2019年の空たち 冬・春編

 
空を見るのが好きだ。

 

 
画像は去年の師走、12月17日に撮ったものだ。
ドン突きまで並ぶ雲に奥行きがあって、モノ凄い遠近感を感じたので、つい撮ってしまったのだ。

でも、スマホのストレージが溜まってきたので、そろそろ消去しなければならない。しかし、このまま日の目を見ずに此の世から人知れず永遠に消えてしまうには忍びない画像だ。そこで去年に撮った空の写真を纏めてアップしてから消すことにした。

 

 
2019年、最初に撮った空だ。
紅梅が晩冬の空の下、凛と咲いている。

日付は2月23日になっている。昔の彼女と久し振りに会って、天下茶屋から昭和町まで歩いた時に撮ったものだ。たぶん途中の公園で咲いてた紅梅が美しかったから撮ったと記憶してる。
その後すぐ、何故かアチキは突発的に布施明の『シクラメンのかほり』を歌いたくなって、アカペラで情感たっぷりで熱唱。元カノに脱力で笑われた。

 
 

 
4月3日。
青春18切符の旅が、また始まった。
福井県南越前町まで足を伸ばす。

 

 
天気は良好。ぽかぽか陽気の中で、ギフチョウたちが沢山舞っていた。

 

 
スプリング・エフェメラル。春だけに現れる妖精だ。
毎年のように会っているが、最初の1頭には毎回ハッとさせられる。忘れているワケではないが、改めてその美しさに心奪われるのだ。

 

 
敦賀まで戻り、寂れた歓楽街を彷徨う。
人影は無く、時間の流れが止まったかのようだ。空には一点の雲も無いので余計にそう感じる。動くものが何もないのだ。

 

 
氣比神宮の鳥居の向こうに、空も石畳もトパーズ色に染めて夕陽が沈んでゆく。

 

 
敦賀駅まで戻ってきたら、喫茶店のスピーカーからボズ・スキャッグスの名曲『ウィ・アー・オール・アローン』が流れてきた。

 

(※画像をタップすると曲が流れますよ〜ん。)

 
あまりにも曲と夕景とがピッタリで泣きそうになった。
我々は皆、所詮は一人ぼっちなのだ。

 
 
4月6日。
青春18切符 ONEDAYトリップの2日めは、武田尾方面のギフチョウに会いに行った。

 

 
空の青とピンク色の花とのコントラストが美しい。
大きな木ではないが、やはり枝垂れ桜は華やかだ。正直、ソメイヨシノよりも綺麗だと思う。
そういや、去年は紅枝垂桜を見てない。たぶんコロナウィルスのせいだな。山なら人と接触することは少ないけれど、シダレザクラで有名な平安神宮なんかだと、そうともゆかぬ。で、断念。
ベニシダレザクラ、見たかったなあ…。だって桜の中では圧倒的にゴージャスだからね。
今年は何とか行ければいいけど…。

この日は、一旦武田尾から離れて夜にまた舞い戻ってきた。 
何でかっつーと、春の三大蛾(註1)がいないかなあと思ったのだ。

 

 
天気予報は夜には曇ってくると云うことだったが、夜遅くになっても、あいにく夜空には満月。
虫たちは晴れの日よりも曇りや小雨の日に灯火に飛来する事が多いと言われている。月の光が邪魔なのだ。だから満月の月夜は最悪のコンディションとなる。
結局、どれ1つとして目的の面々とは会えなかった。
まあいい。春のちょっと肌寒い夜空に浮かぶ朧月(おほろづき)は美しい。ことに満開の桜の夜ならば、尚の事だ。考えてみれば、極上の月見ではある。

 

 
真っ黒な夜空の下で咲く桜は、いつ見ても妖艶だ。暗い想念が仄かに蠢く。

 
 

 
4月7日。
ちょっと悔しいので、翌日には箕面を訪れた。

天気予報は今宵もハズレ、満月が昇ってきた。
まだ芽吹いていない裸木の枝が、月をより美しく見せている。
だが、当然ながら結果は又しても惨敗だった。

 
 

 
4月8日。
青春18切符の旅、3日目である。
行先は兵庫県西脇市。又してもギフチョウに会うためだった。
蝶好きのギフチョウ愛は強く、ワシなんぞはギフチョウ愛が足りないと言われるクチだが、それでも、それなりにギフチョウ愛はちゃんとある。特別な蝶の一つではあるのだ。

この日も快晴。でも春特有の霞が掛かったような空だった。
そういや、雲雀(ヒバリ)が喧しく歌いながら天高く飛んでいったのを思い出したよ。しみじみ春だなあと思った。
こうゆう時は、横に誰か女性が居て、互いに黙して風景を見ていたいものだと思う。

 

 
乗り降り自由の切符だからアチコチ回って、最後に桜ノ宮で夜桜を見てから帰った。

黄昏どきの桜も美しい。
青の色を失いつつある空が、心をゆらゆらと揺らす。

 
 

 
4月12日。
青春18切符の旅の最終日は、和歌山へと向かった。
先ずは道成寺駅で下車。

 

 
この日の空は澄んだ青だった。
雲も白い。

 

 
田辺へと向かう車窓に突然、空と海とが飛び込んできた。
フレームの中で青と青が、せめぎ合う。
けれど春の空も春の海も、どこか優しい。やわらかな陽射しの中で、たゆたっている。

田辺の街をぶらぶらと歩く。

 

 
南方熊楠顕彰館の隣にある旧熊楠邸では、ミツバツツジが咲いていた。やはりピンクの花は青空と合うんだね。何だか、ほっとする。

 

 
田辺の夕暮れ間近の歓楽街を歩く。
細い舗道には誰もいなくて、何処かの時代へタイムスリップしたかのような錯覚に陥る。そこには長い年月がゆっくりと削り取った時間の澱みたいなものの残滓がある。
それを、人はノスタルジーと呼んでいるのかもしれない。

 
 

 
5月2日。
これは一瞬、画像を見ても自分でも何だか分からなかった。
前後の画像を見て漸くコシアブラの木だったと思い出した。この日は四條畷に山菜採りに来たのだった。

 
(コシアブラ)

 
他には、イタドリとワラビくらい。

 

 
そういや、タカノツメも採ったね。
植物学的にはコシアブラと近いものらしいが、味は劣る。

 

 
ついでにカバフキシタバ(註2)の食樹であるカマツカ探しも兼ねていたかな。

 

 
ふと、スミナガシ(註3)にも会おうと思い立ち、場所を移動して大阪平野を望む。
ぼんやりとした春の空の下(もと)、街はベールが掛かったかのように、けぶっている。
昔は春が好きじゃなかったけど、今はとても好きだ。冬がどんどん嫌いになっているから、ホント待ち遠しい。

 
 

 
伊丹空港(大阪空港)だ。
日付は5月7日。とゆうことは、シルビアシジミ(註4)の様子でも見に行ったのだろう。
空港には、真っ青な空がよく似合う。

 
 

 
上の写真は瓢箪山駅の手前だとすぐに分かった。山並みの形が見慣れた生駒山地だったからだ。
だが日付を見ると、5月13日となっている。どうせアサマキシタバ(註5)でも採りに行ったのだろうと思っていたが、時期的にはまだ微妙に早い。じゃあ、何しに行ったのだ❓

💡ピコリン。
そっか、思い出したよ。スミナガシを採りに行ったんだ。四條畷では何故か現れなかったので、仕方なしに生駒に来たんだった。しかも、難波からママチャリで。マジ、遠かったわ。
あとは去年の初冬にカマツカの木を見つけたけど、本当にそうなのかを確認するためでもあった。あの特徴的な花が咲いてさえいれば、確定だからね。

生駒から大阪の街を見下ろすのは好きだ。
此処まで登ってくれば、空を遮るものは背後の生駒山だけだし、空が広いのは気分がいい。それに何となく街を支配したかのような気分になれる。

 
 

 
5月24日。
枚岡神社の手前辺りで日が沈んだ。
この時間帯に此の地点に居るという事は、今度こそ目的はアサマキシタバだろう。彼女たちは夜に活動するからね。
そして、眺め的に間違いなく又してもチャリである。遠いだけでなく、山の中腹まで登らねばならんから、もうクソみたいにしんどいのだ。
難波から、こんなとこまでママチャリで来るなんてのは、どう考えても中学生レベルの発想だな。ようはアホである。全然成長してない。

 

 
夜の空。
当たり前だが、夜の空は暗い。
懐中電灯を消すと、一瞬は真っ黒けだ。けど、そのうち目が慣れてくると、ぼんやりと色んなものが形を成してくる。そして夜の空にも表情がある事に気づく。雲は昼間と同じように動いており、けっしてとどまることはなく、風景は一様ではないのだ。

 

 
山側の空は暗いが、大阪平野側は街の灯が明るいから、それに照らし出される空も明るい。
でも曇っているから、見ようによっては不気味だ。
きっと、そのうち悪魔共が空をヒュンヒュンでワンサカ飛び交いだし、やがて大阪の街は火の海と化すのだ。ψ(`∇´)ψケケケケケ…。

夜の山に一人でいると、ロクなことを考えない。

                         つづく

 
追伸
(ー_ー゛)う〜む。今更ながら武田尾辺りの文章を書いてる時に思い出したよ。すっかり忘れていたが『青春18切符の旅 春』と題した連載が、武田尾駅まで戻ってきたところで中断、っていうか頓挫、第二章の途中でプッツンの未完のまま放ったらかしになっておるのだ。
そっから、またアッチコッチ行って夜桜に繋がるのである。
我ながら割りと面白い紀行文ゆえ、宜しければ読んで下され。そのうち続きも書きます。

次回は後編の夏・秋冬編。
空が写ってる画像はもっと少ないかと思ってたが、意外と多かったので2回に分けることにしたのだ。

 
(註1)春の三大蛾
エゾヨツメ、イボタガ、オオシモフリスズメのこと。

 
【エゾヨツメ】

(2018.4 兵庫県宝塚市)

光の加減によっては、目玉模様がコバルトブルーに光る。

 
【イボタガ】

(2018.4月 兵庫県宝塚市)

デザインに似た者がいない、類を見ない唯一無二の大型蛾。
このモノトーンの幾何学模様には、何度見ても不思議な気持ちにさせられる。多分、その翅には太古の昔の財宝の在り処が示されているに違いない(笑)。

 
【オオシモフリスズメ】

(2018.4 兵庫県宝塚市)

異形の者、化け物、魑魅魍魎。悪魔のステルス戦闘機。
日本最大のスズメガで、鵺の如きに鳴く(笑)。
でも慣れると可愛い(´ω`)

これらはギフチョウと同じく年一回、春先だけに現れ、何れも人気が高い蛾である。
気になる人は、当ブログにて『春の三大蛾祭』とかと題して2017年と2018年の事を分けて書いたので読んでけろ。コミカル・ホラーでっせ(笑)。

 
(註2)カバフキシタバとカマツカ

【カバフキシタバ】

ヤガ科カトカラ属の稀種。主に西日本に局所的に分布する。
カバフキシタバの事もカトカラシリーズで何編か書いている。
そういや最初に書いた『孤高の落ち武者』もコミカル・ホラー的な文章だったかもしれない。

 
【カマツカ】

バラ科の灌木。名前の由来は材が硬くて鎌の束などに使われた事から。

 
(註3)スミナガシ

【♀】

 
【♂】

タテハチョウ科スミナガシ属の中型の蝶。
名前の由来は古(いにしえ)の宮中の遊び「墨流し」から。
日本の蝶の中では唯一、眼が青緑色でストロー(口吻)が紅い。
稀種ではないが、かといって何処にでもいる蝶ではなく、その渋美しい姿からも人気が高い。
たぶん、スミナガシの事もちょくちょく書いてる。でも詳細は全然思い出せないので、自分で自分の書いた文章を検索すると云う変な事になる。
えー、本ブログ内の奄美大島に行った時の紀行文『西へ西へ、南へ南へ』の中に「蒼の洗礼」と題して書いている。アメブロの方の「蝶に魅せられた旅人」には『墨流し』と題して書いている。他には台湾の採集記にも出てくる筈だ。

 
(註4)シルビアシジミ

全国的に数が少なく絶滅危惧種だが、何故か伊丹空港周辺には普通にいる。
シルビアシジミの事も『シルビアの迷宮』と云う長編に書いた。内容はミステリー仕立てだったような気がするけど、あんま憶えてない。

 
(註5)アサマキシタバ

【♂】

(2019.5 奈良県大和郡山市)

 
カトカラの中では発生が最も早く、5月の半ばから現れる。
そのせいなのかはどうかは知らないけど、最も毛深いカトカラだと思う。
採集記と種の解説は、拙ブログのカトカラの連載に『晩春と初夏の狭間にて』『コロナ禍の狭間で』『深甚なるストレッケリィ』と云う題名で、それぞれ前後編の6編を書いた。詳しく知りたい人は、ソチラを読んで下され。
 
 

2019’カトカラ2年生 其の四(1)

 
     vol.21 ミヤマキシタバ

     『突っ伏しDiary』

 
マホロバキシタバの調査が一段落したので、信州方面に出掛けることにした。

 
2019年 8月1日

大阪駅から東海道線で米原、大垣と乗り換えて名古屋へ。

 

 
名古屋からは中央本線で高蔵寺、中津川と乗り換え、塩尻へ。

 

 
そして塩尻から松本へ。
そう、今年もまた青春18切符の旅が始まったのだ。

 

 
松本駅に着いた頃には、いつの間にか日は傾き始めていた。長い旅になりそうだ。
さらに松本で大糸線に乗り換える。目的の駅までは、あと1回か2回は乗り換えなくてはならないだろう。

 

 
こうゆうローカル線に乗ると思う。嗚呼、随分と遠くまで来たんだなと。

 

 
🎵線路は続くよ、どこまでも。

 

 
駅に降りたのは午後6時過ぎだった。
日没前までには目的地に着きたいところだ。重いザックを背負って湖に向かって歩き出す。今回は普段の超軽装と比べてテントや予備も含めたトラップ用の糖蜜等々荷物が多いので、早くもストレスを感じる。案の定、ちょっと歩いただけで瞬く間に汗ダラダラになる。何だか先が思いやられるや(´ε` )

当初はカトカラの中でも難関と言われるミヤマキシタバ狙いで他の場所に行くつもりだった。けど、信頼しうる筋からの情報が入り、ここならミヤマキシタバの他にもケンモンキシタバ、エゾベニシタバも狙えると聞いた。ならば、マホロバキシタバを発見した勢いを借りて、まだ採ったことのないソヤツらも纏めて片付けてやれと思ったのだ。7月にはマホロバの発見だけでなく、稀種であるカバフキシタバもタコ採りしてやった事だし、今のところ絶好調なのだ。

キャンプ場に着いたのは日没近くだった。
先にテントを張るか、ハンノキ林を確認する為にロケハンするか迷ったが、テントを建てる方を選んだ。久し振りのテント張りだ、暗くなってから組み立てるのが不安だったのだ。暗い中でのテントの組み立ては慣れてないと大きなストレスになる。設置が遅れれば遅れるほど採集時間も削られる。それも大きなストレスになりかねない。それに長旅で疲れていた。一刻も早く落ち着ける場所が欲しかったのだ。古今東西、昔から優れた男というものは、先ずは基地を作りたがるものだしね。

テントを張り終わった頃には辺りは闇に侵食され始めていた。早速、糖蜜トラップを用意して出る。
しかし薄闇の中、湖の畔を歩き回るもハンノキ林が見つからない。まあいい。どうせ湖沿いのどこかには生えている筈だ。とりあえず良さげな木の幹に糖蜜を噴射してゆく。今はマホロバの発見で乗りに乗っているのだ。ソッコーで片付けてやるよ。

しかし飛んで来るのは、ド普通種のパタラ(C.patala)、いわゆる普通のキシタバとフクラスズメばかりだ(註1)。
ハッキリ言って、コイツら死ぬほどウザい。どちらも何処にでもいるし、クソ忌々しいデブ蛾でデカいから邪魔。どころか、特にフクラスズメなんぞは下手に敏感だから、すぐ逃げよる。それにつられて他の採りたいものまで驚いて逃げるから、誠にもって始末が悪い。
おまけにフクラの野郎、カトカラの王様であるムラサキシタバにちょとだけ似てるから、飛び出した時は一瞬だけだが心ときめいてしまうのだ。で、すぐに違うと解ってガッカリする。それが、ものスゲー腹立つ。あたしゃ、本気で奴を憎悪してるとまで言ってもいいだろう。それくらいムカつく奴なのだ。

あっ、また飛んで来やがった。

(#`皿´)おどれら、死ねや❗

よほど怒りに任せてブチ殺してやろうかとも思ったが、彼らに罪はない。だいち、そんな事したら人間のクズだ。何とか踏みとどまる。

結局、夜中まで粘ったが惨敗。姿さえ見ずで狙ってたものは1つも採れなかった。
今日の唯一の救いは、新鮮な紅ちゃんを2頭得られたことくらいだろう。

  
【ベニシタバ Catocala eleta】

(裏面)

 
ベニちゃんを見るのは初めてじゃないけど、新鮮なものはこんなにも美しいんだね。その鮮やかな下翅だけに目が行きがちだが、上翅も美しい。明るめのグレーの地に細かなモザイク模様と鋸歯状の線が刻まれ、上品な渋さを醸し出している。
上翅と下翅の色の組み合わせも綺麗だ。考えみれば、ファッションの世界でもこの明るいグレーと鮮やかなピンクのコーディネートは定番だ。美しいと感じるのも当たり前かもね。ファッションに疎い男子にはワカンないかもしんないけどさ。

 
2019年 8月2日

翌朝、湖を見て驚く。
湖といっても、どうせ池みたいなもんだろうと思ってたけど、意外にも綺麗な青緑色だった。とても美しい。

 

 
こんだけロケーションがいいのならもう1日いて、昼間はじっくりハンノキ林を探しながら湖畔を散歩しても良いかなと思った。
しかし、昨日の貧果から多くは望めないと考え直した。もう1回アレを繰り返したら、ハラワタが煮えくり返ってホントに奴らに危害を加えかねない。
湖を後にして、白馬村へと向かう。

 

 
此処ではキャンプ場を拠点にして各所を回るつもりだ。

移動して温泉入ってテント張ったら、もう夕方になった。
蜩(ひぐらし)の悲しげな声が辺りに侘しく響く。その何とも言えない余韻のある声を聞いていると、何だかこっちまで物悲しくなってくる。夏もいつかは終わるのだと気づかされてしまうからだ。でも、そんな夏の夕暮れこそが夏そのものでもある。嫌いじゃない。

岩に腰掛けて、ぼおーっと蜩たちの合唱を聞いていると、サカハチチョウがやって来た。

 

 
夕闇が訪れるまでの暫しの時間、戯れる。
こちらにフレンドリーで穏やかな心さえあれば、案外逃げないものだ。慣れれば手乗り蝶も意外と簡単。心頭を滅却して無私になれない人はダメだけど。
たぶん20分以上は遊んでたんじゃないかな。お陰で心がリセットされたよ。ありがとね、サカハっちゃん。

此処での狙いは、アズミキシタバ、ノコメキシタバ、ハイモンキシタバ、ヒメシロシタバ、ヨシノキシタバである。この場所も、とある筋からの情報だ。こんだけ居りゃあ、どれか1つくらいは採れんだろ。

 


 

 
🎵ズタズタボロボロ、🎵ズタボロロ~。
だが、各地でことごとく敗退。新しきカトカラは何一つ採れず、泥沼無間地獄の3連敗となる。

1日目はアズミキシタバ狙いだったが、さあこれからというと段になって⚡ガラガラピッシャーン❗ 本気の雷雨がやって来て、チャンチャンで終わる。
2日目は猿倉の奥に行くも、糖蜜には他の蛾はぎょーさん寄って来るのにも拘わらず、カトカラはスーパーにズタボロな糞ただキシタバだけだった。

 

 
思わずヨシノキシタバかと思って採ったけど、この時期にこんなにボロのヨシノは居ないよね。今なら出始めか、下手したら未発生の可能性だってある。それにヨシノはこんなにデカくはない。惨め過ぎて、コヤツにも己に対しても💢ブチ切れそうになったわい。

熊の恐怖と戦いながら闇夜を歩いて麓まで降り、夜中遅くに何とかキャンプ場に辿り着いた。途中、新しい靴で酷い靴ズレになり、両足とも血だらけ状態で見た満天の星空は一生忘れないだろう。
そうまでして頑張ったのに報われず、泣きたくなってくる。これほど連続でボコられてるのは海外だってない。
身も心もボロ雑巾でテントに倒れ込む。

 
2019年 8月4日

 

 
翌朝、テントに付いてるセミの脱け殻を見て、セミにまで馬鹿にされてる気分になった。
そして、悪代官 秋田伊勢守に”Facebook”で言われてしまう。

『マホロバで運を全部使い果たしんじゃないの〜。』

その呪いの言葉に、温厚な岸田先生まで賛同されていた。
きっと、この地は負のエネルギーに満ち満ちているに違いない。こんなに連チャンで負け倒したことは過去に記憶がない。こう見えても虫採りのまあまあ天才なのだ。って云うか、実力はさておき、運というか引きはメチャメチャ強いのである。

(ノ ̄皿 ̄)ノ ⌒== ┫どりゃあ〜。
もう、人に教えられたポイントなんぞ行かんわい❗
最初に自分で考えてた場所に行こう。楽して採ろうなんて考えたからバチが当たったのだ。それに我がの力で採った方が楽しい。人に採らさせてもらった感が極力ない方がカタルシスとエクスタシーは大きいのだ。

 

 
大糸線、笑けるほど本数が少ない。
(´-﹏-`;)知ってはいたけどさ…。

仕方なく白馬駅近くのスーパーへ昼飯を買いに行く。
それにしても死ぬほど糞暑い。燦々と降り注ぐ強烈な太陽光が弱った心をこれでもかと云うくらいに容赦なく苛(さいな)む。

デミグラスハンバーグステーキ弁当と枝豆、発泡酒を買って、イートインコーナーへ。

 

 
全身、頭の先から足の爪先まで心身共にボロボロ状態で枝豆をふたサヤ食い、金麦をグビグビ飲んでテーブルに突っ伏す。
ハンバーグ弁当を半分食って、再び突っ伏す。

 

 
(╥﹏╥)ダメだあ〜、帰りたい。ズブズブの敗残者のメンタルや…。

でもこのあと熊がいると云う湿原に行くのだ。チップス先生、さようなら( ;∀;)

しーさんぷーたー。バラバラになった気力を何とか拾い集め、白馬から当初予定していたミヤマキシタバのポイントへと移動する。

 

 
ここはハンノキ林が多い。この場所でミヤマキシタバが採れなければ終わりだ。いよいよ本当に運を使い果たしたと認めざるおえない。

 

 
キャンプ場は無いので、今夜はテント野宿だ。
幸いにも工事用のトイレがあり、その横にスペースも結構あった。ゆえに充分な距離をおいてテントを設置できた。いくら何でもトイレの真横は嫌だもんね。
トイレ問題は重要だ。野糞は出来なくはないけど、やはりトイレは有った方がいいに決まってる。この精神状態で野糞なんかしたら、ますます惨めになるだろう。こういう一見小さな事が意外とボディーブローのように効いてきて、心の決壊に繋がることはままあるのだ。とにもかくにも1つ問題が解決してホッとする。

残る問題は奴の存在である。当初の予定通りにそこへ行くよとマオくんにLINEしたら、熊がいるから気をつけて下さいという返信があったのだ。まさかそんな標高の低い所にもいるとは思いもしなかった。完全に想定外だったよ。でも考えてみれば、湖にも熊が出まっせ看板があったもんなあ…。(༎ຶ ෴ ༎ຶ)くちょー、キミら何処にでもおるんかいのう。

湿原周辺を歩き回り、良さげなポイントを探す。
しかし、ぐるっと1周回ると思いの外(ほか)広い。ポイントらしき場所を幾つか見つけたが、そのポイント全部を回れそうにはなさそうだ。厳密的には回れなくはないのだが、移動の時間的ロスが大きい。だいち、熊が恐えよ。奥に行けば行くほど遭遇率は高まりそうだもん。
ゆえに場所を大きく2箇所に絞ることにした。一方は壮齢木の多い暗いハンノキ林内、もう一方は比較的明るい若いハンノキ林の林縁を選定した。環境を少し変えたのは、確率を考えての事だ。ミヤマキシタバを採ったことがないゆえ、どんな環境を好むか分かんないのだ。負けっぱなしなだけに慎重にならざるおえない。
その2箇所に広範囲に糖蜜かけまくりのローラー作戦を敢行することにする。もしダメなら、別なポイントに行くしかない。
にしても、どの時点で見切りをつけるかだ。ウスイロキシタバの時は見切りをつけるのが早過ぎて失敗したからね。かといって判断が遅いと手遅れになりかねない。ゴールデンタイムは8時前後から8時半なのだ。それを過ぎると一旦個体数が減る種が多い。特に9時台は止まる。つまり8時を過ぎても飛んで来なければ、ヤバい。しかし、日によっては全体的に飛来時刻が遅れる場合もあるし、カバフキシタバのように8時半になってから漸く現れる種もいるのだ。ミヤマがそっちタイプの可能性だって有り得るのである。悩ましいところだ。判断次第では大コケしかねない。選定した場所が当たりであることを祈ろう。

淋しき夕暮れが終わると、闇の世界の支配が始まった。
暗い。というか黒い。懐中電灯の光で切り取られる湿地はチビりそうなくらいに不気味だ。大体、澱んだ水のある場所ってヤバいんだよね。出ると相場が決まっている。そうゆう所は、京都の深泥池のように心霊スポットになってる場所が多いのである。😱想像して背中が怖気(おぞけ)る。お化けの恐怖と熊の恐怖に怯えながら糖蜜を木に噴きつけてゆく。

暫くしてベニシタバがやって来た。
しかも、立て続けに。

 
【ベニシタバ】

 
美しいけど白馬にもいたし、もう感動は無い。
会いたいのはアナタじゃないのよー(´ε`;)。お目にかかりたいのは、灰かぶりの黄色いシンデレラなのだ。

午後8時近くになってもシンデレラは現れない。
(ー_ー;)ヤバいかも…。
それって、マズくなくなくね❓
普通、糖蜜を撒いたら、大概のカトカラは日没後直ぐか、少し間をおいて集まってくるものだ。まさかのカバフタイプ❓けれども、そんな奴はカバフしか知らない。その確率は低そうだ。やっぱミヤマキシタバって、難関と言われるだけあって採集は難しいのかなあ…。確か「世界のカトカラ(註2)」でも採集難易度が★4つになってた筈だし、灯火採集でも深夜0時を回らないとやって来ないというしさあ。

シンデレラ〜が、死んでれら(ŎдŎ;)

思わずクズみたいな駄洒落を呟いてしまう。重症だ。連敗続きでコワれかけてる。でもクズみたいな冗談でも言ってないと、心の平静が保てないのだ。

駄洒落を言ってる間にも、時間は刻一刻と過ぎてゆく。

さっき、チビッコの死ね死ね団が足元を走っていったような気がする。

心がピンチになると珠に見る幻覚だ。いよいよ、それだけ追い詰めらてる証左って事か。ここでミヤマキシタバが採れなければ、心は完全に崩壊して、チビッコ死ね死ね団くらいでは済まないかもしれない。ダダっ子ぽよぽよ団まで登場すればお終いだ。
焦燥感に居た堪(たま)れなくなって、腕時計に目をやる。
時刻は8時15分になっていた。(-_-;)マジ、ヤバいかも…。
場所を変えるべきか悩みつつ、2箇所を往復する。此処を諦めてポイントを変えるなら8時半、少なくとも9時前までには決断しなければならないだろう。でも靴ズレの痛みが増してきてる。いよいよもって崖っぷちだ。この心と体で、はたして移動できるのだろうか…。

午後8時半過ぎ。
完全にヤバい時間になったなと思いつつ、若木ポイントへと入る。
Σ( ̄□ ̄||)ハッ❗❓
糖蜜を噴きつけた1本目の木に近づこうとして足が止まった。見慣れないカトカラが吸汁にやって来ていたのだ。

コレって、ミヤマキシタバじゃなくなくね❗❓

いや、そうだ。図鑑を何度も見て、姿を脳ミソにインプットしたのだ。間違いなかろう。急速にヤル気モードで全身が武装化される。ここで会ったが百年目、漸くチャンスが巡ってきた。武者震いが走る。
しかし問題はどう採るかだ。網を使うか毒瓶を使うかで迷う。網を使えば、中で暴れて背中がハゲちょろけになる公算が高まる。かといって毒瓶を上から被す方法だと落ち武者にはなりにくいが、逃げられる可能性大だ。
でも迷ってるヒマはない。その間に逃げられたら噴飯ものだ。コヤツが最初で最後の1頭かもしれないのだ。このチャンス、何があっても絶対に逃すわけにはいかぬ。ならば、この戦法しか有るまい。

ここは肉を切らして骨を断つ❗

よし、網で採ろう。先ずは採ることが先決だ。たとえハゲちょろけになろうとも、採れたという事実さえあれば良い。ゼロと1とでは雲泥の差なのだ。それに網で採ったからといって、ハゲちょろけになると決まったワケではない。細心の注意を払って取り込めば何とかなる。

慎重に近づく。ここで逃したら、ダダっ子👻🤡👽🤖ぽよぽよ団たちに捕まって担ぎ上げられ、エッサホイサと運ばれて沼に沈められるやもしれん。で、河童に尻子玉を抜かれるのだ。尻子玉が何たるかはよくワカランが、気合を入れ、心頭を滅却する。
網の柄をスウーッと体の中心、丹田に持ってゆく。そして右足を後ろに引いて腰を落とし、斜めに構える。な、いなや、標的の直ぐ真下に向かって撞きを繰り出す。

とぅりゃあ〜∑(#`皿´ )ノ
秘技✨撞擲ウグイス返し❗

驚いて飛び立った瞬間に💥電光石火でカチ上げ、すかさず網先を捻る。一連の鮮やかな網の軌跡が残像となって脳内に余韻を残す。

(◡ ω ◡)決まったな。

しかし、悦に入っとる場合ではない。急がなければ背中がズルむけ赤チ○ポになりよる。慌てて駆け寄り、ポケットから毒瓶を取り出して網の中に突っ込む。
しかし、驚いたワイのシンデレラちゃんが暴れ倒して逃げ回り始めた。


(@_@)NOーッ、暴れちゃダメ〜。
お願いだから大人しくしてぇー❗
(`Д´メ)テメェ、手ごめにすんぞっ❗

´Д`)ハァ、ハァ。(゚Д゚;)ぜぇー、ぜぇー。
強姦まがいの力づくで何とか毒瓶に取り込んだ。

 

 
けど、(-_-;)やっちまったな…。
見事なまでのキズ物、スーパー落ち武者にしてしまった。

どうやらメスのようだね。メスなのに落ち武者って、何だそりゃ? 自分でも何言ってるのかワカンナイ。しかもシンデレラがハゲてるって、ムチャクチャだ。想像してアホらしくなる。

 

 
翅が他のカトカラと比べて円く、上翅のデザインに独特のメリハリがあって美しい。灰色の帯やギザギザの線が絶妙な位置に配され、上品且つスタイリッシュな魅力を放っている。
思ってた以上に(☆▽☆)キャッコいいー。あっ、久し振りに指が震えとるやないけ。これこそが虫採りの醍醐味であり、エクスタシーだ。だから、こんなにもボロボロにされても網を握れるのだ。やめらんねぇ。

 
(裏面)

 
腹が太くて短いから、やはりメスのようだね。
落ち武者にさせてしまったが、とにかく採れて良かった。心の底からホッとする。全身の力がゆるゆるとぬけてゆく。
これで”Facebook”で公約した通り連敗脱出。秋田さんの呪いの言葉も拭いさられただろう。もう意地である。阪神タイガースとは違うのだよ、クソ阪神タイガースとは。普段カッコつけてる分、そうそう負け続けるワケにはいかないのだ。
ここからは、怒濤の巻き返しの倍返しじゃ(#`皿´)❗

 

 
その後、憑き物が落ちたかのように彼女たちは続けて飛んで来た。しかし、ヒットしたのはこの周辺だけだった。ハンノキ林だったら何処にでもいると云うワケではなさそうだ。そこが珍品たる所以だろう。

 

 
コチラはオスだね。
尻が長くて、先っちょに毛束がある。

その後、何頭目かに漸く落ち武者化させずに回収することができた(画像は無い)。
だが、午前0時を過ぎると、全く姿を見せなくなった。シンデレラは魔女との約束を守って舞踏会から姿を消したのかもしれない。夜中2時まで粘ったが、二度と現れることはなかった。
それでも何とか計8頭が採れた。個体数は何処でも多くないと聞いていたから、まあこの数なら御の字だろう。

疲れ切った体でテントに転がり込む。
四肢を力なく広げて突っ伏し、目を閉じる。
熊の恐怖が一瞬、脳裡を過(よぎ)る。もしかしたら寝ている間に熊に襲われるかもなあ。
だが、あまりにも疲れ過ぎていた。

ミヤマキシタバも採った事だし…。
もう熊に食われてもいいや…。

そう思いつつ、やがて意識は次第に薄れていった。

                         つづく

 
その時に採った雌雄の展翅画像を貼っつけておきます。

 
【Catocala ella ミヤマキシタバ♂】

 
下翅中央の黒帯が一本で、外縁の黒帯と繋がらないのが特徴だ。日本ではソックリさんのキシタバは他に居ないので、まあ間違えることは無かろう。

 
【同♀】

 
この♀は、下翅がやや黒化している。
私見では♀は♂と比べて上翅の柄にメリハリがあるような気がする。けど、どこにもそんな事は書いてないし、言うほど沢山の個体を見ているワケではないので断言は出来まへん。

それはさておき、♀の展翅が前脚出しいのの、触角は怒髪天の上向き仕様になっとる。この時期はまだまだ展翅に迷いがあったのだろう。模索している段階で、どれが正しいのかワカンなくなってた。今でも迷ってるところはあるけどね。

 
追伸
やっぱり一回では終らないので、つづきは何回かに分けて書きます。
なお今回、ミヤマキシタバをシンデレラに喩えているのを訝る向きもありましょうが、意味するところは後々明らかにされてゆきますですよ、旦那。

えー、どうでもいい話だけど、前回に引き続き今回もアホほど書き直す破目になった。草稿は2週間前に書き終えてのにさ。
まあ、文才がないゆえ致し方ないのだろうが、やれやれだよ。

 
(註1)ただキシタバとフクラスズメ

【キシタバ】

 
何処に行ってもいるカトカラ最普通種だが、冷静に見れば大型で見栄えは悪くない。もし稀種ならば、その立派な体躯は賞賛されているに違いなかろう。実際、欧米では人気が高いそうだ。

それにしても、この和名って何とかならんかね。他のキシタバはミヤマキシタバとかワモンキシタバとかの冠が付くのに、コヤツはただの「キシタバ」なので、一々ただキシタバとか普通キシタバなどと呼ばなければならない。それがウザい。そうゆうところも、コヤツが蔑まれる原因になってはしまいか?
ちなみにアチキは「デブキシタバ」、小太郎くんは「ブタキシタバ」と呼んでいる。アレッ?「ブスキシタバ」だっけか? まあ、どっちだっていい。とにかく、どなたか偉い方に改名して欲しいよ。それがコヤツにとっても幸せだと思うんだよね。
そういえば、この和名なんとかならんのかと小太郎くんと話し合った事がある。その時に彼が何気に言った「オニキシタバ」とゆうのが個人的には最も適していると思う。ダメなら、学名そのままのパタラキシタバでいいんじゃないかな。

 
【フクラスズメ】

(出典『http://www.jpmoth.org』

 
手持ちの標本が無いので、画像をお借りした。不便だから1つくらいは展翅しておこうと思うのだが、そのままになってる。今年も何度も見ているのだが、採ることを毎回躊躇して、結局採っていない。正直、気持ち悪いのだ。邪悪イメージの蛾の典型的フォルムだし、ブスでデブでデカいから出来れば関わりたくないと思ってしまう。奴さん、性格も悪いしね。こんなもんが、覇王ムラサキシタバと間違えられてる事がしばしばあるのも許せない

 
【ムラサキシタバ】

 
色、柄、フォルム、大きさ、品格、稀度、人気度etc…、全てにおいて遥かにフクラスズメを凌駕している。月とスッポンとは、この事だ。

 
(註2)世界のカトカラ

 
カトカラの世界的研究者である石塚勝己さんの世界のカトカラをほぼ網羅した図鑑。日本のカトカラを知る入門書ともなっている。

 

青春18切符 1daytrip 春 第二章(1)

 

第1話 往年のギフチョウ

 
2020年 4月6日

JR難波から今宮駅まで行き、環状線に乗り換えて大阪駅へ。
この今宮駅で乗り換えるのが七面倒臭くて、毎回イヤんなる。本来、大阪駅に行くならば、地下鉄の御堂筋線もしくは四ツ橋筋線のなんば駅から乗るのが常道である。なんばから梅田(大阪駅)まで一直線の最短距離を走るから、その方が圧倒的に早い。しかも本数も多いから断然便利なのだ。
一方、JRを使う場合は一旦今宮もしくは新今宮駅まで南下し、そこから環状線で大回りに弧を描いて大阪駅へと向かわなければならない。つまり距離的にも遠いし、乗り換え時間もあるから倍以上の時間を要するのである。
これはひとえにJR難波駅が終着駅であるからだ。
ここ難波周辺に住むようになってからは、JRが難波と大阪駅とで直かに繋がっていないのは不便極まりないことに改めて気づかされた。なぜに延伸させなかったのかなあ?という疑問が一挙に噴出したのである。
とはいえ平野区に住んでいた時は、さほど気にならなかった。JR難波駅はその昔は難波駅ではなかったからだ。25年程前までは湊町駅(註1)という駅名だったので、難波駅じゃないんだから、それも致し方ないのかなあと思っていたのである。繁華街とはちょっと離れているがゆえ、エリア外として線引きされても仕様がないと理解してたってワケ。それが地下駅となり、名前もJR難波と改称された時には強い疑問を持った。憤然、そのまま地下を掘り進めて大阪駅に繋げればいいではないかと思ったのである。

しかし、それが将来的には解消されることをつい最近になって知った。どうやら新大阪まで繋がる路線の工事が始まっているらしい。


(出典『Response』)

「なにわ筋線」といい、梅田貨物駅跡地に新しく「北梅田駅」を新設し、従来からある貨物線を利用して新大阪駅まで繋げるという構想らしい。南海電鉄(南海なんば駅)と阪急電車(十三駅)との相互乗り入れも決定しているという。つまり新大阪から関西空港までの直通電車が誕生し、大幅にアクセスが良くなるってワケだ。
但し、工事の完成予定は2031年になるそうだ。果たしてそれまでここに住んでいるのかね❓何か恩恵を受けずじまいになりそうな気がするよ。

それはさておき、こうして地図を改めて見ると驚かざるおえない。赤線の新線左横のグレーの膨らんだ線が、おそらく環状線だろう。だとしたら、難波から梅田まで如何に遠回りしているかが今更ながらよく解るじゃないか。
とはいえ、今日は御堂筋線に乗る気はない。なぜなら青春18切符の旅とは、やむおえない場合を除いては一筆書きであらねばならぬという強い信念があるからだ。そして、どんだけJRを乗り倒してやったかが、自分の中で重要なのだ。そこに何となく達成感みたいなのがあるのである。青春18切符に便利という視点は要らない。むしろ不便さとその苦難に耐え、途中下車も有りいので、ジワジワと目的地に近づいてゆくところに醍醐味があるのである。

のっけから物凄く話が逸れた。
いつもの悪い癖だ。ロクに構想無しで思いつくままに書いているから、ついつい興味のある方に引っ張られてしまい、こうして脱線してしまうのである。(^~^;)ゞまっ、今回は電車の話を書いているので脱線も致し方ないか(笑)。
あっ、いかん、いかん。電車に脱線は洒落にならんな。以後、努めて脱線なきように書き進める所存である。

大阪駅で宝塚線の丹波路快速に乗り換える。
比較的乗り慣れてる電車なので、写真を撮り忘れた。ゆえにネットから画像を拝借させて戴こう。


(出典『フォト蔵』)

名塩駅で普通に乗り換え、次の武田尾駅で下車する。
青春18切符を使うわりには近場じゃないかとツッコミが入りそうだけど、それなりの理由がある。当初は別なところに行く予定だったのだが、前夜になって急遽やめたのだ。理由をあげれば他にも色々あるのだが、単純に言うと路線検索のアプリが調子悪くて💢ブチギレたのである。

降りて直ぐ、バスに乗り換える。
今回もギフチョウの採集が目的だ。
武田尾といえばギフチョウの往年の名産地である。1970年頃までは多産しており、シーズン中は何十人もの採集者が押しかけていたそうだ。しかし、それ以後は開発や里山の放置による荒廃等により激減し、訪れる人もめっきり減ったという。

 
【ギフチョウ】

手乗りギフチョウだね。

それから約半世紀、現在はと云うと確実に増えている。
但し放蝶によるものである。ゆえに訪れる者は今も少なく、大多数の採集者はお隣の三田市に集まっている。蝶屋(蝶愛好家のこと)と呼ばれる人種たちは、放蝶されたものを極端に嫌うのである。憎養殖モノを良しとしないっていう概念が強いのだろう。まあ、言ってみれば大きな生け簀で釣りするのと同じだと考えれば、解るような気がするけどさ。
でも地図を見ると、武田尾と三田は連なっているから両所を移動していることは充分に考えられる。互いの血が混じっている可能性は結構あるのではないかと思う。とはいえ、自然由来か養殖モノかを区別するのは困難だ。その線引きは、斑紋が異なる他産地のものが放蝶でもされていないかぎりは事実上不可能だろう。
そんな放蝶されたギフチョウに何で会いに来たのかというと、べつに往年の名産地である此の地域のギフチョウがとりわけ欲しかったワケではない。産地ラベルのコレクターではないしね。僕ちゃん、ギフチョウを見つけて採る行為じたいが楽しいだけの人なのだ。だから理由を簡単に言っちゃうと、三田は人が多そうだと思ったからである。場所取りとか面倒くさいのだ。加えて、三田駅から採集ポイントまでの道中を考えると萎えた。途中、とんでもなくキツい坂を登らねばならぬのである。アレがホント辛くてイヤ。
それに今回は青春18切符での移動というのもある。乗り放題なので電車賃を気にすることなく、いつでも三田に転戦が可能なのだ。ここがダメなら、移動すれぱいいのである。その気楽さが此処を選ばせた。

実を云うと、もう一つまだ理由がある。
ここは春の三大蛾であるオオシモフリスズメ、エゾヨツメ、イボタガが3つとも産する。次回ライト・トラップをするにあたり、今一度、場所の選定を考えてみようと思ったのだ。謂わば下見である。そして、密かにあわよくば昼間でも見つけられまいかと思っていた。昼間に隠れている場所さえ見つかれば、わざわざ夜にライト・トラップをしなくても済む。夜の山ん中はおぞましくて怖いんだもん。この時期、夜はまだまだ冷えるしさ。

バスは急勾配を苦しそうに登ってゆく。
こりゃ、歩いては夜にライト・トラップする場所までは行けないなと思った。それも確認調しておきたかったのだ。
ちょっと憂鬱な気分で車窓の外に目をやる。これでギフチョウまでいなけりゃ、場所選びは大失敗だなと思った。

                         つづく

 
追伸
のっけからの脱線で疲れてしまって、ここで力尽きたなりよ。第二章は2話で終える予定が、この調子だとまだまだ続きそうである。これからは極力、脱線せぬよう鋭意努力しよっと。って云うか、このシリーズ、完結するのかよ❓道のりは遠いわ。

 
(註1)湊町駅
関西本線の終着駅である。あっ、今は大和路線と呼ぶんだっけか?いや、大和路線は愛称だっけか?ややこしいなあ。どっちかに統一しろよな。

どんな駅だったっけ❓と思い、当時の画像を探してみた。


(出典『さいきの駅舎訪問』)

こんなだったっけ❓ 全然、記憶にない。
年号は平成6年(1994)9月とある。どうやらこの時に駅名が「湊町」から「JR難波」に改称されたようだ。
この地上駅の「JR難波」は地下化までわずか1年半しか存在しなかったんだそうだ。余談だが、JR西日本ではこの難波駅が初の地下駅だったんだそうな。

ちなみに現在の駅はこんなの。


(出典『さいきの駅舎訪問』)

およそ駅に見えない、もう丸っきりの別モンである。
今は近所に住んでるから関係ないけど、昔と比べて改札口は歓楽街から遠くなったからムカついた記憶あり。


(出典『さいきの駅舎訪問』)

最初の画像とあまり変わりないが、湊町駅みたい。そう言わてみれば、何となく記憶の隅に画像がある気がしてきた。
高速道路の工事に支障があるために、平成元年(1989)12月に駅舎を移転したそうだ。そういえば駅の位置がズレたと云う記憶があるや。さっきより少し記憶の輪郭が鮮明になりかけてきてる。
移転の日付を見て気づく。その頃には東京に住んでいたから、あまりこの駅舎には馴染みがないのだろう。それでも1、2回は帰省していたから、年2、3回くらいは利用していた筈だ。


(出典『さいきの駅舎訪問』)

あっ、コレだね。これこそ記憶の中の湊町駅だ。強く印象に残っているのはこの駅舎だよ。
ミナミで遊んでて、終電に乗るのによくここまで走ったっけ…。
昭和24年(1949)3月改築とある。たぶん数え切れないほど、この駅の改札を通ってるんだろな。


(出典『懐かしい駅の風景〜線路配置図とともに』)

そうそう、改札を抜けると右手にコノ字型のプラットフォームがあったんだよなあ。


(出典『懐かしい駅の風景〜線路配置図とともに』)

誰もいないね。


(出典『アルベース』on twitter)

改札からプラットフォームまでの雰囲気がとても好きだった。人でゴッタ返していても、どこか風情があった。


(出典『ゲイの鉄道マニア・カシオペアの個人的趣味シャベレ場』)

この白い鉄骨、懐かしい。


(出典『交野が原道草』)

こんな感じで、電車がよく停まっていた。
でも、だいたいの記憶は夜か夕方だけどね。遊びに行くから、行きは夕方、帰りは深夜なのだ。


(出典『つるさんの鉄ブロ温泉』)

103系らしい。
そういえば東京に初めて出てきた時には、この電車が山手線を走ってたから何だか変な気分だった。
それはさておき、こんなのが快速電車として走ってたんだね。そういえば、微かだけど記憶にあるや。


(出典『新快速東京行き@外出自粛中』)

駅名の看板も懐かしいが、背後の景色がもっと懐かしい。そういや、こんな風景だったわ。でも多分、殆どの建物は今は無い。
タイムマシーンがあったら、この時代に帰りたいよ。

 
追伸の追伸
ありゃー、舌先が渇かぬうちに早くも註釈で脱線だわさ。
脱線は、もう宿痾のビョーキなのかもしれない。次回はちゃんとギフチョウの事、書きまあーす。

  

青春18切符oneday-trip春 第一章(5)

 

 第5話 みんな一人ぼっち


思いのほか変な名前の店探しに没頭してしまった。
店の開店時間である午後5時を少しだけ過ぎてから入店するつもりが、時刻はもう5時半になろうとしている。
暮れ始めた町をやや早足で歩く。店の場所は午前中に駅の観光案内所で教えてもらっていたし、この町に入った時に早々と確認済みだ。

 

ここを訪れるのは、たぶん20年くらい振りである。

『千束そば』と書いて、ちぐさそばと読む。
おかげで店の名前が頭の中で長い間ずっと定まらなかった。みんなは「ちぐさそば」と呼んでいたような気がするが、看板の字は「千草そば」では無かった筈だと云う記憶がある。だから店名が脳内で「千何とかかんとかそば」で宙に浮いたままだった。名前に自信が無くて、オマケにいつも車で行っていたから敦賀とだけしかわからず、その店が敦賀のどの辺りに位置するかも分からなかったのだ。敦賀といっても広い。駅を経由したこともないし、住宅街みたいなところにあったゆえ、駅から近いのか離れているのかさえもまるで見当がつかなかった。お手上げである。
ここで一言つけ加えておくと、昔はスマホなんぞ普及していなかったから、今みたくお手軽に検索なんて出来なかった時代だったことを御理解戴きたい。
そう云うワケで行きたくとも行けず、いつしか記憶の隅へと追いやられていった。

今朝、敦賀駅に降り立った時に、その店の記憶が突然甦った。 そこの天とじ丼が死ぬほど美味かったことを思い出したのだ。 その時点で、今回の旅の目的の第一義がギフチョウ採集ではなくなった。



もうかれこれ20年くらい前の事だろうか。ダイビングのインストラクターになろうと思い、スキューバ・ライセンスを取ったダイビングショップに勝手に押しかけた。当時、お師匠さんは越前で講習を行っており、わざわざそこまで相談に行ったのだ。
その師匠、オーナーのオヤジは女好きでオチャメで、ちょっと近寄り難くて怖いけど、海をこよなく愛するとても魅力的な人だった。そして、人を見抜く力と言霊を持っていた。それが怖さや威厳に繋がり、また崇められてもいたのだろう。
まあ、ワテの性格だからすんなりと懐に入ったけどね。ごく近しいスタッフだけが呼んでいた「おやっさん」と云う呼び名を直ぐに使いだしても叱られなかったしさ。可愛がられていたのだ。それを周りのスタッフは、よく思っていなかったみたいだけどね。まあ、そんなの知るかだけどさ。
とり巻きなんてもんは、たとえ賢くはあっても、だいたいは嫉妬深くてクソなのだ。ルールや常識に縛られているツマンない奴ばかりだ。とはいえ、憎んでるという程ではないし、大多数はそうなので上手く付き合うけどね。人それぞれだし、そういうもんだと思ってれば、ストレスはそんなにない。

おやっさんは言葉に含蓄があり、やたらと人望もあったから、新興宗教の教祖みたいな人でもあった。言ってしまえば、人蕩し(ひとたらし)なのだ。今思えば、自分にとってのお手本だった。優れたインストラクターたる者、初めて会った人でも性格や特性をソッコーで見抜くかなくてはならないのだ。そして、群れを動かすリーダーとは、かくあるべきだという指針を示してくれた。人の上に立つ者は統率力だけでなく、オチャメでなくてはならない。発想力豊かで常識に囚われず、おバカでムチャクチャなところがあるのが理想だ。
でも、そんなおやっさんも何年か前に死んじゃったけどね…。



結局、スタッフが多過ぎて面倒をみてはくれず、その後サイパンに行くことになるのだが、それでも準スタッフみたいな扱いで4、5回は越前に帯同させてもらった。その帰りに、この「千束そば」に必ず寄っていたのである。

入口へと向かう。

 

懐かしいと言いたいところだが、こんな入口だったっけ❓
来店はいつも夜だったので、記憶と重ならない。

店内を見回す。記憶があるような無いような微妙な感覚にとまどう。

壁には有名人のサイン色紙が幾つも貼り付けてある。
わかるところでは、料理の鉄人 道場六三郎、落語家の桂 南光、黒焦げシンガー松崎しげる、映画監督の山田洋次、五大路子(演歌歌手)と大和田伸也(俳優)、タレントの渡辺文雄、女優の岡江久美子あたりだろうか。(この時はまさか岡江さんが、その後に新型コロナウィルスで亡くなるとは思ってもみなかった。だから、ちょっとショックだった。陰ながら、岡江さんの御冥福をお祈りします。)

 

安倍総理の色紙もあり、写真もあった。森喜朗前首相もいる。
何か微かだが、この色紙と額縁写真は記憶があるぞ。
(それはそうと最近のアベちゃんは政治家として酷いな。コロナ対策の迷走ぶりと未来を示せない姿勢は政治家としてクソだわさ。それにコレを書いている5月5日の時点で、まだアベノマスクは届いとらんぞ❗大阪のド真ん中でさえもそんなんだから、地方の状況は想像に難くない。森友問題といい、桜を見る会の件といい、限りなく黒に近いグレーだし、最低だな。でも野党にも全く期待が出来ないから、どうしようもない。日本がどんどんダメになっていってる気がしてならないよ。)

しかし、色紙には覚えがあるものの、店内の造りが違うような気がする。たしか広間があった筈だ。そこでスタッフ皆でワイワイと飯食ってたのだ。
アレって2階だったのかなと思い、店のオバサンに訊いてみる。
しかしオバサン曰く、2階は無いと言う。
w(°o°)wえーっ、もしかしてこの店じゃないのー❗❓
パニックになりそうになる。
その時、奥の閉められた板戸に目がいった。もしやと思い、再び訊ねてみる。

『あの閉まってる奥って、座敷じゃなかったですかね❓』
『そうですよ。今は普段は使ってないけどね。』

その瞬間にシナプスが繋がり、鮮やかに記憶が甦ってきた。そうだ、そうだ。2階ではなく1階の座敷で、大きなテーブルがデーンとあったのだ。改めて見ると、上り框(あがりかまち)の感じにも見覚えがある。たぶん、この店で間違いなさそうだ。
安堵の心が広がる。これで何とか、あの究極とも言える天とじ丼にありつけそうだ。

心が落ち着いたところで、メニューを見てみる。
この店は蕎麦で有名なのだが、実をいうと蕎麦は一度も食ったことがない。その頃はまだ若かりし頃だったので、蕎麦の良さが理解できてなかったのだ。おいら、うどん文化で育ってきた人間だしさ。
そんなワケで、いつも天とじ丼にするか、カツ丼にするか迷ってたんだよね。この店のカツ丼もムチャクチャ旨いのだ

だが、丼のページを見て、\(◎o◎)/ゲロゲロー❗

😱天とじ丼が無いっ❗❗


まさか、まさかの展開である。慌ててオバサンに訊ねる。

『昔、天とじ丼ってありませんでした❓』
続けてカクカクシカジカと事情を必死こいて話す。
するとオバサンは、ちょっと懐かしそうな口調で答える。
『それね、だいぶ前にメニューから外したんよ。』

(@_@)マジかよ、それ❗❓
でもここで引いてはならじと、(ノ`Д´)ノ必死になって如何に天とじ丼が美味かったかを力説して、特別に何とか作ってもらえまいかと半泣きで懇願する。
もうウルウルの目でオバサンを見つめちゃったもんね。
その甲斐あってか、何とか料理長に出来るかどうかを訊いてもらえる事になった。

答えはOK(◠‿・)—☆👍 やったね。
((o(´∀`)o))ワクワクしてくる。これでやっと念願の天とじ丼に会える。あの懐かしくて魅力的な姿に会えるのだ。このワクワクだが、ソワソワした感じ、何だか昔の彼女に会うみたいだ。



運ばれてきた❗
蓋付きでやって来たぞ。丼から僅かに海老の尻尾が顔を覗かせている。期待値がビンビンにハネ上がる。
💞ドキドキしながら蓋を開けてみる。

 

(☉。☉)れれれっ❓
記憶では玉子と海老だけのシンプルなものだったが、色々乗っかっている。おそらく天丼を卵でとじただけのものだ。再び、本当にこの店なのかという疑念が頭をもたげてくる。

でも、旨そうではある。

ここで四の五と言っても始まらない。取り敢えず食ってみよう。
そっからまた考えればいい。といっても、お手上げだとは思うけど…。

(・o・)あっ、美味い❗
玉子のとじ方が柔らかくて絶妙だ。老舗蕎麦屋ならではの少し甘めのつゆの味も相俟って、かなり美味い。
惜しむらくは玉子の量が少ない。記憶では、もっと丼全面にたっぷりと玉子がバアーッって広がっていた。それに海老以外の獅子唐とかの具材が邪魔だ。
にしても、美味いには美味いんだよなあ…。味も記憶と近い。
今度また来る時は、ダメ元で玉子増量、海老以外のものは排除で海老3本にしてもらえるよう頼もう。

レジでお金を払う時に、持ち帰り用の無料の天カスが目に入った。



それで、この店が間違いなく記憶の店と同じ店だと確信した。その天カスの事はハッキリと憶えていたのである。最初は喜んで持ち帰ってたけど、段々持ち帰らなくなったのだ。旨い天カスだけど、そうしょっちゅう持って帰っても家の者だって喜ばんのだ。

支払いは1100円に消費税が加算されて1210円だった。
これくらいなら、たとえ海老と玉子が増量になっても2千円以内に収まりそうだ。ならば、次回は絶対にそうしよう。

記憶の天とじ丼とはちょっと違ったけど、かなり満ち足りた気分で店を出る。
だいぶ日が長くなった。まだ外は夕暮れは続いていた。



スナックなど店の看板も変なのが多かったが、幼稚園まで個性的なんだね。

寂れた昭和ノスタルジーの町を抜け、駅前まで戻ってきた。
と同時に日が沈んだ。電車の時間にはまだ間があるので、喫茶店の前にある無料喫煙所で煙草を吸うことにする。

煙草の煙が宙で一瞬躊躇したようにたゆたい、風に流されてゆく。少し感傷的になっているのかもしれない。何もかもが流転するのだと思った。
すると突然、喫茶店の外部スピーカーから馴染みのあるイントロが流れてきた。

ボズ・スキャッグスの名曲『ウィアー・オール・アローン(註1)』だ(下の赤い再生ボタンを押すと曲が流れます)。

 

 

曲を聞きながら、ぼんやりと夕暮れの街を眺める。



音楽と夕景が一つに溶け合う。
この曲は『シルク・ディグリーズ』と云うアルバムに収録されていた曲だ(YouTubeの画面がジャケットカバーです)。

不意に友達の姉ちゃんのことを思い出した。メチャメチャ綺麗な大学生の姉ちゃんで、ボズ・スキャッグスが好きだった。その姉ちゃんに『ボズを聴くなら、これが入門作よ。』と言われて、このアルバムを借りたんだっけ…。 中学生から見れば大人のお姉さんって感じで、会うたびに💕ドキドキした。

そう云えば、すぐあとに当時話題だった新作アルバム『ミドル・マン』も貸してくれたな。

 
(出典『Amazon』)

セクシーでお洒落なジャケットデザインが印象的で、よく憶えている。名曲揃いで、ボズのアルバムでは一番好きだ。
このジャケットデザインとお姉さんの存在がリンクして、何だか心の中がぞわぞわした。
そういえば、彼女が横を通ると、いつも物凄く良い匂いがしたんだよ。女の人の華やかな匂いを初めて意識したのは、或いはこの時が初めてだったかもしれない。

音楽と匂いは有無を言わさぬ力があって、人を瞬時に記憶の海へと連れ出す。時にそれは暴力的で痛みさえ伴うことがあるが、懐かしさに満たされるその感情は悪かない。

色んな人の顔が浮かぶ。おやっさんの顔も浮かんだ。
We’re All Alone。でも結局、人は皆、一人ぼっちなのだ。

駅のフォームに上がる。



かなり大規模そうな工事をやっているなと思ったら、北陸新幹線の駅を作っているようだ。いや高架橋か。どちらにせよ敦賀まで延伸されるって事なのね。そんな計画があっただなんて全然知らなかったよ。日々、世の中は変化しているのだ。

午後6時48分発の姫路行きの新快速に乗る。
改めて思うけど、敦賀から姫路まで一本でいくなんて凄いな。つい忘れがちだが、東海道線って他の線と比べて突出して便利だ。特に新快速は長い距離を走るだけでなく、急行並みに速い。オマケに本数も多い。コレは東京から神奈川方面までもそうだし、静岡方面から名古屋方面でも同じだ。如何に東海道が日本の大動脈なのかがひしひしと解るよ。きっと田舎もんは都会に出てきて、ビックリするんだろな。

大阪駅で下車。環状線に乗り換え、更に今宮駅で難波行きに乗り換える。

 

あと少しで長い1dayトリップもお終いだ。
春だとはいえ、ひんやりとした夜気が肌寒い。

 

午後9時45分。難波駅に到着した。
何だかんだと濃い一日だった

 

残りあと3回、さあ次は何処へ行こうか。

                         つづく
 

追伸
青春18切符の正規料金は5枚綴で12050円。これを5で割ると1回あたり2410円と云う計算になる。
一方、今回チケットショップで購入した青春18切符は4520円。しかも4回分のものを2回分の料金にしてもらった。2回分を探していたのだが4回分のものしかなかったから、仕方なく立ち去ろうとしたら、2回分の金額でいいと言われたのだ。売れなければ丸損になるゆえの苦渋の提案だったのだろう。新型コロナウイルスの影響で全然チケットが売れていなかったものと思われる。
これを4で割ると、1回あたり1130円となる。2で割ったとしても2260円。2回分でも正規運賃よりも安い。皮肉にも新型コロナウィルスのお陰で普通では考えられないような破格の金額となったってワケだ。

参考までに本日の正規運賃を並べておこう。

JR難波〜敦賀 片道 ¥2650
敦賀〜今庄 片道 ¥330

これをそれぞれ往復したので✕2とすると、以下の計算となる。
¥5300+¥660=合計¥5960。1回分のチケット料金は1130円だから、計算すると、5960円ー1130円=4830円。何と4830円も得したワケやね。どころかチケットの購入額は¥4520だから、この1回だけで料金的にはペイしたことになる。

今回は書くのに時間がかかって、前回と間があいた。思い入れのある回だけに、色々と考えて書きあぐねていたのである。だから、食いもんとか他の文章を書いたりしていたのだ。

次回から第二章に入ります。また要らんこと始めたよ(TдT)
この調子だと、シリーズの完結は遠い。そもそも投げ出さずに完結できるのかよ?とも思う。

 

(註1)ウィアー オール アローン We’re All Alone
ボズ・スキャッグスの1976年に発売されたスタジオアルバム『シルク・ディグリーズ』の収録曲で、後にシングルカットされた。 当初は「リド・シャッフル」のB面曲という扱いであったが、多くのアーティストによってカバーされ、後述するリタ・クーリッジのカバーのヒットによって再評価されることとなり、現在では代表曲のひとつに数えられている。
日本では、日産・サニーRZ-1の新発売当初のCMソングとしてリタ・クーリッジのカバー版が使用された。また、スキャッグスによる本家バージョンも日産・ローレルのCMで使われたから聞き覚えのある方も多いだろう。

また日本ではアンジェラ・アキがカバーし、日本語の歌詞が付けられているが「みんな一人ぼっち」を意味する内容となっている。 ボズ・スキャッグスの原曲には当初『二人だけ』という日本語の題名がつけられていた。その後、リタ・クーリッジがカバーした際の日本語題は「みんな一人ぼっち」となった。現在では原曲・カバーともに日本語題をつけず、原題そのままに「ウィアー・オール・アローン」と表記されている。
これらの解釈は現在でも割れており、たとえばNHK Eテレの「アンジェラ・アキのSONG BOOK」で取り上げられた際は、We’re All Alone は「二人きり」と「しょせん一人ぼっち」という意味の両方の解釈が可能とされている。

また本記事の英語版によれば、リタ・クーリッジのカバー版はオリジナルが “Close your eyes Amie and you can be with me” となっている行を “Close your eyes and dream and you can be with me” と歌っているため、「会う事を夢見る」に曲の意味を替えたのであれば「みんな一人ぼっち」と訳せるかもしれないという。 なお、2007年の『シルク・ディグリーズ』復刻盤に寄せたライナーノーツでスキャッグス本人は「この曲のタイトルを個人的な話と普遍的なテーマを両立させるものとしたが、両者の意味が同時に成立するような歌詞にするのに苦労した」と語っており、上記のような複数の解釈が可能なように最初から歌詞が設定されていたことが明らかとなった。しかしながら同時に歌詞づくりが非常に難航し、レコーディングが始まっても完成せず、書き足しながら録音したことを明かしたうえで、「この曲の意味は自分の中でも完全にはわかっていない」と語っている(以上、Wikipediaより抜粋再編集)。

尚、アルバム『シルク・ディグリーズ』はAOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)の歴史がここから始まったとも言われる金字塔的作品であり、ボズ・スキャッグスの名を一躍世界的なものにした7作目。全米アルバム・チャートで2位を記録。グラミー賞を受賞した「ロウダウン」(全米3位)も収録されている。
 
また、このアルバムに参加したスタジオミュージシャンのデヴィッドペイチ、デヴィッド・ハンゲイト、ジェフ・ポーカロ達が後にTOTOを結成することになる。