2021’カトカラ5年生 ヤクヒメ編4 解説編

 
vol.28 ヤクシマヒメキシタバ

 『雲霧林の賢人』

 
 最初に断っておくが、この解説編は2021年の冬には既に完成していた。だから長文にも拘わらず、前回からたった中3日で記事をアップできたのである。つまり、実を言うとヤクヒメ編は解説編から書き始めたのだ。その後に本編が書かれると云う逆パターンだったってワケ。
一昨年に書かれた文章を改めて読むと、ちょっと新鮮だ。へぇー、そんな事を考えてたんだ…と驚く。しまった。これでは3歩あるけば忘れる鶏頭、脳みそパープリン男の証明になってしまうではないか。

 その後、2022年にも採集に行ったので、今回はその文章を母胎に訂正加筆したものです。

 先ずは画像を並べておこう。

 
【ヤクシマヒメキシタバ♂】


(2022.6.20 三重県北牟婁群紀北町)
 
 
【ヤクシマヒメキシタバ♀】

(2021.6.30 三重県北牟婁群紀北町)


(2021.6.30 三重県北牟婁群紀北町)


(2021.6.30 三重県北牟婁群紀北町)


(2022.6.20 三重県北牟婁群紀北町)

 
雌雄の見分け方も書いておこう。
一番わかりやすいのは、裏面から見た腹端である。♀ならば産卵管が剥き出しになっており、腹部は太く短い傾向がある。また♀は♂と比べて翅形が全体的に丸みを帯びる。一方、♂は腹部が細長く、腹端の毛が♀よりも長く、束状となる。以上の事から判別は容易である。

 
【裏面】

(2021.6.30 三重県北牟婁群紀北町)

 
ボロ過ぎて、斑紋が不鮮明なので、他から画像をお借りしよう。

 

(出典『日本のCaocala』)

 
蛾の裏面画像は少ない。その点『日本のCatocala』は流石だ。図鑑として抜かりがない。

 
(♂裏面)


(2022.6.20 三重県北牟婁群紀北町)

 
(♀裏面)

(2021.6.30 三重県北牟婁群紀北町)


(2022.6.20 三重県北牟婁群紀北町)

 
 1972年に屋久島で発見された小型種で、稀なことからマニアの間では人気が高く、珍品とされる。
後翅地色はくすんだ淡いクリーム色。中央黒帯と外縁黒帯はボヤけて明瞭でなく、繋がらない。この点が他のカトカラと大きく違うところだろう。言ってしまうと、最も下翅が汚いカトカラなのだ。他のカトカラの多くが黄色や赤やオレンジ、紫色、白など美しいものばかりだからね。

 
(キシタバ♀)

(ミヤマキシタバ♀)

(ナマリキシタバ♀)

(ベニシタバ♂)

(ムラサキシタバ♂)

(シロシタバ♂)

(オオシロシタバ♂)

(ヒメシロシタバ♀)

 
よって、カトカラは蛾類の中でも最も人気の高いグループの一つだと言われている。

ヤクヒメの話に戻ろう。
前翅は少し青みを帯びた淡暗灰褐色で、斑紋は不明瞭。胸部は前翅と同じ色調の淡暗灰褐色で、腹部は後翅と同じ色調の暗めの淡いクリーム色をしている。

前翅斑紋に、雌雄とは無関係に2つの型が認められる。
 
 

 
コチラがノーマル型だが、個体によって色の濃淡があり、メリハリのある白っぽいモノの方が少ないような気がする。あくまでも私見的印象だけど。

他に前翅の底部(下部)が黒化する型が知られており、稀に著しく黒化するものも見られる(註1)。

 

(出典『jpmoth.org.www』上記2点とも)

  
『日本産蛾類標準図鑑Ⅱ』の画像も貼り付けておこう。

 


(出典『日本産蛾類標準図鑑2』)

 
アレっ❗❓、コレって下は『jpmoth.org.www』に掲載されてる黒化型と同じ個体じゃないか。今になって漸く気づいたよ。
写真の撮り方や印刷によって、こうも色の印象が変わるのね。
だから「百聞は一見に如かず」、実物を見ないとその種の本当の美しさや魅力は解らないのだ。
なので比較的再現性の高そうな石塚さんの『世界のカトカラ』からも画像を拝借させて戴こう。

 


(出展『世界のカトカラ』)

 
画像は拡大できるので、詳細に比較したい人はピッチアウトしてね。

 
【分類】
科:ヤガ科(Noctuidae) シタバガ亜科(Catocalinae)
属:Catocala Schrank, 1802

 
【学名】Catocala tokui Sugi, 1976
属名の「Catocala(カトカラ)」はギリシャ語由来で、kato(下)とkalos(美しい)という2つの言葉を繋ぎ合わせた造語。つまり下翅が美しいことを表している。

小種名の「tokui」は、1972年に屋久島で最初にこのカトカラを発見した渡辺徳氏の名前に因む。尚、語尾の「i」は学名が人物(男性)に献名される場合には「i」を付け加えるのがルールになっているからだ。ややこしい話だけど、けっして徳井さんではないのだ。
ちなみに氏は翌1973年には対馬でも精力的に蛾類の調査をされ、そこでも本種を発見されている。その後、1978年に中谷進治氏によって和歌山県大塔山系でも発見された。

 
【和名】
屋久島で発見され、小さいことから「ヒメ」と名付けられたのだろう。補足しておくと、昆虫の名前は大きいものには頭の部分に「オオ」もしくは「オニ」が使用されるが、小さいものには「コ」、もっと小さいものには「ヒメ」と名付けられるケースが多い。

 
【亜種と近縁種】
先ずは亜種から。
日本産が原記載亜種”Catocala tokui tokui”となり、台湾のものは別亜種”ssp.tayal”とされる。亜種名は、おそらく台湾の地名「タイヤル」に因んでいるものと推察される。あの珍品タイヤルミドリシジミが発見されたタイヤルだ。
余談だが、台湾名は『渡邊氏裳蛾』。命名の由来は発見者の渡辺徳氏からだろう。

 
(ヤクシマヒメキシタバ台湾亜種)

(出典『臺灣生命大百科』)

 
(⁠・⁠o⁠・⁠;⁠)んっ❗❓ でも、あれれー❓

 

 
ラベルをよく見ると、何と日本のホロタイプの標本じゃないか。このサイトは台湾の蛾について一番参考になるサイトだ。なのに台湾亜種の標本画像を表記できないだなんて、それ程までに台湾では稀種なのか❓
仕方なく他の画像を探す。

 

(出典『飛蛾資訊分享站』)

 
が、この一点しか見つけられなかった。なので裏面画像もない。
おそらく♀だろう。採集地は台湾中部の南投縣凌霄殿となっていた。他も調べたが、わかった事は最初に発見されたのが桃園仙蘇漣の標高1200m地点で、台中県梨山にも記録があると云う事くらいで極めて情報量が少ないのだ。やはり相当な珍品みたいだ。
見た目は下翅の外側の黒帯が日本産のモノより細いような気がする。又、地色の色も、明るくて黄色味が強いように見える。だが、この1個体だけを見て両者の違いを述べるのには無理がある。それは亜種固有の特徴ではなく、単なる個体変異かもしれないからだ。

 中国南東部のモノにも亜種名が付けられている筈だと思ったが見つけられなかった。『世界のカトカラ』では、”tokui”となっているから、特に亜種区分はされていないのだろう。
ナゼに台湾だけが亜種❓という疑問符が頭に浮かばないワケではないが、変にツッコミを入れると藪蛇になりかねない。やめておこう。台湾では各種の生物が独自進化している例が多い。ヤクヒメもその例に漏れずという事なのだろう。そうゆうことにしておこう。

 
(中国産ヤクシマヒメキシタバ)

(出典『世界のカトカラ』)

 
日本のものと比べて、前翅にややメリハリを欠くような気もするが、見た目は殆んど同じだ。なるほど亜種区分する程のことはないと云うのも理解できる。

 タイから中国南部に近縁種のシャムヒメキシタバがいる。

 
(Catocala siamensis kishida&Suzuki, 2002)

(出典『世界のカトカラ』)

 
ヤクヒメに似るが、後翅の黒帯の形状などで区別できるそうな。稀な種だそうで、食樹も不明とのこと。

 他に中国南東部に生息するヒメウスイロキシタバとも見た目が近い。

 
(Catocala hoferi Ishizuka&Ohshima, 2003)

(出典『世界のカトカラ』)

 
日本のウスイロキシタバと比べて、かなり小型。
成虫は5月頃に現れるが、少ないという。食樹は不明。

 ついでだからウスイロキシタバの画像も貼り付けておこう。

 
(ウスイロキシタバ Catocala intacta ♂)

(裏面♀)

(2020年 6月 兵庫県宝塚市)

 
表側はヤクヒメと少し雰囲気が似ているくらいだが、裏面はかなり近いものがある。両種を間違うことはあるまいが、ヤクヒメの生息地には必ずと言っていいほどウスイロもいるので、一応裏面の違いを列記しておこう。

①ヤクヒメはウスイロと比して上翅の黒帯、特に中央の黒帯が太い。
②ウスイロは上翅の頭頂部(先端)に黄色い小紋が入るが、ヤクヒメには入らない。
③ヤクヒメは下翅中央の黒帯が外側に向かって膨らみ、丸く弧を描くような曲線を示す。また、その内側に「くの字形」の小紋が入る。
④ヤクヒメは下翅外側の黒帯が太い。一方、ウスイロはその黒帯が細く、外縁から離れて見える。また上部で帯が消失する。

図鑑では並べて図示される事が多いし、共に照葉樹林のカトカラだから、おそらく近縁関係にあるのだろう。
一応、念の為にDNA解析で確認しておこう。

 

(出典『Molecular Phylogeny of Japanese Catocala Moths Based on Nucleotide Sequences of the Mitochondrial ND5 Gene』)

 
図は拡大できるが、探すのが大変だろうから拡大したものを載せておきます。

 

 
やはり近そうだ。
でもクラスターは上の Catocala streckeri アサマキシタバの方が近縁に見えるぞ。

 
(アサマキシタバ♂)

(同♀)

(2023.5.12 東大阪市枚岡公園)

(裏面)

 
表も裏も全然似てない。ホンマに近縁かあ❓
ここで漸く思い出した。そういやこのDNA解析に関しては、世界的なカトカラ研究者である石塚勝己さんからメールで次のような御指摘があったんだわさ。

「ブログ、楽しく読ませていただきました。
引用されているDNA系統樹は、新川さんにやっていただいたミトコンドリアND5をMLで処理したものです。これでアサマとウスイロが近縁と判断するのは誤りです。ここで類縁が指摘されているのはワモンとキララ、オオシロとcerogama、ムラサキとrelicatだけです。そのほかのものは類縁関係は判断できません。おそらくミトコンドリアND5の解析ではカトカラの系統を推定するのは無理なのだと思います。😀」

つまり、この図でウスイロとアサマが近縁でないならば、ヤクヒメとの類縁関係も証明されないとゆう事だね。
だとしたら、この系統図って何なのよ❓ 素人目には混乱を助長しているとしか思えんぞ。

 
【開張】40〜48mm内外
日本のカトカラの中ではアズミキシタバ、マメキシタバと並ぶ小型種。
だが、アズミキシタバと比べて胴体がゴツい。またマメキシタバは大きさに幅があり、同等の小さいものから更に大きなものまでいる。
常々、大きさを開張だけで述べるのには疑問を感じている。翅の表面積と胴体の表面積とを無視して大きさを語るのは間違ってるんじゃないかと思うんだよね。
例えば日本最大のカトカラはムラサキシタバだとされる事が多いが、シロシタバも最大種としているケースは結構ある。なんだか曖昧なのだ。コレは両種の開張が同じくらいだからだろう。ところが、時に西日本の低地のシロシタバは開張だけならムラサキシタバを凌駕する大きな個体もいる。でもシロシタバの上翅はムラサキシタバと比べて細長いし、やや下翅も小さいのだ。つまり表面積はムラサキシタバの方が広い。だからムラサキシタバを最大種とするのが妥当かと思われる。
その論に則れば、小さい順はアズミ、ヤクヒメ、マメという並びになると思う。まあ、どうでもいいっちゃ、どうでもいい話だけど…。

 
【分布】本州,四国,九州,対馬,屋久島


(出典『日本のCatocala』)

 
分布域図である。コチラの図鑑の方が出版が少し早いので、高知県ではまだ発見されていないゆえ空白になっている。

 

(出典『世界のカトカラ』)

 
コチラは塗り潰されている範囲が広いが、県別の分布図であることに留意されたし。つまり対馬にしか分布していなくとも長崎県全体が塗り潰され、鹿児島県は屋久島にのみ分布していても鹿児島本土までも塗り潰されてしまうという事だ。調べた範囲では、九州本土の鹿児島県や長崎県からの記録は見つけられなかった。『日本のCatocala 』の分布図でも、長崎・鹿児島両本土共に分布を示してはいないしね。尚、分布図にはないが、2018年には大分県でも見つかっている(註2)。

アカガシ、ウラジロガシを主体とするシイ・カシ類の多い自然度の高い照葉樹林帯(暖帯多雨林)のカトカラで、屋久島の中腹や対馬の有明山、宮崎県美郷町、大分県、宿毛市や日高村などの高知県西部、徳島県、紀伊半島南部の大塔山系などの原生林に局地的に産する。
分布はクロシオキシタバの棲息域に包含されるが、クロシオよりも遥かに局限される。コレは雨量が多くて湿度の高い、いわゆる雲霧林的な環境でしか見られないからだろう。
尚、分布図にはないが、他に2018年の『誘蛾燈』に、兵庫県市川町から得られたという報文がある。但し、その後の追加記録は無いようだ。また広島県の庄原市東城町にも記録があるみたいである。
国外では台湾中部の山地、中国南東部に分布している。

垂直分布は、生息地のロケーションが深山幽谷の原生林といった趣きだから、高い標高に棲むと思われがちだが案外低い。
和歌山県田辺市の大塔渓谷は約400m。安川渓谷も400mだ。三重県熊野市の布引の滝で299m。奈良県上北山村の坂本貯水池で385m。採集した三重県紀北町のポイントは、何とたったの115mであった。そして高知県の日高村に至っては100m前後だという。対馬の有明山は標高558m。おそらく生息地はそれ以下だから高くはないだろう。あと比較的高い標高ならば、三重県紀北町(旧海山町)の千尋峠の766mというのがある。そうなると、一番高い所に生息しているのは屋久島と云う事になりそうだ。屋久島は高い所では標高2000m近くある。ヤクヒメは中腹に棲息しているらしいから、単純にそれを2で割ると1000mにもなる。とはいえ、一番高い標高を2で割っただけの数字だ。多くの山はもっと低標高ゆえ、実際はもっと低い所に生息しているものと思われる。だとしても高い。千尋峠と同等か、それ以上の高さに居るという計算になる。でも、俄には信じ難い面もある。基本的には低山地のカトカラだ。そんな高い所に好んで居るかね❓
あっ、待てよ。もしかして雲霧林があるのが、それくらいの標高なのかもしれない。そういえば屋久島に遊びに行った時、下はピーカンに晴れてるのに山の上の方には雲が掛かってるなんて事はよくあった。で、その中に突っ込んで行ったら、大雨だったんでビックリした事があるな。納得である。あながち1000m以上に居ても何らオカシクはない。

 
【レッドデータブック】
和歌山県:学術的重要
長崎県:絶滅危惧IB
宮崎県:絶滅危惧IB類(EN-R)
三重県:絶滅危惧種I類

 
【成虫の出現期】
6月中旬から現れ、7月下旬頃まで見られる。
とはいえ、西尾規孝氏は『日本のCaocala』の中で「野外個体の飼育結果から、成虫の寿命は約3週間と推定される。」と書かれているように比較的発生期間は短いようだ。そういえばT氏など採集されたことのある方々からは「すぐボロになる。」と聞いた事がある。おそらく寿命が短いだけに発生期を少しでもハズすと鮮度の良い個体は得られないのだろう。確かに最初に採集した2021年の6月30日の時点で、既に♂はボロであった。2022年の6月20日でも、♂♀共に完品は採れたが、既にスレ個体もいた。或いは早いものでは6月上旬から発生しているかもしれない。それらから推察すると、紀伊半島南部では6月中旬が採集適期と考えられる。

 
【成虫の生態】
産地では時に灯火採集で多数得られることもあるが、元々は少ない種のようだ。『世界のカトカラ』でも珍品度は★4つがついているし(最高ランクは★5つ)、分布域が狭くて局所的だから珍品だと言って差支えないだろう。また今のところ採集方法が、ほぼ灯火採集に限定されており、樹液や糖蜜での採集では結果が望めないというのも採集難易度を高めている。あと、雨が降らないと灯火にもあまり来ないようだし、かといって土砂降りではダメだから、その点でも厳しいものがある。条件はシビアなのだ。

対馬では樹液に集まるようだが、糖蜜トラップで採集された例は今のところ1例も無いようだ。とはいえ、おそらく対馬なら糖蜜にも誘引されるだろう。しかし樹液で観察されているのだって、知りうる限りでは対馬のみで、他では観察例がない。だから対馬以外では糖蜜トラップでの採集は難しいだろう。実際、T氏の話では何度も生息地で糖蜜を撒いたが一度も寄ってきた事はないと言っておられた。そういや蛾採りの天才小林真大(まお)くんも、そんな事を言ってたような気がする。
尚、自分が糖蜜を撒いたのは最初の布引の滝の時の一度のみ。結果はウスイロキシタバしか寄って来なかった。他は全て雨天だったので撒いていない。どうせ撒いても雨で流れるだろうと思ったからだ。やるなら糖蜜ではなく、バナナトラップ等の腐果トラップの方がまだしも採れる可能性があるかもしれない。

灯火へは雨の日など湿度の高い日に多く飛来する。
それを証明するような記述が『日本のCatocala』にあり、著者の西尾氏は「成虫を室内で飼育すると、雨天時に行動が活発になる」と書いておられる。つまり日本のカトカラの中では、最も湿潤な環境を好む種だと考えられる。ようは主に雲霧林に棲むカトカラなのだ。
灯火に飛来する時間帯は特に決まっていなくて、夜暗くなってすぐ来る者があれば、夜明け前になって漸く飛来する者もいるという。だが、雨の日以外の飛来は概して遅く、午後11時くらいにならないと飛んで来ないと聞いたことがある。
自分の少ない観察例だと、2021年の6月30日は午後8時半に1頭目(♀)が飛んで来た。その後、9時過ぎまでに2頭が飛来。10時台前半から中盤に散発で2頭が飛来。長いインターバルがあって11時15分から立て続けに3頭が現れた。その後、雨が強くなったせいかピタリと飛来が止まった。2022年は、21:50と0:45に♀が、午前0:50と01:20に♂が飛来した。偶然だろうが、前半は♀、中盤以降から♂が混じり始めるという印象を持っている。

『日本のCatocala』には、他にも野外での試験、飼育下での観察経過が書かれている。それによると、成虫は昼間は他の多くのカトカラと同じように頭を下にして静止しているという。交尾は多数回交尾で、時刻は夜の午後11時から午前2時だったとあった。

 
【幼虫の食餌植物】
成虫から採卵した飼育下ではあるが、ブナ科コナラ属のウバメガシとクヌギを摂食することが分かっている。
大方の予想では、食樹はウバメガシだと推測されているが、野外では未だ幼虫や卵は発見されていない。ウバメガシは海岸に多いから原生林に生えてると云うイメージはない。文献では誰も言及していないが、案外ウバメガシじゃなくて他の樹種が本命の食樹だったりしてね。
カトカラと生活史や食樹が似ている蝶のゼフィルス(ミドリシジミの仲間)の例もある。ゼフィルスは野外では食樹が限定的なのに、飼育下では広範囲の植物で飼育可能なのだ。ゆえにカトカラにもその可能性はある。ましてや蛾だ。基本的に蝶よりも食性は広い。つまり、メインの食樹は他の木である事は充分に考えられるのだ。

 
(ウバメガシ(姥女樫))


(出典『庭木図鑑・植木ペディア』)

 
学名:Quercus phillyraeoides
別名:イマメガシ(今目樫)、ウマメガシ(馬目樫)

ブナ科コナラ属に分類される常緑広葉樹の1種。
日本に自生するアカガシ亜属のカシ類よりもナラ類に近縁で、カシ類では唯一コナラ亜属に属している。
南欧に自生するコルクガシ(Quercus suber)とは特に近縁であり、交雑もするという。
そういや南欧にコレを食うであろうカトカラがいたな…。

 
(コルクガシキシタバ Catocala conversa)

(出展『世界のカトカラ』)

 
食樹が近いものならば、もしかして近縁種かと思ったのだが、全然似てないね。因みに分布は南欧、北アフリカ、ロシア南部(ヨーロッパ)、トルコにかけてと広いが、あまり多くない種だそう。

話をウバメガシに戻そう。
常緑広葉樹の高木で、高いものだと20m近くまで成長するが、通常は5〜6m程度の低木が多い。樹形はゴツゴツしていて、樹皮には独特の縦方向のひび割れが出る。若枝には黄褐色の柔らかい毛が密生する。
葉の長さは3~7㎝。日本産の常緑カシ類では特に丸くて小さく、また硬い葉を持つ。葉の上半分に浅い鋸歯があり、裏は淡緑色。若葉の頃は葉裏に星状毛が見られる。葉は厚くて硬く、艶があって乾燥や塩分に強い。小柄の葉は乾燥への適応とも考えられ、裏側に丸まるのは付着した波しぶきを落としたり、葉の裏側から水分が蒸発するのを防ぐためだとされる。また、硬いので落ち葉になっても分解が遅く、そのぶん保水力があるとも考えられている。新芽は茶色く、和名はこれに由来するとされるが、葉が馬の目に似ていることから「馬目樫」と名付けられたという説もあるようだ。
 硬くて小さいなんて、如何にも不味そうな葉じゃないか。そんなのワザワザ好んで食うかね❓他に柔らかい葉はいくらでもあるだろうに。ホンマにウバメガシかえ❓
 乾燥だけでなく刈り込みにも強く、病気にも強いことから生け垣や街路樹としてもよく植えられている。その材は密で硬く、備長炭の材料となることでよく知られている。備長炭といえば、高級焼鳥店で使われる炭だ。そして、その品質の最高峰と評されているのが紀州備長炭である。それゆえだろう、和歌山県の県の木にも指定されている。

分布は日本、朝鮮半島、中国(中部、南部、西部)、ヒマラヤ。
日本では本州の房総半島以西、四国、九州、南西諸島(屋久島、種子島、伊平屋島、伊是名島、沖縄島など)に分布する。但し沖縄県での分布域は極めて狭く、伊平屋島、伊是名島と沖縄本島から僅かな記録があるのみである。
主に太平洋側の暖かい地方に見られ、潮風や乾燥に強い特性を持つことから、海岸付近の乾燥した尾根や岩石地、急傾斜地に自生する。群落を作り、密生することが多く、トベラやヒメユズリハと共に海岸林を構成する代表的な樹木である。降水量の少ない瀬戸内式気候地域に多い。

こうゆう特性を見ていると、ホントにウバメガシがヤクシマヒメキシタバの食樹なのかなあ❓と思ってしまう。ウバメガシは乾燥地に生える木だが、ヤクヒメの生息地は真逆なのである。全ての生息地の環境を調べたワケではないが、ヤクヒメは基本的には湿潤な環境を好む。しかも多くは谷間で、極めて空中湿度が高い場所だ。だからヤクヒメの産地にはルーミスシジミやキリシマミドリシジミも生息している場合が多い。両方とも空中湿度が高い場所を好む種だからね。
意外とメインの食樹はイチイガシやウラジロガシ、アカガシだったりして…。

だが、ウバメガシについて更に詳しく調べていくと、新たな事が分かってきた。驚いたことにウバメガシは紀伊半島では内陸部の渓谷の岩場にも生育しているのだ。

 

(出展 後藤伸『明日なき森』より)

 
この図を見ると、かなり山側にもウバメガシが生育している事が解る。そういやウバメガシを食樹とし、主に海岸部で見られるクロシオキシタバが紀伊半島南部では山地帯でも見られるというのを思い出したよ。
図の解説によると、紀伊半島南部では内陸部の崖地にウバメガシが優占する森林があり、やや特殊な昆虫相を維持しているという。その代表的なものとしてウラナミアカシジミの亜種、キナンウラナミアカシジミが挙げられている。すっかり忘れていたが、キナンウラナミアカもウバメガシが食樹だったわ。本来ウラナミアカはクヌギなどの落葉ナラ類の柔らかい葉を食すのに、このイジけた亜種はクソ硬いウバメガシを餌にしているのだ。キナンウラナミは十津川村だとか内陸部にも居て、確かに其処にはウバメガシがあるわ。
この内陸部にあるウバメガシ林は、紀伊半島独特の例外的存在であるかのように言われることがあるが、実際には他にも四国など西日本各地に内陸のウバメガシ林が点在し、それぞれの地域で「ここは例外である」と言われているという。
尚、和歌山県大塔山系法師山の山頂(1120m)にはウバメガシの低木林があり、おそらく最も高い標高の生育地だそうだ。
また、紀伊半島南部ではあちこちの低山地の斜面に、備長炭の用材としてウバメガシが優占するように育成された森林があるらしい。しかしながら最近は備長炭の需要増加のため、減少が目立つという。

でも屋久島のウバメガシの分布を調べたら、殆んど海岸部にしかないような感じなんだよなあ…。ヤクヒメの棲息域は島の山地中腹部だというし、やっぱホントにウバメガシが食樹なのかな❓それに海外での分布は朝鮮半島、中国(中部、南部、西部)、ヒマラヤとなってたよな。となれば、ヤクヒメ台湾亜種がいる台湾には無いって事になる。益々、ウバメガシがメインの食樹ではない可能性が出てきた。
意外とルーミスの食樹であるイチイガシだったりして…。

 
(ルーミスシジミ)

 
でもその前に、一応ウバメガシが本当に台湾に生えていないのか調べ直そう。

(⁠@⁠_⁠@⁠)ゲッ❗、台湾にもバチバチに生えてるじゃないか。ったくよー、鵜呑みにして大恥かくとこじゃったよ。
気を取り直してイチイガシで検証してみよう。

 
(イチイガシ)

 
(イチイガシの分布)

(出典『雑想庵の破れた障子』)

 
ちなみにこの図はイチイガシの分布そのものではなく、巨樹の分布である。それでもだいたいの分布と合致しているものと思われる。尚、イチイガシも台湾に自生しちょります。

分布図を詳細に見る。
ゲッ❗、でも対馬にはあまり生えていないようだ。巨樹の分布ではあるが、4本以下しかない。対馬はヤクヒメの個体数が比較的多いとされているから(註3)可能性は低まる。
となると、同じくルーミスの食樹ウラジロガシなんかはどうだろうか❓

 
(ウラジロガシ)


(出典『庭木図鑑・植木ペディア』)

 
(ウラジロガシの分布)

(出展『植物社会学ルルベに基づく植物分布図』)

 
この分布ならば、ヤクヒメの分布とも合致する。台湾でも自生している。となれば、可能性は高まる。
誰かウラジロガシで飼育してみてくんないかなあ。

そういや対馬も屋久島もキリシマミドリシジミの産地として有名だったな。

 
(キリシマミドリシジミ♂)

 
だとすれば、キリシマの食樹であるアカガシの可能性も考えられはしまいか…。いや、ルーミスはヤクヒメの居る所には大体いるが、高知県と対馬には生息しない。ではキリシマはどうだ❓ 居ないとこって、あったっけ❓ 全て居たんじゃないかしら。急ぎ図鑑で確認する。

 

(出典『日本産蝶類標準図鑑』)

 
\⁠(⁠◎⁠o⁠◎⁠)⁠/おーっ、やっぱヤクヒメの分布地全てにキリシマは生息している事になってる❗となれば、アカガシが一番有望ではないか。

 
(アカガシ)


(出典『庭木図鑑・植木ペディア』)

 
(アカガシの分布)

(出展『植物社会学ルルベに基づく植物分布図』)

 
コチラもヤクヒメの分布と重なるし、台湾でも自生している。
もうアカガシじゃね❓

けど待てよ。そういや思い出したぞ。【分布】の欄に、自分で「対馬と屋久島と紀伊半島南部のヤクヒメの生息地は、アカガシとウラジロガシ等を主とする原生林で発見されている。」と書いてたよな。すっかり忘れてたよ。脳みそ鶏並みじゃよ。
それでまた思い出した。キリシマミドリシジミの幼虫はの食樹はアカガシだが、それ以外にウラジロガシも食樹としているよな。となると、ウラジロガシも同等の可能性があるよね。
(⁠ب⁠_⁠ب⁠)むぅー、となればアカガシやウラジロガシはヤクヒメの食樹として、かなり有望とは言えまいか。或いは、どっちもメイン食樹だったりして…。
重ねて言う。どなたかイチイガシ、ウラジロガシ、アカガシで飼育してくんないかなあ。オラって、蝶さえもロクに飼育した経験がないからさ。自分で究明するのは無理でごわすよ。

 でも、話はまだ終わらない。
さらに屋久島の植物構成を調べてみると、イスノキが多そうだ。イスノキも照葉樹だし、マンサク科だ。大部分のカトカラはブナ科とバラ科を食樹としているが、少ないながらもニレ科、ハンノキ科を食樹としているものもいる。またカトカラはゼフィルス(ミドリシジミ類)と食樹がかぶるものも多い。マンサクはミドリシジミの仲間であるウラクロシジミの食樹だから、可能性はゼロではないだろう。

 
(イスノキ)


(出典『庭木図鑑・植木ペディア』)

 
(イスノキの分布)

(出典『植物社会学ルルベデータベースに基づく植物分布図』)

 
ウラジロガシやアカガシ等に比べれば可能性は低そうだが、一応ヤクヒメの分布とも重なる。分布か海岸部に片寄りがちなのが気になるが、イスノキの可能性もないではないね。コレも誰か試してくんないかなあ…。

 
【幼性期の生態】
幼生期については西尾氏の『日本のCatocala』の力をお借りして、全面的にオンブに抱っこで書かせて戴きやす。

 
(卵)


(出典『日本のCatocala』以下全て同じ)

 
卵は長経と短経の差がやや大きい饅頭(まんじゅう)型。大きさは小さく、ヨシノキシタバの卵に似るが、横隆起条の間隔がより広い。参考までに付け加えておくと、ヨシノキシタバもヤクヒメと同じく湿った苔に産卵されると推測されている。
環状隆起は認められない。花弁状紋とその外側の類似層は合わせて4、5層。縦隆起条、横隆起条は共に直線的。
受精卵は褐色で、若草色の斑紋があるが、まだ野外では発見されていない。西尾さんは「母蝶の採卵経験から、卵は湿潤な苔の中に産付されると推定される。」と書いておられる。やっぱ雨が相当降るような所じゃないと生息できないカトカラなのかもね。屋久島はもとより紀伊半島南部、特に大台ケ原から尾鷲市辺りは日本有数の多雨地帯だもんね。当然、苔も多いだろう。
ところで対馬とか他の生息地はどうなのだ❓

調べてみると、海に囲まれた対馬は対馬暖流の影響を受ける温暖で雨が多い海洋性の気候だと書いてあった。
年間降水量は2250mm。全国平均の1611mmよりも多く、6~8月に年間量の約45%(990mm)の雨が降る。この数値は同期間の東京の約2倍、札幌の4倍弱にあたり、台風の多い那覇と比べても1.6倍程だそうだ。
なお、年間降水量の1位は屋久島で4477mm、2位は宮崎県えびの市(4393mm)、3位が高知県馬路村(4107mm)で、4位が三重県尾鷲市(3848mm)となっていた。尚、県別では高知県が1位だそうである。とゆうことは高知県や宮崎県の生息地も雨が多い地域であろうことは想像に難くない。
あっ、予断でモノを言っちゃダメだね。邪魔くさいが調べれば分かりそうなものは、ちゃんと確認しておこう。

Wikipediaによると、生息地の宮崎県美郷町はケッペンの気候区分において、温帯夏雨気候となっている。降水量の多い宮崎県内でも特に多雨な地域の一つで、年降水量は毎年2500〜3500mm前後で推移しており、多い年は年降水量が4000mmを越える事もあるようだ。
高知県宿毛市の気候は暖かく温暖で、コチラも年間雨量が非常に多いそうだ。最も乾燥している時期でも雨がよく降り、年平均降雨量は2074mmとあった。
鏡地区は四国山地と太平洋の間に挟まれた場所にあり、四国地方の中では特異な気候である。夏季は太平洋に近いため、高温多湿かつ台風が襲来する地域である。但し鏡村では気象観測が行われておらず、隣接する土佐山村で行われているそうだ。矢張り、ヤクヒメと雨とは切っても切れない仲なんだね。

 ♀の産卵管には特徴的な剛毛を輪生しており、西尾氏は産卵習性に関連があるとみられている。繊維質なものを産卵床に敷いておくと、卵に繊維を巧妙に絡ませるという。この点から、西尾が苔に卵を産むと考えたのだね。苔に卵を産む為にヤクヒメは進化したのだ。雲霧林の賢人だね。

 

(出典『日本のCatocala 』)

 
確かに♀裏面の交尾器周辺は他のカトカラとは随分と違う。今一度、画像を貼り付けておこう。

 

 
比較のために他種の画像も並べておく。

 
(カバフキシタバ♀裏面)

(2020.6.29 奈良市)

(ノコメキシタバ♀裏面)

(2019.8.6 長野県上田市)

(ハイモンキシタバ♀裏面)

(2019.8.6 長野県上田市)
 
(マホロバキシタバ♀裏面)

(2019.7.16 奈良市)

(ムラサキシタバ♀裏面)

(2019.9.4 長野県白骨温泉)

(ヨシノキシタバ♀裏面)

(2020.8.25 奈良県吉野郡)

(ミヤマキシタバ♀裏面)

(2020.8.10 長野県開田高原)

(ヒメシロシタバ♀裏面)

(2020.8.9 長野県開田高原)

(ナマリキシタバ♀裏面)

(2020.8.8 長野県松本市)

(アサマキシタバ♀裏面)

(2019.5.22 東大阪市枚岡公園)

 
まだ他の種の画像もあるが、コレくらい並べれば充分だろう。兎に角、何れも尻先のスリットが細い。載せてない他のカトカラも同じようなものだ。それと比してヤクヒメは極めて特異な形をしており、溝が圧倒的に広い。その特異な形態には何らかの理由がある筈だ。西尾氏は産卵管の剛毛については言及されているが、交尾器全体についての形態的理由には触れられていない。ではなぜこのような形態になったのか❓暫し考えたけど、全然思いつかーん。

最後にウスイロキシタバを載っけておこう。

 
(ウスイロキシタバ♀裏面)

(2020.6.19 兵庫県西宮市)

 
まだしもウスイロがヤクヒメと近いかもしれない。
ウスイロも暖帯照葉樹林に棲み、どちらかといえば湿潤な気候を好む。それと何か関係があるのかもしれない。

 次に幼虫についてみていこう。

 
(1齢幼虫)

(出典『日本のCatocala 』以下全て同書からの引用)

 
(2齢幼虫)

 
(5齢幼虫)

 
終齢は5齢。体長は約55mm。頭の幅は3mm。
西尾さんは数系統を飼育したが色彩変異は特に認められなかったそうだ。

 
(終齢幼虫の頭部)

(頭部の脱皮殻)

 
ウスイロキシタバの回で既に言及してるけど、卵は全然似ていないが終齢幼虫は結構似ているかも。詳しくはウスイロキシタバの回を読んでくれたまえ。
邪魔くさいからそうは書いたものの、アタイはいい人なのて画像を貼付しておきます。

 
(ウスイロキシタバの卵)

(終齢幼虫)

(幼虫の頭部)

(頭部の脱皮殻)

 
カトカラの幼虫の識別には頭部の斑紋の違いが重要だと言われている。となると、顔はかなり似ているから親戚くさいぞ。卵が似てないから微妙ではあるが、両者は近縁関係にあると言えなくもないってところか…。

                 おしまい

 
追伸
 結局、2021年は♂が採れなかったし、2022年も紀伊半島南部に足を運ばざるおえないだろう。でもなあ…、渋い魅力はあるけれど、それは珍品であるがゆえにそう見えるだけかも。冷静に見れば子汚い蛾だから、あんましモチベーションが上がんないんだよなあ…。

前書きに書いたように、コレは2021年に書かれたものです。ここからは追伸の追伸です。

 えー、カトカラシリーズの中でもヤクヒメ編が一番の難産でした。ホント疲れたよ。書き始めてから足掛け三年だもんね。
コレで、あと残るはケンモンキシタバ、エゾベニシタバ、キララキシタバ、アマミキシタバの4種となった。書くのが段々億劫になってきたが、何とかシリーズの完結を成し遂げたい。

 尚、複数の人から聞いた噂だと、2020年、2021年共に紀伊半島南部では雲霧林の賢者は不作だったようで、何処でも数があまり採れなかったそうだ。2022年も、一部では個体数が多かった所もあったものの、全体的には不作だったと聞く。北牟婁郡も少なかったしね。
正直、思っていた以上の稀種だったので、少しばかり驚いている。気候変動が進めば、益々珍しい種になるだろう。雲霧林の賢者が、いつまでも雨の中を元気に舞ってくれる事を願ってやまない。

 
(註1)稀に著しく黒化するものも見られる…
画像は邪魔くさいので貼り付けないが、ブログ『南四国の蛾』の「変異」の項目に、それに該当するような個体の画像がある。

 
(註2)2018年には大分県でも見つかっている
大分昆虫同好会の会誌『二豊のむし』の、No.56号に記事がある。中身は読んでないけどー。

(註3)対馬では個体数が比較的多いとされるから…
但し、2008年発行の『日本のCatocala』には「対馬は原生林の伐採により絶滅状態にある。」と云う記述があった。そういや長崎県ではレッドデータ入りしてるな。
一方、個体数が多いような事が書いてあったのはツイッターの「火の粉」さんのサイトで、2020年の投稿に「対馬最優先種と言っても過言ではないくらいいた。」と書いてあった。猶、おそらく「優先」は間違いで、ホントは「占有」と書きたかったのだろう。でないと意味が通らない。つまりはその時はニッチを支配するようなド普通種だったってこったろう。
しっかし、十数年前に絶滅寸前だったものが、今になって個体数が増えてるってどゆ事❓対馬といっても広いから、多産地もあるのかな❓

 
ー参考文献ー

◆『世界のカトカラ』石塚勝己
◆『日本のCatocala』西尾規孝
◆『日本産蛾類標準図鑑Ⅱ』岸田泰則
◆『明日なき森』後藤伸
◆『日本産蝶類標準図鑑』白水隆

インターネット
◆『Wikipedia』
◆『南四国の蛾』
◆Twitter『火の粉』
◆『庭木図鑑・植木ペディア』
◆『植物社会学ルルベデータベースに基づく植物分布図』
◆『雑想庵の破れた障子』
 

2021’カトカラ5年生 ヤクヒメ編3

vol.28 ヤクシマヒメキシタバ

   『陰翳礼讃』第三話

 
 2020年、初めてのヤクシマヒメキシタバ採集行は姿さえも全く見れずの惨めな2連敗に終わった。自分も小太郎くんも楽勝だと思ってたから、まさかのこの結果に声を失った。
当然、2連敗後も早いうちのリベンジは考えた。本来、汚名はソッコーで晴らしておくと云うのがオラ的セオリーだからだ。どんな事でもそうだが、早期に問題を解決して心の安寧を取り戻しておかなければならない。さもなくば、事態はドンドン悪い方向へ行きかねないからだ。悪い流れは即座に断ち切る事が肝要なのだ。キリシマミドリシジミ(註1)の時が最たる例で、泥沼の5連敗を喰らって、精神的にかなり追い込まれたからね。連戦連勝、どんな稀種であっても狙った獲物は常にその採集行のうちにシバき倒してきただけに、何が何だか解らなくなって半ばパニックに陥ったっけ…。敗退が続くと色々考え込む。しかし考えれば考えるほどドツボ。更なるズブズブの泥濘(ぬかるみ)にハマり易いのだ。去年の阪神タイガースの開幕9連敗(註2)と一緒で、負けグセがつくと止まらなくなる。いや、止められなくなるのだ。
しかし、この年は結局ヤクヒメにリベンジするのを諦めざるおえなかった。その後、二人の都合が合わず、次回に行けるのは10日以上先、つまり時期的には発生期の終盤だったからだ。下手したら、終盤どころか発生が終わっていてもオカシクはない状況でもあった。たとえ行って採れたとしても、ボロばっかでは意味がないし、採れなきゃ、ショックで再起不能になりかねない。忸怩たる思いではあるが、ならば翌年まで持ち越さざるおえない。そう判断するしかなかったのである。
 

2021年 6月28日

 臥薪嘗胆。ようやくリベンジの機会が巡ってきた。小太郎くんと待ち合せて、いざ紀伊半島南部へと向かう。
天気予報は曇りのち小雨。雨を好むというヤクヒメではあるが、かといって本降りでは何かと儘ならないから恰好の天気である。とはいえ、心配なのはワシのスーパー晴れ男振りである。去年は天気予報では雨がちだったのにも拘わらず、2度行って2度とも途中で月が出た。しかも灯火採集には最悪とされる満月。今回は、そうならない事だけを切に祈ろう。

 場所は去年最初に行った三重県の布引の滝(熊野市紀和町)と決めた。
惨敗した場所なのに何故に❓と訝る向きもござろうが、それには理由がある。小太郎くんが布引の滝でヤクヒメを採った事があるという人から重要な情報を得たからだ。それによると、採集した場所は我々が最初に陣取った滝の上部ではなく、下部の麓の方らしい。詳しい設置場所も聞いているという。文献ではない生の情報は貴重だし、こうゆう舞い込んで来たような流れは大切だ。自然な流れは物語なのだ。堰き止めてはならない。流れに任せておけば、自ずと結果が出る事は往々にして多い。ならば、ここは迷わず行っとくべきでしょう。
 採れた数は一晩で6頭との事。飛来した時は、アホほどやって来るというヤクヒメにしては数が少ないのが気になるが、それだけ採れていれば自分としては充分だ。元々バカみたいに数が欲しい人ではないからね。いっぱい採ったら、当然ながら嫌いな展翅を沢山しなきゃならないのじゃ。

ポイントには、かなり早くに着いた。まだだいぶと明るかったから、午後4時半か5時前には着いていたのではないかと思う。
空模様は曇りで、時々小雨がパラつくといった感じで悪くはない。だが、如何せん風が強い。しかも設置場所は橋の上らしいから、より風の影響を受けやすい。ライトトラップには風は大敵なのだ。基本的に風が強いと虫は飛ばないし、たとえ飛んだとしても風に流されてライトまで辿り着けない可能性だってある。それに何よりライトトラップの装置が倒れやすい。もしも倒れて電球が割れでもしたら最悪だ。ジ・エンド、その瞬間に採集が終わる。だがホントは、そんな事よりも水銀灯を失うダメージの方がデカい。水銀灯は高価であるのみならず、現在は生産中止なっているのだ。もはや製造してないんだから、再び手に入れるのは容易ではない。
とにかく暫く様子をみよう。そのうち風もおさまるだろう。2人して車の中で暫し仮眠する。

しかし日没近くになっても、風は一向におさまる気配がない。しかも風の影響なのか気温がグッと下り、かなり肌寒い。風が強くて気温が低ければ、虫たちが活動しない可能性が更に高まる。おいおいである。神よ、又しても我々に試練の道をお与えなさるのか。何故ゆえ、そのような試練をお与えなさるのだ❓意味ワカンナイ。もう半泣き太郎だよ。
仕方なく此処を諦め、風のない場所を探して移動することにした。取り敢えず上に向かって車を走らせる。

だが、特筆すべきようなコレといった良い場所は見つからない。また最初と同じ滝の上部でやる事も考えではなかったが、一度敗退してケチがついた場所だし、カワゲラとかトビケラとかヘビトンボがワンサカ飛んで来るのは気持ち悪いからパス。
そのうち日が暮れてきたので、中腹にある一番マシそうな場所に陣取ることにした。幸いにして風の影響は殆んどない。肚を据えて此処で戦おう。

 午後7時半、点灯。
いよいよ1年越しのリベンジの始まりだ。今日こそは何とかなるっしよ。たかがヤクヒメ風情に、まさかの三連敗は有り得ないだろう。そんなに連敗した話なんぞ、聞いた事がないのだ。
去年の恥ずかしい連敗は、ひとえに月のせいだ。あの全くの想定外だった満月さえ顔を覗かせなければ、採れていた筈なのだ。今日こそは月は出ない、大丈夫だと自分に言い聞かせる。

 

 
例によって、画像はトリミングしてある。小太郎くんから灯火装置が直接映っているのはダメと言われてるからである。

良い感じに小雨が降っているものの、集まる蛾の数は可もなく不可もなくである。顔ぶれも相変わらずの見慣れた面々だ。
唯一の新顔はヒメハルゼミくらい。アンタ、こんなとこにも居たのね。
小太郎くんは、その灯りに寄って来たヒメハルゼミをせっせせっせと摘んでいる。ヒメハルゼミは稀なセミで、各地で採集禁止種に指定、保護している場所も多い。因みに此の地は特に保護されているワケではないし、採集禁止にもなっていないようだ。
それにしても走光性が強い種とは知ってはいたが、ホントだったんだね。セミには走光性のある種が多く、珠にアブラゼミやミンミンゼミなどが灯りに寄って来るのを見ることはあるが、一度にこんなに沢山のセミが寄って来たのは初めて見た。

 
(ヒメハルゼミ♀)


(2019.7月 奈良市)

 
スマン。羽化直後の画像しかない。気になる人はネット検索してけれ。
あっ、そういやヒメハルゼミは成虫だけでなく、羽化前の幼虫にも走光性があるらしい。思わず、幼虫が光に向かってゴソゴソと歩いてるのを想像したよ。「あーっ、そっちに行っちゃダメー❗」。
٩(๑`^´๑)۶え~い、メンドくせー。ヒメハルさんの事は後で註釈欄で解説するつもりであったが、ここでやってしまえ。

 
【ヒメハルゼミ(姫春蝉)】
学名 Euterpnosia chibensis
小種名は千葉に由来する。おそらく最初に発見されたのが、千葉だったからでしょう。
体長はオスが24〜28mm、メスは21〜25mm。6月下旬頃から現れ、8月上旬まで見られる。
名はヒメハルゼミとはつくものの、ハルゼミと大きさは変わらない。外見はハルゼミよりも体色が淡く、褐色がかっている。
主に西日本で見られ、新潟県・茨城県以西の本州・四国・九州・屋久島・奄美大島・徳之島に分布する。しかし生息地が丘陵地や山地のシイ、カシ類からなる人の手があまり入っていない自然度の高い稀少な照葉樹林である事や、飛翔能力が弱く、生活圏を広げようとしない性格も相俟ってか分布は局所的。ようするに生息条件が限られた貴重なセミである。それゆえか分布の北限に近い3ヶ所の生息地(茨城県笠間市片庭、千葉県茂原市上永吉、新潟県糸魚川市・旧能生町)が国の天然記念物に指定されている。他にも自治体レベルで絶滅危惧種や天然記念物に指定されている所が数多くある。
♂が集団で合唱することが知られ、1頭の♂が鳴き出すと、それを合図に周辺に伝播するように「シャー」という合唱が起こる。特に夕刻には頻繁に鳴き、日没前には山全体が大合唱の蝉時雨となる。そのような独特の大合唱は他のセミには見あたらず、その様は「森そのものが鳴いているようだ」とも称される。
 確かに、あの蝉時雨は時に凄まじいばかりで、森の中でその音の塊に包まれていると感動すら覚える。とはいえ、おそらく多くの現代人にとっては雑音にしか聞こえないだろう。つまり、人は自身にとって必要のない音を無意識にカット、遮断するように出来ているからだ。その声をセミの声だと認識してこそ、初めて耳に入ってくる類いのものなのかもしれない。多くの外国人にはセミやコオロギの声が雑音にしか聞こえないとも言うからね。ようはメロディーとして聞こえていないのだ。だから欧米には、虫の音(ね)を愛ずるという文化もないのだろう。とにかく、あの感動は体験した者にしか味わえないものがある。

そんなレアで愛しきセミだが、でも求めているのはキミじゃないんだよねー。どうでもいいざます。欲しいのはヤクヒメだけなのだ。その事で頭が一杯でヒメハルなんぞ採る気にはなれず、自分は結局一つも持ち帰らなかった。

 雨は振ったりやんだりしていたが、やがて完全に上がった。月こそ出ないものの、天候は回復しつつありそうだ。悪い兆候だ。集まって来る虫も相変わらずショボい状況が続いている。そして、ヤクヒメは未だ飛んで来ない。

 

 
ふと思う。ところで、この日の夕方にヒメハルゼミって鳴いてたっけ❓
全然、記憶にない。雨模様だったので鳴いていない可能性は高いものの、単にヤクヒメの事で頭が埋め尽くされてて、鳴いていたのに一切耳に入ってこなかったという可能性は無きにしも非ずである。それだけ何処にライトトラップを設置するかに集中していたのだろう。でもこんな体たらくでは、その集中力や努力も何の意味も持たない。

結局、この日もヤクヒメは1頭も飛んで来なかった。
三連敗決定。地獄の連敗街道、まっしぐらだ。

 
 
2021年 6月30日

 もう小太郎くんもワシも意地になってきた。その2日後には、再び紀伊半島南部に突っ込んでいた。
但し今回はメンバーが一人増えて、藤岡くんも加わった。参戦に至った詳しい経緯は知らない。ただ、小太郎くんから「藤岡くんも一緒でもいいですかあ❓」と言われて、『いいよー。』と答えただけだ。藤岡くんとは古くから顔馴染みだし、彼が加わったトリオでの採集行は去年も経験している。マホロバキシタバが採りたいというので、小太郎くんと案内したし、同じ紀伊半島南部にルーミスとヨシノキシタバを採りにも行ったしね。それに藤岡くんは、のほほんとした何処か浮世離れした人で、控えめな性格だ。ギスギスする事もないだろう。なれば、参加を拒否する理由はない。

 目指す場所は同じ三重県だが、北牟婁郡の谷沿いである。
今回も小太郎くんが仕入れてきた新たな情報に頼る事にした。
そこは絶対に生息しているという鉄板の場所らしい。なのだが、問題がないワケではない。ポイントに向かう途中の橋が老朽化しており、通行止めになっているかもしれないそうなのだ。もしダメなら、現地でポイントを新たに探さねばならない。となると賭けである。雨の多いこの時期だけに、川が増水していて危険な可能性は高いし、それ以前に土砂崩れで前に進めない不安だってある。だけども最も採れる確率が高いのは其処なのだ。もう背水の陣で行くっきゃない。

 天気予報は完全な雨である。けれどワザワザこの日を選んだ。小太郎くんと話し合った結果、ヤクヒメは小雨程度の雨では飛んで来ないのではないかという結論に至ったのだ。

 雨の中、ようやく橋に辿り着いた。
しかし、橋は通行止めになっていた。入口を🚧車止めの看板が塞いでいる。だからといって、ここまで来て誰が引き返してなるものか❗地獄の沙汰も虫次第。絶対に採りたい、採らねばならぬという強い想いが看板を脇へと除けさせる。戻って来て橋が落ちていれば、そん時はそん時のことだ。

 暗く不気味な林道を奥へと詰め、ポイントに到着。

 

 
周囲は鬱蒼としており、深山幽谷の様相を呈している。
手つかずの照葉樹林だと直感する。今まで見てきた、どの照葉樹林よりも深い森だ。此処にヤクシマヒメキシタバが居なくて何処に居るというのだ❓そんな素晴らしいロケーションだ。もう此処で採れなきゃ、腹カッさばくしかあるまい。

 

 
瞬く間に靄が湧き立ち、山肌に天使の薄衣のような薄いヴェールが掛かる。陰翳礼讃。水墨画の世界だ。無駄を排した白と黒の織りなす世界は幽玄で美しい。
とはいえ、傍らに誰かが居てこその風雅の境地だろう。もしも一人ぼっちだったとしたならば、果たしてそんな風に思えていただろうか❓観点を変えれば、これから先に何か悪い事が起きそうな不気味な予兆と取れなくもない風景だ。そう考えれば、とてもじゃないが1人ではこんな所には居れそうにない。日があるうちでも恐ろし気な場所なのだ。ならば夜ともなれば、尋常ではない怖さだろう。絶対に漆黒の闇にイッポンダタラ(註3)とか魑魅魍魎の妖怪どもが跋扈する世界と化すに違いない。

 雨は結構降っている。
どれくらいの量が降っていれば良いのかは分からないが、土砂降りにでもならない限りは大丈夫だろう。とにかく今までの感じでは、小雨程度の雨ではダメだ。これくらいの強さの雨が間断なく振り続ける事を祈ろう。

 日没と同時に点灯。

 
 今回は小太郎くんの許可が下りたので、トリミングなしの画像全面解放である。ライトトラップの、謂わば一つの完成形との事なので、表に出しても恥ずかしくないってワケなのでせう。勝手に半分想像して言ってるけどー(笑)。
 ちなみに今回は本格的な雨を見越して、雨避け用のテント(タープ)が用意された。小太郎くんの発案で買うことになって、購入料金を3人で割った。一人あたりいくらだったっけかなあ❓正確には思い出せないけど、一人三千円くらいの負担だったかな?まあ高くても五千円以内だったと思う。でもそれで快適に採集できるのなら、安いもんだ。

 点灯後、間もなくヤクヒメと同じカトカラ属のウスイロキシタバが飛んで来る。

 
(ウスイロキシタバ♂)


(2021.6月 兵庫県西宮市)

 
が、採らずに無視する。
お前じゃない❗

藤岡くんがおずおずと尋ねてくる。
『コレって貰ってもいいですかぁ❓』
ワシも小太郎も、どーぞどーぞである。ウスイロは前翅のメリハリが効いた美しい種だが、二人とも見飽きていて、もはや眼中にはないのだ。
それにしても、蛾好きの藤岡君なのにウスイロを採ったことがないのね。まあ、紀伊半島南部を除けば分布は局所的で、いる所は限られている。自分も紀伊半島南部以外では1箇所でしか見たことがないから、それも当たり前かあ…。

藤岡くんは次々と飛んで来るウスイロをせっせと取り込んでいる。他の蛾や甲虫もジャンジャン取り込みまくっている。彼は生粋の虫マニアだ。コレクションの中心は蝶と蛾ではあるが、虫とあらば大概は収集対象なのだ。インセクトフェア、いわゆる昆虫展示即売会でも標本を購入しているのをよく見掛ける。だが特定の種類に強い執着は持つことは少ないような気がする。あっ、シジミチョウ科の一部には少しあるかもしれない。けれども特定の種のマニアって感じはしない。例えば小太郎くんだったら、ブルーと呼ばれるシジミチョウの仲間であるゴマシジミやアサマシジミ、ミヤマシジミに対して強い執着心を持っている。他にキマダラルリツバメやギフチョウ、ミヤマカラスアゲハに対する思い入れも強い。あとヒメヒカゲもか…。
自分ならば、タテハチョウ科の中のコムラサキ亜科やフタオチョウ亜科、イチモンジチョウ亜科の赤系や緑系のイナズマチョウ(Euthalia)属やオオイナズマチョウ(Lexias)属に対しての思い入れが強い。で、最近は蛾ではあるが、今回のターゲットでもあるヤクヒメも属するヤガ科Catocala(カトカラ)属にも御執心だ。でも藤岡くんが特に何かを徹底的に集めていると云う話は聞かないからね。とはいえ、羨ましい限りだ。興味の対象が広く全般に渉るのならば、生涯において飽きる心配がないもんね。オラなんか最近は蝶や蛾に対する情熱がすっかり冷めてしまっている。新たな興味対象が見つからねば、業界からフェイドアウトしていきかねない状況だ。虫を趣味にすると意外と金が掛かるし、人生を狂わせてしまうところがある。物事の判断が虫優先になってしまうのだ。例えば、晴れていたら虫採りに行ってしまい、彼女とは曇りか雨の日にしかデートしないとかさ。そりゃ彼女だって怒るわな。で、挙げ句にはフラれる。兎に角、ロクな事がないのだ。

 午後8時過ぎ。
小太郎くんが何か変なのが飛んで来たけど見失いましたー。ヤクヒメだったかも…と言い出す。しかし、灯りの周辺を丁寧に見回るも、らしき姿はない。

 午後8時半。
急に小太郎くんが大声を出す。

『五十嵐さん❗ほら、ソコーッ❗❗』

指差す先の白布の上部に見慣れない小さな蛾が静止していた。
(;・∀・)はあ❓
でも正直、それが何なのかワカンなくて、その場で固まる。

『何してるんすかあ❓ヤクヒメですよ、ヤクヒメー❗❗』

その言葉で、漸く脳のシナプス回路が繋がった。
確かに言われてみれば、ヤクシマヒメキシタバだ。だが、想像していた姿とは随分と違うような気がする。照明のせいで白っぽく見えるせいもあるのだろうが、図鑑等との印象とは相違があるのだ。何より上翅の感じがイメージとは異なる。こんなにもメリハリがあって美しいのか…。百聞は一見に如かずとはよく言ったものである。実物を見ないと、本当の姿はわからない。

『コレがヤクシマヒメキシタバかぁ…。』

絞り出すように言葉が漏れた。
とにかく会えて良かったという安堵の心が広がる。それにしても、いつの間に❓である。仙人は忍者でもあるのかえ❓

暫し見つめていると、再び小太郎くんから声が飛ぶ。
『何ぼぉーとしてるんですかあ❓早く採って下さいよー。逃げちゃいますよー❗』

『(⁠☉⁠。⁠☉⁠)⁠えっ❗❓、オラが採っていいの❓』

最初に見つけたのは小太郎くんだから、採る権利は彼にある。だから手を出さなかったのだ。
『いいですよー。譲りますよ。そのかわり次は採らせて下さいね。』

『(⁠ ⁠;⁠∀⁠;⁠)うるうる。小太郎くーん、アンタってホントいい人だよ。』

譲ってはくれたものの、まだ手中にしたワケではない。ここでもし取り逃がせば、噴飯ものだ。何があっても失敗は許されない。息をひそめて近づき、スーッと体の力を抜いたがいなや毒瓶を上から被せる。

(⁠ノ⁠ ̄⁠皿⁠ ̄⁠)⁠ノ⁠ しゃあー❗❗

やっと採れたよ、お母ちゃん(⁠༎ຶ⁠ ⁠෴⁠ ⁠༎ຶ⁠)
長きイバラの道で御座ったよ。

 

 
毒瓶から取り出して、じっくりと眺める。
渋い美しさだ。図鑑や画像で見る姿よりも遥かに素敵だ。
陰翳礼讃。前翅が雲霧林を彷彿とさせるようなデザインだ。きっと水墨画の世界の住人なんだからだろう。そう思って、妙に納得する。

雌雄を確認するために裏返す。

 
(裏面)

 
尻先に縦にスリットが入っている。多分、♀だね。
それにしても、何だか他のカトカラの♀のスリットとは感じが違う。溝が深いのか広いせいなのかワカランが、黒っぽくてよく目立つ。

 その後、立て続けに飛んで来て、小太郎くんも藤岡くんも無事1つずつゲットした。もし自分一人だけが採れただなんて事になれば申し訳ないから、ホッとする。だが、どちらもスレた個体で、自分の採った♀が一番鮮度が良い。なので次の順番を二人にお譲りする事にする。

思うに、ずっと雨はそこそこ降っているから、やはりシッカリと雨が降らないと活動が活性化しない蛾なのかもしれない。
 
 その後、2人が1頭ずつ採ったところで、ピタリと飛来がやむ。カトカラにはよくある事で、時間を置いて又飛んで来る事は多い。だが、今回も再び活性が入る云う保証はどこにもない。兎に角まだ自分は♀だけしか採っていないから、今度は何とか♂が飛んで来て欲しいと願う。今までイヤというほどボコられてきてるのだ、せめて雌雄くらい揃わなければ、溜飲は下がらない。キイーッ٩(๑òωó๑)۶、早よ飛んで来いやバーロー❗

 午後11:15。
ようやく1頭が飛んで来た。

 

 
だか裏返すと、コチラも尻先にスリット入っている。つまり、残念ながら又♀だ。
その後、2人が1頭ずつ追加したところで、再び飛来が止まった。そして、そのままジ・エンド。雲霧林の仙人は二度と姿を現すことはなかった。

 結果は、自分が2♀。記憶は曖昧だけど、小太郎くんが1♂2♀。藤岡くんが3♂か、もしくは2♂1♀だったと思う。自分だけが♂を採れず、しかも頭数も一番少なかった。鮮度は自分の♀が一番良かったから別にいいんだけど、どこか釈然としない。苦労してやっとこさ採ったわりには、成果があまりにも少ないじゃないか。3人で計8頭というのも期待ハズレだ。ヤクヒメは稀種だが、生息地では個体数が多いと聞いていたからね。とはいえ、胸を撫で下ろしてはいる。兎にも角にも、念願のヤクヒメが採れたのだ。それで良しとすべきなのかもしれない。

 帰途の事はあまり憶えてないけど、雨に長時間濡れて体が冷え切って寒かったと云う記憶だけはある。あっ、そうだ。道の駅で休憩した時に小太郎くんと藤岡くんは着替えたのに、自分だけが着替えを持ってきてなかったのだ。断片ながら少しずつ記憶が甦る。靴の中がグショグショで気持ち悪かったのも思い出したよ。
車窓から明けゆく空を眺めていたね。
そして、心は目的を達成したのに何故か沈んでいたっけ…。

              つづく
 
 
 と、ここで一旦クローズする予定だった。しかし、次回に予定していた翌年の話も続けて書くことにした。何だか分けて書くのが邪魔くさくなってきたのである。
そうなると、もはやタイトルは『2022’カトカラ6年生』とすべきだよね(笑)。でも、まっいっか…である。

 
 
2022年 6月20日

 翌年も、小太郎くんとの紀伊半島詣では続いた。
♂が採れていないので、小太郎くんに同行を頼んだのである。彼の方も鮮度の良い♂は採れていなかったからか、二つ返事でOKが出た。

 日付は1週間早めた。去年は翅がスレや欠けの個体ばかりだったからだ。過去の文献では6月下旬から7月初め辺りが採集適期のような感じだが、地球温暖化の影響で発生が早まっているのだろう。ホンマかいな❓だけど。
場所は去年と同じ場所だ。新たな場所に行きたいのは山々だが、そんな余裕はない。ここは先ずは確実に採れる場所に行くべきだろう。採れなきゃ辛いだけなのだ。骨の髄まで、それを知らしめられたからね。

 とはいえ、新しい場所の探索を怠っていたワケではない。途中、有望そうなダムに寄る。

 

 
四方が照葉樹林に囲まれており、居てもオカシクはないだろう。それに周りが開けているから、ライトトラップを設置するには絶好の場所だ。障害物がないので虫たちが寄って来やすい。山との距離も、そう遠くないから光も充分届きそうだ。そして、下が平らなので、灯火装置も設置しやすい。斜面だと、ライトが不安定で、倒れ易いのだ。

 

 
だが、車に乗ろうとしたら、雲が切れ始めた。そして、あろう事か何と青空が顔を覗かせた。

 

 
(⁠・⁠o⁠・⁠;⁠)おいおいである。
天気予報は雨なのに、どんだけ晴れ男やねん❓
手を合せ、どうぞ雨が降りますようにと願う。農業をやってる人でもないのに雨乞いするだなんて、何か変な話だな思うが、これ以上は回復しない事を祈ろう。心の中で雨乞いの唄を歌う。🎵ピチピチ、チャプチャプ、ランランラン。

 目的地に到着したのは、午後6時前くらいだった。

 

 
相変わらず、素晴らしいロケーションである。
こういう太古から変わらない深い森は、貴重だと思う。ゴイシツバメシジミ(註4)とか、おらんかなあ❓…。紀伊半島では、もう20年くらい記録がないから絶滅したと考えられるが、いるんじゃね❓

 日没と同時に点灯。

 

 
今回も雨よけテント仕様である。
しかし、流石の小太郎くんだ。更に進化させていて、タープの三方に薄布が張られている。ようするに、飛んで来た蛾が止まる面積を大幅増させたと云うワケだ。それに、より光が届くように、ライトが更に上部に取り付けられている。ホントあんたにゃ、感心するよ。マジ偉いわ。

 午後9時半。
何かデカいのが来た。

 

 
トビモンオオエダシャクとか大型のエダシャクの仲間(Biston属)の♀だろう(註5)。たぶん♂は普通種だろうが、Biston属の♀はどれも得難く、珍品揃いと言われている。羽が破れているから迷ったが、持って帰ることにした。

 10時前に漸く最初の1頭が飛んで来た。

 

 
裏返して雌雄を確認する。

 

 
残念ながら、♀だ。それはさておき、その色に驚く。去年採ったものより、明らかに地色の黄色が濃い。となれば、よりコチラの方が鮮度が良いことを示している。この鮮やかな黄色が本来の色なのだ。去年の個体は表側がキレイだったから完品だとばかり思い込んでいたが、実際にはそうじゃなかったと云うことだ。コレってカトカラあるあるなんだけど、羽化から時間が経っているのに、意外と表翅がキレイな個体が居たりするのだ。でも裏はそれなりにスレてるなんて事は儘ある。カトカラの鮮度は、裏で見分けると云うことをすっかり忘れてたよ。

 
 10時半。
白黒の蛾(註6)が飛んで来た。ダルメシアンみたいで洒落てる。こういうシンプルな柄は好きだ。スタイリッシュでカッコいいと思う。

 

 
一瞬、タッタカモクメシャチホコかと思ったが、あんなにゴツくはないし、白っぽくもない。

 
【タッタカモクメシャチホコ】

(2023.3月 奄美大島)

 
白黒の蛾は、他にもキバラケンモンやニセキバラケンモン、ボクトウガ等々何種類か見て知っているが、そのどれとも違うような気がする。
それを合図のように、多種多様な蛾が集まり始める。でもお目当てのヤクヒメは全然飛んで来ない。そして、どんどん時間は過ぎてゆく。雨は降っているし、条件は揃っているのに、どゆ事❓雲霧林のお姫様は、気まぐれで気難しい。ブス姫は性格が悪いのだ。

 午前0時を過ぎても飛んで来ない。みるみる心がドス黒い焦燥感で染まってゆく。

 
 午前0時50分。
やっとこさ飛んで来た。

 

 
でも、又しても♀だ。
表はキレイだけど、裏はさっきの個体よりも少しスレている。
と云う事は、何日か前には既に発生していたという事だ。紀伊半島の採集記録は7月上旬が多いが、採集適期は6月半ばなのかもしれない。

 

 
5分後、また飛んで来た。
待望の♂だ。
しかし、スレ個体だ。翅にスリットも入っている。やはり、少なくとも♂は6月中旬が適期のようだ。
これをきっかけにガンガン飛んで来るかと思いきや、ピタリと飛来が止まる。

 午前1時25分。
やっとこさ飛んで来た。

 

 
裏面も黄色い。やった❗今度こそ完品の♂だ。
これで漸く完品の雌雄が揃った。心底ホッとする。完品の♂と♀が揃わなければ、自分の中の物語はクローズしない。心の何処かが、その場に置き去りにされるからだ。完品が揃うまで訪れ続けなければならないのはシンドいのだ。例えば、ナマリキシタバは未だに♂が採れてないし、ヨシノキシタバは雌雄が揃ってはいるものの、♀のメリハリが効いた美しいタイプの完品は採れてない。そういや、ハイモンキシタバやノコメキシタバも満足しうるような完品がない。

 
【ナマリキシタバ♀】


(2020.7月 長野県松本市)

マイフェバリットの一つ、カトカラBESTファイブに入る美しい種だ。前翅の独特の柄がカッコいい。けど小型種なのがちょっぴり惜しい。もっと大きければ、間違いなくマイフェバリットのNo.1だろう。そんなにゴリゴリ好きなのに。何故だか縁が薄い。今年は何とか沢山採りたいよね。

 
【ヨシノキシタバ♀】

(2020.8月 奈良県吉野郡)

望むのは、こういう型だ。カトカラ属の中でもトップクラスに美しいと思う。コヤツも勿論ベストファイブに入る。
ついでに通常の♀も載せておく。こんなフォームだ。


(2020.8月 奈良県吉野郡)

カトカラの中では、唯一雌雄の柄が違う種で、普通の♀も充分美しい。でもメリハリタイプを見た後では、あまり魅力を感じない。コレだったら、ミヤマキシタバの方がカッコいいと思う。

 
【ハイモンキシタバ】

(2019.8月 長野県上田市)

【ノコメキシタバ】

(2019.8月 長野県上田市)

どちらも背中がハゲちょろけている。カトカラは、このように直ぐにみっともない落ち武者みたくなりよる。クソ忌々しいことに、網の中で暴れただけでこうなるのだ。

 
 夜はゆっくりと更けてゆく。
だが、深き森の姫は再び姿を見せなくなってしまった。飛来時刻は比較的遅めだが、丑三つ刻には打ち止めなのかもしれない。

 午前3時になろうとした時だ。

 

 
月が出た。
小太郎くんに笑われるが、自分でも笑ってしまう。どんだけ晴れ男やねん。まあ、ゴールデンタイムではなかったから全然問題なかったんだけどね。とはいえ、危ねえ危ねえではある。もし数時間でもズレていれば、エラいコッチャだった。

月の出を合図のように片付け始める。
全ての片付けを終えると、再び漆黒の闇が訪れた。深い闇だ。冷気も降りてきているのか、すごく肌寒い。そろそろ魑魅魍魎どもがやって来るに違いない。妖怪どもが跳梁跋扈する前に、急ぎ帰ろうと思った。

                 おしまい

 
追伸
 何せ2年前の話だから、記憶は曖昧だ。思い出し思い出し慎重には書いたが、内容は正確ではないかもしれない。小太郎とも記憶に齟齬がある可能性はあるだろう。読まれた方々には申し訳ないが、それを踏まえた上での文章だと御理解いただきたい。

 ややこしくなったとは思うが、今回からタイトルを「カトカラ4年生」から「カトカラ5年生」に変えた。実質、カトカラの採集を始めて5年目になった時の話だからだ。思うに、カトカラにターゲットを絞って採集を始めた時は、まあまあ天才なんだから、狙ったターゲットを順調に落としていけるだろうと考えていた。だからがゆえに付けたタイトルだったのだろう。それが、あろう事かヤクヒメが採れなくて、まさかの年跨ぎになるとは全くの想定外だった。結果、こう云うややこしい事態を引き起こしてしまった。とはいえ、今さら嘆いたところで詮もない。この先は何とか工夫して時系列を解りやすくして書いていくしかあるまい。自信ないけどー。
と云うワケなので、御迷惑をお掛けするが、今後とも宜しくでやんす。

 
追伸の追伸
 上記は2021年の採集記に対する追伸です。その後、急に2022年の採集記も付け加えたから、追伸も付け足すことにした。だから「この先は何とか工夫して時系列を解りやすくして書いていくしかあるまい。自信ないけどー。」とは書いたが、この話はひとまずお終いなのだ。ゆえに時系列の心配も無くなった。あっ、まだ種の解説編が残ってるか…。となれば、また時系列について考えねばならない。憂鬱だなあ…。

 この採集記は本来ならば、2年前の2021年に書かれるべきものだった。しかしワードプレスの突然の不具合で、記事が全く書けなくなってしまった。アレやコレやと試してみたが、フリーズは解消されず、嫌気がさして放り出してしまったのだ。だからブログが長年更新されなかったってワケ。漸く今年になって再開したが、筆は中々進まなかった。文章と云うものは、毎日のように書いていれば、長文でも慣れでスルスルと書けるのだが、ブランクが空くとそうはいかない。全然調子が出なくて、遅々として筆が進まないのである。ボキャブラリーも浮かんでこないから表現も単調になり、上手く書けない。上手く書けないと気に入らないから益々書く気が失せる。
そいでもって悪い事に、前回を書き終えて直ぐに又してもワードプレスがフリーズした。プレビューが全く見れなくなったのだ。そうなると下書きのレイアウトや貼り付けた画像が見れなくなるので、書くのが困難となる。やる気なし蔵である。
でも、このままだと中途半端に頓挫する事になる。少なくともヤクヒメのシリーズだけでも終わらせたいので、必死に解決方法を探した。そして、回復したのが約1週間前である。長々と言い訳がましく書いたが、少しは書く苦労も解って戴きたいのさ、ガッチャピーン。

 一応、展翅した画像の一部も載っけておこう。

 
【ヤクシマヒメキシタバ♂】

【同♀】

【裏面】

こうして展翅してみると、渋いっちゃ渋いが、冷静に見れば小汚いちゃ小汚い。他の多くのカトカラの下翅は鮮やかな黄色や紅色、紫色だから、それと比べればあまりにも地味だ。お姫様と言うよりも、雲霧林に棲む老婆だ。いや山姥(やまんば)かえ❓でも珍品だと思えば、山深き森に棲む仙人様に見えてくるから不思議だ。できることなら、今年も仙人様に会いに行きたいと思う。

 
 各註釈の解説もしておこう。
 
(註1)キリシマミドリシジミ

(♂ 2010.8.6 滋賀県 霊仙山)

学名 Chrysozephyrus ataxus
前翅長18〜24㎜。シジミチョウ科 ミドリシジミ属に分類される小型の蝶で、ゼフィルス(ミドリシジミの仲間)では、最も美しい種とされる。
♂の翅表は光沢のある金緑色で、♀は黒褐色の地色に青藍斑を持つものが多い。国内では神奈川県西丹沢から九州は屋久島まで見られるが、その分布は局所的。アカガシやウラジロガシ等の食樹が生育する標高400〜1400mの常緑広葉樹と落葉広葉樹の混交林を中心に生息地が知られている。
成虫は年1化、7月上旬〜9月下旬にかけて見られる。♂は午前9時〜午後3時頃に梢上を敏活に飛び回り、縄張り内に侵入した者を激しく追いかけ、再び元の位置に戻る占有性を有する。

ゼフィルス愛好家の中でも、意外と野外で成虫を採集した経験がない人が多いらしい。これは愛好家の間では野外で成虫を採集するよりも、冬場に卵を探し出して飼育する方が遥かに容易に標本が得られるからだ。しかも羽化直後の美しい個体が得られるときてる。ゼフィルス類は激しく飛ぶので、採っても汚損や破損したものが多く、中々完品個体が得られないのである。しかも多くの種が高所で活動するので、採集の難易度は高めだ。中でもキリシマミドリが最も難易度が高いとされている。多くは地上7m以上を飛翔し、しかもそのスピードはゼフィルス類最速と言われる。オマケに回遊する事が多く、あまり枝葉には止まってくれない。にも拘わらず、静止時間が他の種と比べて圧倒的に短いのだ。高い、速い、止まらないの三拍子が揃っている上に、ジッとしていてくれないんだから、お手上げである。思えば5連敗中に会った人で、採れてた人は誰一人いなかったもんね。
しかもコヤツの棲息環境は最悪で、大概がヒルだらけ。常に吸血される恐怖に怯えていなければならぬのだ。終始、気が気でなく、採集に全く集中できない。画像の、初採集した時の霊仙山なんぞはヒルの巣窟で、彼奴らが何十匹と鎌首を擡(もた)げてカモーン、カモーン。ゆらゆらと揺れてる様は阿鼻叫喚モノだった。思い出すだけても、さぶイボ(鳥肌)がサアーッである。

 
(註2)阪神タイガースの開幕9連敗
2022年、我が人生の愛憎の象徴である虎は、開幕試合のヤクルト戦で最大7点差があったにも拘わらず、終盤に大逆転されて負けた。以来、悪夢の9連敗。セ・リーグのワースト記録を塗り替えた。その後も勝てず、何と開幕17試合で1勝しか出来なかった。ホント、毎年の事ではあるが、ファンをやめたくなるよ。しかし、気がつけば今年も応援している。まるでダメ男に貢ぐ愚かなバカ女みたいではないか。いや、ワシは男だから、性悪女に引っ掛かったアホ男と言った方が正しいか。

 
(註3)イッポンダタラ

(出典 『Amazon』)

一本だたら(一本踏鞴)。日本に伝わる妖怪の一種で、熊野地方など紀伊半島南部の山中に棲む。一つ目で一本足の姿とされるが、各地方によって伝承内容に相違が見られる。
和歌山と奈良の県境の果無山脈では、皿のような目を持つ一本足の妖怪とされ、12月20日のみに現れて襲ってくるという。この日は「果ての二十日」と呼ばれる厄日で、果無山脈の名前の由来にもなっている。
奈良県の伯母ヶ峰山でも同様に12月20日に山中に入ると一本だたらに遭うといい、この日は山に入らないよう戒められている。こちらの一本だたらは電柱に目鼻をつけたような姿で、雪の日に宙返りしながら一本足の足跡を残すという。見た目が奇怪な姿の妖怪だが、人間には危害を加えないという。又、この地方では鬼神である猪笹王と同一視される事もある。猪笹王とは、背中に熊笹の生えた大イノシシが猟師に撃ち倒された後に亡霊となったもので、一本足の鬼の姿で山を旅する人々を襲っていたという。しかし丹誠上人という高僧によって封印され、凶行はおさまったと伝わる。但し、封印の条件として年に一度、12月20日だけは猪笹王を解放することを条件とした為、この日は峰の厄日とされたという。
和歌山県の熊野山中では、一本だたらの姿、形を見た者はなく、雪の降り積もった上に残っている幅1尺ほどの足跡を見るのみだという。
和歌山県西牟婁郡では、カッパの一種である「ゴーライ」が山に入ると、山童の一種である「カシャンボ」となり、このカシャンボのことを一本だたらと呼ぶという。
他にも、人間を襲うという伝承が多い中で、郵便屋だけは襲わないという説や源義経の愛馬が山に放たれてこの妖怪に化けたと云う説など、一本だたらの伝承は名前は同じでも、土地ごとによって違いがある。尚、紀伊半島南部以外にも、各地方に似たような妖怪伝承が残されているようだ。
名称の「一本だたら」の「だたら」はタタラ師(鍛冶師)に通ずるが、これは鍛冶師が片足で鞴を踏むことで片脚が萎え、片目で炉を見るため片目の視力が落ちること、一本だたらの出没場所が鉱山跡に近いことに関連するとの説もあるようだ。又、一つ目の鍛冶神、天目一箇神(あめのまひとつのかみ)の零落した姿であるとも考えられている。猶、熊野地方を治める熊野国造は製鉄氏族である物部氏の支流であるそうな。
ちなみに画像の右側の文章は、おそらく水木しげる先生的な一本だたらの解釈であろう。

 
(註4)ゴイシツバメシジミ

(出典『環境省』)

学名 Shijimia moorei moorei
開張19〜26mm。基本的には年1化、7月上旬〜8月上旬に見られるが、部分的に8月上旬から中旬にかけて第2化が羽化する。
和名は翅裏に黒い斑紋が碁石状に並んでいる事に由来する。
1973年に熊本県の市房山で発見され、1975年には国の特別天然記念物に指定された。又、1996年には種の保存法にも指定されており、採集も標本の売買・譲渡も禁止されている。クソが考えたクソ法律、死ねや。
日本では、紀伊半島の奈良県川上村及び九州の熊本県、宮崎県にのみ分布する。しかし、熊本県では毎年発生が確認されているものの、奈良県と宮崎県においては近年その生息が確認できておらず、絶滅したと考えられている。奈良県での発見は1980年で、たしか尊敬を込めて「蝶乞食」とも称される浜さんが最初に見つけたんじゃなかったけかな。
生息地はカシ類などの大木が繁茂する暖帯照葉樹林の原生林の渓流沿いで、幼虫の餌となるシシンランが樹上に着生している場所にのみ見られる。幼虫はシシンランの花や蕾だけを食べて育ち、成虫はノリウツギ、リョウブ、アカメガシワなどの花を訪れて吸蜜する。又、時にヘビやカエルなどの死体、鶏糞から吸汁することもある。

 
(註5)エダシャクの仲間
調べてみたら、オオアヤシャクという名の蛾でした。

【オオアヤシャク♀】

でもって分類は、Biston属ではなくてアオシャク亜科であった。失礼しやした。
開張は♂が42~53mm、♀は58~65mmもあり、アヤシャクの仲間では最大種なんだそうな。北海道,本州,四国,九州に分布し、6~9月に現れる。矢張り♀はともかく、♂は普通種のようだ。確かに、この日も♂は沢山飛んで来た。
幼虫の食樹はモクレン科(モクレン,ホオノキ,タムシバ,オオヤマレンゲ,シデコブシ)とムクロジ科(トチノキ)。
 
 
(註6)白黒の蛾
後で調べてみたら、カラフトゴマケンモンと云う名の蛾でした。

【カラフトゴマケンモン】

学名 Panthea coenobita idae
ヤガ科 ウスベリケンモンガ亜科に属する。
開張43〜52mm。成虫は、年2化。 5〜7月と9月に現れる。
幼虫の食餌植物は、マツ科のトウヒ、モミ、カラマツ。
名前にカラフト(樺太)とつくが、北海道以外の本州,四国,九州,対馬にも分布する。西日本では標高の高い所で得られることが多いようだ。これは西では幼虫の食樹が比較的高い標高にある為だと思われる。しかし、モミの木なんかは低い場所でも時々見掛ける。この採集地も標高は高くはなかった。つまり、特に冷涼な気候を好む種というワケではなさそうだ。
尚、稀種とまでは言えないが、少ない種らしい。

 
ー参考文献ー
◆『日本のCatocala』西尾規孝
◆『世界のカトカラ』石塚勝己
◆『Wikipedia』
◆『日本産蝶類標準図鑑』白水隆
◆『日本産蝶類標準図鑑』岸田泰則