vol.12 ジョナスキシタバ
解説編
『カトカラのジョナサン』
前回に納まりきれなかった解説編です。
本編を始める前に一言。
前回アサマキシタバの発生期を5月下旬からとしたが、間違い。中旬に修正しときました。
それでは、今回もハリきっていきまひょ。
【ジョナスキシタバ Catocala jonasii ♂】
【♀】
【♂裏面】
【野外写真など】
【学名】Catocala jonasii
記載は、1877年にButlerによって為されたが、今後、記載者と記載年は省く。今まで括弧付きで載せてきたが、学識ある方にオカシイと指摘されたからだ。一般の人には括弧付きでないと、どこまでが学名か分かりにくいと思ったのだ。けど、考えてみれば一般人が記載者や記載年に興味を持つワケでなし、外してもいいだろう。そう判断した。
学名の小種名の語尾に「ii」が付くと云うことは人名由来で(註1)、おそらくジョナス氏に献名されたものであろう。問題はそのジョナス氏が何処のジョナスさんかと云うことである。全く昆虫に関係ない人物だと、歴史上に名前が残り難(にく)い。調べようがないのだ。近所の喫茶店のオッチャンなんかに献名でもされていようものなら、お手上げなのだ。どんな人物で、なぜ献名されたのかが全く辿れなくなる場合が多い。
いつも御世話になっている平嶋義宏氏の『蝶の学名-その語源と解説-』を紐解くと、「i」は一つ足りないが、jonasiという学名のモノが見つかった。
( ゜o゜)んっ?、コレって、どっか見覚えがあるぞ。
と思ったら、何のことはない。ムモンアカシジミだった(学名 Shirozua jonasi)。そういえばムモンちゃんって、そんな学名だったわ。
蝶屋なんだから勿論採った事はあるんだけど、標本を探すのが面倒なので図鑑から画像をパクろう。
【ムモンアカシジミ】
(出展『日本産蝶類標準図鑑』)
その『蝶の学名』から、語源の解説文を抜粋しよう。
「jonasi(ジョナシ)ムモンアカシジミ。ジョナス氏の、意。ジョナス F.M.Jonas(1851-1924)は1872年に来日して横浜に住み、日本の葉煙草をロンドンに輸出したイギリス人で、蝶の熱心な採集家(江崎,1956)」
おー、蝶好きのイギリス人がいるわいな。たぶん欧州人ゆえに蝶と蛾の区別は特にしないだろうから、蛾も採ってた筈だ。と云うことは、ジョナスキシタバの学名も、このジョナスさんに献名された可能性が高い。
調べてゆくと、Wikipedia の英語版には、以下のような文があった。
「Catocala jonasii is a moth in the family Erebidae first described by Arthur Gardiner Butler in 1877. It is found in Japan.」。
訳すと、こんな感じかな。
「Catocala jonasiiは、1877年にArthur Gardiner Butlerによって最初に記載され、日本で発見された。」と謂った感じになる。
日本で発見されたということは、年代的にもムモンアカと同じだし、横浜のジョナスさんに献名されたものと断定していいだろう。間違ってたら相当カッコ悪いけど、そういう事にしておこう。
(@_@)ゲロゲロピー。でも何気にムモンアカシジミの記載者と記載年を見て驚く。
「Janson, 1877」となってて、記載年はいいとしても、何と記載者がButlerではなく、Jansonとなっているではないか。これは別な人がジョナスさんに献名したって事になる。本当に同じジョナスさんかえ❓
でも記載年は共に1877年と、ムモンアカもジョナスキシタバも同じである。或いはジョナス氏は蝶の標本をJansonに、蛾はButlerに送ったのかもしれない。
やめとこ。コレ以上首突っ込むと煙草屋ジョナスさんの物語になり、泥濘(ぬかるみ)世界に囚われること必至だ。ケツをまくろう。どうしても気になる人は、自分で調べましょうね。
【和名】
学名の小種名をそのまま和名に転用したものだろうが、日本のカトカラの中では唯一このジョナスのみが横文字和名である。何でかはワカラナイ。コレも泥濘世界必至なのでスルーしよう。
それはともあれ、横文字が入った和名はカッコイイよね。ヤンコウスキーキリガとかシルビアシジミ、マルタンヤンマとかさ。よくあるパターンのトガリキシタバなんてのを付けるよりも、よっぽど良い和名だと思う。
参考までに言っとくと、旧名にジヨナスキシタバがある。
【開張(mm)】 65~68㎜
ネットの『みんなで作る日本産蛾類図鑑』には、そうあったが、まんま『原色日本蛾類図鑑(註2)』下巻からのパクリだろう。
怒られそうだが、この『みんなで作る日本産蛾類図鑑』には不満がある。どんな蛾でも名前で検索すると、このサイトが一番上にくるのだ。だからブログを書いている人などは皆、この情報を孫引きしている。ワシも初めはそうだった。しかし『原色日本蛾類図鑑(下)』といえば、1958年の発行だ。情報が古い。ゆえに間違った記述もある。それでもこのサイトが訂正、更新された形跡は全く無い。つまり古い間違った情報がネットで拡散し続けていると云うことだ。それを蛾界の人々は誰も直そうとしたり、指摘していないのが不思議でならない(してたら、ゴメンナサイ)。
だいたい65~68㎜って、範囲幅が狭くねぇか❓ チビの虫じゃないんだから、普通はそれなりにもっと大きさの幅があって然りでしょうよ。そこに疑問を感じない時点で、何も考えずにそのまま図鑑から書き移したとしか思えない。
一方、近年出版された岸田先生の『日本産蛾類標準図鑑Ⅱ(註3)』では、64~74㎜内外となっている。ジョナスを沢山採ったワケではないが、おそらくコチラの方が正しいかと思われる。
【分布】北海道(南部)?・本州・四国・九州
北海道を❓としたのは、『世界のカトカラ(註4)』など各種蛾類図鑑には北海道にも分布すると書かれているが、『日本のCatocala(註5)』では含まれていないからだ。理由は以下の通りである。
「記録は北海道から鹿児島県まであるが、生息地は幼虫の食餌植物であるケヤキの分布に左右される。したがって、北海道では発生しておらず、当地の記録(函館など)は移動個体と判断される。」
調べてみたら、確かに北海道には食樹であるケヤキが自生していない。されとて、この図鑑だって発行されて、もう10年以上になる(2009年発行)。近年は地球温暖化が声高に言われているし、状況は変わっているかもしれない。
ケヤキは街路樹や木材利用に植栽されることが多い木だ。北海道にだって人為的に植えられている可能性は高い(註6)。青森辺りから飛来したものが、その後に植栽されたもので発生を繰り返し、定着している事だって無きにしも有らずだ。現況はどうなってるのかしらね。
ジョナスの分布に戻ろう。
東日本各地に多く、本州では青森県が分布の北限。
近畿地方では『ギャラリー・カトカラ全集』の都道府県別カトカラ記録表によると、全府県に記録があるようだ。しかし、数は少ない。特に中央部の都市近郊では、調べた限りだと確実な産地が見当たらない。安定して採集されているのは兵庫県西部~西北部と紀伊半島南部の高地帯くらいだろう。中でも兵庫県での記録が多く、西播磨北部・但馬地方の山地帯に多産、佐用町や姫路市にも少ないながら生息しているという。
また、四国や九州でも数は少ないようだ。中国地方は全県に記録があるようだが、詳細はよく分からなかった。とはいえ、そう多いものではないだろう。
とにかく近畿地方では一部を除き、記録は局所的がちで少ない。幼虫の食樹であるケヤキなんて何処にでもあるのに何で❓ そう常々思っていた。
これは別項で詳しく後述するが、西日本では自生するケヤキは案外少ないみたいだ。元々暑いところを好まない木らしい。都市部では公園や並木などでよく見るし、そういう意識が無かった。だから、これには意外だった。
じゃあ、何でケヤキが都会に植えられてるの❓
大阪市なんて緑が全国一少ない都市だから、夏場はヒートアイランド現象で死ぬほど暑いぞ。まさか都会に植えられているケヤキは、品種改良された暑さにメチャンコ強い奴でもあるまいに…。
『日本のCatocala』には、ジョナスは暑さを嫌うような事が書いてあった(これについては生態面で詳しく書く)。たしかに、それは一利ある。関西では但馬地方は降雪量が多く、どちらかと云うと寒い地域だ。紀伊半島南部の高地でも、冬は雪が積もる。だから近畿地方中央部の都市近郊の山地で見られないのは、ケヤキが少ないのとクソ暑いんだからだと思ってた。
そんな折り、前回書いたように奈良市で2019年の7月17日にジョナスが採れた。
(2019.7.17 奈良市白毫寺町)
マホロバキシタバ(註7)の分布調査をしていた時に偶然見つけたものだ。まさかこんな場所にジョナスなど居るワケないと思ってたから、(◎-◎;)たまげた。
偶産かと思いきや、その後、小林真大くんが若草山周辺でも2、3頭採っている。この事実から、偶産ではなく、定着していることは間違いないだろう。
にしても、標高は白毫寺町で120m前後だぞ。若草山にしたって、たったの342mだ。しかも採れたのは山頂近くではないから、標高はもっと低い。この周辺には特別高い山は無いし、おまけに奈良市は盆地だぞ。夏場はクソ暑い。避暑なんて出来ない筈だから、ずっと此所で世代を繰り返してきた公算になる。あんた、暑くとも生きれるやんか。
となると、六甲山地や生駒山地にいても不思議ではないということだ。詳しく分布調査すれば、意外と各地で見つかるかもしれない。
海外では朝鮮半島、中国南部に分布するが、特に亜種区分はされていないようだ。因みに、台湾には近似種とされる Catocala wuschensis Okano,1964(註8)というのが産する。
【変異】
特に亜種区分されているものはいないが、上翅に変異がある事が知られている。
(出展『世界のカトカラ』)
(出展『フォト蔵』)
上翅が著しく黒化するものや、真ん中部分が黒化するものが各地で報告されている。下の画像なんかはカバフキシタバの異常型みたいでカッコイイ。
九州産は白っぽくなり、本州産とは趣をかなり異にするという。また本州産と比べると型も大きいそうだ。
【レッドデータブック】
千葉県:D(一般保護生物)、宮崎県:準絶滅危惧種(NT-R)
近畿地方なんて、現状では多くの府県で準絶滅危惧種になってても可笑しかない。たぶん、ろくに調査されとらんのだろう。
【成虫出現月】7~9
『みんなで作る日本産蛾類図鑑』にはそうあったが、
比較的新しい図鑑の記述を総合すると、6月中旬から出現し、11月上旬まで見られるというのが妥当だろう。カトカラの中では最も成虫が見られる期間が長い。しかし、新鮮な個体が得られるのは8月初めまでだそうだ。
『日本のCatocala』に拠ると、長野県上田市(alt.550m)では7月の15~20日が羽化のピーク。その後、8月に入ると姿を消し、9月に入って再び纏まった数が見られるといい、夏眠が示唆されている。但し、実際には、まだ夏眠は証明されていないようだ。
そっかあ…、夏眠の可能性有りなのかあ。
だとしたら、謎が一つ解ける。去年、2019年の8月に長野に行ったのだが、行く前はジョナスなんて東日本では普通種なんだし、どうせ何処にでもいると思ってた。しかし行ってみれば、1頭たりとも出会えなかった。もしも夏眠するならば、どうりで見なかったワケだ。だったら納得いくよ。
【生態】
先にコチラを書いてから分布の項を書いたので、内容が重複するが、書き直すのが骨ゆえ、そのままにしておく。何卒「忍」の一文字で我慢して読んでくだされ。
成虫は平野部よりも丘陵地の斜面林や山地の谷沿いのケヤキ林に多く見られる。
灯火にも樹液にもよく集まるそうだ。まだ見たことはないが、おそらく糖蜜にも好んで寄ってくるだろう。
少ないながら花蜜に訪れた例がある(矢島 1978)。調べた限りでは、アブラムシ等の甘露、地面等での吸水の観察例は無いようだ。
自分が見たり、採ったりしているのは殆んどが灯火である。おこがましくも少ない経験の中で言わしてもらえれば、灯火に飛来する時刻は比較的早い。日没後、暗くなると直ぐに複数が飛んで来た。午後8時前後にピークがあって、あとはだらだらと飛んで来たという印象が残ってる。
『日本のCatocala』に拠ると、ケヤキの自生しない標高2500mの高山帯の灯火にもよく飛んで来るらしい。ケヤキの垂直分布の上限は1200mだから、標高差は1300mだ。この事から、著者の西尾氏は低地での高温を嫌うのかもしれないと書いておられる。また、成虫期の温度適応による生息場所選択の可能性があるとも書いておられる。ようするに、暑さに弱く、気温によって涼しい場所を求めて移動する種ではないかとおっしゃってるワケだ。
これは蝶なんかでもよく言われてる事で、ヒョウモンチョウの仲間などが例にあげられている。羽化後は周辺にいるが、暫くしてから低地では見掛けなくなり、秋にまた同じ場所て群れていたりする。この事から、従来は夏場の暑い時期は活動せず、夏眠しているとされてきた。しかし、盛夏に標高の高い所で見つかるケースもよくある。つまり、夏眠ではなくて、涼しい場所に移動するのではないかと云う説だ。
じゃあ、奈良市のジョナスはどうなのだ❓
夏眠するのか❓でも動かなくとも標高120mの盆地は暑いぞ。それとも涼しい高地に移動するのかね❓
けど奈良市の周辺に高い山なんて無い。じゃあ、盛夏は何処へ行くのだ❓ 滋賀県の伊吹山❓ 標高は1377mあるから打ってつけだが、奈良市から伊吹山までは約150㎞もあるぞ。まあ、カトカラは飛翔力があるというから、飛んで行けなくもないとは思うけどさ。にしても、遠くねぇか。オラだったら行かないね。って云うか伊吹山麓に住むよ。
だったら大阪府最高峰の金剛山なんてどうだ❓ 標高は1125m、距離は約65㎞だ。全然行けそうだけど、やっぱり金剛山麓に住むわ。ところで、金剛山ってジョナスの記録って有るのかな❓
例えば仮説として、奈良市のジョナスは暑さに適応しているってのはどーだ❓
しかも見てくれはソックリだが、隠蔽種の別種だったりして…。更に論を飛躍させると、西日本と東日本のジョナスは別種で、西日本は暑さに適応して東日本のものからウン千年万前に分化したとか(笑)。ここまで飛躍するとムチャクチャだ。フザけ過ぎだと叱られそうなので、この辺でやめとく。
とにかく、奈良市のジョナスは謎だよ。
果たしてジョナスは本当に涼しいところがお好みなのだろうか❓それとも適応力が高く、暑さにも意外と耐えられる種なのだろうか…。
交尾は9月に入って行われ、産卵は9月の下旬頃になるそうだ。交尾回数は、他のカトカラと比べて少ないらしい。
生態面で特に面白いと思ったのは、昼間のジョナスだ。これも西尾氏の『日本のCatocala』に書かれていた事である。要旨は以下のようなものです。
「成虫は日中、頭を上にして物に静止している。驚いて飛翔した時は上向きに着地し、静止する。」
つまり、逆向き(下向き)には静止しないと云うことだ。他のカトカラは、日中は殆んどが下向きに止まっている。また飛翔後、着地時は上向きに止まるが、暫くしてから下向きになるというのが常道だ。その点からすると、ジョナスは異端の存在と言えよう。
翅先が尖っているから、飛ぶスピードがムチャクチャ速いのかもしれない。カトカラが下向きに止まるのは、それによって天敵に襲われても自重を利用して素早く逃げる為だと云う説がある。でもジョナス隊長はクソ速く飛べるので、そうする必要がないからとかかなあ…❓ コレばっかは、隊長に訊いてみないとワカンナイけどさ。
そういえば、ジョナスは昼間はメチャメチャ敏感らしい。人の気配を少しでも感じると、すぐに飛び立つそうだ。小太郎くんも、白山方面に蝶採りに行った時に、歩いてるとジョナスがバンバン飛んで逃げてたと言ってたわ。元来、飛ぶのが好きなのかもね。
或いは、もしかしたら『かもめのジョナサン(註9)』みたく、ジョナスは飛ぶことに命を燃やし、進化の過程の中で最高の飛行技術を得た一族なのかもしれない。だとしたら、孤高のジョナスと呼びたくなるよね。ジョナスは哲学者なのだ。
【幼虫の食餌植物】
この項目も最初の方に書いたので、重複箇所は多いけど、我慢してネ。
ニレ科のケヤキのみが知られている。
世界のカトカラを見回しても、ニレ科を食樹としているものは、今のところケンモンキシタバ(ニレ科ハルニレ)と、このジョナスしかいないようだ。
先に触れたが、近畿地方でもケヤキはわりと何処にでもあるけど、なぜかジョナスをあまり見ない。何でやろ❓
例えば北方系の種で冷温帯を好むからとか、根本的な理由があるのかもしれない。
でも、ちょっと待てー。奈良市のポイントの標高なんぞは、たったの海抜120mくらいだぞ。それにケヤキは北海道には自生していないと云うじゃないか。だったら、北方系というには相応しくない。
気になるので、調べてみよう。
ケヤキは、九州から青森県まで分布しているが、本来シイやカシの類よりも寒いところの樹木で、分布の中心は東日本なんだそうである。そのせいか、県や市のシンボルツリーになっている所も多い。県では、宮城、福島、埼玉各県が県の木として指定いる。膨大な数なので調べないけど、市町村まで含めると指定しているところは相当ありそうだ。因みに西日本ではケヤキを府県の樹木にしているところは一つも無い。この事からも、ケヤキは東日本に多く、人々に身近に親しまれてきたことがわかる。
それはひとまず置くとして、別な理由も考えられる。所詮は忌み嫌われている蛾だ。たとえ人気の高いカトカラといえども、愛好者はまだまだ少数なのだろう。そして、その全ての人が分布調査に余念がないと云うワケでもないだろう。だから、まだちゃんと調べられていない可能性大じゃないかな。分布調査を真面目にやれば、以外と何処にでもいることが分かってくるかもしれない。
【幼生期の生態】
幼生期についての経験値はゼロなので、今回も西尾氏の『日本のCatocala』から引用要約します。
幼虫は樹齢10~40年の若い木から壮齢木によくつくが、100年以上の老齢木は好まないという。野外での幼虫の色彩斑紋はバリエーションに富み、黒褐色ものから明るい色のもの、白斑があるものまで発見されている。
終齢は5齢。昼間、5齢幼虫は樹幹下部に降りて静止しており、蛹化は落葉の下などで行われる。
書いてるうちに、どんどんジョナスのことが好きになってきた。
今年は、ジョナスの飛行哲学者ぶりをじっくり見てみたいものだと思う。
おしまい
追伸
あっ、採るだけじゃなく、今年は完璧な展翅もしないとなあ。
今回は自分オリジナルの生態観察は少ない。殆んどが文献からのパクリである。考えてみれば、♀なんて1頭しか採っていないんである。偉そうに書いているけど、間違いだらけかもしれない。間違ってたら、ゴメンナサイ。
小タイトルの『カトカラのジョナサン』は、小説『かもめのジョナサン』をもじったものだ。その理由は下欄の註釈10を読んで下され。
(註1)学名の小種名の語尾「ii」
平嶋義宏氏の『蝶の学名-その語源と解説-』には、以下のような説明があった。
「例えば、種名の中には、sieboldiとsieboldiiのように、同じ人物の属格でもその語尾が-i-やii という形のものがあることである。動物学の場合、sieboldi にするのが正しいが、sieboldii でも間違いではない。理由は、Siebold氏をいったん Sieboldius とラテン語化して、その属格Sieboldii を採用した種名であるからである。しかし、現在はこの用法は推奨されていない。」
ネットだと、植物の場合だが、以下のような記述を過去に見つけている。
「この属格が「i」になるか「ii」になるかは慣例によっている。この点に関して、国際植物命名規約の勧告によれば、人名の語尾が母音で終わっていれば「i」を付し、語尾が「er」の場合を除き、子音で終わっていれば「ii」を付す、となっている。」
出展は調べ直したが、見つからなかった。
ややこしそうなので、これ以上はこの問題には首を突っ込みません。
(註2)『原色日本蛾類図鑑(下)』
江崎悌三氏ほか編著の古い図鑑。長年親しまれてきたもので、多くの目に見えない遺産をもたらした。保育者発行。
(註3)『日本産蛾類標準図鑑Ⅱ』
岸田泰則氏の日本で最も長大な蛾類図鑑。学研発行。
蛾をやるなら、必須アイテムだろう。持ってないけど(笑)
(註4)『世界のカトカラ』
カトカラの世界的研究者である石塚勝己氏の、世界中のカトカラをほぼ網羅した図鑑。むし社発行。
(註5)『日本のCatocala』
西尾規孝氏の日本産カトカラの生態図鑑。日本のカトカラを詳しく知るには一番の書。自費出版。
(註6)北海道にも人為的植栽がされている可能性は高い
江差町字東山に明治後期に植栽され、百年を超えるケヤキの人工林が有るそうだ。どうやら北海道西南部では、松前藩によって昔から植栽されていたようだ。因みに札幌市にも結構ケヤキの大木が有るという。
こうなると、ジョナスもその時代から土着していたのかもしれない。分布地に北海道を含めるのが正しいのかもね。西尾氏は、ケヤキが自生しないと云う言葉に惑わされた可能性がある。自生していなくとも、長年植栽されていれば関係ないもんね。
(註7)マホロバキシタバ
学名 Catocala naganoi mahoroba。
2019年、日本で32番目に見つかったカトカラ。
(註8)Catocala wuschensis Okano, 1964
(出展『世界のカトカラ』)
やはり記載者と記載年は、あった方がいいかな。
記載は50年以上前で、名前からすると、どうやら日本人によるものみたいだね。
石塚さんの『世界のカトカラ』にはキレオビキシタバと云う和名が付けられている。これは下翅の帯が寸断されていることからのネーミングだろう。
石塚さんの見解では「外観はジョナスキシタバに幾分似るが、類縁関係は明らかでない。」とある。食樹は不明で、稀種のようだ。
確かに、パッと見はそんなに似てない。
でも図鑑に載ってたのは、この♀1個体だけだし、一応クグっとくか…。
♂である。
ジョナス隊長程には上翅が尖ってないね。飛んだら、ジョナスの勝ちだな。
【裏面】
(出展 2点共『jpmoth.www』)
表よりも裏面の方がジョナスに似ているかもしれない。って云うか、ソックリだ。
日本の蛾の図鑑には殆んど裏面は載ってないから、同定する時に不便なんだよなあ…。大図鑑は無理としても、属レベルの図鑑だったら裏も載せれると思うんだけど、どうしてかな?何とかならんかね❓
台湾のサイトには生態写真もあった。
(出展『Dearlep.tw』)
コレなんか見ると、表側(前翅)も一見するとジョナスっぽい。類縁関係は有りそうだ。
台湾名は「霧社裳夜蛾」というらしい。霧社ということは、南投県霧社で最初に発見されたって事かな?
但し、この個体は新竹県観霧で撮影されたものだ。
霧社は台湾で蝶を採ってる時に前をよく通った。だから周辺のどっかでも採れんじゃねーの❓
出ましたねー。自称まあまあ天才、でも引きだけが強い男の楽観的展望(笑)
サイトに種解説もあったので、ついでに載せとこっと。
描述
本種前翅長約36mm;屬於中大型的裳蛾物種,整體鐵灰色,前中線為黑褐色短斜帶,於近臀緣端曲折,後中線鋸齒狀,於近臀脈端較粗並強烈彎曲向前緣,腎紋下方具有一淡黃色梯形斑紋。後翅底色鮮濃黃色,於中央區段、頂角以及臀角具有帶狀黑紋。
生態學
中海拔原生林,稀見,成蟲發生於夏秋季6~10月
分布
臺灣,特有種。
乱暴に要約しちゃうと、前翅長36㎜。中大型のカトカラで、中海抜(1000m前後?)の原生林に生息する。6~10月まで見られるが稀。台湾特産種。
( ・◇・)ん❗❓、前翅長36㎜❓そんなに小っちゃいの❓
でも『世界のカトカラ』の図版だと、ジョナスと同じ大きさだどー。開翅長じゃなくて、前翅長だからか❓けど、前翅長って、どこの長さだっけ❓開翅長とどう違うんだっけ❓ようワカラン。
(註9)かもめのジョナサン
『かもめのジョナサン』(Jonathan Livingston Seagull)は、リチャード・バックによる寓話的小説。1970年にアメリカで出版され、最初は当時のアメリカのヒッピー文化とあいまって口コミで徐々に広がり、1972年6月以降に大ヒットした。日本では1974年に五木寛之の訳で出版され、120万部の大ベストセラーとなった(累計270万部以上)。
食べる時間すら惜しんで飛ぶ事に打ち込み、飛ぶとは何かを探究し、「真に飛ぶこと」を求めた1羽のカモメの物語である。
そこには、キリスト教の異端的潮流ニューソートの思想が反映されていると指摘する者や、禅の教えを表しているとする者もいる。読者を精神世界の探究、宗教的な探究へと誘(いざな)う一種の自己啓発本のようにも読まれていた。(参考『Wikipedia』他)
《参考文献》
・西尾則孝『日本のCatocala』
・石塚勝己『世界のカトカラ』
・岸田泰則『日本産蛾類標準図鑑』
・江崎悌三ほか『原色日本蛾類図鑑』
・阪上洸多・徳本拓朗・松尾隆人『兵庫県のカトカラ』きべりはむし39(2)
・カトカラ同好会『ギャラリー・カトカラ全集』