銀星天蛾と楮を巡るあれこれ

 
連載中の『奄美迷走物語』の最終回の予定だったが、ギンボシスズメの解説をするのを忘れていた。と云うワケで、迷走物語の番外編として書きます。

 
2021年 3月31日
上を見上げる。
フタオの大きな♀だ。しかも今度は新鮮な個体だ。下から見ても羽に破れがない完品だ。おそらく時間的にみて、コレが最後のチャンスだろう。全身をアドレナリンが駆け巡る。

しかし、結果は見事な惨敗だった。

宿に戻ったら、午後5時半を過ぎていた。
夜間採集をするなら飯なんぞ食っているヒマなどない。今夜は朝戸峠に行くのである。今まで避けてきたのは、奄美でも超一級の心霊スポットと名高い場所だからだ。それだけに何としてでも日没前に着いておきたい。休む間もなく用意して出る。

朝戸トンネルの手前の道を右に上がってゆく。
上から朝戸トンネルの入口が見える。あのトンネルも異様に長くて充分ホラーだったが、今から行く旧朝戸トンネルはそんなの目じゃない弩級のヤバさだろう。そう思ったら背中がゾクゾクしてきた。
バイクは不安なまでにグングンと高度を上げてゆく。
眼下には亜熱帯特有のモコモコした森が見える。街のすぐそばなのに、かなり有望な環境だ。考えてみれば、ここは奄美有数の原生林として知られる金作原の裏側にあたるのだ。初めて来るが、環境が良いのも納得だ。

屋台を構える場所を吟味しながら走る。
午後6時半前。旧朝戸トンネルまでやってきた。

異様だ。まだ明るいのにトンネルの入口周辺だけがメチャンコ暗い。チビりそうだ。
行き交う車両は、ここまで皆無だったな…。こんなとこ誰も訪れないのだろう。とても静かだ。それだけに不気味さが際立つ。霊感がないワシでも、ただならぬものを感じる。

昨日、一応ネットで旧朝戸トンネルの心霊現象についてチェックした事を否応なしに思い出す。

『旧朝戸トンネルに女ふたりで行ってトンネルの真ん中でクラクション3回鳴らしてトンネルの先まで行ってUターンして戻る途中に車が進まなくなって後部座席を見たら女の子と女のひとがいる。その後、運転手になにか起こるよ。実際に運転手わボールペンを耳にぶっさして車の前に倒れてた。でも女ふたりぢゃないとなにも起こりません。男が行っても意味ないです
                [匿名さん]』

原文そのままである。句読点が少なくて無茶苦茶だ。なだけに、かえってテンションが掛かったような文章だ。書いた本人も狂っているのでは❓と不安にさせるのだ。
流石にそんな恐ろしきトンネルの横でライト・トラップをやる勇気はない。
なのにトンネルの向こうの環境が見たくなる。もしかして何かに誘(いざな)われているのか…❓魔がさすと云う言葉があるが、それがこうゆう時なのかもしれない。ワシはドがつく程の超ビビリな男なのである。そんな怖がりのオラが、こんなトンネルを潜(くぐ)るのか❓しかも一人で❓
でも、ナゼかトンネルを潜る事を選択してしまう。

けど入ってすぐに後悔した。急に温度が下がり、あまりの冷んやりさにビクッとなった。そして、中は信じられないくらいに真っ暗だ。照明が全くないのだ。しかもピチャピチャと水が滴る音も聞こえる。そのせいか道はじっとりと濡れている。
でも引き返す気はない。性格的に出来ないのだ。それにトンネルは短い。たぶん50mもないだろう。日が暮れていたら怖すぎて無理だろうが、幸いまだ暮れてない。環境を確認しに行くなら今しかない。

抜けたら辺りは鬱蒼としており、見通しが悪くて湿度も高い。典型的にヤバい場所だ。怖くてライトトラップなんぞやれるワケがない。一秒たりともこんな所には居たくない。そう、本能が言っている。
ヾ(・д・ヾ))))))))=3=3=3 ぴゅう━━━━
デンして帰って来た。

何処にライト・トラップを設置するか迷ったが、トンネルより下でやろうと思った。帰りに、闇夜であのトンネルの前を通るのだけは避けたいと思ったのだ。

日没直後に道路沿いに屋台を構える。少しでも光が届くようにと、ガードレールにベタ付きだ。

午後7時45分。
見慣れないスズメガが飛んで来た。
だが、白布の手前で反転してどっかへ消えた。
緑色っぽく見えたけど、何だろ❓緑色のスズメガといえばウンモンスズメだが、それとは違ってたような気がする。

【ウンモンスズメ】

(2018.6.27 奈良市 近畿大学農学部)

まあ、そのうちまた飛んで来るだろう。狙いはアマミキシタバなのだ。たとえキミが採れなくても悔しくはない。

【アマミキシタバ】

(出展『日本産蛾類標準図鑑』)

したら、5分後に又やって来た。今度はシッカリと姿を見た。
ウンモンとは明らかに違う❗そう思った。
一瞬、もしかして
キョウチクトウスズメ❗❗
と思った。
だとすれば、密かに憧れていた蛾だ。迷彩柄の戦闘機みたいなのだ。気分が⤴️上げ上げになる。

【キョウチクトウスズメ】

(出展『紀伊日報』)

でも、にしては小さい気がするぞ…。キョウチクトウスズメは結構デカいと聞いてるし、胴体も、もっと太くてガッチリだった筈だ。
頭の中が(?_?)❓❓❓❓❓❓❓だらけになる。
じゃあ、何なのだ❗❓

そうこうするうちに白布に止まった。
(ー_ー)ジーッと見る。
どう見てもウンモンスズメではない。そして、キョウチクトウスズメでもない。明らかに小さいし、翅の柄も図鑑等で見て記憶しているのとは違う。
とにかく見たことのない蛾である事は確かだ。もしかして、大珍品の迷蛾だったりして…(*´∀`)
となると、絶対に逃せない。逃した魚は大きいという事を、今回の旅では骨の髄まで知らしめられているのだ。

慎重に毒瓶を被せる。
しはらく放置して、気絶したところでアンモニア注射をブッ刺し、昇天させる。

何者かはワカランが、(☆▽☆)渋カッケーぞー。
でも、こんなスズメガって、日本に居たっけ❓
オラ、もってる人だから大金星の大発見だったりしてね。

大阪に帰ってから調べてみると、どうやらギンボシスズメという奴みたいだ。(´ε` )なぁ〜んだである。大発見でも大金星でもない。

【ギンボシスズメ】

緑色を帯びた前翅は美しく、幾何学的模様でカッコイイ。前翅の中に色んな図形と線が入っている。
その幾何学模様に、抽象絵画の創始者とされるカンディンスキーの絵のイメージが重なる。

(カンディンスキー『On WhiteⅡ』)

(出展『note.com』)

カンディンスキーみたく原色多めじゃないけど、デザインは近いものがある。
(・o・)あっ❗、もっと近いのもあったぞ。

(カンディンスキー『インプロヴィゼーショ7』)

(出展『JUGEM』)

兎に角、このギンボシちゃんには一発でファンになったよ。
でも時間が経つと、美しい緑色は失われ、褐色に変色してしまうそうだ。残念至極である。
蛾には、蝶にはあまり見られない美しい緑色を有した種類が多い。だが、大概のモノが同じように色が保たれないみたいだ。惜しいよね。もしも緑色が保たれたなら、蛾の人気はもっと高かったろうに。実に惜しい。薬品とか使って、この美しい緑色を残す方法とか無いのかね❓マニアな人が何とかしてくれんかのう。それを切に願うよ。

これは多分♂だから、♀ってどんなだろ❓

(-_-;)ゲッ、でも頼みの綱の『日本産蛾類標準図鑑』には♂1点のみしか図示されていなかった。


(出展『日本産蛾類標準図鑑』)

しかも汚い。死ぬと色褪せるというのは、こうゆう事なのね。
それにしても1点しか図示されてないという事は、やはりレアなのかな❓でも同亜科内だと、ハガタスズメ、ヒメウチスズメ、アジアホソバスズメ、モンホソバスズメ、フトオビホソバスズメ、タイワンクチバスズメも1点しか図示されていない。どれもソコソコ珍しいような気もするが、スズメガに詳しいワケではないから正直、レア度はワカラン。それに別な亜科であるホウジャク亜科では、普通種のブドウスズメとかハネナガブドウスズメも1点しか図示されてない。と云うことは、単にスペースの問題かもしれない。図鑑というものは効率良く並べて、スペースを上手く埋めなければならないからだ。

仕方なく他を探したら、Wikipediaにあった。


(出展『Wikipedia』)

基本的に色彩斑紋は雌雄変わらないようだが、♀の方が大型で、腹部が太くて前翅が全体的に丸み帯びる。腹先の形も違うような気がする。
比較のために、同じ並びにあった♂の画像を貼っつけておく。

裏面画像もあった。♀の方を載せておく。


(出展『Wikipedia』)

基本は表のデザインと同じだが、後翅は表側よりも複雑な斑紋となり、前翅は逆に表側の中心がシンプルになっている。あべこべで、ちょっと面白い。

和名の由来は、前翅中室に銀白斑が有ることからだろう。
漢字だと『銀星天蛾』と書くらしい。何か高貴で格調高い感じがするね。
嗚呼、でも漫画『北斗の拳』に、
「👊=3👊=3👊=3 アタタタタターッ❗、銀星天蛾昇流拳❗❗」
とか必殺拳を使う奴がいそうでもある。
でも漢字を見てから実物を見させられたらガッカリするかもしれない。漢字から受けるイメージはミッドナイトブルーみたいな濃紺の地色に、ピカピカの銀紋が散りばめられてるって感じなのだ。

余談だが、中国や台湾では『構月天蛾』と呼ばれているようだ。意味はワカランけどー。

 
【分類】
スズメガ科(Sphingidae)
ウチスズメ亜科(Smerinthinae)
Parum属

日本にはスズメガ科は76種おり、そのうちウチスズメ亜科は19種を占め、ギンボシスズメの他に以下の種が含まれる。

・ウチスズメ
・コウチスズメ
・ヒメウチスズメ
・ウンモンスズメ
・エゾスズメ
・ノコギリスズメ
・ホソバスズメ
・フトオビホソバスズメ
・モンホソバスズメ
・アジアホソバスズメ
・トビイロスズメ
・ハガタスズメ
・モモスズメ
・クチバスズメ
・ヒメクチバスズメ
・タイワンヒメクチバスズメ
・オオシモフリスズメ
・ヒサゴスズメ

わりかしカッコいいスズメガが多いグループだ。

Wikipediaに拠れば、このうち”Parum属”とされるのはギンボシスズメのみである。というか、日本だけでなく、世界を見回してもギンボシスズメだけみたい。つまり、1属1種だけで構成される属ということになるのか。だとしたら、何か孤高って感じでカッケーじゃん。
けど『日本産蛾類標準図鑑』には「Parum属は本種をタイプ種として創設された属で、アジア東部に3種が既知である‥」と書いてあった。
(-_-;)うーむ、残念だ。でもここはウィキペディアなんかよりも岸田先生を信用しよう。

 
【学名】Parum colligata (Walker, 1856)
イギリス人昆虫学者フランシス・ウォーカーによって記載された。タイプ標本の産地は中国北部。

属名の”Parum”はラテン語で「親和力」「親和性」を意味するものと思われる。
余談だが、この「Parum」はパラフィン(Paraffin)の語源になってるそうな。レピ屋ならパラフィンといえば、三角紙の素材であるパラフィン紙だよね。同じものでいいのかな❓

小種名の”colligata”は、ラテン語の動詞”colligo”に由来するものと思われる。
colligoは大きく分けて多分2つの方向性の意味がある。

①「結びつける・繋ぐ・接続」「まとめる・結合的」「引き止める」
②「集める」「得る・獲得する」「気を取り直す」「数える」「熟考する・考察する」

並べてみても、種ギンボシスズメのイメージとは今ひとつ繋がらない。何故この小種名になったのか、その意味が全然ワカランぞ。

語尾が「〜ta」に変化するのに対しても脳味噌は沈黙だ。何か法則が有りそうだけど、意味するところが探しても見つからん。何となく「〜的な」って感じがするけど、だとしても明確な意味が掴めない。前翅のデザインが図形と線とで構成されているから「結合、結びつける、繋ぐ」と云うイメージをウォーカーに喚起させたのかもしれない。全然、スッキリしないけど。

参考までにシノニム(同物異名)も並べておく。

・Daphnusa colligata Walker, 1856
・Metagastes bieti Oberthür, 1886
・Parum colligata saturata Mell, 1922
・Parum colligata tristis Bryk, 1944

下2種は亜種記載されたが、無効になったものかな❓

 
【開張(mm)】
『みんなで作る日本産蛾類図鑑』では65〜80mmとあったが、『日本産蛾類標準図鑑』では70〜90mmとなっていた。また『Wikipedia』では69〜90mmとあった。

 
【分布】
北海道,本州,四国,九州,対馬,奄美大島,沖縄本島,西表島。
しかし『日本産蛾類標準図鑑』によると、近年では中部地方南部以西からの記録しかないそうである。もっと言うと、ネットで記事が出てくるのは九州・対馬以西のみだ。
思ってた以上に、そこそこ珍しいのかもなあ…。今まで見たことがないし、ネットの情報も九州・南西諸島を含めても相対的には少ない方だからね。まあ所詮は虫、しかも蛾だから、情報量はそんなもんかもしんないけど…。

一応、レッドデータブックのリストもチェックしておこう。

大阪府:絶滅危惧種Ⅰ類
奈良県:絶滅危惧種Ⅱ類
兵庫県:絶滅危惧種Ⅱ類
宮城県:準絶滅危惧種Ⅱ類
岡山県:情報不足
福島県:情報不足
島根県:情報不足

微妙なところだ。そこそこ珍しいような、そうでもなさそうな…そんな感じである。まあ、最近は蛾に興味を持つ人も増えているみたいだから、そのうち細かい分布も解明されていくだろう。
猶、国外では台湾,朝鮮半島,中国東北部〜南部,マレー半島北部,インドシナ半島,フィリピン(ルソン島)に分布する。


(出展『www.jpmoth.org』)

垂直分布は『DearLep 圖錄檢索』によると、台湾では低中海抜森林となっていた。おそらく他地域でも同じようなものだろう。食樹の植生を考えれば、あまり高所には棲息しないと思われる。

 
【成虫の出現期】 6〜9月
『みんなで作る日本産蛾類図鑑』には、そう書いてあった。
でも自分が採ったのは3月31日だから、全然時期が合致しないぞ。このサイト、重宝しているが鵜呑みにするといけんね。アップデートされてないので、情報が古いのだ。
(・o・)あれれ❗❓『日本産蛾類標準図鑑』でも年2化 6〜9月となってるぞ。どゆ事(?_?)❓
けど、ネットの『服部貴昭の忘備録』というサイトには、4月15日の日付で沖縄県国頭村での画像がアップされていたよな。しかも、幼虫の食樹であるカジノキが多い国頭村では個体数が多いとも書いてあったぞ。とゆうことは間違えて早めに羽化しちゃいましたというような個体ではなく、通常の発生と考えられる。ワケわかんねぇーぞ。
けど、先を読み進むと直ぐに問題は一件落着した。標準図鑑には「南西諸島では多化性の可能性がある。」という追加コメントが載っていたのである。

中国北部では年に1〜2化、5月から7月に成虫が見られる。韓国では5月中旬から9月下旬にかけて記録されている。さらに南の亜熱帯、熱帯地域では最大で年4化するのではと推測されている。
でも、台湾のサイト『DearLep 圖錄檢索』では5〜10月となっていた。台湾は亜熱帯で南西諸島と気候が変わらんけど、コレって合ってのかな❓

 
【成虫の生態】
『服部貴昭の忘備録』には、早い時間帯から灯火に飛来すると書いてあった。確かにワシの時も7時台の終わりに飛んで来た。

スズメガの仲間だから、どうせ花の蜜とか樹液でも吸っとるんじゃろう。そう思ったが、何とウチスズメ亜科の蛾は種により度合いの差はあるものの、口吻が退化傾向にあるらしい。とゆうことは、種によっては全くエサを摂らないということだ。尚、ギンボシスズメの口吻が他と比較してどれくらい退化しているのかを調べたら、短いとは書いてあった。けど、餌を摂る摂らないについての言及はなかった。

面白いのは止まる姿勢である。


(出展『Sphingidae of the Eastern Palaearctic』)

海外のサイトも見たが、こうゆう止まり方をしている画像が結構多い。威嚇なのかなあ❓
指に止まらせると、絶対この止まり方になるようだ。
今度会ったら、自分も試してやろう。

 
【幼虫の食餌植物】
カジノキ、コウゾ (クワ科 コウゾ属)

コウゾといえば、紙の材料となる「コウゾ、ミツマタ」が真っ先に頭に浮かぶけど、そのコウゾなのかな❓

取り敢えず、ウィキペディアでググったら、やはりそのコウゾであった。
以下、要約、文章組み換えーの、ちょいちょいコメント挟みぃーので進めてゆく。

(コウゾ Broussonetia kazinoki )

(出展『庭木図鑑 植木ペディア』)

あれれ❓、学名の小種名が、もう1つの食樹であるカジノキの綴りになっておるではないか。
でも確認したら、間違いなくコレが学名のようだ。何だか錯綜してんなあ。なぞなぞかよ❓


(出展『Wikipedia』)

果実は、何か桑の実みたいだね。アレ、美味いんだよなあ。
でも考えてみれば当たり前かあ。そもそもがコウゾはクワ科の植物だもんね。

漢字だと「楮」と書く。
タイトルの漢字を読めなかった人が大半だと思うけど、「楮」はコウゾなのだ。
してからに、何とコウゾはヒメコウゾとカジノキの雑種らしい。
(☉。☉)えっ❗、雑種なの❓だったらカジノキの方が偉いじゃんか❗
でも、事はもっと複雑で、そう簡単な事でもないようだ。

雑種が作られた起源はかなり古く、いつからかも詳しくは分かっていないようなのだ。
紙の起源は中国で、紀元前2世紀頃。紙の製法が確立されて日本に伝わったのが610年とされる。つまり、大化の改新よりも前だ。その後、日本での製造が確認されているのが702年。ということはコウゾを使って本格的に紙が作られ始めたのは、おそらくそれ以降の奈良時代から平安時代だろう。ようは古すぎて、コウゾを栽培され始めた正確な記録が曖昧なのだろう。
ワザワザ雑種を作った理由は、低木のヒメコウゾをやや大型になる近縁のカジノキと掛け合わせることで、より大きく成長させ、紙を大量生産しようという試みだったのではないかと考えられる。そして雑種であるにも拘らず、コチラの方が価値が高くなり、あたかも母種であるかのごとく単にコウゾと呼ばれるようになったものと思われる。で、いつしか小さい方が元々コウゾなのにヒメコウゾと呼ばれるようになったのではあるまいか。それゆえか、ヒメコウゾの別名をコウゾとする場合もあるようだ。たぶん地方によっては本来の呼び名が残った所もあったのだろう。
ヒメコウゾは雌雄同株異花、カジノキは雌雄異株。よってコウゾはカジノキの性質である雌雄異株を継承していたり、ヒメコウゾのように雌雄同株であったりするという。そうなると、雌雄同株のコウゾとヒメコウゾの判別は難しく、よりカジノキっぽいのか、ヒメコウゾっぽいのか全体的に特徴を捉えて分類するよりない。だから情報が錯綜している感が否めないのだ。
でも所詮は雑種だ。神経質に判別して名前を付けようとする行為自体がナンセンスなのかもしれない。

(雌花)

(出展『Wikipedia』)

(雄花)

(出展『Wikipedia』)

コレが雌雄異株タイプのコウゾ。
ちなみにヒメコウゾの特徴である雌雄同株異花とは、1つの株に雄花と雌花とが両方咲くものをいう。


(出展『植物写真鑑』)

コレがその雌雄同株タイプのコウゾである。

高さ2〜5mの落葉低木で、古来から和紙の材料として知られており、今日でも和紙の主要な原料になっている。
幹の皮を剥いで、それを色んな工程を経て紙にするそうだ。

樹皮は褐色。葉は互生する。6月頃にキイチゴ状の実をつける。赤く熟したものは甘味があって食べられる。ただし、花糸部分が残っていて、ネバ付いて舌触りが悪い。なのでクワの実のような商品価値はない。

扠て、次はカジノキだ。
 
(カジノキ Broussonetia papyrifera)

(出展『Wikipedia』)

何かスゴい見てくれだな。実は、かなり変わってる。

(葉)

(出展『Wikipedia』)

(雌花)

(出展『Wikipedia』)


(出展『庭木図鑑 植木ペディア』)

(雄花)

(出展『松江の花図鑑』)

このように雌雄異株である。

(幹)

(出展『Wikipedia』)

漢字では梶の木と書き、単にカジ(梶)、コウ(構)とも呼ばれる。
梶って、梶原さんとか名字でよく見掛けるけど、そんな木は見たことないぞと思ってた。それが、まさかのカジノキの事だったんだね。

落葉高木とされるが樹高はあまり高くならず、10mほど。葉は大きくて、浅く三裂するか、楕円形。毛が一面に生える。左右どちらかしか裂けない葉も存在し、同じ株でも葉の変異は多い。大木になればなるほど、葉は楕円形になるみたいだけどね。

神道では、古代から神に捧げる神聖な木として尊ばれている。その為、神社の境内などに多く植えられた。主として神事に用いられ、葉が供え物の敷物として使われた。
また、その葉を象った紋様が諏訪神社などの神紋や武家の家紋(梶紋)としても描かれている。


(出展『Wikipedia』)

江戸時代には諏訪氏をはじめ、松浦氏、安部氏など四家の大名と四十余家の幕臣が用いている。また、苗字に「梶」の字のある家が用いる場合もある。

樹皮はコウゾと同様に紙の原料となる。中国の伝統紙である画仙紙(宣紙)は主にカジノキを用いる。又、昔は七夕飾りの短冊の代わりとしても使われたそうだ。
葉は豚や牛、羊などの飼料(飼い葉)になる。また中国では、煙に強いことから工場や鉱山の緑化にも用いられている。

ここまで書いて気づく。
(・o・;)あれれ❓、ウィキペディアには、カジノキもコウゾも分布が書かれてないぞ。コウゾはカジノキとヒメコウゾとの雑種だから、それも理解できるけど、カジノキまで記述がないのはおかしいよね。

『庭木図鑑 植木ペディア』というサイトで確認したら、ありました。本州中南部から九州にかけて自生するらしい。
おいおい、奄美大島とか沖縄本島が含まれていないぞ。コレって、どゆ事〜(´ε` )❓
でも「同類のコウゾ、ヒメコウゾと共に樹皮が和紙や縄、布等の材料になるため各地で栽培され、後に野生化した。」とも書いてあった。けど、奄美や沖縄で紙が作られていたなんて聞いたことがないぞ。

別なサイトでも確認しておこう。
『植物図鑑 エバーグリーン』というサイトには、こう書いてあった。
「中国中南部~マレーシア、太平洋諸島などで広く栽培され、野生化し、正確な原産地は不詳です。日本以外にもアジア全般に分布する。」
ところで、奄美や沖縄にカジノキやコウゾって自生してるのかな❓
いや、待てよ。その前に元々自然状態で自生するヒメコウゾはどうなんだ❓図鑑では食樹には挙げられてないけど、幼虫は間違いなくヒメコウゾも利用している筈だ。ならば、ヒメコウゾの分布もチェックしといた方がいいだろう。

(ヒメコウゾ Broussonetia monoica)

(出展『mirusiru.jp』)

花は雌雄同株だ。


(出展『北信州の道草図鑑』)

ヒメコウゾの分布は、本州(岩手県以南)、四国、九州、奄美大島、朝鮮、中国中南部とあった。
(◠‿◕)やりぃ❗、読み通りだ。奄美には生えてる。
因みに奄美にはコウゾは見られず、カジノキは限られた場所にしか生育していないようだ。となると、奄美に生息するギンボシスズメはヒメコウゾを食樹としている可能性が極めて高い。
ついでに沖縄県での分布についても調べてみた。
結果は、ヒメコウゾは分布しないようだ。でもコウゾはあるみたい。カジノキは成虫の出現期でも触れたように国頭村に自生していて、ギンボシスズメの発生地ともなっている。沖縄ではカジノキのことを古くからガビキと呼んでいるそうだから、今でも各地に見られるのだろう。とゆうことは、ギンボシスズメは沖縄本島では主にカジノキを食樹としていると思われる。

でも、ここで大きく躓く。
『Wikipedia』でのヒメコウゾの学名を見ると、何とコウゾと同じ「Broussonetia kazinoki」という学名になっているではないか❗
気になるから他のサイトを片っ端に見たら、学名がそうなってるものが大半だった。おいおいである。
まあ、コウゾは雑種だし、何かと問題ありなのかもしれないなあ…。雑種の場合は学名はどうなるのだ❓そもそも雑種に学名とか普通に付けていいものなのか❓だったら園芸種のバラなんて無数の雑種があるじゃないか。それらにも学名が付いているのか❓その辺のルールはどうなってるのかね❓もしかして学名に雑種を表す特別な表記法とかあるのかな❓

捜しまくって、漸く『広島の植物ノート』と云うサイトで、その謎が解けた。
江戸を訪れたシーボルト(1830)が日本のコウゾやカジノキに学名を付けて発表した際、彼が聞いた日本名に混乱があったようで両者を混同してしまい、日本名のカジノキの名がコウゾの学名に付けられてしまったようなのだ。
その後、Blume(1852)が、Broussonetia sieboldiiというシーボルトの名を冠した名をコウゾの新たな学名として発表した。しかし、命名規約上は先に発表された名が優先されるため、これは無効となり、錯綜した学名がそのままとなった。
後々、当時実際にコウゾと呼ばれていた植物は純粋な野生種ではなく、カジノキとの雑種である事が判明した。拠って現在では野生種にはヒメコウゾの和名を与えて、栽培種と区別している。
そして、シーボルトが記載した B.kazinokiは、ヒメコウゾにあたるものと考えられていたが、Ohba & Akiyama (2014)によれば、これは雑種のコウゾであることが分かった。それにより雑種コウゾが、B.kazinokiとなり、野生種のヒメコウゾの学名は、Broussonetia monoica Hance(1882)となったそうだ。
『Wikipedia』も十全ではない。100%信用は出来ないという事だ。

台湾のサイトには、以下のものが食樹として挙げられていた。

・小構樹 Broussonetia kazinoki
・Broussonetia monoica
・構樹  Broussonetia papyrifera

一番上が、ようするにコウゾだ。二番目がヒメコウゾ、そして三番目カジノキである。やっぱヒメコウゾも食べるようだね。

それと、これでギンボシスズメの台湾名が、なぜに「構月天蛾」なのかも分かったね。ようするに食樹を指していたワケだ。補足すると、月天蛾は属名である。

 
【幼生期】
(卵)

(出展『Sphingidae of the Eastern Palaearctic』)

(幼虫)


(出展『Sphingidae of the Eastern Palaearctic』)

いわゆるイモ虫型である。
一番上が弱齢幼虫、二番目が中齢幼虫、三番目が終齢幼虫かと思われる。頭はそれぞれ右側、下側、左側です。


(出展『Sphingidae of the Eastern Palaearctic』)

これを見ると、齢数は全部で4齢(終齢)かなあ❓
でも、5齢の可能性もありそうだ。

(蛹)


(出展『Sphingidae of the Eastern Palaearctic』)

蛹は所謂スズメガ型で、土中で蛹化する。

                  おしまい

 
追伸
えー、前半の採集シーンは前回の『奄美迷走物語』18話の縮小版です。しかし、お気づきの方もいるかもしれないが、同じ内容だが文章は結構書き直している。ヒマな人は見比べてくれれば、言葉のチョイスが違うことがワカルだろう。

それから、ギンボシスズメの解説がこのような別稿になったのは、ひとえにこの長くなった食樹の部分のせいです。こりゃ迷宮になるなとすぐに思ったので、いったん切り離して他の部分を書いた。

 
ー参考文献ー
◆『日本産蛾類標準図鑑』

インターネット
◆『Sphingidae of the Eastern Palaearctic』
◆『服部貴昭の忘備録』
◆『DearLep 圖錄檢索』
◆『Wikipedia』
◆『みんなで作る日本産蛾類標準図鑑』
◆『www.jpmoth.org』
◆『広島の植物ノート』
◆『松江の花図鑑』
◆『庭木図鑑 植木ペディア』
◆『植物写真鑑』