2018’カトカラ元年 其の17 最終章

   vol.17 ムラサキシタバ
       最終章
      『紫の肖像』

 
さてさて、早くも第四章から中ニ日でのシリーズファイナルの解説編である。そう、いよいよの泣いても笑ってもお終いの、シリーズ完結編なのだ。
また苦労を強いられそうだが、最後の力を振り絞って書こう。

 
【ムラサキシタバ Catocala fraxini ♂】

(2019.9月 長野県 白骨温泉)

 
【同 ♀】

(2018.9月 長野県 白骨温泉)

 
【裏面】

(2019.9月 長野県白骨温泉)

 
このムラサキシタバが、Schank(1802)によって最初のシタバガ属(Catocala属)として記載された。つまり、カトカラ属の模式種であり、会員ナンバー1番なのである。もう、無条件に偉い。
それだけでも偉いのに、このムラサキシタバ、他にも賞賛される要素がてんこ盛りなのである。下翅にカトカラ属で唯一の高貴なる青系の色を有しており、属内では有数の大きな体躯を持ち合わせている。まだまだある。美しき後翅と前翅とのコントラストの妙、バランスのとれたフォルム、そこそこの稀種で簡単には見られないと云う絶妙なレア度etc……。蛾嫌いでも興味を唆られる、謂わば蛾界のトップアイドルであり、スター蛾なのだ。
そもそも図鑑(原色日本産蛾類図鑑)でさえも「見事な蛾で、それを得たときのうれしさはまた格別である。」なんて云う、図鑑の解説を逸脱したような個人的見解が入っているのだ。
だから、めちゃんこ人気が高い。かくいうワタクシも憧憬の想い、いまだ止(や)まずである。

 
【学名】Catocala fraxini (Linnaeus, 1758)

属名の「Catocala」は、ギリシャ語の「Cato=下」と「Kalos=美しい」を合わせた造語である。

小種名「fraxini(フラクシーニ)」は、ブログ『蛾色灯』によると、ラテン語で「灰」という意味なんだそうな。そして「後翅の紫には触れないのか…。」と云う感想を述べられている。
確かに「fraxini ラテン語」でググると「灰」と出てくる。ムラサキシタバの上翅は灰色だから、これは理解できなくもない。だが、何で鮮やかな下翅の紫色を無視して灰色なのだ❓アッシも解せないよなあ…。だとしたら記載者の Linnaeus って、相当なひねくれ者だよな。
(・o・)んっ⁉️
この”Linnaeus”という人物ってさあ、もしかして「分類学の父」とも呼ばれ、動植物の学名方式を発明した博物学者のあのリンネのこと❓リンネのラテン語名はカロルス・リンナエウス(Carolus Linnaeus)だった筈。ってことは、リンネ大先生って偏屈者の変人だったのかな❓

けどさあ…、だとしてもだ。「灰」というのは何か納得できないよなあ。
と云うワケで、植物の学名で同じようなものはないかと思って検索してみた。

すると、Pterocarya fraxinifolia(コーカサスサワグルミ)というのが出てきた。
小種名の由来は、Fraxinus(トネリコ属)➕foliaの造語で「トネリコの葉のような」という意味なんだそうな。
そこで🖕ピンときた。ムラサキシタバが最初に記載されたヨーロッパでは、🐛幼虫の食樹としてトネリコ属も知られていた筈だからである。

あ~、のっけから迷宮に迷い込みそうな予感だ。いや、これって最早たぶん、下手に足を突っ込んどるパターンとちゃうかあ…。

次にトネリコ属 Fraxinus(フラキシヌス)の学名の由来を調べてみることにした。
トネリコ属はモクセイ科に分類され、英語名は、Ash(アッシュ)のようだ。ここでまたピンときた。アッシュといえば思い浮かぶのが、アッシュカラーや木材のアッシュだよね。

アッシュを英語で直訳すると「灰」だ。そこから転じてアッシュカラーは、灰色、ねずみ色、鉛色を意味している。
一方、木材としてのアッシュは、ネットで見ると主にセイヨウトネリコ(Fraxinus excelsior)のことを指すようだ。木には、古い英語で“spear(槍)”の意味があるんだそうな。更にラテン語の Fraxinusも同じく「spear(槍)」の意味があるという。或るサイトでは、“灰”の ash とは関係ないみたいだとも書いてあった。
と云うことは、学名の語源は「灰」ではないってワケかな❓
何か、益々ややこしくなってきたぞ。

とりあえず、「トネリコ」で検索ちゃん。
それによると、日本のトネリコには「Fraxinus japonica」という学名が付いてて、日本の固有種のようだ。
余談だが、野球のバットの原材料として知られるアオダモもトネリコ属に含まれる。

(ノ∀`)あちゃー。他のサイトを見て、ズッコケそうになる。
一部、抜粋要約しよう。

『学名の Fraxinus は「折れる」を意味するラテン語に由来する。これは木が容易に裂けることからだといわれる。
北欧神話では世界樹ユグドラシルはトネリコ(セイヨウトネリコ)であるといわれ、最高神オーディンに捧げられたほか、セイヨウトネリコからは人類最初の男性であるアスク(Ask)が作られたという伝説がある。
また、木材が槍の柄に使われたところから、槍、さらには戦闘を意味するようになり、そのためかギリシャ神話やローマ神話では戦争の神マルス(マレス、アレス)の木とも言われている。ゆえに、ヨーロッパ北部では持ち主を保護する木として家の周りに植えられた。
花言葉は「高潔」「荘厳」「思慮分別」「私といれば安心」。
占星術では獅子座の支配下にあるとされる。』

「槍」かあ…。「灰」より、もっとワケがワカランぞ。
いったいムラサキシタバと槍がどう繋がるというのだ❓
こうなると、さらに突っ込んで調べるしかあるまい。

「折れる」関係で探してみたら『Fraxとは略語で骨折。語源は、fracture=折れる。』というのが出てきた。
となれば、コレも候補になる。でも「折れる」とムラサキシタバにどういう結び付きがあるのだ❓
もうサッパリわからんよ。迷宮世界だ。

遠回りかもしれないが、ここは原点に帰って、根本から攻めていこう。語尾に何かヒントはないだろうか❓

トネリコの属名の「Fraxinus」はラテン語の形容詞の男性形であろう。
接尾語の~inusは「の様な、~に属する」を付した派生語男性形かな…❓
(ㆁωㆁ)アカン…。早くも脳ミソがワいてきた。
さらに調べてると、ムラサキシタバの学名「fraxini」は、もしかして「fraxin」の語尾に「i」を付け加えた男性の形容詞の最上級ではないか?とも思えてきた。書いてて、 益々アタマがこんがらがってくる。
或いは、属格の名詞で、語尾に「~i」が付くケースで、「トネリコの」的な意味でいいのか❓
属格だの接尾語だの自分でも何言ってるのかワケワカンなくなってきた。だいたい昔から外国語の文法も日本語の文法も苦手なのである。目的語とか所有格とか知るか、ボケー💢😠なのである。

(@_@)んー、だいち、こんなんで解決にはならーん。

ヤケクソでクグリまくってると、昆虫で同じ小種名のものにヒットした。
どうやらアメリカに、Arubuna fraxini という蛾がいるようだ。英語版の Wikipedia によると、以下のように解説があった。何となく、良い予感がした。鉱脈に当たったか❓

「Albuna fraxini, the Virginia creeper clearwing, is a moth of the family Sesiidae. It is known from the northern United States and southern Canada.」

翻訳すると「Arubuna fraxiniは「ヴァージニア・クリーパー・クリアウィング(ヴァージニア州の透明な翅を持つ這う昆虫の意)」と呼ばれるスカシバガ属の蛾の一種。アメリカ北部とカナダ南部から知られている。」といったところだ。

更に読み進めると、以下のような記述が出てきた。

「The larvae feed on Virginia creeper, white, red, green, and European ash, and sometimes mountain-ash.」

これは幼虫の食餌植物はトネリコ属のホワイトアッシュ、レッドアッシュ、グリーンアッシュ、ヨーロッパアッシュ。マウンテントネリコであることを示している。

 
(Arubuna fraxini)

(出典『Butterflies and Moths of North America』)

 
つまり、学名は食樹に由来していると云うワケだ。となれば、ムラサキシタバの学名も、その由来は「灰」ではなく、幼虫の食樹である可能性が高いと思われる。もう、そゆことにしておこう。間違ってたら、ゴメンなさいだけどー😜

にしても、食樹が学名とはダサくねぇか❓
これほど立派な見た目なんだから、もっと粋なネーミングがあって然りだろう。
もしかしてリンネって、賢いけどセンスねえんじゃねえの❓
まあ、リンネのオッサンのセンスは、この際どうでもよろし。
よし、兎に角とりあえずは、第一関門突破じゃ。

 
【和名】ムラサキシタバ

紫といっても色の範囲は広い。

 

(出典『泉ちんの「今日も、うだうだ」』)

 

(出典『フェルト手芸の店 もりお!』)

 
青紫もあるし、赤紫だってある。そういえば藤色や藤紫、菫色なんてのもあるなあ。
日本の色表現だと、かなり細かく分けられていて「江戸紫」「葵色」「京籘」「若紫」「桔梗色」「竜胆色」「茄子紺」「紫紺」「二人静」「紫檀色」「紫苑色」等々、何十種類もがある筈だ(註1)。

正直言うと、帯の色は自分の感覚的には紫というよりも、青に近い感覚で見てる。
だからといって、和名を否定するつもりは毛頭ない。
なぜなら、「アオキシタバ」では何となく語呂が悪いからだ。ムラサキシタバが大好きな青木くんは喜ぶかもしんないけどさ(笑)。字面の見た目で、青キシタバか青木シタバなのか脳が混乱しがちだし、ムラサキシタバの方が言葉のリズムとしては断然に良いのではないかと思うからだ。
だいち日本では、古来より紫色が一番高貴な色とされてきた。聖徳太子が制定した「冠位十二階」でも、紫は最上位の色とされてる。だから天皇や上級貴族しか身につけられなかった。それに、布を紫色に染める染料が大変高価だった為、富のある者しか身につけられなかったようだ。
また、紫は天皇の色とされ、一般庶民を筆頭に使用が禁じられていた時代もあった筈だ。紫色の衣服が庶民にも着られるようになったのは、江戸時代以降だったんじゃないかな。
そういえばローマ帝国や中国王朝でも、紫は最も高貴な色とされ、身分の高い者しか身につけられなかったよな。
ならば、青よりも高貴なる紫の方が、この蛾には相応しい色ではないか。オイチャンは、そう思うのである。

 
【英名】Blue underwing or Clifden nonpareil

「Blue underwing」の underwing は、カトカラ(シタバガ属)そのもののことを指すから、さながら”青いカトカラ”と云うことでいいだろう。
ふ〜ん、英語名は紫を示すパープルでもヴァイオレットでもなく、ブルーなんだね。欧米人の目線では、青に見えているのだね。前述したように、オラの目にも、どっちかというと青に見えている。

一方、クリフデン・ノンパレイルという名前の由縁は、イギリスでは18世紀のバークシャー・クリフデン地方で最初に見つかったからだろう。たぶん場所は現在の21世紀では、U・K(ユナイテッド・キングダム)ではなく、アイルランドだ。因みにノンパレイユはフランス語で「無比の、比較を越えたもの、比類なき、飛び切りの、特別な、最上の、逸材」といった意味があるそうな。つまり「クリフデンの比類なき者」ってところか。英国方面でも評価が高いんだね。

だが、1960年代には絶滅してしまったそうだ。これは戦後の施策により林業形態が変化し、針葉樹の森を植栽するために幼虫の食樹であるポプラ類が伐採されたからだとされている。
その後、何十年もの間、大陸側からの飛来で稀に記録されるだけだったが、近年になって目撃例が増え、さらには定着が確認されて、分布を各地に拡大しているらしい。
あっ、英文からのワシ意訳なので、間違ってたらゴメンね。

因みにドイツでも評価が高く「Blaues Ordensband」という名前が冠されている。
訳すと「青い勲章の綬」ということになる。これは勲章を胸に飾るための帯とかリボン、紐のことである。いかにも、この蛾の高貴な意匠にふさわしいじゃないか。
この呼び名は、ナチュラリストで知られるフリードリッヒ・シュナックの『蝶の生活』(岩波文庫)にあるそうだ。原文は読んでないけどさ。
とにかく、粋なネーミングだよね、それと比べて、和名のネーミングはクソ真面目で、マジ酷いものが多い。ルールに変に囚われ、虫の特徴のみを表すところに重点が置かれ過ぎててツマンナイ。粋じゃないのだ。
日本のチョウで、洒落てる名前だなと思うのは、スミナガシ、キマダラルリツバメ、コムラサキ、ヒオドシチョウくらいだろう。あとは横文字の、ルーミスシジミとかシルビアシジミくらいかな。
他にもあったような気もするが、言わんとしていることは解って貰えたかと思う。

 
【亜種】

Wikipediaには、以下のような亜種が表記されていた。

 
・Catocala fraxini fraxini(原記載亜種)

ヨーロッパのものだ。何処で最初に発見されたのだろうと思って探してみたが、『www.nic.funet.fi』で見ても「Europe」としか書かれていなかった。

 
・Catocala fraxini jezoensis Matsumura, 1931(日本亜種)

日本の亜種は、ヨーロッパの元記載亜種よりも大きいようだ。たぶんスペインや中国の亜種にも勝るだろう。
シロシタバなんかもそうだけど、日本のものの方が他国のものよりもカッケーかも。
あっ、学名の項で日本亜種の「jezoensis」について言及してなかったよね。これは語尾に「ensis」とあるから「〜産の」という意味で、前半分は地名を指している。
でも「jezon」って何処だ❓そんな地名、日本にあったっけ❓まさか、高級焼肉店の「叙々苑」でもあるまいし…。嗚呼、何か急に叙々苑に行きたくなってきたよ。マジで誰か連れてってくんないかな。
ネットで調べたら、同じ小種名を持つものにエゾマツがあった。学名は「Picea jezoensis」。それで、ピンときた。たぶん場所は蝦夷地のエゾを指しているんじゃないか❓で、アタマの「j」は発音しないものと思われる。
調べたら、👍ビンゴ。やはりそのとおりだった。ようは、日本では北海道で最初に見つけられたんだろね。

 
・Catocala fraxini legionensis Gómez Bustillo & Vega Escandon, 1975(スペイン亜種)

これまた、語尾からして地名由来のものだろう。
原産地は、”Leon”、”Villanueva de carrizo”となっている。これがヒントになった。おそらくLeon(レオン)はスペイン北部のカスティーリヤ・レオン州のレオンのことであろう。
調べてみると、古典ラテン語のローマ軍を意味する「レギーオ(Legio)」に由来し、910年に建国されたレオン王国を祖といるんだそうな。なるほど、ひとひねりしてる学名ってワケだ。
ところで、バイクでユーラシア大陸を横断した時には、レオンって通ったっけ❓
フランスのパリを出発して、ざっくり言うと、ル・マンを経由して古城で有名なロワール地方のトゥールに行き、さらにボルドー、アルカッションと移動して一番北の国境からスペインのIRUN(イルン)に入った筈だ。そこからサン・セバスチャン、ブルゴス、セゴビア、マドリード、トレドと旅した。その後、国境とは思えないような小さな村からポルトガルに入ったんだよね。何かクソ長い名前の村だったけど、何て名前だったっけ?
おっ、そうだ思い出した。Valencia de Alcantara(バレンシア・デ・アルカンタラ)だ。シェルの地図(註2)が画像で脳にインプットされてたようで、映像記憶ファイルから出てきた。
そこから海岸にあるナザレの町まで走ったんたよね。そうだ、そうだ。岬の横をジェット戦闘機が、超低空を爆音轟かせてド迫力で飛んでったんだよね。
あっ、いかん、いかん。また余談に逸れちゃったよ。そう云うワケだから、たぶんレオンには行っとらん。
しかし、あんな環境に果たしてムラサキシタバなんて、いるもんかね?レオンには行ってないけれど、スペインはフランスと比べて何処も乾燥がちで、森というか疎林といった感じのところばかりだった。つまり、日本の生息地とは、かなり環境を異にする。ナポレオンがピレネー山脈から向こうはアフリカだと言った意味が理解できたのを思い出したよ。それくらいピレネー山脈の北と南とでは様相が違うのだ。

 
・Catocala fraxini yuennanensis Mell, 1936(中国・雲南省亜種)

これも語尾は「ensis」だ。でも字面からも何となく想像できた。産地も”yunnan”となっていたから、雲南省のもので間違いなかろう。
調べたら、分布は雲南省南西部とあった。

参考までに言っとくと、『日本産蛾類標準図鑑』では、他にロシア南東部、中央アジアのものも亜種になっているとのこと。

 
【シノニム(同物異名)】

Wikipedia には、以下のようなシノニムが記されてあった。

 
・Phalaena fraxini Linnaeus, 1758

これは属名が違うから、ムラサキシタバが最初に記載された時には、属名は Catocala属ではなかったという事だね。
因みに、Phalaena(ファラエナ)という属はリンネが命名した大変古い属名で、今よりもっと大きな枠組の分類だったみたい。ドクガやシャクガなど多くの蛾がここに含まれていたようだ。
詳しく調べたら、何とリンネは初めに Lepidopera(鱗翅目)の中に Papilio(パピリオ=蝶)、Sphinx(スフィンクス=スズメガ)、Phalaena(その他の蛾)の3属しか設けていない。リンネはぁ〜ん、ザックリどすなあ。
とにかく、Catocalaという属は、のちに新設された属ってワケやね。

 
・Catocala fraxini var. gaudens Staudinger, 1901

原産地は”Ala tau”となっていた。たぶんカザフスタンと中国との国境に跨がるアラタウ山脈のことかと思われる。

 
・Catocala fraxini var. latefasciata Warnecke, 1919

原産地は”Amur region”、”Ussri”となっているから、アムール地方とウスリーだ。ようはロシア南東部ってことだな。
あれっ⁉️、ちょっと待てよ。一つ前のシノニムはカザフスタンのものだから、産地は中央アジアだ。という事は、亜種の欄でロシア南東部と中央アジアのものも亜種となっているようだと書いたが、たぶん岸田先生はコレらの事を言ってはったんじゃないのか?
おそらく今はカザフスタン、ロシア南東部のモノは、双方ともシノニムになってて、他の亜種に吸収されてしまったのだろう。

 
・Catocala jezoensis Matsumura, 1931

最初、松村松年は日本のものを新種として記載したんだろね。で、のちに亜種に格下げになったと云うワケだすな。あくまで推測だけど。

 
【変異】

上翅の色柄は、著しく白っぽいものから全体が暗化したものまであり、変異幅がある。今回も石塚さんの『世界のカトカラ』から、画像をお借りしまくろう。

 

(出典『世界のカトカラ』)

 
国外のムラサキシタバだが、右下が白化したもので、左上が暗化したものの典型だろう。一応、拡大しとくか。

 

 

 
もっと上翅の斑紋が不鮮明になり、メリハリの無いベタなのもいるようだ。

 
【近縁種】
北米には、本種に近縁のオビシロシタ(Catocala relicta)がいる。本種よりも一回り小型だが、やはりPopuls属(ヤマナラシ属、またはハコヤナキ属)を食樹としており、北アメリカの西から東まで広く分布している。

 

(出典『世界のカトカラ』)

 
これを初めて『世界のカトカラ』で見た時は、カッコ良過ぎて仰け反った。アメリカの国鳥ハクトウワシを彷彿とさせ、めちゃめちゃ貴賓と威厳がある。
とはいえ変異幅が広く、上翅が白ではなくてグレーのものや帯が淡い紫がかっているのもいる。

 

(出典『世界のカトカラ』)

 

(出典『Wikipedia』)

 
画像2枚目の奴なんかは、帯が紫がかってて、ほとんどムラサキシタバだ。帯が細いムラサキの異常型と言われても納得しそうである。

近縁種で思い出したが、ネット上にムラサキシタバと間違えてフクラスズメの写真が載せられていることがよくある。
まあ人間、間違うこともあるだろう。しかし、激怒されること覚悟で、敢えてモノ申す。

それって、マジダサい。

確かに彼奴が驚いて飛んだ時などは、一瞬垣間見える下翅の青色に反応してしまい『すわっ(・o・;)❗、ムラサキかっ⁉️』と思う時はある。でも次の瞬間には即違うことに気づく。ゴツくて汚らしいからだ。あれって、ホント💢腹立つよなー。
それで思い出したよ。山梨県の大菩薩山塊で必死にムラサキシタバを探していた時の事だ。樹液が出てるミズナラから突然、下翅か青い蛾が飛び出した。一瞬にして血が逆流したよ。でもそれがムラサキではなく、フクラスズメだと気づいた時のガッカリ感は半端なかった。同時に、あんなもんに見間違えた自分に激しく憤りを覚えたわ。その後、その木には何頭も寄ってきたから、憎悪の炎🔥が燃えたぎったね。
よく見ると、青い部分は中途半端なデザインだし、それに何よりも糞デフだ。フォルムが全くもって美しくないのである。上翅の柄もメリハリが無いし、まるで乞食爺さんみたいだと思ったよ。そもそも蛾嫌いなオイラにとっては、背中がゾワゾワするような邪悪な見てくれなのだ。

 
(フクラスズメ Arcte coeruta)

 
まだディスる。
こんなもんをムラサキシタバとずっと間違えたまんまの人って、どーかしてるぜ┐(´д`)┌
そういえば、虫屋の飲み会に遅れて行ったら、丁度、兵庫の明石城公園でムラサキシタバを見たと強く主張しているバカがいて、その場で『んなもん、100%フクラスズメじゃ❗そんな海沿いにおるわけないやろ、バーロー(ノ ̄皿 ̄)ノ ⌒== ┫❗』とボロクソ言ってブッ潰したことがある。
ちょっと大人気なかったかもしんない。ワシにボロクソ言われた人、ゴメンなさいね。同じことまだ主張するなら、ディスり殺すけどね( ̄皿 ̄)💢

 
(裏面)

(出典 上2点共『http://www.jpmoth.org』)

 
裏がまた、絶望的に汚ない。美しさが微塵も無いのだ。
しかも、これだけにはとどまらない。幼虫が死ぬほど醜くて超気持ち悪いのだ。あまりにも気持ち悪いから、画像は添付しない。気になる人は自分で探してくれたまえ。んでもって、思いきし鳥肌たてて仰け反りなはれ。
そういや、山梨の時はその気持ち悪さを思い出して益々憎らしくなってきて、マジで全員、網で叩き殺してやろうかと思ったよ。
そういうワケだから、見たことはアホほどあるが、採ったことは一度もない。ゆえに手持ちの標本も皆無。であるからして、ネットから画像をお借りしたのでありんす。
ついでに言っとくと、ムラサキシタバと同じくヤガ上科シタバ亜科に含まれるが、属は違い。フクラスズメ属である。認めたくはないが、意外と類縁関係は近いみたいだ。もう一言書き添えると、スズメガとは関係は浅い。和名は、鳥のスズメが羽毛を逆立てて冬の寒さに耐える様を「ふくらすずめ」と呼び、丸っこくて毛に覆われた様子をこの蛾に当てはめたものである。

 
【レッドデータブック】

福井県:希少種B(県レベル)
兵庫県:Cランク(少ない種・特殊環境の種など)
岡山県:稀少種
高知県:準絶滅危惧種
奈良県:稀少種
和歌山県:準絶滅危惧種

いつも思うんだけど、このレッドデータブックってヤツはどこかユルいわ。もっと指定されててもオカシクない都道府県が有るんでねぇの❓

 
【成虫発生期】

他のカトカラが盛夏に現れるのに対し、真打ち登場ってな感じで最も遅くに現れる。そこに風格、格の違いを感じる。謂わば、紅白歌合戦のトリや横綱みたいなもので、最後の最後に登場する大御所的な存在なのだ。この辺りも人気の高さに帰依しているところがあるのではないだろうか。

ネットの『みんなで作る日本産蛾類図鑑』では「8E-10」となっているが、早いものでは8月上旬、通常は8月中旬頃から現れ、10月下旬まで見られる。
新鮮な個体を得るには9月上旬までに狙うのが望ましいとされているが、時に10月でも新鮮な個体が得られるという。

 
【開張(mm)】

『原色日本産蛾類図鑑』では、92〜102mm。『日本産蛾類標準図鑑』だと、90〜105mm内外となっている。

日本最大のカトカラのみならず、世界的に見ても最大級種である。よくその大きさはシロシタバと並び称されるが、基本的にはムラサキシタバの方が大きいように思う。個人的意見だが、特に東日本では差異を感じる。シロシタバの方が小さいなと感じるのだ。じゃあ、何でそないな風に並び称されるのかと云うと、たぶん開翅長(横幅)だけで論じられることが多く、表面積で語られることが少ないからではなかろうか?

 

 
上が長野県産のムラサキシタバで、下が岐阜県産のシロシタバである。産地はそれぞれ白骨温泉と平湯温泉だから、場所はそう離れてはいない。
再度、個人的見解だと断っておくが、東日本のシロシタバは、ムラサキシタバに比して、どれも大体これくらいの大きさだ。東北地方や北海道で得たことはないから断言は出来ないが、たぶん甲信越地方のものと変わらんだろう。下手したら、もっと小さいかもしれん。
但し、西日本の低地のものはデカい。それでも表面積はムラサキシタバに軍配が上がるかと思われる。
両種ともカトカラ内の横綱であることは間違いないが、シロシタバは自分的には張出横綱って感じで捉えている。

 
【分布】 北海道、本州、四国、九州、対馬

主に中部地方以北に見られ、北海道では比較的個体数が多いようだ。西日本では少なく、近畿地方、中国地方では稀で、四国地方、九州地方では極めて稀。

一応、分布図を添付しておこう。

 

(出展 西尾規孝『日本のCatocala』)

 
石塚さんの『世界のカトカラ』の分布図も添付しておこう。
こちらは県別の分布図になっていることに留意して見られたし。

 

(出展 石塚勝己『世界のカトカラ』)

 
見ての通り、従来は九州では対馬のみからしか記録がなく、長い間、九州本土には分布しないとされてきた。図鑑は元より、ネット情報でも今だに殆どがそうなっている。
ところが、2011年に福岡県添田町英彦山と福岡市南区油山で採集されたそうな。また、この年は長崎県平戸や山口県秋吉台でも採集されている。九州本土内の福岡県,長崎県の個体はほぼ完全なものであったため,遠くから飛来した偶産とは考えにくく,現地付近で発生したものと考えられるそうだ。

中国地方では空白地帯になっていた山口県でも確認されたことにより、全県に記録がある事になった。
記録をあたってみると、岡山県恩原高原、西粟倉村、鳥取県若桜町、島根県鯛丿巣山、琴引山、島根半島で採集されている。広島県は北部にいるらしいが、地名は拾えなかった。

四国では愛媛県四国中央市(塩塚高原)、内子町(小田深山)、高知県香美市物部町、徳島県西祖谷村の記録のみしか拾えなかったが、全県から記録されているようだ。中央に横たわる四国山地の高標高地に局所的に分布するものと思われる。

近畿地方でもかなり少なく、大阪府と三重県には記録がない。
和歌山県は準絶滅危惧種となっていたが、産地は分からなかった。奈良県はレッドデータブックで稀少種になっていた。で、やっぱり産地は分からなかった。京都府は分布することになっているが、全く手がかり無しだった。いるとしたら、北部だろう。滋賀県には記録はあるものの、かなり古いものらしい。レッドデータブックでは情報不足となっている。どうやら思っていた以上に近畿地方では稀なようだ。確実にいるのは、兵庫県北部の但馬地方周辺の高標高地くらいだろう。

西日本では少ない理由は、先ず第一に気温だろう。ムラサキシタバは冷温帯を好む種だからだ。それに西日本では中部地方のように標高の高い山も少ない。つまり冷涼な気候の場所も少ないから、生息に適した環境があまり無いのだろう。

第二の理由は幼虫の食樹である。食樹については別項で詳しく書くが、ムラサキシタバの食樹はヤマナラシとドロノキ、ポプラである、このうちドロノキは分布が中部地方から北海道だから、西日本には自生しない。
次にポプラだが、植栽されたものしか無いから標高の高い冷涼な地域では殆ど見られないだろう。しかも、ポプラは風に弱くて直ぐに倒れるし、カミキリムシの食害にもあいやすい。ゆえに、現在ではあまり植栽されていないのだ。
最後のドロノキだけが、西日本では利用されていると考えられる。しかし、これとて少なく、西日本ではあまり見ない木だ。何故なら、種子が非常に小さいので、競争相手のいない裸地でなければ侵入できない。それにポプラと同じくカミキリムシなどの被害を受けやすく、木の寿命が短いのだ。
これらの理由から、西日本では滅多に見られないのだろう。
逆に北海道に多い理由は、ドロノキやヤマナラシ(エゾヤマナラシ)が多く自生し、冷涼な気候ゆえ、平地のポプラでも発生できるからだろう。

国外では、極東アジアからヨーロッパまでユーラシア大陸に広く分布している。
ヨーロッパでは、中央ヨーロッパと北ヨーロッパのほぼ全域、および南ヨーロッパの一部に分布している。但し、或る資料によると、ポルトガル、地中海の島々(コルシカ島を除く)、ギリシャ、スコットランド北部、スカンジナビア北部、ロシア北部およびロシア南部で絶滅、もしくは激減しているようなことが書かれていた。ヨーロッパ以外では、旧北区からトルコ北部、中国、シベリア、極東ロシア、韓国、日本に分布していることになっている。

分布は広いと知ってはいたが、思ってた以上に広い。
同じく巨体であるシロシタバはアジアの一部にしかいないから、国外の愛好家、特に欧州ではムラサキシタバよりもシロシタバの方が格上で、珍重されているのも解るような気がするよ。
 
 
【雌雄の区別】
他のカトカラは尻の形、及びその先端の毛束の量などで判別するが、ムラサキシタバはそれ以外にもっと簡単な判別法がある。

 
(オスの裏面)

 
♂の腹は♀と比べて細いことが多い。但し、この様に腹が太いものもいるから注意が必要。腹先の毛束は♂の方が多い。コチラの方が、まだ見分けやすい。

 
(メスの裏面)

 
裏の羽と胴体の感じが、ほよ(・ω・)?顔みたいで、初めて見た時は笑ったよ。
それに胸の辺りが、もふもふで可愛い(◍•ᴗ•◍)❤

参考までに言っとくと、鮮度を見るには表よりも裏面の方が分かりやすい。鮮度が良いほど白く見える。この2つだと、♂の方が鱗粉が剥がれていないから、より新鮮な個体だと御理解戴けるかと思う。

いかん、いかん。話が逸れてしまった。雌雄の見分け方だったね。
えー、メスは尻の先に縦にスリットが入るのだ。
より解りやすいように、画像を拡大しよう。

 
(オスの尻先)

 
(メスの尻先)

 
ねっ、全然違うっしょ。
にしても、何でムラサキシタバだけがそうなんざましょ❓
他のカトカラの♀には、こんな明確なスリットは入っていないと思うのだ。

 
【生態】
中部地方では標高1000〜1800mのミズナラ・ブナ林帯に産地が多いが、北海道では平地にも生息している。
生息環境はヤマナラシ、ドロノキが林立する広葉樹林の斜面や渓谷沿いの河辺林、針葉樹と広葉樹との混交林等。北海道などの、より低標高の産地では植栽されたポプラ並木や公園でも発生する。

灯火にも樹液にも集まる。また花(サラシナショウマ)での吸蜜例もある(関,1982)。

採集方法は主に灯火採集で、ライト・トラップを設置するか、外灯巡りをするかだろう。
一晩に数頭飛来すれば御の字だが、雨の前後などガスが発生するような天候の折りには、一晩で数十頭採れることもあるという。

灯火に訪れるのは午後10時くらいからが多いそうだが、日没直後や明け方に飛来するものもいるようだ。これも、その日の気象条件に多分に左右されるからであろう。因みに灯火で自分が見た時刻は、午前10時40分くらいと午前0時前後だった。

灯火採集の経験値が少ないから偉そうなことは言えないけど、周りから聞いた話を総合すると、ライトトラップに寄ってきても上空を高速でビュンビュン飛んでて、中々トラップに止まってくれないそうだ。しかも、止まっても大概は変なとこに止まるから、採りづらいらしい。でもって、かなり敏感で、下手に近づくと直ぐに飛ぶし、逃したら二度と戻って来ないらしい。
また、石塚さんの『世界のカトカラ』によると、コウモリがムラサキシタバを捕らえようと飛来した際は、コウモリから放たれる音波を敏感に察知し、逃れるために急降下するような光景もしばしば見受けられるという。

中部地方では9月中旬以降になると、低標高の長野市、松本市、上田市などの市街地の外灯にも飛来する。夏型の気圧配置が終わって山が2、3日雲で覆われた後や秋雨のあとによく本種が採れるそうである。この事からも、飛翔力は強く、移動性もそれなりに強いのではないかと推測される。

そういえば、高い位置(高さ6、7mくらい)を、らしきモノがかなりのスピードで飛んで行くのを二度ほど見ている。或いは普段は高所を飛んでいるのかもしれない。
前から疑問に思ってたんだけど、カトカラ類が普段どの程度の高度を好んで飛んでいるかについて書かれたものを殆んど見たことがない。ガ全般なら尚更だ。チョウならば、ほぼ全ての種において、飛翔の高さについて言及されているのにナゼに❓
勿論、夜だから目につきにくいというのは当然あろうが、にしても観察例が少な過ぎる。ライト・トラップだけでじゃなく、別な観察方法も必要になってきているのではなかろうか❓
もしくは、ライト・トラップしてるのならば、時にはそのまま暫く放っといて、懐中電灯を持って探しに行けばいいではないか。でも、誰もとは言わないが、あまりそんな事している人はいないんだろなあ…。

クヌギやハルニレなどの樹液やフルーツ(腐果)トラップ、糖蜜トラップに集まるが、観察例はあまり多くない。特に高原や標高の高い山地帯(ブナ帯など)での観察例は極めて少ないようだ。
その理由について西尾規孝氏は『日本のCatocala』の中で、以下のような推察をなされておられる。

「高原や標高の高い山地、とくにブナ帯にいる Catocala は
何を餌として長い成虫期を過ごしているのか不明な点が多い。本種のような冷涼な山地に生息する種の行動はほとんど未知である。山地の生息地ではもともと気温が低い(夜間の気温は10〜20℃)ので、意外と低山地ほど栄養を必要としない可能性がある。」

これは有り得るかもしれないなとは思う。
しかし、そもそもブナ帯で樹液or糖蜜採集を試みている者が少ないというのもあるのではないか?とも思う。蛾を採集する皆さんの間では、ライト・トラップなどの灯火採集が主流なのである。また、低地ではクヌギやコナラから樹液がドバドバ出ているが、そのような樹液ドバドバの木が高標高地では少ないような気がする。高標高だと樹液の出る木はミズナラ、ヤナギ類、カバノキ類になると思われるが、それを見つけるのは結構大変だ。低山地にみたいにカナブンやハナムグリ、クワガタ、カブトムシなどの甲虫やスズメバチは多くないだろうから、ヒントが少なくて探すのは容易ではないのだ。里山の雑木林みたいに、昆虫酒場に群がっているワケではないのである。それにクヌギみたく強い匂いもしないしね。と云うワケで、効率が悪いから真剣に樹液で探している人が少ないんではなかろうか。

非常に敏感で、カトカラの中でも特にムラサキシタバは樹液や枝葉に静止している際にライトを当てると慌てて飛び立つ。
腐果トラップ、糖蜜トラップに飛来した際も同じく極めて敏感で、腹立つくらいにソッコーで逃げよる。こういうところも心憎いところである。ゆえに憧憬が募る。いい女と同じで、簡単には落ちないのだ。

フルーツトラップや糖蜜トラップから飛ぶ際は、他のカトカラと同じくパタパタ飛びで、それほど速くはない。但し、一度だけだが、ライト・トラップに近寄ってきて逃げた際はメチャメチャ速いスピードで飛び去った。

腐果・糖蜜トラップに寄って来る際の姿は見たことがないが、おそらく他のカトカラと同じくパタパタ飛びでやって来るものと推測される。
カトカラ類は翅形からすると、本来はかなり速いスピードで飛翔できるものと思われるが、樹液や腐果&糖蜜トラップに寄って来る際も、また飛び去る際もパタパタ飛びだ。何か鈍臭い感じなのだ。これはもしかしたら、体が重いとか形体のバランスだとか、何らかの理由でトップスピードになるのに時間が掛かるのかもしれない。また反対に、トップスピードから急制動でピタリと止まるのも苦手なのかもしれん。意外と寄って来る際は、高いところから徐々にスピードを緩めて降りて来るのやもしれぬなあ。
我々はライト・トラップも含めて樹液や糖蜜トラップの設置位置の目線でしか物事を見ていないのかもしれない。前述したように、或いはカトカラたちは普段は我々が思っている以上の高所を主なる活動空間にしているって可能性はないのかな?

一応、補足しておくと、カトカラ類は昼間に驚いて飛び去る際、時にかなりのスピードで逃げ去ることがある。これは、その際には下向きに止まっているからなのかな❓自重で落ちる力を利用しているとかさ。

尚、自分は標高1700mで腐果トラップと糖蜜トラップの両方を試してみたが、そのどちらにも飛来した。但し腐果トラップが2例、糖蜜トラップでは1例のみである。
飛来時刻は午後9時前、9時半過ぎ、午前1時半だった。

『日本のCatocala』に拠れば、驚いたことに国内での昼間の静止場所についての記録は殆んどないそうだ。岩場の暗所に潜んでいたという観察例があるに過ぎない(四方,2001)という。
但し、ヨーロッパでは樹幹によく静止しているみたいだ。また、北海道では平地のポプラ並木で時々見掛けるという噂があるようだ。
確かにネットで画像検索すると、日本では昼間に撮られた写真は極めて少なく、壁や板塀(杭)に止まっているものが2点、自然状態と言える樹幹に止まっているものは1点だけしかなかった。因みに、何れも逆さ向きではなく、上向きに静止していた。もしも、昼間も上向きに静止しているのなら(大多数のカトカラは昼間は下向きに静止している)、そういう習性を持つカトカラは他にはジョナスキシタバくらいしかいないのではないかな?(調べたら、エゾベニシタバ、ゴマシオキシタバも上向きに止まっているそうだ)。
上翅の色彩模様は、食樹のヤマナラシやドロノキの樹皮に似ているというから、見つけにくいのかもしれない。でも、樹皮に似ているといっても、この2つの木は幼木と壮齢木、老木とでは、幹の感じがかなり異なる。昼間に探したことはないけれど、そんなに見つからないものなのかなあ❓…。
意外と見つからないのは、他のカトカラみたいに低い位置ではなく、高い所に好んで止まっているのかもしれない。勿論、これは勘だけで言ってるんだけどさ。

メスは三角紙の中でも容易に産卵し、母蛾から比較的簡単に採卵ができるようだ。
自然状態の産卵行動は、同じく『日本のCatocala』に観察例があったので、抜粋要約しよう。

「産卵行動については、ポプラの樹幹上で2例観察している。時刻はいずれも午後9時台であった。メスは樹幹に飛来し、木の下部から産卵を始め、歩行しながら次第に上部へと産卵場所を変えた。何れの場合もメスは光に敏感で、照射した光に直ぐに反応し、逃避した。照射を止めて数分後、再び産卵に訪れるもカメラのストロボ光で逃避し、暫くして再び飛来する行動を数回繰り返した。」

とにかく、懐中電灯の光には矢鱈と敏感なんだね。
よって見つけても採れないケースがあるから、余計に想いが募る人もいて、半ば神格化されるところがあるのだろう。

 
【幼虫の食餌植物】

食樹と幼生期に関しては、今回も西尾規孝氏の名著『日本のCatocala』の力を全面的にお借りしよう。

ヤナギ科:ヤマナラシ、ドロノキ、セイヨウハコヤナギ(ポプラ)などのPopulus属。日本では人によって、これをヤマナラシ属と訳したり、ハコヤナキ属と訳したりしてるからややこしい。でも一般ピーポーのことを考えれば、解りやすいポプラ属の方がエエんでねえの❓と思うよ。

主にヤマナラシ、ドロノキを食樹としているようだが、長野県ではコゴメヤナギやオオバヤナギ、カワヤナギでも卵殻が見つかっている。但し、どの程度利用されているかは調査不充分とのこと。
ヨーロッパでは、トネリコにも寄生することが知られているが、日本ではまだ見つかっていないという。たぶん真剣に探してる人がいないからだと思うけどさ。

『www.nic.funet.fi』によれば、以下のようなものが、食樹として載っていた。

Larva on Populus tremula, Betula sp., Fraxinus excelsior [SPRK], Fraxinus , Quercus , Q. robur, Tilia cordata, Fagus , Alnus , Acer , Ulmus , Salix [NE10], 96 (Beck, Anikin et al.)

ざっくり訳すと「幼虫はヤマナラシ、カバノキ科、セイヨウトネリコにいる。その他、僅かな記録があるのが、トネリコ属、ナラ属ヨーロッパナラ、シナノキ属フユボダイジュ、ブナ属、ハンノキ属、カエデ属、ニレ属、ヤナギ属。」

一番最初にヤマナラシが来ることから、おそらくヨーロッパでも主要となる食樹はヤマナラシなどのPopuls属の木だろう。
と云うことは、学名の由来であるトネリコは、たまたま最初に食樹として判明しただけって事かな❓
そう考えると、「fraxini」という学名は益々もってダサい。

それはそうと、他にも記録されてる別属の植物が矢鱈と多いな。気になるので、植物の系統図を見てみた。

 

(出典『APGⅢ』)

 
ヤマナラシ属の上位分類であるヤナギ科は、さらに上の分類にあたる「目」レベルだとキントラノオ目に分類されている。
他にヨーロッパで挙げられている食樹の分類も見ていこう。
カバノキ科はブナ目。ハンノキ属もそこに含まれる。またナラ属も科は違うが(ブナ科)、同じくブナ目だ。ニレ属はニレ科バラ目。このブナ目とバラ目が、クラスター的にはキントラノオ目にやや近い。とはいっても目レベルだから、かなり縁戚関係は遠いだろう。
次にクラスターが近いのが、シナノキ属のアオイ科アオイ目とカエデ属のムクロジ科ムクロジ目だ。
一方、食樹として認知度が高いトネリコ属は、シソ目モクセイ科に分類される。系統図を見ると、両者は「目」レベルでも、かなりかけ離れた関係である事がわかる。
この結果には驚きだった。ヨーロッパでのムラサキシタバの食性はメチャクチャじゃないか。ワケ、ワカメじゃよ。

いや、待てよ。冷静に考えると、完全に蝶目線で見てたわ。
チョウは幼虫の食餌植物の範囲が狭い。一方、それに対して蛾の幼虫の食餌植物の範囲はかなり広い。属とか科、下手したら目さえ関係なく、何でも食う奴だっていたんじゃないかと思う。その中にあって、カトカラ属は幼虫の食餌植物がチョウと同じようにかなり狭い。だから、ついつい蝶屋的観点で思考してた。でも、所詮は蛾である。元来は何でも食ってたんだろう。それが進化の過程の中で、食樹が収斂されていったのではなかろうか。で、かなり強引だが、時々先祖帰りする奴がいるとか…。そんな事、ないかね❓

 
(ポプラ)

(出典『山手の木々』)

 
(ドロノキ)

(出典『ムシトリアミとボク』)

 
(ヤマナラシ)


(出典 3点共『木々@岸和田』)

 
(セイヨウトネリコ)

(出典『キュー植物園で見られる植物』)

 
飼育する場合はヤマナラシ、ドロノキが望ましいが、ポプラでも育つという。但し、気温の高い平地室内で飼育する場合は、ポプラを与えるよりもヤマナラシを与える方が成長が良好のようだ。
また、シダレヤナギやウンリュウヤナギも代用食となるが、成長不良となる場合もあるという。
猶、飼育を成功させる為には、幼虫の孵化期と餌の葉の柔らかさのタイミング、室内温度の調整が重要となるそうだ。

 
【幼生期の生態】

卵は食樹に付着した蘚苔類や樹皮の裏、裂け目、樹皮の溝、小枝の脱落した跡などに産付され、大木の地表近くでよく見つかる。1箇所への産卵数は1個の場合が多い。
受精卵は黒色ないし黒褐色、褐色で、緑色を帯びるものもあり、孵化直前に白みががる。

 
(卵)


(出典『Lepiforum』)

 
去年、インセクトフェアで卵をタダでもらった。
100卵だったかな。その時に初めて卵の実物を見たけど、あまりにも小さ過ぎて笑ったよ。何せケシ粒くらいしかないのだ。
で、大半を飼育の上手い小太郎くんに無理矢理に預けて、5卵だけ持ち帰った。
しかし、小さ過ぎてハッチアウトがワカンなかった。一応、ポプラの若芽を入れてはいたんだけど、あまりに孵化しないので、諦めて放ったらかしにしてたら、いつの間にか孵ってた。既にその時はポプラの若芽は枯れていたから、人知れず死んでおりましたとさ。ちゃん、ちゃん。
m(_ _)mすまぬ、悪いことしたよ。やっぱ、性格的に飼育には向いておりませぬな。
因みに小太郎くんも飼育に失敗。全滅したらしい。ポプラを与えたけど食いつかず、わざわざヤマナラシを山に採りに行ったらしい。それでもやはり食いつかず、ダメだったそうだ。

長野県の標高700m付近の谷での孵化は5月中旬。終齢幼虫は7月上旬に見られ、群馬県の標高約1600mでは、6月上旬に1齢幼虫が見つかっている(つまり孵化は5月下旬から6月上旬と推定される)。
幼虫は若い木から老齢木まで幅広く見つかるが、比較的大木を好むようだ。

 
(終齢幼虫)

(出典『青森の蝶たち』)

 
幼虫の色彩変異は他のカトカラと比べて乏しいが、野外では時に全体的に暗化したものも見られるという。
ネットで幼虫は紫がかってると書いてある記事を見たけど、実物を見たわけではないので、本当のところはよく分からない。

 

(出展 文一総合出版『イモムシハンドブック2』)

 
終齢幼虫は他の多くのカトカラよりも1齢多い6齢にまで達する。成虫が姿を現す時期が最も遅くなるのは、この辺りにも理由があるのかもしれない。
終齢幼虫の体長は約90mm。体重は40gを越える。
頭幅は5.5〜6mm。幼虫の同定は、この顔面の斑紋形態で他種と区別ができるようだ。

1〜2齢幼虫は食樹の葉裏に静止しているが、中齢幼虫以降は枝に静止し、樹幹には下りない。摂食時間は主に夜間だが、終齢幼虫(6齢)になると、昼間でも活動することがあるそうだ。

1、2齢幼虫の食痕は円形に近い形状で、5、6齢幼虫になると葉柄部分だけを残し、時に葉柄部も切り落とす。この習性は日本ではオオシロシタバにも見られ、北米のカトカラ数種からも同じ生態が報告されているようだ(ハインリッチ,1985)。
ハインリッチは、これを食痕やそこに付いた唾液からハチなど天敵の目標となることを避けるための戦略だと推察している。

蛹化場所についての知見は他のカトカラと同じく少ない。西尾氏は図鑑で、樹皮の裏での脱皮殻の発見例を記しておられるが、多くは落ち葉の下で蛹になるだろうと推察されておられる。

多分、↙️こういうのだね。

 

(出典『青森の蝶たち』)

 
この方、よく見つけはりましたなあ。
驚いたのは、蛹の周りに薄い繭を作るんだそうな。そういうことは、どこにも書いてなかったからだ。写真はそれを少し破って撮影したそうだ。
よく見ると、そんな感じではある。確かに外側に繭っぽいものが見える。

 

(出典『MEROIDA E.COM』)

 
蛹は紫ががってんだね。
マミー。ミイラみたいだ。こういうのを見ると、古代の人たちが蛹から美しい蝶や蛾が羽化するのを目のあたりにして、そこに甦りとか蘇生、輪廻転生と云った神秘的な力を感じたのも頷けるような気がする。
ちなみに、このブログ『青森の蝶たち』にはムラサキシタバの羽化する様子も写真に撮られている。なかなか無い画像だし、素直に美しいと思った。それも併せて見て戴けると、よりオジサンの言ってることが解るかと思う。

サイトはコチラ↙️。 下の空白部分をタップしてね。
 
青森の蝶たち

記事に飛ばない場合もあるので、URLも書いとく。
http://ze-ph.sakura.ne.jp/zeph-blog/index.php?e=1191

中々、神秘的でやんしょ(・∀・)
サイトには、羽が伸びて開翅してる画像らしきものもあるよん。
 
えー、これにて解説編はおしまいでやんす。
してからに、『2018′ カトカラ元年』、完結でごわす。

                        おしまい
 
 
追伸
第四章から、たった中ニ日で記事をアップできたのは、四章と並行して最終章も書いていたからである。
ナゼにそんな事をしてたのかと云うと、単に飽き性だからであるというのもあるが、両方の文章に相互効果があるのではないかと思ったからだ。まあ、ホントに効果があるかどうかワカンナイけどさ。

今回のタイトル『紫の肖像』は、かなり昔の捕虫網の円光シリーズのオオムラサキかヤクシマルリシジミの回で使ったような気がするけど、他に思い浮かばなかったので仮タイトルとしてつけた。で、結局良いタイトルが浮かばず、そのまま最後まできてしまったってワケ。まあ、解説編なんだから、タイトルとしてはそう悪くはないと思うけどさ。

それにしても、長い連載だったなあ…。
改めて、毎回このクソ長い文章の連載を我慢して読んで下さった皆様方、今まで誠に有難う御座いました。感謝、感激、雨あられでやんす。

えーと、マホロバキシタバのことを今シーズンが始まる前までには書こうと思っております。
なので、そのうち気が向いたら、カトカラ2年生の2019年に採ったもので、まだ書いてない奴のことも含めて書くやもしれません。
あくまでも、気が向いたらですけど。

 
(註1)日本の紫色の種類
調べたら、なんと57色もあった。昔の日本人の色彩感覚ってスゴイや。

 
(註2)シェルの地図
Shell石油が発行しているヨーロッパのロードマップ。
道路地図としてはミシュランの方が圧倒的に知名度は高いが、地図としてはシェル地図の方が遥かに優れており、使い勝手がいい。とても見やすく、情報も細かい。お薦めのビューポイントやらキャンプ場等々がマークで記されているし、シェルのガソリンスタンドの位置も一目で解るようになっている。バイクや車で移動する者にとっては、このガソリンスタンドの位置が分かるという事は、地味ではあるが大きい。燃料が無くなりかけた状態でガソリンスタンドを探すのは、精神衛生上よろしくないのだ。それにガソリンスタンドの位置さえ分かれば、その先を見据えて、どの辺で早めにガスを入れといた方がいいとか、もう少し長いスパンの計画も立てやすい。

また、一冊でヨーロッパ全土だけでなく、トルコの西半分やロシアの一部もカバーしている。お陰でトルコの地図を買わなくて済んだ。トルコの真ん中から東側は都市が連なっているワケではないから、道路網も複雑ではないのだ。つまり、大まかな幹線道路を示した地図があれば事足りる。大まかなモノなら、イスタンブール辺りのツーリスト・インフォメーションでもタダで手に入ろう。
但し、このShell地図。本屋では手に入らない。シェルのガソリンスタンドでしか売っていないのだ。しかも、シェルのスタンドなら何処でも売っていると云うワケではなさそうだった。
あっ、一応つけ加えておくと、今も地図が売られているどうかは知らないよん。或いは、もうこの世から消えてるかもしれない。今やGPSの時代だからね。
でも、それじゃ味気ないし、つまらない。GPSは地図を読むという楽しみを奪うものだからね。地図を見て、その情報をあれこれ読み取り、考えることは一種の知的ゲームでもあるのだ。そこには当然の如くリスクもあるけれど、浪漫もある。リスクや浪漫の無い旅なんて、旅じゃない。ただの旅行だ。
ヨーロッパをバイクや車で旅する人がいるなら、是非とも紙の地図の旅をしてほしい。そう思う。