あおはる1day trip その四

 
第5話『やがて淋しき、腹パンパン男』

 
午後8時15分。三ノ宮駅まで戻ってきた。
さてとー、どうすっべかあ。腹パンパンだし、このまま帰ってもいい。って云うか、むしろ帰りたい。
でも、あんなどって事ないジビエでフィナーレってのは納得できないところがある。彦根の伊吹そば、びわ鱒丼から始まって、姫路のえきそば、姫路おでん、そしてジビエと食べてきたが、何かどんどん旨いもんクオリティーが下がってきてるじゃないか。

取り敢えず大阪方面の電車に乗ろう。
あとはその時の気分で決めればいいや。

 

 
電光掲示板に目をやる。
一番上に松井山手ゆきと云うのがあるのに気づいた。
そっかあ…東西線というのもあったなあ。三ノ宮まで繋がってんだね、知らなかったよ。となると、これは普通電車だからパスだが、尼崎か大阪駅で乗り換えれば、その先の京橋、住道、四條畷というのも視野に入ってくる。時間的にも何とか行って帰ってこれるだろう。そういえば住道駅にメチャンコ美味い餃子屋があった筈だ。住道なら時間も稼げるし、餃子くらいならまだ食べれそうだ。
取り敢えずは22分の新快速に乗ろう。乗ってからまた考えればいい。

退屈なので、他にも候補を探してみる。
例えば尼崎で乗り換えて塚本という手もある。そういえば魚が抜群に美味い『春団治』にも長いこと行ってない。行きてぇなあ…。
でもこのお腹いっぱいの状態で春団治に行くのは何とも勿体ない。誰が言ったか忘れたが『空腹こそ、最高の御馳走なり(註1)。』という言葉が、今更ながらに身に染みて理解てきるよ。腹が減っていなくては、どんな美味なるものでもその旨さは半減する。
ならばラーメンってのはどうだ? 最近この街はラーメン激戦区として、つとに有名になってきてると聞いたことがある。でもなあ…、もっと酒飲みてぇんだよ。
ラーメンと酒とは合わないというのが持論だ。
ハイ、ラーメン消えた。塚本、スルー。

大阪駅で環状線に乗り換えて一駅の、福島で降りるという手もある。
福島なら銭湯が駅の近くにあるから、一旦風呂に入って腹を減らすという作戦も可能だ。それに風呂から上がったあとのビールは旨い❗ワシの食欲も酒欲も一挙にV字回復じゃよ\(^o^)/
そのあとに『あやむ屋』で、あの最高の焼鳥が食えたなら、納得至極のフィナーレになる。あやむ屋は予約の取れない店として有名だけど、一人くらいなら入れるかも。いや、大体において運がいい男なのだ。どうせ入れるに決まってるやろ。そう考えたら、段々ぜってー大丈夫って気分になってきた。
まあ、たとえ入れんかったとしても、福島なら旨い店が他にも沢山あるから何とでもなる。

8時51分。大阪駅に着いた。

 

 
そこで、新たなる考えが頭をよぎった。
福島が有りなら、大阪駅を挟んだ一駅向こうの天満というのも有りだ。天満も旨い店がごちゃまんとある。銭湯はやや遠いが、あそこの銭湯はお気に入りの一つだ。天満でも悪かない。
そこで、ハタと思い出した。そういえば天満にはメッチャ行きたい店があるぞ。岡村隆史・なるみの『過ぎるTV』で、ゲストの古田新太が『こんなもん、旨いに決まっとるやないけー。酒、なんぼでも飲めるわ。』と絶賛していたポテサラがあるのだ。
塩雲丹とインカのめざめのポテサラだったっけ…。それと鮭とば酒粕クリームチーズ漬を頼むのが通らしい。それぞれが単一で優れた酒の肴だが、掟破りにもそのポテサラに鮭とばを乗っけるらしいのだ。それがメチャンコ美味らしい。それに、日本酒が反則違反なくらい抜群に合うらしい。
何と云う蠱惑的な酒の肴だ。その魅力には到底抗い難い。これで住道の餃子も福島の絶品焼鳥もフッ飛んだ。
Let it be. なすがままよ。おーしι(`ロ´)ノ、天満へ行こう

乗り換えが上手くいって、8時56分には天満駅に着いた。

 

 
🎵テッテレッテテ~、イガちゃんグルメのーと~。
ここで再びスマホにメモってあるグルメ情報の登場である。
それで店の名前は簡単にわかった。店名は『お酒がススムごはんや1975』。まさに酒を飲む為にアテがあるというネーミングの店だ。期待値が更に跳ね上がる。
でも、ここも三ノ宮のジビエの店と同じく詳しい場所を知らない。
となると、スマホ📲の機内モードを解除してネット検索するしかない。
Σ( ̄ロ ̄lll)ガア━━ン。しかしながら、その時バロムメーターの友情メーターはゼロを指していた❗
何でバロムワンが変身するための友情メーターが出てくるねん❗ どうやら脳ミソがだいぶとワイてきているらしい。移動の連続と腹パンパンなのと、長丁場に疲れているのだ。バロムメーターの事は忘れてくれ。
えー、もとい。スマホの電池は30%を切って25%になっていた。そんな重要な事ちゃんと気づいとけよなー、俺。だから疲れてんだよ、俺。言い訳すんなよ、俺。だって事実だろ、俺。頭の中のイガAとイガBがケンカを始めた。重症だ。やっぱ、アタマわいとるわい。
とにかく機内モードを解除したら、あっという間に電池は無くなるだろう。となれば、相当テキパキとネット検索しなくては店の場所が特定できない。このミッションに失敗すれば、新たなる方針を模索せねばなるまい。

機内モードを解除した。迷惑メールの受信を知らせる音が数珠繋ぎに鳴っている。と同時に見る見るうちに電池容量がどんどん減ってゆく。(@_@;)💦焦る。だが、中々地図が出てこない。ヤキモキする。やっと大まかな地図が出た。
えっΣ(-∀-;)❗、天満じゃなくて天満宮なのー❓と思ったところで、画面がブラックアウト。スマホ様は深い眠りに入られた。
というワケで、ここから先は一切画像が無いので了承されたし。

およその場所は解ったが、細かい場所まではワカラナイ。ギリ、セーフとも言えるし、ギリ、アウトとも言える状況だ。
それにしても、天満ではなくて大阪天満宮と云うのは大きな誤算だった。同じ天満とはつくが天満宮とは結構離れている。天神橋筋商店街を南に下り、地下鉄南森町駅を越えたまだ向こうまで歩かなくてはならないのだ。
なんだよ、天満宮だったら、大阪駅で東西線に乗り換えて大阪天満宮駅で降りた方が余程近いじゃないか。
またしても誤算というか、己の判断ミスである。良くない流れだ。嫌な予感がした。
今更、退けない。それを振り払って、歩き始める。

商店街を歩きながら、色んな事を思い出す。
この辺は歴代の彼女たちと数多く訪れているから、思い出がいっぱいあるのだ。多くは懐かしい思い出だが、苦い思い出もある。
中でも、当時の彼女が発狂して赤信号の道路に突っ込んで車と接触した事件は深く記憶に刻み込まれている。何故そういう行動に走ったのかは本当のところはワカラナイ。彼女が話したがらなかったので、今も謎のままだ。しかし、たぶんベロベロに酔っ払っていた自分が原因だったと思われる。
運転手に謝り倒して、その場を上手く納めたものの、彼女は正気には戻らなかった。わめき散らして再び道路に飛び込もうとするので、必死に止めた。
何があっても目の前で死なせることはできない。だが、如何に説得するも事態はいっこうに変わらず、最終手段として思いきり彼女を引っぱたいた。それで正気に戻るだろうと思ったのだ。後にも先にも妹以外で女性にビンタしたのはこの時だけだ。基本的に、女性に手を上げるのは最低の行為だと思っているからだ。
しかし、結果は更に火に油を注ぐ形になった。
暴れて再び道路に飛び込もうとする彼女を何とか捕まえ、路側帯で倒して上から抱きついて動きを止めた。そして、その状態で全身全霊で宥めた。すぐ横をブンブン車が通過していく。狭い道だから、そのうち二人とも轢かれるかもしれないという危険を感じた。しかし、事態は変わらない。打開策は無く、正直どうしていいのかわからなかった。
その異様な光景を見たドライバーの誰かが通報したのだろう。暫くして、赤色灯をピカピカ光らせたパトカーがやって来た。
警察沙汰になったが、実をいうと心の中ではホッとしていた。どうあれ、これで事態は何らかの方向にはいくだろう。
降りてきたポリさん二人に、必死になって事情を説明したっけ。酔いはとっくに醒めていたから、論理的に説明できたと思う。それでもブタ箱入りは覚悟していた。手を上げたのは事実だからだ。
だが、意外とアッサリ納得してくれた。
『じゃあ、気をつけて帰ってください。』とか何とか言って、パトカーに乗って走り去った。
そこまでは、よく憶えている。でも、そこから後のことは、あまり憶えていない。
おそらくタクシーを止め、彼女をそれに無理矢理乗せて帰らせたのだろう。その後、自分がどうやって帰ったのかは、まるで思い出せない。後悔と自責の念が堂々巡りのように繰り返される。

南森町駅の横を抜け、国道1号線を越える。
そこで暗い後悔のリフレインを断ち切った。
そろそろ目的の店のエリア内だ。全ては終わった話だ。今更、時間は逆回しできない。

チラッと見た地図の記憶を頼りに探す。
でも、道は碁盤の目ではなく、入りくんだ所に店はあった筈だ。それでも方向感覚抜群のオイラだ。その時はまだ、どうせ何とかなるだろうと思っていた。
しかし、何かの呪いに掛けられたかのように何故か見つからない。ぐるぐるとあっちこっち歩き回るうちに、マイナビセンサーは破壊され、やがて頭の中の地図が消えた。九月に入ったとはいえ、まだまだ夜は蒸し暑い。気がつけば、汗だくになっていた。何だか惨めだ。

たまたま何かの商店の中の時計が目に入った。
時刻は10時を過ぎていた。ここいらが潮時だ。諦めて天満駅へと踵を返した。
足取りは重い。魅力的な店が幾つか現れるが、入るのを堪えた。経験上、こういう判断ミス続きの時に下手に動けばかえって傷口を広げてしまうケースは多い。ここは確実を期そうと思った。天満駅そばにある居酒屋『肴や』に行けば鉄板だ。間違いなく旨いもんにありつける筈だ。
一瞬、そこにはその事件の彼女とも行ったことがあることを思い出すが、もういいや。全ては過去の事だ。それにその時の思い出には、少なくとも悪いものはコレっぽっちもない。

しかし、店は閉まっていた…。
まだ10時半前だから、たぶん定休日なのだろう。
力のない笑いが込み上げてきた。そうだ、嘲うがいいさ。ドツボな俺をみんな嘲えぱいい。
これで、気持ちが切れた。もう帰れってことなのだろう。

京橋・天王寺回りの環状線に乗った。
このままいけば、あとは新今宮で大和路線に乗り換えて難波まで帰るだけだ。
途中で意地がブリ返すかと思ったが、もう何処にも行く気にはなれなかった。それに、まだ腹がパンパンなのである。

電車は夜の帳を縫うようにして、ゆっくりと走っている。褪せたような光に照らされた車内は人も疎らで、誰もがおし黙っている。どこか淋しい風景だ。青春18切符の1day trip の旅もそろそろ終焉に近づいていると自覚する。なぜか再び彼女のことを思い出した。
それを押しやり、車窓から外に目をやる。
小さく、呟く。

「いつまでも、あおはるやってんじゃねえよ。」

やがて、電車は光溢れる新今宮駅のフォームに入っていった。

 
                    おしまい

 
追伸
そもそもこの一連の文章を書く目的は、溜まった画像を消すことにあった。だから当初はソリッドな文章で短く纏めるつもりだった。しかし、書いてるうちにどんどん路線が変わってきて、気がつけば恋愛モノローグだらけのオナニー文章になってしまった。
こんな文章に最後までお付き合いして戴いた心の広い御仁には、申し訳ない。ただ、ただ感謝である。

 
(註1)空腹こそ、最高のご馳走なり

古くはローマ帝国時代の哲学者のキケロという人が言ったらしいが、ギリシャの哲学者ソクラテスも「食物の最上の調味料は飢えであり、飲み物のそれは渇である」なんて言葉もある。他にも北大路魯山人であったり、「ドン・キホーテ」の作者、セルバンテスであったり、英国のことわざであったりと、諸説ある。
因みに英語の諺は、“Hunger is the best sauce.”(空腹は最高のソースである。)
和訳は「空腹は最高の調味料である」等、類似のもの多数あり。