2019’カトカラ2年生 其の弐(1)

 

  vol.19 ウスイロキシタバ

   『象牙色の方程式』

 
カトカラを本格的に採り始めた2018年は、ウスイロキシタバを探しに行かなかった。
フシキキシタバ(註1)を偶然に採って、カトカラに少し興味を持ち始めたばかりの頃だったので、カトカラ1年生の触り、謂わば黎明期。また本格的にカトカラを集める気なんてサラサラ無かったのである。
だいちウスイロキシタバなんて、カトカラの中でも一番汚い奴っちゃと思っていた。下羽が鮮やかな者が多いこのグループの中にあって、ウスイロは下羽に鮮やかさが微塵も無いのである。
それにカトカラ同好会のホームページ(註2)のウスイロキシタバの項には「関東以北の愛好者にとっては憧れのカトカラだが、関西の愛好者にとってはなんということのない種である」云々といったようなことが書かれてあった。ゆえに、そのうちどっかで採れるだろうと思っていたのだ。
しかし、2018年は結局どこでも会うことはなかった。

それでも2019年には、どうにでもなると思っていた。
そうゆう事実はスパッと忘れていて、いつものように根拠の無い自信に溢れていた。そう、相変わらずのオメデタ楽観太郎になっていたのである。

 
2019年 6月13日
 
夏の青空が広がっている。
時期的にはもう梅雨に入っていてもオカシクない筈だが、ここのところ天気は頗(すこぶ)る良い。この先の予報も晴れ続きだ。何でもかんでも異常気象で片付けるのもどうかとは思うが、やっぱりここ数年の天気は何だかオカシイ。

この日は宝塚方面へ行った。

 

 
第一の目的は、来たるカバフキシタバ(註3)のシーズンに備えての下見だった。ライトトラップを持ってないので、現状は樹液採集に頼らざるおえないのだ。その為には予め樹液の出てる木を探しておきたい。天才肌なので(笑)、いつもは下見なんぞ面倒臭くてしないのだが、天下のカバフ様である。手は抜けない。それに此処にはウスイロキシタバの記録もあるので、あわよくばと云うのもあった。謂わば、一石二鳥の作戦ってワケ。

山を歩き回るが、樹液の出ている木は1本しか見つけられなかった。しかもバシバシに樹液が溢れ出ているような木ではない。誠に心許ないようなチョロチョロ状態だ。もしその木に何も寄って来ないようなら、暗闇の中を山に登って探しなおすしかない。昼間歩いている時に樹液の甘い香りがしたのだが、どの木から出ているのか分からなかったのだ。それを探すしかないってワケ。
実をいうと、樹液の出ている木は昼間よりも夜の方が見つけやすい。カブトムシやクワガタは目立つし、クソ蛾どもが複数飛んでいたら、その周辺から樹液が出ている可能性が高いのだ。それに昼間だと視界が広過ぎて視認センサーが散漫になりやすい。対して夜だと見えるのは懐中電灯の照らす範囲だけなので余計なものは目に入らず、見逃す確率が格段に減るのである。

ようやく暗さが増し始めた午後7時20分、その唯一の樹液ポイントへと行く。
だが、来ていたのはヤガらしいクソ蛾が1頭だけだった。
まあいい。クソ蛾であっても蛾が誘引される樹液であると云う証明にはなる。希望はゼロではないということだ。ゼロと1とでは雲泥の差がある。明るい未来を想像しましょう。

とは言いつつも、正直この木だけでは厳しい。取り敢えず此処は置いといて、新たな樹液ポイントを探しに夜の山道を歩き始める。
10分ほど歩いたところで、空気中に微かな樹液の匂いを感じた。見つけられなかった木は、この辺だったような気がする。立ち止まり、咄嗟に懐中電灯をその方向へと向けた。下から上へと灯りを移動させる。
❗Σ( ̄□ ̄;)ワッ、地上約4mくらいのところでカトカラが乱舞していた。
どうりで見つけられなかったワケだよ。昼間見つけられなかったのは、樹液が出ている箇所が高かったからだね。
それにしても凄い数だ。少なくとも10頭以上は飛んでいる。いや、20頭くらいはいるだろう。こんなに沢山のカトカラが乱舞している光景を見るのは初めてだ。
時期的に考えれば、勿論カバフではないだろう。まだ早い。黄色いからウスイロである可能性も無さそうだ。ウスイロは名前通りに色が薄いのだ。だとしたら、フシキかな❓コガタ(註4)にもちょっと早い気がするしね。あっ、ワモン(註5)の可能性も無いではないね。でもワモンにしても出始めの頃だろうから、こんなに沢山いる筈はない。だいちワモンは何処でも個体数が少ないと言われているので、こんだけ大量にいたら事件だ。可能性、却下だ。逆にアサマ(註6)は、もう姿を消している頃だ。同様に、こんなに大量にいるワケがない。
黄色が鮮やかに見えるし、感じからすっと、たぶん全部フシキキシタバで間違いないだろう。最近、網膜にインプットされた画像と同じに見えるもん。

とやかく考えていても話は始まらない。
網をスルスルと伸ばして、空中でエイやっι(`ロ´)ノ❗と掬い採る。たぶん一度に3つ入った。
中を見ると、予想通りの3つともフシキだった。どうやら飛んでるのは皆、フシキくんのようだ。
どこが珍品やねん٩(๑`^´๑)۶❗嘗(かつ)ては、そうだったらしいけど、今や普通種の域だ。

樹液への飛来時間の謎を解きたいので、ガツガツ採らずに目についた型の良さそうなものだけを選んでチョビチョビ採る。
いくつか採り、落ち着いたところで周辺を見ると、やはり思ったとおり、周囲の木の幹に止まっている個体が複数いた。樹液の出ている木の上部や下部で憩(やす)んでいるものもいる。
おそらく宵になると直ぐに餌を摂りに樹液にやって来て、お腹いっぱいになったら周辺で憩んでいるのだ。で、また腹が減ると、再び樹液に訪れるものと思われる。その合間に交尾も行われるのではなかろうか。それだと、途中でピタリと飛来が止まる謎にもスッキリと説明がつく。餌場はオスとメスとの出会いの場でもあるのだ。

 
【フシキキシタバ】

 
しかし、交尾しているカップルは1つも見つけられなかった。出歯亀作戦、失敗である。

ウスイロキシタバは、結局1頭も飛んで来なかった。
とはいえ、さしたるショックは無かった。昼間に山の植物層を見て、殆んど諦めてたもんね。
ウスイロキシタバの幼虫の食樹はアラカシだと言われている。どうやら、そのアラカシが多く生える豊かな照葉樹林が棲息地みたいなのだ。でも此処は乾燥した二次林って感じで、あまり居そうには見えなかったのである。
まあ、そのうち会えるっしょ。

 
2019年 6月17日

この日から本格的なウスイロ探しが始まった。
でも場所の選定には迷った。『ギャラリー・カトカラ全集』には、関西なら何処にでも居るような事が書いてあったが、調べてみると意外と文献記録が少ないのだ。ネットを見ても、関西のウスイロの記事は少ない。

場所は武田尾方面と決めた。
理由は、わりかし最近の記録があるし、ナマリキシタバの下見もしておこうと思ったのだ。またしても一石二鳥作戦である。虻蜂取らずにならぬ事を祈ろう。

 

 
ここは国鉄時代の旧福知山線が走っていたのだが、跡地が遊歩道になっている。
でもトンネルだらけで、昼間でもメッチャ怖い((( ;゚Д゚)))

 

 
昼間でコレなんだから、夜なんて想像に難くない。チビるに充分なシュチエーションだろう。
いや、超怖がり屋としては恐怖のあまり発狂するやもしれぬ。2年目ともなると夜の闇にもだいぶ慣れてきたとはいえ、トンネルはアカンで、Σ(゚Д゚|||)アカンでぇー。

 

 
トンネルを抜けたら、又トンネルってのが何度も続く。長くて出口が見えないトンネルだってあるから、バリ怖い。カッちゃんだったら、髪の毛ソッコー真っ白やな。

 

 
ナマリキシタバは流紋岩や蛇紋岩の岩場環境に棲息するとされている。ここは流紋岩だろう。この感じ、如何にもナマリが居そうな環境だ。

ナマリの食樹であるイブキシモツケも結構そこかしこにある。

 

 
これでミッション1はクリアだ。ナマリも何とかなりそうな雰囲気だね。7月半ば過ぎ辺りに来れば大丈夫だろう。

メインミッションの方も着々と進んでいた。
アラカシの多い森で、樹液の出ているクヌギの木を1本見つけた。有望なポイントだろう。そして、クヌギが主体だがアラカシも結構混じる雑木林でも樹液がドバドバ出ている木を見つけた。一安心だ。取り敢えず、これで戦える態勢は整った。この2つのうちのどっちかにポイントを絞ろう。

とはいえ夜が訪れるまでには、まだまだ時間がある。ナマリキシタバの幼虫記録は生瀬にもあるから、そこまで歩くことにした。それに生瀬辺りに、行きしの電車の車窓から見て気になる場所があった。山頂に赤い鳥居があって、その山が何か環境的にいい感じなのだ。そこも確かめておきたかった。もしソチラの方が良さげなら、ポイントを変えてもいい。夜の森は何処でも怖いが、トンネルは特別だ。ホラー度マックスなのだ。アソコは避けれるものなら避けたい。それが偽らざる心情だ。
その場でググると、アラカシ林も有るようだ。今日のオラ、冴えてるかも。<( ̄︶ ̄)>へへへ、早くも楽勝気分になる。

だが、生瀬までの道程はつまらなかった。イブキシモツケは結構生えているのだが、如何せん交通量の多い車道沿いなのだ。成虫のポイントとしては使えない。いくら何でも、こんなところで網を振る勇気は無い。危険だし、通報されかねない。気分が少し下がる。

生瀬に到着。
しかし、麓が住宅地で道が入り組んでおり、赤い鳥居の神社への登り口が中々見つけられない。そして、ウロウロしているうちに日が暮れてきたので断念。やむなく武田尾方面に戻ることにした。無茶苦茶歩いてるからヘトヘトだし、何だか雲行きが怪しくなってきた。

迷ったが、アラカシの森を選択することにした。ウスイロの方程式はアラカシの森だ。それに従おう。
午後7時を過ぎて暫くすると、突然闇が濃くなったような気がした。(-_-;)怖っ…。戦々恐々だが、やるっきゃない。

 

 
午後8時を過ぎても、ウスイロは姿を見せない。飛んで来たカトカラはフシキキシタバだけだった。嫌な予感が走る。
このままだと決断を迫られる事になる。此処に残って粘るか、思い切って移動するかを判断せねばならぬ。

8時半になっても、姿なし。どうする❓
この時間になっても飛んで来ないと云うことは、此処には居ないのかもしれない。それに闇の恐怖にも耐えきれなくなってきた。照葉樹の森の中は、ことさらに暗いのだ。
ヽ(`Д´)ノえーい、しゃらクセー。クヌギの雑木林に移動することを決断した。判断に迷ったら「動」だ。攻めよう。何もせずに戦いに敗れるなんて耐えられない。無策に終わる奴は滅びればよい。

樹液がドバドバ出ている木には、いっぱい蛾が集まっていた。
クソ蛾も多いが、カトカラも結構いる。
採ってみると、大半がフシキキシタバだったが、コガタキシタバも混じっていた。

だが、結局ついぞウスイロは1頭たりとも現れなかった。
(ㆁωㆁ)…。闇の中で💥💣爆死。白目オトコと化す。

 
2019年 6月19日

この日も天気が良い。
日付的には、とっくに梅雨に入っている筈なのに連日晴天が続いている。ライト・トラップをするわけではないので、特に問題があるワケではないが、連日の晴れも考えものかもしれない。乾燥し過ぎるのも良くないような気がする。ウスイロキシタバは紀伊半島なんかでライト・トラップをすると、ヤクシマヒメキシタバと一緒に飛んで来るそうなのだが、その際、雨が降ると活動が活発になると聞いたことがある。おそらくヤクヒメと同じく湿気の多い環境を好む種なのではあるまいか。そう思ったりもするからだ。

生瀬駅で降り、あの頂上に赤い鳥居がある場所を目指す。リベンジだ。
前回は北側の斜面からアプローチを試みたのだが、結局登山口を見つけられずに時間切れとなった。だから、今回は駅を出て一旦右に針路をとり、北西側から回り込んでルート探査することにした。

しかし斜面はアホほどキツいし、山へはフェンスで囲まれていて入れない。結構アラカシも生えているし、環境的には悪くないのに何でやねん❓
オマケに直射日光に晒され、((o(∵~エ~∵)o))アジィィ〜 。たちまち汗ダクになる。でもって、再び住宅地に迷い込む。もう最悪である。
結局、ぐるりと歩いて山の南東側までやって来てしまった。このままいくと、前回歩いた所にまで行きついてしまう。だったら、何処から登れというのだ❓もしかして、謎の霊的な山だったりして…。結界じゃよ、結界❗そんな山に、夜一人ぼっちで入るのか❓絶対、魑魅魍魎どもに拐(さら)われるな…(ー_ー;)
また要らぬ事を考えてしまう。基本的に超がつく怖がり屋さんだし、チキンハートのビビりなのだ。

山の南東の端まで降りてきて、やっと道が見つかった。しかも、この前に引き返した辺りだ。まさか学校の裏に登山口があるとは思いもよらなかったよ。(╯_╰)徒労感、激しいわ。ものスゲー遠回りしたし、せっかく登ったのに降りてきて、また登るのかよ。

斜面を登ってゆくが、意外と山は乾燥している。住宅地のそばだし、致し方ないか…。アラカシもあるにはあるのだが、思っていた程にはない。

山頂に辿り着く。

 

 
幟(のぼり)に光照稲荷大明神とある。「あまてらすいなりだいみょうじん」と読むのかと思いきや、まんまの「こうしょういなりだいみょうじん」と読むんだそうな。

 

 
眼下に生瀬の町が見える。
眺めは気持ちいいくらいに抜群に良い。さぞや夜景も綺麗だろう。でもここじゃ、多くは望めそうにない。また惨敗の可能性大だ。

こうゆう事もあろうかと思って、第2の候補地として岩倉山方面の下調べもしてあった。塩尾寺周辺にアラカシ林があるらしい。それに、この近くにもウスイロの記録がある。

麓に降り、宝塚駅まで歩く。郊外の一駅は遠いわ。
甲子園大学の横を抜け、山を登り始める。しかし、あまりにも坂がキツくて半泣きになる。忘れてたけど、六甲山地の斜面はキツイのだ。去年、クロシオキシタバ(註7)の時に散々ぱらそれを味わった筈なのにね。見事なまでに忘れておる。六甲と云えば、あの源平合戦の一ノ谷の戦いの鵯越えで有名なのだ。半端ない坂なんじゃよ。

「人間とは、忘却し続ける愚かな生命体である。」
          by イガリンコ・インタクタビッチ

言葉に含蓄ありそで、全くねぇー。底、浅ぇー(◡ ω ◡)
3歩あゆめば忘れる鶏アタマ。単に阿呆なだけだ。

午後5時半に塩尾寺に到着。

 

 
マジ、しんどかった。
標高は350mだが、平地から一気に登っているので、かなり高いとこまで来た感がある。

寺を越えて尾根道に入る。
樹液の出ている木を探すが、中々見つけられない。クヌギやコナラの木は結構あるのに、何で❓
それに尾根にはアラカシがあまり生えていない。見た感じではアラカシ林はもっと下にあり、そこへゆく道はどうやら無さそうだ。ピンチじゃのう。完全に負のスパイラルに入りつつある。否、既に入っとるわ。

あっちこっち探してるうちに日が暮れ始めた。

 

 
夜になれば見つけられるかもしれないと思って、日没後も探してみたが、ねぇっぺよー(༎ຶ ෴ ༎ຶ)
こりゃダメだと思い、標高を下げることにした。
そこで漸く樹液の出ている木を1本だけ見つけた。しかし、出てる樹液の量は少なく、寄って来るのはクソ蛾のみ。

 

 
夜景が綺麗だが、それも今は虚(むな)しく見える。焦りからか、心に余裕が全然ないのだ。
まだウスイロを採ったことがないので、その方程式が見えない。どうゆう環境を好むのかがワカラナイ。前回に惨敗してるから、尚更イメージ出来なくなってる。もしかしたら、これってオドロ沼にハマったのかもしれん。蝶の採集では、そうゆうことは滅多に無かったからパニックになりそうだ。何で小汚いウスイロ如きが採れんのだ。関西では普通種だと聞いてたけど、ホントかよ(-_-メ)❓
まさかの躓きに、暗澹たる気分に支配される。

午後8時40分。
このままでは惨敗必至だと思った。採れるイメージが全然湧かないのである。この感覚は大事にしてて、そうゆう時は蝶での経験で大概は惨敗に終わると知っている。ここにずっといてもロクな事は無い。ダメな場所でいくら粘ろうともダメなものはダメなのだ。
もう一人の俺が、動けと命令している。
意を決して、ここを離脱することにした。まだ今ならギリギリで何とかなる。駆け足で山を下った。

記憶では、汗ダクになりながら9時20分くらいの武田尾方面ゆきの電車に飛び乗った。
一発逆転。イチかバチかの博打(ばくち)だ。勝負師ならば、大胆に最後の一手を打とう。そこに一縷の望みを賭けよう。

                        つづく
 

追伸
2019年の採集記は1回で終わる予定だったが、結局長くなって2回に分けることにした。毎度ですが、頭の中の草稿構成力が甘い。というか、アバウト過ぎるのだ。よく考えもせず書き始めるから、こうゆう事になる。書いてるうちに構成が決まってきて、それに肉付けしてるうちに結局長くなっちゃうんだよね。熟思黙考には向いてない人なんである。喋ってるうちにするすると言葉が出てきて、自分でも、へーそうゆうこと思ってたんだねと感心しちゃうようなタイプなのだ。

 
(註1)フシキキシタバ

(Catocala separans)

上が♂で下が♀。
詳細は拙ブログの、2018’カトカラ元年シリーズの『不思議のフシキくん』とその続編『不思議なんてない』を読まれたし。

 
(註2)カトカラ同好会のホームページ
ホームページ内の『ギャラリー・カトカラ全集』のこと。
日本のカトカラ各種の写真と簡潔な解説が付与されており、カトカラの優れた入門書になっている。

(註3)カバフキシタバ

(Catocala mirifica)

(♂)

(♀)

日本のカトカラの中では、トップクラスの珍品だが、去年タコ採りしたので、本当にそうなのかな?と思ってる。
これまたカトカラ元年シリーズの『孤高の落武者』と『リビドー全開❗逆襲のモラセス』の前後編を読んでおくれやす。

  
(註4)コガタ=コガタキシタバ

(Catocala praegnax)

(♂)

(♀)

同じくコチラも元年シリーズのvoi.4『ワタシ、妊娠したかも…』と、その続編『サボる男』を読んでけろ。
それにしても、フザけたタイトルだよなあ…。

 
(註5)ワモン=ワモンキシタバ

(Catocala xarippe)

(♂)

(♀)

 
詳細は、元年シリーズのvol.2『少年の日の思い出』と、その続編『欠けゆく月』、続・続編『アリストテレスの誤謬〜False hope knight〜』を読んでたもれ。

 
(註6)アサマ=アサマキシタバ

(Catocala streckeri)

(♂)

最新作の『2019’カトカラ2年生』の解説編の第5章『シュタウディンガーの謎かけ』と第6章『深甚なるストレッケリィ』を読んで下され。暇な人は第一章の『晩夏と初夏の狭間にて』から読みませう。

こうして黄色い下翅のカトカラの幾つかを並べてみると、矢張りアサマだけが雌雄の触角の長さに相違がある。まだ全種の触角を確認してはいないけど、今のところアサマの♀だけが触角が短い傾向がある。これについては第1章から第4章にかけて書いとります。

因みに、この日は1頭だけアサマがいた。勿論、ボロボロでした。

  
(註7)クロシオキシタバ

(Catocala kuangtungensis)

(♂)

(♀)

カトカラ元年vol.9『落武者源平合戦』と、その続編『絶叫、発狂、六甲山中闇物語』を読んでおくんなまし。

何だか今回は、自分のブログの宣伝ばっかになっちゃったなあ…。

 

アリストテレスの誤謬

 

  『False hope knight

 

2019年 8月6日。

学生たちは去り、辺りは闇に包まれた。
長野・菅平高原にいる。白馬村で辛酸を舐め、大町市で何とか持ち直して、この地へと移動してきた。

菅平といえば、ラグビーの夏の合宿地としてファンならば誰しもが知っている裏の聖地とも言える地だ。
ゆえに、ポイントと決めた場所には沢山の若いラガーマンたちが夕暮れまでマジ走りでランニングをしていた。
たぶん高校生だろう。地獄の合宿ってところだ。
Ψ( ̄∇ ̄)Ψケケケ、血ヘドを吐くまで走りなはれ。それも時間が経てば、悪い思い出じゃなくなるんだから。

そういうワケで、キッチリ歩いてポイントの概要は下調べしておいた。
狙いはノコメキシタバとハイモンキシタバ、そしてケンモンキシタバである。
ノコメ、ハイモンの食樹のズミ(バラ科リンゴ属)とケンモンの食樹ハルニレ(ニレ科)は既に確認済みである。大町市で溜飲を下げ、流れも良くなってきてる。本日もミッションを遂行して凱歌をあげるつもりだ。まあまあ天才が調子に乗ったら、連戦連勝は当たり前なのだ。
Ψ( ̄∇ ̄)Ψおほほ星人が見える時は強いぜ、バーロー。

日没直後、ズミが多くあるところとハルニレだと思われる大木の周りに糖蜜を吹き付けてゆく。

暫くしてハルニレの大木前の木に、早速ケンモンらしき上翅の一部が白っぽいのがやって来た。

しゃあーι(`ロ´)ノ
余裕でシバく。

 
(2019.8.6 長野県菅平高原)

 
【同裏面】

 
幸先良いスタートだ。
その後、ピンチもそこそこ有りいのだったけど、持ち前の引きの強さでミッションを完遂した。
と、その時は思った…。
翌朝、それを蛾の若手ホープの小林真央くんにLINEで報告したら、「五十嵐さん、ケンモンと言ってるのはワモンですよ。」という衝撃の返信が返ってきた。
慌てて、送った画像を凝視する。

ガビ━━━━━ Σ( ̄ロ ̄lll) ━━━━━ン❗❗

おっしゃる通り、紛れもないワモンキシタバだった。
( ; ゜Д゜)何で❓、(;゜∀゜)何で❓
一瞬、狐に摘ままれたように(・o・)キョトンとする。もしかしたら、闇のイタズラ者ゴブリンにすり替えられたとか❓

暫く考えて得心がいく。
先ず、こんな時期にワモンがいるなんて云う概念が全く無かったのだ。続・ワモンキシタバ『欠けてゆく月』の回でも書いたように、関西では6月後半になるとボロばっかなのだ。8月にまさか鮮度の良いワモンがいるだなんて全く頭に無かった。ゆえに、てっきりケンモンだと思ってしまったのだった。

ワモンがズミも食樹としていると云うのも、完全に失念していた。ワモンの食樹といえば、関西ではウメ、スモモというイメージが強い。関西にはズミなんて殆んど生えてないのだ。

とはいえ、メチャクチャ格好悪い。
我ながら情けない事、この上ない。
でもさあ…、ネット見たら同じ間違いをしてる人が何人かいるじゃないか。アホなのは、ワシだけではないのだ。ちょっとだけホッとする。

考えてみれば、あのソクラテスやプラトンに並ぶ偉大な哲学者アリストテレスだって、現在ではその考えに多くの誤りがあるとされているのだ(註1)。ワシみたいな凡人が間違うのも当たり前じゃないか、(# ̄З ̄)ブー。

こういうのをボーンヘッドという。
コレで意気消沈。運が逃げて再びスランプに陥っていったのだった。ぽよよ( ;∀;)

                    おしまい

 
その時採ったヤツの展翅画像を載せておこう。

 
【ワモンキシタバ Catocala xarippe】

 
2頭とも♀である。
今年、関西では綺麗な♀が採れなかったので、まっいっか…。

 
追伸
今回は、謂わば『続・続 ワモンキシタバ』だすなあ。
メインタイトルも最初はそうしてた。でも何か気に入らなくて、現在のタイトルに変えた。

サブタイトルは、フォールス・ホープ・ナイトと読みます。
意味は「ぬか喜び」や「あらぬ期待」といったところ。
“false”は「間違った」「事実に反する」「偽った」などで、”hope”は「期待」「希望」。ナイトは「夜」ではなくて「騎士」の方です。意訳すると、「糠喜び侍」だ。
あっ、今にして思えばタイトルは「フォールス・ホープ・サムライ」にしても良かったな。直さないけど。
えっ?、騎士は馬に乗っているとな。「あんた、馬に乗って虫採りしとるんかい❓」とツッコミが入りそうだが、騎士は中世ヨーロッパにおける戦士階級の呼称、総称としても使われている。領主に仕え、武芸・礼節などの修業を通じて、騎士道を実践したものは皆ナイト(騎士)なのだよ。

メインタイトルについて誤解のないように言っとくと、流石に自分を偉大な哲学者アリストテレスになぞらえるだなんて不遜な考えはない。そこはシッカリ言っときますね。

何か、やっぱ調子悪いなあ…。あんま納得いく文章が書けないや。

 
(註1)アリストテレスの考えの誤り
誤謬の多さにもかかわらず、その知的巨人さゆえに、またキリスト教との結びつきにおいて宗教的権威付けがされたため、彼の知的体系全体が中世を通じ疑われることなく崇拝の対象となった。これが後にガリレオ・ガリレイの悲劇を生む要因ともなる。
中世の知的世界はアリストテレスがあまりにも大きな権威を得たがゆえ、誤った権威主義的の知の体系化がなされた。しかし、その後これが崩壊することで近代科学の基礎が確立し、人間の歴史は大きく進歩したとも言われる。
補足すると、アリストテレスの誤りの原因は、もっぱら思弁に基づいた頭で作り上げた理論でしかなく、事実に立脚していなかった。それゆえ近代科学によって理論の崩壊をみたが、それがその後に「Fact finding(事実を見出だしてゆくこと)」が新しい原理となったとする見解がある。

 

続・ワモンキシタバ

 
   『欠けゆく月』

  
 2019年 6月28日。

ウスイロキシタバにかまけていたので、中々ワモンを狙いに行けなかった。そして、ようやく本格的に始動したのがこの日だった。
ワモンキシタバの発生は6月中旬からと言われるているのに、もう水無月も終わろうとしている。
狙うにはちょっと遅いかも…と不安が無いではなかった。でも、この時はまだ楽観的だった。カトカラは意外とダラダラと発生する面があるから、まだキレイな個体も採れる筈だと踏んでいたのだ。

去年、ワモンキシタバを採った矢田丘陵方面へ行く。
ここ最近は北ばかり攻めていたから、久し振りの来訪だ。今回も小太郎くんが途中から参戦してくれた。

だが、樹液にはフシキキシタバと普通のキシタバしかやって来ない。となると、考えざるおえない。このまま此処で待つべきか、それとも他へ移動すべきか思案のしどころだ。
此処でグシュグジュと判断できずに時間を浪費すれば、敗北が待っていると感じた。それに、そもそも此処でワモンを採るのは偶発性に頼るしかないとも思っていた。ならば、判断は迅速であるべきだ。判断がトロい奴は、欲しいものを手に入れることは出来ない。残り少ない時間の中で最善の策を尽くそう。

小太郎くんの車で信貴山方面へと移動する。
今回は灯火の方が確率が高いと読んだのだ。理由は確として自分の中にはあるのだが、言葉には出来ない。何となくだ。こういうのを、世間では勘と呼ぶんだろう。

着いたら、建物の三角形の屋根の庇の裏側にらしきものが止まっていた。高さ5mってところか。
でも三角形の屋根だから庇が斜めになっている。角度的に右側から攻めるか左から攻めるか微妙だ。思いあぐねているうちに、左右に動かした網に敏感に反応され、どこかへ飛んで行かれた。(;゜∇゜)あららららら…。
(`ロ´;)ガッデーム❗迷うとロクな事がない。己の判断能力のトロさを呪う。
まあ、ただのクソ夜蛾(ヤガ)だったかもしんないし、ここは気持ちを切り替えて忘れよう。

暫くして、庇の側面に止まっているのを発見。九分九厘、さっきと同じ奴だ。いつの間に( ; ゜Д゜)❓ 二人とも全然気づかなかったよ。

今度は真っ直ぐに網を伸ばし、叩いた。
網に入った感触はある。半信半疑で中を確認する。

d=(^o^)=bイエーッい、やはりワモンキシタバだった。しかも♂は初ゲットである。これで文章が書ける。ホッと胸を撫でおろす。

 

 
しかし、上翅にメリハリがなく、思っていたほどには美しくない。高校生の時に、紹介してもらった女の子が、期待していたほどキレイじゃなかったことを思い出した。

翌日に展翅しても、その印象は変わらなかった。
 

  

 
メリハリが無くて、全体にぼうーっとしてる。
翅こそ破れていないが、鮮度は今一つな気がする。
やはり、遅かったか…。

 
  
 2019年 7月1日。

天気の関係で動けず、とうとう7月に入った。
(`ロ´;)クッソー、思い起こせばウスイロキシタバ探査での初動捜査の失敗が今に響いている。本来ならば一発ビンポイントで探査は終わっていた筈なのだ。そこで我慢して待っていればビンゴだったのに、別ポイントへ移動してしまったのだ。この見切りの早さが結果的にその後の迷走に繋がった。新米刑事イガー、忸怩たる思いだ。ヤバいかも…。ワモンキシタバの♀の逮捕は厳しい状況にある。月が欠けゆくようにチャンスは確実に細まってきている。
でも、あとは翅の破れていない♀さえ採れれば合格ラインだ。それで、次のステージへと進める。前向きに考えよう。真のハンターは強靭な精神力で必ずや何とかする。それが無ければ敗北という名の恥辱にまみれるしかない。

 
この日も同じパターンだった。
小太郎くんと矢田丘陵で樹液に飛来するのを待ったが、来る気配が無いので、諦めて信貴山方面の灯火回りへとシフト・チェンジする。こないだの三日月の形からすれぱ、今夜辺りの月齢は新月に近い筈だ。月が無い夜は灯火への蛾の飛来が多いというから期待しよう。

9時台半ば過ぎだった。闇の奥からカトカラらしきものが、パタパタと真っ直ぐに飛んできた。
緊張が走る。大きさ的に普通の糞キシタバよりは一回り以上小さいし、フシキキシタバならば、もっと裏側の色が明るい。コガタキシタバだってもっと明るかった筈だ。もしかして、( ; ゜Д゜)ワモン❓

そして、そのままペタッと建物の壁に止まった。
高さは2、3mくらい。その特徴的な上翅、間違いない。ワモンキシタバだ。こないだの個体よか大きく見えた。♀❓ もし♀ならば、参戦2回目にしてゲームセットだ。ウスイロで迷走したとかそんなもんは、それで一発チャラにできる。

壁面を軽く叩き、難なくゲット。
しかし、かなりスレた♂だった。
あ〰(~O~;)。

裏返すと、やはりあまり黄色くない。

 

  
この時期にいる他のカトカラは裏がもっと濃い黄色だから、飛んでいる時に薄黄色っぽいものは本種と思って間違いないだろう。但し、ボロのフシキキシタバもいる事は念頭に入れておきましょうね。

あっ、ゴメン。ウスイロキシタバの事を忘れてたよ。

 
【ウスイロキシタバ Catocala intacta ♀】

 
(裏面)

 
黒帯がウスイロの方が細い。
でも大きさもほぼ同じだし、飛んでいるのを下から見て両者を判別するのは至難の技だろう。カトカラは結構な高速で翅を回して飛んでいる。灯火や樹液に飛来する時はホバリング状態とはいえ、帯は見えてもその細かい形まではハッキリとは見えない。
とはいえ、慣れれば雰囲気で看破できると思うけどさ。

 
粘って、その後小太郎くんの力も借りて2頭を追加。
しかし何れも♂で、やはり鮮度は良ろしくない。
どうやら、やっぱり来るのが遅かったようだ。でも一晩で3頭も採れたという事は、偶産ではない。間違いなく此処には確実にいると言えるだろう。♀ならば、まだ鮮度は良いかもしれぬと期待する。
しかし、結局午後11時15分まで待っても飛んで来ず。失意を抱えて、その場を離脱した。

車窓を闇が擦過してゆく。
同時に想念も擦過してゆく。思えばウスイロの探索に力を注いだのは、場所を何ヵ所も攻める予定だったからだ。その折に、ついでに何処かでワモンも採れるだろうと楽観視していたのである。
でも宝塚市、西宮市、池田市、箕面市、奈良市と回っだが、結局どこでもワモンの姿を見ることは一度としてなかった。やはり西日本では、そうは簡単に採れないカトカラなのかもしれない。その思いを強くした。

気がつけば、さっきまで厚く垂れ込めていた雲の隙間から、細くてちっちゃな月が覗いていた。

 
                  おしまい

 
追伸
翌日、ざっと1時間くらいで文章を書き終えたのだが、その後、記事をアップするために細かい所を直し始めたら、全然しっくりこず。大幅に書き直す破目になってしまった。で、最初の時の5倍以上の時間を要した。死ねばいいのに(#`皿´)、苛々して思いきりスマホを叩きつけてやった。
あっ、またやっちまったな( ; ゜Д゜)と思ったが、今回はたまたまベッドだったのでセーフ。
文章を書くのには、毎度の事ながら疲れる。他人から見ればクソみたいな文章でも、いざ書くとならば、そう簡単ではない。

この日に得たワモンも一応展翅した。

 

 
これは上翅にメリハリがある。
スレているとはいえ、やはり本来は美しいカトカラなのだと納得する。

 

  
触角を怒髪天にしてみた。
クソ展翅だ。(-_-)死ねばいいのに。

だいぶと下翅の黄色が褪せているのだと解る。
新鮮な個体ならば、この黄色がもっと鮮やかで美しいのだろう。

 

 
最後に採ったものは翅が破れていた。
これは型も良く、それなりに触角も決まっているのに残念だ。(-_-)死ねばいいのに。

展翅はこんなもんじゃろう。
去年よりも上翅を下げて、皆が良しとしそうなところで整えた。
とはいえ、思っていた以上に翅が傷んでいるのにショックは隠せない。
このまま♀を探し回っても、良い結果は得られないと思った。それに7月半ばに長野辺りに遠征すれぱ、まだ会える可能性は残されている。とはいえ、そのシチュエーションはあまり嬉しくないか…。狙って採ってこそ、歓喜とカタルシスがあるからね。
まあ、どうでもいい。ワモンは、もう過去だ。ここはスッパリと諦めて、ターゲットをカバフキシタバに絞ることにしよう。

 
追伸の追伸
ワモンキシタバの発生期を6月中旬からと書いたが、確認してみると6月上旬だった。この翅の傷み具合からすると、納得だ。6月上旬には出ていた可能性が高い。発生期を間違えたのは去年唯一採った1頭(♀)が6月26日の採集で、新鮮な個体だったからだろう。だから6月中旬の発生だと勝手に思い込んでしまったんだと思う。
(-_-)死ねばいいのに。

前回、キララキシタバからワモンキシタバが分かれて南下して分布を拡げた云々みたいな事を書いたが、今はその逆ではないかと思い始めている。
つまり、最初にワモンキシタバ有りきで、ワモンからキララキシタバ(Catocala fulminea)が分化したのではなかろうか❓
新しく分化した種の方が、どちらかと云うと環境に対する適応力があるように思われる。ゆえに一挙に分布を拡大したという例も多いような気がする。考えてみれば、ワモンよかキララキシタバの方が分布は広い。キララの原記載はヨーロッパだから、ヨーロッパから東に分布を広げたような気になりがちだが、極東からヨーロッパに分布を拡大した可能性は否定できないと思うんだよね。
 
その後、ワモンキシタバは8月にも採れた。
♀で、しかも鮮度も良い個体だった。

 

 
場所は長野県。これについては色々あったので、別稿で書こうかと思ってます。

 

2018′ カトカラ元年 其の弐

 

    『少年の日の思い出』
   vol.2 ワモンキシタバ

 
 
2018年 6月26日。
シンジュサンのまだ♀が採れていないので、再び矢田丘陵方面へと出掛けた。今回も小太郎くんが途中から参戦してくれた。

午後9時から10時の間くらいだったろうか、水銀灯まで来たら、小太郎くんが『あっ、たぶんワモンかな❓』と言って突然左手の建物の壁に近づいて行った。
(・。・)ワモン❓、何じゃそりゃ❓と思いつつ、後ろをついてゆく。

そこには見たことのない渋い柄の蛾が止まっていた。

『これって、もしかしてカトカラ❓』
『あっ、そうです。たぶんワモンキシタバですね。西日本では、けっこう珍だから採っといた方がいいですよ。』

小太郎くんは蝶屋で蛾は集めていないので、何だかよくワカンナイけど有り難く戴いておくことにする。
特に緊張もせず、上から毒瓶を被せる。
でも、さしたる感激はない。この時は絶対に欲しいとか採りたいと云う気持ちが希薄だったからだ。シンジュサン探しのオマケみたいなもんで、まだカトカラを集める気などさらさらなかったのだ。

しかし、翌日展翅してみて驚いた。
( ☆∀☆)ワオッ❗、何か渋カッケーぞー。

 
【ワモンキシタバ Catocala xarippe ♀】
(2018.6.26 奈良市中町)

 
【裏面】

 
何となく和のイメージを感じた。水墨画や枯山水を思わせる上翅の柄が、とてもシックだ。前回のフシキキシタバとはまた違った魅力がある。

蛾の展翅などあまりした事がないので、鬼のごたるイカついフォームにしてやったでごわすよ。まだ蛾は自分の中では魑魅魍魎、邪悪なモノと捉えていたから、こないな風にセオリーを無視した形になったのだろう。
チョウの展翅は蝶屋なんだから、誰が見ても綺麗なものに整形したいと思うが、蛾なんてどう思われようと構わないと云う意識があった。だから、そういう他人の目からは解放されてた。たかが、蛾。何を言われても関係ない。つまり自由だった。批判を恐れず、好きに展翅できた。今はそういうワケにはいかないけどさ。

当時の事は詳しく憶えてないが、フシキ、ワモンと美しいカトカラが続き、これでカトカラ熱が一気にヒートアップした気がする。謂わば、このワモンキシタバがキシタバを集めるキッカケの決定打となったかもしれない。
今にして思えば、この順番に意味があった。これがアサマキシタバや普通のキシタバ、マメキシタバなんぞという並びだったら、きっとカトカラには嵌まっていなかっただろう。何事においても順番は大事だ。蝶に嵌まったのも、最初の出会いがギフチョウで、そのあとにキアゲハ、クロアゲハ、カラスアゲハ、ミヤマカラスアゲハ、スミナガシ、イシガケチョウ、ウラジロミドリシジミ、オオムラサキと云う流れがあったからだと思う。
これって、少し恋愛に似ているかもしれない。女性の好みなんかも出会った順番に影響されてるところはあると思う。いつもながらのチャラい喩えでスンマセン。
でも、本質的には同じだろう。

しかし、標本になったのは、結局この♀1頭のみだった。他に二度ほど樹液に飛来していたものを見ているが、何れもボロだったので持ち帰らなかったのだ。
小太郎くんが言った通り、やはり西日本では分布は広いが個体数は少ないようだ。因みにだが、奈良県では準絶滅危惧種に指定されている。小太郎くん曰く、奈良市ラベルのワモンなんて持ってる人はあまりいないんじゃないかと云うことだ。フシキキシタバの時もそうだったけど、アチキはそういう風に珍しいとか稀だとか貴重だと言われると、途端にカッコよく見えたり、美しく見えたりする性質(たち)みたいだ。ようは、根が珍品好きのミーハーなんである。

それにしても、何で西日本では少ないんだろう❓
中部地方以北の東日本では、わりと何処にでもいるらしい。但し、東日本でも個体数は少なくて、同一地点で一度に多数の個体を得るのは容易ではないようだ。何で❓これまた謎である。
この辺の疑問を解くために、ワモンキシタバについて改めて調べてみることにした。普段は展翅し終わった瞬間に興味を失いがちなので、今回のように存在も知らなかったのに採れた場合はロクに知識を得ようとはしないのだ。テキトー男と言われる所以である。

一通りググってみて、矢鱈とドイツの作家へルマン・ヘッセの『少年の日の思い出(原題Jugendgedenken)』についての記事が多い事に気づく。
勿論、文豪の名作だから読んだことはあるけど、ヤママユ(クジャクヤママユ)の事は何となく記憶はしているけれど、ワモンキシタバなんて出てたっけ❓

この短編小説は1947年から現在に至るまで多くの中学校の国語の教科書に採用されてきたから知っている方も多いだろうが、一応あらすじを載せておこう。

『語り手である「私」のもとを訪れた友人の「僕」が、子供と一緒に最近始めたというチョウやガの標本を見せられる。しかし主人公である「僕」は美しい標本から目をそむける。なぜなら、蝶(蛾)の標本にまつわる辛い記憶があったからだ。やがて「僕」はその少年の頃の辛い思い出を少しづつ語り始める。
「僕」は蝶の収集に情熱を燃やしていた少年の頃、青くて美しいコムラサキ(註1)を捕える。いつもは妹にしか見せなかったが、あまりにも珍しいモノだったので、その展翅した蝶を隣に住むあらゆる面で優等生だが嫌な奴でもあるエーミールに見せた。彼は蝶や蛾に詳しく、その展翅にも長けていたのである。しかし、彼はその珍しさを認めながらも「僕」のその展翅技術の稚拙さを厳しく批評した。
二年後、「僕」が最も熱烈に欲しがっていた美しい蛾クジャクヤママユをエーミールが蛹から羽化させたと聞き、彼の部屋を訪ねる。しかし、エーミールは留守だった。どうしても一目みたいと思った「僕」は、部屋へ勝手に忍び込む。そして、誘惑に負けて展翅板に乗ったクジャクヤママユを盗み出してしまう。すぐに良心と不安から戻そうとするのだが、その時にはクジャクヤママユはポケットの中でバラバラに壊れてしまっていた。一度は逃げ出しだが、罪の意識に耐えきれずに打ち明けた母にも促されて「僕」はエーミールに自分の罪を告白する。そして、お侘びとして大切な自分のコレクションを全て差し出すことを提案した。
だが彼は許さなかった。しかし激高することもなく、ただ冷ややかな目で「僕」を侮蔑する。

「そうか、そうか、つまりきみはそんな奴なんだな。」

そして「僕」の提案を拒絶する。

「結構だよ。僕は、君の集めたやつはもう持ってる。そのうえ、今日また、君がチョウやガをどんな風に取り扱っているか、ということを見ることができたさ。」

その夜、「僕」は家に帰ると、あれほどまでに情熱を注いで作った自分のコレクションのチョウやガを全て指で粉々に握りつぶしてしまう。』

 
【クジャクヤママユ】
(出展『Lepiforum』)

 
なぜ文中にワモンキシタバの記憶が無かったのかという疑問は早々と答えが予想できた。
たぶん自分の読んだ本には、そもそもワモンキシタバの名前が無かったのであろう。これは翻訳が二つあるからだと推測している。ようするに、翻訳者が二人いるのである。最初の翻訳者が高橋健二さん。新たに訳されたのが、その弟子でもある岡田朝雄さんだからだ。
岡田朝雄さんといえば、ドイツ文学者にして虫好きとしても有名である。日本昆虫協会副会長や日本蝶類学会理事を務められてもいるから、虫採りを長くしている者ならば、大概はその名前くらいは知っているだろう。
一方、高橋さんはドイツ文学についてはプロフェッショナルでも、虫についてはド素人だったに違いない。つまり、岡田さんは新訳を手掛けるにあたって、文中に出てくる虫の名前を正確に訳しなおそうと思ったのではないだろうか。それが虫屋の性(さが)だし、そうしなければ虫屋としての沽券にもかかわる。
ヘッセも元々が虫好きだから、モデルに選んだ蝶や蛾には当然意味や意図があった筈だと考えるのが虫屋の目線だ。しかし、虫好きではない高橋さんからは、そういう発想は生まれえない。蝶や蛾に詳しくないので、出てくる蝶や蛾の名前を特定しなかった、もしくは出来なかったのだろう。
ようは出てくる美しい蝶や蛾の名前には、それ自体にそれほど重要性はなく、少年たちにとってそれがとても大切なものだということさえ伝わればいいと云うスタンスだったのだろう。あくまでもメタファーであって、モチーフに過ぎないという扱いだ。だから、それが蝶であろうと蛾であろうと構わないというワケだ。況(ま)してや種名まて特定することに、さしたる意味など無いと考えたのであろう。ゆえに高橋さんは蛾でも蝶と訳されたのだと思われる(註2)。
それはそれで。間違っちゃいないんだけどね。ガと訳すよりもチョウと訳す方が、日本人には馴染みやすく、物語に違和感なく入っていけるからね。そういう計算はあったと思う。
とにかく、蝶や蛾はあくまでもメタファーであって、それがガラス細工など美しくて壊れやすいものだったら何だっていい。それで物語は成立するのである。
繰り返すが、しかしヘッセは虫好きだから、そこに必ず意味を持たせていた筈だ。だからわざわざ登場する蝶や蛾を種名で載せたのである。虫好きの少年たちにとっては何と云う名前の蝶や蛾かは、とても大事なのだ。子供であったとしても、真の虫好きは憧れの虫は死ぬほど欲しいのだ。ヘッセはそこにリアリティーを持たせたかったのだろう。それが虫屋の岡田さんには解ったのである。
そして岡田さんは、作品冒頭の場面で「私」が自慢気に「僕」に見せる、従来は「蝶」と訳されていた箇所に新たにワモンキシタバの名前を入れたのだろう。

これで、なぜ文中にワモンキシタバの記憶が無いのかと云う謎が解けた筈だ。きっと高橋訳では名前が出てこないからである。おそらく自分が読んだのは高橋訳だったのだろう。だからワモンキシタバの記憶が無いのかもしれない。

と、ここまで書いて、一応確認のために高橋訳をネットで探してみた。
\(◎o◎)/ゲロゲロー。
何と高橋訳でも、ちゃんとワモンキシタバの名前があるじゃないか❗❗
Σ( ̄ロ ̄lll)えー、って事はここまで苦労して書いた文章が全部、ムダ、ムダ、ムダ、ムダ、ムダ、ムダ、ムダ、ムダ、ムダ、ムダー、無駄じゃないか。

名探偵イガーが一所懸命に構築してきた推理の塔が、スローモーションでガラガラと瓦解してゆく。
アメユジュ トテチテ ケンジャー(T△T)

でも、そんな事はあるまいと思いなおす。へっぽこ名探偵は尚も推理する。せっかく書いた文章を消すのはイヤだから、めげないのだ。
💡ピコリン。そっかあ…。もしかしたら、高橋訳自体にいくつかのヴァージョンが存在するのかもしれない。
これは大きな図書館に行って、確かめなければならぬ。(・┰・)メンドクセー。

けんど、その前にジュンク堂書店で問題は解決した。
一応、文庫本の岡田訳を見てみようと思ったのだ。その辺の経緯を岡田さんが、あとがきに書いているかもしれないと思ったのだ。

 
  (出展「Amazon」)

 
💥ビンゴ❗あった。
へっぽこ名探偵イガーの面目躍如だぜ。
これで一挙に疑問が氷解した。
早速、あとがきの一部を引用しよう。

「大学院時代、私は高橋先生に教えを受ける機会に恵まれた。大学院の仲間たちと出した”Wohin?”というガリ版刷りの同人雑誌に、私は「ドイツ文学に現れる蝶と蛾」という小論文を書いた。ヘッセ、カロッサ、シュナックなどの作品に出てくる蝶や蛾を、引用文とともに解説したものである。もちろん『少年の日の思い出』も取りあげた。
これが高橋先生の目にとまり、「一度家へ来て、蝶や蛾の話をしてくれないか」と言われた。私は、ドイツから取り寄せた蝶や蛾の標本や図鑑を持ってお伺いした。残念ながらそのときには三種類のクジャクヤママユの標本だけは持っていなかった。私は、中学のときに『少年の日の思い出』を読んだこと、この作品に出てくる蝶や蛾の名前に疑問をもっていたことなどについてお話しし、ヨーロッパ産の蝶や蛾の標本や図鑑をお見せした。そして、Gelbes Ordensband は「黄べにしたば蛾」ではなく「ワモンキシタバ(輪紋黄下翅蛾)であること、Nachtpfauensuge は「楓蚕蛾」よりも「クジャクヤママユ(孔雀山繭蛾)」とした方がよいのではないか、などと申し上げだ。」
先生は私の話を興味深く聞いてくださり、先生がヘッセから直々いただいたという『少年の日の思い出』の原文を見せてくださった。それは前述のように地方新聞の切り抜きであった。それを拝見して、私はそこにひとつミスプリントがあるのを見つけた。ワモンキシタバの学名 fulminea が tulminea になっていたのである。これは誤植であると気づかれぬまま、翻訳では「ツルミネア」、郁文堂のドイツ語テクストでも tulminea となっていた。先生は、訳文も、ドイツ語のテクストも訂正してくださると約束してくださった。」

マジ、(*^3^)/~☆ホッとしたよ。
って事は、高橋訳にもいくつかヴァージョンが有りそうだ。

 
しかし、そのワモンキシタバの学名が近年変わった。
いや、正確にはドイツのものは何ら変わっていない。
スッゲーややこしいんだけど、日本のが変わったのだ。次の学名の項で、それについて記述したいと思う。ホント、スッゲーややこしいから説明すんのヤダなあ…。

 
【学名】Catocala xarippe(Butler, 1877)

〈分類〉
ヤガ科(Noctuidae)
シタバガ亜科(Catocalinae)
カトカラ属(Catocala)

2009年12月に、今までワモンキシタバとしていたものの中に2種類が混じっていることが発表された(註3)。
北海道の中央から東部の一部に棲息するワモンキシタバが別種キララキシタバとなり、従来ワモンキシタバに宛てられていた学名 Catocala fulminea が採用された。そして、新たに「kamuifuchi」という亜種名が付与された。これは北海道産のものの方がヨーロッパの原記載亜種に近いと判断されたからだろう。
一方、それ以外のモノは和名をそのままのワモンキシタバとし、以前の学名 Catocala fulminea xarippe の亜種名 xarippe を種名に昇格させた。
これは亜種から種への格上げで新種記載とも取れるが、この学名は既に記載されていて、新種とはならないようだ。
とはいえ、何で新種記載にならないのか今イチ解らんなあ…。普通、こういう場合は新種になる筈だよなあ。
そもそもキララキシタバの和名は新種だけど学名は新種じゃなくて新亜種で、ワモンキシタバは和名がそのままで学名は新種っぽいって、どーよ(# ̄З ̄)❓ワケわかんねえや。
こうなると、キララキシタバは種名(学名)がワモンキシタバで、亜種名がキララキシタバという、益々ややこしい解釈(言い回し)をする人だっていかねない。ホント、学名と和名があるのって面倒クセーよ。でも和名がないと困ることも多いから、致し方ないよね。

でもって、北海道のワモンキシタバが原記載亜種とされ、Catocala xarippe xarippe の学名が与えられた。
フツー、本州・四国のものが原記載亜種に指定されそうなもんだけどなあ…。
でもこれはたぶん日本で最初に Catocala fulminea の亜種として記載された ssp.xarippe の模式標本が北海道産だったからだろうね。
ややこしいなあ、もうー(/≧◇≦\)
説明してるこっちもこんがらがってきたよ。
因みに北海道産ワモンキシタバは後翅黒帯が個体により幾分変異があり、本州・四国産と比べて黒化傾向が強いようだ。

 
(出展「南四国の蛾」)

 
確かに黒いね。
あんま綺麗じゃないけど、カトカラを真剣に集め始めたら欲しくなるんだろなあ…。

そして本州・四国のモノには ssp.okitsuhimenomikoto という新たな亜種名が与えられた。
語源はおそらく奥津姫命(奥津比売命)の事だろう。
奥津姫命は竈(かまど)の神であり、火所を守護する神聖な火の神てもある。これはたぶん下翅の色になぞらえたものだろう。悪くない名前だけど、それにしても矢鱈と綴りが長いよね(笑)

国外には、ロシア・沿海州に亜種 santanensis が産する。語源は語尾に”ensis”とあるから santan と云う所で最初に採られたからではなかろうか❓ラテン語だと、この「ensis」という語尾かつくと「~産の」という場所を表す形容詞になり、生物の学名にはよく用いられるからだ。

種名の xarippe の語源は調べてもわからなかった。植物に類似の学名もなく、ヒントすら掴めなかった。何かと何かを組み合わせた造語かもしれない。
元々の小種名で、今はキララキシタバに使われている fulminea の語源は、たぶんラテン語由来で「稲妻」とか「電撃」といった意味かな。おそらく上翅のデザインから連想されたものと推察される。

因みに、jpmoth(www.jpmoth.org)というネットで最もポピュラーな蛾のサイトでは、学名が変更されておらず、以前のままの Catocala fulminea xarippe となっている。キララキシタバを認めてないって事なのかな❓
だとしたら、業界のドロドロの権力闘争が水面下で暗躍してたりして…。怖いなあ。こんな蛾の門外漢が言いたい放題ばっか書いてると、抹殺されるかもしんないぞー。(@_@;)ヤバイよ、ヤバイよー。

 
【和名】
この文章を書くまでは、ずっとワモンキシタバは「和紋黄下羽」だとばかり思っていた。和のテイストを感じていたからだ。しかし、そうではなくて「輪紋黄下羽」、もしくは「輪紋黄下翅」が正しいようだ。
スマンが間違いに気づくまでは、全然輪状紋に見えなかったよ。正直、気づいたあとでも微妙だなと思う。もっと他に名前のつけようだってあっただろうに…。

 
【分布】
北海道、本州、四国。
九州では見つかっていない。また、四国では香川県のみでしか確認されていない。海外では極東ロシア(ロシア南東部)に分布する。
北海道ではキララキシタバと混棲する場所も多くあるようだ。って云うことは、やはり別種ってことか…。
でもパッと見、特に野外では余程の熟練者でもないかぎり両者の区別は出来ないようだ。中には標本にしても微妙な個体もあるらしい。

遅ればせながら、参考までにキララキシタバの画像も貼付しておこう。

 
《キララキシタバ》
(出展「南四国の蛾」)

 
(出展『昆虫情報センター』)

 
上が♂で、下が♀である。
より黄色い感じはするが、ワモンキシタバとソックリだ。よくこんなの別種だと見抜いたよね。スゴい慧眼だと思う。

石塚勝巳さんの『世界のカトカラ』には、両者を見分ける点が幾つか挙げられていた。

①ワモンは上翅の中央部がキララよりも白くなる傾向がある。
②後翅の内縁がキララより黒くなる傾向がある。
③後翅頂黄色紋はキララよりも淡くなる傾向がある。
④上翅裏面は白化する傾向があり、個体によっては淡黄色になることもあるが、キララのように明らかな黄色とはならない。
⑤ワモンよりもキララの方が相対的に小型である。

結構、微妙だなあ…。傾向があるとか曖昧な言葉が多いしさ。見分けるには、ある程度の経験が必要そうだ。
この程度の差違だと、中には両者を別種と認めない人もいるかもしれないね。
ところで、キララの幼生期って解明されてるのかな❓(註4) 明らかな違いがあれば、間違いなく別種だろうけど、区別がつかなかったら怪しいよね。
それはそうと、遺伝子解析は終わってるのかなあ❓(註5) その結果いかんで、どっちなのかは割りかしハッキリするよね。

成虫の垂直分布は比較的広く、平地から山地までの比較的開けた里山周辺や高原の疎林などに生息している。どうやら標高1500mくらいまではいるようだ。結構、標高の高いところまでいるんだね。

 
【レッドデータリスト】
大阪府、奈良県、香川県では、準絶滅危惧種に指定されている。
自分は奈良県で採ったから、ラッキーな出会いだったんだね。

 
【発生期】
6月中旬頃から出現し、少数が9月まで見られる。

 
【生態】
開張 53~56㎜。
成虫はクヌギやミズナラ、ヤナギなどの樹液によく飛来する。
日中は樹幹に頭を下にして静止している。飛翔して幹に着地した時には上向きに止まるが、瞬間的に体を反転させて下向きとなる。その際、後翅の黄色い斑紋をチラリと見せるという。
とはいえ、夜間は上向きに静止しているんだよなあ。
何で昼間は逆さに止まるんだろね❓
殆んどのカトカラもそうみたいだし、某(なにがし)かの意味があんのかね❓ 例えば、逆さまにならないと寝れないとかさ。ところで、そもそも蛾って眠るのかね❓
考えてみたけど、相応の理由が思いつかないや。

 
【幼虫の食餌植物】
バラ科のズミ、ウメ、スモモ、アンズ、リンゴ、エゾノリンゴ、サクラ類(マメザクラ、ヤマザクラなど)。
『原色日本産蛾類図鑑(下)』では、他にナシ、サンザシも挙げている。

ワモンキシタバが西日本では稀なのは、おそらく幼虫の食樹と関係があるのではないかと推測していた。
基本的な食樹はズミで、ウメやスモモ、アンズなどは、二次的利用ではないかと考えたのだ。関西では、あまりズミやズミの花のことを聞かないからである。つまり、ズミは北方系の植物ではないかと考えたってワケやね。
だが、ズミの事を調べてみたら、見事にアテが外れた。ズミの分布は広く、北海道、本州だけでなく、四国や九州の山地にも自生するようなのである。
いきなり壁にブチ当たって、早々とお手上げとなった。とはいえ、これで匙を投げるのも癪だ。何か糸口を探そう。

食樹にはリンゴやエゾリンゴも挙げられている。
これらは北方系のものだろう。日本での栽培は主に長野から北だし、原産地は北部コーカサス地方が有力視されているから、これは間違いないだろう。
調べたところ、ズミはリンゴの台木としても用いられるようだ。少々乱暴なモノ言いだが、ズミはリンゴと近縁なのかもしれない。となると、ズミも基本的には北方系の植物ではあるまいか? だから九州など西方にも自生はするが、数は少ないのではなかろうか?
う~ん、でもなあ…。ウメなんかは何処にでもあるもんなあ…。それを代用として積極的に利用すればいいだけの話だもんね。生物にとっては生きる為なら、そんな事はお茶の子さいさいじゃろう。ヤマザクラだって何処にでもあるから、そっちを食べるという作戦だってあるじゃないか。再び壁にブチ当たる。

マメザクラに糸口を探す。
しかし、富士山近辺やその山麓、箱根近辺等に自生する桜の野生種の一つで、フジザクラやハコネザクラとも言うらしい。
箱根じゃ、どうしようもない。
(ノ-_-)ノ~┻━┻えーい、食樹からのアプローチは捨てじゃ。

従来はワモンキシタバとされてきたけど、今はキララキシタバと呼ばれているものは、間違いなく北方系の種だろう。なぜなら原記載はヨーロッパだからだ。ヨーロッパは緯度が高いし、気候的には亜寒帯の地域が多い。また、この種はシベリアにも分布している。つまり、キララキシタバは北方系の種だ。ワモンキシタバはキララキシタバと極めて近い間柄だから、ワモンキシタバも元々は北方系の種ではなかろうか。もしかしたら、ワモンキシタバはキララキシタバから分化して、南に分布を拡げたのかもしれない。だから本来は暑さに弱い種とはいえまいか。その証拠に九州には分布していない。
アカン、誰でも考えつきそうな事しか言えんわ。
スマン、これくらいで許してくれ(/´△`\)
何処でも個体数が少ないという謎も残ってるが、スマン、これも許してくれ。全然、その理由が浮かばないや。

 
ここまで書いてきて、和名がもう一つあることを知った。
旧名か別名なのかは定かではないが、他に「モクメキシタバ」と云う和名もあるようだ。モクメは木目の事だろう。なるほどね。上翅は確かに木目調だ。一瞬、コチラの方が説得力あるかもと思ったが、響きがダサいので、個人的な好みとしては、まだワモンキシタバの方がいいや。
和名って、一つの種に複数つけられてる例が結構あるけれど、アレって何ざましょ❓それって、何だか和名って勝手につけても構わさそうじゃないか。ルールが有りそうで無いぞ。ワシら素人は、時々そのせいで翻弄されとるやないけー。
そういえば思い出した。昔、まだ蝶採りを始めた頃の話だ。周りのお爺ちゃんたちが、ダイセン、ダイセンって言うので、何じゃそりゃ❓と思った事があった。持ってる蝶のポケット図鑑には、そんな名前の蝶は載っている記憶がなかったからだ。
おそるおそる『ダイセンって何すか❓』と尋ねてみると、『ダイセンはダイセンじゃ❗』とキレ気味に言われた。
『でも、そんな蝶は僕の持ってる図鑑には載ってなかったと思うんですけどー。』と言ったら、ようやく意味が呑み込めたようで、穏やかな顔になって『あー、あれかあ。ダイセンシジミの名前を誰か学者が勝手にダサい名前に変えよったんや。えーと、何っつったかなあ? おー、そうそうウラミスジシジミや。あんなクッサイ名前、誰も使っとらんでぇー。』

オイラもウラミスジシジミはダサい名前だと思う。ダイセンシジミの方が百万倍カッコイイ。それ以来、自分もダイセンシジミの方を使っている。もしもウラミスジシジミなんて名前を使っている奴がいたら、間違いなく『てめぇー、トーシロかよ。』と思うだろう。
そういえば、あれから十年が経つが、ウラミスジシジミと云う名前を使っている蝶屋に会ったことは、まだ一度もない。ようするに全然支持されていないって事だ。そういうのって、名前を元に戻すべきだと思う。新しく蝶の図鑑を出す人は、断固として「ダイセンシジミ」で押し通してほしいね。

あっ、まじい。こんな事と書いたら、何か誤解されそうだ。えー、上の文章はべつにワモンキシタバやキララキシタバの命名に対して、暗に批判しているのではごさりませぬ。ダイセンシジミの話とは関係ない。意図して含みを持たせて書いたワケじゃなくて、単にたまたま話の流れで書いただけだ。
とはいえ、これまた流れだから、ついでに言っとくか。
正直、今後『少年の日の思い出』の中のワモンキシタバの扱いがどうなるかは気になる。学名に従えば、文中のカトカラはワモンキシタバからキララキシタバに訂正されなければならない。それはやめて欲しいという願いはある。
ドイツでは、Catocala fulminea は「黄色いリボン(Gelbe Ordensband)」と呼ばれている。その称号は和名のワモンキシタバに与えたいと思っちゃうんだよね。キララキシタバの方が黄色いけど、後発のポッと出の名前だから、それに黄色いリボンという素敵な称号を奪われるのは耐えられないところがある。
けんど、虫屋には厳密主義者が多いんだよなあ。オカシイ、変えろとか言い出しそうな輩(やから)が絶対いそうだ。文学での世界の事だから、そこは別モノだとして、そっとしておいてほしい。
とはいえ、キララキシタバにした方が綺羅星とか✴キラキラのイメージを喚起させて、より美麗な蛾を想像させるから読者にとっても良いじゃないかという意見もあろう。その意見も解らないではない。確かにそうかもしれない。
でもなあ…、何とかワモンキシタバのままにしといて欲しいんだよなあ…。ノスタルジィーと云うか、心情的に変えて欲しくない。それが偽らざる気持ちだ。

 
                 おしまい

 
追伸
流石に今年2019年はアグレッシブな展翅はやめて、フツーに展翅した。

 

 
画像は同じ個体で、♂です。
正直、何か真ともすぎてツマラナイ。
って云うか、♂が思っていた程にはカッコ良くないからかなあ…。上翅にメリハリがない。
けど、この一つだけじゃ何とも言えない。
ウスイロキシタバにかまけてて、やっと一昨日にワモンを探しに行ったので、これっきゃ無いのだ。でも、また採れるかどうかは微妙。ウスイロを追っかけている時に一度くらいは会えるだろうと思っていたが、全然だった。やはり西日本では少ないのかもしれない。

 
(註1)青くて美しいコムラサキ

【Apatura iris イリスコムラサキ♂】

 
ドイツには、Apatura iris イリスコムラサキと Apatura iria イリアコムラサキ(タイリクコムラサキ)という2種類のコムラサキが分布しているので、文中のコムラサキがそのどちらを指しているかは特定できないようだ。
しかし、より美しいのは昔はチョウセンコムラサキと呼ばれていたイリスの方なので、勝手にそっちだと解釈して画像を添付した。たまたま自分で展翅したものが展翅板にあったので、都合がよかったというのもあるけどさ。
オスの翅は構造色になっており、光の当たる角度により紫色の幻光を放つ。
因みに日本にもコムラサキの仲間はいて、そちらが見た目はイリアに近いかな…。テキトーに言ってるけど。

 
【コムラサキ Apatura metis ♂】

 
(註2)高橋さんは蛾でも蝶と訳された
因みに、高橋さんが作品中で「チョウ」と訳しているドイツ語は「Schmetterling」及び「Falter」で、どちらもチョウとガをまとめて指す言葉である。このような概念を持つ言葉は「鱗翅目」などの専門用語を除けば、一般的な日本語には存在しない。このチョウとガを区別せずに一括りにした言葉はスペイン語やロシア語にもあり、ほぼ100%がチョウと訳されるフランス語の”Papillon”(パピヨン)もチョウとガの両方の意味が含まれている。つまり、ヨーロッパの人たちは日常的にチョウとガを区別していないと云うことだ。日本みたいにチョウは美しく、ガは汚なくて邪悪なモノという概念はなく、そこには美しいか美しくないかの観点しかないと思われる。おそらく欧州のコレクターも両者を学術的には区別していても、概念としては鱗翅類と云う大きな枠組みでチョウもガも同等なものとして捉えているのかもしれない。日本では蝶屋はチョウだけをコレクトし、蛾屋はガだけをコレクトしている人が多いことを考えれば、欧米とは大きな認識の差がある。チョウは好きでも、ガは大嫌いというコレクターは多い。自分もその一人だった。
何かと誉めそやされる蝶と比べて、日本人全般の蛾に対する心情は極めて悪い。殆んどの種は色が汚ないし、胴体も太い。主に夜に活動するのも不気味だし、粉を撒き散らして飛ぶのも気持ち悪い。部屋に飛び込んできて、狂ったように暴れまわる姿は恐怖でしかない。かく言うワタクシも最近まではそうだった。
だから、一般の人たちがこのヘッセの短編を読んで、少年たちが蛾を美しく素晴らしい宝物と捉えて、自慢や嫉妬を生むものとして描かれていることに、驚きや違和感を抱く人も多いと思われる。実際、ネットでこの小説を読んだ人の感想には、蛾に対する憎悪の念が数多く出てくる。それくらい蛾は世間に嫌われている。
あまりのクソミソの罵詈雑言に、蛾に同情したよ。

 
(註3)2種類が混じっていることが判明した
石塚 勝己『日本に2種いた,ワモンキシタバ』日本蛾類学会。
論文は読んでないっす。

 
(註4)キララキシタバの幼生期
ざっと調べた限りでは、まだ解明されていないようだ。
何れにせよ、幼虫の食餌植物はワモンキシタバと同じでバラ科であろう。
でも別種とされてから、もう10年くらいにもなるのに未だ解明されてないの?解せないよなあ…。
まさかバラ科とは全然違う科の植物ってワケはないよね❓だったら、面白いよね。完全に別種、いやヨーロッパの Catocala fulminea はバラ科食いと判明しているから新種の可能性も出てくるよね。

 
(註5)遺伝子解析は終わってるのかなあ?
『世界のカトカラ』によると、野中勝・新川勉両氏が遺伝子解析を行っており、結果も出ているようだ。だが、論文は探しても見つけられなかった。
遺伝子解析については引き続き追っていこうと思う。解り次第、また別稿で書きます。
でも、もしかしたら『世界のカトカラ』に系統図があるかもしれない。その頃は系統に興味が無かったから、その辺は真面目に見てなかった可能性はある。そのうちまた堺の図書館まで行って確認しなきゃなあ…。

 
《参考文献》
西尾 規孝『日本のCatocala』自費出版
石塚 勝巳『世界のカトカラ』月刊むし社
江崎悌三『原色日本産蛾類図鑑(下)』保育社