2019’カトカラ2年生 其の1 最終章

 
   No.18 アサマキシタバ(6)

  『深甚なるストレッケリィ』

 
アサマキシタバの解説編の続きである。でもって、今度こそ最終章である。
前回で最終話になる予定が、ドツボに嵌まって💦トッピンシャン。とんでもない大脱線となった。まさか自分でも最初の項目である【学名】で終わるとは夢にも思わなかったよ。

仕切り直しで、アタマからいく。
今度こそ、石塚さんの『世界のカトカラ(註1)』から画像をパクリまくりである。石塚さん、いつもスイマセン。

 
【アサマキシタバ ♂】

 
【同♀】

 
【♂の裏面】

【♀の裏面】

 
今回、♀の裏面の画像を差し替えた。でも同じ個体です。触角が見やすいようにとマチ針を外したのだ。
オスとメスは一見して、かなり見た目が違うのだが、それについては後ほど別項を設けて書きます。

 
【分類】
ヤガ科 Noctuidae
シタバガ亜科 Catocalinae
カトカラ(シタガバ)属 Catocala

 
【学名】
Catocala streckeri staudinger,1888

学名の属名 Catocala の語源は、ギリシャ語の kato(下、下の)と kalos(美しい)を組み合わせた造語。つまり、後翅が美しい蛾ということだね。
小種名 streckeri の語源は、おそらくアメリカの昆虫学者ハーマン・ストレッカーに献名されたものだろう。詳しくは前回を参照されたし。

 
【和名】
アサマキシタバの後半部分の「キシタバ」は、下翅が黄色いシタバガの仲間と云うこと。カトカラ(シタバガ)属の中で、このキシタバと名の付くものは下翅が黄色いグループに含まれる。
前半部分の「アサマ」は、たぶん長野県と群馬県とに跨がる浅間山に因んだものだろう。
蝶にもアサマイチモンシ、アサマシジミってのがいて、由来は最初に浅間山周辺で採集されたからだ。たぶん同じようなもんっしょ。とはいえ、浅間山ならぬ浅間さんが最初に見つけたからだったりして…。
何か冒頭から雑いよなあ。きっと文章を書くのに疲れておるのだ。気を取り直して、前へと進めよう。

 
【亜種】
調べた範囲では、亜種は特に記載されていないようだ。
タイプ産地は、おそらくアムールとか沿海州(ロシア南東部)だろう。この辺りの産地と朝鮮半島のものがわりと下翅の黒帯が細く、黄色い部分が広いような気がする。

 


(出典 2点共『世界のカトカラ』)

 
上が韓国産で、下がロシア産である。
見た目の印象が結構違う。黒っぽい日本のものよりも、キレイだ。
とはいえ、傾向があると云うだけで亜種区分する程のものではないのだろう。
でもググってると、他にも韓国産のアサマキシタバの画像が出てきた。

 


(出典 2点共『www.jpmoth.org』)

 
う〜ん、こんだけ黄色いのが続くと考えちゃうなあ…。
もし分けるとなると、日本の黒っぽいモノの方が別亜種になるんだろね。どこにも誰もそんな事は書いてないけど、黄色いのと日本のような黒っぽいヤツとは大陸では連続的に分布していて、厳密的には線引き出来ないのかもしれない。そうゆう事にしておこっと。

その後、日本の分布について調べてたら、増井武彦氏の『四国の蛾の分布資料(Ⅷ) オオシロシタバとアサマキシタバの発見(註2)』と云う論文に以下のような記述を見つけた。

「5月下旬に本種の1♀を採集することができた。得られた個体は開張55mmでやや大型であり、コガタキシタバを連想させるほど後翅の黄色帯は濃く、やや中部以北産の個体とは趣を異にしている。」

四国のアサマは他と違ってるのか…❓
それで思い出した。そういえば愛媛産のアサマキシタバも、そんな感じだったような気がするぞ。

 

(出典『南四国の蛾』)

 
やはり、黄色い。
でもなあ…個体差もあるしなあ…。明確には分けれないんだろなあ…。
下手に触れればロクな事がない。一々、疑問を持つからドツボにハマり、文章が長くなるのだ。個体差があって。厳密的には分けれない。やっぱり、そうゆう事にしておこっと。

亜種はいないが、ヨーロッパに小型の近縁種がいるもようだ。

 
【Catocala euychea Treitschke,1835】


(出典『世界のカトカラ』)

 
翅の斑紋がアサマとは全然違うけど、♂の交尾器の構造が似通っているそうだ。
地中海周辺から西アジアに分布し、和名にギリシャキシタバの名がある。

一応、カトカラのDNA解析の系統図を見たら、予想外のウスイロキシタバ(Catocala intacta)のクラスターに入れられていた。系統図からは、かなり近縁な関係に見受けられる。

 

(出典『Molecular Phylogeny of Japanese Catocala Moths Based on Nucleotide Sequences of the Mitochondrial ND5 Gene』)

 
とはいえ、DNA解析の結果が100%正しいかどうかは疑問なところもある。本能的に違うんじゃないかと思う解析結果も珠にあるのだ。全く違う系統の種が何らかの収斂の結果(例えばカタツムリ食のオサムシ)、互いに見た目が似通うってことはあるのは理解できる。でもそれとは違う、もっと本能的な違和感を珠に感じるのだ。
とにかく、解析のやり方によっては違う結果が出ることもあるだろう。だから結果を鵜呑みにはしないようにしている。
まあ将来的には検査方法が確立されて精度も高まるだろうから、信頼できるに足るようなものにはなってくんだろうけどさ…。
きっと、オラって肉眼で見えてるものしか信じない旧いタイプの人なんだろね。でも肉眼で区別できないものを分類するのって、はたして必要なのかな?全く不必要だとは言わないが、そんなのまで図鑑に載せ始めたら、混乱するだけだろ。いたずらに細分化するのって、疑問を感じるよ。

記事をアップ後、カトカラの世界的研究者である石塚勝己さんからDNA解析の結果について御指摘があった。折角だから載せておきます。

『引用されているDNA系統樹は、新川さんにやっていただいたミトコンドリアND5をMLで処理したものです。これでアサマとウスイロが近縁と判断するのは誤りです。ここで類縁が指摘されているのはワモンとキララ、オオシロとcerogama、ムラサキとrelicatだけです。そのほかのものは類縁関係は判断できません。おそらくミトコンドリアND5の解析ではカトカラの系統を推定するのは無理なのだと思います。😀』

また、補足のコメントもござった。

『遺伝子解析は有力なデータの一つです。その解析結果をどう解釈するかが問題だとおもいます。』

石塚さんが言ってるんだから、これについては何ら反論は無い。んな事よりも、DNA解析って何なん❓益々、信用でけへんわ。蝶かて、どーよ❓って感じ。サトウラギンとかヤマウラギンとか無視だな。

 
【シノニム(同物異名)】
Ephesia strecceri Hampson, 1913

これは属名が、Ephesiaからcatocalaに変更になったからだろう。
Ephesiaという属名は古い属名で、リンネが鱗翅目を分類した時に命名した4つの属のうちの一つである。

あっ、小種名は字面が似ているから同じ「streckeri」かと思いきや、よく見ると綴りが違うや(・o・)
違うけど、ここは掘り下げないようにしよう。もうウンザリなのだ。こんなの、どうせミスプリントだ。これ以上、迷宮を彷徨うのは御免だ。また前回の学名の項みたくなりたくない。

 
【変異・異常型】
アサマは上翅斑紋が不明瞭なものが多いが、柄にメリハリがあるものもいるようだ。

 

(出典『世界のカトカラ』)

 
他には、稀に後翅の中央黒帯が細まるものや、ほぼ消失する異常型などが知られているそうな。
たぶん、↙こうゆう型のことだろう。

 


(出典 2点共『世界のカトカラ』)

 
岸田先生の『日本産蛾類標準図鑑Ⅱ(註3)』にも異常型が載っていた。

 

(出典 岸田泰則『日本産蛾類標準図鑑Ⅱ』学研)

 
(・・;んっ❓ 何か違和感を感じた。
触角や後脚が違うが、斑紋は全く同じに見える。
もし見当違いならゴメンなさいです。もしかしてコレって同個体で、展翅をやり直しただけなんじゃないのか❓
どっちが再展翅したモノなのかはワカンナイけど、まあ岸田先生と石塚さんは懇意にされてるみたいだから、そうゆう標本の貸し借りみたいな事はよくあるのだろう。勝手な推測だけど。

 
【開張(mm)】
『原色日本産蛾類図鑑Ⅱ』では、52〜54mm。『日本産蛾類標準図鑑』では、47〜54mm内外となっていた。

日本のカトカラの中では、やや小さい部類に入るだろう。

 
【雌雄の判別】
カトカラは基本的に雌雄同型の斑紋なので、雌雄の判別には慣れが必要である。一応、参考までにアサマキシタバの雌雄の判別法を自分なりに書いておきます。

①同定をする場合、先ずは裏返して尻先と産卵管の有無を確認しましょう。その2つが有れば、間違いなくメスです。

 

 
黄色いのが、おそらく産卵管だろう。
以下、確認されたし(画像はピンチアウトすると拡大できます)。

 

 
一方、オスはこんな感じ。

 

  
一見してオスは毛束が多く、スリットは認められない。
 
補足事項として、以下のような雌雄の特徴が傾向として見受けられる。

②オスは腹部が細くて長い。反対にメスは太くて短いものが多い。また、尻先も丸くなる傾向がある。

③オスは尻先に毛束がある。メスも無くはないが、その量は遥かに少ない。

④オスは前脚(第1脚)と後脚(第3脚)が多くの毛に覆われ、モフモフである。特に新鮮な個体ではコレが顕著である。対するメスは毛があるにはあるが、オスよりも明らかに少なく、モフモフ度は低い。

 
(オスの前脚)

 
(メスの前脚)

 
横からの画像も加えておこう。

(オス)

  
前脚だけでなく、後脚なんかもモフモフなのだ。

 
(メス)

 
但し、この判別法は新鮮な個体に限る。飛び古した個体は体毛が抜け落ちるからだ。

④相対的にメスの方が翅に丸みがある。バランスは横長で、胴体の太さも相俟ってか、ずんぐりむっくりな印象を受ける。それと比して、オスは全体的に細くてシャープに見える。

⑤触角は比較的オスの方が長い傾向にある。

これらは上の画像や冒頭の展翅画像でも確認できる。
但し、補足の②〜⑤の各項には例外もあるので、これらを総合的に鑑みて同定することが必要だろう。

 
【分布】
北海道、本州、四国、九州、対馬。

本種は、杉(1971)によれば、内陸準乾燥地を好む蛾であり、ミズナラ帯にも進入しているので、中部以北、北海道まで広く産する。ところが、近畿以西の西南日本では、マメキシタバと同様に低標高地で発見されているのが特徴である。
たしかに近畿地方では低山地に多い。『世界のカトカラ』には「一般にあまり多くないが、場所によっては多産する。」とあったが、近畿では広く分布していて、何処にでもいると云った印象がある。一瞬、暖帯を好む種なのかと思ったが、九州地方では稀なので、それは考えられない。となると、幼虫の食樹の分布と関係があるのかもしれない。近畿地方では冷温帯に好んで生えるミズナラが少なく、幼虫は主に低山地に生えるクヌギ、コナラ、アベマキ、ナラガシワ、アラカシ、ウバメガシを食樹として利用しているからなのかもしれない。

わかり易いように分布図を貼り付けとこっと。

 

(出典『日本のCatocala(註4)』)

 

(出典『世界のカトカラ』)

 
因みに、三重県が空白になっているが、ネットで見ると三重県北部での採集記録がある。また、茨城県太子町、東京都武蔵村山市、千葉県市川市でも見つかっているようだ。

四国では1978年に増井武彦氏によって香川県で初めて分布が確認され、極めて珍しいものだった。しかし近年になって各地で個体数を増やしており、今では四国全県で見られるという。
記録を拾うと、香川県さぬき市前山、高松市藤尾神社、丸亀市。徳島県八方町(文化の森は総合公園)。愛媛県西条市、松山市。高知県いの(伊野)町などがあった。

中国地方でも従来は少ないとされてきたが、近年は増えつつあるようで、『世界のカトカラ』の分布図では空白になっている島根県でも発見され、現在は全県に記録がある。記録が拾えた産地を列挙しておく。
岡山県美作市、奥矢津。広島県宮島市、広島市東区。鳥取県日野郡。島根県太田市三瓶町。山口県秋吉台、小野田市。

九州では長らく分布しないとされてきたが、2006年に大分県深耶馬溪、釈迦ヶ岳で見つかった。その後、同じく大分県九酔渓、佐賀県作礼山、福岡県北九州市平尾台、長崎県対馬でも分布が確認されている。

国外では、アムール、朝鮮半島、中国東北部に分布している。

 
【レッドデータブック】
以下の都道府県が稀少種に指定しているようだ。

滋賀県:絶滅危機増大種
兵庫県:Cランク(少ない種・特殊環境の種など)
香川県:準絶滅危惧種

わりと居るとされる近畿地方なのに、2県もランクされているじゃないか。兵庫県なんぞは、淡路島から県中部に広く記録があるのに、なして(・ ・)❓
やっぱレッドデータブックって、トンチンカンなとこあるワ。幼虫の食樹はクヌギなどありふれたものなので、そないに減っているものではないだろう。とはいえ、里山の雑木林は放置されてるから将来的にはわからないけど。

 
【成虫出現期】
日本のカトカラの中では、最も早くに現れる。
ネットの『みんなで作る日本産蛾類図鑑』では、5E-7(5月終わりから7月)となっているが、『世界のカトカラ』や『日本産蛾類標準図鑑』では5月中旬から現れ、8月中旬頃まで見られるとある。
近畿地方では、5月中旬頃から現れ、6月中旬には殆んど姿を消す。西日本だと何処でも概ねそんな感じだろう。他のカトカラと比べて発生期間が短いように思う。それと比べて図鑑の発生期が長いのは、たぶん東日本では標高が高かったり、寒冷地であったりして、低山地と比べて発生が遅れる地域があるからだろう。
憶測で言うのも何なんで、一応調べとくか…。

西尾規孝氏の『日本のCatocala』によると、「長野県の温暖な地域では5月下旬から、低山地では6月上、中旬から下旬、標高1000m付近のミズナラやカシワ林では6月中旬から7月上旬に出現する。」とあった。予想通りでおましたな。
ついでに北海道も調べたけど、今一つハッキリとした資料は見つけられなかった。しかし、ネットに7月に撮られた写真が載ってて、かなり新鮮な個体だった。なので、おそらく6月下旬から7月上旬に現れるものと思われる。
また『日本のCatocala』では、出現ピークは1週間から10日。寿命は2、3週間と書いてあった。実際、2020年に生駒山地に樹液採集に行った折は、そんなもんだった。最初に行ったのが5月24日で、この日は新鮮な個体ばかりだった。たぶん発生初期だったかと思われる。しかし、16日後の6月9日に行った時は1頭たりとも見なかった。勿論、全く同じ場所である。つまり、たった16日で消えてしまったと云うことだ。そこから類推すると、発生期間はやはりて2週間から3週間と云うことになる。多くのカトカラの寿命が2、3ヶ月だから、極めて短い。
これは、いったい何を意味するのだろう❓
考えられるとすれば、交尾、産卵するまでの間が極めて短く、羽化後すぐに交尾、産卵するという事だろう。多くのカトカラがメスの卵巣が成熟するまでに時間を要するそうだから、これもカトカラの中では異例と言えるだろう。

 
【成虫の生態】
かつては珍品だったようだが、生態が解明されてからは普通種に成り下がったと書いてあるのを各所で見た。けど、何れも具体的な理由については言及されていなかった。おそらく灯火採集よりも樹液採集の方が得やすいと分かったからだろう。あとは、昔は個体数が少なかった可能性も考えられる。また或いは、カトカラに興味を持つものが当時は少なかったと云うのも可能性としてはあるだろう。誰もが、その珍しいと云う記述を鵜呑みにして疑問を持たなかった事は充分考えられるからだ。

灯火にも樹液にも、よく集まるとされる。
しかし個人的には、その時期にライトトラップをした事が無いので、外灯に来たのを1頭くらいしか見たことがない。
但し、時に大発生し、その時は外灯に多数が集まるようだ。長野県では1981年前後と1999年、2005年から2007年にかけて大発生したそうだ。カトカラ2年生のワシは知らんけど、近畿地方でも2015年前後に大発生して、大阪市内や神戸、西宮、宝塚などの市街地、果ては関西空港でも灯下に集まるものが多く見られたという。大阪市内に良好な発生地があるとは思えないから、飛翔力は、それなりに有りそうだね。ちょっと待て。となると、生駒山地で16日後に消えたのは、移動した事も考えられるな。とは言っても、やはり寿命は短いものと思われる。

灯火への飛来時刻は、調べたが明確な答えは見つけられなかった。参考までに言い添えておくと、近畿地方の大発生の時は、日没後、時間帯に関係なく現れたようだ。そんなに珍しい種類ではないので、あまり注視されてなくて、言及もされないのだろう。

ちょっと面白いのは、多くの昆虫が大発生した翌年には大幅に減少するのに対し、連続で大発生することもあると云う点だ。関西でも翌年も結構いたそうだ。
大発生した者の多くが翌年に減少するのは、それに呼応して天敵も増えるからだと言われている。例えばオニベニシタバが大発生した時は、それに連れて卵に寄生する天敵のトビコバチの1種も増えたそうだ。そういえばマイマイガが大量発生した時は、普段は少ない天敵クロカタビロオサムシも大発生したもんな。

樹液には日没後、比較的早くに集まって来る。午後9時前後に飛来が一旦止まり、10時過ぎくらいからポツポツ飛んできて11時から0時にかけてまた飛来数が増えると云う日が多かった。とはいえ、日没後から間もない方が飛来数は多いと云う印象が強い。
しかし、2020年は日没後7時台に数頭飛んできて、飛来がピタリと止まり、9時台になって活性化した。その後、11時まで継続して飛んで来た(11時以降は帰ったので分からない)。たぶん、その日の微妙な気候条件によっても左右されるのだろう。

糖蜜トラップにも飛来する。
2020年に1回だけしか試した事はないが、最初はフル無視されて、樹液にしか反応しなかった。しかし、なぜか10時台になって急に反応し始め、帰った11時までに6例の飛来があった。

樹液の他に、花にも吸蜜に集まる。記録されている花はヤマウルシ、イボタ、カキ(柿)、ウツギ、クリ。
また熟したクワの実やアブラムシの分泌物にも吸汁に訪れるようだ。

成虫は昼間は頭を下にしてクヌギやコナラなどに静止していると言うが、真面目に探した事がないので見たことはない。
驚いて飛び立つと、上向きに着地して直ぐに下向きに素早く姿勢を変えるという。他のカトカラは着地後、暫くしてから向きを変えるものが多いと云うイメージがあるから、ちょっと変わってるかもしれない。

交尾行動も変わっていて『日本のCatocala』によれば、交尾は樹液近くのクヌギの葉裏で観察されている。多くのカトカラが樹幹で交尾するから、これも特異と言っていいだろう。時間帯は午後11時から深夜2時。ブナ科コナラ属を食樹とするカトカラの多くが日没後、比較的早い時間帯に交尾が観察されているから、これも特異かもしれない。但し、野外でカトカラの交尾が観察されることは稀だから、今後、新しい知見がもたらされて覆される可能性はある。
♀腹部内にある交尾曩の精包数から交尾は複数回行われているようだ。

同じく『日本のCatocala』に拠れば、産卵習性も特異だ。
日没後、メス親は食樹であるナラ類の周辺を飛翔し、樹幹に着地する。その後、歩行して枯れた枝にできたカミキリムシやキクイムシがあけた孔に数10卵を産み、更に入口を分泌物で塞ぐそうだ。したがって卵期にはトビコバチなどの天敵は今のところ見当たらないという。また産卵習性が他のカトカラとは異なることが、大発生時の消長の特異性に関わっているかもしれないと書かれている。なるほどね。
西尾氏の観察力は凄いや。よくぞこんな事まで調べたなと思う。真似できない凄い方です。そうゆうワケで、ここから先も西尾氏の『日本のCatocala』に頼りっきりで書く。

 
【幼虫の食餌植物】
ブナ科コナラ属のクヌギ、コナラ、アベマキ、ミズナラ、アラカシ。
西尾氏は、この他にカシワ、ナラガシワ、ウバメガシを加えておられる。
低山地に生息するものはクヌギ、コナラ、アベマキ、アラカシなどを、1000m付近の山地に生息しているものはミズナラを利用しているものと思われる。北海道にはクヌギ、アベマキ、アラカシ、ナラガシワ、ウバメガシは自生しておらず、コナラも極めて稀なので、おそらく低地ではカシワ、山地ではミズナラを利用しているものと考えられる。

 
【幼生期の生態】
幼生期については全くのド素人ゆえ、毎度の事だが今回も西尾氏の『日本のCatocala』の力を全面的にお借りする。

卵はカミキリムシのあけた孔に纏めて産まれ、互いが分泌液で接着されている。

 
(卵)


(出典『日本のCatocala』)

まんじゅう型で扁平、他種よりも小さい。卵殻は柔らかく、色は黄白色。
これには驚いた。およそカトカラの卵には見えない。こんな色のツンツルテンの卵は他に類を見ないのだ。カトカラの卵といえば、大体こんな感じだもんね。↙

 


(以上4点共 出典『日本のCatocala』)

上からマメキシタバ、フシキキシタバ、オニベニシタバ、ムラサキシタバである。因みにマメとフシキ、オニベニはアサマと同じく食樹はナラ類である。
とにかく、大概の卵はこんな風に基本は溝付きなんである。それに色も殆んどは淡褐色とか暗褐色だ。こんな目立つ色の卵は他にないのだ。これについて西尾氏は、「卵に対する捕食もしくは寄生などの圧力が殆んどかからず、卵の色彩が隠蔽的になるような進化が起きなかった結果と考えられる。」と推察されておられる。
時に連続的に複数年の大発生が見られるのは、或いはこれが原因なのかもしれない。つまり、あまり発生数が天敵に左右されない可能性があるってことだ。
卵塊で産卵されるのも珍しいようだ。飼育下での話だが、他に卵塊性産卵をすると考えられる種は、カバフキシタバとコガタキシタバくらいらしい。

幼虫は5齢を経て、蛹になる。

 
(終齢幼虫)

(出典『明石の蛾達』)

 

(出典『青森の蝶たち』)

 

(出典『フォト蔵』)

 


(出典『日本のCatocala』)

 
野外の幼虫の色彩変異はやや有り、白粉で覆われるために分かりにくいが、著しく白化したものから色彩のコントラストが激しいものまで連続的に変異が見られる。
幼虫は樹齢15〜40年の壮齢木によく付き、卵塊産卵性があるために1本の木から複数の幼虫が見つかることも少なくないという。
若齡幼虫は日中、葉裏に静止している。終齢幼虫になると、細い枝から太い枝や樹幹に降りてくる。しかし、樹幹にまで降りてくる個体はあまり多くない。

 

 
終齢幼虫の体長は約55mm。頭幅は淡色のものが平均3.4mm。黒っぽいものが平均3.2mmと差異が認められるそうだ。

 
(幼虫の頭部)

(出典『日本のCatocala』)

 
各種カトカラの幼虫の識別は、この頭部の斑紋や色彩が重要な手がかりとなるようだ。

蛹化場所も特異で、他のカトカラが落葉の下など地表部なのに対して、食樹上の葉の重なり合った部分から容易に発見されるという。但し、北海道ではカシワ林の落葉の下から蛹が見つかっている(小木,2002)。
繭の構造も特異で、他のカトカラが1重の粗末な作りなのに対し、丈夫な2重構造になっている。西尾氏は、これと樹上での営繭との関連を示唆されておられる。ようは樹上の方が風雨に晒され、気温の変化も激しいから、それに耐えうるために二重構造となったと云うワケだね。

 
(繭と蛹)


(出典 4点共『日本のCatocala』)

 
下2点が葉っぱを開いたものである。
更に繭を破ると、こんな感じ。↙

 


(出典2点共『明石の蛾達』)

 
アサマキシタバって、カトカラの常識を逸脱している事だらけで面白い。地味なカトカラだし、小馬鹿にしていたが、甚だしく奥深きカトカラなんだね。

                        おしまい

 
追伸
やっと終わりました。
アサマキシタバなんぞに、まさかの六章も費やすとは夢にも思わなかったよ。あの美しき女王、ムラサキシタバの連載だって五章までだったのだ。全くの想定外だったよ。でも調べていくうちに面白くなってきてしまった。アサマって小汚いし、あまり興味がなかったけど、どんだけ変わり者やねん。あんた、メッチャおもろいやんけ。人と同じで、見た目だけで判断しちゃダメだね。

前回にも触れたが、この解説編と第一章は3月にはほぼ出来上がっていた。しかし、触角の件と生態面で確認したい事があって暫く寝かしておくこたにした。それが、再度書き始めると、何だかんだとドえりゃー長くなってしまった。この解説編も、かなり加筆する事になった。次回はすんなり終わることを願おう。

 
(註1)世界のカトカラ

カトカラの世界的研究者である石塚勝己さんのカトカラ入門書にして、全世界のカトカラをほぼ網羅した図説。出版元は『(有)むし社』。

 
(註2)『四国の蛾の分布資料(Ⅷ)』
「蝶と蛾」vol.30 No.1&2 1979年

 
(註3)『日本産蛾類標準図鑑Ⅱ』

日本蛾類学会の会長でもある岸田泰則先生編著の、日本の蛾類について最も詳しく書かれた図鑑。全4巻からなる。

 
(註4)『日本のCatocala』

2009年に西尾規孝氏により自費出版された。
日本のカトカラに於いては、圧倒的に最も信頼できる文献。日本のカトカラについて全ての面に於いて西尾氏の高い観察眼が発揮されている。幼生期の生態解明を筆頭に、よくぞここまで調べれられたなと思う。驚嘆せざるおえない。
しかし、自費出版なので目に触れる機会は少ない。しかも一冊8万円くらいなので、手が中々出せない代物。誰か発言力のある偉い人が、どっかの出版社に働きかけて廉価版を出してくんないかなあ。このまま蛾の愛好家の人たちの目に滅多に触れられないなんて勿体ないと思うんだよね。