2018′ カトカラ元年 其の九

 
 vol.9 クロシオキシタバ

   『落武者源平合戦』

  
2018年 7月23日。

次のターゲットはアミメキシタバだったが、何だかんだと用事があったので行く暇がなかった。
それでクロシオキシタバも抱き合わせで採れる場所を探した。で、候補に上がったのが両方の記録のある明石城跡公園だった。ここは明石にフツーに遊びに行った折りに何度か訪れているし、駅からも近い。何せプラットホームから丸見えなのさ。山登りもしなくて済むし、楽勝じゃん。
それに明石といえば魚の棚商店街があるから、昼網の新鮮な魚介類が堪能てきるし、名物の明石焼きだってある。夕方早めに行って、寿司か明石焼きを食ってから採りに行く事だって可能だ。或いはトットと採ってソッコー切り上げて、ゆっくりと酒飲みながら旨いもん食うと云う手も有りだ。
あっ、( ̄∇ ̄)それがいいわ。と云うワケで飯食うのは後回しにして、先に下見をすることにした。

探すと、結構樹液が出ている木がある。
カナブンや見たことがないハナムグリが群れている。
下調べの段階で知ったが、コヤツがキョウトアオハナムグリって奴だね。

 
【キョウトアオハナムグリ♂】
(出典『フォト蔵』)

 
このハナムグリは結構珍しい種みたいなんだけど、この明石公園に多産することが分かってからは価値が激落ちしたようだ。記念に1頭だけ採って、あとは無視する。

クロシオの幼虫の食樹であるウバメガシはあまりない。しかし、大木があった。常緑カシ類はどれも似たようなものばかりで区別が苦手だけど、コヤツは簡単にわかる。なぜなら、この木は葉が硬くて生垣によく使われるからそれなりに見慣れている。それに樹肌がお婆ちゃんみたいなのだ。漢字で書くと姥目樫。ようするに老女に見立てている。老女のようなシワシワの木肌だもんね。但し、ウバメガシの新芽、あるいは若葉が茶色いことからきているとする説もある。

櫓の向こうに夕陽が落ちてゆく。

 

 
余談だが、明石城は江戸幕府2代将軍徳川秀忠の命で小笠原忠真が元和5年(1619)に築城したとされる。
因みに天守閣は無い。焼失したとかそういう事ではなくて、最初から無いのだ。勿体ない。
理由は諸説あるが、ここでは書かない。こんな初めの方から大脱線するワケにはいかないのだ。

 

 
夕陽を見送り、いよいよ戦闘体制に入る。
しっかし、ちとやりにくい。けっこうイチャイチャ💕カップルがいて、ベンチの大半を占拠しておるのだ。ベンチの近くに樹液の出ている木もあるから正直気が引ける。それに何度も行ったり来たりしていたら、確実に怪しい人だと思われるだろう。で、そこで網なんか出しでもしたら、益々アンタ何者なんだ?ということになるに決まってんである。

で、そわそわマインドで探し回ったけど、結局飛んで来たカトカラはクソただキシタバのパタラ(C.patala)のみだった。
暇ゆえ、カップルへの意趣返しにカブトムシの交尾にちょっかいをかけてた。
(*`Д´)ノアンタたちー、ここで乳繰り合うのは許しませぬぞ❗

  

 
葉っぱ付きの枝でコチョコチョしたり邪魔して遊んでたら、あっちゅー間にタイムアップ。
結局、寿司も明石焼きも御預けになってしまい、終電で帰った。しょっぱいわ(;つД`)
やはり楽しちゃダメって事だね。イージーに採ろうとしたので、きっと神様にお灸をすえられたのだろう。

 
8月1日。

この日は須磨方面へ行くことにした。
考えた揚げ句、関西でウバメガシが一番多いところをネットで探すことにした。それが須磨周辺だった。
ウバメガシが一番多い場所も特定できたし、地図も手に入れた。準備万端だ。これを電撃⚡黒潮作戦と名付けよう。ここで採れなきゃ神様の胸ぐらを掴んでやるわい(*`Д´)ノ❗❗

海が見える。

 

 
長い間、海を見ていなかった気がする。
やっぱ海はいい。何だかホッとする。

歩きながら、ここへは一度来たことがあるのを思い出した。何年か前、プーさんにウラキンシジミ(註1)の採集に連れて来られたのだった。
しかし、結局1頭も見ずじまいだった。失意のままキツい傾斜を下りたんだよなあ…。須磨は大阪から案外遠いから、時間も電車賃も割合かかるし、徒労感はかなりあった記憶がある。
あの坂を上がるのかあ…。ウンザリだよ。それに此処はそんなワケだから鬼門かもしれない。ナゼか相性の悪い場所ってのはあるのだ。
もしも採れなかったら、神様の胸ぐらを掴むだけじゃすまない。そのまま、(#`皿´)オラオラオラー、テメエどうしてくれんだよーと激しく揺すって揺すぶって、揺すりたおしてやるよ。

15分ほどアスファルトの道を登ると、ウバメガシがチラホラ散見できるようになった。生息地は近い。
で、本格的な登山道に入ったと思ったら、いきなり深いウバメガシ林になった。(;・ω・)えっ、もう❓ これなら当たりをつけていた遠い尾根まで行かなくとも済むかもしんない。
と思ってたら、何かが慌てたように目の前を飛んで逃げた。間違いなく蛾だ。しかもカトカラっぽい。クロシオ❓ やがて、7~8m飛んで木の幹に止まった。
⤴テンションが上がる。ザックからネットと竿を取り出し、迅速に組み立てる。時刻はまだ4時半。明るいうちに採れれば、気分はグッと楽になる。トットと終らせようぜ、イガちゃん。んでもって、三宮辺りで旨いもんでも食おう。

慎重に距離を詰め、止まった辺りを凝視する。
いたっ❗かなり大きい。えっ、もしかして糞パタラ❓でも横向きだし、種を特定できない。けれど、ここはウバメガシ林だ。パタラよりもクロシオの可能性の方が高い。とにかく採ろう。採らなきゃワカランわい。
一歩踏み出し、網を振ろうとした時だった。
( ̄□||||❗❗ゲッ、また飛んだ❗(|| ゜Д゜)あちゃー、何たる敏感さ。慌てて後を追いかける。
しか~し、ガビ━━━ Σ( ̄ロ ̄lll) ━━━ン。森の奥へと消えて行った。
( ̄0 ̄;マジかよ…。やはり此処は鬼門なのか…。
己に言い聞かす。まだ4時半だ、時間はたっぷりある。チャンスはまだまだある筈だ。メゲずにいこうぜ。

暫く進むと、両側が石垣の道になった。そこを歩いていると、左側からいきなり何かが飛んだ。咄嗟にヒュン💥電光石火で網を振った。
手には、入ったと云う確信がある。
覗くと、おった( ☆∀☆)
いえ~d=(^o^)=b~い。運動神経と反射神経がよくて良かったー。

 

 
一見、パタラに似ているが、やや小さい。上翅の柄もパタラとは違うような気がする。それに何よりも色が違う。パタラは緑か茶色っぽいが、コイツは青っぽいのだ。おそらく、コヤツで間違いないだろう。キミがクロシオキシタバくんだね。

ホッとする。1頭でも採れれば、人には一応採ったと言える。その事実さえあれば、最低限のプライドは保たれる。嵌まりかけているとはいえ、いくら蛾の世界では人気があろうと、所詮は蛾風情だ、そうそう連敗するワケにはいかぬ。

さてとぉ~、この先どうすべっか…。
まだ午後4時40分なのだ。日没にはまだまだある。ここにいることはハッキリわかったのだから、この場所で張ってても問題ないだろう。駅にも比較的近いし、帰りも楽だ。でも、あと2時間以上も此処にいるのは精神的にキツい。時間を潰すのが大変だ。それに、動きたい、他にもポイントを見つけたいという生来の性格が此処にとどまることを許さない。だいち樹液の出ている木をまだ見つけていない。となると、闇の中での空中戦になる。それでは満足な数が採れる確率は低かろう。とにかく時間はまだたっぷりある。最初に地図で当たりをつけていた場所まで様子を見に行こう。その途上で樹液の出ている木も見つかるかもしんないし、他にも有望なポイントが見つかるかもしれない。ダメなら、戻ってくればいいだけの事だ。

山頂に向かって歩き始める。斜度は思っていたとおりキツい。あっという間に汗ビッショリになる。でも時折、心地好い海風が吹き、悪くない気分だ。

山頂にもウバメガシの木は沢山あった。でも次のクロシオが目っけらんない。樹液の出てる木も見つからん。
さらに尾根づたいに歩いてゆく。しかし、段々ウバメガシの木が減ってきた。相変わらず樹液の出ている木も見つからない。
道はさっきから下り坂になっている。それなりに傾斜はキツい。これを登り返すのかと思ったら、ゲンナリしてきた。

目指す森まであと3分の1というところで考えた。
帰りのことを考えれば、その森から駅まで戻るのは大変だ。登り返しだし、そのあと今度はキツい下り坂が待っている。時間的ロスもかなりあるだろう。さっきの場所ならば、その心配はない。でもこのまま目的地まで進めば、引き返す時には途中で日没になっている公算が高い。夜道を急いで戻るのは得策ではないし、何らかのトラブルを起こす確率も間違いなく上がるだろう。引き返すならば、今だ。それに道はどんどん狭まってきている。いわゆる痩せ尾根だ。

 

 
そういえば、この辺りが源平合戦で有名なところだったな。あの源義経が大活躍した一ノ谷の戦いは、この麓で行われたのだ。そして、この今いる場所から急峻な斜面を馬で駈け下りるという大奇襲作戦が勝負を決した。あの有名な、世にいう「鵯(ひよどり)越えの逆(さか)落とし」という奴である。平家は有り得ないと思っていた背後からの奇襲に大パニック、そのまま総崩れ、敗走を余儀なくされたのだった。

本当にこんな急斜面を馬で駈け下りたのだろうか❓俄かには信じ難い。絶対、ハナシ盛ってんな。
そういえば昔、TVで本当にそんな作戦が可能だったのかを検証すると云う番組があったな。ここと同じ斜度の別な場所で実験してた。たぶんサラブレッドではなく、ちゃんとその時代の馬に近い丈の低い種類の馬まで用意して実験は行われていた。
結果は途中棄権。確か限りなくアウトに近いものだったと思う。乗馬では無理で、実際は馬を牽いて下りたのではないかとも言ってたっけ…。
そんなことを思い出してたら、突然、心の中を恐怖が擦過した。もしかしたら、平家の亡霊に谷底に引き摺り込まれるやもしれぬ。o(T□T)o落武者じゃあ~。怖いよぉ~。落武者に山中で追いかけ回される映像が瞼の裏に浮かんだ。怖すぎだろ、ソレ。アメユジュトテチテケンジャア~(T△T)(註2)
んでもって、痩せ尾根から足を踏み外し、斜面を止めどなく転がってゆくのだ。最低でも骨折、打ち所が悪けりゃ、あの世ゆきだ。
あっ、でもウチの御先祖は平家だ。それはないでしょうよ。仲間じゃん。でもそんなこと言ったって、片目から目ん玉がドロリと落ちかけた落武者に必死コイて説明、懇願したところで聞いてくれる保証はどこにも無いよね。(ノ_・。)グスン。
そのうち源氏の亡霊どもも続々と現れて、合戦が始まるやもしれぬ。夜な夜な此処ではそんな事が行われてたりして…。そうなったら、もう阿鼻叫喚だ。木の根元で縮こまって震えてるしかない。
それに、落武者は扨ておき、もしも懐中電灯が途中で切れたなら、危険過ぎてその場から動けなくなる。膝小僧を抱いてシクシク泣きながら夜が明けるのを待つしかあるまい。そうなると、落武者以外にも魑魅魍魎がお出ましになるやもしれぬ。いや、ゼッテーおどろおどろしい色んなのが大挙して押し寄せて来るに決まってるんである。やっぱ予備の懐中電灯とか電池は持っとくべきだなあ…。性格なんだろうけど、その辺がいい加減というかユルい。

でも、足は意に反して前へ前へと出る。もしかしたら、何か得体の知れない者に誘(いざな)われているのやもしれぬ…。
冷静になろう。単に性格的に途中で中途半端に引き返すのがイヤなだけなのかもしれん。今まで歩いた分が勿体ないじゃないか❗と云うワケだ。しかし、理由が自分でもどっちがどっちなんだかワカンナクなってくる。( ̄~ ̄;)も~。

目的地が近くなってくると、またウバメガシが増え始めてきた。やがてウバメガシの純林とも言える状態になった。こりゃ、アホほどいるじゃろう。ここを目指したのは正解かもしんない。そう思って歩いてたら、老木にペタペタと何かが付いているのが目に入った。

 

 
あっ、カナブンやんか❗
ということは、樹液が出ているということだ。よく見ると何ヵ所かから樹液が出ている。
Ψ( ̄∇ ̄)Ψフフフ…、賭けに勝ったな。もし此処に飛んで来ないなら、この森にはいないと云う事になる。しかし、これだけ大規模なウバメガシ林にいないなんて有り得ないだろう。それこそ七不思議の落武者の呪いだ。

もう一度樹液の出ている場所を丹念に確認してゆくと、木肌の或る箇所に違和感を覚えた。あらま、木と同化して、既にカトカラくんらしきものが下翅を閉じて止まっているではないか。何だろう❓大きさ的にはフシキとかコガタキシタバくらいの大きさだ。いや、もっと小振りか…。しかも上翅の感じはそれらとは違うような気がする。何かもっと茶色っぽい。とはいえ、下翅は見えないからカトカラじゃない可能性だってある。下翅が小汚い糞ヤガどもも上翅は似たような感じなのだ。
悪いクセだ。グダグダ思い煩う前にさっさと採ろう。

網でドツいて、難なくゲット。

 

 
あっ❗、コレってもしかしてアミメキシタバじゃね❓
また新しく1種増えた。らっき~(^o^)v
そっかあ…、アミメは幼虫の食性の幅が確か広かった筈だ。おそらくウバメガシも食樹になっているのだろう。よし、ならばここに居座ることは、もう決定だな。

夕暮れになっても歩いている人がちょこちょこいる。
さすが六甲だ。住宅街のすぐ上が山なのだ。住民が手軽に来れるというワケだ。
そこで考えた。それだけ登山者が多いと云うことは道も多い筈だ。正直、帰りはもう一回来た道を戻るのはしんどい。所要時間もそれなりにかかるだろう。ならば、この周辺から下へ下りられないか?その方が登りもないし、時間の短縮にもなるだろう。そこで訊いてみることにした。
人の良さそうなオジサンに声を掛ける。そのオジサンによると、一ノ谷を下りる道があるという。分岐も此処から近いそうだ。
でも歩いたことのない道だ。しかも、ましてや夜である。道に迷う可能性は大いにある。下手したら、やっぱりその場で膝小僧を抱いてシクシク泣きながら、夜明けを待つことになりかねない。当然、落武者と魑魅魍魎どもとも戦わねばなるまい。賭けではある。
よっしゃ、決めた。一ノ谷を下りよう。鵯越えの逆落としを義経張りに鬼神の如く勇猛果敢に下ってみせよう。あっ俺、平家だけどいいのか(・。・;❓
まっ、いっか。細かいことは、この際忘れよう。

やがて、闇が訪れた。

 

 
撮影事故ではござんせん。
ライト💡オーフ。試しに懐中電灯を消してみたら、一瞬にして目の前がマジで黒一色の世界になったのだ。エコエコアザラク、エコエコザメラク。
たぶんウバメガシ林が密過ぎて、街の灯が全く届かないから真っ暗けなのだ。京都以来のホラーな漆黒の闇、再びである。
まあ、ここは熊はいないだろうから惨殺されることはないゆえ、あの時ほどの恐怖は無いんだけどさ。
と思った次の瞬間には思い出していた。確かに此処には熊はいないけれど、イノシシがワンサカいるのだ。六甲といえばイノシシというのは有名だ。毎年、人がイノシシに襲われる事件が頻発しているのだ。住宅街にだってウロウロしているくらいなのさ。クソッ、落武者に魑魅魍魎、それにリアル猪かよ。ったくよー(# ̄З ̄)

日没後、すぐにカトカラがワンサカ集まって来た。
作戦的中。ざまー見さらせである。取り敢えずアミメをジャンジャン採る。時期的に最盛期を越えた感じなので、翅が欠けていたり擦れている奴が多い。ゆえに鮮度の良い奴の確保を優先したのだ。
パタラも多数飛来してきた。ウザい。ほんま、オマエら何処にでもおるのぉー(# ̄З ̄)
にしても、パタラの幼虫の食樹はフジなどのマメ科だ。なのに、こんなウバメガシしかないところにもいるんだね。あっ、でも翅がある生き物だもんね。樹液が出てりゃ、余裕で麓から飛んで来るわな。
ここで段々、疑問が芽生えてきた。夕方にクロシオだと思って採った奴は、もしかしたらパタラ、ただのキシタバなんじゃねえか❓それで今一所懸命に採ってるのがアミメではなくて、クロシオなんじゃねえの❓
そもそもクロシオって、そんなに大きかったっけ❓ 付け焼き刃の知識には、そんなことインプットされてないぞ。えー、(ToT)どっちなんだよー。頭の中がこんがらがってグチャグチャになる。この辺がカトカラ1年生のダメなところである。知識と経験値がショボい。
今にして思えば、これが落武者の呪いというか、落武者の悪戯だった。

混乱したままタイムリミットが来た。
急いで尾根を少し戻り、一ノ谷へと下る道に入る。いよいよ鵯越えの逆落としだ。果敢に攻めて、見事下りきってやろうではないか。
しかし、あまり使われていない道のようで、かなり荒れている。おまけに細い。泣く子も黙る更なる超真っ暗闇の中、思考は世話しなく動く。あらゆる物事に対して神経を研ぎ澄ます。闇では己の五感が頼りだ。
やがて崖崩れで道が寸断しかかっている所に出た。
ステップは足幅一つ分である。それが6、7mくらいは続いている。咄嗟に下を見る。真っ暗な崖底が不気味に口を開けている。
どうする❓リスクを冒してそのまま突っ切るか、それとも引き返すべきか…。だが、迷っている時間はない。えーい(*`Д´)ノ、行ったれー❗源氏ではないが、武士の血が流れている男だ。ここで引き下がるワケにはゆかぬ。
慎重に足を置き、バランスを崩さぬよう一気に崖崩れ地帯を渡る。
セーフ❗そのままの勢いで足早に駈け下ってゆく。

その後も所々寸断しかかってる急峻な坂道を慎重且つ大胆に駈ける。いやはや、流石のキツい傾斜だ。闇夜を一人歩くのはスリル満点っす。
分岐と枝道が多く、途中何度かロストしかけた。だがその都度、野生の勘と抜群の方向感覚で何とか乗り切る。

駅に着いた時には汗だくだった。
安堵感がジワリと広がる。無事に間に合った事だけでなく、闇の恐怖やミッションに対するプレッシャーから解放されて、ドッと体の力が抜けたよ。

翌日、展翅しようとして、愕然とする。
アミメはそこそこの個体数を採っているのに、クロシオは、たったの1頭しかなかったのだ。そう、夕方に最初に採った奴だけである。(@_@;)アチャー、やってもた~。パタラと思って無視していた奴、あれがようするにクロシオだったのである。カトカラ1年生、大ボーンベッドである。

それが、この1頭である。

 
【クロシオキシタバ Catocala kuangtungensis】

 
たぶん♂だね。
カトカラ1年生、やっぱり酷い展翅だな。上翅を上げ過ぎてしまっている。

「1頭でも採れたからいいじゃないか。そもそもアンタ、蝶屋でしょ?蛾なんだし、カトカラも所詮はヒマつぶしで採ってんでしょ?そこまで頑張ることないやん」と心の中でもう一人の自分が囁く。
確かにそうかもしれない。でも、このままでは引き下がれない。己のアホさをこのまま捨て置きはできぬ。そんなもんはプライドが許さないのだ。リベンジしてこその自分だ。それが無くなったら自分じゃなくなる。
🎵ボク~がボクであるためにぃ~ 勝ち~続けなきゃ~ならない

三日後、再び同地を訪れた。

 
8月4日。

 
ビーチだ。須磨の海水浴場でありんす。
思えば此処には高校生の頃からの思い出が沢山詰まっている。青春時代の夏と言えば、もう海水浴場っきゃない。ビール、ラジカセ、海の家、日焼けローションの香り、そしてそしての水着GALである。Tバックのお姉ちゃんたちが闊歩していたあの光景は、今考えると異様な時代だったよなー。Tバックのお姉さんの背中にローション塗るだなんて、高校生にとっては刺激が強過ぎて、もう頭の中が💥大爆発でしたよ。
そういえば夜に花火やってて、地元の奴らとモメて乱闘になりかけた事もあったよなー。オイラが原因を作っといて、オイラがその場を治めるというワケがワカンナイ無茶苦茶な展開だった。
何はともあれ、古き良き時代だった…。
このあと水着GALのいるビーチには目もくれず、夜の山に一人で蛾を採りに行こうとしてるんだから隔世の感しきりである。人生って、先のことはわかんないよね。

にしても、須磨の海岸も随分と様変わりした。
須磨といえば水着のお姉ちゃんだらけだったのに、夏真っ盛りというのにも拘わらず、家族連ればっかだ。きっと、今時の女の子は日焼けなんてしたくないのだろう。むしろ今は肌なんて出したくない美白の時代なのだ。嘆かわしい事だ。夏といえば若者の欲望が渦巻いてて当たり前だろ。こんなんじゃ、ナンパでけへんやんか。エロ無くして、日本の未来はないぞ。

 

 
また、キツい斜面をえっちらおっちら登ってきた。

 

 
淡路島が見える。
もう少しすれば、明石海峡大橋の向こうに夕陽が沈んでゆくんだね。六甲山地は山の上から海が見えるのがいいよね。

先日とは違い。不安が無いから気分にザワつきはない。クロシオが採れて当たり前の予定調和だ。採れないワケがない。そのゲット率は100%ではないが、それに近いだろう。突然、雷雨がやってでも来ない限りは大丈夫な筈だ。

美しい夕暮れが空を茜色に染め、やがて色を失い、闇が浸食してくる。
この一瞬に、ちょっとだけ不安がよぎる。物事には絶対はないからだ。もしクロシオが飛んで来なかったとしたら、心は行き場を失うだろう。怒りをどこに持ってゆけばいいのか想像がつかない。

心配は杞憂に終わった。
闇が訪れると、直ぐにジャンジャンやって来た。楽勝だ。それを確実にゲットしてゆく。

この日は神戸の港で花火大会が行われていて、花火を打ち上げる音がボンッ、ボンッと、ものすごーくよく聞こえてくる。しかし、鬱蒼としたウバメガシ林が邪魔して何も見えない。音だけで聞く花火ってのは、人を妙な気分にさせる。不思議な感覚に教われる。歓声を上げたりして、みんな楽しそうに花火を見ているのだろう。一方、自分は一人ぼっちで闇の中で蛾を採っている。何だ、この落差あり過ぎの孤独感は…。
しかし、お陰で闇の恐怖は確実に薄れている。闇の国、異界に隔絶されたような感覚は消え、現世(うつつよ)と繋がっているのだという安心感があるのだ。

乱舞するカトカラを採りまくって、溜飲が下がったところで撤退。帰路につく。

 

 
漆黒の闇地帯を抜けると、燦びやかな夜景が眼前に広がった。花火大会は、とっくに終わっている。
でもやっぱ神戸の夜景は綺麗じゃのう。昔だったらキスしまくりじゃわい。それが蛾とのランデブーとは隔世の感あり。全くもって(^_^;)苦笑しきりである。
とはいえ、やはり神戸の夜景は美しい。
満ち足りた気分で、ゆっくりと坂道を下りる。たぶん、明日も晴れるだろう。何となく、そう思った。

 
                    おしまい

 
クロシオキシタバは上翅にバリエーションがある。

 

 
ここまでが普通の型で、上翅が青っぽい。
上2つが♂で、一番下が♀である。♀は紋にメリハリがあって美しい。

 

 
こういう茶色っぽいのもいる。

 

 
これは白い紋が出るタイプである。カッコイイ。
これも♀である。

上翅がベタ黒のもいた。

 

 
一瞬、黒化型かと思ったが、下翅は別に黒くはないから、黒化型とは言えないだろう。
これも♀だ。もしかしたら、♀の方が変わった型が出やすいのかな❓

 
(裏面)

 
それにしても、全般的に展翅が下手ッピーだ。黒いのなんかは結構珍しいタイプそうなのに勿体ない。
一応、今年の展翅も載せておくか…。

 

 
だいぶ上達している。
触角の整形が、まだまだ甘いけどね。

今回のお題クロシオキシタバは久し振りに2019年版の続編を書きます。自分にとっては最悪だが、他人からすればたぶん笑える話なので、乞う御期待❗

それでは種の解説と参ろう。

 
【学名】
Catocala kuangtungensis sugii(Ishizuka, 2002)

小種名「kuangtungensis」は最後にsisとあるので、おそらく地名由来の学名だろう。kuangtungenで検索したら、広東省と出てきた。きっと最初に広東省で見つかったんだろうね。
亜種名「sugii」は最後に「i」で終わっているので、これは人名由来だろう。たぶん蛾の研究で多大なる功績を残された杉 繁郎氏に献名されたものと思われる。

 
【和名】
和名のクロシオは黒潮から来ている。次項で詳述するけど、これは分布が黒潮が流れる太平洋沿岸部だからでしょう。種の特性を上手く表現していて、良い和名だと思う。

 
【分布】
本州、淡路島、四国、小豆島、九州、屋久島。

本種は1960年代に高知県室戸岬、静岡県石廊崎で発見され、のちに幼虫の食樹がブナ科のウバメガシであることが判明し, この植物の分布するところには多産することが明らかになった。このため日本での本種の産地はウバメガシの分布域と重なり、九州から伊豆半島までの太平洋側沿岸部に見られる。東限はその伊豆半島となり、知多半島、紀伊半島、瀬戸内海沿岸部と家島、淡路島、小豆島などの島嶼、四国南部、屋久島などの産地が知られている。九州本土では少なく、大分、宮崎県下の沿岸部のみで得られているようだ。
飛翔力があり、成虫の寿命も長いことから、ウバメガシが自生しない場所でも稀に見つかる。中には長野県開田高原の地蔵峠など、発生地から150㎞も離れた場所での発見例がある。他に福井県、群馬県に記録がある。
食樹が判明するまでは、かなりの珍品だったようだ。今ではそう云うイメージは無くなってしまっているが、それでも全国的に見ると局地的な分布で、豊かなウバメガシ林があるところ以外では極めて稀な種だろう。

国外では中国南部広東省に原名亜種を産し、陝西省や四川省のような内陸部にも分布している。
👍ビンゴだね。やはり、学名は最初に発見された広東省から来てるんだね。それはさておき、内陸にも分布していると云うのは意外だった。クロシオというイメージからハズレちゃうね。食樹は判明してるのかな?やっぱウバメガシなんかな?でもウバメガシって、そんなに内陸部にあるのかしら?もし食樹が別なものだとしたら、極めて似通った別種の可能性もあると思うんだけど、どうなんだろ❓
とはいえ、日本でも和歌山県大塔山、香川県大滝山など、植生によってはかなり内陸部にも見られるらしいからなあ…。にしても、数十キロだ。中国の内陸産とは、海岸からの距離はとてつもない差があるとは思うけどさ。

 
【亜種と近縁種】
▪Catocala kuangtungensis kuangtungensis(Mell,1931)
中国・広東省の原記載亜種。

▪Catocala kuangtungensis sugii(Ishizuka, 2002)
日本亜種。

▪Catocala kuangtungensis chohien(Ishizuka、2002)
陝西省・四川省亜種。

四川省には、他にも小型の別種 Catocala dejeani(Mell,1936) がいるが、クロシオキシタバの亜種とする研究者もいるようだ。従来、台湾産のクロシオキシタバとされてきたものは、コヤツなんだそうじゃよ。

 
【開張】
大型のキシタバの1つで、パタラキシタバ(C.patala)の次に大きい。なぜかどこにも前翅長が書いていない。これはおそらく『原色日本蛾類図鑑』に大きさが載っていないからだろう。ワシも含めて、みんな孫引きに違いない。誰か自分で測る奴が一人もおらんのかよ。(# ̄З ̄)ったくよー。
と云うワケで、自分で計測してみようとしたが、岸田先生の『日本産蛾類標準図鑑』にはちゃんと載っていて、開張58~68㎜となっていた。そんなもんだと思う。流石、岸田せんせである。

前翅は青灰色の鱗粉が広がり、内横線の外側に白色を帯びた淡色部がある。後翅の外側の帯は内側の帯と接触し、内縁角では黒色紋が分離する.

 
【レッドデータブック】
滋賀県:要注目種、大阪府:準絶滅危惧、兵庫県:Cランク(少ない種・特殊環境の種など)、香川県:準絶滅危惧、宮崎県:準絶滅危惧(NT-g)

 
【成虫出現期】
6月下旬~9月下旬まで見られる。
関西では7月初めから出現し、7月中、下旬に多い。8月に入ると傷んだ個体が増えるので、新鮮なものを得たければ7月中に狙うべきである。
成虫の寿命は長く、室内飼育では2ヶ月間も生きた例があるようだ。

 
【成虫の生態】
豊かなウバメガシ林に見られ、そういう場所では個体数が多い。
昼間は頭を下にして暗い場所の樹幹、岩石、石垣などに静止している。湿った暗い場所が好きなようで、生息地の冷んやりした石垣に止まっているのをよく見た。その際は敏感で、近づくと直ぐに飛び立つ。着地時は上向きに止まり、暫くして逆さまになるそうだ。
ウバメガシやクヌギなどの樹液に好んで集まる。また糖蜜にも寄ってくる。しかし、今のところは樹液の方を好む傾向がある。まあ、レシピ次第ではあろうけどね。
吸汁中は下翅を開く個体が多い。パタラキシタバも下翅を開くので、紛らわしい。しかし、慣れれば上翅の色と柄で区別できる。但し、アチキがやらかしたように、懐中電灯の灯りの色によっては間違うので、注意が必要。
日没直後から姿を現し、吸汁に満足すると、その木や周辺の木に翅を閉じて憩んでいる。おそらくその後数度にわたり吸汁に訪れるものと思われる。
灯りにもよく集まるそうだが、ライトトラップをした事がないので見たことはない。
前述したが、飛翔力があり、成虫の寿命も長いことから、ウバメガシが自生しない場所でも稀に見つかるそうだ。2019年は食樹が殆んどない奈良市若草山近辺や大和郡山市信貴山でも見つかっている。

 
【幼虫の食餌植物】
ブナ科コナラ属のウバメガシ(Quercus phillyraeoides)。
 
ウバメガシは日本産の常緑カシ類では、葉が特に丸くて小さく、また硬い葉を持つカシである。
暖かい地方の海岸部から山の斜面にかけて多く見られ、特に海岸付近の乾燥した斜面に群落を作るのがよく見かけられ、しばしば密生した森を作る。トベラやヒメユズリハとともに、日本の暖地では海岸林の重要な構成樹種の一つとなっている。また乾燥や刈り込みに強いことから生垣や街路樹などとしてもよく使われている。その材は密で硬く、備長炭の材料となることでも有名である。和歌山県では、最高級の炭である紀州備長炭の材料ゆえ、計画的に植栽されている。

 
(出典『庭木図鑑 植木ぺディア』)

 
(出典『イーハトーブ火山局』)

 
しっかし、よくこんな硬い葉っぱ食うよな。若葉だって硬いらしい。でも、クロシオは黄色い系のカトカラの中では二番目に大きいんだよね。不思議だよ。
そういえば、ウラナミアカシジミの亜種とされるキナンウラナミシジミ(註1)は、このウバメガシを食樹としている。ウラナミアカよか小さいのは、通常の食樹であるクヌギやアベマキが無いので、仕方なしにウバメガシを食うも、葉っぱが硬いから大きくならないと言われている。クロシオは関係ないのかな❓
自然状態では、ウバメガシ以外の食樹は見つかっていないが、クヌギなどのナラ類でも容易に飼育できるそうだ。その場合は、どうなのだろう❓巨大化するのかな❓でも、そういう事は聞いたことがない。まあ、飼ったことがある人はそう多くはないと思うけどさ。カトカラは蛾の中では人気種とはいえ、蝶愛好家に比べれば圧倒的に少ないのだ。その中で飼育もするという人となると、数も限られてくるだろう。

ここまで書いて、ふと思った。キナンウラナミって、何でワザワザそんな硬い葉のウバメガシなんか食ってんだ❓紀伊半島ならば、アカガシやイチイガシ、アラカシ、ブナとか他にもブナ科の木はあるじゃないか。何でよりによってウバメガシ❓
気になったので、Wikipediaを真面目に最後まで読むことにした。
それで目から鱗ちゃん、漸く理由が理解できた。ウバメガシは日本に自生するカシ類の中では唯一のコナラ亜属(subgenesis Quercus)に属し、他に日本に自生するアカガシ亜属(subgenesis Cyclobalanopsis)のカシよりはナラ類に近縁なんだそうだ。常緑だし、見た目からしても、全く想像だにしていなかったよ。アカガシやアラガシなんかよりも、クヌギやアベマキに近いんだ。納得です。
また、他の疑問も解けた。ウバメガシの分布は本州の神奈川県以南、四国、九州、それに琉球列島にも分布するとあったから、クロシオは沖縄や奄美大島にはいないのかな?と云う疑問を持っていたのだ。これも沖縄県では伊平屋島と伊是名島、それに沖縄本島から僅かな記録があるのみという事が判明した。つまり南西諸島では珍しい植物なのだ。クロシオの分布は完全に否定できないものの、極めて可能性が低いことを示唆している。
また、日本国外では中国中部、南部、西部とヒマラヤ方向へ分布が広がっている。また、沖縄県が分布の南限である。これでクロシオが中国内陸部でも分布する理由がわかった。また沖縄が分布の南限ということは、その辺りが分布の限界であり、クロシオにとっても生育には適さない環境なのだと想像できる。おそらく暑すぎるのだ。

 
 
追伸
書いてて、ふと思った。
もしかしたら、明石公園で見たパタラキシタバの一部はクロシオだったのかもしれない。一年以上経って初めてその可能性に気づいたよ。おバカだ。我ながら、抜けている。でも、全部パタラだったと思うんだよなあ…。
しかし、これが怪我の功名だったかもしれない。お陰でアミメキシタバが須磨で採れた。もしも明石でクロシオが採れていたら、アミメは大阪の八尾辺りで探し回っててエラい目にあってたかもしんない。あの辺は山が荒れてて、道があまり良くないし、メマトイだらけだしさ。

前述したが、クロシオキシタバについては久し振りに2019年版の続編を書きます。そこで見た目が近いアミメキシタバと日本で初めて見つかったニューのカトカラであるマホロバキシタバの違いについても言及する予定。あっ、アミメの時の方がいっか。いや、マホロバの時でいっか…。まだまだ先の話だけど。

今回のタイトルは、最初『黒潮の詩』『暖流の民』とかを考えていたのだが、どこかシックリこなかったので『電撃⚡黒潮大作戦』で書き始めた。結局、途中で今のタイトル『落武者源平合戦』に変えた。でも、今もって納得はいってない。

 
(註1)ウラキンシジミ
(2017.6月 宝塚市)

 
この時は、何週間か前にプーさんがウラキンシジミの終齢幼虫をパラシュート採集で結構採ったので、成虫もそこそこいるだろうと出掛けたのであった。しかし、結果は惨憺たるものだった。

 
(註2)アメユジュトテチテケンジャア~
宮沢賢治の詩集「永訣の朝」の1節。
拙ブログの過去文にも度々登場し、ピンチの時に発せられる崩壊状態を示す言葉。

 
(註3)キナンウラナミアカシジミ(裏面)
(出典『日本産蝶類標準図鑑』)

 
Japonica saepestriata gotohi(Saigusa,1993)紀伊半島南部亜種。
ウラナミアカシジミの名義タイプ亜種と比べると、前翅長が短く(小さい)、裏面の黒条が発達していて、尾状突起が長いなどの特徴がある。
でもクヌギなどを与えるとウラナミアカ並みの大きさに育ち、名義タイプ亜種と区別がつかないという。そのことから亜種ではなく、一つのフォーム(型)とする見解もある。しかし、若干大きくなるだけで、紀伊半島中部産の名義タイプ亜種の大きさには達しないとする意見もある。

 

2018′ カトカラ元年 その八

 
 Vol.8 オニベニシタバ

    『嗤う鬼』

 
彼女に、ちゃんと会えたのは意外と遅かった。
「ちゃんと」とわざわざ書いたのは、既に2017年の9月の終わりに会っているには会っているからだ。A木くんにハチ北にライトトラップに連れていってもらった時、帰り道のコンビニにいたのだ。
A木くんに要ります?と訊かれたが、要らないと答えた。ボロボロだったし、元々カトカラなんて集める予定はなかったからだ。この日の目的は、あくまでもムラサキシタバの実物を見ることだけだったのだ。

そもそも自分にとって蛾は基本的に忌み嫌うべき存在だった。チョウは好きなのに、ガは見ただけでオゾける。大の大人が女の子みたいにキャッと言って飛び退くぐらい怖かったのだ。おそらくこれは幼少の頃に植えつけられた蛾に対する負の概念の刷り込みだろう。通常、そう云うものは生涯変わることはない。概念として、脳髄の奥の奥まで染み込んでいる。それがまさか翌年には蛾を追っかけてることになろうとは夢にも思わなかった。カトカラは美しいものが多いとはいえ、青天の霹靂である。

あかん。このままいけば脱線確実なので、話を本筋に戻す。

そういえば、A木くんがオニベニなんて…みたいな言い方してたなあ。それで普通種なんだと認識した記憶がある。
翌年の初夏、小太郎くんにも『ド普通種だから、いっぱいいますよ。下手したら、ただキシタバ(C.patala)よか多いんじゃないですかね。』と聞かされていたから、やっぱ普通種なんだという認識をより強くした思いがある。だから7月に入れば、そのうち何処かで会えるだろうと思っていた。
しかし、なぜだか何処でも姿を見なかった。
(;・ω・)あれれ❓、オニベニって普通種じゃなかったのー❓
そうこうするうちに、7月も下旬になった。まさかである。このままだと新鮮な個体が得られない。それに、小太郎くんにも『えっ?まだオニベニを採ってないんですか?』と言われかねない。それも癪だ。
そんなマジで焦り始めていた頃のことだった。

 
2018年 7月26日。

2週間振りに矢田丘陵にやって来た。
日没直後にいつもの森へと入る。ここに樹液のドバドバ出ているクヌギの大木がある。そこには様々な虫が寄ってくる。昆虫酒場だ。カブトムシやクワガタをはじめ、各種の昆虫たちでいつも賑やかだ。勿論、カトカラたちも集まってくる。

木の前まで来ると、アカアシオオアオカミキリ(註1)がワチャワチャと軍団で群れていた。均整のとれた美しいカミキリムシで、かなりカッコイイんだけれども、こんだけいるとウザい。
カトカラは、見飽きまくって最近は憎悪さえ感じるパタラしかいない。何処にでもいるし、図体がデカイから邪魔なのだ。ゆえなのか、小太郎くんなんかは酷い仕打ちをしている(この辺のくだりは本シリーズの「続・キシタバ」の回に詳しく書かれています。おもろいから読んでね)。

何でオニベニいないのー(ノ_・。)❓
まさか今年から突然大減少したとか?でも、そんな事ってあるの?ワケわかんねえやと思って、ふと何気に隣の木に目をやった。
体の動きが止まる。あっ(゜ロ゜)、何かおる…。
そこには、翅を閉じて木肌と同化している蛾がいた。
見た瞬間、カトカラだと云う直感があった。種は特定出来ないものの、他の糞ヤガではないと感じたのだ。でも最初はどの種類のカトカラなのかは分からなかった。けど、大きさと上翅の色柄からして消去法で考えてゆくと、オニベニシタバではないかと云う予感はあった。
どうであれ、初めて見るカトカラだと感じれば、それなりに緊張感は走る。
でも、網を使った記憶がないんだよなあ…。

多分、この最初の1頭は毒ビンを被せて採ったものじゃなかろうか❓
書きながら、段々思い出してきた。高さは低かったから毒ビンを直接使ったのだ。どうせオニベニだろうから、たとえハズしてもこの先いくらでもチャンスはあるだろうとでも思ったのだろう。全然見つからなくて、しかも最初の1頭のわりには心の余裕があったのネ。
とはいいものの、この毒ビンを上から被せて採るという方法は苦手なので、それなりに緊張した感覚は残っている。
毒ビンを上から被せるのって、慣れてないから妙に緊張するのだ。網を振る時みたいに心を上手くコントロールできない。その緊張が相手にも伝わるのだろう。だいたいすんでのところで逃げられる。手で蝶を採るのは得意なんだけど何でだろ❓
蝶は心頭を滅却すれば、わりかし簡単に手掴みで採れる。そんな神技みたいなことができて、何で毒ビンを被せるのが下手なのかなあ…。そっちの方が簡単な筈なんだけどね。やっぱ慣れるしかないのかなあ…。

完全に思い出した。やはり最初の1頭は毒ビンで採ったわ。でも当日写した画像がない。どうやら写真を撮らなかったようだ。
と云うことは、さしたる感動もなかったのだろう。
周りに言われたり、図鑑等を読んでオニベニシタバ=ド普通種という概念が植え付けられてたんだろね。
こういうのは、あまりヨロシクない。情報が自分本来の素直な感性で見る心を阻害してしまっている。虫採りは感動があってこそ面白い。なのに、それを自ら放棄するのは勿体ないことだ。

で、翌日に取り敢えず撮ったのがコレ。

 
(2018.7.26 大和郡山市 矢田丘陵)

 
あっ、この画像を見て思い出したよ。
想像してたよりも美しいなと思ったのだ。皆がクソミソに言ってた程には汚くはない。渋い美しさがある。
下翅が同じ紅色系統のベニシタバと比べて色が暗くて鮮やかさに欠けるから、下に見られがちなんだろうけど、コレはこれで美しいなと思った。
もしも、日本にベニシタバやエゾベニシタバがいなければ、それなりに高い評価とか人気を得ていただろうに…。オニベニくんって、何だか不憫な存在だな。同情するよ。

昔、小学生の頃、クラスに松宮という性格の悪い嫌な奴がいた。小学校6年生か5年生の時だ。そいつが理科の天才とモテ囃されていた。しかし、Mくんという転校生がやって来てから、事態は一変した。彼がもっと理科の天才だったからだ。理科の授業中、先生の質問に何でもスラスラと答えたのである。松宮が先にあてられて、答えられなかった後だっただけにクラスに衝撃が走った。その時の、松宮の醜く歪んだ顔は忘れられない。恥と屈辱がベッタリと貼り付いていた。
Mくんは性格もいい奴で、瞬く間にクラスの人気者になった。当然、松宮の株は暴落した。松宮は嫌な奴だけど、その凋落振りは目を覆いたくなるような残酷な感じで、他人事ながら気の毒だった。先生も難しい問題は真っ先にMくんをあてるようになったからね。
自分はそんな目にあった事は一度もないけれど、もしもそんな立場になったとしたら、相当キツいと思う。自分だったら確実に今よりも性格がネジ曲がっていたに違いない。別人格になっていたのではないかと思うと、マジ怖い。今よりも数段イヤな奴になっていた自信がある。実際、松宮は益々イジけた陰険な野郎になった。中学生になってから、俺様に陰湿な方法で牙を剥いてきた時には驚いたよ。俺、全然関係ないのに、女の子の事で謂れのないトバッチリを受けた。無視したけどね。おまえの好きな女の子が俺の事を好きだからって、陰で悪口をある事ない事その娘に吹き込むんじゃねえよ。そのせいで、別な俺の好きな女の子にも嫌われそうになった。まあ、陰湿で人気のない奴だったから、皆が自分に味方してくれて、それ以上悪い方向にはいかなくて済んだけどさ。

いつもの如く、話が逸れた。
もちろん、オニベニシタバは松宮みたく性格は悪くはない。むしろ、いい方だ。カトカラの中では性格は素直な方だと思う。だから、採るのはそんなに難しくはない。ムラサキシタバなんかは結構性格が悪いもんな。異常に敏感だし、ライトトラップには中々近くまで寄ってこなくて、寄ってきたと思ったら、採りにくい変な所に止まるとかって、よく聞くもんね。

 
(2018.7.26 大和郡山市 矢田丘陵)

 
真ん中の黒帯が細くて、ジグザクになっているのがオニベニさんの特徴だ。色よりも、この黒帯の形で他の近似種と区別する方が同定間違いはしにくい。なぜなら、古い標本や飛び古したものは色が褪せているからだ。あとは翅形も違う。ベニやエゾベニは上翅が横長で、先端が尖る。オニベニはここが他の2種と比べて丸い。この二点さえ抑えておけば、判別間違いすることはないだろう。

この太い腹の形からすると、たぶん♀だろう。
でも、オニベニは♂もデブだから雌雄の区別は意外と難しい。

それにしても、やっぱり一年目の展翅は酷いな。上翅が上がり過ぎてる。まあ、カトカラ1年生だし、しゃあないか…。

この日は、他にも何頭か採った。

 

 
たぶん、コチラが♂だろう。
♀よりも腹が若干細くて長い。先端もやや丸い。でも他のカトカラの♂みたく尻先にいっぱい毛束があるワケではないから、やはり分かりにくい。

あっ、これは上翅に白い紋が入るタイプだね。こっちの方がカッコイイ。
どうやら前翅斑紋は個体変異に富むようだ。何処にも書いてないけど、この白紋が出るのは♂の方が多いような気がするが、本当のところはどうなんだろ?まだカトカラ2年生なので、断言できないけど…。
どちらにせよ、クロシオキシタバとかコガタキシタバ程にはヴァリエーションはないようだ。

裏面が意外と美しい。

 

 
そういえば、初めて飛んでいるのを下から見た時は、数秒間その場で固まった。何だかワカンなかったのだ。シロシタバにしては小さいし、白もオフホワイトではなくて真っ白だったからだ。因みに飛翔中は赤い部分は意外と目立たない。白の方に目がいくのだ。
答えは、コレまた消去法でオニベニにゆきついた。

 

 
赤、白、黒のコントラストが効いていて、素晴らしい。色の配分も申し分ない。
ベニシタバやエゾベニシタバには表の美しさでは負けるが、裏はオニベニが一番美しいと思う。

次に出会ったのは、四條畷だった。
シロシタバ探査の折りで、昼間にウワミズザクラを探していたら、突然飛んで逃げた。結構早いスピードだった。この日はコシロシタバも見たけど、やっぱり早かった。カトカラは夜に樹液に飛来する時はパタパタ飛びで遅いけど、昼間は飛ぶのが速いと知ったのは、この時が初めてだったかもしれない。マジ飛びのカトカラは速い。
それで、突然思い出した。カトカラを初めて見たのは、A木くんに連れて行ってもらったハチ北で見たジョナスキシタバではないや。実を云うと、もっと早い時期にオニベニシタバを見ていることを、まじまじと思い出したよ。間違いなくそれがカトカラとのファーストコンタクトだ。しかも、真っ昼間に見ているのだ。
あれって、ちょっとした白昼夢的だったよなあ…。

詳しい年月は憶えてない。
でも、おそらく2011年か2012年のどちらかの8月だ。場所は生駒山地だった。目的はオオムラサキ(註2)の♀狙いだった。
その場所は誰にも知られていないオラだけの秘密の樹液ポイントで、必ず複数の♀がゲットできた。樹液がドバドバ出ているクヌギの大木に、多い時では♂が一同に10数頭も集まっていたこともある。

時刻は午前10時過ぎだったと思う。
パンパンに膨らんだ期待を胸に、その木に向かって真っ直ぐに斜面を降りてゆく。オオムラサキの♀は綺麗じゃないけど、バカでかくて笑けるほど迫力があるので、その頃は毎年会いに行っていたのだ。
で、目の前まで来て、ゲゲッΣ( ̄ロ ̄lll)、見たら大きめの蛾たちがベタベタと樹液の出ている所に止まっていた。元々、大の蛾嫌いだったから激引きした。
向こうも驚いたようで、複数が下翅をパッと開いた。どひゃ\(◎o◎)/❗❗茶色かと思いきや、突然ビビットな赤が悪魔の口のように開いた❗
ヘ(゜ο°;)ノひっ、思わず飛び退いたよ。( ; ゜Д゜)ビックリしたなあ、もー。
キシタバは普段色鮮やかな下翅を隠して止まっており、天敵に襲われそうになったら、パッとそれを見せて相手を威嚇すると言われている。毒々しい鮮やかな色なので、相手が怯むのだ。それにまんまと引っ掛かったというワケだ。あたしゃ、しっかり怯みましたよ。

やや遠目から様子を伺う。数えたら5、6頭はいた。
コレが何とかシタバとか云う名前の人気のある蛾のグループの1種なんだろうなと思った。
ミーハーなので、人気があるものには興味がある。ちょっと悪魔的で怖くはあるけれど、綺麗といえばキレイだ。だから、採ろうかどうか悩んだ。でも、蛾だから採ったら暴れて、鱗粉を辺りにその辺に撒き散らす光景が目に浮かんだ。((((;゜Д゜)))ブルッときたよ。
だいち、蛾なんて元来よう触らんのだ。網に入れても、心がワヤクチャになってパニックになるやもしれぬ。考えた結果、採集は見送ることにした。
とはいえ、オオムラサキが飛んで来たら邪魔だ。排除せねばならぬ。
一旦、深呼吸をしてから、再び木に小走りで近づき、勢いをつけて思いきし前蹴りしてやった。
Σ(゜Д゜)ヒッ、(゜ロ゜;ノ)ノヒッ、Σ(T▽T;)ヒィーッ❗全員驚いて飛びやがった。それを狙ったんだけども、思った以上にシッチャカメッチャカ四方八方に飛んで横をかすめていったので、発狂しそうになっただよ。
(´д`|||)キモ~。一瞬、背中が凍りついたわ。体に異常なまでの変な力が入っていたようで、その場で肩で息したよ。

その日の夜、夢を見た。
何十頭ものオニベニシタバが、自分の周りを飛び交っている夢だ。下翅の赤い色がチカチカと明滅する。それが鬼の口が開いたり閉じたりして、まるでケタケタ嗤(わら)っているように見えた。嗤う鬼軍団だ。怖すぎる。
アキャーo(T□T)o、魘(うな)されて、恐怖のあまり飛び起きた。
もちろん、パジャマは汗ビッショリだった。

今宵、貴方の夢にもオニベニが乱舞するやもしれませぬぞ。

 
                   おしまい

 
 
今回も続編は書かない。前回と同じく解説は後回しの、2019年版をくっ付けたヴァージョンでいきます。

 
【学名】Catocala dula (Bremer, 1861)

小種名の「dula」は、ネットで調べたがワカランかった。dula じゃなくて、dura というのが矢鱈と出てくる。
頼みの綱の平嶋義宏氏の『蝶の学名-その語源と解説-』にも載っていなかった。
ヒカゲチョウ属に、Lethe dora オビクロヒカゲ という似ているのがあったけど、綴りが微妙に違う。
ついでだから言っとくと、ドゥーラの語源はラテン語で「堅い、鈍感な」という意味。梵語由来ならば「遠い、長い」です。

ワカンねぇから、ここから先はいい加減な推測を書く。
たぶん、これは誰かに献名されたものではなかろうか❓おそらく女性の名前で、ドゥーラじゃなくて、ダラと読むんではないかな。ダラとかって、アメリカ人女性の名前とかに多くねえか❓
綴りがそれだと違うよな気がするが、もういいや。ゴメンナサイ。ワッカリまっしぇーん\(ToT)/

 
【和名】
オニベニシタバという和名は悪くないと思う。
たぶん赤鬼から来ているのだろう。その鬼の赤と下翅の色とを重ね合わせたのだと思われる。
いや、待てよ。オニと名のつく生物には、デカイとか厳(いか)ついとか凶暴だとかといった意味が込められたものが多い。
例えば、オニカマス(バラクーダ)、オニイトマキエイ(マンタ)、オニオコゼ、オニダルマオコゼ、オニハタタテダイ、オニヒトデ、オニヤドガリ…。あっ、思い浮かんだのは、海の生物ばかりだ。これはダイビングインストラクター時代の名残だね。
因みにオニカマスは、その厳つい風貌と鋭い歯から名付けられた。オニイトマキエイは、そのデカさからだろう。オニオコゼ、オニダルマオコゼは鬼のように醜くくて厳つい。また猛毒があり、危険なことから名付けられたものだと思われる。オニハタタテダイは、目の上にある小さな突起を鬼の角に見立てたようだ。オニヒトデはデカくてトゲトゲだからだろう。性格も荒い。トゲトゲは鬼の角だけでなく、鬼の金棒のイメージでもあるのだろう。オニヤドガリは、毛むくじゃらで獰猛だからかな?
植物ならオニユリ、オニアザミ、オニバス、オニグルミ、オニツツジなんかが有名だ。
オニユリの名の由来は、花が大きく豪快だとか、花の様子が赤鬼に似ているなど諸説あるようだ。オニアザミやオニバスは、その棘と大きさに由来する。以下は面倒くさいので、省略する。
ようするに生物に鬼の名がつく場合は「①大きい。②刺、角がある。③見た目が厳つい。④凶暴・獰猛である。⑤色合いが鬼に似ている」の何れかの理由から付けられている模様だ。
昆虫はといえば、オニヤンマ、オニクワガタが代表か…。他にもいるようだが、でもこの辺で止めとく。あまりにもショボい面々揃いなので、更なる脱線、怒気を含む言葉になるのが必至だからだ。コレについては機会があれば、また別稿で書くかもしんない。

話をオニベニの和名に戻そう。
オニベニシタバの和名には、色合いだけでなく、厳ついと云う意味も込められているのではないかと思う。オニベニは翅に比して胴体が太い。ゴツいんである。その体躯と赤黒い翅とが相俟って、鬼っぽく見えるといえば見えなくもないのだ。初めて会ったあの日の昼間は、その姿に兇々(まがまが)しい感じを受けたもん。

 
【開張】 65~70㎜
カトカラ全体の中では大きい部類に入るが、他の下翅が赤いグループ(ベニシタバ、エゾベニシタバ)の中では一番小さい。でも腹と胴がデブだからか、あんま大きさは変わんない印象がある。人だって身長が低くてもデブだと迫力があるから、そんなに小さく見えないんだよね。あっ、コレってデブ批判じゃないからね。迫力があった方が得です。
因みに、同じ下翅が紅いグループでも、オニベニシタバとベニシタバ&エゾベニシタバとは分類学的に系統が違うようだ。下翅が紅いだけで、あとは形態や斑紋、幼虫の食樹も異なるから、言われてみれば納得だすな。

 
【分布】
北海道、本州、四国、九州、対馬。
九州南部には分布していないようだ。ということは暑さや湿気には弱く、どちらかというと北方寄りの種なのかもしれない。低山地のカトカラというイメージがあったから、南方系とまでは言わないまでも、暖かい地域を好むカトカラだと勝手に思ってたけど、違うんだね。そういえば去年、長野県の標高1700mぐらいのとこでも採ったことあるわ。
因みにレッドデータブックだと「千葉県:D(一般保護生物)、高知県:準絶滅危惧、長崎県:絶滅危惧IA、大分県:情報不足」となっているようだ。こんなもんと言っては失礼だが、稀な地域もあるんだね。
あっ、長崎、大分、高知が入っているから、やはり温暖なところには、あまりいない種なんだ。納得だよ。

参考までに言っとくと、国外ではアムール(ロシア沿海州)、樺太、朝鮮、中国(中北部)に分布が知られる。

  
【成虫出現期】 6~10月
近畿地方では6月下旬辺りから現れるとあるが、実際見る機会が多いのは7月上旬からだろう。その頃から次第に個体数を増やし、8月半ば迄よく見かけた。

 
【生態】
クヌギの木が多い比較的乾燥したに二次林でよく見られる。コナラ主体の雑木林や常緑カシ林には少ない。
クヌギ、ヤナギ、ハルニレの樹液によく飛来する。また、ブドウなどの果実にも好んで集まるようだ。
樹液への飛来時刻は比較的早く、日没後すぐに現れる。但し、直接樹液には寄ってこず、近くの木に頭を上向きにして止まっていることも多い。
糖蜜トラップは、オニベニ狙いで試したことはないので、効果の程は分からない。とはいえ、おそらく反応するものと思われる。

発生初期は他のカトカラと同じく夜間に活動するが、8月に入って繁殖期になると昼間でも活発に活動し、昼夜を問わず樹液やブットレアなどの各種花にも吸蜜に訪れる。昼間に活動するカトカラは他にあまりいないので(註3)、カトカラの中では得意な生態を持つ種だと言えよう。
発生初期の昼間は、頭を下向きにして木の幹に止まっており、驚いて飛ぶと他の木に頭を上向きにして着地し、ややあってから下向きとなる。しかし、交尾期になると頭を上向きにして止まる個体が多いという。

灯火にもよく誘引されるようだ。けれど、灯火に来ているものを見たことが殆んどない。数えるくらしかした事がないけれど、ライトトラップでも見たことは一度もない。だから、光に寄ってくるという実感は個人的にはあまりない。
あっ、思い出した。標高1700mで採った奴は車のライトに飛んで来たわ。

 
【幼虫の食餌植物】
食樹はクヌギ、ミズナラ、カシワ、コナラなどブナ科コナラ属全般だが、少ないながらもアラカシなど常緑カシ類も利用している。
幼虫はクヌギを最も好み、以下ミズナラ、カシワの順に嗜好するが、コナラはあまり利用されていないようだ。これはコナラの芽吹きが早く、若葉がかたくなるのが早いからだと推察されている。マメキシタバやアサマキシタバも同様の傾向があるという。
樹齢15~30年くらいのものによく付くが、大発生するような年には老齢木にも幼虫が見られるそうだ。

 
2019年は、驚いたことに2頭しか採っていない。

 
(2019.7.10 奈良市白毫寺町)

 
こうして見ると、上翅があんま魅力的じゃないよなあ。その辺もベニやエゾベニに比べて、一段劣る評価になってんだろな。

裏面の写真もあった。

 

 
胸がもふもふだね。もふもふ大好き~(^o^)

この個体を採ったの時のことは、場所もシチュエーションもよく憶えている。
場所は白毫寺町東山緑地の雑木林で、日没後すぐの時間帯に樹液に寄ってきていた。小太郎くんが来るまでヒマだったので、新たな樹液ポイントを探している時に見つけたんだよね。
しかし、シチュエーションの記憶がこれだけ鮮明なのに、なぜだか日付の記憶はどうにも曖昧だ。
日付を確認してみると七月十日になっていた。七月十日といえば、日本で初めて見つかったカトカラ、新亜種マホロバキシタバ(註4)を発見した日だ。
と云うことは、そっちのインパクトが強すぎて、それ以前のオニベニの記憶がその日からフッ飛んでたみたいだ。

 
(2019.7.10 奈良市 白毫寺町)

 
♀かなあ…。だと思うんだけど。
今年は展翅もだいぶとマシになった。触角をどうするかは今だに迷ってて模索中だけどね。前脚も気分で出したり出さなかったりと、統一されてない。
コレは前脚出しいの、アンテナ真っ直ぐ寝かしーのパターンだす。
下の2頭目の個体も、同じパターンの展翅だね。

 
(2019.7.16 奈良市 高畑町)

 
これは住宅街で捕らえたんだよね。だから、ちょっとドキドキした。夜に住宅街で網持ってたら、怪しまれて当然なのだ。

2頭とも♀だと思うけど、見てると段々自信が無くなってきたよ。

それにしても、何で2頭しか採っていないんだろう❓
別に採るのをサボってたとかスルーしてたワケではないのにね。つまりこれは、それだけ今年は見ていないって事だ。多い時期に、去年一番個体数の多かった矢田丘陵に行っていないと云うのもあるかもしんないけど…。
或いは、意外といる所には沢山いるけれど、いないとこにはいないカトカラなのかもしれない。たった二年間でのモノ言いだけどさ。
でも、もしかしたら雑木林が放置されて老齢木ばかりになってきていて、幼虫が好む樹齢15~30年くらいの木が減っているのかもしれない。
ド普通種だとバカにしてたら、そのうち段々減っていって、いつの間にか絶滅危惧種になってたりしてね。

 
               おしまいのおしまい 
 
 
追伸
書くことが、あまりないから楽に終わるかと思いきや、そうでもなかった。松宮の事なんて思い出したのが間違いだったよ。そこから、何だかエンジンがかかっちゃって、どんどん長くなっていった。

最初のタイトルは『紅の鬼豚』だった。宮崎駿の映画『紅の豚』がモチーフだ。オニベニってデブでピンク系だからって安易につけた。自分でも笑ったわ。
テキトーにつけたけど、どうやってこのタイトルとオニベニをリンクさせんねんと思いながら書き始めた。まあ、どうせゼッテーまたフザけた方向にいくねんやろなあと思ったけどさ(笑)
因みに、そこから派生した『紅の鬼嫁』と云うのも候補としてあった。益々、どうやって本文とリンクさせるねんって感じだよね。輪をかけてムチャクチャな展開になること、明白である。
で、そのうち過去のファーストコンタクトの記憶が甦ってきて、今のタイトル『嗤う鬼』に落ち着いたと云うワケ。

 
(註1)アカアシオオアオカミキリ
(2018.7 大和郡山市 矢田丘陵)

 
夜行性。夏場、わんさか樹液に寄ってくる。今年も多かった。

 
(註2)オオムラサキ
世界最大級のタテハチョウの1種。日本の国蝶でもある。

 
【♂】

 
【♀】

 
下はブルーオオムラサキのスギタニ型。

 
(註3)昼間に活動するカトカラは他にあまりいない

エゾベニシタバやオオシロシタバなどに例があるが、通常の生態ではない。おそらく大発生した時などに限った生態ではないかと推察される。

 
(註4)マホロバキシタバ

【Catocala naganoi mahoroba ♂】

 
日本で32番目に見つかったカトカラ。
詳しくは月刊むしの2019年10月号を見て下され。

 
《参考文献》
▪西尾規孝『日本のCatocala』自費出版
▪石塚勝己『世界のカトカラ』月刊むし社
▪江崎悌三ほか『原色日本蛾類図鑑』保育社

 

2018′ カトカラ元年 その六

   
  vol.6 マメキシタバ

    『侏儒の舞』

  
2018年 7月某日。

夜の森へと足を踏み入れる。
7月も半ばになると、夜でも蒸し暑い。立ってるだけで汗がジットリと額から滲み出してくる。

樹液がドバドバ出ている御神木にぞんざいに近づいたら、黄色系のカトカラたちが驚いて一斉に飛び立った。結構な数で、ちょっとしたワチャワチャの乱舞の様相だ。

『あっ、マメキシタバもいますよ。あのチビこい奴、ほら、アレ。』と小太郎くんが言う。
でも、オイラはそれに特に反応する事もなく見送る。
『えっ、マメ採らないんですか❓五十嵐さん、まだ採った事ありませんよね❓』と小太郎くんが怪訝な顔で訊いてくる。
それに対して面倒くさそうに返す。
『無いけど、そのうち採れるやろ。どうせまた戻ってくるっしょ?』。
『やる気、全然ないですねー。』
と小太郎くんは言うが、クソ暑いんである。たかがマメキシタバに気合いなんぞ入るワケがない。
イガちゃん、ヒドイねー。まだ一つも採った事もないクセに、こんな事を言うなんてやっぱ虫採りをナメてる男なのである。

以前、フシキキシタバ、ワモンキシタバという美しいカトカラに連続して出会った事がキッカケでカトカラにハマったと書いたが、実をいうとあれは半分は本当だが、半分は嘘である。
カトカラの美しさには目覚めはしたが、正直言うと一部の美しいものにしか興味がなかった。近畿地方で採れるものは、前回に登場したカバフキシタバと他はシロシタバ、ムラサキシタバくらいにしか真の意味での興味はなかったと云うのが偽らざる気持ちだった。
それゆえカバフを仕留めたところで、何だか腑抜けになっていたのだ。カトカラを全種を集めるとは言ったが、日本の蝶をコンプリートしてやろうという気持ちに比べれば、モチベーションは遥かに低い。勢いで言っただけで、本当はそれほど強い決意はなかった。
だからか、マメキシタバを最初に採った時の記憶というものがゴッソリと欠落している。見事なまてに全然憶えてないのだ。
探してみたが、どうやら最初に採った時の証拠写真さえない。ようするに写真も撮っていないのだ。たぶん撮る気さえ起こらなかったのだろう。
一応、今年は辛うじて撮っているので、替わりにそちらの画像を添付しておこう。でも、これとて撮ったことさえ完全に忘れていた。

 

(2019.7.5 兵庫県宝塚市)

 
去年、最初に展翅したらしきモノの写真は一応残ってはいる。

 

 
♂だね。
どうやらファースト・ゲットはボロボロの個体だ。
冒頭の場所、矢田丘陵で採れたものかどうだかは定かではない。或いは他の所だったかもしれない。ボロゆえかラベルも無いのである。記憶ゼロだ。
それにしても、やはり一年目の展翅は酷いね。上翅を上げ過ぎてしまっているし、触角も今イチだ。

他の個体も並べておこう。

 

 
これは兵庫県六甲山地西部の個体だ。コチラも♂である。
採った記憶は全然ないが、これにはラベルがあるから間違いなかろう。

後翅はオレンジの地に黒い帯が楕円を描くようにあり、内側の帯の中心に薄い1本の黒い線が走るのが特徴である。
下翅はオレンジの領域が広く、フシキキシタバに似ている。しかし、上翅の色柄が違うので区別は容易。だいち両者は大きさが全然違う。マメキシタバの方が遥かに小さい。加えて発生時期も異なる。フシキキシタバの発生の方が1ヶ月くらい早いから、両者を同時に見る機会は殆んどないと言っていい。仮にあったとしても、フシキはその頃にはボロボロだから見間違えることはほぼ無いと言えよう(フシキキシタバについては当ブログに詳しく書いたので、画像等含めてソチラを見てくだされ)。

 

 
腹部が短くて太いから♀だね。
コヤツは上翅の模様にメリハリがあるなあ。ネットの情報なんかだとマメキシタバの上翅の模様は結構バリエーションがあるらしいけど、あまり意識した事はない。コガタキシタバやクロシオキシタバなんかの方が余程変化に富んでいるからだ。それらと比べると正直ツマンナイ。バリエーションも、どこか地味なのだ。

次のは、上翅がやはり上がり過ぎてはいるものの、比較的マシな展翅かな。問題は多々あるが、バランスはそう悪くはないだろう。

 

 
裏展翅した写真も出てきた。
ボロいし、裏展にでもしとくか…てな感じが色濃く滲み出ているようなテキトー展翅だ。

 

 
上2つが♂で、一番下が♀である。
何れも生駒山地北部のものだ。
この時の事はよく憶えている。樹液から驚いて飛んだマメキシタバたちが、アチキの周囲で何頭もがくるくると優雅に舞ったのである。侏儒の舞だ。でも小人どもの舞というよりかは、妖精たちの舞に見えた。
中々に幻想的な光景で、ほんの僅かな間だったが何となく嬉しい気持ちになったのをよく覚えている。こんな気分になれたのは、マメキシタバならではだと思う。珍しい種類ならば、それどころではない。興奮して、そんな優雅な気分に浸っている余裕などない。
また、これがもしパタラキシタバ(C.patala)、いわゆる普通キシタバならば、きっと腹を立ててムチャクチャに網を振り回して全員撃墜させていたかもしれない。デカイから、そんなのに囲まれて飛び回られたりしたら不気味だし、めちゃんこ気持ち悪いじゃないか。悪夢だ。何かの呪いじゃよ。想像しただけでも恐ろしいや。

今年、2019年に採ったものも並べておこう。少しは展翅もマシな筈だ。

 
(2019.8.11 大阪府四條畷市)

 
♂だね。8月も半ばだが、この時期でも結構新鮮な個体がいる。

 
(2019.7.5 兵庫県宝塚市)

 
これも♂である。
この場所では個体数が少なかった。稀種とされるカバフキシタバの方が、よっぽど多かった。

 
(2019.7.25 大阪府四條畷市)

 
これは♀だね。
ここは比較的個体数が多いが、去年よりかは少なかったと思う。

お次は裏面。

 

(2点とも 2019.8.11 大阪府四條畷市)

 
あらあら、全部でこんだけかい。もっと見た記憶があるのになあ…。何だかマメキシタバに対しての興味の度合いを如実に表しているようじゃないか。きっと見てもロクに採ってないってワケだな。
と云うワケなので、ネタも無いし、続編は書きましぇん。( ̄∇ ̄*)ゞあはは…、扱いがホントないがしろだニャア(ФωФ)
マメちゃん、ゴメンね、ゴメンねー。

 
【和名】
和名マメキシタバは、ヤクシマヒメキシタバと並び国内のカトカラの中では最も小さい事から名付けられたのだろう。これに関しては、べつに文句はない。豆電球や豆皿、豆柴(犬)に豆ダヌキ等々、昔から日本では小さいものの名前に豆を冠するという伝統があるからだ。虫だってマメコガネやマメゾウムシ等々があるし、特に違和感はない。まあ予定調和過ぎて面白くはないけどね。
あっ、今思い出したけど、スズキキシタバという和名が付けられたこともあるようだ。でもダサ過ぎて、コメントする気にもなれないや。

そういえば大学生の頃、男同士何人かで恋ばな(恋話)になったら、必ず最後のオチはいつも『何だかんだ言ってもー、結局マメが一番❗』と云う全員の唱和で終わってたっけ…。話が終盤になると、誰かが『何だかんだ言ってもー』と言えば、あとの句を皆が唱和して、しゃんしゃんでお開きになるのだ。
この時代の皆の悩みごとの大半は恋愛で、今にして思えば、とってもピュアだった。青春だったなあ…。
老いも若きも世の男性諸君❗恋愛の極意は、マメでっせ❗これに尽きます。今も昔も、モテる男は女の子の背中の痒い所に手が届くようなマメ男なのだ。自分は性格上、そういうの無理だけどさ。

 
【学名】Catocala duplicata (Butler,1885)

ネットで「duplicata 語源」で検索すると、ズラリと英語の「duplicate」の意味が出てきた。

①同一物の)2通の一つ[控え]、副本
②写し、複製、複写、複製物
③重複の、二重の、一双の
④まったく同じ、うりふたつの

ようするにコピーと云うワケである。だから、偽物、紛い物、贋作なんて意味もあるようだ。自分だってマメキシタバにぞんざいな扱いをしといて何だが、偽物とか紛い物ってのは酷いやね。もし語源がそっちなら、気の毒なくらいに不当に低い扱いだ。同情を禁じえないよ。
平嶋義宏氏の『蝶の学名-その語源と解説-』を紐とくと、タテハチョウ科イチモンジチョウ属のナガサキイチモンジの亜種に Ladoga helmanni duplicata と云うのがいた。それに拠ると、duplicata(ドゥプリカータ) はラテン語由来で duplicataus の女性形とある。意味は「2倍の、重複した」となっていた。
2倍はまだしも、学名に重複したって意味が込められているとしたら、やっぱりネガティブなネーミングだよね。マメキシタバって不憫なカトカラだなあ…。

それは置いといて、ナゼにこのような学名がつけられたのだろう❓全然想像がつかないや。
そもそも2倍ってのがわからない。2分の1ならまだしも、チビッコなくせに2倍って何でやねん❓まさか哲学的なメタファーが込められているワケでもあるまいに。謎だよ。
もしかして他にシャム双生児みたくソックリな奴がいて、そいつと比べての命名❓
ならばと『世界のカトカラ』で探してみると、モンゴルヒメキシタバ Catocala proxeneta と云う、ちょっと似ているのが見つかった。しかも、ページこそ違えど、同じグループに入れられている。
しかし、記載年を確認したら、マメキシタバよりも後の記載になっている。となると、ブー。推察には当てはまらない。マジ、謎だよ(;・ω・)
考えても、他に考えうる理由がてんで思い浮かばない。
(ノ-_-)ノ~┻━┻ や~めた。スマンがマメキシタバの事なんぞ、どうだっていい。本音を言ってしまえば、全然興味ないのだ。

余談だが、ナガサキイチモンジについて少し書いておこう。
察しのいい方ならばナガサキイチモンジと云う和名からピンとくるかもしれないが、このチョウ、実をいうと日本の長崎で採られている。過去に Leechによる古い採集記録があるのだ。しかし、それが本邦における唯一の採集記録である。謂わば、幻のチョウなのだ。
かなり謎の記録だが、妥当に考えれば、おそらく迷蝶だろう。なぜなら亜種 duplicata の分布はアムール、ウスリー、北東中国、韓国とあるからだ。風に乗って飛んで来る可能性は有り得る。
ところで、今でもその標本って存在するのかなあ❓意外と同定間違いだったりしてね。もしくは日本での採集品の中に韓国や中国のものが混入してしまったなんて事だって無きにしもあらずだ。
因みにナガサキイチモンジは現在は属名が変わっいるようで、Limenitis helmanni という新しい学名になっている。

 
【開張(mm)】
46~48㎜。
小さい。それゆえなのか、どっか有り難みがないんだろねぇ。人気も今イチだ。

 
【分布】
北海道、本州、四国、九州、対馬、朝鮮半島、中国。

分布は広いが、産地はやや局所的であるとされている。でも、自分の中では普通種と云うイメージがある。けれど、2年目の経験も加えると、どこにでもいるというワケではなさそうだ。生息する場所では比較的多産する印象があるが、全く見ない場所や個体数の少ないところも結構ある。
そういえば意外だったが、九州などの暖地では少ない種らしい。カトカラは西日本寄りの分布のものと東日本寄りに分布するものがいるから、西日本寄りのものは九州には沢山いるかと思いきや、そうでもないんだね。そういえば実際、沖縄などの南西諸島にはアマミキシタバくらいしかいないもんね。カトカラは南方系ではないと云うことだ。かといって北海道には産しないカトカラもいるから、元々寒冷地の蛾とも言い切れないところがある。意外と温帯を好む狭適応型の蛾なのかもしれない。テキトーに言ってるけど(笑)。

 
【成虫出現期】
近畿地方では6月中下旬頃から現れ、生き残りは10月中旬頃まで見られる。最盛期は7月上旬から半ばといったところかな。

 
【生態】
クヌギ、コナラを主体とした低山地の二次林を好む。
垂直分布の限界はミズナラ帯に準ずるものと思われる。おそらく標高1200~1500m辺りだろう。
灯火にも樹液にもよく集まり、糖蜜トラップにもよく反応する。樹液への飛来時刻は早く、日没後、真っ先にやって来る種の一つだろう。吸汁時は他のカトカラのように下翅を開かないとされるが、そうでもない印象がある。確かに開かない個体は多いが、開く個体もそこそこ見てる。吸汁が終わると、近くの木に止まっていることが多い。これはその日のうちに再び樹液に訪れる為だからと思われる。他のカトカラも同じ習性を持つものは多い。樹液が出ている木を見つけたら、その木だけではなく、周囲の木も探査しといて損はない。

昼間は頭を下向きにして樹幹などに静止している。
結構敏感で、近づくと素早く反応して飛び立ち、意外と採れない。着地時は上向きに止まり、数十秒以内に下向きになるという。夜間は他のカトカラと同じく上向きに止まっている。

因みに、石塚勝己さんは『世界のカトカラ』で、見た目が全然違うエゾシロシタバと近縁関係であることを示唆しておられる。西尾氏も『日本のCatocala』の中で、両者の幼虫の見てくれと生態が酷似していることを報告されているから、見た目以上に近い間柄なのかもしれない。
反対に他人の空似なんて事もあるから興味深い。ただキシタバ(C.patala)とコガタキシタバなんぞは見た目がかなり似ているし、幼虫の食樹も重なるから、近い関係にあるかと思いきや、系統的にはかなり離れているらしい。生き物って面白いやね。

 
【幼虫の食餌植物】
ブナ科コナラ属のクヌギ、コナラ、アベマキ、ナラガシワ、ミズナラ、アラカシが知られている。
食樹はどこにでもあるようなものだが、それと呼応してどこにでもいるワケではないので、やや不思議な感がある。
西尾氏の言によると、幼虫は樹齢10~30年の木を好むそうだから、その幼虫の嗜好性が分布と何らかの関わりがあるのかもしれない。また、その著書によると、アラカシ食いの個体群は上翅が暗化する傾向があるそうだ。

とここまで書いて、クロージングの仕方がワカンなくなった。
思い入れがないから、いつもみたいにカッコつけのモノローグで終わるワケにもいかんしなあ…。 
と云うワケで、このままグダグタで終わります。

 
                    おしまい

 
追伸

文中と小タイトルに「侏儒」と云う言葉が出てくるが、タイトルをつける時に浮かんだのが、芥川龍之介の箴言集『侏儒の言葉』と半村良の壮大な伝奇ロマン小説『妖星伝』だ。どちらも中学生の頃に読んだ小説だから、あんまし中身は覚えてないけれど、『妖星伝』はワクワクした記憶がある。地下世界で小人どもが暗躍、蠢くのだ。そういえば半村良には『侏儒の黄金宮』と云う作品もあった筈だ。読んでないけど。
因みに侏儒の意味だが、体の小さい人、小人とされる。また知識のない人の蔑称でもあるようだ。本タイトルとは関係ないけどさ。マメちゃんのことは蔑視しがちだけど、そういう意味をタイトルに込めたワケではない。
補足しておくと、箴言とは戒めの言葉。教訓の意味をもつ短い言葉。格言である。これまたタイトルとリンクしているワケではないので、あしからず。

追伸の追伸
Facebookに記事のリンクをあげたところ、カトカラ研究の第一人者である石塚勝己さんから以下のような御指摘があった。そのやり取りを記しておきます。

(石塚さん)
ブログの「去年、最初に展翅した・・・」て、コガタキシタバのように見えますが?
帯の形ですよねぇ…。

(ワシ)
でも胴体が細いし、小さかったのでマメかなと…。(ここでは書き忘れたが、帯が細くて黄色い領域も広い)

(石塚さん)
前翅亜基線の形状はマメではなくコガタのように見えますし、基部はマメより黒く見えます。後翅中央黒帯の形状もマメよりコガタに似ていますよね。
大分擦れている個体ですが、頭部から肩部の毛の色、こげ茶に見えるので、コダタではないかと思います。

こんなボロい個体でも見抜くなんて流石である。
プロはやっぱ凄いや。そう思っただすよ。
石塚さん、有り難う御座いました。

 

2018′ カトカラ元年 再開の御報せ

  
月刊むしの10月号(9月25日発売)の発行がほぼ確実なったので、無事ニューのカトカラも世に出そう。
関係者の皆様、御尽力有難う御座いました。
というワケで、10月頭には連載再開の予定です。

 

 
とはいえ、まだ一行も書いてないけどさ( ̄∇ ̄*)ゞ

 
追伸
因みに並べたカトカラの種類数と順番は、テキトーです。

 

カトカラ元年2018′ その五

 

    『孤高の落武者』

       vol.5 カバフキシタバ

 

闇に震撼した…。

2018年 7月14日。
京都市左京区の某所に着いたのは午後の4時だった。
天候は晴れ。とてつもなく蒸し暑い。

この場所は京大蝶研のOBであるTくんに教えてもらった場所だ。無理を言って後輩の蛾屋の子にカバフキシタバの採れる場所を訊いてもらったのだ。
狙ったターゲットは、普段は文献の記録を頼りに探しに行くことが多い。なのに形振(なりふ)り構わずわざわざ訊いたのは、今思えば余程採りたかったのだろう。

自分は不遜で負けず嫌いな男だ。
だから『世界のカトカラ(註1)』では国内最高峰の珍品度★5つ星、カトカラ界きっての稀種となっているカバフキシタバをカトカラ採りを始めて一年目にして採ってやろうと思っていた。最初にライト・トラップに連れていってくれたカトカラ好きのA木くんでさえもまだ採ったことがないと言ってたから、やりがいはある。
オラは人とは違う、( ̄ヘ ̄メ)まあまあ天才をナメんなよである。実績もさしてないのに変な自信だけはあるのだ。国内でも海外でも蝶はそんな感じで採ってきた。だから度々『蝶採りナメてんのか。』と叱られる。でも引きだけは強いから何とかなっちゃうんだよねー(・┰・)

歩きながら、何となく蝶採りを始めた頃の事を思い出す。
オデ、オデ、馬鹿だから、蝶採りを始めた一年目が終わって、周りに「約240種類いるとされる日本の蝶のうちの200種類を三年で、230種類を四年で採ったるわい❗」と宣(のたま)ってしまったのだった。
吐いた言葉は飲み込まない。だから言った手前、必死だった。中盤辺りから難易度がどんどん上がってゆくので、いつも背水の陣で臨んでいた。もし狙いの蝶が採れなければ来年に持ち越しになるから、翌年の日程が苦しくなって益々達成が難しくなる。ゆえに遠征の時などは取りこぼしは許されない。連続惨敗でもしようものなら、取り返しがつかなくなるのだ。スケジュールの組み方を一つ間違えただけでも命取りだ。発生期を外せば採れないし、それに天候だってある。こればかりはどうしようもない。悪ければ、ほぼアウトだ。運も必要なのだ。思えば、ボイントも殆んどが自分で探さざるおえなかったし、ギャンブルの連続だった。とにかく少ないチャンスを確実にモノにしていかなければならない。それに時間的、経済的な面から遠い所へはそう何度も行けはしない。車も持っていなかったから、簡単にリベンジはできないのだ。だいち翌週には次に採らなければならない蝶の発生が迫っている。採れなければ、どんどんスケジュールはカツカツになってゆく。だから、いつも血眼になって探し回ってたっけ…。
愚かな挑戦だったが、結局三年で221種類、四年で238種類が採れた。お陰で苦い思い出にはならずに済んだ。虫は採れなきゃ面白くないのだ。だからカバフも一発で仕止めちゃる。でもって、その勢いで今年中に日本産カトカラ全31種のうちの半分は片付けてやろうじゃないか。

 
早くも汗だくになりながら、山の入口へと辿り着く。
何か看板がある。

 

 
しょえー(|| ゜Д゜)
熊って夜行性だよね❓、絶対そうだったよね❓
一瞬、熊と遭遇した時のことを想像した。マウントされて、上からボコボコにされてる図だ。
で、内臓食われんだ。シクシク(;_;)。んでもって暫く誰にも発見されないのだ。山中、o(T□T)oハッコツシターイ❗ (*ToT)やだよー、白骨死体だなんて。

眦(まなじり)をキッと上げる。
だからといって撤退する気は毛頭ない。熊が怖くて、虫採りがやってられっかいι(`ロ´)ノである。欲望が恐怖をも凌駕するのだ。それが虫屋の性(さが)というものだ。やるっきゃない。

Tくんには詳しい場所は聞いてない。京都市左京区○○とだけしか教えてもらってなくて、その下の町名までは報されていない。といっても○○だけじゃ広過ぎる。よほどTくんにもう一回訊こうかとも思ったが、カッコ悪いのでやめた。ピンポイントで場所を教えてもらったら楽だし、確実ではある。しかし、それじゃ面白くない。予定調和なんぞ、糞喰らえだ。だいち、そんなの狩りじゃない。それにそんなところには浪漫は微塵も無い。自身の全知全能をフル回転して採ってこそ、エクスタシーと云う快楽は与えられる。物語のない虫採りに、ロマンなどありはしない。

場所は国土地理院の地図とGoogleマップを見てエリアを4分割し、最も可能性の高い場所に決めた。それが昔一度だけ来たことのある所と偶々(たまたま)合致した。ちょっと一安心だ。まるで土地勘のない場所よりも効率よく探せる。
ところで、こんなとこ何採りに来たんだっけ(・。・)❓
あっ、オオウラギンスジヒョウモン(註2)か。しかも秋だな。そのうち何処かで採れるだろうと思っていたが、中々出会えなくて結構苦労した記憶がある。ここでも結局会えなかったんじゃないかな。

先ずはカバフの幼虫の食餌植物であるカマツカの木と樹液の出ている木を探そう。無ければ他のエリアを探すしかない。

しばらく歩くと、またしても熊注意の看板が出てきた。

 

 
悪戯に恐怖心を煽るのぅー( ´△`)
前途多難じゃよ。

 

  
これってサクラ類の葉っぱだよね❓
もしかしてカマツカ❓(註3)
結構、大きな木だ。ここも一応チェックポイントにしよう。夜に♀が産卵に訪れるかもしれない。

さらに歩くと、その花らしきものも見つけた。

 

 
ネットで調べたカマツカの花って、こんなだっけ❓
ワカンナイや。植物のトーシロに、んなもん分かるワケねえわ(;・ω・)

いくつか樹液の出ているクヌギの木を見つけた。
だが、左右に分かれた道のそれぞれ2本ずつだけだ。何れも道の奥で、互いの距離はそれなりにある。両者を歩いて移動するのに最低でも15分くらいはかかりそうだ。帰りのバスの時刻を考えると、持ち時間はそうはない。移動の時間が勿体ないから、どちらか一方に絞った方がいいかもしれない。でも、そうなると賭けに負ければ地獄ゆきだな。

 
日が暮れ始めた。
そろそろポイントをどっちにするか決めなければならない。

結局、樹液がより出ている方のポイントを選択した。但し、そちらは一本は崖の上、もう一本は森の奥まで入り込まねばならない。でもって、かなりの急斜面にある。熊が出たら、一貫の終わりだ。それこそ死体は発見されんじゃろう。
一瞬、やはりもう片方のポイントにしようかと心が揺れ動いた。そちらは道沿いだし、もし居たとしたら採り易い場所でもある。更には杉の植林が多いから、熊の出る確率も低そうだ。
いや、よそう。楽して採ろうなんて虫がよすぎる。神様は、きっとチキンハートな者には微笑まないだろう。

 
午後7時10分くらいに日が沈んだ。

 

 
やがて、徐々に風景は色を失い。闇が支配する世界がやって来る。

 

 
おいおい、真っ暗けやないけー。
街灯も一切ないしぃ~。そして、ここは擂り鉢状の地形になっており、市街地の灯りも全く見えないのだ。しかも、今日は新月。月の光もないから漆黒の真っ黒けー。してからに一人ぼっちで真っ暗な森の急斜面を徘徊かよ。アタマがオカシクないと、こんな事は出来しまへん。我ながら完全なおバカさんだ。苦笑する。

森に突入する。
懐中電灯の照らしたところだけが、切り取られたように青白い。背中にベッタリと恐怖が張り付く。
上を仰ぐ。🎵ららら…🌟星き~れぃ~。

樹液の出ている2本の木を行ったり来たりする。
でも行ったり来たりしているうちに新たな恐怖が芽生え始める。考えてみれば、懐中電灯を1本しか持ってない。もしコレが途中で消えたらと思うとチビりそうだ。しかも予備の電池も持ってないときてる。致命的ミスだ。ようはぬけてるというか、なあ~んも考えていないのである。それでも目的のものは大概採れてきたから始末に悪い。蝶採りナメとんかと言われても仕方ないよね。
加えて所詮は百均で買った安物の懐中電灯だ。性能に大いに不安がある。前に突然接触が悪くなり、プッツリ消えたことがあることを思い出し、ゾッとする。その時は小太郎くんがいたからいいようなものの、今夜は一人きりだ。切れた時のことを想像すると、ベソかきそうだ。
道から近い方の樹液の出ている木は、まだいい。灯りが消えてもギリ夜目でも何とかなるだろう。問題は森の奥の木だ。もしそっちでブラックアウトしたら、おしまいだ。道無き複雑なルートなだけに到底戻ってこれない。倒木だって結構あるから、その場から動けなくなる。しゃがみ込み、熊の恐怖に怯え、朝が来るまで(/´△`\)シクシク泣き続けるしかないだろう。
とはいえ、それが一番正しい選択なのだ。下手に動いたら益々ドツボにハマる可能性が高い。それこそ死の危険に近づくことになる。その辺はダイビングインストラクターをしていたので、教えとして骨の髄まで刷り込まれている。水中で迷ったら、慌てて動き回るのが一番してはいけないことなのだ。パニくってかえって事態を悪化させることの方が多い。その場にとどまってよく考え、一度浮上して位置を確認するなり何なり冷静に対処するのが正しい。幸い此処は陸上だ。空気が無くなる心配はない。もっと気楽にいこうぜ、ベイベェ~(*^ー^)ノ♪
(ー_ー;)あかん…。陽気に心を宥めてみたがダメだ。そんな状況で鋼の心を持つことなど無理だね。

 
もう一時間くらいは異次元ワールドを徘徊している。段々、頭がオカシクなってくる。そのうち、この世の者ならざるモノを見るやもしれぬ。お化けとか幽霊が出たら、髪の毛真っ白になって発狂だな。

午後8時半。
道から近い方の崖の上の木を、さして期待もせずに懐中電灯で照らした。
一瞬、幻覚かと思った。突然、下翅を開いた何かカトカラらしきものの姿が目に飛び込んできたのだ。距離は目測7、8m。遠いが、その特徴的な上翅と下翅の明るい黄色で瞬時にして理解した。間違いない。カバフキシタバだ❗( ☆∀☆)カッケー❗
💓ドクン、ドクドクドクドクドクドクドクドク…。
即、心臓の鼓動が早鐘の如く打ち始める。この血が滾(たぎ)るようなワクワク感と是が非でも採りたい、採らねばならぬというプレッシャーがない交ぜになったゾクゾク感、堪んねぇ。肌が粟立つ。久々、気合いがバシバシに入る。
一度、その場で大きくゆっくりと息を吐く。
それでスイッチが入った。さあ、戦(いくさ)の始まりだ。全身に力が漲(みな)ぎってゆく。この戦闘モードに入ってゆく瞬間が好きだ。闘争は恐怖でもあるが、エクスタシーでもあるのだ。ケンカと同じだ。
先ずは慎重に小崖をよじ登る。そして木を掴みながら斜面をそろりそろりと距離を詰めてゆく。
よっしゃ、射程内に入った。でもそこで迷いが生じた。ポケットに捩じ込んだお散歩ネットで仕止めるか、それとも毒瓶を上から被せるかで心が揺らいだ。
毒瓶を直接かぶせるのって、あんまりやったことがないんだよなあ…。ダイナミックな採り方じゃないから好きじゃないのだ。
しかし、出した答えは毒瓶を被せるだった。網だと背中の毛がハゲちょろけになりやすいからだ。カトカラは迅速に〆ないと、すぐ無惨な落武者になってしまうのだ。直接毒瓶でゲットするのが一番ハゲちょろけになりにくいのである。

左手に懐中電灯、右手に毒瓶を持って、息を詰めて近づく。ドキドキの心臓バクバクだぜ。そっと毒瓶を持っていき、一気に被せてやろう。
ハッ(゜ロ゜;、だが被せようと毒瓶の先が僅かに動いた瞬間だった。飛んだ❗
ゲゲッΣ( ̄ロ ̄lll)、逃げよった❗
慌てて懐中電灯で周りを照らす。光がメチャメチャな軌道で激しく闇を切り裂く。しかし、ようやくその姿を捉えた時には、彼奴は既に斜面の奥の闇へと消えようとしていた。最早そのまま見送るしかなかった。
Σ(T▽T;)あーん、やってもたー。ワイ、呆然自失。その場に力なく佇む。
(;・ω・)何でやねん…。めっさ敏感やんけ。何だか泣きたくなってくる。何のために今まで恐怖に耐え忍んできたのだ。全ては無意味だ。ゼロじゃないか。

まあいい。時間はまだある。大丈夫、そのうちまた飛んで来るさ。どんまい、どんまい、ドン・ウォーリー。心の中で自分を励ます。でないと、己の不甲斐なさにその辺の灌木にメガトン級の蹴りを入れそうだった。

しかし、何度も往復するもいっこうに姿を現さない。
暇潰しにでも採ってやろうかと思ったオオトモエ(註4)たちにさえも、近づけば嘲笑うかのように何度も逃げられる。ナメとんのか、ワレ(-_-#)

カチッ。
時々、懐中電灯を消す。暇なのもあるが、少しでも懐中電灯をもたせようと云うセコい計算だ。
それにしても本当に真っ暗だ。鼻を摘ままれそうになってもワカリャしない闇だ。べっとりと塗り込られたような黒には、遠近感が無いのだ。そういえばイランとパキスタンの国境に跨がる砂漠で過ごした夜も、こんな漆黒の闇だった。普段、我々が見ている夜の闇は本当の闇ではない。必ず何処かしらからの人工の光が届いていると云うことを今更ながらに理解する。月明かりのない闇とは本来こういうものなのだ。今、眼前にあるのは、謂わば太古の闇だ。
心と闇の境界線が溶けてゆくような錯覚に襲われる。ともすれば、体も無くなってゆくような不思議な感覚だった。でも五感はある。しかも、より鋭敏になっているような気がする。
( ̄□ ̄;)ハッ、自身が闇と同化して消えて無くなるのではと思い、慌てて懐中電灯を点ける。すると、まるで手品のように森の木立が現れる。と同時に、あの不思議な感覚は消えてしまう。目に見えるものが全てではないのだろう。風が目に見えないように。

そうしてる間も刻一刻と時間は削られてゆく。帰りのバスの事を考えれば、ここを10時15分くらいには離れなければならない。
取り逃がしたことをジクジクと後悔する。1頭目はハゲちょろけになる事など気にせず、確実に採る為に網を使うべきだった…。被せる瞬間に、より照準を確実に定めるために一瞬躊躇しなかったか?…。いや、正面からではなく、下から持っててガッと被せた方が良かったかも…。そんな事をグズグズ考えていると、忸怩たる思いで心が溢れ出しそうになる。

そんな折りだった。
『グオーッ❗、グオーッ❗、グオーッ❗』
突然、森の奥で得体の知れない何かが吠える声が、闇に谺した。
💥(|| ゜Д゜)ビクッ。ピタリと体の動きが止まり、全身に戦慄が走る。そして、不気味な静寂。
何なんだ❓太い鳴き声だったから鹿ではないことは確かだ。野犬でもあるまい。野犬といえども鳴き声はフツーの犬と同じだ。キツネやタヌキでもなさそうだ。こんな声じゃなかった筈だ。じゃあ何なんだ❓ガルルの穴熊(註5)か❓それとも熊さん❓サンチュウ、ハッコッシターイヽ(ToT)ノ
泣きっ面に蜂ところじゃねえや。
でもゼッテー帰らんぞ(-_-#)、帰ってなるものか。
たとえ死の翳りに伏すとも…。何かの小説の一節が頭を過(よぎ)る。これ、何だっけ?だが何という題名の小説の中の言葉だったか思い出せない。バカか。そんな事、今はどうだっていい。そんな場合ではない。
でも、ここまできたら、引き下がるワケにはいかない。

『グオーッ❗、グオーッ❗、グオーッ❗』
再び咆哮が闇をつんざいた。背中の毛が逆立つのが自分でもよく解った。恐怖に支配されかかっている。
でも、段々腹が立ってきた。ワケのワカラン奴に脅されるのもムカつくし、それに支配されかかっている自分も許せない。

『うっせぇー、ボケー❗てめえブッ殺すぞ(#`皿´)❗』

気がついたら、大声で叫んでた。
( ̄▽ ̄;)あちゃー、死んだな。愚かだ。アホ過ぎる。全然冷静じゃないじゃないか。
しかし、ナゼかそれきり吠え声は止まった。ワシの気迫にビビったかえ(;・∀・)❓
とはいえ、かえって恐怖は増したりなんかした。熊さまは大変お怒りになって、闇からコチラの動静を伺って、いきなり背後から襲ってくるやもしれぬ。以降、ビビりまくりの全身全霊で気配と野獣臭に気を配った。時々、後ろを振り返ったりなんかしてね。ワシ、本当はごっつ小心もんなじゃよー(T△T)

更に時間は削られてゆく。
午後10時前になった。あと此処にいられるのは10分少々だ。心が悲鳴を上げそうだった。段々、顔が醜く歪んでゆく。あんさん、あんじょう殺したってやあ。

最後の望みをかけて、取り逃がした場所へと行く。
祈るような気持ちで懐中電灯を照らす。
(@ ̄□ ̄@;)ぐわん❗❗その光の束の先に、まさかのカバフがいた。ドラマは急速に動き出す。毎度、毎度のドラマチックな展開だ。有り難いが、何ゆえ神はどうしてこうもワタクシを試されるのだ❓
とにかく、ここであったが百年目、この神に与えられし千載一遇のチャンス、逃してなるものか(=`ェ´=)

悲愴感を振り払うかのように深呼吸する。そして、気合いを入れて崖をよじ登る。慎重に距離を詰める。その刹那も頭の中を考えが答えを求めて目まぐるしく駆け巡る。どうする❓網でいくのか、それとも毒瓶でいくのか❓どっち❓どっち❓どっちが正解なのだ。

出した答えはこうだ。
やはり落武者にしたくないので毒瓶でいこう。しかし、万が一ハズした時のことを考え、左手にお散歩ネットを持つことにした。それでダメなら、熊に喰われて死んでやる(-_-#)

目の前まで来た。
懐中電灯を口にくわえる。汚いが、もうそんなこと言ってらんない。毒瓶の蓋を取り、静かに足元に置く。そして左手に網を持つ。二刀流”羅生門”❗(註4)。ワンピースのゾロ気分で立つ。

慎重度マックスで毒瓶を近づける。
たぶん、初めて見た個体と同じ奴だろう。今度こそ捕らえてやる。もう躊躇はしない。思いきって被せにゆく。

💥カポッ。
だが、ギリギリすんでのところで飛び立った❗
ゲロゲローΣ( ̄ロ ̄lll)❗❗❗❗❗、ハズした❗
糞ッタレがっ❗己に対しての怒りに血流が憤怒の河となって逆流する。急な斜面だがアドレナリン全開。懐中電灯を口にくわえたまま後を追う。殺(や)ってやる。

10mくらい追い掛けたところで、照葉樹の繁みに止まった❗しめた(・∀・*)
しかし、変な所に止まっている。下から網をもってゆくか、横に払うか迷うところだ。いや、横からは枝が邪魔して無理っぽい。どうする❓だが時間は切迫している。迷っているヒマはない。もうボロボロになっても仕方ない。肉を切らして骨を断つ❗
秘技『⚡雷神』❗渾身の一撃を💥”斬”❗上から下へとザックリ振りおろす。

恐る恐る中を見る。( ☆∀☆)入っている❗
でも時間はない。急いで毒瓶を網の中に突っ込み、取り込みにかかる。しかし、お散歩ネットは濃い緑色だ。中を視認しにくい。又しても選択ミス。おまけに暴れて網の中で逃げ回る。ダメダメダメ~(T_T)、ボロボロになっちゃうー。
焦れば焦るほど上手くいかない。汗が滴り落ち、くわえた懐中電灯の横からヨダレが流れ出る。
えーい(*`Д´)ノ、もうどうなっても構わん。おどれ、絶対に捕獲しちゃるわいΣ( ̄皿 ̄;;❗
とぅりゃあー、ヤケクソで半ば無理矢理にネジ込んでやった。

ハー、ハー( -。-) =3、ゼー、ゼー( ̄◇ ̄)=3
その場にへたりこむ。
やったぜ、仕留めた。安堵と達成感がジワジワと全身に拡がってゆく。

 

 
シンプルだがスタイリッシュな上翅と、下翅の鮮やかな黄色。間違いなくカバフキシタバだ。
ふはははは……Ψ( ̄∇ ̄)Ψ
蛾を本格的に採り始めて1年目にして早くもカトカラの最稀種とも言われるカバフキシタバ様をGETじゃーい❗ 俺って、やっぱ引きだけは強いのれす。(^o^)オホホのホー。

  

 

 
(裏面)

 
とはいえ、見事にハゲちょろけて落武者化している。
だが、むしろ最後まで生き延びようと抗い闘い続けた孤高の侍の証しだと思った。敬意をもって三角紙に収める。
それに、漆黒の闇に震撼し、謎の動物の咆哮にビビりまくりつつも撤退ギリ3分前に仕止めたのだ。コチラだって全身全霊で闘ったのだ。その証しでもある。落武者禿げチョロケも勲章と考えればいい。

超特急で帰り支度をし、真っ暗な坂道を足早に歩く。
この深い闇も、今や怖れるものではない。むしろ、夜の冷気と共に優しく包んでくれているようにさえ感じられる。

やがて、街の灯が見えてきた。
そこには、きっと目映(まばゆ)い光を灯す最終バスが待っている筈だ。
 
                   おしまい

 
 
その時のものがコレだ。

 

 
蛾採りを始めてまだ一年目だとしても、酷い展翅だ。
上翅も上がり過ぎだし、下翅は下がり過ぎだ。触角も酷い。
思い出したけど、コレって下翅が上翅の下にどうしても入らなくて諦めたんだよね。だから下翅を上げられなかった。上げれたら、もう少しマシになってたかもしれない。
兎に角あまりに酷いし、これではカバフの美しさが伝わらないから、今年展翅したのを添付しておきます。

 
(Catocala mirifica ♂)

 
(同 ♀)

 
雌雄の判別は尻の形で、だいたい区別できる。
細長くて、尻先に多めに毛束があるのが♂で、尻が短くて太く、尻先の毛が少ないのが♀である。
あとは比較的♀の方が翅形が丸い。
 
裏面はこんなん。

 

 
いやはや、ちゃんと展翅するとカッコイイねぇ。
こうして改めて見ると、数多(あまた)いるカトカラの中でも特異な姿だ。上翅のシンプルで渋いデザイン、下翅の鮮やかなレモンイエローが異彩を放っている。世界を見回しても、似た者はいない。そういう意味では、孤高のカトカラと言ってもいいだろう。

種の解説もしておこう。

 
【学名】Catocala mirifica (Butler, 1877)

フランス語にミリフィック(Mirific)と云う言葉があるから、おそらくラテン語由来だろう。
フランス語 Milific の意味は「驚くべき」「素晴らしい」など。

蝶にも同じ小種名のものはいないかと探してみたら、ジャノメチョウ科にいた。
豪州とその周辺に Heteronympha mirifica というジャノメチョウ科のチョウがいるようだ。
それにしても、ヘテロナュムパ(Heteronympha)って、なんだか舌を噛みそうな属名だにゃあ。
一応、平嶋義宏氏の『蝶の学名-その語源と解説-』で調べてみたら、ちゃんと載ってた。この本には毎度助けられてるなあ。重宝してます。
それによると、ヘテロナュムパはミナミジャノメ属と訳されておる。mirifica(ミリフィカ)はやはりラテン語で、 milificus の女性形なんだそうな。意味は「驚くべき、不思議な」となっていた。ミリフィカという素敵な響きといい、この佳蛾には相応しい学名だと思う。

 
【和名】
由来は調べたがワカンナイ。カバは樺の木かなあ❓それとも蒲の事なのかなあ❓湿地に生える蒲(ガマ)の事をカバとも言うからね。どちらにしても色は茶色だ。おそらく上翅の先の紋の色を表しているものと思われる。
問題はフだ。斑(ふ、ぶち)なのか布(ふ)なのかなあ。たぶん斑の方だろうけど、ブチといえばブチハイエナとかブチ犬など複数の斑点を持つものを指すイメージが強い。
一応調べてみたら、「斑(まだら)は、種々の色、また濃い色と淡い色とが混じっていること。」ともあるから、あながち間違っているワケではなさそうだ。
まあ、そうだとしても、個人的には何か納得できない和名だけどね。もう少し良い名前をつけて欲しかったなというのが、正直な感想だ。

 
【開帳】
45~58㎜。
基本的にはフシキキシタバやコガタキシタバなどよりも、やや小さい。だが大きさには結構な幅があり、小さいものではマメキシタバくらいしかないものもいる。

 
【分布】
関東以西の本州、四国。
西側に多いが、局所的で稀とされている。また各地で得られる個体数も少ないようだ。但し、島根県浜田市田橋や三重県青山高原では多くの個体が得られている。とはいえ、浜田市田橋は産地が潰れたという噂を聞いているし、青山高原は風力発電の施設が出来てからは激減したそうだ。関東では伊豆半島が確実な産地として知られている。

因みに、長いあいだ日本固有種とされてきたが、近年、中国でも発見されている。

 
【成虫出現期】
6月下旬から現れ、8月下旬まで見られる。
近畿地方での最盛期は7月上、中旬と思われる。

 
【生態】
成虫は好んでクヌギやコナラなどの樹液に集まる。
飛来時刻は他のカトカラと比べて遅く、午後8時を過ぎないと飛んで来ないようだ。京大蝶研のTくんからも事前にそう聞いていた。これは翌年(2019年)に各地で確認しているので、少なくとも近畿地方では安定した生態だと言っても過言ではないだろう。
今年は糖蜜トラップも試してみたが、よく飛来した。糖蜜のレシピにもよるのだろうが、樹液よりも寧ろ糖蜜に反応する事の方が多かった。
主に低山地の落葉広葉樹林帯の開けた二次林に見られる。西尾規孝氏の『日本のCatocala 』によると、飼育経験から低温と高温、乾燥に弱いという。また、良好な発生地の中には湿潤な地方があり、近畿、中国地方のブナ帯下部からコナラ群落を好む狭適温性の可能性があるとしている。
これに関しては当たっているところもあるが、微妙という印象を持っている。たしかに湿潤なところにもいるが、そうでもないところにもいるからだ。狭適温性と云うのにも疑問がある。少なくとも近畿地方では、特別な気候の場所に棲むと云う印象はない。

日中はアカマツなどの木に頭を下にして翅を閉じて静止している。その特徴的な上翅の斑紋から、他のカトカラと比べて比較的見つけやすい。

余談だが、カバフは背中の毛が薄いのか、すぐにハゲちょろける。これは翌年(2019)わかったのだが、落武者化する確率が異様に高いのだ。因みに、このハゲちょろけることを上の世代では「金語楼になる」とおっしゃっているようだ。これは落語家の柳家金語楼がハゲちょろけてるところからきているらしい。でもさあ、柳家金語楼なんて今時の人は誰も知らないよね(笑)

 
【幼虫の食餌植物】
バラ科 カマツカ(Pourthiaea villosa)。

 

 
漢字で書くと鎌柄となる。これは材を鎌の柄に用いたことによる。材質が硬く、別名ウシゴロシ(牛殺し)とも言われる。

『日本のCatocala』によれば、幼虫はカマツカの大木を好むという。5齢幼虫は花と蕾を摂食し、この事から花を豊富に付けるカマツカの大木が必要のようだ。稀種とされ、個体数も少ないのは、おそらくこの幼虫の嗜好性に因るものではないだろうか。

 
追伸
この時の経験が一つの分水嶺となった。
それ以降、闇に対する畏怖が大幅に軽減したという実感がある。あの時の恐怖に比べれば、他は屁でもない。お陰で余計なことを考える事なく、ターゲットに集中できるようになった。謂わば記念碑的な日でもあったのだ。当ブログに書いた四話構成の2017版『春の三大蛾祭』シリーズ(2018年版ではない)の頃から考えれば、隔世の感がある。
恐怖は想像する事にある。その侵入をブロックすることが出来たら、闇もそれほど恐るるものではない。

実を言うと、この回の草稿は既に7月上旬には出来ていた。でもゆえあってアップを控えていた。
通例ならば、次回は2019年版のカバフ続編になる筈だが、その関連で10月以降になる予定。理由は月刊むしの10月号(9月発売)を見て下されば、いずれ解るかと思われます。それまではカトカラシリーズのvol.6を書くか、休止している『台湾の蝶』シリーズを再開させるかは未定。もしくは他の昆虫の記事になるか、食べ物系になるかもしれない。或いは完全お休みになるかもね。もう一回、長野の行って紫の君に会わなければならないのだ。

言い忘れたが、三角紙上のカバフの一連写真は帰りのバスの中で撮ったものだ。現場で写真を撮っているヒマなど無かったって事だね。それくらいギリギリでのゲットだった。

 
(註1)『世界のカトカラ』

 
月刊むし・昆虫図説シリーズの第一弾(2011)。
カトカラの世界的研究者 石塚勝巳氏による全世界のカトカラを紹介したものだが、同時に日本のカトカラ入門書としても使える本。

 
(註2)オオウラギンスジヒョウモン♀
(2015.6.14 京都府南山城村)

 
ヒョウモンチョウの仲間は結構好き。

 
(註3)これってカマツカ❓
たぶんウワミズザクラ。翌年、確認した。
ウワミズザクラといえば、シロシタバ(Catocala nivea)の食樹だ。時期に行けば、いるかもしんない。行かないけど。

Facebookで、さる方から花の付いてる木はリョウブだと御指摘があった。確かにウワミズザクラの花の時期は5月くらいだから、とっくのに前に終わっているもんね。間違えました( ̄▽ ̄)ゞ

 
(註4)オオトモエ
(2018.8.9 奈良県大和郡山市)

 
普通種だが、デカくて中々立派な蛾だ。こういう黒っぽい個体はカッコイイと思う。

 
(註5)ガルルの穴熊
昔、フジミドリシジミを採りに滋賀県比良山に行った時の話だ。山道を歩いていると、一所懸命に穴を掘っている動物がいて、タヌキかなと思ったが、にしては白っぽくて、どうも違うような気がした。向こうが気がついてくれないので、しようがなしに背後から近づいて行ったら、7、8m手前で振り向かれ、ガルルーとムチャクチャ威嚇されたのだった。マジで怖かったー。
帰ってから調べてみたら、アナグマだった。

 
(註6)二刀流”羅生門”
漫画『one piece』の登場人物ロロノア・ゾロの必殺技の一つ。両腰に一本ずつ刀を構えた居合の構えから抜刀し、対象物を縦に一刀両断にする。技の初登場は「ウォーターセブン編」。

  

続・コガタキシタバ

    『サボる男』

 

2019年6月17日。
ウスイロキシタバを西宮市に探しに行った。
樹液の出ている木を何とか見つけて、そこで待っていたら日没後すぐにフシキキシタバ(註1)がやって来た。
フシキにはとっくに厭きているけど、目的のウスイロは来ないし、退屈だから見映えの良さそうなものを選んで採っていた。
4頭めに採ったヤツを見て、何か違うと感じた。
大きさは同じだが、よく見ると下翅の黒帯が太い。
それに上翅の感じも何となく違う。裏返してみると、こりゃ全然違うなと思った。帯が太くて全体的に黒っぽいのだ。
何だこりゃ( ・◇・)❓

 

 
しばし考えたところで、ようやく思い至った。コレって、もしかしてコガタキシタバじゃなくなくね❓
コガタキシタバは6月下旬発生のイメージだったけど、考えてみれば今はもう6月中旬も後半だ。有り得るよね。

それからは何となく雰囲気の違うものを選んで採ったら、全部同じようなヤツだった。それで確信した。おそらくコヤツらはコガタキシタバで間違いないだろう。

裏側が黒っぽくて、黄色が薄いのがコガタキシタバだと理解した。反対に、全体的に黄色っぽくて黄色と黒のコントラストがハッキリしているのがフシキキシタバだ。慣れると飛んでるのを下から見ても見分けがつく。

 

 
羽を閉じて止まっている時は一瞬どっちか迷う。でも何となく違うと感じたものは、採ってみたら全部コガタだった。この辺は感覚的なもので、センスとしか言い様がない。
そういえば図鑑か何かで、このカトカラは上翅の柄がヴァリエーション豊富であると書いてあったことを思い出した。コガタキシタバは去年1頭しか採ってないから大きなことは言えないけど、少なくとも上翅の真ん中が白いのは100%コガタキシタバだということは知ってる。

あと、樹液を吸汁し始めると下翅を開くので、その黒帯が太ければコガタ、細ければフシキだと考えてほぼ間違いなかろう。

この日は3♂3♀の計6頭が採れた。
その後、池田市の五月山公園、矢田丘陵、京都市左京区、宝塚市などにもいた。正直、どこでもいるという感じだ。
だが西宮市のこの場所を除いては、総じて個体数は少ない。その日見るのは、せいぜい1頭から3頭って感じだった。

 
【コガタキシタバ Catocala praegnax ♂】

 
出始めの新鮮な個体なので、前脚がもふもふである。それを強調してみた。
この前脚を出す出さないは意見の分かれるところだが、オラはそんなのどっちだっていい。気分で出したり出さなかったりする。

  

 
触角を更に怒髪天にしてみた。
👿邪悪な感じになるね。蛾にもだいぶ慣れてきたけど、いまだに蛾=闇の使者➡邪悪というイメージが心のどこかにある。幼少期に刷り込まれた概念は中々払拭できないもんだね。

  

 
今度は触角を横に寝かせてみた。
たぶん、この中間が正解なんだろな。

以上が♂である。
基本的に♂は尻が細くて長く、尻先に毛束がある。

前翅の柄は『世界のカトカラ』によれば、「前翅基部は黒化し、内横線と外横線の間が白化傾向になる個体が多い。」とある。なるほどね。確かにそんな感じだわさ。

ここから下が♀。

 

 
この個体は上翅にメリハリがない。白帯も薄い。

それはそうと、やっぱデブだよなあ。
デブだと蛾感が増すから、好きになれないのかもしんない。

 

 
これもメリハリが弱い。
結構、バリエーションがあるんだね。

 

 
これは少し白帯が出てるかな。
♀って、あんま白帯が出ないのかなあ❓

 

 
あっ、これは出てるなあ…。
どうやら白帯の出る個体は、♂♀関係ないようだね。

 

 
コレなんかはメリハリもハッキリしていて、♂よりも顕著だ。カッコいい。
こんなのばっかだったら、もっと評価されるのにね。図鑑や各種のコメントなど、コガタキシタバを熱烈に褒めるものを見たことがない。あんま、人気ないんだろなあ。アチキもコガタはどうでもいいっちゃ、どうでもいい存在だ。
でも、そう思うと何だか不憫だ。同情するよ。自分がもし、こういう評価や扱いをうけたらキツいなあ…。でも世の中、大部分がそういう人たちだったりもする。
やめとこ。今はそんな事を考えても栓かない。

そうだ、裏展翅もしたな。

 

 
前回に載せた裏展翅はもっと薄い色の印象があるが、より黒っぽくて、黄色と黒のメリハリかある。
カトカラって標本にして時間が経つと色褪せるのかなあ…❓

Σ(゜Д゜)あれぇー、そんな事よりも採ったのって、たったコレだけかあ❓
最初に6頭だよね。で、展翅したのは9頭しかない。
計算が微妙に合わなくねえか❓
けど、3頭は展翅してないのは自分でも知ってる。にしても案外採ってないぞ。他の場所で如何にサボってたかが、如実に表れてる。考えてみれぱ、途中から見ても結構スルーしてたなあ…。
飽き症なのだ。最初の3、4つを採ると、途端に集中力もやる気もなくなる人なのだ。
そういえば皆が憧れる蝶の一つクモツキ(クモマツマキチョウ)でさえも、5分で3頭採って雪渓で寝てたっけ…。

 
【クモマツマキチョウ(雲間褄黄蝶)♂】

 
『イガちゃん、クモツキやで、クモツキ❗ 妖精クモツキにもう飽きたん❓ 信じられへんわー。』

そんなことを言われるような男なのだ。世にいう『イガちゃん3頭伝説』である(笑)。以前から3頭採ったら飽きるイガちゃんと揶揄されていたのだが、それがクモツキでさえもそうだったって話だすな。

またこんな事もあった。
師匠に中国地方にゴマシジミを採りに連れていってもらった時のことだった。
斜面で、その日会った人と何となく立ち話をしていたら、下から師匠の大声が飛んできた。

『こらあー、何サボっとんねん❗喋ってるヒマがあったら採れー❗』
 
立て続けに『おまえ、いくつ採ったんじゃあ❗』という声が飛ぶ。

『10頭でぇーす❗』

『(ー。ー#)それくらいやったら、まあええわ…。』

叱られる事は予想していたので、まあまあ頑張っていたのである。短時間ならば、合格の数字だろう。

みんなにもっと採らなきゃダメだと言われ続け、実際自分でも後でもうちょっと採っとけばよかったと後悔することしきりなので、最近は流石に3頭以上は採るようにはしている。それでも惰性になるのは早い。5頭目辺りからモチベーション急降下。いくつ採ったか、数さえワカンなくなる。

ダメな男である。

 
                おしまい

 
追伸
次回、いよいよシリーズ前半のハイライト、カバフキシタバだっちゃ。そもそもこのカバフとムラサキシタバの事が書きたいから、始めた連載なのである。
シリーズ渾身の一作、乞う御期待❗
まだ一行たりとも書いてないけどー( ̄∇ ̄*)ゞ

 
(註1)フシキキシタバ

(裏面)

(裏面)

 
フシキキシタバの関しての詳しいことは、第1話『不思議のフシキくん』を読んでくだされ。

 
《参考文献》
石塚勝己『世界のカトカラ』 むし社

 

2018′ カトカラ元年 その四

  『ワタシ、妊娠したかも…』 

   vol.4 コガタキシタバ

 
 
『ワタシ、妊娠したかも…』と彼女は言った…。

 
正直言うと、コガタキシタバは最初に採った時の記憶があまりない。

 
【コガタキシタバ Catocala praegnax ♀】

 
(裏面)

  
場所は矢田丘陵なのは間違いないが、細かいシチュエーションの記憶が殆んどないのだ。確認すると、日付は7月10日となっている。

小太郎くんが『あっ、コガタキシタバですよ。まだ採ったことないでしょ。採らないんですか?』と言って、『ワカッター、じゃあ一応採っとくー。』的な会話があったような気もするが、定かではない。

当時のFacebookにあげた記事を遡ると、こんな風に書いてあった。

『たぶん、コガタキシバかな?
だとしたら、採ったことがないから素直にちょっと嬉しい。
なのに蝶じゃないから、触角はアグレッシブに天突く怒髪天にしてみた。蛾の展翅は知らない分だけ自由な感性で勝手にやれるからお気楽。』

これだけである。
しかも、展翅写真もこの♀だけしか残されていない。
稀種じゃないから、この1頭しか見てない筈はないんだけど、無いと云うことは興味があまり無かったのだろう。パタラキシタバ(=キシタバ Catocala patala)を小型にしたような奴で、特別個性を感じなかったのかもしれない。
いや、たぶん1頭採れれば充分だと思ったような気がする。デブだしさ。
ワモンキシタバの回で、フシキキシタバ、ワモンキシタバと美しいカトカラが続いたから、完全にカトカラにハマっとか書いたが、よくよく考えてみればアレって嘘である。全くの嘘ではないが、正直ムラサキシタバとカバフキシタバ、シロシタバ、ナマリキシタバ辺りにしか興味はなかった気がする。ようは、根がミーハーなんである。美しいカトカラは採りたいと思ったが、他はどうでもいいやとでも思っていたのだろう。

 
【分類】
ヤガ科(Noctuidae) シタバガ亜科(Catocalinae)
カトカラ属(Catocala) Schrank, 1802

 
【学名】
Catocala praegnax praegnax(Walker,1858)

ネットで最もポピュラーなサイトである jpmoth(みんなで作る日本産蛾類図鑑)では、aegnax が2つ連なってるから、たぶん日本のものが原記載亜種なのだろう。

( ̄▽ ̄;)あれっ❗❓
でも『世界のカトカラ』には「日本のものは亜種 olbiterata Menetries 1864とされる。」とあった。おそらくコチラが正しいかと思われる。
おいおい、jpmoth(みんなで作る日本産蛾類図鑑)っていい加減だなあ。ワモンキシタバの学名も変わってないしさあ。蛾を名前検索したら、大概は一番先に出てくるサイトなのに問題有り有りだよ。

ゲゲッΣ( ̄皿 ̄;;、『原色日本産蛾類図鑑(下)』では、亜種名が esther(Butler)となっている。ワケわかんねえや。
まあ、『世界のカトカラ』が一番新しい図鑑だから、その亜種名が正しいんだろね。それに著者の石塚さんはカトカラの世界的研究者だからね。

「praegnax」の語源をネットで調べてみたら以下のようなものが出てきた。

・妊娠した,(…で)充満して,意味深長な,含蓄のある,示唆的な,工夫に富む。

・ラテン語 prae-(前の)+gnascor(誕生する)+-ans(状態)>genh-(産む)が語源。

・「出産までの状態」がこの単語のコアの意味nation(国家)と同じ語源をもつ。

一番アタマの「意味深長な,含蓄のある,示唆的な,工夫に富む。」辺りが語源と言いたいところだが、圧倒的に出てくるのは妊娠なので、となると「妊娠した」が語源になるのかなあ…❓デブで腹ボテだから❓

 
【和名】
コガタキシタバというが、それほど小さくはない。フシキキシタバなんかと同じくらいの大きさだ。『原色日本産蛾類図鑑(下)』には開張50~58㎜とある。となれば、中型のカトカラだ。
これは多分、パタラキシタバに似ていて、それと比べて小型だからということから名付けられたのだろう。
大きさを除けば、確かにパッと見は両者はよく似ている。少なくとも初心者にはそう見える。

 
【パタラキシタバ Catocala patala 】

 
両者の幼虫の食餌植物(マメ科フジ)も重なるところがあるから、きっと兄弟とか姉妹だと考えたんだろね。
しかし、近年の遺伝子解析の結果、両者に類縁関係はないようだ。他人の空似ってヤツだね。
確かによく見ると、下翅の柄もかなり違う。馬蹄形の形が異なるし、パタラキシタバと比べて帯が細く、橙黄色の部分が広い。あと、上翅の色柄も明らかに違う。コガタキシタバの上翅はバリエーションに富むが、パタラキシタバみたいに緑色を帯びることは基本的にない。
今にして思えば、この頃はまだ初心者で、黄色い下翅のカトカラは全部同じに見えたんだね。だから黄色系のカトカラは、一見して区別できてカッコいいカバフキシタバやナマリキシタバくらいにしか興味がなかった。

因みに、昔は「コガタノキシタバ」という名前だったみたい。実際、自分の見た『原色日本産蛾類図鑑(下)』の古い版でもそうなってた。

 

 
これって名前を耳で聞いたって、それが果たしてコガタノキシタバを指しているのか、それとも小型のキシタバ(パタラキシタバ)を指しているのかがワカンナイ。改名は妥当だね。

 
【分布】
北海道、本州、四国、九州、対馬、種子島、屋久島。
国外では、中国、台湾、朝鮮半島、ロシア沿海州にも分布しているようだ。

 
【レッドデータブック】
滋賀県が要注目種にしている程度なので、そう珍しいものではないと思われる。
しかし『世界のカトカラ』では少ないとあるし、『日本のCatocala』でも同じようなニュアンスの記述があった。
でも近畿地方では、何処にでもそこそこいると云う印象だ。但し、パタラキシタバみたいにクソみたいに沢山いると云うワケではない。どこでも、いくつかは見るって感じだ。これは後述する幼虫の食餌植物と関係があると思われる。

 
【成虫出現期】
『世界のカトカラ』では6月中旬から出現し、9月上旬まで見られるとある。一方、『日本のCatocala』には「近畿地方では6月下旬から既に得られるが、一般には7~8月に多い。」とあった。だが、近畿地方では6月中旬には見られる。
順番で云うと、フシキキシタバに少し遅れて発生する。そして両者が同時に見られる期間も短いながらあるようだ。実際、2019年の6月17日は両方が半々くらい樹液に訪れていた。
また『日本のCatocala』によると、寿命は比較的短く、室内飼育だと3週間だったようである。近畿地方では7月中旬ともなると汚損した個体が多いので、寿命はそんなもんなのかもしれない。

  
【生態】
クヌギやコナラなどの樹液によく集まる。糖蜜トラップにもよく来た。飛来時間は日没後、比較的早く現れる印象があり、深夜まで断続的に飛来する。
成虫は昼間、頭を下にして樹幹に静止しており、飛翔➡着地時は上向きに止まり、しばらくして下向きになるという。
毎度言うが、何で昼間はわざわざ逆さまに止まるの❓
全然、理由が思いつかない。

 
【幼虫の食餌植物】
jpmothには「ブナ科コナラ属:ミズナラ、ナラガシワ(※KD)、マメ科:ハギ属、フジ属」とあった。
やっぱ、jpmoth はダメだな。間違ってはいないが、順番がオカシイ。東日本では最も好むのがマメ科のハギ類で、次に続くのが同じマメ科のフジのようだ。ブナ科を利用しているのは西日本だけで、東日本ではブナ科から幼虫は発見されていないという。また飼育しても幼虫は摂食しないそうだ。
この辺が東日本では個体数が少なく、西日本では多い原因なのかもしれない。

 
全然関係ない話だけど、学名 praegnax の語源を調べてて、突然、フラッシュバックで記憶が甦った。
大学時代の彼女が何でもない会話の途中で、急にワッと泣き出して『ワタシ、妊娠したかも…。』と言った事を思い出した。青天の霹靂。あれはフリーズしたね。
脳が真空状態みたいな感覚で『おまえが産みたいなら、いつでも父親になる覚悟はあるよ。』とか何とか言った覚えがある。
結局、妊娠はしてなかったんだけど、でも今思えば、あの時に彼女が本当に妊娠してて、学生結婚とかしてた方が幸せだったかもしれない。

 
                 おしまい

 
追伸
ものスゴい実験的な入りからの終わりになっちゃいましたなあ。
まあ論文じゃないんだから、こういうのもあっていいだろう。それに、こんなの読んでる人、少ないと思うしさ。

展翅は、この時はそこそこ上手いやんかと思ってたけど、今見ると上翅を上げ過ぎだね。50点。
今年2019年は上翅を少し下げてみた。

 
(2019.6.17 西宮市名塩)

 
結局、怒髪天にはなってるけど(笑)
因みに性別は♂である。♂はデブじゃないのだ。
続いて♀。

 

 
妊娠しとるやないけー(ー。ー#)

 

続・キシタバ

 
  『黄下羽虐待おとこ誕生』

 
2019年、カトカラ二年生のキシタバとの再会は、6月21日だった。

 
【Catocala patala キシタバ♂】

 
場所は大阪府池田市にある五月山公園。
目的はウスイロキシタバの探索だった。しかし全然飛んで来ず、暇をもて余しているところにキシタバが飛んで来た。ワテの糖蜜トラップに誘引されたのである。
それにしても、久し振りに見るとやっぱデカい。

ケッ、ただキシタバか(# ̄З ̄)…と思いつつ、一応採ってやるかと近づいたら、敏感に反応して逃げた。
(#`皿´)クソッ、キシタバ風情が生意気にも逃げやかって。オイちゃん、イラッ(ー。ー#)ときたね。

書いてると何かこのキシタバと云う名前、ウザい。
前回も言ったが、キシタバと云う名前は羽の下が黄色いカトカラの総称としても使われる事が頻繁にあるので、ややこしいのだ。例えば、誰かと採集に行った折りなどは一々「ただキシタバ」とか「普通キシタバ」と言いなおさなければならないケースが多い。これが誠に鬱陶しい。だから最近では「糞キシタバ」と呼んでいる。因みに小太郎くんは「屑キシタバ」って呼んでる。何れにせよ、どこにでもいるから、こないな扱いになる。
んなワケで、以降キシタバのことをその学名である Catocala patala からとって、パタラキシタバと呼ぶことにしよう。ついでに言っとくと、コモンセンスからの「コモンキシタバ」も考えたが、コモンを小紋と取られかねない。オデなんかアホだから、蝶の「コモンタイマイ」のことをずっと「小紋タイマイ」と思ってたもんね。ゆえに却下。

以後、飛んできては逃げ、また飛んできては逃げが三、四度繰り返された。こうなるとハンターの血が🔥燃える。昔からナメられることが死ぬほど嫌いな男なんである。何としてでもシバき倒すと決意した。おどれ、ナメとったらあかんど、Σ( ̄皿 ̄;;シャーき倒したるど、ワレーである。

最後は逃げた瞬間に空中で豪腕の振りでシバキ倒してやった。ワシの鬼神の如き本気の網振りをナメとったらあかんど。おとといきやがれの、ざまあ見さらせである。
その時に採ったものが上の個体である。羽化したてのような新鮮な個体で、まだ前脚がもふもふだったので展翅はその前脚を思いきり出してやった。

以下、今年採って展翅したものを並べよう。

 

 
これも♂である。採集場所は奈良県大和郡山市。下の4つも同じ場所だ。

メスはこんなん⬇

 

 
デブである。だから糞キシタバ、もといパタラキシタバはあまり好きになれない。いつもより展翅写真か少ないのも、邪魔だからコレだけしか採っていないのである。
それにデカくて何処にでもいるからウザい。ウザい上に、樹液に飛来した時などは他のカトカラを蹴散らすから腹が立つ。
この大和郡山の時も小太郎くんが邪魔だと言って、思いきり指でデコピンしてた。フッ飛んだキシタバは地面でひっくり返って、ビビッ、ビビッと痙攣してた。
キシタバ虐待おとこの誕生である。

『アンタ、酷いことすんなあ。糞キシタバとはいえ、それって虐待やでー。』
『大丈夫ですよ、コイツら。そのうち生き返りますよ。クソ邪魔だから、いいっしょ。』

こないだのカバフキシタバの時も、樹液や糖蜜トラップに来た糞キシタバに指でパチキかましまくっとった。
どうした小太郎くん、何かあったのかね❓ キミの心の中の深い闇を見たような気がするよ。
小太郎くんはマジメで優しく、穏やかな青年とばかり思っていたが、彼にも時に邪悪なものが憑依するのだね。
でも許す。確かにカバフ様を蹴散らす糞キシタバは邪魔だ。退治してよろし。

そして、一昨日の大発見の折りも糞キシタバをことごとくデコピンしてた。挙げ句の果てにはコッチに投げてきやがった。小太郎くん、キミの心の闇はそんなにも深いのか…。

『おいおい、キミの心の闇は、どんだけ深いねん❓』
『いやあ、コレって力の入れ加減がケッコー難しいんですよ。でも、下はあらかた屑キシタバいなくなったでしょ。』

そうなのだ、この日はオラが斜面の上にいて、小太郎くんが下にいたのだ。
確かに見ると、幹の下側にはキシタバは一つもいない。
でも、許す。この日は糞キシタバ、もといパタラキシタバがブンブン飛んでて、それに刺激されて他のカトカラも飛び回って中々止まってくれなかった。スゲー、ウザいから、ブチのめしてくれてケッコー。どんどんおやりなさいだった。

そんな小太郎くんだが、今日は来られないらしい。
ならばオイラも、今日は心を鬼にして黄下羽虐待オトコと化してやるか。
 

                 おしまい

 
追伸
もちろん、そんな悪いことはしません。だってオラ、心の闇なんて無いもーん(⌒‐⌒)

おーっと、裏展翅もしたんだった。

 
【裏面】

 
表は黒帯が太くて黄色い領域が狭いけど、裏はかなり黄色い。だから飛んでるとこを下から見ると、たまーにアケビコノハと間違える。いや、アケビコノハをキシタバと間違えると言った方が正しいか(笑)

 

2018′ カトカラ元年 その參

 

『頭の中でデビルマンの歌が流れてる』

     vol.3 キシタバ

 
 
 2018年 7月4日 黄昏。

いつものように階段を登ってたら(註1)、5Fのエレベータ前の壁に結構大型の蛾が止まっていた。
遠目に見て、どうせ糞フクラスズメだろうと思って近づこうとしたら、飛んだ❗えっ(°Д°)、4mは離れてたのにもう飛ぶの❓
メッチャ敏感やんと思った瞬間に灯火の下で明るい黄色が火花のように明滅した。
!Σ( ̄□ ̄;)WAOっ❗
大阪のド真ん中、難波の自宅マンションにカトカラ❗
嘘やん(@_@;)❗❓こんな都会にカトカラとは驚きざます。
急いで部屋に帰って、興奮しながら殺戮道具の注射器とアンモニア、毒瓶と捕虫網を用意した。

戻ったら、カトカラくんは天井にへばりついていた。
写真を撮ろうかとも思ったが、強烈な逆光だし、いつ住人がエレベーターで昇ってくるやもしれぬ。見つかったら、どう考えても挙動不審の怪しいオジサンだ。
瞬時に悟る。ここは刹那の時間との勝負である。
しかし、一見して手を伸ばしても毒瓶では距離的に届かない。となれば、ネットを出すしかあるまい。
(;゜∇゜)マジっすか❓マンションに虫網男。間違いなく異様な光景だわさ(°Д°)
💓もう心臓はバクバク。💓ドキドキのハラハラだよ。半ば震える手でソッコーで網を組み立てて、エレベーターの階数表示に目をやる。大丈夫だ。1Fに止まったまんまだ。昇ってくる気配はない。いや、そんなのワカンナイぞ。油断大敵だ。いつ昇ってくるやもしれぬ。予断は許さない。

🎵だあーれも知らない 知られちゃいけなーい
🎵デビルマンが だぁーれなのかー
🎵何も言えなーい 話ちゃいけなーい
🎵デビルマンが だぁーれなのかー

頭の中でデビルマンの歌が流れている。
何があっても、この姿をマンションの住人に見せるワケにはいかぬ。驚きと蔑みの冷たい目に晒され、恥にまみれるわけにはいかないのだ。
階数表示を横目に見ながら、💥バチコーン、電光石火で下から網を叩きつけた。
ネットイン❗ 網に蛾を入れたまんま素早く反転する。ソルジャーは機敏でなくては戦場で命を落とす。
撤退❗、てったあーい❗心の中で叫ぶ。
ダッシュで塹壕、いや階段の踊り場へと退却。ここなら上の階からも下の階からもブラインドになって見えない筈だ。もしも誰かがエレベータから降りてきたとしても身を隠せる。
💦あたふた、💦あたふた、慌てて毒瓶に放り込んで、ぷぴゅーε=ε=(ノ≧∇≦ ノ 脱兎の如くその場から逃走だべさ。もうバリバリ犯罪者の気分である。
そこには背徳感とスリル、禁忌を冒す悦楽とが入り交じった興奮がある。そう、悪い事をするのはエクスタシーなのだ。人は悪に惹かれるものなのだ。
あっ、べつに悪りい事はしてねえか( ̄▽ ̄)ゞ

部屋に帰ったら、なんだかバカバカしくなってきて、
笑いが込み上げてきた。大の大人がやってる事にしては、あまりにもアホ過ぎる。
でも、久し振りの面白き((o(^∇^)o))ワクワクでありんした。危地にこそ、アドレナリンやエンドルフィンなどの脳内麻薬物質が溢れる。それこそがエクスタシーだ。虫採りにそれが無くなったら、いつでも辞めてやる所存だ。

コヤツがほぼ何者だかはもう解っているけど、毒瓶の中を改めて確認してみる。
大阪のド真ん中ミナミで捕らえたカトカラは、思ったとおりキシタバだった。

その日のうちに展翅したので、大丈夫かと思いきや、ソッコー触角が折れた。矢張りカトカラの触角は細くて長いので、生展翅でもキチッとお湯なり水なりで濡らしてからでないと折れちゃうのね。
下翅も欠けてることだし、まっ、( ̄▽ ̄)ゞいっか…。

 

 
( ̄∇ ̄*)ゞハハハハハ。
上翅がバンザイになってて、我ながら酷い展翅だ。
恥ずかしいかぎりである。思うに去年はまだまだカトカラの展翅のイメージが掴めてなかった。ほぼ蝶の展翅しかしてこなかったから、触角を含む左右上翅の間の空間が空き過ぎるのが何となく嫌だった。それを避けようとして、無意識に必要以上に上翅を上げてしまう傾向があったのだと思われる。

それはそうと、幼虫は何を食ってこんな都会で育ったんじゃ❓ 疑問に思って調べてみたら、食餌植物はフジとコナラみたい。都会には基本的にコナラは無いから、きっとフジだね。近くの公園に藤棚もあるしさ。
どうあれ都会で人間に捕まるなんざー、普通では有り得ない。捕まるパーセンテージは限りなくメッチャメッチャ低い筈だ。つくづく不幸なキシタバくんだよね。合掌。

実を云うとキシタバに出会ったのは、この時が初めてではない。前年の秋に既に会っている。帝王ムラサキシタバに一度くらいは会っておきたいと思ったので、A木にライトトラップに連れていってくれとせがんだのだ。その時に一応は採っている。

とはいえ、人さまのライトトラップにお邪魔して採集したものだ。自身の力ではない。だからカトカラ採りを始めるにあたって、この時のものはカウントしない事にした。だから、vol.3 なのだ。

マンションでキシタバを捕らえてから数日後、矢田丘陵で又もやキシタバに会った。しかも大量の。
樹液の出ている木に行ったら、その周りの樹木の幹にベダベタと止まっていたのだ。数えたら、30近くはいた。この日は午後9時くらいに訪れたから、おそらく1回目の食事を終えて、憩んでいたのだろう。
10時半くらいからまた樹液に集まりだした。これでカトカラの生態の一端が垣間みえてきた。樹液の出ている木の周囲にはカトカラが止まっているケースは多い。採集する時は、樹液に求むターゲットがいなくとも、周囲を探されたし。それで案外採れる。そんな事、図鑑とか文献のどこにも書いてないけど…。

 
樹液ちゅーちゅー( ̄З ̄)、キシタバくん。

 

 
たくさんいると警戒心がゆるまるのか、スマホでも至近距離で写真が撮れる。
この個体は上翅が緑色っぽくて中々美しい。
この日は採ろうと思えば50くらいは採れたけど、4つくらいで飽きた。
後日、別な場所に行っても必ずそこそこの数がいた。ド普通種なんだと納得じゃよ。

しかし黄色系のカトカラの中では世界最大級種なので、国外での評価は高いらしい。
でもなあ…、慣れてくると、あんま魅力ないんだよなあ。どこでもいるから、段々存在がウザくなってきたというのもある。コレクターは普通種をクズみたいな目で見がちなのだ。それを差し引いても魅力をあまり感じない。なぜなら総体的に上翅が美しくないのだ。柄にメリハリが無いし、基本的には地味な茶色のものが多い。また変異幅も少ない。それに何よりデブだ。デブだから蛾感が強まるし、優美さにも欠ける。ようするに、どこか野暮ったいのだ。

 
【学名】
Catocala patala (Felder & Rogenhofer,1874)

おっ、小種名 patala はオラの大好きなチョウ、パタライナズマ(註2)と同じ学名じゃないか。
patala の語源の由来は、最初は小アジアのリュキア地方南西部の地中海沿いにあった古代の港湾・商業都市パタラ(patara)であり、リュキア連邦の首都だとばかり思っていた。しかし、綴りが違うことに気づいた。語尾はraではなく、laなのだ。
で、再度調べなおし。

パーターラ(pātāla)とは、インド神話のプラーナ世界における7つの下界(地底の世界)の総称、またはその一部の名称の事だそうである。
またこの世界はナーガ(Naga)と呼ばれるインドの伝説と神話に登場する上半身が人間の蛇神の棲んでいる世界だともされてるみたいだ。たぶん、語源はこっちだね。キシタバは上翅が緑っぽいのもいるから、案外蛇神さまになぞらえたのかもしれない。

 
【和名】
このキシタバ(黄下翅)という名前は、カトカラの中で下翅が黄色いグループの土台名にもなっているので、おそらくこのグループで最初に和名がつけられた種だと推察される。まあ、基準種みたいなもんだね。
しかし、これがややこしくて、何とかならんもんかなと思う。なぜなら、このキシタバは下翅が黄色いグループの総称としても用いられることも多いからだ。だから、キシタバと書かれたり、言われたりするそれが、はたしてキシタバ(Catocala patala)という種そのものを指すのか、それともキシタバグループ全体(キシタバ類)を指しているのかが解りにくい面が多々あるのだ。
だから、会話では一々「ただキシタバ(ただのキシタバ)」とか「普通キシタバ」などと言わなければならない。
これが誠にもって面倒くさくて、(-_-#)イラッとくる。そのせいか、最近ではクソキシタバと呼んでいる。もういっそのこと、そのクソキシタバとかデブキシタバと呼んだらどうだと思うくらいだ。
まあそれは無理があるにしても、ホント何とかしてほしいよ。その際、下手に凝った名前やメルヘンチックな名前、カッコつけたキラキラネーム、如何にも学者が考えたシャチホコばった名前は何卒よしてもらいたい。
ここはシンプルに学名そのままの「パタラキシタバ」でいいと思う。もしくはド普通種なんだから、「コモンキシタバ」でも構わない。
パタラキシタバかあ…。名前の響きも悪くない。そう聞くと、途端にカッコよく思えてくるから不思議だ。名前は大事だす。

 
【開張(mm)】
69~74㎜。
日本産キシタバグループの最大種。北米大陸を除く旧大陸では、これと肩を並べる大型種はタイワンキシタバ Catocala formosana くらいしかいないようだ。
だから、他のキシタバとの区別は比較的簡単である。とにかくデカいのだ。しかし、たまに矮小個体がいるので、判別方法を一応書いておきますね。
後翅の黒帯はよく発達し太く、外帯の後縁付近で内側に突起し、中央部の黒帯に接する。他のキシタバ類はアミメキシタバとヨシノキシタバを除き、ここが繋がらない。また、アミメキシタバとヨシノキシタバはキシタバと比べて小型で、上翅の柄も違うので容易に判別できる。

 
【分布】
ネットで最もポピュラーなサイトの『みんなで作る日本史蛾類図鑑(www.jpmoth.org)では、本州、四国、九州、対馬、中国、朝鮮、インドとなっていた。
と云うことは学名からすると、原記載はインドかな?
しかし『世界のカトカラ』では北海道南部にも生息すると書かれている。『原色日本産蛾類図鑑(下)』にも北海道は分布域に入っていた。また、『日本のCatocala』でも北海道に分布する旨が書いてある。地球温暖化のせいか、最近は採集記録が増加しており、定着した可能性が高い云々ともあった。
その言葉尻だと、昔は北海道には分布していなかったのかも。にしても、jpmoth の情報って古いって事だよね。もしかしたらワモンキシタバの学名が以前のままになっているのも、そのせいかもなあ。蛾業界の人は、そうゆうこと誰も指摘しないのかなあ…。

 
【成虫出現期】
その www.jpmoth.org では、7月~8月となっている。
『世界のカトカラ』では、6月中旬から出現し、10月下旬まで見られるとある。また、新鮮な個体は7月中旬頃までだが、秋に新鮮な個体が採れることもあるので、あまり盛夏には活動しないのかもしれないと記述されている。
盛夏に活動しないかもしれないかあ…。中部地方以北では、それも有り得るのかもしれないが、少なくとも去年の関西の知見ではそんな兆候は見受けられず、継続していつでも何処にでもいた。今年も果たしてそうなのかは心に留めておこうと思う。
『日本のCatocala』の解説では、長野での羽化時期は7月以降で、10月まで見られ、11月の記録もあるそうだ。因みに、他の論文からの引用で、岡山県では6月下旬から見られるとの付記もある。
またそこには、こういう文章もあった。
「Catocalaの中では出現期は長いが、メスの交尾嚢や翅の新鮮さからみると、9月中旬以降に見られる個体は遅く羽化した個体であることが示唆された。9月から10月まで連日メスを採集して交尾回数と新鮮さを調査したことがあった。10月のメスに比べ、9月上旬に採集した個体の方が汚損していて交尾回数は多かった。」

これは『世界のカトカラ』の秋に新鮮な個体が採れることもあるので、盛夏には活動しない云々に対する答えの一つにはなっていないだろうか❓

今年2019年も含めての自分の感覚としては、6月中旬から姿を見せ、徐々に個体数を増やして7月上、中旬辺りにピークを迎えるといった感じがする。

 
【生態】
樹液にも灯火にも好んで集まるとされる。
自分の経験でも、そのようた。
灯火には結構早い時間帯から集まり、夜遅くまで断続的に飛来する。
樹液には日没後、フシキキシタバやコガタキシタバなんかと比べてやや遅れてやって来ることが多い。また同じ個体が時間を措いて何度も訪れ、驚いて逃げても暫くしたら戻ってくるケースが多い。吸汁時間はわりと長い印象がある。
樹液には日没から夜明け近くまで訪れるが、空が白み始めると一斉に飛び立ち、森の奥へと消えてゆく。その際、近くの樹木に静止するものはいなかった。

『日本のCatocala』に因ると「成虫は日中、頭を下、もしくは上、時に横にして樹幹や暗い岩影、石垣の隙間などに静止している。はっきりした静止時の姿勢はない。着時は上向きに着地し、そのまま静止する。昼間のはっきりした静止姿勢が認められないことは、Catocalaとしてはむしろ異例とみられる。」とある。
たしかに自分が昼間に見た1例は、逆さま向きではなくて左斜め向きに止まっていた。

 
【幼虫の食餌植物】
マメ科 フジ属のフジ。
食樹の樹齢に関係なく付くようだが、古木はあまり好まないらしい。
他にブナ科コナラ属も稀に利用するとされるが、飼育しても育たないケースが結構あるようだ。

 
お粗末ながら、この年のキシタバの展翅を並べて終わりとしよう。

 

 
上が♂で下が♀である。
あっ、これは2017年にA木くんに初めてライトトラップに連れていってもらった時のものだね。
ということは9月に採集したものだね。そのわりには意外と翅が傷んでいない。やはり遅くに羽化するものもいるのだろうか?

それでは、以下2018年のもの。

 
【♂】

 
【♀】

 
いやはや酷い展翅である。
ほぼほぼ形が\(^_^)/バンザイになっとるやないけー。

中ではこれが一番マシかなあ…。

 

 
これも上翅はバンザイだが、バランスはそれほど悪くない。悪魔的な感じがして、これはこれで有りなんじゃないかと云う気がしないでもない。

最後に裏側も載せておこう。

 

 
結構、黄色い。
生態のところで書き忘れたけど、飛翔中でも他の下翅の黄色いカトカラとは区別は割かし容易である。なにしろデカくて黄色い。間違え易いのはクロシオキシタバくらいだろう。あと、カトカラとは違うけど、下からだと一瞬アケビコノハに騙される。

 
【アケビコノハ】

 
表は全然違うけど、裏は一瞬カトカラに見えるのだ。

 
【裏面】
(出典『フォト蔵 monro』)

でも、もっとデカイから違うと気づいて脱力する事、多々ありである。

それはそうと、こうしてキシタバくんを並べてみると、ただデカイだけで面白味の無いカトカラだなあ。
上翅の柄が、とにかく地味。色も汚い。下翅も変化が殆んど綯い。調べてないけど、おそらく日本全国どこでも変わりばえしないじゃないかなあ。亜種レベルに近いものがいるという話も聞かないしね。因みに、これらは全て近畿地方で採集したものである。

もう1つ出てきた。
たぶん9月に山梨に行った時のものだ。

 

 
これは結構いい線いってる。
何でだろう❓ と思ったら、すぐに思い当たった。
そういえばシロシタバの展翅について、とあるトップクラスの甲虫屋さんから上翅を上げ過ぎだという御指摘を戴いた。きっと、そのあとだったからだね。
今にして思えば、有り難き御言葉だった。
秋田さん、感謝してまーす\(^o^)/

一応、今年2019年の最初に展翅したものも、参考までに貼付しておこう。

 

 

 
上が♂で下が♀です。
この辺りが正解かな。

 
                 おしまい

 
《参考文献》
西尾 規孝『日本のCatocala』自費出版
石塚 勝巳『世界のカトカラ』月刊むし社
江崎悌三『原色日本産蛾類図鑑(下)』保育社

 
追伸
 
(註1)いつものように階段を登ってたら
普段は極力9Fの部屋まで階段を登るようにしている。虫採りは体が資本。それを訛らせないためなのさ。体力が維持できてる間は先鋭的虫採りができる。

 
(註2)パタライナズマ
ユータリア(イナズマチョウ属)の中の緑系イナズマである Limbusa亜属の最大種。インドシナ半島北部などに分布する。

 
【Euthalia patala パタライナズマ】
<img src=”http://iga72.xsrv.jp/wp-con(2016.3 タイ)

 
裏面もカッコイイ。

 

 
♀はオオムラサキと遜色ない。

 

 
コチラの個体はラオス産。
こういうの見ると、また会いたくなってくる。
蝶採りに戻ろっかなあ…。