青春18切符1daytrip 春 第二章(2)

第2話 流水桃花物外春


前回は『往年のギフチョウ』と題しておきながら、殆んど鉄道の事とJR湊町駅について紙数を費やしてしまった。スマン、スマン。
というワケで、今度こそ往年のギフチョウについて書きまする。謂わば、今回は『往年のギフチョウ』の後編ってワケね。


9時前にポイントに着く。









三葉躑躅(ミツバツツジ)が満開だ。
このミツバツツジとギフチョウの発生期は重なるから、おそらく今日も楽勝じゃろう。

ツツジの中では、ミツバツツジが一番か二番目に好きだ。
葉が芽吹く前に先んじて花が咲くから綺麗だし、基本的には野生のものだからだ。春先のまだ茶色っぽい山肌の所々を鮮やかにポッと染めているのを見ると、何だか心がホッとする。ほのぼのと春なんだなと実感できるのだ。
ツツジといえば、世間では公園などに植えられている平戸躑躅のイメージだろう。だが、あの多分バチバチに品種改良されたであろう大振りのピンクの花が好きじゃない。人工的な感じがするからだ。派手なんだけど、品のない女みたいで好きくないのだ。野生のものなら、また違った意見を言いそうだけど…。

尾根筋のギフチョウが如何にも好きそうな小ピークに陣取る。
程なくして20mほど遠くで飛ぶ姿が見えた。さあゴールデンタイムの始まりだ。天気や気温にも左右されるが、この9時くらいから10時半くらいまでがギフチョウの動きが一番活発になるのである。
でも走り出すこともなく、余裕のヨッちゃんでスルーする。
煙草に火を点けたばかりだったし、そのうちバンバンに飛んで来るだろうから、まっいっかと思ったのである。

しかし、その後ジャンジャンに飛んで来る筈が全く姿を見せない。気温も上がってるし、何で❓ もしかして個体数が少ないとか❓
やや焦り始める。余裕カマして煙草なんぞ吸ってたワシって、もしかして救いようのない愚か者❓

9時半を少し回ったところで、ようやく2頭目が飛んで来た。
(・o・)あれっ❓、何か黄色いくないかい❓ 一瞬、イエローバンド(註1)とかじゃねえかと思って気合が入った。慎重に距離を詰めて💥一閃、鮮やかに振り抜く。



(裏面)


でも網の中を見て、直ぐに普通のギフチョウだと気づく。
福井の黒っぽいギフチョウに目が慣れてたから、そう見えただけだったんだね。ここいらのギフチョウは比較的黄色い部分が多く、明るく見えるという事を完全に忘れてたよ。
とは言っても往年の名産地である武田尾のギフチョウの完品だ。前に来た時は時期が遅くて全てボロだったから、ちょっと嬉しい。余談だが前回の手乗りギフチョウの写真は、その時に撮ったものだ。ボロばっかだったから、そういう遊びごとが出来たってワケ。

コレをキッカケにジャンジャン飛んで来た。しかし、どれも翅が欠けてたり、擦れてたりと鮮度があまりヨロシクない。今年は噂通りに発生が早かったのだろう。何度も同じ個体を採るのもイヤなのでリリースせずに生かしたまま三角紙に收めてゆく。

10頭数頭を採ったところで、完全に飽きてきた。
このまま続けていても同じ事の繰り返しだろうから、春の三大蛾(註2)であるイボタガやオオシモフリスズメ、エゾヨツメの探索に切り替えようかとも思った。
けど、よくよく考えてみれば、まだメスが採れてない。どうせ三田のモノと変わりあるまいとは思いつつも此処のメスがどんな型なのか見ておきたいし、もう少し粘ることにした。

しかし、10時半頃にピタリと飛来が止まった。
蝶って、示し合わせたかのように飛び始めたら一斉に飛び始めるし、飛ばなくなったら全く姿を見せなくなるって事がよくある。日照、気温、風、湿度等々ほとんど条件が変わってないのに何で❓と思う事しばしばなのである。また昨日と今日の気象条件がほぼ同じでも、昨日は沢山いたのに今日は全然見かけないなんて事もよくある。あれって、何ざましょ❓
おそらく人間には感知しえない微妙な変化があるのだろう。何らかの条件によりスイッチが入ったり、反対にOFFになったりするんだろうけど、それが何だか解らないケースも多々あるのだ。

11時過ぎ、ようやく1頭が姿を現した。
正面から飛んで来たのを仕留める。



(裏面)




あっ、メスだわさ。
しかも完品のキレイな個体だ。
ギフチョウの雌雄の区別は比較的簡単だ。メスの方が大きく、翅形が丸くて優しい感じがする。人も女性の方が体の線が丸いから同じだね。これって基本的に生物の普遍的な法則なのだろう。例外も結構あると思うけど。
他には背中の毛がメスはオスに比べて短くて赤っぽい事、裏面の色にコントラストがあって鮮やかな事、また上翅裏面の外縁上部が濃い黄色になることで区別できる。あと、尻先に交尾囊(受胎囊)があれば、間違いなくメスだ。これは交尾した時にオスが他のオスとの交尾を阻害するために分泌物で蓋をしたものである。これにより一度交尾をしたメスは、もう交尾することが出来ないと言われている。謂わば、貞操帯みたいなもんである。
ギフチョウって、人間で言えば独占欲が強くて相手を縛りたがる嫉妬深い男みたいだ。それって病的で怖いなあ…。あんまし何でもかんでも人間目線で見ちゃいけないんだけどね。

再び静寂が訪れる。
その後も、とんと姿を見せない。
何処へ行ったの❓、ギフチョウちゃん。

ようやく見つけたと思ったら、何とナミアゲハくんだった。



ギフチョウ並みに小さい個体だったし、しかもギフチョウみたく地面に止まったからマジ間違えたよ。普通はナミアゲハが地面に翅をベタッと広げて止まることなど滅多とないからね。折角だからと、ヤラせ写真を撮る。



本当にこんな風に止まったのだ。
そりゃ一瞬、間違うでしょうよ。

その後もやはり姿は見られず、正午には諦めてその場を離脱することにした。
2♂1♀のみを残して、あとは全部リリースする。
何が起こったか、ちょっと解らないような顔で暫し指先に止まり、何かを思い出したかのようにふわふわと飛んでゆく。その後ろ姿を見送り、どうか無事生き延びて欲しいと願う。

いつもライト・トラップをしている場所に移動して、三大蛾を探す。

【春の三大蛾】

(オオシモフリスズメ)


(エゾヨツメ)


(イボタガ)


しかしコヤツら皆、この季節の枯れた風景に溶け込むような色柄だ。容易に見つかるわけがない。我慢が足りない人だから直ぐにダレてきて、小一時間ほどで早々とやめにすることにした。現実的にも性格的にも、どだい無理な話であった。

枝垂れ桜が綺麗だ。





風にそよそよとなびく様を暫く見てた。
桜はいつまでも見てても飽きない。
こうやって往く春を見送る気持ちも悪かない。

午後2時過ぎ。
バス停まで戻ってきたが、時刻表を見るとバスはさっき出たばかりのようだった。困ったことに、次のバスまでかなり時間がある。
はてさて、どうしたものか…。
でもこんなとこで、ぼおーっと待ってるのは性に合わない。元来、待つことが死ぬほど嫌いな男なのだ。歩き回って疲れてはいるが、この際、歩こう。駅まで歩ける距離なのかどうかも確かめたいしね。ライト・トラップするのに行きはバスで、バス便のない帰りは歩きで戻れる可能性の可否を知っておいて損はないだろう。道中で無理だと思ったら、途中のバス停から乗ればいい。

駅の近くで飛んでいるギフチョウを見た。道路標識の青色に反応して一瞬だけ纏わりついて飛んで行った。なあ〜んだ、駅の周辺にもいるじゃないか。たぶん放蝶ものだろうけどさ。

午後3時。
思ってた以上に遠かったが、何とか駅にたどり着いた。
行きの時は直ぐにバスが出発しそうだったのでゆっくり見れなかったが、満開の桜が綺麗だ。その向こうにはラムネ色の川が流れている。



       浮雲柳絮人間世
       流水桃花物外春(註3)

世間はコロナ騒動でそれどころではないけれど、桜はどこ吹く風と変わらずに咲いている。当たり前の事だが、不思議な気持ちに囚われる。季節の推移はそんな騒動とは関係なく粛々と進んでいるのだ。

さてさて、どうしたものか…。午後3時と中途半端な時間になったから三田に転戦するには遅過ぎるし、次の目的地に行くにはまだ早過ぎる。
まあいい。電車に乗ってから考えよう。今回は青春18切符を持っているのだ。その日のうちならば、何処へなりと行ける。風の赴くまま、心の赴くままに。

                         つづく

一応、この日に採って展翅したものを並べておく。

(♂)




(♀)


福井産と比べてやや大型で、後翅中央黒帯が細く、下の黒点との間隔が開く。ゆえに黄色い領域が広くて全体的に明るく見えるのだろう。また赤紋が福井産よりも厚い傾向にある。

参考までに『ギフチョウ88か所めぐり』の「武田尾」の項にあるギフチョウの特徴を書いておく。
それによれば、「京都〜大阪北部の集団と、兵庫県の山陽側の集団とはかなり印象が異なるが、ここらあたりが接点となる。斑紋は基本的には兵庫県山陽型であるが、京都〜大阪北部型も混じる。」。因みに此処の幼虫の食草はヒメカンアオイである。
お隣の「三田」のギフチョウについても言及されているので、それについても書いておこう。
「兵庫県の瀬戸内側、三田市から西脇市あたりにかけてのヒメカンアオイ食いのギフチョウはやや変わった一集団である。この産地では尾状突起が短く、丸い翅形の個体が多い。」
(☉。☉)あら、武田尾とは違うんだね。けど、ホントかね❓ ニブいアッシにはワカランかったよ。実を云うと、それほど変異には興味がない人なのである。でも言われてみれば、尾突起は短かかったような気がしないでもない。

比較のために福井産のモノも貼付しておきます。

(♂)






後翅中央の黒帯が太くて、3つめの個体などは下の黒紋と完全に繋がっている。小太郎くん曰く、こう云う型を「ジジヒゲ(爺髭)型」と言うんだそうだ。
福井産は、この様に黄色い領域が狭い個体がわりと多く、また縁毛が黒くなりがちなせいもあって黒っぽく見えるのだろう。
とは言っても、あくまで傾向であって、例外も多々あることをつけ加えておこう。

右面上翅がH型のこれなんかは↙、一見すると福井のモノに見えない。
とはいえ、分かる人には一発で福井南部のものと判別できるんだろうけどさ。



(♀)





メスも同じような傾向があるが、これまた例外もある。
2つめの赤上がりの個体は黒帯があまり太くないし、下の黒紋との間隔も開きがある。

一応、コチラも参考までに『ギフチョウ88か所めぐり』の福井県越前産のギフチョウについて書かれた箇所を示しておこうと思った。けんど、(-_-;)あちゃーだった。
福井県の産地は5箇所(丹生郡、勝山市、大野郡、南城郡)が紹介されているのだが、そのうちの3箇所が手元にない。随分前に本からコピーしたものなので、あえてその部分を複写しなかったのか、それとも最初からその部分が抜け落ちていたのかは分からない。取り敢えず「南条町 杣山」の項に「異常型(杣山型のこと)の血が混じっているせいか、黒条に何らかの乱れをもつ個体が多い。」という記述があった。
なるほどね。形質がバラバラという印象があるのは、そう云うワケなのね。此処がギフチョウ発祥の地で、ここから全国に広まったりとかしてね。いい加減なこと言ってるけど(笑)。
また文中には「黒条の乱れる程度にはさまざまな段階があるようだが、前後翅のいちばん基部側の黒条が太くなり、前翅ではその外側の黒条が薄れ、後翅では短い黒条が細く線状になる点が共通している。」とも書かれている。加えて『日本産蝶類標準図鑑』によれば、「日本海側では秋田〜新潟県までは前後翅とも黄色部がよく発達し、明るい印象を受ける。新潟上越地方〜富山県あたりになると徐々に黄色部が減退し、福井県北部で顕著になってゆく。福井県若狭地方〜島根県中部では、縁毛も黒色の割合が増え、黒い印象を受けるようになる。」。
ようするに、ここいらのは黒いってワケだ。

スルーするつもりだったけど、三田のギフの画像も探してみっか…。


(2018.4.13 兵庫県三田市)


(2015.4.3 三田市)

以外と写真が残ってない。
展翅画像に至ってはコレだけだった。



翅形が丸いといえば、丸いような気もする。尾突起も短いっちゃ短い。でもこの個体1つだけじゃ何とも言えないよね。
けど、もうウンザリだ。やさグレる。本音は、んな事どっちだっていい。どうしても気になる方は自分で調べてくれたまえ。

ついでだから、ギフに見間違えたナミアゲハの画像も貼り付けとこっと。



最近は蛾の展翅の影響で上翅が下げ気味になってきてるが、これは蝶屋の展翅らしく前翅を上げ気味にした。
矢張り、こう云う上げ気味なのが好きだなあ…。

も一つ次いでに、ギフチョウと並んだ展翅画像も貼り付けとこう。



ねっ、ナミアゲハにしては小さいでしょ。


追伸
本稿は当初『往年のギフチョウ(後編)』と題して書き進めていたが、記事のアップ直前に『流水桃花物外春』に改題した。構成をロクに考えずに書き始めるから、こう云うことはままある。ワタクシにおいては、万事が日常茶めしごとなんである。何をするにも計画がアバウト。緻密な計画を立てようと思うのだが途中で放り出してしまうのだ。向いてない。
しかし、こうも思う。綿密に計画を立てたところで、だいたいがその通りにはいかないじゃないか。だったら緻密とか綿密な計画など立てる必要など無いではないか。そもそも、たとえその通りにいったとしても、それって果たして面白いか❓とも思ってしまう。まあ、立てた計画がピッチリ進んでゆくことに無上の喜びを持ってる人もいるとは思うけどさ。それはそれで楽しいとは理解できる。
そういえば知り合いにデートの前の週に下見に行く奴がいたなあ。自分には真似できないから尊敬はするけど、んな事は絶対一生やんないだろな。そこまでシュミレーションしてて計画通りにいかなかったら、絶対に女の子に苛つきそうだもん。となると、当然上手くいかないよね。細かくスケジュール管理する男は嫌われるのだ。
因みに、ワテは待ち合わせ場所だけ決めといて、そこで行く所を決めることも多い。で、その場その場の局面で物事を決めてゆく。時に導線も無視する。無茶苦茶だが、自分でも先がどうなるかは分からないから面白いのだ。女の子だって先が読めないからドキドキしたりする。ようは自分も楽しめて、女の子も楽しければいいのだ。勿論、女の子からの信頼があってこその話だけどもね。だから、これは恋愛慣れしてない人は絶対にやめといた方がいい。ノープランって、基本的には最悪だからね。女の子に嫌われるパターンの典型でもあるから、フレキシブルに動けない人は綿密な計画を立てましょうね。


(註1)イエローバンド




(2013.5.8 長野県開田高原)


(下はクモマツマキチョウ)

縁毛が黄色くて美しい。ギフチョウの型の中でも最も美しいものの一つだろう。
この型は各地に稀に見られるが、長野県白馬産のものが出現頻度が高いことで有名である。因みに、この個体はその白馬産を飼育放蝶としたと言われている長野県開田高原産のものである。とかく蝶屋は放蝶されたものに対して厳しい意見だが、こう云うのは全然OKな人もいるみたいで採りに行かれる人は多い。綺麗だから、ワシも全然許す。白馬ではギフチョウが採集禁止だしさ。


(註2)春の三大蛾
本ブログにて『春の三大蛾祭』と題して2017年と2018年に詳しく書いた。なので、宜しければソチラを読んで下され。


(註3)浮雲柳絮人間世 流水桃花物外春
第19代 内閣総理大臣だった原 敬(はら たかし)の書(漢詩)。
おそらく「禹山傍繞翠爭新兩澗平分月有鄰木紗柴開如看畫構陰苔徑欲凝塵浮雲柳藥人間世流水桃花物外春杯酒狂歌極浩蕩野煙晴樹望中勺春日遊山」という漢詩からの引用であろう。
一応、訳しておこう。
「柳の綿種がふわふわと浮かぶように、人の世は儚い。けれど川の水はそんな俗世間とは関係なく滔々と流れ、桃の花咲く変わらぬ春だ。」

当時は世界的にスペイン風邪(インフルエンザ)が流行し、日本でも約39万から44万人もの人が死んだと言われている。原自身も、この死の病に罹患した。これは、その時の事を思って書かれたものだとされているようだ。しかし、スペイン風邪では死ななかったものの、1921年に東京駅で暗殺されちゃうんだけどね。


青春18切符 1daytrip 春 第二章(1)

 

第1話 往年のギフチョウ

 
2020年 4月6日

JR難波から今宮駅まで行き、環状線に乗り換えて大阪駅へ。
この今宮駅で乗り換えるのが七面倒臭くて、毎回イヤんなる。本来、大阪駅に行くならば、地下鉄の御堂筋線もしくは四ツ橋筋線のなんば駅から乗るのが常道である。なんばから梅田(大阪駅)まで一直線の最短距離を走るから、その方が圧倒的に早い。しかも本数も多いから断然便利なのだ。
一方、JRを使う場合は一旦今宮もしくは新今宮駅まで南下し、そこから環状線で大回りに弧を描いて大阪駅へと向かわなければならない。つまり距離的にも遠いし、乗り換え時間もあるから倍以上の時間を要するのである。
これはひとえにJR難波駅が終着駅であるからだ。
ここ難波周辺に住むようになってからは、JRが難波と大阪駅とで直かに繋がっていないのは不便極まりないことに改めて気づかされた。なぜに延伸させなかったのかなあ?という疑問が一挙に噴出したのである。
とはいえ平野区に住んでいた時は、さほど気にならなかった。JR難波駅はその昔は難波駅ではなかったからだ。25年程前までは湊町駅(註1)という駅名だったので、難波駅じゃないんだから、それも致し方ないのかなあと思っていたのである。繁華街とはちょっと離れているがゆえ、エリア外として線引きされても仕様がないと理解してたってワケ。それが地下駅となり、名前もJR難波と改称された時には強い疑問を持った。憤然、そのまま地下を掘り進めて大阪駅に繋げればいいではないかと思ったのである。

しかし、それが将来的には解消されることをつい最近になって知った。どうやら新大阪まで繋がる路線の工事が始まっているらしい。


(出典『Response』)

「なにわ筋線」といい、梅田貨物駅跡地に新しく「北梅田駅」を新設し、従来からある貨物線を利用して新大阪駅まで繋げるという構想らしい。南海電鉄(南海なんば駅)と阪急電車(十三駅)との相互乗り入れも決定しているという。つまり新大阪から関西空港までの直通電車が誕生し、大幅にアクセスが良くなるってワケだ。
但し、工事の完成予定は2031年になるそうだ。果たしてそれまでここに住んでいるのかね❓何か恩恵を受けずじまいになりそうな気がするよ。

それはさておき、こうして地図を改めて見ると驚かざるおえない。赤線の新線左横のグレーの膨らんだ線が、おそらく環状線だろう。だとしたら、難波から梅田まで如何に遠回りしているかが今更ながらよく解るじゃないか。
とはいえ、今日は御堂筋線に乗る気はない。なぜなら青春18切符の旅とは、やむおえない場合を除いては一筆書きであらねばならぬという強い信念があるからだ。そして、どんだけJRを乗り倒してやったかが、自分の中で重要なのだ。そこに何となく達成感みたいなのがあるのである。青春18切符に便利という視点は要らない。むしろ不便さとその苦難に耐え、途中下車も有りいので、ジワジワと目的地に近づいてゆくところに醍醐味があるのである。

のっけから物凄く話が逸れた。
いつもの悪い癖だ。ロクに構想無しで思いつくままに書いているから、ついつい興味のある方に引っ張られてしまい、こうして脱線してしまうのである。(^~^;)ゞまっ、今回は電車の話を書いているので脱線も致し方ないか(笑)。
あっ、いかん、いかん。電車に脱線は洒落にならんな。以後、努めて脱線なきように書き進める所存である。

大阪駅で宝塚線の丹波路快速に乗り換える。
比較的乗り慣れてる電車なので、写真を撮り忘れた。ゆえにネットから画像を拝借させて戴こう。


(出典『フォト蔵』)

名塩駅で普通に乗り換え、次の武田尾駅で下車する。
青春18切符を使うわりには近場じゃないかとツッコミが入りそうだけど、それなりの理由がある。当初は別なところに行く予定だったのだが、前夜になって急遽やめたのだ。理由をあげれば他にも色々あるのだが、単純に言うと路線検索のアプリが調子悪くて💢ブチギレたのである。

降りて直ぐ、バスに乗り換える。
今回もギフチョウの採集が目的だ。
武田尾といえばギフチョウの往年の名産地である。1970年頃までは多産しており、シーズン中は何十人もの採集者が押しかけていたそうだ。しかし、それ以後は開発や里山の放置による荒廃等により激減し、訪れる人もめっきり減ったという。

 
【ギフチョウ】

手乗りギフチョウだね。

それから約半世紀、現在はと云うと確実に増えている。
但し放蝶によるものである。ゆえに訪れる者は今も少なく、大多数の採集者はお隣の三田市に集まっている。蝶屋(蝶愛好家のこと)と呼ばれる人種たちは、放蝶されたものを極端に嫌うのである。憎養殖モノを良しとしないっていう概念が強いのだろう。まあ、言ってみれば大きな生け簀で釣りするのと同じだと考えれば、解るような気がするけどさ。
でも地図を見ると、武田尾と三田は連なっているから両所を移動していることは充分に考えられる。互いの血が混じっている可能性は結構あるのではないかと思う。とはいえ、自然由来か養殖モノかを区別するのは困難だ。その線引きは、斑紋が異なる他産地のものが放蝶でもされていないかぎりは事実上不可能だろう。
そんな放蝶されたギフチョウに何で会いに来たのかというと、べつに往年の名産地である此の地域のギフチョウがとりわけ欲しかったワケではない。産地ラベルのコレクターではないしね。僕ちゃん、ギフチョウを見つけて採る行為じたいが楽しいだけの人なのだ。だから理由を簡単に言っちゃうと、三田は人が多そうだと思ったからである。場所取りとか面倒くさいのだ。加えて、三田駅から採集ポイントまでの道中を考えると萎えた。途中、とんでもなくキツい坂を登らねばならぬのである。アレがホント辛くてイヤ。
それに今回は青春18切符での移動というのもある。乗り放題なので電車賃を気にすることなく、いつでも三田に転戦が可能なのだ。ここがダメなら、移動すれぱいいのである。その気楽さが此処を選ばせた。

実を云うと、もう一つまだ理由がある。
ここは春の三大蛾であるオオシモフリスズメ、エゾヨツメ、イボタガが3つとも産する。次回ライト・トラップをするにあたり、今一度、場所の選定を考えてみようと思ったのだ。謂わば下見である。そして、密かにあわよくば昼間でも見つけられまいかと思っていた。昼間に隠れている場所さえ見つかれば、わざわざ夜にライト・トラップをしなくても済む。夜の山ん中はおぞましくて怖いんだもん。この時期、夜はまだまだ冷えるしさ。

バスは急勾配を苦しそうに登ってゆく。
こりゃ、歩いては夜にライト・トラップする場所までは行けないなと思った。それも確認調しておきたかったのだ。
ちょっと憂鬱な気分で車窓の外に目をやる。これでギフチョウまでいなけりゃ、場所選びは大失敗だなと思った。

                         つづく

 
追伸
のっけからの脱線で疲れてしまって、ここで力尽きたなりよ。第二章は2話で終える予定が、この調子だとまだまだ続きそうである。これからは極力、脱線せぬよう鋭意努力しよっと。って云うか、このシリーズ、完結するのかよ❓道のりは遠いわ。

 
(註1)湊町駅
関西本線の終着駅である。あっ、今は大和路線と呼ぶんだっけか?いや、大和路線は愛称だっけか?ややこしいなあ。どっちかに統一しろよな。

どんな駅だったっけ❓と思い、当時の画像を探してみた。


(出典『さいきの駅舎訪問』)

こんなだったっけ❓ 全然、記憶にない。
年号は平成6年(1994)9月とある。どうやらこの時に駅名が「湊町」から「JR難波」に改称されたようだ。
この地上駅の「JR難波」は地下化までわずか1年半しか存在しなかったんだそうだ。余談だが、JR西日本ではこの難波駅が初の地下駅だったんだそうな。

ちなみに現在の駅はこんなの。


(出典『さいきの駅舎訪問』)

およそ駅に見えない、もう丸っきりの別モンである。
今は近所に住んでるから関係ないけど、昔と比べて改札口は歓楽街から遠くなったからムカついた記憶あり。


(出典『さいきの駅舎訪問』)

最初の画像とあまり変わりないが、湊町駅みたい。そう言わてみれば、何となく記憶の隅に画像がある気がしてきた。
高速道路の工事に支障があるために、平成元年(1989)12月に駅舎を移転したそうだ。そういえば駅の位置がズレたと云う記憶があるや。さっきより少し記憶の輪郭が鮮明になりかけてきてる。
移転の日付を見て気づく。その頃には東京に住んでいたから、あまりこの駅舎には馴染みがないのだろう。それでも1、2回は帰省していたから、年2、3回くらいは利用していた筈だ。


(出典『さいきの駅舎訪問』)

あっ、コレだね。これこそ記憶の中の湊町駅だ。強く印象に残っているのはこの駅舎だよ。
ミナミで遊んでて、終電に乗るのによくここまで走ったっけ…。
昭和24年(1949)3月改築とある。たぶん数え切れないほど、この駅の改札を通ってるんだろな。


(出典『懐かしい駅の風景〜線路配置図とともに』)

そうそう、改札を抜けると右手にコノ字型のプラットフォームがあったんだよなあ。


(出典『懐かしい駅の風景〜線路配置図とともに』)

誰もいないね。


(出典『アルベース』on twitter)

改札からプラットフォームまでの雰囲気がとても好きだった。人でゴッタ返していても、どこか風情があった。


(出典『ゲイの鉄道マニア・カシオペアの個人的趣味シャベレ場』)

この白い鉄骨、懐かしい。


(出典『交野が原道草』)

こんな感じで、電車がよく停まっていた。
でも、だいたいの記憶は夜か夕方だけどね。遊びに行くから、行きは夕方、帰りは深夜なのだ。


(出典『つるさんの鉄ブロ温泉』)

103系らしい。
そういえば東京に初めて出てきた時には、この電車が山手線を走ってたから何だか変な気分だった。
それはさておき、こんなのが快速電車として走ってたんだね。そういえば、微かだけど記憶にあるや。


(出典『新快速東京行き@外出自粛中』)

駅名の看板も懐かしいが、背後の景色がもっと懐かしい。そういや、こんな風景だったわ。でも多分、殆どの建物は今は無い。
タイムマシーンがあったら、この時代に帰りたいよ。

 
追伸の追伸
ありゃー、舌先が渇かぬうちに早くも註釈で脱線だわさ。
脱線は、もう宿痾のビョーキなのかもしれない。次回はちゃんとギフチョウの事、書きまあーす。