第2話 Spring fairy‐春の妖精‐
春の女神に会うために4時間半かけ、はるばる大阪からここまでやって来た。
逸る心で山へと向かう。
苔むした階段を上がり、登山口に取り付く。
麓ではカタクリの花が保護されているが、女神の姿はない。
やがて傾斜がキツくなる。去年のことを段々思い出してくる。ナメてたけど、この山は急登続きでキツい事をすっかり忘れてたよ。しかも、尾根まで上がらないとギフチョウはいない。
ようやく尾根まで登ってきたが、如何にもギフチョウが好きそうな環境なのにナゼか姿が見えない。しかも、もう10時半過ぎだ。彼女たちが活発に飛び回っている時間帯なのに何で❓
早くもヘロヘロになりながら、そう云えば去年もそうだったなと思う。歳を喰うと忘却の人になりがちだ。
暫く歩いたところで、ようやく飛び回る女神が視界をかすめた。
心が沸き立つ。全身がゾワゾワする。この見つけて最初の一振りまでがギフチョウ採りの醍醐味にしてクライマックスだ。
背景に溶け込み、断続的に姿が消えるが、動きを予測して後を追う。
細かくステップを踏みながら、距離を詰めてゆく。
射程内に入った。
最初の一振りで空振りするのは縁起が悪い。コンセントレーションを高める。
しかし、左に飛んだかと思いきや、急に右に進路を変えよった。😨ヤバイと思いつつも、素早く反応して咄嗟に網を左から右へと💥一閃する。
ジャストミートで振り抜いた手応えがあった。
逃亡を防ぐためにすかさず網先を捻り、中を確認する。
網の中で蝶が暴れている。
(ノ`Д´)ノよっしゃ❗GET。
まあまあ天才の、ここぞと云う時の集中力をナメんなよである。
だが、生きたまま取り出すと、翅がやや擦れている。今年は発生が早く、1週間程前から発生していると聞いてはいたが、やはり遅かったか…。
リリースしてやったら、飛んで行かずに地面にふらふらと止まった。ギフチョウ本人も何が起きたかワケ解らず、ショックを受けているのだろう。何だか申し訳ない気持ちになった。ゴメンね。
折角だから写真を撮ることにした。
これは近い距離だから姿が容易に視認できるけれど、1Мも離れれば、枯葉と同化して姿がかき消える。派手な翅のように見えるが、保護色になっているんだよね。生き物って、よく出来てるよな。
オスだね。
と云うことは、この鮮度だとメスはまだまだ綺麗なものもいそうだ。
写真を撮っていると、立て続けにギフチョウが飛んで来た。
ここは鞍部になっており、どうやら集まって来やすい場所のようだ。
短時間に5頭GETして、鮮度の良い1頭と少し斑紋が変なものをキープして、あとはリリースする。
そうこうしていると、下から4人連れの登山者が上がってきた。
毎度の事ながら、訝り目線が飛んでくる。まあ、大の大人が大きな網を持って立っているんだから、当たり前といえば当たり前のリアクションである。4人のうち一人は男性で「ギフチョウですか?」と声を掛けてきた。「そうです。」と答えていたら、丁度ギフチョウが飛んで来た。
ここで、オバサンたちの前でカッコつけたろと思ったのがイケなかった。派手に思い切り網を振ったら、
💥べキッ❗
(-_-;)やっちまったな…。
強く振り過ぎて、柄の2段目が折れた。
鮮やかに決めてやろうと云う虚栄心にバチが当たったに違いない。
(눈‸눈)カッコ悪りぃ〜。
既に採っているものをオバサンたちに見せて、何とか体裁を保つ。オバサンたちも喜んでいたから、それでいいじゃないかと自分を慰める。
取り敢えず補修しておこうと、いつもザックに入れっぱなしになっているビニールテープを探すが、無い…。
😥マジかよ❓である。たぶん去年のシーズンが終わって、ザックを洗濯した時に取り出したものと思われる。で、今回は開幕戦ゆえにパッキングする時に入れ忘れたのだろう。又しても、(-_-;)やっちまったな…である。
仕方がないので、殺している1段目に巻いていたビニールテープを剥がす。先程、2段目が折れたと書いたが、正確には3段目が折れたのである。1段目が細いから折れ易いので1段目を殺して2段目と合体させていたのだ。と云うワケで1〜3段目までを合体させる。
しかし試し振りをしたら、連結部の固定が弱くてフニャフニャだ。仕方なく、人差し指と親指を網枠に掛けて残りの指で柄を掴んで振ることにした。ようするに網を伸ばさずに、網の根元を掴んでそのまま左手一本でスウィング、勝負するしかないってワケだ。
早速飛んで来た奴を、すかさず片手一本で居合斬り。
どーじゃ、ワレー( `Д´)ノ、”弘法、筆を選ばず”じゃ❗まあまあ天才をナメなよである❗❗
暫くいたが、やはり鮮度が悪いものが多い。もっと上へ行くことにした。
しかし、どんどん道は急になってゆく。斜度がキツくてロープが張られている箇所も何ヶ所か出てきた。余程さっきの場所に戻ろうかとも思ったが、去年来ているから上にもっと良いポイントがあると知っているだけに戻れない。だいち性格上、今さら引き返すのも癪にさわる。
時々、飛んで来るギフチョウを拾い採りしながら、喘ぎながら登ってゆく。
視界が開けた。
白山だろうか、遠くに雪を冠した山塊が望見できる。
眼下には今庄の宿場町が見える。随分と登って来たな。
左側に目を転じると、日野山らしき山容も見える。
その先は武生、鯖江、福井の街だ。一瞬、ノスタルジーが溢れ出しそうになるが、それを振り払うかのように踵を返した。
道は先程でもないが、相変わらず急登が続く。
途中、待望のメスが採れた。
ギフチョウはオスよりもメスの方が美しい。
特に裏面は、より色鮮やかだ。
午後12時過ぎ。やっとこさポイントに着く。
予想通りギフチョウは沢山いた。次々と飛んで来る。
しかし、鮮度は特に良くなりはしない。ギフチョウは麓と山頂を往復する蝶だから、当たり前っちゃ当たり前なんだけどね。
段々飽きてきて、惰性でぞんざいに網を振ったら、枠に当たったようで、ふらふら飛んで行って枯枝に止まった。
半ヤラセみたいなものだが、コレ幸いにと写真を撮る。
それにしても、去年はいたキアゲハを今日は1頭も見ない。
ここではキアゲハの方が珍しい。
(裏面)
(2019.4.6)
こうして見ると、キアゲハの美しさはギフチョウにも負けてないと思う。少なくともスタイルは負けていない。
でも悲しい哉、普通種。あまり評価されることはない。
午後1時過ぎ、完全に飽きたので下山を開始する。
登りもキツかったが、下りの方がしんどかった。こんなキツイとこ登ってきたのねと、より斜度を実感した。此処は足に自信のない老人は訪れるべきではないだろう。
途中、辛夷(コブシ)の花が咲いているのに癒やされる。
登りの時に気づかなかったわけではないが、その時はじっくり見てる余裕がなかった。白木蓮も好きだが、たおやかに野で咲く辛夷の方が好きだ。
駅まで下りてきたが、へとへと。体力落ちてる。
福井に行くにせよ敦賀に戻るにせよ、電車の時間まで1時間程あったので、馴染みの蕎麦屋にでも行くかと思った。ここ今庄の蕎麦は「今庄そば」として、つとに有名だ。おろし蕎麦が旨い。しかし、あまり腹が減ってないので、やめにした。
一応、馴染みの蕎麦屋を紹介しておく。
【ふる里】
何とはない、飾らない店だ。
店内には、来店したのだろう、名優 宇野重吉の写真が飾ってある。息子は、これまた名優の寺尾聰だね。
右の、おろし蕎麦を強く推す。
素朴だが、真っ当に旨い。越前そばと云えば、やはりおろし蕎麦に限る。因みに自分は、大根を皮ごと擦ってもらう。その方が辛みが増し、エッジが立つのだ。
婆さんが一人でやってるから、いつ無くなるかワカランので、早めに行かれることをオススメする。
宿場町をゆるゆると歩く。
古(いにしえ)の宿場町は風情があるだけでなく、レトロだ。
昭和の匂いが色濃く残っている。
ここでも桜は花盛りだ。
早朝や夜に見る桜はどこか妖艶だが、昼間に見る桜は、ただただ美しい。
喉か渇いたので、古い造り酒屋でビールを買って横の長椅子でビールを飲む。
(≧▽≦)プハーッ。歩いたあとのビールは殊の外に旨い。
平日のせいか、宿場町の人通りは少ない。
時が止まったかのように森閑としてる。
やわらかい光が辺りの景色に陰影をもたらしている。
春だなと、しみじみ思う。
つづく
一応、この時のギフチョウを展翅したものを並べておきます。
先ずはオス。
【ギフチョウ♂】
(2020.4.3 福井県南条郡南越前町今庄)
正直言って、ギフチョウの展翅は大嫌いだ。
触角が元々湾曲しているし、先端がびよ〜んと伸びるので整形が難しいのだ。だから真っ直ぐにしづらいし、左右の長さを揃えるのも大変。オマケに長さを合わせる為に無理に先端を伸ばすと、すぐプチッと千切れよる。クソ忌々しいかぎりである。
あとは下翅の赤紋が縮れているので、それを伸ばしてやらないといけない。コレが面倒くさい。でも、やらないと美しさが半減してしまう。
矮小個体だ。北陸のギフチョウは関西なんかと比べて小さい。そして黒っぽいものが多い。好み的にはデカくて黄色いギフチョウが好きかな。
ギフチョウの展翅が嫌いな理由を、もう一つ思い出した。
毎年、上下の翅のバランスが分からなくなるのである。二番目は上翅を上げ過ぎだし、一番下のモノなどは寸詰まりになっとる。でも昔の展翅写真なんかは、だいたい寸詰まりだった。触角も真っ直ぐにはされてない。蝶の展翅にもトレンドがあるようである。
自分的には一番最初、冒頭に貼付した画像のようなバランスが好きかな。そのうちまた変わる可能性はあるけど。
これは越前にしては黄色みが強い個体。
コレも矮小型だが、尾状突起が短い。
一方、コチラは尾状突起が長くて細い。しかも左上翅の斑紋に異常がある。ここの黒帯が分断されるのを「H型」と言うらしい。黄色いところがアルファベットのHに見えるからだとさ。
コヤツは地面に止まった時に変な奴だぞと思って採った。
この辺りのギフチョウとしては黄色い領域が多い。そして赤紋もオレンジ色だ。
良い型なのに、左側の触角がプチッと切れた。こう云う事が起こるから忌々しいのである。
お次はメス。
【ギフチョウ♀】
メスはオスよりも相対的に大きく、翅が全体的に丸みを帯びる。そして、頭の下の毛が赤っぽい。
綺麗な個体だなと思ったら、赤紋が上に伸びる「赤上がり」と呼ばれる型だった。
越前ではかなりの数のギフチョウを採っているが、赤上がりは初めて見た。この辺にもいるのね。
それにしても、知らぬうちに結構な数を採ってしまってるね。
殆んどリリースしたから、まさかこんなに採っているとは思わなかった。たぶん網に入れたのは40頭は下らないと思う。だからヘトヘトにもなったのね。