第20話『台湾山黄蝶と台湾小山黄蝶』
今回取り上げるのは、タイワンヤマキチョウとタイワンコヤマキチョウ。
両者ともシロチョウ科(Pieridae・粉蝶科)のヤマキチョウ属(Gonepteryx・鉤粉蝶屬)に含まれる。
【タイワンヤマキチョウ♂】
(2017.6.24 南投県仁愛郷尖台林道 alt.1300m)
(2017.7.1 南投県仁愛郷alt1990m)
レモンイエローの黄色が、とても綺麗だ。
日本にいる近縁のヤマキチョウと比べて色が濃く、より鮮やかで翅形も丸くて可愛い。初めて出会った時は、山でのびのびと育った明るい娘さんみたいだなと思った。
【同♀】
(2017.7.2 南投県仁愛郷alt.1900m)
メスは白いので雌雄は簡単に見分けられる。
元々個体数がそう多い蝶ではないようだが、特にメスには中々出会えなかった。だから初対面は中途半端に緊張してしまい、珍しく一発目を振りハズした。で、返す網で振って振って振りまくりのタコ踊りになってもた。たぶん6~7回は振ったから、相手が風圧で参って草むらに落ちて何とかゲット。オジサン、Σ(´□`;)ゼーゼーのハーハーである。誰も見てなかったら良かったけど、端(はた)から見たら相当にカッコ悪かったと思う。そんなダサい網さばきは蝶採りを始めた頃以来だから、とってもよく憶えている。
因みに♂は飛ぶのが速いが、♀はそうでもない。
【♂裏面】
葉っぱみたいだ。台湾でも千切れたキャベツだの白菜だのと呼ばれているようだ。間違いなく葉っぱや草に擬態していて、翅を閉じて止まると見失いやすい。
あとは日本のヤマキチョウと比べて、矢鱈と翅脈が目立つなと思った。
【タイワンコヤマキチョウ 裏面】
(2017.6.22 南投県仁愛郷alt.1900m)
なぜか裏面の写真しか無い。ググっても適当な表側写真が見つからない。基本的に羽を閉じて止まる蝶で、滅多に羽を開かないからだろう。ゆえに、後に展翅写真を貼付しときますので、そちらで見比べられたし。
タイワンヤマキチョウよりも小型で色もくすんでいるし、後翅がギザギザなので区別は容易である。翅もタイワンヤマキに比べて薄く、胴体も細い。
両者は日本のヤマキチョウとスジボソヤマキチョウの関係になぞらえられることが多いが、概ね当たっていると思う。それぞれを代置種として、タイワンヤマキチョウをヤマキチョウになぞらえ、タイワンコヤマキチョウをスジボソヤマキチョウになぞらえられている。但し、垂直分布は逆。日本ではスジボソヤマキよりもヤマキチョウの方が高所寄りの分布をするが、台湾ではタイワンヤマキよりもタイワンコヤマキの方が垂直分布が高い。
それでは、先ずはタイワンヤマキチョウの解説から。
【♂】
【♀】
ヤマキチョウ系の展翅は嫌いだ。触角が短いから展翅板にギリギリにしか乗らないから調整しにくいし、翅のバランスも分かりづらい。とにかく、触角がバンザイになり過ぎない事と頭が翅に完全に埋らないようにだけはしている。必然、翅はあまり上には上げられない。
【学名】
Gonepteryx amintha(Blanchard,1871)
平嶋義宏氏の『蝶の学名-その語源と解説-』に拠れば、属名Gonepteryx(ゴネプテリュクス)の由来はギリシヤ語のgoina(角(かど))+pteryx(翅・翼)、小種名amintha(アミンタ)は語源不詳としている。しかし語感からいえば、神話のAmyntor(アミュントール)を女性形に綴り、yをiにし、tをthとしたものではないかと推測されている。
台湾産は亜種ssp.formosanaとされ「台湾の」という意味。これは昔の欧州での台湾名formosa(フォルモサ)を由来としており、台湾産の多くの生物にこのformosaが学名として使用されている。
【台湾名】圓翅鉤粉蝶
「圓」は円の旧い字、「鉤(かぎ)」は釣り針など「くの字」に尖った形を指すから、丸くて羽先が曲がり尖った蝶と云うことからの命名だろう。
その他に、紅點粉蝶、臺灣山黃蝶、橙翅鼠李蝶の別名がある。それぞれの意味は、漢字を見て皆さんで想像してみて下さい。この、漢字と実物の蝶のイメージを頭の中で整合させてゆく作業は結構面白い。
【英名】Orange brimstone
黄色いのに何でオレンジなの?と思ったが、或いは上下の中心部にあるオレンジの紋のことを指しているのかもしれない。
Brimstoneとは、硫黄(いおう)のこと。
他に「口うるさい女、地獄、地獄の火の池、地獄の業火、地獄に落ちる罪、激情、空対地ミサイル」という意味がある。おやおや、穏やかではないね。
とはいえ、そういったマイナスの意味で命名されたのではなく、おそらく硫黄の色からの連想だろう。
【分布と亜種】
(出典『アジア産蝶類生活史図鑑』)
台湾以外では主に中国の南西部~南部に分布し,日本の八重山諸島(与那国島)でも記録(註1)されている。
杉坂美典さんのブログ『台湾の蝶』によれば、中国では黒竜江省、吉林省、遼寧省、河北省、山東省、河南省、江蘇省、安徽省、湖北省、浙江省、江西省、湖南省、福建省、広東省、海南省、広西自治区、雲南省、四川省、西蔵自治区に分布しており、黒竜江省と西蔵自治区に分布しているもの以外は原名亜種(名義タイプ亜種)G.amintha aminthaとされる。
亜種には以下のようなものが記録されている。
◆ssp.amintha (Blanchard,1871)
原名亜種
◆ssp.formosana (Fruhstorfer,1908) (Taiwan(台湾))
◆ssp.limonia (Mell,1943)
(South Ussuri(南ウスリー), Yunnan(雲南省))
◆ssp.murayamae (Nekrutenko,1973)
(Yunnan, Sichuan(黒龍江省))
◆ssp.thibetana (Nekrutenko, 1968)
(south-eastern Tibet(チベット南東部))
シノニム(同物異名)には次のようなものがある。
Gonepteryx amintha meiyuanus Murayama & Shimonoya,1963
【生態】
垂直分布の幅は広く、台湾では海抜200~3000mで見られると書かれているが、自分は低い標高では見たことがない。1200m以上、多くは2000m前後から2500mの間で見る機会が多かった。
日当たりの良い路傍や樹林の外側を活発に飛び、花に吸蜜に集まる。飛翔は日本のヤマキチョウと殆んど同じ。しかし、ヤマキチョウよりも少し暗い環境を好むという印象がある。とはいえ、ヤマキチョウが典型的に好むような草原環境が現地には無かったせいもあるかもしれない。
【周年経過】
一年を通じて見られるが、冬季には極めて稀。
日本のヤマキチョウは成虫で越冬するが、その辺は果たしてどうなってんだろうと思って調べてみたが、よくわからなかった。
発生回数は年数回とされる。しかし、ヤマキチョウは年1化だから、これも果たして本当にそうなんだろうか?と思ってしまった。思っている以上にこの系統のチョウは長生きさんだ。越冬もすれば夏眠もする。因みに、自分は8月初旬にヤマキチョウのボロボロの越冬個体を採ったことがある。
【幼虫の食餌植物】
Rhamnaceae クロウメモドキ科が主な食餌植物。
桶鉤藤 Rhamnus formosana
和名 タイワンクロウメモドキ(シマクロウメモドキ)
小葉鼠李 Rhamnus parvifolia
和名 イワクロウメモドキ
他に、Rhamnus liukiuensis リュウキュウクロウメモドキやマメ科のCassia surattensis モクセンナの記録がある。
【卵】
【幼虫】
(以上二点共『圖錄檢索』)
蛹の写真はググってもヒットしなかった。タイワンコヤマキチョウとどう違うのかを知り得ないのは残念だが、たぶん属典型の蛹で、そう変わったものではないだろう。
それでは、お次はタイワンコヤマキチョウ。
【♂】
オスとメスの違いを解りやすくする為に、もう1枚オスの画像を添付しておこう。
【♂】
続いてメス。
【♀】
♂前翅表面には黄斑が広がり,後翅裏面の褐色斑の色が濃くなるので,雌雄を区別することができる。
それにしても、タイワンヤマキに比べて地味。全然美しくない。ゆえに2頭目からは駄蝶扱いになってしまった。
【学名】
Gonepteryx taiwana(Paravicini,1913)
学名が錯綜していて、ワケワカメである。
杉坂美典さんのブログでは、台湾特産種として上記のような学名を掲げられているから、それに従った。しかし、従来の学名Gonepteryx mahaguru taiwana と表記されているケースも多い。
でも更に遡ると、これが益々ややこしい事になってくる。古くは白水隆先生が『原色台湾蝶類大図鑑』で次のような解説文を書かれている。
「日本産のスジボソヤマキチョウとは翅形、色彩が著しく相違するため以前はそれとは独立の別種(註2)として取り扱われていたが、現在ではスジボソヤマキチョウと同種(別亜種)であるとされる。」
しかし、現在はスジボソヤマキチョウはG.mahaguruとは別種とされ、新たな学名Gonepteryx aspasiaを与えられている。もう何が何だかワカラナイ(@_@;)
とはいえ、台湾のサイトではGonepteryx taiwanaとするのが主流だから、現在は独立種として定着しつつあるのかもしれない。
では、他の大陸側の従来G.mahaguruとされてきたモノは台湾のモノと比べて、どれくらい違うんだろう?と思って調べてみた。
しかし、見たところ台湾産程にはギザギザの翅の奴は見つけられなかった。にしても、情報量が少ないので台湾産がどれだけ特異なのかはワカラナイ。一方、ロシア産(ウスリー)のモノは限りなく日本のスジボソヤマキチョウに近い。と云うか、種名もG.asapsia。スジボソヤマキチョウそのものの学名になっていた。
アカン、また蝶的無間地獄だ。学者や研究者じゃないんだから、ソッコー離脱じゃよ。亜種も、どんなのがあるかよくワカランし、山娘を田舎娘だとナメてかかってたら、エラいめにあいそうだ。
杉坂さんが提示した学名の小種名taiwanaは「台湾の」と云う意味で、おそらく亜種名を種に昇格させたものだろう。一方、mahaguruは梵語(サンスクリット語)由来で「偉大な師」の意。ちょっとカッコ良すぎるよね。
【台湾名】臺灣鉤粉蝶
台湾と強調しているあたり、やはり台湾固有種なのかな?
その他に小紅點粉蝶、臺灣小山黃蝶、鋸緣紅點粉蝶、臺灣鼠李粉蝶、尖鉤粉蝶という別名がある。
【英名】
mahaguruには「Lesser brimstone」と云う英名があるからして、さしづめ台湾産のコヤツは「Formosana resser brimstone」ってとこか…。
因みにLesserは「より小さい」と云う意味だ。
あのレッサーパンダくんは、ジャイアントパンダに比べて小さいからと云うことで名付けられたんだろね。
きっとタイワンコヤマキもタイワンヤマキチョウに比べて、より小さいからという意味でのネーミングだろう。安直だぜ。
一言加えておくと、好意的な訳だと「姫」という意味もあるようだ。それにしても、このタイワンコヤマキチョウと云う和名、何とかならんかね❓間に「コ」1文字しか入らんから、カタカナ表記だとややこしくてかなわん。しかも発音しにくい。せめてでも、『タイワンヒメヤマキチョウ』にしてくれ。
和名を考える奴は、もっと考えろや(#`皿´)と思う。ダサい名前ばっか付けやがって、◆$☆@£#ブツクサ、ブツクサ(# ̄З ̄)
【分布】
一応、台湾特産とするが、Gonepteryx mahaguruとされてきた頃の分布図も参考までに添付しておく。
(出典『原色台湾蝶類大図鑑』)
西は雲南省、北ミャンマーよりヒマラヤ山脈に沿ってカシミヤ地方まで至り、チベット、中国より北は日本、朝鮮、ウスリー、アムール地方まで及ぶ。
台湾においての分布は中部山岳地帯の1000~3000mの常緑広葉樹林に見られるが、タイワンヤマキチョウよりも少ないとされる。
しかし、埔里周辺ではタイワンヤマキよりも多く見かけた。但し、これは発生期や行ったポイントにもよるだろうから、何とも言えない。
【周年経過】
年1化、3月~8月に発生し、冬場は成虫越冬するとされるが、諸説あり。2月~10月上旬に発生し、年数回発生するという説もある。年1化のわりには成虫の見られる期間が長いので、数回発生しているように思われがちということもある。果たしてどっちだろう?判断の難しいところだ。因みに日本のスジボソヤマキチョウは年1化である。
【生態】
樹林周辺の比較的明るい所を素早く飛翔する。自分は尾根でホッポアゲハを待っている時に、そこそこ見たから、蝶道を持っているのではと感じた。敏捷だがすぐ止まるといった記述を見かけるが、そう言われてみれば、そうかもしれない。
【幼虫の食餌植物】
中原氏鼠李 Rhamnus nakaharae
小葉鼠李 Rhamnus parvifolia
食樹がタイワンヤマキチョウと同じだね。
まあ日本でもヤマキとスジボソヤマキの食樹が一部だが被っている(註3)。
因みに日本ではヤマキよりもスジボソヤマキの方が食性が広い。
【卵】
【幼虫】
【蛹】
(以上三点共『圖錄檢索』)
幼生期は基本的にヤマキチョウ属の特徴をよく具えており、素人目には特に際立った特徴があるとは思えない。まあ、自分では飼育しない人だから、節穴ポンコツ意見だけどさ。
タイワンヤマキとヤマキチョウを筆頭に、この小娘たちの黄色い衣装は本当に美しいと思う。
蝶に興味のない方でも、是非一度は青空の下でその鮮やかな檸檬色を目にしてもらいたいなと思う。
美は自然物の細部に宿るのだ。
おしまい
追伸
考えてみれば、シロチョウ科の蝶を紹介するのは今回が初めてだ。シロチョウ科もネタになる蝶は結構ある。だが、まだジャノメチョウとかヒカゲチョウ、マダラチョウやセセリチョウまでもが登場してないし、先を考えると茫然とするよ。
(註1)日本の八重山諸島でも記録されている
1995年に迷蝶として与那国島で2例の記録があるが、放蝶では?と疑問視する声もある。これは迷蝶の多くが低い標高に棲むオープンランドの蝶だからで、タイワンヤマキチョウはそれにはあまり当てはまらず、迷蝶になりにくいのではないかと云うのと、続けて2例も採集されたからだと言われている。つまり全く記録されていなかった蝶が立て続けに採集され、以降は記録が途絶えているから、偶然にしては怪しいという事だろう。
自分としては、んな事どっちだっていい。興味なし。
(註2)以前はそれとは独立の別種
おそらく、Gonepteryx zaneka taiwanaのこと。
(註3)食樹が一部だが被っている
クロウメモドキ科クロツバラ(オオクロウメモドキ)のこと。ヤマキチョウの自然情態での食樹はコレのみ。スジボソヤマキは他にクロウメモドキ、コバノクロウメモドキ、キビノクロウメモドキ、エゾクロウメモドキ、クロカンバなども食樹としている。
この事から、日本ではヤマキチョウの方が圧倒的に少ない。今や絶滅危惧種だ。この辺も台湾とは逆である。スジボソヤマキの代置種タイワンコヤマキの方がタイワンヤマキよりも少ないのだ。本当に代置種なのかな?と思う。