第29話『宮島三筋』
又しても、Neptis(ミスジチョウ属)の蝶である。
三連発なんで自分でも少々食傷気味だが、前回、前々回と連なる部分もあるので取り上げることにした。
と云うワケで、第3弾はミヤジマミスジ。
【Neptis reducta ミヤジマミスジ♂】
(2017.6.20 南投県仁愛郷)
白紋が全体的に横長になり、下翅の白帯が他の近縁種と比べて太くなるのが特徴だ。
裏面は、こんなの。
前回と前々回に取り上げたアサクラミスジやエサキミスジの裏側とはかなり異なる。だが、このタイプの裏側こそが Neptis(ミスジチョウ属)の典型であり、主流の斑紋パターンである。
♀は採ってるかもしれないけど、ワカンナイ。展翅されていないミスジチョウの仲間が、まだまだ冷凍庫で眠ってるんである。
探してきて展翅するのは億劫なので、ここは画像を他からお借りしよう。
【ミヤジマミスジ♀】
♀は♂に比べてやや大きくなり、羽に丸みを帯びる。
(裏面)
(出展 二点とも『アジア産蝶類生活史図鑑』)
レア度はエサキミスジ、アサクラミスジには敵わないが、滅多に会えない蝶の一つではあるだろう。
とはいえ、ミヤジマミスジのみが台湾特産種で、エサキ、アサクラよりも分布域が狭い。さすれば世界的見地からすれば、その珍稀度に遜色はなかろう。いや、下手すりゃコッチの方が珍しい可能性だってある。
そんだけ珍しいのにも拘わらず、実を言うとミヤジマミスジを採った記憶が殆んど無い。
度々述べているが、発作的に台湾ゆきを決め、その三日後には機上の人となっていたのである。だから、有名な数種を除いてどんな種類がいるのか殆んど知らなかったのだ。当然、何が珍しいのかも今イチわかんなかった。
もっとも、たとえ下調べしていたとしても、ワケわかんなかったと思うけどさ。何せ台湾には、似たようなのが沢山いるのである。
(出展『原色台湾蝶類大図鑑』以下二点も同じ)
(;・ω・)ねっ、ワケワカンナイっしょ❓
こんなもん、飛んでたら最初は全部おんなじに見えるわい(-“”-;)❗
図版1は、コミスジなどの小型種群である。
左列が♂の表、中央列がその裏面。右列が♀の表裏となる。
図版2つめはミスジチョウなどの中大型種群で、全て♂。左列が表、右列がその裏面である。
図版3の左下の黄色いの3つはキンミスジで、これだけは厳密にいうとNeptisではなく、Pantoporia(キンミスジ属)だ。但し、両者は同じNeptini族に含まれるから、かなり近縁の間柄ではある。
数えたら、台湾には何と14種類もの Neptis属の蝶がいる。それに比して、日本にはたった6種類しかいない。しかも台湾の面積は九州くらいしか無いのだ。その多種多様さが理解して戴けるだろう。
つけ加えると、似たようなのはこればかりではない。
他にもいるんである。
(出展 二点とも『原色台湾蝶類大図鑑』)
コイツらは、Limenitis イチモンジチョウのグループである。Neptisとは縁戚関係にあり、両者ともイチモンジチョウ亜科(Limenitinae)に含まれる。
そして、このグループとミスジチョウのグループが、渓谷とか林縁など大体同じような環境で見られる。中でも吸水に集まる場所では、両グループの何種類かが入り乱れて飛んでいて、マジで何が何だかワカンねぇ(@_@;)
前置きがあまりにも長くなり過ぎたが、ようは台湾採集1年生の、しかも勉強不足のワタクシにですな、コレら似たような、しかも飛んでいるモノたちを正確に識別するだなんて、どだい無理な話なんである。
明らかに見た事がないと解るアサクラミスジやエサキミスジならまだしも、ミヤジマミスジなんて日本のコミスジとそう変わらんのである。ゆえに、何となぁ~く違うなと感じたものは一応採ってみると云う姿勢で臨んでいた。
【ミヤジマミスジ】
(出展『DearLep 圖錄檢索』)
野外写真をお借りしたが、やっぱ日本にもいるコミスジと見た目は殆んど同じだ。こんなのが強く印象に残るワケがない。
だから「実を言うと、ミヤジマミスジを採った記憶が殆んど無い」と言ったワケなんだすな。
でも、帰国後に図鑑で調べてもワケワカランかった。
特にコミスジ系が、どれもメチャンコ似たような奴ばっかなのだ(図版1)。正直、おでアホだから、図鑑と実物を見比べてもよくワカンナイ。それぞれの特徴とされる識別点が曖昧というか、例外も多々あるので、幾つかの識別点を鑑みて総合的に判断するしかないのである。
図版とニラメッコしてると、脳ミソが爛れてきそうになる。♂はまだしも、♀ともなれば何がなんだかマジでワケワカメじゃよ。裏面まで含めて検討していると、脳の回路がショートしてフリーズしてしまう。脳がそれ以上考えることを拒否するのだ。
勿論、この無間地獄のループにはミヤジマミスジも含まれている。♂は比較的まだ判別しやすいが、♀ともなると、お手上げだ。
一応、「原色台湾蝶類大図鑑」の識別点のくだりを抜粋して載せておく。それを読んで、アンタらも脳ミソぐしゃぐしゃになりなはれ、Ψ( ̄∇ ̄)Ψケケケケケ…。
「翅表における前翅中央白斑列、後翅中央白帯の発達は他の4種に較べて最も強く、前翅第2、3室及び第5、6室の白斑が大きく横長であること、前翅中室白条はその先端部が外縁に向かって伸長し、その先端部が第3及び第5室白斑の内側縁を結ぶ線に達することによって一見近似の他種より識別できる場合が多い。裏面の地色はスズキミスジよりは濃色、やや赤味を帯びることが多い。後翅裏面において中央白帯は前翅より後端に亘りその幅は殆んど等幅、中央白帯の幅は外側白帯のそれよりかなり幅広く、その2倍近くに達する。亜外縁白条は外側白帯と翅の外縁の中央より心持ち外縁寄りを走り、外縁白条の出現は弱く全く消失する場合が多い。前翅裏面翅端部のB斑の強さはA斑と殆んど同様、A2斑の大きさはBの各斑と殆んど等大。」
(-_-#)何かのナゾナゾかよ❓
こんな文章読んだら、一般人は意味わかんなくて発狂するぞ。
識別点を大雑把に纏めてみよう。
①白帯が太く、斑紋が大きい。
(出展『アジア産蝶類生活史図鑑』)
斑紋は横長になる。
比較のために、コミスジの♂らしきものを貼り付けておこう。
上翅の紋は大きいが、横長にはならない事が解るかと思う。
これはタイワンミスジの♂かな。
紋が小さくて、帯も細い。
②上翅の上側にある筆みたいな紋の先っぽが長め。
筆先が右上の白い紋の下まで伸びている。
また筆がスズキミスジ、リュウキュウミスジのように太くはならないというが、これは決定的な判別点ではないと思う。個体により結構太さに幅があるようだから、注意が必要だろう。
一応、リュウキュウミスジの場合はこんなんです。
筆先が太くて短いのが、よくわかる。
但し、所詮は解りやすい例を挙げているに過ぎない。
スズキミスジとかコミスジは、もっと微妙な形だ。
③触角の先が黒い。
コミスジや他の多くの種は、先の部分が白い(死んだら黄色くなる)。
スズキミスジも黒いみたいだけど、裏側は白くなるという。だが、よくワカンないところがある。スズキミスジとされる色んな画像を見たが、結構微妙なのだ。もしかしたら、それら画像の種の同定がそもそも間違っているケースもあるやもしれぬ。そういうのが、更なる混乱を助長するんだろね。
触角が黒いし、スズキミスジは多分これかなあ…。
一応、先が黄色いのも挙げておきます。
おそらくコミスジと思われるモノの触角。
少し解りにくいかもしれないが、先っぽが黄色い。
④裏面の地色が濃く、下翅の外縁の白条が消失する
地色が濃く、赤みを帯びる。
とはいっても、こんなの熟練者でもなければ、並べてみなきゃ分からないレベルだ。野外で判別するのは至難の技だろう。
また、他の近縁種では外縁の一番端に白条があるのだが、ミヤジマミスジはそれが消失する。
解り易いように、コミスジかと思われる個体の下翅裏面の画像も添付しておきます。
一部消失しているが、外側にもう1本の線があるのが御理解戴けるかと思う。
こんなもんで許してくれ。
もう、(;つД`)ウンザリだ。先へ進ませてくれ。
ガビ━━ Σ( ̄ロ ̄lll) ━━━━━ ン❗❗
しかし、ここで重大な事に気づく。
何と、冒頭に添付した展翅画像が、よくよく見るとミヤジマミスジではなく、コミスジではないか❗❗
マジ、ワケわかんねぇっすよ(ToT)
♂は比較的まだ判別しやすいなんて言っちゃって、コレだもんなあ…。恥ずかしい限りだよ。
(# ̄З ̄)ったくよー。ブツブツ言いながら、台湾産の蝶が入ったタッパーをひっくり返し、チマチマと確認しながら宮島くんを探す。もし見つからなければ、この文章そのものが御蔵入りする事になる。そうなれば、最悪の展開だわさ(ノ_・,) アタイの今までの努力はどうなるのさ。全て水の泡どすえ。
で、結構追い込まれつつも、らしきモノを何とか見つけて、どうにか軟化展翅した。
それを写真に撮って、再び貼り付けなおした。だから、皆さんが見た冒頭の写真はミヤジマミスジです。
マジ、疲れる。自分の同定力の無さにもガックリだ。
因みに、最初に貼り付けられていた画像はこんなんですわ。
(南投県仁愛郷 alt.400m)
下翅の白帯が、他と比べて明らかに太いから、ミヤジマミスジだと思ったのだ。
しかし、識別点について書き終わったところで触角の先が真っ黒でない事にハタと気づいた。そこで、各部の判別点を仔細に点検しなおしてみると、どう考えてもコミスジだと云う結論に達した。
因みに、普通のコミスジはこんなんです↙
(2016.7 南投県仁愛郷 alt.500m)
どうやら、コミスジには白帯が太くなるタイプが珠にいるようだ。
危うく大恥を掻くところじゃったわい。
【和名】
本シリーズで、あえて和名の項を設けた事は無いかと思う。なのにわざわざ設けたのには理由がある。
考えてみれば、この台湾のミスジチョウグループには矢鱈と人名らしき名前がついている。改めて、何でやろ?と思ったのだ。
ミヤジマミスジは元よりアサクラミスジ、エサキミスジ、イケダミスジ、スズキミスジがいて、イチモンジチョウグループにまで範囲を広げると、さらにヒラヤマミスジ、シラキミスジ、ニトベミスジまでいる。たぶん違うとは思うけど、ナカグロミスジだって中黒さんが由来の可能性がある。
何で、そんなに多いんだ❓
コレはたぶん誰かに献名されたものか、発見者の名前がつけられたのだろう。ここまでは容易に想像できる。
問題は、かようなまでに何故そこまで過剰に人名が採用されたかだ。
思うに、あまりにも似たような種類が多すぎて、見た目の特徴で和名をつけるのには限界があり、また混乱を避けるためではないかと推察する。
さすれば、先人の配慮に感心せざるおえない。
ヒロオビミスジとか、ホソスジミスジとかつけてゆくのには限界がある。揚げ句にウラアカミスジとかなんか付けられたら最悪だ。大概のモノは、裏は赤っぽいといえば赤いのだ。つまり、無理に特徴を表す名前をつけようとすると、混乱を生じさせるだけだと思ったのではないだろうか?
折角だから、それぞれの和名の語源なり、由来なりを書き止めておこう。
ミスジチョウ属とイチモンジチョウ属がゴッチャに混じるが、由来が分かるものから順に書いていくので許されたし。
「アサクラミスジ」
台湾で標本商を営んでいた朝倉喜代松氏に起因する。
他にもアサクラコムラサキ、アサクラアゲハなど氏の名前が冠された蝶が幾つかある。これは、氏が新種を研究者に提供した際につけられたものだろう。
「エサキミスジ」
著名な昆虫学者 江崎悌三博士が由来。御本人が採集された標本が記載(ホロタイプ)にも使われた(記載は野村健一博士かと思われる)。
因みに、エサキキチョウやエサキオサムシなど「エサキ」とついた昆虫名は数多くある。人徳ですな。
「イケダミスジ」
本種は池田成実氏が台湾北部の拉拉山(ララサン)で採集した1♀に基づいて、白水 隆博士が新種として記載したものである。
たぶん、その功績を讃えてのものだろう。
「シラキミスジ」
松村松年博士が、その命名に用いたタイプ標本は昆虫学者の素木得一博士が埔里で得た1♂だったという。たぶん、それ由来だろう。
シラキは白木さんかと思いきや、素木さんだったんだ。素木をシラキとは中々読めないものだよね。
そういえば、この人がフトオアゲハを新種記載したんじゃなかったっけ…。
調べてみると、やはりそうで、応用昆虫学のかなり偉い先生だったようだ。農作物害虫の防除などで先駆的な研究をなし、日本だけでなく台湾でも活躍されたみたい。台湾総督府農事試験場昆虫部長、台北帝大教授、名誉教授を歴任し、植民地統治下の台湾の農作物害虫を調査・研究を行ない、多大な功績を挙げたそうだ。
「ヒラヤマミスジ」
たぶん、昆虫学者の平山修次郎氏の名前を冠しているのではないかと推察する。
氏は昭和初期に昆虫図鑑『原色千種昆蟲図譜』を刊行し、当時の昆虫少年に多大なる影響を与えた。また平山昆虫博物館を開設し、昆虫採集ブームを牽引したと言われている。漫画家 手塚治虫は少年時代に同級生が学校に持ってきた本書を借り、食い入るように読んだという。そして、その中のオサムシをモチーフに、本名の治(おさむ)に虫(むし)の一字を加えてペンネームとしたのは有名な話である。
「ニトベミスジ」
由来は、おそらく新渡戸稲雄かな?
とはいえ、原記載はFruhstorfer(1912)だし、その記載に用いられたタイプ標本の採集者も日本人ではなく、Sauterとある。ちょっと怪しくなってきたが、まあよろし。それはおいといて、新渡戸路線で突き進もう。
新渡戸稲雄は日本の昆虫学者。リンゴの害虫研究について多くの研究成果を残した。教育者・思想家としても知られ、国際連盟初代事務次長にもなった。あの五千札にもなった新渡戸稲造は従兄にあたる。
東北帝国大学農科大学(現・北海道大学)にいた松村松年教授の元に多くの標本を送り、研究を依頼した。その結果、ニトベギングチバチなど多くの学名や和名に「ニトベ」がつけられたようだ。これらの功績から、青森県で最初に科学的な昆虫研究をした学者として名を残すこととなったという。
松村松年博士が出てきた時点で、この新渡戸稲雄氏が和名に関係している可能性は濃厚だと思った。
それに台湾とも所縁(ゆかり)がある人物だ。
従兄の稲造が台湾総督府民政部殖産局長心得の職に就いていた事により、1906年に台湾総督府農業試験場に勤務。台湾においても害虫研究で成果を上げたが、帰国直後にアメーバ赤痢に罹り、1915年に32歳で死去した。
稲雄がニトベミスジの発見者という記述は見つからないから、稲雄は直接ニトベミスジとは関係ないのかもしれない。でも、松村さんが若くして逝去した氏を思って名前をつけたと云う事は有り得ると思う。
「スズキミスジ」
スズキが鈴木姓を指していることは間違いないだろう。しかし、台湾と関係のある鈴木という名の昆虫学者など聞いたことがないし、『原色台湾蝶類大図鑑』のスズキミスジの項にも、その命名の由来を示唆する記述がない。困った事に、それ以上は手掛かり見つからなかった。
しかし、シラキミスジの項でフトオアゲハが出てきた事から、ヒントが見つかった。フトオアゲハの新種記載は素木博士と楚南仁博氏だが、発見者は別にいて、鈴木利一という人だとわかった。台湾宜蘭県の農業学校で教師をしていた人みたいで、1932年 台湾東部の宜蘭県羅東鎮烏帽子の川辺で発見したという。
とはいえ、そこから先へは進めずじまい。結局スズキミスジと鈴木利一氏との関連は見い出だせなかった。
しかし、この鈴木さんしか該当するような人物は見つからないから、矢張この人がスズキミスジの由来なんじゃないかなあ?…。
もしかしたら、フトオアゲハにスズキアゲハという和名がつけてあげられなかったから、お詫びに別な蝶に名前をつけるんで許してケロとかって無いのかなあ?(笑)
だとしたら、交換条件としては酷いよね。一方は台湾を代表する珍稀なる美蝶、もう一方は囚人服柄の、しかも似たような兄弟だらけの中の一は匹だ。あまりにも両者には落差があるではないか。オイラだったら、怒っちゃうね。
或いは松村さんなり、白水さんなりが、このイチモンジチョウ亜科の蝶たちの名前に、台湾の蝶に所縁(ゆかり)のある人たちの名前をつけたらオモロイやんけーと思って片っ端から付けたとかないのかね❓
「ミヤジマミスジ」
そして最後はミヤジマミスジだ。コレが一番謎である。
調べまくったけど、由来として考えられうるのは、宮島幹之助という人くらいしかいない。
宮島幹之助は、明治〜昭和期の寄生虫学者で、後に衆院議員(民政党)にもなったようだ。
彼は日本の近代医学の父とも呼ばれる、あの北里柴三郎の弟子の一人なんだそうな。1903年 内務省所管で北里柴三郎が所長をつとめていた国立伝染病研究所に入所。痘苗製造所技師となり、ツツガムシ、マラリア、日本住血吸虫、ワイル病の研究に従事したという。
その後、マレー半島のマラリア調査、ブラジル移民の衛生状態調査、台湾地方病および伝染病調査委員の嘱託など、たびたび海外に派遣された。
こうして経歴を見ると、台湾とも所縁は有りそうだ。
しかし、寄生虫といっても昆虫ではないから、蝶とは繋がらない。困っただすよ。
更に調べてゆくと、ようやく蝶とリンクした。
どうやら『日本蝶類図説』(1904年発行)という日本人の手で最初に作られた蝶譜(図鑑)の著者でもあるみたいだ。
日本の蝶史を紐解くと、Pryerと Leechの集成によって日本の蝶研究の土台が出来上がり、宮島幹之助がその大要を編纂して紹介したことによって、その知識が広く普及したとされる。
へぇー、そうなんだ。勉強になるねぇー。
でもなあ…、台湾の蝶と繋がるような情報が出てこないんだよなあ。それどころか、宮島幹之助が蝶の採集をしていただとか、蝶の愛好家であったとかと云う記述が見当たらないのだ。
そもそも、寄生虫学者の宮島幹之助と「日本蝶類図説」の著者である宮島幹之助は同一人物なのかな❓(註1)
同じ紙面に「寄生虫学者であり、蝶愛好家でもあった…」などとはどこにも書いていないから、両者がどうにも繋がらないのである。
再び壁にブチ当たって、前へ進めない。
ここでも、結局のところ謎のままで終わってしまうじゃないか、宮島くん。
【学名】Neptis reducta (Fruhstorfer,1908)
属名の Neptis はラテン語で「孫娘、姪」の意。
小種名 reducta はラテン語由来だと思われるが、どうも今一つピンとこない。なぜなら、どうやら「減退・減少・簡略化」とか云う意味らしいのだ。「削る・切り下げる・ちんけな」なんて云う意味合いもある。だとしたら、ちょっと酷いではないか。
まあ、それは置いておくとしても、命名の意図が解らない。この種は下翅の白帯が減退どころか広くなるし、紋だって他のものと比べて発達している。それが、この蝶の最大の特徴なのである。なのに減退だとは、これ如何に❓である。謎すぎて、(;・∀・)キョトンとなるよ。
考えても、まるで謎が解けないので、話を先に進める。
台湾特産種なので、亜種は無い。
でも「原色台湾蝶類大図鑑」の解説を読んで、又しても脳ミソが固まる。
「種 nandina は西はインドから東はフィリピン、ボルネオ、ジャワ、小スンダ列島にかけて記録されているが、その同定には疑義が残っており、その分布についても再検討が必要と思われる。」
(・。・;はあ❓
何で、この期に及んでインドだのフィリピンだのが出てくるのだ❓コレだと亜種とかもいそうな口振りではないか。またもや新たなる謎の勃発である。
(# ̄З ̄)なあ~んじゃそりゃ❗❓
今回はサクサク進んで、ソッコーで書き終えれると思ったのにー。
(=`ェ´=)ったくもう…。
でも、一呼吸おいてピンときた。もしやと思い、図鑑の学名を確認してみる。
❗Σ( ̄□ ̄;)ゲッ、学名が全然違う❗❗
Neptis nandina formosana(Shirôzu, 1960)となっているではないか。
やっぱ、そゆことかあ…(´д`|||)
気を取り直して調べてみたら、どうやらこれは現在、シノニム(同物異名)となっているようだ。つまり、途中で誰かが別種だと言い出したって事だ。それが認められたってこってすな。どこで、どないなってそうなったのかは残念ながらわからない。謎です。
一応、平嶋義宏氏の『蝶の学名-その語源と解説-』で、学名を確認してみる。
でもコレが何と、学名が昔のまんまの nandina となっているではないか。補足しておくと、ネタ元は旧版の方ではなく、比較的最近に刊行された新版(改訂版)の方です。
これはおそらく氏が学名が変更になっていることに気づかなかったのであろう。そうしておこう。
せっかくだから、nandina の語源も載せておきます。
nandina(ナンディーナ)は、シヴァ神の称。梵語(サンスクリット語)由来。シヴァ神とはインドの神様だね。ヒンドゥー教の最高神の一人で、破壊と創造を司るとされている。仏教の伝来と共にシヴァも日本に入ってきて、それが変じて大黒さん(大黒天)になったと言われている。
コチラの学名の方が余程格調高い。改めて reducta は酷い学名だと思うわ。自分の見立てが間違ってなかったとしてだけど…。
亜種名 formosanaは「台湾の」と云う意味だね。
平嶋さんは他の亜種 Susruta(スシュルタ)にも言及されている。コチラも梵語由来である。
「〈よく聞いた〉が原意で、〈よくヴェーダを学んだ〉という形容詞。また高名なインド医学者の名前。インド医学アーユルヴェーダの聖典の一つとされるスシュルタ・サンヒターの著者(針貝,1989,1992)。この亜種名もMooreの命名。」
正直、ギリシア神話よりも梵語由来の方が、まだ身近に感じられる。やはり、そこは自分もアジア人の一人なんだからだろうね。
【台湾名】無邊環蛺蝶
無邊とは中国語で「無限」。環は「回る」。蛺蝶はタテハチョウのこと。環蛺蝶でミスジチョウを指す言葉になる。直訳すると、無限ループじゃん。今の心境にピッタリだ。謎だらけで、答えを見つけられずに延々回り続けてるってヤバイよね。永久運動し続ける変テコな装置に自分が組み込まれ、その部品の一部になっている図を想像した。(T▽T;)地獄じゃないか。
別名に以下のようなものがある。
寬紋三線蝶、寬環蛺蝶、寬紋環蛺蝶、回環蛺蝶、清義三線蝶、闊三線蝶がある。
寬紋三線蝶、寬環蛺蝶、寬紋環蛺蝶の「寛」は、広いと云う意味。ようするにこの蝶の特徴である広い帯(紋)を表しているワケだね。
闊三線蝶の「闊」も広いと云う意味だ。
回環蛺蝶の「回」は「帰る、返す、戻る」なんて意味がある。その飛び方を表しているのだろうか?意味は解るようで、今イチわからん。
清義三線蝶の「清義」は中国語で「清く正しく」が基本だけど、どうやら別な意味もあって、この場合は清らかな渓谷の事を指すようだ。謂わば、清らかな渓谷に棲む三本線の蝶だね。
「清く正しく義を貫く三本線の蝶」というのも、それはそれでエエけどね(笑)。
【英名】
「Great Yellow Sailer」というのを見つけた。
偉大なる黄色い帆船という意味だね。
ミスジチョウ属の英名は Glider だとばかり思っていたが、Sailerってのもあるんだね。Gliderは滑るように飛ぶものを意味するから、海の上を滑るように航行する帆船とは共通点がある。つまり、この属のチョウの飛び方を表しているワケだから違和感はない。しかし、Yellowというのが気になる。全然、黄色くないからだ。
自分で英名をつけるとしたらどうだろう?
一瞬、『Milkyway Glider(天の川を滑空する者)』と云うのが浮かんだが、盛り過ぎだろう。そこまで素晴らしい蝶ではない。
まあ『White Wideband Glider』辺りが妥当かな。
【生態】
開張 50~57㎜。
発生期は3月~11月上旬。年数回発生するとされる。
台湾北部~中部の低・中標高(400m~1600m)の常緑広葉樹林周辺に見られるが、発生地が局部的で個体数も多くないようだ。
とはいえ、ソックリな奴が多いので見逃されているケースは多いと思う。台湾を訪れる採集者も最初は小型のミスジチョウを採るだろうが、そのうち飽きて採らなくなるだろうし、飛んでいるものをミヤジマミスジと見抜ける人はそうはいないだろう。またミヤジマミスジ狙いだけで台湾を訪れる人もあまりいないかと思う。ミヤジマミスジだけを血眼になって探す人に遭遇したら、恐いなあ…。尊敬するけどさ。
成虫は地面に吸水に集まり、また動物の糞尿にも好んで集まる。岩場を好むらしいが、確認はしていない。
【幼虫の食餌植物】
Trema olientalis❓
『アジア産蝶類生活史図鑑』には、アサ科(旧ニレ科)のTrema olientalis(ウラジロエノキ)だと書かれている。
世界の蝶の幼生期を次々と解明してこられた五十嵐 邁さんと福田晴夫さんの巨匠コンビの図鑑だから、食樹はそのウラジロエノキなる木で何の疑いも持たなかった。
しかし、前回にも少し触れたが念のためネットで調べてみたら、驚いたことに何もヒットして来なかった。嫌な予感がした。その予感は的中して、最も信頼しているサイトである『DearLep 圖錄檢索』でも食樹の欄はこうなっていた。
寄主資訊
中名 學名
(未填寫) (未填寫)
未填寫というのは、未解明という意味だろう。つまり、食樹は未知だと云うことである。
( ̄▽ ̄;)謎である。
台湾本国のサイトで何も出てこないということは、未知である可能性が高いではないか。それに『アジア産蝶類生活史図鑑』の刊行は1997年である。それから12年間も経っているのに、台湾の学者や研究者がそれに気づかないなんておかしい。そこには何らかの理由が隠されているに違いない。
とはいえ、図鑑には厳然たる証拠として幼生期の写真が在る。と云うことは、食餌植物の同定間違いなのか?
取り敢えず食餌植物から検証していこう。
ウラジロエノキをWikipediaで調べてみた。
「ウラジロエノキ Trema orientalis (L.)Blumeは、アサ科(ニレ科)の樹木。エノキにはさほど似ていない。成長が早く、アジアの熱帯域におけるパイオニア植物(註1)の一つ。
日本では屋久島、種子島以南の琉球列島に見られる。国外では台湾、中国南部、東南アジア、インド、マレーシア、オーストラリアにまで分布する。また、アフリカにおいてもセネガルやスーダンから南アフリカ共和国の旧ケープ州にかけての降雨量の多い2200メートルまでの場所で見られる。
エノキと同じくアサ科に属するが、属は異なる(ウラジロエノキ属)。同属のものは熱帯域を中心に20種以上があるが、日本にはもう一種、T.cannabina キリエノキ(コバフンギ)だけがある。」
(出展『沖縄植物図鑑』)
普通のエノキよりも葉が細長いね。
「材は柔らかくて器具や建材に使われる。成長が早くて10-20年で利用でき、下駄材としてはキリに次ぐ。樹皮からはタンニンが取れるほか、その繊維から紙が作られる。成長が早いことから護岸用に植栽されることもある。」
おいおい、ポピュラーで全然珍しくない木じゃないか。
(出展『welcome stewartia.net』)
これなんて、背景からすると明らかにマンションの空き地に生えとるやないけー。
だとしたら、ミヤジマミスジの食樹としては疑念を抱(いだ)かざるおえない。そんなにポピュラーな植物ならば、もっとミヤジマミスジが沢山いてもおかしくないではないか❓ なのに数が少ないのは解せない。
稀種と言われるチョウが少ないのには幾つかの理由があるが、最も有力なのは食樹の分布が局所的で珍しい植物だからだ。それに伴いチョウの数も少ないと考えられている。そのセオリーからすれば、幼虫がウラジロエノキ食いだとするならば、個体数が少ない理由が謎すぎる。
因みに近縁のスズキミスジもウラジロエノキを食樹として利用しているようだ。
スズキミスジの幼虫を飼育する際に、ミヤジマミスジの幼虫も一緒に見つかっても良さそうなもんだけどなあ…。けど、考えてみれば、スズキミスジを飼育した人がどれだけいるというのだ?絶対数はおそらくムチャムチャ少ないやろね。だいち代用植物は他にいくらでもあるから(註2)、ウラジロエノキで育てる人は更に少なかろう。そんな中で、稀なるミヤジマミスジの幼虫が見つかるなんて奇跡に等しい。
ここで、ふと思った。もしかしたら、ミヤジマミスジの幼生期の死亡率が以上に高かったりして…。
卵の孵化率が異常に低く、幼虫がすぐ病気になり、寄生率も超絶高いとかさ。
そんなもん、とうに絶滅しとるわい(*`Д´)ノ!!!
ツッコミが入りそうだ。それに、何でそうなるのかと問われれば、周りを納得させる理由が見つからないわな。
思うに、ウラジロエノキの他に本来利用している食樹があり、稀にウラジロエノキにも産卵されて、ちゃんと親まで育つものもいるのではないだろうか?
諦めずに手掛かりを探していると、ネットの『OTTOの蝶々ブログ』というサイトで、答えの一端を見つける事ができた。
「ミヤジマミスジは、食樹が判明しているそうですが、その楡(ニレ)科のケヤキの一種には、まだ正式な学名がなく、台湾名の植物名さえも付けられていないのだとか。このケヤキは台湾特産でごく限られた場所で生育が確認されているだけだそうですが、ミヤジマミスジが非常に珍しいのはその食樹の希少性のためだということです。」
ガイドを伴っての台湾採集記の中にある一節だ。
エノキではなくケヤキと書いているのが気になるところだが、日本人同士の会話ではないから、コレは単なる言葉の問題で、相互理解にズレが生じただけなのかもしれない。おそらくケヤキではなく、エノキの類だと推察するが、ケヤキの可能性も否定できない。何れにせよケヤキとエノキは類縁関係にある植物だ。たとえケヤキであれ、そうは驚かない。
ガイドは林春吉氏で、記事の中で羅錦吉氏の所にも訪ねておられるから、指摘はそのどちらか、もしくは両方の言だろう。お二方とも台湾の蝶の研究者としてはトップクラスだから、ケヤキにせよエノキにせよ、ニレ科の植物であると云う話の信憑性は高い。
謎が完全に解けたワケではないが、これで一安心だ。
落ち着いたところで、幼虫と蛹の画像を添付しておこう。
(終齢幼虫)
(出展『アジア産蝶類生活史図鑑』以下二点とも同じ)
紛うことなくミスジチョウ属系統の幼虫形態だが、お尻近くに朱色系の紋が入るモノは他にはいない。同じ種群のコミスジ、リュウキュウミスジ、スズキミスジ、タイワンミスジの幼虫とは見た目が明らかに違うので、間違いなくミヤジマミスジの幼虫だろう。
(幼虫正面図)
(≧∀≦)ハハハハハ…、まるで乞飯じいさんだよ。
基本的にはミスジチョウ属の幼虫の特徴である「なんちゃってバットマン」とか「なんちゃってキャットウーマン」、或いは「なんちゃってクリオネ」、もしくは「おじいちゃんになって落ちぶれて、風呂にも入らなくなった汚れピカチュウ」であるからして、この属の仲間であることに異論はないだろう。
最初は笑っていたが、見ようによっては可愛らしいかもしんない。でも、こういうのを可愛いとか言い出し始めたらヤバいよね。
(蛹)
何だか脱け殻みたいな蛹だにゃあ。
反射率が高い蛹なのかな? 実物は銀紙みたいにピカピカしているのかもしれない。
この色と形の蛹はコミスジ種群の特徴だから、このグループの仲間であることに疑いはなかろう。
ちょっと驚いたのは、図鑑のミヤジマミスジの解説が他種と比べて著しく短くて素っ気がないことだ。解説を抜粋してみよう。
「成虫は近縁の他のNeptis(ミスジチョウ属)と混生するので、識別ができず、詳しい生態は確認されていない。標高500m~1200mの地域における採集品に混じって発見されるが、同属他種に比べて個体数が少ない。幼虫は食餌植物の地上1m前後の位置の枝先に静止ものが発見された。いずれも中脈を食べ残して、これに静止していた。」
通常の解説文の3分の1にも満たない量だ。憶測や推察も加えられていない。
これは何を示唆しているのだろうか?
もしかしたら、言及するには飼育期間が短すぎて情報量があまりにも少なかったのかもしれない。或いは食樹の同定も含めて自信が無かったと云うか、他も含めて色々と半信半疑だったからなのかもしれない。
何でこんな短い文章になったのかを、解説の執筆者である五十嵐さんに訊いてみたいよね。
でも、残念なことに既に五十嵐さんは鬼籍に入っておられる。だから、これは永遠の謎だ。
謎が謎呼ぶ、宮島さん。
何だかさあ、見た目はそれほど綺麗な女の子でもないのにメッチャ振り回されたような気分だ。
いたなあ…、そういう娘(こ)。
ちょっとミステリアスな、謎多き女の子だった。
おしまい
追伸
いやはや、マジで今回は疲れました。
謎だらけだし、同定間違いでテンヤワンヤにはなるし、完成するのに物凄く時間がかかった。カラスアゲハ関係の回と匹敵するくらい苦しめられたかもしれない。
にも拘わらず、お題目が地味だし、日の目をみない文章になるんだろうなあ…。どうせ注目も評価もされないだろうしさ。何だかバカバカしいやなあ。
ミヤジマミスジには直接触れていないが、ミスジチョウ軍団の似かよいっぷりは、別ブログの『発作的台湾蝶紀行』にも書きました。
オスアカミスジがメインの回だが、当時の混乱ぶりが少しは伝わるかと思う。
(註1)同一人物なのかあ?
同一人物のようです。宮島幹之助に関する文章には、寄生虫学者&蝶愛好家と云う記述が同じ紙面に無い云々と書いたが、ウィキペディアにあった。とはいえ解説欄には蝶に関する事は一切出てこないのだが、著者欄に「日本蝶類図説」があった。
幹之助は、本当に蝶好きだったのかなあ?
(註2)パイオニア植物
低地~山地の崩壊地や造成地にいち早く侵入する先駆的な植物のこと。日当たりのよい適潤なところを好む傾向がある。
(註3)スズキミスジ幼虫の代用食
この蝶の食樹はマメ科全般と旧ニレ科のエノキ属が中心だが、他の科の植物も利用しており、その嗜好は多岐にわたる。