人間ができてない

 
ちょっと古いけど、7月の話である。

その日はチームで手分けして或る蛾の分布調査をしていた。自分は南東部の担当だった。山道を登り、昼間の見つけ採りを試みる。同時に夜に備えて樹液の出ている木も探す。
しかし、大した成果も無く、夕方間近に別な林道を下っていた時だった。谷の下からすっくと立つ杉の大木に、大型の蛾が止まっているのを発見した。自分の目線から正面斜め上になる。木の根元からだと、かなりの高さだ。

 

 
写真の真ん中やや上の右の白い三角がそうである(遠くて、何ちゃら分からないと思うけど…。一応、画像は拡大できます)。

最初はシロシタバかなと思った。それくらいデカイ。
でも遠目に見ても上翅の柄はシロシタバとは違うような気がする。まさかの(;・ω・)新種❓
だとしたら、とんでもない事である。シロシタバやムラサキシタバの近縁種ならば、ゼッテーどえりゃーカッコいい奴に違いない。下翅はスカイブルーだったりして…。

しかし、どう見ても自分の持っている4mの竿では届きそうにない。試しに、大型蛾を刺激しないようにかなり下方で網を伸ばしてみたが、まるで届かない。目測だと7、8mはありそうだ。
拉致が開かないと判断して、急いで下山しながら別な場所を調査している小太郎くんに連絡を入れる。彼なら、車に長竿を積んでいるのではないかと考えたのである。

何とか電波が繋がって、長竿を積んでいる事もわかり、山麓で待ちあわせる。

小太郎くんが『何事ですか❓』と訊いてくる。
『何かデッカイ奴が木に止まっとるんじゃ。でもシロシタバじゃないような気がする。とてつもない奴かもしれん。だから、秋田さん(註1)たちとの晩飯はパスするわ。尾根の反対側まで車で送ってくれへんか。』

車で尾根の反対側まで送ってもらい、そこから登りなおして尾根に上がり、またコチラ側へと下りてくる予定だ。それが一番早くて楽なアプローチだ。

尾根を越える。あのデカブツがまだ止まっている事を祈りながら早足で林道を下る。しかし、止まっている木が中々出てこない。もっと近かったような気がするんだけど…。焦りと不安が心の中で交錯する。もしかして、見逃したのか❓まさかの時空が歪んでたりして…。この深い森なら有り得る。
いや、そんな事はあるまい。下山時に360度見回して風景を脳ミソにインプットしたのだ。あの背後に石垣のある特徴的な風景はまだ現れていない。だとしたら、もっと下だ。逸る心を落ち着かせ、冷静に周囲に目を配りながら歩く。

やがて見覚えのある風景が現れた。間違いない、ここだ。谷の向こうの件(くだん)の杉の大木に目をやる。
(*´∀`)ホッとした。いる。まだ奴は止まっていた。

己の心に一発気合いを入れてから、8m竿を伸ばす。
クソ重い。ただでさえ8mの竿ともなると重いのに、それを横に伸ばすのだから尚更だ。グッと腕に重さが乗っかかる。プルプルしながら慎重に下側に網を持っていく。この位置からだと網を上から被せることは物理的に不可能だから、方法はこれしかない。下側をコツンと叩いて、下に飛んでくれる事を祈ろう。上や横に飛んだら、万事休すだ。物干し竿だけに咄嗟に追いかけて振ることは如何にまあまあ天才のオラでも、ほぼ無理だろう。

下をコツンと叩く。
けれど、デカブツは微動だにしない。コイツ、アホか❓尚もコツンと叩く。しかし、やはり微動だにしない。
(=`ェ´=)イラッときて、強引に下からゴリゴリずり上げたら、ボトッと下に落ちて網に入った。
しめた❗そのまま斜め左に網をグイと移動させ、体を捻りながら網を反転させ、林道上まで持っていって竿から手を放す。
秘技✨斜め逆さ落とし❗
網が風を膨らみ、スローモーションでゆっくりと落ちてゆく。決まったな( ̄▽ ̄)b……。完璧なフォロースルーに酔う。

とはいえ、余裕をカマしてる場合ではない。慌てて駆け寄る。

網の中を見て、背中に悪寒が走る。
( ̄□||||!!何じゃ、こりゃ❗❓

 

 
背部が何だか顔みたいに見える。💀ドクロっぽい。
ちょい邪悪ぅ~。邪悪な者は退治せねばならぬ。注射器をブッ射し、アンモニアを注入する。これで、あの世ゆきの一発昇天じゃ❗
しっかし、虫屋ってやってる事がマッドだよなあ。ジェノサイドの限りを尽くしてると思うぜ。

 

 
どう見てもカトカラの仲間ではないな。ガッカリだ。

裏返してみる。
驚きの、顔と手足、翅の縁どりがピンク色だ。
デカくて、変に艶(なまめ)かしい。んでもって、デブだ。何だか気持ち悪りい~。

 

 
呟く。
「エロデブ何とかかんとかガ」、「ブスデブ何とかかんとかガ」。
エコエコアザラク、エコエコザメラク、エロエロエッサイム、ダア━━━━ッ(#`皿´)❗❗

夜遅く、漸く小太郎くんと合流。撮った画像を見せる。
すると、即座に返答があった。
『なあ~んだ。これカシワマイマイの♀ですよ。平群町で沢山見たじゃないですかあ。』

そう言われてみれば、記憶が甦る。平群町の外灯にバカバカ飛んできていたのはコイツだったような気がしてきた。
でも、もっとグレーだったような気がするけど(註2)、(;・ω・)ホントかね?…。それにこんなにデカかったっけ?あれは殆んどが♂だったんじゃねえか。♀もいたっけか❓
(-“”-;)どっちだっていい。秋田さんとの晩飯の会話を楽しみにしていたのに、それを棒に振って頑張ったにも拘わらず、且つ25㎞も歩き回った揚げ句の結果がコレかよ…。何だ、そのクズみたいなオチは。

いや、待て。取り敢えずマオくんに現物を見てもらおう。蛾が専門の彼なら、見解も違うかもしれない。マイマイガの新種にして最大種だったりして…。

でも、帰り際にマオくんに見せたら、即座に『カシワマイマイですね。』という答えが返ってきた。

『いる❓』
『いらないです。』

(ノ-_-)ノ~┻━┻ だありゃあー。
その場で、ポイする。
酷い男である。秋田さんを始め、周りもそう思ったに違いない。
だって気持ち悪いんだもーん(# ̄З ̄)
こんなん、よう展翅せん。

しかし、帰りの電車の中で自責の念に駆られる。
つぅーか、人間ができてないと深く反省する。
怒りに任せて、生き物を粗末にするなんざ、実に大人げない。ホント、人間ができてない。

                 おしまい

 
追伸
前回から間が開いたのは、急遽「月刊むし」の原稿を書かなくてはいけなくなったからだ。この文章も半分書いて、ほったらかしになっていた。カトカラ元年シリーズのvol.5も諸事情があって、ほぼ書き終えていたのにアップできなくなった。2018年の正編はまだ問題ないと思うが、2019年の続編は10月以降のアップになりそうだ。まあvol.5をすっ飛ばしてvol.6にいってもいいんだけどね。或いはキアゲハの回で力尽き、休止している『台湾の蝶』シリーズを久し振りに再開させてもいいんだけどさ。
でもクソ暑くて、文章を書く気が全然起こらないんだよねー(‘ε’*)

 
(註1)秋田さん
ゴミムシダマシやカミキリムシなとの研究で高名な秋田勝巳氏の事。舌峰が鋭いことでも高名である。

(註2)もっとグレーだったような気がするけど…
グレーなのもいるけど、こういうクリーム色系なのもいるようだ。