2018′ カトカラ元年 其の11 最終章

 
  vol.11 シロシタバ act5

     ー解説編ー
 『天鵞絨(びろうど)の褒章』

 
長々と書いてきたが、やっと種の解説だ。
ここまで、ホント長い道程(みちのり)だったよ。

 
【シロシタバ Catocala nivea ♂】

 
【同♀】

 
【♀裏面】

 
【学名】Catocala nivea nivea (Butler,1877)

小種名のnivea(ニヴェア)は、雪(白)、雪のように白いの意。ラテン語のniveusの女性形。

学名の小種名はニベア(ニヴェア)は女性形なんだね。本文中で度々シロシタバを彼女と呼んだのも、あながち間違っていなかったワケだ。

ニベアで最初に連想したのは、あのスキンクリームで有名なニベア。どうやら両者の語源は同じみたいだ。虫採りをやってると賢くなるのら。今度何かで使ったろー。

『キミの素肌はニベアだね。透き通るように美しいよ。』
『えっ、ニベア❓ニベアってあの手とかに塗るクリームの❓』
『そう、そのニベア。元々ニベアとはラテン語で雪のように白いって意味なんだ。クリームのニベアはそこからパクったってワケ。』
『へぇー、そうなんだー。アナタって❤素敵❗』
『いや、キミの美しい素肌の方が何倍も素敵だよ。』

( ☆∀☆)おー、使えんじゃねえかー。
と云うのは、もちろん嘘で、(/ロ゜)/わうっと仰け反るくらいにゲロ安っぽいわ。
(-_-)んなもん使えねえよ、バーカ(# ̄З ̄)である。

深夜に書いてると、アタマがワいてくるニャー(ФωФ)
一人妄想ごっこはコレくらいにして、先へと進めよう。

学名は「雪のように白い」だが、厳密的にはシロシタバの下翅は真っ白ではない。限りなく白に近い質感のあるオフ・ホワイトだ。それが織物のベルベット、もしくはビロードや別珍(ベッチン)みたいで(註1)、それがかえって上品さを醸し出している。蘚(こけ)のような上翅とのバランスが何とも気品があって素敵だ。

余談だが、ジジミチョウ科の Lachnocnema(ラクノクネマ)属に Lachnocnema nivea というのがいる。和名はケブカアシジジミ。脚がモフモフでとても可愛い。

 
【Lachnocnema bibulus】
(出展『iNaturalist』))

 
L.nivea の画像が見つけられなかったので、同属の別種を貼り付けておいた。
他にもシジミチョウ科には、シロシジミ属(Ravenna(ラヴェンナ))に Ravenna nivea という種がいるみたいだ。

 
【和名】
度々、オオシロシタバとの和名の逆転現象が指摘されている。オオシロシタバよりシロシタバの方が明らかに小さいのにオオと付くのは紛らわしいというワケだ。
『原色日本産蛾類図鑑』のシロシタバの解説欄には「前種(オオシロシタバ)よりは常に大きく、その和名は前種と入れかえる方が合理的であるが、永年使用されてきたものであるし、さして不便もないのでそのままにしておく。」と書いてあるから、皆が妙に納得して声高に糾弾するまでには至らなかったのであろう。この図鑑のメインの著書は江崎悌三先生だもんね。偉い先生だから、文句言えないよね。
自分も図鑑に倣(なら)い、このままで良いと思う。シロシタバはシロシタバでよろし。今さら「明日からシロシタバはオオシロシタバになります。オオシロシタバはシロシタバになります。」と言われても困る。そんなの余計にややこしくなるに決まっているのだ。一々、旧シロシタバとか旧オオシロシタバとかと説明するのは面倒くさ過ぎるし、文献だって後々シロ、オオシロのどっちを指しているものなのかがワカンなくなっちゃうぞー。

でもさあ、そもそも何でこんな和名の逆転現象が起きちゃったのだろう❓
名付けた人が単におバカだったのかなあ❓
いくらなんでも、それはないと思うんだよね。裏には驚愕の命名譚が隠されているのかもしれない。
とはいえ、ここで脱線するワケにはいかない。これは宿題としよう。オオシロシタバの回までに何らかの回答を探しておきま~す。

 
【英名】Snow underwing(雪下翅)

ネットの『ギャラリー・カトカラ全集』には、そう書かれてあった。英名としては違和感がない。でも、それを訳した「雪下翅」というのが気にかかる。
確かに「underwing」は直訳すれば下翅(下羽)だが、「カトカラ」と訳す方が適切なのではないだろうか。いや、それなら「underwing moth」でしょうよと云う指摘を受けそうだが、辞書やネットの表記ではカトカラそのものとして「underwing」が適用されているのだ。ゆえに和訳は「雪カトカラ」もしくは「雪のようなカトカラ」が正しいのではないかと思う。

けれど「snow underwing」で検索してもシロシタバは殆んど出てこない。世界的にはポピュラーな称号ではなく、あまり浸透していないみたい。
試しに「white underwing(白いカトカラ)」で検索してみたら、1件だけシロシタバにヒットした。しかし、その殆んどは北アメリカに生息する Catocala relicta というカトカラの称号として出てくる。

 
【Catocala relicta】
(出展『iNaturalist』)

 
ハクトウワシみたいでカッコイイ奴ちゃのー。
でもシロシタバというよりもシロオビシタバだ。もっと言えぱ、印象的なのは上翅の白だから、ウエシロシタバかな。どちらかと云うと「White underwing」というよりかは「White upperwing」だね。しかし、カトカラを「underwing」とするならば、コレはオカシイ。
厳密的には「White upperwing underwing」、もしくは「White-upperwing underwing」になる。けれど、これでは上白羽下羽になってしまい、何ちゃらワカラン錯綜した名前になるからダメじゃないか(笑)。ややこしい。自分でも段々何言ってんのか分かんなくなってきたよ。
幸いコヤツには他のタイプもいて、上翅がグレーなのもいるようだから「White upperwing underwing 」は使えないだろう。一安心だよ。

 
(出展『Butterflies and Mothes of North America』)

 
(出展『Lepidoptera Odonata web Atlas Detail 』)

 
あれっ❗❓、コレって下翅の帯を青紫色にしたら、何かとソックリになると思いません❓
ほら、↙コレなんか近い。

 
(出展『wikipedia』)

 
そう、ムラサキシタバ(註2)様にソックリなのだ。

 
【ムラサキシタバ】
(2019.9月 白骨温泉)

 
何で似てるのかと云うと、両者は近縁種で親戚関係にあるのだ。但し、大きさは違い、ムラサキシタバの方が遥かにデカイようだ。

今、思い出した。そういえぱ、いたなあ…。
「White underwing」といえば、その名に最も相応しいものがいるわ。2007年に中国四川省で見つかったカトカラは下翅が本当の意味で白いのだ。
話がどんどんシロシタバから離れていくが、まっ、いっか。

で、ネット検索したら見つかった。
画像を見た瞬間は「えっ、これがカトカラ❓」と思ったくらいカトカラに見えなかった。帯紋が全く無い下翅もそうだが、上翅がベタで全然カトカラっぽくない。

 
【Catocala uljanae (Sinyaev,Saldaitis&Ivinskid,2007)】
(出展『BOLDSystems v3』)

 
これこそが「White underwing」だよね。
尻が無いが、論文(註3)には尻有り画像もあって、尻まで真っ白なのだ。こんなに腹が白いカトカラって他に類を見ない。
あっ、そうだ。コレって石塚さんの『世界のカトカラ(註4)』にも載ってたよな。

見たら、シロムクシタバと云う和名で載ってました。

 
(出展『世界のカトカラ』)

 
シロムクかあ…、秀逸な和名だすな。中々、白無垢なんて発想は出てこないもんね。素敵な和名だと思う。
図鑑が発刊された2011年の時点では、中国四川省中部の1ヶ所のみから知られる大珍品で、ホロタイプの1個体しかなかったそうだ。
シロシタバとの関係を連想させるが、ゲニタリア(交尾器)の形状などから類縁関係は無いそうだ。

 
【開張(mm)】95~105㎜。

ネットの『みんなで作る日本産蛾類図鑑』にはそうあった。おそらくコレは『原色日本産蛾類図鑑』から、まんま引用したものであろう。一方、岸田先生の『日本産蛾類標準図鑑』には、80~95㎜とあった。随分とズレがある。どっちが正しいのだ❓

もう自分で測っちゃったよ。結果は♀の一番大きなもので、104㎜ほどあった。産地は四條畷だ。
私見では概して西のシロシタバの方が東のものよりも大きい。おそらく『日本産蛾類標準図鑑』では、東の方の標本を基準に検したのだろう。とはいえ、反対に小さい個体は東でも西でも95㎜以下のものもいるから『原色日本産蛾類図鑑』よりも岸田図鑑の方が合っている。まあ、どちらかの記述が正しくて、どちらかの記述が間違っていると云うワケでも無かろう。両者を合わせた開張80~105㎜でエエんでねえの❓
何れにせよ、カトカラの中ではムラサキシタバと並ぶ最大級の大型種である。他のカトカラと比べて、この二つが群を抜いてデカくて迫力がある事に異論はないだろう。

そういえばA木くんに「ムラサキシタバが最大種と言われてるけど、シロシタバとそう変わんないんじゃないの❓」と訊いたら、「似たような大きさだけど、全体的には少しムラサキの方が大きいかなあ…。」という答えが帰ってきたっけ。

ちょっと驚いたのは『原色日本産蛾類図鑑』では、ムラサキシタバの開張が92~102㎜とあり、シロシタバの方は95~105㎜と、シロシタバの方が大きいとされていることだ。発行元の保育社は関西の会社だから、関西の標本を検した結果なのかなあ?…。

ここでまた私見を述べよう。
一般的にはムラサキシタバの方がシロシタバよか大きいとされるが、主に関東方面の意見なんだろね。確かに東日本では、明らかにムラサキシタバの方がデカイと思う。

 

 
上は白骨温泉のムラサキシタバの♂で、下は平湯温泉のシロシタバ♀である。測ったら、ムラサキシタバの開張が100㎜、シロシタバが92㎜だった(一言を添えておくと、一見すると写真では両者は同じ翅幅に見えるけど、下からあおって撮っているので、そう見えます。展翅板の溝幅の違いを見て下されば、御理解いただけるかと思う)。
今のところ中部地方で採ったシロシタバで、ムラサキに匹敵する大きさのものは見たことがない。一方、西日本では同じくらいの翅幅のモノは結構いる。但し、開翅長はそう変わらないが、翅の表面積まで含めるとムラサキシタバに軍配があがると思う。

 
【雌雄の判別法】
何か唐突ではあるが、ここで♂と♀の見分け方を書いておこう。本文の方で、それには一言も触れていないことに気づいたからだ。

♂と♀は翅形が違い、♀は♂と比べて全体的に翅に丸みがある。ゆえに、だいたいはパッと見で判別できるのだが、中には微妙な個体もいたりする。なので、確実な方法は腹を見ることだ。

 
【♂の腹部】

 
【♀の腹部】

 
♂は腹が細く、長い。そして、腹端に毛束があるのが特徴だ。一方♀は腹が太く短い。毛束は無いことはないが、♂と比べて非常に少ない。これで大体の区別はできるだろう。
他に翅の付け根にある毛の数で判別する方法もある。

 
(出展『日本のCatocala』)

 
その刺毛が♂は1本、♀には3本あり、それが一番正確な判別方法なのだが、上翅をめくらないと分からない。なので、素人にはあまり現実的な方法とは言えないだろう。

 
【分布】
北海道、本州、四国、九州。
東日本では普通種だが、西日本では分布が局所的で少なく、関西都市部近郊ではレア。四国でも少なく、九州では珍品だとされる。また、ネット情報だが、北海道でも少ないそうだ。
海外ではインド北部、中国(四川省など)、台湾、朝鮮半島、ロシア沿海州に分布する。

低地から山地帯まで生息域は広いが、個体数はそう多くはないようだ(但し、時に大量に灯火に飛来するケースがある)。
日本では、より局所的に生息するムラサキシタバと比べて分布が広い事から一段下に見られがちだが、海外では逆にムラサキシタバよりも評価が高いそうだ。これは世界的にみれば、シロシタバの方がムラサキシタバよりも分布域が狭いからだろう。アジアの特産種で、特に日本はその分布の中心とされ、他地域と比べて個体数が多いようだ。ゆえに本種の標本は外国の収集家に好まれ、格は逆に一段上とされているという。

 
【亜種】
以下のものが亜種記載されている。

◆Catocala nivea nivea (Butler,1877)
 日本・朝鮮半島・中国(四川省)

日本のシロシタバが原記載亜種のタイプ標本になっている。ようするにシロシタバが最初に見つかったのは日本だということだね。

 
◆Catocala nivea asahinaorum (Owada,1986)
 台湾

(出展 二点共『dearlep.tw』)

 
上が♂で、下が♀。
一見したところ、下翅の黒帯が細くて白い領域が多いように見える。(^^)いいねっ。コレくらい綺麗なら、台湾に行った折りには探してもいいかなと思う。

台湾名は「後雪裳蛾」。
成虫は7月末から9月にかけて発生し、標高1700〜2400メートル付近の森林地帯に生息する。灯火採集をすると、時に3000メートルの山岳地帯にも飛来するという。但し、台湾では稀な種のようだ。
へぇ~、亜熱帯ゆえに日本と比べてかなり標高の高いところに棲んでるんだね。元々は、冷温帯を好む種なんだろね。

 
◆Catocala nivea kurosawai (Owada,1986)
 ネパール

(出展『世界のカトカラ』石塚勝己)

 
石塚さんの図鑑に拠ると、上翅が暗色化するのが特徴なのだそうだ。
記載論文を確認出来ていないが、台湾とネパールの亜種記載者は、おそらく蛾の研究者として知られる大和田守博士であろう。

 
【レッドデータブック】
大阪府:絶滅危惧II類、高知県:準絶滅危惧、佐賀県:情報不足。

こういうのを見ると、レッドデータって間違ってはいないけど、情報量が少ないよね。分布調査って誰がやっているんだろうと思うよ。たぶん、調査してる人員が少ないんだろな。致し方ないところはあるんだろね。

 
【成虫出現期】
成虫期間は比較的長く、7月中旬から現れて10月下旬まで見られる。
新鮮な個体が得られるのは8月下旬から9月上旬迄ってところかな。但し、10月でも新鮮な個体が得られた例もあるようだ。

 
【生態】
最初に断っておくが、生態面については多分に私見が入っている。そういう部分は出来るだけ私見である旨を示すようにするが、微妙な表現もあるかもしれないので、そこんとこ留意されたし。

平地にも見られるが、山地に多く見られる。
長野県などの中部地方では成虫が8月に夏眠するらしい。あまり聞いたことがないし、より暑い関西では8月でもバリバリ活動しているからホントかなと思う。
但し、私見だと西の方が羽がボロになるのは早い。発生期は関西と中部地方との間にそれほど大きな差はないようだから、やっば中部地方とか東では夏眠するのかなあ…。ところで、何を指して夏眠するとしたのだろう。じっとしてて、樹液にも灯火にも集まらないと云うことでいいのかな❓全く活動しないのか、活動が鈍りがちになるのかが書かれていないから、気になるところではある。

成虫は日中、頭を下にして木の幹や岩に静止している。驚いて飛んだ時は上向きに着地し、まもなく下向きとなる。昼間、静止している時は比較的鈍感だという。しかし、自分の経験ではそうでもなく、それなりに敏感だと思った。とはいえ、これは産地や時期、時間帯にもよるものだろう。

それはそうと、何でカトカラって昼間は逆さ(下向き)に止まってんだ❓
これがずっと疑問だった。頭が悪いゆえ、その理由が全く思いつかなかったのだ。
この疑問に対して、どなたかが Facebook で答えておられた。失礼ながら御名前は失念したが、要旨は以下のようなものだったと記憶している。もしも解釈が間違ってたら、ゴメンなさい。

「彼らが下向きに止まるのは、鳥などの天敵から逃れれる為である。つまり、下向きに止まることによって、自重による飛び出しの初速度は上がる。それによって、少しでも天敵に捕まる確率を下げようと云う生き延び戦略だと考えられる。」

なるほど、それだと理にかなってる。
実際、昼間に驚いて飛んでゆくカトカラのスピードは速いもんね。夜、木から飛び立つ時とは大違いだ。上向きに止まっている夜は、逃げる際はパタパタ飛びで、けっして速いとは言えない。それに上に飛ぶ方が目立ち易い。昼間なら、下から鳥にバクッといかれそうだ。反対に低く飛べば、背景に紛れ易いと云うのもある。鳥だって見失いがちだろう。

でもさあ、だったら何で夜も下向きに止まらないのだ❓鳥は活動してはいないものの、コウモリがおるがな。
あっ、コウモリは空中で獲物を捕らえるから、止まってる蛾は襲わないか…。
にしても、遅く飛び出すよりも速いに越したことはないだろう。まさか下向きにばっか止まっていると、血が頭に昇るからとか❓ それは半分冗談にしても、やはり下向きに止まるということは、カトカラにとっても不自然なのだろう。自分がカトカラになった気持ちになってみると、ずっと逆立ちしてるのは耐え難いもんね。生き延びる為に昼間は我慢して逆さに止まってるのかもね。

飛ぶ速度だが、夜は木から飛び立つ時も飛んでゆく時も遅い。樹液に飛来する時も遅い。どこかドタドタ感があるのだ。
だが、灯火に集まって来る際などは速い。空をビュンビュンに飛んでいる。灯火に関係なく、高い位置を高速で飛んでゆくカトカラを見たことも何度かある。本気を出せば速いのだろう。飛ぶのが速い蛾の代表であるスズメガの仲間と翅形が割りと近いから、それは理解できる。
上向きに飛び出すと、トップスピードになるまで時間を要するのかな❓逆にスピードをゆるめるのも下手っぽい。蝶に比べて蛾は胴体が太くて重そうだから、スピードの調整が苦手なのかもしれない。
そういえぱ、夜間上向きに止まっているカトカラは、木から飛び立つ際に、一旦下向きに飛んでから上昇する。体が重いから重力に負けるのかもしれない。だから、採るのは楽勝だ。下から網を持ってゆき、真下をコツンと叩けば、勝手に自ら網に入ってくるのだ。そこを掬い上げるようにカチ上げる。我が秘技の一つ、静居合💥龍昇剣(しずいあいりゅうしょうけん)である(笑)。

夜間、灯火に飛来し、9~10月になると発生地周辺の市街地の街灯にも飛来するという。
灯火採集の経験は少ない。兵庫県の但馬地方と山梨県の大菩薩山麓ぐらいでしか、灯火に来たシロシタバを見た事がない。ゆえに大きな事は言えないが、飛来時間は早くなく、9時半以降だった。尚、灯火に飛来時は、翅を閉じて静止することが多いようだ。自分が見たのも全部閉じていた。

クヌギ、オニグルミ、ハルニレなどの樹液に好んで集まる。腐った果実で吸汁したという例は自分の知る限りでは無い。また花蜜に飛来することは極めて稀で、一例しか観察されていないようだ(池ノ上 2005)。
自分の経験では、樹液に飛来したのは大阪府四條畷市と山梨県大菩薩山麓の2例のみ。何れも遅い時間帯で午後10時を過ぎていた。四條畷では樹液の出ている木の周辺にいるのにも拘わらず、寄って来ないケースを二度見た。何れも日没後、早い時間帯である。一旦、近くまで移動して、夜遅くになって樹液を吸いに来るのかもしれない。

糖蜜トラップにも反応し、比較的よく集まるという。
トラップに寄って来たのは計4回だったと思う。岐阜県と長野県で、それぞれ一回ずつ。四條畷で二回(三回だったかも)だった。時間は何れも夜遅くで、早いものでも9時半だった。
樹液・糖蜜のどちらにも、日没直後に飛来したものは見た事がない。遅々(おそおそ)の御登場なのだ。これは他のカトカラの生態からすれぱ、変わっている。特に樹液・糖蜜に集まる時間が遅いように思われる。多くのカトカラは、日没後、比較的早い時間に樹液に集まって来るのだ。
一応ネットで、シロシタバが樹液・糖蜜に飛来した時刻について言及してあるものを探してみたが、調べた限りでは出てこなかった。

昼間は翅を閉じているが、夜間、樹液や糖蜜を吸汁時には下翅を開く。また、刺激を受けると前翅を広げて目立つ後翅を出すが、これには外敵を驚かす効果があるとされている。この習性を利用として、写真を撮る時は刺激を与えてやるそうだが、やり過ぎると飛んで逃げるので注意が必要みたい。
ところで、下向きに止まっている時は、驚かすと翅を開いて威嚇するのだろうか❓あまり聞いたことがない。おそらく脱兎の如く逃げるんだろな。

下翅を開くで思い出したが、四條畷では夜間はそれ以外の時でも下翅を開いていた。樹液を吸っていない時でも翅を広げているのだ。そんな事はどの図鑑にも一行も書かれていない。
それを確認する為に、翌年再び四條畷を訪れた。

 
(2019.8.11 四條畷市)

 
結果は同じだった。2019年も夜間に木に静止している時は全て下翅を開いていた。
上の写真なんかは、こんな細い木の幹に樹液が出ているワケがないし、実際出ていなかった。露とか他の何かを吸汁していないことも確認している。なのにパンチラなのだ。
もしかしたら、四條畷だけの生態かもしれないけれど、勝手に論を進めてゆく。これは某(なにがし)かの生殖活動、つまり交尾と関係している行為ではなかろうか❓ と言いつつ勘だけの思いつきで言っております(笑)。一瞬、♀が♂に見つけてもらうための行動だと思ったのさ。でも考えてみれば、オスメス関係なしに下翅を開いてたわ。理由は謎のまんまだ。
カトカラ二年生が不遜にも言ってしまうと、カトカラ採集の殆んどが灯火採集で、一部が樹液採集とか糖蜜採集だろう。夜の見つけ採り採集なんてしている人はあまりいるようには思えない。蛾の生態解明が遅れているのは、そういった事も関係しているのではなかろうか。

四條畷では、昼間は翅を閉じて下向きに止まっているが、夜は翅を開いて上向き止まっている事は前述した。ならば、いつぐらいから上向きになり、下翅をいつ開くのだろう❓
これについては、幾つかの観察例を持っているので付記しておく。
下向きから上向きになるのは比較的早いようだ。日が傾き始めた4時、5時台には、上向きに止まっているのを2例ほど見た。但し、下翅は開いていなかった。日没後も薄暮の間は下翅を開いていなかった。これも2例ほど見ている。下翅を開いた個体は暗闇になってからしか見ていない。
来年は見つけても捕獲せず、いつ下向きから上向きに位置を変え、いつぐらいから翅を開くかを観察しようと思う。
朝まで現地にいた事は一度もないので、反対にいつ上向きから下向きになり、翅を閉じるのかも分からない。これも課題で、時間をかけての観察が必要だろう。

交尾は羽化後すぐには行われず、8月下旬頃から行われ、9月に入ってから食樹の根元などに産卵するそうだ。

思うに、シロシタバが生息する場所は河畔、池畔、湿地周辺など、ある程度湿潤な環境ではなかろうか。これは、次に紹介する食餌植物が好む環境と関連しているものと考えている。

 
【幼虫の食餌植物】
バラ科のウワミズザクラ。イヌザクラも食すとされている(両者ともサクラ属ウワミズザクラ亜属に含まれる)。
例外はあるだろうが、主にやや湿潤な環境を好む植物のようだ。

 

 
『原色日本産蛾類図鑑』には、リンゴもあげられている。他にリンゴをあげている図鑑は無いから、ちょっと怪しい。とはいえ、もしかしたら代用食となるのかもしれない。でも同じバラ科でもリンゴ属だから、それも怪しいけど。
なお、シロシタバは「日本産蛾類生態図鑑」にはヤマザクラやソメイヨシノは食べないと書いてある。しかし「日本のCatocala」ではこれらも代用食となると書かれている。自然状態では大抵はウワミズザクラで見られ、孵化幼虫はヤマザクラなどには食いつかないケースが多いそうである。

 
【幼生期】
幼虫を観察したことは全くないので、主に西尾規孝氏の『日本のCatocala(註5)』を参考にさせて戴いた。

 
(出展『フォト蔵』)

 
左下は頭部の画像。
顔がカラフルなんだね。ちょっと可愛い。

 

(出展 2点共『Σ こんちゅーぶ!』)

 
毛虫ではなく、尺取り虫型である。
幼虫の色彩は変化に富み、全体が灰褐色の淡い色調のものから黒い模様が著しく発達したものまでいて、同一種かと疑うほどの差異があるそうだ。

カトカラの幼虫には似通った種が多く、且つ色彩変異が激しいので、同定が難しいと言われている。同定は食餌植物、頭部の斑紋、第5腹節の隆起、分布から総合的に判断する事が必要だという。
ウワミズザクラ及びイヌザクラで幼虫が見つかれば、ほぼシロシタバといっていいだろう。知る限りでは、これらを食樹としているカトカラは他にはいないからだ。但し、絶対ではない。記録されていないだけで、他のカトカラも利用している可能性はあるからだ。
因みにサクラ属を食べるカトカラにはワモンキシタバ、キララキシタバ、ハイモンキシタバの3種がいる。ワモンとキララはウメ、マメザクラ、スモモ等のサクラ属とズミなどのリンゴ属を食する。ハイモンは基本的にはズミなどのリンゴ属だが、サクラ属のスモモも過去に食樹として記録されている。
なるほど。シロシタバもリンゴ属を食う可能性はゼロではないね。

形態からの判別法だが、前述したようにカトカラ類の幼虫には色彩変異があり、同種内でも背面突起がオレンジ、黒、白と様々で、体色も明るい色から黒い色まであって、色だけでは同定は困難とされている。ではどこで見分けるのかというと、区別点として重要なのは第5腹節背面の隆起なんだそうである。シロシタバだけが斑紋がやや横長で幅広い形をしている。ハイモンとノコメは小さめで、ワモンとキララは長く突出するという。また、体表を走るジクザグ模様にメリハリがあって、目立つらしい。

食樹の樹齢15~30年の壮齢木を好む。
若齢幼虫は日中は葉裏に静止しており、成長に従って自身の太さ程の枝に静止するようになる。老熟すると幹の下部や地表近くまで降りてくる。尚、終齢幼虫(5齢)は6月上旬から下旬まで見られ、最終的には80~90mmほどに成長する。
幼虫の葉の食べ方は独特で、枝に止まって葉の主脈から食するため、中央から虫食い穴が出来るそうだ。柔らかい若葉を食べ尽くすと、次には葉柄までも摂食し、食後は尺取り運動で移動する。尚、尺取りで後退も可能なんだそうな。バックもでけるでぇ~なのだ。想像すると、ユーモラスで可愛いかもしんない。それはちょっと見てみたい。

6月下旬辺りから木から降りて、落葉の下などで蛹化する。
ネットでシロシタバの蛹の画像を探したが、見つけることが出来なかった。なので、替わりにムラサキシタバの蛹の画像を添付しておきます。

 
(出展『Lepidoptera and their ecology』)

 
如何にも蛾然とした蛹だね。
細部の形態はシロシタバとは違うのだろうが、基本的な姿はあまり変わらないだろうと思われる。

今年も引き続き生態については観察していこうと思う。けど、夜の森を一人で歩き回るのはヤだなあ…。

                    おしまい

 
あとがき

長かった…。
このカトカラ関連の連載ではシロシタバが最も長くなったのではないだろうか。それだけ思い入れのあるカトカラだったのだろう。
という事は、読む側も大変だったのではなかろうか。
脱線の連続で長かったし、低俗エロ表現も連発だったしね。
それに最後までお付き合いして下さった方は偉い。本当に感謝します。有難う御座ぇますだ。

余談だが、第一章を書き始めた当初は、本気でアミメキシタバの回のように物語仕立てにしてやろうと思っていた。網目男爵に続く白い騎士の物語である。実際、その路線で30行くらいは書いた。
だけど、書いてて直ぐに気づいた。今まで各カトカラについて書き連ねたことはフィクションではない。時々誇張したり、フザけたりもしてきたが、基本はあくまでもノンフィクションである。けれど男爵や騎士の物語となると、フィクションの領域になっちゃう。だいち、フィクションを続けるのは未知の領域だ。小説なんて書いたことが一度もないのである。前回、途中で投げ出した『網目男爵物語』が小説を意識して書いた初の文章なのだ。どうみても無理がある。ただてさえ書くのが大変なのに、そうなると益々まとまりがつかん。そんな事までやりだしたら地獄だもんね。

今回の小タイトルは、当初『攻めた解説』だった。
しかし、つまらないので第四章で使おうとして結局やめてしまった「天鵞絨(びろうど)」という言葉を持ってくることにした。
びろうど(ビロード)はポルトガル語の「veludo」、またはスペイン語の「velludo」からきた言葉で、本来は毛織物の名称だ。この織物はポルトガル商船から京都に伝わり、慶長年間より織り始められたという。結構、歴史は古いのだ。
漢字は、生地が光沢のある白鳥の翼に似ているところから「天鵞絨」の字が宛てられたという。「天鵞」が白鳥を意味し、「絨(じゅう)」が毛の厚い織物を意味している。
と云うことは、もしかしたら「びろうど」とは、元々は光沢のある白い織物のことを指していたのかもしれないと考えた。如何にも、あの美しい下翅に相応しいタイトルじゃないかと思い直したのだ。

褒章は、紫綬褒章とかに使われているから解る人も多いと思うが、勲章という意味。他にメダル、リボンという意味もある。
シロシタバは大きくて立派だし、美しい。世界的に見ても人気があり、評価も高い。それに、最初に見つかった場所が日本というのも褒章に値すると思ったのである。

次回からは、もう少しタイトに書こうと思う。
たぶん書きたくともネタがあまり無いのが2、3あるから、頑張らなくとも短くなる回もありそうだ。ラッキーである。素直に嬉しいわ。

 
(註1)織物のビロードやベッチンみたいで
布製品として両者は見た目では区別がつきづらく、混同され易い。しかし製法に違いがある。
ビロードは、タテ糸パイルの比較的毛足の長い絹やレーヨンで作られたパイル織物の一種。ポルトガル語のveludoが訛ってビロードと称されるようになったとされる。英語ではベルベットと呼ばれる。またスペイン語はベジュド(velludo)、フランス語ではベロア(velours)、和名では天鵞絨(てんがじゅう)と呼ばれる。
一方ベッチン(別珍)は、ヨコ糸パイルの比較的毛足の短い綿で作られたパイル織物の一種を指す。英語名はベルベッティーン(velveteen)。綿ビロードとも呼ばれる。
ベッチンは、日本にはポルトガルからもたらされ、16世紀の戦国武将の帽子や外套に使われた。
また、和名である天鵞絨の天鵞は白鳥の意味であり、伝来した当初は絹製の白い生地を指していたためと書いてあった。
( ̄O ̄)おーっ、自分の見立て通りだ。初期の頃は特に白いビロードの事を指していたのではないかと云う推理は、ビンゴだったってワケだね。

 
(註2)ムラサキシタバ
学名 Catocala fraxini。
日本で最も大きく、最も珍重されるカトカラ。
ヨーロッパから日本まで分布し、日本では北海道、本州中部以北の山地に多い。8~10月に見られ、幼虫はヤマナラシやドロノキの葉を食べる。

 
(註3)論文
New catocala species (lepidoptera, noctuidae) from China

 
(註4)世界のカトカラ

 
月刊むしの昆虫図説シリーズの中の一冊。

 
(註5)日本のCatocala

 
日本のカトカラの生態について最も詳しく書かれた図鑑。特に幼生期の生態解明には大きな足跡を残した。