Rucifer Rising ~クギヌキフタオ~

 
先日、生駒山にスミナガシの様子を見に行ったんだけど、夕方、西の空がどえりゃあ~事になっていた。

この世の終わりのような不気味な空だ。
まるでこれから悪魔の群れが跳梁跋扈、天空を覆い尽くしそうな不吉さを孕んでいる。しかし、同時に滅多と見れない凄絶なまでに美しい空だ。
ルシファー・ライジング❗(註1)
さぞかし魔王サタンが降臨する時は、きっとこんな空であろう。王は黒い翼を広げて天に昇り、下界を睥睨するのだ。いよいよ大阪の都市(まち)もΨ( ̄∇ ̄)Ψおしまいじゃね。

この空を見ていて突然思い出した。
そういえば悪魔の如き凄い出で立ちの珍蝶を展翅したはいいが、半年間もほったらかしだわい(-“”-;)
三歩あるけば忘れてしまうという鶏並みの脳味噌、相変わらずのエエ加減振りである。きっと展翅を終了した時点で急速に興味を失い、自分の中では過去のものとなったんだろね。
肉食系狩猟民族と云うモノは、獲物をgetしたら即座に飽きるように出来ているのだ。でないと、新たな獲物を求めなくなるのである。
何だか女性をオモチャにする何処かの酷い男みたいな言い草だけど、ワシ、女性に対しては断じてそうではないかんね。ここは一言申し添えとくかんね。その辺は誤解されても困るのだ。

その日は近所の飲み友だちのお姉さんに誘われたので痛飲。ベロベロ(@_@)で帰還。翌日、展翅板からハズした。
いくら調子ブッコキの阿呆でも、このアジアの至宝とも言える蝶を酔っ払いのノリで扱うほど愚かではない。何せ滅多な事で蝶を買わない自分が、展示即売会で彼奴(きゃつ)を見て血迷い、♂♀ペアの三角紙標本を一万二千円の大枚をはたいて買ったのである。ブッ壊しでもしたら、その場で首をカッ切らなくてはならぬよ。

先ずはオスから。
慎重にとめてあるマチ針を抜き、展翅テープをゆっくりと剥がす。緊張の瞬間だ。

しょえー、カッケー( ☆∀☆)❗❗

 
【Polyura dehaanii クギヌキフタオ♂】
(2010.May West Jawa)

この後翅の特異な尾状突起の形から和名がついたのだろう。つまり、釘抜双尾ってことね。
フタオチョウ(双尾蝶)の仲間は2本の尾突が特徴的だが、中でもこのクギヌキフタオの尾突は湾曲著しく、他を圧倒するほどの異彩を放っている。

だが、オスなんぞはまだまだだ。メスがもっとスゲェ。
大型になり、更に湾曲の度合いが顕著になって、もう悪魔的ですらある。世界の数多(あまた)ある蝶の中でも、ここまで尾っぽがグワシと湾曲している蝶はいない筈だ。

悪魔的といえば、この蝶の裏面がまさにそう。複雑怪奇な柄で鬼のごたくあるよ。その異様な形も相俟って、誰しもが強烈なインバクトをうけるに違いない。

ゆえに展翅するにあたって、通常の表展翅か、それとも邪道の裏展翅にするかを迷った。
でも、裏展翅するなんて勿体ないと言われそうだし、2頭しかないのなら表に統一すべきだと云う意見も聞こえてきそうだ。
だが正直、この蝶の真骨頂は表ではなく裏にあると思う。裏に比ぶれば表なんぞは地味で明らかに見劣りする。でもなあ…。

 
【Polyura dehaanii クギヌキフタオ♀】

で、小太郎くんなんかにも相談して、結局のところ♀は裏展に決めたのだが、誰が何と言おうとコレで正解だ。
だって、ウルトラ( ☆∀☆)超カッケーもん❗❗❗
見よ、この後翅の魑魅魍魎っぷり。魔王の如き威厳に震撼するよ。シンプルな上翅とのバランスも最高だ。そして、メスゆえの重厚さも堪らん。
神が造りし造形美、ここに極まれり❗

そういえばこの蝶の写真を初めて見た時は、その悪魔の如きデザインにマジで誇張ではなく仰け反った。この世のモノとは思えない造形美に慄然としたのを思い出す。
そうだ、思うにフタオチョウ軍団にハマったのは、この蝶がキッカケだったような気がする。
多分、日本のフタオチョウの事をネットで調べていて、『ぷてろんワールド』のページにブチ当たったのだ。
フェニックスフタオ、フルニエフタオ、ジンガフタオ、スペルブスフタオ、ヨコヅナフタオ、マルスフタオ、アクラエオィディス、アンドラノドルス、オリルス、ダンフォルディーetc……。そこには世界のフタオチョウが綺羅星の如く並んでいた。
それらの佳蝶に思いを馳せると、あらためてフタオチョウの凄さと美しさは裏面にあると思う。で、中でもクギヌキフタオの裏に釘抜きならず釘付けになったと云うワケだ。裏展翅して良かったあ(о´∀`о)

一応、メスの表写真も撮ったので、貼付しておこう。

裏には負けるが表も凄い。
メスはオスに比べて白い部分が大きくなり、幅広になるんだね。佳い蝶は表も裏も素晴らしい。

ついでにオスの裏も貼付けとくか。

足が取れてるし、何か今イチだなあ…。

標本箱に移したのも一応撮っておこう。
ライティングをちゃんとしないから、どうせ綺麗に撮れないとは解っているんだけどさ。

まっ、こんなもんか…。影が邪魔。背景が白だと露出がよろしくなくて、バックが薄暗く写ってしまうのである。

う~ん、こうなると♂♀裏表、計4頭を並べたいところだよね。
でも珍品なだけに高価な蝶だからなあ…。
このペアも本来は一万五千円の値がついていた。それでもかなり安い方だろう。普通は状態の良いものならばオスで一万円前後、メスで二、三万円で売られている事が多いのだ。それでもまだ安いと言う人もいるだろう。昔、日本に入ってきた当初ならば、何十万という値段がついていたに違いないのだ。それがペアで一万二千円までマケてくれるというのだから、血迷って当然だ。
でだ、確認の為に許しを得て中身を見せてもらった。
ちよっとでも翅が傷んでいたら、正気を取り戻せると思ったのである。

どひゃあ~Σ( ̄ロ ̄lll)❗

こんなもんを間近に見て、心穏やかでいられるワケがない。(@_@;)鼻血ブーで即買いしてしまった。

でも今となっては、正直ちよっとだけ後悔している。
基本は自分で採る主義だから、蝶は滅多に買わない。買ってしまったら、この手で採ろうと云う気持ちが薄れてしまうからだ。ましてや憧れている蝶ならば尚更である。ブッちゃけ、買ったことにより自分で採りに行く気持ちが萎えてしまったのは否めない。
冷静に考えると、自分で採りに行った方が高くつく。買うより旅費の方が遥かに高いのだ。おまけに行って必ず採れるという保証はない。いや寧ろ採れない確率の方が断然高いだろう。珍品の蝶は、そうおいそれとは簡単に採れないから珍品なのだ。そうなると、お買い得の値段だったし、買ったのは正解かもしれぬ。
でも、それじゃあ浪漫がない。蝶を採るという行為は、そこにロマンがあるからこそ背中がゾクゾクするようなエクスタシーがあるのだ。

因みにこの買ったクギヌキフタオはインドネシア・西ジャワ産の原名亜種(Polyura dehaanii dehaanii)である。
他にスマトラ島に2亜種が知られている。

 
【クギヌキフタオ 北スマトラ亜種】
(出典『東南アジア島嶼の蝶』)

亜種名はPolyura dehaanii sulthan。
スルターンとはイスラム世界における君主の称号で、国王や皇帝と訳される事もある。さすがクギヌキフタオである。学名にも敬意が払われている。
じゃあ、原名亜種のdehaanii デハニィーって、どういう意味だったっけ?そういえば、確かカラスアゲハの小種名もデハニィー(Papilio dehaanii)だったよね。
調べてみると、どうやらドハーン氏(de Haan)に献名された名前のようだ。と云うことは、みんなクギヌキフタオをデハニィーって呼んでるけど、正確にはドハーニィーが正しいのかな?
何でそんなオッサンの名前なんぞつけんねん(# ̄З ̄)。何か納得でけんワ。

ついでに言っとくと、属名のPolyuraはギリシャ語のpolys(多い)とoura(尾)を足した造語である。

この北スマトラ亜種は原名亜種と比べてやや大型で、クリーム色の部分がより広くなり、黒地の部分が淡くなる。
個人的にはジャワ産の方が黒くて締まった感じがして好きなのだが、珍品度ではコチラの方に軍配が上がるようだ。

 
【クギヌキフタオ 南スマトラ亜種】
(出典『東南アジア島嶼の蝶』)

亜種名はPolyura dehaanii carabus。
carabusは蟹の意だそうな。
carabusといえばオサムシ(註2)の属名にも使われている。記憶が確かなら、多分コチラは鎧(よろい)という意味で使われていた筈だ。
あれっ(・。・;、待てよ。蟹ならcarabusではなくてcrabじゃないの?
crabsならば納得だけど、もしかして初歩的なミスだったりして…。そもそもこの図鑑ではクギヌキじたいの学名が間違ってて、P.dehaniiと綴りに「a」が一つ足りないしなあ。

この亜種は原名亜種と比べて、やや小型で地色は濃色、前翅第5室の白紋が小さくなり、裏面の黒条群が細まるという。
多分だけど、これが一番珍品なんだろうなあ。

この別亜種2つを採りに行くことにすれば、またモチベーションも上がるかなあ?…。
でも、北スマトラ亜種スルターンなんかは火山の💥爆発で産地が消えたというし、他のポイントは知らんから厳しいだろなあ…。カラブスにしろ、誰か産地を教えてくれんかぎりは惨敗必至だな。
かといって、西ジャワに行ったところで有名なハリムン山は茶畑だらけになっているというし、採り子同士のいざこざで御神木の木が切られたという話も聞いた事がある。これまた簡単にはいきそうにない。
だいち飛ぶのがゲロ速いから、見ても採れないかもしれない。
( ´△`)嗚呼……。

最後に生態の事も少し書いておこう。
主に標高1000m前後の中山地の尾根や渓間に見られ、地面スレスレ低いところをマッハで飛ぶという。その姿は一見すると、尾のあるグラフィウム(Graphium=アオスジアゲハの仲間)にソックリらしい。
そういえば唯一同じ亜属(dehaanii種群)とされるコグナトスフタオ(Polyura cognatus)をスラウェシで初めて見た時は、ミガドアゲハの一種に見えたっけ…。採って(@_@;)ビックリのコグナトス。
グラフィウムも飛ぶのが速いもんなあ。

 
【Polyura cognatus コグナトスフタオ♂】
(2012.1.18 Rantepao Sulawesi Indonesia)

表はパッと見はシュレイベルフタオみたいだ。

【Polyura schreiber シュレイベルフタオ♂】
(2011.2.24 19mails Malaysia)

だけど、裏の斑紋をよく見るとクギヌキフタオと同じ斑紋パターンなのがよく解る。

 
【コグナトスフタオ♂裏面】
(2012.1.20 Palopo Sulswesi Indonesia)

それにメスの尾突はクギヌキフタオ程ではないが、シッカリ湾曲しているから両種は間違いなく近縁関係にあるだろう。

 
【コグナトスフタオ♀】
(出典『東南アジア島嶼の蝶』)

オスは結構採れたが、メスは見もしなかったので図鑑の画像をお借りした。
フタオチョウの仲間は、♂はそこそこ採れても♀は全然採れないのだ。自分は普通種のフタオチョウ類でさえも♀は数えるくらいしか採った事がない。

嗚呼、スラウェシにもまた行きたいよなあ。
そこそこ採れた方だとは思うけど、コグナトスの♀の他にもタンブシシアナオオゴマダラとかジョルダンアゲハとか採れていない蝶がまだまだ沢山あるのだ。
スマトラ➡ジャワ➡スラウェシなんて転戦をできれば最高なんだけどなあ。
明日、宝くじ買いに行こっと。

                  おしまい

 
追伸
サラッと書くつもりがまた長くなった。
それに何だか最後はグダクダになっちった。まあ文章力が無いから仕方ないか…。

あっ、そういえばルシファーライジングの空は、やがて壮絶なまでの神々しい夕空になった。

(註1)ルシファーライジング
ルシファーとは堕天使の長を指し、魔王サタンの別名でもある。サタンの堕落前の呼称というワケだ。日本ではルシフェル(仏語)と表記される事も多い。
ライジングは英語のRising。つまり、ルシファーライジングは天に昇る魔王サタンを意味します。

(註2)オサムシ
肉食系の歩行甲虫。翅が退化したものが多く地理的変異に富み、美麗種を多く含むことから『歩く宝石』とも形容される。日本にのみ生息しているマイマイカブリもその仲間で、その特異な形から世界的人気がある。