2021’カトカラ5年生 ヤクヒメ編4 解説編

 
vol.28 ヤクシマヒメキシタバ

 『雲霧林の賢人』

 
 最初に断っておくが、この解説編は2021年の冬には既に完成していた。だから長文にも拘わらず、前回からたった中3日で記事をアップできたのである。つまり、実を言うとヤクヒメ編は解説編から書き始めたのだ。その後に本編が書かれると云う逆パターンだったってワケ。
一昨年に書かれた文章を改めて読むと、ちょっと新鮮だ。へぇー、そんな事を考えてたんだ…と驚く。しまった。これでは3歩あるけば忘れる鶏頭、脳みそパープリン男の証明になってしまうではないか。

 その後、2022年にも採集に行ったので、今回はその文章を母胎に訂正加筆したものです。

 先ずは画像を並べておこう。

 
【ヤクシマヒメキシタバ♂】


(2022.6.20 三重県北牟婁群紀北町)
 
 
【ヤクシマヒメキシタバ♀】

(2021.6.30 三重県北牟婁群紀北町)


(2021.6.30 三重県北牟婁群紀北町)


(2021.6.30 三重県北牟婁群紀北町)


(2022.6.20 三重県北牟婁群紀北町)

 
雌雄の見分け方も書いておこう。
一番わかりやすいのは、裏面から見た腹端である。♀ならば産卵管が剥き出しになっており、腹部は太く短い傾向がある。また♀は♂と比べて翅形が全体的に丸みを帯びる。一方、♂は腹部が細長く、腹端の毛が♀よりも長く、束状となる。以上の事から判別は容易である。

 
【裏面】

(2021.6.30 三重県北牟婁群紀北町)

 
ボロ過ぎて、斑紋が不鮮明なので、他から画像をお借りしよう。

 

(出典『日本のCaocala』)

 
蛾の裏面画像は少ない。その点『日本のCatocala』は流石だ。図鑑として抜かりがない。

 
(♂裏面)


(2022.6.20 三重県北牟婁群紀北町)

 
(♀裏面)

(2021.6.30 三重県北牟婁群紀北町)


(2022.6.20 三重県北牟婁群紀北町)

 
 1972年に屋久島で発見された小型種で、稀なことからマニアの間では人気が高く、珍品とされる。
後翅地色はくすんだ淡いクリーム色。中央黒帯と外縁黒帯はボヤけて明瞭でなく、繋がらない。この点が他のカトカラと大きく違うところだろう。言ってしまうと、最も下翅が汚いカトカラなのだ。他のカトカラの多くが黄色や赤やオレンジ、紫色、白など美しいものばかりだからね。

 
(キシタバ♀)

(ミヤマキシタバ♀)

(ナマリキシタバ♀)

(ベニシタバ♂)

(ムラサキシタバ♂)

(シロシタバ♂)

(オオシロシタバ♂)

(ヒメシロシタバ♀)

 
よって、カトカラは蛾類の中でも最も人気の高いグループの一つだと言われている。

ヤクヒメの話に戻ろう。
前翅は少し青みを帯びた淡暗灰褐色で、斑紋は不明瞭。胸部は前翅と同じ色調の淡暗灰褐色で、腹部は後翅と同じ色調の暗めの淡いクリーム色をしている。

前翅斑紋に、雌雄とは無関係に2つの型が認められる。
 
 

 
コチラがノーマル型だが、個体によって色の濃淡があり、メリハリのある白っぽいモノの方が少ないような気がする。あくまでも私見的印象だけど。

他に前翅の底部(下部)が黒化する型が知られており、稀に著しく黒化するものも見られる(註1)。

 

(出典『jpmoth.org.www』上記2点とも)

  
『日本産蛾類標準図鑑Ⅱ』の画像も貼り付けておこう。

 


(出典『日本産蛾類標準図鑑2』)

 
アレっ❗❓、コレって下は『jpmoth.org.www』に掲載されてる黒化型と同じ個体じゃないか。今になって漸く気づいたよ。
写真の撮り方や印刷によって、こうも色の印象が変わるのね。
だから「百聞は一見に如かず」、実物を見ないとその種の本当の美しさや魅力は解らないのだ。
なので比較的再現性の高そうな石塚さんの『世界のカトカラ』からも画像を拝借させて戴こう。

 


(出展『世界のカトカラ』)

 
画像は拡大できるので、詳細に比較したい人はピッチアウトしてね。

 
【分類】
科:ヤガ科(Noctuidae) シタバガ亜科(Catocalinae)
属:Catocala Schrank, 1802

 
【学名】Catocala tokui Sugi, 1976
属名の「Catocala(カトカラ)」はギリシャ語由来で、kato(下)とkalos(美しい)という2つの言葉を繋ぎ合わせた造語。つまり下翅が美しいことを表している。

小種名の「tokui」は、1972年に屋久島で最初にこのカトカラを発見した渡辺徳氏の名前に因む。尚、語尾の「i」は学名が人物(男性)に献名される場合には「i」を付け加えるのがルールになっているからだ。ややこしい話だけど、けっして徳井さんではないのだ。
ちなみに氏は翌1973年には対馬でも精力的に蛾類の調査をされ、そこでも本種を発見されている。その後、1978年に中谷進治氏によって和歌山県大塔山系でも発見された。

 
【和名】
屋久島で発見され、小さいことから「ヒメ」と名付けられたのだろう。補足しておくと、昆虫の名前は大きいものには頭の部分に「オオ」もしくは「オニ」が使用されるが、小さいものには「コ」、もっと小さいものには「ヒメ」と名付けられるケースが多い。

 
【亜種と近縁種】
先ずは亜種から。
日本産が原記載亜種”Catocala tokui tokui”となり、台湾のものは別亜種”ssp.tayal”とされる。亜種名は、おそらく台湾の地名「タイヤル」に因んでいるものと推察される。あの珍品タイヤルミドリシジミが発見されたタイヤルだ。
余談だが、台湾名は『渡邊氏裳蛾』。命名の由来は発見者の渡辺徳氏からだろう。

 
(ヤクシマヒメキシタバ台湾亜種)

(出典『臺灣生命大百科』)

 
(⁠・⁠o⁠・⁠;⁠)んっ❗❓ でも、あれれー❓

 

 
ラベルをよく見ると、何と日本のホロタイプの標本じゃないか。このサイトは台湾の蛾について一番参考になるサイトだ。なのに台湾亜種の標本画像を表記できないだなんて、それ程までに台湾では稀種なのか❓
仕方なく他の画像を探す。

 

(出典『飛蛾資訊分享站』)

 
が、この一点しか見つけられなかった。なので裏面画像もない。
おそらく♀だろう。採集地は台湾中部の南投縣凌霄殿となっていた。他も調べたが、わかった事は最初に発見されたのが桃園仙蘇漣の標高1200m地点で、台中県梨山にも記録があると云う事くらいで極めて情報量が少ないのだ。やはり相当な珍品みたいだ。
見た目は下翅の外側の黒帯が日本産のモノより細いような気がする。又、地色の色も、明るくて黄色味が強いように見える。だが、この1個体だけを見て両者の違いを述べるのには無理がある。それは亜種固有の特徴ではなく、単なる個体変異かもしれないからだ。

 中国南東部のモノにも亜種名が付けられている筈だと思ったが見つけられなかった。『世界のカトカラ』では、”tokui”となっているから、特に亜種区分はされていないのだろう。
ナゼに台湾だけが亜種❓という疑問符が頭に浮かばないワケではないが、変にツッコミを入れると藪蛇になりかねない。やめておこう。台湾では各種の生物が独自進化している例が多い。ヤクヒメもその例に漏れずという事なのだろう。そうゆうことにしておこう。

 
(中国産ヤクシマヒメキシタバ)

(出典『世界のカトカラ』)

 
日本のものと比べて、前翅にややメリハリを欠くような気もするが、見た目は殆んど同じだ。なるほど亜種区分する程のことはないと云うのも理解できる。

 タイから中国南部に近縁種のシャムヒメキシタバがいる。

 
(Catocala siamensis kishida&Suzuki, 2002)

(出典『世界のカトカラ』)

 
ヤクヒメに似るが、後翅の黒帯の形状などで区別できるそうな。稀な種だそうで、食樹も不明とのこと。

 他に中国南東部に生息するヒメウスイロキシタバとも見た目が近い。

 
(Catocala hoferi Ishizuka&Ohshima, 2003)

(出典『世界のカトカラ』)

 
日本のウスイロキシタバと比べて、かなり小型。
成虫は5月頃に現れるが、少ないという。食樹は不明。

 ついでだからウスイロキシタバの画像も貼り付けておこう。

 
(ウスイロキシタバ Catocala intacta ♂)

(裏面♀)

(2020年 6月 兵庫県宝塚市)

 
表側はヤクヒメと少し雰囲気が似ているくらいだが、裏面はかなり近いものがある。両種を間違うことはあるまいが、ヤクヒメの生息地には必ずと言っていいほどウスイロもいるので、一応裏面の違いを列記しておこう。

①ヤクヒメはウスイロと比して上翅の黒帯、特に中央の黒帯が太い。
②ウスイロは上翅の頭頂部(先端)に黄色い小紋が入るが、ヤクヒメには入らない。
③ヤクヒメは下翅中央の黒帯が外側に向かって膨らみ、丸く弧を描くような曲線を示す。また、その内側に「くの字形」の小紋が入る。
④ヤクヒメは下翅外側の黒帯が太い。一方、ウスイロはその黒帯が細く、外縁から離れて見える。また上部で帯が消失する。

図鑑では並べて図示される事が多いし、共に照葉樹林のカトカラだから、おそらく近縁関係にあるのだろう。
一応、念の為にDNA解析で確認しておこう。

 

(出典『Molecular Phylogeny of Japanese Catocala Moths Based on Nucleotide Sequences of the Mitochondrial ND5 Gene』)

 
図は拡大できるが、探すのが大変だろうから拡大したものを載せておきます。

 

 
やはり近そうだ。
でもクラスターは上の Catocala streckeri アサマキシタバの方が近縁に見えるぞ。

 
(アサマキシタバ♂)

(同♀)

(2023.5.12 東大阪市枚岡公園)

(裏面)

 
表も裏も全然似てない。ホンマに近縁かあ❓
ここで漸く思い出した。そういやこのDNA解析に関しては、世界的なカトカラ研究者である石塚勝己さんからメールで次のような御指摘があったんだわさ。

「ブログ、楽しく読ませていただきました。
引用されているDNA系統樹は、新川さんにやっていただいたミトコンドリアND5をMLで処理したものです。これでアサマとウスイロが近縁と判断するのは誤りです。ここで類縁が指摘されているのはワモンとキララ、オオシロとcerogama、ムラサキとrelicatだけです。そのほかのものは類縁関係は判断できません。おそらくミトコンドリアND5の解析ではカトカラの系統を推定するのは無理なのだと思います。😀」

つまり、この図でウスイロとアサマが近縁でないならば、ヤクヒメとの類縁関係も証明されないとゆう事だね。
だとしたら、この系統図って何なのよ❓ 素人目には混乱を助長しているとしか思えんぞ。

 
【開張】40〜48mm内外
日本のカトカラの中ではアズミキシタバ、マメキシタバと並ぶ小型種。
だが、アズミキシタバと比べて胴体がゴツい。またマメキシタバは大きさに幅があり、同等の小さいものから更に大きなものまでいる。
常々、大きさを開張だけで述べるのには疑問を感じている。翅の表面積と胴体の表面積とを無視して大きさを語るのは間違ってるんじゃないかと思うんだよね。
例えば日本最大のカトカラはムラサキシタバだとされる事が多いが、シロシタバも最大種としているケースは結構ある。なんだか曖昧なのだ。コレは両種の開張が同じくらいだからだろう。ところが、時に西日本の低地のシロシタバは開張だけならムラサキシタバを凌駕する大きな個体もいる。でもシロシタバの上翅はムラサキシタバと比べて細長いし、やや下翅も小さいのだ。つまり表面積はムラサキシタバの方が広い。だからムラサキシタバを最大種とするのが妥当かと思われる。
その論に則れば、小さい順はアズミ、ヤクヒメ、マメという並びになると思う。まあ、どうでもいいっちゃ、どうでもいい話だけど…。

 
【分布】本州,四国,九州,対馬,屋久島


(出典『日本のCatocala』)

 
分布域図である。コチラの図鑑の方が出版が少し早いので、高知県ではまだ発見されていないゆえ空白になっている。

 

(出典『世界のカトカラ』)

 
コチラは塗り潰されている範囲が広いが、県別の分布図であることに留意されたし。つまり対馬にしか分布していなくとも長崎県全体が塗り潰され、鹿児島県は屋久島にのみ分布していても鹿児島本土までも塗り潰されてしまうという事だ。調べた範囲では、九州本土の鹿児島県や長崎県からの記録は見つけられなかった。『日本のCatocala 』の分布図でも、長崎・鹿児島両本土共に分布を示してはいないしね。尚、分布図にはないが、2018年には大分県でも見つかっている(註2)。

アカガシ、ウラジロガシを主体とするシイ・カシ類の多い自然度の高い照葉樹林帯(暖帯多雨林)のカトカラで、屋久島の中腹や対馬の有明山、宮崎県美郷町、大分県、宿毛市や日高村などの高知県西部、徳島県、紀伊半島南部の大塔山系などの原生林に局地的に産する。
分布はクロシオキシタバの棲息域に包含されるが、クロシオよりも遥かに局限される。コレは雨量が多くて湿度の高い、いわゆる雲霧林的な環境でしか見られないからだろう。
尚、分布図にはないが、他に2018年の『誘蛾燈』に、兵庫県市川町から得られたという報文がある。但し、その後の追加記録は無いようだ。また広島県の庄原市東城町にも記録があるみたいである。
国外では台湾中部の山地、中国南東部に分布している。

垂直分布は、生息地のロケーションが深山幽谷の原生林といった趣きだから、高い標高に棲むと思われがちだが案外低い。
和歌山県田辺市の大塔渓谷は約400m。安川渓谷も400mだ。三重県熊野市の布引の滝で299m。奈良県上北山村の坂本貯水池で385m。採集した三重県紀北町のポイントは、何とたったの115mであった。そして高知県の日高村に至っては100m前後だという。対馬の有明山は標高558m。おそらく生息地はそれ以下だから高くはないだろう。あと比較的高い標高ならば、三重県紀北町(旧海山町)の千尋峠の766mというのがある。そうなると、一番高い所に生息しているのは屋久島と云う事になりそうだ。屋久島は高い所では標高2000m近くある。ヤクヒメは中腹に棲息しているらしいから、単純にそれを2で割ると1000mにもなる。とはいえ、一番高い標高を2で割っただけの数字だ。多くの山はもっと低標高ゆえ、実際はもっと低い所に生息しているものと思われる。だとしても高い。千尋峠と同等か、それ以上の高さに居るという計算になる。でも、俄には信じ難い面もある。基本的には低山地のカトカラだ。そんな高い所に好んで居るかね❓
あっ、待てよ。もしかして雲霧林があるのが、それくらいの標高なのかもしれない。そういえば屋久島に遊びに行った時、下はピーカンに晴れてるのに山の上の方には雲が掛かってるなんて事はよくあった。で、その中に突っ込んで行ったら、大雨だったんでビックリした事があるな。納得である。あながち1000m以上に居ても何らオカシクはない。

 
【レッドデータブック】
和歌山県:学術的重要
長崎県:絶滅危惧IB
宮崎県:絶滅危惧IB類(EN-R)
三重県:絶滅危惧種I類

 
【成虫の出現期】
6月中旬から現れ、7月下旬頃まで見られる。
とはいえ、西尾規孝氏は『日本のCaocala』の中で「野外個体の飼育結果から、成虫の寿命は約3週間と推定される。」と書かれているように比較的発生期間は短いようだ。そういえばT氏など採集されたことのある方々からは「すぐボロになる。」と聞いた事がある。おそらく寿命が短いだけに発生期を少しでもハズすと鮮度の良い個体は得られないのだろう。確かに最初に採集した2021年の6月30日の時点で、既に♂はボロであった。2022年の6月20日でも、♂♀共に完品は採れたが、既にスレ個体もいた。或いは早いものでは6月上旬から発生しているかもしれない。それらから推察すると、紀伊半島南部では6月中旬が採集適期と考えられる。

 
【成虫の生態】
産地では時に灯火採集で多数得られることもあるが、元々は少ない種のようだ。『世界のカトカラ』でも珍品度は★4つがついているし(最高ランクは★5つ)、分布域が狭くて局所的だから珍品だと言って差支えないだろう。また今のところ採集方法が、ほぼ灯火採集に限定されており、樹液や糖蜜での採集では結果が望めないというのも採集難易度を高めている。あと、雨が降らないと灯火にもあまり来ないようだし、かといって土砂降りではダメだから、その点でも厳しいものがある。条件はシビアなのだ。

対馬では樹液に集まるようだが、糖蜜トラップで採集された例は今のところ1例も無いようだ。とはいえ、おそらく対馬なら糖蜜にも誘引されるだろう。しかし樹液で観察されているのだって、知りうる限りでは対馬のみで、他では観察例がない。だから対馬以外では糖蜜トラップでの採集は難しいだろう。実際、T氏の話では何度も生息地で糖蜜を撒いたが一度も寄ってきた事はないと言っておられた。そういや蛾採りの天才小林真大(まお)くんも、そんな事を言ってたような気がする。
尚、自分が糖蜜を撒いたのは最初の布引の滝の時の一度のみ。結果はウスイロキシタバしか寄って来なかった。他は全て雨天だったので撒いていない。どうせ撒いても雨で流れるだろうと思ったからだ。やるなら糖蜜ではなく、バナナトラップ等の腐果トラップの方がまだしも採れる可能性があるかもしれない。

灯火へは雨の日など湿度の高い日に多く飛来する。
それを証明するような記述が『日本のCatocala』にあり、著者の西尾氏は「成虫を室内で飼育すると、雨天時に行動が活発になる」と書いておられる。つまり日本のカトカラの中では、最も湿潤な環境を好む種だと考えられる。ようは主に雲霧林に棲むカトカラなのだ。
灯火に飛来する時間帯は特に決まっていなくて、夜暗くなってすぐ来る者があれば、夜明け前になって漸く飛来する者もいるという。だが、雨の日以外の飛来は概して遅く、午後11時くらいにならないと飛んで来ないと聞いたことがある。
自分の少ない観察例だと、2021年の6月30日は午後8時半に1頭目(♀)が飛んで来た。その後、9時過ぎまでに2頭が飛来。10時台前半から中盤に散発で2頭が飛来。長いインターバルがあって11時15分から立て続けに3頭が現れた。その後、雨が強くなったせいかピタリと飛来が止まった。2022年は、21:50と0:45に♀が、午前0:50と01:20に♂が飛来した。偶然だろうが、前半は♀、中盤以降から♂が混じり始めるという印象を持っている。

『日本のCatocala』には、他にも野外での試験、飼育下での観察経過が書かれている。それによると、成虫は昼間は他の多くのカトカラと同じように頭を下にして静止しているという。交尾は多数回交尾で、時刻は夜の午後11時から午前2時だったとあった。

 
【幼虫の食餌植物】
成虫から採卵した飼育下ではあるが、ブナ科コナラ属のウバメガシとクヌギを摂食することが分かっている。
大方の予想では、食樹はウバメガシだと推測されているが、野外では未だ幼虫や卵は発見されていない。ウバメガシは海岸に多いから原生林に生えてると云うイメージはない。文献では誰も言及していないが、案外ウバメガシじゃなくて他の樹種が本命の食樹だったりしてね。
カトカラと生活史や食樹が似ている蝶のゼフィルス(ミドリシジミの仲間)の例もある。ゼフィルスは野外では食樹が限定的なのに、飼育下では広範囲の植物で飼育可能なのだ。ゆえにカトカラにもその可能性はある。ましてや蛾だ。基本的に蝶よりも食性は広い。つまり、メインの食樹は他の木である事は充分に考えられるのだ。

 
(ウバメガシ(姥女樫))


(出典『庭木図鑑・植木ペディア』)

 
学名:Quercus phillyraeoides
別名:イマメガシ(今目樫)、ウマメガシ(馬目樫)

ブナ科コナラ属に分類される常緑広葉樹の1種。
日本に自生するアカガシ亜属のカシ類よりもナラ類に近縁で、カシ類では唯一コナラ亜属に属している。
南欧に自生するコルクガシ(Quercus suber)とは特に近縁であり、交雑もするという。
そういや南欧にコレを食うであろうカトカラがいたな…。

 
(コルクガシキシタバ Catocala conversa)

(出展『世界のカトカラ』)

 
食樹が近いものならば、もしかして近縁種かと思ったのだが、全然似てないね。因みに分布は南欧、北アフリカ、ロシア南部(ヨーロッパ)、トルコにかけてと広いが、あまり多くない種だそう。

話をウバメガシに戻そう。
常緑広葉樹の高木で、高いものだと20m近くまで成長するが、通常は5〜6m程度の低木が多い。樹形はゴツゴツしていて、樹皮には独特の縦方向のひび割れが出る。若枝には黄褐色の柔らかい毛が密生する。
葉の長さは3~7㎝。日本産の常緑カシ類では特に丸くて小さく、また硬い葉を持つ。葉の上半分に浅い鋸歯があり、裏は淡緑色。若葉の頃は葉裏に星状毛が見られる。葉は厚くて硬く、艶があって乾燥や塩分に強い。小柄の葉は乾燥への適応とも考えられ、裏側に丸まるのは付着した波しぶきを落としたり、葉の裏側から水分が蒸発するのを防ぐためだとされる。また、硬いので落ち葉になっても分解が遅く、そのぶん保水力があるとも考えられている。新芽は茶色く、和名はこれに由来するとされるが、葉が馬の目に似ていることから「馬目樫」と名付けられたという説もあるようだ。
 硬くて小さいなんて、如何にも不味そうな葉じゃないか。そんなのワザワザ好んで食うかね❓他に柔らかい葉はいくらでもあるだろうに。ホンマにウバメガシかえ❓
 乾燥だけでなく刈り込みにも強く、病気にも強いことから生け垣や街路樹としてもよく植えられている。その材は密で硬く、備長炭の材料となることでよく知られている。備長炭といえば、高級焼鳥店で使われる炭だ。そして、その品質の最高峰と評されているのが紀州備長炭である。それゆえだろう、和歌山県の県の木にも指定されている。

分布は日本、朝鮮半島、中国(中部、南部、西部)、ヒマラヤ。
日本では本州の房総半島以西、四国、九州、南西諸島(屋久島、種子島、伊平屋島、伊是名島、沖縄島など)に分布する。但し沖縄県での分布域は極めて狭く、伊平屋島、伊是名島と沖縄本島から僅かな記録があるのみである。
主に太平洋側の暖かい地方に見られ、潮風や乾燥に強い特性を持つことから、海岸付近の乾燥した尾根や岩石地、急傾斜地に自生する。群落を作り、密生することが多く、トベラやヒメユズリハと共に海岸林を構成する代表的な樹木である。降水量の少ない瀬戸内式気候地域に多い。

こうゆう特性を見ていると、ホントにウバメガシがヤクシマヒメキシタバの食樹なのかなあ❓と思ってしまう。ウバメガシは乾燥地に生える木だが、ヤクヒメの生息地は真逆なのである。全ての生息地の環境を調べたワケではないが、ヤクヒメは基本的には湿潤な環境を好む。しかも多くは谷間で、極めて空中湿度が高い場所だ。だからヤクヒメの産地にはルーミスシジミやキリシマミドリシジミも生息している場合が多い。両方とも空中湿度が高い場所を好む種だからね。
意外とメインの食樹はイチイガシやウラジロガシ、アカガシだったりして…。

だが、ウバメガシについて更に詳しく調べていくと、新たな事が分かってきた。驚いたことにウバメガシは紀伊半島では内陸部の渓谷の岩場にも生育しているのだ。

 

(出展 後藤伸『明日なき森』より)

 
この図を見ると、かなり山側にもウバメガシが生育している事が解る。そういやウバメガシを食樹とし、主に海岸部で見られるクロシオキシタバが紀伊半島南部では山地帯でも見られるというのを思い出したよ。
図の解説によると、紀伊半島南部では内陸部の崖地にウバメガシが優占する森林があり、やや特殊な昆虫相を維持しているという。その代表的なものとしてウラナミアカシジミの亜種、キナンウラナミアカシジミが挙げられている。すっかり忘れていたが、キナンウラナミアカもウバメガシが食樹だったわ。本来ウラナミアカはクヌギなどの落葉ナラ類の柔らかい葉を食すのに、このイジけた亜種はクソ硬いウバメガシを餌にしているのだ。キナンウラナミは十津川村だとか内陸部にも居て、確かに其処にはウバメガシがあるわ。
この内陸部にあるウバメガシ林は、紀伊半島独特の例外的存在であるかのように言われることがあるが、実際には他にも四国など西日本各地に内陸のウバメガシ林が点在し、それぞれの地域で「ここは例外である」と言われているという。
尚、和歌山県大塔山系法師山の山頂(1120m)にはウバメガシの低木林があり、おそらく最も高い標高の生育地だそうだ。
また、紀伊半島南部ではあちこちの低山地の斜面に、備長炭の用材としてウバメガシが優占するように育成された森林があるらしい。しかしながら最近は備長炭の需要増加のため、減少が目立つという。

でも屋久島のウバメガシの分布を調べたら、殆んど海岸部にしかないような感じなんだよなあ…。ヤクヒメの棲息域は島の山地中腹部だというし、やっぱホントにウバメガシが食樹なのかな❓それに海外での分布は朝鮮半島、中国(中部、南部、西部)、ヒマラヤとなってたよな。となれば、ヤクヒメ台湾亜種がいる台湾には無いって事になる。益々、ウバメガシがメインの食樹ではない可能性が出てきた。
意外とルーミスの食樹であるイチイガシだったりして…。

 
(ルーミスシジミ)

 
でもその前に、一応ウバメガシが本当に台湾に生えていないのか調べ直そう。

(⁠@⁠_⁠@⁠)ゲッ❗、台湾にもバチバチに生えてるじゃないか。ったくよー、鵜呑みにして大恥かくとこじゃったよ。
気を取り直してイチイガシで検証してみよう。

 
(イチイガシ)

 
(イチイガシの分布)

(出典『雑想庵の破れた障子』)

 
ちなみにこの図はイチイガシの分布そのものではなく、巨樹の分布である。それでもだいたいの分布と合致しているものと思われる。尚、イチイガシも台湾に自生しちょります。

分布図を詳細に見る。
ゲッ❗、でも対馬にはあまり生えていないようだ。巨樹の分布ではあるが、4本以下しかない。対馬はヤクヒメの個体数が比較的多いとされているから(註3)可能性は低まる。
となると、同じくルーミスの食樹ウラジロガシなんかはどうだろうか❓

 
(ウラジロガシ)


(出典『庭木図鑑・植木ペディア』)

 
(ウラジロガシの分布)

(出展『植物社会学ルルベに基づく植物分布図』)

 
この分布ならば、ヤクヒメの分布とも合致する。台湾でも自生している。となれば、可能性は高まる。
誰かウラジロガシで飼育してみてくんないかなあ。

そういや対馬も屋久島もキリシマミドリシジミの産地として有名だったな。

 
(キリシマミドリシジミ♂)

 
だとすれば、キリシマの食樹であるアカガシの可能性も考えられはしまいか…。いや、ルーミスはヤクヒメの居る所には大体いるが、高知県と対馬には生息しない。ではキリシマはどうだ❓ 居ないとこって、あったっけ❓ 全て居たんじゃないかしら。急ぎ図鑑で確認する。

 

(出典『日本産蝶類標準図鑑』)

 
\⁠(⁠◎⁠o⁠◎⁠)⁠/おーっ、やっぱヤクヒメの分布地全てにキリシマは生息している事になってる❗となれば、アカガシが一番有望ではないか。

 
(アカガシ)


(出典『庭木図鑑・植木ペディア』)

 
(アカガシの分布)

(出展『植物社会学ルルベに基づく植物分布図』)

 
コチラもヤクヒメの分布と重なるし、台湾でも自生している。
もうアカガシじゃね❓

けど待てよ。そういや思い出したぞ。【分布】の欄に、自分で「対馬と屋久島と紀伊半島南部のヤクヒメの生息地は、アカガシとウラジロガシ等を主とする原生林で発見されている。」と書いてたよな。すっかり忘れてたよ。脳みそ鶏並みじゃよ。
それでまた思い出した。キリシマミドリシジミの幼虫はの食樹はアカガシだが、それ以外にウラジロガシも食樹としているよな。となると、ウラジロガシも同等の可能性があるよね。
(⁠ب⁠_⁠ب⁠)むぅー、となればアカガシやウラジロガシはヤクヒメの食樹として、かなり有望とは言えまいか。或いは、どっちもメイン食樹だったりして…。
重ねて言う。どなたかイチイガシ、ウラジロガシ、アカガシで飼育してくんないかなあ。オラって、蝶さえもロクに飼育した経験がないからさ。自分で究明するのは無理でごわすよ。

 でも、話はまだ終わらない。
さらに屋久島の植物構成を調べてみると、イスノキが多そうだ。イスノキも照葉樹だし、マンサク科だ。大部分のカトカラはブナ科とバラ科を食樹としているが、少ないながらもニレ科、ハンノキ科を食樹としているものもいる。またカトカラはゼフィルス(ミドリシジミ類)と食樹がかぶるものも多い。マンサクはミドリシジミの仲間であるウラクロシジミの食樹だから、可能性はゼロではないだろう。

 
(イスノキ)


(出典『庭木図鑑・植木ペディア』)

 
(イスノキの分布)

(出典『植物社会学ルルベデータベースに基づく植物分布図』)

 
ウラジロガシやアカガシ等に比べれば可能性は低そうだが、一応ヤクヒメの分布とも重なる。分布か海岸部に片寄りがちなのが気になるが、イスノキの可能性もないではないね。コレも誰か試してくんないかなあ…。

 
【幼性期の生態】
幼生期については西尾氏の『日本のCatocala』の力をお借りして、全面的にオンブに抱っこで書かせて戴きやす。

 
(卵)


(出典『日本のCatocala』以下全て同じ)

 
卵は長経と短経の差がやや大きい饅頭(まんじゅう)型。大きさは小さく、ヨシノキシタバの卵に似るが、横隆起条の間隔がより広い。参考までに付け加えておくと、ヨシノキシタバもヤクヒメと同じく湿った苔に産卵されると推測されている。
環状隆起は認められない。花弁状紋とその外側の類似層は合わせて4、5層。縦隆起条、横隆起条は共に直線的。
受精卵は褐色で、若草色の斑紋があるが、まだ野外では発見されていない。西尾さんは「母蝶の採卵経験から、卵は湿潤な苔の中に産付されると推定される。」と書いておられる。やっぱ雨が相当降るような所じゃないと生息できないカトカラなのかもね。屋久島はもとより紀伊半島南部、特に大台ケ原から尾鷲市辺りは日本有数の多雨地帯だもんね。当然、苔も多いだろう。
ところで対馬とか他の生息地はどうなのだ❓

調べてみると、海に囲まれた対馬は対馬暖流の影響を受ける温暖で雨が多い海洋性の気候だと書いてあった。
年間降水量は2250mm。全国平均の1611mmよりも多く、6~8月に年間量の約45%(990mm)の雨が降る。この数値は同期間の東京の約2倍、札幌の4倍弱にあたり、台風の多い那覇と比べても1.6倍程だそうだ。
なお、年間降水量の1位は屋久島で4477mm、2位は宮崎県えびの市(4393mm)、3位が高知県馬路村(4107mm)で、4位が三重県尾鷲市(3848mm)となっていた。尚、県別では高知県が1位だそうである。とゆうことは高知県や宮崎県の生息地も雨が多い地域であろうことは想像に難くない。
あっ、予断でモノを言っちゃダメだね。邪魔くさいが調べれば分かりそうなものは、ちゃんと確認しておこう。

Wikipediaによると、生息地の宮崎県美郷町はケッペンの気候区分において、温帯夏雨気候となっている。降水量の多い宮崎県内でも特に多雨な地域の一つで、年降水量は毎年2500〜3500mm前後で推移しており、多い年は年降水量が4000mmを越える事もあるようだ。
高知県宿毛市の気候は暖かく温暖で、コチラも年間雨量が非常に多いそうだ。最も乾燥している時期でも雨がよく降り、年平均降雨量は2074mmとあった。
鏡地区は四国山地と太平洋の間に挟まれた場所にあり、四国地方の中では特異な気候である。夏季は太平洋に近いため、高温多湿かつ台風が襲来する地域である。但し鏡村では気象観測が行われておらず、隣接する土佐山村で行われているそうだ。矢張り、ヤクヒメと雨とは切っても切れない仲なんだね。

 ♀の産卵管には特徴的な剛毛を輪生しており、西尾氏は産卵習性に関連があるとみられている。繊維質なものを産卵床に敷いておくと、卵に繊維を巧妙に絡ませるという。この点から、西尾が苔に卵を産むと考えたのだね。苔に卵を産む為にヤクヒメは進化したのだ。雲霧林の賢人だね。

 

(出典『日本のCatocala 』)

 
確かに♀裏面の交尾器周辺は他のカトカラとは随分と違う。今一度、画像を貼り付けておこう。

 

 
比較のために他種の画像も並べておく。

 
(カバフキシタバ♀裏面)

(2020.6.29 奈良市)

(ノコメキシタバ♀裏面)

(2019.8.6 長野県上田市)

(ハイモンキシタバ♀裏面)

(2019.8.6 長野県上田市)
 
(マホロバキシタバ♀裏面)

(2019.7.16 奈良市)

(ムラサキシタバ♀裏面)

(2019.9.4 長野県白骨温泉)

(ヨシノキシタバ♀裏面)

(2020.8.25 奈良県吉野郡)

(ミヤマキシタバ♀裏面)

(2020.8.10 長野県開田高原)

(ヒメシロシタバ♀裏面)

(2020.8.9 長野県開田高原)

(ナマリキシタバ♀裏面)

(2020.8.8 長野県松本市)

(アサマキシタバ♀裏面)

(2019.5.22 東大阪市枚岡公園)

 
まだ他の種の画像もあるが、コレくらい並べれば充分だろう。兎に角、何れも尻先のスリットが細い。載せてない他のカトカラも同じようなものだ。それと比してヤクヒメは極めて特異な形をしており、溝が圧倒的に広い。その特異な形態には何らかの理由がある筈だ。西尾氏は産卵管の剛毛については言及されているが、交尾器全体についての形態的理由には触れられていない。ではなぜこのような形態になったのか❓暫し考えたけど、全然思いつかーん。

最後にウスイロキシタバを載っけておこう。

 
(ウスイロキシタバ♀裏面)

(2020.6.19 兵庫県西宮市)

 
まだしもウスイロがヤクヒメと近いかもしれない。
ウスイロも暖帯照葉樹林に棲み、どちらかといえば湿潤な気候を好む。それと何か関係があるのかもしれない。

 次に幼虫についてみていこう。

 
(1齢幼虫)

(出典『日本のCatocala 』以下全て同書からの引用)

 
(2齢幼虫)

 
(5齢幼虫)

 
終齢は5齢。体長は約55mm。頭の幅は3mm。
西尾さんは数系統を飼育したが色彩変異は特に認められなかったそうだ。

 
(終齢幼虫の頭部)

(頭部の脱皮殻)

 
ウスイロキシタバの回で既に言及してるけど、卵は全然似ていないが終齢幼虫は結構似ているかも。詳しくはウスイロキシタバの回を読んでくれたまえ。
邪魔くさいからそうは書いたものの、アタイはいい人なのて画像を貼付しておきます。

 
(ウスイロキシタバの卵)

(終齢幼虫)

(幼虫の頭部)

(頭部の脱皮殻)

 
カトカラの幼虫の識別には頭部の斑紋の違いが重要だと言われている。となると、顔はかなり似ているから親戚くさいぞ。卵が似てないから微妙ではあるが、両者は近縁関係にあると言えなくもないってところか…。

                 おしまい

 
追伸
 結局、2021年は♂が採れなかったし、2022年も紀伊半島南部に足を運ばざるおえないだろう。でもなあ…、渋い魅力はあるけれど、それは珍品であるがゆえにそう見えるだけかも。冷静に見れば子汚い蛾だから、あんましモチベーションが上がんないんだよなあ…。

前書きに書いたように、コレは2021年に書かれたものです。ここからは追伸の追伸です。

 えー、カトカラシリーズの中でもヤクヒメ編が一番の難産でした。ホント疲れたよ。書き始めてから足掛け三年だもんね。
コレで、あと残るはケンモンキシタバ、エゾベニシタバ、キララキシタバ、アマミキシタバの4種となった。書くのが段々億劫になってきたが、何とかシリーズの完結を成し遂げたい。

 尚、複数の人から聞いた噂だと、2020年、2021年共に紀伊半島南部では雲霧林の賢者は不作だったようで、何処でも数があまり採れなかったそうだ。2022年も、一部では個体数が多かった所もあったものの、全体的には不作だったと聞く。北牟婁郡も少なかったしね。
正直、思っていた以上の稀種だったので、少しばかり驚いている。気候変動が進めば、益々珍しい種になるだろう。雲霧林の賢者が、いつまでも雨の中を元気に舞ってくれる事を願ってやまない。

 
(註1)稀に著しく黒化するものも見られる…
画像は邪魔くさいので貼り付けないが、ブログ『南四国の蛾』の「変異」の項目に、それに該当するような個体の画像がある。

 
(註2)2018年には大分県でも見つかっている
大分昆虫同好会の会誌『二豊のむし』の、No.56号に記事がある。中身は読んでないけどー。

(註3)対馬では個体数が比較的多いとされるから…
但し、2008年発行の『日本のCatocala』には「対馬は原生林の伐採により絶滅状態にある。」と云う記述があった。そういや長崎県ではレッドデータ入りしてるな。
一方、個体数が多いような事が書いてあったのはツイッターの「火の粉」さんのサイトで、2020年の投稿に「対馬最優先種と言っても過言ではないくらいいた。」と書いてあった。猶、おそらく「優先」は間違いで、ホントは「占有」と書きたかったのだろう。でないと意味が通らない。つまりはその時はニッチを支配するようなド普通種だったってこったろう。
しっかし、十数年前に絶滅寸前だったものが、今になって個体数が増えてるってどゆ事❓対馬といっても広いから、多産地もあるのかな❓

 
ー参考文献ー

◆『世界のカトカラ』石塚勝己
◆『日本のCatocala』西尾規孝
◆『日本産蛾類標準図鑑Ⅱ』岸田泰則
◆『明日なき森』後藤伸
◆『日本産蝶類標準図鑑』白水隆

インターネット
◆『Wikipedia』
◆『南四国の蛾』
◆Twitter『火の粉』
◆『庭木図鑑・植木ペディア』
◆『植物社会学ルルベデータベースに基づく植物分布図』
◆『雑想庵の破れた障子』
 

2021’カトカラ5年生 ヤクヒメ編3

vol.28 ヤクシマヒメキシタバ

   『陰翳礼讃』第三話

 
 2020年、初めてのヤクシマヒメキシタバ採集行は姿さえも全く見れずの惨めな2連敗に終わった。自分も小太郎くんも楽勝だと思ってたから、まさかのこの結果に声を失った。
当然、2連敗後も早いうちのリベンジは考えた。本来、汚名はソッコーで晴らしておくと云うのがオラ的セオリーだからだ。どんな事でもそうだが、早期に問題を解決して心の安寧を取り戻しておかなければならない。さもなくば、事態はドンドン悪い方向へ行きかねないからだ。悪い流れは即座に断ち切る事が肝要なのだ。キリシマミドリシジミ(註1)の時が最たる例で、泥沼の5連敗を喰らって、精神的にかなり追い込まれたからね。連戦連勝、どんな稀種であっても狙った獲物は常にその採集行のうちにシバき倒してきただけに、何が何だか解らなくなって半ばパニックに陥ったっけ…。敗退が続くと色々考え込む。しかし考えれば考えるほどドツボ。更なるズブズブの泥濘(ぬかるみ)にハマり易いのだ。去年の阪神タイガースの開幕9連敗(註2)と一緒で、負けグセがつくと止まらなくなる。いや、止められなくなるのだ。
しかし、この年は結局ヤクヒメにリベンジするのを諦めざるおえなかった。その後、二人の都合が合わず、次回に行けるのは10日以上先、つまり時期的には発生期の終盤だったからだ。下手したら、終盤どころか発生が終わっていてもオカシクはない状況でもあった。たとえ行って採れたとしても、ボロばっかでは意味がないし、採れなきゃ、ショックで再起不能になりかねない。忸怩たる思いではあるが、ならば翌年まで持ち越さざるおえない。そう判断するしかなかったのである。
 

2021年 6月28日

 臥薪嘗胆。ようやくリベンジの機会が巡ってきた。小太郎くんと待ち合せて、いざ紀伊半島南部へと向かう。
天気予報は曇りのち小雨。雨を好むというヤクヒメではあるが、かといって本降りでは何かと儘ならないから恰好の天気である。とはいえ、心配なのはワシのスーパー晴れ男振りである。去年は天気予報では雨がちだったのにも拘わらず、2度行って2度とも途中で月が出た。しかも灯火採集には最悪とされる満月。今回は、そうならない事だけを切に祈ろう。

 場所は去年最初に行った三重県の布引の滝(熊野市紀和町)と決めた。
惨敗した場所なのに何故に❓と訝る向きもござろうが、それには理由がある。小太郎くんが布引の滝でヤクヒメを採った事があるという人から重要な情報を得たからだ。それによると、採集した場所は我々が最初に陣取った滝の上部ではなく、下部の麓の方らしい。詳しい設置場所も聞いているという。文献ではない生の情報は貴重だし、こうゆう舞い込んで来たような流れは大切だ。自然な流れは物語なのだ。堰き止めてはならない。流れに任せておけば、自ずと結果が出る事は往々にして多い。ならば、ここは迷わず行っとくべきでしょう。
 採れた数は一晩で6頭との事。飛来した時は、アホほどやって来るというヤクヒメにしては数が少ないのが気になるが、それだけ採れていれば自分としては充分だ。元々バカみたいに数が欲しい人ではないからね。いっぱい採ったら、当然ながら嫌いな展翅を沢山しなきゃならないのじゃ。

ポイントには、かなり早くに着いた。まだだいぶと明るかったから、午後4時半か5時前には着いていたのではないかと思う。
空模様は曇りで、時々小雨がパラつくといった感じで悪くはない。だが、如何せん風が強い。しかも設置場所は橋の上らしいから、より風の影響を受けやすい。ライトトラップには風は大敵なのだ。基本的に風が強いと虫は飛ばないし、たとえ飛んだとしても風に流されてライトまで辿り着けない可能性だってある。それに何よりライトトラップの装置が倒れやすい。もしも倒れて電球が割れでもしたら最悪だ。ジ・エンド、その瞬間に採集が終わる。だがホントは、そんな事よりも水銀灯を失うダメージの方がデカい。水銀灯は高価であるのみならず、現在は生産中止なっているのだ。もはや製造してないんだから、再び手に入れるのは容易ではない。
とにかく暫く様子をみよう。そのうち風もおさまるだろう。2人して車の中で暫し仮眠する。

しかし日没近くになっても、風は一向におさまる気配がない。しかも風の影響なのか気温がグッと下り、かなり肌寒い。風が強くて気温が低ければ、虫たちが活動しない可能性が更に高まる。おいおいである。神よ、又しても我々に試練の道をお与えなさるのか。何故ゆえ、そのような試練をお与えなさるのだ❓意味ワカンナイ。もう半泣き太郎だよ。
仕方なく此処を諦め、風のない場所を探して移動することにした。取り敢えず上に向かって車を走らせる。

だが、特筆すべきようなコレといった良い場所は見つからない。また最初と同じ滝の上部でやる事も考えではなかったが、一度敗退してケチがついた場所だし、カワゲラとかトビケラとかヘビトンボがワンサカ飛んで来るのは気持ち悪いからパス。
そのうち日が暮れてきたので、中腹にある一番マシそうな場所に陣取ることにした。幸いにして風の影響は殆んどない。肚を据えて此処で戦おう。

 午後7時半、点灯。
いよいよ1年越しのリベンジの始まりだ。今日こそは何とかなるっしよ。たかがヤクヒメ風情に、まさかの三連敗は有り得ないだろう。そんなに連敗した話なんぞ、聞いた事がないのだ。
去年の恥ずかしい連敗は、ひとえに月のせいだ。あの全くの想定外だった満月さえ顔を覗かせなければ、採れていた筈なのだ。今日こそは月は出ない、大丈夫だと自分に言い聞かせる。

 

 
例によって、画像はトリミングしてある。小太郎くんから灯火装置が直接映っているのはダメと言われてるからである。

良い感じに小雨が降っているものの、集まる蛾の数は可もなく不可もなくである。顔ぶれも相変わらずの見慣れた面々だ。
唯一の新顔はヒメハルゼミくらい。アンタ、こんなとこにも居たのね。
小太郎くんは、その灯りに寄って来たヒメハルゼミをせっせせっせと摘んでいる。ヒメハルゼミは稀なセミで、各地で採集禁止種に指定、保護している場所も多い。因みに此の地は特に保護されているワケではないし、採集禁止にもなっていないようだ。
それにしても走光性が強い種とは知ってはいたが、ホントだったんだね。セミには走光性のある種が多く、珠にアブラゼミやミンミンゼミなどが灯りに寄って来るのを見ることはあるが、一度にこんなに沢山のセミが寄って来たのは初めて見た。

 
(ヒメハルゼミ♀)


(2019.7月 奈良市)

 
スマン。羽化直後の画像しかない。気になる人はネット検索してけれ。
あっ、そういやヒメハルゼミは成虫だけでなく、羽化前の幼虫にも走光性があるらしい。思わず、幼虫が光に向かってゴソゴソと歩いてるのを想像したよ。「あーっ、そっちに行っちゃダメー❗」。
٩(๑`^´๑)۶え~い、メンドくせー。ヒメハルさんの事は後で註釈欄で解説するつもりであったが、ここでやってしまえ。

 
【ヒメハルゼミ(姫春蝉)】
学名 Euterpnosia chibensis
小種名は千葉に由来する。おそらく最初に発見されたのが、千葉だったからでしょう。
体長はオスが24〜28mm、メスは21〜25mm。6月下旬頃から現れ、8月上旬まで見られる。
名はヒメハルゼミとはつくものの、ハルゼミと大きさは変わらない。外見はハルゼミよりも体色が淡く、褐色がかっている。
主に西日本で見られ、新潟県・茨城県以西の本州・四国・九州・屋久島・奄美大島・徳之島に分布する。しかし生息地が丘陵地や山地のシイ、カシ類からなる人の手があまり入っていない自然度の高い稀少な照葉樹林である事や、飛翔能力が弱く、生活圏を広げようとしない性格も相俟ってか分布は局所的。ようするに生息条件が限られた貴重なセミである。それゆえか分布の北限に近い3ヶ所の生息地(茨城県笠間市片庭、千葉県茂原市上永吉、新潟県糸魚川市・旧能生町)が国の天然記念物に指定されている。他にも自治体レベルで絶滅危惧種や天然記念物に指定されている所が数多くある。
♂が集団で合唱することが知られ、1頭の♂が鳴き出すと、それを合図に周辺に伝播するように「シャー」という合唱が起こる。特に夕刻には頻繁に鳴き、日没前には山全体が大合唱の蝉時雨となる。そのような独特の大合唱は他のセミには見あたらず、その様は「森そのものが鳴いているようだ」とも称される。
 確かに、あの蝉時雨は時に凄まじいばかりで、森の中でその音の塊に包まれていると感動すら覚える。とはいえ、おそらく多くの現代人にとっては雑音にしか聞こえないだろう。つまり、人は自身にとって必要のない音を無意識にカット、遮断するように出来ているからだ。その声をセミの声だと認識してこそ、初めて耳に入ってくる類いのものなのかもしれない。多くの外国人にはセミやコオロギの声が雑音にしか聞こえないとも言うからね。ようはメロディーとして聞こえていないのだ。だから欧米には、虫の音(ね)を愛ずるという文化もないのだろう。とにかく、あの感動は体験した者にしか味わえないものがある。

そんなレアで愛しきセミだが、でも求めているのはキミじゃないんだよねー。どうでもいいざます。欲しいのはヤクヒメだけなのだ。その事で頭が一杯でヒメハルなんぞ採る気にはなれず、自分は結局一つも持ち帰らなかった。

 雨は振ったりやんだりしていたが、やがて完全に上がった。月こそ出ないものの、天候は回復しつつありそうだ。悪い兆候だ。集まって来る虫も相変わらずショボい状況が続いている。そして、ヤクヒメは未だ飛んで来ない。

 

 
ふと思う。ところで、この日の夕方にヒメハルゼミって鳴いてたっけ❓
全然、記憶にない。雨模様だったので鳴いていない可能性は高いものの、単にヤクヒメの事で頭が埋め尽くされてて、鳴いていたのに一切耳に入ってこなかったという可能性は無きにしも非ずである。それだけ何処にライトトラップを設置するかに集中していたのだろう。でもこんな体たらくでは、その集中力や努力も何の意味も持たない。

結局、この日もヤクヒメは1頭も飛んで来なかった。
三連敗決定。地獄の連敗街道、まっしぐらだ。

 
 
2021年 6月30日

 もう小太郎くんもワシも意地になってきた。その2日後には、再び紀伊半島南部に突っ込んでいた。
但し今回はメンバーが一人増えて、藤岡くんも加わった。参戦に至った詳しい経緯は知らない。ただ、小太郎くんから「藤岡くんも一緒でもいいですかあ❓」と言われて、『いいよー。』と答えただけだ。藤岡くんとは古くから顔馴染みだし、彼が加わったトリオでの採集行は去年も経験している。マホロバキシタバが採りたいというので、小太郎くんと案内したし、同じ紀伊半島南部にルーミスとヨシノキシタバを採りにも行ったしね。それに藤岡くんは、のほほんとした何処か浮世離れした人で、控えめな性格だ。ギスギスする事もないだろう。なれば、参加を拒否する理由はない。

 目指す場所は同じ三重県だが、北牟婁郡の谷沿いである。
今回も小太郎くんが仕入れてきた新たな情報に頼る事にした。
そこは絶対に生息しているという鉄板の場所らしい。なのだが、問題がないワケではない。ポイントに向かう途中の橋が老朽化しており、通行止めになっているかもしれないそうなのだ。もしダメなら、現地でポイントを新たに探さねばならない。となると賭けである。雨の多いこの時期だけに、川が増水していて危険な可能性は高いし、それ以前に土砂崩れで前に進めない不安だってある。だけども最も採れる確率が高いのは其処なのだ。もう背水の陣で行くっきゃない。

 天気予報は完全な雨である。けれどワザワザこの日を選んだ。小太郎くんと話し合った結果、ヤクヒメは小雨程度の雨では飛んで来ないのではないかという結論に至ったのだ。

 雨の中、ようやく橋に辿り着いた。
しかし、橋は通行止めになっていた。入口を🚧車止めの看板が塞いでいる。だからといって、ここまで来て誰が引き返してなるものか❗地獄の沙汰も虫次第。絶対に採りたい、採らねばならぬという強い想いが看板を脇へと除けさせる。戻って来て橋が落ちていれば、そん時はそん時のことだ。

 暗く不気味な林道を奥へと詰め、ポイントに到着。

 

 
周囲は鬱蒼としており、深山幽谷の様相を呈している。
手つかずの照葉樹林だと直感する。今まで見てきた、どの照葉樹林よりも深い森だ。此処にヤクシマヒメキシタバが居なくて何処に居るというのだ❓そんな素晴らしいロケーションだ。もう此処で採れなきゃ、腹カッさばくしかあるまい。

 

 
瞬く間に靄が湧き立ち、山肌に天使の薄衣のような薄いヴェールが掛かる。陰翳礼讃。水墨画の世界だ。無駄を排した白と黒の織りなす世界は幽玄で美しい。
とはいえ、傍らに誰かが居てこその風雅の境地だろう。もしも一人ぼっちだったとしたならば、果たしてそんな風に思えていただろうか❓観点を変えれば、これから先に何か悪い事が起きそうな不気味な予兆と取れなくもない風景だ。そう考えれば、とてもじゃないが1人ではこんな所には居れそうにない。日があるうちでも恐ろし気な場所なのだ。ならば夜ともなれば、尋常ではない怖さだろう。絶対に漆黒の闇にイッポンダタラ(註3)とか魑魅魍魎の妖怪どもが跋扈する世界と化すに違いない。

 雨は結構降っている。
どれくらいの量が降っていれば良いのかは分からないが、土砂降りにでもならない限りは大丈夫だろう。とにかく今までの感じでは、小雨程度の雨ではダメだ。これくらいの強さの雨が間断なく振り続ける事を祈ろう。

 日没と同時に点灯。

 
 今回は小太郎くんの許可が下りたので、トリミングなしの画像全面解放である。ライトトラップの、謂わば一つの完成形との事なので、表に出しても恥ずかしくないってワケなのでせう。勝手に半分想像して言ってるけどー(笑)。
 ちなみに今回は本格的な雨を見越して、雨避け用のテント(タープ)が用意された。小太郎くんの発案で買うことになって、購入料金を3人で割った。一人あたりいくらだったっけかなあ❓正確には思い出せないけど、一人三千円くらいの負担だったかな?まあ高くても五千円以内だったと思う。でもそれで快適に採集できるのなら、安いもんだ。

 点灯後、間もなくヤクヒメと同じカトカラ属のウスイロキシタバが飛んで来る。

 
(ウスイロキシタバ♂)


(2021.6月 兵庫県西宮市)

 
が、採らずに無視する。
お前じゃない❗

藤岡くんがおずおずと尋ねてくる。
『コレって貰ってもいいですかぁ❓』
ワシも小太郎も、どーぞどーぞである。ウスイロは前翅のメリハリが効いた美しい種だが、二人とも見飽きていて、もはや眼中にはないのだ。
それにしても、蛾好きの藤岡君なのにウスイロを採ったことがないのね。まあ、紀伊半島南部を除けば分布は局所的で、いる所は限られている。自分も紀伊半島南部以外では1箇所でしか見たことがないから、それも当たり前かあ…。

藤岡くんは次々と飛んで来るウスイロをせっせと取り込んでいる。他の蛾や甲虫もジャンジャン取り込みまくっている。彼は生粋の虫マニアだ。コレクションの中心は蝶と蛾ではあるが、虫とあらば大概は収集対象なのだ。インセクトフェア、いわゆる昆虫展示即売会でも標本を購入しているのをよく見掛ける。だが特定の種類に強い執着は持つことは少ないような気がする。あっ、シジミチョウ科の一部には少しあるかもしれない。けれども特定の種のマニアって感じはしない。例えば小太郎くんだったら、ブルーと呼ばれるシジミチョウの仲間であるゴマシジミやアサマシジミ、ミヤマシジミに対して強い執着心を持っている。他にキマダラルリツバメやギフチョウ、ミヤマカラスアゲハに対する思い入れも強い。あとヒメヒカゲもか…。
自分ならば、タテハチョウ科の中のコムラサキ亜科やフタオチョウ亜科、イチモンジチョウ亜科の赤系や緑系のイナズマチョウ(Euthalia)属やオオイナズマチョウ(Lexias)属に対しての思い入れが強い。で、最近は蛾ではあるが、今回のターゲットでもあるヤクヒメも属するヤガ科Catocala(カトカラ)属にも御執心だ。でも藤岡くんが特に何かを徹底的に集めていると云う話は聞かないからね。とはいえ、羨ましい限りだ。興味の対象が広く全般に渉るのならば、生涯において飽きる心配がないもんね。オラなんか最近は蝶や蛾に対する情熱がすっかり冷めてしまっている。新たな興味対象が見つからねば、業界からフェイドアウトしていきかねない状況だ。虫を趣味にすると意外と金が掛かるし、人生を狂わせてしまうところがある。物事の判断が虫優先になってしまうのだ。例えば、晴れていたら虫採りに行ってしまい、彼女とは曇りか雨の日にしかデートしないとかさ。そりゃ彼女だって怒るわな。で、挙げ句にはフラれる。兎に角、ロクな事がないのだ。

 午後8時過ぎ。
小太郎くんが何か変なのが飛んで来たけど見失いましたー。ヤクヒメだったかも…と言い出す。しかし、灯りの周辺を丁寧に見回るも、らしき姿はない。

 午後8時半。
急に小太郎くんが大声を出す。

『五十嵐さん❗ほら、ソコーッ❗❗』

指差す先の白布の上部に見慣れない小さな蛾が静止していた。
(;・∀・)はあ❓
でも正直、それが何なのかワカンなくて、その場で固まる。

『何してるんすかあ❓ヤクヒメですよ、ヤクヒメー❗❗』

その言葉で、漸く脳のシナプス回路が繋がった。
確かに言われてみれば、ヤクシマヒメキシタバだ。だが、想像していた姿とは随分と違うような気がする。照明のせいで白っぽく見えるせいもあるのだろうが、図鑑等との印象とは相違があるのだ。何より上翅の感じがイメージとは異なる。こんなにもメリハリがあって美しいのか…。百聞は一見に如かずとはよく言ったものである。実物を見ないと、本当の姿はわからない。

『コレがヤクシマヒメキシタバかぁ…。』

絞り出すように言葉が漏れた。
とにかく会えて良かったという安堵の心が広がる。それにしても、いつの間に❓である。仙人は忍者でもあるのかえ❓

暫し見つめていると、再び小太郎くんから声が飛ぶ。
『何ぼぉーとしてるんですかあ❓早く採って下さいよー。逃げちゃいますよー❗』

『(⁠☉⁠。⁠☉⁠)⁠えっ❗❓、オラが採っていいの❓』

最初に見つけたのは小太郎くんだから、採る権利は彼にある。だから手を出さなかったのだ。
『いいですよー。譲りますよ。そのかわり次は採らせて下さいね。』

『(⁠ ⁠;⁠∀⁠;⁠)うるうる。小太郎くーん、アンタってホントいい人だよ。』

譲ってはくれたものの、まだ手中にしたワケではない。ここでもし取り逃がせば、噴飯ものだ。何があっても失敗は許されない。息をひそめて近づき、スーッと体の力を抜いたがいなや毒瓶を上から被せる。

(⁠ノ⁠ ̄⁠皿⁠ ̄⁠)⁠ノ⁠ しゃあー❗❗

やっと採れたよ、お母ちゃん(⁠༎ຶ⁠ ⁠෴⁠ ⁠༎ຶ⁠)
長きイバラの道で御座ったよ。

 

 
毒瓶から取り出して、じっくりと眺める。
渋い美しさだ。図鑑や画像で見る姿よりも遥かに素敵だ。
陰翳礼讃。前翅が雲霧林を彷彿とさせるようなデザインだ。きっと水墨画の世界の住人なんだからだろう。そう思って、妙に納得する。

雌雄を確認するために裏返す。

 
(裏面)

 
尻先に縦にスリットが入っている。多分、♀だね。
それにしても、何だか他のカトカラの♀のスリットとは感じが違う。溝が深いのか広いせいなのかワカランが、黒っぽくてよく目立つ。

 その後、立て続けに飛んで来て、小太郎くんも藤岡くんも無事1つずつゲットした。もし自分一人だけが採れただなんて事になれば申し訳ないから、ホッとする。だが、どちらもスレた個体で、自分の採った♀が一番鮮度が良い。なので次の順番を二人にお譲りする事にする。

思うに、ずっと雨はそこそこ降っているから、やはりシッカリと雨が降らないと活動が活性化しない蛾なのかもしれない。
 
 その後、2人が1頭ずつ採ったところで、ピタリと飛来がやむ。カトカラにはよくある事で、時間を置いて又飛んで来る事は多い。だが、今回も再び活性が入る云う保証はどこにもない。兎に角まだ自分は♀だけしか採っていないから、今度は何とか♂が飛んで来て欲しいと願う。今までイヤというほどボコられてきてるのだ、せめて雌雄くらい揃わなければ、溜飲は下がらない。キイーッ٩(๑òωó๑)۶、早よ飛んで来いやバーロー❗

 午後11:15。
ようやく1頭が飛んで来た。

 

 
だか裏返すと、コチラも尻先にスリット入っている。つまり、残念ながら又♀だ。
その後、2人が1頭ずつ追加したところで、再び飛来が止まった。そして、そのままジ・エンド。雲霧林の仙人は二度と姿を現すことはなかった。

 結果は、自分が2♀。記憶は曖昧だけど、小太郎くんが1♂2♀。藤岡くんが3♂か、もしくは2♂1♀だったと思う。自分だけが♂を採れず、しかも頭数も一番少なかった。鮮度は自分の♀が一番良かったから別にいいんだけど、どこか釈然としない。苦労してやっとこさ採ったわりには、成果があまりにも少ないじゃないか。3人で計8頭というのも期待ハズレだ。ヤクヒメは稀種だが、生息地では個体数が多いと聞いていたからね。とはいえ、胸を撫で下ろしてはいる。兎にも角にも、念願のヤクヒメが採れたのだ。それで良しとすべきなのかもしれない。

 帰途の事はあまり憶えてないけど、雨に長時間濡れて体が冷え切って寒かったと云う記憶だけはある。あっ、そうだ。道の駅で休憩した時に小太郎くんと藤岡くんは着替えたのに、自分だけが着替えを持ってきてなかったのだ。断片ながら少しずつ記憶が甦る。靴の中がグショグショで気持ち悪かったのも思い出したよ。
車窓から明けゆく空を眺めていたね。
そして、心は目的を達成したのに何故か沈んでいたっけ…。

              つづく
 
 
 と、ここで一旦クローズする予定だった。しかし、次回に予定していた翌年の話も続けて書くことにした。何だか分けて書くのが邪魔くさくなってきたのである。
そうなると、もはやタイトルは『2022’カトカラ6年生』とすべきだよね(笑)。でも、まっいっか…である。

 
 
2022年 6月20日

 翌年も、小太郎くんとの紀伊半島詣では続いた。
♂が採れていないので、小太郎くんに同行を頼んだのである。彼の方も鮮度の良い♂は採れていなかったからか、二つ返事でOKが出た。

 日付は1週間早めた。去年は翅がスレや欠けの個体ばかりだったからだ。過去の文献では6月下旬から7月初め辺りが採集適期のような感じだが、地球温暖化の影響で発生が早まっているのだろう。ホンマかいな❓だけど。
場所は去年と同じ場所だ。新たな場所に行きたいのは山々だが、そんな余裕はない。ここは先ずは確実に採れる場所に行くべきだろう。採れなきゃ辛いだけなのだ。骨の髄まで、それを知らしめられたからね。

 とはいえ、新しい場所の探索を怠っていたワケではない。途中、有望そうなダムに寄る。

 

 
四方が照葉樹林に囲まれており、居てもオカシクはないだろう。それに周りが開けているから、ライトトラップを設置するには絶好の場所だ。障害物がないので虫たちが寄って来やすい。山との距離も、そう遠くないから光も充分届きそうだ。そして、下が平らなので、灯火装置も設置しやすい。斜面だと、ライトが不安定で、倒れ易いのだ。

 

 
だが、車に乗ろうとしたら、雲が切れ始めた。そして、あろう事か何と青空が顔を覗かせた。

 

 
(⁠・⁠o⁠・⁠;⁠)おいおいである。
天気予報は雨なのに、どんだけ晴れ男やねん❓
手を合せ、どうぞ雨が降りますようにと願う。農業をやってる人でもないのに雨乞いするだなんて、何か変な話だな思うが、これ以上は回復しない事を祈ろう。心の中で雨乞いの唄を歌う。🎵ピチピチ、チャプチャプ、ランランラン。

 目的地に到着したのは、午後6時前くらいだった。

 

 
相変わらず、素晴らしいロケーションである。
こういう太古から変わらない深い森は、貴重だと思う。ゴイシツバメシジミ(註4)とか、おらんかなあ❓…。紀伊半島では、もう20年くらい記録がないから絶滅したと考えられるが、いるんじゃね❓

 日没と同時に点灯。

 

 
今回も雨よけテント仕様である。
しかし、流石の小太郎くんだ。更に進化させていて、タープの三方に薄布が張られている。ようするに、飛んで来た蛾が止まる面積を大幅増させたと云うワケだ。それに、より光が届くように、ライトが更に上部に取り付けられている。ホントあんたにゃ、感心するよ。マジ偉いわ。

 午後9時半。
何かデカいのが来た。

 

 
トビモンオオエダシャクとか大型のエダシャクの仲間(Biston属)の♀だろう(註5)。たぶん♂は普通種だろうが、Biston属の♀はどれも得難く、珍品揃いと言われている。羽が破れているから迷ったが、持って帰ることにした。

 10時前に漸く最初の1頭が飛んで来た。

 

 
裏返して雌雄を確認する。

 

 
残念ながら、♀だ。それはさておき、その色に驚く。去年採ったものより、明らかに地色の黄色が濃い。となれば、よりコチラの方が鮮度が良いことを示している。この鮮やかな黄色が本来の色なのだ。去年の個体は表側がキレイだったから完品だとばかり思い込んでいたが、実際にはそうじゃなかったと云うことだ。コレってカトカラあるあるなんだけど、羽化から時間が経っているのに、意外と表翅がキレイな個体が居たりするのだ。でも裏はそれなりにスレてるなんて事は儘ある。カトカラの鮮度は、裏で見分けると云うことをすっかり忘れてたよ。

 
 10時半。
白黒の蛾(註6)が飛んで来た。ダルメシアンみたいで洒落てる。こういうシンプルな柄は好きだ。スタイリッシュでカッコいいと思う。

 

 
一瞬、タッタカモクメシャチホコかと思ったが、あんなにゴツくはないし、白っぽくもない。

 
【タッタカモクメシャチホコ】

(2023.3月 奄美大島)

 
白黒の蛾は、他にもキバラケンモンやニセキバラケンモン、ボクトウガ等々何種類か見て知っているが、そのどれとも違うような気がする。
それを合図のように、多種多様な蛾が集まり始める。でもお目当てのヤクヒメは全然飛んで来ない。そして、どんどん時間は過ぎてゆく。雨は降っているし、条件は揃っているのに、どゆ事❓雲霧林のお姫様は、気まぐれで気難しい。ブス姫は性格が悪いのだ。

 午前0時を過ぎても飛んで来ない。みるみる心がドス黒い焦燥感で染まってゆく。

 
 午前0時50分。
やっとこさ飛んで来た。

 

 
でも、又しても♀だ。
表はキレイだけど、裏はさっきの個体よりも少しスレている。
と云う事は、何日か前には既に発生していたという事だ。紀伊半島の採集記録は7月上旬が多いが、採集適期は6月半ばなのかもしれない。

 

 
5分後、また飛んで来た。
待望の♂だ。
しかし、スレ個体だ。翅にスリットも入っている。やはり、少なくとも♂は6月中旬が適期のようだ。
これをきっかけにガンガン飛んで来るかと思いきや、ピタリと飛来が止まる。

 午前1時25分。
やっとこさ飛んで来た。

 

 
裏面も黄色い。やった❗今度こそ完品の♂だ。
これで漸く完品の雌雄が揃った。心底ホッとする。完品の♂と♀が揃わなければ、自分の中の物語はクローズしない。心の何処かが、その場に置き去りにされるからだ。完品が揃うまで訪れ続けなければならないのはシンドいのだ。例えば、ナマリキシタバは未だに♂が採れてないし、ヨシノキシタバは雌雄が揃ってはいるものの、♀のメリハリが効いた美しいタイプの完品は採れてない。そういや、ハイモンキシタバやノコメキシタバも満足しうるような完品がない。

 
【ナマリキシタバ♀】


(2020.7月 長野県松本市)

マイフェバリットの一つ、カトカラBESTファイブに入る美しい種だ。前翅の独特の柄がカッコいい。けど小型種なのがちょっぴり惜しい。もっと大きければ、間違いなくマイフェバリットのNo.1だろう。そんなにゴリゴリ好きなのに。何故だか縁が薄い。今年は何とか沢山採りたいよね。

 
【ヨシノキシタバ♀】

(2020.8月 奈良県吉野郡)

望むのは、こういう型だ。カトカラ属の中でもトップクラスに美しいと思う。コヤツも勿論ベストファイブに入る。
ついでに通常の♀も載せておく。こんなフォームだ。


(2020.8月 奈良県吉野郡)

カトカラの中では、唯一雌雄の柄が違う種で、普通の♀も充分美しい。でもメリハリタイプを見た後では、あまり魅力を感じない。コレだったら、ミヤマキシタバの方がカッコいいと思う。

 
【ハイモンキシタバ】

(2019.8月 長野県上田市)

【ノコメキシタバ】

(2019.8月 長野県上田市)

どちらも背中がハゲちょろけている。カトカラは、このように直ぐにみっともない落ち武者みたくなりよる。クソ忌々しいことに、網の中で暴れただけでこうなるのだ。

 
 夜はゆっくりと更けてゆく。
だが、深き森の姫は再び姿を見せなくなってしまった。飛来時刻は比較的遅めだが、丑三つ刻には打ち止めなのかもしれない。

 午前3時になろうとした時だ。

 

 
月が出た。
小太郎くんに笑われるが、自分でも笑ってしまう。どんだけ晴れ男やねん。まあ、ゴールデンタイムではなかったから全然問題なかったんだけどね。とはいえ、危ねえ危ねえではある。もし数時間でもズレていれば、エラいコッチャだった。

月の出を合図のように片付け始める。
全ての片付けを終えると、再び漆黒の闇が訪れた。深い闇だ。冷気も降りてきているのか、すごく肌寒い。そろそろ魑魅魍魎どもがやって来るに違いない。妖怪どもが跳梁跋扈する前に、急ぎ帰ろうと思った。

                 おしまい

 
追伸
 何せ2年前の話だから、記憶は曖昧だ。思い出し思い出し慎重には書いたが、内容は正確ではないかもしれない。小太郎とも記憶に齟齬がある可能性はあるだろう。読まれた方々には申し訳ないが、それを踏まえた上での文章だと御理解いただきたい。

 ややこしくなったとは思うが、今回からタイトルを「カトカラ4年生」から「カトカラ5年生」に変えた。実質、カトカラの採集を始めて5年目になった時の話だからだ。思うに、カトカラにターゲットを絞って採集を始めた時は、まあまあ天才なんだから、狙ったターゲットを順調に落としていけるだろうと考えていた。だからがゆえに付けたタイトルだったのだろう。それが、あろう事かヤクヒメが採れなくて、まさかの年跨ぎになるとは全くの想定外だった。結果、こう云うややこしい事態を引き起こしてしまった。とはいえ、今さら嘆いたところで詮もない。この先は何とか工夫して時系列を解りやすくして書いていくしかあるまい。自信ないけどー。
と云うワケなので、御迷惑をお掛けするが、今後とも宜しくでやんす。

 
追伸の追伸
 上記は2021年の採集記に対する追伸です。その後、急に2022年の採集記も付け加えたから、追伸も付け足すことにした。だから「この先は何とか工夫して時系列を解りやすくして書いていくしかあるまい。自信ないけどー。」とは書いたが、この話はひとまずお終いなのだ。ゆえに時系列の心配も無くなった。あっ、まだ種の解説編が残ってるか…。となれば、また時系列について考えねばならない。憂鬱だなあ…。

 この採集記は本来ならば、2年前の2021年に書かれるべきものだった。しかしワードプレスの突然の不具合で、記事が全く書けなくなってしまった。アレやコレやと試してみたが、フリーズは解消されず、嫌気がさして放り出してしまったのだ。だからブログが長年更新されなかったってワケ。漸く今年になって再開したが、筆は中々進まなかった。文章と云うものは、毎日のように書いていれば、長文でも慣れでスルスルと書けるのだが、ブランクが空くとそうはいかない。全然調子が出なくて、遅々として筆が進まないのである。ボキャブラリーも浮かんでこないから表現も単調になり、上手く書けない。上手く書けないと気に入らないから益々書く気が失せる。
そいでもって悪い事に、前回を書き終えて直ぐに又してもワードプレスがフリーズした。プレビューが全く見れなくなったのだ。そうなると下書きのレイアウトや貼り付けた画像が見れなくなるので、書くのが困難となる。やる気なし蔵である。
でも、このままだと中途半端に頓挫する事になる。少なくともヤクヒメのシリーズだけでも終わらせたいので、必死に解決方法を探した。そして、回復したのが約1週間前である。長々と言い訳がましく書いたが、少しは書く苦労も解って戴きたいのさ、ガッチャピーン。

 一応、展翅した画像の一部も載っけておこう。

 
【ヤクシマヒメキシタバ♂】

【同♀】

【裏面】

こうして展翅してみると、渋いっちゃ渋いが、冷静に見れば小汚いちゃ小汚い。他の多くのカトカラの下翅は鮮やかな黄色や紅色、紫色だから、それと比べればあまりにも地味だ。お姫様と言うよりも、雲霧林に棲む老婆だ。いや山姥(やまんば)かえ❓でも珍品だと思えば、山深き森に棲む仙人様に見えてくるから不思議だ。できることなら、今年も仙人様に会いに行きたいと思う。

 
 各註釈の解説もしておこう。
 
(註1)キリシマミドリシジミ

(♂ 2010.8.6 滋賀県 霊仙山)

学名 Chrysozephyrus ataxus
前翅長18〜24㎜。シジミチョウ科 ミドリシジミ属に分類される小型の蝶で、ゼフィルス(ミドリシジミの仲間)では、最も美しい種とされる。
♂の翅表は光沢のある金緑色で、♀は黒褐色の地色に青藍斑を持つものが多い。国内では神奈川県西丹沢から九州は屋久島まで見られるが、その分布は局所的。アカガシやウラジロガシ等の食樹が生育する標高400〜1400mの常緑広葉樹と落葉広葉樹の混交林を中心に生息地が知られている。
成虫は年1化、7月上旬〜9月下旬にかけて見られる。♂は午前9時〜午後3時頃に梢上を敏活に飛び回り、縄張り内に侵入した者を激しく追いかけ、再び元の位置に戻る占有性を有する。

ゼフィルス愛好家の中でも、意外と野外で成虫を採集した経験がない人が多いらしい。これは愛好家の間では野外で成虫を採集するよりも、冬場に卵を探し出して飼育する方が遥かに容易に標本が得られるからだ。しかも羽化直後の美しい個体が得られるときてる。ゼフィルス類は激しく飛ぶので、採っても汚損や破損したものが多く、中々完品個体が得られないのである。しかも多くの種が高所で活動するので、採集の難易度は高めだ。中でもキリシマミドリが最も難易度が高いとされている。多くは地上7m以上を飛翔し、しかもそのスピードはゼフィルス類最速と言われる。オマケに回遊する事が多く、あまり枝葉には止まってくれない。にも拘わらず、静止時間が他の種と比べて圧倒的に短いのだ。高い、速い、止まらないの三拍子が揃っている上に、ジッとしていてくれないんだから、お手上げである。思えば5連敗中に会った人で、採れてた人は誰一人いなかったもんね。
しかもコヤツの棲息環境は最悪で、大概がヒルだらけ。常に吸血される恐怖に怯えていなければならぬのだ。終始、気が気でなく、採集に全く集中できない。画像の、初採集した時の霊仙山なんぞはヒルの巣窟で、彼奴らが何十匹と鎌首を擡(もた)げてカモーン、カモーン。ゆらゆらと揺れてる様は阿鼻叫喚モノだった。思い出すだけても、さぶイボ(鳥肌)がサアーッである。

 
(註2)阪神タイガースの開幕9連敗
2022年、我が人生の愛憎の象徴である虎は、開幕試合のヤクルト戦で最大7点差があったにも拘わらず、終盤に大逆転されて負けた。以来、悪夢の9連敗。セ・リーグのワースト記録を塗り替えた。その後も勝てず、何と開幕17試合で1勝しか出来なかった。ホント、毎年の事ではあるが、ファンをやめたくなるよ。しかし、気がつけば今年も応援している。まるでダメ男に貢ぐ愚かなバカ女みたいではないか。いや、ワシは男だから、性悪女に引っ掛かったアホ男と言った方が正しいか。

 
(註3)イッポンダタラ

(出典 『Amazon』)

一本だたら(一本踏鞴)。日本に伝わる妖怪の一種で、熊野地方など紀伊半島南部の山中に棲む。一つ目で一本足の姿とされるが、各地方によって伝承内容に相違が見られる。
和歌山と奈良の県境の果無山脈では、皿のような目を持つ一本足の妖怪とされ、12月20日のみに現れて襲ってくるという。この日は「果ての二十日」と呼ばれる厄日で、果無山脈の名前の由来にもなっている。
奈良県の伯母ヶ峰山でも同様に12月20日に山中に入ると一本だたらに遭うといい、この日は山に入らないよう戒められている。こちらの一本だたらは電柱に目鼻をつけたような姿で、雪の日に宙返りしながら一本足の足跡を残すという。見た目が奇怪な姿の妖怪だが、人間には危害を加えないという。又、この地方では鬼神である猪笹王と同一視される事もある。猪笹王とは、背中に熊笹の生えた大イノシシが猟師に撃ち倒された後に亡霊となったもので、一本足の鬼の姿で山を旅する人々を襲っていたという。しかし丹誠上人という高僧によって封印され、凶行はおさまったと伝わる。但し、封印の条件として年に一度、12月20日だけは猪笹王を解放することを条件とした為、この日は峰の厄日とされたという。
和歌山県の熊野山中では、一本だたらの姿、形を見た者はなく、雪の降り積もった上に残っている幅1尺ほどの足跡を見るのみだという。
和歌山県西牟婁郡では、カッパの一種である「ゴーライ」が山に入ると、山童の一種である「カシャンボ」となり、このカシャンボのことを一本だたらと呼ぶという。
他にも、人間を襲うという伝承が多い中で、郵便屋だけは襲わないという説や源義経の愛馬が山に放たれてこの妖怪に化けたと云う説など、一本だたらの伝承は名前は同じでも、土地ごとによって違いがある。尚、紀伊半島南部以外にも、各地方に似たような妖怪伝承が残されているようだ。
名称の「一本だたら」の「だたら」はタタラ師(鍛冶師)に通ずるが、これは鍛冶師が片足で鞴を踏むことで片脚が萎え、片目で炉を見るため片目の視力が落ちること、一本だたらの出没場所が鉱山跡に近いことに関連するとの説もあるようだ。又、一つ目の鍛冶神、天目一箇神(あめのまひとつのかみ)の零落した姿であるとも考えられている。猶、熊野地方を治める熊野国造は製鉄氏族である物部氏の支流であるそうな。
ちなみに画像の右側の文章は、おそらく水木しげる先生的な一本だたらの解釈であろう。

 
(註4)ゴイシツバメシジミ

(出典『環境省』)

学名 Shijimia moorei moorei
開張19〜26mm。基本的には年1化、7月上旬〜8月上旬に見られるが、部分的に8月上旬から中旬にかけて第2化が羽化する。
和名は翅裏に黒い斑紋が碁石状に並んでいる事に由来する。
1973年に熊本県の市房山で発見され、1975年には国の特別天然記念物に指定された。又、1996年には種の保存法にも指定されており、採集も標本の売買・譲渡も禁止されている。クソが考えたクソ法律、死ねや。
日本では、紀伊半島の奈良県川上村及び九州の熊本県、宮崎県にのみ分布する。しかし、熊本県では毎年発生が確認されているものの、奈良県と宮崎県においては近年その生息が確認できておらず、絶滅したと考えられている。奈良県での発見は1980年で、たしか尊敬を込めて「蝶乞食」とも称される浜さんが最初に見つけたんじゃなかったけかな。
生息地はカシ類などの大木が繁茂する暖帯照葉樹林の原生林の渓流沿いで、幼虫の餌となるシシンランが樹上に着生している場所にのみ見られる。幼虫はシシンランの花や蕾だけを食べて育ち、成虫はノリウツギ、リョウブ、アカメガシワなどの花を訪れて吸蜜する。又、時にヘビやカエルなどの死体、鶏糞から吸汁することもある。

 
(註5)エダシャクの仲間
調べてみたら、オオアヤシャクという名の蛾でした。

【オオアヤシャク♀】

でもって分類は、Biston属ではなくてアオシャク亜科であった。失礼しやした。
開張は♂が42~53mm、♀は58~65mmもあり、アヤシャクの仲間では最大種なんだそうな。北海道,本州,四国,九州に分布し、6~9月に現れる。矢張り♀はともかく、♂は普通種のようだ。確かに、この日も♂は沢山飛んで来た。
幼虫の食樹はモクレン科(モクレン,ホオノキ,タムシバ,オオヤマレンゲ,シデコブシ)とムクロジ科(トチノキ)。
 
 
(註6)白黒の蛾
後で調べてみたら、カラフトゴマケンモンと云う名の蛾でした。

【カラフトゴマケンモン】

学名 Panthea coenobita idae
ヤガ科 ウスベリケンモンガ亜科に属する。
開張43〜52mm。成虫は、年2化。 5〜7月と9月に現れる。
幼虫の食餌植物は、マツ科のトウヒ、モミ、カラマツ。
名前にカラフト(樺太)とつくが、北海道以外の本州,四国,九州,対馬にも分布する。西日本では標高の高い所で得られることが多いようだ。これは西では幼虫の食樹が比較的高い標高にある為だと思われる。しかし、モミの木なんかは低い場所でも時々見掛ける。この採集地も標高は高くはなかった。つまり、特に冷涼な気候を好む種というワケではなさそうだ。
尚、稀種とまでは言えないが、少ない種らしい。

 
ー参考文献ー
◆『日本のCatocala』西尾規孝
◆『世界のカトカラ』石塚勝己
◆『Wikipedia』
◆『日本産蝶類標準図鑑』白水隆
◆『日本産蝶類標準図鑑』岸田泰則
 

2021’カトカラ4年生 其の壱

 
vol.28 ヤクシマヒメキシタバ

   『陰翳礼讃』第一話

 超久し振りのカトカラシリーズである。
下手すりゃ二年半振りくらいの更新やもしれぬ。どんだけサボってんねんである。頓挫していた理由は色々あるのだが、そんな事をつらつらと書いたところで読者にはツマラナイと思われるので書かない。勿論、書けと言われれば幾らでも書けるが、第一章がワタクシの言いワケだけで終わっても知らんでぇ(ー_ー)。んなもん誰も望まんでしょうよ❓

 それはさておき、書くにはのっけから問題山積である。
先ずタイトルからして問題ありきだ。ヤクシマヒメキシタバを最初に採りに行ったのは2020年だから、タイトルは『2020’ カトカラ3年生』とすべきではないかと云うツッコミが入りかねない。まあ、それは甘んじて受けるとしても、読む側にとっては時系列を把握しにくい面がある。その年(2020年)に書いておけば良かったのだが、サボったせいで時系列の整合性がとれるどうか自信ないよ。まだしも2021年に書いておけば何とかなったのになあ…。でも今はもう2023年なんであ〜る、ψ(`∇´)ψケケケケ…。オデ、オデ、頭パー。早くも追い詰められてプレッシャーかかってのヤケクソ笑いじゃよ。
それに当時から既に2年と9ヶ月もの月日が経っているのだ。記憶も薄いヴェールが掛かったかのように曖昧模糊となりつつある。そして当然ながら、ちゃらんぽらん男にメモをとる習慣などなーい。🎵記憶たどれなーい。
そう云うワケだから、勝手な思い込みの、事実とは乖離した間違いだらけの文章になりかねないし、時系列もメチャメチャになるかも…。記憶が欠落してるがゆえに、書くことが無くて文章がスカスカになる可能性だって否めない。「たぶん」とか「おそらく」とか「かもしれない」等々のファジーな文言だらけにもなるやもしれぬ。そして何よりも長い間まともな文章を書いてないんで、クソおもろない駄文になる確率高しでしょう。
皆様方はそれを踏まえた上で読まれたし。期待してはならんのだ。そこんとこヨロシク〜(^o^)v

 
2020年 7月2日

 車中から外に目をやる。こんもりとした照葉樹林の明るい黄緑色が目に眩しい。ようやく森の仙人が棲む領域に入ってきたのだと実感する。

奇しくも、この日はオイラの誕生日だった。
正直、やっぱオラって持ってる男だよなーと思ったね。もしかして神様の計らいで、この日に導いてくれたんじゃないか。だとしたら、もう神様からのプレゼントを貰ったも同然じゃないか。しかもヤクシマヒメキシタバ(以下ヤクヒメ)は深山幽谷に棲む珍種とはいえ、ポイントに行けさえすれば絶対に採れるみたいな話も聞いていたからスーパー楽勝気分だった。そういや道すがら、余裕の心持ちで「おー、ここが高校野球の名門、智弁和歌山高校かあー」とか言ってた憶えがあるもんなあ。

【ヤクシマヒメキシタバ】

(出典『日本産蛾類標準図鑑Ⅱ』)


(出典『世界のカトカラ』)

 申し訳ないが、下翅が黄色や赤、オレンジ、ピンク、紫色など色鮮やかに彩られるものが多いカトカラグループの中においては、最も小汚い種だ。そう言わざるおえないような地味な見てくれのカトカラなのである。
オマケにチビッ子ときてる。国内では最小クラスの小人カトカラでもあるのだ。チビでブス。純粋に見たら魅力的ではない(あっ、チビとかブスとかってコンプライアンス的に言っちゃマズかったかしら❓)。
されど、屋久島、九州南部、対馬、四国、紀伊半島南部等に局所的に棲む種ゆえに、簡単には会えない珍種とされている。また、標高は高くはないものの、深山幽谷の様相を呈するような環境、いわゆる原生林、もしくはそれに準ずるような自然度の高い照葉樹林でしか見られないことから、愛好家の間では憧れられていたりもする。どこか神秘的なものを感じるのだろう。その深山幽谷のイメージとリンクして、お爺ちゃんみたいな見てくれでさえも、視点を変えれば”仙人”の風情を湛えているように見えなくもない。そうゆう目で改めて見ると、落ち着いた渋い魅力があるような気もする。ゆえに高貴で格調高いと評する人もいるのだろう。
とはいえ、オラはそもそもが美人好きであり、美食を好み、美しい絵画、美しい風景etc…、世のあらゆる正統派の美をこよなく愛する男なのだ。当然、蝶や蛾も美しい者に強く惹かれる。つまり、パッパラパーのミーハー男なのさ。だから今までヤクヒメにはあまり食指が動かなかった。
それに関西からでも紀伊半島南部の山奥は直線距離以上に遠いんである。山深いから、所要時間的には飛行機で北海道や沖縄に行くのと変わらんのだ。場所によったら、下手すればもっと時間がかかる。謂わば陸の孤島なのだ。ゆえに腰も重くもなる。
加えて、ヤクヒメは灯火採集でないと殆んど得られないと言われている。だからワシのようなライトトラップの道具を持ちあわせておらず、糖蜜トラップのみに頼るような採集では極めて分が悪い。惨敗濃厚だ。なのに小汚いブス蛾に誰が会いに行けるかっつーのである。ブスに会いに行って告白して、挙げ句の果てにはフラれるなんざ目も当てられない。ワシの人生経験には、んなもん皆無なのだ。つまりワシ的辞書には無いって事。なので後回し。そのうち行く機会もあるだろう程度に思っていた。

 そんな折り、カトカラ採集の盟友である小太郎くんからヤクヒメ採集のお声が掛かった。遂に灯火採集のセットを購入したらしい。因みに、この年はコロナウイルスが日本中を恐怖に陥れた最初の年だった。で、全国民に等しく給付金10万円が配られた。彼は、そのあぶく銭(笑)をドーンと注ぎ込んだというワケだね。嫌味ではなく、もうコロナ様々である。この年は、後々その小太郎くんのライトトラップのお陰で、アズミキシタバ、ヒメシロシタバ、ナマリキシタバ、ヨシノキシタバと、未採集のカトカラを次々と撃破できたからね(これらの採集記は既に書いてあるので、興味のある方は遡って読まれたし)。

 採集ポイントは、最初はヤクヒメが最も得られている和歌山県田辺市の大塔渓谷にターゲットを絞っていた。単純に個体数が多ければ多いほど採れる確率が高まると考えたからだ。知り合いの爺さんも、大塔に行けば楽勝で採れると言ってたしさ。
しかし、数日前に谷が土砂崩れで通行不能になっていると云う情報が入り断念。なので1から計画を練り直さざるおえなくなった。そこで新たに候補に挙がったのが、三重県熊野市紀和町の布引の滝と三重県北牟婁郡紀北町(旧海山町)の千尋峠、奈良県上北山村の貯水池だった。
で、小太郎くんとディスカッションして最終的に選んだのが布引の滝。アクセスの良さとかもあるのだが、決め手は西尾規孝氏の名著『日本のCatocala』に載っている写真だった。


(出典『日本のCatocala』)

背後の森の感じとか環境が良さげなのは勿論だが、一番の理由は橋が架かっている事である。この手の橋があると云う事は、地面がほぼ平らであることを示している。つまり、ライトトラップが設置しやすくて安全度が高い。傾斜がある所だと安定感を欠くのだ。となれば強い風が吹けば倒れかねない。もしも小太郎くんのライトトラップのデビューの日に、三脚がコケて高価な水銀灯が割れでもしたら最悪である。小太郎くん本人の落ち込みは当然激しいだろうし、ワシの申し訳ないという気持ちもマックスになる事は想像に難くない。それだけは何としてでも避けたかったのだ。縁起が悪いからと、コンビを解消されたら悲しすぎる。
他にも理由はある。実を言うと、以前この場所には一度だけ来たことがある。Mr紀伊半島。紀伊半島の蝶に造詣が深く、ワシの兄貴分でもある河辺さんに珍蝶ルーミスシジミの採集に連れて来てもらったことがあるのだ。

【ルーミスシジミ】

(2017.6月 三重県熊野市紀和町)

ルーミスといえば、空中湿度の高い場所に棲息する蝶だ。そして、ヤクヒメも雨が多くて湿度が高い雲霧林的な環境を好むと言われている。ならば、採れる確率は高い。更に言えば、橋は駐車場に隣接しているから利便性も良い。荷物運びが楽だかんね。水銀灯用の安定器や発電機はバリ重いのだ。勿論、近いと時間の節約になるのは言うまでもない。設置や撤収に無駄な時間を要しないということだ。つまり、布引の滝は申し分ないくらいの好条件が揃っている地なのだ。

 まだ空が明るい夕方近くにポイントに到着した。
ここは紀和町の中央に位置し、一族山(標高801m)の南側の登山口にもなっており、楊枝川の上流部に辺る。そして、少し下った所には高さ29mの「布引の滝」がある。三段からなる優雅で気品ある美しい滝で、日本の滝百選にも選ばれている。

【布引の滝】

(出典『滝ガール』)

調べてみると、この周辺は自然度の高い天然林と原生林が広がっており、1991年6月には「紀和町切らずの森」と名付けられて、20.1haにわたる面積が保護される事になったようだ。
生物相も豊かで、キツネ、タヌキ、シカ、ノウサギ、ニホンザル、イノシシ等の哺乳類が多く生息し、稀少種であるワカヤマヤチネズミもこの周辺では数多くみられるという。鳥類も多く、猛禽類のハチクマ、サシバをはじめ、アオゲラ、コゲラ、ルリビタキ、キビタキ、アカハラ、ミソサザイ、オオルリ、キバシリ等々が確認されているそうな。そして沢沿いや渓流には、アマゴやオオダイガハラサンショウウオも棲むという。
昆虫は蝶で言えば、ルーミスの他には、同じく珍品とされるヒサマツミドリシジミや美麗なるキリシマミドリシジミ、メスアカミドリシジミなど「森の宝石」とも称されるゼフィルス(ミドリシジミの仲間)も豊富にいると書いてあった。まあコレは蝶屋なんだから、さすがに知ってたけどさ。

【ヒサマツミドリシジミ】

(2014.6月 京都市左京区杉峠)

あと、特筆すべき記述も見つけた。何と此処は幻のヘビ、あの「ツチノコ」の伝説が残る里でもあるらしい。
バチヘビじゃ、バチヘビ〜❗テンション、バキ上がるわ〜🤩
あっ、バチヘビとはツチノコの別名ね。ちなみにツチノコ(槌の子)とは、日本に生息すると言い伝えられる未確認動物(UMA)の1つで、形が横槌に似ていて、胴が太くて短い蛇の事やね。北海道と南西諸島を除く日本全国で目撃例があるという。ワシも、小学生の頃に九頭竜で見たでぇー。あっという間に石の隙間に潜り込みよったけど、アレは絶対にツチノコだったわさ。

【ツチノコ】

(出典『海洋堂』)

そういや昔、ツチノコブームってのがあって、スゲー額の懸賞金がかかってたよなー。あの頃は他にも中国山地の類人猿ヒバゴンとか、屈斜路湖の首長竜クッシーとかも話題になってたなあ…。なので子供心にも、日本ってどんだけ謎の怪物がおるねんと思ったものだ。昭和の時代って、夢のある幸せな時代だったんだね。
嗚呼、ツチノコ見てぇー🤩❗お~し、ツチノコもヤクヒメも一網打尽じゃあ〜。

おっと、肝心の植物のことを書き忘れてたよ。
滝周辺は、アラカシ、アカガシをはじめとするカシ類を中心に、シイノキ、ヤブツバキ、クスノキ、トチノキ、各種カエデ類などの落葉樹が混生する天然林となっているそうだ。原生林じゃないのは気になるが、まあ大丈夫っしょ。

 天気は上々。有り難いことに望んだような極上の曇り空だ。雲が厚めだから、これだと月が顔を出すことは無いだろう。ヤクヒメは曇りか雨の日にしか飛んで来ないとされている。月夜には姿を現さないのだ。そして、雨を降らせるような雲も見当たらない。雨に濡れるのは嫌だし、かといって晴れられると困る。そう云う意味では、ワシ的にはまるで誕生日を祝うかのような絶好の天気なのだ。

 小太郎くんは橋の中央部に、ワシは何ちゃってライトトラップを駐車場に設置。日没後に同時点灯した。

【小太郎くんのライト】

尚、上の画像は大幅にトリミングしていて、小太郎くんの屋台(ライトトラップの事)は除外してある。初期の屋台組みなのでプロフェッショナルな人から見ればダサいからとの理由で、本体は載せないでくれと言われたのだ。小太郎くん、バラしてゴメンね、ゴメンねー。
さておき、緑色に映ってるから、メチャメチャ紫外線が出とる証拠やねぇー。水銀灯は肉眼では普通の色の灯りに見えるが、スマホで写すと緑色に映る。なので外灯回りで虫採りする場合には、とても役に立つのだ。一見、水銀灯に見えても、殆んど紫外線が出ていない外灯もあったりするのである。もっとも最近では水銀灯は絶滅しつつあり、世はLEDライトだらけになってしまったから、あんま意味ないんだけどね。ようは普通のLEDライトは紫外線がカットされていて、虫が誘引されないってことね。

 駐車場の脇に鳥居があり、その奥の環境が良さげなので、一応ワシのスペシャル糖蜜を木に撒いておいた。ヤクヒメは糖蜜トラップには来ないと言われ、吸汁したという記録がないのは知っている。けれども、まあまあ天才のワシの作ったスペシャルレシピである。悪いが、大どんでん返しさせてもらうえー。

暫くして様子を見に行ったら、早速ウスイロキシタバが来ていた。しかも2頭も。流石、ワシのスペシャル糖蜜じゃよ。ここまで良い流れできてるし、この調子だとヤクヒメも楽勝で採れんじゃないのー😙

【ウスイロキシタバ Catocala intacta】


(2020.6月 兵庫県西宮市)

まだウスイロを一度も採ったことのない小太郎くんを呼びに行き、無事ゲットしてもらう。
しかし、如何せん鮮度が悪い。羽も一部が欠けている。となると、ヤクヒメの鮮度も気になるところだ。完品が採れることを祈ろう。

 時間が経つに連れ、小太郎くんのライトトラップは虫だらけの阿鼻叫喚状態と化す。けれど、圧倒的に多いのはカワゲラやトビケラなどの気持ちの悪い羽虫どもだ。中でも巨大なヘビトンボどもは邪悪な成りで超絶気持ち悪い。

【ヘビトンボ】

(出典『Wikipedia』)

 コヤツは昔から敵視してきた。生態はロクに知らんが、見てくれからして絶対邪悪な奴に決まってるからだ。(⁠⁠´⁠ω⁠`⁠⁠)デヘデヘ、お嬢ちゃん、ちぃとばかし股開きんしゃい。きっと、か弱き者たちに不埒な悪戯(いたずら)をしているに違いない。
しっかし、シクったなあ…。体中、羽虫にタカられるとは想定外だったわい。でも普通に考えれば、川のそばなんだから当たり前なんだよなー。奴らの生活圏の真っ只中なんだからさ。

虫は羽虫ども以外にもコガネムシなどの甲虫や各種の蛾が大量に飛んで来るのだが、カトカラは普通種のキシタバ(Catocala patala)しかやって来ない。当然、フル無視である。

【キシタバ】

 コヤツは市街地近くから標高2000m近くの深山に至るまで、ホント何処でも見掛ける普通種だ。灯火にも樹液にも一番集まるから節操がない感じがするし、オマケに図体がデカくてデブだから邪魔で💢マジむかつく。時に他の良いカトカラをパワーで追い散らかしたりもするので憤りの対象になるのだ。
とはいえ、外国、特にヨーロッパ圏では人気が高いらしいんだよね。確かに大きくてゴツいから、見方によっては重厚感や風格があるようにも見える。たとえ我々にとってはド普通種ゆえに評価が低くとも、そんなのヨーロッパの人々にとっては当て嵌まらないのだ。だってヨーロッパには生息していないんだからね。
所変われば品変わるというが、場所により評価も変わる。そんなものは容易に変容するものなのだ。そういや北海道では南部の一部にしか分布していないから珍しいのだ。だから北海道の虫屋の間では「おー、キシタバやんけー❗カッケー🤩」的扱いになってるやもしれん。
色眼鏡や珍稀度に惑わされずに、純粋な姿、形のみで評価ができる人間になりたいけど、ワシって人間できてないもんなあ…。

【ワシの何ちゃってライト】

 この日がデビュー2戦目の5w UV LEDライトである。
小太郎くんがライトトラップを買ったのに刺激されて、ワシも買ってもうた。とはいえ威力は遥かに及ばない。でも車では入れない場所でも灯りを焚けるような機動力の有る携帯タイプの方が、自分には合ってると思ったのさ。
本体重量は超軽量の130g。モバイルバッテリーが200gだから、合わせてもたったの330gしかない。それでいて一応、謳い文句には40wのブラックライト蛍光灯と同程度の威力があると書いてあった。
まあ、それくらいの効力はあるかもしれない。ちなみに、この日はコチラにはウスイロキシタバも飛んで来た。にしても、矢張りこっちにもヤクヒメは飛んで来ない。
不安がよぎる。でもヤクヒメは雨の日じゃないかぎりは遅い時間帯にしか飛んで来ないという説もあるようだし、気長に待とう。

 とはいえ退屈なので、橋を渡った向こう側にも糖蜜を撒きに行く事にする。鳥居周辺は疎林だからヤクヒメはいなくて、もっと深い森に居るんじゃないかと思ったのだ。小太郎くんも誘うが、リー即で却下された。冷たいよねー。
まあ、いつ突風が吹いてライトが倒れるやもしれぬから、離れられないってのもあるんだろうけどね。

一人、橋を渡り、暗黒世界に足を踏み入れる。直ぐにライトトラップの光は届かなくなり、真っ暗闇になる。
背中に緊張感がサッと広がる。メチャメチャ不気味なのだ。そもそもルーミスの生息地は気持ちの悪い場所が多い。そういや大塔渓谷にルーミスを採りに行った際には、プーさんが子供の声が聞こえたと騒いでたな。で、声がした方に行ってみたら、子供用の靴が片方だけ落ちてたらしい。けれど子供の姿なんて影も形もなかったという。あんな奥まった不気味な谷に、子供が一人ぼっちでいるワケがない。非現実的だ。或いは、その場に埋められてたりなんかしたりして…。で、その霊が呼んでたとか…。余談だが、その何日か前にはルーミス採集に来ていた人が、このすぐ近くの滝の横崖から墜落して死んだらしい…。
そんな事を思い出しながら歩く。良くない兆候だ。だが思念を止めたくとも止めれない。他にもアレやコレや想像してしまう。そして、とてもじゃないが此処には書けないような恐ろしい事まで想像して、ビクッ⁠( ꒪⌓꒪)❗悪寒が走る。ヤバい。我ながら相当ビビっている。元来、オラは超がつくウルトラ怖がり屋なのだ。チビりそうだ。懸命に意識を滅却させる。考えてはならない。考えれば考えるほど恐怖は膨張するのだ。
だが、空気がジメジメしていて重く澱んでいるし、足元には水が流れていてビチャビチャで気持ちが悪い。そして…、静か過ぎる。自分の歩く足音だけが奇妙に反響し、強調される。心頭なんて滅却できるワケがない。😱怖ぇー。
早く戻りたい一心で、あたふたと霧吹で糖蜜を木に吹き付け、慌てて引き返す。

橋まであと少しというところで、目の前の闇から突然光がぼわ〜っと浮き上がり、すう〜っと横切って消えた。足がピタリと止まる。😨すわっ❗鬼火🔥かぁ❗❓全身の血が逆流する。何じゃ❓何が起こっておるのだ❗❓必死で状況を把握しようと頭の中が高速で回転しているのが自分でもわかる。
暫くして、また光った。それを身じろぎもせずに凝視する。刹那、答えを求める脳ミソのシナプスが繋がる。この動きは何処かで見た事があるような気がする。
ホタル❓ でも見慣れたゲンジボタルやヘイケボタルよりも遥かに小さくて弱い光だ。色も少し違う気がするし、点滅の間隔も異なるように感じる。じゃあ、何❓
次の瞬間には無意識に体が勝手に動き、光を追い求めて夢遊病者の如くふらふらとついて行っていた。
そして、気がついたら両手で光を覆い包んでいた。
ゆっくりと掌を開く。と、そこには見たことのない小さな蛍が静かにゆっくりと明滅していた。もう恐怖は無かったが、幻想的で不思議な感覚だった。よく蛍の灯は死者の魂になぞらえるが、或いはそうなのかもしれない。そう思った。

橋まで戻って小太郎くんにそのホタルを見せると、即座に「これ、ヒメボタルですよ。」という答えが返ってきた。

【ヒメボタル】

(出典『東京にそだつホタル』)

ゲンジボタルやヘイケボタルのように幼虫時代を水中で過ごす水棲ホタルではなく、陸棲のホタルなんだそうだ。
欲しいって言うから進呈したけど、小太郎くんが欲しがるくらいだから、それなりに稀少なホタルなのだろう。

 午後11時を過ぎた。さあ、ここからが正念場だ。そろそろ飛んで来てもいい時刻だ。彼奴を見逃すまいと周囲にせわしなく目を配る。

でもヤクヒメは11時半になっても、いっこうに姿を現さない。
時間は刻一刻と削られてゆく。(⁠゜⁠o⁠゜⁠;マジかぁ❓楽勝じゃなかったんじゃないのー❓神様〜、アチキへの誕生日プレゼントはどうなっちゃってんのよー❓

小太郎くんと相談して、12時半に店じまいすると決める。
素早く後片付けして午前1時に此処を出られたとしても、それでも帰ったら明け方近くにはなっているだろう。もっと居たいのはやまやまだったが、妥当な判断だ。反対はできない。

午前0時。東側の空が少し明るくなってきた。まさかと思って見ていたら、やがて山の端から朧月(おぼろづき)が顔を覗かせ始めた。
小太郎くんが笑う。
「マジっすか❓ 五十嵐さん、どんだけ晴れ男なんすかあ。天気予報では曇り時々雨だったのにー。」
そうなのだ、彼の中ではオイラはスーパー晴れ男なのだ。彼の前だけに限ったことではないが、たとえ雨の予報でも「晴れるでー」とワシが宣言したら本当に晴れるのだ。だから周囲にはしばしば驚かれる。ゆえに小太郎くんには重宝されている面がある。蝶採りには晴れが絶対条件だかんね。だが今回に至っては、それが完全に裏目になった。せやけどワシ、今日は晴れさせるなんて一言も言ってないからね。
こりゃ終わったなと思いながらも、それでも一縷の望みをもって待つ。

0時半になった。しかし、ヤクヒメはついぞ飛んで来なかった。惨敗決定だ。呆然とした面持ちで後片付けを始める。
そんな中でも、頭の中ではずっと
(⁠・⁠o⁠・⁠)何で❓(⁠☉⁠。⁠☉⁠)⁠何で❓
(⁠@⁠⁠@⁠)何で❓ヽ⁠(⁠(⁠◎⁠д⁠◎⁠)⁠)⁠ゝ何で❓
щ⁠(⁠゜⁠ロ⁠゜⁠щ⁠)何で❓w⁠(⁠°⁠o⁠°⁠)⁠w何で❓
༼⁠⁰⁠o⁠⁰⁠;⁠༽何でぇー❓(⁠●⁠
⁠_⁠●⁠)何でやねーん❓

の、あらゆる何でやねん嵐が吹き荒れ続けていた。

                   つづく

追伸
 久々に虫の話を書いたが、大変じゃったよ。
文章の書き方を忘れてて、調子が出るまでだいぶ時間がかかったし、画像の貼付方法や字のフォントの大きさの変更等々とか技術的な事も忘れてて困った。それに、ロクに構成も考えずに行き当たりバッタリで書き進めていったから、筆が止まる事もしばしばだった。で、アレコレ文章をイジくってるうちに長くなったってワケ。予定では解説編を除く全2話に収めるつもりだったが、この調子だと少なくとも3話以上にはなりそうだ。
まあ、いつもの如く長丁場になるとは思うが、これからも気長に付き合ってつかあさい。

 
《参考文献》 
◆西尾規孝『日本のCatocala』
◆石塚勝己『世界のカトカラ』
◆岸田泰則編『日本産蛾類標準図鑑Ⅱ』
◆新宮市教育委員会 文化振興課『熊野学』
◆Wikipedia
 

闇夜の絢爛

 
2020年 7月26日

ライトトラップを設置して30分くらい経った頃だったろうか。
突然、小太郎くんが椅子から立ち上がり、小走りに駆け出した。

何❓何〜❓もしかしてアズミ❓
えっ❗❓、えっ❗❓、えっ❗❓、もう飛んできたのー❓

この日はアズミキシタバ(註1)狙いで長野県を訪れていた。

 

 
慌てて自分も後を追っかける。
アズミキシタバが灯りに飛んで来るのは夜半前後と聞いていたけど、イレギュラーも有り得ると思ったのだった。

小太郎くんがライトトラップの裏へと回った。そして、深く濃い闇の手前でしゃがみこんだ。どうやらターゲットを追い込んだようだ。
ねっ、ねっ、アズミなのー❓もしかしてアズミキシタバが採れたのー(゜o゜;❓
しかし、返答がない。もー、何か言ってくれよー(・o・;)

三拍くらいおいて漸く小太郎くんは立ち上がり、振り向いて言った。

コレ、密かに狙ってたんすよー❗

見ると、手にケバいくらいの派手派手な蛾を持っている。
驚愕が走る。一瞬、その強烈な姿に仰け反りそうになった。
黄色、赤、黒。闇夜に浮かび上がる鮮やかな色のコントラストは衝撃的だった。しかも、デカい。
(⑉⊙ȏ⊙)図鑑で見たことあるぞー、ソレ。

名前は、たぶんアレだ。
『それって、もしかしてジョウザンヒトリ❓』
こともなげに小太郎くんが返答する。
『(・∀・)そうですよー。此処だと採れるんじゃないかと思ってたんですよねー。』
 
やっぱ、そうだったのね。ジョウザンヒトリはワシも会ってみたかった蛾の一つだ。俄然、奮い立つ。
思ってた以上にデカいんで驚いたけど、それ以上に驚いたのはその美しさだ。正直、図鑑で初めて見た時は毒々しくって背中がオゾった。華美が過ぎて邪悪な毒婦といった趣きに畏怖さえ感じたのを憶えている。だけど実物は絢爛ゴージャス。毒々しさを美しさが凌駕している。
百聞は一見に如かずだね。どんな生き物だって実物が一番美しい。そこには輝くような生命のオーラがある。素直にジョウザンヒトリって、こんなにも美しいんだと思った。

しかし、その時の画像はない。
写真を撮らせてもらおうかとも思ったが、負けず嫌いなんで自分で採って、自分で撮ったるわいと思ったのだ。
とはいえ小太郎くんのライトトラップなんだから、結局のところは採らせて戴くというのが正しいんだけどもね。

午後10時過ぎ。
闇の中で極彩色が明滅した。
(☆▽☆)来たっ❗❗

慌てて追いかけるがライトに飛んで来たと思ったら、スルーして地面に落ちた。で、暴れ倒している。わちゃわちゃしてるターゲットに、わちゃわちゃで駆け寄り、何とか手で抑えこんだ。

 

 
暴れ倒したせいで翅が少し擦れてしまったが、キレイだ。
小太郎くんの採ったのよりも鮮度は良い。
よく見ると、前翅の紋は黄色じゃなくて、クリーム色なんだね。地色も黒じゃなくて焦げ茶色だ。一方、後翅の紋は焦げ茶色ではなくて黒だ。そして、胴体はドギツいまでの鮮紅色である。概念を飛び越えて、豪奢に美しい。

自分は元々蝶屋で蛾は忌み嫌っていたから、こうやって蛾を手で触るだなんて、2年前なら考えられないことだ。蛾を見たら恐ろしくて飛び退いていたくらいだから、隔世の感ありだ。人生、何が起こるかわからない。そういや、あんまし好きじゃなかった女の子にいつの間にかズブズブに惚れてたって事もあったよな。

午後11時半に、もう1頭飛んで来た。

 

 
今度のは擦れていて、やや小振りだ。
時期的には少し遅いのかもしれない。アズミキシタバも♂の鮮度は落ちているものが多かったから、2021年はもう1週間早めに来た方が良さそうだ。
とは言いつつも、小太郎くんが連れてってくんないとどうしようもないんだけどね。

                         つづく

 
「つづく」としたし、次回を種の解説編として2回に分けて書くつもりだったが、後編の繋ぎの前書きを書くのが邪魔くさくなってきた。このまま続けよう。

だいぶ経った秋の終わりに漸く展翅した。

  

 
いやはや、裏もドギツいね。
あれっ(・o・)❓、採った時には全然気づかなかったけど、コヤツ、何か腹先から突起物が出ているぞ。
蛾に、こんなもんがある奴がいるとは知らなんだ。何かハサミムシの尻みたいだ。或いはナウシカに出てくるトンボとヘビトンボの合の子みたいな蟲とかさ。これって、ちょっと邪悪感ありだな。
野外写真で確認すると、1頭目の2枚目の写真にもハッキリとヤットコみたいなのが写っている。
オスかなあ❓メスなのかなあ❓
何のために、こんなもんがあるのかな❓このハサミでメスを無理矢理おさえつけ、オラオラで手ごめにする強姦蛾だったりしてね(笑)

 

 
展翅すると、ものスゲー毳(けば)い。
絢爛というよりかは、毒々しさが勝っている。ハサミムシみたいな突起物もあるし、やはり邪悪やね。それに美しいのは美しいけれど、下手したら道化の衣装みたく見えてきた。

一応、触角は真っ直ぐ系にしてみたが、何か違和感がある。あんまし蛾っぽく見えないのだ。やはり蛾は邪悪な感じでないといけんような気がする。まあ蝶屋の勝手な思い込みだけど…。
余程やり直して湾曲系の怒髪天にしてやろうかとも思った。
しかし、手のひらに乗せた横面画像では触角が真っ直ぐになっているし、採った直後の写真でも真っ直ぐっぽい。ならば、このままにしておくか…。

もう1頭の方も確認してみる。

 

 
(☉。☉)!あらま、コチラには尻に突起物がござらん。
とゆうことはだな、オスとメスとでは尻の形が違うって事だね。ちょっと驚きさんだ。じゃあ、どっちがオスでどっちがメスなんざましょ。やはり、こっちが♀で強姦される方なのかな❓

 

 
でも、こちらの方が小さいし、翅の形も全体的にシャープだから♂かなあ❓蝶や蛾の雌雄は相対的にオスよりもメスがデカい。そして翅形はオスがシャープでメスが丸みを帯びるというのが定番だからね。じゃあ、強姦どうのこうのという話は無しか…。
(´-﹏-`;)むぅ……。ならば、こうならどうだ。
メスはフェロモンでオスを誘い出し、近づいて来たところを尻のハサミでワッシと掴み、身悶えするオスを無理矢理に逆に手ごめにするとゆうのはどうだ❓男を巧みに誘い出しては屠る毒婦じゃよ。カマキリ夫人ならぬ、ペリカリア夫人だ。
Σ( ̄□ ̄lll)ハッ❗、なに言ってんだ❓、オラ。頭イカれてるぞ。何をアホみたいなことを妄想しておるのだ。想像力がクズだ。

(・o・ ) おっ、それとこっちは後翅の黒い斑紋が繋がってて、帯状になっとるね。コレも雌雄に関係あるのかな?まあ、それはないと思うけど。
ゴチャゴチャ言っても始まらない。取り敢えずは、どっちがオスでどっちが♀なのかを調べよう。

(@_@)ゲッ❗、調べたら、どうやらハサミムシみたいなのがオスみたいだ。又しても驚きだ。予想を裏切られたよ。
 
♀は、やや触角を湾曲させてみた。
でもなあ…、思ってた程にはカッコよくないんだよなあ。カトカラ(註2)みたく、ビシッと決まらない。
思うに、蛾において触角が短い種は真っ直ぐさせるよりも湾曲させた方が格好いいんではないだろうか❓
前脚も前に出した方が邪悪度は増すかもしれない。もし来年また採れたら、今度は思いっきし邪悪仕様にしてやろう。

一応、並べて撮ってみよう。

 

 
やはり明らかにメスよりもオスの方がデカイ。
普通、鱗翅類の多くの種はメスの方がデカいし、全体的に丸っぽいから違和感ありありだ。でも、たまたまこの♀が小さいだけなのかもしれないから何とも言えないけど…。

手を抜いていると言われるのも癪だから、カトカラの連載と同じく種の解説もシッカリしておこう。

 
【分類】
科:ヒトリガ科(Arctiidae) ヒトリガ亜科(Arctiinae)
属:Pericallia Hübner, 1820

 
【和名】
ジョウザンヒトリのジョウザンは北海道の温泉地として有名な定山渓の事を指しているものと思われる。おそらく最初に定山渓で発見されたから命名されたのだろう。
ヒトリはヒトリガの仲間の略称だね。

 
【学名】
Pericallia matronula (Linnaeus, 1758)

属名の”Pericallia”の語源は調べたが分からなかった。
因みに植物のシネラリア(キク科)の属名に”Pericallis”という近いものが使われている。

小種名の”matronula”は「未亡人」を意味するそうな。
これは良いネーミングセンスだと思う。ソソるね。想像力を掻き立てられる。
それにしても、えらくド派手な未亡人だなあ(笑)。
とんでもない毒婦で、金持ちの旦那を毒殺して遺産ガッポリ。派手に遊びまくってる未亡人を想像してしまったなりよ。若い男を次々と歯牙にかけてゆくのら〜。
ところで、ジョウザンヒトリって毒あんのかな❓こんだけド派手ならば、当然ながら警戒色である可能性が高い。如何にもアタシャ、毒ありますよアピールでしょうよ。
とはいえ、幼虫の食餌植物を確認しないと何とも言えない。もし餌に毒が有れば、間違いなく幼虫も成虫も有毒だからだ。
これは後で、別項でじっくりと検証しよう。

 
【亜種】
原記載(名義タイプ)亜種を含めて、現在のところ3亜種に分類されている。

◆ssp. matronula(名義タイプ亜種)


(出展『世界の美麗ヒトリガ』)

 
前脚を出してる方がカッコイイかも。あと、ハサミの部分はちゃんと整形した方がカッコイイんだね。そこまで考えて展翅すべきたったよ。今さらなおす気はないけどさ。

 

(出展『Photo Gallery Wildlife Pictures』)

 
名義タイプ(原記載)亜種はヨーロッパに産する。但し分布が限られる稀種で、絶滅の危機に瀕しているようだ。

極東のモノとは、どう違うのだろう❓
検索してみたら、前翅が焦げ茶色の極東のものと比べて色が薄く、カーキ色というか黄土色、オリーブグリーンのものが多いような気がする。けど、それが固有の特徴なのかは分かりませぬ。あくまでも印象で言ってます。

 
◆ssp.sachalinensis Draude,1931 (サハリン亜種)


(出展『世界の美麗ヒトリガ』)

 
コチラは♀だね。後翅の黒帯は繋がってないから、雌雄の判別とは関係ないようだ。
さておき、他に見た限りは繋がってるのはいないから、コレって珍しい型なのかもしれない。

ちなみにヨーロッパでは珍品だけど、極東では普通種なんだそうな。

 
◆ssp.helena Dubatolov & Kishida, 2004 (日本亜種)


(出展『世界の美麗ヒトリガ』)

 
日本産は以前はサハリン亜種に含まれていたが、♂交尾器の差違により近年になって分離された。但し、外見上からは区別が殆んどつかないらしい。

尚、岸田先生の『世界の美麗ヒトリガ』には、異常型が載っている。

 

(出展『世界の美麗ヒトリガ』)

 
白骨温泉で採集されたものだが、こんなもんワシだったら直ぐにはジョウザンヒトリとは気づかんだろね。見てもスルーしてるかもしんない。

 
【シノニム(同物異名)】
シノニムとして無効になった学名がいくつかある。

・Phalaena matronula
・Pleretes matronula agassizi

 
【開張(mm)】
ネットの『みんなで作る日本産蛾類図鑑』には、73-79mmとなっている。
一方『日本産蛾類標準図鑑』には、♂70mm内外 ♀80mm内外となっていた。
(・o・;) あれっ、やっぱり基本的には♀の方がデカいじゃないか。じゃあ、ワシの採った♀は矮小型❓
でも、よくよく見ると、ワシの採った♀も胴体は小さくとも開張(前翅の横幅)は上の♂とあまり変わらないのである。そうゆう意味では間違ってはいない。
以前から常々思ってたけど、この鱗翅類の大きさを表す開張とか前翅長ってのは、時に正確な大きさを表せていないケースがある。例えば前翅が横に幅広いが、後翅は小さいスズメガの仲間などは表面積は意外とないのだ。

 
(オオシモフリスズメ♂)

(2018.4月 兵庫県宝塚市)

 
そうはいえども、表面積なんか簡単には測れないから致し方ないんだけどもね。
されどテクノロジーの発展が目覚ましい現代ならば、近い将来にはスマホをかざせば、面積を瞬時に教えてくれるようになるかもね。そのうち図鑑でも表面積で大きさを表す時代がやって来るかもしれない。

話が逸れた。ジョウザンヒトリの大きさに戻ろう。
とゆうことは、本来の大きさの♀は、この♂よかデカいって事なのか…。♂70mm内外 ♀80mm内外というならば、この♂よりも1センチもデカいワケだね。だったら、相当にデカいとゆうことになる。それって、スゲーな。ワクワクするぞ。
確認のためにコヤツらを計測することにしたっぺよ。

(◎o◎)ありゃま❗上の♂は84mmもある。って事は♂の平均が70mm前後とすれば、スーパーなデカ♂って事じゃないか。
下の♀も測ってみる。
(--;)……79mm。何だよ、それって♀の平均的な大きさじゃないか。ようは別に矮小個体でも何でもないってことか…。得したような気もするが、何だか損した気分だ。デカ♂が採れたんだと思うと嬉しいが、♀の馬鹿デカさへの期待は見事に萎んだワケだからガッカリなのだ。チェッ(--メ)

 
【分布】
ヨーロッパ(フランス東部のアルプス地方と東ヨーロッパの中央部及び南部)から極東までのユーラシア大陸北部。
日本では、北海道,国後島,本州(東北地方・中部地方)に分布している。但し、記録は滋賀県辺りまであるようだ。滋賀県も冬は雪深いし、寒冷な気候に適応した種なのだろう。

余談だが、滋賀県で採集されたものは、かなり変わったフォームをしている。

 

(出展『九重自然史研究所便り』)

 
前翅前縁の4個の黄斑が小さく、前翅下縁先端近くにあるはずの黄斑が消失している。また、後翅の斑紋も縮小している。
2011年7月11日に比良山系の滋賀県朽木小入峠で採集されたオスで、得られているのはこの1頭のみ。
この場所から一番近い記録は福井県だが、岐阜県や長野県の生息地と繋がる県東部から南部の県境の比較的標高の高い地域から得られたもののようだ。つまりは隣県とはいえ、滋賀県で得られた場所からは遠く離れており、産地は連ならない。伊吹山系で見つかれば、また少し話も違ってくるけどね。
とにかく、今のところ滋賀県の産地はジョウザンヒトリの分布の南限であり、他の産地から孤立している。また、最も低い場所で採れたものかもしれないそうだから、独自に進化した可能性はある。となると、もしも朽木で同様の斑紋を持つ個体ばかりが採れれば、亜種になる可能性があるというワケだ。
ロマンがある話だけど、探しには行かないだろうなあ…。心のどこかで、どうせ偶々採れたのが異常型だったのだろうと考えてるのだ。それにその時期に採りたいものは他にいっぱいいるのだ。そこまでジョウザンヒトリに御執心にはなれない。
でも、そうゆう考えが凡人なんだろなあ。
ロマンある人は探しに行ってほしいね。そこそこヒーローになれまっせ。そこの若い人、名をあげるチャンスですぜ。

 
【レッドデータブック】
岩手県:Dランク
福井県:分布限界種B(県レベル)

 
【成虫の出現期】
7月〜8月。

 
【幼生期】


(出展『Photo Gallery Wildlife Pictures』)

 
たぶん終齢幼虫だろう。所謂、毛虫型ですな。特にこうゆう毛だらけのタイプのものを「クマケムシ」と呼ぶそうだ。たぶん熊みたいってことだろう。
猶、日本の幼虫画像は見つけられなかったので、外国のものを使わせて戴いた。

驚いたのは、卵から成虫になるまで何と2年も要することだ。
まるで高地にいる高山蝶や高山蛾みたいな生活史じゃないか。
殆んどの鱗翅類は年一化か年二化、もしくは多化性である。親になるまで2年以上かかるものは高山などの特殊な環境に棲むものくらいなのだ。それとて、平地で飼育すると大概の種は1年で親になることが多いというから、益々ワケがわからない。高山蛾でも何でもないのに、何故に2年もかかるのだ❓そこに重大な秘密が隠されていたりしてね。
何だかジョウザンヒトリって、規格外だらけだ。そうゆうのって何だか素敵だ。好感がもてる。

 
【幼虫の食餌植物】
ネットの『みんなで作る日本産蛾類図鑑』には、以下のものが挙げられていた。
ヤナギ科、キク科:タンポポ、オオバコ科、スイカズラ科。
しかし『みんなで作る日本産蛾類図鑑』は全面的には信用出来ない。誤記が多く、情報も古くてアップデートが全然されてないからだ。
『日本産蛾類標準図鑑』には、キク科ヤナギタンポポ、タンポポ、スイカズラ科、オオバコ科とあった。
ほらね、やっぱり『みんなで作る日本産蛾類図鑑』は間違ってたやないの。ヤナギ科ではなくて、キク科のヤナギタンポポじゃないか。このサイトには助けられているし、重宝もしているが、何度も騙されてもいる。だから今では鵜呑みにしてはならないと肝に銘じておるのじゃ。変だなと思うものは調べ直している。
まあ、それはさておき、ヤナギタンポポなんていう柳なのかタンポポなのかようワカランものが世に存在するとは夢にも思わなんだよ。

一応、海外での食餌植物の記録も調べてみた。
ヨーロッパのサイトを見ると、やはり多食性で以下のものが食餌植物として挙げられている。

・Lonicera(スイカズラ科スイカズラ属)
・Viburnum(ガマズミ科ガマズミ属)
・Rubus(バラ科キイチゴ属 ラズベリーなど)
・Corylus(カバノキ科ハシバミ属 ヘーゼルナッツの木など)
・Hieracium(キク科ヤナギタンポポ属)
・Vaccinium(ツツジ科スノキ属 ブルーベリーなどベリー系)
・Fraxinus(モクセイ科トネリコ属)
・Quercus(ブナ科コナラ属)
・Prunus padus(バラ科ウワミズサクラ属)

蝶と違い、結局のところ科を跨いで何でも食うぜの悪食蛾風情なのだ。こうゆう節操のないところが、蛾が蝶屋から蔑まされる理由の1つなのかもしれない。まあ、所詮は蝶屋の選民意識にすぎないと思うけどね。
それはさておき、見たところ毒の有りそうな植物は特に無さそうだ。とはいえ、一応チェックしておこう。

調べた結果、やはり特に毒性の強いものはなかった。むしろ殆どの植物が食用や薬用になっているくらいだ。
とゆうことは、ジョウザンヒトリには毒が無いって事なのか❓
だったらド派手に見せる必要性はない。いや、擬態か❓毒は無いのに毒のあるものに似せることによって天敵から身を守ってるのか❓
あっw(°o°)w❗、そういやドクガの仲間にジョウザンヒトリにソックリな奴がいたな。

 
(シロオビドクガ♀)


(2019.8月 長野県松本市)

 
よくよく見れば、色彩の配色パターンは同じだけど、厳密的にみると斑紋パターンが違う。
そういや、恥ずかしながら松本の新島々駅で初めて見た時はジョウザンヒトリかと思って小躍りしたんだよね。蛾は素人とはいえ、虫屋が間違うとゆうことは擬態の精度は結構それなりに高いと言ってもいいレベルなんじゃないかな。
(・∀・)んっ❓ちょっと待てよ。シロオビドクガはドクガの仲間に分類されてはいるが、毒は無かった筈だぞ。当時、名前が分からなくて調べたから、間違いない筈だ。
とゆうことは、シロオビドクガがジョウザンヒトリに擬態しているってワケか。ならば、ジョウザンヒトリには毒があるという逆証明になりはしまいか。

思い出した。このシロオビドクガ、面白いことにオスは見た目が全然違ってて、また別な蛾に擬態していた筈だよな。

 

(出展『BIGLOBE』)


(出展『日本産蛾類標準図鑑』)

 
雌雄異型なのだ。たしか見た目が違うことから、昔はそれぞれが別な種類だと考えられていた筈だ。そうだ、メスは「ハヤシヒトリ」という名で記載までされてたんじゃないかな。
過去にはヒトリガ科の1種だと思われてたんだね。ドクガの仲間とヒトリガの仲間は分類的には近いと思われるが、蛾の和名は錯綜しがちだ。ドクガとマイマイガなんて名前は違うが、同じカテゴライズ化されてる事が多いからワケわかんねえや。
他にも例えばカクモンキシタバ(Chrysorithrum amatum)という蛾がいるが、カトカラ(Catocala)属の下翅が黄色いグループ(カバフキシタバ、ナマリキシタバ、ヨシノキシタバetc…)をキシタバと呼ぶから、和名的に混同されがちだ。カクモンの属は、”Chrysorithrum”という全くの別属だったりするのだ。同じヤガ科のシタガバ亜科ではあるんだけども、ややこしい。蛾って、こうゆう人を惑わす和名が多いと思う。コレって何とかならんかね❓

♂は昼行性のホタルガに擬態していると言われている。それにしても、雌雄で擬態相手を変えてるだなんて手が込んでんな。

 
(ホタルガ)


(2018.9月 兵庫県宝塚市甲山)


(出展『対馬の蛾類』)

 
ホタルガの方が一回り小さいけど、見た目の擬態精度は高い。
昼行性とゆうことは、目立つだけに毒が有る可能性が高そうだが、一応有無を確認しておこう。

調べたら、幼虫には毒があるようだ。でも、まさかの成虫には毒が無いそうだ。だったら、擬態する意味ないじゃん❗ とゆうことは擬態しているワケではないって事❓ならば♀も別に擬態してなかったりして…。
いや、でもホタルガの幼虫に毒があるならば、それが成虫にも受け継がれてる筈だ。毒蝶や毒蛾とされるものは、知っている限りは全部子も親も毒ありなのだ。だいたいが毒をそのまま持って成虫になるというシステムになっている。だって、その方が捕食される可能性が低くなるから理に適っているからね。ホタルガの成虫に毒がないってホントかね❓何かの間違いなんじゃないかと疑いたくもなるよ。
翻って、もしジョウザンヒトリに毒が無いとすれば、何の為にド派手な姿をしているのだ❓ミミクリー(擬態)する相手に毒があるか、もしくは自身に毒が有るかでないと目立つ意味がないではないか。無駄に派手だと、どうぞ食べてございましと言っているようなもので、天敵にソッコー見つけられて捕食されるだけじゃないか。
う〜ん、ラビリンス(´-﹏-`;)、毎度の事ながら迷路に迷い込んじまったよ。

でも、ヒトリガのグループを代表するヒトリガ(ナミヒトリ)って、毒が有るって聞いたことがあるような気がするぞ。ならば、そこから突破口が見い出せるかもしれない。

 
(ヒトリガ)

(出展『Wikipedia』)

  
ジョウザンヒトリは黄色系の毳々(けばけば)しさだが、こっちは紅系のケバさだ。同じく、よく目立つ。どうみても毒ありまっせーと言ってるパターンだ。

 
【学名】
Arctia caja phaeosoma (Butler, 1877)

(・o・)あれれ❓、同じヒトリガの仲間なのに、ジョウザンとは属名が違うぞ。
(-_-;)ったくよー。こんなとこでもラビリンスに迷い込むとは思ってもみなかったよ。

調べてみたら、どうやら両種は同じArctiinae(ヒトリガ亜科)には入れられてはいるが、属は異なり、ジョウザンヒトリの属である”Pericallia”は1属1種、つまりこの属に含まれる種はジョウザンヒトリだけみたい。そしてヒトリガの属であるArctia属も、日本ではこのヒトリガ1種のみのようなのだ。これって蛾は属が細分化されてるって事なのかな❓だとしたら、それってどうよ❓って感じだなあ。

一応、標本画像も貼付しておこう。

 

(出展『オークフリー』)

 
美しいね。紅が目立つが、下翅の紋が青いというのが、またシャレオツだ。

あれっ(・o・)❓、当然、雌雄が並んでいるとばかり思っていたが、ジョウザンヒトリの♂の尻先にあるハサミムシみたいな突起物が両方ともない。まさかの2つとも♀なの❓それとも、元々ハサミムシ的な突起を持ってないとゆう事❓
気になるので、ここはハッキリさせておこう。

 

(出展『the insert collector』)

 
あった。
上が♀で下が♂のようだが、♂はハサミムシみたくなってない。他の画像でも確認したが、ハサミムシ的突起物のある個体は1つも見つけられなかった。とゆうことはヒトリガには突起物は元来ないとゆうことだ。なるほど、それなら両者の属が違うことも理解できなくもない。

極めて稀に下翅が黄色くなるものが見られ、宮崎県や長野県で得られているという。

 

(出展『世界の美麗ヒトリガ』岸田泰則 著)

 
一瞬、ジョウザンと間違えたよ。シロオビドクガとも似てる。
ヒトリガは個体変異が著しく、同じ斑紋の個体は無いに等しいらしい。それゆえか人気が高く、海外ではヨーロッパを中心に金魚みたく交配して新しい色柄を産み出しているようだ。

 
【和名】
「飛んで火に入る夏の虫」という言葉がある。
目の前に危険が待ち構えているのにも拘らず、火に飛び込んでしまう昆虫の習性を人間に置き換えたものだが、そのモデルになったのがヒトリガだと言われている。夜行性の昆虫の中でもとりわけ自ら火の光へ飛び込んでいく習性を持っているそうな。ゆえに漢字では「火取蛾・燈取蛾・火盗蛾」と表記がされるらしい。コレは目から鱗だった。勝手にヒトリガは「一人蛾」なんだと思い込んでたからね。何でロンリーなんだ?もしかして単為生殖なのかもとか色々と想像してたが、そっちかよ。
けど、蛾の中で特にヒトリガだけが火の中に飛び込みたがるとは、ちょっと信じ難い。ヒトリガの実物をまだ見たことがないから何とも言えないけど、どうにも眉唾っぽい。
そういえば有名な日本画に、飛んで火に入る夏の虫的なのがあったな。えーと、何だっけ❓そうそう、速水御舟の『炎舞』だね。あそこにはヒトリガは描かれていたっけか❓描かれていたとしたら、ヒトリガ自殺率高し説も納得なんだけどさ。

 

(出展『Wikipedia』)

 
どうやら描かれていないみたいだね。
なあ〜だ、つまんなねぇなあ。

さてさて、肝心の幼虫の食餌植物である。

 
【幼虫の食餌植物】
クワ科:クワ、スイカズラ科:ニワトコ、スグリ科:スグリ、キク科:キク類、アサ科:タイマ、雑草

『みんなで作る日本産蛾類図鑑』に書かれていた食餌植物だが、最後の”雑草”ってのにはズッコケたよ(笑)。
何じゃそりゃだし、元々このサイトは全面的には信用できないから、ここは岸田先生の『日本産蛾類標準図鑑』でも一応確認しておこう。

以下のものが挙げられていた。
クワ(クワ科)、スグリ(スグリ科)、アサ(アサ科)、ニワトコ(レンブクソウ科)、オオバコ(オオバコ科)。
飼育ではタンポポ類(キク科)、ギシギシ、イタドリ(タデ科)、キャベツ(アブラナ科)なども食うとなってた。とにかく、科とか関係なく何でも食うってことだね。好き嫌いがないと言えば聞こえがいいが、味音痴なだけじゃないのかえ(笑)。

尚、特に毒については言及されていなかった。
ならば、自分で探すしかあるまい。先ずは『Wikipedia』から覗いてみよう。

「本種の毒性についてはまだ解明されていないが、アセチルコリン受容体をブロックする神経毒作用を示すコリンエステルであると考えられている。また、小鳥のような天敵にとって、この配色には学習効果もあると考えられる。通常、木などに留まっているとき、本種は保護色にもなっている前翅の下に後翅を隠している。
しかし、危険を感じたらすばやく後翅の朱色を示して飛び立つ。これは鮮やかな色で天敵を混乱させるだけでなく、捕食された場合であっても、中毒を経験することで鮮やかな色がかえって記憶に焼きつく効果がある。それにより、近寄らない方が無難であることを学習し、結局この色彩が天敵に対する警告となる。」

やはり、毒はあるようだ。
でも、『Wikipedia』には同時にこうも書いてあったので、脳みそパニックを起こしそうになる。

「毛虫そのものの幼虫は、知らない人が見るといかにも毒々しいが、実際には毒はない(食草に含まれたアルカロイドを体内に含有していることがあるので、小鳥のように摂食する分には有毒ではある)。ただし幼虫の柔毛がアレルゲンとなり発疹などを引き起こすことがある。また同じヒトリガ科のヤネホソバなど近縁種の幼虫は、この毛が有毒の毒針毛になっているため、むやみに素手で触れるべきではない。」

「実際には毒はない」なんて書いてるから、一瞬ワケがわからなくなったよ。しかし、これはあくまでも手で触れても毒はないという事を言っているだけのようだ。食べない限りは毒に侵されることはないって事ね。ややこしい書き方すんなよな。

Wikipediaでは毒があるとは書いているが、推測の域でしかなく、どうにも曖昧だ。もう少し突っ込んで探そう。

ネットで探していると『胡蝶の社』というサイトに次のような文章が書かれてあった。

ヒトリガ科の幼虫の多くは広い範囲の植物質を食べます。大部分の種の幼虫は夜に活動します。幼虫は毛むくじゃらで、多くの種はジャガイモやキングサリなど、有毒物質を含む植物の葉を食べるため、毒をもっています。

ヒトリガの成虫の後翅は非常に目立つ朱色をしています。
実はこれは毒を持っていることを示す警戒色です。ヒトリガの毒を持つ経緯は次のようになります。

幼虫は毒であるピロリジジンアルカロイドを含んだ植物を優先的に食べます。しかし、幼虫は広食性でさまざまな植物から毒性化合物を取り込んでいます。

見た目が毒々しい毛虫そのものの幼虫ですが、実際に毛に毒はないといわれています。しかし、食草に含まれたアルカロイドなどの毒を体内に含有しているので、鳥のように摂食する分には有毒です。
また、幼虫の毛がアレルゲンとなり発疹や炎症などを引き起こすことがあります。
同じヒトリガ科の幼虫の中には、毛が有毒の毒針毛があるため、毛虫を素手で触れるのは危険です。

成虫
幼虫のころに蓄えた毒は成虫になっても体液などに残ったままです。翅の目立つ色と模様は捕食者への警告色として役立ちます。
ヒトリガの毒性についてはまだ解明されていませんが、アセチルコリン受容体を妨害することによって作用する神経毒作用を示すコリンエステルであると考えられています。

ヒトリガの成虫は危険を感じたらすばやく後翅の警告色を示して飛びます。
また、コリンエステルを噴霧することもあるそうです(噴射なんてヤバ過ぎだぜ。目に入れば失明だな。😱怖〜)。

この模様は他の蛾も擬態しているものと見られ、オスのシロオビドクガはホタルガに似ており、メスのシロオビドクガが羽を広げている姿はジョウザンヒトリに似ていることから、オスとメスで異なる蛾に擬態しているのではないかと考えられています。

一方、毒がないとする記述も多い。
「よく毛虫に刺されたという、被害を聞きますが、毛虫や芋虫などの昆虫の幼虫で毒があるのはごく一部。もちろん、このヒトリガの幼虫には毒毛や毒針はありません(「アウトドアの交差点」より)。」
見落としていたが『みんなで作る日本産蛾類図鑑』にも「幼虫は無毒。1971年環境衛生18-10より」とある。
ネットで更に検索したが、他も概ね毒はないと書いてある。
しかし、その殆どはワシと同じく孫引きである可能性が高いだろうから、そこのとこは留意しておいた方がいいだろう。
ちなみに幼虫に毒が無ければ、成虫にも毒はないと言っても過言ではなかろう。成虫だけに毒がある鱗翅類なんて例は自分の知る限りではいない。成虫が新たに体内に毒を有するためには何かから摂取するしかないが、そうするには毒水か毒蜜を吸うしかないけど、そんな奴がいるとは思えない。そうそうそんな場所はないし、そんな植物もないからだ。まさかの無から体内生成することが出来れば別だけど。

神奈川県衛生研究所のネットサイトで以下のように記述を見つけた。
「毒針毛などを持つグループとしてドクガ類、カレハガ類、ヒトリガ類、イラガ類などがあります。カレハガ類、ヒトリガ類、イラガ類は幼虫のみ害がありますが、ドクガ類の中には卵から成虫まで全てが害を与える種類がいます。」

ほら、こうゆうのが出てきた。
ヒトリガそのものを指してはいないが、ヒトリガ類の幼虫には毒が有るとハッキリと書いてある。ただし、問題点もある。幼虫のみ害があると書いてあるワケだから、つまりは幼虫には毒が有るが、成虫には毒が無いとゆうことだ。ホタルガと同じパターンだ。
 
Wikipediaのヒトリガ科のページにも以下のような事が書いてあった。

「発育のための栄養摂取を直接の目的としない、何らかの化学物質を摂取するための摂食行動・習性のことをpharmacophagy(薬物摂食, 薬物食性)と呼び、本科の、とくにヒトリガ亜科に関してはこの薬物摂食行動でよく知られる。幼虫期、あるいは成虫が羽化後に行う薬物摂食によって植物からピロリジジンアルカロイド、強心配糖体、イリドイド配糖体などの二次代謝産物を摂取・蓄積し、捕食者から身を守る化学防御機構に役立てるほか、雄成虫が性フェロモン合成や雌への婚姻贈呈 nuptial gift に用いる例も知られる。また、上述したような派手な体色や有毒昆虫への擬態はこの化学防御機構を捕食者に示す警戒色、およびミューラー型擬態として機能すると考えられる。」

となれば、ジョウザンヒトリの幼虫や成虫に毒があるという可能性もある。
それに10年程前(2011年)にツマベニチョウ(註3)の成虫に毒が有るってことが判明したという例もある。
オーストリアの研究チームがフィリピン、インドネシア、マレーシアで採集したツマベニチョウの羽や幼虫の体液成分を分析した。その結果、イモガイ(アンボイナ)と呼ばれる猛毒を持つ貝の毒と同じ成分であるコノトキシンが検出されたという。
イモガイはマジでヤバい。結構、日本でも死んでる人がいるみたいだからね。ダイビングインストラクターをしている時も、絶対にそれっぽいものは触らないようにしていた。ダイバーが死亡した例もあるのだ。
ツマベニチョウは日本にもいて、九州南部から南西諸島にかけて分布しているから勿論採ったことはある。それにアジア各地でも採っているから相当な数に触れている計算になる。だから当時はビビったね。羽を触った手で🍙オニギリ食ってて、誤って口に入りでもしてたら死んでたなあとか思ったもん。
しかし後に知ったが、鱗粉には毒は含まれないので、触っても全く問題ないそうだ。たぶん鱗粉じゃなくて、羽そのものの成分に毒があるのだろう。ようは食ったりしない限りは大丈夫ってことなんだろね。

 
(ツマベニチョウ♂)

(2016.7月 台湾南投県)


(2016.4月 ラオス)

 
何を言いたいかというと、まだ知られていないだけで、意外と毒を持つ鱗翅類は他にも沢山いるんじゃないかということだ。ドクガみたいに直接触れただけで被害をうけるモノなら直ぐに毒の存在がわかるが、体内にのみ毒を有するものならば、食べない限りはワカランのだ。そのうち、アレもコレも毒ありとなるかもしれない。特に派手な柄の奴は、その可能性が高いんじゃないかと思うんだよね。

「トレンドライフ」というサイトで、ヒトリガの毒をめぐる現在の状況が書かれてあった。
このサイトによると、ヒトリガの幼虫には毒があるという説と、毒はないという説の両方があり、確実なところは今もって分かってないと書かれてあった。重複部分があるが、以下に記しておく。

(毒がある説)
その毒はアセチルコリンを阻害する神経毒作用を持つコリンエステルであると考えられているという説があります。
又、体内の毒についてはまだ詳細は解明されていないが、植物由来の毒で鳥から身を守っているという説もあります。
いずれにしても、ヒトリガの幼虫の毒については、未だ研究は進んでいないようですね。

(毒がない説)
長い茶色の毛で覆われているので毒を持っているように見えますが、実際には毒は持っていないというものです。
又、成虫も毒はないと言われています。
但し、毒はないが長い毛にかぶれて炎症を起こすことは、希にあるようです。

なるほどね。
でも派手な色は鳥に何らかの警告信号を与えているに違いない。でないと、派手な色である説明がつかない。もし成虫に毒が無く、♂が♀を誘引するために派手な姿をしているのならば、理解できなくもない。鳥や蝶には、そうゆう種が沢山いるからだ。でも、そうなると派手なのは♂だけでよく、♀まで派手である必要性はない。むしろ地味な方が捕食されにくいだろうから、そうゆうケースは、♀が地味である例の方が圧倒的に多い。それにだいたいにおいてヒトリガが活動するのは夜なのだ。真っ暗な中では色彩もへったくれもない。
となると、昼間に鳥に捕食されないために警戒色を利用している可能性の方が高い。ようは鳥などの天敵に対して警告&抑止ができて、捕食を免れさえすればいいのであって、この際、毒が有ろうが無かろうかは関係ないのかもしれない。

                        おしまい

 
追伸
後からネットで、新たな文章が見つかった。
日本生態学会の大会講演の要旨みたいだ。
今さらどっちでもいいやという気分だが、一応載せておく。

一般講演(ポスター発表)P1-199(Poster presentation)

なぜシロオビドクガは雌雄で色彩が異なるのか:性によって擬態の対象が異なる可能性
Sexually different mimicry in the lymantriid moth Numenes albofascia?
*矢崎英盛, 林文男(首都大・生命)
*Hidemori Yazaki, Fumio Hayashi(TMU, Biology)

 警告色が介在する擬態は多くの昆虫で知られている。それらを雌雄に分けて理論的に再検討してみると、4つのパターンが存在する。このうち、(1) 雌雄とも同一モデル種に擬態する例(アサギマダラに擬態するカバシタアゲハなど)と(2) 雌のみが擬態する例(カバマダラに擬態するメスアカムラサキなど)は広く知られているが、(3) 雄のみが擬態する例、(4) 雌雄がそれぞれ別のモデル種に擬態する例についてはまったく研究されていない。警告色と擬態には、ベイツ型擬態(無毒の種が有毒の種に似る)とミュラー型擬態(有毒の種どうしが類似する)の2つが存在し、上記の4つのパターンの中でもこれら2つの擬態の判別を行う必要がある。
 日本に生息するシロオビドクガは、オスはホタルガに、メスはジョウザンヒトリおよびヒトリガに成虫の斑紋が酷似し、両者の成虫出現時期(初夏と初秋)は一致する。そのため、(4) の可能性がある珍しい例と考えられ、雌雄の斑紋の著しい性的二型は性選択ではなく擬態によって進化した可能性が高い。
 そこで、まず、ヒガシニホントカゲを用いた捕食実験を行い、シロオビドクガは捕食者に対して毒性がないこと、モデル種と考えられるホタルガ・ヒトリガには毒性があり忌避することが明らかになった。つまり、両者にはベイツ型擬態が成立していると考えられる。

ここにはハッキリと「ホタルガ・ヒトリガには毒性があり忌避することが明らかになった。」と書いてある。
とゆうことは、やはりヒトリガには毒が有るって事だ。ひいてはジョウザンヒトリも毒性がある可能性が高いってところだろう。とはいうものの、毒が何であるかは明示されていないし、その植物アルカロイドが何に由来しているかも書かれていない。
思考停止。最早、(ㆁωㆁ)白目ちゃんだよ。もうジョウザンヒトリは毒が有るって事でいいじゃないか。有れば全ての事が丸くおさまるんだからさ。

 
(註1)アズミキシタバ

【Catocala koreana Staudinger, 1892】


(2020.7.26 長野県白馬村)

 
日本では長野県と福島県の極めて狭い地域にのみ生息する蛾のの1種。
アズミキシタバについては拙ブログのカトカラシリーズの連載に『白馬わちゃわちゃ狂騒曲』『黃衣の侏儒』と題して前後編を書いたので、宜しければ読んで下され。

 
(註2)カトカラ
ヤガ科 シタバガ亜科 カトカラ(Catocala)属(和名だとシタバガ属)に分類される蛾の総称。

 
(ムラサキシタバ)

(2020.9月 長野県松本市)

 
(ベニシタバ)

(2019.9月 岐阜県高山市)

 
(ミヤマキシタバ)

(2020.8月 長野県木曽町)

 
(シロシタバ)

(2020.9月 長野県松本市)

下翅が鮮やかな種類が多く、蛾では屈指の人気グループ。
日本には現在のところ32種の分布しており、註1のアズミキシタバも含まれる。アマミキシタバを除き年一化の発生。春から秋にかけて見られる。

 
(註3)ツマベニチョウ

(褄紅蝶 Hebomoia glaucippe)は、チョウ目(鱗翅目)アゲハチョウ上科シロチョウ科に分類されるチョウの一種。
開張9〜10cm。モンシロチョウの仲間では世界最大級種で、中でも石垣島など八重山諸島のものが世界最大だとされる。モンシロチョウの仲間とは思えないくらいに飛翔は力強く、高所を飛ぶ。そのため、花に吸蜜に訪れた時や吸水に地面に降りた時くらいしか採集するチャンスはない。尚、ハイビスカスに吸蜜に訪れる姿は、とってもフォトジェニックである。
アジアに広く分布し、多くの亜種がいる。特に東南アジア南部には特異な亜種がいて、コレクターも多い。
添付した画像だが、もちろん日本でもツマベニチョウを採ったことは何度もあるのだが、標本を探し出して新たに写真を撮るのが面倒なので台湾とインドシナ半島のものを使用した。大きさはさておき、見た目は殆んど同じだから、まっいっかとなったのである。
そういや、長らく連載休止の『台湾の蝶』でも、まだツマベニチョウは取り上げてなかったな。ゼフィルスやジャノメチョウ・ヒカゲチョウ類、セセリチョウ類など、まだまだ書いてない蝶はゴチャマンとあるけど、果して再開するのかね。
もう一回、台湾にでも行かないとエンジンは掛かりそうにない。でも海外一人旅にも疲れた。誰か一緒に行ってくれないかなあ…。

  
ー参考文献ー

◆『世界の美麗ヒトリガ』岸田泰則 著 むし社

世界のヒトリガを一同に集めた図鑑。
これを見れば、ヒトリガの世界が俯瞰できる。

 
◆『日本産蛾類標準図鑑Ⅱ』岸田泰則 編著 学研

全4巻から成り、現在のところ日本の蛾について最も詳しく書かれている図鑑。

 
ーインターネットー
◆『みんなで作る日本産蛾類図鑑』

◆『Wikipedia』

◆『胡蝶の社』

◆European Lepidoptera and their ecology

◆Photo Gallery Wildlife Pictures

◆九重自然史研究所便り「滋賀県で採集されたジョウザンヒトリ」

◆『アウトドアの交差点』

◆『トレンドライフ』

◆朝日新聞デジタル「美しいチョウには毒がある 東南アジアの種、羽に神経毒」

◆神奈川県衛生研究所「有毒ケムシ類ードクガとイラガ」

◆日本生態学会の大会講演要旨『なぜシロオビドクガは雌雄で色彩が異なるのか:性によって擬態の対象が異なる可能性』
矢崎英盛, 林文男

 

2019年の空たち 夏・秋冬編

 
前回の続き夏・秋冬編である。

 

 
6月9日。
生駒山地・枚岡展望台からの空だ。
多分この日はフシキキシタバ(註1)を採りに来たのだろう。

 
 

 
6月29日。
戒壇院側から見た奈良・東大寺。
空は曇っているが、巨大なる東大寺の圧倒的存在感の前には関係ござらん。裏やサイドに回ると人も少ないので、その存在感に浸れるからお薦めでやんす。

 
 

 
7月4日。
三重県熊野市のとある場所に灯火採集に行った。
天気予報では曇り時々小雨と云う絶好のコンディションだったが、途中から月が出てきて惨敗。
同行の小太郎くんには「もー、こんなところでスーパー晴れ男の力を発揮しないで下さいよー(・3・)」と言われたよ。
恨めしい空だったが、山奥で見る月は幻想的で美しかった。

 
 

 
7月20日。
近鉄奈良駅を出ると物凄い夕暮れになっていた。
今年一番の夕暮れは❓と尋ねられれば、即座にこの日の凄惨なまでに美しい空を挙げるだろう。

 
 

 
8月1日。
神戸市須磨区。
海と空のある風景は心のオアシスだ。いつだって心が和む。

 

 
クロシオキシタバ(註2)詣も三年目に入った。
でも何故か1頭も現れず、神戸の夜景が慰めてくれたんだったね。

 

 
8月9日。
長野県開田高原。神々しいまでの荘厳な空だった。
巨大な雲の建築物から幾つもの天国への階段が架けられている。
レンブラント光線は、誰しもの心を洗う。

 
 

 
8月18日。
大阪・難波界隈。黄色と青のコントラストが美しい。

 
 

 
8月27日。
難波界隈。
この、夜の帳が下りるまでの僅かな時間の空の色が好きだ。
淡い青の透明感が心をスーッと楽にさせてくれるのだ。

 
 

 
9月3日。
難波界隈。
夕暮れは快晴よりも適度に雲がある方が美しい。光を反射した雲が様々な色に染まるからだ。

 
 

 
9月6日。
長野県松本市・新島々駅前近く。スイカおやじが青空にすっくと立つ姿にフッと笑みがこぼれた。

 
 

 
空が強烈に青い。

 

 
そこから島々谷へと移動した。往年の蝶の名産地だ。蝶採りを始めて間もない頃はよく訪れたものだ。ここで初めて憧れのキベリタテハを採ったんだよね。

 
【キベリタテハ】

(2009.9月)

 
そういえばシータテハやツマジロウラジャノメ、カラスシジミなんかも此処で初めて採った。
だが人が入らないせいか、道は荒れている。キベリタテハもシータテハの姿もなかった。ただ、ただ青と緑が眩しかった。

 

 
さらに乗鞍高原へと移動。
いつの間にか青空は消え、空は曇に包まれていた。
女郎花(オミナエシ)の花が、時折風に揺れていた。
まあ、お陰で目的のムラサキシタバ(註3)も採れたけどね。小太郎くんに言われたから日中は晴れ男パワーを発揮し、夕方から曇を願うようにしたら、最近はその通りになるようになってきた。天気をコントロールできる男なのだ(笑)。
我ながら不遜な物言いだよなあ…。まあ、偶々だとは思うけどね。

 
 

 
9月13日。難波界隈。
壮絶な夕暮れだ。夏から秋へと移る頃の空が一番ダイナミックなような気がする。

 

 
10月1日。
難波界隈。この日は十五夜。
月を見るのは好きだ。
空を眺めることを忘れない人でありたいと思う。

 
 

 
10月31日。
堀江界隈。近所に住むサッちゃんと公園で酒盛りしてた。
ベンチから、ふと見上げると藤棚の上に月が出ていた。

 
 

 
11月9日。
難波界隈。何となく綺麗な夕空が見られるのではないかと思って見晴らしが比較的良い場所まで来たが、どって事なかった。
今日はキレイなんじゃないかと思っても、雲の動きは刻々と変わってゆくので、おいそれとは簡単には読めないのだ。
綺麗な夕日と会えるのはタイミングであり、偶然だと思うからこそ、有り難い気持ちになるのかもしれない。

 
 

 
12月2日。
桜ノ宮駅界隈。皇帝ダリアが凛々しく咲いていた。いい具合に電車も走ってきたので、パチリ。
空気が冷えてきたせいか、空はキリッと締まっている。

この日は遅ればせながら、クロマダラソテツシジミ(註4)の低温期型を探しに行った。しかも難波からママチャリで。
食害の痕跡は沢山あったが、蝶の姿は無かった。

 

 
中之島中央公会堂。
そのまま大川沿いに走ってきたら、突然出てきたので驚く。この位置から公会堂を見るのは初めてかもしれない。

 
 

 
12月5日。
大阪市生野区御幸通り商店街。初冬の青空は高い。
この日もクロマダラソテツシジミ探し。またチャリで今度は八尾まで行った。桜ノ宮でも難波からそれなりの距離があるが、八尾までとなると、もうサイクリングの域だ。
しかし食害痕は沢山あるものの、やはり姿なし。
その帰りにコリアンタウンの御幸通り商店街に寄ったのだ。
通りはコロナなんか関係ないと云うくらいに人でごった返していた。しかも大半は女性。年齢も十代と思われる娘からオバサンまでと幅広い。

 

 
何でかというと、どうやら韓流ドラマの大ヒット作『愛の不時着』の影響らしい。15年程前だろうか、当時の彼女と訪れた時は寂れた商店街だったのにね。
そういやキムチを買おうとして、量が多いから半分にしてくれとお頼み申したら、韓国人のオバハンに物凄い剣幕でメチャクチャ叱られた。半分だと❗❓、てめぇフザけんじゃねぇよ❗❗みたいな感じで烈火の如く💢キレられたのだ。こっちは客なのに何でそこまで怒られてるのかワカンなくて、マジで涙が目の端に溜まったよ。たぶん今まで女性に此処までボロカスに叱られた事が無かったからだろう。その後、今の今まであんなに叱られたことは無い。
でもって結局、白菜丸々1個のキムチを買わされて帰った。
まあ、でもそのキムチが人生で一番旨いと思ったキムチかもしれない。だから、それほど嫌な思い出ではない。

                        おしまい

 
追伸
そして、前編冒頭の画像へと続く。

 

 
空が写ってる写真なんて、そんなに多くはないと思ってたが、意外と多かったので2回に分けた。

この後、一部を除き消去したが、はたして供養になったのだろうか…。

 
(註1)フシキキシタバ

(2019.6 )

和名は最初に富山県伏木で採集された事に由来する。昔は大珍品だったが、灯火にはあまり誘引されず、樹液に集まる事が分かってからは、それほど珍しいものではない事が判明した。
価値は下がっても、鮮やかなオレンジ色の領域が広くてキシタバ類屈指の美しい種だと思う。
詳細は当ブログのカトカラ元年シリーズの記念すべき第一作『不思議のフシキくん』と、その続編に書いてあります。

 
(註2)クロシオキシタバ

【♂】

(2018.7月 神戸市)

主に西日本の沿岸部に生息する。
拙ブログに『落武者源平合戦』と、その続篇『絶叫、発狂、六甲山中闇物語』があります。

 
(註3)ムラサキシタバ

【♂】

(2019.9月 松本市)

主に東日本の標高千メートル前後以上に見られる美麗蛾。
大型で且つ美しく、そこそこ珍しいので人気が高い。関西では極く一部にしか生息してないので、より憧れ度は強い。
そのせいか当ブログではムラサキシタバについては『2018’カトカラ元年 プロローグ』『2019’紫への道』『憤激の蒼き焔(ほのお)』『パープルレイン』『紫の肖像』と5篇も書いた。

 
(註4)クロマダラソテツシジミ

【低温期型♀】

(2018年 和歌山県白浜)

本来は日本には生息していなかった蝶だが、2000年代に入ってから台湾かフィリピン辺りから沖縄に飛んで来て爆発的に増え、本土でも珠に発生するようになった。しかし関西では寒さに耐えきれず、冬を越せずに死滅する。

アメブロの方の「蝶に魅せられた旅人」に『2016’ツマグロキチョウとクロマダラソテツシジミ』と題して書いた。

 

2019年の空たち 冬・春編

 
空を見るのが好きだ。

 

 
画像は去年の師走、12月17日に撮ったものだ。
ドン突きまで並ぶ雲に奥行きがあって、モノ凄い遠近感を感じたので、つい撮ってしまったのだ。

でも、スマホのストレージが溜まってきたので、そろそろ消去しなければならない。しかし、このまま日の目を見ずに此の世から人知れず永遠に消えてしまうには忍びない画像だ。そこで去年に撮った空の写真を纏めてアップしてから消すことにした。

 

 
2019年、最初に撮った空だ。
紅梅が晩冬の空の下、凛と咲いている。

日付は2月23日になっている。昔の彼女と久し振りに会って、天下茶屋から昭和町まで歩いた時に撮ったものだ。たぶん途中の公園で咲いてた紅梅が美しかったから撮ったと記憶してる。
その後すぐ、何故かアチキは突発的に布施明の『シクラメンのかほり』を歌いたくなって、アカペラで情感たっぷりで熱唱。元カノに脱力で笑われた。

 
 

 
4月3日。
青春18切符の旅が、また始まった。
福井県南越前町まで足を伸ばす。

 

 
天気は良好。ぽかぽか陽気の中で、ギフチョウたちが沢山舞っていた。

 

 
スプリング・エフェメラル。春だけに現れる妖精だ。
毎年のように会っているが、最初の1頭には毎回ハッとさせられる。忘れているワケではないが、改めてその美しさに心奪われるのだ。

 

 
敦賀まで戻り、寂れた歓楽街を彷徨う。
人影は無く、時間の流れが止まったかのようだ。空には一点の雲も無いので余計にそう感じる。動くものが何もないのだ。

 

 
氣比神宮の鳥居の向こうに、空も石畳もトパーズ色に染めて夕陽が沈んでゆく。

 

 
敦賀駅まで戻ってきたら、喫茶店のスピーカーからボズ・スキャッグスの名曲『ウィ・アー・オール・アローン』が流れてきた。

 

(※画像をタップすると曲が流れますよ〜ん。)

 
あまりにも曲と夕景とがピッタリで泣きそうになった。
我々は皆、所詮は一人ぼっちなのだ。

 
 
4月6日。
青春18切符 ONEDAYトリップの2日めは、武田尾方面のギフチョウに会いに行った。

 

 
空の青とピンク色の花とのコントラストが美しい。
大きな木ではないが、やはり枝垂れ桜は華やかだ。正直、ソメイヨシノよりも綺麗だと思う。
そういや、去年は紅枝垂桜を見てない。たぶんコロナウィルスのせいだな。山なら人と接触することは少ないけれど、シダレザクラで有名な平安神宮なんかだと、そうともゆかぬ。で、断念。
ベニシダレザクラ、見たかったなあ…。だって桜の中では圧倒的にゴージャスだからね。
今年は何とか行ければいいけど…。

この日は、一旦武田尾から離れて夜にまた舞い戻ってきた。 
何でかっつーと、春の三大蛾(註1)がいないかなあと思ったのだ。

 

 
天気予報は夜には曇ってくると云うことだったが、夜遅くになっても、あいにく夜空には満月。
虫たちは晴れの日よりも曇りや小雨の日に灯火に飛来する事が多いと言われている。月の光が邪魔なのだ。だから満月の月夜は最悪のコンディションとなる。
結局、どれ1つとして目的の面々とは会えなかった。
まあいい。春のちょっと肌寒い夜空に浮かぶ朧月(おほろづき)は美しい。ことに満開の桜の夜ならば、尚の事だ。考えてみれば、極上の月見ではある。

 

 
真っ黒な夜空の下で咲く桜は、いつ見ても妖艶だ。暗い想念が仄かに蠢く。

 
 

 
4月7日。
ちょっと悔しいので、翌日には箕面を訪れた。

天気予報は今宵もハズレ、満月が昇ってきた。
まだ芽吹いていない裸木の枝が、月をより美しく見せている。
だが、当然ながら結果は又しても惨敗だった。

 
 

 
4月8日。
青春18切符の旅、3日目である。
行先は兵庫県西脇市。又してもギフチョウに会うためだった。
蝶好きのギフチョウ愛は強く、ワシなんぞはギフチョウ愛が足りないと言われるクチだが、それでも、それなりにギフチョウ愛はちゃんとある。特別な蝶の一つではあるのだ。

この日も快晴。でも春特有の霞が掛かったような空だった。
そういや、雲雀(ヒバリ)が喧しく歌いながら天高く飛んでいったのを思い出したよ。しみじみ春だなあと思った。
こうゆう時は、横に誰か女性が居て、互いに黙して風景を見ていたいものだと思う。

 

 
乗り降り自由の切符だからアチコチ回って、最後に桜ノ宮で夜桜を見てから帰った。

黄昏どきの桜も美しい。
青の色を失いつつある空が、心をゆらゆらと揺らす。

 
 

 
4月12日。
青春18切符の旅の最終日は、和歌山へと向かった。
先ずは道成寺駅で下車。

 

 
この日の空は澄んだ青だった。
雲も白い。

 

 
田辺へと向かう車窓に突然、空と海とが飛び込んできた。
フレームの中で青と青が、せめぎ合う。
けれど春の空も春の海も、どこか優しい。やわらかな陽射しの中で、たゆたっている。

田辺の街をぶらぶらと歩く。

 

 
南方熊楠顕彰館の隣にある旧熊楠邸では、ミツバツツジが咲いていた。やはりピンクの花は青空と合うんだね。何だか、ほっとする。

 

 
田辺の夕暮れ間近の歓楽街を歩く。
細い舗道には誰もいなくて、何処かの時代へタイムスリップしたかのような錯覚に陥る。そこには長い年月がゆっくりと削り取った時間の澱みたいなものの残滓がある。
それを、人はノスタルジーと呼んでいるのかもしれない。

 
 

 
5月2日。
これは一瞬、画像を見ても自分でも何だか分からなかった。
前後の画像を見て漸くコシアブラの木だったと思い出した。この日は四條畷に山菜採りに来たのだった。

 
(コシアブラ)

 
他には、イタドリとワラビくらい。

 

 
そういや、タカノツメも採ったね。
植物学的にはコシアブラと近いものらしいが、味は劣る。

 

 
ついでにカバフキシタバ(註2)の食樹であるカマツカ探しも兼ねていたかな。

 

 
ふと、スミナガシ(註3)にも会おうと思い立ち、場所を移動して大阪平野を望む。
ぼんやりとした春の空の下(もと)、街はベールが掛かったかのように、けぶっている。
昔は春が好きじゃなかったけど、今はとても好きだ。冬がどんどん嫌いになっているから、ホント待ち遠しい。

 
 

 
伊丹空港(大阪空港)だ。
日付は5月7日。とゆうことは、シルビアシジミ(註4)の様子でも見に行ったのだろう。
空港には、真っ青な空がよく似合う。

 
 

 
上の写真は瓢箪山駅の手前だとすぐに分かった。山並みの形が見慣れた生駒山地だったからだ。
だが日付を見ると、5月13日となっている。どうせアサマキシタバ(註5)でも採りに行ったのだろうと思っていたが、時期的にはまだ微妙に早い。じゃあ、何しに行ったのだ❓

💡ピコリン。
そっか、思い出したよ。スミナガシを採りに行ったんだ。四條畷では何故か現れなかったので、仕方なしに生駒に来たんだった。しかも、難波からママチャリで。マジ、遠かったわ。
あとは去年の初冬にカマツカの木を見つけたけど、本当にそうなのかを確認するためでもあった。あの特徴的な花が咲いてさえいれば、確定だからね。

生駒から大阪の街を見下ろすのは好きだ。
此処まで登ってくれば、空を遮るものは背後の生駒山だけだし、空が広いのは気分がいい。それに何となく街を支配したかのような気分になれる。

 
 

 
5月24日。
枚岡神社の手前辺りで日が沈んだ。
この時間帯に此の地点に居るという事は、今度こそ目的はアサマキシタバだろう。彼女たちは夜に活動するからね。
そして、眺め的に間違いなく又してもチャリである。遠いだけでなく、山の中腹まで登らねばならんから、もうクソみたいにしんどいのだ。
難波から、こんなとこまでママチャリで来るなんてのは、どう考えても中学生レベルの発想だな。ようはアホである。全然成長してない。

 

 
夜の空。
当たり前だが、夜の空は暗い。
懐中電灯を消すと、一瞬は真っ黒けだ。けど、そのうち目が慣れてくると、ぼんやりと色んなものが形を成してくる。そして夜の空にも表情がある事に気づく。雲は昼間と同じように動いており、けっしてとどまることはなく、風景は一様ではないのだ。

 

 
山側の空は暗いが、大阪平野側は街の灯が明るいから、それに照らし出される空も明るい。
でも曇っているから、見ようによっては不気味だ。
きっと、そのうち悪魔共が空をヒュンヒュンでワンサカ飛び交いだし、やがて大阪の街は火の海と化すのだ。ψ(`∇´)ψケケケケケ…。

夜の山に一人でいると、ロクなことを考えない。

                         つづく

 
追伸
(ー_ー゛)う〜む。今更ながら武田尾辺りの文章を書いてる時に思い出したよ。すっかり忘れていたが『青春18切符の旅 春』と題した連載が、武田尾駅まで戻ってきたところで中断、っていうか頓挫、第二章の途中でプッツンの未完のまま放ったらかしになっておるのだ。
そっから、またアッチコッチ行って夜桜に繋がるのである。
我ながら割りと面白い紀行文ゆえ、宜しければ読んで下され。そのうち続きも書きます。

次回は後編の夏・秋冬編。
空が写ってる画像はもっと少ないかと思ってたが、意外と多かったので2回に分けることにしたのだ。

 
(註1)春の三大蛾
エゾヨツメ、イボタガ、オオシモフリスズメのこと。

 
【エゾヨツメ】

(2018.4 兵庫県宝塚市)

光の加減によっては、目玉模様がコバルトブルーに光る。

 
【イボタガ】

(2018.4月 兵庫県宝塚市)

デザインに似た者がいない、類を見ない唯一無二の大型蛾。
このモノトーンの幾何学模様には、何度見ても不思議な気持ちにさせられる。多分、その翅には太古の昔の財宝の在り処が示されているに違いない(笑)。

 
【オオシモフリスズメ】

(2018.4 兵庫県宝塚市)

異形の者、化け物、魑魅魍魎。悪魔のステルス戦闘機。
日本最大のスズメガで、鵺の如きに鳴く(笑)。
でも慣れると可愛い(´ω`)

これらはギフチョウと同じく年一回、春先だけに現れ、何れも人気が高い蛾である。
気になる人は、当ブログにて『春の三大蛾祭』とかと題して2017年と2018年の事を分けて書いたので読んでけろ。コミカル・ホラーでっせ(笑)。

 
(註2)カバフキシタバとカマツカ

【カバフキシタバ】

ヤガ科カトカラ属の稀種。主に西日本に局所的に分布する。
カバフキシタバの事もカトカラシリーズで何編か書いている。
そういや最初に書いた『孤高の落ち武者』もコミカル・ホラー的な文章だったかもしれない。

 
【カマツカ】

バラ科の灌木。名前の由来は材が硬くて鎌の束などに使われた事から。

 
(註3)スミナガシ

【♀】

 
【♂】

タテハチョウ科スミナガシ属の中型の蝶。
名前の由来は古(いにしえ)の宮中の遊び「墨流し」から。
日本の蝶の中では唯一、眼が青緑色でストロー(口吻)が紅い。
稀種ではないが、かといって何処にでもいる蝶ではなく、その渋美しい姿からも人気が高い。
たぶん、スミナガシの事もちょくちょく書いてる。でも詳細は全然思い出せないので、自分で自分の書いた文章を検索すると云う変な事になる。
えー、本ブログ内の奄美大島に行った時の紀行文『西へ西へ、南へ南へ』の中に「蒼の洗礼」と題して書いている。アメブロの方の「蝶に魅せられた旅人」には『墨流し』と題して書いている。他には台湾の採集記にも出てくる筈だ。

 
(註4)シルビアシジミ

全国的に数が少なく絶滅危惧種だが、何故か伊丹空港周辺には普通にいる。
シルビアシジミの事も『シルビアの迷宮』と云う長編に書いた。内容はミステリー仕立てだったような気がするけど、あんま憶えてない。

 
(註5)アサマキシタバ

【♂】

(2019.5 奈良県大和郡山市)

 
カトカラの中では発生が最も早く、5月の半ばから現れる。
そのせいなのかはどうかは知らないけど、最も毛深いカトカラだと思う。
採集記と種の解説は、拙ブログのカトカラの連載に『晩春と初夏の狭間にて』『コロナ禍の狭間で』『深甚なるストレッケリィ』と云う題名で、それぞれ前後編の6編を書いた。詳しく知りたい人は、ソチラを読んで下され。
 
 

2020’カトカラ3年生 第二章

 
   vol.27 ヨシノキシタバ

    『吉野物語』後編

 
2020年 8月9日

空から神々が降臨した。

 

 
傾いた太陽が、雲の隙間から地上に向かって幾本もの光の階段を下ろしている。久方振りに見るレンブラント光線だ(註1)。
壮麗なる雲の神殿を眺めていると、何となく良い事が起きる予兆なのではないかと思えてきた。

この日の朝から昼は、小太郎くんと長野県松本市の某有名な峠のオオゴマシジミに会いに行った。

 
【オオゴマシジミ】

 
久し振りに見るけど。オオゴマちゃんは可愛いね。やっぱ蝶はいい。
でも5、6年前に突然個体数が減ってからあまり回復はしていないようだ。考えてみれば、その時以来の再会だ。あの時は的場ちゃんと岐阜県の新穂高に行ったのだが1つも見れず、仕方なくこの峠に移動してきたのだった。
そういや入口で奥から戻って来た爺さんに状況を訊いたんだよね。延べ30人近くが入ってるけど、爺さん本人がさっき1頭採っただけで、他は誰も採れてないって言ってたな。で、そのあと自分も1頭採った。実際、奥から戻って来た人たちに尋ねても誰も採れてなかったから、多分この日は爺さんとオラしか採れていなかった筈だ。
今回もワシら以外は誰も採れていなかった。沢山いた頃と環境はほぼ変わってないのにナゼなんだろ❓
正義感が矢鱈と強くて思考力の乏しい写真屋なんかが、乱獲だとか声高に言ってそうだが、いくら採っても翌年には又いくらでもいたそうだから、おそらくメインの理由は他にあるのだろう。一応言っとくけど、採っても蝶は減らないと言っているワケではない。物理的には採ったら確実に減るからね。
あっ、やめとこ。こうゆう話をすると大脱線になるから、この件に関しては今回これ以上は話さない。今後、別な機会にまた話すことも有ろうかと思う。
とにかく、たぶん此処にはもう行かない。絶滅されても困るからね。基本的に蝶を最も愛してるのは蝶屋なのだ。絶滅させてしまえば、自らの首を締めることになる。
話を戻そう。相変わらず食草は腐るほどあったから、種そのものの衰退期にあるのかもしれない。オオウラギンヒョウモンが全国で一斉に衰退したようにね。
或いはアリと共生関係にあるから、アリが何らかの理由で激減したのかもしれない。まあ、理由は一つではなくて複合的なんだろうけどね。

ちなみに、この個体はゴマなしオオゴマといって、斑紋が一部消失した珍しいフォームだ。小太郎くんが羨ましがったので、ノーマルなのと交換してあげたけどね。いつも小太郎くんには世話になっているのだ。それくらいの恩返しは吝(やぶさ)かでない。

午後には奈川村へゆき、これまた久し振りのゴマシジミとの御対面。御対面と書いたのは、奈川村はゴマちゃんが採集禁止だからである。と云うワケで写真だけ撮った。

 
【ゴマシジミ】

 
採っちゃダメなので、小太郎くんは手乗りゴマシジミをやってた。小太郎くんのゴマ愛は強いのだ。

 

 
考えてみれば、一日のうちで両方とも会ったのは初めてだ。まだ昨日からの良い流れが続いているかも。昨日は、これまた久し振りの佳蝶ムモンアカシジミと念願のナマリキシタバに会えたしね、

 
【ムモンアカシジミ】

 
【ナマリキシタバ】

 
奈川から松本市の温泉周辺へ行くか木曽町の高原に行くか迷ったが、木曽町を選択。何となく小太郎くんは温泉に行きたそうだったが、「どっちでもいいですよ。」と言うので遠慮なく木曽町をグイと選ばせて戴いた。なぜなら勘がそっちを指し示していたからだ。自分は自分の勘に絶対的な自信を持っている。だからたいした実力もないのに何処でも良い虫が採れる。引きが強いのは、そうゆう事なのである。
あとは小太郎くんに未採集のミヤマキシタバを採ってもらいたいと云う思いもあった。アズミキシタバとナマリキシタバは小太郎くんのライトトラップのお陰で採れたようなものだ。ゆえに恩返しの気持ちもあった。もっとも小太郎くんはヤンコウスキーキリガの方が欲しかったようだ。それは後々わかる事なんだけどもね。

 
【アズミキシタバ Catocala koreana 】


(2020.7.25 長野県北安曇郡)

 
【ナマリキシタバ Catocala columbina ♀】


(2020.8.8 長野県松本市)

 
【ミヤマキシタバ Catocala ella ♀】


(2020.8.9 長野県木曽町)

 
目的地周辺には4時くらいに着き、有名なアイスクリーム屋でソフトクリーム食って、ヤマキチョウとツマジロウラジャノメのポイントの様子を見てから灯火採集が出来そうな場所を探した。
そして、冒頭の場所へと辿り着いた。

 

 
やがて夕日は声も無く山並みの向こうへと沈んでいった。
そして今宵も虫たちの夜会が始まる。

 

 
点灯して暫くして、背後から飛んで来たらしいカトカラが目の前で地面にボトッと落ちた。
(ㆁωㆁ)何じゃこりゃ❓と思った次の刹那、脳が理解した。

w(°o°)w小太郎くん、これミヤマやっ❗

小太郎くんも、やや遅れて気づいたようだった。しかし二人のただならぬ殺気が届いたのか、あっという間に飛んで逃げ、何処かへ消えてしまった。

その後、たぶん同じ個体が何度か飛んで来るのだが、落ち着きがなく、直ぐに飛び立ってしまう。
それにしてもエラく早い時間帯での飛来だ。ミヤマの飛来は深夜0時前後からだと聞いていたから意外だった。最初に飛んで来たのは午後8時くらいとかじゃなかったかな。

やっとこさ見つけたのは、東屋の裏側だった。
けれど柱の隙間の変なとこに止まってた。急ぎ小太郎くんを呼んで採ってもらう。
しかし変なとこに止まってたから、背中の毛がズル剥けになって落ち武者みたくなってもうてた。残念である。カトカラ類は直ぐに背中の毛が剥げて、ツルピカハゲ丸になるのである。

午後9時前くらいだったろうか、小太郎くんが東屋の天井にヘバり付いてるカトカラを見て、声を上げた。

あっ❗、ミヤマ❗

(・o・)えっ❗❓、アレってそうだったの❓
そこにカトカラが止まっていたのは知ってたけど、ミヤマには見えなかったのだ。

小太郎くんがスルスルと網を伸ばし、難なくネットイン。
そして、そのまま網を持って車の方へアンモニア注射を打ちに行った。
鮮度が良さそうだったから、何だかε-(´∀`*)ホッとする。
コレで漸くお礼を果たせた気分だ。作戦完了のメデタシ、メデタシである。

と思ってたら、車の方から小太郎くんの声が飛んで来た。

五十嵐さぁ〜ん、コレ、ミヤマと違う〜❗ヨシノでしたー❗

(☉。☉)えっ❗❓、マジー❗❓

 
道理で変だとは思ったのだ。ミヤマなら去年何度も見てるし、気づいてた筈だもんね。慌てて確認しにいく。

\(°o°)/ワオッ❗、コレって30分くらい前に見たぞ❗

飛んて来て白幕に一瞬止まって、アッと思って近づこうとしたら、一瞬にして飛んで逃げたのだ。ミヤマかなと思ったが、にしては茶色くて黄色いなとは思ったのだ。まだヨシノキシタバの実物を見たことが無いから、こうゆう事になっちゃうのね。
(〒﹏〒)クチョー、ヨシノと解っていれば、対応も全然違ってたのにぃ〜。ナマリを採った翌日にヨシノが採れたら、それって2試合連続ホームランの快挙だったのにぃー…。なんだかチャンスに見逃し三振の気分だ。痛恨の失態である。少しでもオカシな奴だと思ったら迷わず採るのがセオリーなのに、サボってきたツケが重要な場面で露呈したわい。

ここでポロッと、情けない一言が口から零れ落ちた。

さっきミヤマを譲ったし、それ譲ってくれへん❓

プライドもへったくれもない。普段はそうゆう事はあまり言わないから自分でも驚く。余程欲しかったのだろう。

いいですよー。オオゴマも交換してくれたし。

小太郎くん、アンタやっぱ良い人だよー。(༎ຶ ෴ ༎ຶ)ありがとねー。

オマケに、こんな事まで言ってしまった。

コレ、俺が採った事にしてくれへん❓

我ながらサイテーだ。ブログを書くのに、貰ったんじゃ採った事にはならないから、カッコつかないとでも思ったのだろう。

コチラも、一つ返事で「いいですよー。」と言ってくれた。
小太郎くん、アンタ、ホント良い人だよ。

何か複雑な気持ちだが、手のひらに乗せてもらう。

 

 
茶色くて、黄色っぽいねー。こんなカトカラって他にはいないよね。今まで見たカトカラのどれとも違う。

裏面はこんなだった。

 

 
意外な事に、裏面はキシタバ(Catocala patala)に似てる。類縁関係があるとは思えないけどもね。

にしても、まさか此処でヨシノが採れるとは思ってもみなかったよ。棚からボタ餅のような、拍子抜けしたような複雑な気分だ。
何だか告白するつもりがアッチから告ってきた感じだ。あっ、自分で採ってないから、それは違うか…。

この日は特に気象条件が良かったわけでもないのに、わんさか虫が飛んで来た。
まだ採った事のなかったヒメシロシタバも採れたし、この時期には採った事のないオオシロシタバも初めて採れた。オオシロはムラサキシタバを採りに行った時によく見るのだが、いつも時期的に遅くて、ボロしか採った事がなかったのだ。

 
【ヒメシロシタバ Catocala nagioides】

 
【オオシロシタバ Catocala lara】

 
この日やって来たカトカラは、オオシロシタバ、ミヤマキシタバ、ヨシノキシタバ、キシタバ、エゾシロシタバ、ワモンキシタバ、コガタキシタバ、ハイモンキシタバ、ノコメキシタバ、マメキシタバ、コシロシタバ、ヒメシロシタバ、ゴマシオキシタバ、オニベニシタバ、ムラサキシタバと、何と15種類。
だが、なぜか居る筈のジョナスとベニシタバ、シロシタバは飛んで来なかった。もしコレらも来てたら、軽く全カトカラの半数を越える。喜ばしい事だけど、ふと何だか今までしてきた苦労がスカみたいな気分になった。
あっ、でも最初がコレだったとしたら、カトカラに対する興味を直ぐに失くしていたかもしれない。採集はコツコツと1つずつターゲットを落としてゆく方が長く楽しめるからね。1つ1つの物語があるからこそ面白いのだ。色んなタイプのお姉ちゃんを口説き落としてゆくのと同じだ。今日みたいに15種類も採れてしまえば、物語もへったくれもない。

そして、ヤンコウスキーキリガもやって来た。

 

 
自分が見つけたけど小太郎くんが欲しがったので、お譲りもうした。それで小太郎くんがヤンコウスキーが欲しかったんだと判明したワケである。とはいえ温泉方面に行ったからって採れたかどうかはワカンナイけどね。

結局、その後ヨシノは新たに飛んで来ることは無かった。
美しいと言われる♀はお預けになったワケだが、ここは楽しみが残ったと考えよう。今度こそヒリつくような恋がしたい。ヨシノの物語は、まだまだ終わらない。

 
 
2020年 8月25日

この日は、小太郎くんと藤岡くんの3人で紀伊半島南部にやって来た。
狙いはルーミスシジミとヨシノ。昼間にルーミスを採り、夜にはヨシノを採るという2本立てだった。

 

 
しかし、まさかのルーミスを1頭も見ずで終わった。
この日、この三重県の産地には全部で6〜7人が入っていたが、結局誰も採れなかった。どころか誰も見ていない。毎年ルーミスを100頭も採ってるというミスタールーミスの森岡さんでさえも採れていないのだ。その森岡さんの師匠の方も採れてなかった。だから採れなくて当たり前だったのかもしれない。ルーミスはいる時には沢山いるけれど、どんだけ天気が良くても採れない時は全く採れない。超敏感な日もあれば、ゆるゆる飛びで楽勝な日もあるから、不思議な蝶だ。それでもルーミスとは相性が抜群に良くて、誰も採れてなくても自分だけは採れたりするから、あれれ(・o・)❓ではある。来て一つも採れなかったのは初めてなのだ。

 
【ルーミスシジミ】

(2017.8.19 和歌山県新宮市)

 
ルーミスは好きだから残念ではあるけれど、正直ダメージは全く無かった。頭の中はヨシノの♀の事で一杯に埋まっていたのである。その♀さえ採れれば、万々歳なのである。

しかし奈良県のヨシノのポイント近くまで移動してきたら、激しい雨になった。ヤッベーっ😱

けれど雨はやむと分かっていた。己のセンサーがそう告げていたからである。ワシが雨が上がると言ったら上がるのである。昔から肌で天気を読めるという特殊能力が有しておるのだ。それで何度も周りを驚かせてきた。それに、スーパーな晴れ男だから何とかなるっしょ。

予言どおり雨は止み、8時まえくらいにようやく点灯。

 

 
だが、雨のせいでグッと気温が下がった。肌寒いくらいである。不安に駆られる。温度が低いと虫たちの行動力が鈍るから、あまりヨロシクないのだ。

心配したとおり、飛んで来る虫の数はあまり多くない。
カトカラは、キシタバとゴマシオキシタバが飛んで来たくらいだ。

 
【ゴマシオキシタバ Catocala nubila】

 
関西では兵庫県北西部と紀伊半島南部の一部くらいにしかいないけど、どってことないカトカラだ。基本的にボワッとしてて魅力に乏しいのだ。但し変異の幅は広いから、時々めちゃくちゃカッコイイ前翅をした奴がいるけどもね。

 


(2020.9.5 長野県松本市)

 
10時前に、やっとヨシノが飛んで来た。

 

 
でも♂だった。自分で採ったのは初めてだし、和名の由来である吉野で採ったワケだから嬉しくないワケではないけれど、♀が欲しいんだよ、♀がぁー( ̄皿 ̄)ノ

待ってるのは辛い。
恋心が募ってゆく。

11時過ぎになって、やっと待望の♀が飛んで来た。サアーッと緊張感が走る。
でも心は不思議に落ち着いていた。何となく採れそうな気はしていたのである。そっと毒瓶を上から被せる。

 

  
(☆▽☆)ぴゃあ〜❗激美しい❗❗

(´ω`)美人だなあ。初めて♀を見たけど、カトカラ屈指の前翅の美しさと言われてるのがよく解ったよ。小太郎くんもカトカラの中では、このヨシノとナマリ、カバフの前翅がベストスリーと言ってたからね。木曽町で♂を見た時はミヤマキシタバの方がカッコイイじゃねぇかと思ったけど、♀を見たら納得だわさ。

でも、よく見ると羽が破れている。何でやねん(;O;)
完品の♀が欲しかあー(╥﹏╥)

裏面写真も撮っておこう。

 

 
腹先に縦にスリットが入ってるから間違いなく♀だね。

しかし、後が続かない。ガードレール越しに闇を凝視するが、カトカラは何も姿を現さない。刻一刻と時間は削られてゆく。反対に焦燥感は募ってゆく。
藤岡くんは、せっせせっせとアレコレ採っている。彼は基本的に蝶屋だが、蛾や甲虫など何でも採る人だ。生粋の虫好きなのだ。正直、そうゆうのって羨ましいなと思う。だって退屈しないもんね。それに、たとえターゲットが採れなくとも、別なモノが採れれば落胆が中和される。下手したら逆にテンションが上がる事だってあるだろう。ワシも何でも屋になったろうかしら❓
面倒くさがり屋だから、たぶん無理だろうけど…。

午前1時。そろそろ店じまいの時間が近づいてきた。やっても2時までだろう。
そんな時に藤岡くんが飛んでるカトカラを見つけた。裏の感じからすると、ヨシノだろう。藤岡くんは何でワカルんですか❓と訊くけど、慣れればワカルものだ。小太郎くんもワカルしね。けど、或いは何度見てもワカラン人もいるかもしれない。どこがどうのってワケではないのだが、何となく全体的な感じでワカルのだ。

だが、中々寄って来ない。
やっと来たと思ったら、ガードレールの向こう側に落ちやがった。覗くと、辛うじて崖っ縁に止まっている。近づいた途端に飛んで逃げた。そしてパタパタパタ〜。大きく旋回しながら彼方の右奥の谷へと飛んでゆき、やがて見えなくなった。それを茫然と見送る。
チラッと見た感じでは♀っぽく見えた。しかし、あの感じだと二度と戻っては来んだろう…。どんよりとジ・エンド感が広がる。

午前1時45分。風が強くなってきた。
いよいよ終戦の雰囲気が漂ってきたよ。
一応、幕が風で倒れそうになっても大丈夫なように、すぐ傍らに立つ。倒れたら、小太郎くんの激怒されるかもワカランもんね。
やがて、さらに風は強くなり、倒れそうなので手で支えなければならなくなった。こりゃ、もうダメだなと思ってたら、

\(°o°)/ワッ❗
\(☉。☉)/ワッ❗
ヽ((◎д◎))/ワッ❗

タイムリミット、ギリで幕に飛んで来て腰の辺りの高さに止まった❗

(◍•ᴗ•◍)❤ワオッ、メスだっ❗

しかし、風が強いから幕枠から手を離せない。

小太郎くーん、ヾ(・ω・*)ノ来た、来た、来たッ❗

小太郎くんが素早く寄ってきて、枠を持ってくれた。

僕が支えてますから、五十嵐さん、採って下さい❗

ガッテンだ。慌ててポケットから毒瓶を取り出し、フタを開けて近づけようとした瞬間だった。再び強い風が吹き、幕が煽られた。

驚いたお嬢はパタパタパタ〜。
飛んでった…(ㆁωㆁ)


なして、このタイミングで逆神風なのー(ToT)❓

暫く待ったが、戻って来なかった。
完全にジ・エンドだ。
まあいいや…。一応メスは採れたんだから良しとしよう。そう自分を慰めるしかなかった。美人との恋は一筋縄ではいかないものなのね。

屋台をバラし、後片付けも終わって、さあ車に乗ろうとした時だった。
車のボンネットを見て、一瞬その場で固まる。
あろう事か、ヨシノお姉さまがペタッと止まっているではないか。嘘みたいな奇跡的な展開だ。

щ(゜ロ゜щ)おったー❗❗

その声に、小太郎くんと藤岡くんも動きを止める。見て二人とも信じられないと云った顔をしてる。ワシだって信じられんわい。だいたい最後の最後に逆転で採ってしまうような人だが、ここまでギリでチャンスが巡って来た事はそうない。ワシ、どんだけ引きが強いねん。

たぶん、さっき逃げた奴と同じ個体だ。でもどんだけ引きが強かろうとも、ここで逃したら元も子もない。だいちカッコ悪過ぎる。この先二人に、何かにつけて一生言われ続けるだろう。
「あの人、メンタル弱いからなあ〜」と陰で半笑いで誰かに言われるのだけは御免だ。もしここでやらかしたら、ガードレールから崖下にダイブして死んでしまえなのだ。

心頭を滅却して、体から力を抜く。心を水面のように鎮めて毒瓶を上からスッと被せた。

  

 
(☆▽☆)ゲットー❗❗

しかも今度こそ完品だ。
九回裏ツーアウト、フルカウントでの逆転さよならホームランだ。
やっぱオラ、引きだけは強い。

あまりに嬉しくて、藤岡くんに最初に採った♀をプレゼントとしてしまった。藤岡くんから♀は採った事がないと聞いていたからだ。その個体が一番美しかったから勿体なかった気もするけど、大団円のためには致し方なかろう。

帰宅して三角紙を広げて、マジマジと見る。
直ぐに帰らないといけなかったので、じっくりと見る暇が無かったのだ。
ジワジワと喜びが全身に広がってゆく。恋の成就を穏やかな気持ちで噛みしめる。コレがあるから、虫捕りはやめられない。

 
 
2020年 9月5日

9月に入った。この日は長野県松本市まで遠征した。
目的はミヤマシジミと帝王ムラサキシタバである。

 
【ムラサキシタバ Catocala fraxini ♂】

(2019.9 長野県松本市)

 
ムラサキは大好きなカトカラなので、いっぱい飛んで来ることを祈ろう。シーズン最終戦だし、気持ち良く終われることを願おう。

日の傾きが早い。もう秋に入ろうとしているのだ。
6時半には点灯。

 

 
一応、周囲の木に糖蜜も噴きつける。
ムラサキは糖蜜トラップでも採れるからね。

8時くらいだったろうか、わりと早い時間帯に小太郎くんがヨシノを採った。気づいたら、いつの間にか幕に止まっていたそうだ。蛾って、そうゆう事よくある。忍者かよ。
それはさておき、こんなとこにも居たのね。ヨシノの存在なんて全く頭に無かったから、少し驚く。この場所でヨシノの記録は見た事が無かったから、居ないとばかり思っていたのだ。

そして、深夜に入った午後11時前。我が糖蜜トラップにもヨシノ嬢がやって来た。

 

 
何だ、糖蜜トラップにも、ちゃんと寄って来るじゃないか。
コレで東日本でも糖蜜で採集可能だという事が証明できたよ。

目的のムラサキシタバも、ちゃんと採れた。

 

 
それについては、気分が乗れば別な機会に書くかもしんない。
それなりに新たな発見はあったからね。

この日は計3頭のヨシノキシタバが飛んで来た。
1頭は羽が破れていたので、様子を見に来た小太郎くんの知り合いの若者くんが持って帰った。自分らの採ったものも、破れこそしていないが、鮮度は8月に採ったものよりも落ちる。場所的な事もあろうが、採集適期は8月半ばがベストかもしんない。

日を跨いだ深夜になっても蛾たちの宴は盛況だ。
小太郎くんが用意してくれた折りたたみ椅子に座り、それをぼんやりと眺める。
秋の風がふわりと吹いた。
そして、頬を優しく撫で、ゆっくりと通り過ぎていった。

 
                        おしまい

 
展翅画像を貼り付けておこう。

 
【ヨシノキシタバ Catocala connexa ♂】

 
【同♀】

 
 
追伸
タイトルの『吉野物語』は、「伊勢物語」や「雨月物語」とか古典文学っぽい感じがするから付けてみた。
ベタなタイトルと言われてしまえば、それまでだが、吉野太夫(よしのたゆう)という絶世の美女と謳われた花魁もいるから、それになぞらえたところもある。ヨシノキシタバの♀は美しいからね。

余談だが、よみうりテレビが1988年に制作した同名の朝の連続ドラマがある。奈良県吉野で和紙作りに賭けた女の一代記だというが、見た記憶は全然ない。
他には、吉野にある酒造会社北岡本店が、吉野物語シリーズと銘打って様々な商品を販売されております。

尚、採集記は元々一話完結のつもりで書いていた。しかし、後半部分の2020年を書き終えて2019年の事を書き始めたら、思いの外に筆が進んで長くなってしまった。で、前・後編の2つに分ける事にしたという経緯がある。だから、こうして記事を連日でアップできたってワケ。まあ読んでる人には、どうでもいいような事だとは思うけど。

次回、第三章は種の解説編です。

 
(註1)レンブラント光線

薄明光線(はくめいこうせん)の事。太陽が雲に隠れている時に雲の切れ間、あるいは端から光が漏れ、光線が柱のように放射状に地上へ降り注いで見える現象の俗称。通常とは逆に、雲の切れ間から上空に向かって光が出ることもある。主に地上から見た太陽の角度が低くなる早朝や夕方に見られる現象。
英語では「crepuscular rays」と言い、世界中の人々の間で美しい自然現象として認識されており、狙って写真撮影をする人も多い。
「薄明光線」の他に別名が多数ある。気象現象としては「薄明光線」だが、宗教や芸術などの各分野や地域によって様々な呼び名がある。

・光芒
・天使の梯子(てんしのはしご、angel’s ladder)
・天使の階段(angel’s stairs, angel’s stairway)
・ゴッドレイ(God Ray)
・ヤコブの梯子(Jacob’s ladder)
・レンブラント光線

ヤコブの梯子、天使の梯子という名称は、旧約聖書創世記28章12節に由来する。この記述では、ヤコブが夢の中で雲の切れ間から射す光のような梯子が天から地上に伸び、そこを天使が昇り下りしている光景を見たとされる。この事から、やがて自然現象もそのように呼ばれるようになった。
レンブラント光線という名称は、画家のレンブラントがこれを好んで描いたことに由来する。光の当たる部分と闇の部分との対比が強調され、非日常的な雰囲気や宗教的な神々しさが表現されている。
作家の開高健は、晩年しばしばテレビなどで好んで「レンブラント光線」という言葉を口にした。
宮沢賢治はこの現象を荘厳な「光のパイプオルガン」と称している。

 

2020’カトカラ三年生 其の四 第一章

 
   vol.27 ヨシノキシタバ

    『吉野物語』前編

 
2019年 8月3日

青春18切符の旅の3日目である。
1日目は湖の畔でミヤマキシタバを狙うも惨敗。昨日は白馬村のキャンプ場に移動してアズミキシタバを狙うが、これまた惨敗。そして今日はヨシノキシタバ狙いで山の上に行く予定だ。

ヨシノには密かに憧れている。愛好家の間でも人気が高く、最も美しい前翅を持つカトカラだと評する人もいるくらいだ。また分布は局所的で個体数も少なく、稀種ともされている。石塚さんの『世界のカトカラ』でも★星4つと高評価だ。この★が4つ以上のカトカラは他に6種だけで、カバフキシタバ、ナマリキシタバ、アズミキシタバ、ヤクシマヒメキシタバ、ミヤマキシタバ、ムラサキシタバという綺羅星の如き面々が並んでいる。

ヨシノという名前もいい。ヨシノといえば古来から桜の名所として知られ、また歴史ある土地としても有名な「吉野」が思い起こされるし、麗しき女性の名前も想起される。「佳乃」「吉乃」「愛乃」「美野」「与志乃」など何れも古風で雅びな風情があり、また響きもいい。「よしの」という名前の女性は、だいたい美人と決まっておるのだ。
今宵は、お嬢にめぐり逢えることを心から祈ろう。そして恋に落ちよう。

昼過ぎ、バスターミナルまで行く。
着いたらバスが出たあとで、次の便まで1時間以上もあった。タイミング、最悪だ。
なのでヒマを持て余して、夕飯にする予定だったローソンで買った麻婆豆腐を食ってしまったなりよ。

 

 
この麻婆豆腐、結構旨かった。
最近のコンビニはレベル上がってると聞いていたけど、ホントなのね。普段あまりコンビニで食いもんは買わないし、買っても🍙おにぎりとかサンドイッチくらいだから全然気づかなかったよ。

で、食い終わって突っ伏したんだよね。無駄に待ってる事もそうだけど、惨めな連敗続きとテント生活で身も心も疲弊していたのだ。にも拘らず、今から無謀な計画を敢行しようとしている自分に、何やってんだ俺❓と思って突っ伏したのだった。いい予感が何処にもない。

車窓を流れる風景をぼんやりと眺めていると、心底バカバカしくなってきた。たかだか蛾を採りたいばかりに今から山中の暗闇を一人ウロつくのだ。一般ピーポーからすれば、どう考えても狂気の沙汰だ。しかも当然の事ながら夜のバス便なんてないから、帰りのバスは無いときてる。つまり、行きっぱなしの片道切符なのだ。
戻るには、朝まで過ごして始発のバスに乗るか、歩いてキャンプ場まで帰るかしかない。歩くのなら、下りとはいえ多分1時間半、いや2時間、下手したら3時間くらいかかるかもしれない。車窓から見た限りでは麓まで街灯は皆無だ。夜は真っ暗闇になる事は必定だろう。熊が出たら一巻の終わりである。誰も助けてくれん。(ノД`)シクシク。

猿倉荘に着いたのは午後3時半くらいだったように思う。

 

 
確かに周辺はブナだらけだった。
ブナの森は美しい。何だか人の心をホッとさせるものがある。巨樹も多いし、精霊が宿っているような気がするのである。たぶんヨシノキシタバも精霊に違いない。

 

(画像は別の場所です。)

 
ヨシノキシタバ(Catocala connexa)の食樹はブナだから此処に居ることは確実だろう。
問題は、ヨシノが果たして糖蜜トラップに寄って来るかどうかだ。いくら沢山いようとも糖蜜に寄ってこなくては徒手空拳である。ライトトラップは持ってないのだ。
文献を見ると、東日本では樹液に殆んど寄って来ないらしい。糖蜜トラップでの採集例も知る限りでは無い。よくそれで来たなと自分でも思う。
けど、蛾の生態情報は眉唾で見てる。どこか信頼できないところがあるのだ。だから糖蜜には来ないと言われてても鵜呑みにはしないようにしてる。実際、今まで図鑑とは違う生態を幾つも確認しているしね。従来オオシロシタバは花蜜を好み、樹液にはあまり来ないとされてきたが、糖蜜にはよく集まる。稀種とされ、灯火採集が当たり前のカバフキシタバだって糖蜜でタコ採りしてやったもんね。カバフは樹液よりも糖蜜の方が採れるのだ。ならば、樹液にあまり来ないと言われてるヨシノだって糖蜜なら楽勝かもしれない。ゆえに何とでもなると思ったのさ。とゆうワケで、我がスペシャルレシピの糖蜜だったら、んなもん粉砕じゃい(ノ ̄皿 ̄)ノ❗と意気揚々と信州まで乗り込んで来たのである。

 
【オオシロシタバ Catocala lara】

(2020.8月 長野県木曽町)

 
【カバフキシタバ Catocala mirifica】

(2020.7月 兵庫県宝塚市)

 
蛾の情報を鵜呑みしないのは、情報量が少なすぎるからだ。少ないゆえ、それが本当に事実なのか、それとも間違った情報なのかを見極めることは難しい。
これは蛾の愛好家が少ないからだろうが、それだけではないような気もする。その情報が本当に正しいのかどうか疑問を持って調べるような気概のある輩が少ないような気がするのだ。情報を鵜呑みにして、そこに疑問を持たない蛾屋さんが多い気がしてならない。ネットを見てても、新たな知見を書いている人は少ないように思う。
勿論、そうじゃない人もいるのは知ってはいる。別にディスりたくてディスっているのではない。元々蝶屋のオラが言うと怒りを買うのは解っているが、是非とも奮起して戴きたいのだ。蛾は蝶と比べて判明していない事が多い。自らで新たな発見をし、世に知らしめるチャンスがまだまだある世界だ。つまり、蝶と比べて浪漫がある世界なのだ。情報を鵜呑みにするなんて勿体ないではないか。
蛾屋諸君よ、勃ちなはれ❗エレクトしなければ、虫採りは面白くない❗❗
とはいえ、最近の若手蛾屋の活躍は目を見張るものがある。こんなこと言う必要性は無いかもね。

偉そうなことを宣(のたま)ったが、その新たな地平を切り裂いてやれと云う気持ちも、正直なところ昨日、一昨日の2連敗で足元から揺らぎ始めている。糖蜜に寄って来ないワケではないのだが、関西にいる時みたいに今一つ爆発力がない。東日本では糖蜜があんまし効かんのかもと思い始めていたのである(註1)。
それだけじゃない。ここは標高が1230m以上もある。ヨシノが発生しているかどうかは微妙だ。未発生の可能性も充分に考えられるのだ。バクチ度はかなり高いよなあ…。けんどバクチを打たなきゃ、欲しいものは手に入らない。

 
夜が来るまで、凄く長かった。

 

 
ブナの他にミズナラとかも結構あるし、ゼフィルス(ミドリシジミの仲間)でも採ってヒマを潰そうと思ったが、1匹もおらんのだ。どころか蝶が全くと言っていいほど何もおらん。長野に来てから何やってもダメだ。

 

 
半分ふて腐れて砂利道に仰向けになる。
空が青いなあ…。何だか採れる気が全然しないや。
なのにナゼここにいるのだ❓いる意味あるのか❓益々、自分で自分が何やってんのかワカランくなる。

 
午後7時半。ようやく闇が訪れる。長かった…。

 

 
糖蜜の用意をしていたら、変な蛾がシツコク体に纏わりついて邪魔してきた。何ゆえワシの足に止まるのだ❓
見たこと無い奴のような気がするが、どうせクソ蛾だろう。小馬鹿にしやがって(-_-メ)
何だかなあ…。昔から好きじゃない女に追いかけ回されてる時は調子が悪いのだ。たぶん生体エネルギーが落ちているんだろう。えてして、そうゆう時はオーラが弱まっているから悪い気が入り込みやすい。だからロクでもないものが寄って来るんである。詐欺師など悪い人は弱ってる奴を狙うって言うからね。嫌な予感が過(よ)ぎったよ。

その予感は見事に的中した。
ブナ林では普通種のゴマシオキシタバくらいは、いくら何でも寄って来るだろうと思ってたが、殆ど何も飛んで来んかった。
飛んで来たカトカラは、8時10分に来たコレだけ。

 

 
ゴマシオだと思いつつもヨシノだったらいいなと思って採ったカトカラは、まさかの何とズタボロのキシタバ(C.patala)だった。ボロ過ぎて何者なのかワカランかったのだ。
何で低山地にいるド普通種のキシタバ(註2)が、よりによってこんな所におるのだ❓しかもスーパーにボロ。こんな高い標高で屑キシタバを、それも糞ボロを採るだなんて可能性は確率的にモノ凄く低いものと思われる。ある意味、スゴい引きである。逆説的奇跡だ。
何やってんだ俺(´-﹏-`;)❓やるせない気分を闇に投げつける。

 

 
ヤケクソで、見たことのない蛾を1つだけ採って(註3)、9時半には下山を開始した。

暗い。

 
  

 
とにかく暗い。笑けるほど真っ黒だ。試しに懐中電灯を消したら何も見えなくなった。四方八方がウルトラブラックの世界の中で、遠近感ゼロになる。対象物が何も見えなければ、人間の目は何処にも焦点が合わないのだ。
発狂しそうになったので慌てて灯りを点ける。光の束が何とか闇を押し退ける。コレって、もし何かの突発的トラブルで懐中電灯が壊れたら…。(ㆁωㆁ)死ぬな。持ってる懐中電灯は百均で買ったもので極めて劣悪なる製品なのじゃ。恐ろしいことにしばしばサドンデスしよる。ブラッキャウト(BLACK OUT)❗熊の餌食になる前に発狂死かもな…。

五感を研ぎ澄まして尚も坂を下る。風は死んでいる。自分の歩く音だけが闇に変な感じに強調されて谺する。
一刻も早くこの地獄から脱出したい。そう思うから急ぎたいのたが、さっきから足の指と踵が痛みだしている。新しい登山靴のせいで昨日から靴ズレになっているのだが、それがドンドン酷い状態になっていってるのが自分でもよくわかる。
痛みは更に増してゆき、やがて足を引きずるような歩き方になった。もし今ここで熊に襲われたら走れないなと思う。恐怖に駆られて、慌ててザックから網を出して組み立てる。これを上に掲げておれば、熊だって何者かと恐れをなして近寄って来ないかもしれないと考えたのだ。網の円が顔に見えたら相当デカい生物に見える筈だ。それにもし襲って来たとしても、柄でメッタ打ちのタコ殴りくらいはできる。何なら柄の底で目を突いて潰してやるぜ。どうせ死ぬのなら、相手に襲ったことを後悔させるくらいのダメージを与えてやる。

熊の気配を敏感に嗅ぎとろうと五感をマックスに研ぎ澄ましつつも、同時に目は飛翔物を探している。あわよくばヨシノが飛んでないかと期待もしていたのだ。地獄の沙汰も蛾次第なのである。因果な趣味だよ。

それにしても遠い。歩いても歩いても坂道は延々と続き、漆黒の闇は終わらない。もしや異次元ワールドにでも迷い込んだのでは❓と段々不安になってくる。ここで👽異星人が出現でもしたら、熊よかシャレにならん。発狂寸前男は、ラバウル小唄を口ずさむ。

漸く「おひなたの湯」の灯りが見えてきた。
温泉に入れてもらえんやろけ❓ とっても足が痛いんじゃー。湯治させてくれんかのー(´ε` )
一縷の望みにかけるが、着いたら閉まっていた。宿じゃないんだから、こんな時間にやってるワケがないよね。期待したアタイが馬鹿だったよ。

でもここまで来たら、行きのバスの記憶ではキャンプ場まではそう遠くない筈だ。車での所要時間を徒歩に換算すると、実際はとんでもなく遠かったりするんだけどもね。
それでも此処まで来たら、熊の恐怖もだいぶ薄まった事だし、気持ちはだいぶと楽だ。まだ油断はできないけど…。

取り敢えず、一旦休憩しよう。この場所なら外灯があるから、まさか熊も襲って来んじゃろうて。

靴下を脱ぐと、両足とも血だらけになっていた。
もう身も心も満身創痍である。そして、地獄の3連敗がほぼ確定だ。標高的に採れる確率は絶望的に低い。
ペシャンコになったオニギリを食いながら、深い溜息をつく。心は熊の恐怖から開放された安堵感と惨めな敗北感とがない混ぜになった奇妙な気分だった。
見上げると、星が死ぬほど綺麗だった。涙が出そうになった。

案じたとおり、世の中そんなに甘くなかった。その後もかなり歩いた。やはり車って速いわ。レンタカーを借りるという考えは全然浮かばなかったんだから仕方ないよね。

ボロボロになってキャンプ場に着いたのは、午前0時過ぎだった。ここまで2時間半以上も掛かったワケだ。
後で調べたら、猿倉荘からキャンプ場までは約9Kmだった。普段の自分なら普通に歩いても1時間半もあれば着く距離だ。「飛天狗」とも呼ばれた韋駄天のワタクシだ。本気の高速歩きなら1時間以内で歩けただろう。

酒でも飲みたい気分だが手に入るワケもなく、絶望を抱いて寝袋に潜り込む。やがて、泥のような眠りが訪れた。

翌朝、テントを見たらセミの抜け殻が付いていた。
昨夜は全然気づかなかったが、地面を這って此処まで登ってきて羽化したのだろう。

 

 
何もこんなところで羽化することないじゃないか。周りに他に登れそうな木はいっぱいあるのに何で❓ 何だかセミにまでもバカにされたような気分だった。
コヤツを見て、村を出ようと決心した。これ以上ここに居てもマイナスのスパイラルから脱け出せないだろう。セミにバカにされるような男には、エンドレスにヨシノなんて採れるワケがない。今年はもうヨシノ嬢のことは諦めよう。
珍しく弱気なのは、ヒドいフラれ方で完全に心が折られていたからだ。昔から惚れた女に何度も告るほどの強靭なメンタリティーは持ち合わせていない。

 
                       つづく

 
追伸
この旅での惨敗で、東日本での糖蜜採集の限界を痛いほど知らしめられた。それで2020年は灯火採集へと半分シフトした。結果、蛾屋の皆さんたちが主に灯火採集をする理由も理解したよ。
しかし、今後とも糖蜜採集があまり効果がないとされているカトカラに対してもチャレンジすることはやめないだろう。得られる生態面の情報は灯火採集よりも多いからね。新たな発見があるからこそ面白いのだ。灯火トラップは採集効率はいいかもしれないが、生態面に関しては大した知見は得られない。
とは言いつつ、それでも生態を紐解く鍵は僅かながらも有るとは思う。けれどもネットなんかはユルい孫引きばかりだ。ライトしましたー。何々が飛んで来ましたー。ハイ、おしまい。それじゃ観察眼が無さ過ぎる。何の参考にもならんのだ。詳しい場所を書けとまでは言わないが、せめて日付や飛来時刻、その日の天候や気温、標高くらいは書いておいてくれと思う。もしかして、教えてたまるかの😜アッカンべー精神❓ だったとしたらセコ過ぎる。
まあ、時代だろね。こっちだってホントなら採集地もキッチリ書きたいところだが、周りに止められてるから最近は詳しく書けてないしね。情報が下手に回れば、ルール無視の人間が場を荒らすから明かさないというのは理解できる。でも地名は、よっぽど細かく書かなければ問題ないと思うんだけどなあ…。例えば松本市だけじゃ探しようがないくらい広いけど、その下の郡とか町レベルまではいいんじゃないかと思う。トレジャーハンティングじゃないけど、あまりにヒントが無いと面白くないよね。やる気が起こらないのだ。それじゃ人も育ちまへんで。

ちなみに、この時の青春18切符の旅は連作となっている。
前日譚はアズミキシタバの回に『白馬わちゃわちゃ狂騒曲』と題して書いた。前々日譚はベニシタバの回『薄紅色の天女』の後半部分と繋がってる。後日談は翌日のミヤマキシタバの『突っ伏しDiary』に始まり、以下ナマリキシタバの『汝、空想の翼で駆け、現実の山野にゆかん』、ワモンキシタバの『アリストテレスの誤謬』、ハイモンキシタバの『銀灰の蹉跌』、ノコメキシタバの『ギザギザハートの子守唄』、ヒメシロシタバの『天国から降ってきた小さな幸せ』へと順に連なってゆく。それで、この時の旅の全貌が分かる仕掛けになっている。暇な人は読んでみて下され。
次回は後編の2020年の採集記です。

 
(註1)東日本では、あまり糖蜜が効かんのかも…

そんな事はないのだが、そんな傾向も無きにしもあらずというのが現在においての見解である。
この翌日にはミヤマキシタバとベニシタバが糖蜜でけっこう採れた。その翌々日は、多くはないが上田市でワモンキシタバ、ノコメキシタバ、ハイモンキシタバも採れた。その後も長野県や岐阜県ではそれなりの成果を上げてはきた。しかし関西ほどに爆発的成果は上げていない。寄って来るには来るのだが、全体的に数が少ないのだ。
思うに、どうもこれは標高と関係しているのではなかろうか。比較的飛来数の多かったミヤマ、ベニのポイントは標高800mくらいだったが、上田市は1300mだった。他に試した場所の標高は1200〜1700mで、何れも全般的にカトカラの飛来数は多くはなかった。もしかしたら標高1000m、特に1300mをこえると活発に食物摂取をしないのかもしれない。そもそも標高が高ければ高いほど樹液が出ているような木は少なくなる筈だから、或いは花蜜など別なものを主体に摂取しているのかもしれん。まさかの水飲んで生きてたりしてね。

因みに1700mでも結構来たのはオオシロシタバである。花蜜を好むとされてたから、これは意外だった。ムラサキシタバやベニシタバも高い標高でも割りと来る。

 
(註2)ド普通種のキシタバ

あの画像では、どんなカトカラなのかワカランし、どんだけボロかもワカランので、まともな画像も貼っつけておきます。

 
【キシタバ Catocala patala】

 
関西なら何処にでもいるド普通種。それゆえ「ただキシタバ」と呼ばれる事が多い。ただのキシタバだからだ。他に「テブキシタバ」「ブタキシタバ」「クソキシタバ」「クズキシタバ」など更に酷い呼ばれ方もされている。
もし普通種でなければ、そこそこ高い評価をされて然るべきカトカラなのにね。何てったって日本最大のキシタバであり、ユーラシア大陸を含めてもコレに匹敵するキシタバ類は他にタイワンキシタバ(C.formosana)くらいしかいないんである。実際にヨーロッパ辺りでは、かなり評価が高いらしいしね。
そもそも和名も悪い。ただの「キシタバ」だから、それがキシタバ類全般を指しているのか、それとも種そのものを指している言葉なのかが分かりにくいので、こうゆう「タダ」だの「デフ」「クソ」だのをアタマに付されるのである。もしも学名そのままの「パタラキシタバ」や、デカイので「オニキシタバ」とでも名付けられていたならば、ここまでボロカスに言われることはなかったろうに。
今まで折りに触れ言ってるけど、早急に改名して欲しいよ。

おっと言い忘れた。この時はまだカトカラ2年生なので知らなかったが、標高1200mでもキシタバは採れる。但し、数は低地ほどには多くはない。けどライトトラップでの話だから、もしかしたら麓から飛んで来た可能性もある。キシタバは飛翔力あるからネ。でも猿倉のこの個体は麓から飛んで来た可能性は極めて低い。いくらワシのスペシャルな糖蜜の匂いがスゴかろうとも(笑)、麓までは匂いは届かんだろう。ゆえに元々周辺に居たことになる。💢何処にでもいやがって(-_-;)

 
(註3)ヤケクソで見たことのない蛾を一つだけ採って

名前は、ハガタキリバ(Scoliopteryx libatrix)というらしい。
調べた時は最初、芳賀田切羽かと思った。だが芳賀田さんが発見したからではない。正しいのは歯形切羽で、前翅の形からの命名だろう。
開張は約46mm。
分布は北海道、本州、四国、九州と広くて、生息地も丘陵地から比較的高い山地と広い。しかし個体数は何処でも少ないようだ。そこそこ珍しいから初めての出会いだったんだろね。
出現期は5~9月で、春と夏の年2化だそうだ。でもって成虫越冬らしい。そんなに長生きだとは、ちょっと意外だった。
成虫はクヌギやコナラの樹液に集まるみたい。だから糖蜜トラップにも来たんだね(飛来時刻は午後8時)。
幼虫はヤナギ科のバッコヤナギ、カワヤナギ、ポプラの葉を食べるそうだ。という事はベニシタバの生息地にはいる可能性が高そうだ。

雌雄の違いは触角で簡単に見極められるようで、♂だけ触角が鋸歯状になるという。画像に写ってる個体は鋸歯状・櫛状になってないから♀だね。

展翅画像はない。おそらく心が折れてて、展翅する気すら起きなかったのだろう。でも下翅がどんなのか気になる。ネットで展翅画像を探そう。

 

(出典『www.jpmoth.org』)

 
コレが♂のようだね。上翅が美しい。
でも後翅は多くの蛾と同じく地味。もし下翅も美しかったら相当に魅力的だから、蛾の素人のワシでさえも存在くらいは知っていただろう。
まあ下翅の地味さを差し引いても思ってた以上にフォルムはカッコイイ。展翅してやってもいいかもしんない。でも去年のものだし、探すのは大変そうだ。

 
ー参考文献ー

◆石塚勝己『世界のカトカラ』
◆西尾規孝『日本のCatocala』
◆『むしなび』
◆『www.jpmoth.org』

 

2020’カトカラ3年生 其の参(2)

 
  vol.26 ヒメシロシタバ 後編

    『の・ようなもの』

 
後編は解説編である。
今回も外国産のカトカラは石塚さんの『世界のカトカラ』、生態面は西尾規孝氏の『日本のCatocala)』のお力をお借りして書きます(註1)。

 
【ヒメシロシタバ Catocala nagioides ♂】


(2020.8.9 長野県木曽町)

 
アホみたいにズラリと同じ個体を並べたのは、新しいスマホがちょっとした光の加減で違う色に写るからである。前のスマホまで導入して撮ったが、どうにも上手く撮れないのだ。
そうゆうワケで『世界のカトカラ』の図版画像も載せておく。

 


(出典『世界のカトカラ』)

 
【同♀】


(2020.8.9 長野県木曽町)

 

(出典『世界のカトカラ』)

 
コシロシタバ(Catocala actaea)に似るが、より小さい。
前翅はコシロシタバと比べて少し幅が狭く、一様に暗褐色のものが多くて斑紋は明瞭でない。しかしコシロシタバと比して中剣紋は明瞭である。腎状紋内側から亜状紋にかけて著しく白化するものがある。
後翅は黒の地色に白い紋が入るが、コシロシタバの白紋よりも短くて第3脈で終わり、白斑と白点との間の黒色が広いことで区別できる。また、後翅の翅頂にはコシロシタバより明瞭な小さな白紋がある。胸背部は前翅と同じ色調、腹部は暗灰褐色である。
各種図鑑を参考に、だいぶ解りやすくまとめたつもりだが、一般の人からすればチンプンカンプンで難解な文章だろう。専門用語か入るのは仕方がないとは思いつつ、昔からどこかでそれに疑問を感じてた。もうちょっと何とか解りやすくならんものかねと思っていたのである。
なので、自分フィーリングで書いてみる。

ヒメシロとコシロを野外でパッと見で区別する方法は、上翅の質感と色である。コシロは上翅がベタな濃紺で、地色が濃い。一方、ヒメシロの上翅はやや淡い茶褐色で、太くて濃い横線が入り、ベタではなく模様に少しコントラストがある。但し、色はくすんでいる。また大きさは、コシロシタバと比べてヒメシロの方が相対的に小さいものが多い。
標本の場合は下翅の白い紋が決め手。その白い紋がヒメシロはコシロと比して短い。また、その下の白点との間隔がコシロよりも離れており、且つ小さくて不鮮明。もしくは今回採れた個体のように消失する。
加えて下翅の肩の部分(横上)に白い紋が目立つ。この白い部分が、コシロは細くて狭い。

何のこっちゃない。自身、感覚的でしか捉えていないから、こうゆうファジーな感じの記述になる。特に前半の上翅の解説なんかは、その傾向がある。
ファジーだと人によりイメージに差異が生じる可能性がある。難解ではあっても、図鑑の記述にはそれなりの意味があるのだね。にしても、何とかならんかね❓(笑)

そのファジーな言葉を画像化しよう。

 
(ヒメシロシタバ)


(2020.8.9 長野県木曽町)

 
上のような前翅のものが多いが、白斑がやや発達した下のような個体もいる。

 

 
それにヒメシロは翅を閉じた状態だと、上図のように会合部の真ん中やや下に、太い「М」のようなマークが浮かび上がる。
わかりにくいと思われるので、画像を明るくしてみよう。

 

 
コレで、さっきよかMの文字が解りやすいだろう。

まだ採ったことがない頃は、図鑑で両種を見て正直こんなのフィールドで直ぐに区別できんのかね❓と感じてた。どうせ下翅は隠れているから一々上翅を上げて下翅の白紋を確認するのは億劫だなと思ってたのだ。けれど実物を見て、慣れればそう判別は難しくはないと体感した。前翅の質感がコシロとは明らかに違うのだ。百聞は一見に如かずである。繰り返すが、コシロはもっと柄にメリハリが無くベタで、色が濃紺な感じだが、ヒメシロは茶色っぽくて、コシロと比べて少しメリハリがあるのだ。

と云うワケで、コシロシタバの画像も貼っつけておく。

 
(コシロシタバ Catocala actaea)


(2019.7月 奈良市)

 


(出典『世界のカトカラ』)

  
前翅中央の白紋が小さいが、ヒメシロよりも白くて目立つ。ヒメシロはココに褐色の鱗粉が混じり、ぼやけたような白に見えるものが多い。また、その下の白点は、あまり離れておらず、大きくハッキリしている。この白点がヒメシロは離れており、しかも小さくて薄い。

裏面画像も添付しておこう。
先ずはヒメシロちゃんから。

 
(ヒメシロシタバ裏面)

(出典『日本のCatocala』)

 
腹の感じからすると、多分♀だろう。
自前の展翅画像も付け足しとこう。

 
(♂裏面)

 
(♀裏面)

 
雌雄の見分け方は、以下の通りである。

 
(裏面♂)

 
♂は尻先に毛束があり、縦のスリットと産卵管が見受けられない。
横からの画像も貼付しておこう。

 

 
♀と比べて腹部は細くて長い個体が多い。また、尻先に毛束があるゆえ鈍角になる。

 
(同♀)

 
♀は腹が太くて短い個体が多い傾向にある。
フィールドで雌雄を確実に見極める方法は、この尻先にある。こうして縦にスリットが入り、その下に黄色い産卵管が見えていれば、100%♀と断定して差し支えないだろう。

 

 
横から見ると、♀は尻先がやや尖る傾向にある。これは毛が♂と比べて薄いせいだろう。

 
参考のためコシロシタバの裏面も貼付しておこう。

 
(コシロシタバ裏面)

 
生きてる時は青白く見えるが、死んで時間が経てば経つほど白くなる傾向があるような気がする。尚、雌雄の見分け方はヒメシロと同じである。

 

(出典『日本のCatocala』)

 
それにしても、パッと見はヒメシロシタバと殆ど同じである。
違いは前翅の翅頂にある。ヒメシロは翅先に小さな白い紋、謂わばホワイトチップがあるが、コシロには白紋が殆んど見受けられない。地味な区別点だが、野外では表側で判断するよりも尻先と、この裏面の白紋で判断する方が寧ろ確実なのではないかと思う。この白紋って盲点じゃなくね❓図鑑とかには書いてなかった筈だからね。
蛾における種の判別についての記述は、大概が表のみで、図鑑でさえも裏面に関して言及される事は少ない。常々これが不満だった。裏面についても書いてくれれば、同定がかなり楽になるからだ。蛾は種類が多いので裏面まで図鑑に載せれば、膨大な紙数になる事は理解できる。でも最近はカトカラやキリガ、ヒトリガなど属や科単位の図鑑も出版されているんだから裏面を載せる事だって可能だと思うんだよね。そこに裏面での判別法も書けば、蛾の図鑑としては画期的な事だと思うんだけどなあ…。誰かがやり始めたら、それが当たり前になるかもよ。

それはさておき、こんなに似てるのにも拘らず、驚きだが近縁種ではないらしい。
それについては、後に別な項で書くつもりだ。気になる人も退屈男の退屈文章に耐えて読み進めて下され。我慢しないと、カタルシスは得られないと言いたいところだが、このあと面白い文章を書く自信はない。だから皆さんがカタルシスを得られなくとも一切責任はとらんけどね。

 
【学名】 Catocala nagioides Wileman, 1924

属名の「Catocala(カトカラ)」はギリシャ語由来で、kato(下)とkalos(美しい)という2つの言葉を繋ぎ合わせた造語。つまり下翅が美しいことを表している。
小種名の「nagioides」は、語尾に「〜oides」と付く事から「〜のようなもの」「〜に似てる」とかモドキ的な意味であろう。問題は「〜」の部分が何かという事だ。どやつと似てるって言ってんのかね❓
早速、前半分の綴り「nagi」でググッてみる。

ヽ((◎д◎))ゝあちゃまー、生理用品のブランドの「nagi」関連のものがズラズラと並んどるやないけー。こんなの、もし誰かに閲覧履歴を見られれば、確実に変態だと思われるだろう。
やれやれ。早くも迷宮徘徊の予感だ。

次に「nagio」で調べてみるが、頭に出てきたのがアプリケーションソフトウェアの「nagios」。あとはナギオくんとか薙尾(なぎお)さんとかのページばかりだ。焼肉好きでフリマで生計立ててるナギオの逃走劇なんぞに付き合ってるヒマはないのだ。先を探そう。
やっとこさ他のが出てきたと思ったら、ニュージーランドの木とか「衰える」だとかロクなもんしか出てこない。そもそもニュージーランドにカトカラは分布してないし、それに「木」ってどーよ❓食樹であるカシワの学名は”Quercus dentata”だから全然関係ないじゃんか。
「衰える」なんてのもマイナス過ぎて有り得んだろう。学名に、そんな不吉な名前を付けるかね❓普通、ないっしょ。あ〜あ、又しても学名の迷宮に迷い込んどるよ。

もしかして元々は「nagi」という言葉ではなくて、別な言葉が「oides」とクッ付くことによって語尾が変化、消失しているのかもしれない。
勘で『nagia』で検索してみた。


✌️ビンゴ💥❗一発で出たっ❗

 

(出典『Wikipedia』)

 
こりゃ、確かにパッと見はヒメシロシタバに似てるわ。
よく見れば、前翅は全然違うけどね。でも、この見てくれだったら「のようなもの」という学名でも納得だね。さすがウィキペディアである。何でも出てくるわい。
けど、絵なんだよなあ…。ここは当然だが、画像でも確かめとかないとイケないやね。
Nagiaは、Erebidae科の属名とあるから、そこを突破口にしてラビリンスから脱け出そう。

 

(出典『nic.funet.fi』)

 
絵よりも白紋が大きいね。ヒメシロとのソックリ度は、だいぶ下がったな。もしかしたら、コヤツは絵の奴とは同属の別種、或いは亜種かもしれない。
それはそうと、こんな展翅の仕方もあるんだね。コレはコレでカッコイイかも。今度、試してみよっかな…。

あとはフィールド写真だ。これが似てさえいれば、完全解決だろう。代表種らしき”Catephia alchymista”というのでググッてみる。
あれっ❓、Catephia❓Nagiaじゃないのか…。どうやら属名は変更になってるみたいだね。

 

(出典『Moths and Butterflies of Europe and North Africa』)

 
コレならば、野外だと一瞬はヒメシロに見えるね。
「のようなもの」でいいでしょう。完全納得です。

同属の別種みたいなのも出てきた。

 

(出典『SchmetterlingeundihreÖkologie』)

 
これなんかは、より見た目はカトカラっぽい。ヒメシロとは別物のカトカラっぽいけどさ。
名前を調べようとして、新しい方の属名”catephia”を入れたところで手が止まる。
日本にも、こういうの居なかったっけ(・o・)❓

コレってナカジロシタバじゃなくね❓

調べてみる。

 
(ナカジロシタバ Aedia leucomelas (Linnaeus, 1758))

(出典『フォト蔵』)

 
学名が違うが、近縁種だろう。灯台もと暗しってのは、こうゆう事を言うんだろね。
にしても、又しても属名が変わっとんのかあ❓ワケわかんねぇや。
一応、標本画像も確認しておこう。

 

(出典『日本産蛾類標準図鑑』)

 
分布は本州、四国、九州、南西諸島。(+_+)何だよー、それって何処にでもいる普通種っぽいじゃないか。
という事は何処かで見てる筈だが、全く印象にない。何でやろか❓と思ったら、開張が33〜40mmしかない。ヒメシロはカトカラにしては小さいが、それでも48〜57mmくらいある。そんなだから、似ているとは露ほども思わず、クソ蛾としてスルーしてたんだろね。少なくとも、日本では「〜のようなもの」ではないだろう。😱ヤバい。説明がつかんくなる。
そうだ、或いはヨーロッパのこの手の仲間は大きいのかもしんない。じゃなくとも見た目のデザインが似てさえいれば、充分「のようなもの」の範疇だったと思いたい。大昔はおおらかで、そこまで物事に厳密的ではなかったのだろう。つまり大きさは重要ではなかった。そうゆう事にしておこう。
ところでコイツ、ヨーロッパにもいるのかな❓
調べてみると、ヨーロッパにもいた。どころか北アフリカ、中央アジア、中国、インドシナ半島、朝鮮半島、台湾、インドネシア、フィリピン、ミクロネシア、フィジーとアホみたいに何処にでもいるじゃないか。オマケに発生は年2〜3化だし、幼虫の食草はサツマイモとノアサガオ(ヒルガオ科)ときてる。その時点で、ド普通種の害虫じゃんか。完全に興味失くしたよ。もうキミなんてどうだっていいわ(ノ ̄皿 ̄)ノ ⌒== ┫

 
【亜種と近縁種】

見たところ、亜種はいないもよう。
シノニム(同物異名)に以下のようなものがある。

・Ephesia nagioides Wileman, 1924
・Ephesia sancta
・Catocala sancta Butler, 1885 (preocc. Hulst, 1884)

一番下の「Catocala sancta」とゆうのは、Pryerが北海道で1♂2♀を採集し、Butlerが1885年に記載したものだ。
日本のモノは残念ながら無効になったワケだが、「sancta」って語源は何なんだろね❓ あっ、やめとこ。無効になったものを追いかけてもしゃあないがな。更なる迷宮は避けたい。

近縁種かどうかは分からないが、見た目が似たモノが数種いる。既に登場しているが、先ずはコシロシタバから。

 
【コシロシタバ Catocala actaea】

(出典『世界のカトカラ』)

 
分布は日本、中国、朝鮮半島、ロシア南東部(沿海州)。
どうやら亜種区分はされていないようだ。
蛾界の偉人である故杉繁郎氏は後翅の斑紋パターンを根拠にコシロシタバの姉妹種としたが(1987′)、明瞭な類縁関係は認められないという。

一応、DNA解析で確認しとくか。

 

(出典『Bio One complate』)

 

 
\(◎o◎)/ゲッ、キシタバ(C.patala)と近縁になっとるやないの。コレだからDNA解析は信用ならんのだ。

 
(キシタバ Catocala patala ♀)

(2019.6月 大和郡山市)

 
石塚勝己さんが『世界のカトカラ』で、それについて言及されておられるので一部を抜粋しよう。
「日本産種を中心にしたミトコンドリアDNA ND5の塩基配列では極くわずかではあるがコシロシタバとアミメキシタバに類縁関係が認められた。そしてなんとヒメシロシタバはキシタバ(patala)と極わずかながら類縁関係が認められた。もしこの結果が正しければ、ゲニタリア(交尾器)の相違関係を反映していないことになる。地史的に比較的新しい時期に種分化したものは互いにゲニタリアは似ているが、古い時期に種分化したものはゲニタリアにまで著しい違いが出てくる可能性があるのかもしれないが、全くの謎である。
現時点では、マメキシタバとエゾシロシタバもアミメキシタバとコシロシタバもそれぞれ互いの類縁関係はないと解釈するしかない。後翅の黒化は、北アメリカでは地史的に比較的最近の出来事ではあるが、旧大陸(ユーラシア大陸)ではかなり古い時代にいろいろな系統内で生じたのではないかと思われる。」

 

(出典『世界のカトカラ』)

 
マメキシタバとエゾシロシタバは見た目がかなり違うが、幼生期の形態や生態が似ている事から、昔から近縁関係にあることは示唆されていた(註2)。
アミメキシタバとコシロシタバが近縁とは全然考えもしなかったよ。ちなみに幼生期は似てるっちゃ似てるし、似てないちゃ似てない。終齢幼虫の頭部なんかは一見全然違うように見えるのだが、よく見れば模様のパターンは近いものがあるかもしれない。

国外に目を向けよう。

 
【アサグロシロシタバ Catocala nigricans (Mell, 1938)】
分布 中国

(出典『世界のカトカラ』)

 
一見ヒメシロシタバやコシロシタバに似るが、後翅の白紋の形が違い、より大型。成虫は夏季に現れるが少ない。食樹は不明だが、ブナ科である可能性が高い。

一応ググッたら、シノニムとして↙こんなのも出てきた。

Catocala actaea nigricans (Mell, 1939) (Shanxi)

どうやら以前は、actaea(コシロシタバ)の亜種扱いになってたようだね。でも前翅の色柄はコシロよりもヒメシロに近いように見える。

 
【チベットクロシタバ Catocala xizangensis (Chen, 1991)】
分布 チベット

(出典『世界のカトカラ』)

 
チベットの波密で8月に2♂のみが採集されていると云う大珍品だそうだ。しかし、そんな事よりもその馬鹿デカさと迫力に度肝を抜かれたよ。
とはいえ、この画像では伝わらないんだよなあ…。
(ノ`Д´)ノえーい、全部まとめて載っけてしまえ。

 

(出典『世界のカトカラ』)

 
一番上の列がコシロシタバ、二番目がヒメシロシタバ、最後の列の右下がチベットクロシタバ、残りがアサグロシロシタバである。こうやって一同に会すと各種の大きさがよく解る。コシロシタバだって言うほど小型ではないから、アサグロシロシタバが結構大きいことが想像できる。クロシオキシタバくらいは有りそうだ。そして、チベットクロシタバである。コレで、その馬鹿デカさがよく解るざましょ。

 
【和名】
コシロシタバよりも小さいゆえに名付けられた和名だろう。
昆虫の名前に「ヒメ=姫」と付けば、「コ=小」よりも更に小型なモノに付けられるケースが多いのだ。
まあ、それは別に構わないいいのだが、んな事よりもどこがシロ(白)やねん❗❓
コシロもそうだけど、下翅は白よりも黒の領域の方が遥かに多いからクロシタバやんけ❗まさか裏面を指しての命名由来でもあるまい。もしそうだったら、チャンチャラオカピーだ。そう誰しもが思う、ズッコケ和名だ。シロシタバよか小さいオオシロシタバとか、このシロシタバ系の和名は問題だらけだ。和名を付ける人はもっと考えてから名付けろよなー(´ε` )
名が体を間違って表してるネーミングは屑ネームだ。後々、皆が混乱するような和名を付けんじゃねーよ。今からでもいい、トットと改名なさい。
書いてて、ふと思う。蛾の中では人気の高いカトカラだが、それでも世間的に見ればマイナーな存在だ。蝶屋でも知らない人は結構いたりするからね。だったら今後は蛾の人気も高まってくることが予想される事だし、早めの今のうちに変えたらどうだろ❓ 次の図鑑辺りにガバッと変えても問題は少なかろう。文句を言う人間だってマイナーな今なら少数に違いない。石塚先生、変えるのなら今がチャンスですぜ( ̄ー ̄)ニヤリ(笑)

もし変えるのなら、真っ先にキシタバ(C.patala)を何とかして欲しい。キシタバと聞いて、それが種そのものを指しているのか、それとも下翅が黄色いカトカラの総称を指しているのかを一瞬考えねばならぬのが、誠に邪魔クセーのだ。学名そのままの「パタラキシタバ」か、デカいんだから「オニキシタバ」辺りでエエんでねぇのと思う。変えるとしたらあとは前述したシロシタバ系のオオシロシタバ、コシロシタバ、ヒメシロシタバくらいでいいかな。シロシタバはそのままにしておき、オオシロだけを某かに改名すればいいだろう。シロとオオシロを入れ替えてしまうと余計に混乱が起きそうだからさ。
個人的には他にもゴマシオキシタバとかエゾシロシタバ、ノコメキシタバ、コガタキシタバ、ウスイロキシタバなんかも変えて欲しいけどね。ゴマシオは胡麻塩から来ているのだろうが、ダサい。何か他に替わるものがないのかなと思う。エゾシロは最初に北海道で見つかったからなのだろうが、北海道以外にもいるから実情と合ってない。ノコメは鋸からの由来と思われるが、言うほどノコギリ感は無い。コガタは見た目が似ているキシタバ(C.catocala)よりも小さいからの命名だろうが、したらキシタバをオオキシタバにしないと、何を対象として小型なのか分かりづらい。でもオオキシタバはダサいからオニキシタバにして欲しいなあ。ウスイロもダサい。色は確かに薄いけど、生きてる時は象牙色で美しいのだ。もうちょっとマシな名前に変えてあげて欲しいよ。

名前問題はこれだけでは終わらなかった。
『みんなで作る日本産蛾類図鑑』の【旧名,別名,害虫名,同定ミスなど】の項目には、何と「ヨシノキシタバ」と書いてあったのだ。ヨシノキシタバは既に存在しているぞ。

 
(ヨシノキシタバ ♀)

(出典『世界のカトカラ』)

 
だいたいがだ、そもそもコレは旧名なのか❓別名なのか❓それとも同定ミスなのか❓しかし、それについては全く言及されていないのだ。まさかの害虫名だったりしてネ。まあ幼虫の食樹はブナなんだから、無いとは思うけどさ。
どうであれ、イカレポンチな話だ。付き合ってらんないや。

 
【開張(mm)】 48〜57mm内外

見た目が似ているコシロシタバよりも小型なものが多く、ある程度は大きさだけで区別できる。
とはいえ、上翅の色、柄、全体的なフォルム、謂わば質感で見極める方が間違いない。この方法は他のカトカラでも有効な手段だ。各種の特徴を質感でインプットしてしまえば間違えることはあまり無くなる。見慣れれば、不思議なもので自然と一見して種類は分かるようになるものだ。わかんない人はセンスが無いと諦めましょう。

 
【分布】 北海道、本州、四国、九州、対馬

海外では、中国東北部、アムール(ロシア南東部)、朝鮮半島に分布する。

 

(出典『日本のCatocala』)

 

(出典『世界のカトカラ』)

 
上が分布域図で、下が県別の分布図である。この点には留意されたし。例えば淡路島には分布していないが、県別図だと兵庫県だから塗り潰されてしまうという事だ。

見て、いきなり(・o・)アレッ❗❓と思った。四国が空白になっているじゃないか。でも県別分布図の『世界のカトカラ』の解説には、分布に四国も含まれてた筈だぞ。
慌てて確認してみたら、やはりそうだった。四国は入ってる。解説と分布図が違うって、どゆ事❓マジかと思って、岸田先生の『日本産蛾類標準図鑑』でも確認してみたが、コチラも四国が含まれている。けど、四国にヒメシロなんて居たっけ❓何だ❓、この予想外の展開は❓こんなとこで躓くとは思いもよらなかったよ。
ならばとネットで検索してみる。
『みんなで作る日本産蛾類図鑑』には四国は含まれていなかった。しかし殆どのブログ記事には四国が含まれている。にも拘らず、それについては特に言及されていない。どうせ大半が孫引きなのだろう。そんな中にあって『昆虫漂流記』というブログだけが「四国の情報は皆無。」と書いてあった。👏パチパチである。

分布は局所的。これは幼虫の食樹であるカシワ林が生育する場所にしか棲息しないためである。ゆえに海岸部や高原のカシワ林に生息地が多い。

北海道では多いのかなと思っていたが、ブログの記事なんかを見てると少ないそうだ。
『世界のカトカラ』の「日本産Catocala都道府県別種類数」という表によれば、東北地方は全県に記録がある。青森県はレッドデータブックではDランク(情報不足)となっているが、ブログ『青森の蝶たち』には、カシワ林に多産すると書かれてあった。
関東地方では茨城県と千葉県に記録が無かったが、近年千葉でも見つかったと聞いている。
甲信越・東海地方で記録が無いのは愛知県だけのようだ。とはいえ、記録の大部分は長野県だ。
西日本では更に分布は局地的になる。近畿地方では兵庫県と京都府のみから記録がある。しかし、分布は極めて局所的で、兵庫県では香美町と宍粟市の2ヶ所のみが知られ、京都府では南丹市や芦生の原生林など北部寄りにしか記録がない。
中国地方は全県に記録がある。岡山県では北部に多く、中部では少ないという。
四国では、調べた限りでは記録が見つけられなかった。『世界のカトカラ』の分布表でも全県に記録がない(という事は解説欄に四国とあるのはやはり間違いだね)。もし見つかるとすれば、瀬戸内の島嶼部だろう。
九州では大分県九重高原、鹿児島県栗野岳の産地が知られている。熊本県にも記録がある。また長崎県対馬でも見つかっている。しかし極めて稀なようで、海岸部に僅かに残るカシワ林のみで採集されている。
食樹が同じであるハヤシミドリシジミ(註3)の生息地を丹念に探っていけば、新たな産地が見つかりそうだ。

 
(ハヤシミドリシジミの分布図)

(出典『日本産蝶類標準図鑑』)

 
コレがヒメシロシタバの実際の分布に一番近い形なのではないだろうか。

 
【レッドデータブック】

環境省:準絶滅危惧種(NT)
青森県:Dランク(情報不足)
宮城県:絶滅危惧II類(Vu)
山形県:情報不足
福島県:情報不足
石川県:情報不足
群馬県:絶滅危惧I類
栃木県:絶滅危惧II類
埼玉県:R1(希少種1)
山梨県:絶滅危惧II類
大分県:絶滅危惧II類
鹿児島県:絶滅危惧II類

 
【成虫の出現期】

成虫は6月中旬から出現し、10月中旬まで見られるが、新鮮な個体が見られるのは8月上旬まで。
時にコシロシタバと同一場所で混棲するが、その場合はコシロよりも出現期間は短い。

 
【成虫の生態】

クヌギやコナラなどの樹液に好んで集まるが、果実からの吸汁は観察されていない。また、蜜を吸うために花に飛来した例やアブラムシの甘露に集まった例も無いようだ。
尚、糖蜜トラップに誘引されたものは見ていない。しかし糖蜜にも飛来すると聞いたことがあるから、おそらく生息地のカシワ林でトラップを掛ければ寄って来るだろう。

灯火にもよく集まる。
飛来時間は、それほど遅くない。自分の1回だけの経験では午後9時50分頃に最初の飛来があった。以降11時くらいまで飛来が見られた。わりと短時間に纏まって飛んで来た印象がある。ちなみにこの日は全部で10頭近くが飛んで来た。小太郎くん曰く、こんだけ飛んで来たのは初めてで、各地でちょこちょこ見るのだが、何処でも個体数が少ないと聞かされている。そういや文献にも同じような事が書かれてあったわ。
とはいえ、カシワ林の傍らで灯火採集をすると、時に多数が飛来することがあるという。

昼間は樹皮が暗色のカシワなどの樹幹に頭を下にして静止している。コシロシタバは上向きに止まっているから、日中見つけた場合はソレで区別がつく。
驚いて飛ぶと上向きに着地し、数十秒後に姿勢を下向きに変える。但し、コシロシタバほどには敏感ではないという。

この日は、交尾してるのも見れた。

 

(2020.8.9 長野県木曽町)

 
と思ったら、エゾシロシタバであった。ワシの記憶メモリーがいい加減なのがバレたね。お恥ずかしい限りである。
見た感じでは、大きさと翅形からしてマウントしている左側が♂だと思われるが、確認はしてない。人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んだ方がいいと云う言葉もあるし、そっとしておいたのだ。
話が逸れたが、多分ヒメシロもこんな形で交尾するのだろう。

交尾は発生期間中に多数回行われ、午後7時半から9時の間に観察されている。面白いのは幼虫がブナ科コナラ属を食樹とするカトカラたちは、このように宵の時間に交尾し、ヤナギ科やバラ科を食樹とするカトカラたちは深夜に交尾を行うとゆう事だ。そういえばブナ科コナラ属のクヌギをホストとするオニベニシタバの交尾を見たのも午後8時とか9時くらいだったわ。ちなみに、このエゾシロシタバの交尾は午後10時前であった。エゾシロの食樹もコナラ属ミズナラだけど、条件から微妙にズレるね。とはいえ範疇に入れてもいいかもしれない。交尾が始まった瞬間を見ているワケではないからね。

この交尾時刻の違いって何か意味あんのかな❓
ヤナギ科&バラ科食のカトカラは樹液や糖蜜に飛来する時刻が遅めの傾向があるから、活動時間が違うのかもしれないね。とはいえ例外もあるからなあ…。

産卵行動は発生後期の8月下旬以降に見られる。
面白いのは食樹のカシワだけでなく、しばしばコナラやミズナラ、クヌギにも産卵を試みる♀が見られることだ。食樹の範囲を広げようとでもしているのだろうか❓とかくカトカラたちの行動には謎が多い。

 
【幼虫の食餌植物】 ブナ科コナラ属:カシワ

食樹はカシワのみが知られるが、他のコナラ属でも代用食になるという。この代用食という言葉、カトカラ以外では蝶のゼフィルス(ミドリシジミの仲間)の飼育法でもよく目にする。ゼフィルスも食樹以外の植物が代用食となるものが多いのだ。オマケに両者はブナ科コナラ属やバラ科を食樹とするものが多いと云う共通点がある。生活史も似ており、卵で越冬し、年1回の発生で成虫が見られる時期も大体同じだ。

幼虫は15〜40年の壮齢木から100年を越える巨木にまで見られ、樹齢はあまり重要ではないようだ。

 
(カシワ・柏)

(出典『あきた森づくり活動サポートセンター』)

 
(葉)

(出典『庭木図鑑 植木ペディア』)

 
(幹)

(出典『庭木図鑑 植木ペディア』)

 
カシワ(柏、槲、檞)。
学名 Quercus dentata
ブナ科コナラ属の落葉中高木。
英名 Japanese Emperor Oak, Kashiwa Oak, Daimyo oak。
カシワはハヤシミドリシジミの幼虫の食樹だから、蝶屋の端くれゆえ、それなりに馴染み深かったけど、英名がエンペラーオーク(オーク材の皇帝)とか大名だとか凄い評価されてる木とは全く知らなかったよ。フランス語でも”chêne de Daimyo”。大名なのだ。

日本、朝鮮半島、台湾、中国に分布する。痩せた乾燥地でも生育することから、火山地帯や海岸などに群落が見られることが多い。
葉は大きく、縁に沿って丸く大きな鋸歯があるのが特徴。ドングリはクヌギに似て丸く、殻斗は先が尖って反り返り、包が密生する。秋に枯れた葉が春まで付いたままで、新芽が出るまでは落葉しない。この特性が落葉広葉樹にも拘らず、海岸部に植栽される事になった。日本の海岸線の防風林には一般的にクロマツが用いられるが、北海道の道北や道東など寒冷でクロマツが育たない地域では、防風林を構成する樹種としてカラマツとともにカシワが採用されることがある。ようはカシワは落葉樹だが、秋に葉が枯れても翌年の春に新芽が芽吹くまで葉が落ちることがない。そのため冬季の強風を防ぐ効果を果たしているワケだ。
そういや北海道の銭函にハヤシミドリとカシワアカシジミを採りに行った時に、そのカシワ林の広大さに驚いたっけ…。
今回、初めて知ったけど、そこは石狩砂丘と呼ばれ、世界的規模のカシワの天然海岸林なんだそうだ。

葉には芳香があり、さらに翌年に新芽が出るまで古い葉が落ちない特性から縁起物(=代が途切れない)とされ、柏餅を包むのに用いられたり、家紋や神紋などにも使用されている。
そう、カシワといえば柏餅なのである。
そうゆうワケで一般に馴染み深い事から、多くの市町村が「自治体の木」に指定している。参考までに以下に並べておく。
北海道北見市、石狩市、日高町、池田町、大樹町、幕別町、士幌町、芽室町、本別町、更別村、中札内村。福島県西郷村、千葉県柏市。
北海道が中心だが、結構な数だ。

でも、関西では殆んど見ない木なんだよね。
一応、カシワ林の分布を確認しとくか…。

 
(カシワ林の分布)

(出典『植物社会学ルルベデータベースに基づく植物分布図』)

 
こうして見ると、分布は思ってた以上に局所的だ。稀少なイメージがあるブナなんかよりも余程少ない。ヒメシロの分布が局所的なのは、このカシワの分布が要因になっているのがよく解るね。ヒメシロはカシワ林が無い所には、基本的に居ないカトカラなのだ。

多いと思っていた北海道は沿岸部が中心で意外と少なく、寧ろ青森の方が集中している観がある。ブログ『青森の蝶たち』さんの言ってる事が正しいと理解したよ。
だが、東北地方南部の内陸には広い空白地帯があるね。関東地方と東海地方も殆んど空白だ。
そして信州に分布が集中している。ヒメシロの記録が多いのも頷けるね。
そして、近畿地方も兵庫県西部以外の大部分が空白地帯となっている。そりゃ、ハヤシミドリもヒメシロもおらんわ。
でも関西にはカシワはあまり無いけど、割りと近縁に見えるナラガシワはちょこちょこ有るんだよね。実際、関西では柏餅を包む葉はカシワではなくてナラガシワが使われることの方が多いと聞くしさ。コヤツが代用食にならんのかなあ…。

 
(ナラガシワ)

(出典『葉と枝による植物図鑑』)

 


(出典『旧植物生態研究室(波田研)』)

 
裏側が白いので、風が吹くと遠目でもナラガシワとよく分かる。
これをウラジロミドリシジミやヒロオビミドリシジミの幼虫が食樹として利用している。思うに、ナラガシワが多い兵庫県の三草山とかで、ヒメシロも食樹として利用してるとかないのかね❓可能性は低そうだけどさ。
それよりも、分布図では琵琶湖の東側にカシワが有ることになっている。そっちの方が見つかる可能性が有るんでぇの❓

四国は真っ白だ。一応調べてみたら、全くないワケではないようだ。ある程度まとまって生えているのは小豆島だけで、四国本土には香川県と愛媛県に数本単位で僅かに生えているだけみたい。どうりで食樹を同じくするハヤシミドリシジミの記録も無いワケだね。ゆえにヒメシロシタバは四国には居ないと断言してもいいだろう。もし見つかったとしたら、偶産かカシワ以外の木を利用している事になるね。

中国地方には思っていた以上に多い。この感じだと中国山地の北部に沿って自生していそうだ。

九州は大分県と熊本県の県境、鹿児島県にポツンと分布地がある。どちらもヒメシロの数少ない記録と合致している。でも鹿児島は🔴赤丸になってるから植栽のようだね。
あっ、福岡県にも狭いながら分布地がある。福岡ではヒメシロは未記録の筈だけど、探せば見つかるかもしれない。

分布図の上部には垂直分布の図もある。
これを見ると、沿岸部と標高千メートル前後の高原地帯に分布しているのがよく解る。コレもヒメシロシタバの垂直分布と大体合致していそうだ。

 
【幼生期の生態】

(卵)


(出典『日本のCatocala』)

 
背の低いまんじゅう型で縦隆起条と横隆起条が目立つ。環状隆起は一重。稀に消失する。
孵化はコシロシタバよりも遅い。これは芽吹きの遅れるカシワに連動して適応したものと考えられる。

 
(1・2齢幼虫)

 
昼間、若齢幼虫は葉裏に静止している。

 
(6齢幼虫)


(出典『日本のCatocala』)

 
幼虫の終齢は6齢。
終齢になると、太い枝や樹幹に降りてくる。
尚、長野の野外での終齢幼虫の出現期間は5月下旬から6月上旬みたいだ。

形態はコシロシタバに似ている。コシロシタバの方が全体的にくすんでいて、クヌギの古い枝に似ており、各節背面にある1対の黄色の点列が比較的目立つ。本種の方が腹部前方背面の菱形の淡色斑紋が目立ち、淡褐色を帯びた個体が多い。
野外の幼虫には色彩変異があり、全体がかなり暗化したり、淡色化した個体が見られる。

 
(終齢幼虫の頭部)

(出典『日本のCatocala』)

 
一応、コシロシタバの幼生期も確認しておこう。

 
(コシロシタバの卵)

 
卵は特に似ていて、ルーペで見ても判別できないらしい。

 
(2齢幼虫)

 
若齢幼虫も似てるかも。

 
(終齢幼虫)

 
終齢幼虫も似てるような気がする。
色彩変異はあるが、ヒメシロほどには著しくないそうだ。

 
(終齢幼虫頭部)

(出典 6点共『日本のCatocala』)

 
あっ、顔はかなり違うぞ。
でも色に騙されてはいけない。よくよく見ると、斑紋パターンは近いような気がする。となると、全般的には両者は似てると言ってもいいんじゃないか。
幼生期が似てるという事は近縁種の証拠だと言っていいだろう。それが従来の分類学での見解だ。なのにDNA解析では近縁ではないと云う結果が出ている。こうゆう事があるから、DNA解析って信用できないんだよね。

 
                        おしまい

 
蛹について書き忘れたので追記しておく。

 
(ヒメシロシタバの蛹)

(出典『青森の蝶たち』)

 
と言っても、蛹について言及されているものは殆んど見つけられなかった。どうやらまだ野外では発見されていないようだ。
おそらく他の多くのカトカラと同じく食樹下の落葉の下で蛹化するものと思われる。

 
追伸
今回のタイトルは、今は亡き森田芳光監督の劇場版映画のデビュー作『の・ようなもの』がモチーフになっている。
1981年に公開された落語の世界を題材にしたコメディタッチの青春群像映画で、第3回ヨコハマ映画祭(1981年度)の日本映画ベストテン第1位、作品賞、新人監督賞を受賞している。
出演は秋吉久美子、伊藤克信、尾藤イサオ、麻生えりか、でんでん他。小堺一機、ラビット関根、室井滋、内海桂子・好江、三遊亭楽太郎、エド・はるみなどもチョイ役で出演している。他にも当時の落語関係者や日活ロマンポルノ関係者などが多数出演している。

公開時には観てなくて、東京にいた頃にTVの深夜映画で観た記憶がある。秋吉久美子のトルコ嬢エリザベスが、とてもキュートだった。この時代は、まだソープランドはトルコ風呂と呼ばれてたんだよね。🎵今日は吉原、堀之内〜。中洲、すすきの、ニューヨーク。思わず浅草を愛するビートたけしのタケちゃんマンの歌を口ずさんじゃったよ。
その後、トルコ青年がマスコミに涙ながらに国の恥だからやめてくれと訴えて、結局ソープランドに改称されたんだよなあ。

主人公の駆け出しの落語家が、好きになった女子高生のお父さんの前で一席演じるのだが、才能がないのを見透かされ、終電が終わった深夜の堀切駅から道中づけしながら浅草〜東京駅〜自宅を目指して朝まで歩くシーンはよく憶えている。ナゼかと云うと、自分も堀切菖蒲園駅に住んでいた彼女とケンカして、深夜に同じようなコースを歩いたからだ。
このシーンでは、今では現存しない建物と風景がフィルムに収められている。アサヒビール吾妻橋工場(現在はアサヒビールタワー、リバーピア吾妻橋。以下カッコ内は跡地)、森下仁丹の広告塔、国際劇場(浅草ビューホテル)、かつてのプロレスの聖地で、ジャイアント馬場とアントニオ猪木のデビュー戦が行われた台東区体育館(台東リバーサイドスポーツセンター)などの歴史ある建物だ。残念ながら、オラが歩いた頃には既に全部消えて無くなってたけどね。
関係ないけど、歩いた時に鮮明に憶えているのは金のウンコだ。

 
(アサヒビールタワーと金のウンコ)

(出典『江戸川スポーツ新聞社』)

 
スーパードライホールの上にある金色のウンコみたいなオブジェは、本当はフラムドール(金の炎)という名称で、アサヒビールの燃える心を象徴するとされる。オブジェが炎を表し、その下のホールは聖火台をイメージしたものらしい。
その形状から、みんな「うんこビル」と呼んでたけどね。他には「オタマジャクシ」「練り辛子」「クジラ」「オバケ」「筋斗雲」「黄金の精子」などとも呼ばれていたそうな。

尚、タイトルは三代目三遊亭金馬の十八番(おはこ)の演目「居酒屋」からの引用。

観ていないが、本作の35年後を描いた『の・ようなもの のようなもの』がある。
2011年12月の森田芳光監督の急逝から4年、森田組のスタッフ・キャストが再集結し『の・ようなもの』の35年後を描く本作が制作された(2016年公開)。
監督は『の・ようなもの』以降、助監督として森田作品を支え続け、本作で映画監督デビューした杉山泰一。脚本は、同じく森田作品の助監督を経て、前年『ショートホープ』で監督デビューを飾った堀口正樹。
出演は、主人公の志ん田役に森田芳光監督の遺作『僕達急行 A列車で行こう』の松山ケンイチ。志ん田を振り回しながらも優しく見守るヒロイン役に『間宮兄弟』の北川景子。前作と同じ役で伊藤克信、尾藤イサオ、でんでんらも出演している。また、森田作品ゆかりのキャストも数多く顔を出しているそうだ。

まさか蛾の文章のタイトルで、とうに忘れていた昔の映画や彼女との思い出と邂逅するとは想像だにしてなかったよ。
こういう気持ち、悪かない。

 
(註1)『世界のカトカラ』と『日本のCatocala』

ー『世界のカトカラ』ー

 
2011年にむし社から出版された世界的カトカラ研究者である石塚勝己さんの図鑑。全世界のカトカラの約85%が掲載されている。この図鑑をキッカケにキリガやヒトリガ等の蛾類の属や科単位の図鑑が出版されるようになった。

 
ー『日本のCatocala』ー

 
2010年に自費出版された日本のカトカラの生態について最も詳細に書かれてある図鑑。
発行後、新たにアマミキシタバがカトカラ属に加えられ、ワモンキシタバからキララキシタバが分離された。そしてマホロバキシタバの新発見もあった。他のカトカラも新たな知見があるだろうから、是非とも改訂版を出して戴きたい。無理っぽいけど、切に願う。今ならもっと売れるだろうし、廉価に出版する方法もあると思うんだけどなあ…。

 
(註2)昔から類縁関係にあることは示唆されていた
マメとエゾシロの外見はかなり違うのだが、昔から幼虫の形態と生態が似ていることが知られている。

 
【マメキシタバ Catocala duplicate】

(2019.8月 大阪府四條畷市)

 
【エゾシロシタバ Catocala dissimilis】

(2020.7月 長野県北安曇郡)

 
見た目はヒメシロやコシロに近いから、同じ系統かと思いきや、全然違うらしいんだよね。
この辺の事は拙ブログのマメキシタバの回の『侏儒の舞』か、エゾシロシタバの続編『dissimillisの謎を追え』と題した文章のどちらかに書いたような気がする。すまぬが気になる人はそっちを読んで下され。書いてなかったらゴメンなさい。追ってそのうち書きますから許してくんろ。

 
(註3)ハヤシミドリシジミ

(出典『日本産蝶類標準図鑑』)

 
シジミチョウ科に属するミドリシジミ(ゼフィルス)の仲間。日本での分布は北海道、本州、九州、佐渡島だが局所的。国外ではロシア南東部、朝鮮半島、中国東北部および中部〜西部に産する。暖地では6月下旬、寒地では7月中旬から見られ、夕刻に活動する。
幼虫の食樹はカシワ(ブナ科)。北海道と長野県では例外的にミズナラから発見された例がある。飼育の場合にはコナラ、アベマキ、ナラガシワ、ミズナラ、クヌギ、アラカシ(全てブナ科)が代用食となる。

 
ー参考文献ー

◆西尾規孝『日本のCatocala』
◆石塚勝己『世界のカトカラ』
◆岸田泰則『日本産蛾類標準図鑑Ⅱ』
◆江崎俤三『原色日本産蛾類図鑑』
◆長崎進『ヒメシロシタバの新産地』
◆白水隆『日本産蝶類標準図鑑』

(ネット)
◆『ギャラリー・カトカラ全集』カトカラ同好会
◆『みんなで作る日本産蛾類図鑑』
◆『Wikipedia』
◆『兵庫県カトカラ図鑑』きべりはむし
◆『青森の蝶たち』
◆『植物社会学ルルベデータベースに基づく植物分布図』
◆『庭木図鑑 植木ペディア』
◆『葉と枝による植物図鑑』
◆『旧植物生態研究室(波田研)』

 

2020’カトカラ3年生 其の参

 
   vol.26 ヒメシロシタバ 前編

 『天国から降ってきた小さな幸せ』

 
 2019年 8月2日

 

 
青春18切符の旅の二日目である。
大糸線に乗り、白馬駅で降りる。
駅前道路を車の往来がないからと赤信号で渡ったら、そこそこ離れていたポリ公が走ってきてメチャメチャ叱られた。信号無視でここまで声を荒げて叱られた事は無いんじゃないかと云うくらいの勢いだった。コチラが悪いんだから「はぁーい、ごめんなさーい。」と明るく言ったら、モノ凄い顔で睨まれたよ。
そういや渡った先にいたオバサンが「何もあそこまで怒らなくともいいのにねぇ。」と言ってくれたんだよね。
昔は長野県に良いイメージを持っていた。しかし蝶採りを始めるようになって頻繁に訪れるうちに段々嫌いなった。特に北部寄りを旅すると、しばしば腹立つことが多いのだ。たまたま会った人がそうなのかもしれないが、長野県人って、とかく真面目で冗談が通じない。心が狭小な人が多くて、すぐ怒るしさ。それに何か他所者(よそもの)を排除するような雰囲気を感じるのだ。勿論、いい人も沢山いるけどもね。
もしかしたら、自分にとっては食いもんが今イチで、蝶をすぐ採集禁止にするクセに環境の保全が疎かなのも心象を悪くしてるのかもしれない。

 

 
キャンプ場に泊まる。
ここでも嫌な気持ちにさせられたが、本旨とは関係ないので割愛する。

この日のメインターゲットは、まだ採ったことのないアズミキシタバだったが、同じく未採集のヒメシロシタバやノコメキシタバ、ハイモンキシタバもいるようなので、ついでに採れればいいなと思っていた。

 
【アズミキシタバ Catocala koreana】

(2020.7.26 長野県北安曇郡白馬村)

 
中でもヒメシロシタバは何とかなんじゃねぇかと思ってた。
なぜなら白馬村はカシワの木が多く、ハヤシミドリシジミの産地として知られているからである。ハヤシミドリとヒメシロの幼虫は同様にカシワを食樹としているので、ヒメシロも沢山いるだろうと読んだのである。

 
【ハヤシミドリシジミ】

(出典『日本産蝶類標準図鑑』)

 
糖蜜トラップを噴きつけたら、ソッコーでベニシタバが立て続けに飛んできた。エエ感じのスタートだ。
だが、さあこれからという段になって突然激しい雷雨がやって来て、チャンチャン(+_+)。撤退を余儀なくされ、テントの中でずっと雨だれの音を聞いていた。何だかなあ…。

そして、ようやく雨が上がったのは深夜近くの午後10時半だった。木の幹が雨でベチャベチャだし、糖蜜を噴きつけても流れてしまうので諦め、街灯回りすることにした。雨上がりには多くの蛾が飛来すると聞いた事があるからだ。それにアズミは糖蜜で採集されたという話を聞いた事がない。だから、むしろ灯火の方が採れる確率が高いかもしれないと考えたのだ。

歩き回って、何とか沢山の蛾が飛来してる灯火を見つけた。
しかしカトカラは1つもいない。周りにカシワの木も見受けられない。カシワ林が何処にあるか調べておくべきだったと後悔するも後の祭りだ。そもそも長野県くんだりまでハヤシミドリを採りに来た事などないのである。ハヤシくんは近畿地方には殆んどいないけど、中国地方には結構いるし、北海道の銭函では沢山見てる。ゆえに長野のハヤシになんて興味が湧かなかったのである。

だが午前0時を回ったところで力尽きた。いつしか雲はすっかり切れ、夜空には降るように星が瞬いていたからだ。それを恨めしく見上げる。灯火採集は晴天には向かない。条件が良いとされるのは月が隠れる曇りや霧、小雨の日だ。ただし晴れていても月の無い新月ならば好条件とされている。
実際、晴れた途端に虫たちの飛来が激減した。これじゃ粘っても多くは望めないだろう(註1)。昨日に引き続き討ち死に決定である。

 
 2019年 8月6日

旅は続いている。
その後、ヨシノキシタバ狙いで猿倉周辺まで行くが、又しても惨敗。大町市で何とかミヤマキシタバを、上田市でノコメとハイモンを仕留めてどうにか溜飲を下げた。そして意気揚々と松本まで帰って来た。

そして、再びカプセルホテルで英気を養う。

 

 
ずっとキャンプ場と野宿のテント生活が続いてて、身も心も疲弊していたから癒やされる。風呂って、日本人には絶対的に必要不可欠だよね。
ココは駅やスーパーからも近いし、何かと便利でオアシスだったよ。

翌日、リフレッシュして松本では有名らしい唐揚げ屋へ行く。

 

 
だがクソ不味かった。その事実を無理からに心の隅へと押しやり、余裕ブッかました体(てい)で安曇野市田沢へ向かう。
ここにカシワの木が結構あってヒメシロがいるらしい。ケンモンキシタバの記録もあるから、上手くいけば一石二鳥だ。両種とも樹液にも好んで集まるようだから、たとえ糖蜜が効かなくとも何とかなりそうだ。楽勝だろ。

しかし散々ぱら歩き回ったにも拘らず、カシワ林が見つからない。ケンモンの食樹であるハルニレも皆無だ。

そして、日が暮れた。

 

 
一応、糖蜜トラップをかけたが、キシタバが来ただけだった。まあ当たり前っちゃ当たり前の結果だ。近くにカシワの木が1本も無いのである。結局ポイントを見つけられなかったのだ。
ダメな時はダメだ。蝶採りの経験でダメな時はどう足掻いてもダメだと知っているのである。虫採りは常にフレキシブルな状況判断が求められる。ダメな場所で粘ったところで、時間と労力の無駄だ。さっさと諦めて転戦するのも虫屋の能力の一つだろう。逆に何としてでも粘るというのも、能力の一つなんだけどもね。但し、その場合は残るべきだという確固たる要因と己を信じる覚悟があっての話なんだけどもね。

だが、早々と8時半には心が折れた。粘る気力もなく、電車で松本に帰った。どう考えても採れる気がしなかったのである。バイオリズムがドン底なのだろう。この悪い流れの中でもミヤマ、ノコメ、ハイモンが採れたんだから、まだ頑張った方じゃないか。そう自分を慰めることくらいしか出来ない。

また居酒屋に入ろうかとも思ったが、どうもそんな気にはなれない。金払って怒るのが目に見えてる気がしたのだ。それくらい、この旅での流れは悪い。今日は大人しくスーパーで惣菜と酒を買って帰ることにした。

 

 
キリンラガーのロング缶2本と氷結レモン。
ヤケ男は(@_@)ベロ酔いする気、満々である。
ツマミは塩唐揚げ、ガーリックチキン、三種チーズのメンチカツ、ポテサラである。

ハッキリ言って、味はどって事ない。マズいとまでは言わないが、旨くもない。まあ予想通りなんだけどもね。
(´-﹏-`;)何だかなあ…。
ダメだぁ…。何もかんも上手くいかねぇ。ドッとテーブルに突っ伏す。この旅、何回目のテーブル突っ伏しだろう。半ば儀式化しつつある。
日程的には、まだ何日かは信州には居れるけど、この辺が潮時だ。もう大阪に帰ろう。ワニ眼で天井を見る。

閑話休題。
 
今にして思えば、まだこの時点でもヒメシロシタバを小物だと小馬鹿にしていたところがある。所詮、見てくれはコシロシタバと変わらんから、モチベーションが今一つ上がらなかったのだ。ゆえにさして固執せずに2日とも早々と諦めたのだろう。
それに、どうせそのうち何処かで序(つい)でに採れると思っていたフシがある。蝶や別のカトカラを採る時に併せて採れるんじゃないかと思ってたのさ。関西では兵庫県の北西部でしか採れないが、その先の中国地方で採れそうだし、長野県だったら本気になれば楽勝だと思ってたのだ。
だがその後、調べ進めるうちに結構珍しいことが段々と解ってきた。分布が思ってた以上に局所的なのだ。
そして極め付きは西尾規孝氏の『日本のCatocala』だった。
その中の稀度指数によれば、当時のカトカラ属全29種の中で、何とヒメシロは7位にランキングされているではないか。

 

(出典『日本のCatocala』)

 
1位がアズミキシタバ。希少度指数は338。
因みに、この希少度数はキシタバの出現メッシュ数339から当該種の出現メッシュ数を引き算した指数である。

以下、並べると次のようになっていた。

2位ヤクシマヒメキシタバ(331)
3位フシキキシタバ(312)
4位カバブキシタバ(311)
5位ナマリキシタバ(310)
6位ミヤマキシタバ(304)
7位ヒメシロシタバ(283)
8位ウスイロキシタバ(278)
8位ケンモンキシタバ(278)

強豪揃いの中での7位は大健闘だろう。ムラサキシタバやヨシノキシタバよりもランクは上なのだ。
ただし、出版年の2009年当時は、まだマホロバキシタバは発見されていなかったし、キララキシタバもワモンキシタバから分離されていなかった。またアマミキシタバもカトカラに組み込まれていなかった。これら分布域の狭い面々を加えれば、ランクは確実に3つ下がるだろう。
あっ、でも今やフシキキシタバ(註2)は普通種レベルに成り下がってる。と云うことは、ツーランクダウンの9位で済むか。

話は逸れるけど、フシキは2009年の時点ではまだ珍品の座に君臨してたんだね。このカトカラ集めが本格的に始まったのはフシキがキッカケだったから何だか複雑な気持ちだよ。たった三年前の話だけど、初めて見た時にフシキは珍しいと教えてもらったし、美しかったからカトカラを集める気になったのだ。
今や見ても何とも思わないが、冷静に見ればフシキはキシタバ類の中でもトップクラスに美しい。なおかつ珍品となれば、心躍る存在だったに違いない。今もそうなら良かったのにと云う気持ちがあるのだ。でも同時に今のように増えてなかったとしたら、そもそもカトカラ集めなんてしていなかった可能性が高い。だから複雑ってワケ。愛ある種類は沢山あった方がいい。

それはさておき、この希少度指数に疑問が無いワケではない。
ウスイロ、ケンモン(278)の後は、以下のような順になっている。

ノコメキシタバ(266)
ヨシノキシタバ(254)
クロシオキシタバ(253)
エゾベニシタバ、コシロシタバ(248)
ハイモンキシタバ(247)
アミメキシタバ(242)
アサマキシタバ(239)
オオシロシタバ(222)
ムラサキシタバ(219)
シロシタバ、ジョナスキシタバ(176)
コガタキシタバ(166)
ワモンキシタバ(160)
マメキシタバ(151)
ベニシタバ(134)
ゴマシオキシタバ(118)
オニベニシタバ(96)
エゾシロシタバ(93)
キシタバ(1)

今にして思えば、これを見てきっとハイモンよりもノコメの方が珍しいと思い込んだんだろうね。でも図鑑等ではノコメよりもハイモンの方が珍しいというのが定説だ。お陰様で、やらかしちまったもんなあ…。ハイモンの方が珍しいと知ってれば、あんなに苦労しなかったのにと思うよ。
希少と言われるムラサキシタバのランクが低いのもアレレ❓と思った。ベニシタバも思いの外に低い。逆にコシロシタバのランクが意外にも高かったりする。
まあ、こうゆうのは東日本に住んでる人と西日本に住んでる人とでは、その稀少度の印象が異なる可能性はあるんだろうけどもね。

 
 
 2020年 7月26日

2020年は何処でヒメシロが採れるかを朧げながらも考えてはいた。しかし、ターゲットの優先順位は下だったから、何かの序でに採れればいいと云う気持ちのままだった。
でも同時にヒメシロなんかが残るのは嫌だなあとも思ってた。最後に残りでもしたら、全然モチベーションが上がらないのは目に見えてる。こうゆうのは、コンプリートが近づくに連れて盛り上がらねば面白くない。

この日は小太郎くんとアズミ狙いで長野県白馬に入った。去年のリベンジである。けれど頭の中はアズミの事で一杯だった。ヒメシロもいるから考えでもなかったが、それも出発前までの事で、現地に着いた時は完全にその存在を忘れてた。

何とかアズミキシタバは採れた。

 

 
結局、ヒメシロは一つも飛んで来なかった。
しかし、それに気づいたのは家に帰ってからだ。申し訳ないけど、姫に対しての想いはその程度なのだ。だって、お姫様にしては地味なんだもーん(・o・)

 
 2020年 8月9日

前日、やっとの事で念願のナマリキシタバ(註3)を採り、この日は朝から小太郎くんとオオゴマシジミを採りに行った。

 
【オオゴマシジミ】

 
午後には奈川村へ行き、これまた久し振りのゴマシジミとの御対面。御対面と書いたのは、奈川村はゴマちゃんが採集禁止だからである。と云うワケで写真だけ撮った。

 
【ゴマシジミ】

 
そこから松本市の某温泉へ行くか木曽町に行くか迷ったが、木曽町を選択。小太郎くんは某温泉方面に行きたそうだったけど「どっちでもいいですよ。」と言うので遠慮なく木曽町をグイと選ばせて戴いた。なぜなら、勘がソチラを指し示していたからだ。自分は自分の勘に絶対的な自信を持っている。だから、たいした実力も無いのに何処でもいい虫が採れてしまう。引きが強いと言われるのは、そうゆう事なのである。

あとは小太郎くんに未採集のミヤマキシタバを採ってもらいたいと云う気持ちもあった。アズミキシタバとナマリキシタバは小太郎くんのライトトラップのお陰で採れたようなものだ。だから、お返しの気持ちもあった。もっとも小太郎くんはヤンコウスキーキリガの方が欲しかったようだ。コッチじゃなくてアッチに行きたかったのだ。それは後で分かるんだけどもね。

木曽町には夕方4時前に着いた。
で、有名なアイスクリーム屋でソフトクリーム食って、ヤマキチョウとツマジロウラジャノメのポイントの様子を見てから灯火採集が出来そうな場所を探した。
そして、とある場所へと辿り着いた。地名を何かの文献で見たような気がしたのだ。

 

 
やがて夕日は声も無く山並みの向こうへと沈んで行った。
そして今宵も虫たちの夜会が始まる。

午後7時20分、点灯。

 

 
点灯後、暫くしてワサワサと色んなものが飛んで来た。
けど、カトカラはキシタバにエゾシロ、オニベニ、ワモン、ゴマシオetc…と普通種ばかりだった。それでも楽しい。たとえ枯れ木も山の賑わいだったとしても、何も飛んで来ないよりかは百倍マシだ。何かと気が紛れるのである。甲虫なんかは初めて見る奴もいるので、飽きないのだ。

姫との邂逅は唐突だった。
灯火採集が始まって中盤の午後9時45分。背後で小太郎くんの呼ぶ声がした。

五十嵐さぁ〜ん、コレ、ヒメシロですよ。

小太郎くんは1週間ほど前に甲信越のどっかでヒメシロを採っているから、すぐに気づいたようだ。

(・o・)えっ、マジ❓

言われて初めて気づいた。ソイツはさっき見たけど、どうせエゾシロシタバだと思ってスルーしていた奴である。それに、この日のターゲットはミヤマキシタバだったから、頭の中にヒメシロの存在が全く無かった。
いや、全くではない。夕刻にライトトラップを設置する前に小太郎くんが「あっ、こんなとこにもカシワが生えてますよー。もしかしたらヒメシロも居るかもしれませんね。」とは言っていたのである。
勿論、カシワはヒメシロの幼虫の食樹だとは知ってはいた。しかし此処は1300mを超える山の中である。カシワといえば低山地や草原に生える木というイメージがあったから、たまたま生えてるだけだと思ったのだ。ゆえに言われても、そっちまで木を確認にさえ行かなかった。こんな山の上に沢山生えているワケなかろうから、ヒメシロなんておるワケないやろと頭から可能性をソッコー消したのである。

さして緊張することも無く、上から毒瓶を被せる。

 

 
何か、呆気ない形で採ってしまった。
こうゆうのを棚から牡丹餅、「たなぼた」と言うのじゃろう。冥加と言ってもいいかもしれない。

そして、手のひらに乗せて漸く気づく。自分の中で勝手に上翅はコシロシタバと殆んど同じで、下翅を見ないと区別できないものとばかり思ってた。しかし、よく見ると翅の質感がコシロとは異なる。色が少し茶色っぽいし、柄にややメリハリがある気がする。百聞は一見に如かずとは、この事だね。図鑑だけ見ててもワカラナイこともあるのだ。

写真を撮っていたら、小太郎くんが気を利かせてピンセットで上翅を上げてくれた。優しい奴である。

 

 
(☆▽☆)おー、まごう事なきヒメシロシタバじゃよ。
ここで、やっと採ったという実感がジワジワと湧いてきた。
バカにしてたけど、実物は意外と美しい。コシロよりも何処となく上品な感じがする。小振りで愛らしさもあるから、これなら姫と呼んでもいいかもしんない。黒き姫様だね。
でも待てよ。黒い姫って、どう考えてもイメージ悪いよなあ。普通に考えれば、主人公を窮地に陥れる悪キャラでしょうよ。ならば、黒き夜叉姫ではどうじゃ❓夜叉は鬼のイメージもあるけど、そもそも守護神だからね。

とにかく、これで正直ホッとした。心の隅ではヒメシロだけを探しに行くのは邪魔クセーなと思ってたからね。ラッキーだったよ。
これで懸案事項が又一つ片付いた。喜ばしいことだ。去年の「惨敗街道、絶讃!驀進中\(◎o◎)/=3」とは大違いだ。今年の長野遠征は連戦連勝のラッキー街道邁進中やんけ。ラッキー街道と書いたのは、たまたまラッキーが重なっただけで、何れも首の皮一枚みたいなところがあったからだ。どこかで選択を間違っていれば、惨敗の可能性も充分あったのである。

その後、立て続けに姫は飛んで来た。
で、前翅が違う感じのも採れた。

 

 
白斑がさっきのものよりも発達している。
前翅は変化に富むようだ。但し、微妙な変化みたいだけど。

裏返し写真も撮った。

 

 
腹先に縦にスリットが入ってるから♀だね。
見た目はコシロシタバと殆んど変わらない。違うと云えば、大きさくらいだろうか。ヒメシロの方が小さいし、胴体が細い感じがする。コシロの方がゴツいのだ。

この日は絶好調だった。その後もアホほど虫が飛んで来た。
カトカラは全部で15種類も飛んで来たもんなあ…。そして、まさかのヤンコウスキーキリガさんまでもいらっしゃった。

 
【ヤンコウスキーキリガ Xanthocosmia jankowskii】

 
渋くてエキゾチックな魅力がある。蛾好きの間で評価が高いのも頷ける。小太郎くんのテンションもバーンと上がったしさ。

昔は街灯に群れ飛んでいる蛾を見て、背中が死ぬほど凍りついたものだが、今や蛾の乱舞に心が躍っている自分がいる。
隔世の感である。人生、どこでどうなるかはワカランものだ。

 
                       おしまい

 
参考までに展翅画像と、ヒメシロとの比較のためにコシロシタバの画像も貼っ付けておきます。

 
【ヒメシロシタバ Catocala nagioides ♂】

 
【同♀】

 
♂の尻先は毛が多くて筆状になるが、♀は毛が少ない。

 
【コシロシタバ Catocala actaea】

 
裏面は前翅の先端にヒメシロは白紋が入るが、コシロには無いので判別可能です。

 
【展翅画像♂】

 
【同♀】

 
次回の解説編で詳しく書くが、慣れれば後翅の白紋と前翅の色、大きさで大体の判別はつく。

 
追伸
この文章も各種の話と通底している。2019年の惨敗を基点とするならば、ベニシタバ(『紅、燃ゆる』)、アズミキシタバ(『白馬、わちゃわちゃ狂騒曲』)、ミヤマキシタバ(『突っ伏しDiary』)、ハイモンキシタバ(『銀灰の蹉跌』)、ノコメキシタバ(『ギザギザハートの子守唄』)、ワモンキシタバ(『アリストテレスの誤謬』)、ナマリキシタバ(『汝、空想の翼で駆け、現実の山野にゆかん』)の話とも繋がってる。また2020年に繋がる話としては、ミヤマキシタバ(『真夜中の訪問者』)、ナマリキシタバ(『雷神降臨』)がある。そして、多分この先に登場する予定のカトカラとも繋がる事になろう。
散々な旅だったが、今にして思えば、後に繋がる重要な旅でもあったワケだ。諦めなければ、意味のない事なんてない。

実を云うと小タイトルは二転三転、四転五転している。
最初に付けたのは『たなぼたナギオイデス』だった。棚からボタ餅でナギオイデス(ヒメシロシタバ)が採集できたからだ。
でも、内容が読めて凡庸かなと思って『ペニーズ・フロム・ヘヴン』に変えた。何か映画のタイトルっぽくてカッケーかなと思ったのだ。これは棚ボタの英語版で、意味は同じである。
英語で書くと、Pennies from heaven. 単数形の”penny”はアメリカでは1セント硬貨の事だから、訳すと「天国から降ってきた小さな幸せ」という感じかな。
余談だが、ビング・クロスビーやビリー・ホリデイに同じ題名の有名な曲がある。
しかし、コレでも賢い人ならオチが簡単に解ってしまう。もうひと捻り欲しいところだ。なワケで、記事アップ直前に更なる改題をし、『冥加の黒き夜叉姫』とした。
「冥加」は棚ボタの替わりに思いついた言葉で「気づかないうちに授かっている神仏の加護、恩恵。思いがけない幸せ」といった意味がある。
さらに「棚から牡丹餅」の牡丹から日光の輪王寺大猷院の「牡丹門」を思い出した。この門は牡丹の花が多く装飾されていることから別名「牡丹門」とも呼ばれているのだ。

  

(出典『とちぎ旅ネット』)

 

(出典『下野新聞SOON』)

 
別名と書いたのは、正式名称が「夜叉門」だからだ。
寺は3代将軍・徳川家光の霊廟で、夜叉門の名の由来は四夜叉が安置されていることからという。
「夜叉」の発祥はインド神話で、男性はヤクシャ、女性はヤクシニーと呼ばれる。神話の中では、残虐かつ暴力的な悪鬼であったが、仏教に取り入れられて仏法や宝物を守護し、人々に恩恵を与える鬼神、守護神となった。日本では梵語の「yakṣa」が音写されて「夜叉」となったとされる。毘沙門天の眷族(けんぞく)とされ、八部衆の一人にも数えられている。
多くは鬼の形相で、刀などの武器を携えて描かれる。創作の分野においては、妖怪の一種として描かれたり、練達の戦士への称号として夜叉の名が付されたりもする。漫画、アニメ、ゲームの世界では、夜叉そのものよりも、その名を付された創作上の人物に宛がわれることが多い。
と云うワケで、さらに夜叉と高橋留美子の漫画『犬夜叉』とが繋がった。そして、その登場人物であるノミ爺さん「冥加」と繋がった。嘘みたいな円環である。一周回っとるやないけー。

 

(出典『如月まこのブログ「つきりんワールド。」!』)

 
また冥加は、その続編の『半妖の夜叉姫』にも登場する。
そう、姫とも繋がったのである。そして「黒き夜叉姫」は、あの名作漫画『北斗の拳』の登場人物「黒夜叉」ともリンクするのだ。

 

(出典『北斗西斗』)

 
冥加と黒夜叉は、どちらも言ってしまえば主人公を守る役割を担っている。つまり守護神なのだ。
たかだかタイトルを変更しただけで、エラい大袈裟な話になってまっただな(笑)。
でもこのタイトル、どこかシックリこない。また改題してしまうかもしれない。
と書いた15分後には『夜叉姫の冥加』に変えていた。コレとて満足したワケではないけれど、もういいや…。
そしてそして、何と最後の校正で『天国から降ってきた小さな幸せ』というメルヘンチックなタイトルになってまっただよ。もういいや…。

 
(註1)これじゃ粘っても多くは望めないだろう
後で知るのだが、この日は実を云うと新月であった。つまり、たとえ晴れていたとしても絶好の灯火採集日和だったワケだ。だから早々と諦める必要は無かったのである。午前0時前後から1〜2時間は蛾の飛来のゴールデンタイムとも言われているからね。もう少し粘っていたら、結果は違っていたかもしれない。この辺が、オイラの致命的に抜けてるところである。
まあ、この旅での流れは最悪だったから、同じ結果だったとは思うけどね。

 
(註2)フシキキシタバ

【Catocala separans】

 
フシキキシタバについては、2018’カトカラ元年シリーズの連載に『不思議のフシキくん』『ダミアンの闇』『不思議なんて無い』と題して三編の文章を書いた。第1話は、この一連のカトカラ話の最初の物語だ。よろしければ読んでつかあさい。

 
(註3)ナマリキシタバ

【Catocala columbina】

 
カトカラ屈指の美しい前翅を持ち、なお且つ屈指の稀種。
拙ブログに『汝、空想の翼で駆け、現実の山野にゆかん』『雷神降臨』『嘆きのコロンビーナ』の三編がある。