しかし、この翌日のことを書いているうちに色々と思い出してきて、全体的にとても長くなりそうだった。なので一旦書くのをやめて、2つに分けることにしたのである。
次回、いよいよ話は佳境に入る。乞う、御期待あれ❗

因みに、ワードプレスとの契約は先月で切れているので、いつ突然に記事がアップできなくなるか分からない。いつまで経っても次回がアップされないようだったら、アメブロで同じタイトルのサイトを探してね。

 
 

2018′ カトカラ元年 其の17 第二章

 

vol.17 ムラサキシタバ act2

『憤激の蒼き焔(ほのお)』

 
 
 2018年 9月16日

山梨まで行って、結局ムラサキシタバが採れなかったことを小太郎くんに報告したところ、救いの手が差しのべられた。

『来週、ミヤマシジミを長野に採りに行きますけど、ムラサキシタバを採るなら付き合ってもいいですよー。』

有り難い申し入れだった。但し、条件付きだった。
といっても特別な話ではなく、天気次第との事。そりゃそうだよな。蝶採りをするには天気が一番重要だからだ。天気が悪いと予想されるのに、誰が長野県くんだりまで行くっちゅーねん(# ̄З ̄)である。

予報はずっと雨模様と芳しくなかったが、前日には曇りという予報になった。でも微妙なところだ。薄曇り程度ならば、何とかなりそうではある。気温さえ低くなければ、飛ぶんじゃないかとも思う。それにミヤマシジミは基本的に草原の蝶だ。適当に草むらを歩き回れば、驚いて飛び出すことだって有り得る。飛び出せば、所詮はひらひら飛びだから楽勝でゲットできる。
とはいえ、生き物相手だ。行ってみなければワカラナイというのが実情だ。行ってミヤマシジミが採れないというのは具合が悪い。小太郎くんをジャッキアップして強行させても、結果が悪ければ忍びないし、気まずくなるのも避けたい。虫捕りは、採れなきゃ全然楽しくないのだ。だいち、ミヤマシジミが採れてないのに、夜間採集に付き合わせるのは誠にもって申し訳ない。
しかし、根がアホなオイラは、つい宣(のたま)ってしまう。

 
『ワシ、スーパー晴れ男やから大丈夫や (^o^)=b』

 
こんな風に、昔から人前で言い切ってきたが、外したことは殆んどない。
昔やっていた店の屋外イヴェントでも、こんな事があった。
周りから『週末、天気悪いけど、どうすんの?代替案とか考えといた方がええんちゃうのん?』などと云う問合せが幾つもあったけど、それに対してオイちゃんはどう返したのかと云うと、↙これだもんなあ。

 
『ワシが雨降らん言うたら、降らんのじゃ(=`ェ´=)❗』

 
その時も、前日までの天気予報は雨だった。しかし、当日は雨が降るどころか、明るい薄曇りで、時折、陽射しさえあった。みんな驚いて、何で❓と訊いてきたが、『ワシ、天気の神様と友だちやねん。』と答えてケムに巻いておいた。
その前後も、そんなことは何度もあった。その度ごとに周囲には驚かれていた。もう、預言者である。
種明かしをしたいところだが、何となく肌のセンサーでワカルとしか言いようがない。最後には強い念を送っとくんだけどさ(笑)。
だから、のべつまくなしに無闇に晴れると断言しているワケではない。ここぞという大事な時にしか言っていない。それと、雨と思った時は『雨やで。』と逆に断言してる。
因みに、山へ行ってる時は悪い方に急変するのに敏感だ。だから、スコールが当たり前の東南アジアでもズブ濡れになったことはない。降る少し前に迅速に動いて、退避場所まで戻っているのだ。勘が鋭い時などは、晴れてても雨宿りできる場所を頭に入れて動いている。必ず、後々には雨が降ると思うからだ。

前日の天気予報も曇りだったが、決行となった。
勿論、晴れるやろとは言っている。とはいえ、最近は何かとひどい目にあってるからなあ…。ちょっとだけ、自信が揺らぎかけているのだが…。

先日、山梨で使った果物トラップを持って、夜遅くに電車に乗り込む。だいぶと発酵が進んでて、とても甘い香りがしているから、とんでもねぇーような効力を発揮してくれる筈だ。これで寄って来なかったら、もう果物トラップなんて、やんねぇ(# ̄З ̄)

予定では、小太郎くんの住む奈良県の最寄りの駅まで行って、車でピックアップしてもらうことになっている。
しかし、爆睡していた小太郎くんは迎えに来ておらず、連絡もとれずで、いっそ帰ったろかと思った。しかし、帰ってはムラサキシタバは採れない。何度か連絡して、漸く何とか起きてくれた。それで大幅に出発が遅れた。前途多難である。
でも、マイナス思考は禁物だ。だいち、楽しくない。ここは気持ちを切り替えていこう。
さあ、最後の闘いの地へと勇気凛々瑠璃の色で、乗り込んで行こうではないか。もう気分は「アラビアのロレンス」のピーター・オトゥールである。

To AKABAー❗
もとい、To NAGANOーι(`ロ´)ノ❗

いざ、ゆかん。長野へ。

珍しく睡魔に襲われ、時々、トンネルの入口が巨大なC3POに見えたり、ガードレールが白いドラゴンに見えたり、はたまた、その上に飛び出た反射板がガードレールに座ってる小人に見えたりと幻覚に苦しめられた。だが、なんとか下道を夜通し走って、早朝にポイントに着いた。勿論、車内では犬の漫才師みたいに間断なく喋り続けていた。小太郎くんには、半分その為に呼ばれているようなものだ。役割は、眠気防止と退屈しのぎのラジオ要員なのだ。

天気は予報通りの曇りだったが、蝶が活動する時間が近づくにつれ、次第に晴れ間が広がり出し、頃合いには完全に晴れた。スーバー晴れ男の面目躍如である。

 

 
小太郎くんが、信じられないという顔で『ホントに晴れましたねぇ。』と言う。
これで、彼も機嫌よくミヤマシジミも採れるじゃろう。
書き忘れたが、小太郎くんは、Polymmatini族(ヒメシジミ族(註1))に昔から御執心だ。中でも通称ブルー、もしくはビッグブルーとも呼ばれるゴマシジミ、オオゴマシジミ、オオルリシジミ、アサマシジミetcなどの青いシジミチョウに傾倒している。

一睡もしていないが、蝶が飛び始めると眠気なんてフッ飛ぶ。狩人の血が騒ぐのだ。

 
【ミヤマシジミ♂】

 
【同♀】

 
ミヤマシジミに会うのは久し振りだ。たぶん、最後に会ったのは4、5年程前、天竜川の河川敷だろう。
分布域が狭く、絶滅が危惧されているチョウだが、意外と評価は低い。きっと棲む場所が高山や深山幽谷ではなく、平地や低地の河川敷などのツマランところにいるからだろう。ぶっちゃけ、犬の散歩道にいるようなチョウなのだ。しかも、居るところにはアホほど沢山いる。
とはいえ、美しさだけで語るならば、このミヤマシジミがブルーの中で一番キレイなのではないかと思ってる。その紫に近い青は、深く美しい。裏面のオレンジの帯も鮮やかだし、その中に散りばめられたサファイアブルーも、他と比べて最も顕著だ。

 

 
ここにはクロツバメシジミもいる。関西にはミヤマシジミは居ないし、クロツも珍しい部類で河川敷には居ないから変な気分だ。クロツと云えば崖のチョウというイメージが強い。幼虫の食樹であるツメレンゲが関西では崖に生えていることが多く、河川敷ではあまり見掛けないのだ。

裏も地味だが、表はもっと地味。

 

 
テキトーなところで切り上げて、中央アルプス方面へと移動する。ここも小太郎くんの狙いはミヤマシジミである。

いつしか、空は快晴になっている。晴れ過ぎて、夏みたいな天気になってきた。
小太郎くんは精力的に探しているが、暑いし、コチラはだいぶヘコタレてきた。それに夜に備えて体力を温存しておきたいというのもあって、ついサボり気味になる。

新しいポイントも見つかった。これで、充分な収穫はあったろう。小太郎くんには、気分よくムラサキシタバ採りに付き合ってもらおう。

ここでは珍しいものにも会えた。

 

 
小太郎くんが青蜂(セイボウ)を見つけて採ったのだ。
セイボウの存在は知ってはいたが、見るのは初めてだった。
青緑色の金属光沢がギラッギラッのピッカッピッカッだ。
ワキャ( ☆∀☆)❗オジサン、青くてキラキラしたものは大好き。羨ましそうな顔をしてたら、小太郎くんが『要りますぅ❓』と言ってくれたので、即座に『(^w^)いる、(^w^)いる。』と答えた。
調べてないから、詳しい種名まではワカラナイ。表面はクソ硬くて針も刺さらないと知っていたゆえ、標本にしていないのだ。写真のようにビニール袋に入れて、時々見て、悦に入ってる。

金色の稲穂が、時折さわさわと風に揺れている。

 

 
背後には蒼い山脈も連なっている。

 

 
秋だなあ…と思う。

たぶん、ここを出発したのは、午後5時半を過ぎていたと思う。
さあ、ここからが自分にとっての本番だ。場所は白骨温泉と決めていた。以前A木くんにライト・トラップで結構採ったと聞いていたからだ。それに白骨温泉と云えばオオイチモンジの産地として有名だ。両者の幼虫の食樹は同じドロノキ&ヤマナラシだから、ムラサキシタバもそれなりの数が生息している可能性が高いと踏んだのだ。

 
【オオイチモンジ】

 
ルートは小太郎くんに任していたが、予想外の伊那市から木曽町経由の白骨温泉というルートだった。てっきり松本経由だと思っていたから驚いた。完全な山越えだ。

車は、ぐんぐん高度を上げてゆく。それに連動するかのように天気はどんどん悪くなってゆく。
心がザワつき始める。たぶん大丈夫だとは思うが、オラのお天気センサーは微妙だと告げている。ライト・トラップならば、最高のコンディションなんだけど、こっちの戦闘アイテムは果物トラップだから関係ない。雨にならないことだけを祈ろう。

日は落ち、どんどん辺りは暗くなってゆく。白骨なんて1回だけ通過したのみだから、あんましワカラン。ポイントも見当がつかない。不安が黒いシミのようにジワリと広がりつつある。

何とか日没直前に着いた。事前にGoogleマップを見て、そう離れていない2点にポイントを絞った。

小太郎くんには車のHIDランプを点けてもらった。
一応、最悪の事態も考えて、ライト・トラップ紛いの作戦も考えていたのだ。ライトの前に透明のビニール傘を設置する。ネットで見たのだ。
日没後、間もなくヒメヤママユが飛来した。しかし、傘には止まらず、地面を這いずり回るようにして車に近づいて来る。

 
【ヒメヤママユ】

 
かなりの数が同じような行動で車の周りに集まってきた。小太郎くんが、傘、無視ですねと言うが、それで良いのである。止まるものではない。傘は光を拡散させる為のものだと理解した。

果物のトラップには、直ぐにオオシロシタバが複数来た。西尾さんの『日本のCatocala』には樹液に反応しないみたいな事が書いてあったが、全然そんな事はない。

しかし、熱望するムラサキは姿を見せてはくれない。車のライトにも、相変わらず集まって来るのはヒメヤママユばかりだ。
1頭だけ上空を旋回するカトカラがいたが、ムラサキでないことは明白だ。羽の裏の感じからすると、ベニシタバかなと思ったが、エゾベニシタバかもしれない。ならば、まだ採った事がないから、だだったらいいなと微かに思った。でも、頭の中には紫の君のことしかない。ぞんざいに空中でシバいてやった。
(~O~;)ありゃりゃ、何と全く想定外のオニベニシタバだった。オニベニといえば、低山地のカトカラというイメージが強い。こんなに高い標高の1700mにもいるのか❓…。カトカラはワケワカランよ。

やがて小雨が降りだした。心配していた事態になってきた。小太郎くんは車内で仮眠をとっている。帰りのこともあるから当然だろう。
雨は心を萎えさせる。孤独な闘いだ。でも逃げるワケにはいかない。バラバラになりそうな心を抱えて任務を地道に遂行する。
車のライトの横に立ち、目を凝らして飛来を待ち。ある程度の時間が経ったら、仕掛けたトラップを回るという繰り返しだった。しかし、ライトにはヒメヤママユ、トラップにはオオシロしか来ない。ヤッベぇ…。敗け戦(いくさ)の匂いが漂い始めている。何でやねん❓何で飛んでけえへんねん❓暗い焦燥が加速度的に募ってゆく。

もう何度目だろうか?既に自分でも数が分からなくなるくらいにトラップを巡回している。
場所は、上のポイントだった。時刻は、夜9時くらいだったと思う。
森を少し入ったトラップに、半ば諦め気分で懐中電灯の光を照した。
瞬間、その場で凝固した。
高さ1.8m。距離7~8m。

 
❗Σ( ̄□ ̄;)うわっ、いたっ❗❗

 
夢にまで見た鮮やかな紫色の下翅を開いて、トラップで一心に吸汁している。

でも一瞬、これは現実かな❓と疑った。もう36時間くらいは眠ってないから、幻覚を見ているのかもしれない。アタマがオカシクなってて、ムラサキを強く求め過ぎる心が虚構の映像を現出させたのではないかと思ったのだ。
しかし、網膜に映る映像は突然フッと消えたりしなかった。幻覚ではない。脳は正常に働いている。

 
間違いない。
ムラサキシタバだ( ☆∀☆)❗

 
ようやく出会えたことに、瞬時にMAXテンションが跳ね上がる。でも同時に、ここで興奮し過ぎてはいけないと自制心が働いた。大丈夫だ。アタマは正常に働いている。

しかし、網を構えて慎重に一歩、二歩、距離を詰めただけで、

 
飛んだっ❗❗

嘘やんΣ(T▽T;)❗

 
でも、追いかけられなかった。トラップを設置した木の下は崖だと知っていたからだ。追いかけて目一杯に網を伸ばしたところで届くワケがない。

スローモーションで、彼女はパタパタと夜の闇へと消えて行った。

何たる敏感な…。ムラサキは特別に敏感だとは聞いてはいたが、こんなに❓近づけもしないのか…。信じらんない。
その場に悄然と佇む。こんなの嘘だ。幻であって欲しいと願う。こんな事実なら、幻であってくれた方が、まだいい。採りに行ってきましたけど、見もしませんでしたー、の方がまだ自分を慰められる。

やっとのことで歩き始めて、考えた。
この事実を小太郎くんに話すか話すまいかを迷う。事実を隠して戻れば、この失態は闇に葬り去られる。白骨まで来たけど、見もしませんでした。見もしないものは、如何なまあまあ天才のワテでも採れまへんがなと言えるのだ。見たけど、採れんかったと云うヘタレのレッテルは貼られずに済む。プライドは保たれるのだ。
見て、その日のうちに採れなかったのは、今までキリシマミドリシジミだけだ。だから、見て採れないなんて、糞ダサいと思っているのだ。

しかし、黙ってるのはもっと糞ダサい。ケチなプライドの為に嘘をつくなんてナンセンスだ。素直に事実を受け入れよう。小太郎くんには洗いざらい脚色せずに、そのままを喋ろう。

車に戻り、出来るだけ言いワケがましくないように話した。しかし、話してるうちに、沸々と怒りがこみ上げてきた。己に対する怒りである。そして、それは沸点に達した。

 
『今日、採れんかったら、虫捕りなんてやめたらあー❗❗向いてへん。引退したるわ、ボケーッ❗』

 
気づいたら、キレて言ってた。
小太郎くんが『何もそこまで言わんでも…』と呟くが、マジでやめたろうと思った。たかが蛾1つで、こんな屈辱的気分になるなんてバカバカしい。それに、前から思ってたけど、虫捕りを始めてからロクな事がない。真っ当な社会生活から逸脱したのは、全部虫にハマってからだ。あらゆる意味で虫が我が身を滅ぼしていることは明白なのだ。やめるには良い機会じゃないか。そう思ったのである。寝てないせいもあって、心はささくれ立っているのだ。尋常な精神状態ではなかったのだろう。

ても吐いた言葉は呑み込まない。啖呵を切ったからには、何があっても結果に従うと決めた。
退路を絶って、これで背水の陣になった。己の進退を賭けての勝負だ。背中がゾクゾクする。この追い詰められた感、堪まんねぇ。心の中に蒼白き怒りの焔(ほのお)がグワッと燃え上がる。こんな崖っぷちの虫捕りは久々だ。カバフ(キシタバ)の時より遥かに上をいくギリギリ感だぜ。

小太郎くんには悪いが、もう形振り構っている余裕は1ミリたりともない。2、3㎞離れた両ポイントを車で何度も往復してもらう。

今度は下のポイントだった。

 
Σ( ̄ロ ̄lll)ハッ❗❗

\(◎o◎)/どひゃ━━❗❗

 
懐中電灯を照らしたら、居たっ❗
すかさず懐中電灯を消し、後ずさりして小太郎くんを呼びに行く。歩いている間に場所を反芻する。高さは約1.5m。今度は近くに崖などないし、奥側も斜面になっている。そして、背後は広場になっていて、大きな空間が広がっている。
千載一遇の、easyチャンスだ。これがラストチャンスで、逃したら二度とチャンスは訪れないだろう。ハズしたら、ジ・エンド。大失恋並みに立ち直れない。帰りの車の中で、いつものように犬の漫才師みたいに喋り続ける自信は無い。
もう一人の自分が、すかさず警告を与える。要らぬ事を考えてたら、勝負に負けちまうぞ。マイナスのイメージが恐怖を呼び起こし、揚げ句それに支配され、ガチガチになって普段の動きを阻害しかねない。そういう光景は、自分も含めて何度も見てる。メンタルの弱い奴は敗れざる運命なのだ。
心の中に蒼き炎をイメージする。その焔は同時に心を鋭利な刃物にさせる。OK、冷静さは失ってはいない。小太郎くんに檄を飛ばす。

 
『後ろで網を構えといてくれ❗もしも俺がハズしたら、何としてでも採ってくれ❗』

 
二段構えフォーメーションの戦陣だ。この際、自分が採るとかは、もう二の次だ。何が何でもコヤツを落とさねばならぬ。でないと、どこにも救いがない。

右手側に自分、左後ろに小太郎くんが布陣した。それを確認して、懐中電灯で照らす合図を送る。
迷わず、(#`皿´)バチコーンいったるわい。息を吐きながら、ターゲットに向かって前へと一歩踏み出した。

 
Σ(-∀-;)わちゃ❗、また飛んだっ❗
Σ(T▽T;)マジかよ;❗❗

 
何たる俊敏なっ(;゜∀゜)…、と思いつつも、体は瞬時に反応していた。咄嗟に斜め左に飛び出し影に網を合わせる。咄嗟だったから、振り抜く余裕はない。
暗くて、捕らえたかどうかワカンない。ハッキリとした手応えもなかった。(-“”-;)もしかして、やっちまったか❓

 
『ハズしたっ❗❓』

 
声に出し、焦って振り向く。
でも小太郎くんに動きはない。

 
『入ってます、入ってます。ハッキリ見えました。』
と小太郎くんが言う。

えっ、マジ❓、ホンマかいなと思いつつ半信半疑で網の中に慌てて目をやる。

あっ、いる。そこには、紛れもない恋い焦がれていた紫の君がいた。

地面に網を置き、死んでも逃してはならじと膝で網枠を押さえたのまでは覚えている。だが、そこから暫く先は記憶が飛んでる。だから毒ビンにブチ込んだのか、アンモニア注射をブッ刺して昇天させたのかはワカラナイ。
記憶が甦るのは、昇天を確認してからだ。強ばる全身から一挙に力が脱け、へなへなとその場に座り込みそうになった。指が微かに震えている。そして、じんわりとした安堵感と噛みしめるような多幸感が身体の全ての細胞にゆっくりと行き渡っていった。

 
『ι(`ロ´)ノしゃあー❗ざまー見さらせ❗ワシの勝ちじゃい❗❗❗』

 
賭けに勝った。なんとか首の皮一枚で繋がった。ギリギリの生還に、心の中で拳を突き上げる。

 
『エーイドーリア━━━━ン❗』

 
そう叫びそうになった。だが小太郎くんがいるので、さすがに踏みとどまった。アホ丸出しだし、気が変になったとでも思われかねない。だいち彼は若い。映画『ロッキー』を見てない可能性が高いもんね。スタローンさえ知らんかもしれへん。そんなの、恥ずかしくて説明でけん。

腕時計に目をやると、針は午後10時前を指していた。
最初に逃げられてから、かなりの時間が経っているような気がしていたが、まだ1時間くらいしか経ってない。いや、あっという間だったような気もする。自分の中の時空間が、無理矢理ねじ曲げられたような感覚だ。

車の助手席に座り、手の平に乗せる。ここなら、突然蘇生したとしても逃げられる心配はないと思ったのだ。
小太郎くんが懐中電灯で照らしてくれた。

 
【Catocala fraxini ムラサキシタバ】

 
嗚呼~、羽がちょっとだけ破れている。でも最早この際、そんな事はたいして気にならない。採ったと云う事実の方が百万倍大事だ。

 

 
見つめていると、ニタニタ笑いが止まらない。
たぶん、♀だろう。やはり、デカイ。シロシタバと並び、日本では最も大きなカトカラと称されるだけのことはある。ズッシリとした存在感が、手に伝わってくる。

全世界のカトカラのなかで、このムラサキシタバだけが唯一、青系統の色を有している。それだけでも唯一無二、孤高の存在なのに、帯は高貴な藤紫色だ。日本では、古(いにしえ)の昔から紫色が最も高貴な色とされている。その色を纏いし、紫の帝王って感じだ。
帯の周りの色は、てっきり黒だとばかり思っていたが、よく見ると違う。驚いたことに、限りなく黒に近い濃紺だ。瑠璃色を究極まで濃くしたいろなのだ。どこまでも粋だね。

上翅の色も、ヘリンボーン柄の高級感漂う毛織物みたいな質感だ。色が明るめのグレーというのもいい。青系統の色との相性が抜群のグレーだ。しかも柄にメリハリがある。もしも上翅がノーマルタイプのゴマシオキシタバやパタラキシタバみたいな色柄だったなら、その魅力は半減されるだろう。

形も、羽に比してデブじゃなく、全体のバランスは悪くない。つまり、形、大きさ、色、柄、全てにおいて秀でたカトカラと言えよう。まさに帝王と呼ぶに相応しい。

それだけで充分だと思った。今日は、もうこれ以上は望むまいと思った。

トラップを片付け、空を見上げる。
空の殆んどは雲に覆われていたが、一ヵ所だけポッカリと星空が覗いていた。
終わったな…。
句読点を打つように軽く息を吐き、車に向かってゆっくりと歩いていった。

                     つづく

 
追伸
思わず、「つづく」ではなく、「おしまい」と書きそうになった。
この日のことを書きたくて、カトカラ元年シリーズを書き始めたと言っても過言ではないからだ。
大急ぎで書いたので、クオリティーはどうかとは思うけど、そんなことはどうでもいいって感じだ。

でも、話はまだ続くのだ。解説編まで含めれば、ゴールはまだまだ遠い。

その後、白骨温泉の灯火の様子を見てから、また下道で帰った。だいたい起きていたが、たぶん名古屋の手前辺りで1回ブラックアウトしている。
小太郎くん、御苦労様でした。

翌々日に展翅した。

 
【裏面】

 
デザインが(;・ω・)(´・ω・`)?もふっの、もひゅ~顔である。可愛いんて、ちょっと笑ってもた。勝手に裏は薄紫だと思っていたが、白い。コシロシタバの方がよほど蒼っぽくねえか?

 
【コシロシタバ 裏面】

 
やはり蒼いね。もしもムラサキの裏が、この青だったら、相当カッコイイぞ。したら、ツッコミどころのない完璧なカトカラになるのになあ。
ところで、白いと云えばシロシタバの裏ってどないな感じやったっけ❓

 
【シロシタバ 裏面】

 
白いというか、オフホワイト。生成色だ。デザイン柄も、かなり印象が異なる。「・」の部分が小さいから、あんまし(´・ω・`)?もふ顔っぽくないや。
そんな事してるヒマがあったら、とっとと展翅しろよなーである。

こんな感じかな…。

 

 
惜しむらくは、左の翅が上下ともに欠けている。
上翅を上げ過ぎたかな?いや、下翅を下げ過ぎたのかな?段々バランスがワカンなくなってくる。何か変だなあと思ったら、尻が曲がってて、胴体が縒れとるやないけー。

やり直し。

 

 
こんなもんか…。でも左下翅がやや下がってるような気がする。まっ、いっか…。

翌日、もう1回やり直し。

 

 
こんなもんで許してくれ。

 
最初の仮タイトルは『怒りのバックファイアー』だった。それが『復讐のブルーファイアー』となり、『憤激のブルーファイアー』➡『憤激の蒼き焔』に変化した。そして、最終的には『背水の蒼き焔』に落ち着いた。かと思いきや、再び『憤激の蒼き焔』に戻した。こういう風にタイトルには、いつも頭を悩ませられている。本文を中盤まで書いて、気分転換に追伸を書いているから、また変わったりしてね。
「焔」と書いて「ほのお」と読む。音読みでは「えん」、他の訓読みだと「ほむら」「も(える)」とも読む。わざわざ「炎」ではなく、こちらを使ったのには、それなりの意味がある。この「焔」には2つの意味があるからだ。

1つ目は、そのままの意味の火を表す「炎」だ。もう一つの意味は、嫉妬や怒りなどの激しい感情や欲望で心が燃えたぎるさまを表している。怒ってるさまを「青白き炎」と言うではないか。つまり、コチラの方がタイトルとしてピッタリだと思ったのだ。

因みに、単に炎という意味で使われる場合は「ほのお」や「も(える)」と読まれることが多く、心中の激しい感情を「火」に重ねて表現する場合には「ほむら」と読まれることが多いようだ。しかし、厳密的にはルールは無い。だから、最初は(ほむら)にしようかとも思った。でも語呂が何となく悪いので、(ほのお)とした。

 
(註1)ヒメシジミ族(Polymmatini)

シジミチョウの分類は研究者の分け方にもよるから、ややこしい。一応、Wikipedia にはヒメシジミ亜科としての記述があった。

「ヒメシジミ亜科(Polyommatinae)は、日本に39種生息する。ミドリシジミ亜科では樹頂性の25種をまとめて「ゼフィルス」と呼んでおり、ヒメシジミ亜科はそれに対してブルーと呼ばれ、趣味者から親しまれている。」

狭義的に「ブルー」と云えば、ヒメシジミ、アサマシジミ、ミヤマシジミ、ジョウザンシジミ、カラフトルリシジミ、オオルリシジミ、カバイロシジミ、ゴマシジミ、オオゴマシジミ辺りを指すような気がするけど、厳密的にはワカンナイ。

 

2018′ カトカラ元年 其の17

 
  vol.17 ムラサキシタバ

  第一章『青紫の幻神』

 
この回を書きたいがために、この連載を始めた。
お陰で、ここまで大変な労苦で書き続ける破目になってまったけどね。

ムラサキシタバに初めて出会ったのは、まだカトカラを殆んど見たことがない2017年の秋だった。

 
 2017年 9月23日

日本の蝶も粗方採ったし、東南アジアでの採集にも厭きていた。全てが予定調和になりつつあったのだ。だから、心の何処かで新たなモチベーションを求めていた。虫採りの最大のエクスタシーは、まだ見ぬ、心が震えるような凄い奴らに会うことだ。その為にワザワザ現地に赴き、其処で生きている姿を見た時の感動は何をもにも換え難い。そこには特別な幸福感が在る。謂わば、オイラは痺れる瞬間を求めて虫捕りをしているのだ。

そこで考えたのが、蝶以外で昔から気になっていた別のカテゴリーの虫たちに会ってみようというアイディアだった。
そう云う有名どころ、謂わばスター昆虫は意外と見たことがなくて、まだまだ残っている。
例えば甲虫ならば、最初に思い浮かぶのはオオクワタだ。恥ずかしいことに、いまだに天然物は見たことがないのだ。そのうち偶然会えるだろうと、探しにすら行ったことがない。
他にも結構ある。ヤンバルテナガコガネ、オオチャイロハナムグリ、ダイコクコガネ、オオトラカミキリ、ギカンティア(オニホソコバネカミキリ)、フェリエベニボシカミキリ、ツシマカブリモドキ、キタマイマイカブリ、オオルリオサムシ、アイヌキンオサムシ、シャープゲンゴロウモドキetc…、っといった辺りだろうか。
甲虫以外なら、あとはタガメ、マルタンヤンマ、マダラヤンマかな。
蝶以外の鱗翅類、つまり蛾ならば、イボタガ、オオシモフリスズメ、メンガタスズメ、キョウチクトウスズメ、イブキスズメ、シンジュサン、ハグルマヤママユ、キマエコノハ、そして今回の主役であるムラサキシタバだった。

その手始めに、この年の春先、イボタガとオオシモフリスズメに会いに灯火採集に連れて行ってもらった。連れていってくださったのは虫捕りの天才の御二人だ。だから、ゲスト気分だった。

 
【イボタガ】

 
【オオシモフリスズメ】

 
その夜は、これらに加えてエゾヨツメまで採れて、楽しい夜だった。オオシモフリなんてフィナーレにアホほど飛んできてシッチャカメッチャカになり、笑てもうた。

 

 
虫捕りの天才お二人の手に、オオシモフリてんこ盛りである(笑)

その第2弾として、同じくお手軽方式で画策したのが、ムラサキシタバに会いにゆくと云うものだった。

ムラサキシタバの素晴らしさは、蝶屋である自分の耳にも以前から届いていた。周りの蝶屋の爺さんたちにも、アレは別格だと度々聞いていたからだ。デカくて美しく、しかもそう簡単には会えないらしい。オマケに会えても敏感で、中々採れないとも聞いている。ネットで見ても、皆さんがこの蛾のことを矢鱈と持ち上げていらっしゃる。それ程のものならぱ、是非一度、お目に掛かりたいものではないか。

と云うワケで、蝶屋でもあり、蛾屋でもあるA木くんにせがんで兵庫県のハチ北高原に連れて行ってもらった。彼はライト・トラップのセットを持ってるし、何度もムラサキシタバを採っているのだ。

 

 
ゲスト気分でついてゆくと云うのは春と同じで、気持ち的には見るだけで良かった。イボタガ、オオシモフリスズメと邂逅したとはいえ、まだまだ蛾に対する嫌悪感が強かったのだ。幼少の頃から植え付けられてきた「蛾=気持ち悪い」と云う概念はちょっとやそっとでは拭い去れないものなのだ。

その日はパタラキシタバ、ジョナスキシタバ、ベニシタバ、シロシタバが飛んできた。でも「ふ~ん、カトカラってこんなんなのね。」というのが、正直な感想で、特に心は動かなかった。今思うと、時期的に遅くて鮮度が悪かったせいもあるかもしれない。

 
【パタラキシタバ】

 
【ジョナスキシタバ】

 
【ベニシタバ】

 
【シロシタバ】

 
一応、参考までに各種の画像を並べたが、画像は全て別な日、別な場所のものである。以下、特に採集日を記していないものはそうだと理解されたし。あっ、上のオオシモフリとイボタガもそうです。
 
待望のムラサキシタバが飛んできたのは、深夜の11時近くだった。A木くんが急に左手の闇に向かって慌てて走り出した。何事かいな?と思って見てたら、網が空中で閃いた。次の瞬間、A木くんが『採ったあー、ムラサキ❗』と叫んだ。

おー、やったやん。見せて見せてー、ってな感じで近づいてった。してからに、ワシがアンモニア注射を射ったのを何となく覚えてる。シロシタバを見た後だから、それほどデカイ!というインパクトは無かったが、立派だとは思った。折角だから、写真を撮らせてもらった。

 

 
翅が破れてたから、これも他のカトカラみたいに進呈されるのかと思いきや、御本人のお持ち帰りだった。
見ると、欲しがるのが虫屋の性(さが)ゆえ、ちょっぴり残念だった。でも今にして思えば、この時に貰わなくて良かった。貰っていたなら、満足して完全に興味を失っていたかもしれない。手に入らなかったことが、逆にその後のモチベーションになったところはある。

 
 
 2018年 6月

翌年の6月半ば、シンジュサンを探していた折りにカバフキシタバとワモンキシタバが採れた。鮮度も良くて、結構カッキレーだなと思い、少し興味を持った。

 
【カバフキシタバ】

 
【ワモンキシタバ】

 
この時に、小太郎くんにカトカラについての基本的レクチャーを受けたと云うのも影響があるだろう。中でも、日本のカトカラではトップクラスに珍しいと言われるカバフキシタバの魅力について熱く語られたのが大きい。そんなに珍しいのならば、そんなもんワテが一年目にサラッと仕留めたろやないかと思ったのだ。
意外にもシンジュサンに難儀して、その頃は再びシバキ魂に火が灯りかけてた頃だったから、それがカッ🔥と燃え上がった恰好になった。
虫には採ったり、飼ったり、集めたりと色々楽しみがあるけれど、自分は圧倒的に採るのが好きだ。採集難易度が高いモノであればあるほど、採るには己の全知全能を総動員しなければならぬ。ゆえにゲーム性が高い。謂わば狩猟なのだ。だから何よりも燃えるのである。しかも、難易度が高いものほど負けん気とやる気のスイッチがブチッと入る。

 
【シンジュサン】

 
【カバフキシタバ】

 
カバフキシタバを仕留めたところで、あとはシロシタバとムラサキシタバをシバいてフイニッシュにしてやろうと考えていた。それで取り敢えず蛾は一旦おしまい。次は甲虫を視野に入れていた。

 
 
 2018年 8月

近畿地方の近場での情報が少なく、かなり苦労を強いられたが、何とか自力でポイントを見つけてシロシタバも落とした。

 
【シロシタバ】

 
これで機運は高まった。残る真打ちムラサキシタバもイテこまして、気分良くフィナーレを飾ろうと思った。

 
 
 2018年 9月1日

強力なライト・トラップセットを持っている植村を焚き付け、満を持して再び兵庫県北部のハチ北高原を訪れた。因みに植村は何ちゃって蛾屋から蝶屋に転身した天才なのかアホなんかワカラン男である。

天気は曇り。しかもガスってると云う灯火採集には最高のコンディションだった。

 

 
思ったとおり、水銀灯二灯焚き➕ブラックライトの大伽藍に、アホほど蛾が集まってきた。

しかし、カトカラは何故かパタラしか来ない。設置場所の選定をシクったかもと思った。のんびり屋の植村が迎えに来たのが遅かったせいもあって、良い場所を探している時間があまり無かったのだ。
でも、所詮そんなのは言いワケだ。この場所に決めたのはワシだから、全部ワシのせいじゃ。A木くんに泣き入れて、去年のポイントを使わせて貰うべきだったと激しく後悔する。けど、そんなの自分で採った気がしないし、気持ち良く終われない。だいちプライドが許さないじゃないか。正面きって立ち向かってないみたいで、ムラサキシタバに対しても失礼な気がする。ポテンヒットのタイムリーヒットなんかで勝てても、素直には喜べない。

午後10時を過ぎて、漸くジョナスとゴマシオキシタバが現れた。

 
【ゴマシオキシタバ】

 
けれど後が続かず、時刻は午前0時になった。
そろそろ帰らねばならない。仕方なく、屋台を撤収することにした。

ワシが備品を車に運んでいる時だった。背後から声が飛んできた。

『ワッ💦ワッ💦、何かデカイの飛んできた❗❗』

振り向くと、白布をポールから外している植村が叫んでる。確かに何やらデカイ蛾が彼の頭辺りに寄ってきている。デカいスズメガかと思ったが、逆光になってて、影しか見えない。

💥( ̄□||||ハッ❗、けど、もしやと思い駆け出す。だが駆け寄る前に植村はパニくって、それを頭で振り払った。アホ、やめろ!と思った次の瞬間、驚いたソイツは物凄いスピードでスキー場の下の闇へと、あっという間に消えていった。その時にハッキリと鮮やかな青紫の下翅が見えた。

(-“”-;)……。茫然とその場に立ち尽くす。間違いない。ムラサキシタバだ。
青紫の巨大なる神だ。物凄くデカかった。残像が頭の中でリフレインする。

背後から植村の、のほほんとした声が聞こえてきた。

 
『五十嵐さん、アレ何でしたん❓』

 
やっとのことで、絞り出すように答える。

 
『(-“”-;)たぶん…、ムラサキシタバや…。』

 
(ー_ー;)嘘だろ❓と思った。現実が上手く呑み込めない。
あと2分、いや1分でも撤収を遅らせていれば採れてたのに、(#`皿´)何でやねんの、何でやねん(*ToT)
怒りと悲しみがグチャグチャに混ざり合って、心がドス黒いマーブル模様になる。

このままでは帰れない。もう30分だけやろうという事になって、再度屋台を組み直した。

0時45分まで粘った。
だが、紫の君は二度と戻っては来なかった。

 
 
 2018年 9月7日

 
チケットショップで2回分の青春18切符を買って、山梨までやって来た。

このままでは終われない。でもライトトラップは持ってないし、近畿地方ではムラサキシタバはレア中のレアで、簡単には採れない。ゆえに、まだ比較的採れるとされる中部地方まで足を伸ばしたのだ。

 
【ペンションすずらん】

 
ここは関東の虫屋には名の知れたペンションで、常時ライト・トラップが設置されている。

 

 
夜になると、こないな感じになる。

 

 
ネットを見ていると、ここにムラサキシタバが飛んで来るらしい。ダサい採り方だ。そんなにまでしてと自分でも思うが、形振り構っていられない。カッコつけてる場合ではないのだ。本気モードになったのに、一年目に採れないだなんてダサ過ぎて、プライドが許さない。しかも最終戦だ。フィナーレを飾れないなんて辛すぎる。残尿感を抱えて、また来年まで待つなんて、想像しただけでゲンナリだ。

ライトトラップはデカくて強力だとは知っていた。しかし、待ちの姿勢だけで採れるとは思わなかった。此処で何もせずに奇跡をただ待つだなんて、考えが甘すぎる。神様は、そんな他力本願の輩には幸運を授けてはくれまい。そう思っていた。だから今回、カトカラ採りに初めて果物トラップを導入した。🍌バナナや🍍パインに焼酎をブッかけて発酵させ、ストッキングに詰めて木から吊るすのだ。その甘い香りに誘われて虫たちが寄って来ると云う寸法だ。

出来うる限りのやれる事を尽くして天命を待とう。
とはいえ、まあまあ天才と勝手に自負している俺様の人だ。正直、何とかなるじゃろうと思って乗り込んで来てた。基本、なんくるないさの楽観主義なのである。

宿の兄ちゃんにムラサキの幼虫の食樹であるドロノキとヤマナラシの場所を訊ねる。
しかし、返ってきたのはガッカリの答えだった。何とドロノキは、この周辺には無いと言う。ヤマナラシは一応あるが、それも極めて少ないらしい。( ; ゜Д゜)マジかよ。
しかも『此所はムラサキシタバは元々少ないよ。今年は、まだ見てないなあ…。』と言われた。
何だ、多産地じゃないのかよ❓頭の中の、明るかった風景が急に暗くなって、暗闇の中の心もとない1本の蝋燭の炎のようになった。

やや半泣きで場所を訊いたら、車で案内してくれるという。この宿は親切な人ばかりだ。その後も宿の奥さんに随分と世話になった。

ヤマナラシは宿から暫く下ったところにあった。確かに4、5本ほど纏まって生えている。壮齢木が2本、それよりも若い木が何本かって感じだ。

日没前、まだ辺りが明るいうちに下見がてらにトラップを仕掛けに行く。車だと近いと思ったが、歩いてみると遠い。たぶん3㎞くらいはあるだろう。それに道を下ったら、帰りは登らねばならない。往復で6㎞だ。此所と宿のライト・トラップの間を往復せねばならないと考えたら、気が重い。しかも夜道を一人ぼっちで歩かねばならないのだ。👻お化けが怖いなあ…。でも、そっちを心配する前に奴のことを心配すべきだろう。絶対、いるもんね(翌日、やっぱり証拠があったわ)。

 

 
甲信越では、何処でも珍しくないものだが、昼間に活動する蝶屋にとっては殆んど記憶に残らない看板だ。現実的ではないからだ。でも蛾を追いかけるようになってから、矢鱈と目に付くようになった。熊は紛れもなく夜行性なのだ。昼間よりも会う確率は格段に上がる。

 

 
風呂入って、晩飯食って出掛ける。

だいぶと慣れてきたとはいえ、闇、怖えー。

 
👻お化け、怖えー。

熊、怖えーよー(ToT)

 
背中の毛が半分逆立っているのが自分でも解る。

途中で、樹液の出てるミズナラの木を別々に2本見つけた。一つにはベニシタバが来ていたが、逃した。もう1本にはパタラキシタバが来ていたが、ド普通種なので無視。

果物トラップには、なぜかオサムシが来ていた。しかも2頭も。見るとクロナガオサムシの仲間だった。

 

 
近畿地方で見るものよりも、遥かに小さい。多分、別種なのだろう。コクロナガオサムシ?
それにしても、全く知らないワケではなかったが、オサムシも甘いもんに寄って来るんだな。オサムシの餌といえば、基本的にミミズや毛虫、芋虫、カタツムリなどだから、肉食と云うイメージが強い。だから、何か違和感がある。

戻って、ライト・トラップを確認したら、シロシタバとエゾシロシタバ、ジョナスキシタバが来ていた。どれも飛び古した個体で、テンションはあまり上がらない。

 

 
果物トラップに戻ったら、遠目に見たことのないカトカラが来ていた。しかもデカイ。一瞬期待したが、どう見てもムラサキじゃない。よくよく見れば、全く頭になかったオオシロシタバだった。オオシロには初めて会うので、ちょっぴりテンションが上がった。

 
【オオシロシタバ】

 
でも、所詮は外道である。それに、暗い色で渋すぎるわ。

この日は上と下を何往復もして、死ぬほど歩いた。たぶん20㎞以上は優に歩いている。ヘトヘトで風呂入って、爆睡した。ここのペンションは夜中でも風呂に入れる。虫屋に優しいペンションなのだ。有り難いね。

 
 
 2018年 9月8日

翌日は、東京から蛾好きの高校生が父親に連れ添われてやって来た。名前は斎藤くんといったかな?
彼には色々世話になった。別なライト・トラップでは黄色いヤママユを採らせてくれたし、灯台もと暗しのポイントにも案内してくれた。蛾の採り方とか他にも沢山のことを教えてくれた。感謝である。

 

 

 
彼が初めてムラサキを採った時の興奮に満ちた話も聞かされたし、何やかんやと、結構楽しい夜だった。
けれど、この日も紫色の巨神は、一度も姿を見せてはくれなかった。

彼とLINEで連絡先を交換したけど、電話番号を変えたみたいで帰阪後しばらくして連絡がとれなくなった。大学、ちゃんと合格したのかな❓
オジサン、蛾ド素人だったけど、ちょっとはレベルも上げて、翌年には日本では未知のカトカラを新発見したよー(^-^)v

 
 
 2018年 9月9日

いよいよ最終日である。

この日は晴れたので、大菩薩峠を目指した。山の上の環境を見たかったし、気分転換もあった。この辺はキベリタテハの大産地としても有名だしね。キベリは好きだから、真面目に採ってやってもいい。いや、採らせて下さい。

 
【キベリタテハ】
(2016.9 長野県松本市)

 
それに、来たことはないが、大菩薩峠と云う名前には思い入れもある。

バスで登山口まで上がった。

 

 
周囲はブナ林が広がっていた。ブナ林は好きだ。緑が瑞々しくて、心が落ち着く。

 

 
大菩薩峠まで登ってきた。雲が掛かってて富士山は見えなかったけど、眺望は最高だった。

大菩薩峠といえば、中里介山の小説である。盲(めしい)のダーティ天才剣士、ニヒリスト剣士の草分けでもある机 竜之介になった気分だ。この小説は映画化もされている。古い映画だから、勿論のこと後から見たんだけど、市川雷蔵がめちゃんこカッコいいんだよな。

少し戻り、キベリタテハの好きそうなここぞと云う場所で張っていたが、1頭さえも見られなかった。
帰って、宿の女将さんに訊くと、今年は大不作の年らしい。
何だか。何をやっても上手くゆかぬ。

三晩目は高校生に教えてもらった場所、ライト・トラップの裏に果物トラップを仕掛けた。そこに去年、ムラサキが来たらしい。
これで歩き回る距離は格段に短くなったし、移動時間も大幅短縮になった。時間を有効に使おうと云うワケだ。

なぜかライト・トラップには蝶が来ていた。

 

 
どうしてこんなところに❓のベニシジミちゃん。

 

 
何で交尾までしてんねん❓のヤマキマダラヒカゲ。

何か、段々腹立ってきた。
別にキミたちに罪はないんだけど、何で蛾を探してるのに蝶が来んねんと思ってテンションが限りなく下がったわ。ワシを蝶界に引き戻したいんかい❓

この夜、少し心が躍ったのは、ヒゲナガカミキリとベニシタバくらいだった。

 

 

 
そう、何も起こらなかったのだ。

満天の星空を仰ぐ。綺麗だ。
でも、三日連続で熊とお化けの恐怖に耐えて死ぬほど歩いたが、ついぞムラサキシタバは現れなかった。
途中で採れる気が全くしなくなって半ば諦めかけてはいたが、こうして結果が出てしまうと、やはり暗然たる思いにはなる。

そういえば、思い出した。
そろそろお開きにしようとしたところで、耳の穴に蛾が入り、奥に潜り込んでエレー事になったんだよね。パニくって、宿の人に泣きついたよ。ホント、(;´д`)トホホの結末だったわ。

翌日、朝風呂に入り、しみじみアカンかったなあ…と思う。

 

 
失意をどっぷりと纏って帰路についた。

 

 
空は心を映すように、どんよりだ。
また青春18切符で戻るかと思うと、益々心は重くなる。

 

 
途中、何処かで蕎麦を食う。

 

 
負け犬の、ほぼ夢遊病者だから記憶は殆んどないが、たぶん中津川駅辺りだろう。

 

 
やっとこさ米原まで戻ってきた。
日が沈み、夜との狭間の僅かな時間の空が美しい。その色は、まだ見ぬ青紫のようだった。

                     つづく

 
追伸
ワードプレスのプロバイダー契約は2月いっぱいなのに、ナゼかまだ文章が書ける。しかし、いつダメになるやらワカランので急ぎ書いている。ダメになったら、アメブロに書きます。

今回登場した各カトカラやイボタガ&オオシモフリ、シンジュサンについては個別に拙ブログに文章があります。宜しければ、ソチラも探して読んで下され。

 

夜に彷徨(さまよ)う

 

ワードプレスのブログの契約が2月いっぱいで切れた筈なのに、ナゼかホームにアクセスできる。そう云うワケで、書きかけの文章を完成してアップしちゃおう。

蛾(ガ)採りはミステリーである。そして、蛾の夜間採集はスリルとサスペンスに満ちている。中でもライトを焚かない夜間採集はホラーであり、スリラーだ。
ミステリーな上にスリルとサスペンスに満ち、更にホラーでもあると云う全部乗せスペシャルなのである。

と、ここで脱線。この際だから、これら似たような言葉を定義しておこう。皆さん、多分これらの意味がゴッチャになっておられると思われるので、今一度整理しておこうと云うワケである。
そんなもん知っとるわいι(`ロ´)ノ❗という方々も、暫しその説明にお付き合い下され。
あっ、何でも知ってる賢い人は飛ばしてね。

スリルとは緊張感を指し、スリラーとは人に緊張を強いる物語である。
サスペンスとは、緊張感を孕んだ謎解き物語だ。
ホラーは恐怖を下敷きにした物語。
ミステリーは謎が主題の物語だ。
スリラーもサスペンスも、メインになるのは緊張感や緊迫感、不安感ということになる。
その上で、こう定義してみよう。
「恐怖に重きを置くもの」をスリラーと呼び、
「謎に重きを置くもの」をサスペンスと呼ぶ。

これだけで解る人は、次を飛ばしてね。でも今一つワカンナイ人のために、個別にもう少し詳しく書いておこう。

 
【ホラー(horror)】
髪の毛が逆立つことが語源だそうである。
髪の毛が逆立つって、どんだけ怖いねん。ホラーは苦手だよ。

1.恐怖、恐ろしさ、恐ろしい人、物、事(terrorとは違い、嫌悪感を伴う)。

2.転じて、心霊や怪物、嫌悪感を伴う恐怖を扱った「ホラーもの」「ホラー作品」のこと。

3.憎悪、嫌悪。

4.ぞっとする気持ち。ふさぎ込み。アルコール中毒の病的震え。恐怖。戦慄

 
【ミステリー(mystery)】
「謎」「不可思議」「神秘的」「怪奇」「推理小説」などの意味を持つ単語である。

 
【サスペンス(suspense)】
不確定要素から起こる心理的不安定感を意味し、未解決・不安・気がかりの意。多くは小説・ドラマ・映画作品などに冠に使われ、筋の展開や状況設定などによって、読者や観客に不安感や緊張感を与える事を主軸・主体に置いたもの。その後の展開が『犯人』や『動機』『目的』『原因』などが不明な事により、先の見えない“不安定”な状態にさらされるものを指す。語源である「suspended(宙ぶらりん状態)」をイメージされたら良いかと思う。

 
【thriller(スリラー)】
語源はスリル(thrill)で、恐怖や極度の期待からくる緊張感。はらはら、どきどきする感じ。「スリル満点」などが、言葉としてよく使われる。

1.スリルを与える人[もの]。

2.怪奇小説や演劇、映画などの恐怖を主題とした作品ジャンルの一つ。

これで、だいたいの事は理解して戴けたかと思う。
ガ採りは、これら全ての要素が入っている。

『怖いですねぇ。恐ろしいですねー。』

口からポロッっと、勝手に淀川長治の決まり文句が出てきちやったよ。
淀川長治(1909~1998)と云えば、日曜の午後9時からTVでやってた『日曜洋画劇場』だ。約32年にわたって映画の前後に短い解説をしてはった。

 
(出展『❓』見つかりません)

 
いつも笑顔で、好好爺って感じの爺さんだった。
でも見た目がカラクリ人形みたいで、子供の頃は誰かが下で操作しとるんちゃうかと疑ってた。
締め括りに必ず「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ。」と強調して言う独特の語り口が全国的に有名で、多くの視聴者に親しまれていた。知らない人はいなかったんじゃないかな。
でもさあ、上記の、ホラー映画やサスペンス映画など怖い映画の時に言う、これまた常套句の『怖いですねー。恐ろしいですねー。』と言ってる眼鏡の奥の目がまったく笑ってなかったんだよね。それが逆にメチャメチャ怖かった。そう云う人が一番ヤバイ。この人、善人に見えて、本当は相当な悪なんじゃないかと思ったのだ。今はそんなことないと思うけど。

( ̄∇ ̄)あちゃー、又しても大脱線だ。
スマン。ここからが本題。

夜の蛾(ガ)採りは、ミステリーとホラーとサスペンスに満ちている。

それを知ったのは、2017年の春だった。

水沼さんと森さんにライトトラップに連れてってもらった。化け物、オオシモフリスズメを一度はこの眼で見てみたかったのである。

 

 
ライトトラップは車の横に1つと1㎞ほど離れたとこに1つと、二ヶ所に設置されていた。

車のそばで飲み会になった。ワテはチャンスと思い、酒をガブ飲みした。蛾が恐かったのである。酔っ払いさえすれば、怖いもん無しになれると思ったのである。

しかし、細かな霧雨の降るライトトラップには絶好のコンディションなのにも拘わらず、日没と共にエゾヨツメが飛んで来たあとは、サッパリワヤであった。

 

 
時刻は、いつの間にか午後11時半になっていた。水沼さんは既に就寝されていた。

森さんに『もう1つのトラップを覗きに行きません❓』とお誘いしたが、『行かへん。一人で行ってこいや。』とニベもなく、却下された。一人は怖いので、もう一度懇願したが、『アホか、懐中電灯貸したるから、一人で行ってこんかい。』と言われた。

ホントはガキの頃からの超怖がり屋である。でも『僕も行きませんわ。』なんて言いでもしたら、『おまえ、怖いんやろ?』とでも言われ、せせら笑われるに決まってんである。それは絶対に嫌だ。恐怖よりもプライドを取る。

真っ暗な夜の山中を、一人で歩く経験は殆んど無いから半泣きで歩き始めた。背中がゾワゾワする。

歩き始めたら、周囲の黒く濃い闇が気になって仕方ない。闇の奥に魑魅魍魎どもが潜んでいるのではないかと思って、気ぜわしく周囲に目を走らせながら歩いた。

もし出たら、

懐中電灯で、コメカミを死ぬほどブン殴ってやる(#`皿´)❗

マジで、そう思ってた。

着いたら、イボタガが杭に止まっていて、ビックリしてチビりそうになった。カッコイイ蛾ではあるが、見方を変えれば、異形の者、悪魔の化身じゃないか。

 

 
で、近づこうとしたら、羽を広げて威嚇された。目玉模様がカッと目立つ。
Σ( ̄ロ ̄lll)ビビって、反射的に飛び退いてもうた。

 

 
そのうち、羽をぶるんぶるんやり始めた。
怒っていらっしゃるんでしょうか❓
酔いが一挙に醒める。

 

 
しかし持ち帰らねば、嘘つき呼ばわりされかねない。半ベソ掻きながら、毒瓶に無理矢理突っ込む。

震える心で、さあトットと帰ろうと思って、何気に視線を移した。網膜に映る映像に、何か違和感を感じた気がした。

\(◎o◎)/ゲロゲロー。

陰に怪物が鎮座していた。

 

 
間違いない。オオシモフリスズメ大王様だ。その禍々(まがまが)しい出で立ちに、夜の闇は、こんなとんでもないもんを産み出すのかと思った。

ヤケクソのフルパワーで、毒瓶に突っ込む。

 

 
デカくて、ジャックナイツみたいな翅だ。これはヤバイっしょ(-“”-;)

この時の事は拙ブログに、『2017’春の三大蛾』と題して書いている。アホみたいで結構面白いから、よかったら読んでつかあさい。参考ながら、2018年にも、この春の三大蛾について書いてます。

画像が暗くて実物が分かりにくいので、展翅画像も添付しておきますね。

 
【エゾヨツメ】

 
【イボタガ】

 
【オオシモフリスズメ】

 
 
この日は大量のオオシモフリが飛来したのだが、♀は採れなかったので、翌週に箕面公園に行った。

 

 

 
ライト・トラップの時と違い、今夜は一人だ。
外灯はあるものの、夜に山中を一人で歩くのは怖い。この外灯に蛾が集まってくるのだが、水銀灯なので色が冷たい感じがする。うすら寒いと言ってもいい。慣れてないから、それが何とも不気味なのだ。ホラー映画のオープニングみたいな、いや~な雰囲気なのだ。足の無い奴やドロドロの体の奴が出てきてもオカシかない。

因みに、写真を撮ると、こんな風に緑色っぽく映る。

 

 

 
公衆トイレの灯りなんかにも集まるから、一応寄るんだけど、これがまた気持ちが悪い。ヤバイもんがいそうな雰囲気バリバリである。完全にホラー映画のシチュエーションだ。
それに壁やドアに気持ち悪い蛾ともが沢山止まってたりすると、オゾける。何度も言うが、本来アッシは蛾が大嫌いなのだ。一応、蛾でも触れるのはカトカラやスズメガの仲間とヤママユ系だけだ。今はだいぶ慣れたが、それでも何でも好きと云うワケではない。

そういえば、この時は帰り道の途中にあるトンネルまで降りてきたら、

(◎-◎;)ドォ━━━━━━━ン❗❗❗

心臓が止まりそうになった。

突然、黒いトンネルの横に並んで立っている異形(いぎょう)の者たちが目に飛び込んできた。その周りには、漫画みたいに斜線がいっぱい入ったよ。それくらい映像が強調された。

頭の中で、すぐに思い浮かんだのが、人生で最も怖かった映画『シャイニング』に出てくる双子の少女だ。突然、脈絡もなく、その画像がカットインで入ってくるのだが、これが意味なくメチャンコ恐ろしい。狂ったジャック・ニコルソンよりも遥かに怖いのだ。それを思い出して、俺、終わったな。殺されると思った。しかも二人とも女装のオカマなのだ。違和感バリバリじゃないか。深夜の山中、真っ暗な口を開けたトンネルの横に変な格好のオカマ二人組…。狂っている奴らとしか思えん。猟奇的変態かもしれん。ワシ、惨殺されて、山に埋められるんかのー(ToT)

殺されるにしても、せめてそのリボンと髪の毛は引きちぎってやろうと思った。

二人と目があった瞬間、『こんばんわ。』と言われた。
狂った人間が吐き出す言葉なら、相当ヤバいセリフだ。それで近寄ってでも来たりしたら、殺人鬼決定だ。
でもその声は普通の人の、普通の挨拶の声と口調だ。すかさず顔をまじまじと見た。化粧は半ば剥がれていて、異様な感じではあるが、その目は狂った者の目ではなかった。

小さな声で、『こんばんわ』と返した次の瞬間には言ってた。

あー、(|| ゜Д゜)ビックリしたぁー。

心の中に、大きな安堵と共に怒りが込み上げてきた。(#`皿´)バーロー、こんな山ん中でオカマがイチャつくんじゃねえーよ。

この話なんかは完全にホラーだ。
夜のトンネルは、バリバリ怖い。

それで思い出したよ。

 

 
武田尾のJRの廃線になったトンネルだ。昼間でも無気味だ。
このトンネルはまだ短いが、長いものも結構あって、それは先が見えなくて、たとえ日中でも懐中電灯が無いと歩けんところなのだ。

2018年は夜に2度訪れているが、2度とも恐くてトンネルの中には入れなかった。霊感の無いワシでも、何かヤバイものが出そうで、とてもじゃないが無理だった。だいたい心霊スポットと云えば廃墟、廃屋かトンネルだと相場が決まっているのだ。チキンハートのワテが入れるワケがない。しかも、一人ぼっちだ。何かあっても、誰も助けてくれない。

そんなの絶対に無理(*`Д´)ノ❗

しかし、去年(2019年)は遂に中に入っちまった。
ここには、ナマリキシタバと云う珍品の美しい蛾がいて、関西で確実にいるのは此処しかないと言われている。しかも、街から近いのだ。

2度も惨敗を喫したのは、トンネルが怖いので生息地の中心ではない端っこで採ろうとしたからだ。甘かったと痛感したよ。で、形振り構ってらんなくなって、勇気を振り絞ってトンネルに入ったってワケ。虫屋の採りたい欲望、巌(いわお)も砕くだ。

二つ目のトンネルで、前からスマホの懐中電灯で歩いてくるバカップルがいたので、奇声をあげて脅かしてやった。死ぬほどビビってるのを見て、『ゴメン、ゴメン。足元をネズミが走りよってーん。』とか言って誤魔化した。ケケケケケ…Ψ( ̄∇ ̄)Ψ、アタシャ、性格が悪いんである。

これなんかは、向こうから見れば、完全にホラーだろな。ついでにワシの顔を下から懐中電灯でかざしてやればよかった。それだとギャグになっちゃうか(笑)

戻りもトンネルを通らねば帰れない。「行きはよいよい、帰りは怖い」である。だいたいがヤバイ話は帰りしなに何か起こるのだ。
真っ暗な中に懐中電灯の光の束だけが真っ直ぐに伸びている。鳥肌立つね。光が変なものだけは照らさないでねと祈る。
夜遅くだったし、もちろん一人だから小走りでトンネルを抜けた。頭の中は余計な事を考えず、終電の時間のことだけを考えた。

この頃には、だいぶと心頭滅却が出来るようになっていたのだ。極意は、ミッションに集中することだ。目的以外の他の事は遮断する。いらぬことは考えてはならない。いらぬ事を考えれば考えるほど、恐怖は増大してゆくものなのだ。『幽霊と思いきや、正体見たり、枯れ尾花』と言うではないか。恐怖とは、想像することなのである。だから、想像力が豊かな人ほど怖がり屋が多いかもしれない。

 

 
誰そ彼(誰ですか、あなたは)。黄昏だ。
やがて陽が落ち、夜の帳が降りる。
逢魔が刻(とき)でもある。魑魅魍魎たちが跳梁跋扈する時間の訪れだと、いつも思う。そして、変なもんを見ないことを祈る。自慢じゃないが、肝っ玉は小さいのだ。

今宵も夜を彷徨(さまよ)う。

 

 
木々の影は、時に化け物を連想させる。風にそよぐと、まるで生きているかのようだ。本当に何かが宿っているような気持ちになる時だってある。
闇は人の心をざわめかせる。普段は考えないような事も考える。色濃く人の心に翳を落とすのだ。

 

 
月夜は美しい。でも、何だか恐くもある。

 

 
そして、ミステリアスだ。

 

 
アルテミス。月の化身だ(註1)。
幽玄なる美しさがある。

 

 
アブラゼミの羽化。青白い色は儚く、透明感がある。
蝉の羽化はいつ見ても、神秘的だと思う。

  

 
小さいけど、とても美しい蛾だ。
名前は知らない。

 

 
シンジュサン。巨大な羽を羽ばたかせて、夜空を飛ぶ姿には見惚れる。
コヤツも月の化身だ。
学名 Samia cynthia の「Cynthia(シンシア)」は、月の女神アルテミスの別名キュンティアーの英語読みなのである。

陽の光のもとで見ると、そこには紫檀の美しさが在る。

 

 
スタイリッシュなデザインでもある。

 

 
蛍の姿も、よく見た。
でも、一番最初は🔥鬼火かと思って、相当ビビった。
その光がゆっくり、スウーッと空に舞い上がる様は、刻(とき)を静謐にさせる。時間の流れも緩やかになる。
そして、群れ飛ぶ姿は幻想的だ。黄泉の国の入口みたいだ。

これらを見ていると、その全ての生き物たちに精霊が宿っているのではないかと思う。そして皆、ミステリアスだ。

 

 
外灯の下に立つ。夜中に一人歩いていると、不思議な気分になる。時々、自分は何をやってるんだろうと思う。自分とは、いったい何者なのか?だとも。
しかし、長く闇に包まれていると、親密な気分にもなってくる。段々、闇に体が馴染んでくるのだ。やがて、自分の輪郭が滲んで朧になり、闇に溶けてしまうのではと思う。

闇にまだ慣れてない頃で、一番怖かったのはカバフキシタバを採りに行った京都だった。

 
【カバフキシタバ】

 
先ずは、この看板。

 

 
これには正直、心理的な影響をかなり受ける。熊に襲われたら、洒落にならんからだ。

真っ暗けー。

 

 
漆黒の闇だ。今宵は新月。空に月はない。
オマケにここは外灯が一切なく、街の灯も全く届かない地形になっている。四方、八方、笑けるほど黒いのだ、まるで太古の闇だ。熊が近くにいても全くワカランだろう。背後からガバッと来られたら、一貫の終わりである。スリル満点じゃないか。しかも映画とかの擬似じゃない。リアル・スリル満点なのだ。

ここは樹液でのカバフキシタバの採集だったのだが、森の奥まで入らねばならないし、メチャンコ、斜面がキツい。

覆い被さる木々に、さらに闇が濃くなってような気がする。試しに懐中電灯を消してみた。
遠近感ゼロ。誰かに鼻を摘ままれてもワカランような、まさに太古の闇だ。言葉に表せない不思議な感覚に囚われる。心だけが闇に浮かんでいるような奇妙な気分になる。

もし、森の中で懐中電灯が切れたら、道までは戻れないだろう。そうなれば、動くことは危険だ。ずっと此処で膝小僧を抱いて(ToT)シクシク泣きながら、朝が来るまで待つしかない。そう云う意味では、これもまたスリル満点だ。安物の百均の懐中電灯なのだ。接触も悪いし、いつ電池が切れるかもワカラナイ。予備も持ってないから、ひやひやものだ。想像しただけで、チキンスキンになる。関西風に言うと「さぶイボ」出たわである。

その時だった。
森の奥から動物の太く激しい咆哮が森に谺した。その場でフリーズする。

3、40mくらいか…。結構近い。
動物の野太い咆哮は、尚も続いている。それを聞いてると、段々腹が立ってきた。まだカバフキシタバも採れてないんである。って云うか、採り逃がした。これでは何しに来たかワカラナイ。このまま此処に朝までとどまっているワケにはいかないのだ。

熊が何ぼのもんじゃい。
(#`皿´)キレた。

うっせー、ジャカわっしゃーい❗(#`皿´)ブッ殺すぞー❗

声は闇夜をつんざくように辺りに反響した。
( ̄▽ ̄;)あちゃー、思わず大声で叫んでまった。
しもた。冷静さの欠片(かけら)もない愚行だ。
だが、その気迫に怯んだのか、吠え声はピタリとやんだ。伊達に長く舞台役者をやっていたワケではないのだ。
でもなあ…。怒って静かに背後から忍び寄られ、ガバッと襲われるかもしれない。そうなると、命を賭して闘うしかあるまい。死闘だ。物語はスリラーだけにとどまらず、バイオレンスの要素まで加わってくるじゃないか。スゴい物語だが、怖すぎるわ。

結末は、カバフキシタバの回を読んでくれたまえ。

因みに、中部地方はどこ行っても熊の恐怖に苛まれた。

 

 
こんな看板が何処にでも普通にあるのだ。
長野、岐阜、山梨は、どこへ行っても、熊の恐怖に怯えながらも自分で良いポイントを探さねばならなかった。どこにトラップを仕掛ければいいか必死に考えねばならぬ。謂わば、謎解きもしなければならないのだ。そう云う意味では、毎回が物語はミステリーであり、恐怖が加わればスリラーであり、サスペンスでもある。怪物やお化けや魑魅魍魎、霊的なものへの恐怖も加わればホラーにだってなるのだ。

それでは皆さん、

『サヨナラッ、サヨナラッ、サヨナラッ』

                    おしまい

 
追伸

次回も記事が投稿でけるかどうかはワカランので、あしからず。

追伸の追伸
色んな蛾が出てきたが、今は採ってるのは主にカトカラだけ。熊の恐怖に出てきた下翅の黄色いヤツが同じグループに含まれる。下翅が美しい蛾で、上翅も渋美しいものが多いから、ついでに幾つか並べておく。

 
【ベニシタバ】

 
【エゾベニシタバ】

 
【シロシタバ】

 
【コシロシタバ】

 
【オオシロシタバ】

 
【ウスイロキシタバ】

 
【ムラサキシタバ】

 
【クロシオキシタバ】

 
【パタラキシタバ】

 
【フシキキシタバ】

 
【ワモンキシタバ】

 
【ゴマシオキシタバ】

 
【ミヤマキシタバ】

 
【マホロバキシタバ】

 
個体によるバリエーションもあって、今のところまだ飽きてない。

 
(註1)アルテミス。月の化身だ。
オナガミズアオもオオミズアオも勝手にアルテミスと呼んでいる。但し、今は日本にはアルテミスと云う学名のものはいない。昔はオオミズアオの学名にギリシア神話の月の化身アルテミスが使われていたが、日本産の学名は Actias artemis から Actias aliena に訂正されているからだ。

因みに画像はオナガミズアオ。
学名はActias gnoma。小種名は意味は「地の精」。

 

2018′ カトカラ元年 其の16 後編

    
   vol.16 ベニシタバ
      解説編

     『紅、燃ゆる』

 
【Catocala electa ベニシタバ ♂】 
(2019.9.3 岐阜県高山市新穂高 )

 
(同♀)
(2019.9.3 岐阜県高山市新穂高)

 
(裏面)
(2019.8.2 長野県大町市)

 
世界有数のカトカラ研究者である石塚勝己さんは、ベニシタバのことをこう評しておられる。

「新鮮な個体の後翅は、息を呑むほど綺麗な淡紅色で、目本産の鱗翅類で敵うものはない。まさに日本で最も美しい鱗翅類である(やどりが 217号,2008)」

そこまでは美しいとは思わないけど、言わんとしておられることは解る。確かに鮮度が良い個体はハッと目を見張るほどの美しさだ。羽化後、間もないものを見た時は、闇夜に燃ゆる紅の炎を見たような気がした。暫し見惚れたのを思い出したよ。
ピンクとグレーの組合わせと云うのもベストな配色だろう。ピンクを最も美しく見せる色といえば、グレーなのだ。しかも、この明るいグレーとの組合せが一番キレイだ。
ここで、『ι(`ロ´)ノそれって白か黒でしょうよ!』と云うツッコミが入りそうだが、白と黒は他の色でも抜群に合う組合わせなので除外しての話だ。白と黒は赤であろうと青であろうが何にでも合うからだ。黄色だって、緑だって、果ては茶色やドドメ色にだって合うのだ。そこは、あえて言う程のことではないと思ったのさ。
蝶には、こういう鮮やかなピンク色の翅を持つものは殆どいないから(註1)、素直にこんなピンキーな蝶が日本にも居たらいいのにな。

ふと思ったんだけど、美の概念は世評や常識に邪魔されやすい。例えば蝶と蛾の中で美しいと言われているものを蝶蛾の区別なくアトランダムに一同に並べたとしよう。それを愛好家ではなく、一般ピーポーに見せて美しいと思うものに投票してもらったとしたら、どうだろう❓意外な結果になるかもしれない。
あえて愛好家を外したのは、業界で言われている評価、既存の概念に左右され易いからだ。そこには純粋な美しさ以外の珍品度とか、採集の難易度、個人的な思い入れ等が加味されがちだ。また、蛾というだけで、美しさが毒々しいという感情に反転することもあるだろう。
知識のない一般ピーポーならば、その心配はない。
そうなると、ベニシタバなんかは若い女の子たちから高評価を得て、上位に食い込むかもしれない。普通種のベニシジミ(春型)なんかも票を集めるかもね。

好みは男女の差もあるゆえ、評価が割れるものもあるだろう。ベニシタバも乙女のカッちゃん辺りだと高い点数をつけそうだが、普通の男性の評価は低いかもしれない。男でピンク好きは乙女かロリコン星人だと相場が決まっているのだ。
それに男なのにピンクを好きだと公言したら、何言われるかワカンナイ。たとえ好きでも、隠れキリシタンみたく地下に潜るだろう。エロエロエッサイム、エロエロエッサイム、きっとそこで夜な夜なピンクのド派手な衣裳を纏った者どもが狂乱の宴にトチ狂うのだ。きっと淫靡なことも行われているに違いない。羨ましい限りである。ピンク色は人を惑わせ、狂わせる色なのかもしれない。

一方、自分は青系に極めて反応する人なので、青とか青緑色のモノを選ぶんだろな。冷静沈着の男なのだ(笑)
人の好みって千差万別だよね。

こうなってくると、世間一般の男女別好きな色はどうなってるんじゃろ❓と気になってくる。調べよっと。

ネットで見た或るアンケート調査によれば、こないになっていた。

男性の好きな色 ━ 青、赤、緑、黒、水色
女性の好きな色 ━ ピンク、青、水色、緑、赤

ほおーっ、やっぱり女性はピンクが好きなんだね。
とはいえ、これは2006年と少し古いアンケート結果みたいなので、最新のもの(2019年)も見てみた。

男性の好きな色 ━ 青、緑、黒、赤、白
女性の好きな色 ━ ピンク、白、青、オレンジ、緑

少し変わっているが、やはりピンクは強いね。女性がこんなにもピンク好きだとは思ってもみなかったよ。思ってた以上に好きなんだね。

参考までに嫌いな色も書いとこう。

男性の嫌いな色 ━ 無し、ピンク、紫、金、茶色
女性の嫌いな色 ━ 無し、ピンク、紫、赤、灰色

男性が嫌いな色の上位にピンクが入るのは予想通りだったけど、何と女性の嫌いな色でも単独だと1位に入っている。ピンクって、そんなにも好き嫌いがハッキリしている色なのね。驚いたよ。

前置きが長くなった。毎度の事ではあるが、またしても話が大幅に逸脱。しかものっけからでスマン、スマン。

それでは、そろそろ解説編を始めよう。

 
【学名】Catocala electa zalmunna Butler,1877

今回も頼みの綱である平嶋義宏氏の『蝶の学名-その語源と解説-』には同じ学名が載っていなかった。
仕方がないので、今回もネットでググる。

最初に見つけたのは、植物の学名に関するサイトだった。
キク科に、Tagetes erecta センジュギク(千寿菊)、クワ科イチジク属には、Ficus erecta イヌビワに同じ小種名が付けられている。イヌビワといえぱ、イシガケチョウの食樹だったね。
それによると、erectaは「直立した」を意味するラテン語なんだそうだ。ソレって、エレクトしたアレの事とちゃうん❓ 基本、頭の中がエロ妄想充満だから、即そう思ったよ。
妄想はどんどん膨らんでゆく。ベニシタバがピンクでエロチックだから、記載者のバトラーが興奮してオッ勃てたのか❓ バトラー、やっぱり変態やんけー❗

でも何のことはない。語源は、木が真っすぐなことに由来しとるんだそうだ。左曲がりのダンディー、先走りのエロバカである。

早々と解決。めでたし、めでたしである。
しかし、どこか違和感を感じた。
( ̄O ̄)あらま❗、よく見ると綴りが微妙に違うわ。ベニシタバは綴りの2番目が「l」だけど、コヤツらは「r」になっとるがな。そうすっと、全然意味が変わってくるじゃないか。またイチからやり直しだ。ゲンナリする。この作業って、結構大変なんだよね。

しかし、( ´△`)あらら。ネットには、ゼニアのスーツのことがズラズラと出てきよる。道、険し。苦難が待っていそうだ。

エルメネジルド・ゼニア(Ermenegildo Zegna)といえば、イタリアを代表する世界的ファッションブランドだ。
このロゴマークを見たことがある人もいるだろう。

 

 
高級紳士服ブランドであり、高級スーツの最高峰としても有名だ。スーツは持ってないけど、ネクタイは何本か持ってる。非常に上質な織りで、質感が何段も上だ。手触りが違い、触るだけで幸せになれる。

内容を見ると、思った通りのスーツの広告だった。
あまり期待してなかったけど、そこには「electa」の意味もちゃんと書いてあった。

『「エレクタ」とは、ラテン語で高品質で優れた素材という意味があり、完成度が高く、高級感があります。」

何となく意味は解るが、「高品質で優れた素材」と言われてもなあ…。どう繋げてよいものやら…。
ちょっとここで、一旦頭の中を整理しよう。解りやすく説明する為に、どなたかがゼニアのスーツに関して書いた文章を添えておこう。
「ゼニアのスーツを着てみてわかるのが、スーツ生地の上質さ。軽くてなめらかで、生地の表面には上質なツヤがあります。あらゆる良質なものを知り尽くしたエグゼクティブたちが魅了されてしまうほどの質感なのです。」

「electa」は、如何にベニシタバが素晴らしい種なのかを讃えるに、悪い言葉ではない。しかし「高品質で優れた素材」というには抵抗感がある。なぜなら、ベニシタバは人工的に作られたものじゃないし、素材でもないからだ。言葉としてはそぐわない。
もっと彼女にとって相応しい言葉が他にある筈だ。探そう。

こんなんが出てきた。

主格 女性 単数形のēlēctus
主格 中性の 複数のēlēctus
対格 中性の 複数のēlēctus
呼応 女性 単数形のēlēctus
呼応 中性 複数のēlēctus

ēlēctusの女性形ってことか。女性と云うのは納得だが、あとは解るようでよくワカラン説明だ。だいたい「e」の上のウニウニの棒線って何なのだ?オデ、バカだからワカンねぇよ。もっと解りやすいのを探そう。

それで、やっと辿り着いたのが、コレ。

「候補者、選ばれた」。

何だそりゃ(;・∀・)❓である。
何の候補者で、誰に選ばれたのだ❓

ここで漸くラテン語「electa」が英語の「elect」の語源だと気づく。意味は「(投票で)選挙する、~に選ぶ、~を選ぶ、決める、選択する」。
同時に植物の学名の「erecta」は英語の「erect」の語源だとも気づいたよ。おバカちゃんである。

更に調べると、英語に対応した翻訳もあった。
「candidate」とあるから、コレは候補者でいいだろう。けど候補者って、いったいベニシタバとどうリンクするんだ❓ カトカラ人気投票でもあったんかい?何かズレてる感じで、シックリこない。
次の「選ばれた」は「one chosen」になっていた。これで納得がいった。翻訳すると、意味は「選ばれし者」だからである。これならゼニアの説明とも繋がる。高品質で優れた素材とは、謂わばオンリーワン、唯一の「選ばれし者」なのである。そして、そのスーツを着た者はエグゼクティブであり、また「選ばれし者」でもあると云うことだ。
つまり、この学名は美しきベニシタバに対する「選ばれし者」という最大の賛辞なのである。そう解釈すれば、スッキリする。間違ってたら、ゴメンだけど。

ついでに日本産に宛がわれた亜種名「zalmunna」についても調べてみよう。

一応、旧約聖書に出てくるコレかな❓

「Zalmunna(ツァルムナ)。ミディアンの王たちの一人。その軍と同盟者たちは、ギデオンが裁き人になる前の7年間、イスラエルを虐げました。ギデオンの少人数の部隊はこの侵略者たちを敗走させ、逃げる軍勢を追跡し、王のゼバハとツァルムナを捕らえて殺しました。」

誰かの翻訳だろうが、キリスト教徒じゃないから何を意味してるのかがサッパリわからん。
オマケに、おいおいの、王様だけどツァルムナ、ブチ殺されとるやないけー\(◎o◎)/

何で、Butlerがこう名付けたのかは皆目わからない。スンマヘン、匙を投げさせていただく。

 
【英名】The rosy underwing

underwingはカトカラのことを指すから、「薔薇色のカトカラ」ってところか。異論なしである。

 
【亜種】

Wikipediaには、以下の亜種が並べられていた。

・Catocala electa electa(原記載亜種)
・Catocala electa tschiliensis Bang-Haas, 1927
・Catocala electa zalmunna Butler, 1877

しかし、亜種の生息域は書いていなかったので、自分で調べたよ。

1番上は、ヨーロッパに分布するもので、これが原記載亜種(名義タイプ亜種)となる。
記載者は、Verbreitungで、記載年は1790年になっていた。

2番目の「tschiliensis(註2)」は、語尾に「ensis」とあるから、どこか場所を指しているものと思われる。
やや苦労したが、以下のような記述を見つけた。

Horae macrolep. pal. reg. 1: 89, Taf.11: 4, (Holot.: China, Chingan-Berge, Tschili, MNHU, Berlin)

「China, Chingan」は中国の長安のことだろう。長安は古い都の名前で、現在は西安と名前を変えている。西安は中国中央部にある陝西省の省都で、「Berge,Tschili」は5つの聖なる山の一つである華山(华山)の事を指しているのではないかと思う。

これが果して、その亜種なのかどうかはわからないが、一応中国産ベニシタバの画像を貼り付けておこう。

 
(出展『世界のカトカラ』)

 
画像を見ても、日本のものとどこがどう違うのかワカラン。

3番目は日本の亜種ですな。但し『ギャラリー・カトカラ全集』に拠ると、アジアのものは別種である可能性が高いらしい。根拠は特に書かれてないけどさ。

 
【シノニム(同物異名)】

・Noctua electa Vieweg、1790
・Catocala zalmunna Butler、1877

Butlerの記載はシノニムになってるんだね。
これを見ると、バトラーは「Catocala zalmunna」の学名で記載したって事かな❓でも既にViewegによって百年近く前に記載されていたことが分かり、亜種名に降格されって事かいな❓

けど、Viewegの記載もシノニムになっている。
何かややこしくねぇか❓
まあ、たぶん属名が「Noctua」から「Catocala」に変更になったことに伴うものだろう。

 
【開張(mm)】

岸田先生の『日本産蛾類標準図鑑』によれば、69~82㎜内外とあった。『原色日本蛾類図鑑』には、75㎜内外とだけあった。真面目に採った個体を一々測ってはいないが、たぶんそれくらいの大きさが平均だろう。

 
【分布】北海道、本州、四国、九州

西日本では少なく、四国、九州では極めて稀。
四国では剣山、天狗高原、瓶ヶ森林道などに記録がある。ブログ『高知の自然』によると「1960年代は夏に四国中央山地に行くと当時の弱い光源にもかかわらずいつも一夜に10頭近くも飛来するごく普通種だった。しかし年々数が減り、近年は図鑑の通りなかなか出会えないまれな種となってしまったことは残念で寂しい。」と記述されている。気候変動とか環境の変化とか色々あるんだろね。
九州では、福岡市脊振山,糸島市雷山,添田町英彦山,北九州市大蔵,久留米市高良山,八女市熊渡山、釈迦岳など福岡県を中心に九重・阿蘇の山地帯に記録があるが、他では散発的な記録しかないようだ。
中国地方では、ググると冠高原(広島県)、高梁市(岡山県)などに記録かあるようだが、他はようワカラン。
ι(`ロ´)ノえーい、面倒クセー。分布図を貼り付けとく。

 
(出展『日本のCatocala』)

 
(出展『世界のカトカラ』)

 
微妙に違うけど、下の分布図は県別なので注意されたし。
一応、両方とも中国地方には全県に記録かあるようだね。

近畿地方でも、奈良県以外は記録があるものの少ない。和歌山県では、護摩壇山から数例の記録がある。京都府は、京大の芦生演習林で記録されている。滋賀県と大阪府の記録は拾えなかった。兵庫県には比較的多くの記録があり、氷ノ山やハチ北高原など西播磨から但馬にかけての山地帯における個体数は少なくないという。但し、低地での記録は少ない。
気になったのは、その出現期で、8月中旬~9月下旬に見られるとあった。発生期としては、かなり遅めだからだ。まだよく調べられていない可能性もあるが、もしそうなら、興味深い。気温と何らかの関係があるかもしれないからだ。低地での記録が少ないと云うのが、解明の鍵となるのかな?

国外の分布は、ヨーロッパからウクライナ、中国、朝鮮半島、ウスリー、アムールと広いが、途中の中間地帯では分布を欠くという。

この下翅が赤系統のカトカラは、海外ではユーラシア大陸や北米に何種類もいて、そこそこ繁栄している。日本にも赤系のカトカラは、ベニシタバの他にオニベニシタバ、エゾベニシタバがいる。但し、系統はそれぞれ違うようだ。オニベニは幼虫の食樹がコナラ属なので、ベニ、エゾベニとは全く違うから容易に想像がつくが、食樹が同じであるエゾベニとも系統はかけ離れているという。

 
(オニベニシタバ)
(2019.7月 奈良市)

 
(エゾベニシタバ) 
(出展『世界のカトカラ』)

 
近縁種には、中国四川省や雲南省にハイイロベニシタバ(S.martyrium)が、中国南部からインド北部にかけて、アカハラベニシタバ(C.sponsalis)がいる。

 
(ハイイロベニシタバ)

 
(アカハラベニシタバ)
(出展 2点共『世界のカトカラ』)

 
アカハラベニシタバって、最初はキレイだなと思った。けど、何かに似てるんだよなあ…と思ってよくよく考えてみれば、あの気色の悪くて大っキライなカシワマイマイ(註3)の♀に似てる。そう思ったら、急激に嫌いになったよ。

北米には近縁種が4種(C.amatrix、C.cara、C.carissma、C.concumbens)いて、これらは地史を考えれば、古い時代に北米大陸に渡って本種群から分化したと推察されるそうだ。因みに古い時代とは、第三紀中新世あたりかを推測されている。
補足すると、これはカトカラにはユーラシア大陸とアメリカ大陸に共通種がいないことからの推論だろう。
例えばチョウでは、パルナシウス(ウスバシロチョウ属)やコリアス(モンキチョウ属)は両大陸に共通種が幾つかいる(ウスバキチョウやミヤマモンキチョウなど)。この違いは何かと云うと、幼虫の食餌植物に起因するものと想像される。すなわちカトカラの食樹は木本植物であり、地史的に古い時代にユーラシアから北米へと適応放散していった(ユーラシア大陸と北米大陸が繋がっていた時代があった)。カトカラはそれに連動して分布を拡げ、進化したものと考えられる。一方、ウスバキチョウ属やモンキチョウ属の食餌植物は草本植物(ケマン亜科コマクサとスノキ科クロマメノキ)で、もっと後の新しい時代に適応放散したものと考えられている。それに伴いチョウも分布を拡大、進化した。この食性の違いが、両大陸に共通種の有り無しの差となっているというワケだね。

 
(出展『世界のカトカラ』)

 
上から、C.cara、C.carissma、C.amatrix、C.concumbensの順になる。

 
【レッドデータブック】

和歌山県:学術的重要
宮崎県:絶滅危惧II類(VU-R)

 
【成虫出現月】7~9月

成虫は7月初め頃から出現し、10月下旬まで見られるが、新鮮な個体が見られるのは8月中旬頃まで。
しかし、7月から9月に発生すると云う文献もあった。ちょっと信じがたいが、言われてみれば9月初旬に新鮮な個体を幾つか見てる。冒頭の展翅したものも9月の採集だが、鮮度が良い。標高は1500mだった。或いは、標高の高い発生地では羽化が遅れるのかもしれない。
何れにせよ、新鮮な個体を得たければ、基本的には7月から8月中旬に探しに行かれるのがよろしかろう。美しさのレベルが一段違うからね。
あっ、冒頭でベニシタバの美しさについて書いたが、言い忘れた。残念ながらその鮮やかなピンクは、鮮度が落ちると色褪せてくる。新鮮なものでも標本にすると、時間と共にその美しさが褪せてきて、十全には残らないのだ。

 
【生態】

垂直分布はエゾベニシタバよりも低く、エゾベニほど低温は好まないようである。自分が見た地点の標高は、750、820、830、1200、1250、1400、1500mだった。但し、環境は渓谷、高原、山麓、湖、湿原などと様々だった。

灯火にも樹液にも飛来する。珍品という程のものではないが、一度に多数が採集されることはあまりないようだ。自分も色んなところで見ているが、多くて2、3頭で、一度に多数の個体を見たことがない。
理由は色々考えられるけど、どれも弱くて決め手に欠け、結局よくワカンナイ。分布は広いが、どこでも個体数が少ないと言われる鱗翅類は他にもいるけど、その理由について述べられてるものをあまり見たことがない。本当は個体数は多くて、他に効率の良い採り方が判ってないだけだったりしてね。

灯火で見たのは1ヶ所だけだから、これについてはたいしたことは言えない。
9月の中旬に灯火採集に連れて行ってもらったのだが、その時に数頭見た。飛来時刻は比較的早く、8時台だったと思う。印象的だったのは、ライトトラップの周辺まで飛んで来るものの、そばまでは近寄って来なくて、光に照らされた夜空をビュンビュンに飛んでいたことだ。かなりのスピードで、飛ぶことが速いことで知られるスズメガの仲間とさして変わらないと思った。カトカラはマジ飛びすると、速いのだ。

樹液やフルーツ(腐果)トラップ、糖蜜トラップにも好んで集まる。樹液への飛来はミズナラで何度か見ている。時刻は午後9時くらいだったと思う。トラップには、8月だと早いもので日没直後に飛来したものもいたが、殆んどは午後8時を過ぎてからの飛来だった。深夜までポツポツと飛んで来る。9月は午後10時台以降にしか寄って来なかった。けんど、これはたまたまかもしんない。飛来条件は、気温や湿度、天気、標高などのその他諸々が複雑に絡まっているのだろう。
一つのトラップに、複数の個体が同時に集まったケースは一度もなく、全て単独での飛来、吸蜜だった。
但し、これもまだまだ経験値としてのサンプルは少ないので、飛来する時間や生態については断言は出来ないところがある。そういう傾向があったと云うくらいにとどめておかれたい。
文献によれば、果実への飛来例もあるようだ。ただ、何の果物かは書かれていなかった。
ベニシタバは、わりかし食いしん坊なカトカラなんだと思う。

長野県でサラシナショウマの花に訪れた例があり、兵庫県でもリョウブの花での吸蜜例がある。他に、山地高原で日中に花に訪れたという観察例もある。また、川原の砂地での吸水も観察されている。

成虫は日中、岩やカラマツ、アカマツなどの幹に頭を下にして静止している。『日本のCatocala』では、地面が明るい砂地だと、地面に近いヤナギに上向きに静止している事があるという。これは光の方向で止まる向きを定位させているとみられると書いてあったが、何のこっちゃやら意味があんましワカラン。地面からの光の反射の影響って言いたいのかな❓

静止時は他のカトカラと比べて鈍感なんだそうだ。トラップに飛来した時も、特に敏感だと云う印象を受けたことはないし、それほどビビッドなカトカラではないのだろう。
因みに、驚いて飛び立つと、着地時は上向きに止まり、一瞬紅色の後翅を見せて下向きになるそうだ。

発生初期に川沿いの小屋などの壁面に一時的に多数の個体が静止している事があるという。羽化直後の行動とみられ、その数日後には分散していたそうだ。エゾベニのように岩面に多数の個体が長期間見られることはなく、どちらかと云うと岩面よりも樹幹で見掛ける事の方が多いみたいだね。

 
【幼虫の食餌植物】

ヤナギ科のイヌコリヤナギ、バッコヤナギなどのヤナギ属(Salix属)全般を食樹としている。

 
(イヌコリヤナギ)
(出展『三河の植物観察』)

 
(出展『鎌倉発”旬の花”』)

 
余談だが、ガーデニングで人気のハクロニシキ(白露錦)は本種の園芸品種である。

他にケショウヤナギ、オオバヤナギ、ウラジロハコヤナギ、セイヨウハコヤナギ(ポプラ)でも幼虫が見つかっている。
ふと思ったんだけど、その辺に植わってるシダレヤナギ Salix babylonica は食わないのかな?また、飼育する場合の代用食にはならないのかな?一応同じSalix属だしさ。でも、そげな事は調べた限り、何処にも書いてなかった。

ヤナギ科でググってみると、ヤナギ類の同定は極めて困難みたいだ。日本には30種を軽く越えるヤナギ属の種があり、これらは全て雌雄異株。花が春に咲き、その後に葉が伸びてくるもの、葉と花が同時に生じるもの、展葉後に開花するものがある。同定のためには雄花の特徴、雌花の特徴、葉の特徴を知る必要がある。しかも、自然界でも雑種が簡単にできるらしい。
食樹をヤナギ属全般としているのは、そう云う事情もあるのかもしれない。植物のプロレベルでもないと、正確な同定は困難なのだろう。
少し気になるのは、ポプラを食うことだ。ポプラを食うのなら、同じヤナギ科ヤマナラシ(Populus)属のヤマナラシやドロノキにも付く筈だが、調べた限りでは何処にもそげな事は書いてなかった。

前述したが、因みに日本にいる後翅が赤系統の他のカトカラは、オニベニシタバがブナ科のQuercus属、エゾベニシタバがヤナギ科全般を食樹にしている。しかし、食樹の違うオニベニだけでなく、食樹が同じであるエゾベニとも系統は違うみたい。見た目だけでは測り知れないところがあるのね。

石塚勝己氏の『日本で最も美麗な鱗翅類、ベニシタバ(やどりが 217号,2008)』に拠ると、北米にいる後翅の赤いカトカラはヤナギ科やブナ科の他、マメ科、バラ科を食樹にしているものもいる。ユーラシア大陸には食樹は不明だが、形態等からバラ科食と予想されているものが幾つかあるという。
ベニシタバとエゾベニシタバは、何れもヤナギ科食で あるが、系統的にはかなり離れているそうだ。またヤナギ科食のカトカラには、ベニシタバともエゾベニシタバとも異なる系統のベニシタバ類もいる。ブナ科食の赤系カトカラ類にしても、オニベニシタバ種群と異なるいくつかの系統があるそう。ややこしいねぇ。
カトカラは食樹からある程度の系統が推測できるもの(北アメリカのクルミ科食のものなど)もいくつかあるが、全く推測できないものも多い。
このようにベニシタバと称されるカトカラでも、いくつもの系統があり、それらの系統ごとの関係もまだ明らかでないそうだ。

ベニシタバ種群は現時点でヨーロッパからウクライナ辺りに1種(東アジア産とは別種に分けてる?)、東アジアに3種、北アメリカに4種が知られている。これに対してエゾベニシタバ種群の種数は圧倒的に多いようだ。

 
【幼生期の生態】

(出展『イモムシ ハンドブック』文一総合出版)

 

今回も、この項は西尾規孝氏の『日本のCatocala』のお力を借りよう。

幼虫は比較的若い木に発生するが、エゾベニシタバが発生しないような低木にも発生する。また植栽されたポプラの老齢木でも発生することもある。
幼虫は5齢を経て蛹化する。幼虫の色彩は変異があるが、エゾベニシタバほどではなく、全体が白化したものや暗化したものがいる。
低山地にもよく発生し、エゾベニシタバよりもやや低標高地を好む。本州中部地方で多く見られるのは標高700~1500m。生息地は高原のイヌコリヤナギの灌木林からヤマナラシ・ドロノキ林、河川沿いのケショウヤナギ群落、崩壊地や河川の氾濫跡に繁茂し始めたヤナギ類の幼木など様々。
あっ、ヤマナラシとドロノキが出てきた。でも食樹としてはハッキリ書いてないんだよね。

卵で越冬し、長野県の標高1000mでの幼虫の孵化は5月上旬。1、2齢幼虫は葉裏や葉柄にいる。移動する際は尺取り虫にやや近い動きをするみたい。補足すると、尺取り虫も蛾の幼虫で、その姿が親指・人差し指で長さを測る様子を連想させることから「尺取り虫」と呼ばれいる。英語においても同様の発想から inchwormと呼ばれる。その特有な歩み方は、見る人によってはユーモラスで可愛らしい。
2齡期の途中から枝に静止している。5齢(終齡)幼虫は6月中旬から下旬に見られ、自身と同じ太さの枝や直径20㎝以下の幹に降りる。エゾベニのようにヤナギ類の大木の樹幹下部には降りない。
蛹化場所についての知見は無いそうだが、おそらく落葉の下で行われるものと思われる。

                    おしまい

 
追伸
次回、いよいよこの連載のシリーズ最終話になります。
しかし、ワードプレスのブログは金がかかるので、今日でお終いにします。たぶんまたアメブロに書きます。

 
(註1)ピンク色の翅を持つ蝶は殆んどいないから
全世界の蝶を知っているワケではないけど、鮮やかなピンク色の翅を持つ蝶といえば、アグリアス(ミイロタテハ)とスカシジャノメくらいしか頭に浮かばない。
日本にも、一応ベニモンアゲハというのが沖縄方面にいる。だけど、ピンクが印象的なのはベニモンアゲハくらいで、しかも裏面。ベニモンアゲハで、台湾固有種のアケボノアゲハの存在を思い出したが、これとて鮮やかなピンクは裏面である。

(註2)亜種「tschiliensis」
カトカラの世界的研究者である石塚勝己さんから、有り難いことに以下のような御指摘を戴いた。

「ブログ読ませていただきました。ベニシタバでtschiliensisという亜種は記載されたことがありません。間違いだと思います。おそらくケンモンキシタバの亜種として記載されたものです。」

ウィキペディアの野郎~Σ( ̄皿 ̄;;、騙しやがって。
前から解ってたけど、ウィキペディアの記述が全て正しいというワケではない。間違いも多いのだ。
一応、「Wikipediaによると…」と、一言ちゃんと書いといて良かったよ。

(註3)大っキライなカシワマイマイ
拙ブログにある『人間ができてない』の回を読まれたし。

  

日本の美しい蛾

 
岸田先生の『世界の美しい蛾』には、日本の美しい蛾も紹介されている。

 

 
数えると、偶産も含めて23種類もあった。
意外とオラ、知らないうちに結構採ってるぞ。

 
【エゾヨツメ Aglia japonica ♂】
(2018.4.5 兵庫県 武田尾)

 
年に1回、春先に現れる夜のスプリングエフェメラルだ。青い瞳のような紋が美しい。

 
(2019.4月 大阪府箕面公園)

 
画像は去年のものだが、初めて出会ったのは2017年の春だった。初の灯火採集に連れていってもらった時の事だ。
その辺のくだりは、『春の三大蛾祭』と題して当ブログに二年連続で書いているので、是非読んで戴きたい。特に2017年版がお薦めです。蛾の話だけど、闇について語ったホラーな物語で、自分的には好きな文章だ。

 
【ヨナグニサン♀ Attacus atlas】
(2010.10.22 沖縄県 与那国島)

 

 
沖縄県の天然記念物である。
二度目の与那国島に行った時にいた。いたというか道の真ん中に落ちてた。林道の小道をレンタルバイクで走ってたら、転がっていたのだ。
WAO(゜ロ゜;ノ)ノ❗、思わず急ブレーキをかけたよ。
で、ギリギリ停まった。危うく天然記念物を轢き殺すところじゃったよ。
バイクを脇に停めて近づき、Σ( ̄ロ ̄lll)ギョッとする。そのあまりのデカさに、その場で固まった。

軽く小枝で突っつくと生きてた。そのままにしておくと車に轢かれそうなので、避難させることにした。
で、掴んだらモノごっつデカかったので、ちょっと感動して撮ったのが上の写真である。

 

 
道路脇のシダに止まらせて、再度パチリ。
いやはや、こうして改めて見ると笑けるほどデカイよねー。いや、一人だったけど実際声に出して笑った記憶有りだ。デカイしデブだから多分♀だったんだろなあ。
そういうワケで展翅写真は無い。勿論、標本も無い。持って帰ってたら犯罪者なのだ。だいち持ち帰るにしても三角紙には到底入りきらない。そこまでデカイ三角紙は市販されとらんのじゃ。だから三角紙を収める三角ケースにも入らん。収納不可だ。また、代用になる紙をそんな都合よく持ち合わせているワケもない。たとえ採集禁止じゃなくとも持って帰らなかったと思う。蛾だしさ。

知ってる事はこれくらいで、考えてみればヨナグニサンの事はそんなに詳しいワケじゃない。本来は蝶屋で、蛾屋じゃないからね。一応ググッとこっと。

『鱗翅目ヤママユガ科に分類されるガの一種。前翅長は130~140mmほどで日本最大、昆虫の中で翅の面積が最大のガとして知られているが、近年の研究によりオセアニアに分布するヘラクレスサン(Coscinocera hercules)に次ぐ2位の大きさであることが明らかとなった。』

ほおーっ、もっとデカイのがいるのね。知らなかったよ。
そういえば、ヨナグニサンってゴジラ怪獣のモスラのモデルと言われてるんだよね。

 
(出展『M-ARTS』)

 
モデルと言われてるわりにはヨナグニサンとあまり似てない。翅の柄なんて、かなり違う。たぶん大きさ由来だけなんじゃねえの?

モスラって、ダサいからあんまり好きじゃない。バトラの方がカッコイイ。バトラとは、モスラの対となる破壊神のことね。

 
(出展『魂ウェブ』)

 
黒くて邪悪な感じがいい。
自分で言うのも何だが、邪悪な感じがするものには心惹かれがちなとこあるんだよねぇ~。

『与那国島で初めて発見されたことから「ヨナグニサン」という和名が付けられた。
日本の沖縄県八重山諸島(石垣島、西表島及び与那国島)のものは、亜種ryukyuensisとされ、漢字では「与那国蚕」と書く。ヤママユガ科の蛾は、漢字にするとクスサン(楠蚕)、シンジュサン(新樹蚕)など大体この「蚕」の字が宛がわれる。
与那国島の方言では「アヤミハビル」と呼ばれる。 「アヤミ」とは「模様のある」。「ハビル」とは「蝶」を意味する。』

蝶じゃないけどさ。

『学名のAttacus atlasは、その体が巨大であることから。ギリシア神話の巨人アトラースに起因する。
また英名 atlas moth(アトラスガ)も同じ理由からの命名。中国では「皇帝の様な蛾」を意味する「皇蛾(拼音:huáng’é)」と呼ばれている。
インドから東南アジア、中国、台湾、日本にかけて幅広く分布し、いくつかの亜種に分けられている。日本のものは分布の北限にあたる。日本国外の亜種は日本産と比べて羽の三角模様が少し小さいという特徴を持つ。フィリピン産のカエサルサン、ニューギニアやオーストラリア北部のヘラクレスサンはヨナグニサンよりはるかに大型の別種である。
口器(口吻)は退化して失われているため、羽化後は一切食事を取れない。幼虫の頃に蓄えた養分で生きるため、成虫寿命は長くても1週間ほどと短い。
成虫の前翅先端部には、蛇の頭のような模様が発達し、これを相手に見せて威嚇すると言われているが、定かではない。灯火によく飛来する。』

纏めると、こんなところかな。
この蛇の頭に擬態していると云うのは昔からよく言われているが、大いに疑問だ。たぶんそれを証明した者は誰もいないだろう。個人的見解では、あんなもんが威嚇になるとは思えない。鳥の目は無茶苦茶いいから、この程度では騙されんじゃろう。コレは最初に言い出した人のコジツケだろうと思う。でも、そうゆう風に想像することじたいは悪くないと思うけどね。発想が豊かで想像力が逞しい方が面白いじゃないか。時に、それが正しいことだってあるだろう。クソ真面目を否定するつもりはないが、クソ真面目ばっかだと、ツマラン。

あっ、幼虫の餌を書くのを忘れてた。
『森林域に生息し、幼虫はアカギやモクタチバナ、フカノキ、カンコノキ類、トベラ、ショウベンノキなどを食草とする。』

やっぱ蛾って、何でも食うんだな。蝶と比べて蛾の方が食樹や食草の領域が広い傾向が強い。蛾の進化したものが蝶だと云う説を聞いたことがあるけど、こういう食の嗜好性が広いモノの方が進化してると言えまいか❓蝶好きは蛾嫌いの人が多いから、蝶の方が優れていると思いたいんだろね。

『年に3回(4月、7月下旬~8月上旬、10月中旬頃)発生する。卵の期間は11から12日、幼虫期は摂氏20度で57日、25度で43日、30度で46日、蛹は24度で28日、30度で46日。熱帯産にもかかわらず、高温だと成長が遅い。2齢までの幼虫は2から5頭の群れを作る。』

へぇ~、年三回も発生するんだ。日本のヤママユガ科の多くは年1化のものが多く、一部が年2化だから、意外だった。まあ、南方系だから、そうなるか。だいたい南の暖かい場所の昆虫は多化性になるのだ。

参考だが、ネットの「みんなで作る日本産蛾類図鑑」のヨナグニサンの項に興味深い記述があった。

繭の写真について述べられたものだ。
『写真は与那国島のもので、中はすでに空。繭にヨナグニサンの脱出坑が無いので、コロギスに寄生された疑いが濃厚。コロギスは繭に卵を産みつけ、初齢で繭に潜り込み、ヨナグニサンの蛹を食し成虫に至る。食糧が無くなると、適当に繭を食い破り、脱出するらしい。』

コロギスってバッタ、いやさキリギリスの仲間だろ❓
そんなもんが寄生するなんて、俄には信じがたい。だとしたら、無茶苦茶に面白い。でもググっても他に関連した記事は見つけられなかった。

 
【オキナワルリチラシ Eterusia aedea】
(2010.5.27 沖縄県 与那国島)

 
与那国島に蝶採りに行った時に結構飛んでた。
綺麗だなと思いつつも蛾だからずっと無視してた。蝶好きだからといって、綺麗でも蛾はダメなのだ。

コレって、そういえば大人になって初めて採った蛾だ。でも、あまりにも綺麗なので、つい採ってしまった。
けど、採っても恐くて三角紙に翅をたたまずに放り込んで厳重に何重にも包んだ。もしも這い出してきたら、発狂すると思ったのだ。してからに、宿の冷凍庫に放り込んでもらい、完全にブッ殺したのだった。

 
(出展『yohbo.main.jp』)

 
これも綺麗だけど、岸田先生の本には凄いのが載ってるので、ソチラも添付しておこう。

 

 
配色が素晴らしい上に、メタリック。仰け反る美しさだ。

オキナワルリチラシといえば、昼間に飛んでることくらいで、詳しいことは殆んど知らない。
んなワケで、Wikipediaで調べてみた。

『スリランカ、インド、ネパール、ミャンマー、タイ、中国、台湾にかけてのアジア一帯と、日本では琉球列島から本州中部まで広く分布しており、名にオキナワとあるが南西諸島特産種ではない。ただし、南西諸島産のものは多くの亜種に細分される。また本州のうち温暖でない地域では個体数が極めて少ないため、自治体によっては絶滅危惧種としてレッドリストに掲載しているところもある。
成虫は開翅長30-35mm ほどの小さなガであるが、名にあるとおり前後翅、頭胸部及び脚に見る方向によって緑から瑠璃色に変化する金属光沢を有し、日本産のガとしてはサツマニシキと並ぶ美しいガである。ただし、体のどの部位にどのくらいの金属光沢が出るかは亜種により異なり、八重山産種は前後翅のほぼ全部が光り輝くが、本州に産する亜種は地味な赤褐色にしかならない。
オス、メスともに櫛型の触角を有する。オスの触角の櫛歯はメスよりはるかに長く、先端が扁平となり広がる。
幼虫は、ヒサカキやツバキなどを食草とする。人の手で捕えるなど、体表に何か触れると外敵から身を守るため青酸系の毒物を含んだ液体を出す習性がある。 成虫は、チョウのように昼間飛ぶことが多い。また、捕まえると胸部から青酸系の毒物を含んだ白い泡のような液体を出す習性がある。』

久米島亜種 Eterusia aedea azumai Owada, 2001
徳之島亜種 Eterusia aedea hamajii Owada, 2001
中之島亜種 Eterusia aedea masatakasatoi Owada, 2001
屋久島種子島亜種 Eterusia aedea micromaculata Inoue, 1982
八重山亜種 Eterusia aedea okinawana Matsumura, 1931
沖縄本島亜種 Eterusia aedea sakaguchii Matsumura, 1931
本土亜種 Eterusia aedea sugitanii Matsumura, 1927
奄美亜種 Eterusia aedea tomokunii Owada, 1989

ものすごく亜種があるんだね。海外にも亜種が沢山いるみたいだけど、面倒なので端折(はしょ)る。

 
【サツマニシキ Erasmia pulchella】
(出展『おきなわカエル商会』)

 
(出展 岸田泰則『世界の美しい蛾』)

 
美しくもあるが、毒々しくもある。
元々は蛾嫌いだから、偏見なんだけどもね。
でも捕まえると、コヤツも体から青酸の泡を噴き出しよるから、やっばおぞましいわい。

和名は漢字で書くと『薩摩錦』。どなたが名付けられたか知らないが、優美な名前でセンスあると思う。

コヤツもオキルリと同じく昼行性の蛾で、目にする機会は、そこそこある。だから、採ったことは日本でも海外でも何度かある。けれど、画像が一つもないので、図鑑からパクらせて戴いた。展翅もしていないから、そっちの方の画像もないのだ。
採ったものは全てどなたかに御進呈申しあげた。

ついでに岸田先生の解説文も、そのまま使わせて戴こう。

『数多くの個体変異や地理的変異が見られる。例えば後翅の白色部が拡大したものや、まったく失ったものなど様々である。幼虫は双子植物の「ヤマモガシ」を食す。生息域はインド、中国南部、インドシナ半島、台湾、日本などのアジア各地で、いくつかの亜種が認定されている。日本では近畿地方以西の暖地に生息。南西諸島のものは特に美しい色が特徴だ。』

多分、日本には本土亜種と屋久島亜種、南西諸島亜種に分けられてたんじゃないかな。海外の亜種はもう面倒臭いので割愛させて戴きやす。

 
【キオビエダシャク Milionia basalis】
(2017.6.台湾 南投県埔里)

 
台湾で採ったものだ。町中の花が咲いてる木に沢山集まってた。台湾2度目の来訪の初日だったんだけど天気が悪くて、つい採ってしまった。
メタリックで美しいとは思いつつも、蛾アレルギーなので、背中がゾワゾワで採ってた。

シャクガ科の蛾で、イヌマキの害虫として知られる。
成虫は濃い紺色に黄色の帯があり、それが名前の由来だろう。日本では南西諸島に多い蛾で、近年は九州で定着、生息域を拡大させている。おそらく地球温暖化の影響だろう。あとは南九州地方では旧武家屋敷などに生垣としてイヌマキが植えられていることが多く、それも関係しているのかもしれない。

因みに、日本では採ったことがない。
あれ❓展翅した覚えがないなあ…。
(;・∀・)あっ、展翅してないわ。多分、冷凍庫で眠ってるな。

 
【イボタガ Brahmaea japonica】
(2018.4.5 兵庫県 武田尾)

 
エゾヨツメと同じ日に採ったものだ。
運が良ければ、春の三大蛾のエゾヨツメとイボタガ、オオシモフリスズメが同時に採れる。

 
(2018.4月 大阪府箕面公園)

 
中でも、このイボタガが飛んで来るとテンションが上がる。
鱗翅類で唯一無二のスタイリッシュなデザインでカッコイイ。モノトーンの美しさの極みだろう。
岸田先生も、「国鳥」や「国蝶」があるように、もしも「国蛾」を制定するならば、このイボタガが一番の候補だろうとおっしゃっておられる。

分布は北海道・本州・四国・九州・屋久島。
日本の固有種だが、近縁なものが世界に15種類ほどいるようだ。

幼虫の食樹は、イボタノキ、モクセイ、トネリコ、ネズミモチ。近年は各地で生息数を減らしているようだ。

展翅は、まだ蛾の展翅に慣れていなかったので上翅が上がり過ぎてる。今年はもっと完璧な展翅をしてやろっと。

せっかくだから、春の三大蛾のもう1つも紹介しておくか。

 
【オオシモフリスズメ Langia zenzeroides】(2018.4.5 兵庫県 武田尾)

美しいと云うか、禍々(まがまが)しくてカッコイイ。悪の魅力に満ち満ちているのだ。

最初に見たときは、ステルス戦闘機かと思ったのを、よく憶えているよ。
デカイし、迫力も半端ない。翅はギザギザで鋭利な刃物のようだし、鈍色のネズミ色も強者の雰囲気を醸し出しておる。触角も悪魔的だ。脚は太く、クワガタムシ並みに強力で、手から剥がす時は痛い。オマケに鋭い棘があって、最初は咬まれたかと思って、メッチャびっくりした。
それに、尻を上げ、気持ちの悪い形になって威嚇しよる。

 

 

 
こんな奴、普通は気持ち悪くて触れんやろ。

頭の方に⚡雷的というか、ソリコミというか、ヤバイ系の柄まである。

 
(以上3点共 画像提供 森博司氏)

 
掴むとキューキュー鳴くしね。悪魔の落とし子かよ。
何か全てが規格外と言えよう。最初は度肝抜かれたけど、慣れたら可愛いんだけどね。

この蛾も春先の3月から4月だけに現れるものだ。
分布は本州・四国・九州・対馬。西日本に多く、中部地方から東ではあまり見られない。
幼虫の食樹はサクラ類である。

イボタガとオオシモフリスズメの事も『春の三大蛾祭り』に書いてあるので、読んでね。っていうか、コッチが主役なんだけどもね。

思った以上に長くなったので、今回はここまでにしておこう。但し、続けるかどうか気分です。

                    おしまい

 

2018′ カトカラ元年 其の16

 
   vol.16 ベニシタバ

   『薄紅色の天女』

 

 2017年 9月23日

蛾は気持ち悪くて嫌いだったけど、誰もが賞賛するムラサキシタバは一度見ておきたかった。蛾屋じゃない蝶屋の人でも、アレは別格だと言ってる人が何人かいたので前から気になっていたのだ。
そういうワケで、蝶と蛾の二刀流のA木くんにせがんで灯火採集に連れて行ってもらった。
といっても、この時はカトカラ全体に特別興味はなかった。黄色いキシタバグループなんて、どれがどれだか全然区別がつかんのである。何で人気なのかサッバリわからんかった。

 

 
場所は兵庫県の但馬地方だった。
その時にベニシタバにも会えた。ちょっとだけ嬉しかった。ベニシタバも綺麗だと云う話は聞いていたからだ。
それに、こういう色を持つ蝶は日本にはあまりいない。強いていえば、南国にいるベニモンアゲハくらいだろう。それとて裏面下翅の外縁くらいにしか紅色は配されていない。だから、実物の色をちょっと見てみたかったのだ。

ライト・トラップに2つほど飛んできたのだが、持って帰る気はさらさらなかった。ムラサキシタバでさえ、その気はなかった。所詮は蛾だからだ。蛾って、デブだし、大概は色が汚ない。夜に活動するのも気味悪いし、鱗粉を撒き散らすのも許せない。おいら、ガキの頃から蛾に対しての心理的アレルギーが強いのである。だから、写真さえ撮ってない。

ライト・トラップに飛んできたのは2頭だけで、あと1、2頭はトラップの近くをビュンビュン飛んでた。夜空をスゴいスピードで飛んでて、ちょっと驚いた。そんなに高速で飛ぶものだとは全然知らなかったのである。高速で飛ぶことで知られるスズメガと、さして変わらん。カトカラに対しての興味がそれで上がったワケではないが、アスリートの魂は刺激された。蝶採りは半分スポーツだと思ってるところがあるから、おいちゃん、空中でバチコーン💥シバくのが大好きなのである。そこに大いなるエクスタシーとカタルシスがある。

しかし、見てるだけー(;・∀・)
高さは6、7mくらいで、網が届かん。一瞬でも降りてきたら、その瞬間に電光石火で💥バチーッしばいたろかと構えていたが、全く降りてこんかった。

A木くんに、白布に寄って来たベニシタバを『記念に持って帰れば❓』と言われた。逡巡はあったが、持ち帰ることにした。折角連れてきてもらったのに、礼を欠くのではないかと思ったのだ。下手に断って、気まずくなるのも何だしね。正直、持って帰ってから捨てても、バレなきゃOKじゃろうと思ってた。

翌日、一応三角紙を開いてみた。

 

 
ボロボロだな。
こうして見ると、カトカラの鮮度の良し悪しは表よりも裏面の方がよくわかるかもしれない。

捨ててやろうかとも思ったが、折角だから展翅してみた。

 
(2017.9.23 兵庫県香美町ハチ北高原)

 
上が♀で、下が♂だ。
上翅を上げ過ぎてる蝶屋的な酷い展翅だすな。
秋田さんにボロクソ言われそうだ。
蝶は蛾みたいに両上翅の間の空間が、こんなにも空かない。蝶と蛾の一つ大きな違いだろう。全ての種がそうではないにせよ、蛾と蝶の翅のバランスは全然違うのだ。ゆえに蝶の展翅の時と同じような感覚で展翅してしまった。クセで左右の上翅との空間と触角のバランスを重視してしまうから、それに伴って上翅もつい上げてしまったのだろう。

その後、カトカラの事は完全に忘れてた。
この日は、所詮は一日限りの遊び、ヒマ潰しでしかなかったのだ。カトカラなんぞ、正直どうでもよかった。

しかし翌年、シンジュサンを探しに行った折りに、たまたまフシキキシタバやワモンキシタバが採れた。それで、少し興味を持ち始めた。小太郎くんの惹句のせいである。彼は人を乗せるのが上手い。
とはいえ、まだカトカラに完全に嵌まっていたワケではない。

   
 2018年 9月6日

翌年の9月初旬、ムラサキシタバを求めて山梨を訪れた。その数日前に兵庫県のハチ北高原にムラサキを求めて行ったのだが、惨敗に終わり、すこぶる口惜しかったのだ。負けることは大嫌いだ。だから、これを採らないと終えれないと思っていた。裏を返せば、ムラサキシタバさえ採れれば、カトカラを追いかけるのも、この年でお終いにする予定だった。外野が蝶屋じゃなくて、蛾屋だと囃し立てるのに我慢ならなかったのだ。

 

 
久し振りに青春18切符を使った旅だった。
線路の両側に広がる金色の稲穂に、何だかホッとした。
遠くへ行くのは好きだし、知らない場所に行くのも好きだ。旅人の時の自分は悪くない感じだ。キツいけど、らしい自分だと思える。きっと生来、放浪とか流浪が好きなのだ。多くの生物には、そういう遺伝子を持つ者が何パーセントかいるらしい。死滅海遊魚とかもそうだけど、そう云う一部の者が分布の拡大に寄与しているらしい。けど、だいたいがオッ死ぬけどね。所詮は死屍累々の特攻隊なのだ。

 

 
大阪駅から米原、大垣、名古屋、中津川、塩尻、甲府と乗り継いで、やっとこさ着きました。

 

 
こうして見ると、意外と東京と山梨って近いんだね。
高尾や八王子まで、あとちょっとだ。

ペンションのお姉さんに駅まで迎えに来てもらった。
このお姉さんが良い人で、後々世話になった。こういう奥さんだったら、旦那も幸せだろう。

 
【ペンションすずらん】

 
この連載ではもう、お約束みたいな画像だ。
関東方面の虫屋には知れた場所で、大きなライト・トラップが常設されている。

 
【ライト・トラップ】

 
これ又コメントは毎回ほぼ同じだ。
皆さん、もうウンザリのくだりだとは思うが、こっちはもっとウンザリなのだ。アンタらより、こっちはとうに一番に飽きとるわい。

この初日に、ベニシタバは見てる。
樹液の出ているミズナラを見つけたら、そこに来ていたのだ。

この日は蛾屋の人が二人ほどいて、その話をしたら、よく樹液の出てる木なんて見つけられたよねと褒められた。
(;・∀・)えっ❓、そんな事で褒められんの❓と思ったことを憶えてる。
批判を恐れずに言うが、蛾屋って、たいしたことないなと思った。勿論、そうじゃない人も当然いるとは思う。でも全体的にはライト・トラップに頼り過ぎな人が多すぎる。歩き回る人が少ないわ。だから、そんな弛いコメントが出てくるのだろう。

話を戻す。
結果を先に言うと、でもそのベニシタバは採れなかった。やる気というか、必死さも足りなかったのだろうが、状況が悪かった。あまり太くない木で、細い枝が沢山横から出てて、さらに周りからは他の木の枝が張り出してた。ようするに藪だ。おまけに樹液が出ている場所が少し裏側に被ってて、ブラインド気味だから視認しづらい状態だった。
まあ、それでも自信過剰な男は、何とかなると思ってた。刺激を与えて驚いて飛んだところを空中でシバく予定だった。しかし、網の先で突っついたら、あろうことか、藪の奥の方へと逃げていった。脳は反応してても、網先は1センチたりとも動かせなかった。振っても、無駄だと思ったのだ。下手に強引に振れば、網が破けかねないと判断したのである。
まあいい。ターゲットはベニシタバじゃなかったから、特に悔しいとも思わなかった。去年採ってるしね。たとえボロだろうと、一度でも採った事のあるものに対してのモチベーションは低い。そういう性格なのだ。一度、寝た女に対して急速に興味を失うのと似たようなもんだ。
それに、どうせそのうち又会えるだろうと思った。樹液が出てる木を見つけたんだから、その確率は低くない。

 
 2018年 9月9日

そのうち採れるだろうと思っていたが、翌日は姿を見なかった。そして、3日目のこの日が最終日だった。

 

 
昼間は、大菩薩峠方面にキベリタテハを探しに行ったが、惨敗。1頭たりとも見なかった。何か、よろしくないよね。流れが悪い。

昨日は、高校生の蛾屋の子に周辺を案内してもらった。他にも蛾の採り方とか道具とかアレコレ教えてもらう。前言半分撤回。蛾屋も、ちゃんとそれなりに色々工夫してるのを知ったよ。
とっておきのポイントも教えてくれた。そこは、まさかのペンションすずらんのライト・トラップの真裏の森だった。灯台もと暗しだね。
彼がトラップを仕掛けた場所は特別良い場所だとは思えなかったが、蝶屋目線のトラップの設置場所とは違っていたことには目から鱗だった。考えてみれば、夜は昼間とは全然違う世界なのだ。蝶採りのイメージでしか、物事を考えていなかったよ。

高校生が東京に帰ったので、そこにフルーツトラップをかけさせて戴いた。知らない者は知ってる者に対して、基本的に謙虚であるべきだ。彼はそこでムラサキシタバも採ったと言ってたしね。

そのムラサキシタバがやって来たと教えられた同じ木に、ベニシタバがやって来た。時刻は午後10時頃だった。

 

 
嬉しかったのか、他のカトカラは無いのにベニシタバの写真だけはあるんだよね。
これで、カトカラ元年16種類目だ。ホッとしたような記憶がある。当時は日本のカトカラは全部で31種類だったから、その半分くらいは一年目で採っておきたいなと思っていたからだろう。
とはいえ、この年はまだまだカトカラに嵌まっていたワケではない。蝶の時みたいに、日本の蝶を3年で200種類、4年で230種類以上採ってやろうとかと云うギラギラした野心は無かった。もし本気で採りたいと思っていたなら、シーズン頭のアサマキシタバを採りに行っていただろうし、ウスイロキシタバも狙いに行ってた筈だ。でも行かなかった。さらにいうと、もし真剣に取り組んでいたならば、関西では殆んど記録のないノコメキシタバ、ハイモンキシタバ、ケンモンキシタバ、ミヤマキシタバ、エゾベニシタバ辺りも狙いに行ってた筈だ。しかし、シーズン真っ只中の7、8月には甲信越方面には行っていない。行く気もさらさらなかった。マジで採ってやろうと思ったのは、カバフキシタバとシロシタバ、そしてムラサキシタバだけだったのだ。

その時に採ったベニシタバがこれかな。

 

 
♂だね。印象に無いから、たぶん♂♀とかもどうでもよかったんだろう。

上翅は去年よりだいぶ下がってるけど、まだまだ上がり気味だし、触角の整形が全然ダメだな。
当時は蛾の触角を、蝶みたく真っ直ぐにする必要性を感じていなかったからだろう。美人の代名詞に「蛾眉」という言葉もあるし、真っ直ぐじゃない方が自然だと思っていたのだ。

たまたま、上はオニベニシタバだったみたいね。

 

 
オニベニも採った時は綺麗だと思ったけど、こうして並べてみると、やはりベニシタバの方が断然美しい。
あっ、大きさは同じくらいと思ってたが、ベニシタバの方が大きいんだね。これは多分、オニベニの方がデブで重量感があるからだろう。身長は低いけど、圧が強い人がデカく見えるのと同じだ。
それにしても、オニベニの展翅が酷いな(笑)

今回も纏めて2019年のことも書いちゃいます。
疲れた人は、読むのをここで一旦やめて。あとでまた続きを読みましょうね。

 
 2019年 8月1日

青春18切符で信州方面に旅した。
これで二年連続だ。

 

 
大阪駅から米原駅まで行き、大垣、名古屋、中津川、松本と乗り換え、大糸線に入った。もう1回、信濃大町で乗り換えて、ようやく簗場駅に着いた。
11時間くらいかかっとるやないけー。青春18切符の旅も、そろそろ考えなくっちゃいけない歳だよなあ。オジサンにはキツいわ。

 

 
駅から青木湖まで歩く。
下車したのは、自分一人だけだった。遠くまで来た感、あるなあ…。

地図で見たよりも遠くて、日没間近になってやっとキャンプ場に着いた。

 

 
画像は翌日に撮ったもので、予想外の水の美しさに驚いたっけ。

慌てて一人用のテントを組立て、下見に行く。
今回の狙いはミヤマキシタバだった。ポイントを教えてくれたMくんによると、ライトトラップした時はケンモンキシタバやエゾベニシタバも飛んで来たらしい。

だが、全然下見の時間が足りなかった。ミヤマの食樹であるハンノキが沢山ある場所が見つからないうちに暗くなってしまう。
見つけたのは熊出没注意の看板くらいだ。まさか、こんな標高の低いとこにも熊が出没するとはね。(-“”-;)マジかよ。

仕方なく、湖畔を中心に糖蜜を木に吹き付けてゆく。
まあ何とかなるだろう。実力はないけど、引きだけは強いのだ。

しかし、飛んで来るのは糞ただキシタバ(C.patala)や憎っくきフクラスズメばっかで発狂しそうになる。そして、シクった感がどんどん濃厚になってゆく。

午後10時半前、やっと違うカトカラが飛んできた。
裏面から下翅が赤系のカトカラである事は間違いない。エゾベニ❓ と思った次の一瞬、下翅が見えた。
いや、薄紅色の天女だ。優雅にゆっくりと舞いながらトラップに近づいてゆく。闇の中で見るそれは、一種幻想的な光景だった。ちょっと夢まぼろしっぽい。闇夜にうろうろしていると、段々と心が通常の感覚から逸脱してくる。そもそもが、やってることオカシイよな。狂ってるわ。そう思うと、何だか笑けてきた。

トラップに止まり、下翅を開いた。鮮やかな桃色が目に飛び込んでくる。やっぱエゾベニじゃなく、ベニシタバかあ…。ベニがいるなんて想定外だったわ。
一瞬、ガックリくるが、こんなに新鮮なベニシタバを見るのは初めてだ。美しい。そして、セクシーだ。
そう思うと、テンションが上がった。それにこれを逃したら、今日の収穫はゼロだ。何としてでも採らねばならぬ。わりかし緊張感が全身に走る。

必死こいて採ったよ。
写真には、その場にヘタりこんで撮った感がある。
でもそんな事、自分しかワカンナイか…。

  

 
あっ、フラッシュ焚くの忘れてた。

 

 
でも、反対に真っ白になった。
手のひらに乗せ、今度はまたフラッシュなしで撮る。

 

 
こっちの方が質感があっていい。

そう、このピンクだ。( ̄∇ ̄)美しいねぇ。
暫し、見惚れる。

そう云えば、シロシタバが下翅を開くことをパンチラと呼んでいたのを思い出す。
純白パンティーならぬ、妖艶ピンクパンティーのパンチラだ。❤エロだね。
闇の中で、その馬鹿馬鹿しい発想にケラケラ笑ってしまう。ホント、阿呆だ。

  

 
一応、もう1回フラッシュ焚いて撮る。
こっちの方が上翅は美しく写る。明るいグレーがキレイだ。

 
(裏面)

 
裏面は、オニベニとさして変わらないね。エゾベニも多分そう変わらんだろう。

 
 2019年 8月2日

翌日、白馬村へ移動。

駅近くのスーパーで、発泡酒とカツカレーを買い、半分食ったところで、テーブルに突っ伏す。

昨日からのあまりに過酷な旅に、ドッと疲れが出たのだ。長い長い移動と残念な結果に心は擦り減っている。それに、テントの下に敷くマットを忘れたので背中が痛くてあまり眠れなかった。おまけにド・ピーカンで死ぬほどクソ暑いときてる。バロムワンのエネルギーメーターの針も、限りなくゼロに近いところを指しとるのだ。

 

 
バスで移動し、キャンプ場に入った。
狙いはアズミキシタバ。上手くいけばヒメシロシタバも採れるだろうと考えていた。

 

 
夜まで時間があるので、サカハチチョウと遊ぶ。

 

 
手乗りサカハチチョウだ。
10分以上はいた。
手乗り蝶は昔から得意。心頭滅却、良い人になれば、わりかし友達になれる。

この辺までは、まだ余裕があったんだよね。

アズミキシタバのポイントはすぐ近くだ。有名な崖下の周辺に糖蜜を吹き付ける。サラシナショウマも咲いてることだし、いい感じだ。アズミは花に吸蜜に来るというから、楽勝やんけと思った。どうせ時期的にボロだろうが、この際、採れたという事実があればよい。

しかーし、日没後すぐにベニシタバを採って間もなく、✴ピカッ⚡ゴロゴロガッシャーン❗ザーザー降り。
(-o-;)終わったな…。

 
 2019年 8月4日

🎵ズタズタボロボロ、ズタボロロ~。
泥沼無間地獄の3連敗。
昨日はヨシノキシタバ狙いで猿倉まで行くも、糖蜜に他の蛾はぎょーさん寄って来るのに、カトカラはこのズタボロのクソただキシタバだけ。ゴマシオキシタバやエゾシロシタバさえ見なかった。

 

 
泣きたくなる。こっちのハートがズタボロじゃい。

熊の恐怖と闘いつつ歩いて麓まで戻り、夜中にキャンプ場に着いた。新しい靴のせいで足を痛めてて、靴を脱いだら血だらけ。これまた地獄。これほどボコられてるのは海外だってない。

朝起きたら、テントにセミの脱け殻が付いていた。
ここまで登ってきて、羽化したのだろう。

 

 
何かバカにされたみたいで、ガックリくる( ´△`)

今日も大いなる惨敗の予感。
3日連続で連敗が続くと、ここまで弱気になるのね。初めて知ったよ。
虫採りやってて、こんなに絶不調は嘗て記憶にない。(@_@;)ぽてちーん。

白馬駅まで戻ってきた。
一昨日と同じスーパーへ行く。

 

 
今回は「デミグラスハンバーグステーキ弁当」をチョイスした。

 

 
枝豆を2鞘(ふたさや)食って、金麦飲んで突っ伏す。
ハンバーグ弁当を半分食って、再び突っ伏す。

電車に乗り、午後4時くらいに目的の駅に着く。
そこから歩いて湿原へ移動せねばならない。レンタカーを借りればよかったかなあ…。でも今さらどうしようもない。それに今はボンビーおじさんなのだ。

相当歩くことを覚悟していたが、意外と早く着いた。

 
【ハンノキ林】

 
狙いは、ミヤマキシタバ。初日のリベンジである。
ここは文献で調べた所だから、確実にいる筈である。
いなきゃ、もう呪われているとしか思えない。

宿泊施設は無いので、近くにテントを張る。

 

 
ここも熊がいるらしいから💕ドキドキもんだが、最早そんな事は言ってらんない。何も結果が出てないのだ。熊が恐くて、虫捕りがやってられっかであるι(`ロ´)ノ

広範囲に糖蜜かけまくりのローラー作戦で、1ヶ所だけヒットした。もう意地である。

ここでもベニシタバが飛来した。
日没後、暫くして飛んで来た。あとは8時台に複数頭が飛んで来た。しかし、今やどうでもいい存在だ。写真も撮ってない。どんだけ綺麗な女の子でも、結構早めに飽きるという酷い男なのである。

冷や冷やの綱渡りだったが、何とか目的を達成した。
秋田さんや岸田先生にFacebookで『マホロバ(キシタバ)を発見したから、今年の運、全部使い果たしたんじゃないのー?』と笑われていたが、これで公約通りに連敗脱出である。阪神タイガースとは違うのだ。
夜中まで粘って、テントで昏倒、💤爆睡。

その後、3日ほどいて各地を転戦し、怒濤の巻き返しをするもベニシタバは見てない。で、結局最後は力尽きて突っ伏し、帰阪した。

 
 2019年 9月2日

青春18切符の旅、再び。

 

 
今回は大阪駅から米原、大垣、岐阜、美濃太田と乗り継いで、高山までやって来た。

高山駅が改築されて、メチャお洒落になってるのに驚く。

 

 
噴水まで出よる。

 

 
でも、昔の駅舎の方が好きだ。新しい建物には風情というものがない。

 

 
バスに乗り換える。

1時間ほどバスに揺られて、やっと目的地の平湯温泉までやって来た。今回は約8時間の移動だった。

 

 
既に陽は沈んでいる。
常宿に旅装を解き、温泉に直行。
で、すかさず居酒屋でキンキンに冷えた生ビールを頼む。

 

 
 
でも、そのキンキンに冷えた生を飲んで、やる気をなくす(笑)

嗚呼、蛾採りなんかやめて、ビール飲んで旨いツマミ食って、ヘラヘラしていたい。
でも、それじゃ何しに来たかワカラナイ。重い体を引き摺って出陣。
探すはエゾベニシタバ、目指すは白谷方面。
しかし、真っ暗けー。

 

  
ここには妖精クモマツマキチョウを採りに何度か訪れているが、夜はこんなにも真っ暗だなんて予想だにしていなかったよ。

 
【クモマツマキチョウ(雲間褄黄蝶)♂】

 
【裏面】
(2019.5.26 岐阜県高山市新穂高)

 
【展翅画像】

 
そういえば思い出した。白谷では、そのクモツキ採りの時に熊の親子連れを見てるわ。つまり、此処には確実に森のくまさんがいるのである。
真っ暗だし、熊は黒い。背後から襲われでもしたら、お手上げだ。((((;゜Д゜)))ブルッとくる。

🎵ラララ…星き~れい~、とか何とか口に出して歌ってはみるが、恐い。マジ卍で熊も闇も恐い。
幸い❓なことに川沿いの道にトラップを噴きつけるのに適した木がないので撤退。温泉の反対側に行くことにした。
言っとくけど、チキンじゃないからね。いや、本当はチキンだけど、目的の前ではチキンじゃないぞ。何か言い訳がましいが、そんなに悪い判断ではなかったと思う。

午後10時半くらいに漸くカトカラが飛んで来た。
しかし、エゾベニではない。低い位置、地表近くを飛んでいたので、すぐにベニだとわかった。
けど、トラップには寄り付かず、笹藪の端をちまちまとホバリングしながら飛んでいる。見たところ♀だ。もしかしたら、卵を産みに来たのかもしれないと思った。でも近くに食樹であるヤナギ類なんてないぞ。暫く見てたが、笹藪の中に入りそうになったので、網を一閃。ゲットしてしまった。

糖蜜には他にシロシタバが1頭飛んで来ただけで、クソ蛾さえも殆んど寄り付かずだった。糖蜜のレシピを間違ったやもしれぬ。いい加減に作ったもんなあ…。
ましてやヨシノやエゾベニには糖蜜はあまり効果がないとされている。序盤から劣勢だわさ。
そうだ、ワシってキベリタテハを採りに来たのじゃ。カトカラ採りはついでだ。
そゆことにしておこう( ̄∇ ̄*)ゞ

 
 2019年 9月3日

平湯から新穂高・わさび平小屋へ。
ターゲットはヨシノキシタバとエゾベニシタバ。あとはムラサキシタバとゴマシオキシタバってところか。
ここは大きなブナ林があるし、その下部にはドロノキやヤナギ類もある。わさび平にヨシノがいると聞いたことはないけど、絶対いるじゃろうと思ったのだ。もしダメでも、このどれかは採れるだろうと読んだのである。効率重視の男なのだ。

 
【わさび平小屋】

 
この右横の奥のサイトにテントを張った。

 

 
アサマイチモンジと遊ぶ。

 

 
でも手乗り蝶をやると、前みたいにその後は悲惨な結果になるんじゃないかと云う思いがよぎった。
こういう事を思うじたい、絶不調なのだろう。らしくない。メンタル弱ってんなあ。

ここには熊が沢山いる事は周知の事実である。ワシも此処のすぐ近くで見たことがある。前日以上に恐怖に怯えながら、夜道を歩き回った。
しかし、ブナ林は不気味なまでに静かで、糖蜜トラップには何も来ん。泣きたくなる。
東日本では、糖蜜トラップがカトカラにはあまり通用しないことをひしひしと痛感する。ヨシノやエゾベニどころか、ゴマシオ、エゾシロさえも寄って来んかった。
やっぱライト・トラップが無いとアカンわ。だいぶと前に遡るけど、前言撤回。灯火採集は蛾採りには必要不可欠だ。
蛾屋の皆様、m(__)mゴメンなさい。

結局、来たのはベニ2頭のみ。

 

 
それと、なぜか標高1500mに桃色クソ蛾ムクゲコノハちゃん(註1)が複数飛来。
何処にでもおるやっちゃのー(=`ェ´=)、💧涙チョチョギレそうやわ。(*ToT)ダアーッ。

 

 
雨が降り始めたので、小屋で雨宿りする。
暗闇で飲むビールは苦かった。

                     つづく

 
追伸
雨はやがて激しくなった。
テントの下は川となり、凍えながら眠った。ボロボロの大惨敗である。
その後、1ヶ所だけ転戦して大阪に帰った。

一応、2019年に採ったベニシタバの展翅画像のいくつかを貼り付けておこう。

 
【Catocala electa ベニシタバ】

 

 

 
【同♀】

 

 
【裏面】

 
展翅もだいぶ上手くなっとる。
幾つかは『ひゅう~、完璧じゃねえのd=(^o^)=b』と勝手に自画自賛しちゃうぞ。
これからは、上翅を心持ち上げえーの、触角を真っ直ぐしいーの、やや上げえーの路線でゆきまーす。

触角に関しては、以前に蛾眉的な形の方が自然で良いだとか何だとかホザいたが、撤回。よくよく考えてみれば、生きてるカトカラの触角は真っ直ぐだと気づいたのである。つまり、むしろ真っ直ぐな方が自然なのだ。

次回、ベニシタバの種解説編の予定っす。

 
(註1)ムクゲコノハちゃん

 
同じピンクでも毒々しいなあ。
おらにとっての、ザ・蛾だよ。正直、背中がおぞける。

 

2018′ カトカラ元年 其の15

  vol.15 ゴマシオキシタバ
  『風のように、曇の如く』

 
 
2018年 9月1日

この日は植村を焚き付け、兵庫県のハチ北へライトトラップをしに行った。狙いはムラサキシタバである。

 

 
天気は曇りで、時折霧雨が降るような灯火採集には絶好のコンディションだった。
植村の持ってきたツインターボ水銀灯ギャラクシーセットは強力で、超明るい。当然、ブラックライトも備えておるから万全の体制だ。

おまんら、ι(`ロ´)ノジャンジャン飛んでこいやー❗

とかフザけて言ってたくらいだから、もう勝ったも同然の気分だった。

しかし、蛾はアホほど飛んで来るのに、なぜかカトカラの飛来は少ない。パタラ(C.patala)だけで、ムラサキシタバどころか、ベニもシロもジョナスも飛んで来ない。
場所の選定を間違ったのかもしれん。やっぱ日没前に余裕をもって現地に着いて、設置場所を吟味して考えなきゃダメだね。

飛んで来るのは、相変わらずただキシタバ(C.patala)ばっかで、時間は徒(いたずら)に過ぎてゆく。
午後10時前後、漸くパタラとは違うカトカラが飛んできた。尖った翅の形で、すぐに分かった。ジョナスキシタバだった。
そういえばこの時は、植村が『いいなあ、ジョナス。いいなあ、ジョナス。』と連発してたんだよなあ。

その後、ライトトラップをそのままにして外灯回りに行った。
たいした成果もなく、11時くらいに戻った。
したら、植村が白布に止まっているカトカラらしき奴を見つけた。
それが人生で初めて見るゴマシオキシタバだった。

植村が『コレ、何すかね❓』と言うので、『どうせ、ゴマシオなんじゃねえの。』とぞんざいに答えた覚えがある。
正直、第一印象は、あまり特徴のないツマンねぇカトカラだなと思った。ムラサキシタバに比べれば、雑魚みたいなもんだ。
植村も初めて採ったのにも拘わらず、『ジョナスの方がいいなあ~。』と又も言っていたくらいだから、彼も多分しょーもないカトカラだと思ったに違いない。

これで少し期待したが、その後ジョナスもゴマシオも1頭も飛んで来ず、午前0時半に撤退した。

 

2018年 9月8日
 

お馴染みの「ペンションすずらん」の画像だから、今回も山梨県甲州市での話。

 

 
この日の昼間はキベリタテハを探しに大菩薩峠まで足を伸ばした。
でも、この年は大不作だったようで1頭たりとも会えなかった。

森の写真は峠の下の環境で、ブナとミズナラの混交林が広がっている。

 

 
これまたお馴染みの、ペンションすずらんに常設されているライトトラップ。
ここにゴマシオが複数飛んで来たのだが、何の感動もなかった。どうせ採れるだろうと思ってたし、ボロばっかだったせいもあるが、やっぱりどこか魅力に欠けるのだ。だからか、当時の写真は1枚もない。おそらく撮っていないのだ。

この時は4、5頭は見ている筈だが、1頭しか持ち帰らなかった。別にカトカラにまだハマっていたワケではなかったから、どーでもいい存在には興味が薄かったのだ。どーでもいい存在のボロを持って帰る気にはなれなかったのだろう。一応、採ったという証拠があればいいと云う感じだ。
その時の、それがコレ↙

 

 
展翅、下手クソだなあ…。カトカラ1年生、まだまだ上翅と触角を上げた蝶屋的なクセが出てる。

これで話は大体終わっちゃう。
実を云うと、2019年には1頭も見ていないのだ。
一応、2019年の事も書いておくか。

正直、ゴマシオを狙うと云う意識は全く持っていなかった。ブナがあるところではド普通種だと聞いていたからだ。そのうちどっかで採れるだろうとタカを括っていたのだ。
しかし、他のカトカラ狙いで猿倉、平湯温泉、新穂高左股、白骨温泉とブナがある場所に入ったものの、全く糖蜜トラップには寄って来なかった。今考えると、何でだろ❓と思う。
理由は、そもそも分布していなかったのか、糖蜜トラップに全然反応しなかったかのどちらかだろう。

但し、三角紙に入った手持ちのゴマシオは幾つか持っている。小太郎くんがくれたのだ。
白川村周辺に蝶採りに行った折りに、沢山いたのでお土産に採ってくれたのである。優しい男なのだ。
昼間、蝶採りをしていたら、驚いてジャンジャン飛ぶので、ついでに採ってきたそうだ。結構敏感で、沢山いたけど、大半はどっかに飛んで行ったらしい。

 
(2019.8.2 岐阜県白川村平瀬)

 
ずっと、放ったらかしだったが、この為に今日ようやく展翅することにした。興味の無さが見てとれるよね。

 

 
カトカラ歴二年目の終わりともなれば、上翅を下げ、触角も寝かせ気味にしたカトカラ屋の展翅になってきてる。

♂だな。
それにしても地味だなあ。
テンション、⤵だだ下がるわ。

 

 
(・。・)おっ、お次は上翅が黒い個体だ。
中々にカッコイイじゃないか。
ワザと上翅を少し上げた蝶屋的展翅にしたけど、正解だったかもしんない。黒っぽいだけに、ちょいワル感が出てて、コレはコレで有りだとは思うけどね。

展翅する前は横から見て腹が短いから♀だと思ったけど、展翅したら♂に見えてきたぞ。どっちだコレ❓

 

 
横から見て、コヤツは腹がもっと短いし、間違いなく♀だと思ったんだよね。けど展翅してみたら、やはり腹が細い。だいたい♂にしても、腹先にあまり毛束が生えてないんである。カトカラの仲間の♂は、大概が腹先に毛束が多めに生えている。それで大概は判別できるのだ。
♀はまだ卵を持ってないから、腹がパンパンに膨らんでないのかなあ?
まさかコヤツも♂だったりして…。

 

 
コレも横から見て腹が短いから♀かなと思ったけど、微妙。ワケ、わかんねえや(◎-◎;)
どいつもコイツも上翅が汚いし、雌雄はワカランし、段々腹立ってきたよ( ̄皿 ̄;;

  

 
コレは腹が長いから、絶対に♂だな。腹先の毛も少し多めなような気がする。

どれも鮮度は悪くないのに、やはり魅力に欠けるなあ。大半の個体が上翅にメリハリが無くて、ベタだ。もしも、最も見た目がツマンナイ黄下翅(キシタバ)選手権があったとしたら、間違いなく上位に食い込むね。変異が無いと、ホントつまらんカトカラだな。
展翅も、ぞんざいになってきたわ。体が縒れてるけど、もういいや。なおしません❗
よし、次はもう少し見栄えよく展翅してみよう。

 

 
触角を段階的に上げてきて、ザ・蝶屋風の展翅にしたった。
少しは上翅の柄はマシだけど、こんなもんか…。

あっ、裏展翅したのを忘れてた。

 
(裏面)

 
脚も整えて、完璧してやろうかとも思ったが、たかだかゴマシオなので、やめた。

それにしても何か今イチだ。下翅の内側が擦れてる。
一応、他からも画像を引っぱっとくか。

 
(出展『日本のCatocala』)

 
西尾規孝氏の『日本のCatocala』の標本写真をトリミングしたもの。この図鑑は唯一裏面の画像も載せてくれている図鑑だから助かる。
でも自分の写真の撮り方が悪いせいか、実物より黄色く写っている。
まっ、いっか。んな事よりも斑紋の方が大切だ。それさえ見比べらればいい。あとは雰囲気さえ解ってもらえればええやろ。

さてとー。そろそろ解説編、始めますかあ。

 
【学名】Catocala nubila Butler, 1881

最初に学名を見た時は「nubile」に見えた。
nubileといえば、英語だと性的魅力のある女性とか色気がある女性という意味だ。ようするにエロい女のことである。
だから、(|| ゜Д゜)えぇーっと思った。
記載者のバトラー(Butler)って、ゴマシオキシタバの何処に色気を感じたのだ❓変態じゃねえの❓と思った。しかもマニアックな。
でも、nubileには「年頃の、結婚適齢期の」という意味があるのも直ぐに思い出した。にしても、ゴマシオにつけるには、とても相応しいようには思えない。やっぱり、このロリコン爺じいめっがっ(# ̄З ̄)❗と思ったよ。

しかし、よ~く見ると綴りが違う。最後の文字は「e」ではなくて「a」で終わってる。何だかホッとしたような、ツマンナイような妙な気持ちになったよ。エロ爺じいの性的歪みを暴いてやろうと思ったのにぃー。

お決まりの平嶋義宏氏の『蝶の学名-その語源と解説-』には、同じ学名のものは載っていなかった。
ゆえに仕方なく、ネットで探す。アタマから苦労してるなあ…。

で、出てきたのが、Post nubila Phoebus.(ポスト・ヌービラ・ポエブス)。これがズラズラズラーッと並んでた。どうやら有名な言葉のようで、諺(ことわざ)の定番らしいね。

少し長くなるが、説明しよう。
「post」は対格を支配する前置詞で「後、後ろに」という意味。英語でいえば「behind」と「after」の2つの意味を持ち併せてる言葉のようだ。
「nubila」は中性名詞の nubilum「雲・雨雲」の複数主格/呼格/対格。
「Phoebus」は、太陽神アポロと太陽の2つの意味を持っている。
動詞は省略されているが、estを補うと「雲の後(あと)の太陽」もしくは「雲の後ろにある太陽」という意味になり。これを日本語風に勝手に意訳すると「雨(曇り)のち晴」とか「雨降って地固まる」って云う辺りになる。
さらに意訳すれば、今はどんなに不幸であっても、いつか必ず光が射す。未来に希望を持とうではないか。「人生、苦あれば楽あり」みたいな感じだすな。

他に、nubilaで出てくるのは、キューバロックイグアナの学名「Cyclura nubila」である。キューバに棲むイワイグアナの1種だ。
ゴマシオキシタバと何か共通点がないかと探してみたが、残念ながら見つけられなかった。

nubilaは「雲」もしくは「雨雲」って云うことでいいのかな❓
となると、何ゆえバトラーはそのような学名をつけたのだろう❓
あっ、ヤバイ。こないだ変なとこに足を突っ込まないようにしようと誓ったばかりなのに、またしても泥沼迷宮になりかねない。しかも、まだ解説欄を書き始めたばかりじゃないか。嫌な予感がするよ。

考えられうるのは、先ずは上翅の斑紋だろう。その斑紋をバトラーは、雲に見立てたのではあるまいか。
あー、また始めちった。
しかし、ゴマシオの上翅だけが特別に雲の柄というワケでもない。他のカトカラだって、雲と見れば雲みたいな柄なのは沢山いる。名付けた理由としては弱い。説得力にやや欠けるし、決定打とまではいかない。

次に候補として浮かんだのが生息環境。ゴマシオの棲息場所は主に食樹のあるブナ林帯だ。ということは、標高1000m以上で、上は1500~1600mくらいだろう。そうなれば、雲や靄(もや)が掛かることも多かろう。悪くない理由だ。しかし、これも弱いっちゃ弱い。ゴマシオだけの特性だとは言えないからだ。それくらいの標高を中心に生息するカトカラは他にも幾つかいるのである。

三番目は「Post nubila Phoebus.」という諺だ。ラテン語なんだから、きっと古い諺の筈。バトラーが生きていた時代にもポピュラーで、誰しもが知っていたものと推測される。この馴染みのある諺とリンクさせたとかは考えられないだろうか❓
けど、どうリンクさせんの❓
ダサいカトカラだから不憫に思って、そのうちに良い事あるよと優しい気持ちを込めてつけたとか?
それは理由としては流石に苦しいなあ。コジツケにしても無理が有りすぎる。
ならば、ギアチェンジ。想像力をフル回転させよう。

来日したバトラーは採集に出掛けたものの、悪天候によりブナ林帯の山中で何日も停滞を余儀なくされた。その間、めぼしい採集品は殆んどなかった。数日後、やがて天候が回復し、その最初に採れたのがこのゴマシオキシタバだった。雲の如き上翅をそっと持ち上げると、下から明るい黄色が目に飛び込んできた。まるで雲に隠れていた太陽が顔を出したかのようだった。
それに感激したバトラーは「Post nubila Phoebus」の言葉の一部を、この蛾の学名に宛てましたとさ。
というのは、でや(・。・)❓
想像力が逞し過ぎるか(笑)。

これ以上踏み込みたくないけど、ちょっとだけバトラーさん本人についても調べてみよっと。

Arthur Gardiner Butler(アーサー・ガーディナー・バトラー)。
生没年 1844年6月27日~1925年5月28日
イギリスの昆虫学者、クモ学者、鳥類学者。大英博物館で鳥類、昆虫、クモ類の分類学を研究した。

( ̄O ̄)ほおーっ。生没年からすれば、ゴマシオキシタバの記載は1881年だから、37歳の時の記載なんだね。思ってた以上に若い。変態ジジイじゃなくて、変態オヤジだな。あっ、失敬。語源はエロい女じゃなくて、雲だったね。スマン、スマン。

バトラーといえば、蝶の図鑑を見ていると、やたらと記載者にその名前が出てくる。数えてないけど、たぶん日本の蝶の記載数はバトラーがトップだろう(註1)。

ネットサーフィンをしてたら、そのワケとゴマシオキシタバを解き明かす鍵となりそうなものを見つけた。
『佐賀むし通信19 日本産蝶の命名者のプロフィル(註2)』の中に、以下のような記述があった。要約しよう。

「バトラーは大英博物館で Fenton、その他の日本在住の採集家や旅行家によって送られてきた材料を記載していた。1876年、石川千代松が採集したミスジチョウの標本が1頭しかなく、Fentonが石川千代松が写生した図だけをButlerに送ったところ、Butlerはその図をもとに、Neptis excellens と命名記載した。このexcellensは図が優れていると云う意味からの命名である。
中略。
これが、のちに実物を見ずに図だけで新種を記載したと問題になった。また明治期に来朝した英国のPryerは、Butlerは博物館的分類学者であると、鋭い批判を加えている。」

ようするに、これはバトラーはフィールドに出ずに記載をしていたと云う批判である。
又この文章には、江崎悌三博士が明治の初期に活躍した来朝(来日?)外人に興味をもち、優れた記事を多く書いている(『江崎悌三著作集』1984)とあるが、バトラーが来日したような事は一言も書いていない。Fenton、その他の日本在住の採集家や旅行家によって送られてきた材料を記載していたとも書いてある事からも、おそらくバトラーは、日本には来日していないものと思われる。
だとするならば、バトラーは日本での生息環境を知らずに名前をつけていたと云うことになる。つまり、バトラーは棲息環境を見て名付けたという仮説は成り立たない。もちろん三番目のワタクシが想像力を駆使した物語風仮説も成立しえない。
となると、残るは一番最初の、上翅の斑紋からのネーミングであるというシンプルな仮説だ。
よし、今一度、そこに立ち返ってみようではないか。

(ФωФ)🎵ニャニャニャニャニャーニャニャ、ニャンカニャンニャンニャーニャニャ、ニャンニャンニャーニャニャ、ニャンニャカニャンニャンニャー🎉
🎊ども~、今回もニヒルでお茶目なカトカラ探偵、白毫寺伊賀蔵の登場だぁーす。京極堂の如く(註3)、ホイホイ解決しまっせ、しまくりまっせの憑き物落としじゃ❗

バトラーってさあ、他にも日本のカトカラを記載してるよね。一応、彼が記載した日本の他のカトカラとその記載年を洗い直してみよう。
シロシタバ(1877年)、ミヤマキシタバ(1877)、ノコメキシタバ(1877)、ジョナスキシタバ(1877)、ワモンキシタバ(1877)、ヨシノキシタバ(1881)、マメキシタバ(1885)と7種もいる。このうちゴマシオの記載年である1881年よりも以前の記載は、シロ、ミヤマ、ノコメ、ワモン、ヨシノである。

石塚先生、毎回パクりまくりですが、又もや『世界のカトカラ(註5)』から画像を拝借させて戴きやんす。すんません。

 
上記にあげた各種カトカラの上翅を並べてみよう。

 
(シロシタバ)

 
(ミヤマキシタバ)

 
(ノコメキシタバ)

 
(ワモンキシタバ)

 
(ジョナスキシタバ)

 
(ヨシノキシタバ)

 
そして、最後にゴマシオくん。

 
(ゴマシオキシタバ)
(以上全て出展『世界のカトカラ』)

 
(ー_ー;)う~ん、こう云うのって人によりけりで認識の差がありそうだけど、これらの上翅の柄を見比べてみれば、ゴマシオが一番雲っぽいかもしれない。というか曇天、曇り空っぽい。前翅の斑紋が明瞭でない個体が多く、ベタでメリハリがないのだ。雲と考えれば、どの種も雲に見えるが、曇り空と考えれば、ゴマシオが最もそれに合致しているのではなかろうか。

それにだ、別な観点でこうとも考えられはしまいか。
のちに詳細は後述するが、ゴマシオキシタバはカトカラの中でも特に上翅のデザインのバリエーションが豊富な種なのだ。変異の幅が広いのである。つまり、バトラーは日本から送られてきた複数のゴマシオキシタバの標本を見て、そのバリエーションの多さに驚いた。そこに、雲の如く変幻自在に変わる様を感じたのではないだろうか❓そして「nubila=雲」と名付けた。

こんなもんでどうかね❓、金田一くん。

半分、やっつけ仕事みたいなもんだが、もうウンザリなのだ。ゴマシオに対しての愛がないから、この辺で幕を下ろさせていただく。

 
【和名】
ゴマシオといえば、胡麻塩。あの御飯にかけたり、🍙おにぎりに乗ってるアレだよね。
日本人なら誰もが知っている、焼き塩と炒った黒ゴマを混ぜ合わせた定番のふりかけの1種だすな。
あとは考えられるとしてら、坊主頭に白髪とかが混じったゴマシオ頭のこってすな。ヒゲなんかも白髪混じりだと、ゴマシオ髭なんて言ったりもする。ようは黒と白が点々で混じるものの喩えとして使われる言葉だ。
他は言葉的に、どう考えてもないな。ならば、語源は、そのどっちかだろう。
ふりかけのゴマ塩は黒と白のコントラストがハッキリし過ぎているし、名付けられた時代に調味料としてゴマ塩があったかどうかも怪しい(註4)。あったとしても、今ほどポピュラーなものではなかったろう。
上翅の柄からすると、ゴマシオ頭のゴマシオの方が近いし、多分そっちのゴマシオ起源なんだろな。それでいいと思う。

まあ、和名として、それってワカンなくもないんだけど、クールに言うとダサい名前だよな。名前だけ聞いて、それが良い虫だとは絶対思えないもん。どう足掻いても脇役の名前で、メインキャラであるワケがない。ネーミングって大事だと、今更ながらに思うよ。
かといって、他に良い名前が浮かばないのも確かだ。たぶん、名付けた人も苦し紛れにつけたんだろな。同情するよ。それだけこのカトカラには、コレといった特徴がない。そりゃ人気も出んわな。東では普通種みたいだし、雑魚扱いになってるというのも解るわ。

 
【変異】
前翅斑紋の個体変異が激しく、多様なんだそうな。

 
(出展 石塚勝己『世界のカトカラ』)

 
上のなんかは黒化型みたいなもんなのかな❓
変異を沢山見ているワケではないから、よくワカンナイ。

翅の中央が黒化する型もいる。

 
(出展『世界のカトカラ』)

 
こう云う型を、f.fasciataと呼ぶそうだ。
ふ~ん、型にまで名前が付いてるんだ。
これはカッコイイかもね。

「fasciata(ファスキアタ)」はラテン語で「縞模様とか「ストライプ」を意味する。生物の学名としてはわりかしポピュラーな方で、蝶や蛾の他にも植物とか貝とかにも使われている。
そういや「包帯」なんて意味もあったな。そう考えれば、この型の上翅はまさしく包帯みたいだもんね。

んっ❗❓、でも、f.fasciataの前の「f」って何だ❓ 最初はシノニムなのかな?と思ったが、属名の「Catocala」の略ではないし、亜種のシノニムにしても「nubila」の頭文字の「n」の略でもない。
やめとこ~っと。こんなの調べ始めたら、ロクな事ない。たかが、型の1フォームにズブズブになってたまるかである。

ワオッ❗スゴい異常型もおる。

 
(出展『世界のカトカラ』)

 
ここまでくると、もはやパッと見では、どのカトカラの異常型なのかもワカランわ。
因みに、何故か九州では変異幅が小さいそうだ。

亜種は記載されていないようだが、極く近縁な種が中国にいる。

 
【Catocala ohshimai タイリクゴマシオキシタバ】
(出展『BOLDSYSTEMS』)

 
ゴマシオよりも後翅黒帯が発達する傾向があるという。

また中国・四川省には、やや大型のジョカタキシタバ という近縁種もいる。

 
【Catocala joyokata ジョカタキシタバ】
(出展『世界のカトカラ』)

 
石塚さんが2006年に記載した極珍のカトカラ。
『世界のカトカラ』が刊行された2011年の時点では、Holotypeの1♂しか知られていない。ボロしか載せられていないと云うことは、それだけ珍品度が高いことを示している。他にキレイな個体は無いということだ。但し、ボロボロなのは9月に採集されたものだからみたい。発生は7~8月だろうと推察されている。
記載論文は読んでいないが、四川省北部の標高4500mの高地(宝山?)で得られたようだ。飛んでもねぇ高さだ。そういうのって、浪漫を掻き立てられる。調べた限りでは、他の個体の画像は見つけられなかったから、今も珍品の座にあるのかもしれない。

参考までに言っとくと、DNA解析の結果ではアズミキシタバ(Catocala koreana)に近いようだ。両者の見た目は全然似てないから、ホントかよー❓と思う。DNA解析って、どこまで信じていいのかワカランよ。

 
【開張(mm)】

『原色蛾類図鑑』には、50~57㎜とあり、『日本産蛾類標準図鑑』には、50~62㎜内外とあった。
手持ちのものを計ったら、一番大きなもので58㎜。あとはだいたい55㎜前後だった。

 
【分布】北海道、利尻島、本州、四国、九州

日本の特産種とされているようだ。
北海道ではブナの北限である南西部に多いが、ブナの自生していない東側でも散発的な記録が各地にある。この事からも移動性が高い種だとされるのだろう。日本での北限記録は利尻島、南限は九州の霧島山塊(高隈山)とされている。
本州では中部以北に多い。西日本では、ブナ林が少ないことから分布は高所に限られる。しかし棲息地では個体数が少なくないようだ。シロシタバなど、九州では珍品になるカトカラが多いが、このゴマシオだけは比較的多く採れるみたいである。

四国では、愛媛県石鎚山成就杜、高知県手箱、香川県大滝山、徳島県剣山など全県に記録がある。剣山見越付近(標高1500m)では、本種の発生量はカトカラの中では少なくなく、成虫が見られる期間も一番長いようである(「四国の蛾の分布(Ⅲ)」増井 1978))。
ゴマシオって、発生地では何処でも多いカトカラなのかなあ…。

近畿地方では記録が少なく、『ギャラリー・カトカラ全集』では大阪府と京都府に記録がない。ザッと調べたところ、和歌山県では田辺市に記録があり、奈良県でも上北山村大台ヶ原に記録があることから、紀伊半島南部のブナ帯には広く分布しているのかもしれない。
滋賀県での記録は拾えなかった。だがブナは豊富にあるので、分布はしているだろう。確実に産するのは兵庫県で、西播北部,但馬のブナ帯に分布している。
中国地方でも全県に記録があるようだ。
何か面倒くさくなってきたので、分布図を貼り付けておく。

 
(出展『日本のCatocala』西尾規孝)

 
おいおい、近畿地方に空白地帯が無いぞ。
『世界のカトカラ』の分布図ではどないなっとんのやろ❓

 
(出展『世界のカトカラ』)

 
一見、かなり違うように見えるが、こちらは県別の分布図であることに留意されたし。
見ると、こっちは大阪府と京都府は空白になっている。
この2つの分布図に対しては特に言及はしない。まっ、いっかなのだ。ゴマシオの分布概念が解りゃいいだろう。

日本の固有種だが、国外にも記録がある。朝鮮半島、鬱陵島、ロシア南東部、樺太などだが、偶産的な扱いになっているようだ。これはブナ属の植物が、これらの場所には無いからだと思われる。
しかし、鬱陵島(ウルルン島)の記録は偶産ではない可能性もあるようだ。
朝鮮半島から東、沖合い約130kmに位置するこの島には、ブナ属が自生しているらしい。島の最高峰は聖人峯(ソンインボン 성인봉)で、標高は984mというから、ブナが生えていてもおかしくないよな(註6)。

 
【レッドデータブック】

香川県では、絶滅危惧II類に指定されている。

 
【成虫出現月】

成虫は7月の上旬から出現し、11月上旬まで見られるが、新鮮な個体が得られるのは8月中頃まで。9月以降に見られる個体は翅の損傷が激しい。

 
【生態】

ろくに自分では採っていないワケだから、独自の知見はない。ほぼ他人の文章からのパクりであることを御断りしておく。

本州では、主に標高900m程度の山地から標高1700m程度の亜高山帯に見られ、ブナ帯では最も多く見られるカトカラである。
ただし本種はブナやイヌブナが全くない場所やブナの生育していない低地でも採集されることがよくあり、かなりの距離を飛翔すると考えられることから、強い移動性を持つ種と位置づけられている。特に9月中旬を過ぎると移動性が高まり、低山地だけでなく、時には市街地でも見つかるという。

夜間、灯火によく集まり、東日本では多数の個体が飛来することがしばしばある。東北地方では、一晩に数百頭ものゴマシオが押し寄せたこともあるらしい。
主な飛来時刻は分からない。けれど、特に言及されているものは見ないので、時間にあまり関係なく飛来するのだろう。
また、盛夏に灯火採集をすると、標高2700mの高地でも多数が飛来することがあるそうだ。そういう日は、下界が猛暑日である事が多いという。おそらく暑さを嫌って移動するのではないかと推測されている。

樹液にも集まるというが、『日本のCatocala』で、西尾規孝氏は低地でクヌギの樹液に来ているものは観察したことはあるが、ブナ帯にいる成虫の餌は観察していないという。
ネットで、樹液や糖蜜・果物トラップに飛来した例を探してみたが、青森県での、ダケカンバの樹液での吸汁例しか見つけられなかった。
自分も吸汁しているのを見たことがない。2018年 山梨県甲州市の大菩薩山麓の標高1200~1400mでは、2本のミズナラから樹液が出ていたが見ていないし、果物トラップにも寄って来なかった。高校生が糖蜜を撒いていたが、そちらにも飛来は無かった。
2019年は、長野県の猿倉荘周辺、白骨温泉と岐阜県平湯温泉、新穂高左股わさび平小屋周辺で糖蜜トラップを撒いたが、やはり1頭たりとも見ていない。もしかしたら、1000m以上の比較的高標高地では、あまり餌を摂らないのかもしれない。西尾氏も他のカトカラの解説欄で、そのような旨のことを書いておられる。
或いは、灯火にあまり集まらないカトカラがいるように、樹液や糖蜜にはあまり集まらないカトカラなのかもしれない。
但し、西尾氏は「(ゴマシオキシタバの)成虫を解剖すると、白い糖の液体が入っているので花蜜か甘露を摂食していると推定される。」とも書かれている。
じゃあ、何を栄養にしているのだ❓
因みに、図鑑の中の「日本産Catocala 成虫の餌」という表のゴマシオキシタバの欄には、樹液の項のみにしか○がなく、花蜜の項など他は空欄になっていた。つまり、花への飛来も観察されていないと云うことだ。謎だわさ。

真面目にゴマシオなんて採ろうと思っていなかったから、真剣にトラップで狙ったワケではない。正直、今でも別に採りたいとは思わない。だって、全然魅力がないんだもーん。
とは云うものの、気にはなる。一度、多産地で糖蜜やフルーツトラップを使って実験しないといけんね。
でも、それって誰か今まで実験したことないのかね❓
無いとしたら、驚きだよな。

成虫は日中、頭を下にしてブナなとの樹幹に静止している。静止場所は暗い場所が多い。わりかし敏感で、驚いて飛び立った時は10~30mほど飛翔して樹幹に上向きに着地し、暫くして下向きになる。

西尾氏が解剖した結果、交尾は羽化後、間もなく行われると推定されている。

 
【幼虫の食餌植物】

ブナ科ブナ属 ブナ・イヌブナ。
クヌギが代用食になると云う記録があるようだ。

一応、ブナとイヌブナについて解説しておきます。

ブナ(山毛欅、橅、椈、桕、橿)。
学名:Fagus crenata。 
日本の北海道南部から九州南部に分布。都道府県でブナが自生していないのは千葉県と沖縄県のみ。落葉高木広葉樹で、温帯性落葉広葉樹林の主要構成種であり、日本の温帯林を代表する樹木。

 
(ブナの分布図)
(出展『東北森林管理局』)

 
本州中部では、ほぼ標高1000~1500mまでの地域がブナ林となる。日本の北限のブナ林は、一般的には北海道黒松内町のものが有名であるが、実は最北限のブナ林は隣町の寿都町にある。また、日本のブナの離島北限は奥尻島である。一方、南限のブナ林は鹿児島県高隈山にある。

 
イヌブナ(犬橅)。
学名:Fagus japonica Maxim。
岩手県花巻市以南の本州、四国、九州に分布し、一般にブナよりも温暖で雪の少ない土地を好む。中部地方より寒さの厳しい地域の日本海側では、ほとんど見られない。和名はブナより材質が劣ることから名付けられた。

 
(イヌブナの分布図)
(出展『神戸の自然シリーズ10』)

 
今一度、ブナとイヌブナの違いを整理しよう。

ブナの樹皮は「シロブナ」と呼ばれる事もあるほど樹皮は白っぽくて美しい。樹高は30mほどになり、北海道~鹿児島に分布する。
一方、イヌブナの樹皮は別名「クロブナ」と呼ばれる事もあるほど樹皮は黒っぽく、ザラついた感じ。樹高は25mほどになり、岩手県より南の太平洋側、四国、九州に分布する。

 
(ブナの幹)

 
(イヌブナの幹)
(出展 2点共『Quercusのブログ』)

 
ブナは見慣れているが、イヌブナはこんな幹なんだね。知らなかったよ。
この「Quercusのブログ」というサイトは詳しくて優れているから、葉っぱとか他は、そっちで見てね。

 
(ブナとイヌブナの分布図)
(出展『黒松内町ブナセンター』)

 
一応、他の主な違いも書いておこう。

①葉脈の側脈の数
 ブナ=7~11対
 イヌブナ=10~14対
②葉の質感
 イヌブナの方がやや葉質が薄い
③葉の裏
 ブナ=脈と縁以外は、ほぼ無毛
 イヌブナ=細くて柔らかい長い毛が生える

 
【幼生期の生態】

ここは今回も西尾氏の『日本のCatocala』に全面的にお助けもらおう。
幼虫は壮齢木から大木まで見られる。終齢は6齢で、室内飼育では稀に7齢にまで達するという。これには少し驚いた。多くのカトカラの幼虫の終齢は5齢だからだ。しかも7齢に達するものまでいるというじゃないか。変な奴だな。
野外での幼虫の色彩は、やや緑色を帯びるものや淡色化する個体などがあるくらいで、変異は微少。
多くのカトカラの幼虫が色彩変異に富むから、これも変わっている。
昼間、幼虫は伸びた枝の先の方に静止しており、時に地上10数メートルの高さにいる個体も観察されている。樹幹には降りてこないそうである。

蛹化場所については知られていないが、おそらく落葉の下で蛹化するものと考えられる。でも変な奴だから、変なところで蛹化しているかもしれない。

                    おしまい

 
追伸
ソッコーで終われる回だと思っていたが、解説欄が長くなってしまい、結局長文になってしまった。
今まで記載者なんて気にならなかったのに、前回のオオシロシタバ、いや、その前のエゾシロシタバ辺りから気になり始めてドツボにハマってる。よろしくない傾向だ。

今回のタイトルは、決めるのに随分と時間がかかった。書いている途中もコレといったものが浮かばなかったのだ。
で、つけた最初のタイトルは『胡麻塩少将』。大将には役不足だし、少将にしといた。それに、どっかでゴマ塩を少々ふりかけてぇー的な駄ジャレもカマしたろかいなと考えていたしね。
次に暫定タイトルになったのが『曇りのち晴』。
これはもうお分かりだろう。ラテン語のことわざである「Post nubila Phoebus.」がモチーフだ。
で、その次が『あの雲のように』。イワ(岩)イグアナの件(くだり)で、猿岩石のヒット曲『あの白い雲のように』がピーンと浮かんだのだ。
作詞は藤井フミヤ、作曲は藤井尚之の元チェッカーズの藤井兄弟。プロデュースは秋元康という豪華ラインナップ。曲も風を感じる浪漫溢れる良い曲だ。
この時代の後に一旦消えたけど、有吉も出世したなあ…。
でも「白い」と云う部分の替わりとなる他の言葉が思いつかなかったので却下。ゴマシオキシタバって、どう誤魔化したって、白くないんだもん。まさか「ドドメ色の雲のように」とか「胡麻塩色の雲のように」とは付けれんだろ。だいたい胡麻塩色って、どんな色やねん。
で、そこからマイナーチェンジして『雲の如く』になり、それに落ち着いていた。
しかし、記事のアップ直前に突然閃いて『風のように、曇の如く』に変えた。ロマンがあって、ちょっとカッコいいんでねえの?と思ったのだ。それによくよく考えてみれば、ゴマシオは生まれた場所から離れて遠くへと移動する事が特徴の一つのカトカラだ。きっと、風のように旅するのだろう。
目を閉じ、ゴマシオが風に乗って旅する姿を想像する。なかなか素敵な光景だ。そこには、それぞれの物語があるに違いない。
くれぐれも鳥には気をつけてね。
頭の中で飛ぶゴマシオくんに向かって、そう呟いた。

 
(註1)日本の蝶の記載数はバトラーがトップだろう
佐賀むし通信によると「原色昆虫大図鑑1(蝶蛾編) 北隆館1962)に掲載された211種の蝶の学名の命名者を調べてた結果、多い順から記すと、Butler 38、Fruhstorefer 26、Matsumura 23、Linné 14、Ménétriès 9、Shirôzu 6、C.et R.Felder 6となるそうである。
バトラーさん、断トツである。
 
(註2)プロフィル
資料の原文にはそうあった。間違いか誤字脱字、誤植だろう。でも、これってプロフィール?それともプロファイル?どちらの間違い?

 
(註3)京極堂の如く
京極夏彦の推理小説、京極堂シリーズ(百鬼夜行シリーズ)の終盤に主人公の中禅寺秋彦(別称 京極堂)が、憑き物落としの名の下に「この世には、不思議なことなど何もないのだよ」と言って、事件を鮮やかに解決してゆくこと。電話帳みたく分厚い本で、長々と綴られた文章を読み続ける苦痛のあとにやっと来るそれは、大いなるカタルシスとなっている。

京極さん、いつになったらシリーズの新作『鵺の碑』を出してくれるのかしらね?次回のタイトルを予告してから、もう10年以上も経つぞ。

 
(註4)胡麻塩ふりかけの起源
調べたところ、御飯に塩を振りかけて食べるようになったのは16世紀に「焼塩」が作られるようになってからのことであり、そのバリエーションとして「ごま塩」や「しそ塩」などのふりかけが誕生したと考えられている。
起源は、かなり古いのだ。戦国時代の武将たちは、にぎりめしに胡麻や塩、昆布、または味噌などを混ぜこんで戦場食としていたそうだ。「ごま塩」というふりかけのルーツとは言い難いところもあるが、ひとつの組み合わせとして「ごま」と「塩」が「ごま塩」になるきっかけになった可能性はある。ただ、当時から「ごま塩」と呼ばれていたかどうかは分からない。

でも、ここまでしか分からなかった。胡麻の歴史も塩の歴史も数多の文献があって知ることができるが、ごま塩の歴史に関する情報は殆んどなかったのである。

余談だが、市販品は塩が顆粒状になってゴマと混ぜ合わせられている。これは塩が小さい粒のままではゴマと比べ小さく、比重も大きいため。つまり、次第に塩が下に沈み、振ってもゴマのみが出てくることになるからである。塩を顆粒状にすることでゴマと比重を同程度にし、均等に出てきやすくしたんだね。賢い。

ついでに言っとくと、「胡麻塩頭」は、ふりかけのゴマ塩が起源なんだそうな。塩の白とゴマの黒との対比から、白と黒が混じったものの比喩に用いられ、白髪混じりの黒髪の頭髪を「胡麻塩頭」と呼ぶようになったそうだ。

 
(註5)世界のカトカラ
石塚勝己さんの世界中のカトカラを紹介した図鑑。日本のカトカラの入門編としても優れた内容になっている。

 
(発行元 むし社)

 
(註6)鬱陵島のブナ
タケシマブナ Fagus multinerというブナが自生しているみたい。因みにタケシマはあの韓国と領土問題で揉めてる竹島のことではないようだ。別な竹島みたいだね。

 

2018′ カトカラ元年 其の14 後編

 vol.14 オオシロシタバ 後編
      解説編

    『沈黙の妖精』

 
前々回、エゾシロシタバの解説の学名欄で、その小種名である「dissimilis」についての疑問をとりとめもなくダラダラと書いた。主な論調は、その学名の意味する「~と似ているが異質なもの」がいったいどの種に対して似ていて、異質なのかと云う探索譚だった。
これについて、記載者のBremerがらみで博学の松田真平氏に御伺いする機会を得た。エゾシロシタバの追伸に、追記として既に書き加えてあるが、次のようなコメントを戴いたので、紹介しておこう。

「エゾシロシタバの学名は、オオシロシタバCatocala laraに似ているということでCatocala dissimilisと名づけられたのではないでしょうか。1861年にBremerが、東シベリアからアムール付近からもたらされた採集品をタイプ標本にして記載した3種のCatocalaの中で、この2種が色彩的に似ているという意味だと思います。もう1種のオニベニシタバは色彩的に無関係ですね。」

ようするに、Bremerは先にオオシロシタバを見て、その後にエゾシロシタバを見たのではなかろうか。どちらも下翅が黒っぽい事から似ていると思って、学名の小種名を「dissimilis」と名付けたのだろうと云うワケだ。
見た目も大きさも結構違うから、正直、似てるかあ❓とは思う。でも真平さんは、古い時代の事だし、当時のレベルはそんなもんちゃうかと云う旨のことを仰ってもいた。確かに、その時代は記載されているカトカラの数も少なかっただろうから、狭い範疇の中では似ていると思うのも理解できなくはない。

前置きが長くなったが、それではオオシロシタバの解説と参ろう。

 
【オオシロシタバ♀】
(2018.9 山梨県 大菩薩山麓)

 
(同♂)(2019.9 長野県 白骨温泉)

 
(裏面1)
(出展『日本のCatocala』)

 
鮮度にもよるけど、こんなに黄色くはないよなあ…。
スマホの露出がよろしくないせいもあるかもしれん。

 
(裏面2)

 
ボロ過ぎると、今度は白っぽくなってしまう。

 
(裏面3)
(出展『Colour Arras the Siberian Lepidoptera』)

 
ロシア産のものだが、これが一番近いように思う。

 
【学名】Catocala lara lara Bremer, 1861

平嶋義宏氏の『蝶の学名-その語源と解説-』によると、「Lara(ララ・ラーラ)。ラティウムのアルモー河神の娘。美貌だが、おしゃべりなニンフ(妖精)。多言のため、jupiter大神に舌を抜かれた。」とあった。

補足すると、Laraは同じくラテン語のLarunda(ラールンダ)と同義語で、ローマ神話における美しくお喋りなニュンペー(妖精・精霊)で、ナーイアデス(泉や川の妖精)の1人でもある。長母音を略してラルンダとも表記される。
ユートゥルナとユーピテルの間の情事をユーノーに漏らしたため、怒ったユーピテルがラールンダの舌を切り取り、口をきけなくした。そしてメルクリウスに冥界へ連れて行くことを命じた。しかし二人は恋に落ち、ラールンダは二人の息子(ラレース)を産む。その後は「唖者」を意味するムートス(ラテン語: Mutus)と呼ばれるようになった。

早くも余談になるが、この本によれば「Lara」は蝶の学名にも幾つか付けられている。

・タテハチョウ科 アメリカイチモンジ属
 Adelpha lara ベニモンイチモンジ

・シジミチョウ科 Leptomyrina属
 Leptomyrina lara

・セセリチョウ科 キバネセセリ属
 Bibasis lara

ちなみにこのセセリは現在、B.gotamaの亜種になっているようだ。
何れもキュートな奴らで、これらの蝶たちも気になるところだが、また話が逸れまくりそうなのでやめておく。気になる人は自分で調べてね。

扠て、オオシロシタバの話に戻ろう。
記載者はロシア人の Bremer。同じ年(1861年)にエゾシロシタバとオニベニシタバもアムール地方から記載している。
Bremerが、どうしてオオシロシタバに「Lara」という妖精の名をつけたのかはワカラン。上記の蝶たちは多分ちょこまかと妖精の如く動くだろうと想像がつくけど、オオシロシタバからはそんな感じは見てとれない。それに妖精にしては地味。お喋りなオジサンとしては納得いかない。
💡( ・∇・)あっ、そっか。想像を逞しくすると、舌を抜かれて大人しくなったから、Laraなのかもしれない。それにつれて見た目も地味になったとか?
地味になったとかはさておき、そうだと思えば、どこかこのカトカラには聾唖(おし)黙った静かな雰囲気がある。沈黙の妖精と考えれば納得できるかもしんない。だいぶ大柄な妖精だけどさ(笑)。

 
【和名】
度々、オオシロシタバとの和名の逆転現象が指摘されている。シロシタバよりもオオシロシタバの方が明らかに小さいのにオオと付くのは紛らわしいというワケだ。
『原色日本産蛾類図鑑(下)』のシロシタバの解説の項にも、それについて触れられている。

「前種(オオシロシタバ)よりは常に大きく、その和名は前種と入れかえる方が合理的であるが、永年使用されてきたものであるし、さして不便もないのでそのままにしておく。」

と書いてあるから、皆が妙に納得して声高に糾弾するまでには至らなかったのであろう。この図鑑のメインの著書は江崎悌三先生だもんね。偉い先生が言うんだから、文句言えないよね。
自分も図鑑に倣(なら)い、このままで良いと思う。シロシタバはシロシタバでよろし。オオシロシタバはオオシロシタバでよろし。今さら「明日からシロシタバはオオシロシタバになります。オオシロシタバはシロシタバになります。」と言われても困る。そんなの余計にややこしくなるに決まっているのだ。一々、旧シロシタバとか旧オオシロシタバとかと説明するのは面倒くさ過ぎるし、文献だって後々シロ、オオシロのどっちを指しているものなのかがワカンなくなっちゃうぞー。

とは言うものの、シロシタバより小さいのにオオシロシタバという和名は変。知らない人からすれば、それって、❔なぞなぞかと思うぞ。
じゃあ、何でそんな和名をつけたんだろう❓

或いはコレって目線がそもそも違ってたのかも。シロシタバ比較ではなく、コシロシタバ、もしくはエゾシロシタバ目線で、それらよりも大きいという意味での命名だったのかもしれない。そう解釈すれば、解らないでもない。
もしも日本で見つかった順番が、コシロシタバ(エゾシロシタバ)➡オオシロシタバ➡シロシタバだったとしたら、成立しうる話だ。オオシロシタバって付けたあとに、もっとデカイのが見つかったとしたら、オオオオシロシタバとは付けられないもんね。でも、だったらオウサマシロシタバとでも付ければいいではないかと云うツッコミが入りそうだけどさ。
それになあ…。この順番で見つかったとは考えにくいところがある。シロシタバはデカイし、垂直分布も広い。それに中部以北では普通種だから目立つだろう。発見は、この中では一番早かった公算が高い。オオシロシタバよりも遅く見つかったとは考えにくいもんね。
けど、日本で見つかった順番なんて、どうやって調べればいいのだ❓誰か教えてよ(ToT)

一応、参考までに付記しておくと、記載の順番と現記載地(タイプ標本の産地)は以下のようになっている。

・オオシロシタバ(1861年 アムール(ロシア南東部))
・エゾシロシタバ(1861年 アムール(ロシア南東部))
・コシロシタバ(1874年 日本)
・シロシタバ(1877年 日本)

ここで又しても本筋から逸れるが、ネットで色々と調べてたら、こんなんが出てきた。

  
(出展『Bio One complate』)

 
カトカラのDNA解析図だ。
あっ、表題を見ると『Molecular Phylogeny of Japanese Catocala Moths Based on Nucleotide Sequences of the Mitochondrial ND5 Gene』となっている。
そっかあ…、コレが石塚さんが新川勉さんに依頼したというDNA解析かあ…。探したけど、全然見つからんかった論文だ。
コレを見ると、オオシロシタバとエゾシロシタバの類縁関係がまあまあ近いじゃないか❗
だとするならば、Bremerさんがオオシロに近いと感じてエゾシロに「dissimilis」と云う学名をつけたのは慧眼だったのかもしれない。すげー直感力かも。
とはいえ、DNA解析が本当に正しいかどうかはワカンナイけどね。
嗚呼、どうあれ、またエゾシロシタバの解説編を書き直せねばならぬよ( ノД`)…。

また、この和名には別な面でも問題がある。
オオシロシタバというが、白というよりも黒のイメージの方が強い。後翅には白い帯紋があるものの、真っ白じゃないので、どっちかと云うと黒の方が目立つ。全体的に見ても、黒っぽさが勝っている。これじゃ、和名として二重にダメじゃないか。
思うに、そもそもの間違いはコシロシタバ、ヒメシロシタバ、エゾシロシタバにシロシタバと名付けたのがヨロシクなかったんじゃないかと言わざるおえない。コイツら皆、下翅が黒っぽいんだからクロシタバとしとけば良かったのだ。
前言撤回❗
オオクロシタバでもシロオビクロシタバでもいいから、名前を変えればいいんでねぇーの❓そうすればシロシタバとの大きさ逆転問題も解決する。シロシタバは、そのままシロシタバにしておけばいいから混乱は最小限にとどめられる。間違ってもシロシタバをオオシロシタバに変えるだなんて要らぬ愚行さえしなけれぱ、何の問題も無くなるじゃないか。
バンバン(*`Д´)ノ!!!、今からでもいい、そうなさい(笑)。
とはいえ、どなたか偉いさんが言わないと無理だよね。

こうなってくると、誰がこのダメ和名を付けたのか、どうしても気になってくるよね。
おいおい( ̄ロ ̄lll)、又それって危険なとこに足を突っ込むことになりかねないぞ。いんや、絶対に泥沼になる。いやいや、もう既に泥沼になっとるから、底無し沼だわさ。

『原色日本蛾類図鑑』の下巻が発行されたのが1958年(昭和33年)。そこにオオシロシタバの和名についての錯綜振りが書いてあるワケだから、それ以前に刊行された図鑑のどれかから、その和名が世に出てきたことは疑いあるまい。
とはいえ、江戸時代の図譜レベルとは考えにくい。となると、明治、大正と昭和前半の時代のものが候補だろう。

調べてみると、これが結構大変。古い時代のものだけに、あまりネットに情報が上がってこないのだ。
そう云うワケで、漏れているものもあるかもしれないことを先にお断りしておく。

・『日本千虫図解』松村松年(1904年 明治37年)

・『蛾蝶鱗粉転写標本』名和昆虫研究所(1909 明治42)

・『日本昆虫図鑑』石井悌・内田清之助他(1932 昭和7)

・『分類原色日本昆虫図鑑』加藤正世(1933 昭和8)

・『原色千種昆虫図譜』平山修次郎(1933 昭和8)

・『日本昆虫図鑑 改訂版』(1950 昭和25)
 
この、どれかじゃろう。けど結構あるなあ。
上から2番目の『蛾蝶鱗粉転写標本』は鱗粉転写本だから、そう多くの種類は掲載できないだろうし、鱗粉転写に地味な色の蛾を選ぶ可能性は極めて低いものと思われる。除外してもいいだろう。
残りはどれも怪しい。とにかく、これらを順を追って遡ってゆけば、誰が命名したのかが特定できそうだ。
探偵さんは解決が見えてきて、ぷかぁ~(-。-)y-~、余裕で煙草をくゆらせるもんね。

しか~し、🚨問題発生、🚨問題発生。
近場の図書館や古本屋では、見れるところがなーい❗

唯一、辛うじて見れたのが、1950年(昭和25)に発行された改訂版の『日本昆虫図鑑』だけだった(大阪市立中央図書館蔵)。
そこには平仮名で「おおしろしたば」の名があり、執筆担当者は河田薫とあった。

 
(出展『日本昆虫図鑑 改訂版』北隆館)

 
命名は、この河田さんの可能性も無いではないが、確率は低いだろう。なぜなら『原色日本蛾類図鑑』には「永年使用されてきたものであるし…」という記述があるからだ。たかだか8年やそこらで永年とは言わんだろう。
いや、改訂版の前の昭和7年の初版も見なければ何とも言えないな。そこでも解説を河田氏が執筆していたならば、有り得ることだ。

しかし、ここで早くも頓挫。討ち死にする。他の図鑑は探せなかったのだ。
( ´△`)もう、別にいいや。犯人探しをして突き止めたところで、何になるというのだ❓それに、その方はとっくに鬼籍に入っておられる筈だ。死者にムチ打ってどうする。死んでるのに恥かかせたら、👻化けて出られるかもしれん。それは困るぅ━━(ToT)
どうしても気になる人は、御自身で調べておくんなまし。で、ワテに教えて戴きたいでごわす。

 
【開張(mm)】78~85㎜
『みんなで作る日本産蛾類図鑑』にはそうあったが、岸田先生の『日本産蛾類標準図鑑』では、70~85㎜となっている。『みんなで作る…』は古い図鑑の『原色日本蛾類図鑑』からのパクリと思われるので、岸田先生の記述を支持する。

ネット上の『ギャラリー・カトカラ全集』には、次のようなコメントがあった。

「シロシタバより小さいオオシロシタバだが、東(旧大陸)の三役(大関は無理だから関脇か小結あたりか)に入れてもいいだろう。」

たぶん、これは大きさからの番付だろう。確かにオオシロシタバはムラサキシタバ、シロシタバに次ぐ大きさだ。でも、見た目などのイメージも付加すれば、関脇でも役不足のような気がするぞ。世間で評価されてる感じが全然しないもん。
学名は舌を抜かれた妖精だし、ネットで検索しても必ず「もしかして:コシロシタバ」なんて云うお節介な文字が頭に出てくる始末。ようは検索エンジンにさえ、あまり認識されていないのだ。何だか段々オオシロちゃんが不憫に思えてきたよ。
とはいえ、評価する向きもある。ネットのブログを見ると「渋めの前翅と後翅が素晴らしく、翅を開いた時の総合的な美しさはカトカラ随一である。」なんて書いたりしている方もおられるのである。但し、最後に括弧して(と思う)となってるけどね。
でも確かにそう言われてみれば、鮮度が良いものからはモノトーンの渋い美しさを感じる。

 
(出展『我が家周辺の鱗翅目図鑑』)

 
きっと、これまた和名が悪いんだろなあ。
もっと横文字のカッコイイ和名だったなら、評価も変わっていたかもしれない。それはそれで、ツッコミ入ってたかもしんないけど…。(゜o゜)\(-_-)
やっぱり不憫だぜ、オオシロちゃん。

 
【分布】北海道、本州、四国、九州、対馬
主に中部地方以北に分布するが、食餌植物の分布が限定されるので産地は限られる。棲息地は標高1000m以上のところが多いが、北海道では平地にも産し、個体数も多いようだ。
西日本からの記録は少なく、局所的である。九州では福岡県・熊本県・大分県・長崎県の高標高地から数件の記録がある。ただし,長崎県対馬では近年記録が増加しているという。四国では石鎚山系や愛媛県の天狗高原に、中国地方は山口県太平山、島根県松江市長江町、鳥取県伯耆大山、広島県冠高原、岡山県蒜山などに散発的な記録がある。四国・九州では非常に稀なカトカラなのだ。
近畿地方でも少なく、ネットの『ギャラリー・カトカラ全集』では、兵庫県、大阪府、滋賀県、和歌山県に記録があるとしている。しかし『世界のカトカラ』や『日本のCatocala』の分布図では、和歌山県は空白になっている。

 
(出展『世界のカトカラ』)

(出展『日本のCatocala』)

 
とはいえ、紀伊半島南部には標高が高い山もあるので、分布していても不思議ではない。おそらくいるだろう。
大阪府と滋賀県の産地は拾えなかった。
確実に産するのは兵庫県西北部で、氷ノ山やハチ北高原などで採集されている。ハチ北では、2018年の8月に一晩で10頭以上がライトトラップに飛来したそうだ。

海外ではアムール(ロシア南東部・沿海州)、ウスリー、樺太、朝鮮半島、中国中北部に分布する。
伊豆大島、カムチャッカ半島などのシナノキが自生していないところでも記録されており、遠距離移動する可能性が示唆されている。

見たところ、特に亜種区分されているものは無いようだが、シノニム(同物異名)に以下のものがある。

・Catocala pallidamajor Mell, 1939

ユーラシア大陸では本種に近縁なものは知られていないが、北アメリカに近いと思われる種がいる。

 
【Catocala cerogama オビキシタバ】
(出展『世界のカトカラ』)

 
帯が濃い黄色ゆえ全然違うように見えるが、仔細に見ると両者が似ていることが理解できる。
幼虫もオオシロシタバと同じく、Tilia(シナノキ属)を食樹としているし、上のDNA解析図でも極めて近縁な関係にあることが示されている。

 
【変異】
前翅中央部が著しく黒化するものが知られる。

 
(出展『世界のカトカラ』)

 
この型は渋くてカッコイイかもしんない。

 
【レッドデータブック】
絶滅危惧II類:福岡県、長崎県
準絶滅危惧種:大阪府、広島県

上記の場所にかかわらず、西日本では何処でも同じようなカテゴリーに入るものと思われる。

 
【成虫出現月】
年1化。早いものは7月下旬から出現するが、発生のピークは8月中旬~9月初旬。10月でも生き残りの個体が見られる。

 
【生態】
冷涼な気候を好み、標高1000~1800mの間の山地に見られる。平地にも棲息する北海道を除けば、棲息地はわりと局所的なようだ。但し、産地では比較的個体数は多いみたいだ。

『日本のCatocala』によれば、発生数の多い年は昼間も活動し、サラシナショウマ、フジウツギ、ツリガネニンジン、クサボタンなどの花に吸蜜に訪れるという。発生数が通常時の場合は、夜間にサラシナショウマに吸蜜に訪れる。
また図鑑には、稀に低山地のクヌギの樹液で摂食する姿が観察されていると書いてあり「日本産Catocala 成虫の餌」という表でも花蜜は◎、樹液は△となっていた。
しかし、この記述に関しては疑問を持っている。
なぜなら、高標高地(1400~1700m)でもフルーツトラップや糖蜜、シラカバの樹液に寄って来たからだ。トラップにかなりの個体数が飛来しているのを見ているので、偶然ではないことは明白だろう。むしろ他のカトカラよりも誘引される傾向が強いと言ってもいいくらいだ。
樹液に飛来した例は他にクヌギ、ミズナラ、ヤナギがあるようだ。
尚、吸汁時には下翅を開く。結構敏感で、慎重に近づかないと飛んで逃げる傾向が強かった。しかし、これは時期や場所、時間帯にもよるかもしれない。
飛来時間は午後9時前後からが多かった。但し、これも観察がもっと必要だろう。

灯火にもよく飛来し、最もポピュラーな採集方法になっているものと思われる。自分はあまり灯火採集はやったことがないが、A木くんの話だと、居るところでは多数飛んで来るらしい。飛来時刻は主に9時以降だとするネット情報があった。しかし他のサイトでは、日没直後にまとめて飛来したと書いてあるものもあった。調べた限りでは他に言及されているものはなかった。
因みに、自分は灯火に来た個体は一度しか見たことがない。白骨温泉の外灯に来ていたものだ。時刻は深夜0時を過ぎていた。

『日本のCatocala』によると、昼間は樹木の幹や岩陰などで頭を下向きにして静止している。人の気配などに驚いて飛び立ち、その後に着地する際は、頭を上にする個体と下にする個体があり、上向きに着地した場合は暫くしてから下向きに姿勢を変えるという。
ちょっと驚いたのは、この記述だと、いきなり下向きに止まる個体がいると云うことだ。多くのカトカラは上向きに着地してから、頭を下向きに変えるからだ。いきなり下向きに止まるだなんて、ちょっとサーカス的じゃないか。となれば、飛んでて着地する手前でクルッと回転、でんぐり返って止まるって事じゃん。だとすれば、器用と言うしかない。本当にそうなら、そのアクロバティックな技を是非一度見てみたいものだ。

 
【幼虫の食餌植物】
シナノキ科 シナノキ(科の木、級の木、榀の木)。

あんまりシナノキって馴染みがない。植物の知識がないせいもあってか、見た記憶が殆んど無い。イメージが湧かないので、Wikipediaで調べてみよう。

「学名 Tilia japonica。日本特産種である。
新エングラー体系やクロンキスト体系ではシナノキ科、APG体系ではアオイ科シナノキ属の落葉高木に分類されている。
シナはアイヌ語の「結ぶ、縛る」に由来するという説がある。長野県の古名である信濃は、古くは「科野」と記したが、シナノキを多く産出したからだとも言われている。それが由縁なのか、長野市の「市の木」に指定されている。
九州から北海道までの山地帯、本州の南岸を除いた日本全国の広い範囲に分布し、特に北海道に多い。」

なるほど。オオシロシタバが北海道に多いのは、そゆ事なのね。
でも、そうなると紀伊半島にはシナノキって自生してるのかな❓(註1)
無ければ和歌山県の記録は偶産の可能性大になるね。

「幹の直径は1m、樹高は20m以上になる。樹皮は暗褐色で表面は薄い鱗片状で縦に浅く裂けやすい。
葉は互生し、長さ6-9cm、幅5-6cmで先の尖った左右非対称のハート型。周囲に鋸状歯がある。春には鮮やかな緑色をしているが、秋には黄色に紅葉する。
5~7月に淡黄色の小さな花をつける。花は集散花序で花柄が分枝して下に垂れ下がる。花序の柄には苞葉をつける。果実はほぼ球形で、秋になって熟すと花序と共に落ちる。」

これじゃ、ワシら素人にはワケワカメだよ。やっぱ画像がいるな。

 

(出展『神戸市立森林植物園』)

(出展『Wikipedia 』)

 
見たことあるような無いような木だ。
植物は同定するのが難しいよね。

木は色んなものに利用されているようだ。

「樹皮は「シナ皮」とよばれ、繊維が強く主にロープの材料とされてきたが、近年は合成繊維のロープが普及したため、あまり使われなくなった。水に強く、大型船舶の一部では未だに使用しているものがある。
アイヌ人などにより、古くは木の皮の繊維で布を織り衣服なども作られた。現在でもインテリア小物等の材料に使われる事がある。
木部は白く、年輪が不明瞭。柔らかくて加工しやすいが耐久性に劣る。合板や割り箸、マッチ軸、鉛筆、アイスクリームのヘラ、木彫りの民芸品などに利用される。
また、花からは良質の蜜が採取できるので、花の時期には養蜂家がこの木の多い森にて採蜜を営む。」

そういえば、この花にはカミキリムシが集まると聞いたことがあるなあ。

シナノキは日本特産種だが、結構近縁種があるみたい。
「シナノキ属(ボダイジュの仲間)はヨーロッパからアジア、アメリカ大陸にかけての冷温帯に広く分布している。ヨーロッパではセイヨウシナノキ(セイヨウボダイジュ)がある。シューベルトの歌曲『リンデンバウム』(歌曲集『冬の旅』、邦題『菩提樹』)で有名。
また、1757年にスウェーデン国王アドルフ・フレデリックが「分類学の父」と呼ばれる植物学者カール・フォン・リンネを貴族に叙した際に、姓としてフォン・リンネを与えたが、リンネとはセイヨウシナノキを指し、これは家族が育てていた事に由来するものである。」

( ̄O ̄)おー、あの偉大なリンネ(註2)の名前はシナノキ由来なんだね。

「日本では、他にシナノキ属にはオオバボダイジュが関東北部以北に、ヘラノキが関西以西に分布するとされるが、他にもあるようだ。

ブンゴボダイジュ
日本では大分県の山地にまれに生育する。

シコクシナノキ(ケナシシナノキ)
四国の山地に生育する。

マンシュウボダイジュ
環境省の絶滅危惧IA類(CR)に選定されている。日本では岡山県、広島県、山口県に分布し、高地の谷間などの冷涼地にまれに生育する。日本以外では朝鮮半島、中国大陸(北部、東北部)に分布する。

ツクシボダイジュ
環境省の絶滅危惧IB類(EN)に選定されている。日本では大分県の九重山周辺にまれに生育する。日本以外では朝鮮半島にも生育する。

モイワボダイジュ
北海道、本州の東北地方に分布し、山地に生育する。ときに本州中部地方北部にも見られる。

ボダイジュ(註3)
中国原産で、日本ではよく社寺に植栽されている。

ノジリボダイジュ
シナノキとオオバボダイジュの交雑種と考えられ、長野県と新潟県に見られる。

主な海外種
アメリカシナノキ、フユボダイジュ、アムールシナノキ、タケシマシナノキ、モウコシナノキ、ナツボダイジュ、セイヨウシナノキ。

属名のTiliaは、ボダイジュに対するラテン語古名。語源は ptilon「翼」で、翼状の総苞葉が花序の軸と合着している様子から。属名のTiliaは繊維を意味するギリシア語tilosとする説もある。」

オオシロシタバは他のシナノキの仲間では発生しないのかなあ❓
日本のシナノキ属だけでなく、海外のセイヨウシナノキ(セイヨウボダイジュ)、オランダシナノキなども結構植林されているようだしさ。
でも標高がある程度高くないと無理か…。
『日本のCatocala』にも、シナノキ科ボダイジュ類からは幼虫の採集例はないと書かれていたし、意外と代用食となるものは少ないのかもしれない。

 
【幼生期の生態】
幼虫に関しては、そもそも蝶の飼育さえしない男なのでオリジナルの知見ゼロである。ここは全面的に西尾則孝氏の『日本のCatocala』の力をお借りしよう。

それによると、幼虫は林縁部や牧場周辺の残存林といった開放的な場所のシナノキによく見られ、壮齢木から大木の老齢木に付くそうだ。

野外での幼虫の色彩は変化に富み、著しく濃淡が強く出るものや全体が暗化した個体も見られるそうだ。室内など高温下で飼育すると、著しく黒化するみたい。
また飼育時、たまたま餌にしたシナノキに付いていたキリガの幼虫をしばしば捕食していたという。
コレには驚いた。肉食性のカトカラなんて聞いたこともなかったからだ。(# ̄З ̄)邪悪じゃのう。

昼間、若齢幼虫はシナノキの葉の間に、中齢幼虫は葉の上に静止している。終齢幼虫(5齢)は他の多くのカトカラのように樹幹には降りず、枝に静止している。
終齢幼虫の食痕には特徴があり、葉の部分だけを食べて葉柄を残す。または葉柄を囓じって切り落とす。
これはアメリカの近縁種 Catocala cerogama(オビキシタバ)でも、同じような生態が観察されている(1985 ハインリッチ)。ハインリッチは他の数種のカトカラについても同様の観察をしており、その理由として、食痕やそこに付着した幼虫の唾液から蜂など天敵に見つからない為の行動だと推定している。日本でも、オオシロシタバの他にムラサキシタバの幼虫が食樹の葉柄を齧じり落とすことが観察されている。

長野県の標高1000mの高原では、孵化は5月上旬から中旬、終齢幼虫は6月上旬~下旬に見られる。蛹化場所についてはハッキリ調べられていない。

 
                    おしまい

 
追伸
またしても泥濘(ぬかるみ)に嵌まったよ。
正直、あんまり色んなことに疑問を持つのもどうかと思うよ。

因みに、今回は先に解説編を書いてから本編(前回)を書き始めた。どうせ1話で完結しないと思ったからだ。毎回、文章を切り取って移すのは面倒だと思ったのだ。いつも1話で完結することを目指して書いてるんだけど、無駄な努力だと悟ったのだ。

 
(註1)紀伊半島にはシナノキって自生してるのかな❓

和歌山県の植物について書かれた報告書(https://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/032000/032500/yasei/reddata_d/fil/shokubutu.pdf)によれば、和歌山県のシナノキは絶滅危惧IA類(CR)に指定されていた。
絶滅危惧IA類とは、ごく近い将来に絶滅する危険性が極めて高い生物に対して付与される記号みたいなものだ。略号はCR(Critically Endangered)。

そんなに絶滅に瀕している木ならば、食樹転換でもしてない限り、オオシロシタバが和歌山に生息する確率は極めて低いね。

シナノキそのものの分布図は見つけられなかったが、下のような図を見つけた。

 
(出展『広葉樹林化技術の実践的体系化研究』)

 
上部の図を見ると、厳密的にはシナノキの分布図ではないにしても、何となくオオシロシタバが西日本では極めて珍しいのも理解できるね。ただ、注目すべきは中国地方。意外とシナノキがありそうだ。もしかしたら、探せば中国地方ではもっと生息地が見つかるかもしれない。

 
(註2)リンネ
カール・フォン・リンネ(Carl von Linné)。
生没年1707~1778。スウェーデンの博物学者、生物学者、植物学者。同名の息子と区別するために大リンネとも表記される。
「分類学の父」と称され、それまで知られていた動植物についての情報を整理して分類表を作り、生物分類を体系化した。その際、それぞれの種の特徴を記述し、類似する生物との相違点を記した。これにより、近代的分類学が初めて創始された。
生物の学名を、属名と小種名の2語のラテン語で表す二名法(または二命名法)を体系づけた。生物の学名を2語のラテン語に制限することで、学名が体系化されるとともに、その記述が簡潔となった。現在の生物の学名は、リンネの考え方に従う形で、国際的な命名規約に基づいて決定されている。
分類の基本単位である種のほかに、綱、目、属という上位の分類単位を設け、それらを階層的に位置づけた。後世の分類学者たちがこの分類階級をさらに発展させ、現代おこなわれているような精緻な階層構造を作り上げた。
リンネの発案により、初めて植物の雄株と雌株に記号を用いられるようになった。この記号は、もともとは占星術に用いられてきたもので、火星(♂)をつかさどる戦の神マルス=男性的=オス、金星(♀)をつかさどる美の女神ビーナス=女性的=メスとした。それが他の生物にも転用されてゆくことになる。
また、人間を霊長目に入れ,ホモ−サピエンスと名づけた。

 
(註3)ボタイジュ
菩提樹。日本へは臨済宗の開祖栄西が中国から持ち帰ったと伝えられる。釈迦は菩提樹の下で悟りを開いたとされる事から、日本では各地の仏教寺院によく植えられている。しかし、これは間違って移入、広まったたもので、本来の菩提樹は本種ではなく、クワ科のインドボダイジュ(印度菩提樹 Ficus religiosa)のこと。中国では熱帯産のインドボタイジュの生育には適さないため、葉の形が似ているシナノキ科の本種を菩提樹としたと言われる。

 
主な参考文献
・石塚勝巳『世界のカトカラ』
・西尾則孝『日本のCatocala』
・岸田泰則『日本産蛾類標準図鑑』
・江崎悌三『原色日本蛾類図鑑』
・カトカラ同好会『ギャラリー・カトカラ全集』
・インターネット『みんなで作る日本産蛾類図鑑』

 

2018′ カトカラ元年 其の14

   vol.14 オオシロシタバ
  『その名前に偽りあり』

 
2018年 9月7日

オオシロシタバを初めて採ったのは、エゾシロシタバと同じく山梨県甲州市塩山だった。

 
【ペンションすずらん】

 
但し、ジョナスやエゾシロシタバのようにペンションすずらんのライトトラップではない。
じゃ何かというと、果物トラップで採れたのだ。糖蜜ではないところが、いかにも蝶屋らしい。蝶屋はあまり霧吹きシュッシュッの糖蜜は使わないのだ。
簡単な方法はストッキングにバナナやパインをブチ込み、焼酎をブッかけて発酵させたものを木に吊るす。
だから、翌日に蛾マニアの高校生が霧吹きを持ってシュッシュシュッシュやってるのを見て、衝撃を受けた。彼はライトトラップも別な場所でやってたしなあ。純粋なる蛾好き魂に触れたような気がするよ。

 

 
そういえば、この日が初めてのカトカラ狙いでのフルーツトラップだったんだよね。でもって、同時に初ナイトフルーツトラップでもあったわけだ。
カトカラにそこまで嵌まっていたワケではなかったから、そうまでして採ろうとは思わなかったのだ。
でも、ムラサキシタバとなれは話は別だ。大きさ、美しさ、稀少性、どれを取っても別格のカトカラなのだ。彼女だけは何としてでも採りたかった。だからカトカラ目的で遠征したのもこの日が初めてだったし、トラップまで用意したのだろう。

果物は何を使ったっけ❓
一つは即効性の高い🍌バナナを使ったことは間違いないが、ミックスしたもう1種類が思い出せない。普通で考えればパイン🍍なのだが、それは沖縄や東南アジアでの話だ。中部地方では、勿論のこと露地物のパインなんぞ栽培されているワケがない。ゆえに誘引されないかもしれないと考えた記憶がある。因みにバナナも中部地方に露地物はないだろうが、トラップとしては万能だと言われている。だから選んだ。実際、過去に効果もあったしね。
となると、もう1種はリンゴか梨、桃、スモモ辺りが考えられる。
🍎リンゴは発酵するのに時間がかかるし、一度も使った記憶が無いから有り得ないだろう。
梨かあ…。今、テキトーに並べたけど、もともと梨なんて考えてもしなかったよ。使ってるって聞いたことないもんな。でも産卵させる為に親メスを飼う場合は餌として梨がよく使われている。有りかもなあ…。機会があったら試してみよっと。でもリンゴと同じく発酵には時間がかかるかもしれない。
🍑桃は効き目がありそうだが、高価だ。ズルズルになるのもいただけない。それに季節的にもう終わってるよね。コレも無いだろう。
となると、スモモの可能性が大だ。そういえばオオイチモンジを採るのに使ったことがあるけど、効果あったわ。たぶんスモモだろね。そう思うと、そんな気もしてきたわ。

 
【オオイチモンジ】

 
場所は標高1400mにあるペンションすずらんから30分程下った所だった。となれば、標高1300~1200mってとこだろう。
何で、そんな遠い場所にトラップを仕掛けたのかというと、コレにはちゃんとした理由がある。宿のオッチャンに尋ねたところ、その付近にしかムラサキシタバの食樹であるヤマナラシが生えていないと言われたからだ。
だんだん思い出してきたわ。ペンションとそこを何度も往復したんだよね。コレが肉体的にも精神的にもキツかったんだよなあ。一晩に何10㎞と歩いたし、一人で夜道を歩くのはメチャメチャ怖かった。お化けの恐怖もあったけど、何といってもクマ🐻ざんすよ。近畿地方の低山地じゃないんだから、100パーおるもん(T△T)

時間は午後9時台だったと思う。
降りてきたら、ヤマナラシの幹に縛り付けておいたトラップに見慣れぬ大型の蛾が来ていた。
しかし、見ても最初は何だか理解できなかった。けど下翅を開いて吸汁していたのでカトカラの仲間であることだけは判った。でも何じゃコレ(;・ω・)❓である。
10秒くらい経ってから漸くシナプスが繋がった。

『コレって、オオシロシタバじゃなくなくね❓』

ムラサキシタバしか眼中になかったから、全くターゲットに入ってなかったのだ。それに『日本のCatocala』には、オオシロは花には好んで集まるが、樹液には殆んど寄ってこない云々みたいな事が書いてあった。ネットの情報でも糖蜜トラップでオオシロを採ったという記述は記憶にない(註1)。だから、こう云うかたちで採れるとは思ってもみなかったのだろう。

採った時は、そこそこ嬉しかった。
思った以上に大きかったし、予想外のモノが採れるのは嬉しいものだ。それに良い流れだと感じたことも覚えている。ムラサキシタバの露払いって感じで、モチベーションが⤴上がったもんね。
だが同時に、薄汚いやっちゃのーとも思った。その証拠に、この時撮った写真が1枚たりとも無いもんね。
発生から1ヶ月くらい経っているから致し方ないのだろうが、このカトカラって他のカトカラよりもみすぼらしくなるのが早くねぇかい(・。・;❓

此処には3日間通ったが、毎日複数頭が飛来した。
おまけに、シラカバの樹液を吸っている個体も見た。
ということは、偶然ではない。間違いなくオオシロシタバは樹液やフルーツトラップに誘引される。そう断言してもいいだろう。
そういえば、この時には思ったんだよなあ。シロシタバは夜間、樹液で吸汁する時以外でも下翅を開いて樹幹に止まっているものが多いなんて(註2)何処にも書いてなかったし、こんな風にオオシロシタバの生態も間違っていたから、何だよ、それ❓ってガッカリした。蛾は、蝶みたく全然調べられてないじゃないかと軽く憤慨しちゃったもんね。でも、今考えると、それも悪いことじゃない。殆んど調べ尽くされているものよりも、そっちの方がよっぽど面白い。性格的にも、そういう方が合ってる。先人たちをなぞるだけの採集なんてツマラナイ。

 
【Catocala lara オオシロシタバ】

 
その時に採った比較的マシな個体だ。
全然、シロシタバ(白下翅)って感じじゃない。どちらかというと黒っぽい。コレを白いと思う人は少ないと思うぞ。
下翅の帯が白いから名付けられたのだろうが、それとて純粋な白ではない。せいぜい良く言ってクリーム色だ。悪く言えば、薄黄土色じゃないか(上にあげた画像が白く見えるのは鮮度が悪いくて擦れているから。後に出てくる野外で撮った写真を見て下されば、言ってる意味が解ると思う)。
和名はオオシロシタバよか、シロオビシタバの方がまだいいんじゃないかと思うよ。
その下翅の帯だが、この形の帯を持つものは日本では他にムラサキシタバしかいない。両者って類縁関係はどうなってんだろね?(註3)

オオと名前が付いているのにも不満がある。
初めて見た時は大きいと思ったが、明らかにシロシタバより小さい。重厚感も全然足りてない。なのにオオなのだ。完全に見た目と名前が逆転現象になってる。名前に偽りありだ。何がどうなったら、そうなってしまうのだ。謎だよ。

 
2018年 9月16日

その1週間後、また中部地方を訪れた。
とはいえ、今度は長野県。そして、一人ではなくて小太郎くんが一緒だった。
小太郎くんの目的はミヤマシジミとクロツバメシジミの採集だったが、ついでにムラサキシタバの採集をしてもいいですよと言うので、車に乗っけてもらったのだ。
この時は殆んど寝ずの弾丸ツアーだったので、幻覚を見るわ、発狂しそうになるわで、アレやコレやと色々あって面白かった。
しかし、そんな事を書き始めたら膨大な文章になるので、今回は端折(はしょ)る。

場所は白骨温泉周辺だった。
この日もフルーツトラップで勝負した。
たぶん前回使ったものに果物を足して、更に強化したものだ。車の後部座席の下に置いたら、小太郎くんが『うわっ、甘い匂いがスゴいですねー。』とか言ってたから、間違いなかろう。

トラップを設置して、直ぐにオオシロシタバが現れた。勿論、もう感動は1ミリたりともない。擦れた個体だったし、みすぼらしい汚ない蛾にしか見えなかった。
それでも一応、1頭目は採った記憶がある。

 

 
その後も、オオシロくんは何頭もトラップに飛来した。
これで、やはりオオシロシタバはフルーツトラップに誘引されると云うことを100%証明できたぜ、ざまー見さらせの気分だった。
けど、フル無視やった。もうゴミ扱いだったのである。だから、この日もオオシロシタバの画像は1枚もない。

そういえば、この日は白骨温泉の中心でもオオシロを見ている。外灯に飛んで来たものだ。図鑑やネットを見てると、オオシロの基本的な採集方法は灯火採集のようだ。
思うに、この灯火採集が蛾界の生態調査の進歩を妨げている部分があるのではないだろうか❓
確かに、この採集方法は楽チンで優れている。一度に何種類もの蛾を得られるから効率がいい。その地域に棲む蛾の生息を調べるのには最も秀でた方法だと思う。しかし一方では、生態面に関しての知見、情報はあまり得られないのではなかろうか❓せいぜい何時に現れるとか、そんなもんだろ。
まだまだ蛾の初心者のオイラがこう云うことを言うと、また怒られるんだろなあ…。
まっ、別にいいけどさ。変に忖度なんかして感じたことを言えないだなんて、自分的にはクソだもんな。

今回も2019年版の採集記を続編として別枠では書かない。面倒くさいし、そこには何らドラマ性も無いからだ。書いても、すぐ終わる。
と云うワケで2019年版も引っ付ける。

 
2019年 9月5日

2019年のオオシロシタバとの出会いも白骨温泉だった。
ポイントも同じ。違うところは、細かいところを除ければ、一人ぼっちなところと1週間ほど時期が早いことくらいだ。

天気がグズついてて、ようやく雨が上がったのが午後10時過ぎだった。やっとの戦闘開始に気合いが入る。
霧吹きで、しゅっしゅらしゅしゅしゅーと糖蜜を噴きつけまくる。
そうなのだ。フルーツトラップから糖蜜にチェンジなのじゃ。( ̄ー ̄)おほほのホ、一年も経てぱバカはバカなりに少しは進化しているのである。
フルーツトラップは天然物なだけに、効果は高い。但し、問題点もある。荷物になるのだ。それに電車やバスに乗ってて、甘い香りを周りに撒き散らすワケにはいかないのだ。されとて、ザックの中に入れるワケにもゆかない。液漏れでもしたら、悲惨なことになる。だいち重いし、かさ張る。ようするに邪魔なのだ。今回のように全く車に頼れない時は、そういう意味ではキツい。一方、糖蜜トラップは蓋をキッチリしめてさえいれば、匂いが漏れる心配はない。荷物もコンパクトにできる。液体が減れば、当然軽くもなるし、補充も現地で何とかなる。山の中で売ってる果物を探すのは至難だが、ジュースや酒ならまだしも手に入る。

糖蜜トラップのレシピは覚えてない。
なぜなら、決まったレシピが無いからだ。基本は家にあるものをテキトーに混ぜ合わせるというアバウトなものなのさ。
たぶん焼酎は入ってる。ビールは入っているかもしれないが、入ってないかもしれない。
果実系のジュースも何らかのものは入っていた筈だ。ただ、それが🍊オレンジジュースなのか、🍇グレープジュースなのかは定かではない。下手したら、それすら入ってなく、カルピスやポカリスエットだった可能性もある。勿論、それら全部がミックスされていた可能性だってある。
酢は入れなかったり、入れたりする。普通の酢の時もあれば、黒酢の時もある。気分なのだ。ゆえにワカラン。
この時は絶対に入ってないと思うが、作り始めた初期の頃などは黒砂糖なんかも入れていた。効果は高いけど、溶かすのが面倒くさいから次第に入れなくなったのだ。
コレってさあ、普段自分が作る料理と基本的な流れが同じだよね。やってることは、そう変わらない。もちろん料理の場合は基礎が必要だけれど、最終的にはセンスとかひらめきとか云う数値にできない能力で作ってる部分が多い。でも料理より酷いハチャメチャ振りになる。たぶん自分で食ったり飲んだりしないから、必然もっとテキトーでチャレンジャーになってしまうのだ。
それでも何とかなってしまうところが怖い。って云うか、だから努力を怠るのでダメなんだけどもね。メモさえ取らないから、いつも行き当たりバッタリの調合で成長しないのだ。自分で、まあまあ天才なんて言ってるけど、少しばかりセンスのある単なるアホだ。基本的に論理性に欠けるのだ。だって右脳の人なんだもん。

結果は、やっぱり撒いて程なくオオシロくんが来た。
そして、やっぱりボロばっかだった。
違うのは、それでも一応写真は撮っておいたところくらい。この時には、もう既にカトカラシリーズの連載を書き始めてだいぶ経っていたゆえ、さすがに必要だと思ったのさ。

 

 
【裏面】

 
酷いな。やっぱり汚ないや。腹なんて毛が抜けて、テカテカになっとるがな。ここまで腹がデカテカなカトカラは初めて見るかもしれんわ。
そう云えば、たぶん『日本のCatocala』にメスは日が経ってるものは腹の鱗粉がハゲていると書いてあったな。それは多分、産卵するために樹皮の間に腹を差し込むからだろうとも推定されていた筈だ。
何か樹液の件で文句言っちゃったけど、やはり著者の西尾則孝氏はスゴイ人だ。日本のカトカラの生態についての知識量は断トツで、他の追随を許さないだろう。この図鑑が日本のカトカラについて述べたものの中では最も優れていると思う。

けど、コレって♀か❓
まあ、いいや( ・∇・)

その時に採ったものを展翅したのがコチラ↙

 

 
二年目の後半ともなれば、展翅もだいぶ上手くなっとるね。如何せん、鮮度が悪いけどさ。

今年は、もし真剣に採る気ならば8月上旬に行こうかと思う。鮮度が良い本当のオオシロシタバの姿を知るためには、それくらいの時期に行かないとダメだね。
実物を見たら、オオシロシタバに対する見方も大幅に変わるかもしれない。

次回、解説編っす(`ー´ゞ-☆

                    つづく

 
追伸
実を云うと、この回は先に次回の解説編から書いている。
そっちがほぼ完成に近づいたところで、コチラを書き始めた。その方が上手く書けるのではないかと思ったのだ。まあまあ成功してんじゃないかと自分では勝手に思ってる。

 
(註1)ネット情報でも糖蜜トラップでオオシロを採ったという記述は記憶にない

ネットで糖蜜トラップでの採集例は見つけられなかったが、樹液での採集を2サイトで見つけた。青森でミズナラとヤナギ類で吸汁しているのが報告されている。もう片方のサイトでは、樹液に来たとは書いていたが、具体的な樹木名は無かった。

 
(註2)シロシタバは樹液吸汁時以外も下翅を開いてる

これについてはvol.11のシロシタバの回に詳しく書いた。気になる人は、そっちを読んでけれ。

 
(註3)両者って類縁関係はどうなってんだろね?

実を云うと、先に次回の解説編を書いた。
あれっ、それってさっき追伸で書いたよね。兎に角そう云うワケで、時間軸が歪んだ形でDNA解析について触れる。えーと、説明するとですな、これを見つけたのは解説編を書いている時なのだよ。

 
(出展『Bio One complate』)

 
石塚勝己さんが新川勉氏と共にDNA解析した論文である。
(/ロ゜)/ありゃま。オオシロ(C.lara)とムラサキシタバ(C.fraxini)のクラスターが全然違うじゃないか。
つまり、この図を信じるならば、両者に近縁関係はないと云うことだ。共にカトカラの中では大型だし、帯の形だけでなく、翅形もわりと似てるのにね。DNA解析は、従来の見た目での分類とは随分と違う結果が出るケースもある。蝶なんかはワケわかんなくなってるものが結構いるから、見た目だけで種を分類するのは限界があるのかもしれない。違う系統のものが環境によって姿、形が似通ってくるという、いわゆる収斂されたとする例も多いみたいだしさ。
まあ、とは言うものの、DNA解析が絶対に正しいとは思わないけどね。