『西へ西へ、南へ南へ』第5話

ー蝶に魅せられた旅人アーカイブスー

いやはや驚いた事にアメブロには第5話が掲載されていない。
どうやら「第五番札所」の回が前後編に分かれている事に気づかずに後編のみをアップしたようだ。重要な回なのにね。よくぞスッ飛ばしたものだ。
だから、第5話は謂わば幻の第5話ってワケだね。

でも正直、心が折れそうになった。なぜなら、どっかに埋もれている原稿を探さねばならないからだ。もし見つからなければ、昔の彼女の誰かに連絡をとらねばならない。連絡もしにくいし(どうせ酷い事をしているのだ)、たとえ連絡したところで原稿が残っているかどうかも分からない。自然、億劫にもなってくる。だから、よっぽど連載を打ち切りにしてやろうかと思った。

でも、一応探したら昔の携帯電話が出てきた。幸いな事に起動もした。そして、何と原稿も残っていた。
というワケで旧い原稿をシコシコ書き移してゆく事にしよう(コピペ出来ないから物凄く大変そうだけど…)。

それでは幻の第5話の始まり始まり~。

      ー捕虫網の円光ー
    『西へ西へ、南へ南へ』

  第五番札所 南国の紅い流れ星

 
2011年9月12日

いつしかフェリー乗り場のロビーには、誰もいなくなっていた。
それぞれがそれぞれの落ち着くべく場所、自分の家やホテルに向かったのだろう。

ホテルを予約していない男には行くあてがない。
午前5時に宿の誰かを叩き起こして嫌われるのもイヤだ。せめて7時くらい迄はここで時間を潰そう。ここなら少なくともクーラーだけは効いている。第四番札所の原稿でも書いていれば、時間も費えるだろう。

美しい朝焼けを眺めながら書き進める。

 

 
7時に名瀬市街に向かって歩き始めた。
遂に来たと云う高揚感とこんなとこまで来てしまったと云う軽い後悔とがない交ぜになった心持ちで海岸線を歩く。

市街地に入ってから宿に電話を入れる。
一発で決まった。
「あづま屋」素泊まり一泊 2500円。
簡単に言えば、飯なしの民宿だ。設備的にはこの値段なら、まあ良い方だろう。唯一の欠点はクーラーがコイン制だということである(150分 100円)。

ひょんなことから、宿のおやじが奄美で一番最初にダイビングショップを始めた事がわかり、驚く。
あえて尋ねなかったが、もしかして師匠とも知り合いかもしれない。
実をいうと、男は奄美大島に訪れるのが今回で三回目になる。過去二回は何れもダイビング・インストラクターをやっていた頃の事である。まだ蝶採りを始めていなかった。

それにしても此処のおやじ、侮れない。持っている玉の柄(竿)を見て、釣りだと言わずに『蝶?』と言ったのには驚いた。

8時半まで部屋で原稿を書き、出来立てほやほやの第4話を読者に送信する。
そして、ササッと5分で用意してスクランブル発進した。船旅で疲れてはいるが、蝶を求める心の方が遥かに強い。もうそれは恋愛感情に近いものだ。望みの蝶に会うことが全てにおいて優先されるのだ。

今回のターゲットはアカボシゴマダラ。
彼女の存在が、はるばるこの島まで男を誘(いざ)ってきた。

【アカボシゴマダラ(赤星胡麻斑)】
学名 Hestina assimilis shiraki。
近縁種ゴマダラチョウに似るが、後翅に赤い輪紋があることにより容易に判別される。
日本では本来、奄美諸島のみに産する固有亜種。
しかし、近年は中国の大陸亜種(a.assimilis)が関東地方に流入し、急速に分布を拡大しており、近似種のゴマダラチョウを圧迫しているという。これが人為的な放蝶なのは明らかだ。つまらん事をする輩もいるものだ。
しかも、この中国の亜種、奄美大島亜種の鮮やかな赤紋とは違い、赤紋がいやらしいピンク色なのだ。そして、輪紋がだらしなく潰れていて下品。場末のピンサロの姉ちゃんみたいで全然美しくないから、男はその存在を絶対にアカボシゴマダラと認めない。アカボシゴマダラに憧れていた者としては、あんなものがアカボシゴマダラだと思われるのは忸怩たるものがある。日本における美蝶の一つだったのに、コイツのせいで確実にアカボシゴマダラのブランド力は下がったと言えよう。
発生は4月、6月、8月、及び9月中旬から10月。
幼虫の食樹はリュウキュウエノキ(クワノハエノキ)。

第二のターゲットは、アマミカラスアゲハ(オキナワカラスアゲハ奄美亜種)。そして、第三のターゲットはイワカワシジミだ。
アマミカラスは後翅の帯状紋が発達しており、美麗。
イワカワシジミも奄美大島のものが特に美しいとされている。

宿のおやじから近くに24時間営業のスーパーマーケットがあると聞き、まずは朝昼兼用の飯を買いに行く。
おにぎりを二つ買って、はやる心で歩き出す。

今日は街のすぐ背後にあるらんかん山(くれないの塔)か拝山に行く予定だ。
こんな市街地近くにもアカボシは棲息しているようだ。元々、里山の蝶だから不思議ではないのだが、感覚的にはちよっと驚きだ。この島はそれだけ自然が豊かなのだろう。

先ずは拝山に行った。
宿から歩いて15分程でポイントに着いた。
九州も暑かったが、当たり前だがもっと暑い。亜熱帯特有のねっとりとした湿気も相俟ってか、直ぐに滝のように汗が流れ出す。九州では秋の兆しもあったのに、完全に真夏に逆戻りだ。

 

 
期待に反して、蝶影は薄い。
クロマダラソテツシジミだけがアホみたいにいる。
数年前までは珍品迷蝶だったが、今やゴミだ。

  
【クロマダラソテツシジミ】
(2016.10月)

 
あとはモンキアゲハくらいしか飛んでいない。ヒマつぶしに網に入れる。みんな羽化したての新鮮な個体だ。
しかし、興味がないから全部リリースしてやる。

糞暑くて早々とグッタリとしていたら、突然、ハイスピードでアマミカラスアゲハが目の前に現れた。
瞬時に反応して鮮やかに決まったが、尾状突起(尾っぽ)の片方が千切れていた。おまけに擦れ個体でガッカリする。時期が合わなければ綺麗な蝶は採れない。不安が頭をもたげる。
南国を象徴する佳蝶、ツマベニチョウもボロ。
そして、憧れのアカボシゴマダラの姿は全く無い。
ダメな所で粘ったところでダメだ。判断の遅い愚図は果実を得られない。
10時過ぎ、ウスキシロチョウの銀紋型のキレイなのだけを三角ケースに収め、諦めて下山した。

下まで降りてきたら、網を持った青年がいた。虫屋だ。
暫し雑談する。千葉の人で、もう1週間も奄美にいるそうだ。
『何を採りに来たんですか❓』と尋ねたら、『何でも。』という答えが帰ってきた。
アカボシについて訊いてみたら、アカボシはまだ一度も見ていないと言う。やっぱり少し発生期には早かったか❓不安がよぎる。
晩飯に誘ったが、レンタカーで寝泊まりしていて、飯はカロリーメイトだと言われたのでやめた。そういう人と飯を食っても楽しくない。

すぐ隣の大島支庁舎前で、惰性でウスキシロチョウを採っていたら、ちよっと不思議な雰囲気のおじいが近づいてきて、いきなり目の前の木の葉っぱを指さし、『これ、食草。』とおっしやった。
更にコレコレと指さし、あっという間に幼虫を見つけて、『1令幼虫だ』と呟く。
するってえと、この木がナンバンサイカチ❓それとも園芸種のゴールデンシャワーかな❓多分、支庁舎に植えられているくらいなんだから、綺麗な花の咲くゴールデンシャワーだろう。尋ねようとしたら、既におじーは歩き始めている。まっ、いっかと思ったら、おじーは暫く歩いてからふわっと振り返って、おいでおいでする。何となく手招きされるままに歩み寄る。
ついてゆくと、ひょいひょいと支庁舎の敷地内に入ってゆく。おじー、どこ行くの❓
そして、迷うことなく何やら細い通路に入ってゆく。半信半疑で後ろをついてゆく。おじー、何者❓

路地を抜けたら、目の前に小屋が現れた。
入口の横に看板が掛かっている。
『大島支庁 ハブ対策室』。
なぬっ(゜ロ゜;⁉、おじーはそのまま建物へと入ってゆく。一瞬躊躇したが、続いて入る。
すると、おじーにスタッフ達が挨拶する。何とおじーは大島支庁のハブ対策室の室長だったのだ。

檻の中には沢山のハブがいた。
Σ( ̄ロ ̄lll)ゾワッ❗
そっか…(^_^;)アハハ。すっかり忘れていたが、奄美大島には毒蛇ハブがいるのだ。しかも、本ハブだ。そして、本ハブの中でも奄美大島のものが一番デカくて最強だと言われている。
あちゃー、今回も危険なミッションかよ…( ̄▽ ̄;)
虫捕りって、リスクあんなあ…。

そん事を考えていたら、袋を持ったおじさんが入ってきた。
袋の中身はどうやらハブらしい。奄美大島では捕獲したハブをお役所が買い取るという制度があると聞いた事がある。それだけハブの被害が多いって事でもあるんだろう。Σ( ̄ロ ̄lll)ヤバいぞ、奄美大島。

袋の中には7匹のハブが入っていた。でも小さい。
その場で2万8千円が支払われた。何と買い取り価格4千円である(現在はもっと下がっているそうだ)。
こんなチビハブで2万8千円ってボロ儲けじゃないか。訊くと、買い取り価格に大きさは関係ないそうである。
『こんなん仕事に出来るんちゃいますのん❓』とおじーに尋ねたら、実際職業にしている人も結構いるらしい。住民も小遣い稼ぎ感覚で捕獲しているようで、タクシーの運転手などは必ず蛇の捕獲用具をトランクに入れているという。

それにしても臭い。室内にケダモノの悪臭が立ち込めている。蛇って無臭なイメージだったが、臭いんだ…。

お茶を御馳走して戴き、雑談が続く。涼しいし、蛇が臭いこと以外は快適だ。
袖すりあうのも多少の縁と言うではないか。どうせ今日はアカボシは無理そうだし、まあいいや。

昼過ぎ。少し体力も回復したので、おじーにお礼を言い、らんかん山に向かう。

らんかん山も拝山と同じようなもんだった。蝶影が薄い。
仕方なしに猫と遊ぶ。
猫と遊ぶのは好きだ。腹をさすってやると、気持ち良さそうに目を細める。

 

 
遊んでいたら、アマミカラスがふわりと何処からともなく現れた。
咄嗟に網を拾い上げ、ダメ元で慌てて振ったら、キレイに入った。

 

 
今度は、ほぼ完品。♂だ。
やっぱり羽が傷んでいないものは、ドキッとするくらいに美しい。

しかし、相変わらずアカボシの姿は見えない。
午後1時20分。半ば諦めて山道を歩いていたら、横の灌木から驚いた蝶が飛び出した。
そして、2mくらい先の枝先にとまった。

うわっ(゜〇゜;)、アンタやん❗❗
まごうワケがない。白黒の格子模様に流れるような赤の輪っかの列。間髪入れずに網先が動いた。キレイに振り抜く。

 

 
想像していたよりも小さい。
だが、それでも一目惚れだよ(≧∀≦)

美人蝶だ。指先が震える。
白黒のコントラストがハッキリしていて、エッジが効いている。それを鮮やかな赤が更に引き締めている。

だが、何か呆気ない幕切れでもあった。
アカボシゴマダラは夕方にテリトリーを張ると聞いていたから、これからが本番だと思っていたのに、いきなりの出会い頭だ。しかも、ほとんど間を措かず網を振り抜いたから、緊張している暇もあまり無かった。
この見つけた時から網を振るまでの間が蝶採りのクライマックスであり、醍醐味なのだ。その先にはエクスタシーか絶望がが待っている。だから心が千々に乱れ、心拍数もハネ上がる。謂わば、この刹那が手に汗にぎる瞬間でもあるのだ。
正直、朝からのこの展開だと、もっと苦労する事を予想していた。それが予想だにしなかった展開で、わりかし簡単に手にする事が出来た。採れてホッとはしたが、でも何だか複雑な気持ちだ。簡単に採れるに越したことはないが、とこか拍子抜けなところがある。心は、どうやらもっと高いハードルを望んでいるようだ。

でも、よく見ると反対側の羽が破れている。
残念だが、これで逆にモチベーションが取り戻せる。完品を採ってこそ、ストーリーは完結するのだ。

とはいっても、この破れた個体をどう解釈すべきかと思い悩む。破れてはいるものの、比較的鮮度が良いから判断が難しい。
もう発生しているんだなと最初は安心したが、この状態では何とも言えぬ。最盛期の8月に羽化する筈の個体が、たまたま遅れてこの時期に出てきたものを偶然に捕まえたという可能性も否定できない。
それに、もし9月の第4化目が発生しているのなら、有名産地なんだからもっと数を見かけてもよい筈だ。
いや、もしかしたら6月以外は個体数が少ないと云うから、こんなもんなのか?だとしたら、相当少ないって事になる。そんなに採集難易度が高いのか❓
虫屋の青年もまだ一度も見てないと言ってたし、そういえば宿のおやじも『アカボシ、昔に比べて最近はとんと見かけなくなったねぇ。』とも言ってた。確かに減ったと云う話は文献など巷でもよく聞く。

頭の中が整理できないままに山道を歩く。
だが、指標となる次のアカボシには出会えない。
次第に不安が募ってゆく。

腕時計に目をやる。
針は、いつの間にか午後3時半を指していた。

                   つづく

  
ー追伸ー
ハブの件(くだり)なんかは、かなり説明不足だったし、他もちょこちょこ訂正加筆した。だから、結局書くのにかなりの時間を擁した。
次回は美味い食いもんが一杯出てきます。
でも、もしかしたら2回に分けるかもしれない。

 
追伸の追伸
1年ぶりに読んだが、結構面白い。
でも当時は完璧な出来だと思っていたか、やっぱり手を入れる所はちょこちょこと見つかる。
てにをはの間違いや誤字脱字もあったし、気に入らないので一部つけ足したり、削ったところも有りです。
文章を書くのは、思った以上に難しいよね。

蝶に魅せられた旅人アーカイブス

アメブロの記事をワードプレスに移したいんだけど、はてさてあの膨大な量をどうしたものかと思っている。何せ千を越える文章があるのである。それに、一番最初に書き始めたアメブロは今のアメブロとは分断していて、それも百話以上もある。しかも、その最初のアメブロはパスワードがワカンナイからログイン出来ないときている。(ー。ー#)ったくよー。

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