2019’カトカラ2年生 その弐(4)

 
   vol.19 ウスイロキシタバ

 第四章『瓦解するイクウェジョン』

 

2020年 6月17日

取り敢えずウスイロキシタバの新鮮な個体を雌雄共に確保できたので、新たな産地を探すことにした。

 
【ウスイロキシタバ Catocala intacta ♀】

 
これまでの結果、ウスイロが樹液、糖蜜トラップ、ライトトラップに飛来することは分かった。となれば残る象牙色の方程式の解明は、その棲息環境だろう。予測ではアラカシの大木が有るような古い起源の照葉樹林で、且つある程度の広さを有する湿潤な環境を好むのではないかと考えていた。
そういう場所となると、近畿地方では何処だろう❓
そこで真っ先に浮かんだのが奈良県の春日山原始林だった。あそこなら、これらの条件が完璧に揃っている。広大な原始林は常緑照葉樹を主体としており、そこに落葉広葉樹が混じる。幼虫の食樹であるアラカシも有り、古い起源の森だから勿論のこと大木もみられる。またイチイガシなどのアラカシ以外のカシ類も豊富だから、それらを二次的に利用する事も充分可能な環境でもある。加えて成虫の餌である樹液の供給源、クヌギやコナラ、アベマキも点在する。そして、原始林内には川も数本流れており、湿潤な環境という要素も満たしている。ようは、ここにいなきゃ何処にいるのだ❓というような場所なのだ。もしかしたらウスイロばかりか、ヤクシマヒメキシタバ(註1)だっているかもしれない。

 
【ヤクシマヒメキシタバ】

(出展『www.jpmoth.org』)

 
もしヤクヒメが見つかったら、ちょっとしたニュースだろう。マホロバキシタバ(註2)に次ぐ2匹目のドジョウじゃないか。そんな風に想像してたら、ニヤついてきた。今年も連戦、連勝じゃーいヽ(`Д´)ノ❗

ただ、一つ気掛かりなのは此処でのウスイロの記録が探しても見つけられなかった事だ。調べた範囲では奈良県の記録は上北山村ぐらいにしか無い。まあどうせ調査が行き届いてないんだろうけどさ。所詮は世の嫌われ者の蛾だ。調べた人が少なくて、しかもイモばっかだったのだろう。
あっ、でも甲虫屋とか蝶屋もよく訪れるところだから、記録があってもよさそうなもんじゃないか…。
いやいや、だったらマホロバもとっくに発見されて然りだった筈だ。それがあれだけ長年にわたり多数の虫屋が入ってきたのにも拘らず、去年まで見つからなかったのだ。ようは皆さん、蛾なんて無視なのだ。だから記録もない。そうゆう事にしておこう。

この日はマホロバの予備調査も兼ねていたので、小太郎くんも参戦してくれた。勿論、春日山と奈良公園一帯は昆虫採集は禁止されているので、公園事務所の許可を得ての調査だ。

 

 
今年、マホロバの採集を目論んでる方は、採集禁止エリアを調べてから出掛けることをお薦めします。許可なく夜の原始林内をウロウロしてトラブルを起こすリスクをわざわざ冒さなくとも、禁止エリア外でも結構採れますから。

マホロバの事も考えて、原始林とその周辺にかけて樹液の浸出状況を確認してゆく。その経過の中で、どうせウスイロも見つかるだろうと思っていたのだ。

しかし、何処でも姿は全く見られない。どころか、別なカトカラの仲間さえ殆んど見ないし、他の蛾たちも数が少ない。居るのはノコギリクワガタばっか。あまりにも何もいないので、つい普段はムッシングするクソ夜蛾を採ってしまう。

 

 
羽を閉じて止まっているのを見て、体の真ん中の白い線(上翅下辺)が目立ったから、見たことない奴だと思ったのだ。
名前がワカンなくて、Facebookに載っけたら、何と有り難いことに石塚(勝己)さんから、ノコメセダカヨトウだという御指摘を受けた。けんど驚いたでやんす。まさか奴だとは微塵も思ってなかったからね。

ノコメセダカヨトウといえば、だいたいはこんな感じだ。

 

(出展『茨城の蛾』)

 
コヤツなら、何処へ行ってもウザいくらいにアホほどいる。
なので、(⑉⊙ȏ⊙)マジか❓と思ったワケ。でもよく見ると、コヤツの上翅の下辺にも白い縁取りがある。
石塚さん曰く「普通種ですが、色調の変異は多様です。」との事。ふ〜ん、これは謂わば黒化型みたいなもんだね。
けど、ネットで検索しても、ここまで黒いのは見つけられなかった。もしかして、コレってレアな型❓
所詮はデブ蛾だから、どっちゃでもえーけど。

最後に若草山の山頂をチェックして、この日の調査を終えることにした。

 

 
若草山の山頂は夜景スポットとして人気があり、観光客が結構来ていた。
駐車場から山頂までの遊歩道の途中で、小太郎くんが上空を飛ぶカトカラを見つけた。それなりに高くて網が届かない位置だったから見送るしかなかったのだが、アレって何だったんだろう❓という話になった。かなり裏面が全体的に黄色っぽく見えたのだ。
消去法でいくと、キシタバ(C.patala)は特別大きいから可能性は低いだろう。だいち裏面はウスイロとは全然違うから間違えるワケがない。

 
(パタラキシタバ 裏面)

 
因みに、キシタバ(註3)の回で小太郎くんの事をキシタバ虐待男と書いたが、今や蔑視度は更に上がって「デブキシタバ」と呼んでいらっしゃる。但し、その憎悪も突き抜けてしまい、虐待にも値しないようだ。キシタバくん、良かったね。悪いお兄さんは、もう怖くないよ(•‿•)

あと、この時期に此処で見られるキシタバの仲間もいえば、コガタキシタバとフシキキシタバくらいしかいない。
でもコガタは裏面が黒っぽいから、ウスイロと間違うことはない。除外していいだろう。

 
(コガタキシタバ 裏面)

 
となると、フシキかウスイロのどちらかしかない。
けど、ウスイロって飛んでるのを下から見た事って、あんましないんだよね。採ってた場所は木が密生していて、上に大きな空間が無く、皆さん横に飛んで行かはるケースが多かったのだ。
しかし、小太郎くんは、アレはフシキじゃなかったと思うと言う。たしかにフシキならば、もっと黄色が濃くて鮮やかな気がする。

 
(フシキキシタバ 裏面)

 
(ウスイロキシタバ 裏面)

 
ならば、おそらくウスイロだろうと思った。あの飛んでるのを下から見たという一点だけで充分だった。居るならば、そのうち採れる。だからその後、探し回ることも無く、直ぐにワモンキシタバを求めて平群町へと移動した。
時期的に、そろそろワモンを採っとかないとボロばっかになる。優先順位はワモンさんなのだ。ウスイロはもう新鮮な個体は採ったし、ここではボロだって構わない。居るという事実さえ掴めばいいのだ。

で、帰る時間ギリで何とか採って帰った。

 
【ワモンキシタバ Catocala xarippe ♂】

 
ワモンって、渋カッコいいから好きなのだ。
あれっ?待てよ、自分は見たことないけど、そういえば小太郎くんが若草山にもワモンがいるって言ってたな。

あの見送った奴はワモンの可能性もあるかもしれない。たぶんワモンの裏面も黄色は薄かった筈だ。

 
(ワモンキシタバ 裏面)

 
でも、こんなに黒帯は太くはなかった筈だから、ワモンでもなかったと思われる。益々、ウスイロの可能性大だ。
 
 
 
2020年 6月20日

前回は様子見だったが、この日はマジ探しだった。
一番可能性の高そうな春日山遊歩道に狙いをつけて入った。
ここは照葉樹の原始林の真っ只中だし、道の横には川が流れているからだ。予測した環境としては申し分ない。どうせ居るだろうから、まあサクッと居ることを確認して、とっとと帰ろう。

 

 
森の中、真っ暗けー。

そういえば、去年は若草山でカバフキシタバを探したが見つけられず、早めに見切ってこの道を降りたんだよね。その時も真っ暗で、相当ビビりながら歩いた。オマケに思ってた以上に道のりが長かったから、途中でバリ不安になった。もしや別な異次元世界にでも迷い込んだんじゃないかと思って、パニくり寸前の半泣きどした。
そうだ、そうだ。思い出してきたよ。その後にカバフキシタバを採ったのに、あろう事か取り込みで逃しちまったんだよな。まあそれが結局はマホロバの発見に繋がったんだけどね。人生、何が幸いするのかはワカランもんだね。

 
【カバフキシタバ】

 
樹液の出てる木は見当たらないので、取り敢えず糖蜜を霧吹きで吹き付けてゆく。
しかし、少し時間が経っても何も寄って来ない。いつもなら、このスペシャル糖蜜に何らかの虫が直ぐに寄って来る筈なのだが…。
あっ、霧吹きを振ってから、かけるの忘れてた。下にエキスが沈殿するので、振って混ぜないと効力が半減するんだったわ。
とゆうワケで、今度は振ってから掛けようとしたら、シュコシュコ、シュコシュコ。シュコシュコシュコシュコシュコシュコ…。焦って何度もやるが、暗闇にシュコ音だけが空しく響くだけで液体は全く出てこない。
(-_-;)やっちまった…。こりゃ完全にノズルが詰まったな。
慌てて霧吹きを分解するも、だが事態を打開できない。何度試してもダメ。ただ握力だけが鍛えられるのみである。

まあいい。一回分だけでも、そのうち寄ってくんだろ。我が糖蜜トラップは無敵なのじゃよ。それに今回は採るのが目的ではない。何なら写真だけでもいいのだ。とにかく1頭だけでも飛んで来て、ここに居ることさえ証明できればいいのである。

だが、待てど暮せど、見事なまでに何もいらっしゃらない。
結局、9時過ぎまで待ったが何の音沙汰もなかった。諦めて下山し、樹液や灯火に来ていないかを確認しながら駅まで歩いた。他のカトカラも殆んどおらず、パタラが1頭だけ樹液に来ているのを見たのみで終わった。

 
【Catocala patala】

 
つまり、まさかの大惨敗を喫したってワケ。
あまりの惨事に、たぶん鬼日と言われる異常な日だったんだと思う事にした。でないと、プライドが保てない。

 
 
2020年 6月22日

何で、こないだはダメだったんだろ❓
本当にあの日は、たまたま鬼日に当たっただけなのだろうか❓
もしかしたら、純然たる照葉樹林よりも少しクヌギやコナラ、アベマキなどの広葉樹が混じる環境の方が良いのではと思い始めた。成虫の餌資源が有った方が良好な環境ではないかと思い直したのである。
そうゆうワケで、この日は滝坂の道を選んだ。

ここは道の左側(北)が春日山の原始林で、右側が広葉樹の混じる森だからである。道沿いに川が流れているので、空中湿度も高い。もう此処に居なけりゃ、何処にいるのだ❓という環境なのだ。

しかし、矢張り結果は同じだった。
(・o・;)マジかよ❓である。コレで完全に心が折れた。
で、調査打ち切りにした。何にも採れないって面白くないのだ。面白くない虫探しはしないというのがオラのモットーなのだ。
別に方程式なんて解けなくてもいいや。所詮はアマチュア。そこまで調べる義理は無い。どうせワシ、根性なしの二流虫屋やけん。
(TОT)ダアーッ。

                        つづく

 
追伸
なんとも冴えない終わり方である。
想定していたイクウェジョン、方程式は見事に瓦解した。象牙色の方程式は、また来年に持ち越しだよね。
因みに6月29日にも行ったが、ついぞウスイロを見つけることは出来なかった。こんだけ探しても見つからないということは、いないのかなあ❓…。絶対いる筈なのになあ…。いるけど、めちゃめちゃレアだとか❓
それはそうと、ならば小太郎くんと見送ったアレは何だったのだ❓フシキかなあ?…。でもフシキなんかとは間違えるワケないと思うんだよなあ。
ワテは根性なしなので、もういいやと思ってるけど、誰か根性がある人に是非とも此処でウスイロを見つけて欲しいよね。

次回、解説編で閉店ざんす。

 
(註1)ヤクシマヒメキシタバ
屋久島で最初に発見され、1976年に記載された。その後、九州、対馬、四国、紀伊半島でも分布が確認されている。

 
(註2)マホロバキシタバ

【Catocala naganoi mahoroba ♂】

2020年の7月に春日山原始林とその周辺で新たに見つかったカトカラ。しかし、国内新種にとどまり、最終的には台湾特産のキリタチキシタバ(Catocala naganoi)の新亜種として記載された。

 
(註3)キシタバ

各所で何度も書いているが、Catocala patalaの、このキシタバと云う和名、何とかならんもんかと思う。
毎度説明するのが面倒クセーんだけど、しなけりゃ論が進められないので説明します。カトカラ類の中で、この下翅が黄色いグループのことを総称して、皆さんキシタバと呼んでいる。でも、この C.patala の和名がキシタバだから、誠にもってややこしい。「キシタバ」と言った場合、それがキシタバ類全体を指しているのか、それとも種としてのキシタバを指しているのかが分かりづらいのだ。だから種としてのキシタバのことをいう場合、一々「ただキシタバ」とか「普通キシタバ」「糞キシタバ」「屑キシタバ」、又は小太郎くんのように「デブキシタバ」と呼ばねばならんのだ。にしても、人によって普通とか糞とかデブの概念が違ったりするから伝わらないこともあって、それはそれでヨロシクない。
そこで、自分は学名そのままの「パタラキシタバ」を極力使うようにしていると云うワケだ。パタラだったら、パタライナズマ(註4)と云う佳蝶もいる事だし、神話の蛇神様なんだから少しは尊敬の念も出よう。
とはいえ、ずっともっと他に相応しい和名があるのではないかと思ってた。で、こないだ小太郎くんとたまたまオニユミアシゴミムシダマシの話になって、そこから「オニ」と名のつく生き物の話に発展した。そこでワイのオニ和名に対する講釈が爆発したのだが(これについては拙ブログに『鬼と名がつく生物』と題して書いた)、その流れの中で、小太郎くんがボソッと言った。

「キシタバとか、いっそオニキシタバにしたらどうですかね❓」

これには、目から鱗だった。たしかに、このグループの中では圧倒的にデカい。鬼のようにデカいし、上翅は緑っぽいから青鬼と言っても差し支えなかろう。それに鬼のパンツは黄色と黒の縞々だと相場が決まってるんだから、まさに相応しいじゃないかの灯台もと暗し。即座に「それ、いいやんか。」と返した。
だが、言った本人の小太郎くんは奴を憎んでおるから「えー、あんな奴にオニをつけるんですかあ?」と不満そうだったけどね(笑)。

カトカラ界の頂点に立たれる石塚さん辺りが、この和名を改称してくんないかなあ…❓
風の噂では新しい図鑑を出す御予定もあると云うし、ねぇ先生、この際だから和名を改称しませんか。もちろん最初に和名を付けられた方に対しての敬意を失ってはいけないのでしょうが、この問題を解決できる良い機会だと思うんだけどなあ…。
あっ、でもカトカラには他にオニベニシタバってのがいるなあ。まっ、問題はべつにないか…。オニキにオニベニの青鬼と赤鬼の揃いぶみでございやせんか。悪かないと思うよ。

 
(註4)パタライナズマ

【Euthalia patala】

(裏面)

(2016.3月 Thailand)

ユータリア(イナズマチョウ属)属、Limbusa亜属の最大種。
激カッコ良くて、裏まで美しい。そしてデカい。しかも、レアものときてる。
パーターラ(pātāla)とは、インド神話のプラーナ世界における7つの下界(地底の世界)の総称、またはその一部の名称。また、この世界はナーガ(Naga)と呼ばれるインドの伝説と神話に登場する上半身が人間の蛇神の棲んでいる世界だともされている。
パタライナズマについては、拙ブログの初期の頃に何編か書いとります。興味がある方は探してみてくだされ。

 

Euthalia patala パタライナズマ(生態編)

パタライナズマに関して二回に分けて書くつもりだったのだが、後編の最後で力尽きてしまった。 と云うワケで、今更ながらの生態編。

とは言っても、そこそこ珍蝶とされる蝶だから百や二百も採った経験はない。であるからして、あくまでもアチキ個人の私見として読んでもらいたい。

Euthalia patala パタライナズマに初めて出会ったのはラオス北部のウドムサイだった。

でも実を言うと、当時はその存在さえも知らなかった。珍品ビヤッコイナズマを探しに行って、たまたまパタラが採れたのだった。
続きを読む Euthalia patala パタライナズマ(生態編)

パタライナズマ(予報)

現在、パタライナズマ Euthalia patalaについての記事を書き始めている。

ユータリア属最大種なのだが、大きさの比較をしたいので、オオムラサキの展翅をしてみた。

【オオムラサキ♂】 久し振りの御対面だが、思っていた程には大きくない。初めての出会いが衝撃的だったので、たぶん記憶の中で大きさを増幅化しているのだろう。

オオムラサキは時としてタテハチョウ科世界最大種と紹介されるが、実を言うとそうでもない。世界にはもっと大きなタテハチョウが結構いるのだ。

上がパタライナズマの♂である。

表面積はオオムラサキとそう変わらない。コムラサキ亜科には確実にもっと大きいクロオオムラサキなんてのもいるから、世界最大種というよりも、世界最大級種とするのが正しいかと思う。