第4話 『壮重なる紫』
【Euthalia kosempona ホリシャイチモンジ】
(2017.6.20 台湾南投県仁愛郷)
タテハチョウ科 イナズマチョウ属のホリシャイチモンジのメスじゃけぇ。
マジ、渋カッケー( ☆∀☆)
オスとは全然見た目が違うから、昔は別種と考えられていて、ダイトウイチモンジ(Euthalia hebe daitoensis)なる名前がついていたそうだ。
ホリシャイチモンジはオスもあまり見掛けないが、メスにはもっと出会えない。ワテもこの1頭しか出会った事がない。
と云うワケで慎重に展翅したあるよ。
今回はタイワンタイマイとは反対に上翅をギリギリまで上げた。なぜなら、下翅の上側が黄泉(よみ)の国に通ずる妖しき闇を想起させる高貴なる紫だからだ。それが上翅に隠れて見えなくなるのは何としてでも避けたい。ゆえに、下翅を限界まで下げてから上翅を調整したのでありまする(`◇´)ゞ。
採れたのは、前述したようにこの1頭のみ。
珍しく緊張のあまり振り逃がして、死ぬほど追いかけ回して最後はダイブ。何とかギリギリで仕留めたのを思い出す。
下翅上部の紺色と紫が混じりあったような色が、何とも言えない美しさだ。
裏面はこんな感じ。
心拍数バクバクの急上昇、ハーハー、ゼェーゼェー状態で天を仰いで拳を突き上げ『エーイドリアーン』と叫んだっけ…(アホなのだ)。
で、膝をついたまま写真を撮ったんだよね。その時、突然指が震え出したのを鮮明に思い出す。指が震えたのは久し振りだった。
昔は初めて採った蝶には毎回指が震えたものだが、慣れてくると滅多にそんな事は無くなった。
物事は知れば知るほど面白くもなるのだが、それと背反して知れば知るほど純粋なる感動とは乖離してゆく。
人の生業(なりわい)とは、常に大いなる矛盾を孕みながら流れている。時々、何故にと立ち止まらざるおえない時がある。一つの真理なんて何処にも無いのかもしれない。全ての物事には二律背反する二つの真理が存在している。逆もまた然りだ。
話が逸れた。
続いてをホリシャイチモンジのオスを図示しよう。
【ホリシャイチモンジ】
(2017.6.15 台湾南投県仁愛郷)
コチラがその裏面。
色が今イチなので採集時の画像も添付しておこっと。
あらためて並べてみると、メスとは色柄が全く違う。
オスとメスが異型の蝶って、そこにきっと何らかの意味があるんだろうなあ…。
だとは思うんだけど、ホリシャイチモンジの場合はよくワカンナイ。何か毒のある奴に擬態してるふしもないしさ…。
生態は、自分的には今イチよくワカンナイところがある。
後々登場するタカサゴイチモンジみたいにがテリトリー(占有行動)を張っているのを見たことがないし、路上に出てきたのも一度も見たことがない(唯一
だけが路上にいたもの)。
また、スギタニイチモンジのようにが
を探すような回遊行動も見られなかった。
一昨年2016年の7月に初めて採った時は、二度とも暗い森に入った瞬間にマッハで飛び出てきて咄嗟に振り抜いて得たものだ。トラップには全く来なかった。
一方、2017年はトラップに来たものしか得ていない。
飛翔はバリ速い。年1化、5~10月に常緑広葉樹周辺に見られるというが、その最盛期は6~7月だろう。
図鑑によれば垂直分布は標高200~2500mとなっているが、採集ポイントでは標高1000m前後という狭い範囲でしか見られなかった。標高も無関係ではないだろうが、比較的限られた自然環境にしか生息できない種なのかもしれない。また、その生息環境からあまり離れたがらない性格なのではないだろうか?それがゆえに採集例が多くなく、局所的分布とされる所以ではなかろうか。
杉坂美典さんのブログに拠れば、分布はインドシナ半島北部から中国南部と台湾。台湾国内では、中南部から中北部の山地帯に局所的に分布するとあった。
でも、このタイプのイナズマチョウは大陸に似たようなのが結構いて、別種になってた奴もいる気がするんだよなあ…。少なくともタイやラオスの北部(インドシナ半島北部)には居ないし、記述されてる程には分布範囲が広いとは思えないんだよなあ。
台湾のものは、固有種(特産種)という可能性はないのかなあ…。
(>o<“)クソーっ、また変なとこに首を突っ込もうとしてるね、オイラ。
他のサイトでは、ホリシャイチモンジは台湾の固有種だという表記もあった。
またしても迷宮に迷い込みましたなあ…。
でもググっても、ろくな資料が出てこない。
亜種名さえも出てこないところをみると、特産種の可能性もあるかもしれない。
そういえば肝心要の『原色台湾産蝶類大図鑑』を見るのを忘れてたよ。
(;゜∇゜)あれま、そこにはこう書いてあった。
「本種は従来台湾の特産種とされているが、対岸大陸には類似種が多く、その分類はさらに再検討を要する。Mell(1923)は南支那(中国)広東省北部の山地から本種の1亜種と思われるもの(Euthalia shinnin albescens Mell)を記載しており、本種は支那産のものと共通種である疑いが濃い。」
「shinnin」とか、また変なのが出てきたよ。
こんな時、横地隆さんの『総説リンブサイナズマ』が
手元にあればなあ…。緑系イナズマのLimbusa亜属といえば横地さんが第一人者なのである。
副題に「南中国・ヒマラヤ地域に生息するユータリアの世界」とあるように、この亜属を網羅した論文だ。これさえ有れば、問題はたぶん一発で解決するに違いない。
しかし、論文はCiNii booksで探しても本文の閲覧は出来なかった。
その替わりに横地さんの別な論文「Revision of the Subgennus Limbusa MOORE,[1897]」というのが目っかった。
らしき画像の学名欄を見ると、何と何と驚いた事にそこには「Euthalia sahadeva kosempona」とあるではないか。えっ、ホリシャイチモンジって、sahadeva サハデバの亜種なの
じゃあ、shinninとか云うのはどないな扱いになるのん?オジサン、(@_@;)パニックだ。
サハデバの亜種ならば、学名表記も変わってくる筈だけど、記憶では各サイトの学名は「E.kosempona」になってたと思うんだよなあ…。
確認しまくる。
間違いない。台湾のものは皆「Euthalia kosempona」になってる。でも、亜種構成についての記述は見つからない。亜種名が見つからないというのは、どう云うことなのだ?やっぱり台湾のは特産種って事?
ついでに「Euthalia」だけで検索してみる。
これで属の種構成を調べようと云う狙いだ。
ウィキペディアにズラリと並んだ種名を見てゆく。
おっ、先ずは「E.kosempona」が見つかった。
やっぱり独立種扱いじゃないか。
続いて「E.sahadeva」も見つかった。という事は、kosemponaはsahadevaの亜種ではなく、両者は別種と云うことだ。真偽はともかくとして、ウィキではそういう見解ってワケだね。
因みに、そこには「E.shinnin」という種は無かった。
一応、台湾のサイトでも確認する。
ホリシャイチモンジの台湾での呼び名は、連珠翠蛺蝶, 黃翅翠蛺蝶, 甲仙綠蛺蝶, 埔里綠一文字蝶, 埔里綠一字蝶, 甲仙翠蛺蝶, 連珠綠蛺蝶。
いっぱい有るんだね~。日本みたく統一とかしないのかな?不便でしょうに。
もっとも、欧米では一つの種に対して、沢山の地方名があるから、そっちが当たり前なのかしら。
書くのを忘れてたけど、和名を漢字にすると「埔里社一文字」となる。最初に埔里(社)で見つかった一文字模様の蝶と云うワケだろう。
それにしてもイナズマチョウの仲間なのに、この和名はよろしくないね。イチモンジチョウの仲間だと勘違いする人も多かろう。いっそのこと、ホリシャイナズマと改名したらいいのにと思う。こっちの方がよっぽどカッコイイ。
「台湾生物多様性資訊入口網」というサイトで、謎だった「E.shinnin」の事もわかった。
どうもシノニム(同物異名)になっているようなのだ。
・Euthalia hebe subsp. kosempona Fruhstorfer, 1908 (synonym)
・Euthalia hebe daitoensis Matsumura, 1919 (synonym)
・Euthalia hebe shinnin Fruhstorfer, 1908 (synonym)
・Euthalia shinnin Fruhstorfer, 1908 (synonym)
一番最後の行に出ている。
だからウィキペディアには「E.shinnin」が種として出てこなかったんだね。納得だよ。
それにしても、「Euthalia hebe」へーべという種との関連で3つもがシノニムになっている。
たしかへーべという種も別種として存在してたよね。
あっ、2番目はの別名であるダイトウイチモンジの事じゃないか
昔はへーべの亜種とされてたんだね。
これ以上、突っ込んでいったところでろくな事がない。埒も開かないだろうし、ラオス産緑系イナズマの画像を添付して、この件から逃亡します。
ったくよー、毎回毎回落とし穴に嵌まるなあー。
自分の持っている唯一のLimbusa亜属の資料を探す。
あっちこち探してようやく目っける事ができた。
(出典 増井暁夫・上原二郎『ラオスで最近採集された蝶(9)』月刊むし No.403,Sept.2004)
パッと見、左の奴がホリシャイイチモンジのにそっくりだなあ…。
おー(_)、何とコヤツがEuthalia sahadeva サハデバじゃないか
これだけ似てりゃ、ホリシャがコヤツの亜種とされるのも解る気がするよ。
でも、よくよく見ると、このそっくりな奴は何とではなく、
なのだ
一瞬、頭がこんがらがる。チミはオカマちゃんなのかもしくは単なる
を
と書き間違えた誤記じゃねえのか?
でも、間違いではなく右隣がそのなのである。
コレは別種と言わざるおえないよね。
分布はネパールから北タイ、ラオス北部、中国中南部にかけてとの事。
今度は見た目がに似たヤツだ。
(出典『ラオスで最近採集された蝶(9)』)
左上が『Euthalia pyrrha』。
解説に拠れば、サハデバの亜種と考えられていた時代もあったようだ。残念ながら、は図示されてない。
分布は中国た中南部からベトナム北部にかけて。
その右隣は『Euthalia suprema』。
その下がである。マハデバの
とは見た目が違うし、コレも別種でしょう。2001年に記載された新種だそうで、基産地はサムヌア。
「Euthalia hebe」へーべも載ってましたよ。
(出典『ラオスで最近採集された蝶(9)』)
コレは一見して明らかに違うね。
何だよ、ホリシャイチモンジのにはあんま似てないじゃんかよー。
解説には、「中国湖北省長陽を基産地とするが他の地域からの報告は少なく、北ラオス・サムヌアから発見されたことにより、意外に広範囲に分布するのかもしれない。」とあった。
う~ん、この辺までが現時点でのオイラの能力の限界かな。
結局、肝心な事はよくワカンナイや。
ホリシャイチモンジがサハデバやへーべとは別種である事は解ったけど、台湾特産種なのかどうかはワカラン。
もう無理。ここいらで許してケロ。
おっ、そうだ。幼虫の食餌植物の事を書くのを忘れておった。
「原色台湾産蝶類大図鑑」には食樹は未知とあったが、台湾のサイトで見つけることが出来た。
それによると、ブナ科 Quercus glauca アラカシとブナ科 Cyclobalanopsis pachyloma(カシ属)となっていた。おそらく他のブナ科植物も食樹としていると思われる。
因みに、台湾のLimbusaのレア度は、ホリシャイチモンジ、スギタニイチモンジ、タカサゴイチモンジの順かと思います。
あっ、Euthalia malapana マレッパ(マラッパ)イチモンジってのもいましたねー。
でも、15年くらい記録がないらしいですから、これはもう別格の存在でしょう。
地震で道が寸断されて産地に入れなくなって久しいという。今後も道が修復される予定は無いそうだから、今や幻の蝶となりつつある。
それはそうと、このLimbusa亜属群と言われる緑色のイナズマチョウの新鮮な個体は、何れも標本とは美しさに雲泥の差があります。
これほど標本と実物に落差がある蝶って、あんまり記憶にありません。輝きが違うってところでしょうか。また、光の当たる量や角度によって随分違った色に見えます。謂わば玉虫色のスーツみたいなところがある。
【Euthalia Patala パタライナズマ】
(2014.4 Laos)
(2017.3 Thailand)
(2017.5 Laos)
(2014.4 Laos)
同じ種類なのに、こうも違って見えるのである。
一番最後の写真が標本の色に近い。
あー、また会いにいきたいよねー。
おしまい
追伸
因みにホリシャイチモンジは、『発作的台湾蝶紀行』の第16話「王子様は黄金帯」に登場します。
https://www.google.co.jp/amp/s/gamp.ameblo.jp/iga72/entry-12189188667.html
そういえば、55話の「待ち人ちがい」にも登場しますな。
https://www.google.co.jp/amp/s/gamp.ameblo.jp/iga72/entry-12214192902.html
発作的台湾蝶紀行○○話で検索しても出てくると思います。
そういえばマレッパイチモンジも前に文章を書いたことがあるなあ。たぶん、マレッパイチモンジ 蝶に魅せられた旅人と打てば、これも出てくると思います。
(~_~;)何だか毎回ヘトヘトです。