黄昏のナルキッソス 第四話

 
最終話 『蠱惑のナルキッソス』

 
2023年 9月23日

奈良から蛹と幼虫を持ち帰ったら、直ぐに近所のスーパーにダンボール箱を2個ほど貰いに行った。
一つは、その中で蛹を羽化させるためだ。もう一つは、幼虫に繭を作ってもらい、中で蛹化してもらうためである。ちなみに、ダンボールはお菓子のカールのチーズ味と湖池屋のポテトチップスのストロングサワークリーム味である。

一応、幼虫の食餌植物であるシンジュ(ニワウルシ)の葉も近所から取ってきた。木を這い回る幼虫のみを選んで持って帰ったから、たぶん摂食はせずにそのまま繭になるとは思ったが、念のために用意したのだ。

先ずは幼虫を移すことにする。
シンジュの枝の切り口を水中で斜めにカットし、濡らした脱脂綿で覆って、更にその上からアルミホイルで包む。それをダンボールに入れたら、幼虫を傷つけないように筆に乗せて移す。
幼虫は3頭だとばかり思ってたけど、4頭いた。
移し終えたら、ガムテープで蓋をする。部屋内に置こうと思ったが邪魔だし、だいち夜中に逃げ出して、体をモゾモゾと這い回りでもされたらコトだ。😱💦キショ❗ 想像しただけでも背中に悪寒が走ったよ。慌ててベランダに出す。

次は蛹である。箱の下にクッションがわりのティッシュを敷く。あとは其処に蛹を背中向きに置いていくだけである。なぜ背中側にするかというと、繭の中の蛹の向きと同じにするためである。
そして、さあ蛹を移そうとタッパーの蓋を開けた瞬間だった。
いきなり目の中に鮮やかな黄色と青が飛び込んできた。
😲w⁠(⁠°⁠o⁠°⁠)⁠w何じゃこりゃ❗❓

面食らって一瞬、何が起きているのか理解できなかった。でもどこかで見た覚えがある姿だ。そして、次の瞬間には全てを理解した。たぶんアレがアレになったのだ。

羽化が近そうだった蛹が、早くもタッパーの中で羽化し終えていたのだ。まさか、そんなに早く羽化するとは思ってもみなかったし、それに裏側だったので起こっている事の意味が余計飲み込めなかったのだ。ネット上でも、裏面画像は少ないからね。当然、脳にインプットされた情報量は少ない。ゆえに印象も薄い。よって直ぐには脳内シナプスが繋がらなかったのだろう。
でも、何で裏側❓ 何ゆえヒックリ返っておるのだ❓ それに飛んで逃げないのはナゼ❓
あわててタッパーを引き寄せる。それで漸く事態が飲み込めた。どうやらポケットティッシュの空袋に頭から突っ込んで動けなくなっているようなのだ。そういや蛹を傷つけまいと、クッションがわりにテイッシュを使ったのだが、全部使い果たしたんだよね。で、その空袋をそこいらに捨てるワケにもいかず、一番上に置いて、タッパーのフタをしたんだわさ。って事は、羽化して底から這い登ってきて、偶然にも空袋に入ったって事か。しかも裏向きで。だとすれば、すごい確率だ。殆んど奇跡に近い。
待てよ。でも何がどうなったら裏側になるのだ❓ 裏向きに袋に入ってゆくシチュエーションが全然想像できない。それとも表向きに入って行って、中でヒックリ返ったのか❓ けど、どうやったらヒックリ返れるのだ❓ どちちにせよ、謎だらけだ。

でも惜しいかな、この時の画像はない。なぜなら、この状態で暴れられでもしたら、背中の毛がハゲチョロケ、醜い落武者化してしまいかねないからだ。それはマズイ。救出には、一刻の猶予も許されない。写真なんか撮っているヒマなどない。そう思って、慌ててテイッシュ袋から脱出させたのだ。

真ん中にあるシミは、おそらく羽化後に出した体液であろう。だとすれば、蛹から脱出して羽も伸びきらぬうちに空袋に入ったのか❓ それとも完全に羽が伸びきってから入ったの❓
蝶の場合だと、体液を排出するのは後者だった筈だ。と云う事は、羽が伸び切ってからか❓
バカバカしくなってきた。それが、どうしたというのだ。詮索したところで何の意味もない。もう、どっちでもいいや。

一応、裏面展翅の画像を貼り付けておく。
コレ⬇が上のティッシュの空袋に入っていたと想像してみてほしい。

(シンジュキノカワガ Eligma narcissus 裏面)

かっなりインパクトがあるっしょ❓
蓋を開けたら、コレがバーンと目に飛び込んできたら、誰だって面食らうだろうし、直ぐには事態が呑み込めなかったのも御理解戴けるかと思う。

それにしても、蛹を得てからこんなに早く成虫に会えるとは思っていなかったし、まさか初めて見るのが裏側だなんて想像だにしていなかった。衝撃的な巡り逢いだよね。簡単に恋に落ちる典型的シチュエーションだ。

袋を開くと、彼女は慌てたようにパタパタと飛んで行き、ベッドの端に静止した。それを優しく手に移し、カーテンに止まらせた。驚くほど従順だ。素直な愛(う)い娘じゃ。

幸いにも背中はハゲチョロケにはなっていないようだ。

前脚を揃えて止まっている。何か律儀と云うか、お行儀が良くて可愛い。オラを惑わすだなんて、蠱惑のナルキッソスだね。

(⁠⁠´⁠ω⁠`⁠⁠)ほよ。前脚はモフモフだねぇー。
直ぐに殺すには忍びないので、暫く彼女を肴にして酒を飲むことにする。何か、ええ気分やわ。

あれから既に4時間くらい経っているが、段々と愛着が湧いてきて殺せないでいる。取り敢えず、このままスルーして眠りまーす。

 
2023年 9月24日

したら、翌朝には忽然と消えていた。
慌てて探し回る。しかし、何処をどう探しても見つからない。💦焦る。
部屋は閉め切っていたから、外には逃亡はしていない筈だが、どっかタンスの裏にでも潜られたらオシマイだ。引っ越しするまで見つからない。で、ボロボロになっている可能性大だ。もしそうなったとしたら、泣くに泣けない。情けなんぞ掛けずに、早めにシメておけば良かったと後悔する。

時々、思い出したように探し回るが、昼を過ぎても見つからない。まさか神隠しにでもあったのか❓そなた、いずこへ❓

さておき、小太郎くんに電話しよう。
昨日、現地から採集できた御礼のLINEを送ったら、すぐに返信が返ってきた。

「夜までやってライト焚いたら、成虫も来るかも?」

でも、そんな気力は無かった。
「考えたけど、あのクソ重たいポータルバッテリーを持って此処まで歩くのは辛い。なので今回は断念。あっ、明日付き合ってくれるなら、やるけどー。」と返した。その確認のための電話である。

現在、羽化した奴が行方不明中である事と、その成り行きを説明したら、笑って言われた。
「夜行性なんだから電気を消したら、そりゃ飛び回りますよー。」
そりゃ、そーだー。ツンマセーンm(_ _)m

幼虫の様子も気になったので、ベランダに出た。
したら、何とガムテープの端が剥がれており、フタが浮いておるではないか。慌てて箱を開けて中を確認する。
ひー、ふー、みー、…。アレっ❗❓ 一つ足りない。畜生めがっ、おのれ、逃亡しおったな。だが周りを見回すも、姿なし。
けど自分のミスだから仕方がないよね。まっ、いっか…。取り敢えず、ついでに洗濯物を取り込もう。

洗濯物を取り込んで、何気に窓側を振り返ってピンときた。部屋の中からは死角になっている部分がある。もしやと思い、窓に向かって目を凝らす。
ハッ❗いたっ❗ 何と真ん中の窓枠の裏側に止まっておるではないか。どうりで見つけられなかったワケだ。勿論、窓際のチェックを怠っていたワケではない。何度も捜索している。でも前に置いてあるテーブルが邪魔で、窓枠の裏側はブラインドになっていて見えなかったのだ。

向かって右側が部屋。左側がベランダである。

また、前脚を前に出していらっしゃる。
どうやら、それが基本姿勢のようだね。

あれっ❗❓ 前脚の左横から何か毛束のようなものが出ているように見える。性フェロモンを出すヘアペンシルみたいなモノかな❓ いや、でも蛾がフェロモンを出すといえば、尻先からだったよな。じゃあ、コレは何❓
まあいい。とにかくキュートだ。こんなにオラをヤキモキさせておいての、この可愛い子ちゃん振り。蠱惑すぎる。もう少し生かしておこう。

とはいえ、2時間後には気が変わった。
今夜は出かけるのである。留守中、夜になって飛んで、また行方不明になられても困る。意を決して捕まえにかかる。

でも止まっている位置が悪い。よく見えるであろう左側からは、タンスとテーブルが邪魔で毒瓶を被せようにも手が届かない。かといって右側からだとテーブルが邪魔だし、ブラインドになってて見えないのだ。正確な位置が分からなければ、毒瓶は被せられない。大体の位置が分かっているからといって、闇雲に被して的をハズしたら、背中がハゲチョロケになりかねないのだ。それはマズい。もしかしたら、コレが最初で最後の成虫になるかもしれないのだ。なぜなら他の蛹や幼虫が謎の病気に罹って次々と斃れてゆき、全滅する可能性だってあるのだ。だから、落武者化だけは絶対に避けたい。完品の標本が1つも手に入らないと云う事態は、何が何でも避けねばならぬ。

ここは慎重にいこう。
先ずは正攻法、刺激を与えて飛ばそうと思った。したら、何処か壁にでも止まるだろうから、あとは上から毒瓶を被せればいいだけだ。

けれども、窓を勢いよくガラガラと動かしても飛ばない。二度、三度と繰り返すも反応なし。
難儀じゃのう。棒を持ってきて、左側から突っつくことにした。

けど、突っついたら、
ボトッ❗、😲落ちた❗❗
で、動かない。普通なら飛んで暴れるのにナゼ❓
えっ❗、もしかして死んでるの❓

慌てて右側に周り、サッシの溝でヒックリ返っているのを広い上げようとするも、体勢が悪くて指では上手く掴めない。溝にスッポリ嵌ってしまっているのだ。
(´ε` )もー、難儀な奴っちゃのー。
ピンセットを持ってきて何とか拾い上げる。

それにしても、何で死んだんやろ❓
まさかショック死とか❓ そんな事ってある❓ まだ羽化してから24時間と経っていないのに、サドンデスとかって聞いたことがない。カゲロウじゃあるまいし、そんなに寿命が短いワケないだろ。

脚を広げて、腹部を内に折り曲げている。
手の中で、コロコロと転がすも動かない。どうみても死んどるなー。何がどうなったら、こうなるのだ❓
ハッ( ゚д゚)❗でもこのような形って、どこかで見た事があるぞ…。
あっ、そうだ❗ 今年の春、奄美大島に行った時にタッタカモクメシャチホコ(註1)が、同じような姿勢になってピクリとも動かなくなったのを思い出したよ。擬死ってヤツだ。天敵など捕食者から身を守るための方法の1つで、死んだふりをする事によって相手が姿を見失ったり、興味を失ったりするらしい。

15秒?、それとも30秒くらいだったろうか、テレビに目を遣りつつ暫く見てると、ゆっくりと動き始めた。
あら、やっぱり死んだふりだったのね。完全に騙されたよ。お見事です。ナルキッソスちゃんったら、そんな技まで身につけてるのね。驚きだ。あんさん、スゲーな。

面白いから、もう1回突っついてやると、また死んだふりになりはった。それを表に返してみる。

あっ、脚は途中までは鮮やかな黃色だが、先の方は黒っぽい。へぇー、ツートンカラーなんだ。脚までオシャレさんなんだね。
暫く、蘇生しそうになる度ごとに突っついてやった。オラを騙した罰である。
あとで知ったのだが、刺激を与えると再び擬死するが、その持続時間は次第に短くなり、5回を越すと反応しなくなるという(1974 上田)。反応しなくなるという事はなかったが、確かに、そうゆう傾向はあった。
お嬢、徐々に思ったんだろなあ。「このままじゃ、ダメかしら❓ もしかして、もうバレてる❓」。そういった感情の流れが、そのままインターバルの長さの推移に表れていて、それが手に取るようにわかった。そうゆうところもコケティッシュだ。

ちょっと気が引けたが、毒瓶にブチ込む。ゴメンね、小悪魔さん。

標本写真など従来の展翅画像の多くが、上翅を上げ過ぎてるような気がしたので、思い切って下げて展翅してみた。

こっちの方が自然で正しいのかもしれないけど、あんましカッコよくない。もう少し上げてもよかったかなあ…。
やり直そうかとも思ったが、でも時間がない。慌てて用意して家を出る。

 
小太郎くんとは、17時30分に近鉄奈良駅で待ち合わせていた。
辺りは、もう暮れなずみ始めている。すっかり、日が落ちる時刻も早くなったね。6月とかは、真っ暗になるのは8時近くだったもんな。

小太郎くんの車で昨日の場所へと向かう。歩きだと1時間近くかかるけど、車だと直ぐだ。たぶん10分程度だろう。文明の利器に感謝だ。

灯火採集するのに適した場所を探すが。此処だと云う場所が見つからない。比較的まだ良さ気な橋の袂に陣取ることにする。

午後6時半に点灯。

でも、待ち人来たらず。
アホほどカメムシが寄ってきただけであった。ロクな蛾は飛んで来ず、永遠の天敵スズメバチどもを駆逐する。悪いが対馬でツマアカスズメバチにしこたま刺されて以来、トラウマになっているのだ。次もし刺されたら、アナフィラキシーショックで、おっ死んでしまうかもしれんからね。悪いが、アタシャそんなに心は広くないのだ。

 
2023年 9月26日

幼虫に1頭逃亡されたので、昨日のうちにカールさん(ダンボール)を部屋に移しておいた。

一応言っとくと、下の湖池屋さんには蛹、上のカールさんには老熟幼虫が入っている。

シンジュの葉を取り除くと、既に2頭が繭を形成していた。
ダンボール箱に入れたのには理由がある。幼虫は周りにある素材を噛み砕いて、自身の吐く糸と混ぜ合わせて繭を作るからだ。

このように基本的には、シンジュの樹皮を顎で削って混ぜ合わせる。幼虫の顎は強靭で、時には土砂、腐蝕した鉄、塗料、モルタルの吹付け、コンクリートなどをも材料にしてしまうらしい。ならば、ダンボールなんぞは朝飯前だろうと考えたのさ。

だが1頭めはダンボールではなく、シンジュの葉を材料にしたようだ。シンジュの木に付いた繭とは趣きが違う。淡いグリーンで美しい。色紙とかを入れておけば、或いはカラフルな繭が出来るかもしれない。

2頭めも、シンジュの葉を利用している。だが、趣きは違う。葉を沢山使っているらしく、濃い緑色だ。とはいうものの、作りは雑い。上の方は葉っぱを使ってないし、途中で面倒くさくなったと云う感じだ。

尚、2つとも基本通りにダンボールの横壁に繭を作った。
遅れて3頭めも繭を作り始めていたが、なぜか底面であった。

あとで見たら、繭作りは全然進んでいなかった。中途半端にも、ここ迄で終わりのようだ。途中で力尽きたか、邪魔くさくなったのだろう。それにしても、めちゃくちゃ雑な作りである。スカスカじゃないか。
たぶん幼虫にも、それぞれに性格とか個性があるんだろうね。

ちなみに繭の完成には7〜8時間を要するそうだ。その後、前蛹を経て3日程で蛹化するという。

  
2023年 9月27日

転がしていた蛹から3頭が羽化してきた。

裏返してみて、腹端の形に2タイプがあることに気付いた。どちらかがオスで、どちらかがメスだと云うことだね。

(裏面A)

腹の先が∪字型になるのが特徴。そして、腹が全体的に太いモノが多いような気がする。あくまでも傾向としてだけど。

(裏面B)

腹端に縦にスリットが入っており、複雑な形をしている。交尾器だね。たぶん、コチラがメスだろう。ムラサキシタバなどカトカラの仲間の♀は、皆そうだからね。

【ムラサキシタバ♀】

(2023.9.2 長野県白骨温泉)

画像を拡大して戴ければ解ると思うが、我ながら触角がビシッと決まった完璧な展翅だ。


(2018.9.17 長野県白骨温泉)

腹端に縦のスリットが入っており、その先には産卵管らしきものが見える。
と云うワケで、画像の裏面Aが♂オスで、裏面Bがメス♀でヨロシイのではないかと思う。

とはいえ、間違ってたらゴメーン。ワシの雌雄の見立てが本当に正しいのかどうかはワカラナイのら。だって幾ら探しても、シンジュキノカワガの雌雄の見分け方は何処にも載ってなかったんだもーん。

と、ここまで書いたところで、ペンが止まる。でも、♂と思われる個体の方が、どっちかといえば腹ボテなんだよなあ…。つまり、沢山お腹の中に卵を抱えている可能性が高いように思えてきた。逆なんじゃねっ❓
そう思うと、スリットはアゲハチョウのオスの交尾器であるバルバ(把握器)にも見えてきた。ヤットコみたくガシッとメスの腹先を掴むのに如何にも適していそう形じゃないか。となれば、そっちがオスと云うことになる。

改めてアゲハの交尾器を見直そう。

(ナミアゲハ オス)

(同メス)

(出典 2点共『趣味のアゲハ館』)

何かコッチの方が、形的に合致してんじゃねーの❓
そう考え始めると、止まらなくなる。正しいのはコッチじゃないかという想いが強くなり。暫くの間、自分の中では雌雄が完全に逆転していた。
だがそのうち、段々また自分の見立てに自信が持てなくなってきた。その見立てだと、交尾器の構造的に何処かオカシイような気がしてならない。違和感が拭えないのだ。あんな形で、はたしてメスの腹端を掴めるのか❓ にしては、間が広過ぎないか❓
考え直そう。さんざん偉そうな事を書いておいて、もしも雌雄を間違えていたとしたら、大恥を掻くことになる。めちゃめちゃカッコ悪い。
よし、もう一度イチから調べ直そう。絶対に何処かからヒントが見つかる筈だ。

色んな言葉を取っかえ引っかえ入れ替えて検索し、漸く重要な手掛かりに辿り着いた。
『On the copulation mechanism of Eligma narcissus (Cramer) (Lepidoptera: Noctuidae)』(K. Ueda, T. Saigusa 1982)と云う英論文である。
和訳すると『Eligma narcissus(クラマー) (鱗翅目:ヤガ科)の交尾機構について』と云うタイトルになる。
「Eligma narcissus」はシンジュキノカワガの学名だから、つまりシンジュキノカワガの交尾について述べられている論文と云う事になろう。

そこに交尾器の図も載っていた。

論文に「male」とあったので、コレがオスだね。やっべー、大恥を掻くところだった。

そして、こちらは「female」とあるから、メスの交尾器だ。
(´ε` )危ねぇ、危ねぇ。一番最初の見立てで合っていたのに、わざわざ変えちゃってたって事だね。

コチラは交尾のメカニズムを描いだ図だ。こうして見ると、オスには左右に開くバルバ(左図下側↙↘)がちゃんとあって、こうゆう風に隠されていたんだね。とても解りやすい図で、納得したよ。

この流れで、ふと、蛹の段階で雌雄が見分けられるのではないかと考えた。早速、比べてみる。
しっかし、ワカラン。残りの蛹を検分したが、全部同じにしか見えんのだ。よくよく考えてみれば、そもそも雌雄が混じっているかどうかもワカランのだ。全部メスかもしれないし、オスかもしれんのだ。
なので後々、改めて抜け殻で比べてみた。

(抜け殻 背中側)

(抜け殻 腹側)

コレを見ると、当たり前だが背中側が割れて出てくるのだね。

コチラは、どちらかがメスで、どちらかがオスの筈だが、見たところ違いはない。但し、取り違えた可能性もある。その時はまだ、そこまで気にかけて回収したワケではないからね。

ズラリと抜け殻を並べてみる。コレだけあれば、絶対に雌雄が混じっている筈だ。

(⁠ノ⁠≧⁠∇⁠≦⁠)⁠ノ⁠ ⁠ミ⁠ ⁠┻⁠━⁠┻ワッカラーン❗
絶対どこかに性比を示す差異がある筈なのだが、ワシの眼力では見抜けなかった。尾端の形は、どれも同じにしか見えない。

今度は前翅を上げ気味に展翅した。

(シンジュキノカワガ♂)

(2023年9月 奈良市白毫町 蛹採集)

また自画自賛で申し訳ないが、我ながら美しい仕上がりだ。
やっぱコッチの方がカッコいい。
ようは、誰もが見て美しいと思えるモノが正解なのだ。

次は上と1頭めとの中間を意識して仕上げた。

(同♀)

コチラも悪くない。と云うか、一番このバランスが自然かもしんない。
触角はあえて真っ直ぐにはせず、蛾眉調にした。面倒くさいというのもあるが、邪悪な感じを出したかったのだ。
ありゃ❗❓それはそうと、コイツには後翅に青紋が殆んどないぞ。ほぼ消失しかかっている。こう云うタイプの画像は見たことがない。つまり異常型と言っても差し支えないのではないかと思う。

もう1頭は裏展翅にした。

(シンジュキノカワガ♂ 裏面)

表が美しい蛾だが、裏もまた美しい。個人的には、寧ろ裏の方がスタイリッシュなんじゃないかとさえ思ってる。なのにネットで見ても、殆んど裏展翅の画像が出てこないのは何でやろ❓
右側の真ん中の脚は、後で何とか整形するつもりじゃきぃ。

 
2023年 10月1日

次の週も奈良市にナルキッソスを探しに行った。
もっともっと欲しいと思ったからだ。完全に虜になっている。

今回は、ダイレクトに病院へ行くバスに乗った。病院の送迎バスではなく、路線バスの方ね。

先ずは蛹から探してゆく。

取り敢えず4つ確保。
まあ、それだけ採れれば良い方だろう。小太郎くんも言ってたけど、前回に来た時には、幼虫が鈴なりになっているような場所は無かったからね。

少ないながらも、まだ幼虫はいた。
今回は積極的に網を伸ばして採る。幼虫の下に網を持っていき、揺らしたり突いたりすると落下してくる。遂にこんな毒々しい幼虫を自ら進んで採る事になるだなんてね。いよいよ常人には理解不能の、アブノーマルな領域に足を踏み込んだな。コレでアタマおかしい人たちの仲間入りじゃよ。

基本的には蛇とか芋虫・毛虫類など脚が無いような系はオゾましいが、顔はパンダみたいでちょっと可愛い。


(出典『円山原始林ブログ』)

結果は蛹が4に、終齢幼虫が6頭。幼虫は全て終齢だが、そのうち約半分は黄色みが強いので、おそらく蛹化が近い老熟幼虫だろう。残りは、より色が淡くて明るい黄色ゆえ、まだ摂食が必要かと思われる。
因みに画像は、まだ摂食が必要な幼虫。側面が薄い黄緑色をしていることから判別できる。文献に拠ると、一般に夏の暑い時期の幼虫は黒化が強く、晩秋の頃の幼虫は色が淡いようである。

まだ摂食が必要と思われる幼虫の為に、シンジュの蘖(ひこばえ)から喜びそうな若葉を摘む。そして、幼虫が入ったビニール袋にバサッと入れて持ち帰った。

尚、各ステージの期間は、卵が6日。初齡幼虫は3日。2齡幼虫4日、3齡幼虫3日、4齡は5日。終齢が5日。そして蛹の期間が12〜14日間だそうである。と云う事は、卵から親になるまでは38〜40日間となる。意外に短い。
あと、孵化直後の初齡は白色で、2齡以降から黄色と黒の阪神タイガースカラー、いわゆる虎縞模様が次第に明瞭となる。また、3齡頃までは葉裏などで集団を形成するが、その後には分散するようだ。

因みに、此処ではシンジュの大木には付かず、殆んどが若木や幼木で発生していた。また、道路の東側の森には殆んどおらず、もっぱら西側の開けた場所にある木で発生していた。

帰宅して、蛹と老熟幼虫をそれぞれ分けてダンボールに移す。
摂食が必要そうな幼虫は、より大きなビニール袋を用意して針で細かな穴を開けて、そこに移した。コレだと、葉が萎れにくいと考えたからだ。中が蒸れて、幼虫が病気になるかもしれんけどー。

 
2023年 10月2日

翌日、前週のモノから1♀が羽化した。

こっちの画像の方が、腹端のスリットが鮮明に写ってるね。
更にその内側には複雑な構造物が有りそうだ。

展翅の方向性も決まってきた。

腹の真ん中が沈んでいたので、調整しなおす。

う〜ん、暫くはこのバランスでいこう。
飽きたら、また変えればいい。

 
2023年 10月3日

さっきからずっと、ダンボール内から『チッ、チッ、チッ…』と連続的に繭が鳴いている声がしている。何が起ってんだ❓
中を開けてみたら、1週間前に最初に繭になった奴の右隣で、老熟幼虫が新たな繭を作り始めていた。その振動に反応して最初の奴が鳴いているらしい。「迷惑だよなー」とでも思ってんだろなあ…。同情するよ。
体力を使い過ぎて羽化できなくなるんじゃないかと心配になったが、考えてみれば自然状態では繭が寄り添うように集団を形成するから大丈夫だろう。

あっ、黄色い幼虫の姿が透けて見えるね。
どうやらダンボールは材料にはしないみたいだ。今のところ、ダンボールを材料に使った形跡のある繭は1つもないのだ。
ちなみに右下に見える緑色のモノは、繭の外壁を作りかけた跡である。最初は其処で繭を作り始めたのだが、堤を少し作ったところで、どう云うワケか気が変わったようで、やめて近くの繭の隣に繭を作り始めたのである。ちなみに、どの幼虫も先ずは左側の外壁から作り始めていた。偶々かもだけど。
もしかしたら、途中でやめたのは、この外壁を作るのが面倒くさくなったのかもしれない。繭の隣に重ね合わすように繭を作れば、省エネで左側の工程の一部を端折れるのかもしれない。

 
2023年 10月5日

葉を摂食していた幼虫が、ビニール袋の中で繭を作った。
でも、葉は噛み砕かずに、そのまま綴り合わせたようだ。繭の上に葉をクッ付けたような形になった。
ハサミで切り取って、裏返してみる。

まだ完全には蛹になっていないようだ。前蛹と蛹の中間状態みたいなモノなのかな❓ それとも前蛹から蛹になる直前か直後❓
とにかくコレで黄色い蛹の説明がつくね。

やはり蛹化後すぐは黄色なのだと推察できる。その後、徐々に茶色になってゆくのだろう。

 
2023年 10月7日

黄色かった蛹が、茶色に変わっていた。
見立ては間違ってなかったという事だね。

こう云う変化を観察できたのは、ビニール袋に入れて飼育したお陰だな。たまたまやけど。

柄が浮き出ている羽化間近の蛹も見つけた。

しかも3つもだ。今晩から羽化ラッシュが始まるかもしれない。

 
2023年 10月8日

翌朝、そっとダンボールを開けたら、3つとも羽化していた。

(シンジュキノカワガ♀)

(同♂)

(同♂)

今までの感じからだと、どうやら羽化は夜から明け方にかけて行われるようだ。ネット上に、昼間に写したであろう羽化画像も幾つかあったから、昼夜に関係なく羽化するのかなと思っていたが、アレはイレギュラーだったんだね。


(出典『ささやま通信』)

ちなみに、羽化して翅を伸ばす時は、蝶のように翅を立てるようだ。1回も見れてないけど。

さておき、展翅しても腹部以外では雌雄の区別がつかんな。
例えば蝶なんかは、比較的に雌雄異型が多く、オスに比べてメスは大型で、全体的に翅形が円くなる傾向がある。
だが仔細に見比べてみたけど、特徴的な斑紋の違いは見つけられなかった。大きさも雌雄それぞれバラバラだし、翅形も同じだ。蛾は雌雄で触角の形が違うものが多いが、それも無し。全く同じだ。つまり腹端の交尾器の形でしか判別できないのだ。
話が少しズレるけど、思うに、蛾って雌雄の斑紋が違う種って少ないよな。そこはツマンナイとこだよね。やっぱ、雌雄異型の方が素敵だもんな。採っててモチベーション上がるしさ。

 
2023年 10月9日

翌日も羽化してきた。

♂である。
今のところ、雌雄アトランダムに羽化してきてる。つまり決まった傾向は見られない。蝶なんかは、先ずはオスが羽化して、暫くしてからメスが遅れて羽化してくるモノが多い。たぶんオスの精巣が成熟するまでには、ある程度の時間を要するのだろう。蛾のカトカラの仲間なんかも、特にメスが遅れて羽化してくると云う感じは見受けられないし、蛾って皆そうゆうものなのかなあ❓

 
2023年 10月11日

今日の様子を見ようと、重ねていたダンボールの上を除けたら、蓋の上に鎮座しておった。

いちいち毎回のようにガムテープを剥がすのが邪魔くさいので、フタがわりにダンボールを上に置いていたのだ。
あっ、背中が落武者ハゲチョロになっているではないか。きっと隙間から無理に脱出したせいだろう。
ならば、急いで殺す事もなかろう。暫く放ったらかしにする事にした。普段、どう云う風に過ごしているのかも知りたい。

飛ばして、布団の上に止まらせる。

指で軽く触っても翅を少し開く程度で、飛び立つ気配はない。反応が薄く、おとなしいのだ。でも小悪魔ナルキッソスのことだ。猫かぶってるのかもしれない。油断してはならない。
でも布団の上は邪魔なので指に移らせてカーテンに止まらせたら、そのままジッとしていた。おそらく日中は木陰とかで休んでおり、殆んど活動しないものと思われる。姫路で昼間に、ホバリングするように上空を飛んていたと云うのは例外なのだろう。

夜になったら、急に活発に活動し始めた。天井の照明付近で、巧みにホバリングするように飛んでいる。飛び方は軽くて、エアリー。力強さはなく、意外にも優雅な飛び方なのだ。翅も薄そうだし、それも納得だね。
しかし、下翅を震わすスピードは、けっして遅くはない。かなり速い方だ。パタパタ飛びかもしれないが、モンシロチョウみたいなフワフワ飛びではないだろう。もしも本気を出して飛べば、おそらく速い部類だ。翅形から見ても、鈍足なワケねぇだろ。
かといってヤママユガ系やススメガ系みたくバカみたいに暴れ飛びするってタイプではない。直ぐに壁に止まり、暫くはジッとしている。まあ、狭い部屋の中だからね。自由に飛べないゆえ、そうなってしまうのかもしれない。

翌朝に見たら、就寝前とは違う場所に止まっていた。夜中には、それなりに飛び回っていたのだろう。
その後の観察を含めて参考までに言っておくと、基本的には壁に真っ直ぐに止まっている。カトカラみたく、上下逆さまに止まることは殆んどなかった。一度だけ、頭を右斜め下にして止まっていた事があるだけだ。天井に止まる事は、時々あった。計3度見た。向きは一定していない。あとは、あまり低い所には止まらない。大体が天井近くに止まっていた。或いは野外では、木のかなり高い位置に止まっているのかもしれない。

この個体は、ハゲチョロケなので裏展翅にした。

(♀裏面)

メスだね。生きている時には気付かなかったが、青い部分の色が他と比べて暗くて黒っぽい。裏にも、それなりに変異はありそうだ。

 
2023年 10月13日

最初の蛹採集から既に2週間以上が経っているが、羽化してこないモノが幾つかいる。もしかして死んでんの❓

拾い上げて見ると、黒ずんでいる。しかもカチカチになっていた。完全に死んでまんな。
生きている蛹は柔らかくて、色にツヤがあるのだ。

(生きている蛹 腹側)

(背中側)

だが、内部を食われたような形跡もないし、脱出孔らしき穴も見当たらない。と云う事は、寄生蜂や寄生蝿にヤラれたワケではなさそうだ。じゃあ何で死んだん❓
理由を探してみたが、全然思い浮かばない。強いて言えば、乾燥❓

 
2023年 10月18日

久し振りの羽化である。
性別はオスだね。

展翅は、触角を真っ直ぐにしてみた。

でもシンジュキノカワガって触角が短いから、なんかカッコ悪いんだよね。

 
2023年 10月19日

翌日にも羽化があった。♂である。
実をいうと、この個体を使ってヤラセ写真を撮ったんだよね。

そうしようと考えた時に、たまたまオスだったから使えると思ったのだ。

成虫との初めての出会いが衝撃的だった事は、既に書いた。でも画像を撮っていなかったので、それではヴィジュアルが伝わりにくいと思った。文章力が無いから、正確に読者に伝える自信が無かったのである。なので、ヤラセ写真を撮ろうと考えたと云うワケだね。けど、浅墓だった。

あの時みたいな大きく上下に翅を広げた形には、どうしても出来なかったのだ。死んでる個体は翅の付け根の筋肉が弛緩しているから、基本的に無理があるみたい。ましてやビニールはツルツルだから、前日の画像みたく何処かに引っかかって広がってくれる事もない。
で、一応は写真を撮ったはものの、こんなんじゃかえってイメージを損ねてマイナスだと思ったので、使うのを断念したのである。神様が、ヤラセはアカンって言うてんねやろ。

今度は、昔の図鑑風の触角にしてみた。

何か、より蛾っぽく見える。キショい。
まだまだ蛾に対しての偏見があるかもなあ…。

いよいよ蛹も、あと残り1つとなった。
お楽しみも、そろそろ終わりだね。

 
2023年 10月21日

最後の1頭か羽化してきた。
コレで全部の羽化が終了したことになる。

心苦しいが、予定があるので〆た。

此処まで延べ6年。本当に長くて色々あったけど、円は閉じた。物語は終ったのだ。
寂しくなるな…。

 
2023年 10月22日

朝、目覚めて、ぼんやりと天井を見ると、見覚えのある形と色のモノが、へばり付いていた。

幻覚か❓ まさか黄泉の国から舞い戻って来たとでもいうのか…。
寝ぼけ眼(まなこ)をこすって、二度見する。
だが、どう見ても間違いなく実物のシンジュキノカワガだ。
でも何で❓ まさか寂しがってたアチキに、わざわざ会いに来てくれたの❓ だとしたら、蠱惑すぎる。でも、たとえ幻惑であろうとも素直に嬉しい。もう、いくら小悪魔に翻弄されようとも構わない。それで地獄に落ちたとしても後悔はない。地獄の道行き、共に落ちるところまで落ちよう。
(⁠⁠´⁠ω⁠`⁠⁠)ハハハハハ。自分でも何を言ってるのかワカラナイ。まるでコアな恋愛話じゃないか。オジサンの恋狂い。イカれポンチだ。

せっかくだから、飼おっかなあ…。
砂糖水を脱脂綿に染み込ませて、飼育箱の天井からブラさげたら、何度も吸汁に来るそうだし、長いものは28日間も生存したらしいからなあ…(1983.阿部)。
でもなあ…。飼育箱なんて無いし、部屋の天井からブラ下げるには、どうすれば良いのだ❓ 何か工夫して考えなければいけない。だいち、床にボトボトと砂糖水が落ちたらベトベトになるじゃないか。それは、やだなあ。
ʕ⁠ ⁠ꈍ⁠ᴥ⁠ꈍ⁠ʔふう〜。どうするかは、明日また考えよう。

さておき、成虫は餌を摂るんだね。と云うことは、去年に糖蜜を撒いたのも、あながち間違いではなかったワケだね。
けど冷静に考えると、それも当たり前かもしれない。遠く中国から長旅をするような種なんだから、エネルギーを補給しないと旅を続けられないからさ。

 
2023年 10月23日

悩んだ挙げ句、〆る事にした。
やっぱり飼うのは邪魔くさい。親に小さい頃から「口のある者を飼う時には、心して責任をもって飼え。」と諭されてきたからね。
それに、よくよく考えてみると、生きていた繭&蛹の数と羽化した成虫との数が何となく合わないような気がしていたのだ。きっと、こっそりダンボールから脱け出していたのである。奇跡でも何でもないのだ。小悪魔に騙されてはいけない。魔法を解こう。

毒瓶を被せた。
中で激しく暴れている。苦しいよね。ゴメンね。
何だか、愛し過ぎるがゆえに愛する人の首を絞めて殺すような気分だ。昔、そんな悲しいドラマがあったよね。

御臨終…。

でも、いざ殺してしまうと、悔いが残る。
けれども、どれだけ悔いたところで彼女は、もう戻ってはこない。
オイラ、なんて事をしたのだ…。

 
2023年 10月24日

流石にコレで打ち止めだろうと思っていたら、あろう事か目覚めたら、また見覚えのある姿、形が壁に張り付いているではないか。
今度こそ、幻覚だと思った。きっと良心の呵責が生んだ亡霊だ。もしくは化けて出たとか❓ 何れにせよ、俄かには信じ難い光景だ。

現実かどうか確かめるべく、網を取り出して、捕まえにかかる。網の中に入れたら、フッと消えたりして…。

網を下に持っていき、網枠で壁をコツンと叩いた。
すると彼女は飛んで、自ら網の中へと飛び込んで来た。

でも、彼女は消えたりなんかしなかった。
そして、手で掴むと死んだふりをした。
暫し、弄(もてあそ)ぶ。ψ(`∇´)ψほれほれ〜、ほれほれ〜。騙した罰じゃよ〜。

よくよく見ると、羽の先が少し傷んでいる。おそらく羽化してから何日か経っている。たぶん、夜には活発に飛んでいたのであろう。

でも殺すには忍びないと思った。
取り敢えずカーテンに止まらせ、この原稿の後半を書き始めた。時折、チラリ、チラリと目をやりながら書き進めるも、頭の何処かでは考えていた。何とか生かす手立てはないものか…。

あっ、そうだ。メスなんだからトラップに使えないだろうか❓
いわゆるフェロモントラップってヤツだね。未交尾のメスは、オスを呼び寄せるためにフェロモンを出す。そして寄って来たオスの中から相手を選んで交尾をするのだ。つまりは、その習性を利用しようと云うワケだ。
故郷の奈良の都まで持って行けば、アホほどオスが群がって来るかもしれない。蠱惑のナルキッソスの本領発揮だ。
それに、まだ野外で成虫を見たことがないから、もう一度灯火採集に出掛けようとは思っていたのだ。
そして、もしも交尾を始めたら、そのままそっとしておいてやろう。逃がしてやれば、きっと何処かで卵を産み、次の世代へと命を繋いでくれるだろう。美しい別れじゃないか。恋の終わりとしては相応しい。ならば、優しい男を演じきろうじゃないか。
それにそうなれば、少しは今まで殺(あや)めてきた罪滅ぼしにもなる。

だが、思考はそこでピタリと止まる。
そんな事しても無駄だ。たとえ次世代に命を繋げたとしても、やがてはその命も断絶する。その先には残酷な運命が待っている事を、すっかり忘れてたよ。どうせ蛹にまでなったところで、冬の寒さに耐え切れずに全て繭の中で死滅するのだ。それが流浪の民たちの末路なのだ。
美談に酔っていた自分が呪わしい。そして虚(むな)しくなってきた。
ふらふらと立ち上がり、毒瓶を持った。
殺してしまおう。

コレで魔法から醒めたような気がした。蠱惑な小悪魔の呪縛からは解き放たれたのだ。来年は、たぶんもう彼女を追い掛けはしないだろう。たぶん…ね。

窓の外に目をやる。
いつしか空は鮮やかな橙黄色に染まり始めていた。

                おしまい

 
 
追伸
ナルキッソスシリーズ、ようやっと完結である。
この最終話は特に時間がかかった。足したり削ったり、何度書き直した事か。バイオリズムも最悪で、マジしんどかった。
とはいえ、長々とした文章に御付き合い下された方々には、ほんまに感謝です。相変わらずの駄文でスンマセン。

結局、持ち帰った蛹&幼虫21頭のうち、16頭が羽化してきた。他の内訳は、幼虫が1頭逃亡。蛹のまま死亡した者が3頭。寄生された者はゼロ。羽化不全が1頭と云う結果となった。

(羽化不全の個体)

コレは葉を噛み砕かずに綴り合わせて繭を作った個体だ。蛹の色が黄色から茶色に変化するのを観察できた奴だね。

あっ、ゴメン。こっちが裏面(腹側)だったね。
裏返す。もとい、表返す。

下部に何本かの太い縦線が透けて見える。この縦線と蛹の背中のヤスリ状器官とを擦り合わせて音を出すんだね。

別の繭を分解した画像があるので、分かり易いように貼り付けておきます。

内部下側に太い線が縦に並んでいるのが、よく分かる。
自ら楽器を作るだなんて驚きだね。神秘的だ。昆虫にも未来に対する明瞭な思考や意志があるのだろうか❓ 何がどうなって楽器を自分で作る事になったのだ❓

ナルキッソスは、繭が音を奏でるし、幼虫は阪神タイガースカラーで、顔はパンダ。親は美しく、1000キロを旅して日本へやって来る流浪の民で、神出鬼没。オマケに死んだふりまで出来る。そして冬になれば死滅してしまうと云う悲しくも潔い運命。全てが愛おしく、ドラマチックで魅惑的だった。彼女には深く感謝している。久し振りに虫に対して恋する事ができたからね。虫捕りは、ロマンてあり、ラブストーリーてないといけない。でないと、面白くない。

スマン、話が逸れた。
中がどうなっているのかが気になって、繭を取り除いてみた。

(背面)

(腹面)

首の辺りに太い横糸が強く絡みついていた。どうやらそれが原因で脱出できなかったようだ。

あっ、今まで気付かなかったけど、口吻(ストロー)は黄色いんだね。おっしゃれー。

有り難い事に、逃亡した幼虫を除くと羽化率は、20分の16。つまり8割だ。この打率の高さは自然界では驚異的な数字である。蝶だと、百匹分の卵に対して、せいぜい親になれるのは1頭か2頭だと言われているからだ。勿論、ナルキッソスだって鳥やクモなどに捕食されるだろうし、病死や事故死する者もいるだろうから、実際の生存率はもっと低いだろう。にしても、蛹が1つも寄生されていなかったと云うのは、他の鱗翅類では普通は有り得ない。つまり、コレはシンジュキノカワガが外来種であり、日本には定着していない事を示しているのではなかろうか。もし定着しているのなら、もっと寄生バチやら寄生バエに寄生されてるからだ。それもかなりの率で。シンジュキノカワガも全く寄生されないワケではないようだが、その例は極めて少ないみたいだ。ようするに、定着していないがゆえに、まだあまり寄生相手として認識されていないのではないだろうか。でも今後、もし温暖化が進んで定着したとするならば、必ずや本格的にターゲットにする寄生者が現れるだろう。

 
(註1)タッタカモクメシャチホコ

(2023.3月 奄美大島)

学名 Paracerura tattakana
南方系のシャチホコガの1種。大型でスタイリッシュなデザイン、また何処にでもいるような種ではない事から人気が高い。特に関東以北では少ないゆえ、憧れの対象になっているようだ。
自分も初めて奄美大島で出会った時は、そのゴツい体躯と美しい姿に一発で魅了された。名前も知らなかったけど、ひと目見て大物だと感じるくらいの存在感があった。
「🎵ツッタカター、🎵ツッタカター」の西川のりおを思い起こさせるリズミカルで個性的な和名だが、リズム系のエピソードがあるワケではない。由来は台湾の立鷹峰に因んでいる。
なお、幼虫の食餌植物はヤナギ科のイイギリで、主に原生林が残された地域に生息し、環境指標性が高い種のようだ。

死んだふり画像と標本写真も載せておこう。


(出典『散策レポ』)

上からではなく横からの画像だけれど、それでも充分に伝わるのではないかと思われる。検索してもタッタカの死んだふり画像は殆んどないから、コレでも貴重な写真なのだ。そうゆう変わった生態の画像は、他の種でも少ないのである。あん時、ワシも撮っときゃ良かったよ。
あっ、ならばシンジュキノカワガの死んだふり画像だって、あまり無かった筈だ。やったね。


(2021.3月 奄美大島)

今年は、わりと沢山見たが、全てオスであった。♀は灯火に滅多に飛んで来ないから、かなりの珍品らしい。いつか会いたいものだ。

 
ー参考文献ー

・宮田彬『日本の昆虫④ シンジュキノカワガ』文一総合出版

・『On the copulation mechanism of Eligma narcissus (Cramer) (Lepidoptera: Noctuidae)』
上田恭一郎 三枝豊平 1982

・岸田泰則『日本産蛾類標準図鑑Ⅱ』学研

(インターネット)
・『昆虫漂流記』ー「シンジュキノカワガ 採集から飼育 2023年9月2、3日 以降の観察」

・『趣味のアゲハ館』

・『みんなで作る日本産蛾類図鑑』

・『ささやま通信』

・『散策レポ』

・『円山原始林ブログ』

・『Wikipedia』

 

黄昏のナルキッソス 第一話

 
第1話 流転のナルキッソス

 黄昏どき、交通量の多い細い県道を奈良駅へと向かって歩く。
夕陽が沈んだばかりの生駒山地からトパーズ色の光が漏れている。空はまるでシンジュキノカワガの鮮やかな後翅のような綺麗な橙黄色に染まっている。祝祭と云う言葉が頭に浮かぶ。その色は、シンジュキノカワガとの邂逅を祝っているかのようにも思えてきた。
立ち止まり、空を眺めて息をゆっくりと吐く。何だかホッとする。ここまで長かった…。全身の力がゆるゆると抜け、じんわりと心の襞に歓喜が広がってゆく。まだ成虫は得ていないものの、蛹を7つ、幼虫を4頭得る事が出来たのだ。コレだけいれば、流石に1つくらいは羽化するだろう。余程の凶事でも起きないかぎりは、念願の生きているナルキッソスに会える筈だ。

シンジュキノカワガを探し始めたのは、いつの頃からだったろう❓

 
【シンジュキノカワガ】

(出典『日本産蛾類標準図鑑Ⅱ』)

 
(静止時)

 
(横面)

 
(裏面)

前翅長63〜77mm。雌雄同型の大型美麗種。そのエキゾチックな姿が図鑑の表紙に使われたり、狙って得る事が難しい稀種である事などから、愛好家の間の中でも憧れる人は多い。

前翅は細長く、上部は緑色を帯びた黒色。中央部は白色で細かな黒斑が散りばめられている。そして下部は渋い紫灰色。一方、後翅は中央部が鮮やかな橙黄色。外縁は太い黒帯で縁取られており、その中には光沢のある青色鱗が配されている。

シンジュキノカワガの探索譚を書き始める前に、先ずは種の解説から始めよう。いつもとは逆のパターンだけど、何とかなるっしょ。

 
【分類】
Nolidaeコブガ科 Eligminaeシンジュキノカワガ亜科 Eligma属に分類される蛾。
最初はヒトリガ科のコケガ亜科に入れられていたが、後にヤガ科 キノカワガ亜科に移された。そして現在はコブガ科 シンジュキノカワガ亜科(註1)に分類されている。しかし、Holloway(2003)は、Eligma属はコブガ科ではないとしている。おそらく独立した科を新たに設けるか、もしくはヤガ科に戻すという事なのだろうが、未だ結着はついていないようだ。尚、そういった経緯の影響ゆえからなのか『日本産蛾類標準図鑑Ⅱ』では、亜科を所属不明としている。流転のシンジュキノカワガなのだ。

原記載亜種のタイプ産地は中国で、南部から東北部までが分布域されている。がしかし、本来の生息地は南部で、季節が進むに連れて北側に移動するのではないかと云う見解もある。台湾、朝鮮半島、日本で得られる者も、この原記載亜種に含まれる。
海外では他にフィリピン(ミンダナオ島)、インド、インドネシアのジャワ島とスラウェシ島から別亜種が知られている。

・Eligma narcissus indica Rothschild, 1896(インド亜種)
・Eligma narcissus javanica Rothschild, 1896(ジャワ島亜種)
・Eligma narcissus philippinensis Rothschild, 1896(フィリピン亜種)
・Eligma narcissus celebensis Tams, 1935(スラウェシ島亜種)

前翅または後翅の斑紋に一定の差異があるとされるようだ。とはいえ同種の亜種ではなく、別種の可能性もあるという。


(出典『www.jpmoth.org』)

亜種の画像を探してみたけど、スラウェシ島亜種の画像1点のみしか見つけられなかった。この1点のみで論じるのは問題がありそうだが、一見したところ後翅の青紋がない。また橙黄色の下部の形が違うような気がするし、より前翅の白帯も太いような気もする。別種っぽいが、分類は一筋縄ではいかなさそうな匂いがするね。

亜種はインドを除くと、その産地はかなり孤立的で、本種はアジアに普遍的に広く分布するような種ではないみたいだ。もしかしたら、亜種各々に強い特化傾向があるのかもしれない。その可能性はありそうだ。
尚、Eligma属はアフリカ、マダガスカル、アジア、オーストラリアの亜熱帯に約5種が分布するが、アジアでは本種1種のみによって代表される。

ところで、アジア以外のEligma属って、どんな感じなんだろう❓
ちょっと気になったので、調べてみた。


(出典『ftp.funet.fi』)

シンジュキノカワガとソックリじゃないか❗ で、どこが違うんだ❓
あっ、よく見ると前翅に黄色いラインが入っている。
どうやら、Eligma neumanniと云う種のようだ。なお撮影場所はアフリカのエチオピアとなっている。
こんなにソックリならば、下翅はどうなってんだろ❓ とんでもないド派手なデザインかもしれない。ちょっとワクワクしてきたよ

しかし、何故か標本写真が見つからない。けれども別な種で見つかった。


(出典『African Moths』)

コチラは、より黄色い線が太くて明瞭だね。また長くもあり、先は曲線部にまで達している。
種名は、Eligma hypsoidas。分布はカメルーン、コンゴ共和国、エチオピア、ナイジェリア、ウガンダなどと書いてあった。結構、分布は広いな。

さてさて下翅は如何なものか❓


(出典『African Moths』)

😲おー、美しい。
😲アレレー❗❓、何と外縁上部に白紋があるぞ。想定外のデザインだ。青色鱗もない。とはいえ下翅全面を見てみなければ分からない。隠れた部分に青が入っているかもしれないからね。展翅画像を探そう。


(出典『Naturalist UK』)

メリハリがあってカッコイイ。
けど矢張りシンジュキノカワガみたく青紋がない。そう云う意味では、美しさの優劣はシンジュキノカワガに軍配が上がろう。

ところで、裏はどうなっているのだ❓
しかし海外のサイトを探してみるも、何故だか裏面画像が1つも見つからない。で、やっとこさ見つけたのが、何と日本のサイトであった。アフリカから送られてきた蝶の中に混じっていたそうな。


(出典『昆虫親父日記』)

あっ😲❗、ナルキッソスと全然違うじゃないか。白紋があるし、地色も青ではなくて黒だ。それに放射線状の条がないし、外縁に縁取りもない。ちなみに、Eligma gloriosaと云う種のようだが、違う可能性もあるという。

他にもっと凄いのが居ないか探してみる。


(出典『BOLD SYSTEMS』)

Eligma gloriosa。と云う事は、さっきの裏面画像と同種の表だね。小種名からすると、大型種だろう。より前翅の横幅は広そうだ。でも基本的なデザインは、さっきの”hypsoidas”と殆どが変わらない。探したが、他の種も同じようなデザインのモノばかりだった。特異で、とんでもなくゴージャスな奴を期待してたけど、結局シンジュキノカワガを凌駕するような種は見当たらずであった。シンジュちゃんファンとしては、属中で最も美しいのはシンジュキノカワガだと云うのは誇らしくもあり、また喜ばしい事だが、一方ではちょっぴり残念でもある。いつも心の中では、まだ見ぬ凄い奴を求めているからね。

 
【学名】Eligma narcissus narcissus (Cramer, 1775)

1775年、クラマー(Cramer)により”Bombyx narcissus” として中国から記載された。だが、のちの1820年にフブナー(Hübner)によって新属Eligmaに移された。

属名のEligmaは、ギリシャ語の”eligma”に由来し、巻くとか巻き込むと云う意味である。コレはキノカワガの仲間は静止時に、翅を巻き込むような姿勢をとることからの命名だと推察される。

小種名の”narcissus”について宮田彬氏は、その著者である『日本の昆虫④ シンジュキノカワガ』の中で、「水仙のことであり、おそらく後翅の美しい黄色に由来する命名だろう。」と書かれておられる。スイセンの属名は”Narcissus”だからね。
それも有りだとは思うが、自分は寧ろギリシャ神話に登場するナルキッソスが由来ではないかと思っている。あのナルシストやナルシシズムの語源ともなった美少年のことだね。有名だから知っている人は多いとは思うが、一応ナルキッソスについても解説しておこう。

『盲目の予言者テイレシアースは、ナルキッソスを占って「己を知らないままでいれば、長生きできるであろう」と予言した。
若さと美しさを兼ね備えていたナルキッソスは、ある時アフロディーテの贈り物を侮辱する。アフロディーテは怒り、ナルキッソスを愛する者が彼を所有できないようにしてしまう。彼は女性からだけでなく男性からも愛されており、彼に恋していた者の一人であるアメイニアスは彼を手に入れられないことに絶望して自殺する。森の妖精エコーも彼に恋をしたが、エコーはゼウスがヘーラーの監視から逃れるのを歌とおしゃべりで助けたためにヘーラーの怒りをかい、自分では口をきけず、他人の言葉を繰り返すことしか出来なくさせられてしまう。エコーはナルキッソスの言葉を繰り返す事しかできなかったので、やがてナルキッソスは「退屈だ」とエコーを捨ててしまう。エコーは悲しみのあまり姿を失い、声の響きだけが残る木霊となった(echoの語源)。これを見たネメシスは、神に対する侮辱を罰する神であるがゆえ、ナルキッソスを自分だけしか愛せないようにしてしまう。
ネメシスはナルキッソスをムーサの山にある泉に呼び寄せる。そして、不吉な予言に近づいているとも知らないナルキッソスが水を飲もうと水面を見ると、そこには美しい少年がいた。もちろんそれはナルキッソス本人だった。ナルキッソスはひと目で恋に落ちた。そしてそのまま水の中の美少年から離れることができなくなり、最期には痩せ細って死んでしまう。また、水面に映った自分に口付けをしようとしてそのまま落ちて水死したという別な話も残っている。ナルキッソスが死んだ後、やがてそこに水仙の花が咲いた。
この伝承からスイセンのことを欧米ではナルキッソスやナルシスと呼び、学名にも”Narcissus”と入れられた。』

つまり最初にナルキッソスが有りきの水仙と云うワケだね。主役はナルキッソスなのだ。それに水仙は真ん中は黄色いけど、外側の花びらは白いから、シンジュキノカワガみたく強い黄色のイメージはない。


(出典『Wikipedia』)

たぶんクラマーも同様の考えで、水仙ではなく、その自らもがうっとりするようなシンジュキノカワガの美しさをナルキッソスになぞらえたのではなかろうか❓
でも黄色と云うキーワードも捨て難いなあ…。或いはクラマーはナルキッソスと水仙、両方の意味を学名に込めたのかもしれない。
ちなみに余談だが、水仙の花言葉は「うぬぼれ、自己愛、神秘」です。

ここまで書いて、ふと気づく。日本の水仙って、ニホンズイセンと呼ばれ、特異な存在なんじゃなかったっけ❓ そういや真っ黄色の水仙ってのも、あったような気もするぞ。

ありました。


(出典『Wikipedia』)

黄色いね。
でもクラマーは、学名に水仙とナルキッソスの両方の意味を込めたのだと信じよう。それでいいではないか。学名には「浪漫」があった方がいい。

 
【和名】
キノカワガは漢字で書くと、おそらく「木の皮蛾」となるだろう。つまり、キノカワガの仲間の前翅の色が樹皮に似ている事からの命名だと思われる。実際、樹皮に止まっていると、木と同化して見つけ難いらしい。
シンジュの方は、真珠のように美しいと云う意味に捉えられがちだが、幼虫の食樹に起因する。餌がニガキ科のシンジュと云う木で、そこからの命名なのだ。欧米では、この木を「Tree of heven.」と呼び、その直訳が和名になったそうな。つまり真珠ではなく、「神樹」なのだ。だから漢字で書くと「神樹木の皮蛾」ってことになる。

余談だが、和名も流転。科の推移等による変遷の歴史がある。
和名が最初に登場したのは1910年。小島銀吉が『日本産苔蛾亜科』と云う論文の中で「シンジュコケガ」と名付けたのが始まりである。しかし、松村松年の『日本通俗昆虫図説(1930年)』では、ヤガ科 キノカワガ亜科に移され、それに伴いシンジュキノカワガと変名された。されど、その後に河田党の『日本昆蟲図鑑(1950年)』に由来する「シンジュガ」と云う名前が1950年代の報文にしばしば用いられるようになる。錯綜しとりまんな。だが、1959年に保育社から出版された『原色昆虫大図鑑』では、松村松年の付けた和名シンジュキノカワガが再び採用された。それ以来、その名が定着するに至ったんだそうな。

 
【生態】
1909年、三宅恒方氏によって熊本市で採集されたのが国内最古の記録とされる。
土着種ではなく、中国南部から成虫が東進する低気圧や前線の南側に発生する南西風などを利用して飛来する偶産蛾とされる(註2)。
旅する蛾だ。それにしても随分と遠くから飛んで来るんだね。距離にすれば、千キロくらいはあるだろう。
近年は毎年のように飛来し、到着地にシンジュがあれば繁殖して、そこから次世代の成虫が拡散するものと推測されている。新天地を求めて、なおも旅を続けるのだね。流転の蛾、さすらいのナルキッソスなのだ。
沖縄を除く西日本での記録が多く、特に九州北部での発生例が多いが、北海道や東北地方でも発生したことがあり、ときに爆発的大発生する。
主に6月〜10月に見られるが、8月〜9月の目撃例が圧倒的に多く、年2〜3回発生するものと考えられている。それ故、低気圧と前線との関係が示唆される。たぶん季節をとわずには渡来はできないのだ。
例外として3月の記録が2箇所3例、福岡県大牟田市と長崎県の対馬にある。だが、基本的には日本では九州のような暖かい地方でも越冬は難しく、晩秋に蛹化した個体は大部分が羽化できずに繭の中で死滅する。この点から土着種ではないとする研究者が多い。討ち死にじゃね。謂わば、魚の死滅回遊魚みたいなもんだ。分布を拡げるために、死を賭して果敢に攻めているのだ。いつの日か突然変異で越冬できる個体が現れ、日本に定着する日を夢見て特攻する姿は素敵だ。自分も、そうありたいものだ。

孵化直後の幼虫は白色。2齢以降から黄色と黒色の虎縞模様が次第に明瞭になっていく。

(終齢幼虫)

阪神タイガースカラーの派手な出で立ちは、如何にも毒が有りそうに見えるが、意外にも毒は持っていないらしい。但しスズメ(雀)が幼虫を咥えた後に直ぐに捨ててしまうことが数回観察されている。シンジュは中国では臭椿と書き、独特の臭気がある。当然それを食す幼虫も同じ臭気を内部に具えている可能性は高い。つまり毒はないものの、不味いのではなかろうか❓ 幼虫の派手な色彩は明らかに警戒色だと思われ、この幼虫を不味いと学習した鳥は以後二度と食べないと云うことは充分有り得るだろう。派手な色は生存戦略なのである。そう考えれば、あの目立つ色彩の説明もつく。どんなものにも、そこに理由と意味があると考えるのは人間のエゴかもしれないけどね。
尚、幼虫に触れると直ぐに落下する。この習性も又、身を守るための手段の一つだと考えられるだろう。

5齢で終齢幼虫になり、多くはシンジュの樹皮を齧って材料にし、樹幹上に繭を作って中で蛹化する。ゆえに幹と同化して見つけづらい。
天敵への威嚇と思われるが、蛹が鳴くことが知られている。厳密的には鳴くのでなく、繭に震動を与えると、蛹がその尾端を繭の内壁に激しくこすり合わせて楽器のマラカスに似たカシャカシャカシャともガチャガチャガチャとも聞こえる音を発する。もう少し詳しく言えば、蛹の腹部第10節背面にヤスリ状の構造があり、それと繭の後方内側の隆起条を激しく擦り合わせることによって発音しているらしい。繭を作るのは蛾本人だから、謂わば楽器を自ら作成できる生物と言えよう。楽器を作成できる生物って、人間以外に他に例が思い浮かばない。しかも人間よりも遥か前から楽器を発明していたと云うことになるではないか❓そう考えれば、驚愕だよね。
余談だが、近縁のナンキンキノカワガも同じく鳴く。ナルキッソスよりも発音回数が多く、より連続的な音色である。しかも長きにわたり発音し続けるみたいだ。但し、シンジュキノカワガの方が繭の隆起条が太くて数も多い。もしかしたら、音はナルキッソスの方が大きいのかもしれない(註3)。

成虫の飛翔は、ややぎこちないもののかなり速く、空中で鳥の攻撃を上手くかわして飛び去ったと云う観察例もある(阿部 1982)。
指で触ったり、つつくと落下して擬死、つまり死んだ振りをする。腹を折り曲げ、暫く微動だにしないのだ。また近づくとパッと翅を広げて派手な下翅を突然見せることもある。どちらも鳥などの天敵から身を守るためのものだろう。
1つめの行動は謂わば目眩ましの術だ。そのまま地面に落ちて敵の目の前から忽然と消えてしまえるし、地面に落ちて動かなければ、周囲の風景に溶け込んで発見されにくい。また獲物を狙う捕食者は、動くものに反応して攻撃を加えようとする性質があると言われているが、相手がピクリとも動かなくなると攻撃しなくなる事がよくあるそうだ。その理由は、敵を襲って食べようとする気を失くすからではないかと考えられているそうな。死んだ振りって、思ってた以上に効果があるんだね。けど熊に襲われた場合は、死んだ振りしても効果ないらしいけどー。
2つめの行動は、相手を驚かせたり、怯ませる算段なのだろう。それで相手を退散させたり、或いは驚いている隙に逃げる事だってできると云うワケだ。
シンジュちゃん、アンタって蛹は鳴くし、脅しや死んだ振りまで出来るだなんて、盛り沢山の能力者じゃね。

 
【幼虫の食餌植物】
シンジュ Ailanthus altissima


(出典 以上3点共『庭木図鑑 植木ウィキペディア』)

ニガキ科の落葉高木。一見ウルシ(ウルシ科)に似ているので、ニワウルシと云う別名もある。だが両者は科が全く違う別モノの植物で、近縁関係にはない。そうゆうワケだから、触ってもカブれるという心配はない。カブれないから庭にも植えられるゆえにニワウルシと名付けられたのだろう。
葉は大型の羽状複葉を互生する。雌雄異株で、夏に緑白色の小花を多数円錐状につける。果実は秋に熟し、披針形で中央に種子がある。
原産地は中国。日本には明治初期に移入され、庭木や街路樹として、また絹糸を取るため養蚕に利用されるシンジュサン(神樹蚕)の幼虫が食樹として好むことから各地に盛んに植えられた。

(シンジュサン)


(2018年6月 奈良市 近畿大学農学部構内)

成長の早い植物で、樹高は10~30mにもなる。環境が悪くてもよく生育するので、前述したように庭木や街路樹、公園樹として盛んに植えられた。しかし、現在ではそれらが全国各地で野生化し、種子の飛散によって分布を急速に拡大しており、問題化している。

他に日本土着種のニガキ(ニガキ科)でも飼育ができ、シンジュと変わらず良好に育つという。自然状態でニガキで発生した記録はないようだが、食樹として利用している可能性は充分に考えられるだろう。

(ニガキ)

(出典『庭木図鑑 植木ウィキペディア』)

ニガキ科ニガキ属の落葉高木の1種で、苦木と書く。雌雄異株。東アジアの温帯から熱帯に分布する。葉の縁が鋸歯状になるのが特徴で、その点からシンジュとは容易に区別できる。
全ての部位に強い苦味がある木で、それが名前の由来ともなった。
ニガキが苦いのならば、シンジュもそれなりに苦くて不味そうだ。そのエキスの詰まったシンジュキノカワガの幼虫が、鳥に忌避される可能性は充分にあるよね。
それはさておき、待てよ。もし元々あるニガキを摂食するのならば、シンジュキノカワガは偶産種ではなく、元々いた土着種の可能性だってあるのではないか❓ と云う考えが一瞬よぎった。でも冷静に考えれば、それは有り得ない。なぜなら、たとえニガキを食樹として育った蛹であろうとも、結局は晩秋にはシンジュで育った蛹と同じ運命を辿るのだ。つまり、寒さに耐えきれずに殆どが死滅してしまうのである。と云うことは、やっぱり土着種ではなく、迷蛾の偶産種だやね。

また、中国ではカンラン科のカンラン(ラン科のカンランとは別物)も食樹としているようだ。ちなみにカンラン科の分類体系はニガキ科とミカン科の間に位置し、比較的近縁関係にあるそうな。

なお、『日本産蛾類標準図鑑Ⅱ』のシンジュキノカワガの解説欄には「宿主植物のニワウルシの移入に伴って日本に二次的に侵入したと推察される。」と書いてあるが、宮田彬氏は著書の中でコレを以下のような理由から否定している。
「シンジュは苗木としてではなく、種子として日本に入って来たことが判っている(註4)。したがってシンジュの苗木と一緒に本種が侵入したという説をとることはできない。仮にシンジュキノカワガが現在日本に土着しているとしても、シンジュとシンジュキノカワガは別々に入って来たものである。」と。
それに「移入によって二次的に侵入した」とするならば、その表現だとニュアンス的に現在は土着種であると云う見解を示してはいまいか❓けれども、現実的には晩秋には死滅してしまうのだ。移入した年には死んでしまっているのである。まあ、木の移入によって運ばれた年もあったかもしれないけどね。だとしても、現在はシンジュなんて邪魔者扱いされているから移入なんて皆無だろう。それでも毎年のように何処かで発生していると云うことは、矢張り風に乗って飛んで来ると云う可能性の方が圧倒的に高いと考えるのが妥当だね。まっ、見解は色々あって然りだ。だからこそ、この業界は面白い。ワシみたいな素人でも謎解きに参戦できるからさ。
 
 
さてさて解説はこれくらいにして、本編に戻ろう。

 
シンジュキノカワガを探し始めたのは、いつの頃からだっただろう❓
調べてみると、何と2017年だった。見つけるのに六年も費やしているではないか。長かった…と感じたのも頷けるよね。

 
2017年 10月18日

最初に訪れたのは、忘れもしない兵庫県伊丹市の昆陽池公園だった。キッカケは、2010年に発表された『伊丹市昆陽池町で発生したシンジュキノカワガ』と云う報文だった。
この公園には伊丹昆虫館があり、そのコンクリート壁に繭を作る幼虫を発見した事を機に大量の幼虫を得て、多数の成虫を羽化させた旨が書いてあったからだ。しかも、3年連続で同地で発生していたらしい。ならば会える可能性は、そこそこ高いのではないかと考えたのだ。

書いてて、少しずつ記憶が甦ってきた。
確か、先ずは伊丹空港(大阪空港)に行き、シルビアシジミの様子を見てから移動したんだった。

(シルビアシジミ)

しかも、大阪の難波からママチャリで行ったんだよね。難波から伊丹空港までも相当遠かったけど、伊丹から昆陽池も遠かったなあ…。

昆虫館横の道路沿いで、街路樹として植栽されているシンジュの木々を簡単に見つけることができた。ラッキーなことに公園で先にシンジュと書かれた札が付いている木をいち早く発見できた。それで楽に木の判別ができたのだ。

ザッと見たところ、幼虫の姿はない。食害された形跡はよくワカラナイ。既に葉がだいぶ落ちかけているから、どうとも言えないのだ。

次に幹に繭が付いていないかを丹念に見ていく。
が、繭らしきものは見当たらない。木はまだまだある。気を取り直して他の木も順に見ていく。

でも結局、成虫は元より幼虫も繭も見つけられずじまいだった。初戦敗退である。けれども、さしてショックは無かった。この時点ではまだ、そのうち採れるだろうとタカを括っていたからだ。あの頃はまだまだ「まあまあ天才」で、引きの強さだけは相変わらずだったからね。それがまさかの、その後も毎年のように惨敗を喫し続けるとは思いもよらなかった。

そうだ。仕方がないので、暫しお怒りのカマキリと戯れて帰ったのも思い出したよ。

 
2018年 10月29日

翌年は先ず、この前々日に大阪中心部の堺筋沿い北浜界隈に行った。シンジュの街路樹があると知ったからである。先ずは近場から攻めていこうと云うワケだ。

しかし大木であったであろう木々は、ことごとく切り倒されていた。そして、その切り株から蘖(ひこばえ)が多数出ていた。生命力が強い植物だなと云う印象を強く持った憶えがある。
木が切られた理由は聞き得ないが、おそらくデカくなり過ぎたのではなかろうか❓知らんけどー。

その翌々日に兵庫県西宮市の甲山に行った。
元ネタは2017年に発表された『兵庫県西宮市でシンジュキノカワガの幼虫を採集、羽化の観察』と云う報文だった。去年の話だから、今年も発生しているのではないかと期待したのだ。

報文に写真が載っていた発生木を見つけたが、どうやら此処では未発生のようだった。この辺が、ナルキッソスの採集を難しくさせている。謂わば死滅回遊蛾みたいなモノなので、土着種のように其処に行けば、毎年のように確実に会えると云うワケにはいかないのだ。

今回もネームプレートがあって助かった。

植物の同定は難しい。見た目がよく似た植物は山とあるのだ。
例えばシンジュだと、ウルシ(ヤマウルシ)の他にも同じウルシ科に属するハゼ(ハゼノキ)やヤマハゼ、ヌルデ、ミカン科のカラスザンショウともよく似ている。あとタラノキ(ウコギ科)なんかも似ているかな。

(ヤマウルシ)

(出典『YAMAHACK』)

(ハゼ)

(出典『植物図鑑 エバーグリーン』)

(カラスザンショウ)

(出典『森づくりの技術』)

だから、しっかり葉や木肌をインプットして木を憶えたつもりでも、1年も経てば何が何だか分からなくなるって事は多々ある。結果、同定間違いをしやすい。一流の虫屋は、その点が優れている。植物を見分ける能力が高ければ高い程、目的の昆虫を見つけられる確率は高まるからね。自分は、その点まだまだだ。

そういえばこの日は、あまりに退屈なのでホタルガなんぞの写真を撮ってしまったんだよなあ。

にしても、見慣れたホタルガとは、ちょっと違うような気がして写真を撮ったんだと思う。♀だったからなのかなあ❓コレが♀なのかどうかもワカランけどー。

あと、此処はワシ・タカ類の渡りが観察できる有名ポイントだと初めて知ったんだよね。9月中旬から10月半ばまで、サシバやハチクマ、ハヤブサなんぞが見られると聞いた。今年は渡りがいつもの年よりも早くて、もう終盤に差し掛かってるとか言ってはったな。先週はバンバン飛んでゆくのが見れたとも言ってた。
何だかんだとバードウォッチャーの人達に色々と教えて貰い、結構楽しかった記憶がある。だけど猛禽類たちを幾つか見れはしたけれど、どえりゃー高い所を舞っていたから、実感は全然湧かなかったんだけどもね。

 
2018年 10月8日

この日は、奈良県河合町の馬見丘陵公園に行った。
この原稿を書いてて気づいたのだが、何と関連記事の欄に、この日のことを『ダリアとシンジュキノカワガ』と題して既に書いているではないか。んな事、すっかり忘れてたよ。相変わらずの、鶏脳味噌ソッコー忘却男である。
なので、それを下敷きにして書き直してみよう。とはいえ、できれば原文の『ダリアとシンジュキノカワガ』の方もあとで読んでね。

 
10月の、よく晴れた日曜は幸せそのものだと思う。

青空の下、大人も子供も、誰しもが楽しそうだ。
秋の爽やかな空気の中、あちらこちらで歓声が上がる。

原文では、コレでもかと阿呆ほどダリアの写真が出てくる。
退屈だったのだ。夜に備えて下見のために昼間っから来たのだが、アテが外れた。ついでに何か採れないかと思ったのだが、この季節には虫なんて殆んどおらんのだ。で、仕方なく時間つぶしにダリアの写真を撮り始めた。でも、果たしてコレらが同じ種なのか❓と疑いたくなるような様々な形と色の花に溢れていた。それで撮影をやめられなくなったのだった。ダリア、恐るべしである。

ススキが、とても美しかったんだよなあ。
すっくと立ち、斜光に縁取られて輝く姿は今も忘れられない。

夕日も美しかった。
完璧な10月の一日だ。もしもワシも誰かといれば、きっと幸せな時間を過ごせただろう。

おっと、何しに来たのかを書くのをウッカリ忘れるところだったよ。
えー、蛾のパイセンである植村から此所で2年前にシンジュキノカワガを採ったと聞いたからだ。しかも2頭も。トイレの灯りに飛んできたらしい。そういや、もう1頭は空中で採ったとか言ってたな。兎に角それでノコノコと出てきたワケだ。
昼間から来ていたのは幼虫の食樹であるシンジュがあるとも聞いていたからだ。この蛾は食樹のそばで見つかる事も多いみたいなので、何とかなんでねーのと思ったのさ。気分は早々と昼間には決着をつけて、凱旋気分でサッサと帰るつもりだった。
でも、流石エエかげんな性格のパイセン植田である。公園中を探してもシンジュなんて1本もありゃしない。大方、別な植物をシンジュだと思い込んでいたのだろう。公園事務所の植物担当の爺さんに訊ねても、「知らんなあ、そんな木は。たぶん園内には無いで。」と言われたよ。

結局、夜の公園を夢遊病者の如く徘徊したけれど、ナルキッソスの姿は影も形も無く、あえなく惨敗。どころか、灯りには新月なのに他の蛾さえも殆んど何〜んも飛んで来なかった。

暗い夜道をトボトボと駅に向かって歩く。
その間、ずっとダリアの花々が脳裏に浮かんでは消えていった。

                  つづく
 

追伸
猶、過去に本ブログにて『三日月の女神、紫壇の魁偉』と題してシンジュサンについて書いた文章もあります。興味がある方は、宜しければソチラもあわせて読んでくだされ。

 
(註1)シンジュキノカワガ亜科
インターネット上に於いて、蛾類に関して一番影響力のある『みんなで作る日本産蛾類図鑑』では、「シンジュガ亜科」となっている。そのせいかネットでは、シンジュガ亜科が使われているケースも幾つか見うけられる。自分も最初は「シンジュキノカワガ亜科」と表記していたのに、それを見て変だなあと思いつつも「シンジュガ亜科」と書き直した。でも蛾類学会の会長岸田泰則先生が、Facebookのゴマフオオホソバの記事のくだりでハッキリとシンジュキノカワガ亜科と明記されておられた(最近ヒトリガ科コケガ亜科からコブガ科シンジュキノカワガ亜科に移されたらしい)。先生がシンジュキノカワガ亜科って書いてんだから、それで間違いなかろう。
『みんなで作る日本産蛾類図鑑』は、蛾類の基本情報を最も得やすいサイトだ。そこには膨大な数の種の情報があるから、自分も重宝している。どんなマイナーな蛾を検索しても、このサイトが一番最初に出てくるからね。だが正直なところ、その情報を鵜呑みにはしないようにしている。このような誤記が他にも結構あるからだ。過去にも何度か騙されかけたからね。ゆえに引用される方は、気をつけた方がいいと思う。

 
(註2)低気圧や前線などを利用して飛来する
例えばイネの害虫ウンカは、主に梅雨期に中国南部から1,000km以上を飛行して、九州をはじめ西日本各地へと多数飛来すると考えられているそうな。ウンカは体長4mmと小さく、自力では秒速1m程度の移動しかできない。なのに1,000km以上の長距離移動を可能にしているのは、梅雨時に東シナ海上で発達する南西風(下層ジェット)らしい。この風は秒速10m以上の速度で吹くので、これに運ばれたウンカはおよそ1日から1日半程度で中国から九州に到着するようだ。また蛾のハスモンヨトウも、台風や低気圧、前線の南側に発生する南西風や気流に乗って中国や台湾、韓国から日本国内に移動することが知られており、梅雨期に南西風が強まれば、飛来数が増えるという。
ナルキッソスも、この南西風や低気圧の東進に伴う風に乗ってやって来るのだろう。
さておき、チョウは移動して来ないのだろうか❓
Mimathyma schrenckii(シロモンコムラサキ)とかチョウセンコムラサキ、オオヤマミドリヒョウモンなんぞが飛んで来たら楽しいのになあ…。

 
(註3)音はナルキッソスの方が大きいのかもしれない
ネットで、ナンキンキノカワガが音を奏でる動画は見た。それで、ナルキッソスとは微妙に音色や発音時間の長さが違うとわかった。だが音の大きさまでは比較できない。なので、あくまでも想像です。

 
(註4)種子として日本に入って来たことが判っている
1875年に田中芳男と津田仙がオーストリアで植栽されていたものの種子を持ち帰り、東京は丸の内、江戸河畔、青山女学院に植えたという。また一説によると、津田がインドより種子を移入したともいわれる。津田は1879年頃に、この木を養蚕の飼料にもなると言って薦めたので、当時盛んに各地で植えられたようだ。
尚、ヨーロッパには日本よりも早く移入されている。だから名前の由来が「Tree of heven(神樹=シンジュ)」から来ているのだね。

 
 
ー参考文献ー

・宮田彬『日本の昆虫④ シンジュキノカワガ』文一総合出版
・岸田泰則『日本産蛾類標準図鑑Ⅱ』学研
・安達誠文『伊丹市昆陽池町で発生したシンジュキノカワガ』きべりはむし32号 2010
・石田佳史『兵庫県西宮市でシンジュキノカワガの幼虫を採集、羽化の観察』きべりはむし39号 2017

(インターネット)
・『Wikipedia』
・『庭木図鑑 植木ウィキペディア』
・『みんなで作る日本産蛾類図鑑』
・『www.jpmoth.org』
・『ウンカの海外からの飛来を高精度に予測するシステムを開発』農研機構 プレスリリース
・『昆虫親父日記』