台湾の蝶27『朝倉の君(きみ)』

 
   第27話『朝倉三筋』

  
アサクラミスジに会ったのは一回だけだ。

標高約1900m。尾根筋でホッポアゲハを待っていた時だった。
ホッポが全然飛んで来なくて、クソ暑いし、グッタリ気分で所在なげに座っていたら、低空飛行で右横からパタパタ飛びでやって来た。
ミスジチョウの仲間にしては何か変やなあと思いつつ、ぞんざいに網を振ったら、こんなんやった。

 
(2016.7.11 南投県仁愛郷)

 
東南アジアでは見たこともないミスジチョウだったので、驚いた。沈みがちの心に、💡ポッと灯りがともったような気がしたのを憶えている。

 
展翅すると、こんな感じ。

 

 
今思えば、上翅を上げ過ぎたかもしれないなあ…。
触角の角度と頭の位置、および上翅との距離を基準に展翅してるから、こないな風になったんだろね。お手本が少なくてイメージがインプットされてない蝶だと、ままそんな事もあるわな。

それにしても、コレって翅が丸くて♀っぽいけど、♀なのかなあ❓
この1頭しかないので、雌雄と裏面の画像をネットから引っ張ってこよう。

  
(出典『OXFORD ACADEMIC』)

 
上が♂で下が♀である。
(゜ロ゜)ありゃま、♂も翅が円いんでやんの。困りましたなあ。
しかし、あとで調べたらどうやら♀のようだ。♂は前脚に毛が密生しているが、♀は無毛らしい。冒頭の写真の前脚は無毛だから♀でいいかと思う。根元の基節が体毛に埋まってて微妙だけど、たぶん間違いなかろう。

それにしても、やはりこの裏面はミスジチョウ類としては独特のデザインで変わってる。色も薄い。この仲間は、だいたいが焦げ茶や濃い赤茶色なのだ。

 
【ミスジチョウ】

 
【タイワンミスジ?】

 
上は日本のミスジチョウ。下は台湾のもの。
タイワンミスジ?としたのは、台湾には似たようなミスジチョウの仲間が沢山いて、同定がややこしいのだ。
まあ、たぶんタイワンミスジであってるとは思うけど。

 
【学名】Neptis hesione podarces(Nire, 1920)

Nymphalidae タテハチョウ科 Neptis ミスジチョウ属に分類される。

属名 Neptis はラテン語の『孫娘、姪』のこと。
小種名の hesione はギリシア神話の女神ヘーシオネー(ヘシオネ)が由来だろう。
ヘシオネはトロイア(トロイ)王ラーオメドーン(ラオメドン)の娘で、ティートーノス、ラムポス、ヒケターオーン、クリュティオス、ポダルケース(プリアモス)、キラ、アステュオケーと兄弟である。サラミース島の王テラモーン(テラモン)との間にテウクロスを産んだ。

ちょっと引用が長いけど、亜種名とも繋がるのでもう少し補足説明しよう。

ヘシオネの父ラオメドンは、アポロンとポセイドンを雇ってトロイアに城壁を築いたが報酬を支払わなかった。このためトロイアは神の怒りに触れ、ポセイドンは海の怪物を送り込んでトロイア人を襲せた。ラオメドンは災厄から逃れるため神託に従ってヘシオネを怪物に捧げた。そのときヘラクレスがやって来て、怪物を倒し、ヘシオネを救い出した。しかしラオメドンはヘラクレスにも報酬を払おうとしなかった。ヘラクレースは復讐を誓ってトロイアを去っていった。
後にヘラクレスはトロイアを征服し、ヘシオネはラオメドンや他の兄弟と共に捕らわれた。ヘシオネはヘラクレスに助けてほしい者を1人選べと言われ、ポダルケスを選んだ。さらに何か代償を払えと言われたので、頭からヴェールをとって代償とし、ポダルケスを自由の身にした。ラオメドンと他の兄弟たちは殺され、ヘシオネはテラモンに与えられて、その妻となる。またポダルケースはこれにちなんでプリアモスと呼ばれるようになった

亜種名 podarces は、おそらくギリシア神話のポダルケスに因んだものだろう。ポダルケースとも言い、イピクロス(ラオメドン)の子で、トロイア王プリアモス(註1)の本名でもある。
姉はヘシオネだから、何と学名に姉と弟の名前が並んでいるのだね。ちょっと微笑ましい。

この蝶は、仁礼景雄氏(1920)が1918年6月に埔里で得られた1♂をもとに、亜種として記載されたものである。
同年7月に花蓮港(花蓮県の昔の呼び名)で得られた1♀によって松村博士の記載した Neptis karenkonis は、タッチの差でシノニム(同物異名)になっている。アサクラミスジの別名カレンコウミスジは、おそらくその辺からの由来だろう。

原名亜種 Neptis hesione hesione(Leech,1890)は、「原色台湾蝶類大図鑑」によれば中国西部にいて、翅表の白帯が濃黄色を呈する。

 

(出典『jpmoth.org 』)

 
へぇ~、キミスジみたくなるんだ。面白い。
Neptisには斑紋が黄色い系統がいるのは知ってるけど、白い系統と黄色い系統はそれぞれ別な系統だと勝手に思ってた。ところがどっこい、一つの種に黄色いのも白いのも内包されてるんだね。
とゆうことは、環境、その他の要因に拠って、そもそも白にも黄色にもなり得る遺伝子みたいなものが本属の中にはあるって事なのかな?

上に示した画像の個体は、四川省で採られたもののようだ。
たぶん四川省と台湾の間には、濃い黄色と白い斑紋との中間的なクリーム色のものがいそうだ。或いは、黄色いのと白いのが両方混在する移行地帯みたいな所があるかもしれない。

杉坂美典さんのブログ『台湾の蝶』によれば、中国の南西部・南部・東部に分布しており、西蔵自治區、雲南省、四川省、湖北省、広西自治區、湖南省、広東省、浙江省、福建省に記録があるそうだ。
「原色台湾蝶類大図鑑」の時代と比べて、分布地が随分と増えている。これはその後に分布調査が進んだと云う事なんだろね。
一応、杉坂さんのサイトの分布図をお借りして貼付しておきましょう。

  
(出典 杉坂美典『台湾の蝶』)

  
この分布図ならば、ラオス北部なんかに居てもおかしかない。もしかして、コレって採った事あるのでは?
と一瞬思ったが、この特徴的な裏面からそれは無いなと直ぐに考え直した。採ってれば、この特徴的な裏面ならば憶えてる筈だもん。

 
【台湾名】蓮花環蛺蝶

花蓮じゃなくて、蓮花?
なぜ前後がひっくり返っているのかワカンねえや。
蛺蝶はタテハチョウのことだから、環はおそらくミスジチョウ属(Neptis)の模様を指しているのだろう。

別名に花蓮三線蝶、朝倉三線蝶、齒紋環蛺蝶などがある。
三線は表翅の三本の線を表し、朝倉は和名に因んだものだと推察される。
齒紋は中国の字体だけど、ようするに歯みたいな紋だと言いたいのだろう。きっと後翅裏面の鋸歯状の紋のことだね。

 
【英名】

特に無し。
英名のある蝶はヨーロッパやアメリカなどの欧米のものには当然ついているとしても、他は限られてくると云うのが現状だ。欧米以外では、インドなど欧米に植民地支配されていた地域には英名がついているものがそこそこある。あとは特別に美しいとか、非常に個性的な蝶には英名がついている場合がある。
例えば日本のオオムラサキには、「The Great Puple Emperor」という英名がついている。
一応、Neptis(ミスジチョウ)属は「Glider(滑空するもの)」と呼ばれているようだ。
例を挙げると、コミスジには「Comon Glider」という英名がある。Comonは「普通の」とか、「民衆の」とかだね。Gliderは、おそらくその飛び方に対しての命名だろう。ミスジチョウは余り羽ばたかずに、スウーッ、スウーッと滑るように飛ぶからだろう。

と云うワケで、勝手に独断と偏見でアサクラミスジにも英名をつけてしまおう。

取り敢えず『Muse Glider』なんてのはどうだろうかしら❓「女神」由来でつけてみた。
悪かないけど、自分的には今一つシックリこない。

ならば、『Princess Glider』。
なんて、ヽ(・∀・)ノでや❓
プリンセスはお姫様とか王女と云う意味だから、トロイの王女には相応しい。それにアサクラミスジはミスジチョウとしては小さい。姫と云うイメージにも合致する。しかも稀種なれば、異論はそうはなかろう。

蛇足だと思うけど、台湾亜種にも英名をつけちゃおう。
『Last Troy King』。
トロイの最後の王だからなんだけど、捻り一切無しだな。他に良いのが浮かばないし、暫定ということで、次へ進みましょう。

 
【生態】
開長45~52㎜。♀は、若干翅形が丸くなり、♂は前脚に長毛が密生し、♀は無毛なので区別できる。
台湾では、北部から中部の低山地から高地(300m~2500m)にまで見られるが、その分布は局所的。
『原色台湾蝶類大図鑑』によれば「個体数は極めて少ないものと思われる。」とある。
同図鑑によれば、発生期は年一化。成虫は6~9月に発生するとされている。一方、杉坂さんのブログには、成虫は3月下旬~9月上旬に現れ、羽化期にかなりのズレがあって長期にわたって見られることから、発生回数が複数である可能性もあると云う見解を述べておられる。

成虫は各種の花を訪れ、獣糞にも集まる。♂は吸水にも訪れるようだ。
一度しか採った事はないが、おそらく基本的な飛び方は他のミスジチョウ類と同じで、そう速くはないだろう。飛ぶ高さも概ね低いと思われる。

 
【食餌植物】

2016年に、以下の論文で台湾産のアサクラミスジの生活史が明らかになったようだ。

Huang, C. L. & Hsu, Y. F., Immature Biology of Nep-
tis hesione podarces(Lepidoptera: Nymphalidae)
in Taiwan, With Discussion on Its Frass Chain
Function. Annal. Entomol. Soc. America. 109(3):357
-365<D>

表題訳は「台湾産アサクラミスジの生活史」。
これにより、本種の食餌植物がクワ科イタビカズラであることが正式に発表された。

ネットで調べたら、Ficus sarmanetosaと出てきたから、それで再度検索しなおしたら、ネパール原産の食用イチジクが出てきた。食用イチジク❓
んなもん、台湾にだってあるだろう。なのに何でアサクラミスジは稀種なんだ❓ワケワカンねえなあと思って、今度はイタビカズラで検索したら漸くらしきものが出てきた。

見ると、実が小さい。ようするに、食用イチジクと聞いて日本の食用イチジクを想像してたワケである。
その後、ちゃんとした食樹名もわかった。

珍珠蓮 Ficus sarmentosa nipponica

 

(上3点とも出典『松江の花図鑑』)

 
日本のものと同じ学名だから、同種みたいだ。
このイタビカズラは新潟・福島から沖縄まで分布する。蔓(つる)性植物ゆえに最近は壁面緑化にも使われているようだから(註2)、誰かが放蝶すれば日本でも定着するかもしれない。誰ぞか、そゆ事しないかなあ(笑)
でも滅多に採れない蝶だし、ましてや♀を捕まえるのは至難だろう。それを生かして日本まで持って帰り、さらに卵を産ませて飼育して、数をある程度累代で増やしてからでないと放蝶はできないだろう。
ハードル高いから、無理っぽいネ。

Neptis属の食餌植物は、マメ科とアサ科(旧ニレ科)のエノキ類が多い。他にアオギリ科をホストとするものもいる。しかし、知る限りではクワ科の植物を食うものはクロミスジ(Neptis harita)くらいしか知らない(註3)。ミスジチョウの仲間としては珍しいクワ科の植物を食樹とする事が、幼生期の解明が遅れた原因の一つともいえるだろう。

 
【幼生期】

最近になって幼生期が判明したので、いつも御世話になっている『アジア産蝶類生活史図鑑』にも、もちろん載っていない。
しかし、探したら台湾のサイトに画像があった。

卵はこんなのです↙。

 
(出典『圖錄檢索』)

 
ちょっとイナズマチョウの卵に似てるけど、典型的なミスジチョウ属の卵である。
デザイン性があって、中々キレイな卵だ。蝶の卵って色んな柄や色と形があって、アートだと思う。

 
幼虫はこんなの↙。

  
(出典『圖錄檢索』)

  
たぶん終齢幼虫だろう。
(^_^;)グロいなあ…。怪獣みたいやんけ。
左が尻で、右が顔みたいだね。
顔だけ白いって、何なん❓

とはいえ、基本的な形態はミスジチョウ属の幼虫だ。
ホシミスジの幼虫に少し似ているかもしれない。近縁と思われるエサキミスジやイケダミスジの幼虫画像は見つけられなかった。参考までにミスジチョウの幼生期を紹介しておこう。

 

(出典 手代木 求『日本産蝶類幼虫・成虫図鑑 タテハチョウ科』)

 
この属独特の顔が笑える。なんちゃってバットマンというか、キャットウーマンというか、はたまたなんちゃってクリオネというか、顔にしまりがなくてダサい。まあ、愛嬌はあるけどね。

残念ながら、なぜか蛹の写真は無かった。
でも幼虫の形態からして、おそらく近似種とそう変わらないと推察する。仕方がないので、ミスジチョウとホシミスジの蛹の画像を貼付しておきましょう。

 

 
(出典 手代木 求『日本産幼虫・成虫図鑑 タテハチョウ科』)

 
上がミスジチョウで、下がホシミスジです。
色も形も少し違うが、基本的には同じような見てくれだ。
だが、アサクラミスジの方が幼虫にワサワサした突起物が多いから、もしかしたら蛹にも何らかの突起物がある異形の者かもしれない。
稀種は稀種ゆえに幼生期も特別なもので、他のモノとは一線を画す個性的な姿であってほしいよね。

 
 
       君が飛ぶ
       日長くなりぬ
       山たづね
       迎えへか行かむ
       朝倉の君(きみ)

 
アサクラミスジとも随分と会っていない。
2016年の夏だから、もう二年以上も経っている。
それも、たった一度きりの逢瀬だった。
今度はいつ逢えるのでしょうか、朝倉の君よ。

 
                  おしまい

  
追伸
今回は、前回のアサクラコムラサキに引き続いてのアサクラ並びで、稀種並びでもある。
当初は残り3つのコムラサキ亜科のどれかを書く予定だったのだが飽きた。本当は読み手のことを考えて、同じ系統のものは纏めて書くべきなのだろうが、このペースだとタテハチョウ科から抜け出すのだって膨大な時間を要するのは明らかだ。と云うワケで、これからも書きたい蝶のことをアトランダムに好きに書いてゆくつもりであります。

アサクラミスジについては、採集記が別ブログにあります。

 
発作的台湾蝶紀行32『(-“”-;)ヤッチマッタナ!』

 
また、本ブログ内に関連記事あり。

 
台湾の蝶10 オスアカミスジ

 
よろしければ、併せて読んでくだされ。

 
最後の創作和歌については、註釈の(4)としてに末尾に解説しておきます。

(註1)プリアモス
ギリシア神話におけるトロイの最後の王。ラオメドン(イピクロス)の息子。トロイがヘラクレスに攻略された時に父王らは殺されたが,彼は幼かった為に命拾いをし,のちに王位を継承した。最初,アリスベを妻としたが,その後ヘカベを妃に迎え,彼女との間にヘクトル,パリス,ポリュドロス,クレウサ,ポリュクセネ,カッサンドラらの子をもうけた。トロイ戦争ではヘクトルをはじめ息子たちの戦死にあい,自らは落城の際,アキレウスの息子ネオプトレモスに殺され,妻や娘たちは捕虜としてギリシア方に連れ去られた。

  
(註2)最近は壁面緑化にも使われている
イタビカズラも使われるが、より葉の大きいオオイタビカズラの方がよく使われるらしい。
オオイタビ(Ficus pumila)はクワ科イチジク属の常緑つる性木本。東アジア南部に分布し、日本では関東南部以西、特に海岸近くの暖地に自生し、栽培もされる。茎から出る気根で固着しながら木や岩に這い登る。オオイタビの名は、イタビカズラに似て大型であることによる。台湾に生育する変種のアイギョクシ(F.pumila var.awkeotsang)は果実を食用に用いる。愛玉子と書き、その果実から作られるゼリーのデザートをオーギョーチ(台湾語のò-giô-chíから)という。
 
(註3)クワ科を食うものはクロミスジしか知らない
「アジア産蝶類生活史図鑑」に拠れば、食餌植物はクワ科の植物であろうと云う推論の域でしかない。マレー半島で幼生期が解明されたのだが、植同定が極めて難しい植物らしい。と云うことはクワ科だとしても、イチジク属ではない可能性が高いのではなかろうか。

(註4)創作和歌について
万葉集の歌のパクリです。
原典は磐之媛命(磐姫皇后)が仁徳天皇に宛てて詠んだもので、『君が行き 日長くなりぬ 山たづね 迎へかん 待ちにか待たむ』です。
訳すと「あなたと離れてからずいぶん長い月日が経ってしまった。あの山道をたずねて迎えに行こうかな。やっぱり待っていようかな」といった意味です。
これは謂わば嫉妬の歌で、妾宅に行ったまま戻って来ない天皇に対するサヤ当ての歌でもあるようだ。
因みに文中の和歌はアサクラミスジを男性ではなく、女性に見立てておりまする。

余談だが、飛鳥時代の豪族に朝倉の君と云う人がいて、光徳天皇に可愛がられたそうだ。
正確な名は不明で「日本書紀」によれば、東国国司の長官 紀麻利耆拕(きの・まりきた)らに勝手に馬の品定めをされたり、弓や布を取り上げられるなどのイジメをうけていた。彼らは罪に問われたが、結局恩赦をうけて罰せられなかったようだ。何か現代社会でもありそうな話で、可哀想だぜ、朝倉の君。
でもイジメたくなるような人だったのかもしれんね。

そういえば、朝倉といえば戦国大名の朝倉義景を頭に浮かばれた方もいると思うが、今回の朝倉の君のモチーフにはなっておりませぬ。あんなダメ大名は無視なのじゃ。