奄美迷走物語 其の18

 第18話『呪われた夜』

 
2021年 3月31日(夜編)

上を見上げる。
フタオの大きな♀だ。しかも下から見ると羽には全く損傷がない。今度こそ完品だ。おそらく時間的にコレが最後のチャンスとなるだろう。全身をアドレナリンが駆け巡る。

【フタオチョウ♀】

だが、逆光で見えにくい。しかも止まる素振りはあるものの、止まりそうで止まってくれない。そのせいか飛ぶ軌道が不安定だ。読み切れない。どうする❓判断に迷う。最後のひと振りだと思っているから中々踏ん切りがつかない。ヘタに振れば、どっかへ飛び去って二度とチャンスはないのだ。でも時間のリミットは近づいている。夕暮れ近くの今が、そろそろ飛び終わる時間なのだ。
焦る中、網の切っ先がキッと動いた。でも、急に軌道を変えやがった。振りかけてグッと手首と腕で急制動させる。経験で、このまま振っても空振りすると感じたからだ。
でもこの10数秒後には突然プイと舞い上がり、山に向かって勇壮に飛び去って行った。それを茫然と見送る。
ネットを振る事なく、勝負は終わった。慚愧に堪えない。

その後、30分ほど粘ったが、待ち人来たらず。ついぞチャンスは巡っては来なかった。
(´-﹏-`;)惨敗だ…。
暮れゆくトパーズ色の光の中、立ちすくむ。
こんな事ってあるか❓…。蝶採りをやってきて最も半端な終わり方だったかもしれない。状況的に致し方なしと何とか言い訳はできるかもしれないが、自分自身では無理があると認識している。逃した時には人に言い訳しがちだけれど、極力、他人から見て無理があるようなダサい言い訳だけはしないようにしている。口には出さなくとも、意外と人はそれが事実なのか苦し紛れの嘘なのかを見抜いているものだ。
今日の敗因は、ずっと今回の旅で自分に言い聞かせてきた迷わずに振り抜くという当たり前の事が出来なかったからだ。迷ってはならないと頭では解っているのに、いざという時には決断できなかった。結局、メンタルをいつものように余裕のヨッチャン無敵モードには持っていけなかったのだ。
考えてみれば、2019年の夏に日本で初めてマホロバキシタバを採ってから何だかオカシクなったと云うか、潮目が変わったような気がする。その後、何となくスランプ気味なのだ。狙った獲物が全く採れてないワケではないのだが、前みたく連戦連勝とまではいかない。今にして思えば、あの時を境に憑き物が落ちたように虫へのモチベーションが下がった気がする。欲しいと強く思わない者には、欲しい物は手に入らない。なのに希求する心は以前ほどには強くはない。正直なところ、滅多な事では心が跳ねないのだ。
とはいえ、何と言おうがコレとて言いワケだ。ここぞと云うところで、ここぞと云う力を発揮できない人間はニ流だ。そうゆうことだ。オリンピックしかり、最高クラスのカテゴリーのプロスポーツの世界しかり、結局は己のメンタルの強さと迅速な判断が勝敗を分けるのだ。
歳、喰ったかなあ…。老いると云う事は、人を肉体面だけでなく、精神面をも衰退させるのかもしれない。
認めよう、惨敗だ。嘗て最終戦で言いワケ出来ずに惨敗に終わった事などあったっけ…❓あのキリシマミドリシジミの時の5連敗に近い屈辱だ。でも、アレはまだ言いワケできた。どの場所でも一緒に行った人は誰も採れていないのだ。
所詮はコレもまた言いワケにすぎないんだけどもね。とにかく己の虫を採る能力は確実に落ちてきてる。その証左のような終わり方だった。

宿に戻ったら、5時半を過ぎていた。
心は重い。灯火採集に行く気も萎えている。ここは飯でも食ってリセットする事が必要だが、もし予定していた場所に行くならば、飯なんぞ食っているヒマはない。行くなら、今日だけは何があっても日没前にポイントに着いておきたいのだ。
なぜなら、遂に今までは恐ろしくて避けてきた朝戸峠へ行くのである。そしてそこには、奄美でも超一級の心霊スポットとして名高い「旧朝戸トンネル」がある。場合によっては其処を通り抜けねばならないのだ。日があるうちならまだしも、日没後なら絶対に無理だ。きっと背中に天井から何か得体の知れないモノがパサリと落ちてきたりするのだ。そして密かに背中に宿り、人面瘡となるのだ。そんなの想像するだに怖ろしい。
自分で言うのも何だが、アチキは超怖がり男なんである。怖い系のテレビ番組は絶対に見ないし、たまたま映ろうものならマッハでチャンネルを変える。映画も、そうゆう系はできるだけ避ける。観に行くとしても、若い女の子、しかも美人限定だ。なぜなら、怖いから女の子の方から寄ってくるし、じゃない場合は素直に「僕、超怖がり屋さんでしゅー」などと正直に吐露すればよいのだ。
意外と女の子の方が♘ホワイトナイト、白い騎士だから『アタシがついてるからね。』とか言ってくれるのだ。そんな状況下なだけに『😍守ってね。』とでも言って手を握ることなんて事も容易いのだ。流石にオジサンになった今ではキモ過ぎて使えないけど…(笑)。
また👻怪談話も絶対に耳には入れない。ワシにはタブーだ。過去には、ワイが怖がるのを面白がって無理やり耳元で話そうとしてきた輩をタコ殴りにしてやった事だってある。恐ろしさが怒りに転化したのだ。そんなだから、心霊スポットに行く事も殆んどなかった。ワザワザ自分からそんな所に行く気がしれん、バッカじゃないのーと、ずーっと思ってた。
それが何の因果か、今や自分から夜の山に入り、遂には自ら心霊スポットへ行こうとしているのだ。それも、たった一人で。
げに恐ろしきは、憧れの虫を採りたいという強い欲望だ。採りたいという欲望が恐怖をも凌駕してしまっているのである。
それほどまでに、アマミキシタバ(註1)を採りたいのだ。

【アマミキシタバ】

(出展『世界のカトカラ』)

にも拘らず、奄美大島に来て6回も灯火採集をしているのに、いまだ1頭たりとも見ていないのだ。いくらライトトラップが何ちゃっての簡易なもので戦力が低いとはいえ、カスリもしてないのだ。だから今日こそはと思ってる。というか願ってる。チャンスはもう今日しかないんである。明日には大阪に帰らねばならんのだ。

超特急で用意して出る。
無事、日没前までに到着できることを祈ろう。

名瀬市街を抜け、朝戸トンネルの手前を右に入り、坂道を上がってゆく。
上から、あの長い朝戸トンネルの入口が見える。このトンネルも充分ホラーだったが、今から行くトンネルはそれを遥かに超える恐ろしき隧道の筈だ。そう思ったら、背中がビビビッときた。武者震いってヤツだ。
バイクはグングン高度を上げてゆく。
眼下には、こんもりとした森が見える。街からは近いが、かなり有望な環境だ。考えてみれば、ここは奄美でも有数の原生林として知られる金作原のちょうど裏側にあたる。環境が良いのも納得だ。あとは灯火採集の屋台を何処に据えるかだ。場所を吟味しながら走る。

候補地を2箇所ほど見つけ、更に上へと登る。
それにしても、さっきから行き交う車やバイクが1台もない。バイクのエンジン音だけが奇妙な感じで響く。それがホラー映画の何かが起こる前の雰囲気みたいで、ゾワゾワくる。

午後6時半前。
旧朝戸トンネルまでやってきた。

暗渠。地獄の口がパックリとあいている。
まだ明るいのに相当に暗くて、佇まいは異様だ。そして行き交う車は皆無だから、とても静かだ。それだけに不気味さが際立つ。霊感がないワシでも辺りに何かただならぬものが漂っているような気がする。

暗すぎてトンネルの入口がよく見えない。ネットで見た画像よか凄くね❓
参考までにネットの画像を貼付しておきます。


(出展『わきゃしま大好き』)

この画像よりもだいぶ木が大きくなってて、入口を隠すように繁ってるって事だね。下草もボーボーだ。益々、😱怖なっとるやないけ。

因みに、もし何か起こってもいけないと思って、昨日にどのような心霊現象が起こっているのかチェックしておいた。原文のまま貼っつけておく。

『旧朝戸トンネルに女ふたりで行ってトンネルの真ん中でクラクション3回鳴らしてトンネルの先まで行ってUターンして戻る途中に車が進まなくなって後部座席を見たら女の子と女のひとがいる。その後、運転手になにか起こるよ。実際に運転手わボールペンを耳にぶっさして車の前に倒れてた。でも女ふたりぢゃないとなにも起こりません。男が行っても意味ないです
                [匿名さん]』

何だ、この違和感バリバリの変な文章は。書いてる奴まで狂っとるやないけ。トンネルの呪いかね❓
流石に、このようなトンネルのすぐ近くで灯火採集をやる勇気はない。採集中にトンネルの奥からオドロオドロしい呻き声が聞こえてこないとも限らないし、闇の中から白装束のお歯黒の女がボワ〜っと浮いて出てきたりしたら阿鼻叫喚、ムンクちゃんだ。

【上村松園『焔』】

(出展『東京国立博物館』この絵の実物の存在感は凄いです)

でも、もしかしたらトンネルの向こうに灯火採集するのには絶好のポイントがあるかもしれない。そう思うと、どうしてもトンネルの先の環境が見たくなってきた。日が暮れていたら、怖すぎて無理だろうが、幸いまだ暮れてない。行くなら今しかない。中々の緊張感だが、勇気を振り絞って潜(くぐ)る事にする。

けど、入ってすぐ後悔した。中は驚くほど冷んやりとしており、信じられないくらいに真っ暗なのである。照明が全くないのだ。
下に何が横たわっているかワカランので、ゆっくりとバイクを走らせる。死体なんかあったら、動物や鳥でもコトだ。チビるよ。
ピチャピチャと水が滴る音も聞こえる。そのせいか道はじっとりと濡れている。マジで気持ち悪い。
でも、ここまで来て引き返すのは癪だ。入った勇気が無駄になる。それにトンネルは短い。たぶん50mくらいだろう。いや、もっと短いかもしれない。ここは我慢だ。

トンネルの向こうに出ると、辺りは驚くほど鬱蒼としており、暗くてジメジメだった。その先には荒れた林道が続いている。不気味さ、マックスである。こんなとこ、怖すぎて夜には居れるワケがない。2秒で撤退を決意し、ゾクゾクしながら、もう1回トンネルを潜って戻る。

何処にライト・トラップを設置するか迷ったが、トンネルより下でやろうと思った。帰りに、暗い中であのトンネルの前を通るのだけは何があっても避けたいと思ったのだ。

午後6時40分、日没時刻になった。
慌てて道路沿いの開けた場所に、ガードレールにベタ付きでライトを設置する。
正面には原始の森が上から下まで広がっている。ここなら、アマミキシタバも絶対にいるだろう。そもそも日本で最初に彼奴(きゃつ)が発見されたのは此処なのだ。
幸いにも空はいつしか雲に覆われている。天気は下り坂だ。流石に今日は月に邪魔されないだろう。何か採れるような気がしてきた。フタオチョウの完品の♀は採れなかったが、♂は採れてるし、アカボシゴマダラは♂♀両方採れているのだ。まだ運は残ってる筈だ。

【フタオチョウ♂】

【アカボシゴマダラ♂】

【アカボシゴマダラ♀】

それにフタオの♀が採れなくとも、アマミキシタバさえ採れればいい。それで帳消しどころか、お釣りがくる。そもそも奄美に来た理由の第一義はアマミキシタバのゲットなのである。そのミッションさえ果たされれば、他の事には目をつむれる。

後ろ側、道路の山側の枝にはバナナトラップを吊り下げた。
辺りに甘い香りが広がる。発酵が進んで、虫を呼び寄せるのには最高の状態だ。アマミキシタバもこれならライトには寄ってこなくとも、こっちには寄ってくるだろう。

闇の侵食が強くなり始めたところで、ライトを点灯する。
さあ、最後の夜会の始まりだ。

真っ暗になったら、すぐに蛾どもがワンサカ飛んで来た。
ライトが一灯だけになってるのにも拘らず、なんか良さげな兆候だ。最終日で一発逆転があるかもしれない。って云うか、そうなるっしょ❗ものすごく採れそうな気がしてきた。

午後7時45分。
見慣れないスズメガが飛んで来た(註2)。
だが、白布の手前で反転してどっかへ飛んで行っちゃう。
緑色っぽく見えたけど、何だろ❓緑色のスズメガといえばウンモンスズメだが、それとは違ってたような気がする。

【ウンモンスズメ】

(2018.6.27 奈良市 近畿大学農学部)

まあ、そのうちまた飛んで来るだろう。スズメガなんぞ二の次だから、そうガッカリする程の事ではない。

したら、5分後に又やって来た。今度は姿がちゃんと見えた。
ウンモンとは明らかに違う❗そう思った。
一瞬、もしかして
キョウチクトウスズメ❗❗(註3)
と思った。
だとすれば、密かに憧れていた蛾の一つだ。迷彩柄の戦闘機、いや重爆撃機みたいでカッケーのだ。テンションが急激に⤴️上げ上げになる。

【キョウチクトウスズメ】

(出展『紀伊日報』)

でも、にしては小さい気がするぞ…。キョウチクトウスズメは結構デカいと聞いてるし、もっと胴体も太くてガッチリだった筈だ。
頭の中が(?_?)❓❓❓❓❓❓❓だらけになる。
じゃあ、何なのだ❗❓

そうこうするうちに白布に止まった。
(ー_ー)ジーッと見る。
どう見てもウンモンスズメではない。そして、キョウチクトウスズメでもない。明らかにキョウチクトウにしては小さいし、翅の柄も図鑑等で見た記憶とは違う。
兎に角、見たことない蛾である事は確かだ。もしかして大珍品の迷蛾(註4)だったりして…(*´∀`)
となると、絶対に逃せない。逃した魚は大きいという事を、今回の旅では骨の髄の髄まで知らしめられているのだ。それにコレを逃したら、また流れは確実に悪い方向へ行くだろう。何としてでもそれは阻止せねばならぬ。

慎重に毒瓶を被せる。
暫く放置して気絶したところで、アンモニア注射をブッ刺し、昇天させる。気分はマッドサイエンティストだ。

何者かはワカランが、カッコいいぞー(☆▽☆)
気分は上々。今日こそ、この調子で辛酸の日々に幕を下ろそうぞ。

8時過ぎ。
気づいたら、白布に苺ミルクみたいなのがいた(註5)。

とても小さくて可愛い。

プリティーちゃんだ。
こういうのを見ると、蝶よりも蛾の方がデザイン性は高いのではないかと思う。バリエーションも豊富だしさ。

8時15分。
もう1つ見た事のない蛾が飛んで来た(註6)。

柄が何だかウルトラマン怪獣のシーボーズみたいだね。
あの回は『ウルトラマン』の中でも最も心あたたまるストーリーだろう。シーボーズが駄々をこねてイヤイヤするのが可愛いかったよね。

【シーボーズ】

(出展『怪獣ブログ』)


(出展『円谷プロ』)

下の画像は、たぶん拗ねて土とか蹴ってトボトボ歩いてるシーンだよな。
えー、シーボーズとは第35話「怪獣墓場」に登場する亡霊怪獣。「怪獣墓場」から月ロケットにしがみついて地球に落ちてきた迷い子の怪獣だす。戦闘意欲は全くなく、単に宇宙に帰りたがっていただけなのに、パニくって建物とか壊してしまう。やがてそれが解って、科学特捜隊が月ロケットをウルトラマンの姿に変えた「ウルトラマンロケット」で宇宙へ帰す作戦を実行。ウルトラマンの協力もあり、無事に宇宙へと帰っていったのらー。
いい奴だけど、もしも今この姿で現れられたら、メチャメチャ怖いだろうなあ…。いい奴とはいえ、見た目は完全に骸骨だもん。シーボーズだと解ってても、腰抜かすわ。
いかん、いかん。また話が逸れた。シーボーズの事など、どーでもよろし。

その後も何かと飛んで来たが、肝心のアマミキシタバは現れない。バナナトラップの方も閑古鳥だ。まあ、オオトモエしか寄って来ないんだから、コチラにはホントはあまり期待してなかったんだけどもね。
それにしても何でこうも効果がないんだろう❓フタオもアカボシもフル無視だったし、そういやスミナガシも来てない。春にはどれも寄って来ないとは聞いてはいたが、その理由がサッパリわからない。
まあいい。ライト・トラップの方は良い感じなんだから何とかなるだろう。時間はまだまだあるし、アマミキシタバが飛んで来る時間は午後11時以降が多いというから気長に待とう。大体いつでも最後の最後には何とかなって、大団円で終わるのだ。だってオラ、引きが強いもーん<( ̄︶ ̄)>

9時を過ぎると、急に風が出てきた。
おいおい、よろしくない兆候だぞ。ライト・トラップには月が一番よろしくないが、風が強いのもあまりよろしくないのだ。飛来する蛾の数が滅法減るのだ。

9時10分。
突然、突風が吹いた。と思ったら、三脚がグラリと傾いた。慌ててコケるすんでのところでギリで手で抑えた。流石、反射神経の良いオイラだ。危ねえ、危ねえ。危うく大惨事になるところじゃったよ。神様は悪戯好きだよね。意地悪にも程があるよ。でもそんなもんには負けないのだ。

しかし暫くして気づいた。何か寄って来る蛾の数が極端に減ってきてねぇか❓
何気にライトを見る。

ガビ━━Σ( ̄ロ ̄lll)━━ン❗❗
ライト、消えとるやないけー❗

道理で飛んで来なくなったワケだ。
たぶん、倒れはしなかったが、手で抑えた時に何らかの衝撃を与えてしまったのだろう…。

配線とかイジるも、灯りは点かない…。
( ꒪⌓꒪)…やっちまったな。

唖然とする。
まさかのサドンデス。突然降って湧いたようにゲームセットになった。想像だにしてなかった何という終わり方なのだ…。心を何処に持っていけばいいのかワカラナイ。
でもどんだけ嘆こうが現実を受け容れるしかない。バナナトラップだけで最後まで闘おうかとも思ったが、そこまで暢気になれる強靭なメンタリティーは持ち合わせてはいない。心は完全にバンザイしていた。お手上げだ。
早々と白旗をあげるなんて、らしくない。けど今回の旅で続いてきた酷い体たらくの流れだと、半ば納得の結末だ。
結局、アマミキシタバの姿を一度も見る事なく、奄美大島を去ることになりそうだ。それが信じられない。頭の中のストーリーには全く無かったからだ。でも結果は厳然と出たのだ。どれだけ受け容れ難くとも事実からは目を背けられない。

脳が停止したままの状態で、のろのろと後片付けをし、さらに思考を凍土化してバイクに跨がる。これで、敗残者確定だ。
大きく息を吐き出し、エンジンをかける。認めたくはないけど、長い勝負の11日間が、今ここに完全に終わった。屈辱感と、これから先はもう頑張らなくともいいのだと云う安堵感とが入り混じるが、その感情も捨てた。無になる。

それでも、山を降りる途中、ずっと頭の中で何故かイーグルスの『呪われた夜(註7)』がリフレインで流れ続けていた。

 
https://youtu.be/ESc2Tq2HzhQ
イーグルス『呪われた夜』リンク先

 
ワン オブ ディーズ ナイト……
ドン・ヘンリーが嗄(しゃが)れた声で何度もシャウトする。
そして途中、狂おしいギターソロが入る。
頭の中を、ソリッドなギターのメロディーがズタズタに切り裂く。そして、歌詞も相俟ってか、奄美大島での夜会の日々が走馬灯のようにコマ切れでフラッシュバックしてゆく。
ワン オブ ディーズ クレイジー、クレイジー クレイジー ナイツ……。数多(あまた)ある夜の中の一夜(ひとよ)。そのたった一つの夜なのに何かが狂っちまってる…

空を見上げる。
夜空はどこまでも暗く、梢を渡る風は強かった。

                   つづく

 
追伸
フタオの♀に関しては、前回から引っ張いといて、こんなカタルシスのない結末で誠に申し訳ないと思ってる。
言いワケだらけでスマンが、この回との連続性を重視したのだ。夕方の惨敗が夜の惨敗と通底しているという一連の流れは必要だと思ったのだ。それが今回のラストとも繫がる。惨敗で始まり、惨敗で終わるのが、今回の採集行を象徴しているように思えたからだ。
また、前回は結末を先延ばしにして期待を持たせる事によって、次回も読んでもらおうというセコい下心もあった。スンマセン。

この日の、その後の話を少し付け加えておきます。

午後10時前には、ゲストハウスに帰り着いた。
空しさに包まれて晩飯の用意をする。

誰かが冷蔵庫に置いていった豆腐があった。
賞味期限を2日ほど過ぎていたが、火を入れれば大丈夫だろう。取り敢えず、他にも誰かが置いていったものを駆使して何かを作ることにした。

何ちゃって麻婆豆腐、完成。
調味料は何を入れたか全然憶えてないが、置き去りにされたスルメを前日に出汁か何かに入れて、ふやかしたものを使ったのだけは記憶にある。

ご飯は何日か前に自分で買ったものだ。
これをレンチンする。
二度と作れない『何ちゃって麻婆豆腐定食』だ。

食べてみると、自分がいつも作っている麻婆豆腐には遥かに劣るが、それなりに旨い。誰か居たら、そこそこ褒めてくれたかもしれない。でも、宿の共有スペースには誰もいない。ワシ、一人だ。虫屋の若者二人は今朝には帰ったし、この宿に泊まっているのはワシとSくんだけなのである。そのSくんは、おそらく夜間採集に出掛けているのだろう。
とにかく不必要なほどに、シーンとしている。
静寂の中、何ちゃって麻婆豆腐を力なく口に運ぶ。
改めて、全て終わったんだなあ…と思った。

 
(註1)アマミキシタバ
学名 Catocala macula (Hampson, 1891)
屋久島、奄美大島、沖縄本島に分布する”Catocala属”の蛾。
国外ではインドシナ半島北部から中国南部、フィリピン、台湾などに分布する。
以前は、Ulothrichopus属に分類されていたが、近年になってカトカラ属に編入された。しかし、この種をカトカラとして扱うかどうかについては今だに議論がある。

 
(註2)見慣れないスズメガが飛んで来た
帰ってから調べると、どうやらコイツみたいだ。

【ギンボシスズメ】

北海道,本州,四国,九州,対馬,奄美大島,沖縄本島,西表島に記録がある。しかし『日本産蛾類標準図鑑』によると、近年では中部地方南部以西からの記録しかないそうである。
そこそこ珍しいのかもしれないなあ…。今まで見たことがないし、ネットの情報も相対的に少ないからね。
この後、書いてるうちに様々な疑問が生じ、解説があまりにも長くなってしまった。なので、この項は別個に回を設けてソチラに詳しく書く予定です。

 
(註3)キョウチクトウスズメ
漢字で書くと「夾竹桃雀蛾」となる。和名は、幼虫の食樹がキョウチクトウであることから名付けられた。
南方系の蛾で、開張約10センチ。アフリカからインド、東南アジアなどの熱帯に分布し、日本では九州以南に生息している。しかし飛翔力が強く、四国や紀伊半島南部でも珠に採集され、時に繁殖する事もある。

学名 Daphnis nerii (Linnaeus, 1758)
記載はリンネだね。コレもアカボシと同じくリンネが1758年に出版した『自然の体系』第10版で創設したニ名式学名の最初の記載種の中の1つってワケだね。その後、このニ名式学名があらゆる生物の学名の命名法を統一させる事になってゆくのである。
尚、リンネは最初、鱗翅目を「Papilio(蝶)」「Sphinx(スズメガ)」「Phalenae(その他の蛾)」の3つの属に分類している。
つまり、キョウチクトウスズメの最初の学名は今とは違っていて、Sphinx nerii (Linnaeus, 1758)だったと云うワケだ。
Sphinxは、あのスフィンクスの事だよね。何かカッコイイぞ。スズメガの蛹はエジプトの棺の中のグルグル巻きにされたミイラみたいな形だから、それと関係あるのかな❓

英名 Oleander Hawk-moth
Oleanderとは夾竹桃のこと。だから幼虫が夾竹桃を食う鷹みたいな蛾って意味だね。

(分類)
スズメガ科 Sphingidae
ホウジャク亜科 Macroglossinae
Daphnis属

幼虫の食樹は、キョウチクトウの他にニチニチソウ(キョウチクトウ科)が知られている。キョウチクトウには毒があり、それを体内に取り込むことによって鳥の捕食から身を守っているものと考えられている。勿論、幼虫は毒に対する耐性を持っているために中毒死することはない。

 
(註4)迷蛾
本来はそこには分布しない蛾が台風や偏西風等に乗って、遠方地や外国から運ばれてきた場合、その蛾を迷蛾と呼ぶ。したがって蝶の場合は迷蝶となる。
生存戦略の1つともされ、時にその地に定着し、更には分布を拡大する場合もある。しかし、大概は気候風土に適応できずに死滅する。

 
(註5)苺ミルクみたいのがいた。
調べたら、アマミハガタベニコケガという種だった。


(出展『www.jpmoths.jp』)

ギザギザ模様からの歯型紅苔蛾ってワケね。


(出展『日本産蛾類標準図鑑』)

昔は、アマミハガタキコケガ(奄美歯型黄苔蛾)と呼ばれていたそうな。黄色というよりも紅色が印象的だから、改名は妥当だよね。

学名 Miltochrista ziczac (Walker, 1856)
ヒトリガ科(Arctiidae) コケガ亜科(Lithosiinae) Miltochrista属に分類されている。

展翅すらしてないけど、分布は奄美大島と徳之島のみだから結構レアな奴かもしれない。ちなみに以前は奄美大島のみに分布するとされてきたが、2009年に徳之島でも見つかっている。
国外では台湾、朝鮮半島、中国に分布しているが、特に亜種区分はされていないようだ。
4月と8月に採集されているので、おそらく年2化だろう。幼虫の食餌植物は未知。
開張20mm。♂は前翅前縁が中央で出っ張る。
出っ張る❓よくワカラン。図鑑には♀1つのみしか標本が図示されていなかったから、何を言わんとしてるのかが掴めない。

でも調べ直したら、らしき画像を台湾のサイトで見つけた。


(出展『DearLep圖錄檢索』)

確かに出っ張ってる。とゆうことは、採ったのは♀かな❓
でも同じサイトの標本画像を見たら、今一つよくワカラン。


(出展『DearLep圖錄檢索』画像はトリミング拡大している)

腹部の形からすれば、おそらく上が♂で下が♀だろうが、出っ張りがそれほど顕著には見えないのだ。

 
(註6)もう1つ見た事のない蛾が飛んで来た
Facebookで、この画像をアップして「コレ、何すかぁ❓」とコメントしたら、蛾界の重鎮である岸田先生から御回答があった。ムラサキアミメケンモンという名の蛾らしい。
早速でネットでググったら、情報量が極めて少なくて、たった4点しかヒットしなかった。案外、かなりのレア物なのかもしれない。でも先生からは他に特にはコメントがなかっから、そうでもないのかもしれない。

【ムラサキアミメケンモン】


(出展『日本産蛾類標準図鑑』)

学名 Lophonycta nigropurpurata Sugi, 1985
ヤガ科 アミメケンモン亜科 Lophonycta属に分類されている。
開張33〜35mm。近縁種のアミメケンモンと比べて前翅の地色は暗い紫灰色。環・腎状紋が明瞭。翅幅は少し狭く、後角の淡色紋は小さい。後翅は純白で外半が翅脈に沿って暗色となり、わずかに横脈紋と外横線が認められる。
奄美大島と沖縄本島に分布する日本固有種。分布域が狭いから、やはりレアものなのかもしれない。
成虫は4〜5月と8〜10月に見られ、少なくとも年2化以上の発生と考えられている。
幼虫の食餌植物は未知。

コチラも展翅すらしてないと思ってたが、してた。

たぶん、♂だろう。
(・o・)んっ❓でも(-_-;)あれれ❗❓、後翅が白くねぇぞ。
もしかして、まさかのアミメケンモン❓

(アミメケンモン Lophonycta confusa)

(出展『www.jpmoth.org』)

でも、細かく柄を比べて見たが、下翅は白くはないものの、他の特徴はムラサキアミメケンモンだ。特に後角の淡色紋はアミメケンモンと比べて明らかに小さいことで判別できる。自分の採ったものはムラサキアミメケンモンで間違いなかろう。

ところで、下翅が茶色ってのはどうゆう事かな❓
異常型❓それとも褐色型と云う型があるのかな❓

 
(註7)呪われた夜

(出展『hmv.co.jp』)

このオドロオドロしいアルバムジャケットは印象深くて、よく憶えている。山羊の骸骨といえば、悪魔だもんね。鷲鷹的な翼と髭みたくになってる羽根(おそらく鷲鷹のもの)は、よくワカランがインディアン関係か❓
インディアンは鷲を崇めており、最も空高く飛ぶことができる鳥であると信じられている。ゆえに神に最も近づける生物だとも考えられている。そして、鷲こそが人間と絶対神である太陽とを繋ぐ存在であり、又その間を取りもつ役割を担っていると思われているそうだ。それが呪いとどう関係するのかは知らんけどー。あっ、呪いは邦題だから関係ないか。骸骨も山羊じゃなく、牛とかバッファローだったりしてね。

原題『One of These Nights』。
アメリカのロックバンド、イーグルスの1975年に発表されたアルバム第4作『呪われた夜(One of These Nights)』のタイトル曲。
アルバムはバンド初の全米No1を獲得、シングルカットされたタイトル曲も全米ビルボードチャートの1位に輝き、名実ともにビッグバンドへ昇り詰めるキッカケとなった。
作詞ドン・ヘンリー、作曲グレン・フライ。
リード・ボーカルはドン・ヘンリー。イントロのベースとギターをファンキーなリズムにアレンジしたのは、ドン・フェルダー。

尚、最初は本文にYou Tubeと歌詞の和訳を付けていたけど、著作権法上、問題があるようなので削除しました。気になる人はネットで楽曲と訳詞を探してね。

更にクレームがきたので、英歌詞も削除です。世知辛い世の中ですなあ…。とはいえ、理解はしてる。ルールは大事だし、著作権と言われれば致し方ないもんね。

 
追伸の追伸
次回、いよいよの最終回っす。

 
ー参考文献ー
◆『日本産蛾類標準図鑑』
◆『世界のカトカラ』

(インターネット)
◆『みんなで作る日本産蛾類図鑑』
◆『奄美市雑談』
◆『Wikipedia』